霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一章 筑紫(つくし)上陸(じやうりく)〔九四二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻 篇:第1篇 筑紫の不知火 よみ(新仮名遣い):つくしのしらぬい
章:第1章 筑紫上陸 よみ(新仮名遣い):つくしじょうりく 通し章番号:942
口述日:1922(大正11)年09月12日(旧07月21日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
高姫が高砂島に玉探しに行く前のこと、竜宮の一つ島から自転倒島に帰還した黒姫と高山彦は夫婦喧嘩の末、高山彦は姿を隠してしまった。黒姫は夫は筑紫の島に向かったものと思い込み、孫、房、芳の三人の従者を連れて筑紫の島に船出した。
一行は長い航海の末、建日の港に上陸した。ここはその昔、面那芸司や祝姫らが上陸した由緒ある港である。
黒姫は、黄金の玉を探しに行くというのは口実で、実際にはすでに玉への執着をほとんど脱却していた。ただ高山彦に衆人環視の中で縁切りされてその未練と執念から、老躯を駆ってまではるばると筑紫の島まで出てきたのであった。
孫公、房公、芳公は黒姫に甘言をもって連れ出されたが、黒姫の言動一致しないのを道中さんざん目撃し、黒姫への信頼はなく、ただただ早く高山彦を見つけ出して自転倒島に帰りたいという思いでいっぱいだった。
一行は港から山道に入って行った。三人は道中、黒姫を出しにして文句の掛け合いをしながら進んで行く。黒姫が、小島別が油を搾られた岩窟にさしかかるからと注意したが、黒姫の威厳は失墜しており、三人は何かと黒姫の粗を言い立てて反抗する。
黒姫は怒って叱りつけるが、孫公は軽口で返して笑いこける。孫公はその拍子に道端のとがった石に腰を打ち付け、真っ青な顔になって人事不省になってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-09-10 12:29:52 文字数:4467 OBC :rm3401
愛善世界社版:7頁 八幡書店版:第6輯 365頁 修補版: 校定版:7頁 普及版:2頁 初版: ページ備考:
001黄金(こがね)の玉(たま)の所在(ありか)をば
002捜(さが)して四方(よも)を彷徨(さまよ)ひし
003三五教(あななひけう)の黒姫(くろひめ)は
004玉(たま)に対(たい)する執着(しふちやく)を
005漸(やうや)く払(はら)ひ自転倒(おのころ)の
006神(かみ)の御国(みくに)の中心地(ちうしんち)
007綾(あや)の聖地(せいち)に立帰(たちかへ)り
008暫(しばら)く吾(わが)家(や)に潜(ひそ)みつつ
009麻邇(まに)の宝珠(ほつしゆ)の間違(まちが)ひに
010二世(にせ)を契(ちぎ)りし吾(わが)夫(つま)の
011高山彦(たかやまひこ)と衝突(しようとつ)し
012離縁(りえん)騒(さわ)ぎが持上(もちあ)がり
013高山彦(たかやまひこ)は聖地(せいち)より
014筑紫(つくし)の島(しま)へ行(ゆ)かむとて
015執念深(しふねんぶか)く付(つ)きまとふ
016妻(つま)黒姫(くろひめ)を振棄(ふりす)てて
017ドロンと姿(すがた)を隠(かく)しける
018恋(こひ)しき夫(つま)に捨(す)てられし
019黒姫(くろひめ)今(いま)は矢(や)も楯(たて)も
020堪(たま)らぬ様(やう)になり果(は)てて
021玉(たま)の捜索(そうさく)第二(だいに)とし
