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霊界物語
如意宝珠(第13~24巻)
第15巻(寅の巻)
序
凡例
総説歌
第1篇 正邪奮戦
第1章 破羅門
第2章 途上の変
第3章 十六花
第4章 神の栄光
第5章 五天狗
第6章 北山川
第7章 釣瓶攻
第8章 ウラナイ教
第9章 薯蕷汁
第10章 神楽舞
第2篇 古事記言霊解
第11章 大蛇退治の段
第3篇 神山霊水
第12章 一人旅
第13章 神女出現
第14章 奇の岩窟
第15章 山の神
第16章 水上の影
第17章 窟の酒宴
第18章 婆々勇
第4篇 神行霊歩
第19章 第一天国
第20章 五十世紀
第21章 帰顕
第22章 和と戦
第23章 八日の月
跋文
余白歌
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第15巻(寅の巻)
> 第1篇 正邪奮戦 > 第5章 五天狗
<<< 神の栄光
(B)
(N)
北山川 >>>
第五章
五天狗
(
ごてんぐ
)
〔五七二〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻
篇:
第1篇 正邪奮戦
よみ(新仮名遣い):
せいじゃふんせん
章:
第5章 五天狗
よみ(新仮名遣い):
ごてんぐ
通し章番号:
572
口述日:
口述場所:
筆録者:
外山豊二
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1922(大正11)年12月5日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
エデン河に投げ出されて命を失った(第2章参照)安彦、国彦、道彦、田加彦、百舌彦の五人は、一途の川のほとりにやってきた。
一行は一途の川の婆の装置によって中空に巻き上げられてしまい、突然の電光雷鳴と共に落下したとみるや、気がつくと高山の間の谷川の流れの砂辺に横たわっていた。
これは妙音菩薩が一行をエデン河から救って、メソポタミヤ山中の谷川に降ろしたのであった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2021-01-16 01:27:07
OBC :
rm1505
愛善世界社版:
59頁
八幡書店版:
第3輯 302頁
修補版:
校定版:
59頁
普及版:
26頁
初版:
ページ備考:
001
天津
(
あまつ
)
御空
(
みそら
)
はドンヨリと
薄墨
(
うすずみ
)
を
流
(
なが
)
せし
如
(
ごと
)
き
光景
(
くわうけい
)
に
引換
(
ひきか
)
へ、
002
青葉
(
あをば
)
茂
(
しげ
)
れる
大野原
(
おほのはら
)
を
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
、
003
治
(
をさ
)
まる
御世
(
みよ
)
も
安彦
(
やすひこ
)
や、
004
栄
(
さか
)
え
久
(
ひさ
)
しき
松
(
まつ
)
の
五六七
(
みろく
)
の
国彦
(
くにひこ
)
や、
005
聖
(
きよ
)
き
教
(
をしへ
)
の
道彦
(
みちひこ
)
は、
006
口
(
くち
)
から
先
(
さき
)
に
生
(
うま
)
れたる
百舌彦
(
もずひこ
)
、
007
田加彦
(
たかひこ
)
伴
(
ともな
)
ひて、
008
とある
川辺
(
かはべ
)
に
着
(
つ
)
きにけり。
009
安彦
(
やすひこ
)
『ヨー
又
(
また
)
此処
(
ここ
)
は
一途
(
いちづ
)
の
川
(
かは
)
だ。
010
此
(
この
)
前
(
まへ
)
に
来
(
き
)
た
時
(
とき
)
は、
011
大変
(
たいへん
)
に
清潔
(
せいけつ
)
な
水
(
みづ
)
が
淙々
(
そうそう
)
として
流
(
なが
)
れてゐたが、
012
夕立
(
ゆふだち
)
もせないのに
今日
(
けふ
)
は
又
(
また
)
如何
(
どう
)
した
拍子
(
へうし
)
の
瓢箪
(
へうたん
)
やら、
013
素敵
(
すてき
)
滅法界
(
めつぽふかい
)
な
泥水
(
どろみづ
)
だ。
014
此
(
こ
)
の
川
(
かは
)
を
少
(
すこ
)
しく
上
(
のぼ
)
れば
松並木
(
まつなみき
)
があつて、
015
其
(
そ
)
の
根下
(
ねもと
)
に
二間
(
ふたま
)
造
(
づく
)
りの
瓦葺
(
かはらぶ
)
きの
立派
(
りつぱ
)
な
婆
(
ばば
)
の
館
(
やかた
)
がある
筈
(
はず
)
だ。
016
のう
道彦
(
みちひこ
)
、
017
貴様
(
きさま
)
も
未
(
ま
)
だ
記憶
(
きおく
)
に
残
(
のこ
)
つて
居
(
ゐ
)
るだらう』
018
道彦
(
みちひこ
)
『
夢
(
ゆめ
)
だつたか
幻
(
まぼろし
)
だつたか
判然
(
はつきり
)
せないが、
019
二人
(
ふたり
)
の
婆
(
ばば
)
が、
020
鋭
(
と
)
ぎすましたる
出刃
(
でば
)
庖丁
(
ばうちやう
)
を
振上
(
ふりあ
)
げて、
021
前後
(
ぜんご
)
左右
(
さいう
)
より
斬
(
き
)
つてかかりよつた
時
(
とき
)
のシーンは、
022
今
(
いま
)
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
しても
慄
(
ぞつ
)
とするよ。
023
移
(
うつ
)
り
替
(
か
)
はるは
浮世
(
うきよ
)
