霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 神女(しんぢよ)出現(しゆつげん)〔五八〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻 篇:第3篇 神山霊水 よみ(新仮名遣い):しんざんれいすい
章:第13章 神女出現 よみ(新仮名遣い):しんじょしゅつげん 通し章番号:580
口述日:1922(大正11)年04月03日(旧03月07日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年12月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
神素盞嗚大神は、天の岩戸の変の責任を一身に負って、世界漂泊の旅に出た。神素盞嗚大神は、神代における武勇絶倫の英雄である。山に囲まれた西蔵の国にお出でになった。
鬼掴はその昔、ペテロの都に現れた道貴彦の弟で、高国別の後身である。何度か生まれ変わった後、神命により地教山で神素盞嗚大神の登山を邪魔したが、実は大神を助けようと待ち望んでいたのである。
二人は雪深いラサフの都で一夜の宿を取ろうと一軒の藁屋を叩いた。この家の者によると、神素盞嗚大神がお隠れになって以来、邪神がはびこり、そのため国人のうちで心あるものは、茶断ち・塩断ちをして大神の再臨を待ち望んでいるのだ、という。
二人は夜中に人声で目を覚ました。神素盞嗚大神は、高国別に様子を探ってくるように命じた。高国別が忍び足で声のする方に行くと、大勢の男女が野原で祈願をしている。そして一人の幣を持った男について、丘に向かって走っていく。
高国別は一同の後を追っていくと、不思議にも皆、姿を消してしまった。高国別が丘の上に行くと、一人の娘がもろ手を組んでうつむいている。
高国別は娘に声をかけるが、返事がない。やにわに娘は高国別に紐をかけると、背負って走り出した。しかししばらくして倒れてしまった。高国別は凄んで、娘に訳を聞こうとするが、娘は高国別の素性や神素盞嗚大神のことを知っている風である。
高国別はてっきり邪神の化身と思って娘を問いただすが、娘ははぐらかした答えしかしない。高国別は娘の頭がおかしいと思って去ろうとするが、娘はまたしても紐で高国別を引っ掛け戻し、おかしな問答を続ける。
高国別は消えた村人たちの後を追ってその場を去ろうとすると、たちまち地が凹み、地の底に落ち込んでしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-01-16 01:43:43 文字数:7258 OBC :rm1513
愛善世界社版:154頁 八幡書店版:第3輯 337頁 修補版: 校定版:154頁 普及版:69頁 初版: ページ備考:
001神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)は
002天(あま)の岩戸(いはと)の変(へん)に依(よ)り
003百千万(ももちよろづ)の罪(つみ)咎(とが)を
004其(その)身(み)一(ひと)つに引受(ひきう)けて
005千座(ちくら)置戸(おきど)の艱難(かんなん)辛苦(しんく)
006神(かみ)の御運(みうん)も葦原(あしはら)の
007瑞穂(みづほ)の国(くに)を此処(ここ)彼処(かしこ)
008漂(さすら)ひの旅(たび)に出立(いでた)ち給(たま)ひしより
009今(いま)まで影(かげ)を潜(ひそ)めたる
010八岐(やまた)大蛇(をろち)や金毛(きんまう)九尾(きうび)
011醜(しこ)の曲鬼(まがおに)遠近(をちこち)に
012又(また)もや頭(かしら)を擡(もた)げつつ
013此(この)世(よ)を紊(みだ)すウラル教(けう)
014バラモン教(けう)やウラナイの
015教(をしへ)の道(みち)の人々(ひとびと)の
016肉(にく)の宮居(みやゐ)を宿(やど)となし
017以前(いぜん)に勝(まさ)る悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)
018世人(よびと)の心(こころ)は悉(ことごと)く
019ねぢけ曲(まが)りて一柱(ひとはしら)
020誠(まこと)を守(まも)る者(もの)も無(な)く
021世(よ)は日(ひ)に月(つき)に曇(くも)り行(ゆ)く
022遠近(をちこち)の山(やま)の伊保理(いほり)や川(かは)の瀬(せ)に
023伊猛(いたけ)り狂(くる)ふ曲神(まがかみ)の
024声(こゑ)は嵐(あらし)か雷(いかづち)か
025譬(たと)ふる由(よし)も地震(なゐふる)の
026一(いち)時(じ)に轟(とどろ)く騒(さわ)がしさ
027山川(やまかは)どよみ草木(くさき)枯(か)れ
028非時(ときじく)雨(あめ)は降(ふ)り頻(しき)り
029風(かぜ)荒(あら)らぎて家(いへ)を倒(たふ)し
030木々(きぎ)の梢(こづゑ)は裂(さ)き折(お)られ
031木(こ)の葉(は)は破(やぶ)れて鋸(のこぎり)の
032歯(は)を見(み)る如(ごと)くなりにけり。
033 神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)は、034神代(かみよ)に於(お)ける武勇(ぶゆう)絶倫(ぜつりん)の英勇(えいゆう)にして、035仁慈(じんじ)の権化(ごんげ)とも称(たた)ふべき、036瑞霊(みづのみたま)の雄々(をを)しき姿(すがた)、037漆(うるし)の如(ごと)き黒髪(くろかみ)を長(なが)く背後(はいご)に垂(た)れ給(たま)ひ、038秩序(ちつじよ)整然(せいぜん)たる鼻下(びか)の八字鬚(はちじひげ)、039下頤(したあご)の御(おん)鬚(ひげ)は、040瑠璃光(るりくわう)の如(ごと)く麗(うるは)しく、041長(なが)く胸先(むなさき)に垂(た)れ給(たま)ひ、042雨(あめ)に浴(よく)し風(かぜ)に梳(くしけづ)り、043山(やま)と山(やま)とに囲(かこ)まれし、044西蔵国(チベツトこく)に出(い)で給(たま)ふ。
