霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第六章 手料理(てれうり)〔一〇一八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第1篇 安閑喜楽 よみ(新仮名遣い):あんかんきらく
章:第6章 手料理 よみ(新仮名遣い):てりょうり 通し章番号:1018
口述日:1922(大正11)年10月08日(旧08月18日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
喜楽の姿が消えたことで、最初は母や兄弟も、女のところへ憂さ晴らしにいったのだろうと思って気にも留めていなかった。しかし二日経っても三日たっても帰ってこないで、そろそろ近所の大騒ぎになってきた。
皆それぞれ、占い師や祈祷師のところに行って、喜楽の行方を探索しようとしていた。七日目の十五日正午前に、喜楽は帰ってきた。
家族は喜び、近所の人々は詰めかけて、喜楽を問い詰めた。自分は神様に連れられて修行に行ってきたのだ、とだけ答えたが、神勅を重んじて後は無言で聞いているのみであった。
飯を食って一日寝たり、父親の墓に参ったりしていたが、十七日の朝から自分の身体はますます変になってきて、四肢は強直し口も舌も動かなくなり、身動きがまったくできないようになってしまった。
家族は医者を呼んだり祈祷師を呼んだり手を尽くしていた。自分は耳だけ鋭敏になり、周りのことはすべて聞こえていた。しかし医者も祈祷師もさっぱり効験がなかった。
次郎松は、狸が憑いているに違いないと言って、青松葉に唐辛子や山椒を混ぜいぶし出そうと準備を始めた。自分はこれでは殺されてしまうと思い、全身の力をこめて起き上がろうとしたが、びくともしない。
次郎松が火鉢に火をおこして唐辛子と青松葉の煙を団扇であおぎこもうとしている刹那、母がそれを止めて嘆願し、母の目から落ちた涙が自分の顔をうるおした。
そのとき上の方から一筋の金色の綱が下がってきた。それを手早く握りしめたと思ったとたん、不思議にも自分の身体は自由自在に活動することができるようになった。一同は歓喜の涙に打たれ、自分も復活したような喜びに満たされた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-18 15:12:28 文字数:5618 OBC :rm3706
愛善世界社版:72頁 八幡書店版:第7輯 56頁 修補版: 校定版:75頁 普及版:34頁 初版: ページ備考:
001 喜楽(きらく)の姿(すがた)が、002郷(ごう)神社(じんじや)前(まへ)の喜楽亭(きらくてい)から二(に)月(ぐわつ)九日(ここのか)の夜(よる)より見(み)えなくなつたので、003母(はは)や兄弟(きやうだい)は……大方(おほかた)女(をんな)の所(ところ)へでも憂(う)さ晴(は)らしに遊(あそ)びに行(い)つたのか、004但(ただし)は亀岡(かめをか)あたりへ散財(さんざい)に往(い)つたのだらう……位(くらゐ)に思(おも)つて気(き)にも留(と)めなかつた。005二日(ふつか)立(た)つても三日(みつか)立(た)つても帰(かへ)つて来(こ)ないので、006ソロソロ例(れい)の次郎松(じろまつ)、007其(その)西隣(にしどなり)のお政(まさ)後家(ごけ)を始(はじ)め、008株内(かぶうち)近所(きんじよ)の大騒(おほさわ)ぎとなつて来(き)た。
009 長吉(ちやうきち)と云(い)ふ男(をとこ)が、010亀岡(かめをか)の五軒町(ごけんまち)の神籬(ひもろぎ)教院(けうゐん)中井(なかゐ)伝教(でんけう)といふ稲荷下(いなりさげ)の所(ところ)へ参拝(さんぱい)して、011稲荷(いなり)大明神(だいみやうじん)の託宣(たくせん)を請(こ)ふと、012伝教(でんけう)先生(せんせい)は白衣(びやくい)白袴(しろばかま)に烏帽子(ゑぼし)を着(ちやく)し、013恭(うやうや)しく天津(あまつ)祝詞(のりと)や六根(ろくこん)清浄(しやうじやう)の祓(はらひ)、014心経(しんきやう)などを神仏(しんぶつ)混交(こんかう)的(てき)に称(とな)へ上(あ)げ、015少時(しばらく)すると忽(たちま)ち神霊(しんれい)降臨(かうりん)あり、
