霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一七章 向日(むかふ)(たうげ)〔九五八〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻 篇:第3篇 峠の達引 よみ(新仮名遣い):とうげのたてひき
章:第17章 向日峠 よみ(新仮名遣い):むこうとうげ 通し章番号:958
口述日:1922(大正11)年09月14日(旧07月23日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじは東京の望月さん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]
向日峠の山麓の深い森の中で、数十人の荒男たちが二人の縛られた女を声高にののしっている。建日の村の侠客・虎公の女房のお愛と、その妹のお梅が捕えられていたのであった。
お愛は火の国の侠客・大蛇の三公に懸想され、さらわれて無理談判をされているところであった。
お愛は侠客の妻だけあって、三公の脅しにもまったく気おくれせず、縛られながらも三公をののしり、あくまで虎公への操を貫いて死ぬ覚悟である。
その様子に三公の子分・兼公は感心し、自分はお愛の子分になろうと言いだす。三公は怒って、お愛とお梅と共に、兼公も殺してしまうべく縛り上げてしまった。
闇にまぎれてお梅は自分の縄を解いてしまったが、誰も気が付いていなかった。三公は縛られた三人を打ちのめすように命令した。子分たちは三人に打ってかかる。そのとき、森の中に宣伝歌が聞こえてきた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる] 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-09-18 10:35:29 OBC :rm3417
愛善世界社版:217頁 八幡書店版:第6輯 440頁 修補版: 校定版:227頁 普及版:93頁 初版: ページ備考:
001 向日峠(むかふたうげ)山麓(さんろく)002樟樹(しやうじゆ)鬱蒼(うつさう)として(そら)(ふう)じた(もり)(した)数十(すうじふ)(にん)荒男(あらをとこ)003二人(ふたり)(をんな)荒縄(あらなは)にて(しば)()げ、004何事(なにごと)声高(こはだか)(ののし)つてゐる。005(その)(なか)大将(たいしやう)(おぼ)しき(をとこ)大蛇(をろち)三公(さんこう)()つて、006(この)界隈(かいわい)での無頼漢(ならずもの)である。007さうして兼公(かねこう)008与三公(よさこう)二人(ふたり)三公(さんこう)股肱(ここう)(たの)手下(てした)悪者(わるもの)である。009三公(さんこう)(もり)(した)巨大(きよだい)なる(いは)(うへ)(またが)つて(ひや)やかに二人(ふたり)(をんな)()おろしてゐる。
010兼公(かねこう)『オイ(をんな)011モウ()うなつては、012何程(なにほど)藻掻(もが)いても(かな)ふまい。013サア(ここ)でウンと(くび)(たて)()るか。014すつた()んだと何時(いつ)(まで)屁理屈(へりくつ)(ぬか)しや、015モウ了見(れうけん)はならぬ。016(この)兼公(かねこう)親分(おやぶん)()(かは)り、017(たた)(ころ)して(しま)ふが、018それでも()いか』
019(をんな)『えゝ(けが)らはしい、020仮令(たとへ)三公(さんこう)(たた)(ころ)されても、021(をんな)(みさを)何処迄(どこまで)(はづ)しませぬ。022一層(いつそう)のこと、023(はや)一思(ひとおも)ひに(ころ)しなさいよ』