022夫(つま)の所在(ありか)を探(さぐ)らむと
023皺苦茶(しわくちや)だらけの中婆(ちうばば)が
024心猿(しんゑん)意馬(いば)に煽(あふ)られて
025万里(ばんり)の波濤(はたう)を打渡(うちわた)り
026心(こころ)を尽(つく)し身(み)を尽(つく)し
027命(いのち)の限(かぎ)り筑紫潟(つくしがた)
028行方(ゆくへ)は確(たしか)に不知火(しらぬひ)の
029海(うみ)の底(そこ)迄(まで)探(さぐ)らむと
030孫(まご)、房(ふさ)、芳(よし)の三(さん)人(にん)を
031伴(とも)に従(したが)へ由良(ゆら)の海(うみ)
032真帆(まほ)を孕(はら)みて漕(こ)ぎ出(いだ)す
033日本海(につぽんかい)をかけ離(はな)れ
034太平洋(たいへいやう)を横切(よこぎ)りて
035竜宮島(りうぐうじま)の沖(おき)を越(こ)え
036印度(インド)の洋(うみ)を右(みぎ)に見(み)て
037筑紫(つくし)の島(しま)の東岸(とうがん)に
038漸(やうや)く渡(わた)り着(つ)きにけり。
039 此処(ここ)は建日(たけひ)の港(みなと)と言(い)ひ、040其(その)昔(むかし)日(ひ)の出神(でのかみ)、041面那芸(つらなぎの)司(かみ)、042祝姫司(はふりひめのかみ)の宣伝使(せんでんし)が上陸(じやうりく)された由緒(ゆいしよ)深(ふか)き港(みなと)なりけり。
043 黒姫(くろひめ)は三(さん)人(にん)の従者(じゆうしや)と共(とも)に麻邇(まに)の玉(たま)の所在(ありか)や、044黄金(こがね)の玉(たま)の所在(ありか)を捜索(そうさく)すると云(い)ふは、045只(ただ)単(たん)に表面(へうめん)の理由(りいう)であつて、046其(その)実(じつ)玉(たま)に対(たい)しては、047既(すで)に執着心(しふちやくしん)を殆(ほとん)ど脱却(だつきやく)してゐたのである。048只(ただ)高山彦(たかやまひこ)に衆人(しうじん)環視(くわんし)の前(まへ)にて夫婦(ふうふ)の縁(えん)を切(き)られ、049其(その)恥(はぢ)を雪(すす)がむとする一念(いちねん)と、050高山彦(たかやまひこ)に対(たい)する未練(みれん)とが一(ひと)つになりて、051心猿(しんゑん)意馬(いば)は忽(たちま)ち頭(かしら)を擡(もた)げ、052此(この)老躯(らうく)を駆(か)つて、053結構(けつこう)な聖地(せいち)を後(あと)に、054再(ふたた)び斯(か)かる野蛮国(やばんこく)へ連(つ)れられて来(こ)られたのである。055黒姫(くろひめ)は高山彦(たかやまひこ)が仮令(たとへ)大蛇(をろち)に還元(くわんげん)しようが、056鬼(おに)にならうが、057又(また)は石(いし)の唐櫃(からひつ)に隠(かく)れて居(を)らうが、058女(をんな)の意地(いぢ)、059どうしても一度(いちど)面会(めんくわい)して、060心(こころ)に堆(うづだか)く積(つも)れる鬱憤(うつぷん)の塵(ちり)を晴(は)らし、061都合(つがふ)好(よ)くば、062再(ふたた)び旧交(きうかう)を温(あたた)め、063夫婦(ふうふ)となり、064手(て)に手(て)を取(と)つて聖地(せいち)に帰(かへ)り、065高姫(たかひめ)其(その)他(た)の面々(めんめん)に、066自分(じぶん)の意地(いぢ)は此(この)通(とほ)りと見(み)せてやらねば、067今(いま)迄(まで)尽(つく)して来(き)た尽力(じんりよく)が無(む)になる。068自分(じぶん)の面目玉(めんぼくだま)は丸潰(まるつぶ)れである……と妙(めう)な所(ところ)へ脱線(だつせん)して、069恋(こひ)と云(い)ふ悪魔(あくま)に取(とり)ひしがれ、070殆(ほとん)ど半狂乱(はんきやうらん)の如(ごと)く、071目(め)は釣上(つりあが)り、072頬(ほほ)は痩(やせ)こけ、073顔色(がんしよく)青(あを)ざめ、074実(じつ)に物凄(ものすご)い面相(めんさう)になつて居(ゐ)た。
