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霊界物語
海洋万里(第25~36巻)
第34巻(酉の巻)
序文
総説
第1篇 筑紫の不知火
第1章 筑紫上陸
第2章 孫甦
第3章 障文句
第4章 歌垣
第5章 対歌
第6章 蜂の巣
第7章 無花果
第8章 暴風雨
第2篇 有情無情
第9章 玉の黒点
第10章 空縁
第11章 富士咲
第12章 漆山
第13章 行進歌
第14章 落胆
第15章 手長猿
第16章 楽天主義
第3篇 峠の達引
第17章 向日峠
第18章 三人塚
第19章 生命の親
第20章 玉卜
第21章 神護
第22章 蛙の口
第23章 動静
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海洋万里(第25~36巻)
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第34巻(酉の巻)
> 第3篇 峠の達引 > 第18章 三人塚
<<< 向日峠
(B)
(N)
生命の親 >>>
第一八章
三人塚
(
さんにんづか
)
〔九五九〕
インフォメーション
著者:
出口王仁三郎
巻:
霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻
篇:
第3篇 峠の達引
よみ(新仮名遣い):
とうげのたてひき
章:
第18章 三人塚
よみ(新仮名遣い):
さんにんづか
通し章番号:
959
口述日:
1922(大正11)年09月14日(旧07月23日)
口述場所:
筆録者:
加藤明子
校正日:
校正場所:
初版発行日:
1923(大正12)年12月10日
概要:
舞台:
あらすじ
[?]
このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「
王仁DB
」にあります。
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:
そこへ通りかかった宣伝使は孫公であった。孫公は大蛇の三公の一味が三人を縛って打ちかかっている惨状を目にし、木陰から大音声に呼ばわった。孫公は、筑紫の島の神司・高山彦の名を借りて、一味を驚かそうとしたが、樹上に潜んでいた子分たちに見破られてしまう。
孫公も一味に打倒されて、同じく縛られてしまった。日が落ちて暗闇になったのを幸い、お梅はどこかへ逃げてしまっていた。
三公と子分の与三公は、さらにお愛に気を変えるように迫るが、お愛はまったく相手にせず、自分を早く殺して他の者たちは助けるようにと答え、三公を激しくののしった。三公は怒ってお愛をなぐり殺してしまった。
三公は子分たちに下知して深い穴を掘り、三人を埋めて地固めをし、上にたくさんの石を乗せてしまった。三公は高笑いをし、子分たちを引き連れてその場を去った。
闇に隠れて様子をうかがっていたお梅はこわごわ近寄ってきて、三人を埋めた塚を掘り起こそうと上に乗せられた石をどかそうとしたが、石は重くびくとも動かなかった。お梅はその場に泣き崩れてしまった。
主な登場人物
[?]
【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。
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:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2022-09-18 10:12:41
OBC :
rm3418
愛善世界社版:
228頁
八幡書店版:
第6輯 444頁
修補版:
校定版:
238頁
普及版:
99頁
初版:
ページ備考:
001
孫公
(
まごこう
)
『
神
(
かみ
)
が
表
(
おもて
)
に
現
(
あら
)
はれて
002
善
(
ぜん
)
と
悪
(
あく
)
とを
立
(
た
)
て
別
(
わ
)
ける
003
醜女
(
しこめ
)
探女
(
さぐめ
)
や
鬼
(
おに
)
大蛇
(
をろち
)
004
虎
(
とら
)
狼
(
おほかみ
)
の
吠
(
ほ
)
え
猛
(
たけ
)
り
005
勢
(
いきほひ
)
猛
(
たけ
)
く
攻
(
せ
)
めくとも
006
などか
恐
(
おそ
)
れむ
敷島
(
しきしま
)
の
007
誠
(
まこと
)
の
道
(
みち
)
の
神司
(
かむつかさ
)
008
弱
(
よわ
)
きを
助
(
たす
)
け
強
(
つよ
)
きをば
009
言向
(
ことむ
)
け
和
(
やは
)
す
神業
(
かむわざ
)
に
010
仕
(
つか
)
ふる
身
(
み
)
こそ
楽
(
たの
)
しけれ
011
此
(
この
)
世
(
よ
)
を
造
(
つく
)
りし
神直日
(
かむなほひ
)
012
心
(
こころ
)
も
広
(
ひろ
)
き
大直日
(
おほなほひ
)
013
唯
(
ただ
)
何事
(
なにごと
)
も
人
(
ひと
)
の
世
(
よ
)
は
014
直日
(
なほひ
)
に
見直
(
みなほ
)
し
聞直
(
ききなほ
)
し
015
宣
(
の
)
り
直
(
なほ
)
し
行
(
ゆ
)
く
其
(
その
)
時
(
とき
)
は
016
天
(
あめ
)
が
下
(
した
)
なるもろもろは
017
残
(
のこ
)
らず
吾
(
われ
)
の
味方
(
みかた
)
のみ
018
仇
(
あだ
)
も
曲津
(
まがつ
)
も
忽
(
たちま
)
ちに
019
旭
(
あさひ
)
に
露
(
つゆ
)
と
消
(
き
)
えて
行
(
ゆ
)
く
020
三千
(
さんぜん
)
世界
(
せかい
)
の
梅
(
うめ
)
の
花
(
はな
)
021
一度
(
いちど
)
に
開
(
ひら
)
く
神
