霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第六章 蜂(はち)の巣(す)〔九四七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻 篇:第1篇 筑紫の不知火 よみ(新仮名遣い):つくしのしらぬい
章:第6章 蜂の巣 よみ(新仮名遣い):はちのす 通し章番号:947
口述日:1922(大正11)年09月12日(旧07月21日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
三人は細い谷道を行く。芳公は滑稽な歌を歌いながら登って行く。黒姫の高山彦への恋慕に付き合わされて自分までこんな目に合わなくてはならない、という文句をたらたら歌っている。
三人は木陰に座って休息を取った。ふと上を見上げると、大きな蜂の巣が懸っている。すわ大変と、三人は立って逃げ出した。蜂は三人の頭を襲撃したが、笠をかぶっていたので針の被害は免れた。
命からがら山道を駆け上ったところで、三人は清水が湧いているのを見つけた。房公と芳公は水を飲んで国魂神の純世姫命に感謝をささげた。
黒姫は、師をさしおいて水を飲んだと言って二人におかんむりである。房公は、黒姫には慈愛の心が無いと言って故事を挙げて黒姫を責め、文句を言い立てる。芳公は止めに入り、黒姫も言い返すが、房公はこれからまだ急坂を登らなければならないから喧嘩は止めにしようと休戦する。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-09-11 16:58:30 文字数:3597 OBC :rm3406
愛善世界社版:78頁 八幡書店版:第6輯 390頁 修補版: 校定版:83頁 普及版:32頁 初版: ページ備考:
001高山彦(たかやまひこ)の後(あと)を追(お)ひ
002遥々(はるばる)来(きた)りし黒姫(くろひめ)は
003房公(ふさこう)、芳公(よしこう)を伴(ともな)ひて
004筑紫(つくし)ケ岳(だけ)を登(のぼ)り行(ゆ)く
005細(ほそ)き谷道(たにみち)右左(みぎひだり)
006水成岩(すゐせいがん)の此処(ここ)彼処(かしこ)
007頭(あたま)を抬(もた)げて居(ゐ)る中(なか)を
008足(あし)に力(ちから)を入(い)れ乍(なが)ら
009エイヤエイヤと声(こゑ)揃(そろ)へ
010一歩(ひとあし)々々(ひとあし)登(のぼ)り行(ゆ)く
011ウンウンウンと呻(うめ)きつつ
012芳公(よしこう)は歌(うた)を謡(うた)ひ出(だ)す。
013芳公(よしこう)『あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
014御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
015此(この)急坂(きふはん)をやすやすと
016登(のぼ)らせ給(たま)へ純世姫(すみよひめ)
017ウントコドツコイ息苦(いきぐる)し
018ハアハアハアハア スウスウスウ
019すべて山坂(やまさか)登(のぼ)るときや
020向(むか)ふを眺(なが)めちやいかないぞ
021一歩(ひとあし)々々(ひとあし)俯向(うつむ)いて
022梯子(はしご)を登(のぼ)る心地(ここち)して
023進(すす)めば何時(いつ)しか絶頂(ぜつちやう)に
024ウントコドツコイ着(つ)くだらう
025とは云(い)ふもののきつい坂(さか)
026お嬶(かあ)の○に上(のぼ)るとは
027チツとは骨(ほね)がある様(やう)だ
028足(あし)はモカモカして来(き)だす
029ハアハアドツコイ、ウントコナ
030腰(こし)の辺(あた)りがドツコイシヨ
031如何(どう)やらハアハア変梃(へんてこ)に
032フウスウフウスウ、ドツコイシヨ
033なつて来(き)たでは無(な)いかいな
034高山彦(たかやまひこ)へ登(のぼ)るのは
035余程(よつぽど)骨(ほね)が折(を)れるわい
036ハアハアこれこれハアハア、ドツコイシヨ
037黒姫(くろひめ)さまよ聞(き)きなされ
038高山彦(たかやまひこ)と云(い)ふ峠(たうげ)