075 孫(まご)、076房(ふさ)、077芳(よし)の三(さん)人(にん)は、078黒姫(くろひめ)に色々(いろいろ)と甘言(かんげん)を以(もつ)て操(あやつ)られ、079ここ迄(まで)従(つ)いては来(き)たものの別(べつ)に宣伝(せんでん)の目的(もくてき)もなければ何(なん)の楽(たのし)みもない、080只(ただ)一日(ひとひ)も早(はや)く高山彦(たかやまひこ)の所在(ありか)を探(たづ)ねて、081黒姫(くろひめ)と共(とも)に自転倒(おのころ)島(じま)へ帰(かへ)りたいのが胸一杯(むねいつぱい)であつた。082黒姫(くろひめ)も亦(また)宣伝使(せんでんし)の身(み)であり乍(なが)ら高山彦(たかやまひこ)の捜索(そうさく)に心魂(しんこん)を奪(うば)はれ、083只(ただ)一日(ひとひ)も早(はや)く夫(つま)に会(あ)はせ給(たま)へと、084朝夕(あさゆふ)祈願(きぐわん)するのみで、085道(みち)を宣伝(せんでん)すると云(い)ふ其(その)使命(しめい)は殆(ほとん)ど忘却(ばうきやく)して居(ゐ)た。086老婆(らうば)の恋(こひ)に狂(くる)うた位(くらゐ)始末(しまつ)に了(を)へぬものはない。087黒姫(くろひめ)が此(この)建日(たけひ)の港(みなと)に着(つ)く迄(まで)には幾度(いくど)となくあちらの島(しま)へ寄(よ)り、088此方(こちら)の島(しま)へ寄(よ)り、089厳(きび)しい捜索(そうさく)をやつて居(ゐ)た為(ため)、090余程(よほど)日子(につし)を費(つひ)やしてゐる。091殆(ほとん)ど一(いち)年(ねん)許(ばか)り掛(かか)つた。
092 さうして船(ふね)は二三回(にさんくわい)難破(なんぱ)し、093便宜(べんぎ)の方法(はうはふ)にて舟(ふね)を買(か)つたり、094拾(ひろ)つたりし乍(なが)ら、095漸(やうや)くここへ辿(たど)り着(つ)いたのである。096其(その)間(あひだ)には随分(ずゐぶん)背中(せなか)に腹(はら)の替(か)へられないやうな憂目(うきめ)に遭(あ)ひ天則(てんそく)違反(ゐはん)的(てき)行動(かうどう)をも続(つづ)け、097島(しま)に繋(つな)ぎありし、098何人(なにびと)かの舟(ふね)をソツと失敬(しつけい)して、099乗(の)つて来(き)た事(こと)もあるのであつた。
100 三(さん)人(にん)の従者(じゆうしや)は黒姫(くろひめ)に随従(ずゐじゆう)して却(かへつ)て宣伝使(せんでんし)として数多(あまた)の黒姫(くろひめ)の矛盾(むじゆん)を目撃(もくげき)してゐるので、101聖地(せいち)を出(で)た時(とき)の黒姫(くろひめ)に対(たい)する信用(しんよう)と、102今(いま)の黒姫(くろひめ)に対(たい)する態度(たいど)とは、103ガラツと変(かは)つてゐる。104黒姫(くろひめ)は要(えう)するに口(くち)計(ばか)りの人間(にんげん)で、105行(おこな)ひの伴(ともな)はざる執念深(しふねんぶか)き悪垂(あくた)れ婆(ばば)アと云(い)ふ観念(かんねん)、106三(さん)人(にん)の胸(むね)に期(き)せずして兆(きざ)してゐる。