霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 十六花(じふろくくわ)〔五七〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻 篇:第1篇 正邪奮戦 よみ(新仮名遣い):せいじゃふんせん
章:第3章 十六花 よみ(新仮名遣い):じゅうろくか 通し章番号:570
口述日: 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年12月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
太玉命が路傍の岩に腰掛けて天津祝詞を奏上するおりしも、夜は明けてきた。そこへ、岩彦、梅彦、音彦、亀彦、駒彦、鷹彦らの宣伝使が、駒に乗ってやってきた。六人は、フサの都より、太玉命の加勢にやってきたのであった。
悪神らは巨人と谷川の幻影を見せて一行の進入を阻もうとするが、太玉命らは見破る。一行七人は荘厳な城壁にまでついにたどり着いた。そして、顕恩郷の婆羅門の大将・鬼雲彦に合わせるよう門番を厳しく問い詰める。
門番はあわてて、宣伝使たちを城に迎え入れた。婆羅門教の将卒たちが左右に整列して居並ぶ中を、宣伝使たちは奥へと進んで行った。
十数人の美人が現れ、一行を奥殿に招き入れる。そこにはご馳走が並べられていた。鷹彦は美人たちに毒味を所望し、安全だとわかると岩彦は盃をぐっと飲み干した。しかし音彦と駒彦は食事に手をつけなかった。
鬼雲彦夫婦が現れ、婆羅門教は霊主体従であり、三五教とは姉妹教にあたる、ぜひ提携したい、と腰を低くして挨拶した。そして美人の中の愛子姫、幾代姫に舞を舞わせ、酒食を勧めた。顕恩郷の婆羅門の上役たちも、宴に参加して飲み、かつ食らった。
宣伝使らは酒を飲んで酔った振りをしつつ、警戒を解かないでいた。しばらくすると、顕恩郷の上役たちは黒血を吐いて苦しみ始めた。宣伝使たちも、苦悶の態を装って倒れた振りをした。
鬼雲彦夫婦は、毒の入った酒を自分の部下に飲ませて宣伝使たちを油断させ、諸共に葬ってしまおうという計略だった。
しかし鬼雲彦に仕えていた十六人の美人たちは、婆羅門教の将卒たちが毒に倒れて警備が薄くなったのを見ると、懐剣を抜いて鬼雲彦夫婦に迫った。美人たちは、実は神素盞嗚尊の密使たちであると明かした。
鬼雲彦夫婦は形勢不利と見ると、大蛇となり邪神の本性を現して、遠く東方の天を目指して逃げてしまった。
十六美人のうち愛子姫を始めとする八人は、神素盞嗚尊の娘たちで、婆羅門教に囚われた振りをして顕恩郷に入り込んでいた。残りの八人は婆羅門教の侍女たちであったが、愛子姫らが三五教の教えを感化し、今は三五教徒となっていたのであった。
太玉命は、あらかじめ自分自身の娘たちを敵地に忍ばせて、顕恩郷奪回の準備をされていた神素盞嗚尊の深いご神慮を悟り、ありがたさに涙に暮れて神言を奏上した。
すると、そこへ妙音菩薩が女神の姿で現れ、顕恩郷には太玉命と愛子姫、浅子姫が残って守備につき、残りの宣伝使・女人たちはエデン河を渡ってイヅ河へ向かうように、と託宣した。妙音菩薩は、先にエデン河に落ちて帰幽した安彦、国彦、道彦、田加彦、百舌彦の五人は蘇生して、イヅ河のほとりで一行と合流するであろう、と告げて姿を隠した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-01-16 01:24:08 文字数:6764 OBC :rm1503
愛善世界社版:28頁 八幡書店版:第3輯 290頁 修補版: 校定版:27頁 普及版:12頁 初版: ページ備考:
001 太玉(ふとたまの)命(みこと)は路傍(ろばう)の岩(いは)に腰打掛(こしうちか)け、002天津(あまつ)祝詞(のりと)を声低(こゑびく)に奏上(そうじやう)しつつあつた。003百鳥(ももどり)の声(こゑ)は遠近(ゑんきん)の林(はやし)に聞(きこ)え始(はじ)めた。004東(ひがし)の空(そら)はほんのりとして暁(あかつき)の色(いろ)刻々(こくこく)さえて来(き)た。005数多(あまた)の魔神(まがみ)の声(こゑ)は森(もり)の彼方(あなた)にザワザワと聞(きこ)え来(きた)る。006油断(ゆだん)ならじとキツト身構(みがまへ)する折(をり)しもあれ、007馬(うま)の蹄(ひづめ)の音(おと)いと高(たか)く、008岩彦(いはひこ)、009梅彦(うめひこ)、010音彦(おとひこ)、011亀彦(かめひこ)、012駒彦(こまひこ)、013鷹彦(たかひこ)は矢(や)を射(い)る如(ごと)く此(この)場(ば)に馳来(はせきた)り、014太玉(ふとたまの)命(みこと)に向(むか)つて、
015岩彦(いはひこ)『ヤア貴下(きか)は太玉(ふとたまの)命(みこと)の宣伝使(せんでんし)、016私(わたくし)等(ら)はフサの都(みやこ)に於(おい)て、017日(ひ)の出別(でわけの)神(かみ)の命(めい)に依(よ)り、018貴下(きか)と共(とも)に顕恩郷(けんおんきやう)を言向和(ことむけやは)さむと、019エデン河(がは)の濁流(だくりう)を渡(わた)り、020漸(やうや)く此処(ここ)に走(は)せ参(さん)じたり、021一行(いつかう)の人々(ひとびと)は如何(いかが)なりしか』
022太玉(ふとたまの)命(みこと)『ヤア思(おも)ひも寄(よ)らぬ貴下(きか)等(ら)の御(ご)入来(じふらい)、023いよいよこれより敵(てき)の牙城(がじやう)に唯一人(ただひとり)進撃(しんげき)せむとする場合(ばあひ)で御座(ござ)る。024斯(かく)の如(ごと)き曲神(まがかみ)の砦(とりで)を言向(ことむ)け和(やは)すは吾(われ)一人(ひとり)にて充分(じゆうぶん)なり。025折角(せつかく)の御(ご)出馬(しゆつば)なれど、026貴下(きか)は速(すみや)かにフサの都(みやこ)に引返(ひきかへ)し、027夫々(それぞれ)の神業(しんげふ)に就(つ)かせられたし』
