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霊界物語
如意宝珠(第13~24巻)
第15巻(寅の巻)
序
凡例
総説歌
第1篇 正邪奮戦
第1章 破羅門
第2章 途上の変
第3章 十六花
第4章 神の栄光
第5章 五天狗
第6章 北山川
第7章 釣瓶攻
第8章 ウラナイ教
第9章 薯蕷汁
第10章 神楽舞
第2篇 古事記言霊解
第11章 大蛇退治の段
第3篇 神山霊水
第12章 一人旅
第13章 神女出現
第14章 奇の岩窟
第15章 山の神
第16章 水上の影
第17章 窟の酒宴
第18章 婆々勇
第4篇 神行霊歩
第19章 第一天国
第20章 五十世紀
第21章 帰顕
第22章 和と戦
第23章 八日の月
跋文
余白歌
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<<< 一人旅
(B)
(N)
奇の岩窟 >>>
第一三章
神女
(
しんぢよ
)
出現
(
しゆつげん
)
〔五八〇〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻
篇:
第3篇 神山霊水
よみ(新仮名遣い):
しんざんれいすい
章:
第13章 神女出現
よみ(新仮名遣い):
しんじょしゅつげん
通し章番号:
580
口述日:
1922(大正11)年04月03日(旧03月07日)
口述場所:
筆録者:
松村真澄
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1922(大正11)年12月5日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
神素盞嗚大神は、天の岩戸の変の責任を一身に負って、世界漂泊の旅に出た。神素盞嗚大神は、神代における武勇絶倫の英雄である。山に囲まれた西蔵の国にお出でになった。
鬼掴はその昔、ペテロの都に現れた道貴彦の弟で、高国別の後身である。何度か生まれ変わった後、神命により地教山で神素盞嗚大神の登山を邪魔したが、実は大神を助けようと待ち望んでいたのである。
二人は雪深いラサフの都で一夜の宿を取ろうと一軒の藁屋を叩いた。この家の者によると、神素盞嗚大神がお隠れになって以来、邪神がはびこり、そのため国人のうちで心あるものは、茶断ち・塩断ちをして大神の再臨を待ち望んでいるのだ、という。
二人は夜中に人声で目を覚ました。神素盞嗚大神は、高国別に様子を探ってくるように命じた。高国別が忍び足で声のする方に行くと、大勢の男女が野原で祈願をしている。そして一人の幣を持った男について、丘に向かって走っていく。
高国別は一同の後を追っていくと、不思議にも皆、姿を消してしまった。高国別が丘の上に行くと、一人の娘がもろ手を組んでうつむいている。
高国別は娘に声をかけるが、返事がない。やにわに娘は高国別に紐をかけると、背負って走り出した。しかししばらくして倒れてしまった。高国別は凄んで、娘に訳を聞こうとするが、娘は高国別の素性や神素盞嗚大神のことを知っている風である。
高国別はてっきり邪神の化身と思って娘を問いただすが、娘ははぐらかした答えしかしない。高国別は娘の頭がおかしいと思って去ろうとするが、娘はまたしても紐で高国別を引っ掛け戻し、おかしな問答を続ける。
高国別は消えた村人たちの後を追ってその場を去ろうとすると、たちまち地が凹み、地の底に落ち込んでしまった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-01-16 01:43:43
OBC :
rm1513
愛善世界社版:
154頁
八幡書店版:
第3輯 337頁
修補版:
校定版:
154頁
普及版:
69頁
初版:
ページ備考:
001
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
は
002
天
(
あま
)
の
岩戸
(
いはと
)
の
変
(
へん
)
に
依
(
よ
)
り
003
百千万
(
ももちよろづ
)
の
罪
(
つみ
)
咎
(
とが
)
を
004
其
(
その
)
身
(
み
)
一
(
ひと
)
つに
引受
(
ひきう
)
けて
005
千座
(
ちくら
)
置戸
(
おきど
)
の
艱難
(
かんなん
)
辛苦
(
しんく
)
006
神
(
かみ
)
の
御運
(
みうん
)
も
葦原
(
あしはら
)
の
007
瑞穂
(
みづほ
)
の
国
(
くに
)
を
此処
(
ここ
)
彼処
(
かしこ
)
008
漂
(
さすら
)
ひの
旅
(
たび
)
に
出立
(
いでた
)
ち
給
(
たま
)
ひしより
009
今
(
いま
)
まで
影
(
かげ
)
を
潜
(
ひそ
)
めたる
010
八岐
(
やまた
)
大蛇
(
をろち
)
や
金毛
(
きんまう
)
九尾
(
きうび
)
011
醜
(
しこ
)
の
曲鬼
(
まがおに
)
遠近
(
をちこち
)
に
012
又
(
また
)
もや
頭
(
かしら
)
を
擡
(
もた
)
げつつ
013
此
(
この
)
世
(
よ
)
を
紊
(
みだ
)
すウラル
教
(
けう
)
014
バラモン
教
(
けう
)
やウラナイの
015
教
(
をしへ
)
の
道
(
みち
)
の
人々
(
ひとびと
)
の
016
肉
(
にく
)
の
宮居
(
みやゐ
)
を
宿
(
やど
)
となし
017
以前
(
いぜん
)
に
勝
(
まさ
)
る
悪逆
(
あくぎやく
)
無道
(
ぶだう
)
018
世人
(
よびと
)
の
心
(
こころ
)
は
悉
(
ことごと
)
く
019
ねぢけ
曲
(
まが
)
りて
一柱
(
ひとはしら
)
020
誠
(
まこと
)
を
守
(
まも
)
る
者
(
もの
)
も
無
(
な
)
く
021
世
(
よ
)
は
日
(
ひ
)
に
月
(
つき
)
に
曇
(
くも
)
り
行
(
ゆ
)
く
022
遠近
(
をちこち
)
の
山
(
やま
)
の
伊保理
(
いほり
)
や
川
(
かは
)
の
瀬
(
せ
)
に
023
伊猛
(
いたけ
)
り
狂
(
くる
)
ふ
曲神
(
まがかみ
)
の
024
声
(
こゑ
)
は
嵐
(
あらし
)
か
雷
(
いかづち
)
か
025
譬
(
たと
)
ふる
由
(
よし
)
も
地震
(
なゐふる
)
の
026
一
(
いち
)
時
(
じ
)
に
轟
(
とどろ
)
く
騒
(
さわ
)
がしさ
027
山川
(
やまかは
)
どよみ
草木
(
くさき
)
枯
(
か
)
れ
028
非時
(
ときじく
)
雨
(
あめ
)
は
降
(
ふ
)
り
頻
(
しき
)
り
029
風
(
かぜ
)
荒
(
あら
)
らぎて
家
(
いへ
)
を
倒
(
たふ
)
し
030
木々
(
きぎ
)
の
梢
(
こづゑ
)
は
裂
(
さ
)
き
折
(
お
)
られ
031
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
は
破
(
やぶ
)
れて
鋸
(
のこぎり
)
の
032
歯
(
は
)
を
見
(
み
)
る
如
(
ごと
)
くなりにけり。
033
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
は、
034
神代
(
かみよ
)
に
於
(
お
)
ける
武勇
(
ぶゆう
)
絶倫
(
ぜつりん
)
の
英勇
(
えいゆう
)
にして、
035
仁慈
(
じんじ
)
の
権化
(
ごんげ
)
とも
称
(
たた
)
ふべき、
036
瑞霊
(
みづのみたま
)
の
雄々
(
をを
)
しき
姿
(
すがた
)
、
037
漆
(
うるし
)
の
如
(
ごと
)
き
黒髪
(
くろかみ
)
を
長
(
なが
)
く
背後
(
はいご
)
に
垂
(
た
)
れ
給
(
たま
)
ひ、
038
秩序
(
ちつじよ
)
整然
(
せいぜん
)
たる
鼻下
(
びか
)
の
八字鬚
(
はちじひげ
)
、
039
下頤
(
したあご
)
の
御
(
おん
)
鬚
(
ひげ
)
は、
040
瑠璃光
(
るりくわう
)
の
如
(
ごと
)
く
麗
(
うるは
)
しく、
041
長
(
なが
)
く
胸先
(
むなさき
)
に
垂
(
た
)
れ
給
(
たま
)
ひ、
042
雨
(
あめ
)
に
浴
(
よく
)
し
風
(
かぜ
)
に
梳
(
くしけづ
)
り、
043
山
(
やま
)
と
山
(
やま
)
とに
囲
(
かこ
)
まれし、
044
西蔵国
(
チベツトこく
)
に
出
(
い
)
で
給
(
たま
)
ふ。
045
地教山
(
ちけうざん
)
に
現
(
あら
)
はれて、
046
一度
(
いちど
)
は
尊
(
みこと
)
の
登山
(
とざん
)
を
塞
(
ふさ
)
ぎ
奉
(
まつ
)
りし
鬼掴
(
おにつかみ
)
は、
047
昔
(
むかし
)
ペテロの
都
(
みやこ
)
に
在
(
あ
)
りて、
048
道貴彦
(
みちたかひこ
)
の
弟
(
おとうと
)
と
生
(
うま
)
れたる
高国別
(
たかくにわけ
)
の
後身
(
こうしん
)
、
049
幾度
(
いくたび
)
か
顕幽
(
けんいう
)
二界
(
にかい
)
に
出没
(
しゆつぼつ
)
し、
050
又
(
また
)
も
