霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二二章 蛙(かはづ)の口(くち)〔九六三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻 篇:第3篇 峠の達引 よみ(新仮名遣い):とうげのたてひき
章:第22章 蛙の口 よみ(新仮名遣い):かわずのくち 通し章番号:963
口述日:1922(大正11)年09月14日(旧07月23日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
矢方の村の大蛇の三公の館では、三公が子分たちの慰労会を開いていた。高公は、三公がお愛を殺し、二人の男を生き埋めにしたことを気分悪く思い、そのことを愚痴にしてやけ酒を飲んでいる。
徳公は、実は親分はお愛を殺しておらず、生きたまま息ができるようにして埋めておいて、自分に掘り出させて恩義を感じさせる計略なのだ、と酒の席で明かしてしまう。一方で六公たちを遣わして虎公を亡き者にし、お愛の心を靡かせようというのである。
与三公は、徳公にお愛を掘り出しに行けと催促するが、徳公は酒を飲みすぎて管を巻いている。そこへ六公の一団が帰ってきた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-09-20 13:43:27 文字数:4341 OBC :rm3422
愛善世界社版:278頁 八幡書店版:第6輯 462頁 修補版: 校定版:288頁 普及版:120頁 初版: ページ備考:
001 矢方(やかた)の村(むら)の大蛇(をろち)の三公(さんこう)が館(やかた)には、002何(なん)となく物騒(ものさわ)がしき声(こゑ)が聞(きこ)えて居(ゐ)る。003夜前(やぜん)の一件(いつけん)に就(つい)て、004三公(さんこう)は兄弟分(きやうだいぶん)や乾児(こぶん)に対(たい)し慰労会(ゐらうくわい)を催(もよほ)して居(ゐ)たのであつた。005数多(あまた)の乾児(こぶん)は久(ひさ)し振(ぶ)りにうまい酒(さけ)に酔(よ)うて、006口々(くちぐち)に四辺(あたり)構(かま)はず喋(しやべ)り出(だ)した。
007甲(かふ)(徳公)『オイ、008皆(みな)の奴(やつ)、009何(なん)と甘(うめ)え酒(さけ)で無(ね)えか。010俺(おれ)ア今日(けふ)で丁度(ちやうど)二(に)ケ月(げつ)ばかり斯(こ)んな甘(うめ)え酒(さけ)を飲(の)んだ事(こと)はないわ。011時々(ときどき)斯(こ)んな事(こと)があれば宜(え)えけどな』
012乙(おつ)(高公)『こりや、013徳(とく)、014貴様(きさま)はこんな水臭(みづくさ)い酒(さけ)を甘(うめ)えと吐(ぬか)しやがつたが、015余程(よほど)下司口(げすぐち)だな。016こんな酒(さけ)を飲(の)む位(ぐらゐ)なら泥水(どろみづ)でも飲(の)んだ方(はう)が、017何程(なにほど)気持(きもち)がいいか分(わか)りやしないよ』
018 徳(とく)は泣声(なきごゑ)になつて、
019徳公(とくこう)『こりや、020高公(たかこう)、021貴様(きさま)は何(なん)と云(い)ふ勿体(もつたい)無(ね)え事(こと)を言(い)ふのだ。022それ程(ほど)悪(わる)い酒(さけ)なら何故(なぜ)ガブガブと飲(の)んだのだい』
