霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二一章 参綾(さんれう)〔一〇三三〕

インフォメーション
著者: 巻: 篇: よみ(新仮名遣い):
章: よみ(新仮名遣い): 通し章番号:
口述日: 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: 文字数: OBC :rm3721
愛善世界社版: 八幡書店版: 修補版: 校定版: 普及版: 初版: ページ備考:
001 旧(きう)六(ろく)月(ぐわつ)の暑(あつ)い最中(さいちう)であつた。002老祖母(らうそぼ)や修業者(しうげふしや)に無理(むり)に別(わか)れを告(つ)げて、003只(ただ)一人(ひとり)穴太(あなを)を離(はな)れ北(きた)へ北(きた)へと進(すす)み行(ゆ)く。004道程(みちのり)殆(ほとん)ど二(に)里(り)ばかり来(き)た処(ところ)に、005南桑田(みなみくはだ)、006船井郡(ふなゐぐん)の境界(きやうかい)の標(へう)が立(た)つて居(ゐ)る。007其処(そこ)には大井川(おほゐがは)の清流(せいりう)をひいた、008有名(いうめい)なる虎天関(とらてんいね)と云(い)ふのがある。009虎天関(とらてんいね)の傍(かたはら)に枝振(えだぶ)りよき並木(なみき)を眺(なが)めて小(ちひ)さき茶店(ちやみせ)が建(た)つて居(ゐ)た。010喜楽(きらく)は何気(なにげ)なく其(その)茶店(ちやみせ)に立寄(たちよ)つて休息(きうそく)をして居(ゐ)た。
011 三十(さんじふ)あまりのボツテリと肥(ひ)えた妻君(さいくん)が現(あら)はれて渋茶(しぶちや)を汲(く)んで呉(く)れた。012さうして喜楽(きらく)の異様(いやう)な姿(すがた)を眺(なが)めて、
013女(をんな)『貴方(あなた)は神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)をなさる方(かた)ぢや御座(ござ)いませぬか』
014と云(い)ふ。015喜楽(きらく)は即座(そくざ)に、
016喜楽(きらく)『私(わたし)は神(かみ)様(さま)の審神(さには)をする者(もの)で御座(ござ)います。017随分(ずゐぶん)其処(そこ)ら中(ぢう)の教会(けうくわい)を調(しら)べて見(み)ましたが、018狐(きつね)や狸(たぬき)のお台(だい)サンばつかりでした。019アハヽヽヽ』
020と手(て)もなく笑(わら)つて居(ゐ)る。021此(この)女(をんな)は畳(たた)みかけた様(やう)に、
022女(をんな)『モシ先生(せんせい)、023私(わたし)が一(ひと)つ頼(たの)み度(た)い事(こと)があります。024私(わたし)の母(はは)は今(いま)綾部(あやべ)に居(を)りますが、025元(もと)は金光(こんくわう)様(さま)を信神(しんじん)して居(ゐ)ましたが、026俄(にはか)に艮(うしとら)の金神(こんじん)さまがお憑(うつ)りなさつて沢山(たくさん)の人(ひと)が御(お)神徳(かげ)を頂(いただ)き、027金光(こんくわう)教会(けうくわい)の先生(せんせい)が世話(せわ)をして居(を)られますが、028母(はは)に憑(うつ)つた神(かみ)様(さま)の仰有(おつしや)るには、029私(わたし)の身上(みじやう)を分(わ)けて呉(く)れる者(もの)は東(ひがし)から出(で)て来(く)る。030其(その)御(お)方(かた)さへ見(み)えたならば出口(でぐち)直(なほ)の身上(みじやう)は判(わか)つてくると仰有(おつしや)いましたので、031私(わたし)等(ら)夫婦(ふうふ)は態(わざ)と此(この)道端(みちばた)に茶店(ちやみせ)を開(ひら)いて往来(ゆきき)の人(ひと)さまに休(やす)んで貰(もら)ひ、032母(はは)の言(い)つたお方(かた)を探(さが)して居(を)りました。033大方(おほかた)貴方(あなた)の事(こと)かと思(おも)はれてなりませぬ。034何卒(どうぞ)一度(いちど)母(はは)の身上(みじやう)を調(しら)べてやつて下(くだ)さらぬか。035これが母(はは)の神(かみ)様(さま)がお書(かき)になつたお筆先(ふでさき)で御座(ござ)います』
