霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 煙(けむり)の都(みやこ)〔一〇二五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第3篇 阪丹珍聞 よみ(新仮名遣い):はんたんちんぶん
章:第13章 煙の都 よみ(新仮名遣い):けむりのみやこ 通し章番号:1025
口述日:1922(大正11)年10月10日(旧08月20日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
松岡天使の命令によって、喜楽はただ一人で初めて大阪の布教を試みようと、汽車に乗ってやってきた。煙突の煙や行きかう人馬の音に圧倒されながら、多田亀の元の妻で多田琴の母である、お国という女の宅を頼ろうと探していた。
多田琴が布教がてらお国の元に行っていたので、協力して大宣伝をしようと思ったのである。
しかし想像だにしない大都会でたくさんの家や通りがあり、住所を探し当てることができなかった。ふと、自宅の隣家出身の斎藤佐一という人が、夫婦で天満橋近くに餅屋をしていることを思いだした。
初めての人力車に乗って、佐一の店に行った。佐一老夫婦とは久しぶりに顔を合わせたが、喜楽が祈祷を始めたことを知っており、お茶を出して親切にもてなしてくれた。
佐一は宿を紹介してくれた。そこに二週間ばかり滞在したら、家屋敷を抵当に入れて借りた持ち金はすっかりなくなってしまった。
大阪への別れに、天満天人様に参拝したところ、小林易断所と書いてある店の爺が声をかけてきた。易者は喜楽が丹波から来たことを当て、今大阪へ出てきたのは時機が早く、十年ばかり丹波で修行を積んだうえで再度大阪に来るように、と告げた。
易者はこれからの喜楽の艱難辛苦は並大抵のものではないが、神様のため、世の中のためだから辛抱するように、と涙ながらに諭した。喜楽は思わず落涙にむせんでいた。しばらくして頭を上げると、小林勇といった老易者の姿は跡形もなく消えていた。
不思議にあってしばらく呆然としていたが、松岡天使の教訓が今さらのごとく胸に浮かんできた。
邪神のすさぶ今の世に、至粋至純なる惟神の大道を研究し、身魂を清め、立派な宣伝使となって世界を覚醒させなくてはならない。神の僕となって暗黒世界の光となり、冷酷な社会の温味となり、身魂を清める塩となり、癒す薬となれ。
四魂を磨き五情を鍛えて誠の大和魂となり、天地の花・果実と謳われ喜ばれ、世のため道のために尽くさなくてはならない。今後十年の間は研究の時期であり、その間に起こる艱難辛苦は非常なものだ。
さりながら少しも恐れるに足らない。神様を力に、誠を杖にして猛進せよ。一時の失敗や艱難で心を変じてはならない。五六七の神の御心を遵奉し、世界へ拡充せよ。神々は汝の身を照らし、身辺に付き添って使命を果たすべく守りたまうであろう。
特に十年間はもっとも必要な修行時代だ、というものであった。
これより社前に額づき、拍手再拝して天津祝詞を奏上した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-03-08 17:21:54 文字数:4922 OBC :rm3713
愛善世界社版:163頁 八幡書店版:第7輯 92頁 修補版: 校定版:171頁 普及版:80頁 初版: ページ備考:
001 松岡(まつをか)天使(てんし)の命令(めいれい)によつて、002喜楽(きらく)は只(ただ)一人(ひとり)初(はじ)めて大阪(おほさか)の布教(ふけう)を試(こころ)みむと早朝(さうてう)吾(わが)家(や)を立(た)ち出(い)で、003天然笛(てんねんぶえ)と鎮魂(ちんこん)の玉(たま)に皮製(かはせい)の鞄(かばん)を一(ひと)つ肩(かた)にひつかけ、004生首峠(なまくびたうげ)を渡(わた)り茨木(いばらぎ)街道(かいだう)に出(い)で、005それより汽車(きしや)に乗(の)つて大阪(おほさか)の地(ち)に着(つ)いた。
