霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一八章 奥野(おくの)操(みさを)〔一〇三〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第3篇 阪丹珍聞 よみ(新仮名遣い):はんたんちんぶん
章:第18章 奥野操 よみ(新仮名遣い):おくのみさお 通し章番号:1030
口述日:1922(大正11)年10月10日(旧08月20日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
斎藤宇一の親父の機嫌が直り、また屋敷を修行場として貸してもらえることになった。霊をかけて火鉢を動かしたり、机を宙に上げたり土瓶を廻したりなど、霊学の研究に面白く没頭していた。
多田琴や石田小末の憑霊は、京都大阪に出てこれを見世物として興行すれば、金儲けと神様のお道の宣伝と一石二鳥だと喜楽を急き立てる。
喜楽はそんな芸をして見せるのは神様に対して申しわけないと思っていたが、しきりに勧められるので、それで神様のお道が開けるのであれば、と決心して産土神社に参って伺ってみた。
すると自分の腹の中から馬鹿と怒鳴りつけられ、そんなことをしたら凶党界に落としてやるぞ、と戒められ、この計画は取りやめになった。
あるとき多田琴は、園部藩主の指南番であった奥野操と名乗る武士の憑霊があり、荒んで喜楽の鎮魂も効かなくなった。そこで産土の社へかけつけて祈願をこらしていた。
すると石田小末が、武士の霊が鎮まったと告げに来た。行ってみると、奥野操と名乗る武士の霊は、死後自分を誰も弔うことなく迷っているので、祀ってくれれば神の座に直り、教えを守護すると約束した。
そして自分の墓を探し当てたら、その石塔を動かして知らせると告げた。喜楽は霊が教えたお寺や、武士の家来の子孫の家という宅を訪ねてみた。武士の名前はわからなかったが、戒名は的中していたので墓を探し当てたが、石塔はいつまで待っても動かない。
霊眼で調べてみると、石塔の浦に大きな古狸が見えた。喜楽は怒って修行場に帰り、多田琴の憑霊を詰問して霊縛をかけたが、逆に座敷中を飛び回る。喜楽はどうぞお鎮まりください、と頭を下げて優しく出た。
すると神がかりは大口を開けて大笑いし、実は自分は松岡であり、審神の修行をさせてやったのだ、と腹をかかえて笑いこけた。
にわかに部屋が死人臭くなってきた。霊眼で見ると、亡者の葬列が障子の細い穴から入ってくるのが見えた。亡者の先頭は、隣のお紋という娘の顔をしている。不快の臭気が室内に漂い、ランプやろうそくの火も次々に消えてしまう。
禊をして天津祝詞を一生懸命奏上すると、怪しい亡者の影は一人、二人と減って逃げ去ってしまった。
するとお紋の母親があわただしくやってきて、娘が病気になり、うわごとで喜楽の名前を呼んでいると言うのでやってきてみると、修行場で臭った不快な熱病のにおいが漂っていた。
喜楽は天津祝詞を唱えて鎮魂を施すと、お紋は『のきます のきます』と言って門口の方へ二三歩歩きだし、その場に倒れてしまった。それから病気はすっかり治ってしまった。
次郎松はいよいよ喜楽は飯綱使いだと口を極めてののしりまわった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-24 17:08:33 文字数:4690 OBC :rm3718
愛善世界社版:213頁 八幡書店版:第7輯 111頁 修補版: 校定版:223頁 普及版:106頁 初版: ページ備考:
