霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二五章 妖魅来(えうみらい)〔一〇三七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻 篇:第4篇 山青水清 よみ(新仮名遣い):やまあおくみずきよし
章:第25章 妖魅来 よみ(新仮名遣い):ようみらい 通し章番号:1037
口述日:1922(大正11)年10月12日(旧08月22日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年3月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
綾部への帰途、喜楽は四方氏とともに土田氏宅を訪ねていた。そこへ土田氏の従弟の南部という男が危篤だという電報が届いた。喜楽は土田氏に頼まれて神界に伺ってみたところ、一週間の命だという。
土田氏によると、南部は金光教の布教師をつとめていたが、身が定まらない男で、行く先々で婦女関連で失敗し、破門されて妹のところで厄介になっていたのだという。
喜楽は、神様に願って三年命を長らえてもらうようにし、その代わりにその間の行状を見届けた上で、その後の寿命を定めることとした。土田氏はその旨を京都の南部の妹宅に書いて送った。
はたして、南部は一週間後に息が絶えたが吹き返し、次第に快方に向かった。土田は京都に行って南部に面会した際、南部が回復したのは綾部に現れた金神様のおかげだと改心を説いたが、南部は土田の言うことはまったく聞かず、自分の回復は金光教のおかげだと吹聴して歩いた。
すると二三か月して南部氏はまた体調がすぐれなくなって重体になってしまった。土田氏は今度は、綾部に向かって祈れ、としか返事を出さなかった。
南部の母と妹は困ったときの神頼みでやむなく綾部に向かって祈願したところ、冬にもかかわらず大きなアブが入ってきて、病床の南部氏の頭の上を三回まわった。
すると南部氏は腹部にたまっていた汚いものを排泄し、それから日を追って快方に向かうこととなった。これが南部氏が大本に入信した動機であった。
喜楽と四方平蔵氏が綾部に帰ってくると、上谷の修行場には邪神が襲来しており、福島寅之助、村上房之助、野崎篤三郎らの神主は大乱脈となり、近郷近在を駆け回って大本の悪口を触れ回っていた。
福島は大音声で、自分こそが真の艮の金神だと怒鳴りたてている。この発動騒ぎに田舎人が珍しがって、毎日四方八方から弁当もちで見物に来る有様であった。喜楽は一生懸命に鎮圧に力を尽くし、ようやく審神者の特権で邪神を鎮めることができた。
足立正信氏は神懸に疑念を抱いていたので、これを機に再び反対運動を始め、金明会の仲は混乱し始めてきた。幸い、四方平蔵氏、四方藤太郎氏らの熱心な調停で、やや反対運動も小康を得た。
福島寅之助氏は正直者と評判を取っていたが、叛旗を掲げたのであった。人間としては申し分ない心がけのよい人であるが、悪魔・妖魅は世人に信用のある善良な人間を選んでうつりたがるのである。
それゆえ、神懸の修行をする者は、よほど胆力があり知恵が働く人でないと、失敗を招くのである。良き実を結ぶ木には害虫がわきやすく、美しい花の咲くものにはかえって虫がつきやすい。正直だから、善人だから悪神がつくはずがないと思うのは、大変な考え違いなのである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-28 12:20:53 文字数:4257 OBC :rm3725
愛善世界社版:299頁 八幡書店版:第7輯 143頁 修補版: 校定版:310頁 普及版:150頁 初版: ページ備考:
