霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 五万円(ごまんゑん)〔一〇一九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第2篇 青垣山内 よみ(新仮名遣い):あおがきやまうち
章:第7章 五万円 よみ(新仮名遣い):ごまんえん 通し章番号:1019
口述日:1922(大正11)年10月09日(旧08月19日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
友人の斎藤宇一の奥座敷を借りて、いよいよ幽斎の修行に着手することになった。宇一の叔母の静子、妹の高子、多田琴、岩森徳子、上田幸吉その他に三人の者が修行者となった。
瑞月は小幡川で拾った仮天然笛で羽織袴を身につけて厳粛に審神者を修した。初めてで様子がわからなかったが、多田琴が神主の座に着くと、組んだ手を前後左右に振り回して飛び上がり、戸も障子もふすまもガタガタになってしまった。
一週間もすると多田琴が口を切り始めた。多田は日一日と発動が激しくなり、言葉も円滑に使うようになってきた。このころは、激しく発動するほど偉い神が来たのだと勘違いしていた。
多田琴は白滝大明神、斎藤静子は恒富大明神だと口を切って飛び上がり始めた。今から思えば笑止だが、初めて会った発動、託宣を目の前にして、人間も修行さえすれば老若男女の区別なく神通が得られるものだという確信はついた。
神主たちの発動騒ぎに昼も夜も家のぐるりは野次馬が集まっていた。多田は発動したままほかの修行者を連れて実家に帰ってしまった。自分は連れ戻そうとしたが体が動かない。
宇一が瑞月の審神者となって確かめると、瑞月の口が切れて、松岡天使であると名乗り、天下の万民を助ける神の使いは、よほどの修行をせなくてはならない、この方の言うことに叛いてはならないと言いだした。
宇一は修行しても自分にはなかなか神様がかからないので、なんとか口が切れるようにしてくれ、と松岡神に頼み込んだ。松岡神は、神が五万円やるから穴太の地を買収して大神苑を作れと宇一に命じた。
宇一は五万円と聞いてにわかに喜びだした。松岡神は、相場に詳しい大霜天狗を瑞月にかからせてやるから、相場のことを尋ねて五万円儲けるがよいと言い渡した。
とたんに宇一の一家は態度を一変し、今まで喜楽と呼び捨てにしていたのが、上田大先生様とあがめだした。宇一の父・元市はさっそく瑞月に大霜天狗の神主となるよう要請した。
大霜天狗は、小判を埋めたところがあるからそこにこの神主の肉体を連れて行って掘り出させる、と言って引き取った。自分は大霜天狗の言を疑ったが、元市はすっかり信じ切って喜んでいた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-19 14:09:49 文字数:5505 OBC :rm3707
愛善世界社版:89頁 八幡書店版:第7輯 63頁 修補版: 校定版:93頁 普及版:42頁 初版: ページ備考:
001 友人(ゆうじん)斎藤(さいとう)宇一(ういち)の奥座敷(おくざしき)を借(か)つて、002愈(いよいよ)幽斎(いうさい)の修業(しうげふ)に着手(ちやくしゆ)する事(こと)となつた。003修業者(しうげふしや)は宇一(ういち)の叔母(をば)に当(あた)る静子(しづこ)、004及(および)妹(いもうと)に当(あた)る高子(たかこ)(十三(じふさん)歳(さい))、005多田(ただ)琴(こと)、006岩森(いはもり)徳子(とくこ)、007上田(うへだ)幸吉(かうきち)其(その)外(ほか)二三(にさん)人(にん)の者(もの)を以(もつ)て、008朝夕(あさゆふ)軒(のき)を流(なが)るる小川(をがは)に水浴(すいよく)をなし、009午前(ごぜん)に四十(よんじつ)分間(ぷんかん)づつ三回(さんくわい)、010午後(ごご)にも亦(また)三回(さんくわい)、011夜(よる)二回(にくわい)都合(つがふ)八回(はちくわい)で、012一(いち)日(にち)に三百(さんびやく)二十(にじつ)分間(ぷんかん)、013厳格(げんかく)に修業(しうげふ)した。014そして瑞月(ずゐげつ)は小幡川(をばたがは)で拾(ひろ)つた仮(かり)天然笛(てんねんぶえ)で、015羽織(はおり)袴(はかま)を着(ちやく)し、016極(きは)めて厳粛(げんしゆく)に審神者(さには)の役(やく)を修(しう)するのであつた。
