霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第一四章 夜(よる)の山路(やまみち)〔一〇二六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第3篇 阪丹珍聞 よみ(新仮名遣い):はんたんちんぶん
章:第14章 夜の山路 よみ(新仮名遣い):よるのやまみち 通し章番号:1026
口述日:1922(大正11)年10月10日(旧08月20日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
大阪を去る前に佐一の餅屋を尋ねたところ、そこで一夜の宿をいただけることになった。いつしか佐一の一間に雑魚寝で寝入ってしまった。
西日の中、淀川のほとりにたたずんで大阪城を眺め、感慨にふけっていた。すると十二三歳の少年が番頭風の男に追われている。聞けば、店先の薬を盗んだのだという。
少年は、母が病気で苦しみ、貧乏で薬も買えずに苦しんでいたところ、どうしても薬が欲しくなって手が出てしまったのだという。喜楽は五十銭出して、少年のために薬を買ってあげた。
番頭風の男は怒りに口汚くののしりながら、五十銭をひったくるように受け取って帰ってしまった。喜楽はその無情さに歯ぎしりしながら見送っていた。
そして、この貧しい少年の境遇を見ても、鄙も都も暗黒世界は同じものだとため息をついていた。すると、佐一の妻のお繁婆さんにゆすり起こされた。今の夢は、神様の御心で喜楽の心に戒めを与えられたものだと気が付いた。
また郷里には母や祖母のあることを思いださしめ、早く帰国させようというお計らいであったことが、後日感じられた。
丹波への帰り道、夜の山路の岐路で迷っていると、怪しい白衣の旅人が現れ、案内をするように進んで行く。怪しみながら着いていくと、眠気に襲われて道端の六地蔵の屋根の下に横たわり、眠り込んでしまった。
ふと目を覚ますと、怪しい女が赤ん坊を背に負い、『南無阿弥陀仏』と唱えながら地蔵の数多から水をかけて祈願しているようである。喜楽は恐ろしくなったが、気を落ち着かせ、恐ろしい思いをしながら山道をたどって一目散に馳せかえった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-02-10 11:27:20 文字数:3931 OBC :rm3714
愛善世界社版:176頁 八幡書店版:第7輯 97頁 修補版: 校定版:184頁 普及版:87頁 初版: ページ備考:
001 喜楽(きらく)は懐(ふところ)淋(さび)しく、002何(なん)となしに力落(ちからお)ちがして愈(いよいよ)帰国(きこく)の途(と)に就(つ)かむとした。003一度(いちど)空心町(くうしんまち)の斎藤(さいとう)の家(いへ)に暇(いとま)乞(ご)ひに立寄(たちよ)つて見(み)ようと思(おも)ひ、004再(ふたた)び訪(おとづ)れると、005佐市(さいち)夫婦(ふうふ)を始(はじ)め、006四(よ)年(ねん)以前(いぜん)に一寸(ちよつと)悶錯(もんさく)を起(おこ)して別(わか)れた娘(むすめ)が折(をり)よく来(き)て居(ゐ)た。007お繁(しげ)婆(ば)アさんは粋(すゐ)を利(き)かして、008狭(せま)い内(うち)だけれど今晩(こんばん)は泊(とま)つて帰(かへ)れと云(い)ふ。009そこへ十六七(じふろくしち)の富野(とみの)といふ妹(いもうと)が居(ゐ)るので、010僅(わづか)四畳半(よでふはん)の間(ま)で、011五(ご)人(にん)が雑魚寝(ざこね)することとなつた。