霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 牛(うし)の糞(くそ)〔一〇二一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第2篇 青垣山内 よみ(新仮名遣い):あおがきやまうち
章:第9章 牛の糞 よみ(新仮名遣い):うしのくそ 通し章番号:1021
口述日:1922(大正11)年10月09日(旧08月19日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
元市は修行場の貸し出しを謝絶し、自分のことをののしり始めた。静子を中村から引き戻し、高子はそのまま中村で神がかりの修行をしていた。一方で息子の宇一は親父の目を盗んでまた喜楽のところへ出入りし始めた。
するとまた大霜天狗が喜楽にかかり、口を切って宇一に席払いを命じた。宇一は審神者気取りになって、前回の小判堀りの失敗をとがめたてた。
大霜は、改心ができていないから戒めを与えたのだ、と返した。そして改心ができたらいくらでも金を与えてやる、というと、宇一は必要だから欲しいのだ、と食いついてきた。
宇一は、父親が相場で財産を失くして肩身が狭い思いをしているから、それを埋め合わせるお金をもらえたら喜んで信仰します、とお金をねだった。大霜は殊勝な心がけに免じて十万円を与えると、大店の番頭が財布を落とした場所を託宣した。
これを聞いて宇一は大霜のいうとおり禊や祝詞を一生懸命上げ、喜楽に早く行こうとせきたてた。自分は、大霜の言うことは本当のようには思われない、と愚痴を言ったが、宇一はお金の話に乗り気で、信仰を盾に喜楽を促した。
二人は大霜に言われた峠道を下りてきた。暗闇の中に、財布のような黒いものが落ちていたので、二人はそれに手をかけた。財布と思ったのは、牛の糞であった。
宇一はがっかりして、もう神懸りはやめようと喜楽に言った。二人は力なく穴太に帰ってきた。
こうして神様は天狗を使い、自分たちの執着を根底から払拭し去り真の神柱としてやろうと思し召し、いろいろと工夫をこらしてくださったのだと二十年ほど経って気が付いた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-20 13:31:11 文字数:4438 OBC :rm3709
愛善世界社版:113頁 八幡書店版:第7輯 72頁 修補版: 校定版:119頁 普及版:55頁 初版: ページ備考:
001 斎藤(さいとう)元市(もといち)氏(し)は大霜(おほしも)天狗(てんぐ)の託宣(たくせん)のがらりと外(はづ)れたのに愛想(あいさう)をつかし、002修業場(しうげふば)を貸(か)すことを謝絶(しやぜつ)し、003それきり自分(じぶん)の方(はう)へは見向(みむ)きもせなくなつたのみならず、004『大先生(だいせんせい)』と、005暫(しばら)く崇(あが)めてゐた喜楽(きらく)に『泥狸(どぶだぬき)、006ド狸(たぬき)、007野天狗(のてんぐ)、008ド気違(きちがひ)』と罵(ののし)り始(はじ)めた。009そして自分(じぶん)の妻(つま)の妹(いもうと)のチンコの静子(しづこ)を、010中村(なかむら)の修業場(しうげふば)から引張(ひつぱり)帰(かへ)り、011園部(そのべ)の下司(げし)熊吉(くまきち)といふ博奕打(ばくちうち)の稲荷下(いなりさ)げをする男(をとこ)の女房(にようばう)にやつて了(しま)つた。012十三(じふさん)歳(さい)の高子(たかこ)の方(はう)は神懸(かむがか)りが面白(おもしろ)いので、013中村(なかむら)の多田(ただ)亀(かめ)の内(うち)で修業(しうげふ)をして居(ゐ)た。014宇一(ういち)は爺(おやぢ)の目(め)を忍(しの)んで、015そろそろ喜楽(きらく)の宅(たく)へ出入(でい)りを始(はじ)めた。016そして神(かみ)の道(みち)を覚束(おぼつか)なげに研究(けんきう)してゐた。