045 地教山(ちけうざん)に現(あら)はれて、046一度(いちど)は尊(みこと)の登山(とざん)を塞(ふさ)ぎ奉(まつ)りし鬼掴(おにつかみ)は、047昔(むかし)ペテロの都(みやこ)に在(あ)りて、048道貴彦(みちたかひこ)の弟(おとうと)と生(うま)れたる高国別(たかくにわけ)の後身(こうしん)、049幾度(いくたび)か顕幽(けんいう)二界(にかい)に出没(しゆつぼつ)し、050又(また)も身魂(みたま)は神界(しんかい)の、051高天原(たかあまはら)に現(あら)はれて、052天(あま)の岩戸(いはと)の大変(たいへん)に差加(さしくは)はりし剛(がう)の者(もの)、053神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の、054清(きよ)き御心(みこころ)推(を)しはかり、055義侠(ぎけふ)に富(と)める逸男(はやりを)の、056いかで此(この)儘(まま)過(す)ごすべき、057天教山(てんけうざん)に坐(ま)しませる、058皇(すめ)大神(おほかみ)の御言(みこと)もて、059地教(ちけう)の山(やま)に立(た)ち向(むか)ひ、060一度(いちど)は神命(しんめい)もだし難(がた)く、061瑞(みづ)の霊(みたま)の大神(おほかみ)に、062刃向(はむか)ひまつり、063尊(みこと)の登山(とざん)を悩(なや)まさむとしたりしが、064心(こころ)の奥(おく)は裏表(うらおもて)、065神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)を、066心(こころ)の限(かぎ)り身(み)の限(かぎ)り、067助(たす)け奉(まつ)らむものをとて、068地教(ちけう)の山(やま)に夫(そ)れとなく、069尊(みこと)の登(のぼ)り来(き)ませるを、070今(いま)か今(いま)かと待(ま)ち居(ゐ)たる、071其(その)御心(みこころ)ぞ尊(たふと)けれ。
072 神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)は、073高国別(たかくにわけ)を伴(とも)なひて、074地教(ちけう)の山(やま)を後(あと)にして、075青垣山(あをがきやま)を繞(めぐ)らせる、076豊葦原(とよあしはら)の秘密国(ひみつくに)、077凩(こがらし)荒(すさ)び雪(ゆき)深(ふか)き、078ラサフの都(みやこ)に差掛(さしかか)る、079斯(か)かる例(ためし)は昔(むかし)より、080まだ荒風(あらかぜ)のすさぶ野(の)を、081神(かみ)を力(ちから)に誠(まこと)を杖(つゑ)に、082心(こころ)の駒(こま)の嘶(いなな)きに、083勇(いさ)み進(すす)んで出(い)でて行(ゆ)く。084一天(いつてん)俄(にはか)に掻(か)き曇(くも)り、085灰色(はいいろ)の空(そら)ドンヨリと、086包(つつ)む折(をり)しも降(ふ)り来(きた)る、087激(はげ)しき雪(ゆき)に二柱(ふたはしら)、088とある藁屋(わらや)に駆(か)け込(こ)みて、089一夜(いちや)の宿(やど)を請(こ)ひ給(たま)ふ。
090 素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)は門口(かどぐち)に立(た)ち、091声(こゑ)も静(しづか)に、
092素盞嗚尊『吾々(われわれ)は漂(さすら)ひの旅(たび)を致(いた)す二人(ふたり)連(づれ)、093雪(ゆき)に閉(とざ)され日(ひ)は暮果(くれは)て、094行手(ゆくて)に困(こま)り、095困難(こんなん)を致(いた)す者(もの)何卒(なにとぞ)お慈悲(じひ)に一夜(いちや)の宿(やど)を許(ゆる)せかし』
096と訪(おとな)ひ給(たま)へば、
097娘『アイ』
098と答(こた)へて一人(ひとり)の浦若(うらわか)き娘(むすめ)、099門口(かどぐち)に立(た)ち現(あら)はれ、
100娘『これはこれは旅(たび)のお方(かた)様(さま)、101さぞ雪(ゆき)にお困(こま)りで御座(ござ)いましたでせう。102みすぼらしい茅屋(あばらや)なれど、103奥(おく)には相当(さうたう)の広(ひろ)き居室(ゐま)も御座(ござ)いますれば、104どうぞ御寛(ごゆる)りと御(ご)休息(きうそく)を願(ねが)ひます』
105 尊(みこと)は、
106素盞嗚尊『アヽ世界(せかい)に鬼(おに)はないもの……夫(そ)れは千万(せんばん)忝(かたじけ)ない、107御(お)言葉(ことば)にあまえ、108今晩(こんばん)はお世話(せわ)になりませう』
109娘『どうぞ、110そうなさつて下(くだ)さいませ、111奥(おく)へ御(ご)案内(あんない)致(いた)しませう』
112と娘(むすめ)は淑(しと)やかに、113足許(あしもと)優(やさ)しく奥(おく)の一室(ひとま)に二人(ふたり)を導(みちび)き行(ゆ)く。114二人(ふたり)は娘(むすめ)の案内(あんない)に連(つ)れ、115奥(おく)の一室(ひとま)の囲炉裡(ゐろり)の前(まへ)に安坐(あんざ)して、116手(て)をあぶりつつ、117ヒソヒソと話(はなし)に耽(ふけ)り給(たま)ふ。118此(この)時(とき)主人(しゆじん)らしき男(をとこ)揉手(もみて)をし乍(なが)ら此(この)場(ば)に現(あら)はれ、119二人(ふたり)に向(むか)つて叮嚀(ていねい)に会釈(ゑしやく)し、
120主人『これはこれは旅(たび)の御(お)方(かた)様(さま)、121能(よ)くも此(この)茅屋(あばらや)に御(ご)逗留(とうりう)下(くだ)さいました。122何分(なにぶん)焚物(たきもの)の不自由(ふじゆう)な所(ところ)にて、123嘸(さぞ)お困(こま)りで御座(ござ)いませう』