001 篠村(しのむら)から徒歩(とほ)となつて、002帰途(きと)を幸(さいは)ひ八木(やぎ)の福島(ふくしま)寅之助(とらのすけ)方(かた)へ立寄(たちよ)つて見(み)た。003所(ところ)が主人(しゆじん)の寅之助(とらのすけ)氏(し)は綾部(あやべ)へ修業(しうげふ)に行(い)つた不在中(ふざいちゆう)で、004妻君(さいくん)の久子(ひさこ)サンと子供(こども)が居(を)つたので、005四方(しかた)氏(し)から綾部(あやべ)の様子(やうす)や福島(ふくしま)氏(し)の神懸(かむがか)り[※校定版では「神憑り」]の次第(しだい)まで逐一(ちくいち)話(はな)して聞(き)かした。006されど久子(ひさこ)は金光教(こんくわうけう)の信者(しんじや)である所(ところ)から、007霊学(れいがく)の話(はなし)などは半信(はんしん)半疑(はんぎ)で、008何(なに)を云(い)ふても鼻(はな)の先(さき)であしらひ、009腑(ふ)におちぬやうな按配(あんばい)で面白(おもしろ)くない。010二人(ふたり)はソコソコにして、011此(この)家(や)を立出(たちい)で八木(やぎ)の大橋(おほはし)を渡(わた)つて、012刑部(をさべ)といふ所(ところ)に土田(つちだ)雄弘(かつひろ)氏(し)の寓居(ぐうきよ)を訪(たづ)ね、013神(かみ)の道(みち)の御(お)話(はなし)など互(たがひ)に語(かた)らふ所(ところ)へ、014京都(きやうと)から一本(いつぽん)の急電(きふでん)が届(とど)いた。015土田(つちだ)氏(し)は何事(なにごと)ならむと早速(さつそく)開(ひら)いて見(み)れば、016京都(きやうと)に居(を)る従弟(いとこ)の南部(なんぶ)孫三郎(まごさぶらう)といふ人(ひと)が、017病気(びやうき)危篤(きとく)であるからすぐ来(き)てくれといふ電信(でんしん)であつた。018土田(つちだ)氏(し)は余(あま)り豊(ゆたか)な生活(せいくわつ)でないから京都(きやうと)へ行(ゆ)く旅費(りよひ)もない。019大(おほい)に困(こま)つて喜楽(きらく)に向(むか)ひ言(い)ふよう、
020土田(つちだ)『只今(ただいま)の電報(でんぱう)は私(わたし)の従弟(いとこ)の南部(なんぶ)といふ者(もの)が、021今(いま)まで金光(こんくわう)教会(けうくわい)の布教師(ふけうし)をつとめて居(をり)ましたが、022身(み)の修(をさ)まらぬ人物(じんぶつ)で、023今迄(いままで)京都(きやうと)から尾州(びしう)、024遠州(ゑんしう)、025駿州(すんしう)あたり迄(まで)十三(じふさん)ケ所(しよ)も金光(こんくわう)教会所(けうくわいしよ)を開(ひら)いては、026婦女(ふぢよ)に関係(くわんけい)をつけては失敗(しつぱい)し、027又(また)土地(とち)をかへては教会(けうくわい)を開(ひら)き、028同(おな)じく婦人(ふじん)に関係(くわんけい)しては追出(おひだ)され、029遂(つひ)には金光(こんくわう)教会(けうくわい)の杉田(すぎた)政次郎(まさじらう)氏(し)から破門(はもん)されて、030今(いま)の所(ところ)では妹(いもうと)の家(うち)に厄介(やくかい)になつて居(を)りますが、031二三(にさん)年前(ねんぜん)より肺結核(はいけつかく)にかかりブラブラ致(いた)して居(を)りました。032とうとう神罰(しんばつ)が当(あた)つたのでせうから、033到底(たうてい)全快(ぜんくわい)は覚束(おぼつか)なからうと信(しん)じて居(を)りますけれど、034なる事(こと)なら今一度(いまいちど)神(かみ)様(さま)の御(お)助(たす)けに預(あづか)りたいものです。035先生(せんせい)の御(ご)祈念(きねん)で、036ま一度(いちど)助(たす)けてやつて下(くだ)さる事(こと)は出来(でき)ますまいか』
037と心配相(しんぱいさう)に頼(たの)み込(こ)む。038喜楽(きらく)は気(き)の毒(どく)がり、039直(ただち)に神界(しんかい)に伺(うかが)うて見(み)た。040其(その)神占(しんせん)によると、041今後(こんご)一週間(いつしうかん)目(め)の日(ひ)が此(この)病人(びやうにん)に取(と)つて大峠(おほたうげ)である、042九分(くぶ)九厘(くりん)までは到底(たうてい)助(たす)かるまい……と云(い)つた。043そこで土田(つちだ)氏(し)は……
044土田(つちだ)『モシ南部(なんぶ)の命(いのち)をお救(すく)ひ下(くだ)さるなれば、045私(わたし)から彼(かれ)を説(と)いてあなたの弟子(でし)と致(いた)し、046お道(みち)の為(ため)に誓(ちか)つて尽力(じんりよく)をさせませう』