の
習
(
なら
)
ひ、
024
此
(
こ
)
の
清潔
(
せいけつ
)
な
一途
(
いちづ
)
の
川
(
かは
)
でさへも、
025
泥川
(
どろがは
)
と
変化
(
へんくわ
)
した
今日
(
こんにち
)
だから
彼
(
あ
)
の
鬼婆
(
おにばば
)
だつて、
026
さう
何時迄
(
いつまで
)
も
同
(
おな
)
じ
所
(
ところ
)
に
固着
(
こちやく
)
してゐる
筈
(
はず
)
はなからう。
027
遠
(
とほ
)
の
昔
(
むかし
)
に
磨滅
(
まめつ
)
して
了
(
しま
)
つて
影
(
かげ
)
も
止
(
とど
)
めず、
028
訪
(
おとな
)
ふ
者
(
もの
)
は
川風
(
かはかぜ
)
の
音
(
おと
)
、
029
波
(
なみ
)
の
響
(
ひびき
)
位
(
ぐらゐ
)
なものだらうよ。
030
さう
心配
(
しんぱい
)
するには
及
(
およ
)
ばぬさア』
031
安彦
(
やすひこ
)
『
誰
(
たれ
)
が
心配
(
しんぱい
)
をして
居
(
ゐ
)
るものか。
032
今度
(
こんど
)
は
彼
(
あ
)
の
婆
(
ばば
)
が
居
(
を
)
つたら、
033
一
(
ひと
)
つ
掛合
(
かけあ
)
つて
見
(
み
)
ようと
思
(
おも
)
うのだ。
034
なア
国彦
(
くにひこ
)
、
035
お
前
(
まへ
)
は
未
(
ま
)
だ
経験
(
けいけん
)
が
無
(
な
)
いから、
036
非常
(
ひじやう
)
に
恐
(
おそ
)
ろしい
鬼婆
(
おにばば
)
だと
思
(
おも
)
うであらうが、
037
それはそれは
素敵
(
すてき
)
滅法界
(
めつぽふかい
)
な
美人
(
びじん
)
だよ。
038
花
(
はな
)
の
顔色
(
かんばせ
)
、
039
月
(
つき
)
の
眉
(
まゆ
)
、
040
スノーの
膚
(
はだへ
)
、
041
言
(
い
)
ふに
言
(
い
)
はれぬ
逸物
(
いつぶつ
)
だ。
042
年
(
とし
)
は
寄
(
よ
)
つたと
言
(
い
)
つても
未
(
ま
)
だ
残
(
のこ
)
りの
色香
(
いろか
)
も
失
(
う
)
せない
姥桜
(
うばざくら
)
、
043
手折
(
たお
)
る
可
(
べ
)
き
価
(
あたひ
)
は
確
(
たしか
)
にアリソの
海
(
うみ
)
だ。
044
深
(
ふか
)
い
契
(
ちぎり
)
を
結
(
むす
)
び
昆布
(
こぶ
)
、
045
俺
(
わし
)
とお
前
(
まへ
)
と
二人
(
ふたり
)
の
仲
(
なか
)
は、
046
二世
(
にせ
)
も
三世
(
さんせ
)
も
先
(
さき
)
の
世
(
よ
)
かけて、
047
一途
(
いちづ
)
の
川
(
かは
)
の
涸
(
か
)
れる
迄
(
まで
)
、
048
たとへ
大地
(
だいち
)
は
沈
(
しづ
)
むとも……とノロケテ、
049
現
(
うつつ
)
を
脱
(
ぬ
)
かすやうな
別嬪
(
べつぴん
)
だ。
050
安彦
(
やすひこ
)
、
051
道彦
(
みちひこ
)
の
両人
(
りやうにん
)
が
仲人
(
なかうど
)
をして
一
(
ひと
)
つ
合衾
(
がふきん
)
の
式
(
しき
)
を
挙
(
あ
)
げさしてやりたいものだよ』
052
国彦
(
くにひこ
)
『
莫迦
(
ばか
)
にするない、
053
モウ
忘
(
わす
)
れたか。
054
俺
(
おれ
)
も
貴様
(
きさま
)
と
一所
(
いつしよ
)
に
探険
(
たんけん
)
したではないか。
055
俺
(
おれ
)
だつて
未
(
ま
)
だ
三十
(
さんじふ
)
男
(
をとこ
)
の
花
(
はな
)
の
盛
(
さか
)
りだ。
056
散
(
ち
)
りかかつた
姥桜
(
うばざくら
)
を
女房
(
にようばう
)
にせよとは、
057
あまり
男
(
をとこ
)
を
軽蔑
(
けいべつ
)
するにも
程
(
ほど
)
がある。
058
男
(
をとこ
)
が
四十
(
しじふ
)
で
女
(
をんな
)
が
三十
(
さんじふ
)
ならば、
059
些
(
ちつ
)
とはハーモニーも
取
(
と
)
れるであらうが、
060
十
(
とほ
)
余
(
あま
)
りも
老
(
お
)
うとると
云
(
い
)
ふ
様
(
やう
)
な
女房
(
にようばう
)
は
御免
(
ごめん
)
だよ。
061
女
(
をんな
)
旱
(
ひで
)
りも
無
(
な
)
い
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
に、
062
あまり
冷笑
(
ひやか
)
して
呉
(
く
)
れるない。
063
アヽ
何
(
なん
)
となく
身体中
(
からだぢう
)
がぞうぞうして
来
(
き
)
た。
064
何
(
ど
)
うやら
娑婆
(
しやば
)
の
空気
(
くうき
)
とは
見当
(
けんたう
)
が
違
(
ちが
)
ふやうだ。
065
一体
(
いつたい
)
此処
(
ここ
)
は
何国
(
なにくに
)
の
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
所
(
ところ
)
だらう』
066
安彦
(
やすひこ
)
『エデンの
河
(
かは
)
の
渡場
(
わたしば
)
で
船
(
ふね
)
を
濁流
(
だくりう
)
に
流
(
なが
)
して、
067
河中
(
かはなか
)
に
衝立
(
つつた
)
つた
岩石
(
がんせき
)
に
船
