霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一六章 水上(すゐじやう)の影(かげ)〔五八三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻 篇:第3篇 神山霊水 よみ(新仮名遣い):しんざんれいすい
章:第16章 水上の影 よみ(新仮名遣い):すいじょうのかげ 通し章番号:583
口述日: 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1922(大正11)年12月5日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
亀彦、梅彦ら五人は、神素盞嗚大神のあとを追って西蔵にやってきたところ、女神の導きによって高国別を救うようにと、岩窟にやってきたのだ、と語った。
一行は、岩窟の中で鬼によって苦しめられていた老若男女を救った。さらに奥へ進んで行くと、岩戸の裏側に一人の女が縛められている。女は、愛子姫の従者・浅子姫であった。
浅子姫は、岸子姫・岩子姫らと共に愛子姫らを追って西蔵にやってきたが、ウラナイ教の蠑螈別によって捉えられてしまったのだ、と語った。そして岸子姫・岩子姫の安否を気遣った。
さらに進んで行くと池があり、岸子姫と岩子姫は、池に重りをつけられて投げ込まれ、苦しんでいた。梅彦と亀彦は池に飛び込んで二人を救出した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-01-17 17:35:10 文字数:7211 OBC :rm1516
愛善世界社版:200頁 八幡書店版:第3輯 354頁 修補版: 校定版:199頁 普及版:91頁 初版: ページ備考:
001 三男(さんなん)三女(さんぢよ)は神歌(しんか)を謡(うた)ひ乍(なが)ら、002潔(いさぎよ)く前進(ぜんしん)する。003又(また)もやトンと行当(ゆきあた)つた岩壁(がんぺき)、
004高国別(たかくにわけ)『ヤア又(また)しても岸壁(がんぺき)だ、005如何(いか)に一切(いつさい)万事(ばんじ)行詰(ゆきつま)りの世(よ)の中(なか)だと云(い)つても、006此処(ここ)まで行詰(ゆきつま)りの風(かぜ)が吹(ふ)いて来(き)て居(を)るのか。007吾々(われわれ)は誠(まこと)の神力(しんりき)を以(もつ)て此(この)岩戸(いはと)を開(ひら)き、008行詰(ゆきつま)りの世(よ)を開(ひら)かねばなるまい。009先(ま)づ先(ま)づ休息(きうそく)の上(うへ)、010ゆつくりと相談(さうだん)致(いた)しませう』
011亀彦(かめひこ)『臨時(りんじ)議会(ぎくわい)の開会(かいくわい)はどうでせう』
012梅彦(うめひこ)『アハヽヽヽ、013議会(ぎくわい)と聞(き)けば、014醜(しこ)の岩窟(いはや)を連想(れんさう)せずには居(を)られない。015歴史(れきし)は繰返(くりかへ)すとかや、016一(ひと)つゆるりと秘密会(ひみつくわい)でも開催(かいさい)しませう』
017と頃合(ころあひ)の岩(いは)の上(うへ)に腰打掛(こしうちか)けた。018三(さん)人(にん)の女性(ぢよせい)も同(おな)じく腰(こし)打(うち)かけ、
019三女『アーア、020有難(ありがた)い有難(ありがた)い、021マア此処(ここ)でゆつくりと休(やす)まして戴(いただ)きませう』
022高国別(たかくにわけ)『エー、023あなた方(がた)御(ご)一同(いちどう)はどうして此(この)岩窟(いはや)にお這入(はい)りになりましたか』
024亀彦(かめひこ)『吾々(われわれ)は神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)が地教山(ちけうざん)を越(こ)え此(この)西蔵(チベツト)の秘密(ひみつ)郷(きやう)にお出(い)で遊(あそ)ばしたと聞(き)き、025取(と)る物(もの)も取(と)り敢(あへ)ず、026お後(あと)を慕(した)つて進(すす)み来(きた)る折(をり)しも、027小(ちい)さき雑草(ざつさう)の丘(をか)の前(まへ)に突当(つきあた)り、028五(ご)人(にん)は息(いき)を休(やす)むる折(をり)しもあれ、029何処(いづく)よりともなく一人(ひとり)の女神(めがみ)現(あら)はれ来(きた)り、030「此(この)地底(ちてい)の岩窟(がんくつ)には、031活津(いくつ)彦根(ひこねの)命(みこと)御(ご)探険(たんけん)あれば、032汝(なんぢ)等(ら)は急(いそ)ぎお跡(あと)を慕(した)へ」との一言(いちごん)を残(のこ)し、033その儘(まま)姿(すがた)は消(き)えさせ給(たま)うた。034傍(かたはら)を見(み)れば暗(くら)き穴(あな)、035ハテ訝(いぶ)かしやと覗(のぞ)き居(を)る際(さい)、036地盤(ぢばん)はガタリと陥落(かんらく)し、037七八間(しちはちけん)も地中(ちちう)に落込(おちこ)んだと思(おも)へば、038此(この)岩窟(がんくつ)、039……それより吾々(われわれ)一同(いちどう)はこの岩窟内(がんくつない)を神歌(しんか)を謡(うた)ひつつ、040探(さぐ)り来(きた)る折(をり)しも、041道(みち)に当(あた)つた古井戸(ふるゐど)、042フト見(み)れば何(なに)か怪(あや)しの物影(ものかげ)、043合点(がてん)行(ゆ)かぬと思(おも)ふ折(をり)、044井戸(ゐど)の底(そこ)より貴下(きか)の声(こゑ)、045……と云(い)ふ様(やう)な来歴(らいれき)で御座(ござ)いましたよ』