006 大阪(おほさか)は煙(けむり)の都(みやこ)とかねて聞(き)いて居(ゐ)た。007初(はじ)めて大都会(だいとくわい)を見(み)た田舎者(いなかもの)の目(め)には、008井中(ゐどなか)の蛙(かへる)が大海(たいかい)に放(はう)り出(だ)された様(やう)に面喰(めんくら)つて了(しま)ひ、009何処(どこ)を如何(どう)行(い)つたら宜(い)いか分(わか)らなくなつて了(しま)つた。010幾百(いくひやく)とも知(し)れぬ煙突(えんとつ)から立(た)ち上(のぼ)る濛々(もうもう)たる黒煙(こくえん)は、011中空(ちうくう)に竜(たつ)の躍(をど)るが如(ごと)く、012馬車(ばしや)人車(じんしや)の行(ゆ)き交(か)ふ音(おと)は轟々(ぐわうぐわう)として、013雷(かみなり)を聞(き)くかとばかり疑(うたが)はれ、014魂消(たまげ)きつて梅田(うめだ)の駅(えき)から当途(あてど)もなしに南(みなみ)へ南(みなみ)へと進(すす)んで行(い)つた。015漸(やうや)く中(なか)の島(しま)の公園(こうゑん)に辿(たど)りつき、016豊太閤(ほうたいかふ)を祀(まつ)つた豊国(ほうこく)神社(じんじや)や、017木村(きむら)重成(しげなり)の誠忠碑(せいちうひ)の大(おほ)きな花崗石(みかげいし)が、018真中(まんなか)から斜(はすかひ)に罅(ひび)き割(わ)れて居(ゐ)るの等(など)を拝礼(はいれい)し乍(なが)ら、019多田(ただ)亀(かめ)の元(もと)の妻(つま)たりしお国(くに)と云(い)ふ女(をんな)の宅(たく)を頼(たよ)らうと、020其処(そこ)らあたりをうろつき廻(まは)つた。021此(この)お国(くに)サンの家(うち)には、022多田(ただ)琴(こと)が娘(むすめ)の事(こと)とて、023布教(ふけう)がてら先(さき)へ行(い)つて居(ゐ)るので、024両人(りやうにん)息(いき)を合(あは)せ此(この)地(ち)で大宣伝(だいせんでん)を試(こころ)みようと思(おも)ふたからである。
025 水(みづ)の都(みやこ)の大阪市(おほさかし)、026中空(ちうくう)は煙(けぶり)に包(つつ)まれ地(ち)は河(かは)で囲(かこ)まれて居(ゐ)る。027同(おな)じ様(やう)な橋(はし)が幾(いく)つともなく架(か)かつて居(ゐ)る。028大阪(おほさか)には殆(ほとん)ど千(せん)ばかりの橋梁(けうりやう)が市内(しない)に架(かか)つてるさうだが、029橋(はし)と名(な)のつくのは僅(わづか)に二(ふた)つ三(み)つで其(その)外(ほか)は皆(みな)橋(ばし)である。030天満橋(てんまばし)、031天神橋(てんじんばし)、032浪速橋(なにはばし)と云(い)ふ様(やう)に橋(はし)ばかりの大都会(だいとくわい)を、033軒別(けんべつ)に……お国(くに)の家(うち)は此処(ここ)か……と尋(たづ)ね廻(まは)る間抜(まぬ)けさ加減(かげん)、034国(くに)を出(で)る時(とき)に多田(ただ)亀(かめ)にお国(くに)サンの住所(ぢうしよ)を詳(くは)しく聞(き)く事(こと)を忘(わす)れて来(き)たのだ。035田舎(いなか)育(そだ)ちの喜楽(きらく)は、036名(な)さへ云(い)へば小(ちひ)さい田舎(いなか)の様(やう)に直(すぐ)判(わか)ると思(おも)ふて居(ゐ)たから、037住所(ぢうしよ)を詳(くは)しく問(と)ふておかなかつたのである。038何程(なにほど)広(ひろ)い大阪(おほさか)でも、039交番所(かうばんしよ)で尋(たづ)ねたらお国(くに)サンの処(ところ)ぐらゐは直(すぐ)に判(わか)ると早合点(はやがつてん)して居(ゐ)た。040それが大阪(おほさか)へ初(はじ)めて来(き)て見(み)ればチツとも見当(けんたう)がつかない。041交番所(かうばんしよ)へ行(い)つて尋(たづ)ねて見(み)ても巡査(じゆんさ)に笑(わら)はれるばかり、042住所(ぢうしよ)と苗字(めうじ)の知(し)れぬ只(ただ)お国(くに)サンだけでは到底(たうてい)駄目(だめ)だつた。