028岩彦(いはひこ)『それはあまり無謀(むぼう)の極(きはみ)と申(まを)すもの、029吾々(われわれ)は折角(せつかく)山川(さんせん)を渡(わた)り漸(やうや)く此処(ここ)に立向(たちむか)ひ、030目前(もくぜん)に敵(てき)を見(み)ながら空(むな)しく駒(こま)の頭(かしら)を立(た)て直(なほ)すは、031男子(だんし)の本分(ほんぶん)にあらず。032願(ねが)はくは吾(われ)等(ら)を此(この)神戦(しんせん)に参加(さんか)させ給(たま)へ』
033 梅彦(うめひこ)以下(いか)五(ご)人(にん)の宣伝使(せんでんし)は、034口(くち)を揃(そろ)へて従軍(じゆうぐん)せむことを強要(きやうえう)した。
035太玉(ふとたまの)命(みこと)『然(しか)らば是非(ぜひ)に及(およ)ばぬ、036御(ご)苦労(くらう)乍(なが)ら御(ご)加勢(かせい)を願(ねが)ふ』
037岩彦一行六人『早速(さつそく)の御(ご)承知(しようち)、038有難(ありがた)し辱(かたじけ)なし』
039と一行(いつかう)六(ろく)人(にん)は、040太玉(ふとたまの)命(みこと)の後(あと)に従(つ)いて、041山(やま)深(ふか)く進(すす)み入(い)る。042この場(ば)の光景(くわうけい)は絵巻物(ゑまきもの)を見(み)る如(ごと)くであつた。
043 進(すす)むこと一(いち)里(り)半(はん)許(ばか)り、044此処(ここ)には深(ふか)き谷川(たにがは)が横(よこ)たはつて居(ゐ)る。045その幅(はば)殆(ほとん)ど十間(じつけん)許(ばか)り、046ピタツと行詰(ゆきつま)つた。047七(しち)人(にん)の宣伝使(せんでんし)は暫(しばら)く此処(ここ)に駒(こま)を繋(つな)ぎ、048少憩(せうけい)し、049如何(いか)にして此(この)渓谷(たに)を対岸(むかふ)に渡(わた)らむかと協議(けふぎ)を凝(こ)らしつつありき。050谷(たに)の向側(むかふがは)には、051オベリスクの如(や)うな帽子(ばうし)を被(かぶ)つた半鐘(はんしよう)泥棒(どろぼう)的(てき)ジヤイアントが七八(しちはち)人(にん)、052巨眼(きよがん)を開(ひら)き、053大口(おほぐち)開(あ)けてカラカラと打笑(うちわら)ひ、
054巨人『ワハヽヽヽハア、055どうぢや、056何程(なにほど)肝(きも)の太玉(ふとたま)の命(みこと)でも、057この谷川(たにがは)を渡(わた)ることは出来(でき)まい此(この)川底(かはぞこ)を熟視(じゆくし)せよ』
058と指(ゆびさ)す。059見(み)れば川底(かはぞこ)には、060空地(あきち)なき程(ほど)、061二(に)尺(しやく)許(ばか)りの鋭利(えいり)なる鎗(やり)の穂先(ほさき)が、062幾百千(いくひやくせん)ともなく、063土筆(つくし)の生(は)えてる様(やう)に直立(ちよくりつ)して居(ゐ)る。064此(この)川(かは)に落(お)ちるが最後(さいご)、065如何(いか)なる肉体(にくたい)も芋刺(いもざし)となつて亡(ほろ)びねばならぬシーンを現(あら)はして居(ゐ)る。066太玉(ふとたまの)命(みこと)はカラカラとうち笑(わら)ひ、
067太玉命『これしきの谷川(たにがは)を恐(おそ)れて、068三五教(あななひけう)の宣伝(せんでん)が出来(でき)ようか、069美事(みごと)渡(わた)つて見(み)せうぞ』
070と云(い)ふより早(はや)く一同(いちどう)に目配(めくば)せした。071一同(いちどう)は心得(こころえ)たりと馬(うま)に跨(またが)り、072太玉(ふとたまの)命(みこと)は岩彦(いはひこ)の背後(はいご)に飛乗(とびの)り、073忽(たちま)ち四五丁(しごちやう)許(ばか)り元(もと)来(きた)りし道(みち)に引返(ひきかへ)し、074又(また)もや馬首(ばしゆ)を転(てん)じ鞭(むち)をうちつつ、075幅(はば)三間(さんげん)許(ばか)りの谷合(たにあひ)を勢(いきほひ)に任(まか)せて一足飛(いつそくとび)に飛(と)び越(こ)えた。076巨大(きよだい)の男(をとこ)は驚(おどろ)き慌(あは)て、077雲(くも)を霞(かすみ)と逃帰(にげかへ)る。078又(また)もや続(つづ)いて梅彦(うめひこ)、079鷹彦(たかひこ)、080亀彦(かめひこ)、081その他(た)一同(いちどう)矢庭(やには)に駒(こま)に鞭(むちう)つて、082難(なん)なく此(この)谷川(たにがは)を打渡(うちわた)り、083後(あと)振返(ふりかへ)り見(み)れば豈(あに)図(はか)らむや、084谷川(たにがは)らしきものは一(ひと)つもなく、085草(くさ)茫々(ばうばう)と生(は)え茂(しげ)る平野(へいや)であつた。
086太玉(ふとたまの)命(みこと)『アハヽヽヽ、087又(また)瞞(だま)しをつた、088各(おのおの)方(がた)能(よ)く気(き)を付(つ)けねばなりませぬぞ、089此(この)前途(さき)は仮令(たとへ)如何(いか)なる渓谷(けいこく)ありとも平気(へいき)で渉(わた)ることに致(いた)しませうかい。090神変(しんぺん)不可思議(ふかしぎ)の妖術(えうじゆつ)を使(つか)ふ悪魔(あくま)の巣窟(そうくつ)ですから、091最前(さいぜん)も吾(わが)妻(つま)の松代姫(まつよひめ)、092及(およ)び娘(むすめ)照妙姫(てるたへひめ)と変(へん)じ、093吾(わが)精神(せいしん)を鈍(にぶ)らさむと致(いた)せし魔神(まがみ)の計略(けいりやく)、094飽(あ)く迄(まで)も誑(たば)かられない様(やう)に気(き)を付(つ)けて参(まゐ)りませう』
