霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 破軍星(はぐんせい)〔一〇一五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第1篇 安閑喜楽 よみ(新仮名遣い):あんかんきらく
章:第3章 破軍星 よみ(新仮名遣い):はぐんせい 通し章番号:1015
口述日:1922(大正11)年10月08日(旧08月18日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
親戚の次郎松は勘吉の美人局にかかって、金をゆすられていた。ある晩、次郎松は勘吉一家に家に押し込まれて往生していた。次郎松の老母は、自分に助けを求めてきた。
自分の母と祖母の不安も顧みず、男を売るのはこのときと野次馬を分けて次郎松の家に入り、次郎松をゆすっている勘吉に啖呵を切った。
勘吉は、喜楽を叩きのめせと子分たちに号令をかけている。子分の一人がけしかけられ、震えながら、お願いだから外へ出てくれと声をかけてきた。自分は懐手のままドスンと座り、空威張りをしていた。
そこへ嘘勝がやってきて、勘吉が美人局で次郎松をゆすっていることを大声で触れた。自分の弟が、次郎松が勘吉に払ったお金をいくらかちょとまかしたことが原因だから、この件は自分が仲裁に入ろうと言い立てたのである。
勘吉は、女を種にして次郎松をゆすっていたことが公になるのを恥じて、急に手打ちを言いだした。そして明日の晩に仲直りの宴会を開くこととなったが、嘘勝は言い訳をつけて断った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-17 15:59:23 文字数:3528 OBC :rm3703
愛善世界社版:34頁 八幡書店版:第7輯 42頁 修補版: 校定版:36頁 普及版:15頁 初版: ページ備考:
001 大阪(おほさか)から田舎下(いなかくだ)しの舞(まひ)の師匠(ししやう)に、002お玉(たま)といふ四十(しじふ)位(くらゐ)の年増(としま)があつた。003村(むら)の若者(わかもの)は端唄(はうた)や舞(まひ)や踊(をどり)を毎晩(まいばん)稽古(けいこ)に往(い)つて居(を)つた。004何時(いつ)の間(ま)にかは此(この)お玉(たま)は侠客(けふかく)の勘吉(かんきち)の内縁(ないえん)の妻(つま)となつてゐた。005そして勘吉(かんきち)は其(その)お玉(たま)に村(むら)の若(わか)い者(もの)をくつつけ、006そこを押(おさ)へては物言(ものい)ひを付(つ)け、007金銭(きんせん)を絞(しぼ)り取(と)つて居(ゐ)たのである。008此(この)女(をんな)は少(すこ)し浄瑠璃(じやうるり)も知(し)つてゐて、009若者(わかもの)にチヨコチヨコ札(ふだ)で教(をし)へて居(ゐ)た。
010 次郎松(じろまつ)といふ男(をとこ)、011五十(ごじふ)の坂(さか)を越(こ)えて居(ゐ)乍(なが)ら鰥(やもめ)の淋(さび)しさに、012若(わか)い者(もの)の舞(まひ)や踊(をどり)や浄瑠璃(じやうるり)の稽古(けいこ)を毎夜(まいよ)欠(か)かさず見聞(みきき)に行(ゆ)き、013遂(つひ)にはお玉(たま)と勘吉(かんきち)の美人局(つつもたせ)に陥(おちい)り寝込(ねこ)みを押(おさ)へられ、014頭(あたま)や背中(せなか)をしたたか殴(なぐ)られ、015真青(まつさを)になつて吾(わが)家(や)に逃(に)げ帰(かへ)り、016ブルブル慄(ふる)へて居(ゐ)た。017そこへ上田(うへだ)長吉(ちやうきち)といふ、018次郎松(じろまつ)の近所(きんじよ)の二十五(にじふご)歳(さい)の男(をとこ)がやつて来(き)て、019いふやう、