017 初(はじ)めての審神者(さには)の事(こと)でチツとも様子(やうす)は分(わか)らぬ。018第一番(だいいちばん)に多田(ただ)琴(こと)が神主(かむぬし)の座(ざ)に着(つ)くや否(いな)や、019組(く)んだ手(て)を前後(ぜんご)左右(さいう)に振(ふり)まはし、020二十貫(にじふくわん)[※20貫は75キログラム]もあらうといふ女(をんな)が、021古(ふる)い家(いへ)の床(とこ)が落(お)ちる程(ほど)飛(とび)あがり出(だ)した。022戸(と)も障子(しやうじ)も襖(ふすま)もガタガタになつて了(しま)つた。023一(いつ)週間(しうかん)程(ほど)の後(のち)には、024余(あま)りドンドン飛上(とびあが)つた為(ため)か、025床(ゆか)が二三寸(にさんずん)下(さ)がり、026障子(しやうじ)も襖(ふすま)もバタバタと独(ひと)りこけるやうになつて了(しま)つた。027宇一(ういち)は此(この)時(とき)まだ二十(にじふ)二三(にさん)歳(さい)、028両親(りやうしん)から苦情(くじやう)が起(おこ)り、029修業所(しうげふしよ)をどこかへ移転(いてん)してくれとの命令(めいれい)を下(くだ)された。
030 さうかうする内(うち)、031多田(ただ)琴(こと)が口(くち)を切(き)り始(はじ)めた。
032多田琴『シヽヽ白滝(しらたき)白滝(しらたき)白滝(しらたき)』
033といひかけた。034審神者(さには)は始(はじ)めての口切(くちき)りで、035肝(きも)をとられ、036驚(おどろ)きと一(ひと)つは始(はじ)めて口(くち)の切(き)れた喜(よろこ)びとで、037愈(いよいよ)幽斎(いうさい)修業(しうげふ)も前途(ぜんと)有望(いうばう)だと、038知(し)らず知(し)らずに天狗(てんぐ)になつて了(しま)つた。039多田(ただ)の神主(かむぬし)は日一日(ひいちにち)と発動(はつどう)が烈(はげ)しくなり、040詞(ことば)も円滑(ゑんくわつ)に使(つか)ふやうになつて来(き)た。041其(その)時(とき)の審神者(さには)としては大(おほ)きな声(こゑ)を出(だ)し、042よく発動(はつどう)し、043荒(あら)く飛上(とびあ)がる程(ほど)偉(えら)い神(かみ)が来(き)たのだと信(しん)じ、044本当(ほんたう)のしとやかな神感者(しんかんしや)を見(み)ても、045もどかしい様(やう)な気(き)になつて了(しま)つた。
046 多田(ただ)琴(こと)に続(つづ)いて又(また)斎藤(さいとう)静子(しづこ)の面相(めんさう)が俄(にはか)に猛悪(まうあく)になり、047組(く)んだ手(て)を無性(むしやう)矢鱈(やたら)に震動(しんどう)させ、048これ又(また)ドンドンと荒(あ)れ狂(くる)ひ出(だ)した。049一人(ひとり)は大女(おほをんな)、050一人(ひとり)は三十(さんじふ)になつても貰(もら)ひ手(て)のないといふ、051四(よん)尺(しやく)[※4尺は121センチメートル]足(た)らずのチンコさんである。052それが一時(いつとき)に負(まけ)ず劣(おと)らずドンドンドンと飛上(とびあ)がり出(だ)した。053静子(しづこ)の姉(あね)を始(はじ)め、054養子(やうし)に来(き)た元市(もといち)といふのは、055宇一(ういち)の両親(りやうしん)であつたのが、056静子(しづこ)が神憑(かむがかり)になつたので、057俄(にはか)に乗気(のりき)になり、058修業場(しうげふぢやう)を移転(いてん)することを取消(とりけ)して貰(もら)ひたいと申込(まをしこ)んだ。
059 多田(ただ)の神主(かむぬし)はソロソロ大口(おほぐち)をあけ、060目(め)の白玉(しらたま)に巴形(ともゑがた)の赤(あか)い模様(もやう)が出来(でき)て、
061多田琴『静(しづか)御前(ごぜん)と義経(よしつね)弁慶(べんけい)、062加藤(かとう)清正(きよまさ)どちらが偉(えら)い、063此(この)方(はう)は和田(わだ)義盛(よしもり)の妻(つま)巴御前(ともえごぜん)であるぞよ、064其(その)証拠(しようこ)には此(この)方(はう)の目(め)の玉(たま)を見(み)よツ』