095と先(さき)に立(た)つて進(すす)み行(ゆ)く。096一同(いちどう)は馬(うま)を傍(かたはら)の樹木(じゆもく)に繋(つな)ぎ、097山(やま)と山(やま)との渓道(たにみち)を、098宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひ乍(なが)ら山(やま)深(ふか)く進(すす)むのであつた。099行(ゆ)く事(こと)数(すう)里(り)にして、100荘厳(さうごん)なる城壁(じやうへき)の前(まへ)にピタリと突当(つきあた)つた。101朱欄(しゆらん)碧瓦(へきぐわ)の宏壮(くわうさう)なる大門(おほもん)は建(た)てられ、102方尖塔(はうせんたふ)の如(ごと)き冠(かむり)を被(かぶ)りたる四五(しご)のジヤイアント門(もん)を堅(かた)く守(まも)つて居(ゐ)る。103太玉(ふとたまの)命(みこと)一行(いつかう)は忽(たちま)ち門前(もんぜん)に立現(たちあら)はれ、
104太玉命一行『吾(わ)れこそは三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)、105当国(たうごく)には八岐(やまた)大蛇(をろち)、106金狐(きんこ)、107悪鬼(あくき)の邪霊(じやれい)に憑依(ひようい)されたる鬼雲彦(おにくもひこ)夫妻(ふさい)立籠(たてこも)り、108不公平(ふこうへい)極(きは)まる神政(しんせい)を布(し)き、109この顕恩郷(けんおんきやう)をして殆(ほとん)ど地獄(ぢごく)の境地(きやうち)と変(へん)ぜしめたるは、110天恵(てんけい)を無視(むし)する大罪(だいざい)なれば、111吾(われ)は是(これ)より鬼雲彦(おにくもひこ)を善道(ぜんだう)に帰順(きじゆん)せしめむため、112大神(おほかみ)の命(めい)を奉(ほう)じて宣伝(せんでん)に向(むか)うたり。113速(すみや)かに此(この)門扉(もんぴ)を開(ひら)けよ』
114と言葉(ことば)厳(きび)しく詰(なじ)り寄(よ)る。115門番(もんばん)は面喰(めんくら)ひながら、
116門番『暫(しばら)くお待(ま)ち下(くだ)さいませ、117あなた方(がた)のエデン河(がは)を御(お)渡(わた)りありしより城内(じやうない)は上(うへ)を下(した)への大混雑(だいこんざつ)、118如何(いか)にして貴下(きか)等(ら)を満足(まんぞく)せしめむやと、119鬼雲彦(おにくもひこ)の大将(たいしやう)に於(お)かせられても千辛(せんしん)万苦(ばんく)の御(おん)有様(ありさま)、120やがて開門(かいもん)のシグナルの鐘(かね)が響(ひび)き亘(わた)りますれば、121それ迄(まで)ゆるゆる此処(ここ)に御(ご)休息(きうそく)願(ねが)ひたし。122必(かなら)ず必(かなら)ず敵対(てきたい)申(まを)す者(もの)は一柱(ひとはしら)も居(を)りませぬ。123御(ご)安心(あんしん)下(くだ)さいませ』
124音彦(おとひこ)『ヤア其(その)方(はう)は何(なん)ぢや彼(か)ぢやと暇(ひま)取(と)らせ、125其(その)間(あひだ)に戦闘(せんとう)の準備(じゆんび)を整(ととの)へ、126吾々(われわれ)を鏖殺(おうさつ)せむとするの計略(けいりやく)ならむ。127ソンナ ヨタリスクは聞(き)く耳(みみ)持(も)たぬ、128速(すみやか)に此(この)門(もん)開(ひら)けよ』
129門番(もんばん)『これ程(ほど)申上(まをしあ)げてもお疑(うたがひ)晴(は)れずば、130御(ご)自由(じいう)に御(お)這入(はい)り下(くだ)さいませ』
131と云(い)ふより早(はや)く、132潜(くぐ)り門(もん)を開(ひら)いて、133門内(もんない)に姿(すがた)を隠(かく)して了(しま)つた。
134鷹彦(たかひこ)『一(ひと)つ吾々(われわれ)が還元(くわんげん)の芸当(げいたう)をやつて、135城内(じやうない)隈(くま)なく偵察(ていさつ)をやつて見(み)ませう』
136と忽(たちま)ち霊鷹(れいよう)と変(へん)じ、137中空(ちうくう)に舞上(まひあが)り、138顕恩城(けんおんじやう)の内外(ないぐわい)を隈(くま)なく偵察(ていさつ)し、139もとの大門(おほもん)に現(あら)はれ来(きた)り、140中(なか)より閂(かんぬき)を外(はづ)し、141門扉(もんぴ)を左右(さいう)に開(ひら)いた。
142鷹彦(たかひこ)『サアサア是(これ)から吾々(われわれ)一同(いちどう)が活動(くわつどう)のステージだ。143轡(くつわ)を並(なら)べて七(しち)人(にん)がスパークを散(ち)らして、144奮戦(ふんせん)するの時(とき)や迫(せま)つた、145ヤア面白(おもしろ)し面白(おもしろ)し、146太玉(ふとたまの)命(みこと)続(つづ)かせ給(たま)へ』
147と先(さき)に立(た)つて進(すす)み行(ゆ)く。148数多(あまた)の敵(てき)は左右(さいう)に、149蟻(あり)の集(つど)ふが如(ごと)く整列(せいれつ)して、150七(しち)人(にん)が通行(つうかう)を敵対(てきたい)もせず、151歓迎(くわんげい)もせぬと云(い)ふ態度(たいど)にて見(み)まもつて居(を)る。
152岩彦(いはひこ)『ヤア各(おのおの)方(がた)、153あれ丈(だけ)沢山(たくさん)の敵(てき)が吾々(われわれ)に抵抗(ていかう)も致(いた)さず、154各自(めいめい)手槍(てやり)を携(たづさ)へ乍(なが)ら目送(もくそう)しつつあるは、155合点(がてん)の行(ゆ)かぬ次第(しだい)で御座(ござ)る。156余(あま)り軽々(かるがる)しく進(すす)み過(す)ぎて、157四方(しはう)八方(はつぱう)より取囲(とりかこ)まれなば、158如何(いかん)とも出来(でき)ない様(やう)な破目(はめ)に陥(おちい)るかも知(し)れませぬぞ、159これは一(ひと)つ考(かんが)へねばなりますまい』