(
かみ
)
の
道
(
みち
)
022
此
(
この
)
世
(
よ
)
を
救
(
すく
)
ふ
生神
(
いきがみ
)
は
023
国治立
(
くにはるたちの
)
大神
(
おほかみ
)
や
024
神
(
かむ
)
素盞嗚
(
すさのをの
)
大御神
(
おほみかみ
)
025
筑紫
(
つくし
)
の
島
(
しま
)
を
守
(
まも
)
ります
026
国魂神
(
くにたまがみ
)
の
純世姫
(
すみよひめ
)
027
神
(
かみ
)
の
御稜威
(
みいづ
)
の
現
(
あら
)
はれて
028
常世
(
とこよ
)
の
泥
(
どろ
)
もすみ
渡
(
わた
)
る
029
朝日
(
あさひ
)
は
照
(
て
)
るとも
曇
(
くも
)
るとも
030
月
(
つき
)
は
盈
(
み
)
つとも
虧
(
か
)
くるとも
031
曲津
(
まがつ
)
は
如何
(
いか
)
に
猛
(
たけ
)
るとも
032
誠
(
まこと
)
の
力
(
ちから
)
は
世
(
よ
)
を
救
(
すく
)
ふ
033
黒姫
(
くろひめ
)
さまの
一行
(
いつかう
)
は
034
今
(
いま
)
はいづこにさまよふか
035
聞
(
き
)
かま
欲
(
ほ
)
しやと
来
(
き
)
て
見
(
み
)
れば
036
片方
(
かたへ
)
の
森
(
もり
)
に
人
(
ひと
)
の
声
(
こゑ
)
037
唯事
(
ただごと
)
ならぬ
気配
(
けはい
)
なり
038
あゝ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
039
御霊
(
みたま
)
幸倍
(
さちはへ
)
ましまして
040
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
の
人々
(
ひとびと
)
は
041
互
(
たがひ
)
に
誠
(
まこと
)
を
尽
(
つく
)
しあひ
042
愛
(
あい
)
し
愛
(
あい
)
され
末長
(
すゑなが
)
く
043
神
(
かみ
)
の
作
(
つく
)
りし
神
(
かみ
)
の
世
(
よ
)
に
044
常世
(
とこよ
)
の
春
(
はる
)
を
楽
(
たの
)
しみて
045
栄
(
さか
)
えと
光
(
ひかり
)
と
喜
(
よろこ
)
びの
046
雨
(
あめ
)
に
浴
(
よく
)
させたまへかし
047
あゝ
惟神
(
かむながら
)
々々
(
かむながら
)
048
御霊
(
みたま
)
幸
(
さち
)
はひましませよ』
049
かく
宣伝歌
(
せんでんか
)
を
謡
(
うた
)
ひながら、
050
怪
(
あや
)
しき
人声
(
ひとごゑ
)
を
聞
(
き
)
きつけて、
051
唯事
(
ただごと
)
ならじと
駆
(
か
)
けて
来
(
き
)
たのは
孫公
(
まごこう
)
であつた。
052
孫公
(
まごこう
)
は、
053
大蛇
(
をろち
)
の
三公
(
さんこう
)
の
手下
(
てした
)
共
(
ども
)
数十
(
すうじふ
)
人
(
にん
)
集
(
あつ
)
まつて
二人
(
ふたり
)
の
男女
(
だんぢよ
)
を
縛
(
しば
)
り
上
(
あ
)
げ、
054
打
(
う
)
つ、
055
蹴
(
け
)
る、
056
擲
(
なぐ
)
るの
大惨状
(
だいさんじやう
)
を
見
(
み
)
るより
早
(
はや
)
く、
057
夕暮
(
ゆふぐれ
)
を
幸
(
さいは
)
ひ
木蔭
(
こかげ
)
に
佇
(
たたず
)
んで
大音声
(
だいおんじやう
)
、
058
孫公
(
まごこう
)
『ヤアヤア、
059
此
(
この
)
方
(
はう
)
は
火
(
ひ
)
の
国都
(
くにみやこ
)
の
高山彦
(
たかやまひこの
)
命
(
みこと
)
であるぞ。
060
此
(
この
)
森林
(
しんりん
)
に
若
(
わか
)
き
女
(
をんな
)
を
連
(
つ
)
れ
来
(
きた
)
り、
061
乱暴
(
らんばう
)
を
致
(
いた
)
す
曲者
(
くせもの
)
、
062
今
(
いま
)
高山彦
(
たかやまひこ
)
が
神力
(
しんりき
)
によつて
打
(
う
)
ち
亡
(
ほろ
)
ぼし
呉
(
く
)
れむ。
063
どうだ、
064
改心
(
かいしん
)
致
(
いた
)
してそれなる
男女
(
だんぢよ
)
を
助
(
たす
)
け、
065
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
立
(
た
)
ち
去
(
さ
)
らばよし、
066
聞
(
き
)
かぬに
於
(
おい
)
ては、
067
神変
(
しんぺん
)
不思議
(
ふしぎ
)
の
神力
(
しんりき
)
によつて、
068
其
(
その
)
方
(
はう
)
共
(
ども
)
一人
(
ひとり
)
も
残
(
のこ
)
さず
冥途
(
めいど
)
の
旅立
(
たびだ
)
ちをなさしめむ。
069
どうだ
返答
(
へんたふ
)
を
聞
(
き
)
かせ!』
070
此
(
この
)
時
(
とき
)
樟
(
くす
)
の
樹上
(
じゆじやう
)
より、
071
五六
(
ごろく
)
人
(
にん
)
の
声
(
こゑ
)
、
072
声
『ヤイ
何処
(
どこ
)
の
奴
(
やつ
)
かは
知
(
し
)
らね
共
(
ども
)
、
073
高山彦
(
たかやまひこ
)
とは
真赤
(
まつか
)
な
偽
(
いつは
)
りだらう。
074
面
(
つら
)
を
上
(
あ
)
げい!』
075
と
呶鳴
(
どな
)
りつけた。
076
此
(
この
)
声
(
こゑ
)
と
共
(
とも
)