(
ふね
)
を
打当
(
ぶちあ
)
て、
068
木葉
(
こつぱ
)
微塵
(
みぢん
)
に
砕
(
くだ
)
いた
結果
(
けつくわ
)
、
069
濁流
(
だくりう
)
漲
(
みなぎ
)
る
水底
(
みなそこ
)
に
暫時
(
しばし
)
蟄居
(
ちつきよ
)
したと
思
(
おも
)
つたら、
070
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にかコンナ
大野
(
おほの
)
ケ
原
(
はら
)
を
横断
(
わうだん
)
し、
071
又
(
また
)
もや
一途
(
いちづ
)
の
川
(
かは
)
の
岸辺
(
きしべ
)
に
着
(
つ
)
いたのだ。
072
吾々
(
われわれ
)
一同
(
いちどう
)
は
一旦
(
いつたん
)
土左衛門
(
どざゑもん
)
となつて、
073
冥途
(
めいど
)
の
旅
(
たび
)
を
今
(
いま
)
やつてゐるのだ。
074
四辺
(
あたり
)
の
状況
(
じやうきやう
)
が
違
(
ちが
)
ふのも
当然
(
あたりまへ
)
だよ』
075
国彦
(
くにひこ
)
『
困
(
こま
)
つたことだなア。
076
併
(
しか
)
し
好
(
い
)
い
死時
(
しにどき
)
だ。
077
可愛
(
かあい
)
い
女房
(
にようばう
)
も
無
(
な
)
ければ
子
(
こ
)
もなし、
078
別
(
べつ
)
に
娑婆
(
しやば
)
に
執着心
(
しふちやくしん
)
も
無
(
な
)
いのだから、
079
何
(
ど
)
うだ
一
(
ひと
)
つ
奮発
(
ふんぱつ
)
して
幽冥界
(
いうめいかい
)
を
跋渉
(
ばつせふ
)
し、
080
宣伝歌
(
せんでんか
)
でも
歌
(
うた
)
つて
三途
(
せうづ
)
の
川
(
かは
)
の
鬼婆
(
おにばば
)
や、
081
数多
(
あまた
)
の
鬼
(
おに
)
共
(
ども
)
を
片端
(
かたつぱし
)
から
言向和
(
ことむけやは
)
し、
082
聴
(
き
)
かぬ
奴
(
やつ
)
は
笠
(
かさ
)
の
台
(
だい
)
を
縦横
(
じうわう
)
無尽
(
むじん
)
にチヨン
斬
(
ぎ
)
つて、
083
地獄
(
ぢごく
)
開設
(
かいせつ
)
以来
(
いらい
)
のクーデターを
開始
(
かいし
)
してやらうではないか。
084
エーンアーン』
085
安彦
(
やすひこ
)
『
猛烈
(
まうれつ
)
な
勢
(
いきほひ
)
だなア、
086
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
今
(
いま
)
から
喇叭
(
ラツパ
)
を
吹
(
ふ
)
くと、
087
先
(
さき
)
へ
往
(
い
)
つてから
原料
(
げんれう
)
が
欠乏
(
けつぼう
)
して
了
(
しま
)
うよ』
088
国彦
(
くにひこ
)
『ナーニ
旧
(
もと
)
は
与太彦
(
よたひこ
)
と
云
(
い
)
つた
此
(
この
)
方
(
はう
)
だ。
089
俺
(
おれ
)
の
言
(
い
)
つたことは
決
(
けつ
)
してノンセンスでは
無
(
な
)
い。
090
深遠
(
しんゑん
)
微妙
(
びめう
)
の
意味
(
いみ
)
が
含
(
ふく
)
んでゐるのだ。
091
マア
細工
(
さいく
)
は
粒々
(
りうりう
)
仕上
(
しあ
)
げを
見
(
み
)
て
下
(
くだ
)
されよ。
092
開
(
あ
)
いた
口
(
くち
)
が
閉
(
すぼ
)
まらぬ、
093
牛糞
(
うしぐそ
)
が
天下
(
てんか
)
をとるのは
今度
(
こんど
)
のことであるぞよ。
094
世界
(
せかい
)
の
人民
(
じんみん
)
改心
(
かいしん
)
致
(
いた
)
されよだ』
095
安彦
(
やすひこ
)
『
又
(
また
)
汽笛
(
きてき
)
を
吹
(
ふ
)
き
出
(
だ
)
しよつた。
096
コンナ
奴
(
やつ
)
と
道連
(
みちづ
)
れになると
騒
(
さわ
)
がしくて
烏
(
からす
)
も
燕
(
つばめ
)
も
雀
(
すずめ
)
も
百舌鳥
(
もず
)
も、
097
みな
逃
(
に
)
げて
了
(
しま
)
ひよるから、
098
幽界
(
いうかい
)
旅行
(
りよかう
)
も
面白
(
おもしろ
)
く
無
(
な
)
いワイ。
099
好
(
い
)
い
加減
(
かげん
)
に
沈黙
(
ちんもく
)
せぬかい』
100
国彦
(
くにひこ
)
『
乃木
(
のぎ
)
将軍
(
しやうぐん
)
の
猛烈
(
まうれつ
)
なる
攻撃
(
こうげき
)
に
会
(
あ
)
ひ、
101
南山
(
なんざん
)
の
砲台
(
はうだい
)
は
漸
(
やうや
)
く
沈黙
(
ちんもく
)
したが、
102
二百三
(
にひやくさん
)
高地
(
かうち
)
の
与太彦
(
よたひこ
)
砲台
(
はうだい
)
は
仲々
(
なかなか
)
以
(
もつ
)
て
容易
(
ようい
)
に
沈黙
(
ちんもく
)
せない。
103
一度
(
いちど
)
生命
(
いのち
)
をステツセルの
吾々
(
われわれ
)
、
104
旅順口
(
りよじゆんこう
)
の
片顋
(
かたあご
)
がむしられようとも、
105
さう
やす
やすと
休戦
(
きうせん
)
の
喇叭
(
ラツパ
)
は
吹
(
ふ
)
かないから、
106
其
(
そ
)
の
積
(
つも
)
りで
貴様
(
きさま
)
達
(
たち
)
も
吾輩
(
わがはい
)
に