065と目(め)を指(さ)し示(しめ)す。066初心(しよしん)の審神者(さには)は其(その)目(め)の玉(たま)をよくよく見(み)れば、067まがふ方(かた)なき一(ひと)つ巴(ともえ)が、068両眼(りやうがん)に真紅(しんく)の色(いろ)を染出(そめだ)して居(ゐ)る。069……ヤツパリ巴御前(ともえごぜん)ぢやあるまいかなア……と思案(しあん)してゐると、070神主(かむぬし)は審神者(さには)の頬(ほほ)べたをピシヤピシヤと殴(なぐ)り、
071多田琴『馬鹿(ばか)審神者(さには)の盲(めくら)審神者(さには)、072此(この)方(はう)の正体(しやうたい)が分(わか)らぬか。073此(この)方(はう)は勿体(もつたい)なくも、074官幣(くわんぺい)大社(たいしや)稲荷(いなり)大明神(だいみやうじん)の眷族(けんぞく)三(さん)の滝(たき)に守護(しゆご)致(いた)す、075白滝(しらたき)大明神(だいみやうじん)であるぞよ。076サアこれからは此(この)白滝(しらたき)が審神者(さには)をしてやらう。077其(その)方(はう)は神主(かむぬし)の座(ざ)にすわれ』
078と呶鳴(どな)りつけた。079静子(しづこ)は又(また)発動(はつどう)して、
080斎藤静子『おれは妙見山(めうけんさん)に守護(しゆご)いたす、081天一(てんいち)天狐(てんこ)恒富(つねとみ)大明神(だいみやうじん)だ。082見違(みちが)ひ致(いた)すと、083今日(けふ)限(かぎ)り審神者(さには)は許(ゆる)さぬぞ。084ウンウン、085バタバタ ドスン ドスン』
086と小(ちひ)さい婆(ばば)アが飛上(とびあ)がる。087今(いま)から思(おも)へば抱腹(はうふく)絶倒(ぜつたう)の至(いた)りだが、088其(その)時(とき)の審神者(さには)にとつては一生(いつしやう)懸命(けんめい)であつた。089笑(わら)ふ余地(よち)も怒(いか)る間(ま)も、090調(しら)べる隙(すき)もない。091只(ただ)始(はじ)めて会(あ)うた発動(はつどう)状態(じやうたい)、092神(かみ)の託宣(たくせん)、093愈(いよいよ)人間(にんげん)にも修業(しうげふ)さへすれば、094老若(らうにやく)男女(なんによ)の区別(くべつ)なく、095神通(じんつう)が得(え)られるものだ、096といふ確信(かくしん)はたしかについたが、097其(その)外(ほか)の事(こと)は一切(いつさい)耳(みみ)にも這入(はい)らず、098思(おも)ふ事(こと)もなかつた。099只(ただ)一心(いつしん)不乱(ふらん)に三(さん)週間(しうかん)の修業(しうげふ)を続(つづ)けて居(ゐ)た。
100 一(いつ)週間(しうかん)程(ほど)たつた時(とき)、101修業者(しうげふしや)は一斉(いつせい)に口(くち)を切(き)り、102少女(せうぢよ)の口(くち)から、
103『チヽヽヽヽ、104ツヽヽヽヽ』
105と口(くち)を尖(とが)らし、106組(く)んだ手(て)をヒヨイヒヨイと動(うご)かし乍(なが)ら、107喋(しやべ)り始(はじ)めた。108修業場(しうげふば)は一切(いつさい)他人(たにん)の近(ちか)よることを禁(きん)じてゐたが、109余(あま)り大(おほ)きな発動(はつどう)の響(ひびき)と神主(かむぬし)の声(こゑ)とに、110近所(きんじよ)の者(もの)が聞(き)きつけ、111次(つぎ)から次(つぎ)へと喧伝(けんでん)して、112昼(ひる)も夜(よる)も家(いへ)のぐるりは人(ひと)の山(やま)になつて了(しま)つた。
113 多田(ただ)琴(こと)は……白滝(しらたき)大明神(だいみやうじん)の命令(めいれい)だ……と云(い)つて、114修業者(しうげふしや)を残(のこ)らず引連(ひきつ)れ、115白衣(びやくい)に緋(ひ)の袴(はかま)をうがち、116一(いち)里(り)余(あま)りの道(みち)を白昼(はくちう)大手(おほて)をふつて、
117多田琴『家来(けらい)ツ、118伴(とも)して来(こ)い』
