霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一一章 松(まつ)の嵐(あらし)〔一〇二三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第2篇 青垣山内 よみ(新仮名遣い):あおがきやまうち
章:第11章 松の嵐 よみ(新仮名遣い):まつのあらし 通し章番号:1023
口述日:1922(大正11)年10月09日(旧08月19日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
矢田の滝の修行が終わってから宮垣内の自宅でいよいよ神業に奉仕することになった。さまざまな病人が来て鎮魂や神占を乞う。たちまち御神徳の評判が遠近にとどろいて評判を呼び、朝から晩まで食事をする間もないほど多忙を極めた。
またぞろ次郎松がやってきて難癖をつけ、湯呑みの中に入れたものを当てろという。喜楽は神様の教えを伝え人の悩みを助けるのがお役目だと諭すが、あまり騒ぐので、霊眼で湯呑みの中に銅貨を十五枚入れたことを当ててやった。
すると次郎松は狐を使っているとわめきだしたので、霊学の透視術について説明したが、さっぱり理解してくれない。次郎松は狐使いだと近所を言いふらしてあるいたが、参詣人が減ることはなかった。
また侠客の牛公が難癖をつけにやってきたが、喜楽は無抵抗主義で無視していると、しまいには屁をひりかけて去って行った。弟の由松は、無礼な牛公に罰も当てないと神様に怒って、祭壇を返してしまった。
その夜、由松の枕元に五柱の神々が現れて由松を戒めたという。しばらくは由松は殊勝になって祭壇の掃除などをしていたが、一週間もするとまた、次郎松と一緒になって神様の悪口を触れ回り始めた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-21 16:27:37 文字数:4039 OBC :rm3711
愛善世界社版:138頁 八幡書店版:第7輯 82頁 修補版: 校定版:145頁 普及版:67頁 初版: ページ備考:
001 一(いつ)週間(しうかん)の矢田(やだ)の滝(たき)の行(ぎやう)を終(をは)つてから、002宮垣内(みやがいち)の自宅(じたく)に於(おい)て、003喜楽(きらく)は愈々(いよいよ)神業(しんげふ)に奉仕(ほうし)する事(こと)となつた。004盲目(めくら)や聾唖(つんぼ)、005リウマチ、006其(その)他(ほか)いろいろの病人(びやうにん)がやつて来(き)て鎮魂(ちんこん)を頼(たの)む、007神占(しんせん)を乞(こ)ふ、008何(いづ)れも御(ご)神徳(しんとく)が弥顕(いやちこ)だと云(い)ふ評判(へうばん)が忽(たちま)ち遠近(ゑんきん)に轟(とどろ)いて、009穴太(あなを)の天狗(てんぐ)さまとか金神(こんじん)さま、010稲荷(いなり)さまなどといつて、011朝(あさ)から晩(ばん)まで参詣人(さんけいにん)の山(やま)を築(きづ)き、012食事(しよくじ)する間(ま)もない位(くらゐ)、013多忙(たばう)を極(きは)めて居(ゐ)た。
014 例(れい)の次郎松(じろまつ)サンがやつて来(き)て、015祭壇(さいだん)の前(まへ)に尻(しり)を捲(まく)つてドツカと坐(すわ)り、016大勢(おほぜい)の参拝者(さんぱいしや)の中(なか)をも顧(かへり)みず、017真赤(まつか)な顔(かほ)して喜楽(きらく)を睨(にら)みつけ、