016『水辺(すゐへん)に気(き)をつけよ、017早(はや)く捜(さが)さないと生命(いのち)が危(あやふ)い、018此(この)男(をとこ)は発狂(はつきやう)の気味(きみ)があるぞよ』
019との御(ご)託宣(たくせん)を得(え)て、020あわてて帰(かへ)り来(きた)り、021池(いけ)や井戸(ゐど)や川(かは)などを探(さが)し廻(まは)れども、022少(すこ)しの手係(てがか)りもなかつた。
023 お政(まさ)後家(ごけ)サンが株内(かぶうち)のこととて気(き)を揉(も)み、024宮前村(みやざきむら)の宮川(みやかは)妙霊(めうれい)教会所(けうくわいしよ)へ参(まゐ)つて神宣(しんせん)を請(こ)うた所(ところ)、025西田(にしだ)清記(せいき)といふ教導職(けうだうしよく)の神宣(しんせん)に依(よ)れば、
026『言(い)ひ交(か)はした婦人(ふじん)と東(ひがし)の方(はう)へ向(む)けて遠(とほ)く駆落(かけおち)してる。027併(しか)し一(いつ)週間(しうかん)の内(うち)には葉書(はがき)が出(で)て来(く)るから安心(あんしん)せよ』
028との滑稽(こつけい)な神宣(しんせん)もあつたさうだ。029お政(まさ)後家(ごけ)サンは、030又(また)もや篠村(しのむら)新田(しんでん)の弘法(こうぱう)大師(だいし)を祀(まつ)つて居(ゐ)る立江(たつえ)のお地蔵(ぢざう)さまと称(しよう)する婆(ば)アさまに占(うらな)つて貰(もら)うた所(ところ)、
031『此(この)男(をとこ)は神(かみ)かくしに会(あ)うたのだ。032悪(わる)い天狗(てんぐ)に魅(つま)まれたのだから、033生命(いのち)に別状(べつじやう)はないが、034法外(はふはづ)れの大(おほ)馬鹿者(ばかもの)か、035気違(きちがひ)になつて、036キツと一(いつ)週間(しうかん)の後(のち)には帰(かへ)つて来(く)るから安心(あんしん)せよ』
037との託宣(たくせん)であつたと云(い)ふことだ。
038 次郎松(じろまつ)サンは亀岡(かめをか)の易者(えきしや)の所(ところ)へ行(い)つて、039判断(はんだん)をして貰(もら)つた所(ところ)、
040『牧畜場(ぼくちくぢやう)の売上金(うりあげきん)を一百(いつぴやく)円(ゑん)計(ばか)り持(も)つて出(で)て居(を)るが、041此奴(こいつ)は外国(ぐわいこく)へ行(ゆ)く積(つも)りだ。042思(おも)はぬ野心(やしん)を起(お)こして、043朝鮮(てうせん)から満洲(まんしう)に渡(わた)り、044馬賊(ばぞく)の群(むれ)に加(くは)はる積(つも)りだから、045一(いち)時(じ)も早(はや)く保護(ほご)願(ねがひ)をして、046外国(ぐわいこく)へ渡(わた)らないやうにせよ』
047との途方(とはう)もない判断(はんだん)であつたと云(い)ふことだ。
048 人々(ひとびと)の噂(うはさ)は……節季前(せつきまへ)だから、049支払(しはらひ)に困(こま)つて夜(よ)ぬけをしたのだろ。050余(あま)り金使(かねづか)ひが荒過(あらす)ぎたから……などと云(い)つて居(を)る者(もの)もあり……○○の女(をんな)と駆落(かけおち)をしたのだ。051イヤ天狗(てんぐ)につままれたのだ、052発狂(はつきやう)したのだ、053狐狸(こり)にだまされて山奥(やまおく)へつれて行(ゆ)かれたのだ。054河内屋(かはちや)の勘吉(かんきち)や若錦(わかにしき)がこわさに親(おや)を振捨(ふりす)てて、055どつかへ逃(に)げたのだ、056余程(よつぽど)不孝(ふかう)な奴(やつ)だ、057大(おほ)馬鹿者(ばかもの)だ、058分(わか)らぬ奴(やつ)だ、059腰抜(こしぬけ)だ……とまちまちに評議(へうぎ)の花(はな)が咲(さ)いてゐたといふ事(こと)だ。
060 喜楽(きらく)の机(つくゑ)の上(うへ)に残(のこ)してあつた一通(いつつう)の巻紙(まきがみ)には、061左(さ)の如(ごと)き歌(うた)が記(しる)されてあつた。
062『我(われ)は空(そら)行(ゆ)く鳥(とり)なれや
063  我(われ)は空(そら)行(ゆ)く鳥(とり)なれや
064 遥(はるか)に高(たか)き雲(くも)に乗(の)り