身魂
(
みたま
)
は
神界
(
しんかい
)
の、
051
高天原
(
たかあまはら
)
に
現
(
あら
)
はれて、
052
天
(
あま
)
の
岩戸
(
いはと
)
の
大変
(
たいへん
)
に
差加
(
さしくは
)
はりし
剛
(
がう
)
の
者
(
もの
)
、
053
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
の、
054
清
(
きよ
)
き
御心
(
みこころ
)
推
(
を
)
しはかり、
055
義侠
(
ぎけふ
)
に
富
(
と
)
める
逸男
(
はやりを
)
の、
056
いかで
此
(
この
)
儘
(
まま
)
過
(
す
)
ごすべき、
057
天教山
(
てんけうざん
)
に
坐
(
ま
)
しませる、
058
皇
(
すめ
)
大神
(
おほかみ
)
の
御言
(
みこと
)
もて、
059
地教
(
ちけう
)
の
山
(
やま
)
に
立
(
た
)
ち
向
(
むか
)
ひ、
060
一度
(
いちど
)
は
神命
(
しんめい
)
もだし
難
(
がた
)
く、
061
瑞
(
みづ
)
の
霊
(
みたま
)
の
大神
(
おほかみ
)
に、
062
刃向
(
はむか
)
ひまつり、
063
尊
(
みこと
)
の
登山
(
とざん
)
を
悩
(
なや
)
まさむとしたりしが、
064
心
(
こころ
)
の
奥
(
おく
)
は
裏表
(
うらおもて
)
、
065
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
を、
066
心
(
こころ
)
の
限
(
かぎ
)
り
身
(
み
)
の
限
(
かぎ
)
り、
067
助
(
たす
)
け
奉
(
まつ
)
らむものをとて、
068
地教
(
ちけう
)
の
山
(
やま
)
に
夫
(
そ
)
れとなく、
069
尊
(
みこと
)
の
登
(
のぼ
)
り
来
(
き
)
ませるを、
070
今
(
いま
)
か
今
(
いま
)
かと
待
(
ま
)
ち
居
(
ゐ
)
たる、
071
其
(
その
)
御心
(
みこころ
)
ぞ
尊
(
たふと
)
けれ。
072
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
は、
073
高国別
(
たかくにわけ
)
を
伴
(
とも
)
なひて、
074
地教
(
ちけう
)
の
山
(
やま
)
を
後
(
あと
)
にして、
075
青垣山
(
あをがきやま
)
を
繞
(
めぐ
)
らせる、
076
豊葦原
(
とよあしはら
)
の
秘密国
(
ひみつくに
)
、
077
凩
(
こがらし
)
荒
(
すさ
)
び
雪
(
ゆき
)
深
(
ふか
)
き、
078
ラサフの
都
(
みやこ
)
に
差掛
(
さしかか
)
る、
079
斯
(
か
)
かる
例
(
ためし
)
は
昔
(
むかし
)
より、
080
まだ
荒風
(
あらかぜ
)
のすさぶ
野
(
の
)
を、
081
神
(
かみ
)
を
力
(
ちから
)
に
誠
(
まこと
)
を
杖
(
つゑ
)
に、
082
心
(
こころ
)
の
駒
(
こま
)
の
嘶
(
いなな
)
きに、
083
勇
(
いさ
)
み
進
(
すす
)
んで
出
(
い
)
でて
行
(
ゆ
)
く。
084
一天
(
いつてん
)
俄
(
にはか
)
に
掻
(
か
)
き
曇
(
くも
)
り、
085
灰色
(
はいいろ
)
の
空
(
そら
)
ドンヨリと、
086
包
(
つつ
)
む
折
(
をり
)
しも
降
(
ふ
)
り
来
(
きた
)
る、
087
激
(
はげ
)
しき
雪
(
ゆき
)
に
二柱
(
ふたはしら
)
、
088
とある
藁屋
(
わらや
)
に
駆
(
か
)
け
込
(
こ
)
みて、
089
一夜
(
いちや
)
の
宿
(
やど
)
を
請
(
こ
)
ひ
給
(
たま
)
ふ。
090
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
は
門口
(
かどぐち
)
に
立
(
た
)
ち、
091
声
(
こゑ
)
も
静
(
しづか
)
に、
092
素盞嗚尊
『
吾々
(
われわれ
)
は
漂
(
さすら
)
ひの
旅
(
たび
)
を
致
(
いた
)
す
二人
(
ふたり
)
連
(
づれ
)
、
093
雪
(
ゆき
)
に
閉
(
とざ
)
され
日
(
ひ
)
は
暮果
(
くれは
)
て、
094
行手
(
ゆくて
)
に
困
(
こま
)
り、
095
困難
(
こんなん
)
を
致
(
いた
)
す
者
(
もの
)
何卒
(
なにとぞ
)
お
慈悲
(
じひ
)
に
一夜
(
いちや
)
の
宿
(
やど
)
を
許
(
ゆる
)
せかし』
096
と
訪
(
おとな
)
ひ
給
(
たま
)
へば、
097
娘
『アイ』
098
と
答
(
こた
)
へて
一人
(
ひとり
)
の
浦若
(
うらわか
)
き
娘
(
むすめ
)
、
099
門口
(
かどぐち
)
に
立
(
た
)
ち
現
(
あら
)
はれ、
100
娘
『これはこれは
旅
(
たび
)
のお
方
(
かた
)
様
(
さま
)
、
101
さぞ
雪
(
ゆき
)
にお
困
(
こま
)
りで
御座
(
ござ
)
いましたでせう。
102
みすぼらしい
茅屋
(
あばらや
)
なれど、
103
奥
(
おく
)
には
相当
(
さうたう
)
の
広
(
ひろ
)
き
居室
(
ゐま
)
も
御座
(
ござ
)
いますれば、
104
どうぞ
御寛
(
ごゆる
)
りと
御
(
ご
)
休息
(
きうそく
)
を
願
(
ねが
)
ひます』
105
尊
(
みこと
)
は、
106
素盞嗚尊
『アヽ
世界
(
せかい
)
に
鬼
(
おに
)
はないもの……
夫
(
そ
)
れは
千万
(
せんばん
)
忝
(
かたじけ
)
ない、
107
御
(
お
)
言葉
(
ことば
)
にあまえ、
108
今晩
(
こんばん
)
はお
世話
(
せわ
)
になりませう』
109
娘
『どうぞ、
110
そうなさつて
下
(
くだ
)
さいませ、
111
奥
(
おく
)
へ
御
(
ご
)
案内
(
あんない
)
致
(
いた
)
しませう』
112
と
娘
(
むすめ
)
は
淑
(
しと
)
やかに、
113
足許
(
あしもと
)
優
(
やさ
)
しく
奥
(
おく
)
の
一室
(
ひとま
)
に
二人
(
ふたり
)
を
導
(
みちび
)
き
行
(
ゆ
)
く。
114
二人
(
ふたり
)
は
娘
(
むすめ
)
の
案内
(
あんない
)
に
連
(
つ
)
れ、
115
奥
(
おく
)
の
一室
(
ひとま
)
の
囲炉裡
(
ゐろり
)
の
前
(
まへ
)
に
安坐
(
あんざ
)
して、
116
手
(
て
)
をあぶりつつ、
117
ヒソヒソと
話
(
はなし
)
に
耽
(
ふけ
)
り
給
(
たま
)
ふ。
118
此
(
この
)
時
(
とき
)
主人
(
しゆじん
)
らしき
男
(
をとこ
)
揉手
(
もみて
)
をし
乍
(
なが
)
ら
此
(
この
)
場
(
ば
)
に
現
(
あら
)
はれ、
119
二人
(
ふたり
)
に
向
(
むか
)
つて
叮嚀
(
ていねい
)
に
会釈
(
ゑしやく
)
し、
120
主人
『これはこれは
旅
(
たび
)
の
御
(
お
)
方
(
かた
)
様
(
さま
)
、
121
能
(
よ
)
くも
此
(
この
)
茅屋
(
あばらや
)
に
御
(
ご
)
逗留
(
とうりう
)
下
(
くだ
)
さいました。
122
何分
(
なにぶん
)
焚物
(
たきもの
)
の
不自由
(
ふじゆう
)
な
所
(
ところ
)
にて、
123
嘸
(
さぞ
)
お
困
(
こま
)
りで
御座
(
ござ
)
いませう』
124
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
125
黎牛
(
やく
)
の
糞
(
ふん
)
の
乾
(
かわ
)
きたるを
籠
(
かご
)
に
盛
(
も
)
りて、
126
囲炉裡
(
ゐろり
)
に
焚
(
く
)
べ、
127
室
(
しつ
)
を
暖
(
あたた
)
めるのであつた。
128
此
(
この
)
地方
(
ちはう
)
は
四面
(
しめん
)
高山
(
かうざん
)
に
包
(
つつ
)
まれたる、
129
世界
(
せかい
)
の
秘密国
(
ひみつこく
)
にして、
130
交通
(
かうつう
)
不便
(
ふべん
)
の
土地
(
とち
)
なれば、
131
他国人
(
たこくじん
)
の
入国
(
にふこく
)
を
許
(
ゆる
)
さざる
所
(
ところ
)
である。
132
されど
高天原
(
たかあまはら
)
の
大事変
(
だいじへん
)
より、
133
人心
(
じんしん
)
大
(
おほい
)
に
軟化
(
なんくわ
)
し、
134
稍
(
やや
)
世界
(
せかい
)
同胞
(
どうはう
)
主義
(
しゆぎ
)
に
傾
(
かたむ
)
きたる
折柄
(
をりから
)
なれば、
135
他国人
(
たこくじん
)
の
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