119と云(い)ひ乍(なが)ら、120何(なん)だか訳(わけ)の分(わか)らぬ歌(うた)をうたひ、121足拍子(あしべうし)を取(と)り、122外(ほか)の修業者(しうげふしや)は其(その)歌(うた)に合(あ)はして、123石(いし)や瓦(かはら)を叩(たた)き乍(なが)ら、124テンツテンツ ツンツクツンなど言(い)ひ乍(なが)ら、125中村(なかむら)の多田(ただ)亀(かめ)の家(いへ)へ行(い)つて了(しま)つた。126審神者(さには)は……コリヤ大変(たいへん)だ、127一(ひと)つ鎮(しづ)めねばならぬ……と後(あと)追(お)つかけようとすれ共(ども)、128如何(どう)したものか、129自分(じぶん)の体(からだ)は数百貫(すうひやくくわん)の石(いし)で押(おさ)へられたやうに重(おも)たくなつて、130チツとも動(うご)く事(こと)が出来(でき)ない。131止(や)むを得(え)ず、132宇一(ういち)は審神者(さには)代理(だいり)となりて側(そば)にすわり、133自分(じぶん)は惟神(かむながら)的(てき)に手(て)を組(く)まされ、134瞑目(めいもく)してゐると、135腹(はら)の中(なか)から丸(まる)いかたまりが二(ふた)つ三(み)つグルグルグルと喉元(のどもと)へつめ上(あ)げ、136何(なん)とも言(い)はれぬ苦(くるし)さであつた。137三四十(さんしじつ)分間(ぷんかん)息(いき)が切(き)れるやうな目(め)に会(あ)はされた揚句(あげく)、
138喜楽『此(この)方(はう)は此(この)肉体(にくたい)を高熊山(たかくまやま)へ導(みちび)き、139其(その)霊魂(れいこん)を富士山(ふじさん)へ伴(つ)れて行(い)つた松岡(まつをか)天使(てんし)である。140サアこれから本当(ほんたう)の審神者(さには)をさしてやらう。141天下(てんか)の万民(ばんみん)を助(たす)ける神(かみ)の使(つかひ)は、142余程(よほど)の修業(しうげふ)を致(いた)さねば駄目(だめ)だ。143さアこれから此(この)方(はう)の申(まを)す事(こと)をチツとも叛(そむ)くでないぞよ』
144と自分(じぶん)の口(くち)から言(い)ひ出(だ)した。145宇一(ういち)は這(は)ひつくばひ乍(なが)ら、
146宇一(ういち)『恐(おそ)れ乍(なが)ら松岡(まつをか)様(さま)に申上(まをしあ)げます。147私(わたし)は皆(みな)と一緒(いつしよ)に修業(しうげふ)を致(いた)して居(を)りますが、148まだ一遍(いつぺん)も手(て)も震(ふる)うた事(こと)もなし、149皆(みな)の様(やう)に神(かみ)様(さま)がうつつて物(もの)を言(い)うて下(くだ)さりませぬが、150如何(どう)いふ訳(わけ)で御座(ござ)いますか。151神(かみ)さまさへ憑(うつ)つて下(くだ)さるのなら、152どんな修業(しうげふ)でも致(いた)しますから、153どうぞ教(をし)へて下(くだ)さいませ』
154と頼(たの)んで居(を)る。155そうすると又(また)神主(かむぬし)の口(くち)から、
156松岡(まつをか)『其(その)方(はう)は大体(だいたい)精神(せいしん)のよくない男(をとこ)だから、157神(かみ)が憑(うつ)る事(こと)が出来(でき)ぬのだ。158三(さん)年(ねん)や五(ご)年(ねん)修業(しうげふ)したとて、159其(その)方(はう)は駄目(だめ)だから、160一層(いつそう)のこと、161審神者(さには)になつた方(はう)がよからうぞ』
162宇一(ういち)『神主(かむぬし)にもなれない者(もの)が如何(どう)して審神者(さには)が出来(でき)ませうか』
163松岡(まつをか)『神(かみ)がせいと云(い)つたら、164キツと出来(でき)る。165神(かみ)が其(その)方(はう)の肉体(にくたい)を使(つか)つてするのだから、166チツとも心配(しんぱい)は要(い)らぬ』
167宇一(ういち)『左様(さやう)ならば御用(ごよう)を致(いた)します。168不束(ふつつか)な審神者(さには)で御座(ござ)いますから、169どうぞ宜(よろ)しう御(お)願(ねが)ひ致(いた)します』
170松岡(まつをか)『ヨシ、171此(この)神主(かむぬし)の肉体(にくたい)は其(その)方(はう)の監督(かんとく)に任(まか)すから、172よく気(き)をつけたがよからうぞ。173何時(いつ)夜分(やぶん)に飛出(とびだ)すか知(し)れぬから、174気(き)をつけて居(ゐ)るがよい』
175宇一(ういち)『ハイ、176有難(ありがた)う御座(ござ)います。177此(この)度(たび)の一同(いちどう)の者(もの)の修業(しうげふ)が済(す)みましたら、178其(その)先(さき)は如何(どう)致(いた)しませうか』
