霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二二章 大僧坊(だいそうばう)〔一〇三四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第4篇 山青水清 よみ(新仮名遣い):やまあおくみずきよし
章:第22章 大僧坊 よみ(新仮名遣い):だいそうぼう 通し章番号:1034
口述日:1922(大正11)年10月12日(旧08月22日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
園部での布教時代にひとつの珍話がある。北桑田方面に布教を試みようと、五箇荘村の手前の村にさしかかったところ、たそがれ時になり、宿を探そうと思ったが、懐には二十銭しかない。
野宿を覚悟で足を引きずって行くと、二三人の村人と道連れになった。話は自然、病気や憑き物のことに移って行った。
村には小林貞三という親爺がいて、十五六年前から不思議な憑き物で困っているという。腹の中から大きな声が出て立派な神様だと自称し、それにしたがって相場を張って身上を大方なくしてしまい、今は駄菓子やボロ材木を商って暮らしているという。
喜楽はそこを今夜の宿と定めてその家の店先を訪れた。喜楽は駄菓子を買って親爺との話をつなぎ、憑き物の相談を受けることになった。その夜は鎮魂帰神を実施することになった。
夕飯後、喜楽が審神者となって法を施すと、親爺についていた霊は激しく発動し、青い鼻汁を盛んに出し始めた。喜楽が名を訪ねると、鞍馬山の大僧坊だと名乗ったが、問い詰めると親爺の身体を宙に浮かせて、審神者の頭の上をかけりだし、目玉を足蹴にしようと狙っている。
喜楽は組んだ手を解いて右の人差し指に霊をかけ、親爺の身体をクルクルと回して荒療治を行った。これに憑霊は観念して、正体を白状し始めた。
霊は、この親爺の叔父であったという。十四五年前に、この親爺が悪辣な手段で叔父の財産を横領したため、叔父は怒りのあまり精神に隙ができ、野天狗に憑かれて山奥で自殺してしまったのだという。
叔父の霊は悔しさのあまり、この親爺が酒に酔って道端に倒れていたところを野天狗と一緒に憑依し、憑神のふりをして相場に手を出させ、親爺を零落させてしまったのだという。
そして、最後に何とか命を取ることを狙っていたところ、審神者に看破されたのだと明かした。
親爺は叔父の霊を手厚く葬ることを約束したので、霊はいったんは退散した。しかし退散は表向きで、やはり親爺の身体に潜んで時々妙なことをやらかすのであった。
この小林という爺さんは明治四十五年ごろに大本に訪ねてきたことがある。今は家も何も売ってしまい、大阪方面に出稼ぎに行ったということである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2026-02-12 04:21:08 文字数:3784 OBC :rm3722
愛善世界社版:265頁 八幡書店版:第7輯 130頁 修補版: 校定版:276頁 普及版:132頁 初版: ページ備考:
001 喜楽(きらく)の入綾(にふれう)に先立(さきだ)ち茲(ここ)に一(ひと)つの珍話(ちんわ)がある。002明治(めいぢ)三十一(さんじふいち)年(ねん)の八(はち)月(ぐわつ)[※喜楽の初参綾は旧8月23日、新10月8日。]、003八木(やぎ)の福島(ふくしま)氏(し)に二三回(にさんくわい)頼(たの)まれて、004園部(そのべ)黒田(くろだ)の会合所(くわいがふしよ)から、005はるばると山坂(やまさか)を越(こ)え、006参綾(さんれう)して教祖(けうそ)に面会(めんくわい)し、007四方(しかた)すみ子(こ)、008黒田(くろだ)きよ子(こ)、009四方(しかた)与平(よへい)氏(し)などの大賛成(だいさんせい)を得(え)、010出口(でぐち)教祖(けうそ)と共(とも)に、011艮(うしとら)の金神(こんじん)様(さま)のお道(みち)を広(ひろ)めようとした時(