043不図(ふと)、044自宅(じたく)の隣家(りんか)に住(す)む穴太(あなを)の斎藤(さいとう)佐一(さいち)と云(い)ふ人(ひと)が天満橋(てんまばし)の詰(つ)め近(ちか)く空心町(くうしんまち)と云(い)ふ処(ところ)に餅屋(もちや)をしてると云(い)ふ事(こと)を予(かね)て聞(き)いて居(ゐ)た。045これを思(おも)ひ出(だ)して尋(たづ)ねようと考(かんが)へ込(こ)んだ。046これは地理(ちり)をよく知(し)つた車屋(くるまや)に案内(あんない)さすが一番(いちばん)だと考(かんが)へ、047折柄(をりから)空俥(からぐるま)をひいて橋(はし)の詰(つ)めにやつて来(く)る俥夫(しやふ)に向(むか)つて、
048喜楽(きらく)『空心町(くうしんまち)の斎藤(さいとう)佐一(さいち)と云(い)ふ餅屋(もちや)へやつて呉(く)れ』
049と頼(たの)んで見(み)た。050車夫(しやふ)は、
051車夫(しやふ)『空心町(くうしんまち)は余程(よほど)道程(みちのり)がありますから廿五銭(にじふごせん)下(くだ)さい』
052といふ。053自分(じぶん)は直(すぐ)に廿五銭(にじふごせん)を俥屋(くるまや)に渡(わた)した。054さうして長(なが)い天満橋(てんまばし)の上(うへ)を南(みなみ)へ渡(わた)り、055それから又(また)大(おほ)きな橋(はし)を一(ひと)つ渡(わた)つて又(また)もとの橋(はし)の近所(きんじよ)へ連(つ)れて来(こ)られた。056其(その)橋詰(はしづめ)の少(すこ)し凹(へこ)んだ狭(せま)い間口(まぐち)の家(いへ)の前(まへ)に卸(おろ)して呉(く)れた。057よくよく見(み)れば『実盛餅(さねもりもち)』と書(か)いてある。058あゝ此処(ここ)だなと頷(うなづ)き乍(なが)ら、
059喜楽(きらく)『御免(ごめん)』
060といつて中(なか)へ這入(はい)つた。061随分(ずゐぶん)狭(せま)い家(いへ)であつた。062初(はじ)めに俥(くるま)に乗(の)つた処(ところ)へ畢竟(つまり)おろされて居(ゐ)たのである。063後(あと)で考(かんが)へて見(み)れば、064天神橋(てんじんばし)を南(みなみ)へ渡(わた)り又(また)天満橋(てんまばし)を北(きた)へ渡(わた)り、065町中(まちぢう)を廻(まは)つて元(もと)の処(ところ)へ下(おろ)されたのであつた。066田舎者(ゐなかもん)の事(こと)とて、067二十八(にじふはつ)才(さい)の青年(せいねん)も人力車(じんりきしや)に乗(の)つたのは、068恥(はづ)かし乍(なが)らこれが初(はじ)めてであつた。069実盛餅(さねもりもち)の主人(しゆじん)は、070自分(じぶん)の顔(かほ)を見(み)て、
071主人(しゆじん)『あゝ喜楽(きらく)サンだすか、072能(よ)うおいでやす。073あんたは此(この)頃(ごろ)噂(うはさ)に聞(き)けば偉(えら)う信神(しんじん)が出来(でき)ますさうな、074そりや結構(けつこう)です。075マアゆつくり一服(いつぷく)して下(くだ)さい』
076と云(い)ふ。
077喜楽(きらく)『ハイ、078有難(ありがた)う』
079と腰(こし)を掛(か)け、080扇(あふぎ)をパチパチと云(い)はして俯向(うつむ)いて居(ゐ)ると、081主人(しゆじん)の佐市(さいち)サンはお繁(しげ)と云(い)ふ嫁(よめ)サンに実盛餅(さねもりもち)を皿(さら)に盛(も)らせて、
082主人(しゆじん)『サアお上(あが)り』
083と親切(しんせつ)に茶(ちや)を汲(く)んで出(だ)して呉(く)れた。084お繁(しげ)サンも亦(また)、
085お繁(しげ)『喜楽(きらく)サン、086マア珍(めづら)しい、087能(よ)う来(き)なさつた。088折角(せつかく)だから家(うち)で泊(とま)つて貰(もら)ひ度(た)いが、089此(この)通(とほ)り表(おもて)が二畳敷(にでふじき)、090奥(おく)が四畳半(よでふはん)で寝(ね)る処(ところ)がないので、091泊(とま)つて貰(もら)ふ訳(わけ)にもゆきませぬ。092妾(わたし)が宿屋(やどや)を案内(あんない)するから其処(そこ)で泊(とま)りなさい。093旅費(りよひ)は持(も)つて来(き)なさつたか』