に
孫公
(
まごこう
)
はフト
樹上
(
じゆじやう
)
を
見上
(
みあ
)
げる
一刹那
(
いちせつな
)
、
077
孫公
(
まごこう
)
の
両眼
(
りやうがん
)
めがけて
木
(
き
)
の
上
(
うへ
)
より
砂
(
すな
)
を
掴
(
つか
)
んで
投
(
な
)
げつけた。
078
孫公
(
まごこう
)
は
両眼
(
りやうがん
)
に
砂
(
すな
)
をかけられ『アツ』と
一声
(
ひとこえ
)
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
踞
(
しやが
)
み
目
(
め
)
を
擦
(
こす
)
つて
居
(
ゐ
)
る。
079
其
(
その
)
隙
(
すき
)
をねらつて、
080
与三公
(
よさこう
)
は
矢庭
(
やには
)
に
首
(
くび
)
に
縄
(
なは
)
を
引
(
ひ
)
きかけ、
081
二三間
(
にさんげん
)
ばかり
引
(
ひき
)
ずり
出
(
だ
)
した。
082
孫公
(
まごこう
)
は
余
(
あま
)
りの
不意打
(
ふいう
)
ちに
肝
(
きも
)
をつぶし
手足
(
てあし
)
を
藻掻
(
もが
)
いてゐる。
083
そこへ
数多
(
あまた
)
の
手下
(
てした
)
はバラバラと
寄
(
よ
)
り
集
(
たか
)
り、
084
孫公
(
まごこう
)
を
高手
(
たかて
)
小手
(
こて
)
に
縛
(
いまし
)
めて
仕舞
(
しま
)
つた。
085
日
(
ひ
)
は
漸
(
やうや
)
く
地平線
(
ちへいせん
)
下
(
か
)
に
没
(
ぼつ
)
し
四辺
(
あたり
)
は
烏羽玉
(
うばたま
)
の
闇
(
やみ
)
に
包
(
つつ
)
まれて
仕舞
(
しま
)
つた。
086
お
梅
(
うめ
)
は
闇
(
やみ
)
に
紛
(
まぎ
)
れて
辛
(
から
)
うじて
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
し、
087
いづくともなく
姿
(
すがた
)
を
隠
(
かく
)
して
仕舞
(
しま
)
つた。
088
三公
(
さんこう
)
『アハヽヽヽ、
089
いらざる
邪魔立
(
じやまだて
)
を
致
(
いた
)
して
此
(
この
)
醜態
(
ざま
)
は
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
だ。
090
火
(
ひ
)
の
国都
(
くにみやこ
)
の
高山彦
(
たかやまひこ
)
とはそれや
何
(
なに
)
を
吐
(
ぬか
)
す。
091
此
(
この
)
方
(
はう
)
を
何
(
なん
)
と
心得
(
こころえ
)
て
居
(
ゐ
)
るか。
092
大蛇
(
をろち
)
の
三公
(
さんこう
)
と
云
(
い
)
つたら
火
(
ひ
)
の
国
(
くに
)
に
鳴
(
な
)
り
渡
(
わた
)
る
侠客
(
けふかく
)
の
大親分
(
おほおやぶん
)
だ。
093
いらぬ
構
(
かま
)
ひ
立
(
だて
)
を
致
(
いた
)
し、
094
飛
(
と
)
んで
火
(
ひ
)
に
入
(
い
)
る
夏
(
なつ
)
の
虫
(
むし
)
、
095
実
(
じつ
)
に
憐
(
あは
)
れな
者
(
もの
)
だなア……オイ
与三公
(
よさこう
)
、
096
此奴
(
こいつ
)
をたたんで
仕舞
(
しま
)
へ!』
097
与三
(
よさ
)
『ハイ、
098
斯
(
か
)
うやつて
縛
(
いまし
)
めて
置
(
お
)
けば
逃
(
に
)
げる
気遣
(
きづか
)
ひはありませぬから、
099
マア
悠
(
ゆつ
)
くりと
嬲殺
(
なぶりごろ
)
しにしてやりませうかい。
100
それよりも
第一
(
だいいち
)
お
愛
(
あい
)
の
奴
(
やつ
)
、
101
もう
一談判
(
ひとだんぱん
)
して、
102
親分
(
おやぶん
)
の
言
(
い
)
ひ
条
(
でう
)
につくやうにしてはどうですか』
103
三公
(
さんこう
)
『こんな
事
(
こと
)
は
俺
(
おれ
)
から
直接
(
ちよくせつ
)
に
云
(
い
)
ふのも
些
(
ちつ
)
と
気
(
き
)
が
利
(
き
)
かねえから、
104
能弁
(
のうべん
)
のお
前
(
まへ
)
に
任
(
まか
)
す。
105
旨
(
うま
)
くやつて
呉
(
く
)
れ。
106
其
(
その
)
代
(
かは
)
り
褒美
(
ほうび
)
は
幾何
(
いくら
)
でも
遣
(
つか
)
はすから……』
107
与三
(
よさ
)
『ヘイ
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しました。
108
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
うても
ウン
と
云
(
い
)
はせて
見
(
み
)
ます。
109
併
(
しか
)
しかう
暗
(
くら
)
くてなつては
顔
(
かほ
)
も
碌
(
ろく
)
に
見
(
み
)
えませぬから……オイ
勘州
(
かんしう
)
、
110
灯火
(
ひ
)
をつけい……
親分
(
おやぶん
)
安心
(
あんしん
)
して
下
(
くだ
)
さいませ』
111
と
云
(
い
)
ひ
乍
(
なが
)
ら、
112
お
愛
(
あい
)
の
傍
(
そば
)
へ
探
(
さぐ
)
り
探
(
さぐ
)
り
近寄
(
ちかよ
)
つた。
113
勘州
(
かんしう
)
は
森
(
もり
)
の
枯木
(
かれき
)
を
集
(
あつ
)
め、