るを、
136
今
(
いま
)
は
反対
(
はんたい
)
に
歓迎
(
くわんげい
)
し、
137
物珍
(
ものめづ
)
らしがりて、
138
部落
(
ぶらく
)
の
老若
(
らうにやく
)
男女
(
なんによ
)
先
(
さき
)
を
争
(
あらそ
)
ひ
訪
(
たづ
)
ね
来
(
きた
)
り、
139
面白
(
おもしろ
)
き
話
(
はなし
)
を
聴聞
(
ちやうもん
)
せむとするのである。
140
平素
(
へいそ
)
の
燃料
(
ねんれう
)
は
麦藁
(
むぎわら
)
又
(
また
)
は
黎牛
(
やく
)
の
糞
(
ふん
)
を
乾
(
かわ
)
かせて
用
(
もち
)
ゐ、
141
麦
(
むぎ
)
を
炒
(
い
)
りて
粉末
(
こな
)
とし、
142
食料
(
しよくれう
)
として
居
(
ゐ
)
る。
143
一時
(
ひととき
)
晴
(
は
)
るれば、
144
一時
(
ひととき
)
雪
(
ゆき
)
霰
(
あられ
)
降
(
ふ
)
り
来
(
きた
)
り、
145
天候
(
てんこう
)
常
(
つね
)
に
定
(
さだ
)
まらざる
土地
(
とち
)
である。
146
世界
(
せかい
)
に
於
(
お
)
ける
大高地
(
だいかうち
)
なれば、
147
穀物
(
こくもつ
)
も
余
(
あま
)
り
豊熟
(
ほうじゆく
)
ならず、
148
豊作
(
ほうさく
)
の
年
(
とし
)
と
雖
(
いへど
)
も、
149
例
(
たと
)
へば
五升
(
ごしよう
)
の
麦種
(
むぎだね
)
を
蒔
(
ま
)
いて、
150
一斗
(
いつと
)
の
収穫
(
しうくわく
)
を
得
(
う
)
れば、
151
是
(
これ
)
を
以
(
もつ
)
て
豊作
(
ほうさく
)
となす
位
(
くらゐ
)
な
所
(
ところ
)
である。
152
この
家
(
や
)
の
主人
(
あるじ
)
の
名
(
な
)
はカナンと
云
(
い
)
ふ。
153
カナンは
炒麦
(
いりむぎ
)
の
粉
(
こ
)
を
木
(
き
)
の
椀
(
わん
)
に
盛
(
も
)
り、
154
茶
(
ちや
)
を
沸
(
わ
)
かせ
持
(
も
)
ち
来
(
きた
)
り
両手
(
りやうて
)
をつき、
155
カナン
『お
二人
(
ふたり
)
のお
方
(
かた
)
、
156
御存
(
ごぞん
)
じの
通
(
とほ
)
り
不便
(
ふべん
)
の
土地
(
とち
)
、
157
他国
(
たこく
)
の
方
(
かた
)
に
差上
(
さしあ
)
ぐる
様
(
やう
)
な
物
(
もの
)
は
御座
(
ござ
)
いませぬが、
158
此
(
こ
)
れが
吾々
(
われわれ
)
の
国
(
くに
)
にては、
159
最良
(
さいりやう
)
の
馳走
(
ちそう
)
で
御座
(
ござ
)
いますれば、
160
ゆるゆる
召
(
め
)
しあがり
下
(
くだ
)
さいませ』
161
と
言
(
い
)
ひ
棄
(
す
)
てて
一室
(
ひとま
)
に
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
したり。
162
二人
(
ふたり
)
は
麦
(
むぎ
)
の
炒粉
(
いりこ
)
に
茶
(
ちや
)
を
注
(
そそ
)
ぎ、
163
匙
(
さじ
)
もて
捏
(
こ
)
ね
乍
(
なが
)
ら
食事
(
しよくじ
)
せる
最中
(
さいちう
)
に、
164
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
美
(
うつく
)
しき
娘
(
むすめ
)
この
場
(
ば
)
に
立現
(
たちあら
)
はれ、
165
叮嚀
(
ていねい
)
に
両手
(
りやうて
)
をついて
辞儀
(
じぎ
)
をなし、
166
一度
(
いちど
)
に
立
(
た
)
つて
歌
(
うた
)
を
歌
(
うた
)
ひ
且
(
かつ
)
舞
(
ま
)
ひ、
167
二人
(
ふたり
)
の
旅
(
たび
)
の
疲
(
つか
)
れを
慰
(
なぐさ
)
めむと
努
(
つと
)
むる
様子
(
やうす
)
なり。
168
素盞嗚尊
『ヤア
各
(
おのおの
)
方
(
がた
)
、
169
遅
(
おそ
)
がけに
参
(
まゐ
)
り、
170
御
(
お
)
邪魔
(
じやま
)
を
致
(
いた
)
した
上
(
うへ
)
、
171
結構
(
けつこう
)
な
馳走
(
ちそう
)
に
預
(
あづか
)
り、
172
実
(
じつ
)
に
満足
(
まんぞく
)
の
至
(
いた
)
りである。
173
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
は
此
(
この
)
家
(
や
)
の
娘
(
むすめ
)
なりや』
174
と
言葉
(
ことば
)
も
終
(
をは
)
らざるに、
175
年長
(
としかさ
)
の
娘
(
むすめ
)
、
176
娘
『ハイ
妾
(
わたし
)
は
此
(
この
)
家
(
や
)
の
主人
(
あるじ
)
カナンの
妻
(
つま
)
で
御座
(
ござ
)
います。
177
此処
(
ここ
)
に
居
(
を
)
りまする
女
(
をんな
)
は、
178
皆
(
みな
)
妾
(
わたし
)
の
姉妹
(
きやうだい
)
何
(
いづ
)
れもカナンの
妻
(
つま
)
となつて
楽
(
たの
)
しき
月日
(
つきひ
)
を
送
(
おく
)
る
者
(
もの
)
、
179
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
高天原
(
たかあまはら
)
より
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
、
180
千座
(
ちくら
)
の
置戸
(
おきど
)
を
負
(
お
)
はせ
給
(
たま
)
ひ、
181
何処
(
いづく
)
ともなく
落
(
お
)
ち
行
(
ゆ
)
き
給
(
たま
)
ひしより、
182
今迄
(
いままで
)
平穏
(
へいおん
)
無事
(
ぶじ
)
なりし
此
(
この
)
秘密郷
(
ひみつきやう
)
に、
183
ウラナイ
教
(
けう
)
の
魔神
(
まがみ
)
侵入
(
しんにふ
)
し
来
(
きた
)
り、
184
古来
(
こらい
)
の
風俗
(
ふうぞく
)
を
攪乱
(
かくらん
)
し、
185
人心
(
じんしん
)
恟々
(
きようきよう
)
として
安
(
やす
)
き
心
(
こころ
)
無
(
な
)
き
折柄
(
をりから
)
、
186
又
(
また
)
もやバラモン
教
(
けう
)
の
邪神
(
じやしん
)
、
187
潮
(
うしほ
)
の
如
(
ごと
)
く
押寄
(
おしよ
)
せ
来
(
きた
)
り、
188
今
(
いま
)
や
国内
(
こくない
)
は
恰
(
あたか
)
も
修羅
(
しゆら
)
の
巷
(
ちまた
)
の
惨状
(
さんじやう
)
で
御座
(
ござ
)
います。
189
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
が
此
(
この
)
大地
(
だいち
)
の
御
(
おん
)
主宰
(
つかさ
)
と
現
(
あら
)
はれましたる
世
(
よ
)
は、
190
此
(
この
)
秘密郷
(
ひみつきやう
)
も
実
(
じつ
)
に
天国
(
てんごく
)
楽土
(
らくど
)
の
様
(
やう
)
なもので
御座
(
ござ
)
いましたが、
191
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
がお
隠
(
かく
)
れ
以来
(
いらい
)
と
云
(
い
)
ふものは、
192
俄
(
にはか
)
に
国外
(
こくぐわい
)
より
諸々
(
もろもろ
)
の
悪神
(
あくがみ
)
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
つて、
193
種々
(
しゆじゆ
)
の
変異
(
へんい
)
をなし、
194
此
(
この
)
儘
(
まま
)
に
放任
(
はうにん
)
せば、
195
忽
(
たちま
)
ち
地獄道
(
ぢごくだう
)
を
現出
(
げんしゆつ
)
するやも
計
(
はか
)
り
難
(
がた
)
しと、
196
国人
(
くにびと
)
の
心
(
こころ
)
ある
者
(
もの
)
は、
197
再
(
ふたた
)
び
大神
(
おほかみ
)
の
出現
(
しゆつげん
)
を
希
(
こひねが
)
ひ、
198
茶
(
ちや
)
断
(
た
)
ち
塩
(
しほ
)
断
(
た
)
ち
火
(
ひ
)
の
物
(
もの
)
断
(
た
)
ちを
致
(
いた
)
し、
199
天
(
てん
)
に
祈願
(
きぐわん
)
を
籠
(
こ
)
めて
居
(
を
)
ります。
200
夫故
(
それゆゑ
)
ここ
一月
(
ひとつき
)
許
(
ばか
)
りは、
201
吾々
(
われわれ
)
は
総
(
すべ
)
ての
飲食
(