046高国別(たかくにわけ)『アヽそれは結構(けつこう)でございました。047実(じつ)は吾々(われわれ)が彼(か)の井戸(ゐど)に陥(おちい)りし刹那(せつな)、048失心(しつしん)致(いた)したと見(み)え、049広大(くわうだい)なる原野(げんや)を通過(つうくわ)し、050高山(たかやま)の頂(いただ)きに登(のぼ)りつめ、051五(ご)人(にん)の男女(だんぢよ)に巡(めぐ)り会(あ)ひしと思(おも)へば、052ハツト気(き)が付(つ)き、053空(そら)を仰(あふ)ぐ途端(とたん)に、054貴下(きか)ら一行(いつかう)のお姿(すがた)………イヤもう実(じつ)に不思議(ふしぎ)千万(せんばん)な事(こと)で御座(ござ)います』
055梅彦(うめひこ)『吾々(われわれ)は昨夜(さくや)の夢(ゆめ)に、056貴下(きか)にお目(め)にかかりましたが、057本日(ほんじつ)只今(ただいま)この岩窟内(がんくつない)に斯(こ)うして休息(きうそく)して居(を)る有様(ありさま)が、058ありありと目(め)に附(つ)きました。059実(じつ)に現幽(げんいう)一致(いつち)、060此(この)世(よ)と云(い)ふ所(ところ)は不思議(ふしぎ)な所(ところ)ですな』
061 俄(にはか)に何処(どこ)ともなく、062阿鼻(あび)叫喚(けうくわん)の声(こゑ)、063響(ひび)きわたる。064高国別(たかくにわけ)はツト立(た)ち上(あが)り、
065高国別『ヤア皆(みな)さま、066何(なに)か此(この)岩窟内(がんくつない)には変事(へんじ)が起(おこ)つて居(ゐ)ますよ。067サアサア早(はや)く早(はや)く探険(たんけん)と出(で)かけませうかい』
068と云(い)ひつつ、069岩壁(がんぺき)を力(ちから)に任(まか)せてグツと押(お)した。070岩(いは)の戸(と)はパツと開(ひら)いた。071見(み)れば数十(すうじふ)人(にん)の老若(らうにやく)男女(なんによ)、072何(いづ)れも高手(たかて)小手(こて)に縛(いま)しめられ、073中央(ちうあう)に朱(しゆ)の如(ごと)き赤(あか)き面(つら)した鬼神(きしん)四五(しご)人(にん)、074鉄棒(てつぼう)を提(ひつさ)げ、075足(あし)の先(さき)にてポンポンと男女(だんぢよ)を蹴(け)り苦(くる)しめて居(を)る。
076高国別(たかくにわけ)『ヤア各(おのおの)方(がた)、077此処(ここ)は冥土(めいど)の地獄(ぢごく)の様(やう)だ。078ヤア何(いづ)れも方(がた)、079飛込(とびこ)んで救(すく)うてやりませう』
080と身(み)を躍(をど)らして先(さき)に立(た)つた。081五(ご)人(にん)はあとに引(ひ)つ添(そ)ひ、082声(こゑ)を揃(そろ)へて言霊(ことたま)を奏上(そうじやう)する。083鬼(おに)の姿(すがた)は追々(おひおひ)に影(かげ)うすく、084遂(つひ)には煙(けぶり)の如(ごと)くなつて消(き)え失(う)せたり。085数多(あまた)の老若(らうにやく)男女(なんによ)の姿(すがた)を見(み)れば、086高手(たかて)小手(こて)に縛(いまし)められ居(ゐ)たりと見(み)えしは、087幻(まぼろし)なりしか、088各自(てんで)に双手(もろて)を合(あは)せ、089岩窟(いはや)の前(まへ)に端坐(たんざ)して、
090一同(いちどう)『神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)、091一(いち)時(じ)も早(はや)く地上(ちじやう)に現(あら)はれ給(たま)ひて、092吾(われ)等(ら)を救(すく)ひ給(たま)へ』
093と一生(いつしやう)懸命(けんめい)、094側目(わきめ)もふらず拝(をが)んで居(を)るのであつた。095六(ろく)人(にん)の姿(すがた)を見(み)るより、096一同(いちどう)の老若(らうにやく)男女(なんによ)は、097此方(こなた)に向(む)き直(なほ)り、098合掌(がつしやう)し乍(なが)ら、
099一同『ヤア有難(ありがた)し有難(ありがた)し、100勿体(もつたい)なし、101あなた様(さま)は神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の御(ご)眷属(けんぞく)様(さま)ならむ』
102と嬉(うれ)し涙(なみだ)に咽(むせ)ぶ。
103高国別(たかくにわけ)『ヤア最前(さいぜん)より様子(やうす)を聞(き)けば、104汝(なんぢ)等(ら)一同(いちどう)の者(もの)、105神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の御(ご)出現(しゆつげん)を祈(いの)り居(を)る有様(ありさま)、106汝(なんぢ)の至誠(しせい)は天(てん)に通(つう)じ、107只今(ただいま)カナンの家(うち)に尊(みこと)は御(ご)逗留(とうりう)遊(あそ)ばすぞ。108一(いち)時(じ)も早(はや)く此(この)岩窟(がんくつ)を立出(たちい)で、109仁慈(じんじ)の大神(おほかみ)の尊顔(そんがん)を拝(はい)せよ』
110と宣示(せんじ)したれば、111一同(いちどう)は此(この)言葉(ことば)を聞(き)いて大(おほい)に喜(よろこ)び、
112一同『ヤア大神(おほかみ)の御(ご)再臨(さいりん)、113有難(ありがた)し辱(かたじけ)なし』