160太玉(ふとたまの)命(みこと)『ナニ躊躇(ちうちよ)逡巡(しゆんじゆん)は三五教(あななひけう)の大禁物(だいきんもつ)、161生死(せいし)も、162勝敗(しようはい)も、163皆(みな)神(かみ)の手(て)に握(にぎ)られあれば、164運(うん)を天(てん)に任(まか)せ、165行(ゆ)く所(ところ)迄(まで)行(い)つて見(み)ませう』
166と太玉(ふとたまの)命(みこと)は先(さき)に立(た)つて進(すす)み行(ゆ)く。167鬼雲彦(おにくもひこ)の御殿(ごてん)の前(まへ)に近付(ちかづ)く折(をり)しも、168瀟洒(せうしや)たる白木(しらき)の門(もん)をサラリと開(ひら)いて悠々(いういう)現(あら)はれ来(きた)る十数(じふすう)人(にん)の窈窕(ようてう)嬋研(せんけん)たる美人(びじん)、169スノーの如(ごと)き繊手(せんしゆ)を揉(も)み乍(なが)ら、
170美人『これはこれは三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)の御(ご)一行(いつかう)様(さま)、171能(よ)うマア遥々(はるばる)お越(こ)し下(くだ)さいました。172鬼雲彦(おにくもひこ)の御(おん)大将(たいしやう)の御(ご)命令(めいれい)に依(よ)りて、173妾(わらは)一同(いちどう)はお迎(むか)へに参(まゐ)りました。174訳(わけ)の分(わか)らぬ者共(ものども)が種々(いろいろ)と御(ご)無礼(ぶれい)を働(はたら)きましたでせう、175何事(なにごと)も足(た)らはぬスレーブの為(な)す業(わざ)と、176広(ひろ)き厚(あつ)き大御心(おほみこころ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し下(くだ)さいまして、177ゆるゆると奥殿(おくでん)にて御(ご)休息(きうそく)の上(うへ)、178尊(たふと)き御(お)話(はなし)をお聞(き)かせ下(くだ)さいませ、179御(おん)大将(たいしやう)も定(さだ)めて御(ご)満足(まんぞく)の事(こと)と存(ぞん)じます』
180と言葉(ことば)スガスガしく、181満面(まんめん)に笑(ゑみ)を湛(たた)へて慇懃(いんぎん)に挨拶(あいさつ)する。182太玉(ふとたまの)命(みこと)以下(いか)の宣伝使(せんでんし)は、183張合(はりあひ)抜(ぬ)けたる如(ごと)き心地(ここち)し乍(なが)ら、184美人(びじん)一行(いつかう)の後(あと)に伴(つ)いて、185奥殿(おくでん)に悠々(いういう)と進(すす)み入(い)るのであつた。
186 宣伝使(せんでんし)の一行(いつかう)は、187顕恩城(けんおんじやう)の奥殿(おくでん)に深(ふか)く進(すす)み入(い)つた。188山海(さんかい)の珍味(ちんみ)は整然(せいぜん)として並(なら)べられてあつた。189美人(びじん)の中(うち)の最年長(さいねんちやう)者(しや)と見(み)ゆる、190眼(まなこ)涼(すず)しく、191背(せ)の高(たか)き愛子姫(あいこひめ)は溢(あふ)るる許(ばか)りの愛嬌(あいけう)を湛(たた)へ、
192愛子姫『これはこれは宣伝使(せんでんし)様(さま)、193能(よ)うこそ遠路(ゑんろ)の所(ところ)入(い)らせられました。194顕恩郷(けんおんきやう)の名産(めいさん)、195桃(もも)の果実(このみ)を始(はじ)め、196種々(いろいろ)の珍(めづ)らしき物(もの)を以(もつ)て馳走(ちそう)を拵(こしら)へました、197お腹(なか)が空(す)いたで御座(ござ)いませう、198どうぞ御(ご)遠慮(ゑんりよ)なくお召(めし)あがり下(くだ)さいませ。199果実(このみ)の酒(さけ)も沢山(たくさん)御座(ござ)いますれば御(ご)遠慮(ゑんりよ)なく……サアお酌(しやく)をさして頂(いただ)きませう』
200と云(い)ふより早(はや)く、201杯(さかづき)を太玉(ふとたまの)命(みこと)に献(さ)した。
202太玉命『ヤア思(おも)ひがけなき山野(さんや)河海(かかい)の珍味(ちんみ)、203御(ご)芳志(はうし)の段(だん)恐(おそ)れ入(い)りました。204それに就(つ)いても当城(たうじやう)の御(おん)大将(たいしやう)鬼雲彦(おにくもひこ)に面会(めんくわい)の上(うへ)、205戴(いただ)きませう』
206愛子姫(あいこひめ)『御(おん)大将(たいしやう)は只今(ただいま)御(ご)出席(しゆつせき)になります、207それまでに御寛(ごゆる)りと御(お)酒(さけ)を飲(あが)つてお待(ま)ち下(くだ)さいませ』
208 岩彦(いはひこ)、209大口(おほぐち)を開(あ)けて、
210岩彦『アハヽヽヽ、211どこ迄(まで)も脱(ぬ)かりのない悪神(あくがみ)の計略(けいりやく)、212太玉(ふとたまの)命(みこと)の御(おん)大将(たいしやう)、213迂濶(うつか)り酒(さけ)でも口(くち)に入(い)れるものなら、214それこそ大変(たいへん)だ。215七転(しちてん)八倒(ばつたう)、216苦悶(くもん)の結果(けつくわ)、217敢(あへ)なき最期(さいご)を遂(と)げにけりだ。218ナア梅彦(うめひこ)サン、219あなたはどう思(おも)ひますか』
220梅彦(うめひこ)『吾々(われわれ)は五里(ごり)霧中(むちう)に彷徨(はうくわう)の為体(ていたらく)だ、221夢(ゆめ)に牡丹餅(ぼたもち)、222食(く)つた牡丹餅(ぼたもち)はダイナマイトの御(ご)馳走(ちそう)か、223何(なに)が何(な)んだか、224サツパリ不得(ふとく)要領(えうりやう)だ。225ナア鷹彦(たかひこ)サン、226あなたはどう思(おも)ふか』
227鷹彦(たかひこ)『先(ま)づ十六(じふろく)人(にん)の別嬪(べつぴん)さまから、228毒味(どくみ)をして頂(いただ)きませう。229其(その)上(うへ)でなくば到底(たうてい)安心(あんしん)が出来(でき)ない、230ナア愛子姫(あいこひめ)さまとやら、231さう願(ねが)ひませうか』