047と云(い)ふ。048喜楽(きらく)は笑(わら)ひ乍(なが)ら、
049喜楽(きらく)『又(また)金光(こんくわう)教会(けうくわい)の布教師(ふけうし)時代(じだい)の行方(やりかた)をくり返(かへ)されますと困(こま)りますなア。050併(しか)しここ三(さん)年(ねん)の間(あひだ)、051神(かみ)様(さま)に願(ねが)つて命(いのち)を伸(の)ばして貰(もら)ふやうに致(いた)します。052神(かみ)様(さま)は三(さん)年間(ねんかん)の行状(ぎやうじやう)を見届(みとど)けた上(うへ)で、053又々(またまた)寿命(じゆみやう)をのばして下(くだ)さりませう。054此(この)事(こと)を手紙(てがみ)に書(か)いて南部(なんぶ)サンへ知(し)らしておやりなさい。055さうすれば京都(きやうと)へ旅費(りよひ)を使(つか)うて行(ゆ)く必要(ひつえう)はありませぬ』
056 土田(つちだ)氏(し)は喜(よろこ)んでこまごまと手紙(てがみ)を書(か)き京都(きやうと)行(ゆ)きも見合(みあは)した。057果(はた)して南部(なんぶ)氏(し)は七日目(なぬかめ)に一旦(いつたん)息(いき)が絶(た)え、058暫(しばら)くして再(ふたた)び息(いき)を吹(ふ)き返(かへ)し、059それから日(ひ)に日(ひ)に快方(くわいはう)に向(むか)つた。060土田(つちだ)氏(し)は南部(なんぶ)全快(ぜんくわい)の砌(みぎり)に京都(きやうと)へ行(い)つて会見(くわいけん)した際(さい)、
061土田(つちだ)『貴兄(きけい)の今度(こんど)の大病(たいびやう)が全快(ぜんくわい)したのは、062全(まつた)く綾部(あやべ)に現(あら)はれた艮(うしとら)の金神(こんじん)さまの御(ご)神徳(しんとく)と、063上田(うへだ)といふ人(ひと)の熱誠(ねつせい)なる御(ご)祈念(きねん)の賜物(たまもの)である』
064と云(い)つて喜楽(きらく)に約束(やくそく)したこと及(および)綾部(あやべ)に於(お)ける神懸(かむがかり)修行(しうぎやう)の実験談(じつけんだん)などを詳細(しやうさい)に話(はな)して聞(き)かせた。065されど南部(なんぶ)は、
066南部(なんぶ)『必(かならず)しも綾部(あやべ)の艮(うしとら)の金神(こんじん)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)ではない。067平素(へいそ)信(しん)ずる天地金(てんちかね)の神(かみ)さまと、068金光(こんくわう)教祖(けうそ)の御(ご)守護(しゆご)にて、069吾(わが)大病(たいびやう)を綾部(あやべ)の神(かみ)や上田(うへだ)といふ男(をとこ)を使役(しえき)してお助(たす)け下(くだ)さつたのである。070故(ゆゑ)に此(この)御恩(ごおん)の九分(くぶ)九厘(くりん)はヤツパリ金光(こんくわう)さまにある』
071と云(い)つて、072直(ただち)に京都(きやうと)の島原(しまばら)の金光(こんくわう)教会(けうくわい)へ御(お)礼(れい)参(まゐ)りをなし、073綾部(あやべ)の方(はう)へは手(て)もロクに合(あ)はさなんだのである。
074 それから後(のち)は『今(いま)まで金光教(こんくわうけう)の布教師(ふけうし)を拝命(はいめい)し乍(なが)らいろいろの醜行(しうかう)を敢(あへ)てし、075神(かみ)様(さま)の御(お)怒(いか)りにふれて一命(いちめい)すでに危(あや)ふき所(ところ)を、076お慈悲(じひ)深(ふか)き天地金(てんちかね)の神(かみ)や金光(こんくわう)教祖(けうそ)の御(ご)威徳(ゐとく)でおかげを被(かうむ)つた』とて、077朝晩(あさばん)、078母親(ははおや)や妹(いもうと)や自分(じぶん)が代(かは)る代(がは)る島原(しまばら)の教会所(けうくわいしよ)へ参拝(さんぱい)して居(を)つた。