020長吉『わしが勘吉(かんきち)とお玉(たま)との中(なか)へ這入(はい)つて話(はなし)をうまくつけて来(き)たから、021二百(にひやく)円(ゑん)出(だ)しなさい。022そしたら、023勘吉(かんきち)も怒(おこ)りはすまい』
024と言(い)つた。025次郎松(じろまつ)は生(うま)れついての吝嗇坊(けちんぼう)、026惜相(をしさう)に工面(くめん)して、027清水(きよみづ)の舞台(ぶたい)から飛(と)んだやうな心持(こころもち)で、028五十(ごじふ)円(ゑん)の金(かね)を拵(こしら)へ、029長吉(ちやうきち)の手(て)に渡(わた)した。030長吉(ちやうきち)はお玉(たま)に向(むか)つて、
031長吉『次郎松(じろまつ)サンが二十五(にじふご)円(ゑん)出(だ)して呉(く)れたから、032これで勘弁(かんべん)しなさい。033此(この)廿五(にじふご)円(ゑん)はわしの金(かね)ぢやが、034お前(まへ)に上(あ)げる』
035と甘(うま)くチヨロまかして、036又(また)お玉(たま)に妙(めう)な関係(くわんけい)をつけて了(しま)つた。
037 肝腎(かんじん)の勘吉(かんきち)はそんなこととは知(し)らず、038五六(ごろく)人(にん)の乾児(こぶん)を伴(つ)れ、039暗夜(あんや)に次郎松(じろまつ)の家(いへ)に押掛(おしか)け行(ゆ)き、040強談判(こはだんぱん)を始(はじ)め出(だ)した。041平素(へいそ)から憂(うれ)ひ喜(よろこ)びの悪口(あくこう)言(い)ひと、042村中(むらぢう)から憎(にく)まれてゐた次郎松(じろまつ)が、043今夜(こんや)は河内屋(かはちや)にやられるのだ、044よい罰(ばち)だ、045面白(おもしろ)い、046見(み)て来(こ)うか……と次(つぎ)から次(つぎ)へ言(い)ひ合(あ)はし、047門(かど)には一杯(いつぱい)の人(ひと)だかりになつてゐる。048次郎松(じろまつ)の老母(らうぼ)は裏口(うらぐち)から飛(と)び出(だ)し、049吾(わが)家(や)に来(きた)り、
050次郎松の母(おこの)『コレコレ喜楽(きらく)サン、051大変(たいへん)なことが起(おこ)つて来(き)た。052お前(まへ)も親類(しんるゐ)のことであり、053内(うち)の松(まつ)が今(いま)二百(にひやく)両(りやう)の金(かね)を出(だ)さねば、054地獄川(ぢごくがは)へ俵(たはら)につめて放(はう)り込(こ)まれるとこだから、055早(はや)う来(き)て勘吉(かんきち)に談判(だんぱん)しておくれ……』
056と慄(ふる)ひ慄(ふる)ひ泣(な)いてゐる。057自分(じぶん)は『ヨシ来(き)た!』……と言(い)つたものの、058近所(きんじよ)にワアワアと大勢(おほぜい)の声(こゑ)が聞(きこ)えてゐる、059勘吉(かんきち)の呶鳴(どな)り声(ごゑ)も手(て)に取(と)る如(ごと)く耳(みみ)にひびく。060幾分(いくぶん)か、061コリヤ険呑(けんのん)だ、062ウツカリ行(ゆ)く訳(わけ)には行(ゆ)こまい……と、063稍(やや)卑怯心(ひけふしん)の虫(むし)が腹(はら)の底(そこ)の方(はう)で囁(ささや)き出(だ)した。064そして八十四(はちじふし)歳(さい)になつた老祖母(らうそぼ)や母(はは)が、065不安(ふあん)な顔色(かほいろ)をして、066自分(じぶん)の返事(へんじ)を如何(どう)いふかと待(ま)つてゐるやうである。