107それ故(ゆゑ)日(ひ)を逐(お)うて黒姫(くろひめ)を軽蔑(けいべつ)し、108今(いま)は容易(ようい)に黒姫(くろひめ)の命令(めいれい)に服(ふく)しない様(やう)になつて居(ゐ)る。109のみならず却(かへつ)て事(こと)に触(ふ)れ物(もの)に接(せつ)し、110からかつて見(み)ては、111黒姫(くろひめ)が喜怒(きど)哀楽(あいらく)、112愛悪欲(あいおよく)の面部(めんぶ)の色(いろ)に現(あら)はるるを見(み)て、113せめてもの旅(たび)の慰(なぐさ)みとしてゐた位(くらゐ)である。114併(しか)し乍(なが)ら乗(の)り掛(か)けた舟(ふね)、115途中(とちう)に引返(ひきかへ)す訳(わけ)にも行(ゆ)かず、116幾分(いくぶん)か神(かみ)様(さま)の教(をしへ)が三(さん)人(にん)共(とも)腹(はら)に浸(し)み渡(わた)つてゐるお蔭(かげ)で、117太平洋(たいへいやう)の真(ま)ん中(なか)へ出(で)た時分(じぶん)から、118三(さん)人(にん)はヒソビソと囁(ささや)き合(あ)ひ、119一層(いつそう)の事(こと)黒姫(くろひめ)を海(うみ)の中(なか)へ放(ほう)り込(こ)んで、120素知(そし)らぬ顔(かほ)で自転倒(おのころ)島(じま)へ帰(かへ)らうかと迄(まで)、121孫公(まごこう)が発起(ほつき)で相談(さうだん)した事(こと)もあつた。122されどそんな無茶(むちや)な事(こと)をすれば、123忽(たちま)ち天則(てんそく)違反(ゐはん)の大罪(だいざい)を重(かさ)ね、124如何(いか)なる厳罰(げんばつ)に神界(しんかい)から処(しよ)せらるるやも計(はか)り難(がた)しと、125直日(なほひ)の魂(たま)の閃(ひらめ)きに見直(みなほ)し宣(の)り直(なほ)し、126厭々(いやいや)乍(なが)ら、127万里(ばんり)の波濤(はたう)を艱難(かんなん)辛苦(しんく)してここ迄(まで)従(つ)いて来(き)たのである。
128 黒姫(くろひめ)一行(いつかう)は舟(ふね)を乗(の)りすて、129建日(たけひ)の港(みなと)に上陸(じやうりく)し、130激潭(げきたん)飛沫(ひまつ)の渓流(けいりう)を遡(さかのぼ)り、131四方(よも)の風景(ふうけい)を眺(なが)め乍(なが)ら、132草(くさ)を分(わ)けて細(ほそ)き谷道(たにみち)を登(のぼ)つて行(ゆ)く。133比較(ひかく)的(てき)人通(ひとどほ)りが多(おほ)いと見(み)えて、134羊腸(やうちやう)の小径(こみち)が九十九(つくも)折(をり)に白(しろ)く光(ひか)つて居(ゐ)る。
135孫公(まごこう)『黒姫(くろひめ)さまのお蔭(かげ)で、136思(おも)はぬ絶景(ぜつけい)を見(み)せて貰(もら)ひました。137際限(さいげん)もなき海原(うなばら)を日(ひ)に照(て)りつけられ、138汐風(しほかぜ)に晒(さ)らされ、139雨(あめ)に当(あ)てられ、140丸(まる)で渋紙(しぶがみ)さまの様(やう)になつて了(しま)つた。141黒姫(くろひめ)さまは元(もと)から烏(からす)の様(やう)な御(お)方(かた)だから、142余(あま)り目立(めだ)たぬが、143俺(おれ)達(たち)は自転倒(おのころ)島(じま)へ帰(かへ)つて、144宅(うち)のお安(やす)に此(この)面(つら)を見(み)せようものなら、145どれ丈(だけ)悔(くや)むであらう。