018次郎松(じろまつ)『コリヤ極道(ごくだう)息子(むすこ)、019貴様(きさま)は又(また)しても山子(やまこ)商売(しやうばい)をやる積(つも)りだな。020ヨシ、021今(いま)に化(ば)けの皮(かは)をヒン剥(む)いて、022大勢(おほぜい)の前(まへ)で赤恥(あかはぢ)かかして見(み)せてやらう。023それが貴様(きさま)の将来(しやうらい)のためにもなり、024上田家(うへだけ)の為(た)めにもなるのだ。025株内(かぶうち)や近所(きんじよ)へよい程(ほど)心配(しんぱい)をかけさらせやがつて、026其(その)上(うへ)まだ狐(きつね)使(つか)ひの真似(まね)をするとは何(なん)の事(こと)だ。027何故(なぜ)折角(せつかく)ここ迄(まで)築(きづ)きあげた、028見込(みこみ)のある牧畜(ぼくちく)や乳屋(ちちや)を勉強(べんきやう)せぬか。029神(かみ)さまだの、030占(うらなひ)だの、031訳(わけ)の分(わか)らぬ出鱈目(でたらめ)を吐(ぬか)しやがつて、032世間(せけん)の人(ひと)を誤魔(ごま)かし、033甘(うま)い事(こと)を仕様(しやう)たつて駄目(だめ)だぞ、034尾(を)の無(な)いド狐(ぎつね)とは貴様(きさま)の事(こと)だ。035貴様(きさま)が本当(ほんたう)に神(かみ)様(さま)に面会(めんくわい)が出来(でき)、036又(また)神(かみ)様(さま)の教(をしへ)が伺(うかが)へるのなら、037今(いま)俺(おれ)が一(ひと)つ検査(けんさ)をしてやらう。038万(まん)が一(いち)にも当(あた)つたが最後(さいご)、039俺(おれ)の財産(ざいさん)四百(よんひやく)円(ゑん)の地価(ちか)を残(のこ)らず貴様(きさま)にやる』
040と口汚(くちぎたな)く罵(ののし)り乍(なが)ら、041湯呑(ゆの)みの中(なか)へ何(なに)か小(ちひ)さい物(もの)を入(い)れて、042其(その)口(くち)を厚紙(あつがみ)で貼(は)り糊(のり)をコテコテとつけ、043音(おと)をせぬ様(やう)に懐(ふところ)から出(だ)して前(まへ)にソツと置(お)き、
044次郎松(じろまつ)『サア先生(せんせい)、045イヤ極道(ごくだう)息子(むすこ)、046指一本(ゆびいつぽん)でも触(さえ)る事(こと)はならぬ。047此(この)儘(まま)此(この)湯呑(ゆの)みの中(なか)に、048どんな物(もの)がどれ丈(だ)け這入(はい)つてをるかと云(い)ふ事(こと)を、049貂眼通(てんがんつう)とか鼬通(いたちつう)とか云(い)ふ先生(せんせい)、050見事(みごと)あてて見(み)よ。051これが当(あた)つたら、052それこそ天(てん)が地(ち)になり地(ち)が天(てん)になる。053お月(つき)さまに向(むか)つて放(はな)す弓(ゆみ)の矢(や)は中(あた)つても、054こればつかりは滅多(めつた)にあたる気遣(きづか)ひはない。055如何(どう)ですな、056先生(せんせい)!』
057と軽侮(けいぶ)の念(ねん)を飽迄(あくまで)顔面(がんめん)に現(あらは)し、058喜楽(きらく)の顔(かほ)を頤(あご)をしやくつて睨(ね)めつける。
059喜楽(きらく)『俺(わし)は神(かみ)様(さま)の誠(まこと)の教(をしへ)を伝(つた)へたり、060人(ひと)の悩(なや)みを助(たす)けたりするのが役(やく)だ。061手品師(てじなし)の様(やう)に、062そんな物(もの)をあてると云(い)ふ様(やう)な事(こと)は御免(ごめん)蒙(かうむ)り度(た)い。063神(かみ)さまに教(をし)へて貰(もら)ふた事(こと)はないから知(し)りませぬ』