094と尋(たづ)ねる。095喜楽(きらく)は、
096喜楽(きらく)『実(じつ)は五十(ごじふ)円(ゑん)の旅費(りよひ)を算段(さんだん)して持(も)つて来(き)ました。097まだ、098四十九(よんじふく)円(ゑん)五十銭(ごじつせん)残(のこ)つて居(ゐ)る』
099と答(こた)へると、100佐市(さいち)サンは、
101佐市(さいち)『そんな大金(たいきん)を持(も)つて居(ゐ)ると、102掏摸(ちぼ)が田舎者(ゐなかもん)だと思(おも)ふて盗(と)るか知(し)れぬから、103シツカリと内懐(うちふところ)へ入(い)れて片一方(かたいつぱう)の手(て)で握(にぎ)りもつて歩(ある)きなさい』
104と注意(ちうい)し乍(なが)ら、105川傍(かはばた)の三階建(さんがいだて)の宿屋(やどや)へ案内(あんない)して呉(く)れた。106荷物(にもつ)といつたら鞄(かばん)一(ひと)つよりない。107外(そと)へ鞄(かばん)を提(さ)げて、108行(ゆ)き当(あた)り次第(しだい)布教(ふけう)に出(で)ようと宿屋(やどや)を出掛(でかけ)ると、109其処(そこ)の番頭(ばんとう)が喜楽(きらく)の襟髪(えりがみ)をグツと握(にぎ)り、
110番頭(ばんとう)『こりや何処(どこ)へ逃(に)げて行(ゆ)く、111田舎者(いなかもの)奴(め)が!』
112とえらい権幕(けんまく)で呶鳴(どな)りつける。113喜楽(きらく)は吃驚(びつくり)して、
114喜楽(きらく)『ヘイ、115私(わたし)は何処(どこ)か其処(そこ)らへ神(かみ)様(さま)の道(みち)を拓(ひら)きに行(ゆ)かうと思(おも)ひます。116夜(よる)になつたら帰(かへ)つて来(き)ますから、117何卒(どうぞ)やらして下(くだ)さい。118毎日(まいにち)日日(ひにち)こんな処(ところ)へ来(き)て、119宿賃(やどちん)を払(はら)つて遊(あそ)んで居(を)つては詰(つま)りませぬから……』
120と云(い)ふと、121番頭(ばんとう)は少(すこ)し顔(かほ)を和(やは)らげて、
122番頭(ばんとう)『そんなら其(その)鞄(かばん)を置(お)いて行(ゆ)かつしやい、123お金(かね)は何程(なんぼ)持(も)つてる』
124と云(い)ふ。
125喜楽(きらく)『ここに四十(しじふ)円(ゑん)あまり持(も)つて居(ゐ)ます』
126と答(こた)へると番頭(ばんとう)は、
127番頭(ばんとう)『其(その)金(かね)を預(あづ)けて行(ゆ)きなさい。128確(たしか)に預(あづか)るから……お前(まへ)サンの様(やう)な都会(とくわい)に慣(な)れない人(ひと)は、129何時(いつ)掏摸(ちぼ)に盗(と)られるか知(し)れぬから、130もしも盗(と)られたら此方(こちら)の宿賃(やどちん)まで貰(もら)へぬ様(やう)になつて了(しま)ふ。131さうなれば互(たがひ)の迷惑(めいわく)だ』
132と少(すこ)し言葉(ことば)を和(やは)らげて云(い)ふ。133そこで喜楽(きらく)は四十(よんじふ)円(ゑん)を此処(ここ)の番頭(ばんとう)へ預(あづ)けておき、134残(のこ)りの端金(はしたがね)を懐(ふところ)に入(い)れて其処(そこ)等(ら)あたりをウロつきまはり、135色々(いろいろ)の教会(けうくわい)を訪問(はうもん)し、136稲荷下(いなりさ)げを調(しら)べたり何(なに)かして二(に)週間(しうかん)ばかり何(なん)の効果(かうくわ)も無(な)く過(す)ごして了(しま)つた。137さうして多田(ただ)琴(こと)の母親(ははおや)の家(いへ)は如何(どう)しても判(わか)らなかつた。138夜分(やぶん)になると宿屋(やどや)へ帰(かへ)つて鎮魂(ちんこん)をしたり、139自問(じもん)自答(じたふ)して神勅(しんちよく)を伺(うかが)ふたけれど、140チツとも松岡(まつをか)サンも大霜(おほしも)サンもスカタンばかり教(をし)へて本当(ほんたう)の事(こと)を言(い)つて呉(く)れなかつた。