017 奥山(おくやま)で失敗(しつぱい)して帰(かへ)つてから、018五日目(いつかめ)の夜(よ)さであつた。019又(また)もや大霜(おほしも)天狗(てんぐ)サンが、020五日間(いつかかん)の沈黙(ちんもく)を破(やぶ)つて、021腹(はら)の中(なか)からグルグルと舞(ま)ひ上(のぼ)り、022喉元(のどもと)へ来(き)て呶(ど)なり始(はじ)めた。023喜楽(きらく)はヤア又(また)かと、024迷惑(めいわく)してゐると、025雷(かみなり)のやうな大(おほ)きな声(こゑ)で、
026大霜(おほしも)『此(この)方(はう)は住吉(すみよし)の眷族(けんぞく)大霜(おほしも)であるぞよ。027男山(をとこやま)の眷族(けんぞく)小松林(こまつばやし)の命令(めいれい)に依(よ)つて、028再(ふたた)びここに現(あら)はれ、029其(その)方(はう)に申渡(まをしわた)すことがあるから、030シツカリ聞(き)くがよいぞ。031宇一(ういち)は暫(しばら)く席(せき)を遠(とほ)ざけたがよからう』
032 宇一(ういち)は審神者(さには)気取(きど)りになり、
033宇一(ういち)『コレ大霜(おほしも)天狗(てんぐ)サン、034余(あま)り人(ひと)を馬鹿(ばか)にしなさるな。035奥山(おくやま)に金(かね)が埋(い)けてあるなんて、036能(よ)うそんな出放題(ではうだい)が言(い)へましたなア、037モウこれからお前(まへ)の云(い)ふことは一言(ひとこと)も聞(き)きませぬで……オイ喜楽(きらく)、038チとシツカリせぬと可(い)かんぜ。039お前(まへ)の口(くち)から言(い)ふのぢやないか、040余程(よほど)気(き)を附(つ)けぬと気違(きちがひ)になつて了(しま)うぞ。041……オイ大霜(おほしも)、042これでも神(かみ)の申(まを)すことに二言(にごん)がないといふか。043八十(はちじふ)万(まん)円(ゑん)なんて駄法螺(だぼら)を吹(ふ)きやがつて、044俺(おれ)たち親子(おやこ)を馬鹿(ばか)にしやがつたな』
045大霜(おほしも)『八十(はちじふ)万(まん)円(ゑん)でも八百万(はつぴやくまん)円(ゑん)でも其(その)方(はう)の心次第(こころしだい)で与(あた)へてやる。046まだ改心(かいしん)が出来(でき)ぬから、047誠(まこと)のことが言(い)うてやれぬのだ。048金(かね)の欲(よく)が離(はな)れたら幾(いく)らでも金(かね)を与(あた)へてやる』
049宇一(ういち)『金(かね)の必要(ひつえう)があるから欲(ほ)しくなるのです。050誰(たれ)だつて必要(ひつえう)のない物(もの)は欲(ほ)しいことはありませぬ、051欲(ほ)しくない金(かね)なら要(い)りませぬワイ。052石瓦(いしかはら)も同然(どうぜん)だから、053金(かね)を欲(ほ)しがらぬ奴(やつ)には金(かね)をやらう、054欲(ほ)しがる奴(やつ)にはやらぬといふ意地(いぢ)の悪(わる)い神(かみ)がどこにあるか、055チツと考(かんが)へなさい。056審神者(さには)が気(き)をつけます』
057大霜(おほしも)『そんならこれから神(かみ)も改心(かいしん)して、058欲(ほ)しがる奴(やつ)にチツと計(ばか)り与(あた)へてやらう』
