霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一五章 手長猿(てながざる)〔九五六〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻 篇:第2篇 有情無情 よみ(新仮名遣い):うじょうむじょう
章:第15章 手長猿 よみ(新仮名遣い):てながざる 通し章番号:956
口述日:1922(大正11)年09月13日(旧07月22日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
黒姫は、自分の尋ねる息子かもしれないと思った建日館の建国別が、案に相違して別人だったことに力を落とし、火の国の神館で若い女房の愛子姫をめとっていると聞いた高山彦を訪ねるべく、心も面白からずとぼとぼと険しい坂道を降って行く。
芳公と房公も、黒姫の姿を見失わないようにと、山道を拍子をとりながら追って行く。一方黒姫は高山川のほとりで、腰掛岩に座って体を休めていた。黒姫が思案に暮れていると、手長猿の大群が鎖つなぎに降りてきて、頭のかぶりものを奪ってしまった。
黒姫は猿に向かって石を投げたり抵抗したが、猿たちは糞尿をかけたり実を投げたりしてきた。とうとう猿は黒姫の髪をつかもうとしてきたので、黒姫は鎮魂の姿勢を取ったところ、猿たちも真似をして鎮魂の姿勢を取った。
黒姫は猿たちが自分の真似をするのを見て、大地に大の字になった。すると猿も真似をして樹上で大の字になったので、樹から落ちてしまい、猿たちは逃げてしまった。
次いで猿の親玉のような五六匹の大猿が現れてやはり黒姫を悩め始めたので、黒姫は片足で立って見せた。大猿も真似をして樹上で片足立ちをし、地上に落ちて悲鳴を上げ、逃げてしまった。
猿に奪われた笠は、樹上から黒姫のもとに落ちてきた。そこへ房公と芳公が追いついてやってきた。黒姫は猿の襲撃のことを房公と芳公に話した。二人が建日館で酒も飲まずに追って来たことを聞いて、黒姫は二人をからかった。
ひとしきり話を交わすと、黒姫は笠をかぶり杖をついてさっさと先に行ってしまう。房公と芳公が呼び止めるのも聞かず、火の国の都を指して急ぎ行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-09-17 11:12:51 文字数:4137 OBC :rm3415
愛善世界社版:195頁 八幡書店版:第6輯 432頁 修補版: 校定版:203頁 普及版:83頁 初版: ページ備考:
001建日(たけひ)の館(やかた)を訪(たづ)ねたる
002三五教(あななひけう)の黒姫(くろひめ)は
003建国別(たけくにわけ)を真実(ほんたう)の
004生(う)みの吾(わが)子(こ)と思(おも)ひつめ
005はるばる訪(たづ)ねて来(き)たものを
006案(あん)に相違(さうゐ)の悲(かな)しさに
007早々(さうさう)館(やかた)を立出(たちい)でて
008二人(ふたり)の従者(じゆうしや)を見捨(みす)てつつ
009髪(かみ)ふり紊(みだ)し吹(ふ)く風(かぜ)に
010逆(さか)らひ乍(なが)ら坂路(さかみち)を
011足(あし)に任(まか)せて降(くだ)り行(ゆ)く
012たよりも力(ちから)も抜(ぬ)け果(は)てし
013此(この)黒姫(くろひめ)の心根(こころね)は
014聞(き)くも無残(むざん)の次第(しだい)なり
015万里(ばんり)の波濤(はたう)を乗越(のりこ)えて
016こがれ慕(した)うたハズバンド
017高山彦(たかやまひこ)は火(ひ)の国(くに)の
018神(かみ)の館(やかた)にましまして
019花(はな)を欺(あざむ)く愛子姫(あいこひめ)
020二度目(にどめ)の女房(にようばう)に持(も)ち給(たま)ひ
021睦(むつ)まじさうに日(ひ)を送(おく)り
022栄(さか)え玉(たま)ふと聞(き)くよりも
023黒姫(くろひめ)心(こころ)も何(なん)となく
024面白(おもしろ)からずなり果(は)てて
025行(ゆ)く足並(あしなみ)もトボトボと
026力(ちから)なげにぞ見(み)えにける。
027黒姫『あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