141 二(に)週間(しうかん)経(た)つと宿屋(やどや)の番当(ばんとう)が、
142番頭(ばんとう)『お客(きやく)サン、143勘定(かんぢやう)を願(ねがひ)ます』
144と云(い)つて勘定書(つけ)を持(も)つて来(く)る。145よくよく見(み)れば一(いち)日(にち)の泊(とま)りが二(に)円(ゑん)八十銭(はちじつせん)で二(に)週間(しうかん)で三十九(さんじふく)円(ゑん)二十銭(にじつせん)と書(か)いてある。146一度(いちど)田舎(いなか)の宿(やど)で泊(とま)つた時(とき)二十五(にじふご)銭(せん)であつた。147何程(なにほど)大阪(おほさか)が高(たか)いと云(い)つても一(いち)日(にち)五十銭(ごじつせん)出(だ)せば大丈夫(だいぢやうぶ)だ……と思(おも)ふて居(ゐ)た田舎者(いなかもの)の喜楽(きらく)は、148生命(いのち)の綱(つな)と頼(たの)んで居(ゐ)た旅費(りよひ)の大部分(だいぶぶん)が、149思(おも)ひ掛(が)けなき宿料(やどれう)に皆(みな)とられた事(こと)に肝(きも)を潰(つぶ)し、150直(ただち)に預(あづ)けた金(かね)の中(なか)から八十銭(はちじつせん)返(かへ)して貰(もら)ひ、151それを茶代(ちやだい)として渡(わた)したので、152畢竟(つまり)四十(よんじふ)円(ゑん)の金(かね)は二(に)週間(しうかん)前(まへ)に番頭(ばんとう)に渡(わた)した時(とき)見(み)たきり、153それが長(なが)のお別(わか)れとなつて了(しま)つた。154実際(じつさい)を云(い)へば此(この)五十(ごじふ)円(ゑん)は、155牧畜業(ぼくちくげふ)の方(はう)では三(さん)人(にん)の組合(くみあひ)で金(かね)を如何(どう)することも出来(でき)ないので、156自分(じぶん)の家(いへ)と屋敷(やしき)を抵当(ていたう)に入(い)れて借(か)つてきた金(かね)である。157そこら迂路(うろ)々々(うろ)と芝居(しばゐ)を見(み)たり落語(らくご)を聞(き)いたり、158見世物(みせもの)や車賃(くるまちん)などで七八(しちはち)円(ゑん)の金(かね)はなくなつて居(ゐ)た。159もはや懐(ふところ)には一(いち)円(ゑん)あまり外(ほか)、160なかつたのである。
161 此(この)宿屋(やどや)は玉屋(たまや)と書(か)いてあつた。162河端(かはばた)の極(ご)く新(あたら)しい白木造(しらきづく)りの家(いへ)であつた。163此(この)玉屋(たまや)を立(た)ち出(い)で北区(きたく)の天満(てんま)天神(てんじん)さまの鳥居(とりゐ)を潜(くぐ)つて、164大阪(おほさか)へ別(わか)れを告(つ)ぐるべく参拝(さんぱい)をした。165神苑内(しんゑんない)には丹頂(たんちやう)の鶴(つる)が金網(かなあみ)を張(は)つて四五羽(しごは)飼(か)つてあつた。166さうして六十(ろくじふ)ばかりの爺(おやぢ)が鰌(どぢやう)を売(う)つて居(ゐ)る。167爺(おやぢ)は参拝者(さんぱいしや)をつかまへては、
168爺(おやぢ)『皆(みな)サン、169お鶴(つる)サンに鰌(どぢやう)を献上(けんじやう)なさいませ。170一盛(ひともり)が一銭(いつせん)です』
171と呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。172見(み)れば小(ちひ)さい饂飩(うどん)の様(やう)な鰌(どぢやう)が、173二匹(にひき)浅(あさ)い竹筒(たけづつ)に水(みづ)と一所(いつしよ)に盛(も)り並(なら)べてある。174一銭(いつせん)出(だ)しては鰌(どぢやう)を買(か)ひ、175鶴(つる)の立(た)つて居(ゐ)る浅(あさ)い水溜(みづたま)りへ投(な)げてやると、176長(なが)い嘴(くちばし)をつつこんで直(すぐ)にとつて食(く)ふ。177鶴(つる)は目出度(めでた)い鳥(とり)ぢやと聞(き)いて居(ゐ)る。