いんしよく
)
を
断
(
た
)
ち、
202
日夜
(
にちや
)
祈願
(
きぐわん
)
を
凝
(
こ
)
らし、
203
善根
(
ぜんこん
)
を
励
(
はげ
)
み
居
(
を
)
りまする
様
(
やう
)
の
次第
(
しだい
)
、
204
御
(
お
)
相手
(
あひて
)
も
仕
(
つかまつ
)
らず、
205
御
(
ご
)
無礼
(
ぶれい
)
の
段
(
だん
)
は、
206
右様
(
みぎやう
)
の
次第
(
しだい
)
なれば、
207
何
(
なに
)
とぞ
悪
(
あし
)
からず
御
(
おん
)
見直
(
みなほ
)
して
下
(
くだ
)
さいませ、
208
一同
(
いちどう
)
の
姉妹
(
きやうだい
)
に
代
(
かは
)
りて
御
(
お
)
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します』
209
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
は
双手
(
もろて
)
を
組
(
く
)
み、
210
両眼
(
りやうがん
)
より
涙
(
なみだ
)
をホロホロと
落
(
おと
)
し、
211
黙然
(
もくねん
)
として
吐息
(
といき
)
をつき
給
(
たま
)
ふ。
212
高国別
(
たかくにわけ
)
『アヽ
実
(
じつ
)
に
感心
(
かんしん
)
だ、
213
有難
(
ありがた
)
い
有難
(
ありがた
)
い。
214
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
国人
(
くにびと
)
が
憧憬
(
どうけい
)
する、
215
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
様
(
さま
)
は、
216
即
(
すなは
)
ち
此処
(
ここ
)
に……
否
(
いな
)
……やがて
此
(
この
)
国
(
くに
)
に
御
(
ご
)
降臨
(
かうりん
)
遊
(
あそ
)
ばして、
217
汝
(
なんぢ
)
等
(
ら
)
が
望
(
のぞ
)
みを
叶
(
かな
)
へさして
下
(
くだ
)
さるであらう、
218
必
(
かなら
)
ず
心配
(
しんぱい
)
されなよ』
219
カエン
『
妾
(
わたし
)
はカナンの
妻
(
つま
)
カエンと
申
(
まを
)
す
者
(
もの
)
、
220
どうぞ
宜
(
よろ
)
しくお
願
(
ねが
)
ひ
致
(
いた
)
します。
221
十日
(
とをか
)
も
二十日
(
はつか
)
も、
222
百
(
ひやく
)
日
(
にち
)
も、
223
永
(
なが
)
く
御
(
ご
)
逗留
(
とうりう
)
を
願
(
ねが
)
ひます。
224
何分
(
なにぶん
)
此
(
この
)
国
(
くに
)
は
食物
(
しよくもつ
)
の
穫
(
と
)
れない
国
(
くに
)
で
御座
(
ござ
)
いまするから、
225
家
(
いへ
)
を
増加
(
ふや
)
す
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ませぬので、
226
此
(
この
)
通
(
とほ
)
り
一戸
(
いつこ
)
の
内
(
うち
)
に
家内
(
かない
)
が
沢山
(
たくさん
)
居
(
を
)
るので
御座
(
ござ
)
います。
227
吾
(
わが
)
夫
(
をつと
)
は
妾
(
わたし
)
が
兄
(
あに
)
で
御座
(
ござ
)
います』
228
高国別
(
たかくにわけ
)
『さうすると、
229
此
(
この
)
国
(
くに
)
は
一夫
(
いつぷ
)
多妻
(
たさい
)
主義
(
しゆぎ
)
だな』
230
カエン
『ハイハイ、
231
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず、
232
妾
(
わたし
)
の
家庭
(
かてい
)
は
一夫
(
いつぷ
)
多妻
(
たさい
)
、
233
家
(
いへ
)
に
依
(
よ
)
りては
多夫
(
たふ
)
一妻
(
いつさい
)
の
所
(
ところ
)
も
御座
(
ござ
)
います』
234
高国別
(
たかくにわけ
)
『ハテナア、
235
モルモン
宗
(
しう
)
の
様
(
やう
)
だワイ』
236
カエン
『ホヽヽヽヽ……
夜
(
よ
)
も
早
(
はや
)
深更
(
しんかう
)
に
及
(
およ
)
びました、
237
どうぞ
御寛
(
ごゆる
)
りと
御
(
お
)
就寝
(
やす
)
み
下
(
くだ
)
さいませ』
238
と
五
(
ご
)
人
(
にん
)
は
一度
(
いちど
)
に
挨拶
(
あいさつ
)
をし
乍
(
なが
)
ら、
239
次
(
つぎ
)
の
室
(
ま
)
に
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
したり。
240
尊
(
みこと
)
『
高国別
(
たかくにわけ
)
殿
(
どの
)
、
241
今晩
(
こんばん
)
はゆるりと
寝
(
やす
)
まして
貰
(
もら
)
はうかい』
242
高国別
(
たかくにわけ
)
『
有難
(
ありがた
)
う
御座
(
ござ
)
います』
243
と
傍
(
かたはら
)
の
物入
(
ものいれ
)
より
獣
(
けだもの
)
の
皮
(
かは
)
を
取
(
と
)
り
出
(
だ
)
し、
244
之
(
こ
)
れを
敷
(
し
)
き、
245
幾枚
(
いくまい
)
も
幾枚
(
いくまい
)
も
重
(
かさ
)
ねて、
246
二人
(
ふたり
)
は
安々
(
やすやす
)
と
寝
(
しん
)
に
就
(
つ
)
き
玉
(
たま
)
ひける。
247
此
(
この
)
国
(
くに
)
の
風俗
(
ふうぞく
)
は、
248
戸数
(
こすう
)
を
増加
(
ふや
)
す
事
(
こと
)
を
互
(
たがひ
)
に
戒
(
いまし
)
めて
居
(
を
)
る。
249
例
(
たと
)
へば
六
(
ろく
)
人
(
にん
)
の
兄弟
(
きやうだい
)
があつて、
250
其
(
その
)
中
(
うち
)
の
一人
(
ひとり
)
が
男
(
をとこ
)
であれば、
251
此
(
この
)
男
(
をとこ
)
を
夫
(
をつと
)
とし、
252
決
(
けつ
)
して
他家
(
たけ
)
へ
縁付
(
えんづき
)
はせないのである。
253
又
(
また
)
一戸
(
いつこ
)
の
家
(
うち
)
に
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
があり、
254
一人
(
ひとり
)
の
娘
(
むすめ
)
の
出来
(
でき
)
た
時
(
とき
)
は、
255
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
夫
(
をつと
)
に
一人
(
ひとり
)
の
妻
(
つま
)
といふ
不文律
(
ふぶんりつ
)
が
行
(
おこな
)
はれて
居
(
ゐ
)
る。
256
夫
(
そ
)
れ
故
(
ゆゑ
)
男子
(
だんし
)
許
(
ばか
)
り
生
(
うま
)
れたる
時
(
とき
)
、
257
或
(
あるひ
)
は
女子
(
ぢよし
)
許
(
ばか
)
り
生
(
うま
)
れたる
時
(
とき
)
は、
258
此
(
この
)
家
(
いへ
)
の
血統
(
けつとう
)
は
絶
(
た
)
えて
了
(
しま
)
ふといふ
不便
(
ふべん
)
があるのである。
259
茲
(
ここ
)
に
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
は、
260
此
(
この
)
惨状
(
さんじやう
)
を
見
(
み
)
るに
忍
(
しの
)
びず、
261
他家
(
たけ
)
と
縁組
(
えんぐみ
)
をすることを
許
(
ゆる
)
された。
262
是
(
こ
)
れより
素盞嗚
(
すさのをの
)
神
(
かみ
)
を
縁結
(
えんむす
)
びの
神
(
かみ
)
と
賞讃
(
たた
)
へ、
263
此
(
この
)
国
(
くに
)
にてはイドムの
神
(
かみ
)
として、
264
国人
(
くにびと
)
が
尊敬
(
そんけい
)
する
様
(
やう
)
になつた。
265
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
は、
266
男女
(
だんぢよ
)
の
囁
(
ささや
)
き
声
(
ごゑ
)
にフト
目
(
め
)
を
醒
(
さ
)
まし、
267
耳
(
みみ
)
を
澄
(
すま
)
して
聞
(
き
)
き
給
(
たま
)
へば、
268
何事
(
なにごと
)
か
祈
(
いの
)
りの
声
(
こゑ
)
である。
269
尊
(
みこと
)
は
高国別
(
たかくにわけ
)
の
肩
(
かた
)
をゆすり
乍
(
なが
)
ら、
270
尊
(
みこと
)
『ヤア
高国別
(
たかくにわけ
)
、
271
目
(
め
)
を
醒
(
さま
)
されよ。