001 一旦(いつたん)斎藤(さいとう)宇一(ういち)の座敷(ざしき)から、002退却(たいきやく)を命(めい)ぜられた修業場(しうげふば)は、003又(また)もや爺(おやぢ)の機嫌(きげん)が直(なほ)つて、004再(ふたたび)修行場(しうぎやうば)に、005二間(ふたま)続(つづ)きの奥座敷(おくざしき)を給与(きふよ)された。006其(その)時(とき)は多田(ただ)琴(こと)、007石田(いしだ)小末(こすゑ)、008上田(うへだ)幸吉(かうきち)などが最(もつと)も面白(おもしろ)き神懸(かむがか)りであり、009いろいろの珍(めづら)しき神術(かむわざ)をして見(み)せた。010多田(ただ)琴(こと)が両手(りやうて)を組(く)み審神者(さには)となり、011石田(いしだ)小末(こすゑ)が神主(かむぬし)となり、
012小末『サア地震(ぢしん)だ』
013といへば、014俄(にはか)に家(いへ)がガタガタとふるひ出(だ)し、015ゴーゴーと唸(うな)り声(ごゑ)が聞(きこ)えて来(く)る。016けれ共(ども)地震(ぢしん)は此(この)家(いへ)限(かぎ)りで、017門口(かどぐち)を出(で)ると最早(もはや)何(なん)の事(こと)もなかつた、018大勢(おほぜい)の者(もの)は其(その)不可思議(ふかしぎ)な神力(しんりき)に肝(きも)を潰(つぶ)し、019舌(した)を巻(ま)いてゐた。020多田(ただ)琴(こと)が、
021多田(ただ)『われは巴御前(ともゑごぜん)だ、022オイ家来(けらい)の者(もの)、023皆(みな)サンにお茶(ちや)を注(つ)げ』
024と命(めい)ずると、025戸棚(とだな)からガチヤガチヤと音(おと)がして茶碗(ちやわん)が人(ひと)の数(かず)丈(だけ)宙(ちう)をたつて、026二人(ふたり)の前(まへ)に出(で)て来(く)る。027多田(ただ)は、
028多田(ただ)『皆(みな)サンの前(まへ)へ、029一(ひと)つづつ配(くば)れ』
030と厳命(げんめい)すると、031何(なに)も居(を)らぬのに、032茶碗(ちやわん)が畳(たたみ)の上(うへ)五六寸(ごろくすん)の所(ところ)を通(とほ)つて、033各自(かくじ)の膝(ひざ)の前(まへ)にチヤンと据(す)はる、034据(す)はつた時(とき)どれもこれも茶碗(ちやわん)が二三遍(にさんべん)キリキリと舞(ま)うてゐるのが不思議(ふしぎ)である。
035多田(ただ)『サアお茶(ちや)をつげ』
036と多田(ただ)琴(こと)が命令(めいれい)すると、037石田(いしだ)小末(こすゑ)は手(て)で土瓶(どびん)を持(も)つて、038茶(ちや)を注(つ)ぐ真似(まね)をする。039さうすると、040火鉢(ひばち)にかかつてゐた土瓶(どびん)が勝手(かつて)に、041宙(ちう)をブラブラやつて来(き)て、042誰(たれ)かが持(も)つて茶(ちや)を注(つ)ぐ様(やう)に、043八分(はちぶ)許(ばか)り、044各(かく)次(つ)ぎ次(つ)ぎに注(そそ)いでまはる。045始(はじ)めの中(うち)は喜楽(きらく)の霊学(れいがく)は偉(えら)い者(もの)だとほめて居(ゐ)たが、046ソロソロ魔法使(まはふつかい)、047飯綱使(いづなつかい)と口(くち)を極(きは)めて罵(ののし)り出(だ)した。048それにも構(かま)はず霊(れい)をかけて火鉢(ひばち)を動(うご)かしたり、049机(つくゑ)を二三尺(にさんじやく)許(ばか)りも宙(ちう)に上(あ)げたり、050土瓶(どびん)を廻(まは)らしたりして、051日夜(にちや)研究(けんきう)に没頭(ぼつとう)してゐた。052此(この)時(とき)位(くらゐ)面白(おもしろ)くて得意(とくい)な事(こと)はなかつた。053多田(ただ)琴(こと)に憑(うつ)つた巴御前(ともえごぜん)と自称(じしよう)する霊(れい)は喜楽(きらく)に向(むか)つて曰(い)ふ。