023高公(たかこう)『あまり此処(ここ)の親分(おやぶん)が無茶(むちや)な事(こと)をしやがるので癪(しやく)に触(さは)つて仕方(しかた)がないから、024焼糞(やけくそ)になつて一杯(いつぱい)飲(の)んでやつたのだ。025酒(さけ)なつと飲(の)まねばお愛(あい)の幽霊(いうれい)が何時(いつ)出(で)て来(く)るか分(わか)つたものぢやないわ、026小気味(こぎみ)が悪(わる)い。027それだから味(あぢ)なくもない嫌(きら)ひ……でも無(な)い酒(さけ)を辛抱(しんばふ)して飲(の)んでやるのだ』
028徳公(とくこう)『勿体(もつたい)ない事(こと)を言(い)ふな。029こんな結構(けつこう)な酒(さけ)があるものか。030貴様(きさま)今(いま)幽霊(いうれい)が出(で)ると吐(ぬか)しやがつたが、031生(いき)た人間(にんげん)は幽霊(いうれい)になつて堪(たま)るかい』
032高公(たかこう)『それだといつて、033お愛(あい)を現在(げんざい)殺(ころ)したぢやないか。034さうして二人(ふたり)の男(をとこ)をフン縛(じば)つて生埋(いきうめ)にしたぢやないか。035どんな強(つよ)い男(をとこ)だつて土中(どちう)に埋(う)められ、036あんな重(おも)たい石(いし)を載(の)せられちや往生(わうじやう)せずには居(を)られないわ。037屹度(きつと)今夜(こんや)あたり貴様(きさま)の素首(そつくび)を引(ひ)つこ抜(ぬ)きに来(く)るから用心(ようじん)せいよ』
038徳公(とくこう)『馬鹿(ばか)云(い)ふな。039そこには底(そこ)があり蓋(ふた)もあるのだ。040お愛(あい)の奴(やつ)ア決(けつ)して死(し)んでは居(ゐ)やせぬ。041彼奴(あいつ)ずるいから死真似(しにまね)をして居(ゐ)やがつたのだ。042親分(おやぶん)がちやんと其(その)呼吸(こきふ)を計(はか)つて死(し)んだにして了(しま)つたのだ。043外(ほか)の二人(ふたり)の奴(やつ)だつて其(その)通(とほ)り疵(きず)一(ひと)つした奴(やつ)はない、044兼公(かねこう)の野郎(やらう)でも只(ただ)縛(しば)りあげた丈(だけ)の事(こと)だ。045彼奴(あいつ)等(ら)三(さん)人(にん)を一所(いつしよ)にまつべて置(お)いたのは互(たがひ)の温味(ぬくみ)を保(たも)たす為(た)めだ。046そして頭(あたま)の処(ところ)に細(ほそ)い穴(あな)をあけ、047息(いき)の通(かよ)ふ様(やう)にしてあるのだよ。048そこは与三公(よさこう)哥兄(あにい)が呑(の)み込(こ)んで、049如才(じよさい)なくしてあるのだよ。050お前(まへ)は端(はし)くれの人足(にんそく)だからそこ迄(まで)は分(わか)るめえ』
051高公(たかこう)『それでも、052あれ丈(だ)け重(おも)たい石(いし)を沢山(たくさん)載(の)せられちや、053身体(からだ)も何(なに)も潰(め)げて了(しま)ふぢやないか』
054徳公(とくこう)『貴様(きさま)は馬鹿(ばか)だな。055あれ丈(だ)け親分(おやぶん)が恋慕(れんぼ)して居(ゐ)るお愛(あい)を、056さうムザムザと殺(ころ)しさうな筈(はず)があるかい。057之(これ)には深(ふか)い計略(けいりやく)があるのだ。058あの沢山(たくさん)に積(つ)んだ岩(いは)の下(した)には、059三(さん)人(にん)は決(けつ)して埋(いか)つてあるのぢやない。060うまく其(その)上(うへ)が外(はづ)してあるのだ』
061高公(たかこう)『何(なん)で又(また)そんな妙(めう)な事(こと)をしたのだい』