036と出(だ)して来(き)たのが、037バラバラの一枚書(いちまいが)きの筆先(ふでさき)であつた。
038 喜楽(きらく)は此(この)筆先(ふでさき)を見(み)て、039高熊山(たかくまやま)の修業(しうげふ)の中(うち)に於(おい)て霊眼(れいがん)にて見聞(けんぶん)したる事(こと)の或(ある)部分(ぶぶん)に符合(ふがふ)せるに驚(おどろ)き、040婦人(ふじん)の依頼(いらい)を受(う)けて近々(きんきん)に上綾(じやうれう)する事(こと)を約(やく)し、041園部(そのべ)の広田屋(ひろたや)と云(い)ふ旅館(りよくわん)に落着(おちつ)き、042あちらこちらと知己(ちき)を訪問(はうもん)して霊学(れいがく)の宣伝(せんでん)に従事(じゆうじ)しつつあつた。
043 旧(きう)八(はち)月(ぐわつ)二十三(にじふさん)日(にち)[※明治31年(1898年)旧8月23日は新10月8日]、044初(はじ)めて綾部(あやべ)裏町(うらまち)の教祖(けうそ)の宅(たく)を訪問(はうもん)し、045二三(にさん)日(にち)滞在(たいざい)して居(ゐ)た。046然(しか)るに金光教(こんくわうけう)の教会(けうくわい)の受持(うけもち)教師(けうし)なる足立(あだち)正信(まさのぶ)を始(はじ)め、047世話係(せわがかり)の中村(なかむら)竹造(たけざう)[※霊界物語における中村竹造の名前に「竹造」と表記している場合と「竹蔵」と表記している場合があるが、霊界物語ネットでは「竹造」に統一した。詳しくはオニペディアの「霊界物語第37巻の諸本相違点」を見よ]、048村上(むらかみ)清次郎(せいじらう)、049西村(にしむら)文右衛門(ぶんうゑもん)等(ら)に、050極力(きよくりよく)反対(はんたい)運動(うんどう)をされ、051時機(じき)未(いま)だ至(いた)らずとして教祖(けうそ)に暇(いとま)を告(つ)げ、052綾部(あやべ)の地(ち)を去(さ)つて園部村(そのべむら)の字(あざ)黒田(くろだ)、053西田(にしだ)卯之助(うのすけ)の座敷(ざしき)を借(か)つて神(かみ)の道(みち)を宣伝(せんでん)しつつあつた。054種々(しゆじゆ)の神憑(かむがか)りに関(くわん)する面白(おもしろ)き話(はなし)は此(この)地方(ちはう)に於(おい)ても沢山(たくさん)目撃(もくげき)したり遭遇(さうぐう)したる事(こと)あれども、055岐路(わきみち)に入(い)る虞(おそれ)ある故(ゆゑ)此処(ここ)には省略(しやうりやく)して置(お)く。056園部(そのべ)の上本町(かみほんまち)に奥村(おくむら)徳次郎(とくじらう)と云(い)ふ熱心(ねつしん)な信者(しんじや)があつた。057あまり沢山(たくさん)な信者(しんじや)が喜楽(きらく)を訪(たづ)ねて来(く)るので、058園部町(そのべまち)の有志(いうし)は信仰(しんかう)は兎(と)も角(かく)土地(とち)繁栄(はんゑい)の一策(いつさく)として園部(そのべ)の公園内(こうえんない)に立派(りつぱ)なる布教所(ふけうしよ)を建設(けんせつ)し、059喜楽(きらく)を、060此処(ここ)に永住(えいぢう)せしめむと、061土地(とち)の有志(いうし)が東西(とうざい)に奔走(ほんそう)し、062話(はなし)も大方(おほかた)纏(まと)まつて居(を)る所(ところ)へ、063綾部(あやべ)から出口(でぐち)教祖(けうそ)のお使(つかひ)として、064四方(しかた)平蔵(へいざう)氏(し)が遥々(はるばる)訪(たづ)ねて来(き)た。
065 其(その)時(とき)喜楽(きらく)は園部川(そのべがは)の大橋(おほはし)の下流(かりう)で漁遊(すなどりあそ)びをして居(ゐ)た。066其処(そこ)へ平蔵(へいざう)氏(し)がやつて来(き)て、067河(かは)の堤(つつみ)から、
068平蔵(へいざう)『モシモシ、069上田(うへだ)さまは此(この)辺(へん)に居(を)られませぬか、070只今(ただいま)黒田(くろだ)のお宅(たく)へ参(まゐ)りましたら、071園部(そのべ)の河原(かはら)へ魚取(うをと)りに行(ゆ)かれたとの話(はなし)故(ゆゑ)、072此(この)川縁(かはふち)を伝(つた)うて此処迄(ここまで)来(き)ました』
073と云(い)つて居(ゐ)る。074喜楽(きらく)は川(かは)の中(なか)から、