065  下界(げかい)の人(ひと)が種々(くさぐさ)の
066 喜怒(きど)哀楽(あいらく)に囚(とら)はれて
067  身振(みぶり)足(あし)ぶりするさまを
068 われを忘(わす)れて眺(なが)むなり
069  げに面白(おもしろ)の人(ひと)の世(よ)や
070 されども余(あま)り興(きよう)に乗(の)り
071  地上(ちじやう)に落(お)つることもがな
072 御神(みかみ)よ我(わ)れと共(とも)にあれ』
073と毛筆(まうひつ)で認(したた)めてある。074何(なん)の意味(いみ)だか誰(たれ)も知(し)る者(もの)はなかつた。
075 七日目(なぬかめ)の如月(きさらぎ)十五(じふご)日(にち)正午前(しやうごまへ)、076宮垣内(みやがいち)の伏屋(ふせや)へ問題(もんだい)の男(をとこ)喜楽(きらく)は帰(かへ)つて来(き)た。077家族(かぞく)の歓喜(くわんき)は云(い)ふも更(さら)なり、078株内(かぶうち)近所(きんじよ)の人々(ひとびと)が、079帰(かへ)つたと聞(き)いて追々(おひおひ)つめかけて来(く)る。080死(し)んだ者(もの)が冥途(めいど)から帰(かへ)つて来(き)た様(やう)に珍(めづら)しがつて、
081『コレ喜楽(きらく)サン、082お前(まへ)はどこへ行(い)つて来(き)たのだ、083どこで何(なに)をして居(を)つたのだ、084お前(まへ)の不在中(ふざいちゆう)の心配(しんぱい)は大抵(たいてい)のことでなかつた』
085とウルさい程(ほど)質問(しつもん)の矢(や)を放(はな)つて来(く)る。086一々(いちいち)応答(おうたふ)してる日(ひ)には際限(さいげん)がない。087自分(じぶん)も何(なん)だか恥(はづ)かしくなつて来(き)たので、
088喜楽『神(かみ)さまにつれられて、089一寸(ちよつと)修業(しうげふ)に往(い)つて来(き)ました。090何(なん)でも神界(しんかい)に大望(たいまう)があるさうなので……』
091と云(い)つたきり、092あとは無言(むごん)でゐると、093例(れい)の次郎松(じろまつ)サンは口(くち)をとがらして揚面(あげつら)をしながら、
094次郎松『ヘン、095人(ひと)を馬鹿(ばか)にするない。096皆(みな)サン、097眉毛(まゆげ)に唾(つば)でもつけて居(を)らぬと、098堺峠(さかひたうげ)のお紋狐(もんぎつね)につままれますぞ。099田芋(たいも)か山(やま)の芋(いも)か、100蒟蒻(こんにやく)か瓢箪(へうたん)か知(し)らぬが、101余程(よつぽど)安閑坊(あんかんばう)……ぢやない安本丹(あんぽんたん)だ。102そんなこと云(い)つてゴマかさうと思(おも)うても、103此(この)松(まつ)サンの黒(くろ)い目(め)で一目(ひとめ)睨(にら)んだら、104イツカナ イツカナ外(はづ)れはせぬぞ、105アハヽヽヽ、106なまけ息子(むすこ)の俄狂言(にはかきやうげん)もモウ駄目(だめ)だぞよ。107こんな奴(やつ)に相手(あひて)になつて居(を)るとしまひのはてにや尻(しり)の毛(け)までぬかれて了(しま)ふ。108険呑(けんのん)だ険呑(けんのん)だ、109皆(みな)サン気(き)を付(つ)けなさい』
110と面(つら)を膨(ふく)らし、111半(なかば)破(やぶ)れた畳(たたみ)を蹴(け)つて足(あし)をひつかけ乍(なが)ら、112スタスタと帰(かへ)つて行(ゆ)く。
113 それから代(かは)る代(がは)る四五(しご)人(にん)の親切屋(しんせつや)が、114何(なん)とかカンとか云(い)つて忠告(ちうこく)や意見(いけん)をしてくれる。115自分(じぶん)は神勅(しんちよく)を重(おも)んじ、116無言(むごん)で聞(き)いてゐる許(ばか)りであつた。117又(また)何程(なにほど)弁解(べんかい)してみた所(ところ)で、118神(かみ)さまの御用(ごよう)で行(い)つたなどと説(と)いても駄目(だめ)だからである。119俄(にはか)に腹(はら)の虫(むし)が空虚(くうきよ)を訴(うつた)へる。120自(みづか)ら膳(ぜん)を取出(とりだ)し、121冷(つめた)い麦飯(むぎめし)を二杯(にはい)許(ばか)り矢庭(やには)にかき込(こ)んでみた。122実(じつ)に山海(さんかい)の珍味(ちんみ)にまさる心持(こころもち)がした。
