霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 邪神(じやしん)憑(かかり)〔一〇二四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第2篇 青垣山内 よみ(新仮名遣い):あおがきやまうち
章:第12章 邪神憑 よみ(新仮名遣い):じゃしんかかり 通し章番号:1024
口述日:1922(大正11)年10月09日(旧08月19日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
喜楽は斎藤宇一を伴って、亀岡の伯母を訪問した。伯母は大の稲荷信者であり、天理教にもかぶれていた。いつも喜楽のことを甲斐性無しだとこきおろしていたのに、喜楽が祈祷で評判を取っているとなったら、打って変わって丁重に迎えて歓迎した。
しかし喜楽が神懸りのときに飯を食べないと聞くと、偽物だとののしり始めた。神懸りは人並みはずれて飯を食わないと本物とみなされない、という地方の迷信のためである。
宇一はそれを聞いて伯母の家を出て行ってしまった。喜楽も抜け出して、宇一に追いつく。そのまま、宇一の知り合いの別の稲利下げのところに調査に赴いた。
そうしたところ、小谷重吉という稲利下げは逆上して苦しんでいるという。重吉は世話役の馬吉や宇一を金縛りにして大声を上げて責め立て暴れていたが、喜楽が霊を送って霊縛した。
天の数歌で重吉を起こしたが、半分天狗に憑かれたまましゃべっている。問答している途中、裏口から飛び出し、どこかへ行ってしまった。後で聞けば、天狗が住んでいるという岩山に逃げ込んでいたという。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-21 15:54:16 文字数:4889 OBC :rm3712
愛善世界社版:149頁 八幡書店版:第7輯 86頁 修補版: 校定版:156頁 普及版:73頁 初版: ページ備考:
001 喜楽(きらく)は矢田(やだ)の滝(たき)に修行(しうぎやう)に行(い)つた序(ついで)、002朝(あさ)早(はや)くから亀岡(かめをか)の伯母(をば)[※亀岡町西竪に住んでいた伯母の岩崎ふさ]の内(うち)を一寸(ちよつと)訪問(はうもん)してみた。003伯母(をば)は大(だい)の稲荷(いなり)信者(しんじや)であり、004又(また)其(その)頃(ころ)一寸(ちよつと)天理教(てんりけう)にもかぶれてゐた。005喜楽(きらく)が神憑(かむがか)り[※初版・愛世版は「神憑り」、校定版は「神懸り」。]になつたといふことを聞(き)いて、006一度(いちど)参(まゐ)つて見(み)たく思(おも)ふてゐた際(さい)である。007斎藤(さいとう)宇一(ういち)を伴(ともな)うて、008其(その)日(ひ)伯母(をば)を訪(たづ)ねて見(み)ると、009何時(いつ)も『喜楽坊(きらくばう)喜楽坊(きらくばう)』と呼(よ)びずてにし、010『お前(まへ)はチンコだ、011甲斐性(かひしやう)なしだ。012内(うち)の伜(せがれ)は体格(たいかく)も丈夫(ぢやうぶ)だし、013余程(よほど)賢(かしこ)い』などと、014クソカスにこきおろすのが例(れい)であつた。015それに今度(こんど)は打(う)つて変(かは)つて、016門口(もんぐち)へ這入(はい)るなり、017伯母(をば)が飛(と)んで来(き)て、