012姉娘(あねむすめ)のお秋(あき)といふのが夜(よる)の十(じふ)時(じ)頃(ごろ)に、013ガラガラと車(くるま)でやつて来(き)て、014何(なん)だかブツブツ小言(こごと)を云(い)ひ乍(なが)ら、015おいのといふ女(をんな)を合乗(あひの)りで連(つ)れて帰(かへ)つて了(しま)つた。016油揚(あぶらあげ)を鳶(とび)にさらはれたやうな気分(きぶん)で、017喜楽(きらく)は舌打(したう)ちし乍(なが)ら眠(ねむり)に就(つ)いた。018併(しか)し乍(なが)ら此(この)時(とき)の喜楽(きらく)は一切(いつさい)の情欲(じやうよく)に離(はな)れ、019只(ただ)信仰(しんかう)一点張(いつてんばり)に酔(よ)つ払(ぱら)つて居(ゐ)た時(とき)だから、020昔(むかし)の女(をんな)に出会(であ)ひ一間(ひとま)に寝(ね)た所(ところ)で、021別(べつ)に旧交(きうかう)を温(あたたか)めようとも何(なん)ともそんな考(かんが)へは持(も)つて居(ゐ)なかつた。022乍併(しかしながら)何(なん)となくなつかしいやうな気(き)がして、023其(その)女(をんな)と同(おな)じ家(いへ)に一宿(いつしゆく)することを嬉(うれ)しく思(おも)うて居(ゐ)たのである。
024 夜(よ)は容赦(ようしや)なく更(ふ)け渡(わた)る。025四(よ)人(にん)は何時(いつ)の間(ま)にか安々(やすやす)と眠(ねむ)りについて了(しま)つた。
026○
027 永(なが)き春日(はるび)も稍(やや)西(にし)に傾(かたむ)いて、028淀(よど)の川水(かはみづ)に金鱗(きんりん)の光(ひかり)を流(なが)す、029水瀬(みなせ)も深(ふか)き浪速潟(なにはがた)、030水(みづ)の都(みやこ)の天神橋(てんじんばし)の上(うへ)に立(た)つて、031首(くび)を傾(かたむ)け思案(しあん)にくれてゐた。032巽(たつみ)の方(はう)を見(み)れば、033山岳(さんがく)の如(ごと)く巍々(ぎぎ)として築(きづ)き上(あ)げられた、034宏壮(くわうさう)雄大(ゆうだい)なる大阪城(おほさかじやう)が水(みづ)に映(うつ)つて、035甍(いらか)がキラキラと西日(にしび)に輝(かがや)いてゐる。036喜楽(きらく)は之(これ)を見(み)て感(かん)に打(う)たれ、037独言(ひとりごと)を云(い)つてゐた。
038喜楽『あゝ人間(にんげん)の運命(うんめい)といふものは不思議(ふしぎ)なものだ。039二百八(にひやくはち)間(けん)の矢矧(やはぎ)の長橋(ながばし)に菰(こも)を纏(まと)うた腕白(わんぱく)小僧(こぞう)の藤吉郎(とうきちろう)も、040忍耐(にんたい)勉励(べんれい)の功(こう)空(むな)しからず、041登竜(とうりう)の大志(たいし)を達成(たつせい)し威徳(ゐとく)赫々(かくかく)として、042旭日(きよくじつ)東海(とうかい)の波(なみ)をけり、043躍(をど)り出(い)でたるが如(ごと)く、044遂(つひ)に六十(ろくじふ)余(よ)州(しう)の天下(てんか)を掌握(しやうあく)し、045三韓(さんかん)を切(き)り従(したが)へ、046大明王(たいみんわう)を驚(おどろ)かせ、047万古(ばんこ)不朽(ふきう)の偉業(ゐげふ)を後世(こうせい)に伝(つた)へた。048話(はなし)に聞(き)くも実(じつ)に心持(こころもち)よき英雄(えいゆう)である。049豊太閤(ほうたいかふ)だとてヤツパリ人間(にんげん)の生(う)んだ子(こ)だ。050彼(かれ)も亦(また)同(おな)じ百姓(ひやくせう)から生(うま)れた人間(にんげん)だ。051豊太閤(ほうたいかふ)の幼時(えうじ)の境遇(きやうぐう)は、052又(また)喜楽(きらく)の当時(たうじ)に酷似(こくじ)してゐる。