114と嬉(うれ)し腰(ごし)を脱(ぬ)かし、115のたくり廻(まは)り、116歓(ゑら)ぎ喜(よろこ)ぶ。117高国別(たかくにわけ)は一同(いちどう)に向(むか)ひ、118天(あま)の数歌(かずうた)を称(とな)ふれば、119今迄(いままで)痩衰(やせおとろ)へたる数十(すうじふ)人(にん)の老若(らうにやく)男女(なんによ)は、120俄(にはか)に肉付(にくづ)き、121顔色(がんしよく)麗(うるは)しく、122元気(げんき)恢復(くわいふく)し、123忽(たちま)ちムクムクと立(た)ち上(あが)り、124手(て)を拍(う)つて、125前後(ぜんご)左右(さいう)に踊(をど)り狂(くる)ひ、126大神(おほかみ)の再臨(さいりん)を心(こころ)の底(そこ)より感謝(かんしや)する。127而(しかし)て一同(いちどう)はイソイソとして、128大麻(おほぬさ)を持(も)てる男(をとこ)を先頭(せんとう)にゾロゾロと帰(かへ)り行(ゆ)く。129後(あと)見送(みおく)つて高国別(たかくにわけ)は、
130高国別『アヽ可愛(かあい)らしい者(もの)だ。131これ丈(だけ)の善男(ぜんなん)善女(ぜんによ)が心(こころ)を一(ひと)つにして、132信仰(しんかう)を励(はげ)むのを見(み)れば、133何(なん)とも彼(か)とも知(し)れぬ良(い)い心持(こころも)ちがする。134尊(みこと)に於(お)かせられても、135嘸(さぞ)御(ご)満足(まんぞく)に思召(おぼしめ)すであらう。136嗚呼(ああ)、137惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
138 高国別(たかくにわけ)一行(いつかう)は、139奥(おく)へ奥(おく)へと進(すす)み行(ゆ)く。140日(ひ)は西山(せいざん)に没(ぼつ)せしと見(み)え、141岩窟(がんくつ)の中(なか)は俄(にはか)に暗(くら)くなつて来(き)た。142六(ろく)人(にん)は探(さぐ)り探(さぐ)り進(すす)み行(ゆ)くにぞ、143傍(かたはら)に怪(あや)しき呻声(うめきごゑ)が聞(きこ)えゐる。144耳(みみ)ざとくも、145愛子姫(あいこひめ)は其(その)声(こゑ)を聞(き)き、
146愛子姫『もしもし皆(みな)さま、147何(なん)だか怪(あや)しき声(こゑ)が聞(きこ)えるではありませぬか』
148亀彦(かめひこ)『ヤアそれは、149あなたの神経(しんけい)でせう。150岩窟(がんくつ)の中(なか)は音響(おんきやう)のこもるものですから、151大方(おほかた)最前(さいぜん)の祝詞(のりと)の声(こゑ)が内耳(ないじ)深(ふか)く潜伏(せんぷく)し、152反響(はんきやう)運動(うんどう)を開始(かいし)して居(を)るのでせう』
153愛子姫(あいこひめ)『イエイエ祝詞(のりと)の声(こゑ)ではありませぬ、154苦悶(くもん)を訴(うつた)ふる、155しかも女(をんな)の声(こゑ)、156悪神(あくがみ)の巣窟(そうくつ)たる此(この)岩窟(いはや)、157如何(いか)なる惨事(さんじ)の行(おこな)はれ居(を)るやも図(はか)られませぬ。158皆(みな)さま一同(いちどう)に立止(たちど)まり、159耳(みみ)を澄(す)ませて聞(き)いて下(くだ)さい。160世界(せかい)を救(すく)ふ神(かみ)の使(つかひ)の吾々(われわれ)、161苦悶(くもん)の声(こゑ)を聞(き)き逃(のが)し、162ムザムザと通過(つうくわ)も出来(でき)かねます』
163亀彦(かめひこ)『ヤア如何(いか)にも苦(くる)しさうな声(こゑ)だ。164もしもし高国別(たかくにわけ)様(さま)、165暗(くら)さは暗(くら)し、166余(あま)り軽々(かるがる)しく進(すす)むよりも、167一(ひと)つ此(この)声(こゑ)を探(さぐ)り当(あ)てませうか』
168高国別(たかくにわけ)『ホンに如何(いか)にも妙(めう)な声(こゑ)が致(いた)しますな』
169と言(い)ひつつ、170傍(かたはら)の岩壁(がんぺき)をグツと押(お)した途端(とたん)に、171不思議(ふしぎ)や、172岩(いは)の戸(と)は案外(あんぐわい)に軽(かる)くパツと開(ひら)いた。173能(よ)く能(よ)く見(み)れば、174白(しろ)き影(かげ)、175岩窟内(がんくつない)に横(よこ)たはり苦(くる)しさうに唸(うな)つて居(ゐ)る。
176亀彦(かめひこ)『ヤア怪(あや)しいぞ怪(あや)しいぞ、177此(この)暗(くら)がりに、178何(なん)だか削(けづ)りたての材木(ざいもく)の様(やう)な者(もの)が唸(うな)つて居(ゐ)る。179これは大方(おほかた)、180白蛇(はくじや)であらう』
181梅彦(うめひこ)『白蛇(はくじや)にしては、182太(ふと)さの割(わり)に余(あま)りに丈(たけ)が短(みじか)いではありませぬか』
183亀彦(かめひこ)『白蛇(はくじや)の奴(やつ)、184どつかで半身(はんしん)切(き)られて来(き)て、185九死(きうし)一生(いつしやう)苦悶(くもん)の態(てい)と云(い)ふ場面(ばめん)だらう。186……オイオイ白蛇(はくじや)の先生(せんせい)、187どうしたどうした』
188白(しろ)き影(かげ)『アーア恨(うら)めしやなア、189妾(わらは)は姫君(ひめぎみ)様(さま)の御(おん)後(あと)を慕(した)ひ、190此処(ここ)まで来(く)るは来(き)たものの、191ウラナイ教(けう)の曲津(まがつ)神(かみ)、192蠑螈別(いもりわけ)が計略(けいりやく)にかかり、193手足(てあし)を縛(しば)られ、194岩窟(いはや)の中(なか)へ押込(おしこ)まれ、195逃(のが)れ出(い)づる方策(てだて)もなし、196アヽ何(なん)とせう、197恨(うら)めしやなア』