018伯母(をば)『モシモシ御(お)台(だい)様(さま)、019能(よ)う来(き)て下(くだ)さいました、020どうぞ座敷(ざしき)へ御(お)通(とほ)り下(くだ)さいまして、021御(ご)ゆるりとなさいませ、022何(なん)なつと御(ご)註文(ちうもん)次第(しだい)御(ご)馳走(ちそう)を拵(こしら)へて上(あ)げます。023お揚(あ)げが宜(よろ)しいか、024小豆飯(あづきめし)をたきませうか、025瓢箪(へうたん)さまの御(お)台(だい)さまが御座(ござ)ると甘鯛(ぐじ)の一塩(ひとしほ)が好(す)きだと云(い)ふて、026生(なま)なり食(く)つて下(くだ)さる、027種油(たねあぶら)も食(く)つて下(くだ)さる、028神(かみ)さまによると、029石油(せきゆ)でも五合(ごがふ)位(くらゐ)おあがりになる、030あなたは何(なに)がお好(す)きで御座(ござ)いますか、031何(なん)なりと御(ご)註文(ちゆうもん)なさりませ、032神(かみ)さまに気(き)よう食(く)て頂(いただ)くほど気持(きもち)のよいことはありませぬ』
033とサツパリ稲荷下(いなりさ)げに人(ひと)をして了(しま)うてゐる。034喜楽(きらく)は首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)り、
035喜楽(きらく)『伯母(をば)サン、036私(わたし)に神(かみ)さまがうつつてもそんな卑(いや)しい物(もの)は御(お)あがりにはなりませぬ、037富士(ふじ)の山(やま)の天狗(てんぐ)さまが憑(うつ)つて御座(ござ)るのだから……』
038伯母(をば)『天狗(てんぐ)さまなら猶(なほ)のこと、039御(お)あがりなさらんならん、040いつも御(お)台(だい)さまに鞍馬山(くらまやま)の魔王(まわう)さまがお憑(うつ)りになり、041何(なん)でもかんでも御(お)あがりになり終(しま)ひにや瓢箪(へうたん)さままで御(お)憑(うつ)りになつて、042よい声(こゑ)で歌(うた)ひ踊(をど)らはると、043何(なん)とも云(い)へぬ気持(きもち)のよいものだ、044さうすると、045御(お)前(まへ)の神(かみ)さまは死(し)んだ神(かみ)さまだな、046物(もの)を食(く)はぬから……』
047 何時(いつ)も狸(たぬき)寄(よ)せ、048狐(きつね)寄(よ)せをやつて居(ゐ)る伯母(をば)は、049神憑(かむがか)り[※初版・愛世版は「神憑り」、校定版は「神がかり」。]は何(なん)でもかんでも喰(た)べるものと思(おも)ふて居(ゐ)るらしい。050亀岡(かめをか)附近(ふきん)では何時(いつ)も迷信家(めいしんか)が寄(よ)つて、051稲荷下(いなりさ)げの御(お)台(だい)さまを招(まね)いて来(き)て寒施行(かんせげやう)といふことをする。052其(その)時(とき)御(お)台(だい)になる女(をんな)は神仏(しんぶつ)混淆(こんかう)の御(お)経(きやう)をとなへ、053御幣(ごへい)を振(ふ)つて……おれはどこの稲荷(いなり)だ……とか、054魔王(まわう)だとか、055五郎助(ごろすけ)だとか、056太郎八(たろはち)だとか、057狸(たぬき)までがやつて来(き)て、058一生(いつしやう)懸命(けんめい)に一人(ひとり)の口(くち)へ入(い)れて了(しま)ふ。