064 次郎松(じろまつ)はシタリ顔(がほ)で、065一寸(ちよつと)舌(した)を出(だ)し頤(あご)を二(ふた)つ三(み)つしやくつて、
066次郎松(じろまつ)『態(ざま)ア見(み)やがれド狸(たぬき)奴(め)、067到頭(たうとう)赤(あか)い尻尾(しつぽ)を出(だ)しやがつた。068エー、069おけおけ、070此(この)時節(じせつ)にそんな馬鹿(ばか)の真似(まね)さらすと、071此(この)松(まつ)サンがフンのばして了(しま)ふぞ。072オイ狸(たぬき)先生(せんせい)、073腹(はら)が立(た)つのか、074何(なん)だ、075其(その)むつかしい顔(かほ)は……残念(ざんねん)なか、076口惜(くや)しいか、077早(はや)く改心(かいしん)せい、078ド狸野郎(たぬきやろう)奴(め)』
079と益々(ますます)傍若(ばうじやく)無人(ぶじん)の悪言(あくげん)暴語(ばうご)を連発(れんぱつ)する。080喜楽(きらく)はあまり次郎松(じろまつ)の言葉(ことば)が煩(うる)さくなつて来(き)たので、081一層(いつそう)の事(こと)、082彼(かれ)の疑心(ぎしん)を晴(は)らしてやらうと思(おも)ひ、
083喜楽(きらく)『松(まつ)サン、084あんまりお前(まへ)が疑(うたが)ふから、085今日(けふ)一遍(いつぺん)だけ云(い)ふてやるが……一銭(いつせん)銅貨(どうくわ)を十五(じふご)枚(まい)入(い)れてあるだらう』
086 側(そば)に聞(き)いて居(を)つた数多(あまた)の参詣者(さんけいしや)は、087各自(めいめい)に此(この)実地(じつち)を見(み)て感嘆(かんたん)して居(ゐ)る。088次郎松(じろまつ)は妙(めう)な顔(かほ)し乍(なが)ら、089御(ご)叮嚀(ていねい)に喜楽(きらく)の顔(かほ)を又(また)もや覗(のぞ)き込(こ)み、090自分(じぶん)の右(みぎ)の手(て)で自分(じぶん)の膝頭(ひざがしら)を二(ふた)つ三(み)つ叩(たた)き、091首(くび)を一寸(ちよつと)傾(かたむ)けて、
092次郎松(じろまつ)『ハア……案(あん)の定(ぢやう)、093狐(きつね)使(つか)ひだ。094やつぱり箱根山(はこねやま)の道了(だうれう)権現(ごんげん)のつかはしの飯綱(いづな)をつかつてるのだな。095一体(いつたい)そんな管狐(くだぎつね)を何処(どこ)で買(か)つて来(き)たのだ。096何匹(なんびき)ほど居(を)るのか。097そんなものでも一匹(いつぴき)が一(いち)円(ゑん)もとるか、098一寸(ちよつと)俺(おれ)にも見(み)せて呉(く)れ、099ホンの一寸(ちよつと)でよい、100大切(だいじ)なお前(まへ)の商売(しやうばい)道具(だうぐ)を長(なが)う見(み)せてくれとは云(い)はぬ』
101と訳(わけ)の分(わか)らぬ質問(しつもん)を連発(れんぱつ)する。102迷信家(めいしんか)ほど困(こま)つたものはない。
103喜楽(きらく)『神懸(かむがか)りの霊術(れいじゆつ)によつて、104透視(とうし)作用(さよう)が利(き)くのだ』
105と少(すこ)しばかり霊魂学(れいこんがく)の説明(せつめい)を簡単(かんたん)に述(の)べたてて見(み)た。106されど元来(ぐわんらい)の無学者(むがくしや)だけに、107何(なに)をいつても馬耳(ばじ)東風(とうふう)、108耳(みみ)に入(い)りさうな事(こと)はない。109又(また)もや次郎松(じろまつ)は口(くち)を尖(とが)らして、