054多田(ただ)『此(この)通(とほ)り色々(いろいろ)の霊術(れいじゆつ)を、055神(かみ)が守護(しゆご)致(いた)してさしてやるのだから、056これから一座(いちざ)を組(く)んで、057京(きやう)大阪(おほさか)へ飛出(とびだ)し、058奇術師(きじゆつし)となつて、059ドツサリ金(かね)を儲(まう)け、060それを資本(しほん)として大(おほ)きな神殿(しんでん)を造(つく)り本部(ほんぶ)を建(た)てようだないか』
061と勧(すす)めるのであつた。062喜楽(きらく)は神(かみ)様(さま)の道(みち)に、063そんな馬鹿(ばか)な事(こと)をしては却(かへつ)て神(かみ)の道(みち)を汚(けが)すだらうと思(おも)つて、064躊躇(ちうちよ)して居(ゐ)ると、065石田(いしだ)小末(こすゑ)の憑霊(ひようれい)が又(また)もや発動(はつどう)して、
066小末(こすゑ)『サア是(これ)から宙(ちう)を歩(ある)いて見(み)せる、067何(な)ンでもかンでも御(お)望(のぞ)み次第(しだい)ぢや、068こんな結構(けつこう)な神術(かむわざ)があるのに、069丹波(たんば)の山奥(やまおく)に隠(かく)しておくのは勿体(もつたい)ない、070京(きやう)大阪(おほさか)へ出(で)て、071天晴(あつぱ)れ神術(かむわざ)をして見(み)せたら、072それこそ一遍(いつぺん)に神(かみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)が分(わか)つて、073お道(みち)が開(ひら)けるだらう。074サア早(はや)く決心(けつしん)なされ』
075と多田(ただ)と小末(こすゑ)の二人(ふたり)の神懸(かむがかり)が両方(りやうはう)からつめかける。076山子(やまこ)好(ず)きの元市(もといち)親子(おやこ)は喉(のど)をならして喜(よろこ)び、
077元市親子『サアこれが神(かみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)だ。078天眼通(てんがんつう)から天耳通(てんじつう)、079天言通(てんげんつう)、080それにこんな神術(かむわざ)、081これを見(み)せたら、082いかな理屈(りくつ)の強(つよ)い男(をとこ)でも、083往生(わうじやう)せずには居(を)られまい。084金儲(かねまう)けをしもつて、085神(かみ)様(さま)のお道(みち)が広(ひろ)まるのだ、086エヘヽヽヽ、087こんな結構(けつこう)な事(こと)が世(よ)にあらうか』
088と乗気(のりき)になつて居(ゐ)る。089岩森(いはもり)とく、090斎藤(さいとう)高子(たかこ)までが色々(いろいろ)の不思議(ふしぎ)な神術(かむわざ)を習得(しふとく)して同意(どうい)し出(だ)した。091喜楽(きらく)の心(こころ)では、092……そんな所(ところ)へ出(で)て、093芸(げい)をして見(み)せるのは、094何(なん)だか恥(はづか)しくて堪(たま)らない、095乍併(しかしながら)それで神(かみ)様(さま)の道(みち)が開(ひら)けるのならば、096強(あなが)ち止(と)める訳(わけ)にも行(ゆ)くまい。097何事(なにごと)も神懸(かむがかり)に任(まか)して、098思(おも)ひ切(き)つて京(きやう)大阪(おほさか)へ一興行(ひとこうぎやう)やりに行(ゆ)かうか……と決心(けつしん)し、099産土(うぶすな)神社(じんじや)へ参(まゐ)つて、100伺(うかが)つてみた。101さうすると又(また)もや自分(じぶん)の腹(はら)から塊(かたまり)が二(ふた)つ三(みつ)つゴロゴロと喉(のど)のあたりまで舞(ま)ひ上(あが)り、
102『バカ バカ バカツ』
103と呶鳴(どな)りつけた。104喜楽(きらく)は止(や)めるのが馬鹿(ばか)か、105興行(こうぎやう)に出(で)るのが馬鹿(ばか)か、106どちらで御座(ござ)ります………と問(と)ひ返(かへ)して見(み)ると、107又(また)腹(はら)の中(なか)から、