232愛子姫(あいこひめ)『オホヽヽヽ、233御(ご)心配(しんぱい)下(くだ)さいますな、234然(しか)らば妾(わたし)がお先(さき)へ失礼(しつれい)致(いた)します』
235と盃(さかづき)に酒(さけ)を注(つ)いで、236グツト飲(の)んだ。
237岩彦(いはひこ)『妙々(めうめう)、238これや心配(しんぱい)は要(い)らぬらしいぞ、239ナア音(おと)サン、240駒(こま)サン………百味(ひやくみ)の飲食(おんじき)を心持(こころもち)よく頂(いただ)きませうか』
241 音彦(おとひこ)、242駒彦(こまひこ)は頭(かうべ)を左右(さいう)に打振(うちふ)り、243黙然(もくねん)として俯(うつ)むくのみであつた。244奥(おく)の襖(ふすま)を引開(ひきあ)けて悠々(いういう)として現(あら)はれ来(きた)る鬼雲彦(おにくもひこ)夫婦(ふうふ)、245目鼻(めはな)が無(な)かつたら、246万金丹(まんきんたん)計量(ばかり)か、247砂(すな)つ原(ぱら)の夕立(ゆふだち)か、248山葵卸(わさびおろし)の様(やう)な不景気(ふけいき)な面付(つらつき)に、249所々(ところどころ)色(いろ)の変(かは)つたアドラスの様(やう)な、250膨(ふく)れ面(づら)をニユツと出(だ)しドス声(ごゑ)になつて、
251鬼雲彦夫婦『これはこれは三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)、252当城(たうじやう)は御(お)聞及(ききおよび)の通(とほり)、253霊主(れいしゆ)体従(たいじゆう)を本義(ほんぎ)と致(いた)すバラモン教(けう)の教(をしへ)を立(た)つる屈強(くつきやう)の場所(ばしよ)、254三五教(あななひけう)は予(かね)て聞(き)く霊主(れいしゆ)体従(たいじゆう)の正教(せいけう)にして、255ウラル教(けう)の如(ごと)き体主(たいしゆ)霊従(れいじう)の邪教(じやけう)にあらず、256バラモン教(けう)は茲(ここ)に鑑(かんがみ)る所(ところ)あり、257ウラル教(けう)を改造(かいざう)して、258真正(しんせい)の霊主(れいしゆ)体従(たいじゆう)教(けう)を樹立(じゆりつ)せしもの、259是(こ)れ全(まつた)く天(てん)の時節(じせつ)の到来(たうらい)せるもの、260謂(ゐ)はば三五教(あななひけう)とバラモン教(けう)は切(き)つても断(き)れぬ、261教理(けうり)に於(おい)て、262真(しん)のシスター教(けう)であります。263どうぞ以後(いご)は互(たがひ)に胸襟(きようきん)を開(ひら)いて、264相(あひ)提携(ていけい)されむ事(こと)を懇願(こんぐわん)致(いた)します』
265と御(ご)面相(めんさう)にも似合(にあ)はぬ、266御(ご)叮嚀(ていねい)な挨拶(あいさつ)をするのであつた。267太玉(ふとたまの)命(みこと)はこれに答(こた)へて、
268太玉命『何分(なにぶん)宜(よろ)しく、269今後(こんご)はシスター教(けう)として提携(ていけい)致(いた)したい。270夫(そ)れに就(つ)いては互(たがひ)に長(ちやう)を採(と)り短(たん)を補(おぎな)ひ、271正(せい)を取(と)り偽(ぎ)を削(けづ)り、272神聖(しんせい)なる大神(おほかみ)の御心(みこころ)に叶(かな)ふべき教理(けうり)を立(た)てたきもので御座(ござ)います。273吾々(われわれ)一行(いつかう)、274当城(たうじやう)に参(まゐ)る途中(とちう)に於(おい)て、275妖怪(えうくわい)変化(へんげ)の数多(あまた)出没(しゆつぼつ)するは何故(なにゆゑ)ぞ。276バラモン教(けう)は斯(かく)の如(ごと)き妖術(えうじゆつ)を以(もつ)て世人(せじん)を誑惑(けうわく)し、277信仰(しんかう)の道(みち)に引(ひ)き入(い)れむとするや、278其(その)意(い)の在(あ)る所(ところ)承(うけたま)はりたし』
279と稍(やや)語気(ごき)を強(つよ)めて詰問(きつもん)的(てき)に出(で)た。280鬼雲彦(おにくもひこ)、281事(こと)もなげに打笑(うちわら)ひ、
282鬼雲彦『アハヽヽヽ、283左様(さやう)で御座(ござ)いましたか、284諺(ことわざ)にも云(い)ふ、285正法(しやうはふ)に不思議(ふしぎ)無(な)し、286不思議(ふしぎ)有(あ)るは正法(しやうはふ)にあらず。287此(この)メソポタミヤは世界(せかい)の天国(てんごく)楽土(らくど)と聞(きこ)えたれば、288甘味(かんみ)多(おほ)き果物(くだもの)に悪虫(あくちう)の簇生(ぞくせい)するが如(ごと)く、289天下(てんか)の悪神(あくがみ)此(この)地(ち)に蝟集(ゐしふ)して、290妖邪(えうじや)を行(おこな)ふならむ、291決(けつ)して決(けつ)して霊主(れいしゆ)体従(たいじゆう)のバラモン教(けう)の主意(しゆい)にあらず。292正邪(せいじや)を混淆(こんかう)し、293善悪(ぜんあく)を一視(いつし)されては、294聊(いささ)か迷惑(めいわく)の至(いた)りで御座(ござ)います。295又(また)中(なか)には教理(けうり)を能(よ)く体得(たいとく)せざる者(もの)多(おほ)く、296或(ある)パートに依(よ)りては羊頭(やうとう)を掲(かか)げて狗肉(くにく)を鬻(う)る宣伝使(せんでんし)の絶無(ぜつむ)を保証(ほしよう)し難(がた)し。297何教(なにけう)と雖(いへど)も、298創立(さうりつ)の際(さい)は総(すべ)て、299ハーモニーを欠(か)くもの、300何卒(なにとぞ)時節(じせつ)の力(ちから)を待(ま)つてバラモン教(けう)の真価(しんか)を御覧(ごらん)下(くだ)さい。301創立(さうりつ)間(ま)もなき吾(わが)教(をしへ)、302到底(たうてい)ノーマルに適(はま)つた教理(けうり)は、303容易(ようい)に完成(くわんせい)し難(がた)いのは三五教(あななひけう)の創立(さうりつ)当初(たうしよ)に於(お)けると同様(どうやう)でありませう、304アハヽヽヽ』