179松岡(まつをか)『神(かみ)が五万(ごまん)円(ゑん)程(ほど)金(かね)をやるから、180此(この)穴太(あなを)の或(ある)地点(ちてん)を買収(ばいしう)し、181大神苑(だいしんゑん)を作(つく)り、182神殿(しんでん)を拵(こしら)へ、183神道(しんだう)の本部(ほんぶ)を建(た)てて、184布教(ふけう)をするのだ。185何事(なにごと)も一々(いちいち)神(かみ)の命令(めいれい)を遵奉(じゆんぽう)せなくては駄目(だめ)だから、186そう心得(こころえ)たが宜(よ)からう』
187 宇一(ういち)は斎藤(さいとう)源次(げんじ)といふ人(ひと)の東隣(ひがしとなり)の紋屋(もんや)の息子(むすこ)である。188其(その)父親(てておや)が相場(さうば)に祖先(そせん)伝来(でんらい)の財産(ざいさん)を殆(ほとん)どなくして了(しま)ひ、189今(いま)や其(その)邸宅(ていたく)までが危(あぶ)なく浮(う)いてゐたのである。190何時(なんどき)家(いへ)も屋敷(やしき)もどこへ飛(と)んでゆくか、191流(なが)れるか知(し)れぬやうな危険(きけん)状態(じやうたい)になつてゐた。192今(いま)此(この)松岡(まつをか)天使(てんし)の五万(ごまん)円(ゑん)を与(あた)へるといふことを聞(き)いて、193喉(のど)を鳴(な)らし、194元市(もといち)が其(その)場(ば)に飛(と)んで来(き)て、195叮嚀(ていねい)に両手(りやうて)をつき、
196元市(もといち)『松岡(まつをか)さま、197どうも有難(ありがた)う御座(ござ)います。198これでいよいよ御(ご)神徳(しんとく)が有(あ)りました。199どんな事(こと)でも神(かみ)さまの御用(ごよう)を聞(き)きますから、200早(はや)く五万(ごまん)円(ゑん)の金(かね)を下(くだ)さいませ。201何(いづ)れ天(てん)から降(ふ)らして下(くだ)さる訳(わけ)にも行(ゆ)きますまい。202相場(さうば)に依(よ)つてでも五万(ごまん)円(ゑん)儲(まう)けさして下(くだ)さるのでせうなア』
203松岡(まつをか)『相場(さうば)の事(こと)なれば此(この)方(はう)は余程(よほど)不得手(ふえて)だ。204坂井(さかゐ)伝三郎(でんざぶらう)といふ百年前(ひやくねんまへ)に相場師(さうばし)が大阪(おほさか)に居(を)つた。205其(そ)の男(をとこ)は八十五(はちじふご)万(まん)円(ゑん)の財産(ざいさん)を残(のこ)らず相場(さうば)で負(まけ)て了(しま)ひ、206僅(わづか)に残(のこ)つた財産(ざいさん)を、207堺(さかひ)の住吉(すみよし)明神(みやうじん)に献上(けんじやう)致(いた)し、208其(そ)の神徳(しんとく)に依(よ)つて、209今(いま)は住吉(すみよし)の大眷族(だいけんぞく)大霜(おほしも)といふ天狗(てんぐ)となつて、210相場(さうば)の守護(しゆご)を致(いた)して居(を)るから、211其(その)神(かみ)が今(いま)此(この)肉体(にくたい)にうつる様(やう)に守護(しゆご)してやらう。212それに聞(き)いたがよからうぞ。213松岡(まつをか)はこれで引取(ひきと)る。214ウンウンウン』
215元市(もといち)『マアマアマア一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さいませ、216モウ一言(ひとこと)御(お)尋(たづ)ね致(いた)したう御座(ござ)います』
217といふのも一切(いつさい)頓着(とんちやく)なしに、218審神者(さには)の肉体(にくたい)を三四(さんし)尺(しやく)宙(ちう)に巻上(まきあ)げ、219ドスンと元(もと)の座(ざ)に尻(しり)を卸(おろ)し、220パチツと目(め)をあけて、221元(もと)の喜楽(きらく)になつて了(しま)つた。
222 これより元市(もといち)夫婦(ふうふ)は態度(たいど)一変(いつぺん)し、223今(いま)まで『喜楽(きらく)々々(きらく)』と呼(よ)びつけにしてゐたのが、224現金(げんきん)にも『上田(うへだ)大先生(おほせんせい)様(さま)』とあがめ出(だ)して喋(しやべ)つた。225宇一(ういち)も親(した)しき友人(いうじん)の事(こと)とて『オイ喜楽(きらく)』などと云(い)うてゐたが、226俄(にはか)に爺(おやぢ)に倣(なら)つて、227『大先生(だいせんせい)』と言(い)ひ出(だ)した。228何(なん)とはなしにテレ臭(くさ)いやうな気(き)がしてならない。