075喜楽(きらく)『ハイ、076上田(うへだ)は私(わたし)です。077貴方(あなた)は先頃(さきごろ)手紙(てがみ)を呉(く)れた綾部(あやべ)の四方(しかた)サンですか。078綾部(あやべ)はもう懲々(こりこり)しましたから行(ゆ)くのは止(や)めますわ。079今(いま)面白(おもしろ)い最中(さいちう)だから、080モチツと魚(うを)をとつて帰(かへ)りますから、081日(ひ)の暮(くれ)に来(き)て下(くだ)さい』
082と云(い)へば四方(しかた)氏(し)は堤(つつみ)の上(うへ)から、
083平蔵(へいざう)『そんなら仕方(しかた)がありませぬ。084私(わたし)は園部(そのべ)の扇屋(あふぎや)で今晩(こんばん)泊(とま)りますから、085又(また)お訪(たづ)ね致(いた)します』
086と云(い)ひ乍(なが)ら、087四方(しかた)氏(し)は大橋(おほはし)を渡(わた)つて扇屋(あふぎや)をさして行(い)つて了(しま)つた。088喜楽(きらく)は漁(すなどり)を終(をは)り、089黒田(くろだ)の宅(たく)へ帰(かへ)り着物(きもの)を着換(きか)へ、090園部(そのべ)の扇屋(あふぎや)に四方(しかた)氏(し)を訪(たづ)ねて見(み)た。091さうして今度(こんど)は足立(あだち)、092中村(なかむら)其(その)他(た)の役員(やくゐん)には極(ごく)内々(ないない)で、093教祖(けうそ)と自分(じぶん)とが相談(さうだん)の上(うへ)、094喜楽(きらく)を迎(むか)へに来(き)た事(こと)が分(わか)つた。095斯(こ)うなると自分(じぶん)も敵(てき)の中(なか)へ飛込(とびこ)む様(やう)なものである。096余程(よほど)の覚悟(かくご)をせなくてはならぬと思(おも)ひ乍(なが)ら、097早速(さつそく)綾部(あやべ)へ行(ゆ)く事(こと)を承諾(しようだく)し、098往復(わうふく)八(はち)里(り)の夜(よる)の道(みち)を穴太(あなを)へ帰(かへ)り、099老祖母(らうそぼ)や母(はは)に愈(いよいよ)綾部(あやべ)に行(ゆ)く事(こと)を云(い)ひ、100産土(うぶすな)の大神(おほかみ)に祈願(きぐわん)をこらし、101夜(よ)の明(あ)くる前(まへ)漸(やうや)く園部(そのべ)の扇屋(あふぎや)へ帰(かへ)つて来(き)た。102されど四方(しかた)氏(し)は喜楽(きらく)が穴太(あなを)へ帰(かへ)つて来(き)た事(こと)はチツとも分(わか)らなかつた。
103 それより四方(しかた)氏(し)と共(とも)に黒田(くろだ)の宅(たく)へ帰(かへ)り、104種々(しゆじゆ)と支度(したく)をなし、105五(ご)時(じ)頃(ごろ)から黒田(くろだ)を立(た)ち出(い)で、106漸(やうや)くにして檜山(ひのきやま)迄(まで)着(つ)いた。107日(ひ)はズツポリと暮(く)れて来(き)た。108少(すこ)し目(め)の悪(わる)い四方(しかた)氏(し)は最早(もはや)歩(ある)く事(こと)が出来(でき)なくなつて来(き)た。109止(や)むを得(え)ず樽屋(たるや)と云(い)ふ宿屋(やどや)へ投宿(とうしゆく)した。110忽(たちま)ち大雨(おほあめ)降(ふ)り来(きた)り、111雷鳴(らいめい)さへも轟(とどろ)いて実(じつ)に物凄(ものすご)き天地(てんち)となつて来(き)た。112樽屋(たるや)の裏(うら)の離座敷(はなれざしき)を与(あた)へられ、113喜楽(きらく)と四方(しかた)氏(し)は四方山(よもやま)の話(はなし)に耽(ふけ)り乍(なが)ら、114夜(よる)の一(いち)時(じ)頃(ごろ)になつて漸(やうや)く寝(しん)に就(つ)いた。115朝(あさ)の四(よ)時(じ)頃(ごろ)に四方(しかた)氏(し)は目(め)を覚(さ)まし早(はや)くも天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)して居(ゐ)た。116喜楽(きらく)は其(その)声(こゑ)に目(め)を覚(さ)まし、117慌(あわて)て起(お)き出(い)で見(み)れば、118相変(あひかは)らず車軸(しやぢく)を流(なが)す様(やう)な大雨(おほあめ)である。119四方(しかた)氏(し)は、