062徳公(とくこう)『馬鹿(ばか)だなア、063貴様(きさま)等(ら)には親分(おやぶん)の神謀(しんぼう)鬼策(きさく)は分(わか)るものぢやない。064秘密(ひみつ)を守(まも)るなら云(い)つて聞(き)かせてやらう。065如何(どう)だ他言(たごん)はせぬか』
066高公(たかこう)『決(けつ)して決(けつ)して誰(たれ)にも云(い)はないから、067俺(おれ)に其(その)訳(わけ)を聞(き)かして呉(く)れえ』
068徳公(とくこう)『やあ何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も酒(さけ)に喰(くら)ひ酔(よ)うて寝(ふせ)りよつたな。069与三公(よさこう)の哥兄(あにい)迄(まで)ズブ六(ろく)に酔(よ)うて居(を)らあ。070そんなら云(い)つてやらう。071抑(そもそ)も其(その)理由(りいう)は斯(こ)うだ。072此(この)徳公(とくこう)はな、073遠国(ゑんごく)から来(き)たものだからまだ虎公(とらこう)やお愛(あい)に顔(かほ)を見(み)られて居(を)らないのだ。074それを幸(さいはひ)に親分(おやぶん)から頼(たの)まれたのだ。075之(これ)から旅人(たびびと)の装束(しやうぞく)をして道(みち)に迷(まよ)うた様(やう)な顔(かほ)をし、076昨夕(ゆうべ)の喧嘩場(けんくわば)へやつて行(い)つて土(つち)をクワイクワイと掘上(ほりあ)げ、077三(さん)人(にん)の奴(やつ)を引張(ひつぱ)り出(だ)し先(ま)ず一番(いちばん)にお愛(あい)の縛(いましめ)を解(と)き親切(しんせつ)さうに水(みづ)でも飲(の)まし、078懐中(ふところ)から薬(くすり)でも出(だ)して与(あた)へてやり……何処(どこ)のお方(かた)か知(し)りませぬが危(あやふ)い事(こと)で御座(ござ)いました、079ネ、080わつちや旅(たび)の者(もの)でげえすが、081夜前(やぜん)此(この)辺(あたり)に大喧嘩(おほげんくわ)があつたと聞(き)き、082一寸(ちよつと)道寄(みちよ)りをして探(さが)して見(み)た処(ところ)、083御存(ごぞん)じの通(とほ)り此処(ここ)に此(この)様(やう)な大(おほ)きな石(いし)が積(つ)んである。084見(み)れば土(つち)は新(あたら)しい、085何(ど)うやら昨夜(さくや)の喧嘩(けんくわ)で何人(なにびと)かが殺(ころ)され、086埋(い)けられて居(ゐ)るのであらう。087あゝ気(き)の毒(どく)な、088何(なん)とかして助(たす)けてやらうと思(おも)ひやして、089之(これ)御覧(ごらん)なされ、090此(この)通(とほ)り大(おほ)きな石(いし)を此処(ここ)に積(つ)み上(あ)げ土(つち)を掻(か)き分(わ)けて見(み)れば、091貴方(あなた)等(がた)三(さん)人(にん)の御(ご)遭難(さうなん)、092此奴(こいつ)ア一(ひと)つ助(たす)けねばなるまいと、093秘蔵(ひざう)の薬(くすり)を与(あた)へ水(みづ)を飲(の)ませた処(ところ)が、094お前(まへ)は此(この)通(とほ)り生(い)き還(かへ)つて、095何(なん)と斯(こ)んな嬉(うれ)しい事(こと)は御座(ござ)いませぬ……と一(ひと)つかち込(こ)むのだ。