108『其(その)判断(はんだん)がつかぬ奴(やつ)は尚(なほ)馬鹿(ばか)だ』
109と呶鳴(どな)られた。110喜楽(きらく)は、
111喜楽『そんなら多数決(たすうけつ)に依(よ)つて、112神懸(かむがかり)や元市(もといち)サンの云(い)ふ通(とほ)りに致(いた)します』
113と言(い)つてみれば、114又(また)もや腹(はら)の中(なか)から、
115『やるならやれ、116兇党界(きよたうかい)に落(おと)してやるぞよ』
117と呶鳴(どな)りつけられ、118とうとう霊学(れいがく)興行(こうぎやう)は思(おも)ひ切(き)る事(こと)にして了(しま)つた。
119 例(れい)の如(ごと)く修業場(しうげふば)で幽斎(いうさい)を始(はじ)めて居(ゐ)ると、120多田(ただ)琴(こと)の容貌(ようばう)が俄(にはか)に獰悪(どうあく)となつて来(き)た。121そしてはじけわれるやうな声(こゑ)で、
122多田琴『アラ アラ アラ』
123と呶鳴(どな)り出(だ)し、124撃剣家(げきけんか)が竹刀(しない)をふり上(あ)げて立合(たちあ)ふ様(やう)な素振(そぶ)りをして居(ゐ)る。125審神者(さには)の喜楽(きらく)は、
126喜楽『鎮(しづ)まれ!』
127と一言(ひとこと)言霊(ことたま)を発射(はつしや)した。128多田(ただ)は其(その)一言(いちごん)に元(もと)の座(ざ)に行儀(ぎやうぎ)よく坐(すわ)り、129組(く)んだ手(て)を離(はな)して、130昔(むかし)の武士(ぶし)が、131腰(こし)の刀(かたな)を抜(ぬ)く様(やう)な素振(そぶり)をなし、
132多田琴『之(これ)を見(み)よ』
133と審神者(さには)の前(まへ)に手(て)をつき出(だ)す、134審神者(さには)は目(め)をつぶつた儘(まま)、135之(これ)を見(み)れば短刀(たんたう)の根元(ねもと)に、136白紙(しらかみ)が巻(ま)いてあるのをつき出(だ)してるやうに見(み)える。137そして此(この)短刀(たんたう)を持(も)つた男(をとこ)は、138年(とし)は四十(しじふ)前後(ぜんご)の稍(やや)赤(あか)みがかつた細(ほそ)だちの品(ひん)のよい男(をとこ)である。139多田(ただ)は口(くち)を切(き)つて云(い)ふ、
140多田(ただ)『某(それがし)は園部(そのべ)の藩主(はんしゆ)小出公(こいでこう)の指南番(しなんばん)奥野(おくの)操(みさを)といふ者(もの)で厶(ござ)つたが、141同役(どうやく)のそねみに依(よ)つて、142讒言(ざんげん)をせられ、143園部(そのべ)を追(お)ひ出(だ)され、144亀山(かめやま)に参(まゐ)り、145松平公(まつだひらこう)の指南番(しなんばん)となり、146勤(つと)めてゐた所(ところ)、147十八(じふはち)歳(さい)の殿(との)様(さま)の妹娘(いもうとむすめ)に惚(ほ)れられて、148遂(つひ)に同役(どうやく)より又(また)もや讒言(ざんげん)をせられ、149無念(むねん)の涙(なみだ)を呑(の)んで、150丁度(ちやうど)八十(はちじふ)年(ねん)以前(いぜん)の今晩(こんばん)、151切腹(せつぷく)を致(いた)して相果(あひは)てた武士(ぶし)で厶(ござ)る。152此(この)短刀(たんたう)を見(み)られよ、153血汐(ちしほ)が附(つ)いてをらうがなア』
154と呶鳴(どな)り立(た)てた。
155喜楽(きらく)『ここは神(かみ)様(さま)のお憑(うつ)り遊(あそ)ばす為(ため)の修行場(しうぎやうば)であれば、156人霊(じんれい)などの来(く)るべき所(ところ)ではない。157早(はや)く立去(たちさ)つたがよからう』