229喜楽『どうぞ今(いま)までのやうに喜楽(きらく)と云(い)うてくれ』
230と何程(なにほど)頼(たの)んでも、231親子(おやこ)共(とも)に首(くび)を左右(さいう)にふり、
232斎藤親子『イエイエ滅相(めつさう)もない、233こんな立派(りつぱ)な相場(さうば)の神(かみ)さまが御(お)憑(うつ)り遊(あそ)ばす御(ご)肉体(にくたい)を粗末(そまつ)にしては、234神(かみ)さまに対(たい)し申訳(まをしわけ)がありませぬ。235どうぞ大先生(おほせんせい)と言(い)はして下(くだ)さい』
236と金(かね)の欲(よく)に迷(まよ)はされて、237一生(いつしやう)懸命(けんめい)に厭(いや)らしい程(ほど)大事(だいじ)にし出(だ)した。
238元市(もといち)『モシ大先生(おほせんせい)、239最前(さいぜん)神(かみ)さまが仰(おつ)しやつたやうに、240伜(せがれ)の宇一(ういち)が審神者(さには)を致(いた)しますから、241大霜(おほしも)さまの神懸(かむがか)りを一(ひと)つ願(ねが)うて下(くだ)さいな』
242と頼(たの)み込(こ)む。243喜楽(きらく)は仕方(しかた)がないので、244東側(ひがしがは)の溝(みぞ)に身(み)をひたし、245体(からだ)を清(きよ)め、246再(ふたた)び白衣(びやくい)に紫(むらさき)の袴(はかま)を着(ちやく)し、247奥(おく)の間(ま)に静坐(せいざ)し、248手(て)を組(く)んだ。249又(また)もや身体(しんたい)震動(しんどう)して、
250大霜(おほしも)『われこそは官幣(くわんぺい)大社(たいしや)住吉(すみよし)神社(じんじや)の一(いち)の眷族(けんぞく)、251大霜(おほしも)天狗(てんぐ)であるぞよ。252相場(さうば)の事(こと)なら何(なん)でも聞(き)かしてやらう』
253と大声(おほごゑ)で怒鳴(どな)り立(た)てた。254元市(もといち)は飛付(とびつ)くやうにして、255頭(あたま)を畳(たたみ)にすりつけ乍(なが)ら、256膝(ひざ)近(ちか)くまですり寄(よ)り、
257元市(もといち)『ハイ、258有難(ありがた)う御座(ござ)います。259併(しか)し乍(なが)ら此(この)通(とほ)り門(もん)一杯(いつぱい)人(ひと)が聞(き)いて居(を)りますから、260どうぞ低(ひく)い声(こゑ)で仰(おつ)しやつて下(くだ)さいませ。261私(わたくし)も折入(をりい)つて御(お)願(ねがひ)が御座(ござ)いますから……』
262 大霜(おほしも)小(ちひ)さい声(こゑ)で、
263大霜(おほしも)『ヨシ分(わか)つた、264何(な)ンなつと聞(き)いてやらう。265大方(おほかた)五万(ごまん)円(ゑん)の金(かね)を相場(さうば)に勝(か)たしてくれいと申(まを)すのだらう』
266元市(もといち)『ハイ、267御(お)察(さつ)しの通(とほ)り五万(ごまん)円(ゑん)の金(かね)の必要(ひつえう)が起(おこ)りました。268何(なん)とマアあなた様(さま)は、269私(わたくし)の心(こころ)を御存(ごぞん)じで御座(ござ)います。270疑(うたがひ)もなき天狗(てんぐ)様(さま)、271これから家内中(かないぢう)が打揃(うちそろ)うて、272村(むら)の奴(やつ)が何(なん)と申(まを)さう共(とも)信仰(しんかう)を致(いた)しますから、273どうぞ米(こめ)の上(あが)り下(さ)がりをハツキリ知(し)らして下(くだ)さりませ』
274大霜(おほしも)『ヨシ、275俺(おれ)は生前(せいぜん)に於(おい)て坂井(さかゐ)伝三郎(でんざぶらう)といふ堂島(だうじま)の相場師(さうばし)であつた。276相場(さうば)の為(ため)に財産(ざいさん)をなくした位(くらゐ)だから、277神界(しんかい)に於(おい)ても相場(さうば)に詳(くは)しいので、278其(その)方面(はうめん)の守護(しゆご)を致(いた)して居(ゐ)る神(かみ)だ。279つまり言(い)はば専門家(せんもんか)だ、280此(この)方(はう)の負(まけ)た丈(だけ)の金(かね)は其(その)方(はう)に勝(か)たしてやつても、281別(べつ)に社会(しやくわい)の科(とが)にもなるまい。282五万(ごまん)円(ゑん)などとそんな吝嗇臭(けちくさ)い事(こと)申(まを)すな。283八十(はちじふ)万(まん)円(ゑん)勝(か)たしてやらう、284どうぢや嬉(うれ)しいか?』