079そした所(ところ)が、080一二(いちに)ケ月(げつ)たつと今度(こんど)は又(また)腹(はら)が烈(はげ)しくいたみ出(だ)し、081日(ひ)を追(お)うて重体(ぢうたい)に陥(おちい)り、082日参(につさん)所(どころ)か室内(しつない)の運動(うんどう)も出来(でき)なくなつて了(しま)つた。083それから母(はは)や妹(いもうと)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)に金光(こんくわう)教会(けうくわい)へお百度(ひやくど)をふんでみたが少(すこ)しも霊験(れいけん)が現(あら)はれぬ。084大学(だいがく)病院(びやうゐん)へかつぎこんで診察(しんさつ)して貰(もら)うと、085非常(ひじやう)に重(おも)い盲腸炎(まうちやうえん)だから、086切開(せつかい)手術(しゆじゆつ)を施(ほどこ)さねばならぬが、087病人(びやうにん)の体(からだ)の衰弱(すゐじやく)が甚(はなはだ)しいから、088生命(せいめい)は受合(うけあ)へぬとの医者(いしや)の言(げん)であつた。089そこで已(や)むを得(え)ず施術(しじゆつ)して貰(もら)ふのを見合(みあは)せ、090吾(わが)家(や)へつれ帰(かへ)り、091成行(なりゆき)に任(まか)せて、092死期(しき)の至(いた)るを待(ま)つ外(ほか)手段(しゆだん)がなかつたのである。
093 益々(ますます)重態(ぢうたい)に陥(おちい)り、094如何(いかん)ともすることも出来(でき)なくなり命旦夕(めいたんせき)に迫(せま)つた。095又(また)もや従弟(いとこ)なる土田(つちだ)氏(し)へ……病気(びやうき)危篤(きとく)すぐ来(きた)れ……の電報(でんぱう)をうつた。096土田(つちだ)氏(し)は例(れい)の刑部(おさべ)の寓居(ぐうきよ)にありて、097之(これ)を披見(ひけん)し「綾部(あやべ)に向(むか)つて手(て)を合(あは)せ」の返電(へんでん)を打(う)つておいて上京(じやうきやう)せなかつた。098京都(きやうと)の南部(なんぶ)氏(し)の母(はは)と妹(いもうと)とは其(その)電報(でんぱう)を見(み)て、099叶(かな)はぬ時(とき)の神頼(かみだの)み、100命(いのち)さへ助(たす)けて下(くだ)さらば何神(なにがみ)様(さま)でもよい……と綾部(あやべ)の方(はう)に向(むか)つて「艮(うしとら)の金神(こんじん)様(さま)、101今迄(いままで)の取違(とりちがひ)と御(ご)無礼(ぶれい)の段(だん)を御(お)赦(ゆる)し下(くだ)さいませ。102孫三郎(まごさぶらう)の一命(いちめい)を今一度(いまいちど)お助(たす)け下(くだ)さらば、103彼(かれ)の体(からだ)も精神(せいしん)も差上(さしあ)げまして、104艮(うしとら)の金神(こんじん)さまの御用(ごよう)をさして頂(いただ)きます」
105と一心(いつしん)不乱(ふらん)に祈願(きぐわん)をこめた。106ふしぎや忽(たちま)ち感応(かんのう)あつて、107南部(なんぶ)氏(し)の病床(びやうしやう)に一寸(いつすん)許(ばか)りもあらうと思(おも)ふ大(おほ)きな虻(あぶ)が、108寒中(かんちう)にも抱(かか)はらずブンと音(おと)を立(た)ててどこからともなく飛来(とびきた)り、109病人(びやうにん)の頭(あたま)の上(うへ)を三回(さんくわい)舞(ま)ひ了(をは)るや、110南部(なんぶ)氏(し)の腹部(ふくぶ)は岩(いは)でも砕(くだ)けるやうな音(おと)がして、111二三升(にさんぜう)許(ばか)りも汚(きたな)いものが肛門(こうもん)から排出(はいしゆつ)すると共(とも)に、112それより腹部(ふくぶ)の激痛(げきつう)も止(と)まり、113日(ひ)を追(お)うて快方(くわいはう)に向(むか)つた。114此(こ)れが南部(なんぶ)氏(し)が金光教(こんくわうけう)を断念(だんねん)して綾部(あやべ)の大本(おほもと)へ入信(にふしん)した動機(どうき)であつた。