158ときめつけた。159憑霊(ひようれい)は首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)り、
160多田琴『苟(いやし)くも天下(てんか)の豪傑(がうけつ)、161武道(ぶだう)の指南番(しなんばん)に向(むか)つて、162無礼(ぶれい)千万(せんばん)な其(その)言(い)ひ条(でう)了見(れうけん)致(いた)さぬぞ』
163と言(い)ひ乍(なが)ら、164ツと立上(たちあが)り、
165多田琴『ヤア ヤア』
166と声(こゑ)をかけ、167喜楽(きらく)の頭(あたま)の上(うへ)を前後(ぜんご)左右(さいう)に飛(と)び廻(まは)り、168時々(ときどき)頭(あたま)を蹴(け)つて、169騒(さわ)ぎまはり、170何程(なにほど)鎮魂(ちんこん)をしても、171荒(あら)くなる計(ばか)りで、172少(すこ)しも鎮(しづ)まらない。173喜楽(きらく)も殆(ほとん)ど持(も)てあまし、174此(この)場(ば)をぬけ出(だ)し、175再(ふたたび)産土(うぶすな)の社(やしろ)へかけつけて、176祈願(きぐわん)をこらして居(ゐ)た。177そこへ石田(いしだ)小末(こすゑ)が走(はし)つて来(き)て、
178小末(こすゑ)『モシ先生(せんせい)、179鎮(しづ)まりました。180操(みさを)と云(い)ふ武士(ぶし)が先生(せんせい)に一(ひと)つ御(お)頼(たの)みがあるから、181早(はや)く帰(かへ)つて欲(ほ)しいと頼(たの)んで居(を)ります。182どうぞ帰(かへ)つて下(くだ)さいませ』
183と叮嚀(ていねい)に頭(あたま)を下(さ)げて頼(たの)んで居(ゐ)る。184喜楽(きらく)は、
185喜楽(きらく)『ヤアもう鎮(しづ)まつたか、186そりや有難(ありがた)い、187産土(うぶすな)様(さま)の御(お)蔭(かげ)だ』
188と云(い)ひ乍(なが)ら、189社前(しやぜん)に感謝(かんしや)し、190直(ただち)に元市(もといち)の宅(たく)へ帰(かへ)つて行(ゆ)く。
191 帰(かへ)つて見(み)れば多田(ただ)琴(こと)は厳然(げんぜん)として坐(すわ)りこみ、
192多田(ただ)『アイヤ上田氏(うへだうぢ)、193某(それがし)は最前(さいぜん)申(まを)せし如(ごと)く、194亀山公(かめやまこう)の指南番(しなんばん)奥野(おくの)操(みさを)と申(まを)す者(もの)で厶(ござ)る。195女房(にようばう)もなければ子(こ)もなし、196又(また)身内(みうち)もなき故(ゆゑ)に後(あと)弔(とむら)ひくれるものもなく、197宙(ちう)に迷(まよ)うて居(を)りまする。198就(つ)いては自分(じぶん)の家(うち)に出入(でいり)を致(いた)して居(を)つた家来(けらい)の子孫(しそん)が内丸町(うちまるちやう)に紙屑屋(かみくづや)を致(いた)して居(を)る。199これは西尾(にしを)と申(まを)す者(もの)なれば、200よく査(しら)べて下(くだ)され、201戒名(かいみやう)は何々(なになに)と記(しる)し西尾(にしを)の宅(たく)と西町(にしまち)の某寺(ぼうじ)に祀(まつ)つてある。202先(ま)づ第一(だいいち)に虚実(きよじつ)を調(しら)べた上(うへ)、203此(この)方(はう)の霊(みたま)を御(お)祀(まつ)り下(くだ)さらば、204某(それがし)は神(かみ)の座(ざ)に直(なほ)り、205其(その)方(はう)が神業(しんげふ)を保護(ほご)いたし、206日本(にほん)国中(こくぢう)は申(まを)すに及(およ)ばず、207世界(せかい)の隅々(すみずみ)に致(いた)るまで十(じふ)年(ねん)ならずして名(な)を轟(とどろ)かして見(み)せるで厶(ござ)らう。208猶(なほ)も疑(うたが)はしくば、209亀岡(かめをか)古世裏(こせうら)の墓地(ぼち)へ往(い)つて調(しら)べて下(くだ)され。