053矢矧(やはぎ)の橋(はし)ならぬ天神橋(てんじんばし)の袂(たもと)、054自分(じぶん)も此処(ここ)で一(ひと)つ何(なに)か思案(しあん)をせなくてはなるまい。055折角(せつかく)無理(むり)算段(さんだん)をして持(も)つて来(き)た旅費(りよひ)はいつの間(ま)にか、056煙(けむり)の都(みやこ)の煙(けぶり)と消(き)えて了(しま)ひ、057何一(なにひと)つ持(も)つて帰(かへ)るべき土産(みやげ)もない。058精神(せいしん)一到(いつたう)何事(なにごと)か成(な)らざむや、059吾(わ)れも太閤(たいかふ)の成功(せいこう)位(くらゐ)に甘(あま)んじては居(を)れまい。060神(かみ)を力(ちから)に誠(まこと)を杖(つゑ)に、061五六七(みろく)神政(しんせい)の基礎(きそ)を固(かた)めねばならぬ』
062と往来(わうらい)しげき橋(はし)の上(うへ)にて、063吾(わ)れを忘(わす)れて雄健(をたけ)びなしつつ、064空想(くうさう)にからるる一刹那(いちせつな)、065ドンと突当(つきあた)つた十二三(じふにさん)歳(さい)の子供(こども)があつた。066喜楽(きらく)は驚(おどろ)いて其(その)子供(こども)の顔(かほ)を見(み)つめてゐる。067あとより息(いき)せき切(き)つてかけ来(きた)る三十(さんじふ)前後(ぜんご)の番頭風(ばんとうふう)の大男(おほをとこ)有無(うむ)をいはせず子供(こども)を引掴(ひつつか)み、068打(う)つやら、069蹴(け)るやら、070乱暴(らんばう)狼藉(ろうぜき)を恣(ほしいまま)にしてゐる。071子供(こども)は悲鳴(ひめい)をあげて、072泣(な)き叫(さけ)ぶのを、073物見(ものみ)高(だか)い大阪人(おほさかじん)の常(つね)として、074忽(たちま)ち橋(はし)の上(うへ)は三(さん)人(にん)、075五(ご)人(にん)、076十(じふ)人(にん)と立止(たちど)まり、077往来止(わうらいど)めの姿(すがた)と変(かは)つて了(しま)つた。078番頭風(ばんとうふう)の男(をとこ)は尚(なほ)も続(つづ)いて手首(てくび)を無理(むり)に固(かた)く執(と)り、079腕(うで)もぬけむ計(ばか)りに引張(ひつぱ)り乍(なが)ら、
080男(をとこ)『一寸(ちよつと)警察(けいさつ)迄(まで)出(で)て来(こ)い!』
081と引(ひ)きずつて行(ゆ)かうとする。082喜楽(きらく)は見(み)るに見(み)かねて、
083喜楽(きらく)『モシモシ暫(しばら)く待(ま)つてやつて下(くだ)さい。084どんな悪(わる)いことをしたか知(し)りませぬが……』
085と言(い)はせも果(は)てず、086男(をとこ)は言(ことば)も荒々(あらあら)しく、
087男(をとこ)『お前(まへ)は田舎下(いなかくだ)りの旅人(たびびと)、088構(かま)うてくれな。089此奴(こいつ)アチボの玉子(たまご)だ。090今(いま)店先(みせさき)にあつた実母散(じつぼさん)を一服(いつぷく)かつさらへ、091逃(に)げ出(だ)してうせたヅ太(ぶと)き小僧(こぞう)だ。092今後(こんご)の戒(いまし)めに橋詰(はしづめ)の巡査(じゆんさ)に引渡(ひきわた)すのだ』
093と鼻息(はないき)あらく、094エライ権幕(けんまく)で睨(にら)みつける。095子供(こども)は薬(くすり)の包(つつみ)をそこへなげ出(だ)し、096両手(りやうて)をつき、097涙(なみだ)乍(なが)らに泣(な)きわびるいぢらしさ。098喜楽(きらく)は此(この)子供(こども)もウブからのチボではあるまいと思(おも)ひ、099大(だい)の男(をとこ)に向(むか)つて言葉(ことば)を叮嚀(ていねい)に、100子供(こども)に代(かは)つてあやまり、101子供(こども)の言(い)ふことを聞訊(ききただ)してみれば、