従軍
(
じゆうぐん
)
するのだ。
107
一途
(
いちづ
)
の
川
(
かは
)
の
二人
(
ふたり
)
婆
(
ばば
)
の
館
(
やかた
)
まで
突貫
(
とつくわん
)
々々
(
とつくわん
)
。
108
全隊
(
ぜんたい
)
進
(
すす
)
め、
109
一
(
いち
)
二
(
に
)
三
(
さん
)
四
(
し
)
五
(
ご
)
』
110
と
自分
(
じぶん
)
一人
(
ひとり
)
、
111
人員
(
じんゐん
)
を
数
(
かぞ
)
へ
乍
(
なが
)
らコムパスに
油
(
あぶら
)
をかけて、
112
急足
(
きふそく
)
滑車
(
くわつしや
)
を
走
(
はし
)
らせた。
113
安彦
(
やすひこ
)
、
114
道彦
(
みちひこ
)
、
115
田加彦
(
たかひこ
)
、
116
百舌彦
(
もずひこ
)
は
一斉
(
いつせい
)
に
手
(
て
)
を
揚
(
あ
)
げ、
117
声
(
こゑ
)
を
限
(
かぎ
)
りに、
118
四
(
よ
)
人
(
にん
)
『オーイオーイ』
119
と
呼
(
よ
)
び
止
(
と
)
める。
120
国彦
(
くにひこ
)
は
耳
(
みみ
)
にもかけず
尻
(
しり
)
ひつからげて、
121
トントンと
驀地
(
まつしぐら
)
に
婆
(
ばば
)
の
館
(
やかた
)
を
指
(
さ
)
して
走
(
はし
)
り
行
(
ゆ
)
く。
122
勢
(
いきほひ
)
余
(
あま
)
つて
半丁
(
はんちやう
)
ばかり
通
(
とほ
)
り
越
(
こ
)
して
了
(
しま
)
ひ
123
国彦
『ヨー
国彦
(
くにひこ
)
サンの
御
(
ご
)
威光
(
ゐくわう
)
に
恐
(
おそ
)
れてか、
124
一途
(
いちづ
)
の
川
(
かは
)
の
二人
(
ふたり
)
婆
(
ばば
)
も
共
(
とも
)
に
何処
(
いづこ
)
とも
無
(
な
)
く
煙散
(
えんさん
)
霧消
(
むせう
)
の
大惨事
(
だいさんじ
)
とけつかるワイ。
125
それにつけても
安彦
(
やすひこ
)
、
126
道彦
(
みちひこ
)
その
他
(
た
)
の
足弱
(
あしよわ
)
共
(
ども
)
、
127
何
(
なに
)
を
愚図
(
ぐづ
)
愚図
(
ぐづ
)
してゐるのだらうか。
128
大方
(
おほかた
)
此
(
この
)
風
(
かぜ
)
に
吹
(
ふ
)
き
飛
(
と
)
ばされて、
129
夏
(
なつ
)
の
蚊
(
か
)
が
夕立
(
ゆふだち
)
に
逢
(
あ
)
うたやうに
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
の
裏
(
うら
)
に、
130
しがみついてゐよるのだらう。
131
アヽ
弱虫
(
よわむし
)
だなア』
132
と
得意
(
とくい
)
になつて、
133
モノログを
囀
(
さへづ
)
つてゐる。
134
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
を
聞
(
き
)
いてか、
135
松
(
まつ
)
の
根下
(
ねもと
)
の
小屋
(
こや
)
の
中
(
なか
)
より
渋紙
(
しぶかみ
)
のやうな
手
(
て
)
を
出
(
だ
)
し、
136
皺枯
(
しわが
)
れ
声
(
ごゑ
)
を
出
(
だ
)
して、
137
婆
『オーイ オーイ』
138
と
招
(
まね
)
く
婆
(
ばば
)
の
声
(
こゑ
)
、
139
国彦
(
くにひこ
)
『ヤーあまり
馬力
(
ばりき
)
をかけ
過
(
す
)
ぎたので、
140
婆
(
ばば
)
の
家
(
いへ
)
を
見落
(
みおと
)
したと
見
(
み
)
えるワイ。
141
ナアンダ、
142
安彦
(
やすひこ
)
の
言
(
い
)
つたのとは
余程
(
よつぽど
)
年
(
とし
)
の
寄
(
よ
)
つた
穢
(
きたな
)
い
婆
(
ばば
)
だ。
143
大方
(
おほかた
)
彼奴
(
あいつ
)
の
娘
(
むすめ
)
の
中婆
(
ちうばば
)
のことだらう。
144
ナンデモ
二人
(
ふたり
)
の
婆
(
ばば
)
だと
云
(
い
)
ふから
一人
(
ひとり
)
の
方
(
はう
)
は
若
(
わか
)
い
奴
(
やつ
)
に
違
(
ちが
)
ひない。
145
どうれ、
146
首実検
(
くびじつけん
)
と
出掛
(
でか
)
けてやらうかい』
147
と
又
(
また
)
もやテクテクと
松
(
まつ
)
の
下
(
した
)
の
川縁
(
かはべり
)
の
小屋
(
こや
)
を
指
(
さ
)
して
引返
(
ひきかへ
)
し
来
(
き
)
たり、
148
門口
(
かどぐち
)
を
三
(
み
)
つ
四
(
よ
)
つ
打叩
(
うちたた
)
き
乍
(
なが
)
ら、
149
国彦
(
くにひこ
)
『
吾
(
われ
)
こそは
音
(
おと
)
に
名高
(
なだか
)
き
与太彦
(
よたひこ
)
ドツコイ
国彦
(
くにひこ
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
、
150
眼
(
まなこ
)
涼
(
すず
)
しく
眉
(
まゆ
)
秀
(
ひい
)
で、
151
鼻筋
(
はなすぢ
)
通
(
とほ
)
り
口元
(
くちもと
)
凛
(
りん
)
として
苦味
(
にがみ
)
を
帯
(
お
)
び、
152
英気
(
えいき
)
に
充
(
み
)
ちたる
古今
(
ここん
)
無双