178絵(ゑ)に書(か)いた鶴(つる)は沢山(たくさん)見(み)たが、179生(いき)たのは初(はじ)めてなので、180好奇心(かうきしん)に駆(か)られて一銭(いつせん)銅貨(どうくわ)と交換(かうくわん)しては、181並(なら)べてある鰌(どぢやう)の竹鉢(たけばち)を残(のこ)らず鶴(つる)に与(あた)へて了(しま)つた。182さうすると一方(いつぱう)の方(はう)に白(しろ)い毛(け)の駿馬(しゆんめ)が、183足摺(あしずり)荒(あら)くして板(いた)の間(ま)をトントントンと叩(たた)いて居(ゐ)る。184一寸(ちよつと)見(み)れば其処(そこ)にも土器(かわらけ)に大豆(だいづ)の煮(ゆ)でたのが七(なな)八(や)ツ皿(さら)に盛(も)つて、
185『一皿(ひとさら)一銭(いつせん)お馬(うま)さんにおあげなさいませ』
186と書(か)いてある。187鶴(つる)に五杯(ごはい)の鰌(どぢやう)をスツカリ与(あた)へて五銭(ごせん)はり込(こ)んでやつたのだから、188此(この)馬(うま)にもやらずには居(を)られぬと、189五七(ごしち)三十五(さんじふご)粒(つぶ)の煮豆(ゆでまめ)を、190白銅(はくどう)一(いち)枚(まい)はりこんで馬(うま)に振(ふ)れ舞(ま)ひ興(きよう)に入(い)つて居(ゐ)る。191その時(とき)後(うしろ)の方(はう)から、
192(易者)『先生(せんせい)々々(せんせい)』
193と呼(よ)ぶ声(こゑ)が聞(きこ)える。194誰(たれ)の事(こと)かと思(おも)ふて後(うしろ)を振(ふ)り向(む)くと、195白髪(はくはつ)の老人(らうじん)が周易(しうえき)の看板(かんばん)を机(つくゑ)にブラ下(さ)げ、196赤毛布(あかげつと)をかけて椅子(いす)に腰(こし)をかけ、197此方(こちら)を向(む)いて手招(てまね)きして居(ゐ)る。198見(み)れば易者(えきしや)が五六(ごろく)人(にん)も境内(けいだい)の此処(ここ)彼処(かしこ)に易断(えきだん)の店(みせ)を張(は)つて居(ゐ)た。199其(その)老人(らうじん)は小林(こばやし)易断所(えきだんじよ)としてあつたから、200大方(おほかた)小林(こばやし)と云(い)ふ男(をとこ)であつただらう。201その老爺(おやぢ)がいふには、
202易者(えきしや)『先生(せんせい)、203お前(まへ)さまは丹波(たんば)のお方(かた)でせう。204今(いま)大阪(おほさか)へ出(で)て来(き)て神(かみ)様(さま)の教(をしへ)を宣伝(せんでん)するのは、205未(ま)だ時機(じき)が早(はや)い。206一(いち)時(じ)も早(はや)う丹波(たんば)の国(くに)へ帰(かへ)りなさい。207さうして十(じふ)年(ねん)ばかり修業(しうげふ)を積(つ)んだ上(うへ)、208大阪(おほさか)へ布教(ふけう)に来(こ)られたならば屹度(きつと)成功(せいこう)します。209今(いま)は大切(たいせつ)な時(とき)だ、210軽挙(けいきよ)盲動(まうどう)をしてはなりませぬぞ』
211と頼(たの)みもせぬのに熱心(ねつしん)に云(い)つて呉(く)れる。212喜楽(きらく)は、
213喜楽(きらく)『不思議(ふしぎ)な事(こと)を云(い)ふ易者(えきしや)だな、214如何(どう)して丹波(たんば)の人間(にんげん)と云(い)ふ事(こと)が判(わか)つたのか知(し)らぬ』
215と思(おも)ひ乍(なが)ら今度(こんど)此方(こちら)から易者(えきしや)に向(むか)つて、
216喜楽(きらく)『先生(せんせい)、217貴方(あなた)は神(かみ)さまの様(やう)な人(ひと)ですな、218一体(いつたい)何処(どこ)の国(くに)でお生(うま)れになつたのですか』
219と問(と)ひかけると老易者(らうえきしや)は、