102子供(こども)『私(わたくし)の母(はは)は永(なが)らく子宮病(しきうびやう)とかに罹(かか)つて苦(くるし)み最早(もはや)生命(いのち)も危(あやふ)うなつて居(を)ります。103貧乏(びんばふ)の為(ため)に薬(くすり)を買(か)ふことも出来(でき)ず、104お医者(いしや)さまに診(み)て貰(もら)ふことも出来(でき)ないので、105居(ゐ)乍(なが)らお母(か)アサンの死(し)ぬのを見(み)るに忍(しの)びず、106日々(ひび)エライ心配(しんぱい)をして居(を)りましたが、107隣(となり)の人(ひと)の話(はなし)によると、108女(をんな)の病(やまひ)には実母散(じつぼさん)を呑(の)んだら、109キツと全快(ぜんくわい)すると聞(き)いて、110俄(にはか)に其(その)薬(くすり)が欲(ほ)しくなり母(はは)を大事(だいじ)と思(おも)ふ一念(いちねん)から、111後前(あとさき)の弁(わきま)へもなく薬屋(くすりや)の店先(みせさき)にあつた実母散(じつぼさん)を一服(いつぷく)持(も)つて逃(に)げて来(き)ました』
112と語(かた)り了(をは)つて、113ワツと計(ばか)り其(その)場(ば)に泣(な)き倒(たふ)れた。114孝行(かうかう)息子(むすこ)の心(こころ)にほだされて、115喜楽(きらく)も思(おも)はず知(し)らず貰(もら)ひ泣(な)きをし乍(なが)ら、116懐(ふところ)を探(さぐ)つて五十銭(ごじつせん)を取出(とりだ)し、
117喜楽(きらく)『此(この)薬(くすり)を私(わたくし)に売(う)つて下(くだ)さい、118そして子供(こども)の罪(つみ)を許(ゆる)してやつて下(くだ)さい』
119といへば、120大(だい)の男(をとこ)は面(つら)をふくらせ乍(なが)ら、
121男(をとこ)『此奴(こいつ)は許(ゆる)し難(がた)い奴(やつ)だが、122今日(けふ)はお前(まへ)に免(めん)じて忘(わす)れてやるから今後(こんご)はキツと慎(つつし)め!』
123と口汚(くちぎたな)く罵(ののし)り、124一服(いつぷく)十銭(じつせん)の薬(くすり)に五十銭(ごじつせん)を引(ひ)つたくるやうにして受取(うけと)り、125ツリをも払(はら)はず肩(かた)を怒(いか)らして帰(かへ)つて行(ゆ)く其(その)無情(むじやう)さ。126血(ち)も涙(なみだ)も通(かよ)はぬ男(をとこ)かなと、127怒(いか)りの色(いろ)を現(あら)はして、128帰(かへ)り行(ゆ)く男(をとこ)の姿(すがた)を歯(は)ぎしりし乍(なが)ら見送(みおく)つて居(ゐ)た。
129草枕(くさまくら)旅(たび)にし出(い)でて悟(さと)りけり
130空(そら)恐(おそ)ろしき人(ひと)の心(こころ)を
131 大阪(おほさか)と云(い)へば日本(にほん)三大(さんだい)都会(とくわい)の一(ひと)つ、132商業(しやうげふ)発達(はつたつ)の大地(だいち)で七福神(しちふくじん)のみの楽天地(らくてんち)と思(おも)うて居(を)つたのに、133今(いま)目(ま)のあたり貧児(ひんじ)の境遇(きやうぐう)を見聞(みきき)して、134どこへ行(い)つても、135ヤツパリ秋(あき)には秋(あき)が来(く)る、136冬(ふゆ)はヤツパリ冬(ふゆ)だ、137暗黒界(あんこくかい)は鄙(ひな)も都(みやこ)も同(おな)じものだと溜息(ためいき)つくつく、138『アヽアヽ』と歎(なげ)いた声(こゑ)が、139側(そば)に寝(ね)てゐるおしげ婆(ば)アサンの耳(みみ)に入(い)り、