(
むさう
)
のヒーロー
豪傑
(
がうけつ
)
、
153
一途
(
いちづ
)
の
川
(
かは
)
の
渡守
(
わたしもり
)
を
致
(
いた
)
す
鬼婆
(
おにばば
)
の
娘
(
むすめ
)
の
中婆
(
ちうばば
)
、
154
天下
(
てんか
)
の
人民
(
じんみん
)
を
救
(
たす
)
け、
155
幽界
(
いうかい
)
の
身魂
(
みたま
)
を
救
(
すく
)
ふ
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
だ。
156
何時迄
(
いつまで
)
も
斯様
(
こん
)
な
所
(
ところ
)
に
燻
(
くすぼ
)
つて
霜
(
しも
)
枯
(
か
)
れ
近
(
ちか
)
き
無味
(
むみ
)
乾燥
(
かんさう
)
なる
生活
(
せいくわつ
)
を
致
(
いた
)
すより、
157
国彦
(
くにひこ
)
サンと
手
(
て
)
に
手
(
て
)
を
握
(
と
)
つて
死出
(
しで
)
三途
(
せうづ
)
は
申
(
まを
)
すにおよばす、
158
地獄
(
ぢごく
)
の
釜
(
かま
)
のドン
底
(
ぞこ
)
迄
(
まで
)
探険
(
たんけん
)
と
出掛
(
でか
)
けたら
如何
(
どう
)
だ。
159
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
中婆
(
ちうばば
)
の
四十
(
しじふ
)
女
(
をんな
)
に
限
(
かぎ
)
るぞ。
160
皺
(
しわ
)
くちや
婆
(
ばば
)
は
真平
(
まつぴら
)
御免
(
ごめん
)
だ』
161
と
妙
(
めう
)
な
手振
(
てぶ
)
り、
162
足
(
あし
)
つきし
乍
(
なが
)
ら
戸
(
と
)
の
外
(
そと
)
に
踊
(
をど
)
つて
居
(
を
)
る。
163
中
(
なか
)
より
十七八
(
じふしちはつ
)
歳
(
さい
)
の
優
(
やさ
)
しき
女
(
をんな
)
の
声
(
こゑ
)
、
164
女
『
何
(
いづ
)
れの
方
(
かた
)
かは
存
(
ぞん
)
じませぬが、
165
能
(
よ
)
くマアこの
茅屋
(
あばらや
)
を
御
(
お
)
訪
(
たづ
)
ね
下
(
くだ
)
さいました。
166
御
(
お
)
供
(
とも
)
の
衆
(
しう
)
がございませう、
167
何卒
(
どうぞ
)
一度
(
いちど
)
に
御
(
お
)
這入
(
はい
)
り
下
(
くだ
)
さいませ』
168
国彦
(
くにひこ
)
『イヤーナンダ。
169
この
茅屋
(
あばらや
)
を
能
(
よ
)
う
御
(
お
)
訪
(
たづ
)
ね
下
(
くだ
)
さいましたナンテ、
170
四十
(
しじふ
)
女
(
をんな
)
どころか、
171
十七八
(
じふしちはつ
)
歳
(
さい
)
の
優
(
やさ
)
しい
鈴虫
(
すずむし
)
のやうな、
172
味
(
あぢ
)
はひのある
玉
(
たま
)
の
御
(
おん
)
声
(
こゑ
)
、
173
これだから
旅
(
たび
)
はよいもの、
174
辛
(
つら
)
いもの、
175
辛
(
つら
)
いと
思
(
おも
)
へばコンナ
好
(
い
)
いことがある。
176
それに
就
(
つい
)
て
迷惑
(
めいわく
)
千万
(
せんばん
)
なのは、
177
安彦
(
やすひこ
)
、
178
道彦
(
みちひこ
)
其
(
その
)
他
(
た
)
の
道連
(
みちづ
)
れだ。
179
声
(
こゑ
)
の
色
(
いろ
)
から
考
(
かんが
)
へても、
180
古今
(
ここん
)
無双
(
むさう
)
の
逸物
(
いつぶつ
)
と
見
(
み
)
える。
181
美人
(
びじん
)
か、
182
お
多福
(
かめ
)
か、
183
婆
(
ばば
)
か、
184
娘
(
むすめ
)
かと
云
(
い
)
ふことは
声
(
こゑ
)
の
色
(
いろ
)
に
現
(
あら
)
はれてゐるものだ』
185
と
呟
(
つぶや
)
き
乍
(
なが
)
ら、
186
武者窓
(
むしやまど
)
からソツと
窃
(
ぬす
)
むやうに
覗
(
のぞ
)
いて
見
(
み
)
た。
187
娘
(
むすめ
)
は
濡
(
ぬ
)
れ
烏
(
がらす
)
のやうな
髪
(
かみ
)
を
結
(
ゆ
)
ひ
窓
(
まど
)
の
方
(
はう
)
を
背
(
せ
)
にしてゐるから、
188
その
容貌
(
ようばう
)
はしかとは
分
(
わか
)
らぬが、
189
其
(
そ
)
の
姿勢
(
しせい
)
の
何処
(
どこ
)
となく
優美
(
いうび
)
なるに
肝
(
きも
)
を
潰
(
つぶ
)
し、
190
国彦
『アーア
成
(
な
)
るは
嫌
(
いや
)
なり、
191
思
(
おも
)
ふは
成
(
な
)
らずだ。
192
冥途
(
めいど
)
へ
来
(
き
)
てもコンナ
奴
(
やつ
)
が
居
(
ゐ
)
るのならば、
193
娑婆
(
しやば
)
よりも
幾何
(
いくら
)
か
楽
(
たのし
)
みだ。
194
娑婆
(
しやば
)
に
居
(
を
)
つた
時
(
とき
)
には、
195
お
多福
(
かめ
)
の
奴
(
やつ
)
に
肘鉄
(
ひぢてつ
)
の
乱射
(
らんしや
)
に
会
(
あ
)
ひ
男
(
をとこ
)
を
下
(
さ
)
げて
自暴腹
(
やけつぱら
)
になり、
196
終
(
つひ
)
には
宣伝使
(
せんでんし
)
にまでなつたが、
197