110次郎松(じろまつ)『透視(とうし)だか水篩(すゐのう)だか、111そんな事(こと)ア知(し)らぬが、112そこらに小(ちひ)さい管狐(くだぎつね)を放(はう)り出(だ)さぬ様(やう)にして呉(く)れよ。113ヒヨツと取(と)り憑(つ)かれでもしたら大変(たいへん)だ。114皆(みな)さま用心(ようじん)しなさい。115此奴(こいつ)ア飯綱(いづな)使(つか)ひだから、116うつかりしてると憑(つ)けられますよ。117病人(びやうにん)が来(く)ると、118管狐(くだぎつね)を一寸(ちよつと)除(の)かして、119病気(びやうき)を癒(なほ)し、120又(また)暫(しばら)くすると管狐(くだぎつね)をつけて病人(びやうにん)にして、121何度(なんど)も礼(れい)をとると云(い)ふ虫(むし)の良(よ)い商売(しやうばい)を始(はじ)めかけよつたのだ。122何(なに)しろ近寄(ちかよ)らぬが何(なに)よりだ。123別(べつ)に穴太(あなを)の村(むら)に喜楽(きらく)が居(を)つて神(かみ)を祀(まつ)らうが祀(まつ)らうまいが、124矢張(やつぱり)お日(ひ)さまは東(ひがし)から出(で)て御座(ござ)る。125暗(くら)がりになるためしもなし、126喜楽(きらく)が神(かみ)さまを始(はじ)めてから、127お日(ひ)さまが、128光(ひか)りが強(つよ)くなつた訳(わけ)ぢやなし、129お月(つき)さまが毎晩(まいばん)出(で)る訳(わけ)でもないし、130斯(こ)んな者(もの)に騙(だま)されるより早(はや)う皆(みな)さまお帰(かへ)りなさい。131こんな奴(やつ)に眉毛(まゆげ)をよまれ尻毛(しりげ)をぬかれて堪(たま)りますか。132俺(おれ)はきつてもきれぬ親類(しんるゐ)だから、133第一(だいいち)上田家(うへだけ)のため、134又(また)此(この)極道(ごくだう)の為(た)め、135お前(まへ)サン達(たち)の為(た)め気(き)をつける』
136と口(くち)を極(きは)めて反対(はんたい)の気焔(きえん)をあげる。137然(しか)し参詣者(さんけいしや)は一人(ひとり)も消(き)えぬ。138依然(いぜん)として鎮魂(ちんこん)を乞(こ)ひ、139伺(うかが)ひを願(ねが)つて喜(よろこ)んで帰(かへ)つて行(ゆ)く。140次郎松(じろまつ)サンは翌日(よくじつ)の朝(あさ)早(はや)くから穴太(あなを)の村中(むらぢう)一軒(いつけん)も残(のこ)らず、
141次郎松(じろまつ)『家(うち)の本家(ほんけ)の喜楽(きらく)と云(い)ふ奴(やつ)は、142此(この)頃(ごろ)飯綱(いづな)を買(か)うて来(き)て妙(めう)な事(こと)をして居(ゐ)よるから、143相手(あひて)になつてくれるな』
144と賃金(ちんぎん)不要(いらず)の広告屋(くわうこくや)を勤(つと)めて居(を)る。145次郎松(じろまつ)は神(かみ)の教(をしへ)を忌(い)み嫌(きら)ふ悪魔(あくま)の霊(れい)に憑依(ひようい)されて知(し)らず識(し)らずに邪神(じやしん)の走狗(そうく)となつて了(しま)つたのである。
146 其(その)翌日(よくじつ)大勢(おほぜい)の参拝者(さんぱいしや)を相手(あひて)に、147鎮魂(ちんこん)をしたり神話(しんわ)を始(はじ)めて居(ゐ)ると、148侠客(けふかく)俣野(またの)の乾児(こぶん)と自称(じしよう)する背(せ)の低(ひく)い牛公(うしこう)がやつて来(き)た。149足(あし)に繃帯(はうたい)をして居(ゐ)る。