146それを思(おも)へば残念(ざんねん)で堪(たま)らぬワイ。147是(これ)と云(い)ふも、148元(もと)を糺(ただ)せば黒姫(くろひめ)さまが、149余(あま)りハズバンドに魂(たま)を抜(ぬ)かれて居(を)るものだから、150こんな結果(けつくわ)になつて了(しま)つたのだ……なア芳公(よしこう)、151房公(ふさこう)、152お前(まへ)の顔(かほ)も随分(ずゐぶん)黒(くろ)くなつたよ。153貴様(きさま)とこのお滝(たき)やお鉄(てつ)が、154さぞ悔(くや)む事(こと)だらう。155今(いま)から思(おも)ひやられて、156可哀相(かはいさう)なワイ』
157芳公(よしこう)『ナアニ、158俺(おれ)ン所(とこ)のお滝(たき)も房公(ふさこう)ン所(とこ)のお鉄(てつ)も、159元(もと)より覚悟(かくご)して居(ゐ)る筈(はず)だ。160お滝(たき)の奴(やつ)、161俺(おれ)の出(で)る時(とき)に、162名残(なごり)惜(をし)さうに、163俺(おれ)の背中(せなか)をポンと叩(たた)きやがつて……コレコレこちの人(ひと)、164お前(まへ)さまは黒姫(くろひめ)さまのお伴(とも)に行(ゆ)くのだから、165顔(かほ)の色(いろ)迄(まで)黒姫(くろひめ)さまの感化(かんくわ)を受(う)けて来(こ)なあきませぬぞえ。166心(こころ)の中(なか)迄(まで)黒(くろ)うなつて来(き)なさいと吐(ほざ)きやがつた。167けれど俺(おれ)は心(こころ)の中(なか)丈(だけ)は真平(まつぴら)御免(ごめん)だ。168アハヽヽヽ』
169孫公(まごこう)『心(こころ)の中(なか)迄(まで)貴様(きさま)の嬶(かか)が、170黒姫(くろひめ)さまのやうに黒(くろ)くなつて来(こ)いと云(い)うたのは一(ひと)つの謎(なぞ)だよ。171貴様(きさま)は何時(いつ)も箸(はし)まめな奴(やつ)だから、172朝(あさ)から晩(ばん)迄(まで)お滝(たき)と二人(ふたり)が、173犬(いぬ)も喰(く)はぬ悋気(りんき)喧嘩(げんくわ)計(ばか)りやつて、174生疵(なまきず)の絶間(たえま)なし、175近所(きんじよ)合壁(がつぺき)に迷惑(めいわく)をかけた代物(しろもの)だ。176それだから黒姫(くろひめ)さまが高山彦(たかやまひこ)を慕(した)ふ様(やう)に、177此(この)お滝(たき)に一心(いつしん)になれ、178さうしてお滝(たき)の為(ため)には仮令(たとへ)千(せん)里(り)万里(ばんり)の山坂(やまさか)を越(こ)えても、179敢(あへ)て厭(いと)はぬと云(い)ふ熱心(ねつしん)な情(なさけ)の深(ふか)い男(をとこ)になつて来(き)なさい、180黒姫(くろひめ)さまの貞節(ていせつ)を学(まな)んで、181それを妾(わたし)にソツクリ其(その)儘(まま)行(おこな)うて呉(く)れ……と云(い)ふ虫(むし)の好(よ)い謎(なぞ)だ。182貴様(きさま)の嬶(かか)アも中々(なかなか)行手(やりて)だ。183余程(よほど)貴様(きさま)とは智慧(ちゑ)が優(すぐ)れて居(ゐ)るワイ。184アハヽヽヽ』
185芳公(よしこう)『俺(おれ)やモウそんな事(こと)を聞(き)くと、186女房(にようばう)が恋(こひ)しうなつて来(き)た。187翼(つばさ)でもあれば、188此(この)儘(まま)翔(た)つて帰(かへ)りたいのだがなア』