114
火
(
ひ
)
を
切
(
き
)
り
出
(
だ
)
して
パツ
とつけた。
115
四辺
(
あたり
)
は
忽
(
たちま
)
ち
昼
(
ひる
)
の
如
(
ごと
)
くなつて
来
(
き
)
た。
116
沢山
(
たくさん
)
の
乾児
(
こぶん
)
が
枯枝
(
かれえだ
)
や
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
を
掻
(
か
)
き
集
(
あつ
)
めて
山
(
やま
)
のやうに
積
(
つ
)
んだ。
117
火
(
ひ
)
は
益々
(
ますます
)
燃
(
も
)
え
上
(
あが
)
り、
118
四辺
(
あたり
)
は
昼
(
ひる
)
の
如
(
ごと
)
くなつて
仕舞
(
しま
)
つた。
119
与三
(
よさ
)
『これこれお
愛
(
あい
)
さま、
120
どうだな。
121
もう
思案
(
しあん
)
が
付
(
つ
)
きましたかなア。
122
よもやこれだけ
威勢
(
ゐせい
)
の
強
(
つよ
)
い
三公
(
さんこう
)
さまを
夫
(
をつと
)
にもつのを
嫌
(
いや
)
とは
云
(
い
)
ひますまいねえ』
123
お
愛
(
あい
)
『エヽ
汚
(
けが
)
らはしい
又
(
また
)
しても
又
(
また
)
してもそんな
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
うてお
呉
(
く
)
れるな。
124
誰
(
たれ
)
が
此
(
この
)
様
(
やう
)
な
悪人
(
あくにん
)
に
靡
(
なび
)
くものがありますかい。
125
些
(
ちつ
)
と
三公
(
さんこう
)
の
面
(
つら
)
と
御
(
ご
)
相談
(
さうだん
)
なさいませ。
126
仮令
(
たとへ
)
乾児
(
こぶん
)
は
尠
(
すくな
)
うても、
127
武野村
(
たけのむら
)
の
侠客
(
けふかく
)
虎公
(
とらこう
)
さまと
云
(
い
)
つたら、
128
界隈
(
かいわい
)
に
名
(
な
)
の
響
(
ひび
)
いた、
129
善
(
ぜん
)
を
勧
(
すす
)
め
悪
(
あく
)
を
誡
(
いまし
)
め、
130
弱
(
よわ
)
きを
助
(
たす
)
け
強
(
つよ
)
きを
挫
(
くじ
)
く
侠客
(
けふかく
)
だ。
131
此
(
この
)
お
愛
(
あい
)
は
痩
(
やせ
)
てもこけても
虎公
(
とらこう
)
さまの
女房
(
にようばう
)
だ……
否
(
い
)
やと
云
(
い
)
ふのにお
前
(
まへ
)
は
諄
(
くど
)
い、
132
一度
(
いちど
)
いやなら
何時
(
いつ
)
もいや……と
云
(
い
)
ふ
都々逸
(
どどいつ
)
の
文句
(
もんく
)
ぢやないが
腸
(
はらわた
)
まで
染
(
し
)
み
込
(
こ
)
んだこの
嫌
(
きら
)
いが、
133
どうして
洗
(
あら
)
ひさらはるものか。
134
そんな
事
(
こと
)
いつ
迄
(
まで
)
も
掛
(
か
)
け
合
(
あ
)
つて
居
(
ゐ
)
るよりも
早
(
はや
)
く
殺
(
ころ
)
しなさい。
135
牛糞
(
うしぐそ
)
に
火
(
ひ
)
のついたやうに、
136
クスクス
と
埒
(
らち
)
の
明
(
あ
)
かぬ
野郎
(
やらう
)
だなア』
137
与三
(
よさ
)
『オイお
愛
(
あい
)
の
姐貴
(
あねき
)
、
138
ほんとに
太
(
ふと
)
い
度胸
(
どきよう
)
だなア。
139
俺
(
おれ
)
もすつかり
感服
(
かんぷく
)
して
仕舞
(
しま
)
つた。
140
こんな
姐貴
(
あねき
)
を
親分
(
おやぶん
)
にもつた
乾児
(
こぶん
)
共
(
ども
)
は
幸福
(
しあはせ
)
な
事
(
こと
)
だらう。
141
俺
(
おれ
)
も
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
ならこんな
親分
(
おやぶん
)
が
持
(
も
)
ちてえワ』
142
三公
(
さんこう
)
『これやこれや
与三
(
よさ
)
、
143
それや
何
(
なに
)
を
云
(
い
)
ふのだ』
144
与三
(
よさ
)
『ヘイ、
145
うつかりと
心
(
こころ
)
を
空
(
むな
)
しうして
居
(
ゐ
)
たものだから、
146
兼公
(
かねこう
)
の
生霊
(
いきりやう
)
奴
(
め
)
、
147
与三公
(
よさこう
)
の
肉体
(
にくたい
)
へ
入
(
はい
)
りやがつて、
148
こんな
事
(
こと
)
を
吐
(
ぬか
)
しやがるのです。
149
イヤもう
困
(
こま
)
つた
野郎
(
やらう
)
でげすわい』
150
三公
(
さんこう
)
『
是
(
これ
)
から
些
(
ちつ
)
と
気
(
き
)
をつけないと、
151
悪魔
(
あくま
)
に
憑依
(
ひようい
)
されて
忽
(
たちま
)
ち
兼公
(
かねこう
)
のやうに
心機
(
しんき
)
一転
(
いつてん
)
し、
152
こんな
目
(
め
)
に
遇
(
あ
)
はなければならないぞ』
153
与三
(
よさ
)
『ハイ
承知
(
しようち
)
致
(
いた
)
しました。
154
今後
(
こんご
)
はキツと
注意
(
ちゆうい
)
を
致
(
いた
)
します。
155
時
(
とき
)
に
親分
(
おやぶん
)
、
156
此処
(
ここ
)
へ
来
(
き
)
よつた
高山彦
(
たかやまひこ
)
と
云
(
い
)
ふ
餓鬼
(
がき
)
ア
一体
(