123 堤防(ていばう)の決潰(けつくわい)したが如(ごと)き勢(いきほひ)で睡気(ねむけ)が襲(おそ)うて来(き)た……ねむたい時(とき)には馬(うま)に五十駄(ごじふだ)の金(かね)もいや……といふ俗謡(ぞくえう)の文句(もんく)の通(とほ)り、124一切(いつさい)万事(ばんじ)の執着(しふちやく)にはなれ、125其(その)まま暗(くら)い部屋(へや)の破畳(やぶれだたみ)の真中(まんなか)にゴロリと横(よこ)たはつた儘(まま)、126後(あと)は暫(しばら)く白河(しらかは)夜舟(よふね)で再(ふたた)び天国(てんごく)をさまようてゐた。127其(その)間(あひだ)の楽(たの)しさは、128後(あと)にも先(さき)にもなき有様(ありさま)であつた。
129 十六(じふろく)日(にち)の午後(ごご)二(に)時(じ)頃(ごろ)になつて、130漸(やうや)く目(め)がさめて来(き)た。131枕許(まくらもと)には依然(いぜん)として四五(しご)人(にん)の男女(だんぢよ)が見舞(みまひ)に来(き)て、132いろいろの噂(うはさ)をし乍(なが)ら、133介抱(かいほう)してゐた。134目(め)がさめて見(み)ると随分(ずゐぶん)きまりが悪(わる)い。135忽(たちま)ち産土(うぶすな)の小幡(をばた)神社(じんじや)へ無我(むが)夢中(むちう)になつて参詣(さんけい)し、136其(その)足(あし)で山伝(やまづた)ひに、137父(ちち)の墳墓(ふんぼ)へ小松(こまつ)を根曳(ねび)きして供(そな)へに行(い)つた。
138 後(あと)から見(み)えがくれについて来(き)たのは、139南隣(みなみとなり)の八田(はちた)繁吉(しげきち)といふ三十(さんじふ)男(をとこ)であつた。140日(ひ)のズツポリ西山(せいざん)に沈(しづ)んだ頃(ころ)、141重(おも)い足(あし)を引(ひき)ずつて不安(ふあん)の顔色(かほいろ)をし乍(なが)ら伏家(ふせや)に帰(かへ)つて来(き)た。142次郎松(じろまつ)サンやお政(まさ)後家(ごけ)がウルさい程(ほど)つめかけて、143いろいろと聞糺(ききただ)さうとする、144自分(じぶん)は首(くび)を左右(さいう)にふつて、145何(なん)にも答(こた)へなかつた。
146 翌(よく)十七(じふしち)日(にち)の早朝(さうてう)から、147自分(じぶん)の体(からだ)は益々(ますます)変(へん)になつて来(き)た。148催眠術(さいみんじゆつ)でもかけられた様(やう)に、149四肢(しこ)より強直(きやうちよく)を始(はじ)め、150次(つ)いで口(くち)も舌(した)もコワばつて動(うご)かなくなつた。151最早(もはや)一言(ひとこと)も口(くち)を利(き)くことも、152一寸(ちよつと)の身動(みうご)きをすることも出来(でき)ぬ、153生(い)きた死骸(しがい)の様(やう)になつて了(しま)つた。154併(しか)し乍(なが)ら耳(みみ)丈(だけ)は人々(ひとびと)の話声(はなしごゑ)がよく聞(きこ)えて居(ゐ)る。155懐中(くわいちう)時計(どけい)の針(はり)の音(おと)までが聞(きこ)える位(くらゐ)、156耳(みみ)丈(だけ)鋭敏(えいびん)になつて居(ゐ)た。157家族(かぞく)や株内(かぶうち)の者(もの)がよつてたかつて、158いろいろと撫(な)でたりさすつたり、159やいとを灸(す)えたりしてゐる。
160『今日(けふ)で三日(みつか)ぶり、161鱶(ふか)の様(やう)によう寝(ね)た者(もの)だ、162よほどくたぶれたと見(み)える。163自然(しぜん)に目(め)のさめる迄(まで)寝(ね)さしておくがよからう……』
164と一座(いちざ)の相談(さうだん)がまとまつたのが自分(じぶん)の耳(みみ)にはハツキリと分(わか)つてゐた。165四日(よつか)たつてもビクとも体(からだ)が動(うご)かぬ、166眠(ねむり)からさめぬ。167家族(かぞく)や株内(かぶうち)の人々(ひとびと)は、168忽(たちま)ち不審(ふしん)の雲(くも)に包(つつ)まれて、169俄(にはか)に慌出(あわてだ)した。170……『モウ駄目(だめ)だ、171お参(まゐ)りだ、172用意(ようい)せなくてはならぬ……』