220易者(えきしや)『俺(わし)は若(わか)い時(とき)から長(なが)らくの間(あひだ)、221富士講(ふじかう)と云(い)つて浅間(せんげん)様(さま)の教会(けうくわい)に這入(はい)り、222富士(ふじ)の山(やま)で修業(しうげふ)をして居(を)つたものだ。223さうした処(ところ)、224富士講(ふじかう)の丸山(まるやま)教会(けうくわい)は、225教祖(けうそ)の六郎兵衛(ろくろうべゑ)サンが神罰(しんばつ)を蒙(かうむ)つて悶死(もんし)されてから、226其(その)教会(けうくわい)は滅茶(めちや)々々(めちや)に壊(こわ)れて了(しま)ひ今(いま)は情(なさけ)ないこんな易者(えきしや)になつて大阪(おほさか)で渡世(とせい)をしてるのだ。227実(じつ)は私(わたし)は小林(こばやし)勇(いさむ)と云(い)ふ者(もの)である。228然(しか)し乍(なが)ら、229これは一寸(ちよつと)仮(かり)の名(な)だ、230本当(ほんたう)の名(な)は再(ふたた)びお前(まへ)に会(あ)ふて打明(うちあ)かす時(とき)が来(く)るであらう。231先(ま)づ達者(たつしや)にして修業(しうげふ)を成(な)さるが宜(よろ)しい。232これからお前(まへ)サンの丹波(たんば)に帰(かへ)つてから十(じふ)年間(ねんかん)の艱難(かんなん)辛苦(しんく)といふものは、233今(いま)から思(おも)ふても真(ほん)に可哀相(かあいさう)な気(き)がする。234然(しか)し乍(なが)らこれも神(かみ)様(さま)のため、235世(よ)の中(なか)の為(た)めだから辛抱(しんばう)しなさい』
236と云(い)ふ声(こゑ)さへも涙(なみだ)に曇(くも)つて居(ゐ)る。237喜楽(きらく)は思(おも)はず俯伏(ふふく)し、238一言(ひとこと)も発(はつ)し得(え)ず落涙(らくるい)に咽(むせ)んで居(ゐ)た。239暫(しばら)くして頭(あたま)をあげて見(み)れば、240今(いま)小林(こばやし)勇(いさむ)と云(い)つた老易者(らうえきしや)の影(かげ)は何処(どこ)へ行(い)つたか跡方(あとかた)もなく消(き)えて居(を)つた。241かかる不思議(ふしぎ)に出会(であ)ふた喜楽(きらく)は手(て)を組(く)み首(くび)を傾(かたむ)けて暫(しば)し茫然(ばうぜん)と佇(たたず)んで居(ゐ)た。
242喜楽『アヽ今(いま)のは神(かみ)様(さま)の化身(けしん)ではなかつたかなア』
243 忘(わす)れもせない二(に)月(ぐわつ)の九日(ここのか)の夜(よ)、244芙蓉(ふよう)仙人(せんにん)松岡(まつをか)天使(てんし)に高熊山(たかくまやま)に誘(さそ)はれて受(う)けた教訓(けうくん)、245今更(いまさら)の如(ごと)く胸(むね)に浮(う)かんで来(き)た。
246 其(その)時(とき)の松岡(まつをか)天使(てんし)の教訓(けうくん)は大略(たいりやく)左(さ)の通(とほ)りであつた。
247『澆季(げうき)末法(まつぽう)に傾(かたむ)いた邪神(じやしん)の荒(すさ)ぶ今(いま)の時(とき)に当(あた)つて、248お前(まへ)は至粋(しすゐ)至純(しじゆん)なる惟神(かむながら)の大道(だいだう)を研究(けんきう)し、249身魂(みたま)を清(きよ)め、250立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)となつて世界(せかい)に向(むか)ひ、251神道(しんだう)の喇叭(らつぱ)を吹(ふ)き立(た)て、252世界(せかい)を覚醒(かくせい)せなくてはならぬぞよ。253今(いま)に於(おい)て惟神(かむながら)の大道(だいだう)を宣伝(せんでん)し、254世界(せかい)の目(め)を醒(さ)ますものが無(な)ければ、255今日(こんにち)の社会(しやくわい)を維持(ゐぢ)する事(こと)は出来(でき)ない。256惹(ひ)いては世界(せかい)の破滅(はめつ)を招来(せうらい)する事(こと)は鏡(かがみ)にかけて見(み)る様(やう)だ。