272
何
(
なん
)
だか
怪
(
あや
)
しき
人
(
ひと
)
の
祈
(
いの
)
り
声
(
ごゑ
)
』
273
と
言葉
(
ことば
)
終
(
をは
)
らぬに、
274
高国別
(
たかくにわけ
)
はパツと
跳起
(
はねお
)
き、
275
高国別
『
如何
(
いか
)
にも
大勢
(
おほぜい
)
の
声
(
こゑ
)
で
御座
(
ござ
)
います。
276
最前
(
さいぜん
)
も
此
(
この
)
家
(
や
)
の
女房
(
にようばう
)
カエンとやらの
話
(
はなし
)
に、
277
茶
(
ちや
)
断
(
た
)
ち、
278
塩
(
しほ
)
断
(
た
)
ちを
致
(
いた
)
し、
279
素盞嗚
(
すさのをの
)
尊
(
みこと
)
の
再出現
(
さいしゆつげん
)
を
祈
(
いの
)
つて
居
(
を
)
るとか
聞
(
き
)
きましたが、
280
大方
(
おほかた
)
ソンナ
事
(
こと
)
ではありますまいか』
281
尊
(
みこと
)
『
吾
(
われ
)
は
此
(
この
)
室
(
ま
)
に
於
(
おい
)
て
休息
(
きうそく
)
致
(
いた
)
し
居
(
を
)
れば、
282
汝
(
なんぢ
)
はこれより
事
(
こと
)
の
実否
(
じつぴ
)
を
調
(
しら
)
べ
来
(
きた
)
れよ』
283
高国別
(
たかくにわけ
)
『
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しました』
284
と
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
立
(
た
)
つて、
285
忍
(
しの
)
び
足
(
あし
)
に
声
(
こゑ
)
する
方
(
かた
)
に
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
286
見
(
み
)
れば
数十
(
すうじふ
)
の
男女
(
だんぢよ
)
、
287
真裸
(
まつぱだか
)
の
儘
(
まま
)
、
288
庭前
(
ていぜん
)
の
野原
(
のはら
)
に
両手
(
りやうて
)
を
合
(
あは
)
せ
蹲踞
(
しやが
)
み
乍
(
なが
)
ら、
289
力
(
ちから
)
なき
声
(
こゑ
)
を
振絞
(
ふりしぼ
)
り、
290
何事
(
なにごと
)
か
一心
(
いつしん
)
不乱
(
ふらん
)
に
祈願
(
きぐわん
)
をこめ、
291
やがて
一人
(
ひとり
)
の
男
(
をとこ
)
、
292
大麻
(
おほぬさ
)
を
打振
(
うちふ
)
り
乍
(
なが
)
ら
神懸
(
かむがかり
)
状態
(
じやうたい
)
となつて、
293
驀地
(
まつしぐら
)
に
西北
(
せいほく
)
指
(
さ
)
して
駆
(
か
)
け
出
(
だ
)
したり。
294
数多
(
あまた
)
の
男女
(
だんぢよ
)
はわれ
遅
(
おく
)
れじと
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
追跡
(
つゐせき
)
する。
295
されど
永
(
なが
)
らくの
断食
(
だんじき
)
に
身体
(
しんたい
)
弱
(
よわ
)
り、
296
転
(
こ
)
けつ
輾
(
まろ
)
びつ
其
(
その
)
後
(
あと
)
を
追
(
お
)
ひ
行
(
ゆ
)
く。
297
高国別
(
たかくにわけ
)
はその
状況
(
じやうきやう
)
を
瞬
(
またた
)
きもせず
打眺
(
うちなが
)
めて
居
(
ゐ
)
たが、
298
知
(
し
)
らず
識
(
し
)
らず
自分
(
じぶん
)
も
歩
(
あゆ
)
み
出
(
だ
)
し、
299
引
(
ひ
)
きずらるる
如
(
ごと
)
き
心地
(
ここち
)
して、
300
大勢
(
おほぜい
)
の
後
(
あと
)
に
忍
(
しの
)
び
忍
(
しの
)
び
従
(
したが
)
ひ
行
(
ゆ
)
く。
301
遥
(
はるか
)
前方
(
ぜんぱう
)
に
当
(
あた
)
りて
枯芝
(
かれしば
)
の
盛
(
も
)
りたる
如
(
ごと
)
き
小
(
ちい
)
さき
饅頭形
(
まんじうがた
)
の
丘
(
をか
)
が
見
(
み
)
えて
居
(
ゐ
)
る。
302
麻
(
ぬさ
)
振
(
ふ
)
りつつ
先
(
さき
)
に
進
(
すす
)
んだ
男
(
をとこ
)
は
小丘
(
こをか
)
の
上
(
うへ
)
に
突
(
つ
)
つ
立
(
た
)
ち、
303
何事
(
なにごと
)
か
叫
(
さけ
)
び
乍
(
なが
)
ら、
304
麻
(
ぬさ
)
を
前後
(
ぜんご
)
左右
(
さいう
)
に
打振
(
うちふ
)
り
打振
(
うちふ
)
り
狂気
(
きやうき
)
の
如
(
ごと
)
く
踊
(
をど
)
り
廻
(
まは
)
り、
305
飛
(
と
)
びあがり
跳
(
はね
)
まはり、
306
キヤツ キヤツと
怪
(
あや
)
しき
声
(
こゑ
)
を
立
(
た
)
てて
居
(
を
)
る。
307
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
の
老若
(
らうにやく
)
男女
(
なんによ
)
は
同
(
おな
)
じく
小丘
(
こをか
)
の
上
(
うへ
)
に
駆
(
か
)
けあがり、
308
これ
亦
(
また
)
先
(
さき
)
の
男
(
をとこ
)
と
同様
(
どうやう
)
踊
(
をど
)
りまはり
跳廻
(
はねまは
)
る。
309
高国別
(
たかくにわけ
)
は
原野
(
げんや
)
の
草
(
くさ
)
に
身
(
み
)
を
隠
(
かく
)
し、
310
其
(
その
)
怪
(
あや
)
しき
祈祷
(
きたう
)
を
息
(
いき
)
を
殺
(
ころ
)
して
見
(
み
)
つめて
居
(
ゐ
)
た。
311
暫
(
しばら
)
くあつて
麻
(
ぬさ
)
持
(
も
)
つた
男
(
をとこ
)
は、
312
小丘
(
こをか
)
の
彼方
(
あなた
)
に
忽
(
たちま
)
ち
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
した。
313
続
(
つづ
)
いて
数多
(
あまた
)
の
男女
(
だんぢよ
)
は
一人
(
ひとり
)
減
(
へ
)
り
二人
(
ふたり
)
減
(
へ
)
り、
314
三
(
さん
)
人
(
にん
)
、
315
五
(
ご
)
人
(
にん
)
と
数
(
かず
)
を
減
(
げん
)
じ、
316
終
(
つひ
)
には
唯一人
(
ただひとり
)
の
麗
(
うるは
)
しき
女
(
をんな
)
を
残
(
のこ
)
して、
317
残
(
のこ
)
らず
姿
(
すがた
)
を
没
(
ぼつ
)
して
了
(
しま
)
つた。
318
高国別
(
たかくにわけ
)
『ハテ、
319
不思議
(
ふしぎ
)
な
事
(
こと
)
があればあるものだ。
320
あれ
丈
(
だけ
)
け
大勢
(
おほぜい
)
の
老若
(
らうにやく
)
男女
(
なんによ
)
が、
321
何処
(
どこ
)
へ
往
(
い
)
つたか、
322
見渡
(
みわた
)
す
限
(
かぎ
)
り
目
(
め
)
を
遮
(
さへぎ
)
る
物
(
もの
)
なき
此
(
この
)
広原
(
くわうげん
)
に、
323
煙
(
けぶり
)
の
如
(
ごと
)
く
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せるとは
合点
(
がてん
)
の
行
(
ゆ
)
かぬことだ。
324
まさか
大地
(
だいち
)
に
吸収
(
きふしう
)
されて
粉末
(
こな
)
になつたのでもあるまい』
325
と
独
(
ひとり
)
ごち
乍
(
なが
)
ら、
326
前後
(
ぜんご
)
左右
(
さいう
)
に
心
(
こころ
)
を
配
(
くば
)
り、
327
一足
(
ひとあし
)
々々
(
ひとあし
)
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
328
一人
(
ひとり
)
の
娘
(
むすめ
)
は
小丘
(
こをか
)
の
上
(
うへ
)
に
双手
(
もろて
)
を
組
(
く
)
み、
329
稍
(
やや
)
伏目勝
(
ふしめがち
)
に
無言
(
むごん
)
の
儘
(
まま
)
俯
(
うつ
)
むいて
居
(
ゐ
)
る。
330
高国別
(
たかくにわけ
)
はつかつかと
進
(
すす
)
み、
331
高国別
『
何
(
いづ
)
れの
女中
(
ぢよちう
)
か
知
(
し
)
りませぬが、
332
先程
(
さきほど
)
物蔭
(
ものかげ
)
にて
窺
(
うかが
)
へば、
333
幣束
(
へいそく
)
を
持
(
も
)
てる
男
(
をとこ
)
の
後
(
あと
)
より
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
の
男女
(
だんぢよ
)
、
334
此
(