198亀彦(かめひこ)『ヨウ大蛇(をろち)だと思(おも)へば、199何(なん)だか分(わか)らぬ事(こと)をほざいて居(ゐ)るワ。200もしもし高国別(たかくにわけ)様(さま)、201一寸(ちよつと)調(しら)べて下(くだ)さいな』
202高国別『イヤあなた御(ご)苦労(くらう)乍(なが)ら一寸(ちよつと)探(さぐ)つて見(み)て下(くだ)さい、203どうやら人間(にんげん)らしう御座(ござ)いますよ』
204亀彦(かめひこ)『滅相(めつさう)な、205あた嫌(いや)らしい、206此(この)暗(くら)がりに、207コンナ白(しろ)い者(もの)が、208どうしてなぶられませうか……オイ梅(うめ)サン、209お前(まへ)は平素(へいそ)より大胆(だいたん)な男(をとこ)だ。210一(ひと)つ此処(ここ)らで侠気(をとこぎ)を出(だ)して、211幾代姫(いくよひめ)様(さま)に英雄振(えいゆうぶり)をお目(め)にかけたらどうだ』
212梅彦(うめひこ)『イヤ吾々(われわれ)も吾々(われわれ)だが、213亀彦(かめひこ)サンも亀彦(かめひこ)サンだ。214菊子姫(きくこひめ)様(さま)に英雄振(えいゆうぶり)をお見(み)せになつたらどうでせう、215余(あま)り厚(あつ)かましう致(いた)すのも御(ご)無礼(ぶれい)で御座(ござ)る。216あなたには先取権(せんしゆけん)が御座(ござ)る、217どうぞ御(ご)遠慮(ゑんりよ)なく、218とつくりと、219頭(あたま)から足(あし)の先(さき)までお調(しら)べなさいませ。220菊子姫(きくこひめ)様(さま)の手前(てまへ)も御座(ござ)いまするぞ』
221亀彦(かめひこ)『アーア、222偉(えら)い所(ところ)へ尻平(しつぺい)を持(も)つて来(こ)られたものだ。223ナニ、224材木(ざいもく)が動(うご)いて居(を)るのだと思(おも)へば良(い)い、225……コラコラ材木(ざいもく)、226その方(はう)は何者(なにもの)だ』
227白(しろ)き影(かげ)『アヽ恨(うら)めしや』
228亀彦(かめひこ)『ナヽ何(なん)だ、229ウラナイ教(けう)か、230幽霊(いうれい)か、231何(なん)だか知(し)らぬが、232材木(ざいもく)の幽霊(いうれい)は昔(むかし)から聞(き)いた事(こと)はないワイ。233素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)が御(ご)退隠(たいいん)遊(あそ)ばしてより、234山川(さんせん)草木(さうもく)に至(いた)る迄(まで)、235言問(ことと)うと云(い)ふ事(こと)だが、236やつぱりこの材木(ざいもく)も其(その)選(せん)に漏(も)れないと見(み)えて、237何(なん)だか言問(ことと)ひをやつてゐる、238……コラ材木(ざいもく)、239起(お)きぬか起(お)きぬか』
240 梅彦(うめひこ)は、241白(しろ)き影(かげ)を目当(めあて)に、242スウツと撫(な)でまわし、
243梅彦(うめひこ)『ヤアこれは人間(にんげん)だ、244しかも肌(はだ)の柔(やはら)かき美人(びじん)と見(み)える、245高手(たかて)小手(こて)に縛(いまし)められて居(を)る。246おほかた悪神(わるがみ)の奴(やつ)に虐(しへた)[*ママ]げられて、247此(この)岩窟(いはや)に幽閉(いうへい)されたのであらう』
248と言(い)ひ乍(なが)ら、249スラスラと縛(いましめ)を解(と)いた。250白(しろ)き影(かげ)はスツクと立(た)ちあがり、251懐剣(くわいけん)逆手(さかて)に持(も)つより早(はや)く、
252白き影『ヤア、253ウラナイ教(けう)の悪神(あくがみ)、254蠑螈別(いもりわけ)の手下(てした)の者共(ものども)、255モウ斯(こ)うなる上(うへ)は、256妾(わらは)が死物狂(しにものぐる)ひ覚悟(かくご)を致(いた)せ』
257と六(ろく)人(にん)のほのかな影(かげ)を目当(めあて)に短刀(たんたう)をピカつかせ乍(なが)ら、258前後(ぜんご)左右(さいう)に暴(あば)れ狂(くる)ふ。
259亀彦(かめひこ)『ヤア待(ま)つた待(ま)つた、260吾々(われわれ)は三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)だよ』
261白き影『ナニツ、262三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)とは、263まつかな偽(いつは)り、264浅子姫(あさこひめ)が死物狂(しにものぐる)ひの車輪(しやりん)の働(はたら)き、265思(おも)ひ知(し)れよ』
266と飛鳥(ひてう)の如(ごと)くに飛(と)び廻(まは)る。
267高国別(たかくにわけ)『ヤア汝(なんぢ)浅子姫(あさこひめ)とは、268顕恩郷(けんおんきやう)に現(あら)はれたる愛子姫(あいこひめ)の腰元(こしもと)ならずや。269吾(われ)は愛子姫(あいこひめ)の夫(をつと)高国別(たかくにわけ)なるぞ』
270浅子姫(あさこひめ)『執念深(しふねんぶか)き悪魔(あくま)の計略(けいりやく)、271其(その)手(て)に乗(の)つて堪(たま)らうか、272浅子姫(あさこひめ)が手練(しゆれん)の早業(はやわざ)、273思(おも)ひ知(し)れよ』
274と又(また)もや短刀(たんたう)を暗(やみ)に閃(ひらめ)かし暴狂(あれくる)ふ。275愛子姫(あいこひめ)は、