とき)、012足立氏(あだちし)や中村氏(なかむらし)の猛烈(まうれつ)なる反対(はんたい)に遭(あ)ひ、013教祖(けうそ)より……時機(じき)尚(なほ)早(はや)し、014何(いづ)れ神(かみ)様(さま)の御(お)仕組(しぐみ)だから、015時節(じせつ)を待(ま)つて御(お)世話(せわ)になりますから、016一先(ひとま)づ帰(かへ)つて下(くだ)さい……と云(い)はれて、017是非(ぜひ)なく園部(そのべ)黒田(くろだ)の会合所(くわいがふしよ)へ帰(かへ)り、018それよりあちら此方(こちら)と宣伝(せんでん)に従事(じうじ)して居(ゐ)た。
019 黒田(くろだ)を発(た)つて北桑田(きたくはだ)の方面(はうめん)へ布教(ふけう)を試(こころ)みようと思(おも)ひ、020五箇庄(ごかしやう)村(むら)の四谷(よつや)の少(すこ)し手前(てまへ)の、021二十軒(にじつけん)ばかりの村(むら)に差(さし)かかつた。022日(ひ)もソロソロ黄昏時(たそがれどき)、023どこかに適当(てきたう)の宿(やど)を求(もと)めようかと懐中(くわいちゆう)を探(さぐ)つて見(み)れば、024懐(ふところ)にはたつた二十銭(にじつせん)しかない。025……ママよ、026困(こま)つたら野宿(のじゆく)をしてやらう……と腹(はら)をきめて疲(つか)れた足(あし)を引(ひき)ずつて行(ゆ)くと、027山(やま)から粗朶(そだ)をかついで帰(かへ)りて来(く)る二三(にさん)人(にん)の村人(むらびと)と途伴(みちづ)れになつた。028ゆくゆく下(くだ)らぬ話(はなし)をしてゐる内(うち)にも、029話(はなし)は自然(しぜん)病人(びやうにん)のことや憑者(つきもの)のことに移(うつ)つて行(い)つた。030さうすると其(その)中(なか)の一人(ひとり)が、
031村人『あなたは憑者(つきもの)をおとす御(お)方(かた)ですか、032随分(ずゐぶん)誓願寺(せいぐわんじ)の祈祷(きたう)坊主(ばうず)や稲荷下(いなりさ)げが来(き)ますけれど、033中々(なかなか)おちぬものです。034此(この)村(むら)にも不思議(ふしぎ)な憑者(つきもの)で困(こま)つて居(ゐ)る者(もの)があります』
035と朴訥(ぼくとつ)な村人(むらびと)は、036行手(ゆくて)に見(み)える道(みち)の左側(ひだりがは)の可成(かな)り大(おほ)きな一棟(ひとむね)の家(いへ)を指(さ)し乍(なが)ら、
037村人『あすこの爺(おやぢ)は小林(こばやし)貞蔵(ていざう)といひますが、038どういふ訳(わけ)か、039十五六(じふごろく)年前(ねんぜん)から、040腹(はら)の中(なか)から大(おほ)きな声(こゑ)が出(で)る病気(びやうき)で、041本人(ほんにん)の知(し)らぬことをズンズンと喋(しやべ)り立(た)てます。042貞蔵(ていざう)サンは何(なん)とかして声(こゑ)の出(で)ない様(やう)にと骨(ほね)を折(お)るのだが、043何(ど)うしても止(とま)らぬのが不思議(ふしぎ)ですよ。044最初(さいしよ)の間(あひだ)は自分(じぶん)から大変(たいへん)に警戒(けいかい)をしてゐましたが腹(はら)の中(なか)の憑者(つきもの)は……おれは立派(りつぱ)な神(かみ)さまだ……と名(な)のるのを、045いつのまにやら信(しん)じて了(しま)ひ、046其(その)声(こゑ)の指(さ)し図(づ)通(どほ)りに相場(さうば)をしましたが失敗(しつぱい)の基(もと)で、047田舎(いなか)では可(か)なりの財産(ざいさん)を大方(おほかた)なくして了(しま)ひました。048只今(ただいま)では駄菓子(だぐわし)の小売(こうり)をしたり、049ボロ材木屋(ざいもくや)をして暮(くら)してゐますが、050腹(はら)の声(こゑ)はまだ止(や)まず、051いろいろ雑多(ざつた)とつまらぬことを喋(しやべ)るので、052貞蔵(ていざう)サンもこれには持(も)て余(あま)してゐます』