028御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
029火(ひ)の国都(くにみやこ)にましませる
030高山彦(たかやまひこ)に巡(めぐ)り会(あ)ひ
031愛子(あいこ)の姫(ひめ)と睦(むつ)まじく
032心(こころ)の底(そこ)より打(うち)あけて
033互(たがひ)に手(て)を取(と)り三五(あななひ)の
034神(かみ)の教(をしへ)を広(ひろ)めさせ
035救(すく)はせ玉(たま)へ惟神(かむながら)
036純世(すみよ)の姫(ひめ)の御(おん)前(まへ)に
037願(ねが)ひまつる』と宣(の)り乍(なが)ら
038岩石(がんせき)崎嶇(きく)たる峻坂(しゆんぱん)を
039トントントンと降(くだ)り行(ゆ)く
040あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
041御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ。
042 黒姫(くろひめ)の駆出(かけだ)した姿(すがた)を見失(みうしな)はじと、043房公(ふさこう)、044芳公(よしこう)の両人(りやうにん)は、045九十九(つくも)曲(まが)りの山路(やまみち)を伝(つた)ひ乍(なが)ら、046足拍子(あしびやうし)を取(と)つて唄(うた)ひ行(ゆ)く。
047芳公(よしこう)『ウントコドツコイドツコイシヨ
048天(てん)が地(ち)となりウントコシヨ
049地(ち)が天(てん)となるウントコシヨ
050奇妙(きめう)な事(こと)が出来(でき)て来(き)た
051高山彦(たかやまひこ)の老爺(おぢい)さまが
052年(とし)の三十(さんじふ)も違(ちが)ふよな
053若(わか)い女房(にようばう)を貰(もら)ふやら
054五十(ごじふ)の尻(しり)を作(つく)つたる
055皺苦茶(しわくちや)婆(ば)さまの黒姫(くろひめ)が
056万里(ばんり)の波(なみ)を乗越(のりこ)えて
057ウントコドツコイ暑(あつ)いのに
058汗(あせ)をタラタラ流(なが)しつつ
059薄情爺(はくじやうおやぢ)の後(あと)をつけ
060心(こころ)の丈(たけ)を口説(くど)かむと
061ウントコドツコイやつて来(く)る
062コリヤ又(また)何(なん)としたことだ
063愛子(あいこ)の姫(ひめ)もウントコシヨ
064愛子(あいこ)の姫(ひめ)ではないかいな
065ウントコドツコイ棺桶(くわんをけ)に
066片足(かたあし)ドツコイつつ込(こ)んだ
067此(この)世(よ)に用(よう)のない爺(おやぢ)
068薬鑵頭(やかんあたま)の寿老面(げほうづら)
069入日(いりひ)の影(かげ)かドツコイシヨ
070物干棹(ものほしざを)かと云(い)ふやうな
071鰌(どぢやう)の様(やう)な化物(ばけもの)に
072秋波(しうは)を送(おく)つて吾(わが)夫(つま)と
073かしづき仕(つか)へる不思議(ふしぎ)さよ
074男(をとこ)が不自由(ふじゆう)な世(よ)の中(なか)と
075どうして思(おも)うたか知(し)らないが
076あんな爺(おやぢ)と添(そ)ふならば
077モツト立派(りつぱ)な人(ひと)がある
078此(この)芳公(よしこう)はウントコシヨ
079如何(いか)に汚(きた)ない男(をとこ)でも
080年(とし)は若(わか)いしドツコイシヨ
081そこらあたりに艶(つや)がある
082同(おな)じ男(をとこ)を持(も)つなれば
083木乃伊(みいら)の様(やう)に干(ひ)すぼつた
084骨(ほね)と皮(かは)とのがり坊子(ばうし)を
085持(も)たいでも良(よ)かりそなものぢやのに
086私(わたし)は呆(あき)れてウントコシヨ
087口(くち)が利(き)けなくなつて来(き)た
088ウントコドツコイ危(あぶ)ないぞ
089それそれそこに石(いし)がある
090草鞋(わらぢ)を切(き)つては堪(たま)らない
091ま一人(ひとり)虎公(とらこう)が居(を)つたなら
092草鞋(わらぢ)を出(だ)して呉(く)れようが
093生憎(あひにく)虎公(とらこう)は酒(さけ)の席(せき)