124と云(い)ひ乍(なが)ら、125黎牛(やく)の糞(ふん)の乾(かわ)きたるを籠(かご)に盛(も)りて、126囲炉裡(ゐろり)に焚(く)べ、127室(しつ)を暖(あたた)めるのであつた。128此(この)地方(ちはう)は四面(しめん)高山(かうざん)に包(つつ)まれたる、129世界(せかい)の秘密国(ひみつこく)にして、130交通(かうつう)不便(ふべん)の土地(とち)なれば、131他国人(たこくじん)の入国(にふこく)を許(ゆる)さざる所(ところ)である。132されど高天原(たかあまはら)の大事変(だいじへん)より、133人心(じんしん)大(おほい)に軟化(なんくわ)し、134稍(やや)世界(せかい)同胞(どうはう)主義(しゆぎ)に傾(かたむ)きたる折柄(をりから)なれば、135他国人(たこくじん)の入(い)り来(きた)るを、136今(いま)は反対(はんたい)に歓迎(くわんげい)し、137物珍(ものめづ)らしがりて、138部落(ぶらく)の老若(らうにやく)男女(なんによ)先(さき)を争(あらそ)ひ訪(たづ)ね来(きた)り、139面白(おもしろ)き話(はなし)を聴聞(ちやうもん)せむとするのである。140平素(へいそ)の燃料(ねんれう)は麦藁(むぎわら)又(また)は黎牛(やく)の糞(ふん)を乾(かわ)かせて用(もち)ゐ、141麦(むぎ)を炒(い)りて粉末(こな)とし、142食料(しよくれう)として居(ゐ)る。143一時(ひととき)晴(は)るれば、144一時(ひととき)雪(ゆき)霰(あられ)降(ふ)り来(きた)り、145天候(てんこう)常(つね)に定(さだ)まらざる土地(とち)である。146世界(せかい)に於(お)ける大高地(だいかうち)なれば、147穀物(こくもつ)も余(あま)り豊熟(ほうじゆく)ならず、148豊作(ほうさく)の年(とし)と雖(いへど)も、149例(たと)へば五升(ごしよう)の麦種(むぎだね)を蒔(ま)いて、150一斗(いつと)の収穫(しうくわく)を得(う)れば、151是(これ)を以(もつ)て豊作(ほうさく)となす位(くらゐ)な所(ところ)である。152この家(や)の主人(あるじ)の名(な)はカナンと云(い)ふ。153カナンは炒麦(いりむぎ)の粉(こ)を木(き)の椀(わん)に盛(も)り、154茶(ちや)を沸(わ)かせ持(も)ち来(きた)り両手(りやうて)をつき、
155カナン『お二人(ふたり)のお方(かた)、156御存(ごぞん)じの通(とほ)り不便(ふべん)の土地(とち)、157他国(たこく)の方(かた)に差上(さしあ)ぐる様(やう)な物(もの)は御座(ござ)いませぬが、158此(こ)れが吾々(われわれ)の国(くに)にては、159最良(さいりやう)の馳走(ちそう)で御座(ござ)いますれば、160ゆるゆる召(め)しあがり下(くだ)さいませ』
161と言(い)ひ棄(す)てて一室(ひとま)に姿(すがた)を隠(かく)したり。162二人(ふたり)は麦(むぎ)の炒粉(いりこ)に茶(ちや)を注(そそ)ぎ、163匙(さじ)もて捏(こ)ね乍(なが)ら食事(しよくじ)せる最中(さいちう)に、164五(ご)人(にん)の美(うつく)しき娘(むすめ)この場(ば)に立現(たちあら)はれ、165叮嚀(ていねい)に両手(りやうて)をついて辞儀(じぎ)をなし、166一度(いちど)に立(た)つて歌(うた)を歌(うた)ひ且(かつ)舞(ま)ひ、167二人(ふたり)の旅(たび)の疲(つか)れを慰(なぐさ)めむと努(つと)むる様子(やうす)なり。
168素盞嗚尊『ヤア各(おのおの)方(がた)、169遅(おそ)がけに参(まゐ)り、170御(お)邪魔(じやま)を致(いた)した上(うへ)、171結構(けつこう)な馳走(ちそう)に預(あづか)り、172実(じつ)に満足(まんぞく)の至(いた)りである。173汝(なんぢ)等(ら)は此(この)家(や)の娘(むすめ)なりや』
174と言葉(ことば)も終(をは)らざるに、175年長(としかさ)の娘(むすめ)、
176娘『ハイ妾(わたし)は此(この)家(や)の主人(あるじ)カナンの妻(つま)で御座(ござ)います。177此処(ここ)に居(を)りまする女(をんな)は、178皆(みな)妾(わたし)の姉妹(きやうだい)何(いづ)れもカナンの妻(つま)となつて楽(たの)しき月日(つきひ)を送(おく)る者(もの)、179併(しか)し乍(なが)ら高天原(たかあまはら)より神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)様(さま)、180千座(ちくら)の置戸(おきど)を負(お)はせ給(たま)ひ、181何処(いづく)ともなく落(お)ち行(ゆ)き給(たま)ひしより、182今迄(いままで)平穏(へいおん)無事(ぶじ)なりし此(この)秘密(ひみつ)郷(きやう)に、183ウラナイ教(けう)の魔神(まがみ)侵入(しんにふ)し来(きた)り、184古来(こらい)の風俗(ふうぞく)を攪乱(かくらん)し、185人心(じんしん)恟々(きようきよう)として安(やす)き心(こころ)無(な)き折柄(をりから)、186又(また)もやバラモン教(けう)の邪神(じやしん)、187潮(うしほ)の如(ごと)く押寄(おしよ)せ来(きた)り、188今(いま)や国内(こくない)は恰(あたか)も修羅(しゆら)の巷(ちまた)の惨状(さんじやう)で御座(ござ)います。189神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)が此(この)大地(だいち)の御(おん)主宰(つかさ)と現(あら)はれましたる世(よ)は、190此(この)秘密(ひみつ)郷(きやう)も実(じつ)に天国(てんごく)楽土(らくど)の様(やう)なもので御座(ござ)いましたが、191大神(おほかみ)様(さま)がお隠(かく)れ以来(いらい)と云(い)ふものは、192俄(にはか)に国外(こくぐわい)より諸々(もろもろ)の悪神(あくがみ)入(い)り来(きた)つて、193種々(しゆじゆ)の変異(へんい)をなし、194此(この)儘(まま)に放任(はうにん)せば、195忽(たちま)ち地獄道(ぢごくだう)を現出(げんしゆつ)するやも計(はか)り難(がた)しと、196国人(くにびと)の心(こころ)ある者(もの)は、197再(ふたた)び大神(おほかみ)の出現(しゆつげん)を希(こひねが)ひ、198茶(ちや)断(た)ち塩(しほ)断(た)ち火(ひ)の物(もの)断(た)ちを致(いた)し、199天(てん)に祈願(きぐわん)を籠(こ)めて居(を)ります。