120四方(しかた)『先生(せんせい)、121お目覚(めざ)めですか。122早(はや)うから八釜(やかま)しく申(まを)しましてお目(め)を覚(さ)まして済(す)みませぬ。123昨夜(さくや)は何(なん)とはなしに気(き)が欣々(いそいそ)しまして一睡(いつすゐ)も出来(でき)ませなんだ。124神(かみ)様(さま)が大変(たいへん)にお勇(いさ)みだと見(み)えます。125併(しか)し乍(なが)ら昨夜(さくや)から引(ひ)き続(つづ)いて偉(えら)い大雨(おほあめ)です。126これでも止(や)みませうかな』
127と心配(しんぱい)相(さう)に尋(たづ)ねる。128喜楽(きらく)は一寸(ちよつと)目(め)を塞(ふさ)ぎ伺(うかが)つて見(み)て、
129喜楽(きらく)『九(く)時(じ)になればカラリと晴(は)れます。130それまで、131マアゆつくり話(はなし)を承(うけたまは)りませう。132貴方(あなた)は綾部(あやべ)から来(き)たといはれましたが、133お宅(うち)は大変(たいへん)な山家(やまが)の様(やう)に思(おも)ひますが違(ちが)ひますか。134家(いへ)の裏(うら)に綺麗(きれい)な水(みづ)が湧(わ)いた溜池(ためいけ)があり、135前(まへ)は一(いつ)尺(しやく)ばかりまはつた枝振(えだぶ)りの面白(おもしろ)き松(まつ)の樹(き)がある。136さうして少(すこ)し右前(みぎまへ)の方(はう)の街道(かいだう)に沿(そ)うて小屋(こや)の様(やう)なものがあり、137其処(そこ)に菓子(くわし)なんかの店(みせ)が出(だ)してあり、138六十(ろくじふ)位(くらゐ)のお婆(ば)アサンが見(み)えますが違(ちが)ひますか』
139と尋(たづ)ねて見(み)た。140四方(しかた)氏(し)は吃驚(びつくり)して、
141四方(しかた)『ハイ、142其(その)通(とほ)りです。143そんな事(こと)までよく見(み)えますか。144あんたは、145さうすると稲荷(いなり)でも使(つか)ふて居(を)られるのですか』
146と不思議(ふしぎ)相(さう)に顔(かほ)を覗(のぞ)く。147喜楽(きらく)は首(くび)を振(ふ)り、
148喜楽(きらく)『イエイエ、149そんな事(こと)はありませぬ。150霊学(れいがく)の一部(いちぶ)、151天眼通(てんがんつう)で見(み)たのです。152誰(たれ)でも真心(まごころ)にさへなれば、153天眼通(てんがんつう)位(くらゐ)は直(すぐ)に判(わか)る様(やう)になりますよ』
154四方(しかた)『アヽそれで安心(あんしん)しました。155私(わたし)は金光教(こんくわうけう)の古(ふる)い信者(しんじや)で御座(ござ)いましたが、156こんな処(ところ)から五(ご)里(り)も六(ろく)里(り)もある処(ところ)が見(み)える様(やう)なものは、157狐(きつね)か狸(たぬき)だと金光教(こんくわうけう)の先生(せんせい)が云(い)ひました。158モシ先生(せんせい)が綾部(あやべ)へ行(い)つて、159そんな事(こと)でもなさらうものならサツパリ狐使(きつねつか)ひだと云(い)つて、160ボツ帰(かへ)されて了(しま)ひますから、161綾部(あやべ)へ御(お)いでになつたら、162其(その)魔法(まはふ)だけは暫(しばら)くやらぬ様(やう)にして下(くだ)さい。163疑(うたがひ)を受(う)けては貴方(あなた)の御(ご)迷惑(めいわく)ですからなア』
164喜楽(きらく)『そんな分(わか)らぬ奴(やつ)ばかり居(を)る所(ところ)なら、165もう私(わたし)は御免(ごめん)蒙(かうむ)つてこれから帰(かへ)りますワ』
166四方(しかた)『そんな短気(たんき)を出(だ)さずに兎(と)も角(かく)教祖(けうそ)様(さま)の御(ご)内命(ないめい)で来(き)たのですから、167一度(いちど)綾部(あやべ)を見(み)ると思(おも)ふて来(き)て下(くだ)さい。168此(この)頃(ごろ)は和知川(わちがは)の鮎(あゆ)が沢山(たくさん)にとれますから、169鮎(あゆ)食(く)ひに行(ゆ)くと思(おも)うて、170マアマア兎(と)も角(かく)一遍(いつぺん)来(き)て下(くだ)さい。171私(わたし)も今(いま)此処(ここ)で先生(せんせい)に帰(かへ)られては教祖(けうそ)様(さま)に対(たい)し申訳(まをしわけ)が御座(ござ)いませぬ』
