霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二〇章 玉卜(たまうらなひ)〔九六一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻 篇:第3篇 峠の達引 よみ(新仮名遣い):とうげのたてひき
章:第20章 玉卜 よみ(新仮名遣い):たまうらない 通し章番号:961
口述日:1922(大正11)年09月14日(旧07月23日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年12月10日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
建日館の奥の間では、建日別と建能姫が、黒姫の子供を思う真心に感じて讃え、また心配していた。また建日別は、建能姫の諭しにより、自分の両親探しについても神様の御心に任せようと決心をあらわした。
そこへ虎公と玉公が子分たちを連れて、建日別と建能姫に別れの挨拶にやってきた。建国別はもっとゆっくりしていくようにと言うが、玉公の所持する水晶玉の変異により、虎公は留守に不安を感じているからと別れを告げた。
建日別は何事もないように神前に祈願をしておくからと虎公たちに言葉をかけた。一同は建日別の心に感謝して館を去った。
虎公は、玉公とその他三人を連れて駆け出した。足拍子を取りながら、留守宅の不安を宣伝歌に歌いながら息をはずませて帰って行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-09-19 11:17:16 文字数:4656 OBC :rm3420
愛善世界社版:253頁 八幡書店版:第6輯 454頁 修補版: 校定版:264頁 普及版:111頁 初版: ページ備考:
001 建日(たけひ)の館(やかた)の奥(おく)の間(ま)には主(あるじ)の建国別(たけくにわけ)、002妻(つま)の建能姫(たけのひめ)は差向(さしむか)ひとなつて、003ヒソビソと話(はなし)に耽(ふけ)つてゐる。
004建能姫(たけのひめ)『御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、005今日(けふ)は意外(いぐわい)なお客(きやく)さまでごさいましたが、006あの黒姫(くろひめ)様(さま)といふお方(かた)も随分(ずゐぶん)御(ご)苦労(くらう)を遊(あそ)ばした様(やう)で御座(ござ)いますなア。007どこともなしに面(おも)やつれをなさつてゐらられた所(ところ)を見(み)れば、008余程(よほど)息子(むすこ)さまの事(こと)に就(つい)て、009お気(き)をもませられたと見(み)えまするなア』
010建国別(たけくにわけ)『さうですなア、011併(しか)し乍(なが)ら親(おや)と云(い)ふものは有難(ありがた)いものです。012私(わたくし)が若(も)しや自分(じぶん)の子(こ)ではあるまいかとワザワザ寄(よ)つて下(くだ)さつた其(その)お志(こころざし)は、013本当(ほんたう)に清(きよ)い美(うつく)しい慈愛(じあい)が籠(こも)つて居(を)ります。014私(わたくし)も両親(りやうしん)が此(この)世(よ)に達者(たつしや)でゐられたならば、015あの黒姫(くろひめ)様(さま)の様(やう)な慈愛(じあい)の心(こころ)を以(もつ)て、016捜(さが)してゐらつしやるでせう。017此(こ)れを思(おも)へば神(かみ)様(さま)や親(おや)の恩(おん)が有難(ありがた)くて涙(なみだ)がこぼれます。018あゝ私(わたくし)の両親(りやうしん)はどこに如何(どう)して御座(ござ)るやら、019私(わたくし)も両親(りやうしん)に会(あ)ひたい計(ばか)りで、020神(かみ)様(さま)を信(しん)じ、021今日(こんにち)は此(この)様(やう)な結構(けつこう)な宣伝使(せんでんし)に仕上(しあ)げて頂(いただ)きました。022もしも私(わたくし)に歴乎(れつき)とした両親(りやうしん)があり、023幼少(えうせう)から親(おや)の膝元(ひざもと)に育(そだ)てられて居(を)つたならば、024安逸(あんいつ)に流(なが)れて、025到底(たうてい)結構(けつこう)な神(かみ)様(さま)の道(みち)を開(ひら)く事(こと)は出来(でき)ますまい。026之(これ)を思(おも)へば両親(りやうしん)の行方(ゆくへ)が知(し)れぬのも、027却(かへつ)て私(わたくし)の身(み)の幸福(かうふく)、028神(かみ)様(さま)の深(ふか)き広(ひろ)き思召(おぼしめし)で御座(ござ)いませう』