257お前(まへ)はこれから神(かみ)の僕(しもべ)となつて、258暗黒(あんこく)世界(せかい)の光(ひかり)となり、259冷酷(れいこく)な社会(しやくわい)の温味(ぬくみ)となり、260腐(くさ)りきつた身魂(みたま)を救(すく)ひ清(きよ)める塩(しほ)となり、261身魂(みたま)の病(やまひ)を癒(なほ)す薬(くすり)ともなり、262四魂(しこん)を研(みが)き五情(ごじやう)を鍛(きた)へ、263誠(まこと)の大和(やまと)魂(だましひ)となつて、264天地(てんち)の花(はな)と謳(うた)はれ果実(くわじつ)と喜(よろこ)ばれ、265世(よ)の為(た)め道(みち)の為(た)めに尽(つく)して呉(く)れねばならぬ。266真(しん)の勇(ゆう)、267真(しん)の親(しん)、268真(しん)の愛(あい)、269真(しん)の智慧(ちゑ)を輝(かがや)かし此(この)大任(たいにん)を完成(くわんせい)せむとするは、270仲々(なかなか)容易(ようい)な事業(じげふ)ではない。271今後(こんご)十(じふ)年(ねん)の間(あひだ)は其(その)方(はう)は研究(けんきう)の時期(じき)である。272其(その)間(あひだ)に起(おこ)る所(ところ)の艱難(かんなん)辛苦(しんく)は非常(ひじやう)なものだ。273之(これ)を忍耐(にんたい)せなくては汝(なんぢ)の使命(しめい)を果(はた)す事(こと)は出来(でき)ないぞ。274屡(しばしば)神(かみ)の試(ためし)にも遭(あ)ひ、275邪神(じやしん)の群(むれ)に包囲(はうゐ)され苦(くる)しむ事(こと)もあるであらう。276前途(ぜんと)に当(あた)つて深(ふか)い谷(たに)もあり、277剣(つるぎ)の山(やま)や、278血(ち)の池(いけ)地獄(ぢごく)や、279蛇(へび)の室(むろ)、280蜂(はち)の室(むろ)、281暴風(ばうふう)怒濤(どたう)に苦(くる)しみ、282一命(いちめい)の危(あやふ)い事(こと)も屡(しばしば)あるであらう。283手足(てあし)の爪(つめ)迄(まで)抜(ぬ)かれて、284神退(かむやら)ひに退(やら)はれる事(こと)も覚悟(かくご)して居(を)らねばならぬ。285さり乍(なが)ら少(すこ)しも恐(おそ)るるには及(およ)ばぬ。286神(かみ)様(さま)を力(ちから)に誠(まこと)を杖(つゑ)に猛進(まうしん)せよ。287如何(いか)なる災害(さいがい)に遭(あ)ふとも決(けつ)して退却(たいきやく)してはならぬ。288何事(なにごと)も皆(みな)神(かみ)の御(ご)経綸(けいりん)だと思(おも)へ。289一(いち)時(じ)の失敗(しつぱい)や艱難(かんなん)に出会(であ)ふた為(た)めに、290神(かみ)の道(みち)に遠(とほ)ざかり心(こころ)を変(へん)じてはならぬ。291五六七(みろく)の神(かみ)の御心(みこころ)を、292生命(いのち)の続(つづ)く限(かぎ)り遵奉(じゆんぽう)し、293且(かつ)世界(せかい)へ拡充(くわくじゆう)せよ。294神々(かみがみ)は汝(なんぢ)の身(み)を照(て)らし、295汝(なんぢ)の身辺(しんぺん)に附(つ)き添(そ)ふて、296此(この)使命(しめい)を果(はた)すべく守(まも)り玉(たま)ふであらう。297特(とく)に十(じふ)年間(ねんかん)は最(もつと)も必要(ひつえう)な修業(しうげふ)時代(じだい)だ』
298との厳(きび)しき神示(しんじ)は深(ふか)く脳裡(なうり)に刻(きざ)まれてあつた。299其処(そこ)へ今(いま)又(また)小林(こばやし)勇(いさむ)と云(い)ふ不思議(ふしぎ)な老易者(らうえきしや)より同(おな)じ様(やう)な教訓(けうくん)を受(う)けたのは実(じつ)に不思議(ふしぎ)であつた。
300 これより社前(しやぜん)に額(ぬか)づき、301拍手(はくしゆ)再拝(さいはい)し天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、302社内(しやない)を退(しりぞ)き懐(ふところ)淋(さび)しきまま、303天満橋(てんまばし)詰(づめ)の空心町(くうしんまち)の実盛餅(さねもりもち)を目当(めあて)に尋(たづ)ねて行(ゆ)く事(こと)とした。
304(大正一一・一〇・一〇 旧八・二〇 北村隆光録)
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