059小豆飯(あづきめし)の三升(さんぜう)位(くらゐ)一遍(いつぺん)にケロリと平(たひら)げ、060油揚(あぶらげ)の五十(ごじふ)枚(まい)位(くらゐ)苦(く)もなく食(く)つて了(しま)ひ生節(なまぶし)の十本(じつぽん)、061蒲鉾(かまぼこ)の二十(にじふ)枚(まい)、062種油(たねあぶら)一升(いつしよう)、063醤油(しやうゆ)五合(ごがふ)御飯(ごはん)にお酒(さけ)と殆(ほとん)ど想像(さうざう)もつかぬ程(ほど)平(たひら)げて了(しま)ひ、064そしてよい声(こゑ)を出(だ)して、065身軽(みがる)に舞(ま)うたり踊(をど)つたりする。066いよいよ神(かみ)よせが済(す)むと、067元(もと)の肉体(にくたい)に返(かへ)る。068すると其(その)稲荷下(いなりさ)げは大抵(たいてい)女(をんな)が多(おほ)いが、
069『あゝ大変(たいへん)腹(はら)がへりました。070御膳(ごぜん)をよばれませうか』
071と自分(じぶん)から催促(さいそく)して、072一人前(いちにんまへ)以上(いじやう)を食(く)つて了(しま)ふ。073かういふ神憑(かむがか)りでないと亀岡(かめをか)地方(ちはう)では持(も)てはやされぬのである。074伯母(をば)はこの伝(でん)をいつも見(み)て居(ゐ)るから、075自分(じぶん)に懸(かか)る神(かみ)さまは何(なに)も食(く)はないと云(い)つたら、
076伯母(をば)『ソラお前(まへ)の神経(しんけい)だ。077ヤツパリ神(かみ)さまぢやない』
078などと云(い)つて、079又(また)態度(たいど)が一変(いつぺん)し、
080伯母(をば)『コレ喜三(きさ)、081よい加減(かげん)に目(め)をさまして、082早(はや)う帰(かへ)つて元(もと)の乳屋(ちちや)をしたり、083百姓(ひやくせう)をしなさい。084お前(まへ)がさうヒヨロヒヨロしてるとお米(よね)がどん丈(だけ)心配(しんぱい)するか知(し)れぬ。085私(わし)がこれから旅籠町(はたごちやう)の天理王(てんりわう)さまへ連(つ)れて往(い)つて御(ご)祈祷(きたう)して貰(もら)つて上(あ)げよか』
086と親切(しんせつ)相(さう)に言(い)うてくれる。087宇一(ういち)はポカンとして二人(ふたり)の問答(もんだう)を聞(き)いてゐたが何(なん)と思(おも)つたか、088黙(だま)つてポイと此家(ここ)を出(で)て了(しま)つた。089喜楽(きらく)も宇一(ういち)の出(で)たのを幸(さいは)ひ、090伯母(をば)の内(うち)を甘(うま)く逃(に)げ出(だ)し、091穴太(あなを)へ帰(かへ)る途中(とちう)、092荒塚村(あらつかむら)の前(まへ)で宇一(ういち)に追(お)ひつき、093それから其(その)足(あし)で寺村(てらむら)の重吉(ぢうきち)といふ稲荷下(いなりさ)げの所(ところ)へ調(しら)べがてら行(ゆ)くこととなつた。
094 漸(やうや)くにして寺村(てらむら)の小谷(こたに)重吉(ぢうきち)の家(うち)に着(つ)いた。095並河(なみかは)馬吉(うまきち)といふ男(をとこ)が世話係(せわがかり)の元締(もとじめ)をして居(ゐ)る。096宇一(ういち)は馬公(うまこう)と懇意(こんい)の仲(なか)であつた。097それは親類(しんるゐ)関係(くわんけい)からである。098馬吉(うまきち)は宇一(ういち)の姿(すがた)を見(み)るなり、
099馬吉(うまきち)『ヤア宇一(ういち)サンか、100能(よ)う来(き)て下(くだ)さつた。101今(いま)穴太(あなを)へ相談(さうだん)に行(ゆ)かうと思(おも)うて居(を)つた所(ところ)だ。102昨夜(ゆうべ)から神憑(かむがか)りが烈(はげ)しうて、103どうにも斯(か)うにも仕様(しやう)がない、104穴太(あなを)の先生(せんせい)にしづめて貰(もら)はうかと思(おも)つてゐた所(ところ)だ。105どうやろなア、106来(き)て下(くだ)さるだらうか』
