霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 世界宗教統一

インフォメーション
題名:第3章 世界宗教統一 著者:出口王仁三郎
ページ:136 目次メモ:
概要: 備考:2023/10/03校正。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-10-03 20:41:21 OBC :B121802c130
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]『神の国』大正14年4月10日
 追々(おひおひ)と大本の(をしへ)も世界に判りかけ、(こと)に私の蒙古(ゆき)以来、海外諸国の人々の神経を聳動(しようどう)させ、大本の新精神運動は、日を追うて益々(ますます)世界的に拡まつて行きつつあります。ついては今度(こんど)海外の某々氏()と吾々との相談によつて世界宗教連盟会を(こしら)へることになつたが、これは必ず神様の御経綸でありますから成功することと思ひます。
 世界の統一も、霊主体従的即ち宗教的、道義的にやらなければならない。世界同胞の精神的結合が何よりの一番大切なことである。(この)世界宗教連盟会は、土耳其(トルコ)波斯(ペルシヤ)印度(いんど)西蔵(チベツト)、支那、朝鮮共他(そのた)の各国の各宗教の代表者が集まつて組織されるもので、それ()の代表者から私も一方の職に推薦されて居ります。大本も単なる大本でなく、世界各国に大本の(をしへ)が宣伝される機運に(むか)ひつつあります。
 既成宗教は(いづ)れも或者(あるもの)を中心にして連盟せむとするのも、お筆先が実現して参つたのであります。私も連盟会の幹部の一人でありますから、大本は大本として充分の活動をやらねばならぬ。既成宗教は何億と言ふ大衆を率ゐて居りますが、大本は之等(これら)と肩を並べて進まねばならぬのであるから、仮令(たとへ)量は(すくな)くても、(しん)の信仰に生きる人が固まつてほしいものであります。大本は今迄の雌伏(しふく)、潜伏の時代を脱し、今や黎明期に到達し、今後は進展主義を執つて、()めず憶せず、神様の為、人類の為にあらむ限り尽力をしてほしいものである。それに(つい)て亀岡に世界宗教連盟会東亜本部の(した)準備をこしらへかけて居りますから、余裕のあるお(かた)は援助して頂き()い。時期も切迫して神様はお急ぎになりますが、人間の考へもそれに伴はねば行きませぬから、所謂(いはゆる)惟神に任してやつて居ります。
(大正一四、三、二七、全国大本職員会議席上講話筆録 大正一四、四、一〇号 神の国誌)
 去年の来月,今日(こんにち)(大正十三年四月廿八日)を回顧すれば、外蒙古(そともうこ)公爺府(こうえふ)を廿七日に出発し、()占魁(せんくわい)大将初め其他(そのた)多数の将校兵士を引率し、松村氏と二台の轎車(けうしや)に分乗し、前後を多数の兵士に(まも)られて索倫山(そーろんざん)に向け進軍し、今朝(けさ)は「王仁(おに)蒙古(もうこ)入記(にふき)」に在る「(あま)(はら)」と命名したところを出発したのである。洮児(とーる)(がは)は幾条も幾条も丁度(ちやうど)(たこ)の足の(やう)(わか)れて清く流れてゐて、見渡す限り目も届かぬ大原野には、楊柳楡(やうりうゆ)古木(こぼく)が密生し、()の古木には真白い花が咲きほこり、大原野の草は一面に青々として芽生え、凡ての(やなぎ)は紅い小枝を真直(まつすぐ)に天に(むか)つて伸ばし、丁度(ちやうど)金赤(きんせき)水引(みづひき)を立てたやうで、此の(うるは)しい大自然の景色を眺め乍ら、たとへ(がた)ない爽快な気分で進軍したのであります。今頃は(だい)庫倫(クーロン)()り、三十万の喇嘛僧(らまそう)と、部下十万の兵を従へて、蒙古の経綸をやるつもりであつた。