115 それから二人(ふたり)は綾部(あやべ)へ帰(かへ)つて見(み)ると、116上谷(うへだに)の修行場(しうぎやうば)に邪神(じやしん)が襲来(しふらい)して、117福島(ふくしま)寅之助(とらのすけ)、118村上(むらかみ)房之助(ふさのすけ)、119野崎(のざき)篤三郎(とくさぶらう)其(その)外(ほか)一二(いちに)名(めい)の神主(かむぬし)は大乱脈(だいらんみやく)となり、120あらぬ事(こと)許(ばか)り口走(くちばし)つて騒(さわ)ぎまはつて居(ゐ)た。121村上(むらかみ)は近郷(きんがう)近在(きんざい)を昼夜(ちうや)の区別(くべつ)なくかけまはり、122いろいろの事(こと)をふれまはつて、123大本(おほもと)の名(な)を悪(わる)くせむと一生(いつしやう)懸命(けんめい)に妖魅(えうみ)がついて狂(くる)ひまはつて居(ゐ)る。124福島(ふくしま)寅之助(とらのすけ)は上谷(うへだに)の村中(むらぢう)に響(ひび)きわたるやうな大音声(だいおんじやう)で、
125福島(ふくしま)『丑(うし)の年(とし)に生(うま)れた寅之助(とらのすけ)は、126福島(ふくしま)只(ただ)一人(ひとり)であるぞよ。127それぢやによつて此(この)方(はう)が誠(まこと)の艮(うしとら)の大金神(だいこんじん)であるぞよ。128上田(うへだ)は未(ひつじ)の年(とし)の生(うま)れ、129出口(でぐち)直(なほ)は申(さる)の年(とし)生(うま)れであるぞよ。130漸(やうや)く二人(ふたり)合(あ)はして坤(ひつじさる)の金神(こんじん)ぢやぞよ。131二(ふた)つ一(ひと)つぢやぞよ。132とても此(この)福島(ふくしま)寅之助(とらのすけ)には叶(かな)はぬぞよ。133サア皆(みな)の者(もの)共(ども)、134これから今(いま)までの取違(とりちがひ)をスツパリ改心(かいしん)致(いた)して、135此(この)方(はう)にお詫(わび)致(いた)せば今(いま)までの罪(つみ)を許(ゆる)してやるぞよ。136出口(でぐち)と上田(うへだ)は裏鬼門(うらきもん)の金神(こんじん)ぢや、137誠(まこと)の丑寅(うしとら)の金神(こんじん)は出口(でぐち)直(なほ)ではなかりたぞよ。138これが分(わか)らぬ奴(やつ)はきびしきいましめ致(いた)して、139谷底(たにそこ)へ放(ほ)るぞよ。140これからは福島(ふくしま)寅之助(とらのすけ)を神(かみ)が使(つか)うて、141三千(さんぜん)世界(せかい)の立替(たてかへ)立直(たてなほ)しを致(いた)して、142神(かみ)も仏事(ぶつじ)も人民(じんみん)も餓鬼(がき)虫(むし)けらに至(いた)る迄(まで)勇(いさ)んでくらさすぞよ。143これが違(ちが)うたら神(かみ)は此(この)世(よ)にをらぬぞよ。144大(だい)の字(じ)逆様(さかさま)になりて居(を)るぞよ。145今(いま)に天地(てんち)がでんぐり覆(かへ)るぞよ。146用意(ようい)をなされよ。147今(いま)に足許(あしもと)から鳥(とり)が立(た)つぞよ。148艮(うしとら)の金神(こんじん)は今(いま)まで悪神(あくがみ)祟(たた)り神(がみ)とけなされたが誠(まこと)に結構(けつこう)な神(かみ)でありたぞよ。149神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて善(ぜん)と悪(あく)とを立分(たてわ)けて世界(せかい)の人民(じんみん)を改心(かいしん)さして松(まつ)の神世(かみよ)にいたすぞよ。150神(かみ)は決(けつ)してウソは申(まを)さぬぞよ。151疑(うたが)へば神(かみ)の気障(きざは)りになるぞよ。152之(これ)から上田(うへだ)が帰(かへ)つても相手(あひて)になる事(こと)はならぬぞよ。153誠(まこと)の艮(うしとらの)金神(こんじん)が気(き)をつけるぞよ』
154などと赤裸(まつぱだか)となり妖魅(えうみ)がうつつて、155教祖(けうそ)の筆先(ふでさき)の真似(まね)計(ばか)りを、156のべつ幕(まく)なしに呶鳴(どな)りちらして始末(しまつ)に了(を)へない。157喜楽(きらく)は直(ただち)に神界(しんかい)に祈願(きぐわん)をこめ鎮魂(ちんこん)を修(しう)した。158其(その)為(ため)一旦(いつたん)邪神(じやしん)の暴動(ばうどう)が鎮定(ちんてい)したが、159又(また)外(ほか)の神懸(かむがかり)にも沢山(たくさん)の妖魅(えうみ)の同類(どうるゐ)がうつつて福島(ふくしま)の神(かみ)に加勢(かせい)をする。160遂(つひ)には神懸(かむがかり)一同(いちどう)が口(くち)を揃(そろ)へて、