172喜楽(きらく)『第一(だいいち)貴方(あなた)に霊学(れいがく)を諒解(りやうかい)して貰(もら)ふておかなくてはなりませぬから、173狐(きつね)を使(つか)ふか、174使(つか)はぬかと云(い)ふ事(こと)を一遍(いつぺん)此処(ここ)で実地(じつち)を見(み)せませう。175さうして貴方(あなた)に承知(しようち)が行(い)つたら行(ゆ)く事(こと)にしませう。176そんな処(ところ)まで鮎(あゆ)食(く)ひに行(ゆ)かなくても園部(そのべ)で沢山(たくさん)ですから……』
177四方(しかた)『私(わたし)の様(やう)な素人(しろうと)にでも、178そんな天眼通(てんがんつう)が行(おこな)へますだらうか』
179喜楽(きらく)『マア其処(そこ)に坐(すわ)つて目(め)を塞(ふさ)ぎ、180両手(りやうて)を組(く)んで見(み)なさい』
181四方(しかた)『そんなら頼(たの)みます』
182と四方(しかた)氏(し)は素直(すなほ)に座敷(ざしき)の真中(まんなか)に正座(せいざ)し、183手(て)を組(く)み目(め)を塞(ふさ)いだ。184喜楽(きらく)は、
185喜楽(きらく)『サアこれから四方(しかた)サン、186天眼通(てんがんつう)を授(さづ)けます。187今(いま)私(わたし)が……ソレ見(み)い……と云(い)つたが最後(さいご)、188何(なに)かの姿(すがた)が映(うつ)りますから、189それを話(はな)して御覧(ごらん)……』
190四方(しかた)『ハイ……』
191と云(い)ひ乍(なが)ら、192一生(いつしやう)懸命(けんめい)に目(め)を塞(ふさ)ぎ早(はや)くも霊感者(れいかんしや)になつて、193少(すこ)し鼻息(はないき)を荒(あら)くし体(からだ)をピリピリと慄(ふる)はせて居(ゐ)る。194喜楽(きらく)は、
195『それ見(み)い!』
196と大喝(だいかつ)一声(いつせい)した。
197四方(しかた)『ハイ、198見(み)えました。199小(ちひ)さい古(ふる)き藁葺(わらぶき)の家(いへ)が一軒(いつけん)、200前横(まへよこ)の方(はう)に又(また)一(ひと)つ汚(きたな)い家(いへ)があつて、201其処(そこ)に美(うつく)しい水(みづ)の湧(わ)いた池(いけ)があります。202さうして裏(うら)の方(はう)には榧(かや)の木(き)や、203椋(むく)の大木(たいぼく)が見(み)えます。204細(ほそ)い綺麗(きれい)な河(かは)が道(みち)の下(した)を流(なが)れて居(ゐ)ます』
205喜楽(きらく)『アヽそれで愈(いよいよ)天眼通(てんがんつう)が開(ひら)けました。206それは私(わたし)の生(うま)れた家(うち)ですよ。207もう宜(よろ)しい』
208と云(い)へば、209四方(しかた)氏(し)は組(く)んだ手(て)を離(はな)し目(め)を開(ひら)き、
210四方(しかた)『何(なん)とマア、211結構(けつこう)な神(かみ)様(さま)ですな。212イヤもう感心(かんしん)致(いた)しました。213流石(さすが)教祖(けうそ)様(さま)も偉(えら)いわい。214多勢(おほぜい)の役員(やくゐん)や信者(しんじや)に隠(かく)れてお迎(むか)へして来(こ)いと仰有(おつしや)つた丈(だ)けの価値(ねうち)があります。215こんな事(こと)が分(わか)れば、216三千(さんぜん)世界(せかい)一度(いちど)に見(み)え透(す)くと仰有(おつしや)る神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)が充分(じゆうぶん)に勤(つと)まりませう』
217と無性(むしやう)矢鱈(やたら)に喜(よろこ)んで居(を)る。218それから病気(びやうき)の伺(うかが)ひや天眼通(てんがんつう)の試験(しけん)を色々(いろいろ)として、219四方(しかた)氏(し)に先(ま)づ霊学(れいがく)の尊(たふと)い事(こと)を悟(さと)つて貰(もら)ひ、220朝飯(あさめし)を食(く)ひ愈(いよいよ)これから出立(しゆつたつ)しようとする時(とき)、221さしもの大雨(おほあめ)もピタリと止(と)まり、222ガンガンと日本晴(にほんば)れの空(そら)に太陽(たいやう)が照(て)り輝(かがや)き出(だ)した。223四方(しかた)氏(し)は、