053と何気(なにげ)なく喋(しやべ)り立(た)てる。054喜楽(きらく)は心(こころ)の中(うち)で、055……今夜(こんや)のおれの御(ご)宿坊(しゆくばう)はここだなア……と自分(じぶん)ぎめにきめて了(しま)ひ、056何(なに)食(く)はぬ顔(かほ)して其(その)家(いへ)の店先(みせさき)へ行(い)つて見(み)ると、057一文(いちもん)菓子(ぐわし)が少(すこ)し計(ばか)り並(なら)べてあり、058店先(みせさき)には五十(ごじふ)計(ばか)りの額口(ひたひぐち)のバカに光(ひか)つた、059鼻(はな)の高(たか)い丸顔爺(まるがほおやぢ)が、060厭(いや)らしい笑(ゑみ)を湛(たた)へてすわつてゐた。061喜楽(きらく)は、
062喜楽(きらく)『一寸(ちよつと)休(やす)ませて下(くだ)さい』
063と縁側(えんがは)に腰(こし)を卸(おろ)して、064ムシヤムシヤと駄菓子(だぐわし)をつまんで食(く)ひ出(だ)した。065五銭(ごせん)十銭(じつせん)十五銭(じふごせん)と菓子(くわし)を平(たひら)げ、066貧弱(ひんじやく)な菓子箱(くわしばこ)はモウそれでおしまひになつて了(しま)つた。067爺(おやぢ)は呆(あき)れて喜楽(きらく)の顔(かほ)を見(み)つめて居(ゐ)た。068喜楽(きらく)は、
069喜楽(きらく)『お菓子(くわし)はこれで品切(しなぎ)れですか、070せめてモウ一(いち)円(ゑん)計(ばか)り食(く)ひたいものだ』
071といつた。072爺(おやぢ)はますます呆(あき)れ、073丸(まる)い目(め)を剥(む)き出(だ)し、
074爺(おやぢ)『お前(まへ)サン、075何(なん)とマアお菓子(くわし)の好(す)きな方(かた)ですな。076何(ど)うしてそないに沢山(たくさん)あがられますか、077お腹(なか)が悪(わる)うなりますで……』
078と注意顔(ちういがほ)に云(い)ふ。
079喜楽(きらく)『わしが食(た)べるのぢやない、080わしは元来(ぐわんらい)菓子(くわし)は嫌(いや)だが、081皆(みな)私(わたし)に憑(つ)いてゐる副(ふく)守護神(しゆごじん)が食(た)べるのぢや。082サアお金(かね)を取(と)つて下(くだ)さい!』
083と後生(ごしやう)大事(だいじ)に持(も)つて居(ゐ)た身上(しんじやう)ありぎりの二十銭(にじつせん)銀貨(ぎんくわ)をポンと放(ほ)り出(だ)した。
084爺『ヘー』
085と爺(おやぢ)は益(ますま)す目玉(めだま)をまん丸(まる)うして、
086爺(おやぢ)『あんたにもヤツパリ憑者(つきもの)がゐますか、087ふしぎな事(こと)もあるものぢやなア。088私(わたし)もドテライ憑者(つきもの)が居(を)つて、089困(こま)りますのぢや』
090と云(い)ひ乍(なが)ら、091自分(じぶん)の身(み)の上(うへ)を打(うち)あけて、092果(は)ては、
093爺(おやぢ)『どうぞ此(この)憑者(つきもの)を退(の)かして頂(いただ)く訳(わけ)には行(ゆ)きますまいか』
094と憑霊(つきもの)退散(たいさん)の相談(さうだん)を持(も)ちかけて来(き)た。095喜楽(きらく)はヤツと安心(あんしん)して爺(ぢい)の勧(すす)むる儘(まま)に、096家(いへ)に上(あが)りこんで、097夕飯(ゆふはん)を頂(いただ)き、098そしてソロソロ鎮魂(ちんこん)帰神(きしん)の法(はふ)を実施(じつし)する段取(だんどり)となつた。