189孫公(まごこう)『何(なん)と云(い)つても斯(こ)うなりや、190モウ仕方(しかた)がない。191黒姫(くろひめ)泥棒(どろばう)の乾児(こぶん)になつたやうなものだから、192毒(どく)を喰(く)はば皿(さら)まで舐(ねぶ)れだ。193兎(と)も角(かく)高山彦(たかやまひこ)のハズバンドに出会(で)あうて、194ヤイノヤイノの乱痴気(らんちき)騒(さわ)ぎを一幕(ひとまく)か二幕(ふたまく)見(み)せて貰(もら)ひ、195其(その)後(あと)には吾々(われわれ)が居中(きよちう)調停(てうてい)の労(らう)を執(と)り、196夫婦(ふうふ)が機会(きくわい)均等(きんとう)主義(しゆぎ)を発揮(はつき)して、197目出(めで)たく自転倒(おのころ)島(じま)へ凱旋(がいせん)遊(あそ)ばす迄(まで)は、198離(はな)れる事(こと)は出来(でき)ない因縁(いんねん)がまつはつてゐるのだ。199今(いま)ヤツと建日(たけひ)の港(みなと)へ着(つ)いた許(ばか)りだ。200今頃(いまごろ)に望郷(ばうきやう)の念(ねん)に駆(か)られては駄目(だめ)だぞ。201自転倒(おのころ)島(じま)の人間(にんげん)は何時(いつ)も望郷心(ばうきやうしん)が強(つよ)いから大事業(だいじげふ)は到底(たうてい)成功(せいこう)出来(でき)ないのだ。202斯(こ)うなつた以上(いじやう)は、203嬶(かか)の一人(ひとり)や二人(ふたり)何(ど)うでも好(よ)いぢやないか。204都合(つがふ)が好(よ)ければ此(この)筑紫島(つくしじま)に永住(ゑいぢう)して大事業(だいじげふ)を起(おこ)し、205一生(いつしやう)自転倒(おのころ)島(じま)へは帰(かへ)らないと云(い)ふ決心(けつしん)が肝腎(かんじん)だ』
206芳公(よしこう)『お前(まへ)は女房(にようばう)のお安(やす)を、207始(はじ)めから嫌(きら)つて居(ゐ)るのだから、208自転倒(おのころ)島(じま)に未練(みれん)はなからう。209俺(おれ)はあれ丈(だけ)親切(しんせつ)な、210惚切(ほれき)つた女房(にようばう)が、211膝坊主(ひざばうず)を抱(だ)いて俺(おれ)の帰(かへ)るのを、212今(いま)か今(いま)かと神(かみ)様(さま)に願(ぐわん)かけて待(ま)つてるのだから、213そんな無情(むじやう)な事(こと)は出来(でき)ない。214一(いち)日(にち)も早(はや)く帰(かへ)つて、215女房(にようばう)の喜(よろこ)ぶ顔(かほ)を見(み)るのが俺(おれ)の唯一(ゆゐいつ)の楽(たのし)みだ。216世(よ)の中(なか)に夫婦(ふうふ)位(くらゐ)大切(たいせつ)なものはない。217何程(なにほど)こんな所(ところ)で成功(せいこう)をしたと云(い)つても、218女房(にようばう)子(こ)と一生(いつしやう)あはれぬやうな所(ところ)で、219何(なに)が面白(おもしろ)い』
220孫公(まごこう)『アハヽヽヽ、221毎日(まいにち)日日(ひにち)あれ丈(だけ)憎(にく)相(さう)に云(い)うて喧嘩(けんくわ)をし乍(なが)ら、222矢張(やつぱり)あんなやん茶嬶(ちやかか)が恋(こひ)しいのか。223恋(こひ)といふものは分(わか)らぬものだなア』