305と腮(あご)をしやくり、306稍(やや)空(そら)を向(む)いて嘲笑(てうせう)的(てき)に笑(わら)ふのであつた。307鬼雲姫(おにくもひめ)は言葉(ことば)優(やさ)しく、
308鬼雲姫『これはこれは三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)様(さま)、309能(よ)くこそ御(ご)訪問(はうもん)下(くだ)さいました。310教(をしへ)の話(はなし)になりますと自然(しぜん)堅苦(かたぐる)しくなつて、311お座(ざ)が白(しら)けます、312お話(はなし)はゆつくりと後(あと)に承(うけたま)はることに致(いた)しませう。313心許(こころばか)りの馳走(ちそう)、314何卒(なにとぞ)御(ご)遠慮(ゑんりよ)なくお食(あが)り下(くだ)さいませ、315決(けつ)して毒(どく)などは入(はい)つては居(を)りませぬから…………』
316岩彦(いはひこ)『これはこれは思(おも)ひがけなき御(ご)饗応(きやうおう)、317吾々(われわれ)の如(ごと)き乞食(こじき)宣伝使(せんでんし)は、318見(み)た事(こと)も御座(ござ)らぬ山野(さんや)河海(かかい)の珍味(ちんみ)、319有難(ありがた)く頂戴(ちやうだい)致(いた)しませう』
320 鬼雲彦(おにくもひこ)は、321愛子姫(あいこひめ)、322幾代姫(いくよひめ)に向(むか)ひ、
323鬼雲彦『ヤア愛子姫(あいこひめ)、324幾代姫(いくよひめ)の両人(りやうにん)、325遠来(ゑんらい)の珍客(ちんきやく)を犒(ねぎら)う為(ため)、326汝(なんぢ)等(ら)二人(ふたり)はアルマの役(やく)を勤(つと)め、327舞曲(ぶきよく)を演(えん)じて御(おん)目(め)に掛(か)けよ』
328愛子姫、幾代姫『アイ』
329と答(こた)へて、330両女(りやうぢよ)は白扇(はくせん)を開(ひら)き、331春野(はるの)の花(はな)に蝶(てふ)の狂(くる)ふが如(ごと)く、332身(み)も軽々(かるがる)しく長袖(ちやうしう)を翻(ひるがへ)して、333前後(ぜんご)左右(さいう)に踊(をど)り狂(くる)ふた。334顕恩城(けんおんじやう)の上役(うはやく)、335数十(すうじふ)人(にん)は此(この)場(ば)に現(あら)はれ、336酒(さけ)に酔(よ)ひて、337或(あるひ)は舞(ま)ひ、338或(あるひ)は歌(うた)ひ、339遂(つひ)には無礼講(ぶれいかう)と変(へん)じ、340赤裸(まつぱだか)になつて踊(をど)り狂(くる)ふ。341七(しち)人(にん)の宣伝使(せんでんし)は心許(こころゆる)さず、342表面(へうめん)酒(さけ)に酔(よ)ひ潰(つぶ)れたる態(てい)を装(よそほ)ひ、343他愛(たあい)もなく腮(あご)の紐(ひも)を解(と)いて、344或(あるひ)は笑(わら)ひ、345或(あるひ)は歌(うた)ひ、346余念(よねん)なき体(てい)を装(よそほ)うて居(ゐ)た。347不思議(ふしぎ)や数十(すうじふ)人(にん)の顕恩城(けんおんじやう)の上役(うはやく)の面々(めんめん)は、348忽(たちま)ち黒血(くろち)を吐(は)き、349目(め)を剥(む)き、350鼻水(はなみづ)を垂(た)らし、351さしもに広(ひろ)き殿内(でんない)を、352呻吟(うめき)の声(こゑ)と諸共(もろとも)に、353のたうち廻(まは)り、354顔色(がんしよく)或(あるひ)は青(あを)く、355或(あるひ)は黒(くろ)く、356赤(あか)く、357苦悶(くもん)の息(いき)を嵐(あらし)の如(ごと)く吹(ふ)き立(た)てた。358十六(じふろく)人(にん)の美人(びじん)は、359てんでに襷(たすき)を十文字(じふもんじ)にあやどりて、360人々(ひとびと)の介抱(かいほう)に従事(じゆうじ)した。361七(しち)人(にん)の宣伝使(せんでんし)もお附合(つきあひ)に、362苦悶(くもん)の体(てい)を装(よそほ)ひ、363縦横(じうわう)無尽(むじん)に、
364七人の宣伝使『苦(くる)しい苦(くる)しい』
365と言(い)ひ乍(なが)ら、366跳廻(はねまは)るのであつた。367此(この)態(てい)を見(み)て鬼雲彦(おにくもひこ)夫妻(ふさい)は高笑(たかわら)ひ、
368鬼雲彦夫婦『アハヽヽヽ、369汝(なんぢ)太玉(ふとたまの)命(みこと)、370吾(わが)計略(けいりやく)にかかり、371能(よ)くも斃(へた)ばつたな、372口汚(くちぎたな)き宣伝使(せんでんし)、373毒(どく)と知(し)らずに調子(てうし)に乗(の)つて、374命(いのち)を棄(す)つる愚(おろか)さよ。375吁(ああ)、376さり乍(なが)ら味方(みかた)の強者(つはもの)を数多(あまた)殺(ころ)すは残念(ざんねん)なれど、377斯(かく)の如(ごと)き豪傑(がうけつ)を倒(たふ)すには、378多少(たせう)の犠牲(ぎせい)は免(まぬが)れざる所(ところ)、379……ヤアヤア数多(あまた)の家来(けらい)共(ども)、380汝(なんぢ)等(ら)は毒酒(どくしゆ)に酔(よ)ひ今(いま)生命(いのち)を棄(す)つると雖(いへど)も、381バラモン教(けう)の神力(しんりき)に依(よ)つて、382栄光(さかえ)と歓喜(よろこび)とに充(み)てる天国(てんごく)に救(すく)はれ、383永遠(えいゑん)にバラモンの守(まも)り神(がみ)となるべきステーヂなれば心残(こころのこ)さず帰幽(きいう)致(いた)せ、384……ヤア三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)、385予(よ)が身変(しんぺん)不思議(ふしぎ)の神術(かむわざ)には恐(おそ)れ入(い)つたか、386最早(もはや)叶(かな)はぬ全身(ぜんしん)に廻(まは)つた毒酒(どくしゆ)の勢(いきほひ)、387ワツハヽヽヽヽ苛(いぢら)しい者(もの)だなア』