024与三(よさ)『コレコレお(あい)さま、025よく(かんが)へて()なさい。026(いのち)あつての物種(ものだね)だ。027そんな(こと)()はずに、028ウンと色好(いろよ)返事(へんじ)をしなさつた(はう)が、029(まへ)将来(しやうらい)(ため)だ。030()(くに)驍名(げうめい)(かく)れなき大蛇(をろち)三公(さんこう)さまと()つたら、031()()いても獅子(しし)(おほかみ)(とら)までが、032()()いて(ほそ)くなつて()げると()威勢(ゐせい)(たか)い、033白浪(しらなみ)(をとこ)だ。034何程(なにほど)(まへ)さまが、035虎公(とらこう)さまに操立(みさをだ)てをした(ところ)で、036あんな()(よわ)三五教(あななひけう)にトチ(はう)けて()(やう)腰抜(こしぬけ)(をとこ)(なに)になるものか。037チツと(むね)()(あて)て、038利害(りがい)得失(とくしつ)(かんが)へて()なさい。039三公(さんこう)(おく)さまになれば、040それこそ立派(りつぱ)(もの)だ。041(おれ)(たち)姉貴(あねき)々々(あねき)(うやま)つて、042どんなことでも御用(ごよう)()きます。043ここが思案(しあん)()(どころ)だ。044(まへ)(いま)逆上(ぎやくじやう)して()るから、045是非(ぜひ)善悪(ぜんあく)判断(はんだん)()こまいが、046()(むね)()()てて(かんが)へなさい』
047(あい)『イエイエ(なん)()つて(くだ)さつても、048一旦(いつたん)虎公(とらこう)さまと約束(やくそく)(むす)んだ以上(いじやう)は、049そんな(こと)如何(どう)して出来(でき)ませうか。050仮令(たとへ)(ころ)されても(みさを)(やぶ)つたと()はれては、051先祖(せんぞ)名折(なを)れ、052子孫(しそん)代々(だいだい)(いた)るまで、053(はぢ)(さら)さねばなりませぬ。054世間(せけん)(ひと)には不貞(ふてい)くされ(をんな)だと(ののし)られ、055(はぢ)をかかねばなりませぬ。056最早(もはや)今日(こんにち)となつては、057(わたくし)決心(けつしん)如何(いか)なる権威(けんゐ)金力(きんりよく)(うご)かすことは出来(でき)ませぬ。058どうぞそんな(こと)()はずに、059(わたし)(ころ)して(くだ)さい』
060与三(よさ)『ハテさて(わる)()了見(れうけん)だ。061(まへ)大切(たいせつ)(おも)虎公(とらこう)は、062建日(たけひ)(むら)玉公(たまこう)とやらに()れられて、063無花果(いちじゆく)()りに()くとか、064水晶玉(すいしやうだま)(くも)つて黒姫(くろひめ)如何(どう)だとか、065(わけ)(わか)らぬことを()ざきやがつて、066高山峠(たかやまたうげ)絶頂(ぜつちやう)()きよつた。067それを()ぎつけ、068三公(さんこう)親分(おやぶん)手下(てした)五六十(ごろくじふ)(にん)069(あと)()つかけて、070虎公(とらこう)生命(いのち)()ると()つて()つたのだから、071モウ今頃(いまごろ)()(どく)(なが)ら、072冥途(めいど)(たび)をしてゐる時分(じぶん)だ。073何程(なにほど)(あい)さま、074〇〇が肝腎(かんじん)だと()つても、075生命(いのち)のない(をとこ)(をつと)()つた(ところ)が、076仕方(しかた)がねえぢやないか。077(ひと)(あきら)めが大切(たいせつ)だ。078(をとこ)(けつ)して虎公(とらこう)(ばか)りぢやない。079(まへ)()出世(しゆつせ)になることだから、080(わたし)()うして忠告(ちうこく)をするのだ』
081(あい)『エヽ(なん)と、082三公(さんこう)乾児(こぶん)(ども)があの虎公(とらこう)さまを(ころ)しに()つたとは、083ソラ本当(ほんたう)御座(ござ)いますか。084エヽ残念(ざんねん)や、085口惜(くちをし)い、086仮令(たとへ)(をんな)細腕(ほそうで)なりとて、087(かたき)をうたいでおくものか、088コレ三公(さんこう)089(をんな)一念(いちねん)(おも)()つたがよからう』
090()()がけ(ども)091がんじがらみに(しば)られた(その)(からだ)092()うすることも出来(でき)ないのに、093無念(むねん)()()ひしばり、094(うら)(なみだ)をタラタラと(おと)(なが)ら、095三公(さんこう)(かほ)()めつけてゐる。