 (さて)綾部を出発する二三日(まへ)の夢に、……自分が大きな磯端に行つた。見ると子供が(うを)を捕つてゐるので、自分も捕らうと思つて、一匹の(うなぎ)(とら)まへた。すると見る見る五六(ぢやう)もある(りゆう)となつたので、(かた)げて石垣の上に(あが)り、そこに置いて、(また)磯端に()りて手足を洗ひ、(あが)つて見ると、その竜が人間に()つて(しま)つて、五六人の人と一緒になつて火にあたつてゐる。何程(なにほど)人間に()けても竜は竜であるから、自分は其(あと)(おひ)かけて行くと、一間(いつけん)(ぐらゐ)の幅の細い道をドンドン()つて、遂に見失つてしまつた。そこらに在る家は支那の家ばかりで、一軒の家の前に五十(くらゐ)の男が立つてゐたので聞いて見ると、(その)男は『竜の事ですから、何処かへ隠れてゐるでせう』と云ふ。自分は大分(だいぶ)捜して見たが、()の家にも居らぬので、畑へ出て見ると、孟宗竹(まうそうだけ)(たけのこ)が五六寸も出てゐる。そして家々には(かいこ)(まゆ)を造つてゐた、それから裏にまはり七八軒(さぐ)つた(のち)表通(おもてどほり)の「北」と云ふ表札の(かか)つた門構(もんがま)へのかなり大きい(うち)があつたので、(わたくし)大声(おほごゑ)で『竜は居らぬか』と聞くと、中から(らい)のやうな声で、『沼の(ぬし)でさへも、人がおそれるのに、竜を(くら)ふと云ふことがあるものか』と呶鳴る。そこで自分は(その)前に竜を二匹()つてゐたのだと云つた。門内(もんない)より(だい)の男が大声をあげて、(まさかり)を持つて(おひ)かけてくる。自分は懐手(ふところで)をしてゐるので、()うにもしやうがないので爪先(つまさき)()がりの坂道を手の出るところ(まで)二三(ちやう)逃げた。そこで(やうや)くにしての懐手(ふところで)が出たので、サア来いと四股(しこ)を踏んで、とつ組まふと身構へをした。男は驚いて、何十(ぢやう)とも知れぬ池の中へ(みづか)ら飛び込んで了つた。よくよく見ると馬の顔を二つ(あは)した(くらゐ)の顔をした竜である。
 その「(きた)」の字は「北京(ペキン)」の(きた)で、北京が中々(なかなか)(むづ)かしいことだらうと思つてゐたが、今考へて見ると「敗北(はいぼく)」の(きた)で、(まさかり)を持つて(おひ)かけられたのが、白音太拉(ぱいんたら)(なん)に相当し、懐手(ふところで)をして逃げたのが内地へ退去命令をくつて帰つたことであり、現在は丁度(ちやうど)自分が懐から手を出しかけてゐるところであります。
 もう一つの夢は、……自分が女神の姿になつて、百畳ばかりもある様な大きな東半球の地図を拡げて見てゐゐと、父と母とが出て、そんなものを(ひろげた)りしないでくれと止められたが、私は父母に向つて、『今日まで天下の為にあらゆる苦辛をなめて来たのだから、これ(くらゐ)気儘(きまま)は許してもらはねばならぬ』と言つて、ブツブツ小言(こごと)を云ひながら川の(つつみ)を一人で東へ向ふのであつた。
 蒙古入(もうこいり)をして以来皆様(みなさま)大層(たいそう)御心配をかけましたが、此(こと)も後で判る事であります。
 (わたくし)は随従の希望者と共に、先づ蒙古の統一を(はか)り、新疆(しんけう)西蔵(チベツト)、アフガニスタン、波斯(ペルシヤ)西比利亜(シベリヤ)土耳古(トルコ)と云ふ順序にコーランと兵隊でもつて、開拓しようと思つてゐたのである。
 何事でも二度目の立替(たてかへ)で、二度目でないと成就せないもので、這回(このたび)の事も決して失敗ではないと思ふ。(わたくし)の蒙古入は、世界といふ大きな池に一石(いつせき)を投じたものである。うんと響かしておかぬと、今後の経綸が出来ない。今や其()が吹き出し、亜細亜(アジア)欧羅巴(ヨーロツパ)の諸国から続々と此の出口王仁三郎を頼つてくるといふのも、蒙古入と云ふ石を投げ込んだ結果であります。
 大本も今迄の役員の()り方や考へが狭小で、鎖国主義で排他的であつた様です。(わが)(たふた)し、()の宗教は取るに足らぬと云ふやうな態度で来たが、智慧証覚と愛善真信の度合に依つて、それに相応したそれぞれ(ことな)つた(をしへ)を信じて満足してゐるのである。雪隠虫(せつちんむし)は雪隠で満足してゐるやうなものである。