この
)
小丘
(
こをか
)
を
目
(
め
)
がけて
駆
(
か
)
け
上
(
のぼ
)
り、
335
前後
(
ぜんご
)
左右
(
さいう
)
に
踊
(
をど
)
り
狂
(
くる
)
ふよと
見
(
み
)
る
間
(
ま
)
に、
336
忽
(
たちま
)
ち
姿
(
すがた
)
は
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せて
了
(
しま
)
つた。
337
あなたは
其
(
その
)
中
(
うち
)
の
一人
(
ひとり
)
らしく
思
(
おも
)
はるるが
如何
(
いか
)
なる
次第
(
しだい
)
なるか、
338
詳細
(
しやうさい
)
に………お
構
(
かま
)
ひなくば
物語
(
ものがた
)
られたし。
339
吾
(
われ
)
は
天下
(
てんか
)
を
救
(
すく
)
ふ
神
(
かみ
)
の
使
(
つかい
)
………』
340
と
問
(
と
)
ひかけたるに、
341
女
(
をんな
)
は
其
(
その
)
声
(
こゑ
)
に
驚
(
おどろ
)
いて
高国別
(
たかくにわけ
)
の
顔
(
かほ
)
を
打見守
(
うちみまも
)
り、
342
首
(
くび
)
を
左右
(
さいう
)
に
振
(
ふ
)
つて
何
(
なん
)
の
応答
(
いらへ
)
もせざりける。
343
高国別
(
たかくにわけ
)
は
已
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず、
344
自
(
みづか
)
ら
小丘
(
こをか
)
に
駆
(
か
)
け
上
(
のぼ
)
り、
345
附近
(
あたり
)
を
一々
(
いちいち
)
点検
(
てんけん
)
すれ
共
(
ども
)
、
346
別
(
べつ
)
に
穴
(
あな
)
らしきものもなければ、
347
人
(
ひと
)
の
倒
(
たふ
)
れたる
姿
(
すがた
)
も
見
(
み
)
えぬ。
348
虫
(
むし
)
の
声
(
こゑ
)
さへ
聞
(
きこ
)
えない。
349
高国別
(
たかくにわけ
)
は、
350
高国別
『ハテ
訝
(
いぶ
)
かしや』
351
と
丘上
(
きうじやう
)
に
どつか
と
坐
(
ざ
)
し、
352
双手
(
もろて
)
を
組
(
く
)
んで
思案
(
しあん
)
に
暮
(
く
)
れ
居
(
ゐ
)
たり。
353
此
(
この
)
時
(
とき
)
、
354
以前
(
いぜん
)
の
女
(
をんな
)
は、
355
突然
(
とつぜん
)
高国別
(
たかくにわけ
)
の
首
(
くび
)
に
細紐
(
ほそひも
)
をひつかけ、
356
背中
(
せなか
)
合
(
あは
)
せに
負
(
お
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
357
トントントンと
元
(
もと
)
来
(
き
)
し
路
(
みち
)
へ
走
(
はし
)
り
出
(
だ
)
す。
358
高国別
(
たかくにわけ
)
は
喉
(
のど
)
を
締
(
し
)
められ、
359
息
(
いき
)
も
絶
(
た
)
え
絶
(
た
)
えに、
360
手足
(
てあし
)
を
藻掻
(
もが
)
きつつ
負
(
お
)
はれて
行
(
ゆ
)
く。
361
大
(
だい
)
の
男
(
をとこ
)
が
命懸
(
いのちがけ
)
の
大藻掻
(
おほもが
)
きに
屁古垂
(
へこた
)
れたと
見
(
み
)
え、
362
女
(
をんな
)
は
一二丁
(
いちにちやう
)
来
(
き
)
たと
思
(
おも
)
ふ
時
(
とき
)
、
363
石
(
いし
)
に
躓
(
つまづ
)
き、
364
脆
(
もろ
)
くも
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
倒
(
たふ
)
れた。
365
途端
(
とたん
)
に
女
(
をんな
)
は
細紐
(
ほそひも
)
を
放
(
はな
)
す、
366
高国別
(
たかくにわけ
)
はヒラリと
身返
(
みかへ
)
りし
起上
(
おきあが
)
り、
367
女
(
をんな
)
の
素首
(
そつくび
)
をグツと
握
(
にぎ
)
つて、
368
高国別
『コラ
汝
(
なんぢ
)
は
大胆
(
だいたん
)
不敵
(
ふてき
)
の
曲者
(
くせもの
)
、
369
容赦
(
ようしや
)
はならぬぞ』
370
と
蠑螺
(
さざえ
)
の
如
(
ごと
)
き
拳骨
(
げんこつ
)
を
固
(
かた
)
めて、
371
骨
(
ほね
)
も
砕
(
くだ
)
けよと
許
(
ばか
)
り、
372
打下
(
うちおろ
)
ろさむとする
形勢
(
けいせい
)
を
示
(
しめ
)
す。
373
併
(
しか
)
し
高国別
(
たかくにわけ
)
の
心
(
こころ
)
の
中
(
なか
)
は、
374
決
(
けつ
)
して
此
(
この
)
孱弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
を
打擲
(
ちやうちやく
)
する
心
(
こころ
)
は、
375
毫末
(
がうまつ
)
もなかつた。
376
唯
(
ただ
)
勢
(
いきほひ
)
を
示
(
しめ
)
して
事実
(
じじつ
)
を
白状
(
はくじやう
)
せしめむ
策略
(
さくりやく
)
であつた。
377
女
(
をんな
)
は、
378
女
『ホヽヽヽヽ、
379
あのマア
恐
(
おそ
)
ろしいお
顔
(
かほ
)
わいなア。
380
ソンナ
怖
(
こわ
)
い
顔
(
かほ
)
をなされますと、
381
此
(
この
)
西蔵
(
チベツト
)
の
国
(
くに
)
は
女房
(
にようばう
)
になる
者
(
もの
)
が
御座
(
ござ
)
いませぬよ。
382
あのマアお
むつ
かしい
顔
(
かほ
)
……ホヽヽヽ』
383
高国別
『アハヽヽヽ、
384
ナント
大胆
(
だいたん
)
至極
(
しごく
)
な
女
(
をんな
)
もあればあるものだなア』
385
女
『オホヽヽヽヽ、
386
何程
(
なにほど
)
怖
(
こわ
)
い
顔
(
かほ
)
をなさつて、
387
拳
(
こぶし
)
を
固
(
かた
)
め、
388
妾
(
わたし
)
を
打
(
う
)
つ
様
(
やう
)
な
形勢
(
けいせい
)
をお
示
(
しめ
)
しになつても、
389
あなたの
腹
(
はら
)
の
中
(
なか
)
はさうではありますまい。
390
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
うても、
391
一方
(
いつぱう
)
は
孱弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
一方
(
いつぱう
)
は
鬼
(
おに
)
をも
挫
(
ひし
)
ぐ
荒男
(
あらをとこ
)
の
英雄
(
えいゆう
)
豪傑
(
がうけつ
)
、
392
どうして
繊弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
が、
393
………
馬鹿
(
ばか
)
らしくも
打擲
(
ちやうちやく
)
が
出来
(
でき
)
ませう』
394
とニタリと、
395
高国別
(
たかくにわけ
)
の
顔
(
かほ
)
を
打
(
うち
)
まもる。
396
高国別
『ナント
妙
(
めう
)
な
女
(
をんな
)
だ。
397
………コラ
女
(
をんな
)
、
398
此
(
この
)
方
(
はう
)
はソンナ
優
(
やさ
)
しい
女
(
をんな
)
の
腐
(
くさ
)
つた
様
(
やう
)
な
男
(
をとこ
)
でないぞ、
399
鬼雲彦
(
おにくもひこ
)
の
一
(
いち
)
の
家来
(
けらい
)
の
鬼掴
(
おにつかみ
)
とは
俺
(
おれ
)
の
事
(
こと
)
だ。
400
頭
(
あたま
)
からかぶつて
喰
(
く
)
てやらうか……』
401
女
『ホヽヽヽヽ、
402
夫
(
そ
)
れ
程
(
ほど
)
偉
(
えら
)
い
鬼掴
(
おにつかみ
)
なら、
403
何故
(
なぜ
)
妾
(
わらは
)
に
油断
(
ゆだん
)
をして、
404
細紐
(
ほそひも
)
に
喉
(
のど
)
を
締
(
し
)
められたのか。
405
それや
全
(
まつた
)
く
偽
(
いつは
)
り、
406
お
前
(
まへ
)
は
高天原
(
たかあまはら
)
から
下
(
くだ
)
り
来
(
き
)
たれる
高国別
(
たかくにわけ
)
であらうがなア』
407
高国別
『イヤ
拙者
(
せつしや
)
は
決
(
けつ
)
して
左様
(
さやう
)
な
者
(
もの
)
では
御座
(
ござ
)
らぬ。
408
悪逆
(
あくぎやく
)
無道
(
ぶだう
)
のバラモン
教
(
けう
)
の
悪神
(
あくがみ
)
だ。
409
この
方
(
はう
)
が
此
(
この
)
国
(
くに
)
に
現
(
あら
)
はれた
以上
(
いじやう
)
は、
410
何奴
(
どいつ
)
も
此奴
(
こいつ
)
も、
411
片
(
かた
)