冥途
(
めいど
)
と
云
(
い
)
ふ
所
(
ところ
)
は、
198
ナントしたマア
好
(
よ
)
い
所
(
ところ
)
だらう。
199
夢
(
ゆめ
)
ではあるまいか……アー
矢張
(
やつぱ
)
り
夢
(
ゆめ
)
でも
現
(
うつつ
)
でも
無
(
な
)
い、
200
擬
(
まが
)
ふ
方
(
かた
)
なき
美人
(
びじん
)
の
姿
(
すがた
)
、
201
コンナ
女
(
をんな
)
をスウヰートハートとするのは、
202
男
(
をとこ
)
として
別
(
べつ
)
に
恥
(
は
)
づることは
無
(
な
)
い。
203
先方
(
むかふ
)
の
奴
(
やつ
)
屹度
(
きつと
)
俺
(
おれ
)
の
顔
(
かほ
)
を
見
(
み
)
て
目
(
め
)
を
細
(
ほそ
)
くしよつて、
204
此
(
こ
)
の
国彦
(
くにひこ
)
サンにラブするは
請合
(
うけあ
)
ひの
西瓜
(
すいくわ
)
だ。
205
皆
(
みな
)
の
奴
(
やつ
)
が
出
(
で
)
て
来
(
く
)
るまでに
一
(
ひと
)
つ
交渉
(
かうせふ
)
をやつて
見
(
み
)
ようかナア』
206
安彦
(
やすひこ
)
、
207
道彦
(
みちひこ
)
外
(
ほか
)
二人
(
ふたり
)
は、
208
国彦
(
くにひこ
)
の
後
(
あと
)
を
追
(
お
)
うて
走
(
はし
)
り
来
(
き
)
たりしが、
209
其辺
(
そこら
)
は
何
(
なん
)
となく
俄
(
にはか
)
に
暗
(
くら
)
くなり、
210
ナンダか
途
(
みち
)
の
真中
(
まんなか
)
に
横
(
よこた
)
はる
影
(
かげ
)
がある。
211
安彦
(
やすひこ
)
『オイオイ
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
連中
(
れんぢう
)
、
212
ナンダか
此処
(
ここ
)
に
妙
(
めう
)
な
者
(
もの
)
が
横
(
よこた
)
はつてゐる。
213
どうだ
一
(
ひと
)
つ
貴様
(
きさま
)
の
金剛杖
(
こんがうづゑ
)
を
貸
(
か
)
して
呉
(
く
)
れ。
214
こづいて
見
(
み
)
るから』
215
と
言
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
216
俄
(
にはか
)
造
(
つく
)
りの
節
(
ふし
)
だらけの
杖
(
つゑ
)
を
百舌彦
(
もずひこ
)
の
手
(
て
)
より
引奪
(
ひつたく
)
り、
217
力
(
ちから
)
を
籠
(
こ
)
めて
乱打
(
らんだ
)
する。
218
国彦
(
くにひこ
)
『アイタヽヽアイタヽヽ
痛
(
いた
)
いワイ
痛
(
いた
)
いワイ、
219
貴様
(
きさま
)
は
可愛
(
かあい
)
らしい
娘
(
むすめ
)
に
似合
(
にあ
)
はぬ
酷
(
ひど
)
い
奴
(
やつ
)
だ。
220
ソンナ
節
(
ふし
)
だらけの
杖
(
つゑ
)
を
以
(
もつ
)
て
此
(
この
)
色男
(
いろをとこ
)
を
打擲
(
ちやうちやく
)
するとは
何事
(
なにごと
)
だ。
221
コリヤ
婆
(
ばば
)
、
222
貴様
(
きさま
)
も
一
(
ひと
)
つ
挨拶
(
あいさつ
)
をせぬかい。
223
娘
(
むすめ
)
に
斯様
(
かやう
)
な
乱暴
(
らんばう
)
を
働
(
はたら
)
かして
置
(
お
)
いて、
224
親
(
おや
)
の
役
(
やく
)
が
済
(
す
)
むか。
225
これでも
一途
(
いちづ
)
の
川
(
かは
)
の
渡守
(
わたしもり
)
か』
226
安彦
(
やすひこ
)
『オイオイ
国公
(
くにこう
)
、
227
ナンダ、
228
此
(
この
)
闇黒
(
くらがり
)
に
横
(
よこ
)
になりよつて、
229
ナニ
寝言
(
ねごと
)
を
言
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
るのだ、
230
しつかりせぬかい』
231
国彦
(
くにひこ
)
『ヤー
貴様
(
きさま
)
は
安彦
(
やすひこ
)
ぢやないか、
232
娘
(
むすめ
)
の
癖
(
くせ
)
に
俺
(
おれ
)
を
打擲
(
ちやうちやく
)
しよつた。
233
貴様
(
きさま
)
一
(
ひと
)
つ
仇
(
かたき
)
を
討
(
う
)
つてくれないか』
234
安彦
(
やすひこ
)
『
莫迦
(
ばか
)
、
235
恍
(
とぼ
)
けない』
236
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
二
(
ふた
)
つ
三
(
み
)
つ
背中
(
せなか
)
をウンと
言
(
い
)
ふほど
叩
(
たた
)
きつける。
237
国彦
(
くにひこ
)
は
漸
(
やうや
)
く
起
(
お
)
き
上
(
あが
)
り、
238
国彦
(
くにひこ
)
『アーア
妙
(
めう
)
だ、
239
冥途
(
めいど
)
へ
来
(
き
)
てからでも
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
るものかなア』
240
安彦
(
やすひこ
)
『
定
(
きま
)
つたことだ。
241
世
(
よ
)
の
諺
(
ことわざ
)
にも
幽冥
(
いうめい
)
に
夢見
(
ゆめみ
)
る
心地
(
ここち
)
と
云
(