224四方(しかた)『ヤア、225仰有(おつしや)つた通(とほ)り九(く)時(じ)になつたらカラリと霽(は)れました。226ほんに霊学(れいがく)と云(い)ふものは結構(けつこう)なものですな。227これから綾部(あやべ)へ帰(かへ)りましたら、228金光教(こんくわうけう)の先生(せんせい)や役員(やくゐん)どもが愚図(ぐづ)々々(ぐづ)云(い)ふと面倒(めんだう)で御座(ござ)いますから、229ソツと裏町(うらまち)の教祖(けうそ)さまの宅(たく)へ参(まゐ)りませう』
230と云(い)ひ乍(なが)ら六(ろく)里(り)の山坂(やまさか)を越(こ)えて其(その)日(ひ)の午後(ごご)四(よ)時(じ)頃(ごろ)、231漸(やうや)くにして裏町(うらまち)の教祖(けうそ)の宅(たく)へ安着(あんちやく)した。
232 誰(たれ)が喋(しやべ)つたのか早(はや)くも信者(しんじや)の四方(しかた)与平(よへい)、233黒田(くろだ)清子(きよこ)、234四方(しかた)すみ子(こ)、235塩見(しほみ)じゆん子(こ)を始(はじ)め七八(しちはち)人(にん)の信者(しんじや)が集(あつ)まつて来(き)て、
236『平蔵(へいざう)サン、237結構(けつこう)な御(お)神徳(かげ)を頂(いただ)きなさつた。238よい先生(せんせい)を迎(むか)へて来(き)て下(くだ)さいました』
239などと喜(よろこ)び勇(いさ)み、240金光教(こんくわうけう)の旧信者(きうしんじや)へ通知(つうち)に各自(めいめい)廻(まは)つて了(しま)つた。241此(この)勢(いきほひ)に足立(あだち)正信(まさのぶ)氏(し)は吃驚(びつくり)して中村(なかむら)竹造(たけざう)を裏町(うらまち)へ遣(つか)はし、242色々(いろいろ)と水(みづ)をさし妨害(ばうがい)を加(くは)へた。243されど出口(でぐち)教祖(けうそ)を始(はじ)め、244四方(しかた)平蔵(へいざう)氏(し)の勢(いきほひ)があんまり猛烈(まうれつ)なので、245到頭(たうとう)中村(なかむら)竹造(たけざう)も我(が)を折(を)り教祖(けうそ)の命(めい)に服従(ふくじゆう)して了(しま)つた。
246 四方(しかた)源之助(げんのすけ)、247西岡(にしをか)弥吉(やきち)、248西村(にしむら)文右衛門(ぶんうゑもん)、249村上(むらかみ)清次郎(せいじらう)、250西村(にしむら)庄太郎(しやうたらう)、251四方(しかた)伊左衛門(いざゑもん)等(など)と云(い)ふ世話係(せわがかり)は裏町(うらまち)の宅(たく)へ集(あつ)まり来(き)たり、252平蔵(へいざう)氏(し)と教祖(けうそ)の説明(せつめい)によつて非常(ひじやう)に共鳴(きようめい)し、253艮(うしとらの)金神(こんじん)様(さま)の金(きん)の字(じ)をとり、254日(ひ)の大神(おほかみ)様(さま)、255月(つき)の大神(おほかみ)様(さま)の月日(つきひ)を合(あは)せて金明会(きんめいくわい)と云(い)ふ団体(だんたい)を組織(そしき)し、256信者(しんじや)は日(ひ)に夜(よ)に遠近(ゑんきん)より集(あつ)まり来(きた)り、257裏町(うらまち)の狭(せま)い倉(くら)の中(なか)では身動(みうご)きもならぬやうになつたので、258本町(ほんまち)の中村(なかむら)竹造(たけざう)の本宅(ほんたく)へ金明会(きんめいくわい)を移(うつ)して了(しま)つた。259四方(しかた)氏(し)は得意(とくい)の天眼通(てんがんつう)を振(ふ)りまはし神占(しんせん)をしたり、260病気(びやうき)平癒(へいゆ)を祈(いの)つたりして非常(ひじやう)な人気(にんき)である。261只(ただ)の一回(いつくわい)位(くらゐ)、262霊学(れいがく)を教(をし)へて貰(もら)ふて、263四方(しかた)平蔵(へいざう)サンはあれ丈(だ)け御(お)神徳(かげ)を貰(もら)ふたのだから、264修行(しうぎやう)さへしたら誰(たれ)でも神徳(しんとく)が頂(いただ)けるだらうと、265幽斎(いうさい)修行(しうぎやう)の希望者(きばうしや)が瞬(またた)く内(うち)に二十(にじふ)人(にん)あまりも出来(でき)て来(き)た。