096さうするとお愛(あい)の奴(やつ)、097優(やさ)しい目(め)をしやがつて……妾(わたし)は虎公(とらこう)と云(い)ふ男(をとこ)の女房(にようばう)で御座(ござ)いますが、098大蛇(をろち)の三公(さんこう)と云(い)ふ大親分(おほおやぶん)の為(た)めに斯(こ)んな目(め)に会(あ)はされ、099土(つち)の中(なか)に埋(う)められて死(し)んで了(しま)ふ処(ところ)で御座(ござ)いましたが、100お前(まへ)のお蔭(かげ)で可惜(あたら)生命(いのち)を助(たす)かり斯(こ)んな嬉(うれ)しい事(こと)は御座(ござ)いませぬ、101生命(いのち)の親(おや)の旅人(たびびと)様(さま)、102何卒(どうぞ)妾(わたし)を何時(いつ)迄(まで)も可愛(かあい)がつて下(くだ)さいませ、103虎公(とらこう)が何程(なにほど)偉(えら)いと云(い)つても、104女房(にようばう)がこれ丈(だ)け偉(えら)い目(め)に合(あ)うて居(ゐ)るのに、105夢(ゆめ)にも御存(ごぞん)じないとはあまり情(つれ)ない男(をとこ)だ。106何卒(どうぞ)旅(たび)の御(お)方(かた)、107妾(わたし)の力(ちから)になつて下(くだ)さい…ヘン…なんて吐(ぬか)しやがるのだ。108さアそうなれば占(し)めたものだよ。109そこで俺(おれ)が……これこれお女中(ぢよちう)、110お礼(れい)は却(かへつ)て痛(いた)み入(い)る。111世(よ)の中(なか)は相見互(あひみたがひ)だ……とかますのだ。112さうするとお愛(あい)の奴(やつ)は俺(おれ)の男前(をとこまへ)と気前(きまへ)にぞつこん惚込(ほれこ)みやがつて、113俺(おれ)が右(みぎ)へ向(む)けと云(い)へばハイと言(い)つて右(みぎ)を向(む)き、114左(ひだり)へ向(む)けと云(い)へばハイと云(い)つて左(ひだり)へ向(む)くなり、115死(し)ねと云(い)へばハイと云(い)つて死(し)ぬし、116肩(かた)を打(う)てと云(い)へば肩(かた)を打(う)つし、117随分(ずゐぶん)もてたものだよ。118オホヽヽヽ』
119高公(たかこう)『オイ徳(とく)、120涎(よだれ)が落(お)ちるぞ。121見(み)つとも無(な)い。122捕(とら)ぬ狸(たぬき)の皮算用(かはざんよう)しても駄目(だめ)だぞ』
123徳公(とくこう)『何(なに)、124大丈夫(だいぢやうぶ)だ。125チヤーンと確信(かくしん)があるのだから滅多(めつた)に外(はづ)れつこは無(な)いわ』
126高公(たかこう)『さうして其(その)お愛(あい)を手(て)に入(いれ)て貴様(きさま)の者(もの)にするのか。127大親分(おほおやぶん)に返上(へんじやう)するのだらうな』
128徳公(とくこう)『そこは、129うまく徳公(とくこう)の弁舌(べんぜつ)でチヨロまかし、130或(ある)山奥(やまおく)へ手(て)に手(て)を取(と)つて忍(しの)び入(い)り、131一寸(ちよつと)した小屋(こや)を結(むす)んで……お前(まへ)と妾(わたし)と添(そ)ふならば、132竹(たけ)の柱(はしら)に萱(かや)の屋根(やね)、133虎(とら)狼(おほかみ)の棲処(すみか)でも決(けつ)して厭(いと)ひはせぬ程(ほど)に、134コレ徳(とく)さま、135何卒(どうぞ)妾(わたし)を何(いづ)れの山奥(やまおく)なりと連(つ)れて往(い)つて下(くだ)さい。136虎公(とらこう)や大蛇(をろち)の三公(さんこう)にでも見付(みつ)けられたら大変(たいへん)だから……と向方(むかう)から急(せ)きたてられるのだ。137そこで態(わざ)と此(この)徳公(とくこう)は落(お)ちつき払(はら)ひ……これお愛(あい)、138天下(てんか)無双(むさう)の英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)、139此(この)徳公(とくこう)が居(ゐ)る間(あひだ)は虎公(とらこう)の千匹(せんびき)や万匹(まんびき)、140又(また)大蛇(をろち)の三公(さんこう)がどんなに不足相(ふそくさう)に云(い)つて来(き)ても大丈夫(だいぢやうぶ)だ……と太(ふと)う出(で)てやるのだ。