388 此(この)時(とき)愛子姫(あいこひめ)、389幾代姫(いくよひめ)、390五十子(いそこ)姫(ひめ)、391梅子姫(うめこひめ)は、392鬼雲彦(おにくもひこ)に向(むか)ひ、393柳眉(りうび)を逆立(さかだ)て、394懐剣(くわいけん)を抜(ぬ)き放(はな)ち、395四方(しはう)より詰(つ)めかけながら、
396愛子姫たち四人『ヤア汝(なんぢ)こそは悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)の鬼雲彦(おにくもひこ)、397前生(ぜんせい)に於(おい)ては竜宮城(りうぐうじやう)に仕(つか)へ、398神国別(かみくにわけ)の部下(ぶか)とならむとして、399花森彦(はなもりひこの)命(みこと)に妨(さまた)げられ、400是非(ぜひ)なく鬼城山(きじやうざん)の棒振彦(ぼうふりひこ)が砦(とりで)に参加(さんか)し、401神罰(しんばつ)を蒙(かうむ)つて帰幽(きいう)したる悪魔(あくま)の再来(さいらい)、402復(ふたた)び鬼雲彦(おにくもひこ)と現(あら)はれて、403この顕恩郷(けんおんきやう)に城砦(じやうさい)を構(かま)へ、404天下(てんか)を紊(みだ)さむとする悪魔(あくま)の帳本(ちやうほん)、405思(おも)ひ知(し)つたか、406妾(わらは)十六(じふろく)人(にん)の手弱女(たよわめ)は、407神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の密使(みつし)として、408汝(なんぢ)が身辺(しんぺん)に仕(つか)へ、409時機(じき)を待(ま)ちつつありしを悟(さと)らざりしか、410城内(じやうない)の豪(がう)の者(もの)は残(のこ)らず、411汝(なんぢ)の計略(けいりやく)の毒酒(どくしゆ)に酔(よ)ひて、412最早(もはや)命(めい)旦夕(たんせき)に迫(せま)る。413七(しち)人(にん)の宣伝使(せんでんし)には、414清酒(せいしゆ)を与(あた)へ、415元気(げんき)益々(ますます)旺盛(わうせい)となり、416一騎(いつき)当千(たうせん)のヒーロー豪傑(がうけつ)、417最早(もはや)斯(か)くなる上(うへ)は遁(のが)るるに由(よし)なし、418汝(なんぢ)速(すみやか)に前非(ぜんぴ)を悔(く)いて三五教(あななひけう)に従(したが)へよ……返答(へんたふ)如何(いか)に』
419と前後(ぜんご)左右(さいう)より、420鬼雲彦(おにくもひこ)夫婦(ふうふ)に向(むか)つて詰(つ)めかけた。421残(のこ)り十二(じふに)人(にん)の美人(びじん)は、422又(また)もや手(て)に手(て)に懐剣(くわいけん)スラリと引抜(ひきぬ)き、
423十二人『サアサアサア鬼雲彦(おにくもひこ)夫婦(ふうふ)、424返答(へんたふ)如何(いか)に』
425と詰(つ)めかくる。426鬼雲彦(おにくもひこ)は此(こ)は叶(かな)はじと、427夫婦(ふうふ)手(て)に手(て)を執(と)り、428高殿(たかどの)より眼下(がんか)の掘(ほり)を目(め)がけて、429ザンブと許(ばか)り飛込(とびこ)んだ。430パツと立(た)ち上(あが)る水煙(みづけぶり)、431見(み)るも恐(おそ)ろしき二匹(にひき)の大蛇(をろち)となつて雲(くも)を起(おこ)し、432雨(あめ)を呼(よ)び、433風(かぜ)に乗(じやう)じ、434東方(とうはう)波斯(ペルシヤ)の天(てん)を目(め)がけて、435蜒々(えんえん)として空中(くうちう)を泳(およ)ぐが如(ごと)く姿(すがた)を隠(かく)した。
436 太玉(ふとたまの)命(みこと)一行(いつかう)は、437十六(じふろく)人(にん)の女神(めがみ)に向(むか)ひ、
438一行『ハテ心得(こころえ)ぬ貴下(きか)等(ら)の振舞(ふるまひ)、439これには深(ふか)き様子(やうす)のある事(こと)ならむ、440逐一(ちくいち)物語(ものがた)られたし』
441と叮嚀(ていねい)に頭(かしら)を下(さ)げ、442両手(りやうて)をついて挨拶(あいさつ)するを、443愛子姫(あいこひめ)は言葉(ことば)淑(しと)やかに、
444愛子姫『妾(わらは)はコーカス山(ざん)に現(あ)れませる、445神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の娘(むすめ)、446愛子姫(あいこひめ)、447幾代姫(いくよひめ)、448五十子(いそこ)姫(ひめ)、449梅子姫(うめこひめ)、450英子姫(ひでこひめ)、451菊子姫(きくこひめ)、452君子姫(きみこひめ)、453末子姫(すゑこひめ)の八(はち)人(にん)姉妹(けうだい)にて侯(さふらふ)、454これなる八(はち)人(にん)の乙女(をとめ)は妾(わらは)の侍女(じじよ)にして、455浅子姫(あさこひめ)、456岩子姫(いはこひめ)、457今子姫(いまこひめ)、458宇豆姫(うづひめ)、459悦子姫(よしこひめ)、460岸子姫(きしこひめ)、461清子姫(きよこひめ)、462捨子姫(すてこひめ)と申(まを)す者(もの)、463バラモン教(けう)の勢力(せいりよく)旺盛(わうせい)にして、464天下(てんか)の人民(じんみん)を苦(くる)しめ、465邪教(じやけう)を開(ひら)き生成(せいせい)化育(くわいく)の惟神(かむながら)の大道(だいだう)を毀損(きそん)する事(こと)、466日(ひ)に月(つき)に甚(はなはだ)しきを以(もつ)て、467吾(あが)父(ちち)