173と松(まつ)サンの言(い)つた詞(ことば)が瞬(またた)く間(ま)に拡(ひろ)がつて、174見舞客(みまひきやく)の山(やま)を築(きづ)いた。175誰(たれ)が頼(たの)んで来(き)た者(もの)か、176お医者(いしや)さまの声(こゑ)が聞(きこ)えて来(き)た。177自分(じぶん)は医者(いしや)が来(き)よつたなと思(おも)うてゐると、178柿花(かきはな)の名医(めいい)で吉岡(よしをか)某(ぼう)といふ先生(せんせい)、179叮嚀(ていねい)に脈(みやく)をとる、180熱(ねつ)を計(はか)る、181打診(だしん)、182聴診(ちやうしん)、183望診(ばうしん)、184問診(もんしん)、185触診(しよくしん)と、186非常(ひじやう)の丹精(たんせい)をこらし、
187吉岡医師『実(じつ)に大変(たいへん)な痙攣(けいれん)です。188此(この)強直(きやうちよく)状態(じやうたい)が此(この)儘(まま)で今晩(こんばん)の十二(じふに)時(じ)頃(ごろ)まで持続(ぢぞく)すれば、189最早(もはや)駄目(だめ)です。190体温(たいおん)は存(ぞん)して居(を)りますから死(し)んだのではない、191つまり仮死(かし)状態(じやうたい)とでも云(い)ふのでせう。192兎(と)に角(かく)不思議(ふしぎ)な病気(びやうき)です』
193と頻(しき)りに首(くび)を振(ふつ)てゐる様子(やうす)であつた。194自分(じぶん)は病気(びやうき)でも何(なん)でもありません、195神界(しんかい)の修業(しうげふ)ですと云(い)つて、196ガワとはね起(お)き、197皆(みな)の分(わか)らずやを驚(おどろ)かしてやらうと思(おも)うて、198全身(ぜんしん)の根力(こんりき)をこめてきばつて見(み)たが、199ヤツパリ体(からだ)はビクとも動(うご)かない、200口(くち)もきくことが出来(でき)なかつた。201お医者(いしや)さんの靴(くつ)の足音(あしおと)が次第(しだい)々々(しだい)に自分(じぶん)の耳(みみ)に遠(とほ)く響(ひび)いて来(き)た。202これで医者(いしや)の帰(かへ)つたのだと感(かん)じられた。
203 転輪王(てんりんわう)明誠(みやうせい)教会所(けうくわいしよ)の斎藤(さいとう)といふ先生(せんせい)が、204二人(ふたり)の弟子(でし)と共(とも)に、205誰(たれ)が頼(たの)んだ者(もの)か祈祷(きたう)の為(ため)にやつて来(き)た。206天津(あまつ)祝詞(のりと)も神言(かみごと)も上(あ)げず、207直(ただち)に拍子木(へうしぎ)をカチカチと打(う)ち、
208『悪(あし)きを払(はら)うて助(たす)け玉(たま)へ転輪王(てんりんわう)の命(みこと)、209一列(いちれつ)すまして甘露台(かんろだい)、210一寸(ちよいと)はなし、211神(かみ)のいふこと聞(き)いてくれ、212悪(あし)きの事(こと)は云(い)はぬでな、213此(この)世(よ)の地(ち)と天(てん)とを形取(かたど)りて夫婦(ふうふ)を拵(こしら)へ来(きた)るでな、214これが此(この)世(よ)の始(はじ)めだし』
215と唄(うた)ひ乍(なが)ら、216大(だい)の男(をとこ)が三(さん)人(にん)、217日(ひ)の丸(まる)の扇(あふぎ)を開(ひら)いて拍子木(へうしぎ)をカチカチ叩(たた)き囃(はや)し立(た)てる。218祈(いの)つてゐるのか、219踊(をど)つてゐるのか、220チツとも見当(けんたう)がつかない。221随分(ずゐぶん)騒(さわ)がしい宗教(しうけう)だなア……と思(おも)つて居(ゐ)た。222斎藤(さいとう)先生(せんせい)は諄々(じゆんじゆん)として、223十柱(とはしら)の神(かみ)さまの身(み)の内(うち)話(ばなし)を説(と)いた末(すゑ)、
224斎藤『此(この)病人(びやうにん)サンは全(まつた)く天(てん)の理(り)が吹(ふ)いたのだから、225一心(いつしん)に天(てん)十柱(とはしら)の神(かみ)さまを御(お)願(ねが)ひなされ』
226と親切(しんせつ)にくり返(かへ)しくり返(かへ)し説(と)きさとし乍(なが)ら、
227斎藤『又(また)明日(みやうにち)伺(うかが)ひます』