285元市(もといち)『ハイ、286嬉(うれ)しう御座(ござ)います』
287大霜(おほしも)『其(その)八十(はちじふ)万(まん)円(ゑん)の金(かね)を手(て)に入(い)れたら如何(どう)する積(つも)りだ』
288元市(もといち)『ハイ、289申(まを)す迄(まで)もなく、290曽我部(そがべ)村(むら)を全部(ぜんぶ)買収(ばいしう)し、291五万(ごまん)円(ゑん)がとこ林(はやし)を買(か)うて、292其処(そこ)を天狗(てんぐ)さまの公園(こうゑん)となし、293残(のこ)り七十五(しちじふご)万(まん)円(ゑん)はマア一寸(ちよつと)考(かんが)へさして頂(いただ)きませう』
294大霜(おほしも)『七十五(しちじふご)万(まん)円(ゑん)の財産家(ざいさんか)となつて羽振(はぶり)を利(き)かす考(かんが)へだらう。295其(その)方(はう)は其(その)金(かね)が手(て)に入(い)つたならば、296立派(りつぱ)な家(いへ)を建築(けんちく)し、297妾(めかけ)をおいて、298栄耀(えいえう)栄華(えいぐわ)に暮(くら)さうといふ、299今(いま)から考(かんが)へを持(も)つて居(を)らうがなア。300余(あま)り贅沢(ぜいたく)になると酒色(しゆしよく)に耽(ふけ)つて衛生(ゑいせい)上(じやう)面白(おもしろ)くない、301身体(しんたい)衰弱(すゐじやく)して短命(たんめい)になる。302又(また)女房(にようばう)のあるのに妾(めかけ)などを置(お)けば、303家内(かない)が常(つね)にもめる道理(だうり)だ。304一層(いつそう)の事(こと)、305今(いま)の貧乏(びんばふ)の方(はう)が却(かへつ)て幸福(かうふく)かも知(し)れないぞ。306そうなると、307却(かへつ)て神(かみ)の恵(めぐみ)が仇(あだ)となるから、308五万(ごまん)円(ゑん)丈(だけ)にして置(お)かうか』
309元市(もといち)『メヽ滅相(めつさう)な、310神(かみ)さまの言(ことば)に二言(にごん)はないと聞(き)いて居(を)ります。311あなたこそ神(かみ)さまとなれば、312お金(かね)の必要(ひつえう)は御座(ござ)りますまいが、313肉体(にくたい)のある以上(いじやう)は金(かね)は必要(ひつえう)です。314七十五(しちじふご)万(まん)円(ゑん)の内(うち)、315十万(じふまん)円(ゑん)丈(だけ)は私(わたくし)が頂戴(ちやうだい)致(いた)しまして、316後(あと)の六十五(ろくじふご)万(まん)円(ゑん)は駅逓局(えきていきよく)へ預(あづ)けたり、317慈善(じぜん)事業(じげふ)に寄附(きふ)したり、318社会(しやくわい)の為(ため)に使(つか)ひます』
319大霜(おほしも)『それも結構(けつこう)だが、320神(かみ)さまのお道(みち)の為(ため)に使(つか)はうといふ気(き)はないか』
321元市(もといち)『ハイ、322神(かみ)さまの方(はう)は五万(ごまん)円(ゑん)御(お)約束(やくそく)の通(とほ)り、323チヤンときまつて居(を)ります』
324大霜(おほしも)『アハヽヽヽ、325そんならそうでも宜(よ)からうが、326相場(さうば)をする基本金(きほんきん)は如何(どう)して拵(こしら)へるか』
327元市(もといち)『ハイ御存(ごぞん)じの通(とほ)り、328スツカリ貧乏(びんばふ)を致(いた)しまして、329最早(もはや)一(いち)円(ゑん)の金(かね)も貸(か)してくれる者(もの)もありませぬので、330此(この)資本(もとで)を神(かみ)さまの御(ご)厄介(やくかい)に預(あづか)つて貸(か)して頂(いただ)きたいもので御座(ござ)います』
331大霜(おほしも)『ヨシ、332そんなら小判(こばん)の埋蔵所(まいざうしよ)を知(し)つて居(を)るから、333それを其(その)方(はう)に明示(めいじ)してやらう。334誰(たれ)にも言(い)つてはならぬぞ。335乍併(しかしながら)此(この)金(かね)は山奥(やまおく)に埋(うづ)めてあるから、336其(その)方(はう)が行(ゆ)かいでも、337此(この)神主(かむぬし)の肉体(にくたい)を使(つか)うて掘(ほ)りにやらすから、338二三(にさん)日(にち)待(ま)つて居(ゐ)るが宜(よ)からう』