067 おこの婆(ば)アサンは吾(わが)子(こ)の一大事(いちだいじ)だと、068一生(いつしやう)懸命(けんめい)に、
069おこの(次郎松の母)『喜楽(きらく)サン、070早(はや)う来(き)ておくれ、071松(まつ)がやられて了(しま)ふ……』
072と泣(な)き立(た)てる。
073喜楽『そんなら行(ゆ)きませう』
074と自分(じぶん)は立上(たちあが)らうとする。075老祖母(らうそぼ)は行(ゆ)くなと目(め)で知(し)らす。076おこの婆(ば)アサンは、
077おこの『コレ喜楽(きらく)サン、078親類(しんるゐ)で居(を)つて、079こんな時(とき)に助(たす)けに来(き)てくれんのなら、080お前(まへ)の所(ところ)へ二十(にじふ)円(ゑん)貸(か)した金(かね)を未(いま)返(かへ)しておくれ。081河内屋(かはちや)にやる足(た)しにせんならんから、082そしてこんな時(とき)に来(き)てくれな、083モウこれから何(なに)を頼(たの)まれても聞(き)きませんぞえ』
084と少(すこ)しの借金(しやくきん)を恩(おん)にきせて無理(むり)に引出(ひきだ)さうとする。085自分(じぶん)は一寸(ちよつと)むかついたが、086……併(しか)し世間(せけん)の者(もの)は、087そんな事情(じじやう)で怒(おこ)つて行(ゆ)かなんだとは思(おも)はずに、088勘吉(かんきち)に辟易(へきえき)して、089とうとう喜楽(きらく)も能(よ)う来(こ)なんだと誹(そし)るであらう。090折角(せつかく)侠客(けふかく)の玉子(たまご)になりかけた所(ところ)を、091なきがらだと言(い)はれては、092今(いま)までの事(こと)が水泡(すゐほう)に帰(き)する、093ナアニ多田(ただ)亀(かめ)の教(をし)へた通(とほ)り、094命(いのち)を的(まと)にかけて行(ゆ)きさへすれば大丈夫(だいぢやうぶ)だ、095一(ひと)つ度胸(どきよう)を放(はう)り出(だ)してやらう、096名(な)を売(う)るのは今(いま)ぢや……と俄(にはか)に強(つよ)くなつて、097老母(らうぼ)や母(はは)の不安(ふあん)な顔色(かほいろ)を見(み)ぬ振(ふ)りして、098吾(わが)家(や)を飛(と)び出(だ)し、099裏(うら)の藪(やぶ)の垣(かき)を蜘蛛(くも)の巣(す)に引(ひ)つかかり乍(なが)ら、100二(ふた)つもくぐりぬけて、101背戸口(せとぐち)から次郎松(じろまつ)の奥(おく)の間(ま)へ入(い)りこみ、102何(なに)くはぬ顔(かほ)して、103奥(おく)からヌツと火鉢(ひばち)の側(そば)へ現(あら)はれて、104井筒型(ゐづつがた)の模様(もやう)のあるドテラをフワリと羽織(はお)り、105鷹揚(おうやう)に坐(すわ)り込(こ)んだ。106そして破軍星(はぐんせい)の剣先(けんさき)を敵(てき)に向(む)けてやらう、107自分(じぶん)は剣先(けんさき)の柄(つか)に座(ざ)を占(し)めたれば、108キツと勝(か)つに違(ちが)ひないと、109稍(やや)迷信(めいしん)に囚(とら)はれ乍(なが)ら、