228と言葉(ことば)を残(のこ)して帰(かへ)り行(ゆ)く。229家内(かない)や株内(かぶうち)の者(もの)が感謝(かんしや)して居(ゐ)る声(こゑ)が聞(きこ)えて居(ゐ)た。
230 法華経(ほつけきやう)信者(しんじや)のお睦(むつ)婆(ば)アサンが親切(しんせつ)に尋(たづ)ねに来(き)た。231そして『お題目(だいもく)が有難(ありがた)いから』と云(い)つて喧(やかま)しう『南無(なむ)妙法(めうはふ)蓮華経(れんげきやう)』を幾十回(いくじつくわい)となく珠数(じゆず)を揉(もみ)乍(なが)ら、232繰返(くりかへ)し称(とな)へてゐる。233そして頭(あたま)、234顔(かほ)、235手足(てあし)のきらひなく、236珠数(じゆず)で打(う)つ、237こする、238撫(な)でる、239しまひの果(はて)には、240お睦(むつ)婆(ば)アサン、241妙(めう)なことを言(い)ひ出(だ)した。
242お睦『コレ、243お狐(きつね)さまか黒(くろ)さまか知(し)らぬが、244お前(まへ)さま一体(いつたい)何(なに)が不足(ふそく)で、245ここの喜楽(きらく)に憑(つ)きなさつたのだえ。246お不足(ふそく)があるならば遠慮(ゑんりよ)なしに、247トツトと仰有(おつしや)れ。248小豆飯(あづきめし)か揚豆腐(あげとうふ)か、249鼠(ねずみ)の油揚(あぶらあげ)が欲(ほ)しいのか、250何(な)ンなつと注文(ちうもん)次第(しだい)拵(こしら)へて上(あ)げませうから、251それを喰(く)つて、252一(いち)時(じ)も早(はや)う肉体(にくたい)を残(のこ)して山(やま)へ帰(かへ)つて下(くだ)さい。253渋(しぶ)とうなさると、254お題目(だいもく)で責(せめ)ますぞや』
255と云(い)ひ乍(なが)ら、256無茶(むちや)苦茶(くちや)に珠数(じゆず)で脇(わき)の下(した)の肋骨(あばらぼね)をガリガリ言(い)はせ乍(なが)ら、257コスリつけるのであつた。258自分(じぶん)は心(こころ)の中(なか)で……馬鹿者(ばかもの)が寄(よ)つてたかつて、259人(ひと)を馬鹿(ばか)にしやがる……と憤慨(ふんがい)してゐた。
260 二十三(にじふさん)日(にち)の早朝(さうてう)、261京都(きやうと)の誓願寺(せいぐわんじ)の祈願僧(きぐわんそう)が尋(たづ)ねて来(き)た。262溺(おぼ)るる者(もの)はわらしべ一本(いつぽん)にもたよらうとする諺(ことわざ)の如(ごと)く、263何(なん)でもかでも助(たす)けてやらうと云(い)ふ者(もの)さへあらば、264無暗(むやみ)矢鱈(やたら)に引張(ひつぱり)込(こ)んで来(く)る。265此(この)祈祷僧(きたうそう)は皺枯(しわが)れた声(こゑ)で『南無(なむ)妙法(めうはふ)蓮華経(れんげきやう)』と幾回(いくくわい)もくり返(かへ)し次(つぎ)に心経(しんきやう)を二三回(にさんくわい)許(ばか)り唱(とな)へ乍(なが)ら、266一人(ひとり)で拍子木(へうしぎ)を叩(たた)く、267太鼓(たいこ)をうつ、268まだ其(その)間(あひだ)に鐘(かね)を叩(たた)く、269汗(あせ)みどろになつて勤行(ごんぎやう)する、270其(その)熱心(ねつしん)さ実(じつ)に感謝(かんしや)に価(あたひ)すると思(おも)うた。271併(しか)し自分(じぶん)の耳(みみ)がつんぼになり相(さう)であつた。272これ程(ほど)喧(やかま)しう騒(さわ)がねば聞(きこ)えぬとは、273余程(よほど)耳(みみ)の遠(とほ)い仏(ほとけ)さまだなア……と心(こころ)の中(なか)で可笑(おか)しくて堪(たま)らなかつた。
274拍子木(へうしぎ)打(う)ち太鼓(たいこ)鐘(かね)叩(たた)き経(きやう)を読(よ)む
275法華(ほつけ)坊主(ばうず)の芸(げい)の多(おほ)さよ
276 此(この)坊(ばう)サン次第(しだい)々々(しだい)に声(こゑ)がかすれ出(だ)し、277御幣(ごへい)を手(て)に持(も)ち、278又(また)もや「高天原(たかあまはら)」に「六根(ろくこん)清浄(しやうじやう)」の祓(はらひ)を上(あ)げる。279俄(にはか)に彼(かれ)の身体(しんたい)はドスーンドスーンと上下(じやうか)に震動(しんどう)し、280稲荷下(いなりさ)げのやうな事(こと)を始(はじ)め出(だ)した。281そして狭(せま)い部屋中(へやぢう)をグルリグルリところげまはり『ウンウン』と言(い)ひ乍(なが)ら座(ざ)に直(なほ)り大声(おほごゑ)を張(は)り上(あ)げて、