141さうするとお愛(あい)の奴(やつ)……否々(いやいや)何程(なにほど)お前(まへ)が強(つよ)うても、142欺(だま)すに手(て)なしと云(い)ふ事(こと)が御座(ござ)んす。143さあ一(いち)時(じ)も早(はや)く妾(わたし)を奥山(おくやま)へ連(つ)れていつて下(くだ)さい……とお出(い)で遊(あそ)ばすにチヤンと定(きま)つてるのだ。144そこで此(この)徳公(とくこう)が……エー仕方(しかた)がない、145女子(ぢよし)と小人(せうにん)は養(やしな)ひ難(がた)しだ、146然(しか)しお前(まへ)がそれ程(ほど)怖(こわ)がるのなら俺(おれ)が一(ひと)つ山奥(やまおく)迄(まで)送(おく)つてやらう。147然(しか)し決(けつ)して夫婦(ふうふ)にならう等(など)との野心(やしん)を起(おこ)しちや可(い)けないぞ……と高尚(かうしやう)に出(で)るのだ。148さうするとお愛(あい)の奴(やつ)、149益々(ますます)感心(かんしん)しやがつて、150終(しま)ひの果(は)てにや本気(ほんき)になつて惚(ほ)れて来(き)やがるのだ。151その時(とき)甘(あま)い顔(かほ)しちや可(い)けない。152ピンと一(ひと)つ肱鉄砲(ひぢでつぱう)を喰(か)ますのだ。153……思(おも)ひきつて……さうするとお愛(あい)の奴(やつ)益々(ますます)恋慕心(れんぼしん)が募(つの)つて来(く)る。154弾(はじ)かれた女(をんな)には益々(ますます)男(をとこ)が熱心(ねつしん)になる様(やう)に、155女(をんな)の意地(いぢ)を立(た)てておかねばならないと妙(めう)な処(ところ)に力(ちから)を入(い)れて、156俺(おれ)を手込(てご)みにしようとするのだ。157そこで俺(おれ)はツンと澄(す)ました顔(かほ)して……これこれ女(をんな)の身(み)としてあられもない事(こと)をなさいますな。158みつともない……と喰(くら)はすのだ。159お愛(あい)の奴(やつ)益々(ますます)カツカとなり…(サワリ)ほんにまあ女(をんな)の心(こころ)と男(をとこ)とは、160夫(それ)ほど迄(まで)に違(ちが)ふものかいな。161生命(いのち)の親(おや)と思(おも)ひつめ、162ホンに気(き)の利(き)いた男(をとこ)ぢやと、163思(おも)ひ初(そ)めたが病(や)みつきで、164恋(こひ)の虜(とりこ)となりました。165もう斯(こ)うなる上(うへ)は徳公(とくこう)さま、166焚(た)いて喰(く)はうと煎(い)つて炙(あぶ)つて喰(く)はうとも、167貴方(あなた)のお好(す)きに紫壇竿(しだんざを)、168一筋縄(ひとすぢなは)で行(ゆ)かぬ此(この)女(をんな)、169何卒(どうぞ)三筋(みすぢ)の糸(いと)で引(ひ)き殺(ころ)して下(くだ)しやんせ、170拝(をが)むわいなと手(て)を合(あは)し、171口説(くど)き嘆(なげ)けば徳公(とくこう)も、172轟(とどろ)く胸(むね)をジツと抑(おさ)へ、173お前(まへ)の心(こころ)は察(さつ)すれども、174此(この)徳公(とくこう)にも国許(くにもと)には可愛(かあい)い女房(にようばう)がある。175如何(どう)して二度目(にどめ)の妻(つま)が持(も)たれようか。176そこ放(はな)しや……プリンと背中(せなか)を向(む)けるのだ。