210入口(いりぐち)から右(みぎ)に当(あた)つて三(みつ)つ目(め)の石塔(せきたふ)が、211拙者(せつしや)の石塔(せきたふ)で厶(ござ)る。212性念(しやうねん)のある印(しるし)には、213上田氏(うへだし)が石塔(せきたふ)の前(まへ)に立(た)たれたならば自然(しぜん)に動(うご)くに依(よ)つて、214それを証拠(しようこ)に御(お)祀(まつ)り下(くだ)され。215武士(ぶし)が百姓(ひやくしやう)の伜(せがれ)に頭(あたま)を下(さ)げてお願(ねがひ)申(まを)す』
216と威丈高(ゐたけだか)になつて構(かま)へてゐる。217これより喜楽(きらく)は宇一(ういち)其(その)他(た)二三(にさん)の修業者(しうげふしや)を引(ひき)つれ西町(にしまち)の某寺(ぼうじ)を調(しら)べ、218紙屑屋(かみくづや)の西尾(にしを)の宅(たく)へ行(い)つて聞(き)いて見(み)たが、219操(みさを)と云(い)ふ名(な)はハツキリ分(わか)らぬが、220某々(ぼうぼう)院殿(ゐんでん)某々(ぼうぼう)居士(こじ)と云(い)ふ事(こと)丈(だけ)は的中(てきちう)して居(ゐ)た。221全(まつた)く操(みさを)の霊(れい)に間違(まちがひ)ないと、222勇(いさ)んで古世裏(こせうら)の墓地(ぼち)へ往(い)つて見(み)た。223所(ところ)が墓地(ぼち)全体(ぜんたい)の様子(やうす)が亡霊(ばうれい)のいつた通(とほ)り寸分(すんぶん)の間違(まちがひ)もなく、224右(みぎ)の三(みつ)つ目(め)の石碑(せきひ)には苔(こけ)がたまつて、225ハツキリとは分(わか)らぬが、226どうも似(に)た字(じ)が現(あら)はれてゐる。227石塔(せきたふ)がモウ動(うご)くかモウ動(うご)くかと待(ま)つ事(こと)殆(ほとん)ど一(いち)時間(じかん)許(ばか)り、228されど依然(いぜん)としてビクとも動(うご)かない。229ハテ不思議(ふしぎ)と、230不思議(ふしぎ)でもない事(こと)を、231不思議(ふしぎ)がつて瞑目(めいもく)し、232霊眼(れいがん)で調(しら)べて見(み)ると、233石塔(せきたふ)の裏(うら)に大(おほ)きな古狸(ふるたぬき)が目(め)をむいてゐるのが目(め)についた。
234(喜楽)『おのれド狸(たぬき)奴(め)が、235人(ひと)を馬鹿(ばか)にしやがつた、236これから帰(かへ)つて多田(ただ)琴(こと)の審神(さには)を厳重(げんぢう)にしてやらう』
237と思(おも)ひ乍(なが)ら、238スタスタと穴太(あなを)の修業場(しうげふば)へ帰(かへ)つて来(き)た。239其(その)時(とき)既(すで)に日(ひ)は暮(く)れて居(ゐ)た、240修業場(しうげふば)には薄暗(うすぐら)いランプが一(ひと)つ、241点(とも)つて其(その)向(むか)ふに多田(ただ)琴(こと)と石田(いしだ)が四角張(しかくば)つて、242厳然(げんぜん)と控(ひかへ)えて居(ゐ)る。243自分(じぶん)等(ら)の姿(すがた)を見(み)るより、
244多田琴、石田小末『ヤア上田(うへだ)殿(どの)、245大儀(たいぎ)々々(たいぎ)よくこそお調(しら)べ下(くだ)さつた。246此(この)方(はう)の申(まを)す事(こと)に間違(まちがひ)は厶(ござ)らうまいがなア、247早(はや)く某(それがし)の霊(れい)をお祀(まつ)り下(くだ)され。248ヤア元市(もといち)どの、249其(その)外(ほか)の面々(めんめん)、250いかい御(ご)苦労(くらう)で厶(ござ)つた、251アツハヽヽヽ』
252と豪傑(がうけつ)笑(わら)ひをなし、253肩(かた)を二人(ふたり)一時(いつとき)に揺(ゆ)すつてゐる。