140おしげ『コレコレ喜楽(きらく)サン、141何(なに)寝言(ねごと)をいつてるのだ』
142とゆすり起(おこ)されて気(き)がついてみれば、143狭(せま)い餅屋(もちや)の四畳半(よでふはん)に眠(ねむ)つてゐた。144今(いま)の橋(はし)の上(うへ)の夢(ゆめ)の中(なか)の出来事(できごと)は神(かみ)さまの御心(みこころ)によりて、145喜楽(きらく)の心(こころ)を鞭撻(べんたつ)し、146郷里(くに)に一人(ひとり)の母(はは)や、147老祖母(らうそぼ)のあることを思(おも)ひ出(いだ)さしめ、148早(はや)く帰国(きこく)させむとの計(はか)らひなりしことが後日(ごじつ)に至(いた)つて感(かん)じられた。
149易者(えきしや)の言葉(ことば)に励(はげ)まされ
150丹波(たんば)の国(くに)へ帰(かへ)らむと
151心(こころ)の駒(こま)に鞭(むち)うつて
152車(くるま)も呼(よ)ばずトボトボと
153梅田(うめだ)の駅(えき)につきにけり
154仕度(したく)なさむと懐中(くわいちう)を
155探(さぐ)りてみれば情(なさけ)ない
156残(のこ)りの金(かね)は二銭半(にせんはん)
157汽車(きしや)はあれ共(ども)乗(の)るすべも
158何(なん)と線路(せんろ)の真中(まんなか)を
159一直線(いつちよくせん)に膝栗毛(ひざくりげ)
160腹(はら)も吹田(すゐた)のうまやぢの
161茶店(ちやみせ)にひさぐ蒸(む)し芋(いも)は
162栗(くり)より甘(うま)い十三(じふさん)里(り)の
163道程(みちのり)一歩(いつぽ)又(また)一歩(いつぽ)
164茨木町(いばらぎまち)を北(きた)に取(と)り
165丹波(たんば)をさして帰(かへ)り行(ゆ)く
166頃(ころ)しも四(し)月(ぐわつ)十五夜(じふごや)の[※四月十五夜とは新暦4月の旧暦15日ということか? 明治31年(1898年)新4月5日(旧3月15日)が該当する。その次は5月5日(閏3月15日)になってしまう。]
167月(つき)は東(ひがし)の山(やま)の端(は)に
168丸(まる)き面(おもて)をあらはして
169ニコニコ笑(ゑ)ませ玉(たま)へ共(ども)
170夕(ゆふ)べの空(そら)の何(なん)となく
171心(こころ)淋(さび)しき一人旅(ひとりたび)
172東(ひがし)も西(にし)も南北(なんぽく)も
173知人(しるひと)もなくなく山路(やまみち)を
174空(そら)の月(つき)かげ力(ちから)とし
175一度(いちど)通(とほ)りしおろ覚(おぼ)えの
176山(やま)と山(やま)との谷路(たにみち)を
177どこやら不安(ふあん)の心地(ここち)して
178岐路(きろ)ある所(ところ)に停立(ていりつ)し
179首(くび)をかたぐる時(とき)も時(とき)
180忽(たちま)ち前(まへ)に現(あら)はれし
181怪(あや)しき白衣(びやくい)の旅人(たびびと)は
182四五間(しごけん)先(さき)へ立(た)つて行(ゆ)く
183喜楽(きらく)が進(すす)めば彼(かれ)進(すす)み
184立止(たちとど)まれば又(また)止(と)まり
185モウシモウシと声(こゑ)をかけ
186呼(よ)べど答(こた)へぬ白(しろ)い影(かげ)
187或(あるひ)は現(あら)はれ又(また)は消(き)え
188変幻(へんげん)出没(しゆつぼつ)不思議(ふしぎ)なり
189二股道(ふたまたみち)に現(あら)はれて