107と尋(たづ)ねて居(ゐ)る。108宇一(ういち)は、
109宇一(ういち)『此(この)人(ひと)が喜楽(きらく)サンだ、110頼(たの)んでみたがよからう』
111馬吉(うまきち)『それは願(ねが)うてもないこと、112イヤ失礼(しつれい)しました。113あなたが喜楽(きらく)サンで御座(ござ)いましたか、114何分(なにぶん)宜(よろ)しう御(お)願申(ねがひまを)します、115サア何卒(どうぞ)奥(おく)へ御(お)通(とほ)り下(くだ)さい』
116 瓦葺(かはらぶき)の田舎(いなか)では可(か)なり大(おほ)きな家(いへ)であつた。117馬吉(うまきち)の案内(あんない)につれて二人(ふたり)は奥(おく)へ通(とほ)ると、118次(つぎ)の間(ま)に何(なん)とも知(し)れぬ妙(めう)な唸(うな)り声(ごゑ)が聞(きこ)えてゐる。119馬吉(うまきち)は一寸(ちよつと)其(その)声(こゑ)する方(はう)を指(さ)し、
120馬吉(うまきち)『モシ喜楽(きらく)の先生(せんせい)様(さま)、121あの通(とほ)り二三(にさん)日前(にちまへ)から唸(うな)り通(とほ)しで御座(ござ)います。122今迄(いままで)二三十(にさんじふ)人(にん)病人(びやうにん)を助(たす)けましたので、123皆(みな)の者(もの)がエライ神(かみ)さまだと云(い)うて信心(しんじん)してゐましたが一寸(ちよつと)調子(てうし)に乗(の)つたと見(み)えて、124逆上(ぎやくじやう)したのか、125取止(とりと)めのない訳(わけ)の分(わか)らぬことを、126あの通(とほ)りベラベラ囀(さへづ)つて居(を)ります。127どうかして直(なほ)す法(はふ)は御座(ござ)いますまいかな』
128と心配(しんぱい)らしく尋(たづ)ねてゐる。129喜楽(きらく)は俯(うつむ)いて手(て)をくみ思案(しあん)にくれてゐる。
130宇一(ういち)『二三(にさん)日前(にちまへ)からうなり出(だ)したか、131ソラ大方(おほかた)大天狗(だいてんぐ)の口(くち)の切(き)れかも知(し)れんぞ、132ズイ分(ぶん)俺(おれ)ンとこで三(さん)週間(しうかん)修行(しうぎやう)した時(とき)にも、133家(いへ)がゴーゴー鳴(な)る、134ゆすれる、135ソレはソレは大変(たいへん)なことがあつた。136家(うち)の爺(おやぢ)が怒(おこ)つて、137喜楽(きらく)サンに修行場(しうぎやうば)をどつかへ持(も)つて行(い)てくれと呶鳴(どな)つた位(くらゐ)の大騒動(おほさうどう)だつた。138其(その)時(とき)は俺(おれ)もズイ分(ぶん)肝(きも)を潰(つぶ)したが、139モウ神憑(かむがか)りに経験(けいけん)がついたので、140あの位(くらゐ)の唸(うな)り声(ごゑ)は何(なん)でもないワ。141喜楽(きらく)サンでなくても俺(おれ)が一(ひと)つ這入(はい)つてしづめて来(き)てやらうか、142ナア喜楽(きらく)サン、143如何(どう)せうかな』
144喜楽(きらく)『マアやつて見(み)い、145万一(まんいち)可(い)けなかつたら、146俺(おれ)が出(で)るとせう』