254喜楽(きらく)『コリヤ多田(ただ)に憑(うつ)つてゐる古狸(ふるたぬき)奴(め)、255小末(こすゑ)にうつつてる狸(たぬき)の子分(こぶん)奴(め)、256此(この)審神者(さには)を馬鹿(ばか)にしやがつたな、257サアもう了見(れうけん)ならぬ。258これから霊縛(れいばく)をかけて縛(いまし)めてやるから覚悟(かくご)を致(いた)せ』
259 多田(ただ)の憑神(ひようしん)は一層(いつそう)大(おほ)きく肩(かた)をゆすりて大口(おほぐち)をあけ、
260多田琴『アハヽヽヽ、261イヒヽヽヽ』
262と笑(わら)ひ乍(なが)ら横(よこ)にゴロンとこけて了(しま)つた。263喜楽(きらく)は両手(りやうて)を組(く)み、264一生(いつしやう)懸命(けんめい)にウンウンと霊縛(れいばく)をかけた。265石田(いしだ)はウンの声(こゑ)と共(とも)にゴロリと倒(たふ)れた。266それと引替(ひきか)へに多田(ただ)の肉体(にくたい)はムクリと起(お)き上(あが)り、267ドンドンドンと餅(もち)つく様(やう)に二十貫(にじふくわん)の体(からだ)を二(に)尺(しやく)許(ばか)り上(あ)げ下(さ)げして、268座敷中(ざしきちう)を飛(と)び廻(まは)る。269喜楽(きらく)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)になつて、
270喜楽(きらく)『どうぞお静(しづ)まりを願(ねが)ひます』
271と頭(あたま)を下(さ)げて優(やさ)しく出(で)た。272憑神(ひようしん)は大口(おほぐち)あけて、
273多田琴『アハヽヽヽおれは小松林(こまつばやし)様(さま)に頼(たの)まれて、274貴様(きさま)達(たち)に審神者(さには)の修業(しうげふ)をさせてやつたのだ。275実(じつ)の所(ところ)は松岡(まつをか)だ。276能(よ)うだまされたのう、277石塔(せきたふ)の裏(うら)で狸(たぬき)を見(み)た時(とき)は、278随分(ずゐぶん)妙(めう)な顔(かほ)だつたのう。279ホツホヽヽヽ、280アハヽヽヽ』
281と又(また)腹(はら)を抱(かか)へて笑(わら)ひこける。
282 俄(にはか)に室内(しつない)が死人(しにん)臭(くさ)くなつて来(き)た。283……あゝ臭(くさ)い臭(くさ)いと各自(かくじ)に鼻(はな)をつまんでゐると、284どこともなしに坊主(ばうず)のお経(きやう)が聞(きこ)えて来(く)るかと思(おも)へば厭(いや)らしい声(こゑ)で巡礼歌(じゆんれいうた)が聞(きこ)える、285チンドン、286ジヤブリンと云(い)ふ葬礼(さうれん)の行列(ぎやうれつ)が耳(みみ)に入(い)る。287此奴(こいつ)ア怪(あや)しいと手(て)を組(く)み目(め)を塞(ふさ)ぎ、288霊眼(れいがん)をてらせば、289幾十(いくじふ)とも知(し)れぬ亡者(もうじや)が各自(てんで)に笠(かさ)と杖(つゑ)を手(て)に持(も)ち、290乞食(こじき)坊主(ばうず)の後(あと)について、291障子(しやうじ)の細(ほそ)い穴(あな)からくぐつて這入(はい)つて来(く)るのが目(め)についた。292そして一番先(いちばんさき)に出(で)て来(く)る亡者(もうじや)の顔(かほ)が、293隣(となり)のお紋(もん)と云(い)ふ娘(むすめ)の顔(かほ)にソツクリである。294喜楽(きらく)は思(おも)はず知(し)らず、
295喜楽(きらく)『ヤアお紋(もん)サン』
296と叫(さけ)んだ。297されど何(なん)の答(こたへ)もなしに座敷(ざしき)へドカドカと亡者(もうじや)が重(かさ)なり来(きた)り、298遂(つひ)には何百(なんびやく)とも知(し)れず重(かさ)なり合(あ)うて、299こちらを向(む)いて睨(にら)んでゐる。300斎藤(さいとう)高子(たかこ)、301岩森(いはもり)徳子(とくこ)の二人(ふたり)の神憑(かむがかり)はコワイコワイと叫(さけ)び乍(なが)ら、302喜楽(きらく)の体(からだ)に喰(くら)ひついて震(ふる)ひ泣(な)いてゐる。