いつてい
)
どこの
奴
(
やつ
)
でせう』
157
三公
(
さんこう
)
『どこの
奴
(
やつ
)
でも
構
(
かま
)
やしねえ。
158
叩
(
たた
)
き
伸
(
の
)
ばして
埋
(
う
)
めて
仕舞
(
しま
)
へばいいのだ。
159
兼公
(
かねこう
)
も
序
(
ついで
)
に
埋
(
う
)
めてやれ』
160
与三
(
よさ
)
『モシ
親分
(
おやぶん
)
、
161
兼公
(
かねこう
)
丈
(
だけ
)
や
許
(
ゆる
)
してやつて
下
(
くだ
)
さいな。
162
彼奴
(
あいつ
)
も
中々
(
なかなか
)
親分
(
おやぶん
)
の
為
(
ため
)
には
蔭
(
かげ
)
になり
日向
(
ひなた
)
になり、
163
力
(
ちから
)
を
尽
(
つく
)
した
奴
(
やつ
)
ですからなア。
164
親分
(
おやぶん
)
がこれだけ
顔
(
かほ
)
が
売
(
う
)
れたのも、
165
兼公
(
かねこう
)
の
斡旋
(
あつせん
)
預
(
あづか
)
つて
大
(
おほい
)
に
力
(
ちから
)
ありと
云
(
い
)
つても
宜
(
よろ
)
しい』
166
兼公
(
かねこう
)
は
此
(
この
)
問答
(
もんだふ
)
を
聞
(
き
)
き、
167
手足
(
てあし
)
を
縛
(
しば
)
られた
儘
(
まま
)
声
(
こゑ
)
をかけ、
168
兼公
『モシ
親分
(
おやぶん
)
、
169
此
(
この
)
縄
(
なは
)
を
解
(
と
)
いて
下
(
くだ
)
さい。
170
最前
(
さいぜん
)
は
大変
(
たいへん
)
にお
腹
(
はら
)
を
立
(
た
)
てさせましたが、
171
あれや
俺
(
わつち
)
が
云
(
い
)
つたのぢやない、
172
虎公
(
とらこう
)
の
生霊
(
いきりやう
)
奴
(
め
)
がフイと
憑
(
うつ
)
りやがつて、
173
俺
(
わつち
)
の
口
(
くち
)
を
借
(
か
)
り、
174
あんな
事
(
こと
)
云
(
い
)
つたのですよ。
175
俺
(
わつち
)
は
真実
(
ほんと
)
に
迷惑
(
めいわく
)
でげす』
176
与三
(
よさ
)
『
兼公
(
かねこう
)
、
177
気
(
き
)
がついたか。
178
アヽ
結構
(
けつこう
)
々々
(
けつこう
)
。
179
確
(
しつか
)
りせないと
又
(
また
)
、
180
虎公
(
とらこう
)
の
霊
(
れい
)
に
憑
(
つ
)
かれるぞ。
181
なア
親分
(
おやぶん
)
さま、
182
兼公
(
かねこう
)
の
縄
(
なは
)
を
解
(
と
)
いてやりませうか』
183
三公
(
さんこう
)
『マア
待
(
ま
)
て
待
(
ま
)
て、
184
さう
慌
(
あわて
)
るにや
及
(
およ
)
ばない。
185
それよりも、
186
早
(
はや
)
くお
愛
(
あい
)
に
結局
(
けつきよく
)
の
話
(
はなし
)
を
極
(
き
)
めさせて
呉
(
く
)
れ、
187
それが
第一
(
だいいち
)
の
目的
(
もくてき
)
だから……』
188
兼公
(
かねこう
)
『オイ
与三公
(
よさこう
)
、
189
貴様
(
きさま
)
一人
(
ひとり
)
ぢや
覚束
(
おぼつか
)
ないぞ。
190
俺
(
おれ
)
も
加勢
(
かせい
)
をしてやるから、
191
早
(
はや
)
く
此
(
この
)
縄
(
なは
)
を
解
(
と
)
けい』
192
三公
(
さんこう
)
『オイ
与三
(
よさ
)
、
193
俺
(
おれ
)
の
命令
(
めいれい
)
が
下
(
くだ
)
る
迄
(
まで
)
決
(
けつ
)
して
解
(
と
)
いちやならぬぞ。
194
此奴
(
こいつ
)
はどうしても
二心
(
ふたごころ
)
だから、
195
些
(
ち
)
つとも
油断
(
ゆだん
)
は
出来
(
でき
)
やしねえ』
196
与三
(
よさ
)
『オイ
兼公
(
かねこう
)
、
197
貴様
(
きさま
)
の
聞
(
き
)
く
通
(
とほ
)
りだ、
198
親分
(
おやぶん
)
の
云
(
い
)
ふ
通
(
とほ
)
りだ、
199
俺
(
おれ
)
も
此
(
この
)
通
(
とほ
)
りだ。
200
仕方
(
しかた
)
がねえや、
201
まア
暫
(
しばら
)
く
其処
(
そこ
)
に
辛抱
(
しんばう
)
するがよい』
202
三公
(
さんこう
)
『オイ
与三公
(
よさこう
)
、
203
お
梅
(
うめ
)
の
阿魔
(
あま
)
ツちよが
居
(
を
)
らぬぢやねえか。
204
彼奴
(
あいつ
)
に
逃
(
に
)
げられちや
大変
(
たいへん
)
だぞ』
205
与三
(
よさ
)
『ヤア
如何
(
いか
)
にもお
梅
(
うめ
)
の
奴
(
やつ
)
、
206
いつの
間
(
ま
)
に
風
(
かぜ
)
を
喰
(
くら
)
つて
逃
(
に
)
げよつたのかな。
207
何
(
なん
)
と
機敏
(
すばしこ
)
いやつだなア。
208
彼奴
(
あいつ
)
が
此
(
この
)
事
(
こと
)
を
虎公
(
とらこう
)
にでも
報告
(
はうこく
)
しようものなら
夫
(
それ
)
こそ
大変
(
たいへん
)
だ。
209
オイ
乾児
(
こぶん
)
の
奴
(
やつ
)
等
(
ら
)
、
210
早
(
はや
)
くお
梅
(
うめ
)
の
後
(
あと
)
を
追
(
お
)
つかけて
探
(
さが
)
して
来
(
こ
)
い』
211
勘公
(
かんこう
)
『
鼻
(
はな
)
を
摘
(
つま
)