096 三公(さんこう)(ひや)やかに(わら)(なが)ら、
097三公(さんこう)『アハヽヽヽ、098テもいぢらしいものだなア、099オイお(あい)100よつく()け。101貴様(きさま)何時(いつ)ぞやの(ゆふ)べ、102(おれ)貴様(きさま)出会(であ)つて、103(この)(はう)女房(にようばう)になる()はないかと()つた(とき)104(なん)()ひよつた……不束(ふつつ)かな(この)(わたし)105それ(ほど)までに(おも)うて(くだ)さいますか、106女冥加(をんなみやうが)につきまする。107乍併(しかしながら)108(わたし)には両親(りやうしん)御座(ござ)いますから、109トツクリと相談(さうだん)(いた)しまして()返辞(へんじ)をする(まで)()つて(くだ)さい……と(ぬか)したぢやないか。110(その)とき厭応(いやおう)()はさず()ごめにするのは、111いと(やす)(こと)だつたが、112(まへ)人格(じんかく)(おも)んじて、113(おれ)一旦(いつたん)()()した(をとこ)(かほ)()げるとは()(なが)ら、114辛抱(しんばう)して()つてゐたのだ。115さうした(ところ)が、116(いち)(ねん)()つても()(ねん)()つても(なん)とか()とか()つて、117(この)(はう)をチヨロまかし、118到頭(たうとう)虎公(とらこう)野郎(やらう)(とこ)嫁入(よめいり)をしやがつた。119(につく)代物(しろもの)だ。120モウ()うならば(おれ)(をとこ)だ。121貴様(きさま)虎公(とらこう)(やつ)()つてから、122最早(もはや)(さん)(ねん)にもなるだらう。123(おれ)貴様(きさま)懸想(けさう)してから、124今年(ことし)(はや)()(ねん)125()独身(どくしん)生活(せいくわつ)をしてをるのも、126(なん)(ため)だと(おも)ふ。127チツとは(おれ)(こころ)推量(すゐりやう)したら如何(どう)だ、128片意地(かたいぢ)()(ばか)りが(をんな)(のう)ではあるまいぞ』
129(あい)『エー、130アタ(いや)らしい。131大蛇(をろち)()うな無頼漢(ならずもの)三公(さんこう)に、132(たれ)が、133(をんな)相手(あひて)になる(もの)がありますか。134(いた)(ところ)でゲヂゲヂのやうに(きら)はれ、135女房(にようばう)になる(もの)がないので、136()むを()独身(どくしん)生活(せいくわつ)をしてゐる(くせ)に、137ようマアそんな(こと)が、138白々(しらじら)しい、139()はれたものだ。140仮令(たとへ)(この)()(ころ)されて、141(この)肉体(にくたい)(からす)にコツかしても、142三公(さんこう)(やう)(きら)ひな(をとこ)に、143指一本(ゆびいつぽん)()へさしてなるものか。144いい加減(かげん)(あきら)めて、145(した)でも()んで()んだが()からう。146エヽお(まへ)(はう)から()()(かぜ)(まで)147気分(きぶん)(わる)(にほひ)がする』
148捨鉢(すてばち)気味(ぎみ)生命(いのち)()らずに、149(おも)()つて(しやべ)()てる。150三公(さんこう)怒髪天(どはつてん)をつき、151(いは)()(きた)り、152(あい)(まへ)()ちはだかり、153蠑螺(さざえ)(やう)拳骨(げんこつ)をグツと(かた)めて()(まへ)突出(つきだ)し、154()()つクルリクルリと上下(うへした)廻転(くわいてん)させ(なが)ら、