つ
端
(
ぱし
)
から
雁首
(
がんくび
)
を
引抜
(
ひきぬ
)
いて、
412
御
(
おん
)
大将
(
たいしやう
)
鬼雲彦
(
おにくもひこ
)
や、
413
八岐
(
やまた
)
大蛇
(
をろち
)
の
神
(
かみ
)
に
御
(
ご
)
馳走
(
ちそう
)
を
献上
(
けんじやう
)
するのだ』
414
女
『ホヽヽヽヽ、
415
置
(
お
)
かんせいなア、
416
これ
高
(
たか
)
サン』
417
と
肩
(
かた
)
をポンと
叩
(
たた
)
く。
418
高国別
『オイ
馬鹿
(
ばか
)
にするな。
419
金毛
(
きんまう
)
九尾
(
きうび
)
のお
化
(
ばけ
)
奴
(
め
)
が
色
(
いろ
)
で
迷
(
まよ
)
はす
浅漬
(
あさづけ
)
茄子
(
なすび
)
、
420
何程
(
なにほど
)
巧言
(
かうげん
)
令色
(
れいしよく
)
の
限
(
かぎ
)
りを
尽
(
つく
)
し、
421
吾
(
われ
)
を
誑惑
(
けうわく
)
せむとするも、
422
女
(
をんな
)
にかけては
無関係
(
むくわんけい
)
、
423
没交渉
(
ぼつかうせう
)
の
拙者
(
それがし
)
だ。
424
女色
(
ぢよしよく
)
に
迷
(
まよ
)
うて、
425
どうして
此
(
この
)
悪
(
あく
)
の
道
(
みち
)
が
弘
(
ひろ
)
まらうかい。
426
グズグズ
吐
(
ぬか
)
すと
股
(
また
)
から
引裂
(
ひきさ
)
いてやらうか』
427
女
『サアサア
股
(
また
)
からなつと、
428
首
(
くび
)
からなりと、
429
あなたに
任
(
まか
)
せた
此
(
この
)
体
(
からだ
)
、
430
一寸刻
(
いつすんきざみ
)
か
五分試
(
ごぶだめ
)
し、
431
焚
(
た
)
いて
喰
(
く
)
はうと、
432
焼
(
や
)
いて
喰
(
く
)
はうと、
433
あなたの
御
(
ご
)
勝手
(
かつて
)
、
434
妾
(
わらは
)
は
夫
(
そ
)
れが
満足
(
まんぞく
)
で
御座
(
ござ
)
んす。
435
ホヽヽヽヽ』
436
高国別
『
益々
(
ますます
)
分
(
わか
)
らぬ
奴
(
やつ
)
だ。
437
エー、
438
怪
(
け
)
つ
体
(
たい
)
の
悪
(
わる
)
い、
439
此
(
この
)
広野
(
ひろの
)
ケ
原
(
はら
)
で
幸
(
さひは
)
ひ
人
(
ひと
)
が
居
(
ゐ
)
ないから
好
(
い
)
いものの、
440
天
(
てん
)
知
(
し
)
る
地
(
ち
)
知
(
し
)
る
吾
(
われ
)
も
知
(
し
)
るだ。
441
七
(
しち
)
尺
(
しやく
)
八寸
(
はつすん
)
の
荒男
(
あらをとこ
)
が、
442
六
(
ろく
)
尺
(
しやく
)
足
(
た
)
らずの
繊弱
(
かよわ
)
き
女
(
をんな
)
に
口説
(
くど
)
かれて、
443
グズグズ
致
(
いた
)
して
居
(
ゐ
)
るのは、
444
実
(
じつ
)
に
何
(
なん
)
とも
慚愧
(
ざんき
)
汗顔
(
かんがん
)
の
至
(
いた
)
りだ………オイ
女
(
をんな
)
其方
(
そなた
)
は
一体
(
いつたい
)
全体
(
ぜんたい
)
何者
(
なにもの
)
だ。
445
早
(
はや
)
く
化
(
ばけ
)
の
皮
(
かは
)
を
現
(
あら
)
はさぬか』
446
女
『ホヽヽヽヽ、
447
妾
(
わらは
)
はあの
天教
(
てんけう
)
………
否々
(
いやいや
)
やつぱり
化物
(
ばけもの
)
の
女
(
をんな
)
で
御座
(
ござ
)
います』
448
高国別
『アハア、
449
さうか、
450
貴様
(
きさま
)
はやつぱり、
451
癲狂院
(
てんきやうゐん
)
代物
(
しろもの
)
だな。
452
コンナキ
印
(
じるし
)
に
暇
(
ひま
)
を
潰
(
つぶ
)
して
居
(
を
)
つては
尊様
(
みことさま
)
に
対
(
たい
)
して
申訳
(
まをしわけ
)
がない………オイ
女
(
をんな
)
、
453
貴様
(
きさま
)
ゆつくりと、
454
夢
(
ゆめ
)
でも
見
(
み
)
て、
455
独言
(
ひとりごと
)
を
言
(
い
)
つて
居
(
を
)
るが
宜
(
よ
)
からう』
456
と
踵
(
きびす
)
を
返
(
かへ
)
し、
457
小丘
(
こをか
)
を
指
(
さ
)
して
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
かむとす。
458
以前
(
いぜん
)
の
女
(
をんな
)
又
(
また
)
もや
細紐
(
ほそひも
)
をパツとふりかけた
途端
(
とたん
)
に、
459
足
(
あし
)
をさらへられて、
460
大
(
だい
)
の
男
(
をとこ
)
はドスンと
大地
(
だいち
)
に
倒
(
たふ
)
れた。
461
高国別
『アイタヽ、
462
エーエーまた
引
(
ひ
)
つかけよつた。
463
馬鹿
(
ばか
)
にするない、
464
モウ
了見
(
れうけん
)
ならぬぞ』
465
女
『ホヽヽヽヽ、
466
高国別
(
たかくにわけ
)
の
弱
(
よわ
)
い
事
(
こと
)
わいのう、
467
アイタタとは、
468
そら
何
(
なん
)
とした
又
(
また
)
弱音
(
よわね
)
を
吹
(
ふ
)
きやしやんす。
469
ひつかけ
戻
(
もど
)
しの
仕組
(
しぐみ
)
ぢやぞい。
470
神
(
かみ
)
が
綱
(
つな
)
を
掛
(
か
)
けたら、
471
逃
(
に
)
げやうと
言
(
い
)
つても
逃
(
にが
)
しはせぬ、
472
アイタタとは
誰
(
たれ
)
に
会
(
あ
)
ひたいのだエ、
473
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのを
)
の
大神
(
おほかみ
)
にか………』
474
高国別
『エーやつぱり
此奴
(
こいつ
)
ア
金毛
(
きんまう
)
九尾
(
きうび
)
の
化狐
(
ばけきつね
)
だ。
475
何
(
なに
)
もかも
皆
(
みな
)
知
(
し
)
つてゐよる、
476
サアもう
勘忍袋
(
かんにんぶくろ
)
の
緒
(
を
)
が
切
(
き
)
れた、
477
………ヤア
女
(
をんな
)
、
478
此
(
この
)
高
(
たか
)
サンが
首途
(
かどで
)
の
血祭
(
ちまつり
)
だ、
479
覚悟
(
かくご
)
を
致
(
いた
)
せ……』
480
女
『ホヽヽヽヽ、
481
あの
言霊
(
ことたま
)
でなア』
482
高国別
『エー
言霊
(
ことたま
)
もあつたものかい、
483
高
(
たか
)
サンの
腕力
(
わんりよく
)
で
荒料理
(
あられうり
)
だ、
484
覚悟
(
かくご
)
を
致
(
いた
)
せ』
485
女
『ホヽヽヽヽ、
486
妾
(
わらは
)
は
数万
(
すうまん
)
年
(
ねん
)
の
昔
(
むかし
)
より、
487
磐石
(
ばんじやく
)
の
如
(
ごと
)
き
覚悟
(
かくご
)
を
定
(
き
)
めて
居
(
を
)
りますよ。
488
あのソワソワしい
高
(
たか
)
サンの
振舞
(
ふるまひ
)
、
489
わしや
可笑
(
おか
)
しい、
490
ホヽヽヽヽ』
491
高国別
『エー
邪魔
(
じやま
)
臭
(
くさ
)
い、
492
コンナ
奴
(
やつ
)
に
相手
(
あひて
)
になつて
居
(
を
)
つたら、
493
日
(
ひ
)
が
暮
(
く
)
れるワイ。
494
兎
(
と
)
に
角
(
かく
)
怪
(
あや
)
しき
彼
(
か
)
の
小丘
(
こをか
)
、
495
一伍
(
いちぶ
)
一什
(
しじふ
)
を
取調
(
とりしら
)
べて
尊様
(
みことさま
)
へ
報告
(
はうこく
)
を
致
(
いた
)
さねばなるまい、
496
尊
(
みこと
)
におかせられても、
497
さぞやお
待兼
(
まちかね
)
であらう。
498
エー
此
(
この
)
綱
(
つな
)
を
此奴
(
こいつ
)
に
持
(
も
)
たして
置
(
お
)
けば、
499
又
(
また
)
もやひつかけ
戻
(
もど
)
しに
遭
(
あ
)
はしよるかも
知
(
し
)
れない』
500
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
501
細紐
(
ほそひも
)
をクルクルと
手繰
(
たぐ
)
つて、
502
懐
(
ふところ
)
に
捩
(
ね
)
ぢ
込
(
こ
)
まうとする。
503
女
『ホヽヽヽヽ、
504
広野
(
ひろの
)
ケ
原
(
はら
)
で
七
(
しち
)
尺
(
しやく
)
八寸
(
はつすん
)
の
泥棒
(
どろばう
)
が
現
(
あら
)
はれた、
505
ナントまあ
甲斐性
(
かひしやう
)
のない
泥棒
(
どろばう
)
だこと、
506
女
(
をんな
)
の
腰紐
(
こしひも
)
を
奪
(