147宇一(ういち)『ヨシ来(き)た、148喜楽(きらく)サン、149ここに待(ま)つてゐてくれ……オイ馬(うま)サン、150お前(まへ)も一所(いつしよ)に行(い)てくれ、151おれが一(ひと)つ審神者(さには)をして天狗(てんぐ)の口(くち)をきるか、152もし悪神(わるがみ)であつたら霊縛(れいばく)をかけてやらう』
153と確信(かくしん)あるものの如(ごと)く意気(いき)揚々(やうやう)として、154一寸(ちよつと)した廊下(らうか)をわたり、155二間建(ふたまだて)の離(はな)れ座敷(ざしき)の、156唸(うな)り声(ごゑ)のする方(はう)を指(さ)して進(すす)んで行(ゆ)く。
157 暫(しばら)くすると大変(たいへん)な甲声(かんごゑ)の太(ふと)いやつが聞(きこ)えて来(き)た……ハテな野天狗(のてんぐ)が現(あら)はれて口(くち)を切(き)つてるのだなア……と思(おも)ひ乍(なが)ら、158自分(じぶん)で茶(ちや)を汲(く)み、159二人(ふたり)の帰(かへ)つて来(く)るのを待(ま)つてゐたが、160何時(いつ)までたつても帰(かへ)つて来(こ)ない。161『ウンウン』と唸(うな)る声(こゑ)は段々(だんだん)と烈(はげ)しくなる。162此(この)家(いへ)の者(もの)はビツクリして、163同(おな)じ村(むら)の親類(しんるゐ)へ皆(みんな)逃(に)げて行(い)つて不在(ふざい)である。
164 日(ひ)の暮(くれ)に間近(まぢか)く、165座敷(ざしき)の隅(すみ)はソロソロうす暗(ぐら)くなつて来(き)た。166細(ほそ)い廊下(らうか)を渡(わた)つて声(こゑ)のする居間(ゐま)へ行(い)つて見(み)ると、167二人(ふたり)共(とも)あべこべに霊縛(れいばく)にかかり、168ふンのびて了(しま)ひ、169其(その)上(うへ)に小谷(こたに)重吉(ぢうきち)が神憑(かむがか)りになつたまま目(め)を丸(まる)く光(ひか)らせ、170妙見(めうけん)サンが波切丸(なみきりまる)の宝剣(ほうけん)を振(ふ)り上(あ)げたやうな恰好(かつかう)で、171力瘤(ちからこぶ)だらけの腕(うで)を、172赤裸(まつぱだか)になつて、173頭上(づじやう)に片仮名(かたかな)のフの字(じ)型(がた)にし、174左(ひだり)の手(て)を握(にぎ)つて馬吉(うまきち)の頭(あたま)をグイグイ押(おさ)へつけ乍(なが)ら、
175重吉(ぢうきち)『コリヤ悪人(あくにん)共(ども)、176改心(かいしん)致(いた)すかどうぢや、177きさまは俺(おれ)ン所(ところ)の女房(にようばう)と何々(なになに)して居(ゐ)るだらう。178白状(はくじやう)せい、179コリヤ宇一(ういち)、180貴様(きさま)も余(あま)り性(しやう)がよくないぞ、181鞍馬山(くらまやま)の大僧正(だいそうぜう)が其(その)悪事(あくじ)をスツクリ調(しら)べ上(あ)げて制敗(せいばい)をしてやるのだ、182サア如何(どう)ぢや』
183と云(い)つては頭(あたま)をコツンとなぐる。184二人(ふたり)は強直(きやうちよく)状態(じやうたい)となり、185首(くび)計(ばか)りふつて声(こゑ)をも能(よ)う出(だ)さず苦(くるし)んでゐた。186小谷(こたに)重吉(ぢうきち)の神憑(かむがか)りは喜楽(きらく)の姿(すがた)を見(み)るより、187二人(ふたり)の上(うへ)からツツと下(お)りて叮嚀(ていねい)にキチンとすわり、