161一同『皆(みな)の者(もの)よ。162シツカリ致(いた)さぬと、163上田(うへだ)の曲津(まがつ)にごまかされて、164ヒドイ目(め)にあはされるぞよ。165誠(まこと)の艮(うしとら)の金神(こんじん)は福島(ふくしま)大先生(だいせんせい)に違(ちが)ひはないぞよ』
166と叫(さけ)ぶのを聞(き)いた福島(ふくしま)は、167再(ふたた)び邪神(じやしん)におそはれて、168黒(くろ)い濃(こ)い眉毛(まゆげ)を上(あ)げたり下(さ)げたり、169目(め)を剥(む)いたり、170腕(うで)をふり上(あ)げたり、171飛(と)んだりはねたり、172尻(しり)をまくつてはねまはつたり、173畳(たたみ)は穴(あな)があき床(ゆか)はおつる、174ドンドンドンと響(ひび)きわれるやうな音(おと)をさして、175非常(ひじやう)に大騒(おほさわ)ぎを再演(さいえん)し出(だ)したので、176田舎人(いなかびと)が珍(めづら)しがつて、177四方(しはう)八方(はつぱう)から毎日(まいにち)々々(まいにち)弁当持(べんたうもち)で見物(けんぶつ)に来(く)る。178喜楽(きらく)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に鎮圧(ちんあつ)に力(ちから)を尽(つく)しても、179二十(にじふ)有余(いうよ)人(にん)の神憑(かむがかり)の大部分(だいぶぶん)に、180不在(ふざい)の間(ま)に妖魅(えうみ)が憑(うつ)つたのであるから、181中々(なかなか)容易(ようい)にしづまらない、182こちらを押(おさ)へばあちらが上(あが)る、183丁度(ちやうど)城(しろ)の馬場(ばんば)で合羽屋(かつぱや)が合羽(かつぱ)を干(ほ)してゐた所(ところ)へ俄(にはか)に天狗風(てんぐかぜ)が吹(ふ)き合羽(かつぱ)が舞(ま)ひ上(あが)り、184一度(いちど)に押(おさ)へることが出来(でき)なくなつて、185爺(おやじ)があわてて堀(ほり)へはまつたやうな具合(ぐあひ)になつて来(き)た。186そして日一日(ひいちにち)と狂態(きやうたい)が烈(はげ)しくなつて来(く)る。187つひには修行者(しうぎやうしや)の親(おや)兄弟(きやうだい)が怒(おこ)つて来(き)て、
188『吾(わが)家(や)の大事(だいじ)な伜(せがれ)を気違(きちがひ)にしたから承知(しようち)せない、189吾(わが)妹(いもうと)を狐(きつね)つきにしよつた……おれの子(こ)を巫子(みこ)に仕立(したて)よとしよつた……狸(たぬき)をつけたのだろ、190其(その)筋(すぢ)に告訴(こくそ)してやる』
191などと一斉(いつせい)にせめかくる。192四方(しかた)藤太郎(とうたらう)は其(その)中(なか)でも稍(やや)常識(じやうしき)を持(も)つてゐたから、193陰(いん)に陽(やう)に気(き)を配(くば)り、194忠実(ちうじつ)に審神者(さには)の手伝(てつだ)ひをしてくれたので、195喜楽(きらく)も非常(ひじやう)に力(ちから)を得(え)、196千難(せんなん)万苦(ばんく)を排(はい)して一斉(いつせい)の反抗(はんかう)も妨害(ばうがい)も頓着(とんちやく)なく、197あく迄(まで)審神者(さには)の職権(しよくけん)をふりまはして漸(やうや)く邪神(じやしん)を帰順(きじゆん)せしむることを得(え)た。