224房公(ふさこう)『ソリヤ其(その)筈(はず)だ。225黒姫(くろひめ)さまでさへも、226云(い)うと済(す)まぬが、227夕日(ゆふひ)の影干(かげぼ)しのやうな無恰好(ぶかつかう)な禿頭(はげあたま)の爺(おやぢ)を、228こんな所(ところ)迄(まで)はるばる尋(たづ)ねて来(き)やつしやるのだもの、229夫(をつと)が女房(にようばう)を慕(した)ふのは当然(あたりまへ)だ。230俺(おれ)ン所(とこ)のお鉄(てつ)でもそれはそれは親切(しんせつ)なものだよ。231孫公(まごこう)ン所(とこ)のお安(やす)は、232余(あま)り親切(しんせつ)にないのは、233つまり孫公(まごこう)が悪(わる)いのだ。234女(をんな)と云(い)ふものは、235男(をとこ)の方(はう)から親切(しんせつ)に真心(まごころ)を以(もつ)て可愛(かあい)がつてやれば、236どうでもなるものだ。237貴様(きさま)の様(やう)に、238女房(にようばう)を家(いへ)の道具(だうぐ)だとか、239器械(きかい)だとか、240産児機(さんじき)だとか云(い)つて、241虐待(ぎやくたい)するやうな事(こと)では、242目(め)つかちの女房(にようばう)だつて、243夫(をつと)を親身(しんみ)になつて思(おも)つては呉(く)れないよ。244チツと黒姫(くろひめ)さまに倣(なら)つて、245お前(まへ)も女房(にようばう)を大切(たいせつ)にしたら如何(どう)だい。246こんな遠方(ゑんぱう)迄(まで)来(き)た土産(みやげ)として、247女房(にようばう)に対(たい)する親切(しんせつ)を益々(ますます)濃厚(のうこう)に持(も)ち直(なほ)して帰(かへ)るが、248何(なに)よりの女房(にようばう)への土産(みやげ)だよ……なア黒姫(くろひめ)さま……』
249と舌(した)をニユツと出(だ)し、250頤(あご)をつき出(だ)して、251稍(やや)嘲弄(てうろう)的(てき)に目(め)を注(そそ)ぐ。252黒姫(くろひめ)は始(はじ)めて口(くち)を開(ひら)き、
253黒姫(くろひめ)『お前(まへ)さま達(たち)三(さん)人(にん)は自転倒(おのころ)島(じま)を出(で)た時(とき)は、254随分(ずゐぶん)誠実(せいじつ)な熱心(ねつしん)な信者(しんじや)であつた。255それが如何(どう)したものか、256一日(いちにち)々々(いちにち)と誠(まこと)がうすらぎ、257遂(つひ)には妾(わたし)に迄(まで)、258軽侮(けいぶ)の目(め)を以(もつ)て見(み)るやうになつたぢやないか。259何(なん)の為(ため)にお前(まへ)さまは遥々(はるばる)と修業(しうげふ)に出(で)て来(き)たのだい。260これから先(さき)は建日別(たけひわけの)命(みこと)が昔(むかし)脂(あぶら)を取(と)られた筑紫峠(つくしたうげ)の谷間(たにあひ)の岩窟(がんくつ)があるから、261今(いま)の中(うち)に心(こころ)を直(なほ)しておかぬと、262昔(むかし)の小島別(こじまわけ)のやうに脂(あぶら)をとられて、263ヘトヘトになりますぞえ。264今(いま)の間(うち)に改心(かいしん)をしなされ』
265孫公(まごこう)『アハヽヽヽ黒姫(くろひめ)さま、266改心(かいしん)する人(ひと)は吾々(われわれ)三(さん)人(にん)計(ばか)りですか? まだ外(ほか)に一人(ひとり)、267第一(だいいち)に改心(かいしん)をせなくてはならぬ婆(ばば)んつがある事(こと)をお忘(わす)れになりましたか?』
268黒姫(くろひめ)『改心(かいしん)し切(き)つた者(もの)が、269何(ど)うして改心(かいしん)する余地(よち)がありませうか。270お前(まへ)さまは此(この)黒姫(くろひめ)の行(おこな)ひを見(み)なさつたら、271大抵(たいてい)分(わか)るだらう』