188重吉(ぢうきち)『これはこれは大先生(だいせんせい)さま、189能(よ)う来(き)て下(くだ)さいました。190私(わたし)は一体(いつたい)神憑(かむがか)りですやろか、191但(ただし)は気(き)が違(ちが)うて居(ゐ)るのですやろか、192自分(じぶん)がてに合点(がてん)が行(ゆ)きませぬ。193どうぞ一(ひと)つ査(しら)べて下(くだ)さいな、194オホヽヽヽ』
195と厭(いや)らしう笑(わら)ふ。196如何(どう)しても普通(ふつう)とは見(み)えぬ。197そこで『ウーム!』と一(ひと)つ鎮魂(ちんこん)をやつて見(み)ると、198重吉(ぢうきち)は何(なん)の感応(かんのう)もなく依然(いぜん)として坐(すわ)つて居(ゐ)る。199霊(れい)が二人(ふたり)にかかつたと見(み)え、200俄(にはか)に二人(ふたり)は強直(きやうちよく)状態(じやうたい)から免(まぬ)がれ、201ムクムクと立上(たちあ)がり、202重吉(ぢうきち)の左右(さいう)に責寄(せめよ)つて、203宇一(ういち)は左(ひだり)の手(て)を、204馬吉(うまきち)は右(みぎ)の手(て)をグツと後(うしろ)へまはし、205手早(てばや)く手拭(てぬぐひ)で括(くく)らうとする。
206喜楽(きらく)『オイそんな乱暴(らんばう)なことしちや可(い)かぬ、207待(ま)て待(ま)て、208コリヤ神憑(かむがかり)だから、209本人(ほんにん)が悪(わる)いのぢやない、210そして俺(おれ)がここへ来(き)た以上(いじやう)は、211キツとあばれささぬから、212其(その)手(て)を放(はな)してやれ』
213馬吉(うまきち)『今日(けふ)迄(まで)こんな事(こと)はなかつたのです、214只(ただ)大(おほ)きい声(こゑ)で怖(こわ)い面(つら)して呶(ど)なる一方(いつぱう)でしたが、215今(いま)の先(さき)から様子(やうす)がガラツと変(かは)り、216私(わたし)が此(この)男(をとこ)の女房(にようばう)を何々(なになに)したとか云(い)つて、217覚(おぼ)えもないことをぬかし頭(あたま)をコツきよるのです。218こんな神憑(かむがかり)があつてたまるものか、219常平常(つねへいぜい)から此奴(こいつ)ア悋気(りんき)深(ぶか)い奴(やつ)だから、220私(わたくし)が此処(ここ)へ遊(あそ)びに来(く)るのを、221何(なに)か妙(めう)な目的(もくてき)があつて来(き)て居(ゐ)るのだと思(おも)うて居(を)つたに違(ちが)ひない。222それが一(ひと)つになつて気(き)が狂(くる)ひ、223情(なさけ)ないことをぬかすのだらうから、224一(ひと)つ頭(あたま)から血(ち)を出(だ)し、225水(みづ)でもかけてやらねば直(なほ)りますまいで、226なア宇一(ういち)君(くん)、227お前(まへ)如何(どう)思(おも)ふか』
228宇一(ういち)『俺(おれ)は全(まつた)くの気違(きちがひ)とは能(よ)う思(おも)はぬワ、229ドエライ野天狗(のてんぐ)が憑(つ)きやがつて重吉(ぢうきち)の肉体(にくたい)の精神(せいしん)とゴツチヤ交(ま)ぜになつて、230こんな事(こと)を吐(ぬか)すのだと思(おも)ふ。231一(ひと)つ喜楽(きらく)サンに鎮魂(ちんこん)して貰(もら)うたら分(わか)るだらう、232俺(おれ)もこんな審神者(さには)をしたことは今日(けふ)が始(はじ)めてだ、233こんな奴(やつ)に相手(あひて)になつて居(を)らうものならそれこそ命(いのち)がけだ、234最前(さいぜん)も俺(おれ)の喉笛(のどぶえ)に喰(くら)ひつかうとしたので、235横面(よこづら)をはり倒(たふ)してやつたら、236俄(にはか)に口(くち)を切(き)り出(だ)しあんな事(こと)吐(ぬか)すんだよ』