うば
)
つて
帰
(
かへ
)
る
様
(
やう
)
な
泥棒
(
どろばう
)
にロクな
奴
(
やつ
)
はない』
507
高国別
『エー
面倒
(
めんだう
)
臭
(
くさ
)
い、
508
今度
(
こんど
)
は
真剣
(
しんけん
)
だ、
509
股
(
また
)
から
引裂
(
ひきさ
)
いてやらう………ヤイ
女
(
をんな
)
、
510
俺
(
おれ
)
が
怒
(
おこ
)
つたら、
511
本真剣
(
ほんしんけん
)
だ』
512
女
『オホヽヽヽヽ、
513
其
(
その
)
本真剣
(
ほんしんけん
)
も
怪
(
あや
)
しいものだ、
514
細紐
(
ほそひも
)
一本
(
いつぽん
)
で
貴重
(
きちよう
)
な
女
(
をんな
)
の
生命
(
いのち
)
を
取
(
と
)
らうとする
腰抜
(
こしぬけ
)
泥棒
(
どろばう
)
………
美事
(
みごと
)
取
(
と
)
るなら
取
(
と
)
つて
見
(
み
)
よ。
515
妾
(
わらは
)
もサル
者
(
もの
)
、
516
此
(
この
)
細腕
(
ほそうで
)
の
続
(
つづ
)
く
限
(
かぎ
)
り、
517
力
(
ちから
)
の
限
(
かぎ
)
り、
518
お
相手
(
あひて
)
になりませう』
519
高国別
『アハヽヽヽ、
520
一寸
(
ちよつと
)
やりよるな、
521
…………アーア、
522
女子
(
ぢよし
)
と
小人
(
せうじん
)
は
養
(
やしな
)
ひ
難
(
がた
)
しだ。
523
ヤア
何処
(
どこ
)
のお
女中
(
ぢよちう
)
か
知
(
し
)
らぬが、
524
観客
(
くわんきやく
)
の
無
(
な
)
い
芝居
(
しばゐ
)
は
根
(
ね
)
つからはづまない。
525
モウ
此処
(
ここ
)
らで
幕切
(
まくぎ
)
れと
致
(
いた
)
して
二人
(
ふたり
)
手
(
て
)
に
手
(
て
)
を
取
(
と
)
つて、
526
二世
(
にせ
)
や
三世
(
さんせ
)
はまだ
愚
(
おろか
)
、
527
五六七
(
みろく
)
の
世
(
よ
)
までも、
528
生死
(
せいし
)
を
共
(
とも
)
に、
529
死出
(
しで
)
も
三途
(
さんづ
)
も、
530
駱駝
(
らくだ
)
の
道伴
(
みちづ
)
れ、
531
鴛鴦
(
おし
)
の
衾
(
ふすま
)
の
睦
(
むつ
)
み
合
(
あ
)
ひと
云
(
い
)
ふ
段取
(
だんどり
)
だ。
532
サアサア
最早
(
もはや
)
平和
(
へいわ
)
克復
(
こくふく
)
だ。
533
あなにやしエー
乙女
(
おとめ
)
、
534
チヤツとおじや』
535
と
目
(
め
)
を
細
(
ほそ
)
くし、
536
舌
(
した
)
をペロリと
出
(
だ
)
して、
537
腰付
(
こしつき
)
怪
(
あや
)
しく
手
(
て
)
を
差
(
さ
)
し
延
(
の
)
ばせば、
538
女
(
をんな
)
は
三十
(
さんじつ
)
珊
(
サンチ
)
の
榴弾
(
りうだん
)
を
撃
(
う
)
つたる
如
(
ごと
)
く、
539
女
『マア
好
(
す
)
かんたらしいお
方
(
かた
)
』
540
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
541
肱鉄砲
(
ひぢでつぱう
)
を
二三発
(
にさんぱつ
)
乱射
(
らんしや
)
したり。
542
高国別
『アイタヽ、
543
益々
(
ますます
)
合点
(
がてん
)
の
行
(
ゆ
)
かぬ
剛
(
がう
)
の
女
(
をんな
)
、
544
古今
(
ここん
)
無双
(
むさう
)
のヒーロー
豪傑
(
がうけつ
)
、
545
高国別
(
たかくにわけ
)
も
半分
(
はんぶん
)
許
(
ばか
)
り
感服
(
かんぷく
)
仕
(
つかまつ
)
つた』
546
女
『ホヽヽ、
547
自我心
(
じがしん
)
の
強
(
つよ
)
い
高国別
(
たかくにわけ
)
、
548
半分
(
はんぶん
)
感服
(
かんぷく
)
とはそりや
何
(
なん
)
の
囈語
(
たわごと
)
』
549
高国別
『イヤもう
全部
(
ぜんぶ
)
感服
(
かんぷく
)
仕
(
つかまつ
)
つた。
550
金毛
(
きんまう
)
九尾
(
きうび
)
白面
(
はくめん
)
の
悪狐
(
あくこ
)
と
云
(
い
)
ふ
奴
(
やつ
)
は
実
(
じつ
)
に
巧
(
たくみ
)
なものだ。
551
それ
位
(
くらゐ
)
の
力量
(
りきりやう
)
がなくては、
552
到底
(
たうてい
)
此
(
この
)
秘密郷
(
ひみつきやう
)
を
蹂躙
(
じうりん
)
する
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ないワイ。
553
何
(
なに
)
は
兎
(
と
)
も
有
(
あ
)
れ
是
(
これ
)
から
貴様
(
きさま
)
の
気
(
き
)
に
入
(
い
)
らぬ
彼
(
か
)
の
土饅頭
(
どまんじう
)
の
探険
(
たんけん
)
だ』
554
と
大股
(
おほまた
)
にノソリノソリと
駆出
(
かけだ
)
したり。
555
女
(
をんな
)
は(
義太夫
(
ぎだいふ
)
調
(
てう
)
)
556
女
『マアマア、
557
待
(
ま
)
つて
下
(
くだ
)
さいませ。
558
折角
(
せつかく
)
顔
(
かほ
)
見
(
み
)
た
甲斐
(
かひ
)
も
無
(
な
)
う、
559
モウ
別
(
わか
)
るるとは
曲
(
きよく
)
がない。
560
お
前
(
まへ
)
に
会
(
あ
)
ひたさ、
561
顔
(
かほ
)
見
(
み
)
たさ、
562
死
(
し
)
なば
諸共
(
もろとも
)
死出
(
しで
)
三途
(
さんづ
)
、
563
神々
(
かみがみ
)
様
(
さま
)
に
願
(
ぐわん
)
をかけ、
564
先
(
さき
)
へ
廻
(
まは
)
つてお
前
(
まへ
)
の
行衛
(
ゆくゑ
)
、
565
お
前
(
まへ
)
の
来
(
く
)
るのを
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
た
妾
(
わらは
)
が
思
(
おも
)
ひ、
566
物
(
もの
)
の
憐
(
あは
)
れを
知
(
し
)
らぬ
男
(
をとこ
)
は、
567
人間
(
にんげん
)
ではあるまい、
568
妾
(
わらは
)
が
切
(
せつ
)
なき
思
(
おも
)
ひを
推量
(
すいりやう
)
して
下
(
くだ
)
さんせ』
569
高国別
『アーア
馬鹿
(
ばか
)
にしよる、
570
斯
(
こ
)
うして
何時
(
いつ
)
までも
暇
(
ひま
)
取
(
と
)
らせ、
571
其
(
その
)
間
(
ま
)
に
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
の
老若
(
らうにやく
)
男女
(
なんによ
)
を
計略
(
けいりやく
)
を
以
(
もつ
)
て
虐殺
(
ぎやくさつ
)
するの
計画
(
たくみ
)
であらう。
572
………エー
邪魔
(
じやま
)
ひろぐな』
573
と
女
(
をんな
)
を
蹴飛
(
けと
)
ばし、
574
踏
(
ふ
)
み
散
(
ち
)
らし、
575
韋駄天
(
ゐだてん
)
走
(
ばし
)
りに
進
(
すす
)
み
行
(
ゆ
)
く。
576
女
『オーイオーイ、
577
高
(
たか
)
サン
待
(
ま
)
つた』
578
高国別
『エー
待
(
ま
)
つも、
579
待
(
ま
)
つたもあるものか、
580
貴様
(
きさま
)
、
581
勝手
(
かつて
)
に
何
(
なん
)
なとほざけ』
582
と
一足
(
ひとあし
)
々々
(
ひとあし
)
小丘
(
こをか
)
の
周囲
(
まはり
)
を
四股
(
しこ
)
踏
(
ふ
)
み
乍
(
なが
)
ら
歩
(
あゆ
)
み
出
(
だ
)
した。
583
忽
(
たちま
)
ちバサリと
大地
(
だいち
)
は
凹
(
くぼ
)
んで
四五間
(
しごけん
)
地
(
ち
)
の
底
(
そこ
)
ヘズルズルズルと
落
(
お
)
ち
込
(
こ
)
んだ。
584
以前
(
いぜん
)
の
女
(
をんな
)
は
落込
(
おちこ
)
んだ
穴
(
あな
)
の
口
(
くち
)
より、
585
下
(
した
)
を
覗
(
のぞ
)
いて、
586
女
『ヤア
高
(
たか
)
サンか
感心
(
かんしん
)
々々
(
かんしん
)
ホヽヽヽヽ』
587
と
笑
(
わら
)
つて
居
(
ゐ
)
る、
588
高国別
(
たかくにわけ
)
の
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
は
果
(
はた
)
して
如何
(
いか
)
なるであらうか。
589
(
大正一一・四・三
旧三・七
松村真澄
録)
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