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)は、468妾(わらは)八(はち)人(にん)の姉妹(けうだい)に命(めい)じ、469各(おのおの)身(み)を窶(やつ)し、470或(あるひ)は彼(かれ)が部下(ぶか)に捕(とら)へられ、471或(あるひ)は顕恩郷(けんおんきやう)に踏迷(ふみまよ)ひたる如(ごと)き装(よそほ)ひをなして此(この)城内(じやうない)に運(はこ)び入(い)れられ、472悪魔(あくま)退治(たいぢ)の時機(じき)を待(ま)ちつつありしに、473天(てん)の時(とき)到(いた)りて太玉(ふとたまの)命(みこと)は、474父(ちち)の命(めい)を奉(ほう)じ当城(たうじやう)に現(あら)はれ給(たま)ひしも、475全(まつた)く吾父(わがちち)の水(みづ)も漏(も)らさぬ御(お)経綸(しぐみ)、476又(また)八(はち)人(にん)の侍女(じじよ)は、477今迄(いままで)鬼雲彦(おにくもひこ)の側(そば)近(ちか)く仕(つか)へたるバラモン教(けう)の信徒(しんと)なりしが、478妾(わらは)達(たち)が昼夜(ちうや)の感化(かんくわ)に依(よ)りて、479衷心(ちうしん)より三五教(あななひけう)の教(をしへ)を奉(ほう)ずるに至(いた)りし者(もの)、480最早(もはや)変心(へんしん)するの虞(おそれ)なし。481太玉(ふとたまの)命(みこと)の宣伝使(せんでんし)よ、482彼(かれ)等(ら)八(はち)人(にん)の侍女(じじよ)を妾(わらは)の如(ごと)く愛(あい)し給(たま)ひて、483神業(しんげふ)に参加(さんか)せしめられよ』
484と淀(よど)みなく述(の)べ立(た)つる。485太玉(ふとたまの)命(みこと)は首(かうべ)を傾(かたむ)け、486感歎(かんたん)の声(こゑ)をもらし、
487太玉命『吁(ああ)、488宏遠(くわうゑん)なるかな、489大神(おほかみ)の御(お)経綸(しぐみ)、490吾(われ)等(ら)人心(じんしん)小智(せうち)の窺知(きち)すべき所(ところ)にあらず。491大神(おほかみ)は最愛(さいあい)の御(お)娘子(むすめご)を顕恩郷(けんおんきやう)に乗込(のりこ)ましめ置(お)き乍(なが)ら、492吾(わ)れに向(むか)つて一言(ひとこと)も漏(も)らし給(たま)はず、493顕恩郷(けんおんきやう)に進(すす)めと云(い)ふ御(ご)託宣(たくせん)、494今(いま)に及(およ)んで大神(おほかみ)の御(ご)神慮(しんりよ)は釈然(しやくぜん)として解(と)けたり。495吁(ああ)、496何事(なにごと)も人智(じんち)を棄(す)て、497神(かみ)の命(めい)のまにまに従(したが)ふべしとは此(この)事(こと)なるか、498アヽ有難(ありがた)し、499辱(かたじけ)なし』
500とコーカス山(ざん)の方(はう)に向(むか)つて、501落涙(らくるい)し乍(なが)ら手(て)を合(あは)せ神言(かみごと)を奏上(そうじやう)しける。502六(ろく)人(にん)の宣伝使(せんでんし)を始(はじ)め、503十六(じふろく)人(にん)の女性(ぢよせい)は、504コーカス山(ざん)に向(むか)つて両手(りやうて)を合(あは)し、505太玉(ふとたまの)命(みこと)と共(とも)に天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)した。506忽(たちま)ち何処(いづく)ともなく、507馥郁(ふくいく)たる芳香(はうかう)四辺(しへん)を包(つつ)み、508百千(ひやくせん)の音楽(おんがく)嚠喨(りうりやう)として響(ひび)き渡(わた)り、509紫(むらさき)の雲(くも)天空(てんくう)より此(この)場(ば)に下(くだ)り来(きた)り、510容色(ようしよく)端麗(たんれい)なる女神(めがみ)の姿(すがた)、511中空(ちうくう)に忽然(こつぜん)として現(あら)はれ、
512女神『われは妙音(めうおん)菩薩(ぼさつ)なり、513汝(なんぢ)が行手(ゆくて)を守(まも)らむ、514益々(ますます)勇気(ゆうき)を励(はげ)まし神業(しんげふ)に参加(さんか)せよ。515また、516安彦(やすひこ)、517国彦(くにひこ)、518道彦(みちひこ)を始(はじ)め、519田加彦(たかひこ)、520百舌彦(もずひこ)の五(ご)人(にん)は、521一旦(いつたん)エデン河(がは)の濁流(だくりう)に溺(おぼ)れて帰幽(きいう)せりと雖(いへど)も、522未(ま)だ宿世(しゆくせ)の因縁(いんねん)尽(つ)きず、523イヅの河辺(かはべ)に於(おい)て、524汝(なんぢ)等(ら)に邂逅(かいこう)せば彼(かれ)も亦(また)再(ふたた)び神業(しんげふ)に参加(さんか)するを得(え)む。525一(いち)時(じ)も早(はや)く、526太玉(ふとたまの)命(みこと)は本城(ほんじやう)に留(とど)まり、527愛子姫(あいこひめ)浅子姫(あさこひめ)は太玉(ふとたまの)命(みこと)の身辺(しんぺん)を保護(ほご)し、528其(その)他(た)の宣伝使(せんでんし)と女人(めがみ)はエデン河(がは)を渡(わた)りて、529イヅ河(がは)に向(むか)へ、530ゆめゆめ疑(うたが)ふ事(こと)勿(なか)れ』
531と云(い)ふかと見(み)れば、532姿(すがた)は掻(か)き消(け)す如(ごと)く、533百千(ひやくせん)の音楽(おんがく)は天(てん)に向(むか)つて追々(おひおひ)と消(き)えて行(ゆ)く。534一同(いちどう)は声(こゑ)する方(はう)に向(むか)つて恭敬(きようけい)礼拝(れいはい)し、535感謝(かんしや)の意(い)を表(へう)したりける。
536(大正一一・四・一 旧三・五 松村真澄録)
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