099 喜楽(きらく)は審神者(さには)となり爺(おやぢ)は神主(かむぬし)となり、100主客(しゆきやく)相対坐(あひたいざ)して奥座敷(おくざしき)にすわり、101懐(ふところ)から神笛(しんてき)を出(だ)して、102ヒユーヒユーヒユーと吹(ふ)き立(た)て、103天(あま)の数歌(かずうた)を二回(にくわい)唱(とな)へ上(あ)げ、104『ウン!』と力(ちから)をこめるや否(いな)や、105元来(ぐわんらい)ういてゐた霊(れい)の事(こと)だから、106ワケもなく大発動(だいはつどう)を始(はじ)めた。107其(その)発動(はつどう)状態(じやうたい)が頗(すこぶ)る奇抜(きばつ)なもので、108青(あを)い鼻汁(はな)が盛(さかん)に出(で)る。109ズルズルズル ポトポトと際限(さいげん)なく膝(ひざ)の上(うへ)に落(お)ちる。110爺(おぢい)サンはしきりにそれを気(き)にして、111組(く)んで居(ゐ)た手(て)を放(はな)して、112懐(ふところ)から紙(かみ)を出(だ)して、113チヨイ チヨイと拭(ふ)きにかかる、114又(また)手(て)を組(く)む、115ズルズルと鼻汁(はなじる)が出(で)る、116爺(おぢい)は手(て)をはなして、
117爺(おやぢ)『一寸(ちよつと)先生(せんせい)失礼(しつれい)』
118といひ乍(なが)ら、119懐(ふところ)から紙(かみ)を出(だ)してツンとかむ、120そして又(また)手(て)を組(く)む、121鼻汁(はな)がツルツルと出(で)る、122又(また)手(て)を放(はな)し、123懐(ふところ)の紙(かみ)を出(だ)してハナを拭(ふ)く。124そして大(おほ)きな声(こゑ)で、
125爺『ヴエー』
126と唸(うな)り、127うなつた拍子(へうし)に、128口(くち)が細(ほそ)く長(なが)くへの字(じ)になる。129五六(ごろく)回(くわい)もこんな事(こと)を繰返(くりかへ)すのを、130黙(だま)つて見(み)て居(ゐ)たが、131霹靂(へきれき)一声(いつせい)、
132喜楽『コラツ!』
133と喜楽(きらく)は大喝(たいかつ)してみた。134爺(おやぢ)は此(この)声(こゑ)に驚(おどろ)いて、135一(いつ)尺(しやく)許(ばか)り手(て)を組(く)んだ儘(まま)飛上(とびあが)つた。
136喜楽(きらく)『モウ鼻汁(はな)をふく事(こと)は相(あひ)成(な)らぬ。137何神(なにがみ)か名(な)を名乗(なの)れ!』
138と問(と)ひ詰(つ)めた。139爺(ぢい)サンの鼻汁(はな)は依然(いぜん)として、140遠慮(ゑんりよ)会釈(ゑしやく)もなくツルツルと流(なが)れおつる。141拭(ふ)く事(こと)を禁(きん)ぜられたので、142鼻汁(はな)が連絡(れんらく)して了(しま)ひ、143鼻(はな)の穴(あな)から膝(ひざ)まで、144つららのやうに垂(た)れさがる。145喜楽(きらく)は委細(ゐさい)かまはず、146たたみかけて、
147喜楽(きらく)『早(はや)く名(な)を言(い)へ、148早(はや)く早(はや)く』
149とせき立(た)つれば、150爺(おやぢ)の憑霊(ひようれい)は肘(ひぢ)をはり、151口(くち)をへの字(じ)に結(むす)び、152しかつめらしく、
153爺(おやぢ)『オーオ、154俺(おれ)は、155俺(おれ)は……のう』
156と腹(はら)の底(そこ)から途方(とはう)途轍(とてつ)もない高(たか)い声(こゑ)が湧(わ)いて来(く)る。157そして又(また)、
158爺(おやぢ)『おれはおーれはのう、159おれはのう』
160と連続(れんぞく)的(てき)に『俺(おれ)は』を続(つづ)けてゐる。
161喜楽(きらく)『なんぢや辛気(しんき)くさい、162其(その)先(さき)を言(い)へ』
163爺(おやぢ)『俺(おれ)はのう、164ウツフン、165アツハヽヽヽ』
166喜楽(きらく)『早(はや)く名乗(なの)らぬか、167同(おな)じ事(こと)許(ばか)り、168何(なん)べんも何(なん)べんも、169くり返(かへ)しよつて、170辛気(しんき)くさいワイ』
171爺(おやぢ)『オヽヽ俺(おれ)はのう、172俺(おれ)はのう、173クヽヽヽ鞍馬山(くらまやま)のダヽヽヽヽヽ大僧坊(だいそうばう)だワイ』
174と芝居(しばゐ)がかりの大音声(だいおんぜう)、