276愛子姫『そなたは浅子姫(あさこひめ)に非(あら)ずや、277先(ま)づ先(ま)づ静(しづ)まりなさい、278愛子姫(あいこひめ)に間違(まちがひ)御座(ござ)らぬ』
279浅子姫(あさこひめ)『ヤアさう仰有(おつしや)るお声(こゑ)は、280正(まさ)しく愛子姫(あいこひめ)様(さま)』
281愛子姫(あいこひめ)『そなたは擬(まが)ふ方(かた)なき浅子姫(あさこひめ)の声(こゑ)、282夜目(よめ)にもそれと知(し)らるる其(その)方(はう)の姿(すがた)、283嬉(うれ)しや嬉(うれ)しや、284思(おも)はぬ所(ところ)で会(あ)ひました』
285 浅子姫(あさこひめ)は稍(やや)落着(おちつ)きたる声(こゑ)にてハアハアと息(いき)をはづませ乍(なが)ら、
286浅子姫『そ、287そ、288そう仰有(おつしや)るあなたは擬(まが)ふ方(かた)なき愛子姫(あいこひめ)様(さま)、289お懐(なつか)しう御座(ござ)います』
290とワツと許(ばか)りに其(その)場(ば)に泣(な)き伏(ふ)しぬ。291此(この)時(とき)何処(いづく)よりともなく、292一道(いちだう)の光明(くわうみやう)サツと輝(かがや)き渡(わた)り、293一同(いちどう)の顔(かほ)は昼(ひる)の如(ごと)く明(あきら)かになり来(き)たりぬ。
294浅子姫(あさこひめ)『これはこれは何(いづ)れも様(さま)、295不思議(ふしぎ)な所(ところ)でお目(め)にかかりました、296能(よ)うマア危(あやふ)き所(ところ)をお助(たす)け下(くだ)さいました。297是(こ)れと云(い)ふも、298全(まつた)く木花姫(このはなひめ)の御(ご)守護(しゆご)の厚(あつ)き所(ところ)』
299と合掌(がつしやう)し、300後(あと)は一言(ひとこと)も得(え)言(い)はず、301嬉(うれ)し涙(なみだ)に掻(か)き曇(くも)るのみ。302勇(いさ)みを附(つ)けんと高国別(たかくにわけ)は、303浅子姫(あさこひめ)の背中(せなか)を、304平手(ひらて)に三(み)つ四(よ)つ打(う)ち乍(なが)ら、
305高国別『浅子姫(あさこひめ)殿(どの)、306しつかりなさいませ。307是(これ)には深(ふか)き様子(やうす)有(あ)らむ。308吾々(われわれ)も此(この)先(さき)に於(おい)て、309大(おほい)に覚悟(かくご)せなくてはなりませぬ。310あなたを斯(か)くの如(ごと)く岩窟(いはや)に押込(おしこ)めし以上(いじやう)は、311当(たう)岩窟(いはや)には数多(あまた)の悪神(わるがみ)の巣窟(そうくつ)あらむ、312此処(ここ)に立到(たちいた)られし仔細(しさい)を詳(つぶ)さに物語(ものがた)られよ』
313と声(こゑ)を励(はげ)まして問(と)ひかくれば、314浅子姫(あさこひめ)はハツと心(こころ)を取直(とりなほ)し、
315浅子姫『是(こ)れには深(ふか)き仔細(しさい)が御座(ござ)いまする、316一先(ひとま)づ妾(わらは)が物語(ものがたり)お聞(き)き下(くだ)さいませ。317天(あめ)の太玉(ふとたまの)命(みこと)、318顕恩郷(けんおんきやう)に現(あら)はれ給(たま)ひ、319バラモン教(けう)の大棟梁(だいとうりやう)鬼雲彦(おにくもひこ)を神退(かむやら)ひにやらひ給(たま)ひ、320妾(わらは)は愛子姫(あいこひめ)様(さま)と共(とも)に、321顕恩城(けんおんじやう)を守護(しゆご)しまつる折(をり)しも、322天照(あまてらす)大神(おほかみ)様(さま)、323天(あま)の岩戸(いはと)に隠(かく)れ給(たま)ひしより、324太玉(ふとたまの)命(みこと)は急遽(きふきよ)、325天教山(てんけうざん)に登(のぼ)らせ給(たま)ひ、326その不在中(ふざいちう)、327愛子姫(あいこひめ)様(さま)と妾(わらは)は城内(じやうない)を守(まも)る折(をり)しも咫尺(しせき)暗澹(あんたん)として昼夜(ちうや)を弁(べん)ぜず、328荒振(あらぶる)神(かみ)は五月蝿(さばへ)の如(ごと)く群(むら)がり起(おこ)り、329鬼雲彦(おにくもひこ)は又(また)もや現(あら)はれ来(きた)りて、330暗(やみ)に紛(まぎ)れて暴威(ばうゐ)を逞(たくま)しうし、331妾(わらは)主従(しゆじゆう)は生命(いのち)も危(あやふ)き所(ところ)、332闇(やみ)に紛(まぎ)れて城内(じやうない)を逃(のが)れ出(い)で、333エデンの河(かは)を生命(いのち)からがら打渡(うちわた)り、334何(なん)の目的(あてど)も時(とき)の途(みち)、335進(すす)み行(ゆ)く折(をり)しも、336暗(やみ)を照(てら)して現(あら)はれ来(き)たる日(ひ)の出神(でのかみ)にめぐり会(あ)ひ、337愛子姫(あいこひめ)様(さま)、338菊子姫(きくこひめ)様(さま)、339幾代姫(いくよひめ)様(さま)は、340神(かむ)素盞嗚(すさのをの)尊(みこと)の御(お)後(あと)を慕(した)ひ、341西蔵(チベツト)に難(なん)を遁(のが)れさせ給(たま)ひしと聞(き)くより、342妾(わらは)は岸子姫(きしこひめ)、343岩子姫(いはこひめ)と共(とも)に、344夜(よ)を日(ひ)に継(つ)いで、345山野(さんや)を渉(わた)り、346大河(おほかは)を越(こ)え、347漸(やうや)くラサフの都(みやこ)に来(き)て見(み)れば、348姫君(ひめぎみ)様(さま)に奇(くし)の岩窟(がんくつ)にて面会(めんくわい)を得(え)させむと、349木花姫(このはなひめ)の夢(ゆめ)のお告(つ)げ、350妾(わらは)三(さん)人(にん)は勇(いさ)み進(すす)んで、351小高(こだか)き丘(をか)の入口(いりくち)より、352岩窟(いはや)に進(すす)み来(きた)る折(をり)しも、353ウラナイ教(けう)の曲神(まがかみ)蠑螈別(いもりわけ)、354幾十(いくじふ)ともなく数多(あまた)の邪神(じやしん)を引(ひ)き連(つ)れ、355妾(わらは)三(さん)人(にん)を前後(ぜんご)左右(さいう)に取囲(とりかこ)み、356後手(うしろで)に縛(しば)り上(あ)げ、357此(この)岩窟(いはや)に押込(おしこ)めたり。358嗚呼(ああ)、359岸子姫(きしこひめ)、360岩子姫(いはこひめ)は、361如何(いかが)なりしぞ、362心許(こころもと)なや』