110喜楽『オイ河内屋(かはちや)、111こんなヒヨロヒヨロ爺(おやぢ)に、112屈強(くつきやう)盛(ざか)りの侠客(けふかく)が五(ご)人(にん)も六(ろく)人(にん)も乾児(こぶん)を伴(つ)れて、113押(おし)よせて来(く)るとは何(なん)の事(こと)だ。114侠客(けふかく)の侠(けふ)の字(じ)は何(なん)といふ事(こと)か知(し)つてゐるかい。115遊廓(いうくわく)へでも行(い)つて男(をとこ)を売(う)るのが侠客(けふかく)の本分(ほんぶん)ぢやないか。116こんな小(ちい)つぽけな田舎(いなか)で、117ヘボ爺(おやぢ)を苦(くるし)めた所(ところ)で、118お前(まへ)の名(な)はあがる所(どころ)か、119却(かへつ)てダダ下(さ)がりだぞ』
120と頭(あたま)から咬(か)みつけて見(み)た。121河内屋(かはちや)は何(なん)と思(おも)ふたか、122物(もの)も言(い)はず門口(かどぐち)へ出(で)て、123乾児(こぶん)の五(ご)人(にん)を中(なか)へ入(い)れ、
124河内屋(勘吉)『オイ喜楽(きらく)を叩(たた)きのばせ! 次郎松(じろまつ)を引(ひき)ずり出(だ)せ!』
125と号令(がうれい)をかけてゐる。126おこの婆(ば)アサンは自分(じぶん)の宅(うち)へ来(き)たなり、127怖(こわ)がつて震(ふる)うて帰(かへ)つて来(こ)ない。128次郎松(じろまつ)は長火鉢(ながひばち)の前(まへ)に坐(すわ)つたまま、129真青(まつさを)な顔(かほ)して、
130次郎松『破軍星(はぐんせい)はどつちを向(む)いてる、131なア喜楽(きらく)サン……』
132などと調子(てうし)外(はづ)れな声(こゑ)で尋(たづ)ねてゐる。133乾児(こぶん)の中(なか)の両腕(りやううで)と聞(きこ)えたる、134留公(とめこう)、135与三公(よさこう)は親分(おやぶん)にケシを掛(か)けられ、136震(ふる)ひ震(ふる)ひ、
137留公、与三公『コレ喜楽(きらく)サン、138一寸(ちよつと)出(で)て下(くだ)され。139次郎松(じろまつ)サン、140親分(おやぶん)があない言(い)うてますから出(で)て下(くだ)さい』
141などと怖々(こわごわ)ニユツと手(て)をつき出(だ)して、142半分(はんぶん)ふるうてゐる。143河内屋(かはちや)は犬(いぬ)の遠吠(とほぼえ)に似(に)ず、144門口(かどぐち)から号令(がうれい)をきびしくかける計(ばか)りである。145自分(じぶん)は懐手(ふところで)をした儘(まま)、146ドスンとすわり、147揚(あ)げ面(づら)をしてワザと豪傑(がうけつ)らしく空威張(からゐば)りをしてゐた。148併(しか)し乍(なが)ら脇(わき)の下(した)や腰(こし)のあたりは秋(あき)の夜寒(よさむ)にも似(に)ず、149汗(あせ)がビツシヨリと着物(きもの)をぬらしてゐた。150門口(かどぐち)には村(むら)の若(わか)い者(もの)や女(をんな)が先(せん)ぐり先(せん)ぐりやつて来(き)て、151ワイワイとぞめいてゐる。152不断(ふだん)から憎(にく)まれてゐるので、153誰一人(たれひとり)仲裁(ちうさい)に入(はい)らうとする者(もの)がない。
154 暫(しばら)くすると嘘勝(うそかつ)と言(い)ふ男(をとこ)が弟(おとうと)の長吉(ちやうきち)を引張(ひつぱ)つて来(き)た。155此(この)男(をとこ)は次郎松(じろまつ)から常(つね)に世話(せわ)になつて居(ゐ)る所(ところ)から、156近所(きんじよ)の事(こと)でもあり、157且(か)つ自分(じぶん)の弟(おとうと)に関(くわん)した事(こと)でもあるので、158裏口(うらぐち)から長吉(ちやうきち)を伴(つ)れて這入(はい)つて来(き)たのである。159自分(じぶん)は長吉(ちやうきち)に向(むか)ひ、160ワザと大(おほ)きな声(こゑ)で、