198 一方(いつぱう)では金光(こんくわう)教師(けうし)たりし足立(あだち)正信(まさのぶ)氏(し)等(ら)は心機(しんき)一転(いつてん)して、199金明会(きんめいくわい)を破滅(はめつ)せしむるは此(この)好機(かうき)を措(お)いて他(た)にある可(べか)らずとなし、200数多(あまた)の信徒(しんと)をひそかに、201以前(いぜん)の田中(たなか)新之助(しんのすけ)といふ信者(しんじや)の内(うち)に集(あつ)めて、202鎮魂(ちんこん)帰神(きしん)の霊術(れいじゆつ)の不成績(ふせいせき)なることを強調(きやうちよう)し、203且(か)つ喜楽(きらく)を放逐(はうちく)すべく密議(みつぎ)をこらしてゐた。204折角(せつかく)固(かた)まりかけてゐた金明会(きんめいくわい)の信徒(しんと)は五里(ごり)霧中(むちゆう)に彷徨(はうくわう)し、205去就(きよしう)に迷(まよ)ひ、206四分(しぶん)五裂(ごれつ)の状態(じやうたい)になつて来(き)た。207えたり賢(かしこ)しと、208中村(なかむら)竹造(たけざう)、209四方(しかた)春三(はるざう)の野心家(やしんか)等(ら)が、210諸方(しよはう)へかけまはつて喜楽(きらく)の神憑(かむがかり)[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神がかり」。]は有害(いうがい)にして無益(むえき)だとか、211狐使(きつねつかひ)だとか、212魔法師(まはふし)だとか力限(ちからかぎ)り根限(こんかぎ)り下(くだ)らぬことをふれ歩(ある)く。213遂(つひ)には教祖(けうそ)のことまで悪口(あくこう)するやうになつて来(き)た。214其(その)時(とき)の有様(ありさま)は全(まつた)く万妖(ばんえう)悉(ことごと)く起(おこ)るてふ古事記(こじき)の天(あま)の岩戸(いはと)がくれ式(しき)であつた。
215 幸(さいはひ)にして四方(しかた)平蔵(へいざう)、216同(どう)藤太郎(とうたらう)等(ら)の熱心(ねつしん)と誠実(せいじつ)なる調停(てうてい)で、217一(いち)時(じ)は喜楽(きらく)に対(たい)する猛烈(まうれつ)な反抗(はんかう)も稍(やや)小康(せうかう)を得(う)ることとなつた。218そしてイの一番(いちばん)に叛旗(はんき)をかかげたのは福島(ふくしま)寅之助(とらのすけ)氏(し)であつた。219元来(ぐわんらい)福島(ふくしま)は正直(しやうぢき)の評判(へうばん)をとつてゐる、220人間(にんげん)としては申分(まをしぶん)のない心掛(こころがけ)のよい人(ひと)である。221妖魅(えうみ)といふ奴(やつ)は中々(なかなか)食(く)へぬ奴(やつ)で、222世界(せかい)から…彼(かれ)は悪人(あくにん)ぢや、223不正直(ふしやうぢき)だと見(み)なされてゐるやうな人間(にんげん)にはメツタに憑(うつ)るものでない。224たとへ憑(うつ)つて見(み)た所(ところ)で其(その)人物(じんぶつ)に信用(しんよう)がなければ、225世人(せじん)が信用(しんよう)せないことを知(し)つてゐるからである。226そこで悪魔(あくま)は必(かなら)ず善良(ぜんりやう)なる人間(にんげん)を選(えら)んで憑(うつ)りたがるものであるから、227神憑(かむがかり)[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神がかり」。]の修行(しうぎやう)する者(もの)は余程(よほど)胆力(たんりよく)のある智慧(ちゑ)の働(はたら)く人(ひと)でないと、228とんだ失敗(しつぱい)を招(まね)くものである。229良(よ)き実(み)を結(むす)ぶ木(き)には害虫(がいちう)がわき易(やす)いものである。230菊(きく)一本(いつぽん)にても、231大(おほ)きい美(うつく)しい花(はな)の咲(さ)くものには虫(むし)が却(かへつ)てよけいにわくやうなもので、232正直(しやうぢき)だから善人(ぜんにん)だから、233悪神(あくがみ)がつく筈(はず)がないと思(おも)ふのは、234大変(たいへん)な考(かんが)へ違(ちがひ)である。235あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
236(大正一一・一〇・一二 旧八・二二 松村真澄録)
237(昭和一〇・六・一〇 王仁校正)
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