177さうするとお愛(あい)の奴(やつ)……そんならもう仕方(しかた)がない、178妾(わたし)は之(これ)で死(し)にます……と九寸(くすん)五分(ごぶ)をスラリと引(ひ)き抜(ぬ)き、179アハヤ喉(のんど)につき立(た)てむとする。180徳公(とくこう)慌(あはただ)しく引(ひ)き止(と)め……やれ待(ま)てお愛(あい)、181お前(まへ)の心底(しんてい)見届(みとど)けた。182此(この)世(よ)は愚(おろ)か七生(しちしやう)迄(まで)も誠(まこと)の夫婦(ふうふ)……と喰(くは)すと宜(よ)いのだが、183其処(そこ)はそれ、184大蛇(をろち)の三公(さんこう)と云(い)ふ大親分(おほおやぶん)が後(あと)に控(ひか)へて居(ゐ)るのだから、185お愛(あい)を山奥(やまおく)の一(ひと)つ家(や)に連(つ)れ行(ゆ)き……これお愛(あい)どの、186一寸(ちよつと)此(この)徳公(とくこう)は買物(かひもの)にいつて来(く)るから、187淋(さび)しからうが留守(るす)をして下(くだ)さい。188直(すぐ)に帰(かへ)つて来(く)るから……と喰(か)まして置(お)いてフイと其処(そこ)を外(はづ)すのだ。189さうすると大蛇(をろち)の親分(おやぶん)が、190与三公(よさこう)、191勘公(かんこう)等(ら)の面々(めんめん)を引(ひ)き連(つ)れ、192其(その)小屋(こや)を十重(とへ)二十重(はたへ)に取(と)り巻(ま)かせ置(お)き、193自分(じぶん)が否応(いやおう)云(い)はさず責(せ)め立(た)てるのだ。194何程(なにほど)嫌(いや)がつた女(をんな)でも、195一辺(いつぺん)ウンと云(い)はすれば、196もう此方(こつち)の者(もの)だ。197チヤンと斯(こ)んな段取(だんどり)が出来(でき)て居(ゐ)るのだから驚(おどろ)いたものだらう。198俺(おれ)の責任(せきにん)も重(ぢう)且(かつ)大(だい)なりと云(い)ふべしだ』
199と云(い)ひ乍(なが)ら、200一升(いつしよう)徳利(どくり)の口(くち)から又(また)もや喇叭(らつぱ)飲(の)みを初(はじ)める。201与三公(よさこう)は此(この)場(ば)に行歩(かうほ)蹣跚(まんさん)として現(あら)はれ来(きた)り、
202与三(よさ)『やあ何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も意地(いぢ)汚(きたな)く酒(さけ)に酔(よ)ひ潰(つぶ)れて寝(ね)て居(ゐ)やがるな。203何(なん)だ、204そこら中(ぢう)に八百屋(はほや)を開店(かいてん)しやがつて臭(くさ)くて居(を)られたものぢやない。205ヤアお前(まへ)は徳公(とくこう)じやないか』
206徳公(とくこう)『へい、207徳利(とつくり)で御座(ござ)います。208トクとお改(あらた)め下(くだ)さいませ。209徳公(とくこう)の徳利飲(とつくりの)みでげえすから何卒(どうぞ)トク心(しん)の行(ゆ)くとこ迄(まで)飲(の)まして下(くだ)さい。210お愛(あい)に又(また)トクりと納(なつ)トクをさせねばなりませぬ。211トク命(めい)全権(ぜんけん)公使(こうし)だからトクに大目(おほめ)に見(み)て下(くだ)さいませ』
212与三(よさ)『そんな事(こと)でトク別(べつ)の使命(しめい)が勤(つと)まると思(おも)ふか。213もう時刻(じこく)だ。214トクトク行(ゆ)かねばなるまいぞ。215貴様(きさま)は酒癖(さけくせ)が悪(わる)いからトクりと心中(しんぢう)するかも知(し)れやしない。216トクりと考(かんが)へて見(み)よ』