190又(また)もや案内(あない)をする如(ごと)し
191怪(あや)しみ乍(なが)らも力(ちから)得(え)て
192足(あし)を運(はこ)べど空腹(くうふく)と
193疲(つか)れの為(ため)に進(すす)みかね
194眠(ねむ)けの鬼(おに)におそはれて
195街路(がいろ)に転倒(てんたふ)し乍(なが)らも
196眠(ねむ)たさ怺(こら)へて帰(かへ)り行(ゆ)く
197西別院(にしべつゐん)の村外(むらはづ)れ
198下(くだ)り坂(さか)にとさしかかる
199水(みづ)さへ音(おと)なき丑(うし)の刻(こく)
200道(みち)の片方(かたへ)の細谷川(ほそたにがは)を
201隔(へだ)てて狭(せま)き墳墓(ふんぼ)あり
202六地蔵(ろくぢざう)さまを祀(まつ)りたる
203小(ちひ)さき屋根(やね)が見(み)えてゐる
204ここにて雨露(うろ)を凌(しの)がむと
205厭(いや)らし墓(はか)と知(し)り乍(なが)ら
206天(てん)の与(あた)へと喜(よろこ)びて
207六体(ろくたい)並(なら)んだ石地蔵(いしぢざう)の
208しりへに身(み)をば横(よこ)たへて
209手枕(てまくら)したままグウグウと
210華胥(くわしよ)の国(くに)へ上(のぼ)りゆく
211あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
212御霊(みたま)幸(さち)はへましませよ。
213 あたり寂然(せきぜん)として静(しづ)まり返(かへ)る時(とき)しもあれ、214夢(ゆめ)か現(うつつ)か幻(まぼろし)か、215吾(わが)枕頭(ちんとう)に近(ちか)く聞(きこ)ゆる女(をんな)の忍(しの)び泣(な)く声(こゑ)、216幽(かす)かに耳(みみ)に入(い)ると共(とも)にフと目(め)をさませば、217喜楽(きらく)は六地蔵(ろくぢざう)の後(うしろ)に横(よこ)たはつてゐることに気(き)が付(つ)いた。
218 喜楽(きらく)の頬(ほほ)に、219冷(つめ)たい水(みづ)のしぶきがかかる。220キツと目(め)をあけて見(み)れば六地蔵(ろくぢざう)の前(まへ)に余(あま)り背(せ)の高(たか)くない、221横太(よこぶと)い怪(あや)しい一人(ひとり)の女(をんな)が、222赤(あか)ん坊(ばう)を背(せ)に負(お)ひ乍(なが)ら、223土瓶(どびん)のやうな物(もの)を片手(かたて)に提(ひつさ)げ、224石地蔵(いしぢざう)の頭(あたま)から、225『南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)』といひ乍(なが)ら、226冷(つめ)たい水(みづ)をかけて、227何事(なにごと)か切(しき)りに、228石地蔵(いしぢざう)に訴(うつた)へてゐるやうである、229喜楽(きらく)は轟(とどろ)く心臓(しんざう)の鼓動(こどう)を強(しひ)て鎮圧(ちんあつ)し、230息(いき)を殺(ころ)して伺(うかが)ひ居(を)れば、231怪(あや)しき女(をんな)の影(かげ)は一歩(いつぽ)々々(いつぽ)とゆるぐが如(ごと)く、232しづしづとして新(あたら)しい墓(はか)の前(まへ)に到(いた)り、233マツチをすり蝋燭(らふそく)を点(てん)じ、234合掌(がつしやう)し乍(なが)ら泣(な)き声(ごゑ)になつて、235伏(ふ)し屈(かが)んでゐる。236石地蔵(いしぢざう)の立(た)つてゐる隙間(すきま)から、237此(この)様子(やうす)を覗(のぞ)きみた喜楽(きらく)は俄(にはか)に恐怖心(きようふしん)にかられ、238頭(あたま)の毛(け)はちぢみ、239体(からだ)はふるひ出(だ)し、240寸時(すんじ)もここに居(ゐ)たたまらず、241厭(いや)らしさに此(この)場(ば)を逃(に)げ出(だ)さうかと思(おも)つたが、242腹(はら)の底(そこ)から小(ちひ)さい声(こゑ)で、243『待(ま)て』と云(い)ふやうに聞(きこ)えて来(き)た。