155三公(さんこう)『オイお(あい)156(これ)(なん)だと(おも)つてゐるか、157(なか)まで(ほね)だぞ。158(てつ)よりも(かた)(この)(おに)(わらび)貴様(きさま)脳天(なうてん)へ、159(ひと)()見舞(みまひ)(まを)すが最後(さいご)160(もろ)くも寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)161死出(しで)(たび)だ。162いい加減(かげん)覚悟(かくご)()めて、163()返辞(へんじ)をしたら如何(どう)だ。164(おれ)だとて万更(まんざら)木石(ぼくせき)でもない、165(あたたか)()もあれば(なみだ)もある。166そちらの()やうに()つちや、167(なん)とも()れない親切(しんせつ)(をとこ)だ。168そんな()()さずに、169(しばら)(こころ)みに(おれ)()(じやう)について()よ。170(たちま)貴様(きさま)相好(さうがう)(くづ)し、171……()(ことわざ)にも()(とほ)り、172(ひと)()かけによらぬものだ、173あれ(ほど)(おそ)ろしい(きら)いな(をとこ)(おも)()んでゐた()三公(さんこう)(なん)とした親切(しんせつ)(をとこ)だらう、174虎公(とらこう)(くら)ぶれば、175どこともなしに男振(をとこぶり)()いなり、176親切(しんせつ)(ふか)い、177気甲斐性(きがひしやう)もある。178こんな立派(りつぱ)(をとこ)何故(なにゆゑ)あの(やう)に、179痩馬(やせうま)()(かへ)(やう)に、180(きら)うたのだらう三公(さんこう)さま(まこと)()みませなんだ、181どうぞ末永(すえなが)う、182幾久(いくひさ)しく可愛(かあい)がつて(くだ)さい……と()つて、183(うれ)(なみだ)にかきくれ、184(おれ)一足(ひとあし)(そと)()るのも、185()()んで(はな)さない(やう)になつて()るのは、186()()(やう)(あきら)かな事実(じじつ)だ。187なアお(あい)188ここは(ひと)(むね)()()てて(かんが)へて()たら如何(どう)だ』
189とソロソロ(こは)(かほ)を、190何時(いつ)()にやら(やはら)げて(しま)つてゐる。
191(あい)『ホツホヽヽ(なん)とマア腰抜(こしぬけ)(をとこ)だらう。192団栗眼(どんぐりめ)(やなぎ)()のやうに(ほそ)くして、193(よだれ)まで()らして、194()つともない、195そんな屁古垂(へこたれ)(をとこ)(ねこ)だつて、196(いたち)だつて、197心中立(しんぢうだて)をする(もの)があつて(たま)りませうか。198サア(はや)(ころ)して(くだ)さい。199冥途(めいど)御座(ござ)虎公(とらこう)と、200()()()つて死出(しで)山路(やまみち)三途(さんづ)(かは)201(まへ)のデレ加減(かげん)(あざけ)(なが)ら、202極楽(ごくらく)(まゐ)りをする(ほど)に、203サア(はや)(ころ)しやいのう』
204三公(さんこう)『ハテさて()くも(のろ)けたものだなア。205虎公(とらこう)(やう)なしみつたれ(をとこ)の、206どこが()()つたのか、207合点(がつてん)のゆかぬ(こと)もあればあるものだなア』
208(あい)『ホツホヽヽ(なん)とマア(えら)(のろ)(かた)だこと、209何程(なんぼ)(まへ)(のろ)けしやんしても、210合縁(あひえん)奇縁(きえん)211(わたし)如何(どう)しても(むし)()きませぬわいな。212乍併(しかしながら)(この)(ひろ)()(なか)213蓼喰(たでく)(むし)()()きとやら、214(にが)煙草(たばこ)にも(よろこ)んで()ひつく(むし)があるのだから、215(まへ)(きら)はれた(をんな)に、216何時(いつ)(まで)未練(みれん)たらしい、217秋波(しうは)(おく)るよりも、218沢山(たくさん)乾児(こぶん)()つて御座(ござ)るのだから、219()つかちなつと、220(ちんば)なつと、221鼻曲(はなまが)りなつと(さが)()して、222女房(にようばう)()たしやんせ、223オホヽヽヽ、224()(どく)(さま)……』