200夫故(それゆゑ)ここ一月(ひとつき)許(ばか)りは、201吾々(われわれ)は総(すべ)ての飲食(いんしよく)を断(た)ち、202日夜(にちや)祈願(きぐわん)を凝(こ)らし、203善根(ぜんこん)を励(はげ)み居(を)りまする様(やう)の次第(しだい)、204御(お)相手(あひて)も仕(つかまつ)らず、205御(ご)無礼(ぶれい)の段(だん)は、206右様(みぎやう)の次第(しだい)なれば、207何(なに)とぞ悪(あし)からず御(おん)見直(みなほ)して下(くだ)さいませ、208一同(いちどう)の姉妹(きやうだい)に代(かは)りて御(お)願(ねが)ひ致(いた)します』
209 素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)は双手(もろて)を組(く)み、210両眼(りやうがん)より涙(なみだ)をホロホロと落(おと)し、211黙然(もくねん)として吐息(といき)をつき給(たま)ふ。
212高国別(たかくにわけ)『アヽ実(じつ)に感心(かんしん)だ、213有難(ありがた)い有難(ありがた)い。214汝(なんぢ)等(ら)国人(くにびと)が憧憬(どうけい)する、215神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)様(さま)は、216即(すなは)ち此処(ここ)に……否(いな)……やがて此(この)国(くに)に御(ご)降臨(かうりん)遊(あそ)ばして、217汝(なんぢ)等(ら)が望(のぞ)みを叶(かな)へさして下(くだ)さるであらう、218必(かなら)ず心配(しんぱい)されなよ』
219カエン『妾(わたし)はカナンの妻(つま)カエンと申(まを)す者(もの)、220どうぞ宜(よろ)しくお願(ねが)ひ致(いた)します。221十日(とをか)も二十日(はつか)も、222百(ひやく)日(にち)も、223永(なが)く御(ご)逗留(とうりう)を願(ねが)ひます。224何分(なにぶん)此(この)国(くに)は食物(しよくもつ)の穫(と)れない国(くに)で御座(ござ)いまするから、225家(いへ)を増加(ふや)す事(こと)は出来(でき)ませぬので、226此(この)通(とほ)り一戸(いつこ)の内(うち)に家内(かない)が沢山(たくさん)居(を)るので御座(ござ)います。227吾(わが)夫(をつと)は妾(わたし)が兄(あに)で御座(ござ)います』
228高国別(たかくにわけ)『さうすると、229此(この)国(くに)は一夫(いつぷ)多妻(たさい)主義(しゆぎ)だな』
230カエン『ハイハイ、231已(や)むを得(え)ず、232妾(わたし)の家庭(かてい)は一夫(いつぷ)多妻(たさい)、233家(いへ)に依(よ)りては多夫(たふ)一妻(いつさい)の所(ところ)も御座(ござ)います』
234高国別(たかくにわけ)『ハテナア、235モルモン宗(しう)の様(やう)だワイ』
236カエン『ホヽヽヽヽ……夜(よ)も早(はや)深更(しんかう)に及(およ)びました、237どうぞ御寛(ごゆる)りと御(お)就寝(やす)み下(くだ)さいませ』
238と五(ご)人(にん)は一度(いちど)に挨拶(あいさつ)をし乍(なが)ら、239次(つぎ)の室(ま)に姿(すがた)を隠(かく)したり。
240尊(みこと)『高国別(たかくにわけ)殿(どの)、241今晩(こんばん)はゆるりと寝(やす)まして貰(もら)はうかい』
242高国別(たかくにわけ)『有難(ありがた)う御座(ござ)います』
243と傍(かたはら)の物入(ものいれ)より獣(けだもの)の皮(かは)を取(と)り出(だ)し、244之(こ)れを敷(し)き、245幾枚(いくまい)も幾枚(いくまい)も重(かさ)ねて、246二人(ふたり)は安々(やすやす)と寝(しん)に就(つ)き玉(たま)ひける。
247 此(この)国(くに)の風俗(ふうぞく)は、248戸数(こすう)を増加(ふや)す事(こと)を互(たがひ)に戒(いまし)めて居(を)る。249例(たと)へば六(ろく)人(にん)の兄弟(きやうだい)があつて、250其(その)中(うち)の一人(ひとり)が男(をとこ)であれば、251此(この)男(をとこ)を夫(をつと)とし、252決(けつ)して他家(たけ)へ縁付(えんづき)はせないのである。253又(また)一戸(いつこ)の家(うち)に五(ご)人(にん)の男(をとこ)があり、254一人(ひとり)の娘(むすめ)の出来(でき)た時(とき)は、255五(ご)人(にん)の夫(をつと)に一人(ひとり)の妻(つま)といふ不文律(ふぶんりつ)が行(おこな)はれて居(ゐ)る。256夫(そ)れ故(ゆゑ)男子(だんし)許(ばか)り生(うま)れたる時(とき)、257或(あるひ)は女子(ぢよし)許(ばか)り生(うま)れたる時(とき)は、258此(この)家(いへ)の血統(けつとう)は絶(た)えて了(しま)ふといふ不便(ふべん)があるのである。259茲(ここ)に素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)は、260此(この)惨状(さんじやう)を見(み)るに忍(しの)びず、261他家(たけ)と縁組(えんぐみ)をすることを許(ゆる)された。262是(こ)れより素盞嗚(すさのをの)神(かみ)を縁結(えんむす)びの神(かみ)と賞讃(たた)へ、263此(この)国(くに)にてはイドムの神(かみ)として、264国人(くにびと)が尊敬(そんけい)する様(やう)になつた。