039中々(なかなか)登(のぼ)り難(にく)いぞや
040にくいといつてもお前(まへ)さまは
041ハアハアフウフウ可愛(かあ)いかろ
042可愛(かあい)い男(をとこ)にドツコイシヨ
043ハアハアフウフウあふのだもの
044お前(まへ)は前途(ぜんと)に楽(たの)しみが
045ウントコドツコイぶら下(さが)る
046私(わたし)は汗(あせ)がぶら下(さが)る
047こんな峠(たうげ)と知(し)つたなら
048ウントコドツコイ初(はじ)めから
049私(わたし)は来(く)るのぢやなかつたに
050胸突坂(むねつきざか)の嶮(けは)しさよ
051水成岩(すゐせいがん)や火成岩(くわせいがん)
052片麻岩(へんまがん)かは知(し)らねども
053本当(ほんたう)に堅(かた)い石道(いしみち)だ
054皆(みな)さまドツコイ気(き)をつけよ
055ウツカリ滑(すべ)つて向脛(むかふずね)を
056ウントコドツコイ擦(す)り剥(む)いちや
057自転倒(おのころ)島(じま)にドツコイシヨ
058残(のこ)して置(お)いた女房(にようばう)子(こ)に
059あはせる顔(かほ)が無(な)い程(ほど)に
060房公(ふさこう)さまも気(き)をつけよ
061ウントコドツコイ、ハアハアフウ
062芳公(よしこう)さまも気(き)をつける
063黒姫(くろひめ)さまはドツコイシヨ
064高山峠(たかやまたうげ)を登(のぼ)るのだ
065仮令(たとへ)向脛(むこずね)ドツコイシヨ
066剥(む)いたところで得心(とくしん)だ
067現在(げんざい)夫(をつと)の名(な)の様(やう)な
068筑紫(つくし)ケ岳(だけ)のドツコイシヨ
069高山峠(たかやまたうげ)をフウフウフウ
070這(は)うて居(を)るのぢや無(な)いかいな
071何程(なにほど)恋(こひ)しいドツコイシヨ
072高山彦(たかやまひこ)でも此(この)様(やう)な
073きつい険(さか)しい心(こころ)では
074黒姫(くろひめ)さまも困(こま)るだらう
075ウントコドツコイ気(き)をつけよ
076そこには尖(とが)つた石(いし)がある
077筑紫(つくし)の国(くに)迄(まで)やつて来(き)て
078ドツコイ怪我(けが)しちや堪(たま)らない
079朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
080月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
081仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
082此(この)坂(さか)越(こ)えねばならぬのか
083黒姫(くろひめ)さまのドツコイシヨ
084ハアハアフウフウ フウスウスウ
085恋(こひ)の犠牲(ぎせい)に使(つか)はれて
086踏(ふ)みも習(なら)はぬ山坂(やまさか)を
087登(のぼ)り行(ゆ)く身(み)の馬鹿(ばか)らしさ
088ホンに思(おも)へば前(さき)の世(よ)で
089ウントコドツコイ汗(あせ)が出(で)る
090如何(いか)なる事(こと)の罪(つみ)せしか
091因果(いんぐわ)は廻(めぐ)る小車(をぐるま)の
092小車(をぐるま)ならぬ石車(いしぐるま)
093沢山(たくさん)転(ころ)がつてドツコイシヨ
094其処(そこ)ら四辺(あたり)に待(ま)つて居(ゐ)る
095ウントコドツコイ暑(あつ)い事(こと)ぢや
096汗(あせ)と脂(あぶら)を絞(しぼ)り出(だ)し
097蝉(せみ)にはミンミン囀(さへづ)られ
098頭(あたま)はガンガン照(てら)されて
099ウントコドツコイ あゝ偉(えら)い
100こんなつまらぬ事(こと)は無(な)い
101あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
102叶(かな)はぬ時(とき)の神頼(かみだの)み
103国魂神(くにたまがみ)の純世姫(すみよひめ)
104月照彦(つきてるひこ)の神(かみ)様(さま)よ
105何卒(どうぞ)助(たす)けて下(くだ)さンせ
106弱音(よわね)を吹(ふ)くぢや無(な)けれども
107こんだけ辛(え)らうては堪(たま)らない