まれても
分
(
わか
)
らねえやうな、
212
真
(
しん
)
の
闇
(
やみ
)
に
探
(
さが
)
しに
往
(
い
)
つたつて
分
(
わか
)
りませうか。
213
此処
(
ここ
)
には
灯
(
ひ
)
があるから
足許
(
あしもと
)
が
見
(
み
)
えるが、
214
一町
(
いつちやう
)
先
(
さき
)
は
真闇
(
まつくら
)
がりだ。
215
明朝
(
あす
)
の
事
(
こと
)
にしたらどうでげせうな』
216
与三
(
よさ
)
『それもさうだ。
217
仕方
(
しかた
)
がねえなア。
218
もし
親分
(
おやぶん
)
さま、
219
明朝
(
あす
)
悠
(
ゆつ
)
くり
探
(
さが
)
す
事
(
こと
)
にしませうか。
220
虎公
(
とらこう
)
の
野郎
(
やらう
)
も、
221
六
(
ろく
)
があれだけの
手下
(
てした
)
を
連
(
つ
)
れて
行
(
い
)
つたのだから、
222
もう
今頃
(
いまごろ
)
は
寂滅
(
じやくめつ
)
為楽
(
ゐらく
)
になつて
居
(
ゐ
)
るのは
鏡
(
かがみ
)
にかけて
見
(
み
)
るやうなものでげせう。
223
虎公
(
とらこう
)
なんぞに
気遣
(
きづかひ
)
はいりますまい』
224
三公
(
さんこう
)
『いやいや、
225
彼奴
(
あいつ
)
も
中々
(
なかなか
)
の
強者
(
しれもの
)
だ。
226
さう
闇々
(
やみやみ
)
と
斃
(
くた
)
ばりもしよまい。
227
余
(
あま
)
り
楽観
(
らくくわん
)
は
出来
(
でき
)
まいぞ。
228
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
此
(
この
)
暗夜
(
やみよ
)
では
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
い。
229
まアまア
明朝
(
あす
)
の
事
(
こと
)
にしたがよからう』
230
お
愛
(
あい
)
『コラ
三公
(
さんこう
)
、
231
与三公
(
よさこう
)
、
232
何
(
なに
)
を
愚図
(
ぐづ
)
々々
(
ぐづ
)
して
居
(
ゐ
)
るのだ。
233
早
(
はや
)
く
此
(
この
)
お
愛
(
あい
)
を
片付
(
かたづ
)
けないか。
234
辛気臭
(
しんきくさ
)
いワイ。
235
其
(
その
)
代
(
かは
)
りに
今
(
いま
)
其処
(
そこ
)
へ
見
(
み
)
えた
高山彦
(
たかやまひこ
)
さまとやらを
助
(
たす
)
けてやつて
呉
(
く
)
れ。
236
些
(
ち
)
つとも
関係
(
くわんけい
)
ない
人
(
ひと
)
だから
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
で
堪
(
たま
)
らねえから……』
237
与三
(
よさ
)
『エイ、
238
お
愛
(
あい
)
さま、
239
他人
(
ひと
)
の
事
(
こと
)
ども
云
(
い
)
ふ
所
(
どころ
)
ぢやあるまいぞ。
240
お
汝
(
まへ
)
さま
生死
(
せいし
)
の
境
(
さかひ
)
に
立
(
た
)
つて
居
(
ゐ
)
て、
241
そんな
気楽
(
きらく
)
の
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
つて
居
(
を
)
れるものかい』
242
お
愛
(
あい
)
『ホヽヽヽヽこれ
与三
(
よさ
)
何
(
なに
)
を
呆
(
はう
)
けた
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
ふのだい。
243
生死
(
せいし
)
一如
(
いちによ
)
だ
此
(
この
)
肉体
(
にくたい
)
は
仮令
(
たとへ
)
虎
(
とら
)
狼
(
おほかみ
)
の
餌食
(
ゑじき
)
にならうとも、
244
肝腎要
(
かんじんかなめ
)
のお
愛
(
あい
)
さまの
御魂
(
みたま
)
は、
245
万劫
(
まんがふ
)
末代
(
まつだい
)
生通
(
いきどほ
)
しだ。
246
早
(
はや
)
く
殺
(
ころ
)
しなさい。
247
その
代
(
かは
)
り
幽冥界
(
いうめいかい
)
へ
行
(
い
)
つたら
数多
(
あまた
)
の
亡者
(
まうじや
)
を
手下
(
てした
)
に
使
(
つか
)
ひ
餓鬼
(
がき
)
も
人数
(
にんず
)
の
中
(
うち
)
、
248
沢山
(
たくさん
)
の
乾児
(
こぶん
)
を
引
(
ひ
)
き
連
(
つ
)
れてお
前
(
まへ
)
さまの
生首
(
なまくび
)
を
貰
(
もら
)
ひに
来
(
く
)
るから、
249
それを
楽
(
たの
)
しみに
早
(
はや
)
くお
愛
(
あい
)
をやつつけて
仕舞
(
しま
)
ひなさい』
250
与三
(
よさ
)
『もし
親分
(
おやぶん
)
、
251
どうにもかうにも
取
(
と
)
りつく
島
(
しま
)
がありませぬわ。
252
命
(
いのち
)
を
捨
(
す
)
ててかかつとる
女
(
をんな
)
に
何程
(
なにほど
)
脅喝
(
おどし
)
文句
(
もんく
)
を
並
(
なら
)
べても
豆腐
(
とうふ
)
に
鎹
(
かすがひ
)
糠
(
ぬか
)
に
釘
(
くぎ
)
だ。
253
どうしませうかなア』
254
三公
(
さんこう
)
『
可愛
(
かあい
)
さうなものだが
仕方
(
しかた
)
がない。
255