175喜楽(きらく)『フヽン、176何(なに)を吐(ぬか)すのだ。177鞍馬山(くらまやま)には大僧正(だいそうじやう)なら居(ゐ)るが、178大僧坊(だいそうばう)などと言(い)ふ天狗(てんぐ)がゐるものか、179有(あり)のままに白状(はくじやう)せい。180果(はた)して鞍馬山(くらまやま)の天狗(てんぐ)なれば、181鞍馬山(くらまやま)の地理(ちり)位(ぐらゐ)は知(し)つてゐるだろ。182鞍馬山(くらまやま)は何(なん)といふ国(くに)の山(やま)だ』
183爺(おやぢ)『アツハヽヽヽア、184バカバカバカ、185馬鹿者(ばかもの)奴(め)! 鞍馬山(くらまやま)の所在(ありか)が知(し)れぬ様(やう)な事(こと)で、186審神者(さには)を致(いた)すなぞとは片腹痛(かたはらいた)いワイ。187知(し)らな、188云(い)つて聞(き)かさうか、189山城(やましろ)の国(くに)の乙訓郡(おとくにぐん)であるぞよ』
190喜楽(きらく)『鞍馬山(くらまやま)は乙訓郡(おとくにぐん)ではないぞ[※乙訓郡ではなく、愛宕郡(おたぎぐん)にある]。191自分(じぶん)の居(ゐ)る所(ところ)さへ分(わか)らぬ様(やう)な者(もの)が、192鞍馬山(くらまやま)の大僧坊(だいそうばう)とは駄法螺(だぼら)を吹(ふ)くにも程(ほど)がある。193其(その)方(はう)は擬(まが)ふ方(かた)なき野天狗(のてんぐ)であらうがなア』
194爺(おやぢ)『見破(みやぶ)られたか、195残念(ざんねん)やな、196クヽヽ口惜(くちをし)やなア』
197と鼻汁(はな)天狗(てんぐ)は飽(あ)くまで芝居(しばゐ)気取(きど)りで、198切(き)り口上(こうじやう)で呶鳴(どな)つてゐる。
199喜楽(きらく)『畏(おそ)れ入(い)つたか、200貴様(きさま)はヤツパリ野天狗(のてんぐ)であらうがなア』
201爺(おやぢ)『オヽオウ、202俺(おれ)は俺(おれ)は、203ヤツパリ野天狗(のてんぐ)であつたワエ』
204 言(い)ひも終(をは)らず、205爺(おやぢ)の体(からだ)は宙(ちう)に浮(う)かんで、206静坐(せいざ)せる審神者(さには)の頭(あたま)の上(うへ)を、207前後(ぜんご)左右(さいう)縦横(じうわう)自在(じざい)にかけり出(だ)した。208そして隙(すき)をねらつて、209目玉(めだま)のあたりを足(あし)げにせうとの魂胆(こんたん)、210実(じつ)に険呑(けんのん)至極(しごく)であつた。211乍併(しかしながら)これしきの事(こと)にビクツク様(やう)では審神者(さには)の役(やく)はつとまらないと、212咄嗟(とつさ)に組(く)んだ手(て)をといて右(みぎ)の人差指(ひとさしゆび)に霊(れい)をかけ、213爺(おやぢ)の体(からだ)に向(む)けて、214喜楽(きらく)は指先(ゆびさき)を右(みぎ)に一回転(いつくわいてん)した。215それに従(したが)つてクルリと爺(おやぢ)の体(からだ)は宙(ちう)に浮(う)かんだまま、216鼻汁(はな)迄(まで)が円(ゑん)を描(ゑが)いて、217右(みぎ)に一回転(いつくわいてん)する。218続(つづ)いて指(ゆび)を左(ひだり)にまはせば、219爺(おやぢ)の体(からだ)はそれにつれて左(ひだり)に一回転(いつくわいてん)する。220指(ゆび)をクルクルクルと間断(かんだん)なくまはせば、221爺(おやぢ)の体(からだ)もクルクルクルとまるで風車(かざぐるま)其(その)ままであつた。222此(この)荒料理(あられうり)には流石(さすが)の野天狗(のてんぐ)も往生(わうじやう)したと見(み)え、223全身(ぜんしん)綿(わた)の如(ごと)く疲(つか)れ切(き)つてヘトヘトになり、224とうとう畳(たたみ)に平太(へた)ばつて了(しま)つた。225そして切(しき)りに首(くび)をふり乍(なが)ら、226顔(かほ)を畳(たたみ)にひつつけた儘(まま)、
227爺(おやぢ)『一切(いつさい)白状(はくじやう)致(いた)します、228御免(ごめん)下(くだ)さいませ。229モウ斯(か)うなれば隠(かく)しても駄目(だめ)だから……』