237 重吉(ぢうきち)は又(また)もや立(た)ち上(あが)り、238両腕(りやううで)をプリンプリン振(ふ)り乍(なが)ら、
239重吉(ぢうきち)『此(この)方(はう)は鞍馬山(くらまやま)の魔王(まわう)大僧正(だいそうぜう)だ、240これから鞍馬山(くらまやま)へ天(てん)の雲(くも)へ乗(の)つて、241行(い)つて来(く)る、242其(その)方(はう)はそれ迄(まで)ここに待(ま)つて居(を)れ、243今度(こんど)おれが帰(かへ)つたら、244大変(たいへん)な神力(しんりき)を受(う)けて帰(かへ)り、245どいつも此奴(こいつ)もゴテゴテ吐(ぬ)かす奴(やつ)を片(かた)つ端(ぱし)からふン伸(の)ばし、246股(また)から引(ひき)さき戒(いまし)めてやる程(ほど)に、247ウツフーン』
248と云(い)ひ乍(なが)ら、249ドシンドシンと一足(ひとあし)々々(ひとあし)足(あし)に力(ちから)を入(い)れ外(そと)へ出(で)ようとする。250喜楽(きらく)は両手(りやうて)を組(く)んで、251『ウーン』と一声(ひとこゑ)霊(れい)を送(おく)つた。252重吉(ぢうきち)は其(その)場(ば)に大(だい)の字(じ)になつて倒(たふ)れて了(しま)うた。
253馬吉(うまきち)『コレ喜楽(きらく)サン、254そんな無茶(むちや)なことして如何(どう)なりますか、255手(て)も足(あし)も冷(つめ)たうなつたぢやありませぬか、256若(も)し後(あと)へ戻(もど)らぬやうなことがあつたら吾々(われわれ)は大変(たいへん)ですがな、257どうして下(くだ)さる』
258と気色(けしき)をかへて、259鼻息(はないき)をはずませ、260腕(うで)をニユツとつき出(だ)して迫(せま)つて来(く)る。
261喜楽(きらく)『ナアニ心配(しんぱい)いりませぬよ。262今(いま)戻(もど)してやりますよ』
263と言(い)ひ乍(なが)ら、264二拍手(にはくしゆ)して天(あま)の数歌(かずうた)を二回(にくわい)まで唱(とな)へ上(あ)げた。265重吉(ぢうきち)は、
266『アハヽヽヽ』
267と笑(わら)ひ乍(なが)ら、268身体(しんたい)元(もと)の如(ごと)く軟(やはらか)くなつて起(おき)あがり、
269重吉(ぢうきち)『アー喜楽(きらく)サン、270ホンに偉(えら)い御(ご)神力(しんりき)ぢや、271モウ是(これ)ならお前(まへ)さまも大丈夫(だいぢやうぶ)だ、272サア法貴谷(ほふきだに)へ修行(しうぎやう)に行(ゆ)きませう、273喜楽(きらく)サン従(つ)いて来(き)て下(くだ)さい、274お前(まへ)さまに真言(しんごん)秘密(ひみつ)の法(はふ)を教(をし)へて上(あ)げるから、275此(この)魔王(まわう)大僧正(だいそうぜう)が直接(ちよくせつ)に、276神変(しんぺん)不可思議(ふかしぎ)の魔術(まじゆつ)を授(さづ)けますぞや。277アーン』
278喜楽(きらく)『おかげで私(わたし)はいろいろの神術(かむわざ)を高熊山(たかくまやま)で教(おそ)はりましたから、279モウ結構(けつこう)で御座(ござ)います、280どうぞ結構(けつこう)な法(はふ)があるのならば、281馬(うま)サンや、282宇一(ういち)サンに授(さづ)けて上(あ)げて下(くだ)さい』