150牛公(うしこう)『オイ、151喜楽(きらく)サン、152随分(ずゐぶん)お前(まへ)の商売(しやうばい)もよう繁昌(はんじやう)するね。153俺(おれ)は夜前(やぜん)一寸(ちよつと)足(あし)に怪我(けが)をしたのだ。154何卒(どうぞ)お前(まへ)の鎮魂(ちんこん)とかで足(あし)の痛(いた)みを止(と)めて貰(もら)ひ度(た)いものだ』
155と横柄(わうへい)に手(て)を拱(こまね)き、156座敷(ざしき)の真中(まんなか)にドスンと坐(すわ)つて揶揄(からか)ひ始(はじ)めた。157元(もと)より怪我(けが)などはして居(ゐ)ないのだ。158みな嘘(うそ)の皮(かは)、159万々一(まんまんいち)喜楽(きらく)が、
160『さうか、161それは気(き)の毒(どく)だ』
162と云(い)つて直(すぐ)に祈願(きぐわん)でもしやうものなら、
163『天眼通(てんがんつう)の先生(せんせい)が之(これ)が分(わか)らぬか、164怪我(けが)も何(なに)もして居(ゐ)ない、165嘘(うそ)だぞ』
166と云(い)つて大勢(おほぜい)の中(なか)で笑(わら)つたり、167ねだつたり、168困(こま)らしたりしようとの悪(わる)い企(たく)みで来(き)て居(を)るのである。169若(も)し喜楽(きらく)が、
170『お前(まへ)は疵(きず)も何(なに)もして居(ゐ)ない。171そんな事(こと)をして俺(おれ)をためしに来(き)て居(を)るのだ』
172と云(い)へば、173自分(じぶん)の指(ゆび)の下(した)に隠(かく)した小刀(こがたな)で繃帯(はうたい)を解(と)き乍(なが)ら一寸(ちよつと)足(あし)を切(き)つて血(ち)を出(だ)し、
174『これや、175これ丈(だ)け血(ち)が出(で)て居(を)るのに怪我(けが)して居(ゐ)ないとは何(なん)の事(こと)だ。176ド山子(やまこ)奴(め)!』
177と呶鳴(どな)り立(た)てあやまらして、178酒銭(さかて)の一(いち)円(ゑん)も取(と)つてやらうとの算段(さんだん)をして居(を)るのだと見(み)てとつた喜楽(きらく)は、179牛公(うしこう)の言葉(ことば)を耳(みみ)にもかけず放擲(うつちや)つて、180素知(そし)らぬ顔(かほ)で数多(あまた)の参詣者(さんけいしや)に鎮魂(ちんこん)を施(ほどこ)して居(ゐ)た。
181 牛公(うしこう)は喜楽(きらく)の態度(たいど)が余程(よほど)癪(しやく)に触(さは)つたと見(み)え、182狂(くる)ひ獅子(じし)の様(やう)に暴(あば)れ出(だ)した。183忽(たちま)ち先祖(せんぞ)代々(だいだい)から家(いへ)の宝(たから)としてる、184虫喰(むしくひ)だらけの真黒気(まつくろけ)の障子(しやうじ)の桁(さん)を滅茶(めちや)苦茶(くちや)に叩(たた)き破(やぶ)る、185戸(と)を蹴破(けやぶ)る、186火鉢(ひばち)を蹴(け)り倒(たふ)すと云(い)ふ大乱暴(だいらんばう)をなし乍(なが)ら、187再(ふたた)び座敷(ざしき)の真中(まんなか)にドスンと胡坐(あぐら)をかき、
188牛公(うしこう)『こりや安閑坊(あんかんばう)の喜楽(きらく)! これでも罰(ばち)をようあてぬか、189腰抜(こしぬ)け神(がみ)の鼻垂(はなた)れ神(がみ)ぢやな。190そんなやくざ神(がみ)を祀(まつ)つてる貴様(きさま)は、191日本一(につぽんいち)の馬鹿(ばか)野郎(やらう)だ。192今(いま)此(この)牛(うし)さまが神床(かむどこ)に小便(せうべん)をしてやるから、193神力(しんりき)あり正念(しやうねん)がある神(かみ)なら、194立所(たちどころ)に罰(ばつ)をあてるだらう。195そんな事(こと)して能(よ)う罰(ばち)をあてん様(やう)な腰抜神(こしぬけがみ)なら、196神(かみ)でも何(なん)でもない、197溝狸(どぶだぬき)位(くらゐ)なものだ。198蚯蚓(みみづ)に小便(せうべん)かけてさへ○○が腫(は)れるぞ、199此奴(こいつ)ア狸(たぬき)だから正念(しやうねん)があるなら、200俺(おれ)の○○を腫(は)らして見(み)い!』