230と以前(いぜん)の権幕(けんまく)はどこへやら、231猫(ねこ)に追(お)はれた鼠(ねずみ)のやうにちぢこまつた。232喜楽(きらく)の質問(しつもん)につれ逐一(ちくいち)自白(じはく)したが、233それはザツと左(さ)の通(とほ)りであつた。
234爺『此(この)爺(おやぢ)の叔父(をぢ)に一人(ひとり)の財産家(ざいさんか)があつた。235それを此(この)爺(おやぢ)が十四五(じふしご)年前(ねんぜん)、236悪辣(あくらつ)なる手段(しゆだん)でたらしこみ、237財産(ざいさん)全部(ぜんぶ)を横領(わうりやう)して了(しま)つた。238叔父(をぢ)は憤怒(ふんど)と煩悶(はんもん)の余(あま)り、239精神(せいしん)に虚隙(すき)が出来(でき)、240其(その)結果(けつくわ)野天狗(のてんぐ)につかれ、241とうとう山奥(やまおく)にいつて首(くび)を縊(くく)つて往生(わうじやう)して了(しま)つた。242死骸(しがい)は永(なが)らく見(み)つからず、243二三(にさん)年(ねん)してから白骨(はくこつ)となつて、244山(やま)の奥(おく)にころがつてゐた。245余(あま)りの悔(くや)しさ残念(ざんねん)さに、246叔父(をぢ)の亡霊(ばうれい)は此(この)爺(おやぢ)が酒(さけ)にくらひ酔(よ)うて、247道傍(みちばた)に倒(たふ)れてる隙(すき)を考(かんが)へ、248野天狗(のてんぐ)と一所(いつしよ)に憑依(ひようい)し、249そして鞍馬山(くらまやま)の大僧坊(だいそうばう)と偽(いつは)り、250米(こめ)が非常(ひじやう)に下(さ)がるから早(はや)く相場(さうば)をして売(うり)にかかれ、251大変(たいへん)な金(かね)を儲(まう)けさしてやると云(い)ふので、252売方(うりかた)になると米(こめ)が段々(だんだん)と上(あ)がつて来(く)る。253今度(こんど)は又(また)米(こめ)があがるから買方(かひかた)になれと云(い)ふので、254其(その)通(とほ)りやつて見(み)ると、255大変(たいへん)な大下(おほさ)がりを喰(くら)ひ、256何回(なんくわい)となくたばかられて、257大損害(だいそんがい)を重(かさ)ね、258折角(せつかく)叔父(をぢ)から手(て)に入(い)れた山林(さんりん)田畠(でんばた)も残(のこ)らず売(う)りとばして了(しま)ひ、259駄菓子(だぐわし)屋(や)とヘボ材木屋(ざいもくや)とまで零落(れいらく)させて了(しま)つたのである、260尚(なほ)最後(さいご)には何(なん)とかして命(いのち)まで取(と)る積(つもり)で居(を)つた所(ところ)、261今日(けふ)計(はか)らずも、262霊術(れいじゆつ)非凡(ひぼん)な審神者(さには)に看破(かんぱ)されたので厶(ござ)います』
263と大体(だいたい)の自白(じはく)をした。264そして鼻汁(はな)が盛(さか)んに出(で)るのはつまり首(くび)をくくつた時(とき)、265鼻汁(はな)を垂(た)れた其(その)亡霊(ばうれい)の所為(しよゐ)である。266白骨(はくこつ)の主(ぬし)を手(て)あつく葬(はうむ)る事(こと)を爺(おやぢ)が約束(やくそく)したので、267亡霊(ばうれい)はヤツとのことで、268爺(おやぢ)の体(からだ)から退散(たいさん)した。269乍併(しかしながら)退散(たいさん)したといふのは表向(おもてむき)で、270ヤツパリ此(この)爺(おやぢ)の体(からだ)に潜(ひそ)み、271時々(ときどき)妙(めう)な事(こと)をやらすのである。272此(この)爺(おやぢ)さんは明治(めいぢ)四十五(しじふご)年(ねん)頃(ごろ)大本(おほもと)へ訪(たづ)ねて来(き)たことがある。273今(いま)は家(いへ)も何(なに)もかも売(う)つて了(しま)ひ、274大阪(おほさか)方面(はうめん)へ出稼(でかせ)ぎに行(い)つたといふことである。
275(大正一一・一〇・一二 旧八・二二 松村真澄録)
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