217徳公(とくこう)『八釜(やかま)しう云(い)ふない。218俺(おれ)だけはトク別(べつ)待遇(たいぐう)をやつて呉(く)れ。219斯(こ)んな役(やく)に行(ゆ)くのは俺(おい)ら一寸(ちよつと)気(き)が進(すす)まないのではないけれどな、220本当(ほんたう)の事(こと)を言(い)へば哥兄(あにい)、221お前(まへ)がトク派(は)される処(ところ)だつたが、222生憎(あいにく)トク(禿(とく))頭病(とうびやう)の様(やう)な頭(あたま)をして居(ゐ)るから、223お愛(あい)の奴(やつ)によく顔(かほ)を知(し)られて居(を)るなり、224又(また)其(その)様(やう)な土瓶(どびん)章魚(たこ)禿(はげ)ではお愛(あい)だつて釣(つ)れはしないし、225如何(どう)しても此(この)徳公(とくこう)ぢやなくちや勤(つと)まらないのだから、226トク別(べつ)大切(たいせつ)にするのだよ』
227与三(よさ)『エヽ俺(おれ)の頭(あたま)の批評(ひへう)までしやがつて仕方(しかた)の無(ね)え奴(やつ)だ。228貴様(きさま)は如何(どう)やら秘密(ひみつ)を此(この)高公(たかこう)に打(うち)あけた様(やう)だ。229よもやそんな事(こと)あ致(いた)しちや居(を)るまいなア』
230徳公(とくこう)『高(たか)が知(し)れた高公(たかこう)位(くらゐ)に言(い)つた処(ところ)で、231ナニそれが邪魔(じやま)になりますけエ。232高(たか)を括(くく)つて云(い)つたのだからそう声高(こはだか)にケンケン云(い)つて下(くだ)さるな。233相互(たがひ)に迷惑(めいわく)だからエヽガラガラガラ、234エ、235酒(さけ)の奴(やつ)、236あと戻(もど)りをしやがる。237怪(け)しからぬ奴(やつ)だ、238ウンウンウン』
239与三(よさ)『いい加減(かげん)に準備(こしらへ)をして行(ゆ)かないと遅(おそ)くなるぞ』
240徳公(とくこう)『八釜(やかま)しう云(い)ふない。241死(し)んだつて何(なん)だい。242お愛(あい)が俺(おれ)の女房(にようばう)になると云(い)ふではなし、243折角(せつかく)骨(ほね)を折(を)つて成功(せいこう)さした処(ところ)が鹿猪(ろくちよ)つきて猟狗(れふく)煮(に)らると云(い)ふ様(やう)な目(め)に会(あ)ふかも知(し)れないからな。244まあ酒(さけ)の飲(の)まれる時(とき)に飲(の)んだ方(はう)が余程(よほど)利口(りこう)だなア。245自分(じぶん)の思(おも)ふ様(やう)にするのが人間(にんげん)と生(うま)れた身(み)の一生(いつしやう)の徳利(とくり)だ。246オツハツヽヽヽ』
247 斯(か)く管(くだ)を巻(ま)く処(ところ)へ門前(もんぜん)俄(にはか)に騒(さわ)がしき人(ひと)の足音(あしおと)……其処(そこ)へ勘公(かんこう)がやつて来(き)て、
248勘公(かんこう)『オイ皆(みな)の奴(やつ)、249宜(よ)い加減(かげん)に起(お)きぬか。250今(いま)六公(ろくこう)が帰(かへ)つて来(き)たから席(せき)をあけねばなるまい』
251 此(この)声(こゑ)に一同(いちどう)はムクムクと頭(あたま)を上(あ)げ、252ヒヨロヒヨロし乍(なが)ら裏(うら)の田圃(たんぼ)へ駆出(かけだ)し、253風(かぜ)に酒(さけ)の酔(ゑい)を醒(さ)まして居(ゐ)る。
254(大正一一・九・一四 旧七・二三 北村隆光録)
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