282(坊主に懸かった霊)『われこそは妙見山(めうけんやま)の新滝(しんたき)に守護(しゆご)いたす、283正一位(しやういちゐ)天狐(てんこ)恒富(つねとみ)稲荷(いなり)大明神(だいみやうじん)なり、284伺(うかが)ひの筋(すぢ)あらば近(ちか)うよつて願(ねが)へツ』
285との御(ご)託宣(たくせん)であつた。286一座(いちざ)の者(もの)は低頭(ていとう)平身(へいしん)、287息(いき)をこらして畏(かしこ)まつてゐる。288次郎松(じろまつ)サンは容(かたち)を改(あらた)め両手(りやうて)をついて、
289次郎松『有難(ありがた)き恒富(つねとみ)大明神(だいみやうじん)さまに御(お)伺(うかが)ひ致(いた)しますが、290一体(いつたい)これは何者(なにもの)の仕業(しわざ)で御座(ござ)いますか、291どうぞ御(お)知(し)らせを願(ねが)ひます』
292恒富(つねとみ)『これは今(いま)より三十(さんじふ)年前(ねんぜん)、293此(この)家(や)の株内(かぶうち)に与三郎(よさぶろう)といふ男(をとこ)があつたであらう。294其(その)男(をとこ)に狸(たぬき)が憑(つ)いた。295此(この)家(や)の者(もの)、296其(その)外(ほか)近所(きんじよ)の者(もの)が当家(たうけ)によつて来(き)て、297其(その)与三郎(よさぶろう)に牡丹餅(ぼたもち)が出来(でき)たから食(く)てくれと言(い)つて、298ここへ引(ひき)よせた。299与三(よさ)は牡丹餅(ぼたもち)をよんでやらうとは有難(ありがた)い……といひ乍(なが)ら手(て)をニユツとつき出(だ)した。300近所(きんじよ)のお睦婆(むつば)アが、301与三(よさ)には古狸(ふるだぬき)がついて居(を)るから、302此奴(こいつ)を追出(おひだ)した後(あと)でなくては牡丹餅(ぼたもち)はやらぬと、303与三(よさ)に見(み)せつけておき乍(なが)ら、304狸(たぬき)退治(たいぢ)だと云(い)つて、305青松葉(あをまつば)に唐芥子(たうがらし)をまぜて、306鼻(はな)からくすべ、307与三(よさ)の肉体(にくたい)まで亡(な)くして了(しま)つた。308其(その)恨(うらみ)をはらすが為(ため)に、309与三(よさ)の怨霊(をんりやう)が、310自分(じぶん)についてゐた狸(たぬき)をお先(さき)に使(つか)つて、311ここの息子(むすこ)をたぶらかし、312腹(はら)の中(なか)に巣(す)をくんで悩(なや)めて居(を)るのだ。313併(しか)し乍(なが)ら此(この)恒富(つねとみ)大明神(だいみやうじん)の神力(しんりき)に依(よ)つて、314怨敵(をんてき)忽(たちま)ち退散(たいさん)さす程(ほど)に有難(ありがた)く思(おも)つて信心(しんじん)致(いた)せ。315一時(ひととき)の後(のち)には与三(よさ)の死霊(しりやう)も古狸(ふるだぬき)もサツパリ降服(かうふく)するぞよ。316ウンウン』
317と言(い)つて正気(しやうき)に返(かへ)つて了(しま)つた様子(やうす)である。318これを聞(き)いて居(を)つた自分(じぶん)の可笑(おか)しさ。319一座(いちざ)は此(この)託宣(たくせん)を命(いのち)の綱(つな)と信(しん)じ、320有難涙(ありがたなみだ)にかきくれて、321鼻(はな)を啜(すす)る声(こゑ)さへ聞(きこ)えて居(を)る。322併(しか)し乍(なが)ら、323一(いち)時間(じかん)たつても、324半日(はんにち)経(た)つても、325死霊(しりやう)も退散(たいさん)せねば、326古狸(ふるだぬき)も去(い)なぬと見(み)えて、327喜楽(きらく)の体(からだ)は依然(いぜん)として強直(きやうちよく)状態(じやうたい)を続(つづ)けてゐる。328祈祷(きたう)坊主(ばうず)は尻(しり)こそばゆくなつたと見(み)え、329雪隠(せつちん)へ行(ゆ)くやうな顔(かほ)して、330何時(いつ)の間(ま)にか、331礼物(れいもつ)を貰(もら)つた儘(まま)姿(すがた)をかくしたやうな按配(あんばい)であつた。332黄昏時(たそがれどき)になつて、333又(また)例(れい)の次郎松(じろまつ)がやつて来(き)た。