い
)
ふことがある。
242
ワハヽヽヽ』
243
小屋
(
こや
)
の
中
(
なか
)
より
婆
(
ばば
)
の
声
(
こゑ
)
、
244
婆
(
ばば
)
『コラコラ
此
(
この
)
前
(
まへ
)
に
出
(
で
)
てうせた
二人
(
ふたり
)
の
耄碌
(
まうろく
)
、
245
出刄
(
でば
)
の
合戦
(
かつせん
)
が
未
(
ま
)
だ
残
(
のこ
)
つて
居
(
ゐ
)
るぞ、
246
サア
此処
(
ここ
)
で
引返
(
ひきかへ
)
して
尋常
(
じんじやう
)
に
勝負
(
しようぶ
)
を
致
(
いた
)
せ』
247
安彦
(
やすひこ
)
『オー
貴様
(
きさま
)
はホシホシ
婆
(
ばば
)
だな。
248
蛙
(
かはづ
)
の
日干
(
ひぼし
)
のやうな
面
(
つら
)
をしよつて、
249
何時迄
(
いつまで
)
も
何時迄
(
いつまで
)
も
此
(
こ
)
の
茅屋
(
あばらや
)
に
腐
(
くさ
)
り
鰯
(
いわし
)
が
網
(
あみ
)
に
附
(
つ
)
いたやうに
平太張
(
へたば
)
りついてゐよるのか、
250
粘着性
(
ねんちやくせい
)
の
強
(
つよ
)
い
婆
(
ばば
)
だな』
251
婆
(
ばば
)
『
定
(
きま
)
つたことだい、
252
粘着性
(
ねんちやくせい
)
が
強
(
つよ
)
い
婆
(
ばば
)
だよ。
253
貴様
(
きさま
)
もモー
此処
(
ここ
)
へ
黐桶
(
とりもちをけ
)
に
足
(
あし
)
を
突込
(
つつこ
)
んだやうなものだ。
254
黐
(
とりもち
)
に
蝿
(
はへ
)
がとまつたも
同然
(
どうぜん
)
、
255
一寸
(
いつすん
)
でも
動
(
うご
)
けるなら、
256
サア
動
(
うご
)
いて
見
(
み
)
よ。
257
今
(
いま
)
貴様
(
きさま
)
等
(
たち
)
の
身体
(
からだ
)
に
電気
(
でんき
)
をかけてやるから』
258
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
259
柱
(
はしら
)
に
装置
(
さうち
)
せる
握手
(
とつて
)
をグイグイと
押
(
お
)
した。
260
五
(
ご
)
人
(
にん
)
は
適度
(
てきど
)
に
間隔
(
かんかく
)
を
置
(
お
)
いて
円形
(
ゑんけい
)
を
画
(
えが
)
き、
261
クルクルと
舞
(
ま
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
262
陸地
(
りくち
)
を
離
(
はな
)
れて
次第
(
しだい
)
々々
(
しだい
)
に
中空
(
ちうくう
)
に
昇
(
のぼ
)
り
行
(
ゆ
)
く。
263
国彦
(
くにひこ
)
『ヤー
文明
(
ぶんめい
)
の
利器
(
りき
)
と
云
(
い
)
ふ
悪戯者
(
いたづらもの
)
がコンナ
所
(
ところ
)
まで
跋扈
(
ばつこ
)
しよつて、
264
亡者
(
まうじや
)
の
身体
(
からだ
)
を
中天
(
ちうてん
)
に
捲
(
ま
)
き
揚
(
あ
)
げるとは
面白
(
おもしろ
)
い。
265
ヤイ
婆
(
ばば
)
の
奴
(
やつ
)
、
266
モツトモツトハンドルを
押
(
お
)
して、
267
俺
(
おれ
)
を
此
(
この
)
儘
(
まま
)
天国
(
てんごく
)
まで
上
(
あ
)
げるのだよ。
268
無形
(
むけい
)
の
空中
(
くうちう
)
エレベーター
式
(
しき
)
だ。
269
面白
(
おもしろ
)
い
面白
(
おもしろ
)
い、
270
天国
(
てんごく
)
へ
往
(
い
)
つたら
貴様
(
きさま
)
の
功
(
こう
)
に
免
(
めん
)
じ、
271
蓮
(
はす
)
の
台
(
うてな
)
に
半座
(
はんざ
)
を
分
(
わ
)
けて
待
(
ま
)
つてゐてやらう。
272
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
皺
(
しわ
)
くちや
婆
(
ばば
)
は
此
(
この
)
限
(
かぎ
)
りに
非
(
あら
)
ずだ。
273
若
(
わか
)
い
奴
(
やつ
)
若
(
わか
)
い
奴
(
やつ
)
』
274
と
呶鳴
(
どな
)
り
乍
(
なが
)
ら、
275
次第
(
しだい
)
々々
(
しだい
)
に
中空
(
ちうくう
)
に
捲
(
ま
)
き
揚
(
あ
)
げられた。
276
天上
(
てんじやう
)
に
捲
(
ま
)
き
揚
(
あ
)
げられたる
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
は
上空
(
じやうくう
)
の
烈風
(
れつぷう
)
に
煽
(
あふ
)
られ
空気
(
くうき
)
稀薄
(
きはく
)
のため、
277
殆
(
ほとん
)
ど
息
(
いき
)
も
絶
(
た
)
えなむ
許
(
ばか
)
りの
苦痛
(
くつう
)
を
感
(
かん
)
じた。
278
五
(
ご
)
人
(
にん
)
は
一時
(
いつとき
)
に
声
(
こゑ
)
を
振
(
ふ
)
り
絞
(
しぼ
)
り、
279
五人
『オーイオーイ、
280
一途
(
いちづ
)
の
川
(
かは
)
の
婆
(
ば
)
アサン、
281
ヤーイ、
282
マア
一度
(
いちど
)
元
(
もと
)
の
場所
(
ばしよ
)
に
降
(
おろ