094あゝ是(これ)からは黒姫(くろひめ)が
095火(ひ)の国都(くにみやこ)へドツコイシヨ
096乗込(のりこ)んだなら大変(たいへん)だ
097決(けつ)して無事(ぶじ)にはウントコシヨ
098治(をさ)まるまいぞ、のう房公(ふさこう)
099俺(おれ)は案(あん)じて仕様(しやう)がない
100サアサア早(はや)う行(ゆ)かうかい
101女心(をんなごころ)の一筋(ひとすぢ)に
102悔(くや)し残念(ざんねん)つきつめて
103短気(たんき)を出(だ)して谷底(たにぞこ)へ
104身投(みな)げをドツコイしられたら
105聖地(せいち)へ帰(かへ)つて言訳(いひわけ)が
106どうして是(これ)が立(た)つものか
107黒姫(くろひめ)さまも黒姫(くろひめ)ぢや
108おい等(ら)二人(ふたり)を振棄(ふりす)てて
109走(はし)つて行(ゆ)くとは何事(なにごと)ぞ
110孫公(まごこう)の奴(やつ)はドツコイシヨ
111どこへ隠(かく)れて居(を)るだろか
112此奴(こいつ)の事(こと)も気(き)にかかる
113あちら此方(こちら)に気(き)を取(と)られ
114頭(あたま)の揉(も)めた事(こと)ぢやワイ
115ウントコドツコイ危(あぶ)ないぞ
116それそれそこにも石車(いしぐるま)
117爪先(つまさき)用心(ようじん)して来(こ)いよ
118若(も)しも辷(すべ)つて怪我(けが)したら
119お嬶(かか)のお鉄(てつ)にドツコイシヨ
120どしても言訳(いひわけ)立(た)たないぞ
121自転倒(おのころ)島(じま)を出(で)る時(とき)に
122俺(おれ)のお嬶(かか)のお滝(たき)奴(め)が
123もうしもうしこちの人(ひと)
124お前(まへ)一人(ひとり)のウントコシヨ
125決(けつ)して体(からだ)ぢやない程(ほど)に
126お前(まへ)の体(からだ)は私(わし)の物(もの)
127私(わたし)の体(からだ)はウントコシヨ
128ヤツパリお前(まへ)の物(もの)ぢやぞえ
129自分(じぶん)一人(ひとり)と慢心(まんしん)し
130私(わたし)を忘(わす)れて怪我(けが)したら
131私(わたし)は恨(うら)んで化(ば)けて出(で)る
132仮令(たとへ)死(し)んでもドツコイシヨ
133高天原(たかあまはら)へは行(ゆ)かれぬと
134抜(ぬ)かした時(とき)の其(その)顔(かほ)が
135今(いま)目(め)の前(まへ)にブラついて
136お嬶(かか)が恋(こひ)しうなつて来(き)た
137貴様(きさま)のお嬶(かか)も其(その)通(とほ)り
138どこの何処(いづこ)へ行(い)つたとて
139人情(にんじやう)許(ばか)りは変(かは)らない
140どうぞ用心(ようじん)して呉(く)れよ
141お鉄(てつ)に代(かは)つて気(き)をつける
142あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
143御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
144と両手(りやうて)を動(うご)かせ、145足(あし)を千鳥(ちどり)に踏(ふ)み乍(なが)ら、146一足(ひとあし)々々(ひとあし)拍子(ひやうし)を取(と)つて此(この)急坂(きふはん)を降(くだ)り行(ゆ)く。
147 黒姫(くろひめ)は漸(やうや)くにして高山川(たかやまがは)の畔(ほとり)に着(つ)いた。148ここには恰好(かつかう)な天然(てんねん)の腰掛岩(こしかけいは)が人待顔(ひとまちがほ)に並(なら)んゐる。149暫(しば)し息(いき)を休(やす)め、150こし方(かた)行末(ゆくすゑ)の事(こと)を思(おも)ひ煩(わづら)ひ、151落涙(らくるい)に及(およ)んでゐる。