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つて
殺
(
やつ
)
つけて
仕舞
(
しま
)
へ』
256
お
愛
(
あい
)
『これ
三公
(
さんこう
)
、
257
置
(
お
)
いて
下
(
くだ
)
さい。
258
可愛
(
かあい
)
さうなものだなんて、
259
何
(
なん
)
とした
弱音
(
よわね
)
を
吹
(
ふ
)
くのだい。
260
此
(
この
)
お
愛
(
あい
)
はお
前
(
まへ
)
のやうな
悪垂
(
あくたれ
)
男
(
をとこ
)
に、
261
可愛
(
かあい
)
さうだなんてそんな
汚
(
けが
)
らはしい
事
(
こと
)
を
云
(
い
)
はれると、
262
小癪
(
こしやく
)
に
触
(
さは
)
つてならないのだよ。
263
虎公
(
とらこう
)
さまがいつもいつも
可愛
(
かあい
)
い
女
(
をんな
)
だと、
264
連発
(
れんぱつ
)
的
(
てき
)
に
云
(
い
)
つて
下
(
くだ
)
さるのだから、
265
ヘン、
266
そんな
馬鹿口
(
ばかぐち
)
はやめて
下
(
くだ
)
さい。
267
それよりも
侠客
(
けふかく
)
で
立
(
た
)
つてゆかうと
思
(
おも
)
へば、
268
もつと
気
(
き
)
を
強
(
つよ
)
く
持
(
も
)
たねえと
駄目
(
だめ
)
だよ。
269
悪
(
あく
)
なら
悪
(
あく
)
で
徹底
(
てつてい
)
的
(
てき
)
に
悪
(
あく
)
をやつたが
好
(
よ
)
い。
270
改心
(
かいしん
)
をして
善
(
ぜん
)
に
立
(
た
)
ち
帰
(
かへ
)
るのなら
善一筋
(
ぜんひとすぢ
)
を
行
(
おこな
)
ひなさい。
271
それが
男
(
をとこ
)
たるものの
本分
(
ほんぶん
)
だ。
272
気骨
(
きこつ
)
もなければ
度胸
(
どきよう
)
もない
空威張
(
からゐば
)
りの
贋侠客
(
にせけふかく
)
が、
273
こんな
大
(
だい
)
それた
謀反
(
むほん
)
を
起
(
おこ
)
すとはちつと
柄
(
がら
)
に
合
(
あ
)
ふめえよ』
274
三公
(
さんこう
)
『
云
(
い
)
はして
置
(
お
)
けばどこ
迄
(
まで
)
も
図
(
づ
)
に
乗
(
の
)
る
悪垂女
(
あくたれおんな
)
奴
(
め
)
!』
275
と
云
(
い
)
ひながら、
276
拳骨
(
げんこつ
)
を
固
(
かた
)
めて
滅多
(
めつた
)
矢鱈
(
やたら
)
に
打
(
う
)
ち
据
(
す
)
ゑる。
277
お
愛
(
あい
)
は
打
(
う
)
たれたまま
痛
(
いた
)
いとも
痒
(
かゆ
)
いとも
云
(
い
)
はず
黙言
(
だま
)
つて
縡切
(
ことぎ
)
れて
仕舞
(
しま
)
つた。
278
与三
(
よさ
)
『もし
親分
(
おやぶん
)
、
279
とうとう
斃
(
くたば
)
つて
仕舞
(
しま
)
ひましたよ。
280
惜
(
を
)
しい
事
(
こと
)
をしたものですな』
281
三公
(
さんこう
)
『
何
(
なに
)
惜
(
を
)
しくても
仕方
(
しかた
)
がない。
282
他人
(
たにん
)
の
花
(
はな
)
と
眺
(
なが
)
めるよりも、
283
三公嵐
(
さんこうあらし
)
が
吹
(
ふ
)
いて
無残
(
むざん
)
に
散
(
ち
)
らした
方
(
はう
)
が、
284
未練
(
みれん
)
が
残
(
のこ
)
らなくていいわ。
285
オイ
愚図
(
ぐづ
)
々々
(
ぐづ
)
して
居
(
ゐ
)
ると
何
(
なに
)
が
飛
(
と
)
び
出
(
だ
)
すか
知
(
し
)
れやしないぞ。
286
序
(
ついで
)
に
今
(
いま
)
来
(
き
)
た
奴
(
やつ
)
も
兼公
(
かねこう
)
も、
287
息
(
いき
)
の
根
(
ね
)
を
止
(
と
)
めて
穴
(
あな
)
でも
掘
(
ほ
)
つて
埋
(
い
)
けて
仕舞
(
しま
)
へ』
288
与三公
(
よさこう
)
はお
愛
(
あい
)
の
体
(
からだ
)
を
撫
(
な
)
でて
見
(
み
)
て、
289
与三
(
よさ
)
『ヤアまだ
温
(
ぬくみ
)
がある。
290
何
(
なん
)
と
好
(
よ
)
い
肌
(
はだ
)
だな。
291
まるで
搗
(
つ
)
きたての
餅
(
もち
)
のやうだ。
292
虎公
(
とらこう
)
が
惚
(
ほ
)
れやがつたのも
無理
(
むり
)
はない。
293
親分
(
おやぶん
)
一寸
(
ちよつと
)
来
(
き
)
て
見
(
み
)
なさい。
294
此
(
この
)
世
(
よ
)
の
名残
(
なごり
)
にお
愛
(
あい
)
の
肌
(
はだ
)
を
一
(
ひと
)
つ
撫
(
な
)
でて
見
(
み
)
たらどうですか。
295
余
(
あま
)
り
悪
(
わる
)
い
気持
(
きもち
)
もしませぬぞ』
296
三公
(
さんこう
)
『
馬鹿
(
ばか
)
云
(
い
)
ふな
早
(
はや
)
く
兼
(
かね
)
と
旅
(
たび
)
の
奴
(
やつ
)
とを
埋
(
い
)
けて
仕舞
(
しま
)
へ。
297
オイ
皆
(
みな
)
の
乾児
(
こぶん
)
共
(
ども
)
此処
(
ここ
)
に
穴
(
あな
)
を
掘
(
ほ
)
れ』
298
と
下知
(
げち
)
する。
299
勘州
(
かんしう
)
を
始
(
はじ
)
め
数多
(
あまた
)
の
乾児
(
こぶん
)
共
(
ども
)
は、
300
携
(
たづさ
)
へて
来