272孫公(まごこう)『惟神(かむながら)だ、273天(てん)の与(あた)へだ……と云(い)つて、274人(ひと)の舟(ふね)を黙(だま)つてチヨロまかし、275それに乗(の)つて来(く)るのが誠(まこと)ですか。276あんな事(こと)が、277改心(かいしん)し切(き)つた人(ひと)の行(おこな)ひとすれば、278吾々(われわれ)よりも泥棒(どろばう)の方(はう)が余程(よほど)改心(かいしん)しとるぢやありませぬか』
279黒姫(くろひめ)『エヽ、280ツベコベと小理屈(こりくつ)を言(い)ひなさんな。281途中(とちう)に船(ふね)が破(やぶ)れて、282進退(しんたい)これ谷(きは)まつた時(とき)に、283主(ぬし)のない船(ふね)がそこへ流(なが)れて来(き)たのは、284所謂(いはゆる)天(てん)の与(あた)へだよ。285諺(ことわざ)にも天(てん)の与(あた)ふるを取(と)らざれば、286災(わざはひ)却(かへつ)て身(み)に及(およ)ぶと云(い)ふ事(こと)があるぢやないか。287神(かみ)は人間(にんげん)になくてならぬものを与(あた)へ給(たま)ふと云(い)ふ聖者(せいじや)の教(をしへ)がある。288船(ふね)一艘(いつそう)が大切(たいせつ)か、289吾々(われわれ)四(よ)人(にん)の生命(いのち)が大切(たいせつ)か、290能(よ)く事(こと)の軽重(けいちよう)大小(だいせう)を考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。291機(き)に臨(のぞ)み変(へん)に応(おう)ずるは、292即(すなは)ち惟神(かむながら)の大道(だいだう)だよ。293こんな事(こと)が分(わか)らぬ様(やう)な事(こと)で、294能(よ)うお前(まへ)さまも、295三五教(あななひけう)の信者(しんじや)ぢや、296宣伝使(せんでんし)の卵(たまご)ぢやと云(い)つて、297こんな所(ところ)迄(まで)従(つ)いて来(き)ましたな、298オツホヽヽヽ』
299孫公(まごこう)『呆(あき)れて物(もの)が言(い)へませぬワイ。300併(しか)し乍(なが)ら、301お前(まへ)さまが夫(をつと)の為(ため)には大切(たいせつ)な神務(しんむ)も忘(わす)れ、302宣伝(せんでん)を次(つぎ)にし、303あれ程(ほど)気違(きちがひ)のやうになつて居(を)つた黄金(こがね)の玉(たま)の事(こと)をケロリと忘(わす)れて、304大勢(おほぜい)の前(まへ)で肱鉄砲(ひぢでつぱう)をかましてくれた高山彦(たかやまひこ)さまを慕(した)ふ其(その)貞節(ていせつ)には実(じつ)に感心(かんしん)だ。305大(おほい)に学(まな)ぶべき点(てん)がオホアリ大根(だいこん)だ。306アハヽヽヽ、307オホヽヽヽ、308ウツフヽヽヽ、309エヘヽヽヽ、310イヒヽヽヽ』
311黒姫(くろひめ)『コレ孫公(まごこう)、312お前(まへ)は此(この)年老(としより)を嘲弄(てうろう)するのかい』
313孫公(まごこう)『岩屋(いはや)の神(かみ)さまがソロソロ孫公(まごこう)さまに憑(うつ)つて、314言霊(ことたま)を始(はじ)めかけたのだよ。315ウフヽヽヽ』
316と笑(わら)ひこける。317途端(とたん)に路傍(みちばた)の尖(とが)つた石(いし)に腰(こし)を打(うち)つけ『アイタタ』と云(い)つたきり、318真青(まつさを)な色(いろ)になり、319顔(かほ)をしかめ、320目(め)を塞(ふさ)いで、321人事(じんじ)不省(ふせい)になつて了(しま)つた。
322(大正一一・九・一二 旧七・二一 松村真澄録)
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