152 そこには樫(かし)の大木(たいぼく)が天(てん)を封(ふう)じて一二本(いちにほん)立(た)つてゐる。153黒姫(くろひめ)は目(め)を塞(ふさ)ぎ、154思案(しあん)に暮(く)れてゐると、155樫(かし)の木(き)の枝(えだ)に数十匹(すうじつひき)の手長猿(てながざる)が此(この)姿(すがた)を見(み)て、156枝(えだ)から一匹(いつぴき)の猿(さる)が吊(つ)りおりる。157次(つぎ)から互(たがひ)に次(つぎ)へと手(て)をつなぎ、158七八匹(しちはつぴき)の奴(やつ)が鎖(くさり)の様(やう)になつて、159蜘蛛(くも)が空(そら)からおりた様(やう)に『チウチウ』と黒姫(くろひめ)の頭(あたま)の上(うへ)に降(お)り来(きた)り、160黒姫(くろひめ)の笠(かさ)をグイと引(ひ)つたくり、161ツルツルと次第(しだい)々々(しだい)に木(き)の上(うへ)へ持(も)つてあがつて了(しま)つた。162黒姫(くろひめ)は宣伝使(せんでんし)のレツテルとも云(い)ふべき大切(たいせつ)な冠(かむ)り物(もの)を奪(と)られ、163樹上(じゆじやう)の手長猿(てながざる)の群(むれ)を眺(なが)めて、164目(め)を怒(いか)らし、165残念(ざんねん)相(さう)に睨(にら)んでゐる。166猿(さる)は凱歌(がいか)を奏(そう)した様(やう)な心持(こころもち)になつて『キヤツキヤツ』と黒姫(くろひめ)を冷笑(れいせう)的(てき)にからかつてゐるやうな気分(きぶん)がする。167黒姫(くろひめ)は縁起(えんぎ)の悪(わる)い、168冠(かむ)り物(もの)を四(よ)つ手(で)にしてやられて、169無念(むねん)さやる方(かた)なく、170あり合(あ)ふ石(いし)をひろつて、171樹上(じゆじやう)の猿(さる)の群(むれ)に向(むか)つて投(な)げつけた。172猿(さる)は『キーキーキヤアキヤア』と声(こゑ)をはりあげ、173同類(どうるゐ)を四方(しはう)八方(はつぱう)から呼(よ)び集(あつ)める。174またたく間(うち)にぐみのなつた程(ほど)、175樫(かし)の木(き)の上(うへ)に猿(さる)が集(あつ)まつて来(き)た。176さうして樹上(じゆじやう)から小便(せうべん)の雨(あめ)を降(ふ)らす、177糞(くそ)を垂(た)れる、178樫(かし)の実(み)をむしつては、179黒姫(くろひめ)目(め)がけて投(な)げつける。180黒姫(くろひめ)は樫(かし)の実(み)と小便(せうべん)の両攻(りやうぜ)めに会(あ)うて、181身動(みうご)きもならず、182怨(うら)めしげに立(た)つてゐた。183一足(ひとあし)でも黒姫(くろひめ)が動(うご)かうものなら、184忽(たちま)ち猿(さる)の群(むれ)は寄(よ)つて集(たか)つて、185かきむしり、186如何(どん)な事(こと)をするか分(わか)らぬ形勢(けいせい)となつて来(き)た。
187 猿(さる)と云(い)ふ奴(やつ)は、188弱身(よわみ)を見(み)せたが最後(さいご)、189どこ迄(まで)も調子(てうし)に乗(の)つて追跡(つゐせき)し、190乱暴(らんばう)を働(はたら)くのである。191黒姫(くろひめ)は其(その)呼吸(こきふ)を幾分(いくぶん)か悟(さと)つたと見(み)えて、192痩我慢(やせがまん)にも地(ち)から生(は)えた木(き)の様(やう)に身動(みうご)きもせず、193猿(さる)の群(むれ)と睨(にら)めつくらをやつて居(ゐ)た。194時々(じじ)刻々(こくこく)に猿(さる)の群(むれ)は集(あつ)まり来(きた)る。195又(また)しても、196頭(あたま)の上(うへ)へ猿(さる)の腕(かいな)がおりて来(き)て、197今度(こんど)は髪(かみ)の毛(け)をグツと手(て)に巻(ま)き、198引上(ひきあ)げようとする。199黒姫(くろひめ)も堪(たま)らなくなつて、200『一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)五(いつ)六(むゆ)七(なな)八(や)九(ここの)十(たり)百(もも)千(ち)万(よろづ)!』と手(て)を組(く)んで鎮魂(ちんこん)の姿勢(しせい)を取(と)る。201手長猿(てながざる)の群(むれ)は之(これ)を見(み)て、202各自(かくじ)に手(て)を組(く)み『キヤツキヤツ』と言(い)ひ乍(なが)ら黒姫(くろひめ)を一匹(いつぴき)も残(のこ)らず睨(にら)みつける。203黒姫(くろひめ)は股(また)を拡(ひろ)げて、204トンと飛(と)び上(あが)り大地(だいち)に大(だい)の字(じ)になつて見(み)せた。205手長猿(てながざる)の奴(やつ)、206又(また)之(これ)に倣(なら)つて、207木(き)の上(うへ)をも省(かへり)みず、208一斉(いつせい)に飛(と)び上(あが)り大(だい)の字(じ)になつた途端(とたん)に、209ステンドーと大地(だいち)へ雪崩(なだれ)を打(う)つて転倒(てんたふ)し、210『キヤツキヤツ』と悲鳴(ひめい)をあげ、211はうばうの体(てい)で逃(に)げて行(ゆ)く、212其(その)可笑(をか)しさ。213黒姫(くろひめ)はやつと安心(あんしん)の胸(むね)を撫(な)でおろし、214手拭(てぬぐひ)を懐(ふところ)から取出(とりいだ)し、215汗(あせ)を拭(ふ)いた。