334次郎松『あゝヤツパリあの糞坊主(くそばうず)も、335尾(を)のない狸(たぬき)だつた。336とうとう尻尾(しつぽ)をみられぬ先(さき)に逃(に)げよつたなア。337偉相(えらさう)に吐(ぬか)して居(を)つた坊主(ばうず)の御(ご)祈祷(きたう)も、338恒富(つねとみ)稲荷(いなり)の御(ご)託宣(たくせん)も、339当(あて)にならぬ嘘八百(うそはつぴやく)をコキ並(なら)べよつた。340それよりも手料理(てれうり)に限(かぎ)る。341第一(だいいち)此奴(こいつ)が墓(はか)へ参(まゐ)りよつたのがウサンぢや。342キツとドブ狸(だぬき)がついてゐるにきまつて居(ゐ)る、343昔(むかし)の与三(よさ)に憑(つ)いて居(を)つた奴(やつ)だろ。344青松葉(あをまつば)位(くらゐ)でくすべた所(ところ)で、345此奴(こいつ)は余程(よほど)劫(がふ)を経(へ)て、346毛(け)が四(よ)つ股(また)になつてる奴(やつ)ぢやから、347中々(なかなか)往生(わうじやう)は致(いた)すまい。348七味(しちみ)や唐辛(たうがらし)や山椒(さんせう)をまぜて、349青松葉(あをまつば)でくすべたら往生(わうじやう)するだろ。350本人(ほんにん)の喜楽(きらく)は二三(にさん)日前(にちまへ)に死(し)んで了(しま)うてゐるのだ。351只(ただ)狸(たぬき)の息(いき)で体(からだ)がぬくい丈(だけ)だ。352……オイコラ狸(たぬき)サン、353モウ駄目(だめ)だぞ、354覚悟(かくご)はよいか、355いいかげんに去(い)にさらせ』
356といひ乍(なが)ら、357失敬(しつけい)千万(せんばん)な足(あし)をあげて、358自分(じぶん)の頭(あたま)を蹴(け)つたり、359鼻(はな)を捻(ね)ぢたりしてゐる。360青松葉(あをまつば)や唐辛(たうがらし)の用意(ようい)が出来(でき)たと見(み)え、361次郎松(じろまつ)は得意(とくい)になつて、
362次郎松『オイたぬサン、363これから七味(しちみ)や唐辛(たうがらし)山椒粒(さんせうつぶ)に松葉(まつば)くすべの御(ご)馳走(ちそう)だ。364サ、365ドツトと遠慮(ゑんりよ)なしに上(あが)つてくれ』
366と迷信家(めいしんか)が寄(よ)つて殺人(さつじん)の準備(じゆんび)行為(かうゐ)をやつて居(ゐ)る。367耳(みみ)のよく聞(きこ)える自分(じぶん)は、368モウ斯(か)うなつては何所(なにどころ)でない、369全身(ぜんしん)の力(ちから)をこめて起上(おきあが)らうとしたが、370ビクともしない、371口(くち)も利(き)かない。372次郎松(じろまつ)はふちの欠(か)けた火鉢(ひばち)に火(ひ)をおこし、373唐辛(たうがらし)と青松葉(あをまつば)をくべて、374団扇(うちわ)で鼻(はな)の先(さき)へ扇(あを)ぎこまうとしてる一刹那(いちせつな)、375母(はは)が、
376母『松(まつ)サン……一寸(ちよつと)』
377と何(なに)か頭(あたま)の先(さき)で歎(なげ)いてゐられる。378そして母(はは)の目(め)からおちた涙(なみだ)が、379自分(じぶん)の顔(かほ)をうるほはした其(その)一刹那(いちせつな)、380どこともなく、381上(うへ)の方(はう)から一筋(ひとすぢ)の金色(こんじき)の綱(つな)が下(さが)つて来(き)た。382それを手早(てばや)く握(にぎ)りしめたと思(おも)ふ途端(とたん)に、383不思議(ふしぎ)にも自分(じぶん)の体(からだ)は自由(じいう)自在(じざい)に活動(くわつどう)することが出来(でき)るやうになつた。384一同(いちどう)は歓喜(くわんき)の涙(なみだ)にうたれてゐる。385自分(じぶん)も復活(ふくくわつ)したやうな喜(よろこ)びに充(み)たされて居(ゐ)た。
386(大正一一・一〇・八 旧八・一八 松村真澄録)
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