265 素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)は、266男女(だんぢよ)の囁(ささや)き声(ごゑ)にフト目(め)を醒(さ)まし、267耳(みみ)を澄(すま)して聞(き)き給(たま)へば、268何事(なにごと)か祈(いの)りの声(こゑ)である。269尊(みこと)は高国別(たかくにわけ)の肩(かた)をゆすり乍(なが)ら、
270尊(みこと)『ヤア高国別(たかくにわけ)、271目(め)を醒(さま)されよ。272何(なん)だか怪(あや)しき人(ひと)の祈(いの)り声(ごゑ)』
273と言葉(ことば)終(をは)らぬに、274高国別(たかくにわけ)はパツと跳起(はねお)き、
275高国別『如何(いか)にも大勢(おほぜい)の声(こゑ)で御座(ござ)います。276最前(さいぜん)も此(この)家(や)の女房(にようばう)カエンとやらの話(はなし)に、277茶(ちや)断(た)ち、278塩(しほ)断(た)ちを致(いた)し、279素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の再出現(さいしゆつげん)を祈(いの)つて居(を)るとか聞(き)きましたが、280大方(おほかた)ソンナ事(こと)ではありますまいか』
281尊(みこと)『吾(われ)は此(この)室(ま)に於(おい)て休息(きうそく)致(いた)し居(を)れば、282汝(なんぢ)はこれより事(こと)の実否(じつぴ)を調(しら)べ来(きた)れよ』
283高国別(たかくにわけ)『承知(しようち)致(いた)しました』
284と此(この)場(ば)を立(た)つて、285忍(しの)び足(あし)に声(こゑ)する方(かた)に進(すす)み行(ゆ)く。286見(み)れば数十(すうじふ)の男女(だんぢよ)、287真裸(まつぱだか)の儘(まま)、288庭前(ていぜん)の野原(のはら)に両手(りやうて)を合(あは)せ蹲踞(しやが)み乍(なが)ら、289力(ちから)なき声(こゑ)を振絞(ふりしぼ)り、290何事(なにごと)か一心(いつしん)不乱(ふらん)に祈願(きぐわん)をこめ、291やがて一人(ひとり)の男(をとこ)、292大麻(おほぬさ)を打振(うちふ)り乍(なが)ら神懸(かむがかり)状態(じやうたい)となつて、293驀地(まつしぐら)に西北(せいほく)指(さ)して駆(か)け出(だ)したり。294数多(あまた)の男女(だんぢよ)はわれ遅(おく)れじと一生(いつしやう)懸命(けんめい)に追跡(つゐせき)する。295されど永(なが)らくの断食(だんじき)に身体(しんたい)弱(よわ)り、296転(こ)けつ輾(まろ)びつ其(その)後(あと)を追(お)ひ行(ゆ)く。297高国別(たかくにわけ)はその状況(じやうきやう)を瞬(またた)きもせず打眺(うちなが)めて居(ゐ)たが、298知(し)らず識(し)らず自分(じぶん)も歩(あゆ)み出(だ)し、299引(ひ)きずらるる如(ごと)き心地(ここち)して、300大勢(おほぜい)の後(あと)に忍(しの)び忍(しの)び従(したが)ひ行(ゆ)く。301遥(はるか)前方(ぜんぱう)に当(あた)りて枯芝(かれしば)の盛(も)りたる如(ごと)き小(ちい)さき饅頭形(まんじうがた)の丘(をか)が見(み)えて居(ゐ)る。302麻(ぬさ)振(ふ)りつつ先(さき)に進(すす)んだ男(をとこ)は小丘(こをか)の上(うへ)に突(つ)つ立(た)ち、303何事(なにごと)か叫(さけ)び乍(なが)ら、304麻(ぬさ)を前後(ぜんご)左右(さいう)に打振(うちふ)り打振(うちふ)り狂気(きやうき)の如(ごと)く踊(をど)り廻(まは)り、305飛(と)びあがり跳(はね)まはり、306キヤツ キヤツと怪(あや)しき声(こゑ)を立(た)てて居(を)る。307数十(すうじふ)人(にん)の老若(らうにやく)男女(なんによ)は同(おな)じく小丘(こをか)の上(うへ)に駆(か)けあがり、308これ亦(また)先(さき)の男(をとこ)と同様(どうやう)踊(をど)りまはり跳廻(はねまは)る。309高国別(たかくにわけ)は原野(げんや)の草(くさ)に身(み)を隠(かく)し、310其(その)怪(あや)しき祈祷(きたう)を息(いき)を殺(ころ)して見(み)つめて居(ゐ)た。311暫(しばら)くあつて麻(ぬさ)持(も)つた男(をとこ)は、312小丘(こをか)の彼方(あなた)に忽(たちま)ち姿(すがた)を隠(かく)した。313続(つづ)いて数多(あまた)の男女(だんぢよ)は一人(ひとり)減(へ)り二人(ふたり)減(へ)り、314三(さん)人(にん)、315五(ご)人(にん)と数(かず)を減(げん)じ、316終(つひ)には唯一人(ただひとり)の麗(うるは)しき女(をんな)を残(のこ)して、317残(のこ)らず姿(すがた)を没(ぼつ)して了(しま)つた。
318高国別(たかくにわけ)『ハテ、319不思議(ふしぎ)な事(こと)があればあるものだ。320あれ丈(だけ)け大勢(おほぜい)の老若(らうにやく)男女(なんによ)が、321何処(どこ)へ往(い)つたか、322見渡(みわた)す限(かぎ)り目(め)を遮(さへぎ)る物(もの)なき此(この)広原(くわうげん)に、323煙(けぶり)の如(ごと)く消(き)え失(う)せるとは合点(がてん)の行(ゆ)かぬことだ。324まさか大地(だいち)に吸収(きふしう)されて粉末(こな)になつたのでもあるまい』
325と独(ひとり)ごち乍(なが)ら、326前後(ぜんご)左右(さいう)に心(こころ)を配(くば)り、327一足(ひとあし)々々(ひとあし)進(すす)み行(ゆ)く。328一人(ひとり)の娘(むすめ)は小丘(こをか)の上(うへ)に双手(もろて)を組(く)み、329稍(やや)伏目勝(ふしめがち)に無言(むごん)の儘(まま)俯(うつ)むいて居(ゐ)る。330高国別(たかくにわけ)はつかつかと進(すす)み、