108どこぞ此処(ここ)らの木蔭(こかげ)をば
109求(もと)めて一服(いつぷく)しようぢやないか
110ウントコドツコイ黒姫(くろひめ)さま
111も一(ひと)つ無花果(いちじゆく)出(だ)しとくれ
112喉(のど)がひつつきさうになつて来(き)た
113ハアハアフウフウ フウスウスウ
114こンな苦労(くらう)をするのんも
115元(もと)を訊(ただ)せばドツコイシヨ
116みんなお前(まへ)の為(た)めぢやぞえ
117皺苦茶(しわくちや)婆(ば)さまのドツコイシヨ
118分際(ぶんざい)忘(わす)れて高山(たかやま)の
119峠(たうげ)に登(のぼ)らうとする故(ゆゑ)に
120俺(おれ)迄(まで)迷惑(めいわく)するのんだ
121ウントコドツコイ俺(おれ)のみか
122家(うち)のお嬶(かか)も困(こま)つてる
123皇(すめ)大神(おほかみ)の御(おん)為(た)めに
124御用(ごよう)に立(た)つならドツコイシヨ
125どんな苦労(くらう)も厭(いと)やせぬ
126思(おも)へば思(おも)へば馬鹿(ばか)らしい
127千(せん)里(り)二千(にせん)里(り)三千(さんぜん)里(り)
128荒波(あらなみ)越(こ)えてドツコイシヨ
129筑紫(つくし)の島(しま)まで導(みちび)かれ
130ハアハアフウフウ あゝ暑(あつ)い
131汗(あせ)が滲(にじ)んで目(め)が見(み)えぬ
132つまらぬ事(こと)になつて来(き)た
133ウントコドツコイ黒姫(くろひめ)さま
134一寸(ちよつと)一服(いつぷく)しようぢやないか
135何程(なにほど)あせつて見(み)た処(とこ)が
136二日(ふつか)や三日(みつか)や十日(とをか)では
137火(ひ)の国都(くにみやこ)へ行(ゆ)かれない
138叔母(をば)が死(し)んでも食休(じきやす)み
139ドツコイシヨードツコイシヨー
140暑中(しよちう)休暇(きうか)の流行(はや)る世(よ)に
141休(やすみ)なしとは胴欲(どうよく)ぢや
142私(わし)もどうやら屁古垂(へこた)れた
143何卒(どうぞ)一服(いつぷく)さして呉(く)れ
144それそれ向(むか)ふの木(き)の枝(えだ)に
145甘(うま)さうな果実(このみ)がなつて居(ゐ)る
146あれ見(み)てからは堪(たま)らない
147もう一歩(ひとあし)も行(ゆ)けませぬ
148あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
149御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ
150オツト危(あぶ)ない石車(いしぐるま)
151スツテの事(こと)で向脛(むかふづね)を
152傷(そこな)ひやぶる処(とこ)だつた
153これも矢張(やつぱ)り神(かみ)様(さま)の
154深(ふか)き尊(たふと)き御(おん)守護(まもり)
155此処(ここ)で休(やす)んで行(ゆ)きませう
156御(お)足(みあ)の達者(たつしや)な御(お)方(かた)等(ら)は
157何卒(どうぞ)お先(さき)へ行(い)つてくれ
158欲(よく)にも徳(とく)にも代(か)へられぬ
159生命(いのち)あつての物種(ものだね)だ
160行(い)きつきバツタリ焼糞(やけくそ)だ
161ハアハアフウフウ フウスウスウ
162如何(どう)やら呼吸(いき)がきれかけた
163汗(あせ)も膏(あぶら)も乾(かわ)き果(は)て
164もう一滴(いつてき)も出(で)ない様(やう)に
165カンピンタンになりかけた
166ウントコドツコイ休(やす)まうか』
167云(い)ひつつドスンと腰(こし)下(おろ)し
168青葉(あをば)の上(うへ)に横(よこ)たはる
169黒姫(くろひめ)、房公(ふさこう)両人(りやうにん)は
170渡(わた)りに舟(ふね)と喜(よろこ)んで
171木蔭(こかげ)に立寄(たちよ)り息(いき)休(やす)め
172流(なが)るる汗(あせ)を拭(ぬぐ)ひける。