(
き
)
た
色々
(
いろいろ
)
の
得物
(
えもの
)
をもつて
土
(
つち
)
を
掘
(
ほ
)
り
三
(
さん
)
人
(
にん
)
の
縛
(
しば
)
つた
体
(
からだ
)
を
穴
(
あな
)
の
中
(
なか
)
へ
放
(
はう
)
り
込
(
こ
)
み、
301
上
(
うへ
)
から
土
(
つち
)
をきせ、
302
寄
(
よ
)
つて
集
(
たか
)
つて
足
(
あし
)
でどんどんと
地固
(
ぢがた
)
めをし、
303
其
(
その
)
上
(
うへ
)
に
沢山
(
たくさん
)
の
石
(
いし
)
を
拾
(
ひろ
)
つて
来
(
き
)
て
積
(
つ
)
み
重
(
かさ
)
ねて
仕舞
(
しま
)
つた。
304
三公
(
さんこう
)
『アハヽヽヽとうとう
三
(
さん
)
人
(
にん
)
とも
果敢
(
はか
)
ない
事
(
こと
)
になつて
仕舞
(
しま
)
つた。
305
オイ
皆
(
みな
)
の
奴
(
やつ
)
、
306
水
(
みづ
)
でも
手向
(
たむ
)
けてやれ。
307
水
(
みづ
)
が
無
(
な
)
ければ
貴様
(
きさま
)
の
燗徳利
(
かんとつくり
)
から
小便
(
せうべん
)
でも
出
(
だ
)
して
手向
(
たむ
)
けるのだな。
308
アハヽヽヽ』
309
と
豪傑
(
がうけつ
)
笑
(
わら
)
ひをして
見
(
み
)
せる。
310
数多
(
あまた
)
の
乾児
(
こぶん
)
は
各自
(
めいめい
)
に
裾
(
すそ
)
を
引
(
ひ
)
きまくり、
311
寄
(
よ
)
つて
集
(
たか
)
つて
小便
(
せうべん
)
を
垂
(
た
)
れかける。
312
三公
(
さんこう
)
『これでまアお
愛
(
あい
)
も
成仏
(
じやうぶつ
)
するだらう。
313
オイお
愛
(
あい
)
、
314
貴様
(
きさま
)
も
残念
(
ざんねん
)
だらうが、
315
かうなるも
前世
(
ぜんせ
)
からの
因縁
(
いんねん
)
だと
諦
(
あきらめ
)
てくれい。
316
冥途
(
めいど
)
へ
往
(
い
)
つて
虎公
(
とらこう
)
に
遇
(
あ
)
つたら……
大蛇
(
をろち
)
の
三公
(
さんこう
)
は
御
(
ご
)
壮健
(
さうけん
)
で
燥
(
はしや
)
いで
御座
(
ござ
)
る……と
伝言
(
でんごん
)
をしてくれえ。
317
一人旅
(
ひとりたび
)
は
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
だと
思
(
おも
)
つて、
318
俺
(
おれ
)
の
乾児
(
こぶん
)
の
兼公
(
かねこう
)
と
風来
(
ふうらい
)
の
旅人
(
たびびと
)
をお
前
(
まへ
)
の
途連
(
みちづ
)
れにつけてやる。
319
これがせめてもの
俺
(
おれ
)
がお
前
(
まへ
)
に
対
(
たい
)
する
好意
(
かうい
)
だ。
320
きつと
冥途
(
めいど
)
に
往
(
い
)
つて
三公
(
さんこう
)
を
恨
(
うら
)
んではならないぞ。
321
南無
(
なむ
)
お
愛
(
あい
)
頓生
(
とんしやう
)
菩提
(
ぼだい
)
、
322
モウかうなつては
誰
(
たれ
)
だつて
何
(
なん
)
の
法蓮華
(
ほふれんげ
)
経
(
きやう
)
だ。
323
オイ
与三公
(
よさこう
)
、
324
帰
(
け
)
えらうぢやないか』
325
と
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
ち、
326
闇
(
やみ
)
に
紛
(
まぎ
)
れて
乾児
(
こぶん
)
を
引
(
ひ
)
き
連
(
つ
)
れ、
327
心地
(
ここち
)
よげに
此
(
この
)
場
(
ば
)
を
立
(
た
)
ち
去
(
さ
)
つて
仕舞
(
しま
)
つた。
328
最前
(
さいぜん
)
から
闇
(
やみ
)
に
隠
(
かく
)
れて
慄
(
ふる
)
ひ
慄
(
ふる
)
ひ
此
(
この
)
様子
(
やうす
)
を
見
(
み
)
て
居
(
ゐ
)
たお
梅
(
うめ
)
は、
329
四辺
(
あたり
)
に
人
(
ひと
)
なきを
見済
(
みす
)
まし、
330
怖々
(
こわごわ
)
此
(
この
)
場
(
ば
)
に
近
(
ちか
)
よつて
来
(
き
)
た。
331
まだ
薪
(
たきぎ
)
は
燃
(
も
)
えて
居
(
ゐ
)
る。
332
その
為
(
た
)
め
三
(
さん
)
人
(
にん
)
を
埋
(
うづ
)
めた
塚
(
つか
)
はハツキリと
分
(
わか
)
る。
333
お
梅
(
うめ
)
は
一生
(
いつしやう
)
懸命
(
けんめい
)
に
石
(
いし
)
を
掻
(
か
)
き
分
(
わ
)
けて
救
(
すく
)
ひ
出
(
だ
)
さうとすれども、
334
荒男
(
あらをとこ
)
が
四五
(
しご
)
人
(
にん
)
もよつて
担
(
かつ
)
いで
来
(
き
)
た
重
(
おも
)
い
石
(
いし
)
、
335
押
(
お
)
せどもつけども
ビク
とも
動
(
うご
)
かばこそ、
336
遂
(
つひ
)
には
力
(
ちから
)
尽
(
つ
)
き
脆
(
もろ
)
くも
其
(
その
)
場
(
ば
)
に
泣
(
な
)
き
倒
(
たふ
)
れて
仕舞
(
しま
)
つた。
337
(
大正一一・九・一四
旧七・二三
加藤明子
録)
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