201と云(い)ひ乍(なが)ら犬(いぬ)の様(やう)に片足(かたあし)をピンと上(あ)げて、202無作法(ぶさはふ)にもジヨウジヨウとやりかけた。203数多(あまた)の参詣者(さんけいしや)は吃驚(びつくり)して、204残(のこ)らず外(そと)に逃(に)げ出(だ)して了(しま)つた。205喜楽(きらく)は神界(しんかい)修業(しうげふ)の時(とき)から、206三五教(あななひけう)の無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)を聞(き)いて居(ゐ)たから、207素知(そし)らぬ顔(かほ)して彼(かれ)がなす儘(まま)放任(はうにん)して居(ゐ)た。208牛公(うしこう)は益々(ますます)図(づ)にのつて、209終(つ)ひには黒(くろ)い尻(しり)をひきまくり、210喜楽(きらく)の鼻(はな)の前(まへ)でプンと一発(いつぱつ)嗅(かが)し『アハヽヽヽ』と笑(わら)ひ乍(なが)らサツサと帰(かへ)つて行(い)つた。
211 それと擦(す)れ違(ちが)ひに、212弟(おとうと)が野良(のら)から鍬(くは)を担(かた)げて慌(あはた)だしく馳来(はせきた)り、213牛公(うしこう)の乱暴(らんばう)した事(こと)を聞(き)き口惜(くやし)がり、214地団太(ぢだんだ)を踏(ふ)み乍(なが)ら、
215由松(よしまつ)『エーツ、216此(この)神(かみ)さまは力(ちから)の無(な)い神(かみ)だ。217毎日(まいにち)々々(まいにち)物(もの)を供(そな)へてやるのに何(なん)の罰(ばち)でも能(よ)うあてぬのか。218ウーンとフンのばして了(しま)へばよいのに、219そうすれや牛公(うしこう)だつて、220次郎松(じろまつ)だつて能(よ)う侮(あなど)らぬのだが、221此処(ここ)に祀(まつ)つてあるは気(き)の利(き)かぬ寝呆(ねぼ)け神(かみ)だから、222あんな奴(やつ)に馬鹿(ばか)にしられるのだ』
223と歯(は)をかみしめて吃(ども)り乍(なが)ら怒(おこ)つて居(ゐ)る。224喜楽(きらく)は静(しづか)に弟(おとうと)に向(むか)つて、
225喜楽(きらく)『オイ、226由松(よしまつ)、227そんな分(わか)らぬ事(こと)を云(い)ふな。228よう考(かんが)へて見(み)い、229彼奴(あいつ)ア畜生(ちくしやう)だ。230名(な)からして牛(うし)ぢやないか。231猫(ねこ)や鼠(ねずみ)は尊(たふと)い御(ご)神前(しんぜん)の中(なか)でも、232糞(くそ)や小便(せうべん)を平気(へいき)で垂(た)れて居(を)る、233烏(からす)や雀(すずめ)は神(かみ)様(さま)の棟(むね)へ上(あが)つて糞(くそ)小便(せうべん)を垂(た)れかける、234それでもチツとも神罰(しんばつ)があたらぬのぢやないか。235元来(がんらい)畜生(ちくしやう)だから、236神(かみ)様(さま)のおとがめがないのだ。237人間(にんげん)も人間(にんげん)の資格(しかく)を失(うしな)ふたら畜生(ちくしやう)同様(どうやう)だ。238畜生(ちくしやう)に神罰(しんばつ)があたるものかい』