173 三(さん)人(にん)は汗(あせ)を拭(ぬぐ)ひ乍(なが)ら、174油蝉(あぶらぜみ)の鳴(な)く木蔭(こかげ)に息(いき)を休(やす)めて居(ゐ)る。175巨大(きよだい)な青蜂(あをばち)等(など)が盛(さかん)に襲撃(しふげき)する。176フツと空(そら)を見上(みあ)ぐれば大(おほ)きな蜂(はち)の巣(す)がぶら下(さが)つて居(ゐ)る。177三(さん)人(にん)は『コリヤ大変(たいへん)!』と俄(にはか)に立(た)ち上(あが)り坂道(さかみち)さして逃(に)げ出(いだ)す。178青蜂(あをばち)の群(むれ)は敵(てき)の襲来(しふらい)と見誤(みあやま)つたと見(み)え、179両方(りやうはう)の羽翼(うよく)に極力(きよくりよく)馬力(ばりき)を掛(か)け、180ブーンと唸(うな)りを立(た)てて三(さん)人(にん)の頭(あたま)を目蒐(めが)けて襲撃(しふげき)する。181三(さん)人(にん)は幸(さいは)ひ笠(かさ)を被(かぶ)つて居(ゐ)たので蜂(はち)の剣(けん)を免(まぬが)れ、182生命(いのち)辛々(からがら)二三丁(にさんちやう)許(ばか)り思(おも)はず知(し)らず坂道(さかみち)を駆登(かけのぼ)つて了(しま)つた。183其処(そこ)には高(たか)い山(やま)にも似(に)ず美(うつく)しい清水(せいすゐ)がチヨロチヨロと流(なが)れて居(ゐ)る。
184芳公(よしこう)『ハアハアハアフウフウフウ……あゝ有難(ありがた)い。185こんな結構(けつこう)な清水(しみづ)が此処(ここ)に湧(わ)いて居(ゐ)るとは心(こころ)づかなかつた。186丸(まる)で夢(ゆめ)に牡丹餅(ぼたもち)を貰(もら)つた様(やう)なものだ』
187と云(い)ひながら清水(しみづ)を両手(りやうて)に掬(むす)んで甘(うま)さうに何杯(なんばい)も何杯(なんばい)も飲(の)み乾(ほ)す。188房公(ふさこう)も次(つ)いで水(みづ)を飲(の)む。
189房公(ふさこう)『あゝ有難(ありがた)い、190助(たす)け舟(ぶね)に遭(あ)うた様(やう)だ。191瑞(みづ)の御霊(みたま)の純世姫(すみよひめ)様(さま)、192生命(いのち)の清水(しみづ)を与(あた)へて頂(いただ)きました。193之(これ)で瑞(みづ)の御霊(みたま)の御恩(ごおん)も適切(てきせつ)に分(わか)らして頂(いただ)きました。194あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)』
195芳公(よしこう)『黒姫(くろひめ)さま、196貴女(あなた)も一杯(いつぱい)お飲(あが)りなさつては如何(どう)ですか、197随分(ずゐぶん)喉(のど)が乾(かわ)いたでせう』
198 黒姫(くろひめ)は苦(にが)りきつた顔(かほ)をし乍(なが)ら、
199黒姫(くろひめ)『お前(まへ)は本末(ほんまつ)自他(じた)公私(こうし)の区別(くべつ)を知(し)つて居(ゐ)ますか。200天地(てんち)転倒(てんたう)したお前(まへ)の行(おこな)ひ、201そんな水(みづ)は仮令(たとへ)渇(かつ)しても飲(の)みませぬワイ』
202芳公(よしこう)『これは又(また)妙(めう)な事(こと)を承(うけたま)はります。203何(なに)がそれ程(ほど)お気(き)に入(い)らないのですか』
204黒姫(くろひめ)『長幼(ちやうえう)序(じよ)あり、205と云(い)ふ事(こと)を忘(わす)れましたか。206何故(なぜ)長者(ちやうじや)たる黒姫(くろひめ)に先(さき)に水(みづ)を勧(すす)めて其(その)後(あと)を飲(の)みなさらぬ。207若(わか)い者(もの)が先(さき)へ飲(の)んで其(その)後(あと)を飲(の)めとはチツと御(ご)無礼(ぶれい)ではありませぬか』
208房公(ふさこう)『なアんとむつかしい婆(ばば)んつだ喃(のう)。209後(あと)から飲(の)んでも前(さき)から飲(の)んでも水(みづ)の味(あぢ)に変(かは)りはあるまい。210こんな処(とこ)まで杓子(しやくし)定規(ぢやうぎ)をふりまはされて堪(たま)つたものぢやない。211黒姫(くろひめ)さま、212お前(まへ)さまは部下(ぶか)を可愛(かあい)がると云(い)ふ至仁至愛(みろく)の心(こころ)に背(そむ)いて居(ゐ)ますな。213そんな事(こと)を仰(あふ)せられると俺(おれ)達(たち)の方(はう)にも随分(ずゐぶん)言(い)ひ分(ぶん)がありますよ。