339元市(もといち)『ハイ有難(ありがた)う、340いくら隠(かく)してあるか知(し)りませぬが、341一人(ひとり)では途中(とちう)が危(あぶ)なう御座(ござ)います。342もし賊(ぞく)にでも出会(であ)うたら大変(たいへん)ですから、343どうぞ私(わたし)一人(ひとり)丈(だけ)はお供(とも)にやつて下(くだ)さいな』
344大霜(おほしも)『ならぬ ならぬ、345其(その)金(かね)は一寸(ちよつと)百万(ひやくまん)円(ゑん)ばかり小判(こばん)で隠(かく)してあるが、346其(その)方(はう)に其(その)所在(ありか)を知(し)らすと、347又(また)悪(わる)い精神(せいしん)を出(いだ)し、348体主(たいしゆ)霊従(れいじう)におちてはならないに依(よ)つて、349先(ま)ず一万(いちまん)円(ゑん)計(ばか)り資本(しほん)に、350此(この)肉体(にくたい)に掘(ほ)らしてくる。351キツと従(つ)いて来(く)る事(こと)はならぬぞ』
352元市(もといち)『そんなら伜(せがれ)の宇一(ういち)をお供(とも)をさしますから、353それ丈(だけ)許(ゆる)して下(くだ)さい』
354大霜(おほしも)『イヤそれも成(な)らぬ。355此(この)神主(かむぬし)の肉体(にくたい)を神(かみ)が勝手(かつて)に使(つか)うて掘(ほ)り出(だ)して来(く)る。356其(その)方(はう)の改心(かいしん)次第(しだい)に依(よ)つて渡(わた)してやる』
357元市(もといち)『ハイ承知(しようち)いたしました。358御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ。359メツタに慢心(まんしん)する気遣(きづか)ひは御座(ござ)いませぬ。360ズントズント心(こころ)の底(そこ)から改心(かいしん)を致(いた)して居(を)ります』
361 喜楽(きらく)は自分(じぶん)の腹(はら)の中(なか)から言(い)ふ事(こと)を一々(いちいち)残(のこ)らず傍聴(ばうちやう)し、362又(また)元市(もといち)の言(ことば)も聞(き)いて可笑(おか)しくてたまらず……ナアにそんな金(かね)があるものか……と心(こころ)の中(なか)で思(おも)つて仕方(しかた)がなかつた。
363大霜(おほしも)『神(かみ)は最早(もはや)引取(ひきと)るぞよ。364此(この)肉体(にくたい)を大先生(だいせんせい)と崇(あが)めて大切(たいせつ)に致(いた)せよ。365ドスス、366ウン』
367と飛(と)び上(あ)がり、368憑霊(ひようれい)は忽(たちま)ち肉体(にくたい)を離(はな)れて了(しま)つた。
369元市(もといち)『あゝ大先生(だいせんせい)、370御(ご)苦労(くらう)はんで御座(ござ)いました。371どうぞ体(からだ)を大切(たいせつ)にして下(くだ)さいや。372大変(たいへん)な結構(けつこう)な御(お)神徳(かげ)を頂(いただ)きました』
373喜楽(きらく)『私(わたくし)も聞(き)いてゐましたが、374あんな甘(うま)い事(こと)大霜(おほしも)サンが言(い)はれたけれど、375嘘(うそ)ぢやなからうかと、376心配(しんぱい)でなりませぬワ』
377 元市(もといち)は首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)り、
378元市(もといち)『大先生(だいせんせい)、379そんな勿体(もつたい)ないことを言(い)ふもんぢやありませぬ。380天狗(てんぐ)サンは一割(いちわり)正直(しやうぢき)な御(お)方(かた)ですから、381嘘(うそ)を仰(おつ)しやる気遣(きづかひ)は御座(ござ)いませぬ。382アー之(こ)れで私(わし)の運(うん)も開(ひら)きかけた』
383とニコニコしてゐる。
384 其(その)日(ひ)は何(なん)となく吾(わが)家(や)へ帰(かへ)りたくなつたので、385久(ひさ)し振(ぶ)りに自宅(じたく)へ帰(かへ)ることとなつた。
386(大正一一・一〇・九 旧八・一九 松村真澄録)
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