216 猿(さる)の親玉(おやだま)ともいふべき五六匹(ごろつぴき)の大(おほ)きな奴(やつ)、217樫(かし)の木(き)の上(うへ)から、218逃(に)げもせず黒姫(くろひめ)の様子(やうす)を眺(なが)めてゐたが、219黒姫(くろひめ)が汗(あせ)を拭(ふ)いたのを見(み)て、220同(おな)じく両(りやう)の手(て)で、221懐(ふところ)から手拭(てぬぐひ)を出(だ)す真似(まね)をし乍(なが)ら、222顔(かほ)をツルリと撫(な)でた。223樹上(じゆじやう)の大猿(おほざる)は又(また)もや樫(かし)の実(み)をむしつては黒姫(くろひめ)目(め)がけて、224雨霰(あめあられ)と投(な)げつけ出(だ)した。225黒姫(くろひめ)は両手(りやうて)を拡(ひろ)げ、226一方(いつぱう)の足(あし)をピンと上(あ)げ、227左(ひだり)の足(あし)でトントントンと地搗(ぢつ)きをして見(み)せた。228樹上(じゆじやう)の大猿(おほざる)は一斉(いつせい)に両手(りやうて)を拡(ひろ)げ、229一方(いつぱう)の足(あし)をピンと上(あ)げて、230木(き)の上(うへ)でトントントンと地搗(ぢつき)の真似(まね)をした途端(とたん)にドスドスドスンと一匹(いつぴき)も残(のこ)らず地上(ちじやう)に墜落(つゐらく)し『キヤツキヤツ』と悲鳴(ひめい)をあげ、231転(こ)けつ転(まろ)びつ、232何処(いづこ)ともなく姿(すがた)を隠(かく)して了(しま)つた。233折柄(をりから)サツと吹(ふ)き来(きた)る可(か)なり荒(あら)い風(かぜ)に黒姫(くろひめ)の被(かぶ)つてゐた笠(かさ)は音(おと)もなく、234秋(あき)の初(はじめ)の桐(きり)の葉(は)の落(お)ちるが如(ごと)く、235フワリフワリと黒姫(くろひめ)の前(まへ)に落(お)ちて来(き)た。
236 黒姫(くろひめ)は再生(さいせい)の思(おも)ひをなし、237直(ただち)に地上(ちじやう)にうづくまり、238拍手(かしはで)を打(う)ち、239天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し始(はじ)めた。240乍併(しかしながら)、241祝詞(のりと)の声(こゑ)はどこともなく、242力(ちから)なく震(ふる)ひを帯(お)びてゐた。
243 かかる所(ところ)へ房公(ふさこう)、244芳公(よしこう)の両人(りやうにん)はドンドンと地響(ぢひび)きさせ乍(なが)ら、245息(いき)をはづませ、246此(この)場(ば)に追(お)ひ付(つ)き来(きた)り、
247房公(ふさこう)『ハーハーハー、248ア、249息(いき)が苦(くる)しいワイ。250マアマア黒姫(くろひめ)さま、251よう此処(ここ)に居(ゐ)て下(くだ)さつた。252どれ丈(だけ)心配(しんぱい)したことか分(わか)りませぬよ』
253芳公(よしこう)『黒姫(くろひめ)さま、254おつむりの髪(かみ)が大変(たいへん)に乱(みだ)れてゐるぢやありませぬか』
255黒姫(くろひめ)『よい所(ところ)へ来(き)て下(くだ)さつた。256今(いま)の今(いま)迄(まで)、257手長猿(てながざる)の奴(やつ)、258何百(なんびやく)とも知(し)れずやつて来(き)よつて、259此(この)通(とほ)り髪(かみ)の毛(け)迄(まで)、260ワヤにして了(しま)うたのだ。261乍併(しかしながら)神(かみ)様(さま)のお蔭(かげ)で、262一匹(いつぴき)も残(のこ)らず退散(たいさん)したから、263マア安心(あんしん)して下(くだ)さい。264お前(まへ)さま、265エロウ早(はや)かつたぢやないか、266お酒(さけ)を頂(いただ)く間(ま)がありましたかなア』