363と又(また)もや涙(なみだ)の袖(そで)を絞(しぼ)る。
364高国別(たかくにわけ)『これにて略(ほぼ)様子(やうす)は判然(はんぜん)致(いた)しました。365……ヤア一同(いちどう)の方々(かたがた)、366岸子姫(きしこひめ)、367岩子姫(いはこひめ)の身(み)の上(うへ)心許(こころもと)なく御座(ござ)れば、368急(いそ)ぎ在処(ありか)を尋(たづ)ね、369救(すく)ひ出(だ)さねばなりますまい』
370一同『然(しか)らば進(すす)みませう』
371と、372一同(いちどう)は四辺(あたり)に耳(みみ)を欹(そばだ)て、373目(め)を配(くば)り乍(なが)ら、374急(いそ)ぎもせず、375遅(おく)れもせずと云(い)ふ足許(あしもと)にて、376奥深(おくふか)く進(すす)み行(ゆ)く。377隧道(すゐだう)は俄(にはか)に前方(ぜんぱう)低(ひく)く、378板(いた)を立(た)てたる如(ごと)き急坂(きふはん)になつて来(き)た。379一行(いつかう)七(しち)人(にん)は、380一足(ひとあし)一足(ひとあし)力(ちから)を入(い)れ乍(なが)ら、381アブト式(しき)然(ぜん)と、382坂路(さかみち)の隧道(すゐだう)を下(くだ)つて行(ゆ)く。383行(ゆ)く事(こと)七八丁(しちはつちやう)と覚(おぼ)しき所(ところ)に、384比較(ひかく)的(てき)広(ひろ)き水溜(みづたま)りがある。385薄暗(うすぐら)がりに透(す)かし見(み)れば、386何(なん)だか水面(すゐめん)に人(ひと)の首(くび)の様(やう)なものが漂(ただよ)うて居(ゐ)る。387亀彦(かめひこ)は目(め)ざとくもこれに目(め)を注(そそ)ぎ、
388亀彦(かめひこ)『ヤア此奴(こいつ)ア又(また)、389変挺(へんてこ)だ。390岩窟(いはや)の中(なか)に池(いけ)があると思(おも)へば、391円(まる)い顔(かほ)の様(やう)な物(もの)が浮(う)いて居(ゐ)る、392鴛鴦(おしどり)にしては少(すこ)しく大(おほ)きいやうだ。393ヤア目鼻(めはな)が付(つ)いて居(ゐ)る。394悪神(あくがみ)の奴(やつ)、395酒(さけ)に喰(くら)ひ酔(よ)つて、396瓢箪(へうたん)に目鼻(めはな)をつけ、397此(この)池(いけ)に放(ほ)り込(こ)みよつたのではあるまいか。398瓢箪(へうたん)ばかりが浮物(うきもの)か、399俺(おれ)の心(こころ)も浮(う)いて来(き)た。400サアサア浮(う)いたり浮(う)いたりだ、401アハヽヽヽヽ』
402梅彦(うめひこ)『亀(かめ)サン、403あれを能(よ)く御覧(ごらん)なさい、404女(をんな)の首(くび)ですよ。405ナンダか、406つぶやいて居(ゐ)るぢやありませぬか』
407幾代姫(いくよひめ)『ヤア彼(あ)の顔(かほ)は、408岩子姫(いはこひめ)、409岸子姫(きしこひめ)ではなからうか』
410亀彦(かめひこ)『エー何(なに)を仰有(おつしや)います、411鴨(かも)かナンゾの様(やう)に、412女(をんな)が首(くび)ばつかりになつて、413池(いけ)の中(なか)に浮(う)いて居(ゐ)ると云(い)ふ事(こと)がありませうか。414あなたは視神経(ししんけい)の作用(さよう)が、415どうか変調(へんてう)を来(きた)して居(を)るのでせう。416腐(くさ)り縄(なは)を見(み)て蛇(へび)と思(おも)つて驚(おどろ)いたり、417木(き)の欠杭(かつくひ)を見(み)て化物(ばけもの)と思(おも)ふ事(こと)が往々(まま)有(あ)るものです。418マアマア気(き)を附(つ)けてください、419変視(へんし)、420幻視(げんし)、421妄視(ばうし)の精神(せいしん)作用(さよう)でせう、422コンナ所(ところ)に棲息(せいそく)する者(もの)は、423キツト河童(かつぱ)か、424鰐(わに)か、425まかり間違(まちが)へば人魚(にんぎよ)ですよ。426人魚(にんぎよ)と云(い)ふ奴(やつ)は、427能(よ)く人間(にんげん)に似(に)て居(を)るものだ、428それで、429人(ひと)の形(かたち)をした翫弄具(おもちや)を人形(にんぎやう)サンと云(い)ふのだ。430アハヽヽヽヽ』
431 池(いけ)の中(なか)より女(をんな)の首(くび)、432苦(くる)しき声(こゑ)を絞(しぼ)り乍(なが)ら、
433岩子姫、岸子姫『ヤア、434あなたは幾代姫(いくよひめ)様(さま)、435菊子姫(きくこひめ)様(さま)、436愛子姫(あいこひめ)様(さま)では御座(ござ)いませぬか。437夜目(よめ)にはしかと分(わか)りませぬが、438お姿(すがた)が能(よ)く似(に)て居(を)ります。439妾(わらは)は悪神(あくがみ)に捉(とら)へられ、440手足(てあし)を縛(しば)られ、441重(おも)き石錨(いしいかり)をつけられて苦(くるし)んで居(を)ります、442岩子姫(いはこひめ)、443岸子姫(きしこひめ)の両人(りやうにん)で御座(ござ)います。444どうぞお助(たす)けくださいませ』