266喜楽(きらく)は向側(むかうがは)の西村(にしむら)庄兵衛(しやうべゑ)と云(い)ふ信者(しんじや)の裏(うら)の離家(はなれや)を借(か)つて其処(そこ)に寝泊(ねとま)りをしたり、267世話方(せわかた)に色々(いろいろ)と神(かみ)の話(はなし)を聞(き)かして居(ゐ)た。268金光(こんくわう)教会(けうくわい)の足立(あだち)正信(まさのぶ)氏(し)は最早(もはや)策(さく)の施(ほどこ)すべき所(ところ)なく、269村上(むらかみ)清次郎(せいじろう)、270中村(なかむら)竹造(たけざう)、271四方(しかた)すみ、272塩見(しほみ)じゆん、273黒田(くろだ)清(きよ)などの宅(たく)を訪問(はうもん)して、274いろいろの反対(はんたい)運動(うんどう)を試(こころ)みたけれども、275到底(たうてい)効(かう)を奏(そう)する事(こと)が出来(でき)なくなつて来(き)た。
276 教祖(けうそ)は足立(あだち)氏(し)の境遇(きやうぐう)を気(き)の毒(どく)に思(おも)ひ、277小遣銭(こづかいせん)や米(こめ)等(など)を贈(おく)つて金光教(こんくわうけう)を脱退(だつたい)し、278教祖(けうそ)の教(をしへ)に従(したが)へと信者(しんじや)を交(かは)る交(がは)る遣(つか)はして勧(すす)められた。279けれども足立(あだち)氏(し)は頑固(ぐわんこ)として応(おう)ぜず、280陰(いん)に陽(やう)に反対(はんたい)の気勢(きせい)を挙(あ)げ、
281足立(あだち)『上田(うへだ)と云(い)ふ狐使(きつねつか)ひをこんな処(ところ)へ引張(ひつぱ)つて来(き)て、282山子(やまこ)を始(はじ)め出(だ)したから騙(だま)されない様(やう)にせよ』
283と中村(なかむら)竹造(たけざう)や村上(むらかみ)房之助(ふさのすけ)等(など)を遠近(ゑんきん)の信者(しんじや)の宅(たく)に遣(つか)はし、284色々(いろいろ)と非難(ひなん)攻撃(こうげき)を始(はじ)めた。285中村(なかむら)は自分(じぶん)の家(うち)を金明会(きんめいくわい)へ貸(か)しておき乍(なが)ら、286足立(あだち)の命令(めいれい)に従(したが)つて反対(はんたい)運動(うんどう)を昼夜(ちうや)の区別(くべつ)なくやつて居(ゐ)た。287併(しか)し乍(なが)ら時(とき)の勢(いきほひ)には抗(かう)すべくもあらず、288一人(ひとり)も信者(しんじや)が行(ゆ)かなくなり、289手(て)も足(あし)もまはらぬ破目(はめ)に足立(あだち)氏(し)は陥(おちい)つて了(しま)つた。290そこで止(や)むを得(え)ず足立(あだち)氏(し)は我(が)を折(お)つて、
291足立(あだち)『何卒(どうぞ)改心(かいしん)するから金明会(きんめいくわい)へ使(つか)つて下(くだ)さい』
292と頼(たの)みに来(き)た。293金明会(きんめいくわい)の役員(やくゐん)連(れん)は速(すみやか)に協議会(けふぎくわい)を開(ひら)いた結果(けつくわ)、
294『足立(あだち)正信(まさのぶ)氏(し)は信者(しんじや)の受(う)けも悪(わる)し、295○○や○○と醜関係(しうくわんけい)をつけ、296神(かみ)の名(な)を汚(けが)して居(を)るから、297此(この)際(さい)絶対(ぜつたい)に金明会(きんめいくわい)へ這入(はい)る事(こと)は謝絶(しやぜつ)するがよい』
298と云(い)ふ事(こと)に協議(けふぎ)が纏(まと)まつて了(しま)つた。299足立(あだち)氏(し)が尾(を)を振(ふ)つて来(き)たのは、300心(こころ)の裡(うち)から金明会(きんめいくわい)へ心従(しんじゆう)して居(ゐ)るのではない。301老母(らうぼ)や子供(こども)が忽(たちま)ち糊口(ここう)に窮(きう)する処(ところ)から、302一(いち)時(じ)の窮策(きうさく)として表面(へうめん)心従(しんじう)したと見(み)せかけ時機(じき)を見(み)て金明会(きんめいくわい)を転覆(てんぷく)させ、303喜楽(きらく)先生(せんせい)を放(ほ)り出(だ)す計略(けいりやく)なる事(こと)は、304今迄(いままで)の足立(あだち)氏(し)の行動(かうどう)に徴(ちよう)して明白(めいはく)だから、305今度(こんど)の好(よ)い機会(きくわい)を幸(さいは)ひに一切(いつさい)の関係(くわんけい)を絶(た)つ方(はう)が上分別(じやうふんべつ)だと、306今(いま)まで同氏(どうし)の熱心(ねつしん)な教養(けうやう)をうけたものさへ、307極力(きよくりよく)排斥(はいせき)を主張(しゆちやう)する様(やう)になつて来(き)た。