 人間は人間の()べ物、(けだもの)はけだもの、虫類(ちうるゐ)は虫類と、それぞれ相応した喰物(くひもの)がある如く、天国には幾百千とも数知れぬ団体と階段がある。信仰団体もそれと同じく、移写されて多数の宗教があるので、霊魂の餌食(ゑじき)である宗教にも、相応して種々(しゆじゆ)と種類があるのであるから、天理教を信仰する人であつたら、天理教の天国に行けるのである。(しか)し何を信じても喰ひ足らぬ人は、より以上徹底した(をしへ)を求めるものである。大本に寄つてゐる人は、どの既成宗教にも飽き足らない、満足出来ない人々であるから、()の宗教の信者に比較して、智慧証覚の度の優れてゐる人々で、所謂(いはゆる)手に合はぬ人逹であります。他の宗教のやうに南無阿弥陀仏、有難い有難い(だけ)では満足出来ない人達である。だから大本の統一はむつかしいのである、一歩進んでゐる人達の集まりであるから、統一の難かしいのも(むし)ろ当然であります。
 右のやうな次第であるから、他の(をしへ)を信仰、それで満足してゐる人であつたら、無理に大本に引き入れなくてもよい。さう云ふ人に出会つた時は、その人の信ずる(をしへ)のよい点のみを挙げて生命(せいめい)を与へたらよいのである。祝詞の『善言美詞(みやび)神嘉言(かむよごと)を以て、神人(かみがみ)(なご)め』でやつたらよいのである。
 右のやうな態度であつた時には、既成宗教に(あきた)らない人は、(はい)るなと言つても入信したくなつてくるものである。
 凡て如何なる宗教であらう(とも)、世を()し、人を(えき)し、天国を建設するを以て目的とせないものはないのであるから、(その)美点のみを調べて、(その)点を()める様にするのである。
 今後大本は、世界の道義的の立替立直しをやらねばならぬ。ついては総てを抱擁し、神は一切を以て(わが)愛子(あいじ)(みそなは)し給ふ、その大きな気宇(きう)を持つて、(あまね)世人(よびと)に接し、同信者間に於ては、人の非を言はず、()しも悪い所のあつた場合は、直接に注意し合つて、大同団結して神業(しんげふ)に奉仕してほしいものであります。
 ()て今回世界宗教連盟会を設ける事になつてゐるが、それに(つい)て先づ大本の団体から、(その)(かがみ)にならねばならぬ。それには、謙譲と忍耐と、進展主義で積極的にやり、何事も(かみ)第一主義で、所謂(いはゆる)霊主体従で世に処し一致団結して誰が見ても「あれなればこそ」と云はれるやうにならねばならぬ。それには膝元から先づ改良せねば、ぐづぐづしてゐると外国の(はう)が早くなるかも知れぬのである。若しそんな事になれば、直接神論や霊界物語を読んで居りながら、世界に対して誠に申訳(まをしわけ)のない次第であるから、(そう)一層(いつそう)御奮励(ごふんれい)を希望する次第であります。
 神論は中々(なかなか)御神意がとり(にく)いから、神様の前で、お経を読むやうな考へで拝読したらよい。こう考へる(くらゐ)迄はよいが、もしも断定的に解釈をした場合は、全然(すつかり)違ひますから、霊界物語に御神意が出してあるのである。神論を勝手に解釈することは、神様から許してないのであるから、もしも之を解釈すれば、神を冒涜する事になるのである。
 自分は去年入蒙した時、今頃は(だい)庫倫(クーロン)真中(まんなか)にゐるつもりであつたのが、引掛(ひつかけ)戻しの仕組(しぐみ)で、本日此処(ここ)に立つて皆様にお話しすると云ふやうなことは全々予期してゐなかつた。どうしても五年間(ぐらゐ)は帰国出来ないと思つてゐた。ところが、半年か一年足らずで帰国したのも、神様のお経綸(しぐみ)がそれ(だけ)早くなつたのであります。
 大本は未だ根城(ねじろ)が固まつてゐない為、自分が蒙古に行つてゐる間は、気がかりで、丁度(ちやうど)尻に(くそ)を挟んで他家(よそ)の座敷に行つてゐる様な工合で、大本に居る間は別に気づかなかつたが(よそ)へ出て見ると、もう少し言つておけばよかつたに、あの事も云つておけばよかつたと、何時(いつ)も頭を悩めたやうな訳であります。