445亀彦(かめひこ)『ヤア金毛(きんまう)九尾(きうび)の同類(どうるゐ)奴(め)、446馬鹿(ばか)にするない、447何程(なにほど)化(ばけ)たつて、448モウ駄目(だめ)だ。449手(て)を替(か)へ品(しな)を換(か)へ、450結局(けつきよく)の果(はて)には池(いけ)の中(なか)に姿(すがた)を現(あら)はし、451吾(われ)等(ら)を水中(すゐちう)に引込(ひきこ)まむとの水(みづ)も洩(も)らさぬ………否(いな)水責(みづぜ)めの汝(なんぢ)の計略(けいりやく)、452其(その)手(て)に乗(の)つて堪(たま)らうかい』
453岩子姫(いはこひめ)『イエイエ、454決(けつ)して決(けつ)して妖怪(えうくわい)変化(へんげ)では御座(ござ)いませぬ、455どうぞお助(たす)け下(くだ)さいませ』
456亀彦(かめひこ)『もしもし高国別(たかくにわけ)様(さま)、457どうでせう、458彼奴(あいつ)は本物(ほんもの)でせうか。459偽物(にせもの)の能(よ)く流行(りうかう)する時節(じせつ)ですから、460ウツカリと油断(ゆだん)はなりませぬぜ、461………コラコラ化(ばけ)の奴(やつ)、462新意匠(しんいしやう)をこらし、463レツテルを替(か)へて、464厄雑物(やくざもの)を突付(つきつ)けても其(その)手(て)には乗(の)らぬぞ、465意匠(いしやう)登録法(とうろくはふ)違反(ゐはん)で告発(こくはつ)をしてやらうか』
466高国別(たかくにわけ)『アハヽヽヽ、467何(なに)は兎(と)もあれ、468亀彦(かめひこ)サン、469高国別(たかくにわけ)の厳命(げんめい)だ、470あなた真裸(まつぱだか)となつて救(すく)うて来(き)て下(くだ)さい。471高国別(たかくにわけ)が神(かみ)に代(かは)つて命令(めいれい)を致(いた)します』
472亀彦(かめひこ)『滅相(めつさう)な、473どうしてどうして、474是(これ)ばつかりは真(ま)つ平(ぴら)御免(ごめん)、475アーメン素麺(そうめん)、476トコロテン、477ステテコテンのテンテコテン、478テンデ話(はなし)になりませぬワイ、479テンと合点(がてん)がゆきませぬ、480是(こ)ればつかりは平(ひら)に御(お)断(ことわ)り申(まを)す。481斯(か)く申(まを)すは決(けつ)して亀彦(かめひこ)の肉体(にくたい)では御座(ござ)らぬ。482亀彦(かめひこ)が守護神(しゆごじん)の申(まを)す事(こと)で御座(ござ)る』
483梅彦(うめひこ)『アハヽヽヽ、484巧(うま)い事(こと)を言(い)ひよるワイ、485融通(ゆうづう)の利(き)く副(ふく)守護神(しゆごじん)だ、486斯(こ)うなると副守(ふくしゆ)先生(せんせい)も重宝(ちようほう)なものだなア』
487亀彦(かめひこ)『亀彦(かめひこ)の守護神(しゆごじん)が、488神(かむ)素盞嗚(すさのを)の大神(おほかみ)の命(めい)に依(よ)つて、489梅彦(うめひこ)に厳命(げんめい)する………梅彦(うめひこ)、490速(すみや)かに真裸(まつぱだか)となり、491水中(すゐちう)にザンブと許(ばか)り飛込(とびこ)んで、492二人(ふたり)の妖怪(えうくわい)を救(すく)ひ来(きた)れ。493万々一(まんまんいち)、494彼(かれ)にして大蛇(だいじや)の変化(へんげ)なれば、495汝(なんぢ)は一呑(ひとの)みに蛇腹(じやふく)に葬(ほうむ)られむ。496然(しか)る時(とき)は、497汝(なんぢ)が霊(みたま)を引抜(ひきぬ)き、498至美(しび)至楽(しらく)の天国(てんごく)に救(すく)ひ、499百味(ひやくみ)の飲食(おんじき)を与(あた)へ遣(つか)はす、500ゆめゆめ疑(うたが)ふ事(こと)勿(なか)れ』
501梅彦(うめひこ)『ウンウンウン』
502亀彦(かめひこ)『コラコラ、503偽神懸(にせかむがかり)は厳禁(げんきん)するぞ、504亀(かめ)サンの審神(さには)を暗(くら)まさうと思(おも)つても、505天眼通(てんがんつう)、506天耳通(てんじつう)、507宿命通(しゆくめいつう)、508自他心通(じたしんつう)、509感通(かんつう)、510漏尽通(ろうじんつう)の六大(ろくだい)神通力(しんつうりき)を具備(ぐび)せる、511古今(ここん)無双(むさう)の審神者(さには)のティーチヤーに向(むか)つて、512誤魔化(ごまくわ)しは利(き)かぬぞ、513速(すみや)かに飛込(とびこ)め』
514 池中(ちちう)に浮(う)かべる二(ふた)つの首(くび)は、515苦痛(くつう)を忘(わす)れて、516思(おも)はず、517『ホヽヽヽヽ』と笑(わら)ひ出(だ)せば、
518亀彦(かめひこ)『それ見(み)たか、519俺(おれ)の天眼通(てんがんつう)はコンナものだ。520此(この)寒(さむ)いのに池(いけ)の中(なか)に投(ほ)り込(こ)まれ、521人間(にんげん)なら、522何(なに)気楽(きらく)さうに笑(わら)ふものか、523とうとう化物(ばけもの)の正体(しやうたい)を現(あら)はしよつた。524アツハヽヽヽ』
525幾代姫(いくよひめ)『亀彦(かめひこ)様(さま)、526梅彦(うめひこ)様(さま)、527あなたは分(わか)らぬお方(かた)ですな、528………アーアコンナ方(かた)を二世(にせ)の夫(をつと)に持(も)つたと思(おも)へば恥(はづ)かしいワ』