267房公(ふさこう)『滅相(めつさう)な、268そんなこと所(どころ)ですか、269黒姫(くろひめ)さまが血相(けつさう)変(か)へてお帰(かへ)りになつたものだから、270気(き)が気(き)でなく、271もしもの事(こと)があつてはならないと、272吾々(われわれ)両人(りやうにん)が宙(ちう)を飛(と)んで此処(ここ)まで駆(かけ)つて来(き)たのです』
273黒姫(くろひめ)『アヽそれは済(す)まないことでしたなア。274さうして虎公(とらこう)さまや、275玉公(たまこう)は如何(どう)して御座(ござ)るかなア』
276芳公(よしこう)『今頃(いまごろ)は甘(うま)い酒(さけ)に酔(よひ)つぶれて、277管(くだ)でも巻(ま)いてをりませうかい。278斯(か)うなると親方(おやかた)のない者(もの)は気楽(きらく)ですワイ』
279黒姫(くろひめ)『そんな気兼(きがね)は入(い)らないのだから、280ゆつくりと御(お)酒(さけ)でも頂(いただ)いて来(き)なさるとよかつたに、281それはそれは惜(をし)い酒外(さかはづ)れをなされましたワイ』
282房公(ふさこう)『ハイ、283おかげ様(さま)で、284酒外(さかはづ)れを致(いた)しまして有難(ありがた)う御座(ござ)います。285併(しか)し黒姫(くろひめ)さま、286お前(まへ)さまも、287サツパリ、288目的(もくてき)が逆外(さかはづ)れになりましたなア。289大将(たいしやう)がサカ外(はづ)れに会(あ)うてゐるのに、290伴(とも)の吾々(われわれ)が外(はづ)れないと云(い)ふ訳(わけ)はありませぬからなア、291アツハヽヽヽ、292本当(ほんたう)に誠(まこと)に、293御(お)互(たがひ)様(さま)に御(お)気(き)の毒(どく)の至(いた)りで御座(ござ)いますワイ、294ホツホヽヽヽ』
295とおチヨボ口(ぐち)をし乍(なが)ら、296肩(かた)をゆすつてチヨクツて見(み)せた。297黒姫(くろひめ)は、
298黒姫『エヽ又(また)そんな洒落(しやれ)をなさるのか、299エヽ辛気臭(しんきくさ)い代物(しろもの)だなア』
300と口汚(くちぎたな)く罵(ののし)り乍(なが)ら、301矢庭(やには)に笠(かさ)を引(ひ)つかぶり、302金剛杖(こんがうづゑ)をつき、303足(あし)を早(はや)めて、304二人(ふたり)に構(かま)はずスタスタと駆出(かけだ)した。305房公(ふさこう)は大声(おほごゑ)を張(は)り上(あ)げて、
306房公(ふさこう)『モシモシ黒姫(くろひめ)さま、307一寸(ちよつと)待(ま)つて下(くだ)さいな、308さうしたものぢやありませぬぞや』
309黒姫(くろひめ)『エヽお前(まへ)達(たち)は若(わか)いから、310足(あし)が達者(たつしや)だ、311ゆつくり休(やす)んでお出(い)で、312此(この)黒姫(くろひめ)は年(とし)が老(よ)つて、313足(あし)が重(おも)いから、314ボツボツ先(さき)へ行(ゆ)きます。315後(あと)から追(お)ひ付(つ)いておくれよ』
316芳公(よしこう)『モシモシ黒姫(くろひめ)さま、317我(が)を出(だ)して一人旅(ひとりたび)をなさると、318又(また)猿(さる)の奴(やつ)が襲撃(しふげき)しますぞや。319暫(しばら)く待(ま)つて下(くだ)さいな、320私(わたし)はお前(まへ)さまの身(み)の上(うへ)を案(あん)じて忠告(ちうこく)するのだよ』
321 黒姫(くろひめ)は耳(みみ)にもかけず、322後(あと)ふり向(む)きもせず、323尻(しり)をプリンプリン振(ふ)り乍(なが)ら、324杖(つゑ)を力(ちから)に雨(あめ)に洗(あら)ひさらされた石(いし)だらけの坂路(さかみち)を、325コツリコツリと杖(つゑ)に音(おと)させつつ、326火(ひ)の国(くに)の都(みやこ)を指(さ)して急(いそ)ぎ行(ゆ)く。
327(大正一一・九・一三 旧七・二二 松村真澄録)
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