059宇一(ういち)『ハイ、060私(わたし)は別(べつ)に必要(ひつえう)は厶(ござ)いませぬが、061内(うち)の爺(おやぢ)は先祖(せんぞ)からの財産(ざいさん)を相場(さうば)でスツクリ無(な)くして了(しま)つたものですから、062親類(しんるゐ)からはいろいろ攻撃(こうげき)せられ、063あの養子(やうし)はようしぢやない、064わるうしだと人(ひと)に言(い)はれるのが残念(ざんねん)ぢやと悔(く)やんで居(を)ります。065余(あま)り欲(よく)な事(こと)は申(まを)しませぬから、066元(もと)の身上(しんじやう)になる所(ところ)迄(まで)金(かね)を与(あた)へてやつて下(くだ)さい。067そしたら爺(おやぢ)も喜(よろこ)んで信仰(しんかう)いたします。068此(この)頃(ごろ)は大霜(おほしも)サンが喜楽(きらく)にうつつて騙(だま)しやがつたと云(い)つて怒(おこ)つてゐます。069それ故(ゆゑ)私(わたし)も爺(おやぢ)に内証(ないしよう)で、070斯(か)うして神(かみ)さまの御用(ごよう)をさして貰(もら)はうと勉強(べんきやう)して居(ゐ)るので厶(ござ)います』
071大霜(おほしも)『お前(まへ)は親(おや)に似合(にあ)はぬ殊勝(しゆしよう)な奴(やつ)だ、072それ丈(だけ)の心掛(こころがけ)があらば結構(けつこう)だ。073そんならこれから金(かね)の所在(ありか)を本当(ほんたう)に知(し)らしてやる、074決(けつ)して疑(うたが)ふではないぞ。075先(さき)に騙(だま)されたから今度(こんど)も嘘(うそ)だらうと、076そんな疑(うたがひ)を起(おこ)さうものなら、077又(また)もや金銀(きんぎん)の入(はい)つた財布(さいふ)が牛糞(うしくそ)に化(ば)けるか知(し)れぬぞ、078よいか!』
079宇一(ういち)『決(けつ)して神(かみ)さまのお言(ことば)を始(はじ)めから疑(うたが)うて居(ゐ)るのぢや厶(ござ)いませぬが、080此(この)間(あひだ)の様(やう)に神(かみ)様(さま)から間違(まちが)はされると、081又(また)しても騙(だま)されるのぢやないかと、082自然(しぜん)に心(こころ)がひがみまして、083一寸(ちよつと)計(ばか)り疑(うたがひ)が起(おこ)つて参(まゐ)ります』
084大霜(おほしも)『それが大体(だいたい)悪(わる)いのだ。085綺麗(きれい)サツパリと改心(かいしん)をいたして、086此(この)方(はう)の申(まを)すことを一(いち)から十(じふ)迄(まで)信(しん)ずるのだぞ』
087宇一(ういち)『ハイ、088一点(いつてん)疑(うたがひ)をさし挟(はさ)みませぬから、089お告(つ)げを願(ねが)ひます』
090大霜(おほしも)『そんなら言(い)つてやらう、091一万(いちまん)両(りやう)でよいか』
092宇一(ういち)『ハイ、093当分(たうぶん)一万(いちまん)両(りやう)あれば、094さぞ爺(おやぢ)が喜(よろこ)ぶこつて厶(ござ)りませう』
095大霜(おほしも)『其(その)一万(いちまん)両(りやう)を如何(どう)する積(つも)りだ。096天狗(てんぐ)の公園(こうゑん)を先(さき)にするか、097自分(じぶん)の目的(もくてき)の相場(さうば)の方(はう)にかかるか、098其(その)先決(せんけつ)問題(もんだい)からきめておかねば言(い)うてやる事(こと)は出来(でき)ぬワイ』
099宇一(ういち)『ハイ、100そこは神(かみ)さまにお任(まか)せ致(いた)します。101御(ご)命令(めいれい)通(どほ)りになりますから……』
102大霜(おほしも)『そんなら言(い)つてやらう、103よつく聞(き)け! 葦野山(あしのやま)峠(たうげ)を二町(にちやう)許(ばか)り西(にし)へ下(お)りかけた所(ところ)の道端(みちばた)の叢(くさむら)に、104十万(じふまん)円(ゑん)這入(はい)つた大(おほ)きな色(いろ)の黒(くろ)い財布(さいふ)がおちてゐる。105それは鴻(こう)の池(いけ)の番頭(ばんとう)が京都(きやうと)の銀行(ぎんかう)から取出(とりだ)して、106大阪(おほさか)へ帰(かへ)る途中(とちう)泥坊(どろばう)の用心(ようじん)にと、107ワザと途(みち)を転(てん)じて葦野山(あしのやま)峠(たうげ)を越(こ)えた所(ところ)、108泥坊(どろばう)の奴(やつ)、109チヤンと先廻(さきまは)りを致(いた)し、110葦野山(あしのやま)峠(たうげ)に待(ま)つてゐた。