161喜楽『此(この)間(あひだ)松(まつ)サンからお玉(たま)サンに渡(わた)してくれといつて、162ことづけた五十(ごじふ)円(ゑん)の金(かね)は如何(どう)したのか?』
163と呶(ど)なりつけて見(み)た。164長吉(ちやうきち)は震(ふる)ひ乍(なが)ら、
165長吉『其(その)五十(ごじふ)円(ゑん)は確(たしか)にお玉(たま)サンに渡(わた)しました』
166と云(い)ふ。167そこで喜楽(きらく)は皆(みな)に聞(きこ)える様(やう)に、
168喜楽『お玉(たま)といふ女(をんな)は聞(き)けば、169河内屋(かはちや)の囲女(かこひをんな)ぢやないか。170侠客(けふかく)の内縁(ないえん)にもせよ、171女房(にようばう)になる女(をんな)が、172男(をとこ)から金(かね)の五十(ごじふ)円(ゑん)も取(と)るとは怪(け)しからん奴(やつ)だ。173これは要(えう)するに河内屋(かはちや)が差図(さしづ)ではあるまい。174こんな女(をんな)を持(も)つて居(ゐ)ると、175侠客(けふかく)の名(な)が汚(けが)れるのみならず、176此(この)村(むら)の恥(はぢ)だ。177男達(をとこだて)を以(もつ)て任(にん)ずる当時(たうじ)売出(うりだ)しの河内屋(かはちや)が、178女(をんな)を玉(たま)に使(つか)うて金(かね)を取(と)るといふ、179卑怯(ひけふ)なことは決(けつ)してする筈(はず)がない。180大方(おほかた)貴様(きさま)がチヨロまかしたのだろ』
181と呶鳴(どな)つて見(み)せた。182嘘勝(うそかつ)は妙(めう)な顔(かほ)をして、
183嘘勝『とも角(かく)、184弟(おとうと)の長吉(ちやうきち)が悪(わる)いのだから、185此(この)事(こと)は私(わたし)に任(まか)して貰(もら)ひたい。186河内屋(かはちや)だつて、187男(をとこ)の顔(かほ)に泥(どろ)をぬられて黙(だま)つておろまい。188侠客(けふかく)といふ者(もの)は、189女(をんな)を玉(たま)に使(つか)つて金(かね)を取(と)るといふやうなことはしそうな筈(はず)がない。190こんな事(こと)がカンテラの親分(おやぶん)にでも聞(きこ)えたら、191それこそ大変(たいへん)だぞ』
192と呶鳴(どな)りかけた。193河内屋(かはちや)はお玉(たま)を次郎松(じろまつ)が犯(おか)し、194侠客(けふかく)の顔(かほ)に泥(どろ)を塗(ぬ)つたから、195承知(しようち)しない、196二百(にひやく)円(ゑん)の金(かね)を出(だ)さねば地獄川(ぢごくがは)へ放(はう)り込(こ)むとねだつて居(ゐ)たのが、197少(すこ)し恥(はづか)しくなつたと見(み)え、198門口(かどぐち)から再(ふたた)び上(あが)り口(ぐち)の火鉢(ひばち)の前(まへ)迄(まで)やつて来(き)て、
199勘吉(かんきち)『此(この)勘吉(かんきち)は、200女(をんな)を玉(たま)に金(かね)をねだつたなどと言(い)はれちや、201男(をとこ)が立(た)ちません。202何(なに)かの間違(まちがひ)だらう……コラ与三公(よさこう)、203留公(とめこう)、204貴様(きさま)、205そんな馬鹿(ばか)なことを次郎松(じろまつ)サンに言(い)うたのか、206不都合(ふつがふ)な奴(やつ)だ』
207と呶鳴(どな)りつけた。208与三公(よさこう)と留公(とめこう)は……親分(おやぶん)が命令(めいれい)ぢやないか……と言(い)ひたいけれど、209言(い)ふ訳(わけ)にもいかぬといふやうな顔付(かほつき)で、210頭(あたま)をガシガシかき乍(なが)ら、