331高国別『何(いづ)れの女中(ぢよちう)か知(し)りませぬが、332先程(さきほど)物蔭(ものかげ)にて窺(うかが)へば、333幣束(へいそく)を持(も)てる男(をとこ)の後(あと)より数十(すうじふ)人(にん)の男女(だんぢよ)、334此(この)小丘(こをか)を目(め)がけて駆(か)け上(のぼ)り、335前後(ぜんご)左右(さいう)に踊(をど)り狂(くる)ふよと見(み)る間(ま)に、336忽(たちま)ち姿(すがた)は消(き)え失(う)せて了(しま)つた。337あなたは其(その)中(うち)の一人(ひとり)らしく思(おも)はるるが如何(いか)なる次第(しだい)なるか、338詳細(しやうさい)に………お構(かま)ひなくば物語(ものがた)られたし。339吾(われ)は天下(てんか)を救(すく)ふ神(かみ)の使(つかい)………』
340と問(と)ひかけたるに、341女(をんな)は其(その)声(こゑ)に驚(おどろ)いて高国別(たかくにわけ)の顔(かほ)を打見守(うちみまも)り、342首(くび)を左右(さいう)に振(ふ)つて何(なん)の応答(いらへ)もせざりける。343高国別(たかくにわけ)は已(や)むを得(え)ず、344自(みづか)ら小丘(こをか)に駆(か)け上(のぼ)り、345附近(あたり)を一々(いちいち)点検(てんけん)すれ共(ども)、346別(べつ)に穴(あな)らしきものもなければ、347人(ひと)の倒(たふ)れたる姿(すがた)も見(み)えぬ。348虫(むし)の声(こゑ)さへ聞(きこ)えない。349高国別(たかくにわけ)は、
350高国別『ハテ訝(いぶ)かしや』
351と丘上(きうじやう)にどつかと坐(ざ)し、352双手(もろて)を組(く)んで思案(しあん)に暮(く)れ居(ゐ)たり。353此(この)時(とき)、354以前(いぜん)の女(をんな)は、355突然(とつぜん)高国別(たかくにわけ)の首(くび)に細紐(ほそひも)をひつかけ、356背中(せなか)合(あは)せに負(お)ひ乍(なが)ら、357トントントンと元(もと)来(き)し路(みち)へ走(はし)り出(だ)す。358高国別(たかくにわけ)は喉(のど)を締(し)められ、359息(いき)も絶(た)え絶(た)えに、360手足(てあし)を藻掻(もが)きつつ負(お)はれて行(ゆ)く。361大(だい)の男(をとこ)が命懸(いのちがけ)の大藻掻(おほもが)きに屁古垂(へこた)れたと見(み)え、362女(をんな)は一二丁(いちにちやう)来(き)たと思(おも)ふ時(とき)、363石(いし)に躓(つまづ)き、364脆(もろ)くも其(その)場(ば)に倒(たふ)れた。365途端(とたん)に女(をんな)は細紐(ほそひも)を放(はな)す、366高国別(たかくにわけ)はヒラリと身返(みかへ)りし起上(おきあが)り、367女(をんな)の素首(そつくび)をグツと握(にぎ)つて、
368高国別『コラ汝(なんぢ)は大胆(だいたん)不敵(ふてき)の曲者(くせもの)、369容赦(ようしや)はならぬぞ』
370と蠑螺(さざえ)の如(ごと)き拳骨(げんこつ)を固(かた)めて、371骨(ほね)も砕(くだ)けよと許(ばか)り、372打下(うちおろ)ろさむとする形勢(けいせい)を示(しめ)す。373併(しか)し高国別(たかくにわけ)の心(こころ)の中(なか)は、374決(けつ)して此(この)孱弱(かよわ)き女(をんな)を打擲(ちやうちやく)する心(こころ)は、375毫末(がうまつ)もなかつた。376唯(ただ)勢(いきほひ)を示(しめ)して事実(じじつ)を白状(はくじやう)せしめむ策略(さくりやく)であつた。
377 女(をんな)は、
378女『ホヽヽヽヽ、379あのマア恐(おそ)ろしいお顔(かほ)わいなア。380ソンナ怖(こわ)い顔(かほ)をなされますと、381此(この)西蔵(チベツト)の国(くに)は女房(にようばう)になる者(もの)が御座(ござ)いませぬよ。382あのマアおむつかしい顔(かほ)……ホヽヽヽ』
383高国別『アハヽヽヽ、384ナント大胆(だいたん)至極(しごく)な女(をんな)もあればあるものだなア』
385女『オホヽヽヽヽ、386何程(なにほど)怖(こわ)い顔(かほ)をなさつて、387拳(こぶし)を固(かた)め、388妾(わたし)を打(う)つ様(やう)な形勢(けいせい)をお示(しめ)しになつても、389あなたの腹(はら)の中(なか)はさうではありますまい。390何(なに)を言(い)うても、391一方(いつぱう)は孱弱(かよわ)き女(をんな)一方(いつぱう)は鬼(おに)をも挫(ひし)ぐ荒男(あらをとこ)の英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)、392どうして繊弱(かよわ)き女(をんな)が、393………馬鹿(ばか)らしくも打擲(ちやうちやく)が出来(でき)ませう』
394とニタリと、395高国別(たかくにわけ)の顔(かほ)を打(うち)まもる。
396高国別『ナント妙(めう)な女(をんな)だ。397………コラ女(をんな)、398此(この)方(はう)はソンナ優(やさ)しい女(をんな)の腐(くさ)つた様(やう)な男(をとこ)でないぞ、399鬼雲彦(おにくもひこ)の一(いち)の家来(けらい)の鬼掴(おにつかみ)とは俺(おれ)の事(こと)だ。400頭(あたま)からかぶつて喰(く)てやらうか……』
401女『ホヽヽヽヽ、402夫(そ)れ程(ほど)偉(えら)い鬼掴(おにつかみ)なら、403何故(なぜ)妾(わらは)に油断(ゆだん)をして、404細紐(ほそひも)に喉(のど)を締(し)められたのか。405それや全(まつた)く偽(いつは)り、406お前(まへ)は高天原(たかあまはら)から下(くだ)り来(き)たれる高国別(たかくにわけ)であらうがなア』
407高国別『イヤ拙者(せつしや)は決(けつ)して左様(さやう)な者(もの)では御座(ござ)らぬ。408悪逆(あくぎやく)無道(ぶだう)のバラモン教(けう)の悪神(あくがみ)だ。409この方(はう)が此(この)国(くに)に現(あら)はれた以上(いじやう)は、410何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も、411片(かた)つ端(ぱし)から雁首(がんくび)を引抜(ひきぬ)いて、412御(おん)大将(たいしやう)鬼雲彦(おにくもひこ)や、413八岐(やまた)大蛇(をろち)の神(かみ)に御(ご)馳走(ちそう)を献上(けんじやう)するのだ』