 神様のお道は何も難かしいことはいらぬのであつて、この大道場を見ても入口は御覧の如く、小さく狭いが中はこの通りに広々としてゐる。
 大国主(おほくにぬしの)(かみ)が矢を拾ひに原野に行き、野原の草に火をかけて焼かれやうとされた時に、(うち)はホラホラ(そと)はスブスブと(ねずみ)が叫び、(みこと)は大きな穴の中に(おち)て、助かられた古事(こじ)のやうに、神様のお道は、外面は狭く汚く見えても、内面は広く()れいなもので、外と中とは全然(すつかり)異つてゐる。然し世の中はこれと正反対で、恰度(ちやうど)伏見人形の様に、前側は種々(いろいろ)な色彩で美しいが、裏面(りめん)は土がそのまふ出てゐて汚いのと同じやうなものである。神様はこの道場の構造にも御心(みこころ)を示されてあるのである。
 (わたくし)目下(もくか)明智光秀の城趾(じやうし)に、世界宗教連盟会東亜本部事務所の基礎工事をやつてゐますが、(この)明智光秀は近江の坂本に十九万石、丹波に五十六万石、福知山(ふくちやま)に十八万石を(りやう)してゐた()(じん)(ゆう)兼備の英雄であるが、歴史上では悪逆無道、主殺の如く悪く伝へられてゐるが、光秀にとつて信長は何等(なんら)三代(さんだい)相恩(さうおん)の主人でもなく、常に信長を(たす)け、幾多の戦場に軍功を顕はし、左右に策を献じ、信長をして天下に()たらしめた人であつて、信長と光秀の関係は、現代政党の首領と首領が、合同提携して居たやうなものであります。
 (わたくし)は、信長、光秀(とも)に互角の英雄であると思つてゐるものであります。
 歴史といふものは実に(あて)にならぬもので、恰度(ちやうど)大本が天下国家のために至誠(もつ)て尽してゐるにも(かか)はらず、世には大逆臣の集団かの如く()ひ伝へられてゐるのを見ても、よく判る次第であります。
 ()て此の明智光秀の亀山城趾に世界宗教統一の土台をつくる事は、実に意義あることと思ひますから、お繰合(くりあは)せのつく(かた)はお手伝をされたら結構だと思ひます。(しか)(これ)も無理にはお願ひしない、皆様の自由意志にお任せします。
 今年は(うし)の年明年(みやうねん)(とら)の年、この丑寅(うしとら)の両年は余程注意を要する年である。世界は一大転回をなす(かは)りた年であります。(しか)しまだ最後ではないから安心してよろしい。地震や雷は別段(おそ)るるに足らないが、思想界の洪水が氾濫してゐるのが、一番恐るべきである。人間は霊主体従で、精神即ち思想がもとであります。天国も地獄も、思想が(もと)を成してゐるのである。一発のピストルが、()の世界大戦を惹起した如く、今後如何なる事が突発せむも計り難い。(しか)し信仰さへ徹底しておれば、さまで驚き騒ぐ事はないのである。
 世界の統一は武力や権力でやつた場合は、先に(ちから)が出た時はまた一方を圧倒して、争乱の絶間なく永久の平和を招来(せうらい)する事は望まれない。だから如何(どう)しても統一は精神的、宗教的、道義的に経綸を進めなくてはならないのである。大本の呼号する世界宗教統一は、大抵の人は世界中が大本の(をしへ)にならねば、世界宗教の統一でないやうに思つてゐるが、各々(めいめい)意志想念が(ちご)うてゐるに相応して、(おのおの)宗教も(ちが)つてゐるのであるから、大きな目で観た場合、名称は神であらうが、(ぶつ)だらうが、基督(キリスト)であらうが何でもよい。総ての宗教団体なり思想界が、大本の意志(どほり)になつたら、それが大本の世界宗教統一が実現したのである。回教でも基督教でも、大本の分所支部(ぐらゐ)見做(みな)して居ればよいのである。
 一寸(ちよつと)見ると鵺式(ぬえしき)のやうに見えるが、それは皮相の観察であつて、形式はどうでも、精神と精神との統一結合を主眼として、今後活躍するのであるから、誤解のないやうにしてほしいものであります。惟神霊幸倍坐世。
(大正一四、三、二八 講話筆録、同年四、一〇号 神の国誌)
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