111それとも知(し)らず番頭(ばんとう)は、112百円札(ひやくゑんさつ)で一千(いつせん)枚(まい)都合(つがふ)十万(じふまん)円(ゑん)持(も)つて、113葦野山(あしのやま)峠(たうげ)をスタスタと登(のぼ)り、114夜(よる)の十二(じふに)時(じ)頃(ごろ)通(とほ)つた所(ところ)を、115泥棒(どろばう)が物(もの)をも云(い)はず、116後(あと)からグーイと引(ひ)つたくり、117持(も)つて逃(に)げ様(やう)と致(いた)すのを、118此(この)大天狗(だいてんぐ)が大喝(だいかつ)一声(いつせい)……曲者(くせもの)!……と樹(き)の上(うへ)から呶鳴(どな)りつけた所(ところ)、119泥棒(どろばう)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に逃(に)げ出(だ)す、120番頭(ばんとう)は生命(いのち)カラガラ能勢(のせ)の方面(はうめん)へ逃(に)げて行(ゆ)く。121アヽ大切(たいせつ)な主人(しゆじん)の金(かね)を泥棒(どろばう)に取(と)られて、122如何(どう)申訳(まをしわけ)があらう、123一層(いつそう)池(いけ)へ身(み)を投(な)げて申訳(まをしわけ)をせうと、124今(いま)大(おほ)きな池(いけ)のふちにウロウロしてゐる所(ところ)だ。125それをどうぞして助(たす)けてやらうと、126此(この)方(はう)の眷族(けんぞく)を間配(まくば)つて守護(しゆご)致(いた)して居(を)るから、127先(ま)づ今晩(こんばん)は大丈夫(だいぢやうぶ)だが、128何(いづ)れ彼奴(あいつ)は金(かね)が出(で)ない以上(いじやう)は死(し)ぬに違(ちが)ひない、129それ故(ゆゑ)其(その)方(はう)が其(その)金(かね)を拾(ひろ)ひ、130其(その)筋(すぢ)へ届(とど)けたなら規則(きそく)として一割(いちわり)は貰(もら)へるのだ、131一割(いちわり)でも一万(いちまん)円(ゑん)になる、132サア早(はや)く行(ゆ)け!』
133宇一(ういち)『それは何時(いつ)賊(ぞく)が出(で)ましたので厶(ござ)いますか?』
134大霜(おほしも)『今晩(こんばん)の十二(じふに)時(じ)頃(ごろ)に出(で)たのだ』
135宇一(ういち)『一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さい、136まだ午後(ごご)五(ご)時(じ)で御座(ござ)います。137日(ひ)も暮(く)れて居(を)らぬのに、138今晩(こんばん)の十二(じふに)時(じ)に賊(ぞく)が出(で)たとは、139そら昨夜(さくや)の間違(まちが)ひと違(ちが)ひますか?』
140大霜(おほしも)『ナニ今晩(こんばん)に間違(まちがひ)ない、141神(かみ)は過去(くわこ)、142現在(げんざい)、143未来(みらい)一(ひと)つに見(み)え透(す)くのだ。144先(さき)に出(で)て来(く)る事(こと)を知(し)らぬ様(やう)では神(かみ)とは申(まを)さぬぞよ。145サア早(はや)く行(ゆ)け、146グヅグヅして居(ゐ)ると番頭(ばんとう)の寿命(じゆめう)がなくなるばかりか、147十万(じふまん)円(ゑん)の金(かね)を又(また)外(ほか)の奴(やつ)に拾(ひろ)はれて了(しま)へば、148メツタに出(で)て来(く)る例(ため)しがない』
149宇一(ういち)『葦野山(あしのやま)峠(たうげ)は僅(わづか)に一(いち)里(り)計(ばか)りの所(ところ)です。150今(いま)から行(ゆ)きましたら六(ろく)時(じ)には着(つ)きます。151六(ろく)時間(じかん)も待(ま)つて居(ゐ)るのですか?』