225三公(さんこう)『コリヤお(あい)226(だま)つて()いて()れば、227(あま)りの過言(くわごん)でないか。228貴様(きさま)善言(ぜんげん)美詞(びし)言霊(ことたま)使(つか)へと(をし)ふる、229無抵抗(むていかう)主義(しゆぎ)三五教(あななひけう)信者(しんじや)ぢやないか。230そんな暴言(ばうげん)()いても、231天則(てんそく)違反(ゐはん)にはならないのか』
232(あい)『ヘン天則(てんそく)違反(ゐはん)()いて(あき)れますワイ。233大蛇(をろち)三公(さんこう)()蛆虫(うじむし)こそ、234天則(てんそく)違反(ゐはん)張本人(ちやうほんにん)だ。235あゝあ、236気味(きみ)(わる)い、237どうぞ、238そつちへよつて(くだ)さい。239()げさうになつて()ました』
240兼公(かねこう)『コリヤ(あま)ツちよ、241(やはら)かく()ればつけ()がり、242(なん)()劫託(がふたく)()ざくのだ。243それ(ほど)(ころ)して()しければ、244(ころ)してやらぬことはない。245乍併(しかしながら)246かやうなナイスを無残(むざ)々々(むざ)(ころ)すのも勿体(もつたい)ねえ。247ここは(ひと)思案(しあん)仕直(しなほ)して、248犠牲(ぎせい)になる(つも)りでウンと()つたら如何(どう)だ。249冥途(めいど)()つて虎公(とらこう)()ふなんて、250そんな(くも)(つか)(やう)(のぞ)みを(おこ)すな』
251(あい)『コレ(かね)252(まへ)()(まく)ぢやない、253スツ()んで()なさい。254すつ()んでゐるのが()()らねば、255()なと()んで()んだが()からう。256(まへ)(たち)(この)()()るものだから、257(こめ)(たか)うなる(ばか)りだ』
258兼公(かねこう)『あゝあ、259サツパリ駄目(だめ)だ。260乍併(しかしながら)261こんなシヤンに、262仮令(たとへ)悪口(あつこう)でも(ことば)をかけて(もら)うたと(おも)へば、263(おれ)光栄(くわうえい)だ、264アハヽヽヽ』
265(あい)『オホヽヽヽお(まへ)はヤツパリ(わたし)生命(いのち)()るのが()しいと()える。266甲斐性(かひしやう)のない(をとこ)だなア。267何程(なにほど)おどしても(すか)しても、268(やせ)てもこけても、269侠客(けふかく)(つま)270こんな(こと)屁古(へこ)たれて、271如何(どう)して(をつと)(かほ)()つものか。272これでも(うち)(かへ)れば、273沢山(たくさん)乾児(こぶん)に、274かしづかれ、275姉貴(あねき)々々(あねき)(うやま)はれる姐御(ねえ)さまだ。276(まへ)(やう)痩犬(やせいぬ)()えつかれて、277ビクつくやうな(こと)で、278侠客(けふかく)女房(にようばう)にはなれませぬぞや、279オホヽヽヽ。280あの兼公(かねこう)(あを)(かほ)わいのう』
281兼公(かねこう)(なん)剛情(がうじやう)姐貴(あねき)だなア。282これ(だけ)身動(みうご)きもならぬ(やう)(いまし)められ、283活殺(くわつさつ)自在(じざい)(けん)(にぎ)られた(てき)(まへ)で、284これ(だけ)劫託(がふたく)(なら)べるとは、285(ふて)度胸(どきよう)だ。286姐貴(あねき)287(おれ)感心(かんしん)した。288虎公(とらこう)()れたのも無理(むり)ではあるまい。289(おれ)今日(けふ)から姐貴(あねき)乾児(こぶん)になるワ』
290与三(よさ)『オイ兼公(かねこう)291ソリヤ貴様(きさま)292(なに)()ふのだ。293親分(おやぶん)(まへ)ぢやないか。294そんなこと(ぬか)すと、295貴様(きさま)一緒(いつしよ)(たた)んでやらうか』
296兼公(かねこう)『ヘン、297(なに)(ぬか)すのだい、298(はや)(たた)んで()しいワイ。299こんな(うつく)しいシヤンと一緒(いつしよ)心中(しんぢう)するのなら、300大光栄(だいくわうえい)だ。301(はや)(おれ)(たち)(たた)(ころ)して(しま)へ、302(その)(かは)りに(ひと)(たの)んでおくことがある。303(おな)(あな)(むか)(あは)せにして()けてくれ。304それ(だけ)(おれ)(たの)みだ』