414女『ホヽヽヽヽ、415置(お)かんせいなア、416これ高(たか)サン』
417と肩(かた)をポンと叩(たた)く。
418高国別『オイ馬鹿(ばか)にするな。419金毛(きんまう)九尾(きうび)のお化(ばけ)奴(め)が色(いろ)で迷(まよ)はす浅漬(あさづけ)茄子(なすび)、420何程(なにほど)巧言(かうげん)令色(れいしよく)の限(かぎ)りを尽(つく)し、421吾(われ)を誑惑(けうわく)せむとするも、422女(をんな)にかけては無関係(むくわんけい)、423没交渉(ぼつかうせう)の拙者(それがし)だ。424女色(ぢよしよく)に迷(まよ)うて、425どうして此(この)悪(あく)の道(みち)が弘(ひろ)まらうかい。426グズグズ吐(ぬか)すと股(また)から引裂(ひきさ)いてやらうか』
427女『サアサア股(また)からなつと、428首(くび)からなりと、429あなたに任(まか)せた此(この)体(からだ)、430一寸刻(いつすんきざみ)か五分試(ごぶだめ)し、431焚(た)いて喰(く)はうと、432焼(や)いて喰(く)はうと、433あなたの御(ご)勝手(かつて)、434妾(わらは)は夫(そ)れが満足(まんぞく)で御座(ござ)んす。435ホヽヽヽヽ』
436高国別『益々(ますます)分(わか)らぬ奴(やつ)だ。437エー、438怪(け)つ体(たい)の悪(わる)い、439此(この)広野(ひろの)ケ原(はら)で幸(さひは)ひ人(ひと)が居(ゐ)ないから好(い)いものの、440天(てん)知(し)る地(ち)知(し)る吾(われ)も知(し)るだ。441七(しち)尺(しやく)八寸(はつすん)の荒男(あらをとこ)が、442六(ろく)尺(しやく)足(た)らずの繊弱(かよわ)き女(をんな)に口説(くど)かれて、443グズグズ致(いた)して居(ゐ)るのは、444実(じつ)に何(なん)とも慚愧(ざんき)汗顔(かんがん)の至(いた)りだ………オイ女(をんな)其方(そなた)は一体(いつたい)全体(ぜんたい)何者(なにもの)だ。445早(はや)く化(ばけ)の皮(かは)を現(あら)はさぬか』
446女『ホヽヽヽヽ、447妾(わらは)はあの天教(てんけう)………否々(いやいや)やつぱり化物(ばけもの)の女(をんな)で御座(ござ)います』
448高国別『アハア、449さうか、450貴様(きさま)はやつぱり、451癲狂院(てんきやうゐん)代物(しろもの)だな。452コンナキ印(じるし)に暇(ひま)を潰(つぶ)して居(を)つては尊様(みことさま)に対(たい)して申訳(まをしわけ)がない………オイ女(をんな)、453貴様(きさま)ゆつくりと、454夢(ゆめ)でも見(み)て、455独言(ひとりごと)を言(い)つて居(を)るが宜(よ)からう』
456と踵(きびす)を返(かへ)し、457小丘(こをか)を指(さ)して進(すす)み行(ゆ)かむとす。458以前(いぜん)の女(をんな)又(また)もや細紐(ほそひも)をパツとふりかけた途端(とたん)に、459足(あし)をさらへられて、460大(だい)の男(をとこ)はドスンと大地(だいち)に倒(たふ)れた。
461高国別『アイタヽ、462エーエーまた引(ひ)つかけよつた。463馬鹿(ばか)にするない、464モウ了見(れうけん)ならぬぞ』
465女『ホヽヽヽヽ、466高国別(たかくにわけ)の弱(よわ)い事(こと)わいのう、467アイタタとは、468そら何(なん)とした又(また)弱音(よわね)を吹(ふ)きやしやんす。469ひつかけ戻(もど)しの仕組(しぐみ)ぢやぞい。470神(かみ)が綱(つな)を掛(か)けたら、471逃(に)げやうと言(い)つても逃(にが)しはせぬ、472アイタタとは誰(たれ)に会(あ)ひたいのだエ、473神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)にか………』
474高国別『エーやつぱり此奴(こいつ)ア金毛(きんまう)九尾(きうび)の化狐(ばけきつね)だ。475何(なに)もかも皆(みな)知(し)つてゐよる、476サアもう勘忍袋(かんにんぶくろ)の緒(を)が切(き)れた、477………ヤア女(をんな)、478此(この)高(たか)サンが首途(かどで)の血祭(ちまつり)だ、479覚悟(かくご)を致(いた)せ……』
480女『ホヽヽヽヽ、481あの言霊(ことたま)でなア』
482高国別『エー言霊(ことたま)もあつたものかい、483高(たか)サンの腕力(わんりよく)で荒料理(あられうり)だ、484覚悟(かくご)を致(いた)せ』
485女『ホヽヽヽヽ、486妾(わらは)は数万(すうまん)年(ねん)の昔(むかし)より、487磐石(ばんじやく)の如(ごと)き覚悟(かくご)を定(き)めて居(を)りますよ。488あのソワソワしい高(たか)サンの振舞(ふるまひ)、489わしや可笑(おか)しい、490ホヽヽヽヽ』
491高国別『エー邪魔(じやま)臭(くさ)い、492コンナ奴(やつ)に相手(あひて)になつて居(を)つたら、493日(ひ)が暮(く)れるワイ。494兎(と)に角(かく)怪(あや)しき彼(か)の小丘(こをか)、495一伍(いちぶ)一什(しじふ)を取調(とりしら)べて尊様(みことさま)へ報告(はうこく)を致(いた)さねばなるまい、496尊(みこと)におかせられても、497さぞやお待兼(まちかね)であらう。498エー此(この)綱(つな)を此奴(こいつ)に持(も)たして置(お)けば、499又(また)もやひつかけ戻(もど)しに遭(あ)はしよるかも知(し)れない』
500と云(い)ひ乍(なが)ら、501細紐(ほそひも)をクルクルと手繰(たぐ)つて、502懐(ふところ)に捩(ね)ぢ込(こ)まうとする。
503女『ホヽヽヽヽ、504広野(ひろの)ケ原(はら)で七(しち)尺(しやく)八寸(はつすん)の泥棒(どろばう)が現(あら)はれた、505ナントまあ甲斐性(かひしやう)のない泥棒(どろばう)だこと、506女(をんな)の腰紐(こしひも)を奪(うば)つて帰(かへ)る様(やう)な泥棒(どろばう)にロクな奴(やつ)はない』