152大霜(おほしも)『オウそうぢや、153お前(まへ)は肉体(にくたい)を持(も)つた現界(げんかい)の人間(にんげん)だ、154神界(しんかい)と同(おな)じ調子(てうし)には行(ゆ)かぬワイ、155そんなら十二(じふに)時(じ)に賊(ぞく)が出(で)て金(かね)を取(と)るのだから、156余(あま)り早過(はやす)ぎてもいかず、157遅過(おそす)ぎてもいかぬから、158此処(ここ)を十一(じふいち)時半(じはん)に立(た)つて行(ゆ)け、159そうすれば丁度(ちやうど)都合(つがふ)がよからう』
160宇一(ういち)『最前(さいぜん)申(まを)した様(やう)に決(けつ)して疑(うたがひ)は致(いた)しませぬけれど、161もし間違(まちが)つたら如何(どう)して下(くだ)さいますか?』
162大霜(おほしも)『間違(まちが)うと思(おも)ふなら行(ゆ)かぬがよかろ、163後(あと)で不足(ふそく)を聞(き)くのは面倒(めんだう)だから、164一層(いつそ)の事(こと)喜楽(きらく)一人(ひとり)行(ゆ)くがよい、165一万(いちまん)円(ゑん)の謝金(しやきん)は其(その)方(はう)の自由(じいう)に使(つか)うたが宜(よ)からうぞ』
166宇一(ういち)『もし大霜(おほしも)さま、167此(この)間(あひだ)の様(やう)に喜楽(きらく)丈(だけ)が行(ゆ)きますと、168不結果(ふけつくわ)に了(をは)るかも知(し)れませぬ。169私(わたし)も一緒(いつしよ)に連(つ)らつて行(い)つたら如何(どう)ですか?』
170大霜(おほしも)『それも宜(よ)からう。171それまでに水(みづ)を三百(さんびやく)三十三(さんじふさん)杯(ばい)頭(あたま)からかぶり神言(かみごと)を五十遍(ごじつぺん)上(あ)げよ。172そうすればこれから丁度(ちやうど)十一(じふいち)時半(じはん)迄(まで)時間(じかん)がかかる、173それから行(い)つたがよからう。174神(かみ)は之(これ)から引取(ひきと)るぞよ』
175 ドスンと飛上(とびあが)り、176畳(たたみ)を響(ひび)かせ鎮(しづ)まつて了(しま)つた。177宇一(ういち)は釣瓶(つるべ)に三百(さんびやく)三十三(さんじふさん)杯(ばい)の水(みづ)をカブるのは苦痛(くつう)で堪(たま)らず、178小(ちひ)さい杓(しやく)で、179一杯(いつぱい)の水(みづ)を三(さん)しづく程(ほど)酌(く)んで『一(ひと)つ二(ふた)つ三(みつ)つ……』と云(い)つて三百(さんびやく)三十三(さんじふさん)杯(ばい)かぶる真似(まね)をしてゐた。180祝詞(のりと)も神言(かみごと)では長(なが)いと云(い)つて、181天津(あまつ)祝詞(のりと)に代(か)へて貰(もら)ひ、182漸(やうや)くにして五十遍(ごじつぺん)早口(はやぐち)に唱(とな)へて了(しま)ひ、
183宇一(ういち)『サア喜楽(きらく)、184ソロソロ行(ゆ)かうぢやないか。185まだ九(く)時(じ)過(す)ぎだが、186道々(みちみち)修行(しうぎやう)したりなんかしもつて行(ゆ)けば、187丁度(ちやうど)よい時間(じかん)になるよ。188遅(おそ)いより早(はや)いがましだからな』
189喜楽(きらく)『モウおかうかい、190おれは何(なん)だか本当(ほんたう)のやうに思(おも)はぬワ。191又(また)此(この)間(あひだ)の様(やう)な目(め)に会(あ)はされると馬鹿(ばか)らしいからな』
192宇一(ういち)『羹物(あつもの)にこりて膾(なます)を吹(ふ)くとはお前(まへ)の事(こと)だ、193そう神(かみ)さまだつて何遍(なんべん)も人(ひと)を弄(もてあそ)びになさる筈(はず)がない、194疑(うたが)ふのが一番(いちばん)悪(わる)い、195何(なん)でも唯々(いい)諾々(だくだく)として是(これ)命(めい)維(こ)れ従(したが)ふと云(い)ふのが、196信仰(しんかう)の道(みち)だ。197そんな事(こと)云(い)はずに行(ゆ)かうぢやないか』