283とからかひ気分(きぶん)に云(い)ふ。284重吉(ぢうきち)は肩(かた)を怒(いか)らし乍(なが)ら、285言(ことば)も芝居(しばゐ)口調(くてう)になつて、
286重吉(ぢうきち)『コレなる両人(りやうにん)は、287生(うま)れつきの精神(せいしん)が悪(わる)いに依(よ)つて、288神(かみ)が見(み)せしめの為(ため)、289ふン伸(の)ばしてやつたのだ。290かやうな者(もの)に魔訶(まか)不思議(ふしぎ)の法(はふ)を授(さづ)けやうものなら、291どんなことを致(いた)すか分(わか)りませぬワイ、292ウツフヽヽヽ』
293と立(た)ちはだかつて、294得意面(とくいづら)をさらしてゐる。295半分(はんぶん)は肉体(にくたい)、296半分(はんぶん)は野天狗(のてんぐ)の神憑(かむがかり)といふ状態(じやうたい)であつた。297馬吉(うまきち)は握拳(にぎりこぶし)をかためて重吉(ぢうきち)の横面(よこづら)をピシヤピシヤとなぐりつけ、
298馬吉(うまきち)『コリヤ小谷(こたに)重吉(ぢうきち)、299きさまは偽気違(にせきちがひ)の偽神(にせかむ)がかりだ、300常平常(つねへいぜい)から俺(おれ)を誤解(ごかい)してゐやがるからそんな事(こと)をぬかしやがるんだ。301俺(おれ)は貴様(きさま)の云(い)ふやうな悪人(あくにん)ぢやないぞ、302どうぢや貴様(きさま)が去年(きよねん)、303○○の嬶(かか)を○○した時(とき)に、304泣(な)いて俺(おれ)に仲裁(ちうさい)を頼(たの)みに来(き)よつたぢやないか、305其(その)御恩(ごおん)を忘(わす)れたのか馬鹿(ばか)野郎(やろう)奴(め)!』
306と面(つら)ふくらして真向(まむき)になつて怒(おこ)つてゐる。
307宇一(ういち)『オイ馬公(うまこう)、308こんな半気違(はんきちがひ)をつかまへて怒(おこ)つたつて仕方(しかた)がないぢやないか』
309馬吉(うまきち)『おれも親類(しんるゐ)なり、310友達(ともだち)だと思(おも)うて、311家内(かない)でさへも能(よ)う居(を)らぬ重公(ぢうこう)の世話(せわ)をしてやつて居(ゐ)るのに、312喜楽(きらく)サンの前(まへ)で、313有(あ)りもせぬことを吐(ぬか)しやがると、314業腹(がふはら)がにえてたまらぬのだ』
315 重公(ぢうこう)は其(その)間(ま)に尻(しり)をまくり、
316重吉(ぢうきち)『コラ馬公(うまこう)、317けつでもくらへ!』
318と云(い)ひ乍(なが)ら、319真黒(まつくろ)けの尻(しり)を出(だ)し、320二(ふた)つ三(み)つ叩(たた)いて裏口(うらぐち)から、321どこともなし飛出(とびだ)して了(しま)うた。322日(ひ)はズツポリとくれて、323何処(どこ)へ行(い)つたか、324チツとも見分(みわ)けがつかなくなつて了(しま)うた。325後(あと)にて聞(き)けば法貴谷(ほうきだに)の石凝(いしこり)とか云(い)ふ天狗(てんぐ)が住(す)んでゐる岩山(いはやま)へ逃(に)げ込(こ)んでゐることが四五(しご)日(にち)してから分(わか)つたのである。
326 喜楽(きらく)は只(ただ)一人(ひとり)穴太(あなを)の自宅(じたく)に帰(かへ)り、327日夜(にちや)の参詣者(さんけいしや)に対(たい)して鎮魂(ちんこん)を施(ほどこ)し神占(しんせん)を取次(とりつ)いでゐた。
328(大正一一・一〇・九 旧八・一九 松村真澄録)
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