507高国別『エー面倒(めんだう)臭(くさ)い、508今度(こんど)は真剣(しんけん)だ、509股(また)から引裂(ひきさ)いてやらう………ヤイ女(をんな)、510俺(おれ)が怒(おこ)つたら、511本真剣(ほんしんけん)だ』
512女『オホヽヽヽヽ、513其(その)本真剣(ほんしんけん)も怪(あや)しいものだ、514細紐(ほそひも)一本(いつぽん)で貴重(きちよう)な女(をんな)の生命(いのち)を取(と)らうとする腰抜(こしぬけ)泥棒(どろばう)………美事(みごと)取(と)るなら取(と)つて見(み)よ。515妾(わらは)もサル者(もの)、516此(この)細腕(ほそうで)の続(つづ)く限(かぎ)り、517力(ちから)の限(かぎ)り、518お相手(あひて)になりませう』
519高国別『アハヽヽヽ、520一寸(ちよつと)やりよるな、521…………アーア、522女子(ぢよし)と小人(せうじん)は養(やしな)ひ難(がた)しだ。523ヤア何処(どこ)のお女中(ぢよちう)か知(し)らぬが、524観客(くわんきやく)の無(な)い芝居(しばゐ)は根(ね)つからはづまない。525モウ此処(ここ)らで幕切(まくぎ)れと致(いた)して二人(ふたり)手(て)に手(て)を取(と)つて、526二世(にせ)や三世(さんせ)はまだ愚(おろか)、527五六七(みろく)の世(よ)までも、528生死(せいし)を共(とも)に、529死出(しで)も三途(さんづ)も、530駱駝(らくだ)の道伴(みちづ)れ、531鴛鴦(おし)の衾(ふすま)の睦(むつ)み合(あ)ひと云(い)ふ段取(だんどり)だ。532サアサア最早(もはや)平和(へいわ)克復(こくふく)だ。533あなにやしエー乙女(おとめ)、534チヤツとおじや』
535と目(め)を細(ほそ)くし、536舌(した)をペロリと出(だ)して、537腰付(こしつき)怪(あや)しく手(て)を差(さ)し延(の)ばせば、538女(をんな)は三十(さんじつ)珊(サンチ)の榴弾(りうだん)を撃(う)つたる如(ごと)く、
539女『マア好(す)かんたらしいお方(かた)』
540と云(い)ひ乍(なが)ら、541肱鉄砲(ひぢでつぱう)を二三発(にさんぱつ)乱射(らんしや)したり。
542高国別『アイタヽ、543益々(ますます)合点(がてん)の行(ゆ)かぬ剛(がう)の女(をんな)、544古今(ここん)無双(むさう)のヒーロー豪傑(がうけつ)、545高国別(たかくにわけ)も半分(はんぶん)許(ばか)り感服(かんぷく)仕(つかまつ)つた』
546女『ホヽヽ、547自我心(じがしん)の強(つよ)い高国別(たかくにわけ)、548半分(はんぶん)感服(かんぷく)とはそりや何(なん)の囈語(たわごと)』
549高国別『イヤもう全部(ぜんぶ)感服(かんぷく)仕(つかまつ)つた。550金毛(きんまう)九尾(きうび)白面(はくめん)の悪狐(あくこ)と云(い)ふ奴(やつ)は実(じつ)に巧(たくみ)なものだ。551それ位(くらゐ)の力量(りきりやう)がなくては、552到底(たうてい)此(この)秘密(ひみつ)郷(きやう)を蹂躙(じうりん)する事(こと)は出来(でき)ないワイ。553何(なに)は兎(と)も有(あ)れ是(これ)から貴様(きさま)の気(き)に入(い)らぬ彼(か)の土饅頭(どまんじう)の探険(たんけん)だ』
554と大股(おほまた)にノソリノソリと駆出(かけだ)したり。
555 女(をんな)は(義太夫(ぎだいふ)調(てう))
556女『マアマア、557待(ま)つて下(くだ)さいませ。558折角(せつかく)顔(かほ)見(み)た甲斐(かひ)も無(な)う、559モウ別(わか)るるとは曲(きよく)がない。560お前(まへ)に会(あ)ひたさ、561顔(かほ)見(み)たさ、562死(し)なば諸共(もろとも)死出(しで)三途(さんづ)、563神々(かみがみ)様(さま)に願(ぐわん)をかけ、564先(さき)へ廻(まは)つてお前(まへ)の行衛(ゆくゑ)、565お前(まへ)の来(く)るのを待(ま)つて居(ゐ)た妾(わらは)が思(おも)ひ、566物(もの)の憐(あは)れを知(し)らぬ男(をとこ)は、567人間(にんげん)ではあるまい、568妾(わらは)が切(せつ)なき思(おも)ひを推量(すいりやう)して下(くだ)さんせ』
569高国別『アーア馬鹿(ばか)にしよる、570斯(こ)うして何時(いつ)までも暇(ひま)取(と)らせ、571其(その)間(ま)に数十(すうじふ)人(にん)の老若(らうにやく)男女(なんによ)を計略(けいりやく)を以(もつ)て虐殺(ぎやくさつ)するの計画(たくみ)であらう。572………エー邪魔(じやま)ひろぐな』
573と女(をんな)を蹴飛(けと)ばし、574踏(ふ)み散(ち)らし、575韋駄天(ゐだてん)走(ばし)りに進(すす)み行(ゆ)く。
576女『オーイオーイ、577高(たか)サン待(ま)つた』
578高国別『エー待(ま)つも、579待(ま)つたもあるものか、580貴様(きさま)、581勝手(かつて)に何(なん)なとほざけ』
582と一足(ひとあし)々々(ひとあし)小丘(こをか)の周囲(まはり)を四股(しこ)踏(ふ)み乍(なが)ら歩(あゆ)み出(だ)した。583忽(たちま)ちバサリと大地(だいち)は凹(くぼ)んで四五間(しごけん)地(ち)の底(そこ)ヘズルズルズルと落(お)ち込(こ)んだ。584以前(いぜん)の女(をんな)は落込(おちこ)んだ穴(あな)の口(くち)より、585下(した)を覗(のぞ)いて、
586女『ヤア高(たか)サンか感心(かんしん)々々(かんしん) ホヽヽヽヽ』
587と笑(わら)つて居(ゐ)る、588高国別(たかくにわけ)の身(み)の上(うへ)は果(はた)して如何(いか)なるであらうか。
589(大正一一・四・三 旧三・七 松村真澄録)
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