305(あい)『ホツホヽヽ、306()かんたらしい。307(たれ)がお(まへ)()一緒(いつしよ)()けられて(たま)りますかい。308冥途(めいど)()つて(まで)309つきまとはれては、310(をつと)虎公(とらこう)にどんなに(おこ)られるか()れませぬわいな。311(まへ)勝手(かつて)(ころ)されなされ。312(わたし)にチツとも関係(くわんけい)はありませぬから……』
313兼公(かねこう)『エヽ(くち)(わる)(をんな)だなア。314(ひと)には()うて()い、315(うま)には()つて()いだ。316(いま)(まへ)(この)兼公(かねこう)をゲヂゲヂの(やう)(きら)つてゐるが、317冥途(めいど)()つて死出(しで)道伴(みちづ)れをするやうになつてから(おも)(あた)るだらう。318(ひと)()かけによらぬものだ、319こんな(をとこ)冥途(めいど)(たび)をするのなら、320仮令(たとへ)地獄(ぢごく)(かま)のドン(ぞこ)まで……と()つて、321くつついて(はな)れない(やう)になりますぞや』
322(あい)『オツホヽヽ、323三公(さんこう)受売(うけうり)をしても、324流行(はや)りませぬぞや。325エヽ(けが)らはしい、326其方(そつち)()つて(くだ)さい。327気持(きもち)(わる)(にほひ)のする(をとこ)だなア』
328三公(さんこう)『オイ与三(よさ)329モウ()うなつちや仕方(しかた)がない。330(あい)一人(ひとり)冥途(めいど)(たび)(さび)しからうから、331(いもうと)のお(うめ)一緒(いつしよ)にバラしてやれ。332(ついで)兼公(かねこう)裏返(うらがへ)(もの)も、333以後(いご)()せしめに血祭(ちまつ)りにして(しま)へ。334そうなくちや三公(さんこう)(かほ)()たねえ。335可哀相(かはいさう)なものだが、336こうなつちや、337()くに()かれぬ場合(ばあひ)だ、338アヽ(をし)(もの)だなア』
339 与三公(よさこう)矢庭(やには)(ふところ)から細紐(ほそひも)取出(とりだ)し、340兼公(かねこう)背後(はいご)より(くび)()つかけ、341二三間(にさんげん)引摺(ひきず)つた。342兼公(かねこう)(あご)をかけられたまま、343手足(てあし)をもがきつつ(くるし)んでゐる。344()つてかかつて大勢(おほぜい)乾児(こぶん)は、345兼公(かねこう)(からだ)をがんじ(がら)みに()いて(しま)つた。
346 今年(ことし)十五(じふご)(さい)になつた、347(あい)義妹(いもうと)のお(うめ)最前(さいぜん)から()(ふさ)ぎ、348素知(そし)らぬ(かほ)をして、349大勢(おほぜい)()(ぬす)(なが)ら、350自分(じぶん)(つな)をスツカリほどき、351依然(いぜん)として(しば)られた(やう)(ふう)(よそほ)うてゐた。352三公(さんこう)(はじ)一同(いちどう)(やつ)は、353(あい)(はう)()()られて、354(うめ)何時(いつ)とはなしに()んなことをしてゐるのに()がつかなかつたのである。
355 ()(やうや)()れかけた。356三公(さんこう)以前(いぜん)(いは)(うへ)(こし)(うち)かけ、357(さん)(にん)(ひや)やかに見下(みくだ)(なが)ら、
358三公(さんこう)『ソラ()て、359やつつけろ!』
360下知(げち)してゐる。361与三公(よさこう)(はじ)大勢(おほぜい)乾児(こぶん)(さん)(にん)()がけてバタバタと(かけ)より、362()つ、363()る、364(なぐ)る、365(たちま)修羅場(しゆらぢやう)現出(げんしゆつ)した。366()かる(ところ)(もり)(こだま)(ひび)かして、367宣伝歌(せんでんか)(きこ)えて()た。
368大正一一・九・一四 旧七・二三 松村真澄録)
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