308喜楽(きらく)は足立(あだち)氏(し)の境遇(きやうぐう)を憐(あは)れみ、309且(かつ)又(また)今迄(いままで)金光教(こんくわうけう)を信(しん)じて居(ゐ)た役員(やくゐん)や信者(しんじや)の人情(にんじやう)の浮薄(ふはく)冷酷(れいこく)なるに呆(あき)れ果(は)て、
310『今日(けふ)は人(ひと)の身(み)の上(うへ)、311明日(あす)は吾(わ)が身(み)の上(うへ)と云(い)ふ事(こと)がある。312こんな薄情(はくじやう)な人間(にんげん)の処(ところ)へ居(を)つては到底(たうてい)駄目(だめ)だ。313自分(じぶん)さへ此処(ここ)を立(た)ち去(さ)つたならば足立(あだち)氏(し)親子(おやこ)の困難(こんなん)は除(のぞ)かれるだらう。314世人(よびと)の困難(こんなん)を救(すく)ふべき神(かみ)の取次(とりつぎ)が人(ひと)を困(こま)らせてはならない』
315と思(おも)つたから、316四方(しかた)氏(し)を始(はじ)め重(おも)なる役員(やくゐん)に向(むか)ひ、
317上田(うへだ)『私(わたし)が此処(ここ)へ来(き)たために、318足立(あだち)氏(し)親子(おやこ)が困難(こんなん)を来(きた)すべき結果(けつくわ)を生(しやう)じたのだから、319私(わたし)は同氏(どうし)に対(たい)して済(す)まないから今日(けふ)から帰(かへ)ります。320何卒(どうぞ)足立(あだち)氏(し)と仲良(なかよ)うして神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)をして下(くだ)さい』
321と申(まを)し込(こ)んだ。322そこで数多(あまた)の役員(やくゐん)は大(おほい)に狼狽(らうばい)し、323鳩首(きうしゆ)謀議(ぼうぎ)の結果(けつくわ)、
324役員たち『足立(あだち)氏(し)の処置(しよち)に就(つ)いては上田(うへだ)先生(せんせい)に一任(いちにん)しますから、325是非(ぜひ)とも教祖(けうそ)様(さま)の側(そば)に居(ゐ)て、326大本(おほもと)の宣伝(せんでん)に力(ちから)を尽(つく)して下(くだ)され』
327と異口(いく)同音(どうおん)に頼(たの)み込(こ)む。
328 そこで喜楽(きらく)は足立(あだち)氏(し)を金明会(きんめいくわい)の副会長(ふくくわいちやう)に任(にん)じ、329金明会(きんめいくわい)の名(な)の許(もと)に仲良(なかよ)く神務(しんむ)に奉仕(ほうし)する事(こと)となつた。330出口(でぐち)教祖(けうそ)も足立(あだち)氏(し)の身(み)の上(うへ)につき心(こころ)密(ひそ)かに非常(ひじやう)な心痛(しんつう)をして居(を)られたが、331喜楽(きらく)の同情(どうじやう)ある処置(しよち)に対(たい)し、332非常(ひじやう)に安心(あんしん)をしたと云(い)つて感謝(かんしや)せられた。333足立(あだち)氏(し)は大変(たいへん)に喜(よろこ)び、334役員(やくゐん)信者(しんじや)も喜楽(きらく)の赤誠(せきせい)に感(かん)じ、335直(ただち)に今迄(いままで)の態度(たいど)を改(あらた)め、336教祖(けうそ)に次(つ)いで喜楽(きらく)を師匠(ししやう)と尊敬(そんけい)し出(だ)した。337一(いち)時(じ)は大争乱(だいそうらん)が勃発(ぼつぱつ)しさうの模様(もやう)のあつた金光教(こんくわうけう)対(たい)金明会(きんめいくわい)も、338茲(ここ)に円満(ゑんまん)な解決(かいけつ)が出来(でき)て、339双方(さうはう)とも心持(こころもち)克(よ)く勇(いさ)んで和合(わがふ)の裡(うち)に神(かみ)様(さま)の御用(ごよう)に尽(つく)す事(こと)を得(え)たのである。
340(大正一一・一〇・一二 旧八・二二 北村隆光録)
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