303 何(なん)とも知(し)れぬ不快(ふくわい)の臭(にほひ)が室内(しつない)に充(み)ち、304ランプの光(ひかり)は自然(しぜん)に細(ほそ)つてそこら中(ぢう)が薄暗(うすぐら)くなつて来(き)た。305それから蝋燭(らふそく)を四五本(しごほん)も灯(とも)してみたが、306どれもこれも火(ひ)が小(ちひ)さくなつて消(き)えて了(しま)ふ。307仕方(しかた)がないから、308東側(ひがしがは)の細溝(ほそみぞ)の清水(せいすい)で体(からだ)を清(きよ)め、309胴(どう)を据(す)えて、310天津(あまつ)祝詞(のりと)を一生(いつしやう)懸命(けんめい)に奏上(そうじやう)しかけた。311怪(あや)しき亡者(もうじや)の影(かげ)は一人(ひとり)減(へ)り二人(ふたり)減(へ)り、312とうとう又(また)元(もと)の障子(しやうじ)の細(ほそ)い破(やぶ)れ穴(あな)から逃(に)げ去(さ)つて了(しま)つた。313かかる所(ところ)へお紋(もん)の母親(ははおや)お初(はつ)といふ婆(ば)アサンが、314慌(あは)ただしくやつて来(き)て、
315お初(はつ)『モシモシ喜楽(きらく)サン、316最前(さいぜん)から俄(にはか)にお紋(もん)が病気(びやうき)になつて囈言(うはごと)許(ばか)りいつてゐます、317そして喜楽(きらく)サンどうぞこらへて下(くだ)さいと、318幾度(いくど)となく繰返(くりかへ)して居(を)りますから、319どうぞ、320どんな悪(わる)い事(こと)をしたか知(し)らぬが、321まだ年(とし)の行(ゆ)かぬ子供(こども)の事(こと)だから、322カニーしてやつて下(くだ)され。323大変(たいへん)な熱(ねつ)で、324臭(くさ)うて側(そば)へもよりつけませぬ』
325と言(い)ひ乍(なが)ら、326泣(な)いて居(ゐ)る。327喜楽(きらく)はこれを聞(き)くより隣(となり)のお紋(もん)サンの家(うち)に行(ゆ)き見(み)れば、328お初(はつ)婆(ば)アサンの云(い)つた通(とほ)り、329熱臭(ねつくさ)く不快(ふくわい)な臭(にほひ)が漂(ただよ)ひ娘(むすめ)はウンウンと唸(うな)つて居(ゐ)る。330丁度(ちやうど)元市(もといち)の修業場(しうげふば)で嗅(か)いだ臭(にほひ)とソツクリであつた。331そこで又(また)もや天津(あまつ)祝詞(のりと)を声(こゑ)高(たか)らかに奏上(そうじやう)し、332鎮魂(ちんこん)を施(ほどこ)せば、333お紋(もん)サンは夢中(むちう)になつて、
334『のきます のきます』
335と云(い)ひ乍(なが)ら、336寝所(ねどこ)から立上(たちあが)り、337二足(ふたあし)三足(みあし)門口(かどぐち)の方(はう)へ歩(ある)き出(だ)し、338バタリと其(その)場(ば)に倒(たふ)れて了(しま)つた。339それと同時(どうじ)に病気(びやうき)はスツカリ治(なほ)つて了(しま)つたのである。
340 此(この)事(こと)があつてから、341次郎松(じろまつ)は、342いよいよ喜楽(きらく)は飯綱使(いづなつかひ)だと口(くち)を極(きは)めて罵(ののし)り、343曽我部(そがべ)の村中(むらぢう)を、344御(ご)苦労(くらう)にも仕事(しごと)を休(やす)んでまでふれて歩(ある)いた奇篤(きとく)な人間(にんげん)である。345あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
346(大正一一・一〇・一〇 旧八・二〇 松村真澄録)
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