244此(この)声(こゑ)に自分(じぶん)は再(ふたた)び胴(どう)をすえ、245直日(なほひ)に省(かへり)りみることを得(え)た。246……喜楽(きらく)は顕幽(けんいう)両界(りやうかい)の救済者(きうさいしや)たらむとする霊学(れいがく)の修業者(しうげふしや)である、247今(いま)幸(さいは)ひにして斯(かく)の如(ごと)き怪霊(くわいれい)に出会(しゆつくわい)し、248研究(けんきう)の好材料(かうざいれう)を得(え)たのは全(まつた)く神(かみ)さまの御心(みこころ)であらう。249よく考(かんが)へて見(み)れば天(あめ)が下(した)に素(もと)より妖怪(えうくわい)変化(へんげ)のあるべき筈(はず)がない、250何(いづ)れも皆(みな)心(こころ)の迷(まよ)ひから怖(こわ)くない者(もの)が怖(こわ)くなつたりするのである。251何(なん)でもない者(もの)を妖怪(えうくわい)変化(へんげ)だと思(おも)つて、252昏迷(こんめい)誑惑(けうわく)其(その)度(ど)を失(うしな)はむとしたのは、253何(なん)たる卑怯(ひけふ)であらう。254長途(ちやうと)の旅(たび)にて心身(しんしん)疲労(ひらう)の結果(けつくわ)、255こんな妄想(もうさう)に陥(おちい)つたのではあるまいか……と、256キツと心胆(しんたん)を据(す)え、257目(め)を見(み)はれば妖怪(えうくわい)でも幽霊(いうれい)でもなく、258田舎(いなか)婦人(ふじん)が何事(なにごと)か急(きふ)の出来事(できごと)の為(ため)に、259此(この)真夜中(まよなか)に亡(な)き夫(をつと)の墓(はか)に参(まゐ)つたのであるらしく、260稍(やや)久(ひさ)しく祈(いの)つた後(のち)、261『南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)』と力(ちから)なげに口(くち)ずさみ乍(なが)ら、262ヨボヨボと元来(もとき)し細谷川(ほそたにがは)を渡(わた)つて、263其(その)姿(すがた)は木立(こだち)に紛(まぎ)れて見(み)えなくなつて了(しま)つた。
264 女(をんな)の姿(すがた)の消(き)えしより、265喜楽(きらく)も亦(また)俄(にはか)に恐(おそ)ろしくなつて来(き)た。266永居(ながゐ)はならじとソロソロ立上(たちあが)り、267頬(ほほ)かぶりをなし、268尻(しり)をひつからげ、269コワゴワ渓流(けいりう)を渡(わた)り、270山路(やまみち)に出(い)でたる一刹那(いちせつな)、
271『怖(こわ)いツ!』
272といふ子供(こども)の叫(さけ)び声(ごゑ)が、273つい足許(あしもと)に聞(きこ)えて来(き)た。274喜楽(きらく)は此(この)声(こゑ)に二度(にど)ビツクリし乍(なが)ら、
275喜楽『何(なん)にも怖(こわ)いことはない、276俺(おれ)は人間(にんげん)だ!』
277と呼(よ)ばはりつつ後(あと)ふり向(む)きもせず、278一目散(いちもくさん)に足(あし)の痛(いた)みも忘(わす)れて、279法貴谷(ほふきだに)の方(はう)へと走(は)せ帰(かへ)るのであつた。
280(大正一一・一〇・一〇 旧八・二〇 松村真澄録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→