)
して
呉
(
く
)
れ。
283
オーイオーイ』
284
と
叫
(
さけ
)
んで
居
(
を
)
る。
285
婆
(
ばば
)
の
声
(
こゑ
)
は
蚯蚓
(
みみづ
)
の
泣
(
な
)
くやうに
幽
(
かす
)
かに
聞
(
きこ
)
えて
来
(
き
)
た。
286
婆
(
ばば
)
『
三五教
(
あななひけう
)
の
宣伝使
(
せんでんし
)
及
(
およ
)
び
二人
(
ふたり
)
の
馬鹿者
(
ばかもの
)
共
(
ども
)
、
287
胴体
(
どうたい
)
無
(
な
)
しの
烏賊
(
いか
)
上
(
のぼ
)
り、
288
宣伝使
(
せんでんし
)
たるの
貫目
(
くわんめ
)
は
全然
(
さつぱり
)
ゼロだ。
289
元
(
もと
)
の
所
(
ところ
)
にをり
度
(
た
)
くばモー
少
(
すこ
)
し
汝
(
なんぢ
)
が
身魂
(
みたま
)
に
重味
(
おもみ
)
を
附
(
つ
)
けよ。
290
さすれば
自然
(
しぜん
)
に
元
(
もと
)
の
所
(
ところ
)
に
下
(
くだ
)
り
来
(
く
)
るだらう。
291
塵
(
ちり
)
芥
(
あくた
)
の
如
(
ごと
)
き
軽々
(
かるがる
)
しき
薄片
(
うすつぺら
)
な
魂
(
たましひ
)
を
以
(
もつ
)
て
大地
(
だいち
)
を
闊歩
(
くわつぽ
)
するとは
分
(
ぶん
)
に
過
(
す
)
ぎたる
汝
(
なんぢ
)
の
振舞
(
ふるまひ
)
、
292
蚊
(
か
)
、
293
蜻蛉
(
とんぼ
)
にも
均
(
ひと
)
しき
蝿虫
(
はへむし
)
奴
(
め
)
等
(
ら
)
、
294
今
(
いま
)
レコード
破
(
やぶ
)
りの
大風
(
おほかぜ
)
が
吹
(
ふ
)
くぞ、
295
風
(
かぜ
)
のまにまに
太平洋
(
たいへいやう
)
か
印度洋
(
いんどやう
)
の
ごもく
となつて
鱶
(
ふか
)
の
餌食
(
ゑじき
)
になつたがよからう。
296
アハヽヽヽ、
297
オホヽヽヽ』
298
と
千切
(
ちぎ
)
れ
千切
(
ちぎ
)
れに
半
(
なか
)
ば
毀損
(
きそん
)
した
遠距離
(
ゑんきより
)
電話
(
でんわ
)
のやうに
聞
(
きこ
)
えて
来
(
き
)
た。
299
五
(
ご
)
人
(
にん
)
は
風
(
かぜ
)
の
波
(
なみ
)
に
漂
(
ただよ
)
ひ
乍
(
なが
)
ら
互
(
たがひ
)
に
堅
(
かた
)
く
手
(
て
)
を
握
(
にぎ
)
り、
300
右
(
みぎ
)
に
左
(
ひだり
)
に
上
(
うへ
)
に
下
(
した
)
に
縦
(
たて
)
になり
横
(
よこ
)
になり、
301
頭
(
かしら
)
が
下
(
した
)
になり
上
(
うへ
)
になりしつつ、
302
ふわりふわりと
何処
(
いづこ
)
ともなく
風
(
かぜ
)
のまにまに
散
(
ち
)
り
行
(
ゆ
)
く。
303
忽
(
たちま
)
ち
空中
(
くうちう
)
に
電光
(
でんくわう
)
閃
(
ひらめ
)
き
雷鳴
(
らいめい
)
轟
(
とどろ
)
き
渡
(
わた
)
ると
見
(
み
)
るまに、
304
電気
(
でんき
)
に
打
(
う
)
たれた
如
(
ごと
)
く
五
(
ご
)
人
(
にん
)
は
手
(
て
)
を
繋
(
つな
)
いだ
儘
(
まま
)
、
305
鳥
(
とり
)
も
通
(
かよ
)
はぬ
山中
(
さんちう
)
に
矢
(
や
)
を
射
(
い
)
る
如
(
ごと
)
く
一直線
(
いつちよくせん
)
に
落下
(
らくか
)
するのであつた。
306
フツト
気
(
き
)
が
附
(
つ
)
けば
高山
(
かうざん
)
と
高山
(
かうざん
)
の
谷間
(
たにま
)
を
流
(
なが
)
るる
細谷川
(
ほそたにがは
)
の
細砂
(
まいごみ
)
の
上
(
うへ
)
に、
307
五
(
ご
)
人
(
にん
)
は
枕
(
まくら
)
を
列
(
なら
)
べて
横
(
よこた
)
はつてゐたのである。
308
これは
妙音
(
めうおん
)
菩薩
(
ぼさつ
)
がエデンの
河
(
かは
)
の
河下
(
かはしも
)
にて
漁夫
(
れうし
)
と
変
(
へん
)
じ、
309
五
(
ご
)
人
(
にん
)
の
男
(
をとこ
)
を
網
(
あみ
)
を
以
(
もつ
)
て
救
(
すく
)
ひ
上
(
あ
)
げ、
310
息
(
いき
)
を
吹
(
ふ
)
きかけコーカス
山
(
ざん
)
の
大天狗
(
だいてんぐ
)
をして
空中
(
くうちう
)
に
引掴
(
ひつつか
)
み、
311
メソポタミヤの
北野
(
きたの
)
山中
(
さんちう
)
に
誘
(
いざな
)
ひ
来
(
きた
)
り、
312
谷川
(
たにがは
)
の
砂
(
すな
)
の
上
(
うへ
)
にどつかと
下
(
お
)
ろして
自
(
みづか
)
らは
密
(
ひそか
)
にコーカス
山
(
ざん
)
に
立帰
(
たちかへ
)
つたのである。
313
嗚呼
(
ああ
)
奇
(
くし
)
びなる
哉
(
かな
)
、
314
神
(
かみ
)
のはたらき、
315
嗚呼
(
ああ
)
有難
(
ありがた
)
き
哉
(
かな
)
、
316
大神
(
おほかみ
)
の
救
(
すく
)
ひよ。
317
(
大正一一・四・一
旧三・五
外山豊二
録)
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