214昔(むかし)シオン山(ざん)に戦(たたか)ひのあつた時(とき)、215言霊別(ことたまわけの)命(みこと)の部下(ぶか)に国治別(くにはるわけ)と云(い)ふ大将(たいしやう)があつた。216其(その)時(とき)数多(あまた)の部下(ぶか)が敵軍(てきぐん)の為(た)めに重傷(ぢうしやう)を負(お)ひ喉(のど)が乾(かわ)いて困(こま)つて居(を)つた。217国治別(くにはるわけ)の大将(たいしやう)も同(おな)じく重傷(ぢうしやう)を負(お)ひ水(みづ)を飲(の)みたがつて居(ゐ)たが、218手近(てぢか)に水(みづ)が無(な)いので部下(ぶか)の臣卒(しんそつ)がやつとの事(こと)で谷川(たにがは)に下(くだ)り、219帽子(ばうし)に水(みづ)を盛(も)つて国治別(くにはるわけ)の前(まへ)へ持(も)つて来(き)た。220其(その)時(とき)に沢山(たくさん)の部下(ぶか)の臣卒(しんそつ)は其(その)水(みづ)を眺(なが)めて羨(うらや)ましさうな顔色(かほいろ)をして居(ゐ)た。221国治別(くにはるわけの)神(かみ)はそれを見(み)て自分(じぶん)の飲(の)み度(た)い水(みづ)も飲(の)まず、222部下(ぶか)の臣卒(しんそつ)に飲(の)ましてやれといつて其(その)場(ば)に討死(うちじに)をなされたと云(い)ふ事(こと)だ。223人(ひと)の頭(かしら)にならうと思(おも)へば其(その)位(くらゐ)な慈愛(じあい)の心(こころ)が無(な)くては部下(ぶか)は育(そだ)ちませぬよ。224お前(まへ)さまは永(なが)らく法螺(ほら)を吹(ふ)いて宣伝(せんでん)をして居(ゐ)るが、225真味(しんみ)の部下(ぶか)が一人(ひとり)も出来(でき)ぬので不思議(ふしぎ)と思(おも)つて居(ゐ)たが、226矢張(やつぱり)精神(せいしん)上(じやう)の大欠陥(だいけつかん)がある。227そんな利己主義(われよし)で宣伝(せんでん)が出来(でき)ますか。228神(かみ)は愛(あい)だとか、229人(ひと)を救(すく)ふのが神(かみ)だとか、230何程(なにほど)立派(りつぱ)に口先(くちさき)で喋(しやべ)り立(た)てても事実(じじつ)が伴(ともな)はねば駄目(だめ)ですよ。231お前(まへ)さまは有言(いうげん)不実行(ふじつかう)だからそれで吾々(われわれ)も嫌(いや)になつて了(しま)ふのだ。232水臭(みづくさ)いと云(い)ふのはお前(まへ)さまの事(こと)だ。233水(みづ)の一杯(いつぱい)位(くらゐ)でゴテゴテ云(い)ふのだから堪(たま)らないわ』
234芳公(よしこう)『オイ房公(ふさこう)、235もうそんな水臭(みづくさ)い話(はなし)はよしにせい。236下(くだ)らぬ水掛(みづかけ)喧嘩(げんくわ)になつちや瑞(みづ)の御霊(みたま)様(さま)に対(たい)して申訳(まをしわけ)がないからな。237みず知(し)らずの仲(なか)ぢやあるまいし、238もうこんな争(あらそ)ひは綺麗(きれい)薩張(さつぱり)と水(みづ)に流(なが)さうぢやないか』
239黒姫(くろひめ)『能(よ)うまあツベコベと揚足(あげあし)をとる男(をとこ)だなあ。240妾(わし)が不用意(ふようい)の間(ま)に口(くち)が辷(すべ)つたと云(い)つて、241それ程(ほど)短兵急(たんぺいきふ)に攻(せ)めると云(い)ふのはチツとお前(まへ)さまも量見(りやうけん)があまり良(よ)くはありますまい。242人(ひと)に叱言(こごと)を言(い)ふのなら先(ま)づ自分(じぶん)の身(み)を省(かへり)み、243行(おこな)ひを考(かんが)へてからなさいませや』
244と白(しろ)い歯(は)を出(だ)し頤(あご)を前(まへ)にニユウと出(だ)し、245二(ふた)ツ三(みつ)ツしやくつてみせた。
246房公(ふさこう)『あゝ、247まだこれから此(この)急坂(きふはん)を随分(ずゐぶん)てくらねばなるまいから、248喧嘩(けんくわ)は此処(ここ)等(ら)できり上(あ)げておかうかい。249さア御(ご)一同(いちどう)発足(はつそく)致(いた)しませう』
250(大正一一・九・一二 旧七・二一 北村隆光録)
251(昭和一〇・六・一〇 王仁校正)
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