211与三公、留公『へー、212別(べつ)にそんなこたア、213言(い)うた覚(おぼ)えは厶(ござ)いまへん』
214と巻舌(まきじた)が何時(いつ)の間(ま)にか、215田舎(いなか)の詞(ことば)の生地(きぢ)に返(かへ)つて了(しま)つてゐる。216河内屋(かはちや)は顔色(かほいろ)を和(やは)らげ、
217河内屋『ヤア喜楽(きらく)サン、218心配(しんぱい)かけて済(す)みません。219災(わざはい)は下(した)からと言(い)ひまして、220子分(こぶん)の奴(やつ)がこちらの知(し)らんことを吐(ぬか)すもんだから、221こんな騒動(さうだう)になつたのです。222併(しか)し私(わたし)も御存(ごぞん)じの通(とほ)り、223今(いま)売出(うりだ)しの侠客(けふかく)だ。224素人(しろうと)の喜楽(きらく)サンにコミ割(わ)られたと人(ひと)に言(い)はれては、225男(をとこ)の顔(かほ)が立(た)ちませぬ。226これは一(ひと)つ仲直(なかなほ)りをして、227綺麗(きれい)サツパリと埒(らち)をつけませう』
228と砕(くだ)けてかかる。229喜楽(きらく)は、
230喜楽『そう事(こと)が分(わか)れば結構(けつこう)だ。231そんなら次郎松(じろまつ)から十五(じふご)円(ゑん)出(だ)すから、232君(きみ)の方(はう)から十五(じふご)円(ゑん)出(だ)して、233それで一(ひと)つ宴会(えんくわい)でも開(ひら)いて仲直(なかなほ)りをせうぢやないか』
234と問(と)うて見(み)た。235河内屋(かはちや)はヤレ肩(かた)の荷(に)が下(を)りたというやうな体裁(ていさい)で、236抜(ぬ)いた刀(かたな)の納(をさ)めどこに困(こま)つて居(ゐ)たのを、237ヤツと幸(さいは)ひ二(ふた)つ返事(へんじ)で、
238河内屋『何分(なにぶん)喜楽(きらく)サンに任(まか)しませう。239そんなら明晩(みやうばん)、240亀岡(かめをか)の呉服町(ごふくまち)の正月屋(しやうぐわつや)で仲直(なかなほ)りをすることにせう。241午後(ごご)六(ろく)時(じ)から……』
242と言(い)つた。243次郎松(じろまつ)はヤツと安心(あんしん)したものの如(ごと)く、244二百(にひやく)円(ゑん)が十五(じふご)円(ゑん)になつたので、245これも異議(いぎ)なく出金(しゆつきん)することを承諾(しようだく)した。246そしてウソ勝(かつ)は、247河内屋(かはちや)が一所(いつしよ)に明晩(みやうばん)宴会(えんくわい)に行(ゆ)かうかと勧(すす)めるのを、248俄(にはか)に明日(みやうにち)は大阪(おほさか)の親類(しんるゐ)へ急用(きふよう)が出来(でき)たから……と云(い)つて体(てい)よく断(ことわ)つて了(しま)つた。
249 これで其(その)晩(ばん)の悶錯(もんさく)は一寸(ちよつと)ケリがつき、250翌日(よくじつ)、251瑞月(ずゐげつ)と次郎松(じろまつ)と長吉(ちやうきち)との三(さん)人(にん)は亀岡(かめをか)呉服町(ごふくまち)の正月屋(しやうぐわつや)といふ二階(にかい)造(づく)りの小(ちひ)さい料理屋(れうりや)へ行(ゆ)くこととなつた。
252(大正一一・一〇・八 旧八・一八 松村真澄録)
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