198喜楽(きらく)『余(あま)り人(ひと)に分(わか)らぬよにしてをつてくれ。199もし失策(しくじ)つたら又(また)次郎松(じろまつ)サンに村中(むらぢう)触(ふ)れ歩(ある)かれると困(こま)るからなア』
200 宇一(ういち)は『ヨシヨシ』と諾(き)き乍(なが)ら、201早(はや)くも吾(わが)茅家(あばらや)を立出(たちい)でる。202喜楽(きらく)も従(つ)いて、203田圃路(たんぼみち)を辿(たど)り天川村(てんがはむら)を右(みぎ)に見(み)て、204出山(いでやま)を越(こ)え、205上佐伯(かみさへき)の御霊(ごりやう)神社(じんじや)の森(もり)に辿(たど)りつき、206森(もり)の杉(すぎ)の木(き)の株(かぶ)に腰(こし)を打掛(うちか)けて、207夜(よる)のボヤボヤした春風(はるかぜ)を身(み)に浴(あ)び乍(なが)ら、208眠(ねむ)たいのを無理(むり)に辛抱(しんばう)して、209時刻(じこく)の到(いた)るのを待(ま)つてゐた。
210 愈(いよいよ)十一(じふいち)時(じ)を社務所(しやむしよ)の時計(とけい)が打出(うちだ)した。
211宇一『アヽモウ十一(じふいち)時(じ)だ、212早(はや)く行(ゆ)かう』
213と宇一(ういち)は先(さき)に立(た)つ。214喜楽(きらく)は後(あと)からスタスタと険(けは)しき葦野山(あしのやま)峠(たうげ)を、215七八丁(しちはつちやう)計(ばか)り登(のぼ)つて行(ゆ)く。216峠(たうげ)の茶屋(ちやや)に山田屋(やまだや)と云(い)ふのがあつた。217まだ時刻(じこく)が早(はや)いので、218一寸(ちよつと)一服(いつぷく)して行(ゆ)かうと、219戸(と)の隙(すき)から中(なか)を覗(のぞ)くと、220此(この)五六軒(ごろくけん)よりかない村(むら)の若(わか)い者(もの)が、221まだ遊(あそ)んでゐる。222……コリヤ却(かへつ)て都合(つがふ)が悪(わる)い……と云(い)ひ乍(なが)ら、223峠(たうげ)の右側(みぎがは)の松林(まつばやし)に進(すす)み入(い)り、224暫(しばら)く時刻(じこく)の到(いた)るを待(ま)つてゐる間(あひだ)に、225二人(ふたり)共(とも)グツスリ寝込(ねこ)んで了(しま)つた。
226 フツと先(さき)に目(め)が開(あ)いたのは宇一(ういち)であつた。
227宇一(ういち)『オイ喜楽(きらく)、228早(はや)う起(お)きぬか、229今(いま)一寸(ちよつと)道(みち)の方(はう)を覗(のぞ)いて居(を)りたら、230神(かみ)さまの云(い)ふたやうに、231一人(ひとり)の黒(くろ)い男(をとこ)が、232財布(さいふ)の様(やう)な者(もの)を担(かた)げて通(とほ)りよつたぞ。233又(また)其(その)後(あと)へ二人(ふたり)の男(をとこ)が一町(いつちやう)ほど離(はな)れて行(ゆ)きよつた。234ヤツパリ神(かみ)様(さま)の仰(おつ)しやる事(こと)は違(ちが)はぬワ。235丁度(ちやうど)今(いま)財布(さいふ)をボツタクられてる所(ところ)だ。236余(あま)り早(はや)く行(ゆ)くと俺(おれ)達(たち)が泥棒(どろばう)と間違(まちが)へられて天狗(てんぐ)さまに叱(しか)られては大変(たいへん)だから、237ゆつくりして行(ゆ)かうだないか』
238と小(ちひ)さい声(こゑ)で囁(ささや)く。239喜楽(きらく)の心(こころ)の中(うち)は、240八分(はちぶ)まで信(しん)ぜられない、241如何(どう)してもウソの様(やう)な気(き)がする。242けれ共(ども)二分(にぶ)許(ばか)り何(なん)とはなしに希望(きばう)の糸(いと)につながれてるやうな気(き)がした。