239と云(い)はせも果(は)てず由松(よしまつ)は、
240由松(よしまつ)『ナニ、241馬鹿(ばか)たれるか』
242と云(い)ふより早(はや)く、243祭壇(さいだん)の下(した)へ頭(あたま)をつつ込(こ)み其(その)まま直立(ちよくりつ)した。244祭壇(さいだん)も神具(しんぐ)もお供物(そなへもの)一式(いつしき)ガタガタと転落(てんらく)し、245御(お)神酒(みき)からお供水(こうずゐ)、246洗米(せんまい)、247其(その)他(た)いろいろの供物(そなへもの)が座敷(ざしき)一杯(いつぱい)になつて了(しま)つた。248神(かみ)様(さま)の御(お)みと迄(まで)畳(たたみ)の上(うへ)にひつくり返(かへ)つて居(ゐ)る。249由松(よしまつ)は拾(ひろ)うては戸外(こぐわい)へ投(な)げつける、250参詣者(さんけいしや)はビツクリして顔色(がんしよく)を変(か)へチリチリバラバラに逃(に)げ出(だ)す。251由松(よしまつ)は猶(なほ)も猛(たけ)り狂(くる)ひ、
252由松(よしまつ)『オイ哥兄(あにき)、253こんなやくざ神(がみ)を祭(まつ)つて拝(をが)んでも屁(へ)の役(やく)にもたたぬぢやないか、254もう今日(けふ)限(かぎ)りこんなつまらぬ事(こと)はやめてくれ。255こんな餓鬼(がき)を祀(まつ)つただけに家内中(かないぢう)が心配(しんぱい)したり、256村中(むらぢう)に笑(わら)はれたり、257戸障子(としやうじ)を破(やぶ)られたり、258此(この)神(かみ)は上田家(うへだけ)の敵(かたき)だ。259敵(かたき)を祀(まつ)ると云(い)ふ事(こと)が何処(どこ)にあるものか』
260と分(わか)らぬ事(こと)を愚痴(ぐち)つて怒(おこ)つて居(を)る。
261 喜楽(きらく)は由松(よしまつ)の放(ほ)かしたおみとを拾(ひろ)ひ塩(しほ)で清(きよ)め、262再(ふたた)び祀(まつ)り直(なほ)し神(かみ)様(さま)にお詫(わび)をして、263漸(やうや)く其(その)日(ひ)は暮(く)れて了(しま)つた。
264 其(その)日(ひ)の夜中頃(よなかごろ)、265由松(よしまつ)の枕許(まくらもと)に男女(なんによ)五柱(いつはしら)の神(かみ)様(さま)が現(あら)はれ玉(たま)ふて、266頻(しき)りに由松(よしまつ)に御(ご)立腹(りつぷく)遊(あそ)ばした様(やう)なお顔(かほ)が歴々(ありあり)と見(み)え、267恐(おそ)ろしくて一目(ひとめ)もよう寝(ね)ず、268夢中(むちう)になつて寝(ね)たままあやまつて居(ゐ)る。269せまい家(いへ)の事(こと)とて横(よこ)に聞(き)いて居(ゐ)る喜楽(きらく)の可笑(おか)しさ。270由松(よしまつ)もこれで少(すこ)しは気(き)がつくだらうと思(おも)つて居(を)ると、271翌朝(よくてう)早(はや)くから御(ご)神前(しんぜん)をお掃除(さうぢ)したり、272お供物(そなへもの)をしたり、273祝詞(のりと)を奏(あ)げるやら、274暫(しばら)くの間(あひだ)は打(う)つて変(か)はつて敬神(けいしん)の行為(かうゐ)を励(はげ)んで居(ゐ)た。275然(しか)し十日(とをか)ほどすると、276又(また)もや神(かみ)様(さま)の悪口(あくこう)を次郎松(じろまつ)と一所(いつしよ)になつて始(はじ)めかけた。
277(大正一一・一〇・九 旧八・一九 北村隆光録)
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