529亀彦(かめひこ)『コレコレ嬶左衛門(かかざゑもん)殿(どの)、530何(なん)と御意(ぎよい)召(め)さる。531親子(おやこ)は一世(いつせ)、532夫婦(ふうふ)は二世(にせ)で御座(ござ)るぞ』
533二女(にじよ)『夫婦(ふうふ)二世(にせ)と云(い)ふ掟(をきて)を幸(さひは)ひ、534あなたの様(やう)な、535臆病神(おくびやうがみ)との契(ちぎり)を解(と)き、536第二(だいに)の夫(をつと)を持(も)ちませう。537ネー愛子姫(あいこひめ)様(さま)、538決(けつ)して天則(てんそく)違反(ゐはん)では御座(ござ)いますまい』
539 亀彦(かめひこ)、540梅彦(うめひこ)、541両手(りやうて)を拡(ひろ)げて、
542亀彦、梅彦『アヽ待(ま)つた待(ま)つた、543如何(いか)に女権(ぢよけん)拡張(くわくちやう)の世(よ)の中(なか)ぢやとて、544姫御前(ひめごぜん)の有(あ)られもない其(その)暴言(ばうげん)、545これだから、546新(あたら)しい女(をんな)を女房(にようばう)に持(も)つのは困(こま)ると言(い)ふのだ。547エー仕方(しかた)がない、548俺(おれ)も男(をとこ)だ………サア梅(うめ)サン………ヤア亀(かめ)サン………一(ひ)イ二(ふ)ウ三(みつ)ツだ』
549と云(い)ふより早(はや)く、550真裸(まつぱだか)となり、551ザンブと飛込(とびこ)んだ。
552亀彦、梅彦『ヤア比較(ひかく)的(てき)浅(あさ)い池(いけ)だワイ………オイオイ二(ふた)つの生首(なまくび)、553かぶりついちや不可(いかん)よ、554俺(おれ)一人(ひとり)ではない、555俺(おれ)には彼(あ)の通(とほ)り立派(りつぱ)な奥方(おくがた)がお二人(ふたり)も随(つ)いて御座(ござ)るのだ。556一度(いちど)死(し)んだから二度(にど)とは死(し)なないから、557吾々(われわれ)は生命(いのち)位(ぐらゐ)は何(なん)ともないが、558後(あと)に残(のこ)つた菊子姫(きくこひめ)、559幾代姫(いくよひめ)の悲歎(ひたん)の程(ほど)が思(おも)い遣(や)られる……コラコラ助(たす)けてやるから生命(いのち)の恩人(おんじん)だと思(おも)つて、560かぶり付(つ)いてはならぬぞ』
561と言(い)ひつつ、562コワゴワ頭髪(とうはつ)をグツと握(にぎ)り締(し)めた。
563岩子姫(いはこひめ)『アイタタ、564痛(いた)う御座(ござ)んす、565どうぞ、566妾(わらは)の腰(こし)の辺(あたり)を探(さぐ)つて見(み)て下(くだ)さい』
567亀彦(かめひこ)『女(をんな)の分際(ぶんざい)としてあられもない事(こと)を言(い)ふな、568立派(りつぱ)な奥様(おくさま)が大(おほ)きな目(め)を剥(む)いて監督(かんとく)をして御座(ござ)るぞ、569腰(こし)のあたりを触(いら)つて堪(たま)るものかい』
570岸子姫(きしこひめ)『イエイエ、571腰(こし)の辺(あた)りに、572可(か)なり大(おほ)きい紐(ひも)で大(おほ)きい石(いし)が縛(しば)りつけて御座(ござ)います。573三(みつ)つも四(よつ)つも、574重(おも)い石(いし)に繋(つな)がれて居(ゐ)ます、575どうぞ其(その)綱(つな)を切(き)つて助(たす)けて下(くだ)さい』
576亀彦(かめひこ)『アーア、577偉(えら)い事(こと)になつて来(き)たワイ、578神(かみ)が綱(つな)を掛(かけ)たら放(はな)さぬぞよ、579アハヽヽヽ』
580岩子姫(いはこひめ)『冗談(じやうだん)仰有(おつしや)らずに、581どうぞ真面目(まじめ)にほどいて下(くだ)さい』
582 二人(ふたり)は水中(すゐちう)に手(て)を下(おろ)し、583腰(こし)のあたりを探(さぐ)つて見(み)て、
584亀彦、梅彦『ヤア甚(えら)い事(こと)を行(や)つて居(ゐ)る……やつぱり鱗(うろこ)でもなければ、585羽(はね)でもない、586人間(にんげん)の肌(はだ)だ』
587と云(い)ひ乍(なが)ら、588ほどかむとすれど、589綱(つな)は膨(ふく)れてどうする事(こと)も出来(でき)ぬ。
590亀彦、梅彦『アーア仕方(しかた)がない』
591と再(ふたた)び岸(きし)に這(は)ひ上(あが)り、592双刃(もろは)の剣(つるぎ)を口(くち)に啣(くは)へ、593バサバサと飛込(とびこ)み、594プツツと綱(つな)を切(き)り、595二人(ふたり)を肩(かた)にひつ担(かつ)ぎ乍(なが)ら上(あが)つて来(き)た。596高国別(たかくにわけ)および三(さん)人(にん)の女性(ぢよせい)は、
597四人『アーア結構(けつこう)結構(けつこう)、598好(い)い所(ところ)で助(たす)かつたものだ』
599浅子姫(あさこひめ)『岩子(いはこ)さま、600岸子(きしこ)さま、601あなたは酷(えら)い目(め)に会(あ)ひましたな、602妾(わらは)も御(ご)主人(しゆじん)様(さま)に救(すく)はれました……アヽ結構(けつこう)結構(けつこう)、603これと云(い)ふも、604大神(おほかみ)様(さま)の全(まつた)く御(ご)守護(しゆご)で御座(ござ)いませう』
605と浅子姫(あさこひめ)は、606今更(いまさら)の如(ごと)く嬉(うれ)し涙(なみだ)に暮(く)れて水面(すゐめん)に向(むか)つて合掌(がつしやう)しゐたりける。
607(大正一一・四・三 旧三・七 松村真澄録)
608(昭和一〇・三・二三 於花蓮港支部 王仁校正)
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