243 そこで両人(りやうにん)は林(はやし)の中(なか)から街道(かいだう)へ下(お)り、244峠(たうげ)を二町(にちやう)ばかり降(くだ)つて見(み)ると、245一寸(ちよつと)曲(まが)り途(みち)がある。246ここに間違(まちが)ひないとよく目(め)を光(ひか)らして見(み)れば、247財布(さいふ)の様(やう)なものが黒(くろ)く落(お)ちてゐる。248二人(ふたり)は一(ひ)イ二(ふ)ウ三(み)ツで其(そ)の黒(くろ)い物(もの)に手(て)をかけると、249財布(さいふ)と思(おも)ふたのは牛(うし)の糞(くそ)の段塚(だんづか)であつた。
250 二人(ふたり)は余(あま)り馬鹿(ばか)らしいので、251互(たがひ)に何(なん)とも云(い)はず、252まだ外(ほか)に落(お)ちてるに違(ちが)ひないと、253汚(よご)れた手(て)をそこらの草(くさ)にこすりつけ拭(ふ)き取(と)り乍(なが)らガザリガザリと草(くさ)の中(なか)を捜(さが)して見(み)た。254ここは常(つね)から牛車(ぎうしや)の一服(いつぷく)する場所(ばしよ)で、255路傍(みちばた)の草原(くさはら)に牛(うし)をつなぐ為(ため)、256どこにもかしこにも牛糞(うしくそ)だらけである。257……コラ此処(ここ)ではあるまい……と又(また)一町(いつちやう)許(ばか)り降(くだ)り、258そこら中(ぢう)捜(さが)してみたが、259何一(なにひと)つおちてゐない。260念入(ねんい)りに葦野峠(あしのたうげ)の西坂(にしさか)五六丁(ごろくちやう)の間(あひだ)を捜(さが)してる間(あひだ)に、261夜(よ)はガラリと明(あ)けて了(しま)つた。262宇一(ういち)は失望(しつばう)落胆(らくたん)の余(あま)り、
263宇一(ういち)『オイ喜楽(きらく)、264貴様(きさま)の神懸(かむがか)りはサツパリ駄目(だめ)だ。265今度(こんど)は糞(くそ)を掴(つか)ましやがつただないか、266クソ忌々(いまいま)しい、267もうこんな事(こと)は誰(たれ)にもいふなよ。268お前(まへ)は口(くち)が軽(かる)いから困(こま)る。269そして今日(けふ)限(かぎ)り神懸(かむがか)りは止(や)めようぢやないか』
270喜楽(きらく)『グヅグヅして居(ゐ)ると金(かね)の財布(さいふ)が牛糞(うしぐそ)になると神(かみ)さまが言(い)ふたぢやないか。271モウ仕方(しかた)がない、272これも修業(しうげふ)ぢやと思(おも)うて諦(あきら)めようかい』
273宇一(ういち)『サア早(はや)く帰(い)なう、274誰(たれ)に出会(であ)うか知(し)れやしない。275余(あま)り見(み)つともよくないから……』
276と云(い)ひ乍(なが)ら、277力(ちから)なげに両人(りやうにん)は穴太(あなを)へ帰(かへ)つて来(き)た。
278 斯(かく)の如(ごと)くして神(かみ)さまは天狗(てんぐ)を使(つか)ひ、279自分(じぶん)等(ら)の執着(しふちやく)を根底(こんてい)より払拭(ふつしき)し去(さ)り、280真(しん)の神柱(かむばしら)としてやらうと思召(おぼしめ)し、281いろいろと工夫(くふう)をおこらし下(くだ)さつたのだと、282二十(にじふ)年(ねん)程(ほど)経(た)つて気(き)がついた。283それ迄(まで)は時々(ときどき)思(おも)ひ出(だ)して、284馬鹿(ばか)らしくつて堪(たま)らなかつたのである。285あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
286(大正一一・一〇・九 旧八・一九 松村真澄録)
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