029建能姫(たけのひめ)『さうで御座(ござ)いませう。030神(かみ)様(さま)は遠近(ゑんきん)広狭(くわうけふ)大小(だいせう)明暗(めいあん)の区別(くべつ)なく、031御(お)見(み)すかし遊(あそ)ばしてゐられますから、032御(ご)両親(りやうしん)の所在(ありか)もキツと御(お)分(わか)りになつて居(ゐ)るに違(ちが)ひ御座(ござ)いませぬ。033され共(ども)何時(いつ)の神懸(かむがか)りにも、034両親(りやうしん)の所在(ありか)をいくら尋(たづ)ねても、035口(くち)をつぐんで、036一言(いちげん)半句(はんく)の宣示(せんじ)もして下(くだ)さらぬのは、037要(えう)するに吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)を憐(あはれ)み玉(たま)ひ、038立派(りつぱ)な神司(かむつかさ)に仕立(した)て上(あ)げてやらうとの、039情(なさけ)の鞭(むち)で御座(ござ)いませう。040神(かみ)様(さま)の御(お)目(め)より御覧(ごらん)になつて、041モウあれは大丈夫(だいぢやうぶ)だ、042誠(まこと)が貫徹(くわんてつ)したと思召(おぼしめ)したらキツと所在(ありか)を知(し)らして下(くだ)さいませう。043又(また)何(なに)かの都合(つがふ)で、044御(ご)両親(りやうしん)様(さま)を居(ゐ)乍(なが)ら、045ここへ引(ひき)よせて下(くだ)さるかも知(し)れませぬ。046どうぞ取越(とりこし)苦労(くらう)をせない様(やう)にして下(くだ)さいませ』
047建国別(たけくにわけ)『さうですなア。048モウ両親(りやうしん)の事(こと)は今日(けふ)限(かぎ)り思(おも)ひますまい。049何程(なにほど)気(き)をいらつても、050人間(にんげん)として如何(どう)する事(こと)も出来(でき)ませぬから、051それよりも神(かみ)様(さま)の為(ため)、052世人(よびと)の為(ため)に宣伝使(せんでんし)たるの最善(さいぜん)の努力(どりよく)を尽(つく)すのが何(なに)よりで御座(ござ)いませう』
053建能姫(たけのひめ)『あゝよく言(い)つて下(くだ)さいました。054何事(なにごと)も今後(こんご)は大神(おほかみ)様(さま)の御心(みこころ)に任(まか)し、055妾(わらは)がこんな事(こと)申(まを)してはすみませぬが、056御(ご)両親(りやうしん)様(さま)の事(こと)は、057神(かみ)様(さま)がよき様(やう)にお守(まも)り下(くだ)さるでせうから思(おも)ひ切(き)つて下(くだ)さいませ。058決(けつ)して妾(わらは)があなたの御(ご)両親(りやうしん)を袖(そで)に思(おも)つて申(まを)すのでは御座(ござ)いませぬ。059あなたの幸福(かうふく)の為(ため)、060御(ご)両親(りやうしん)の為(ため)に申上(まをしあ)げるので御座(ござ)いますから……』
061建国別(たけくにわけ)『私(わたくし)が何時(いつ)も両親(りやうしん)の事(こと)を思(おも)うてむつかしい顔(かほ)をしてゐましたのを、062貴女(あなた)は余程(よほど)不快(ふくわい)に思(おも)へたでせうなア』
063建能姫(たけのひめ)『ハイ、064別(べつ)に不快(ふくわい)には思(おも)ひませぬが、065御(ご)主人(しゆじん)様(さま)の御(ご)憂苦(いうく)の色(いろ)が何時(いつ)とはなしに御(お)顔(かほ)に表(あら)はれますので、066御(お)体(からだ)に障(さは)りはせないかと、067夫(そ)れ計(ばか)り心配(しんぱい)を致(いた)しました。068どうぞ只今(ただいま)限(かぎ)り、069麗(うるは)しいお顔(かほ)を見(み)せて下(くだ)さいませや』
070建国別(たけくにわけ)『本当(ほんたう)に心配(しんぱい)をかけて済(す)みませなんだ。071今日(けふ)限(かぎ)り神(かみ)様(さま)に任(まか)して、072両親(りやうしん)の事(こと)は心配(しんぱい)致(いた)しますまい。073今後(こんご)は只(ただ)一言(ひとこと)たりとも、074悔(くや)み言(ごと)は申(まを)しませぬから安心(あんしん)して下(くだ)さい。075言(い)ひ納(をさ)めに一口(ひとくち)あなたに話(はな)したいのは、076あの黒姫(くろひめ)さまの詞尻(ことばじり)、077何(なん)とはなしに縁由(ゆかり)ありげに感(かん)じましたが、078貴女(あなた)は如何(いかが)御(お)考(かんが)へですか』
079建能姫(たけのひめ)『ハイ妾(わらは)も黒姫(くろひめ)様(さま)は何(なに)か心(こころ)に当(あた)る事(こと)がお有(あ)りなさる様(やう)に存(ぞん)じました。080併(しか)し乍(なが)ら黒姫(くろひめ)様(さま)は妾(わらは)とは違(ちが)ひ、081お年(とし)を老(と)つてゐられますから、082世(よ)の中(なか)の酸(す)いも甘(あま)いもよく御存(ごぞん)じの筈(はず)、083それ故(ゆゑ)今(いま)心当(こころあた)りがあると言(い)つては、084折角(せつかく)の修業(しうげふ)が破(やぶ)れはせぬかと、085深(ふか)い思召(おぼしめし)を以(もつ)て仰有(おつしや)つて下(くだ)さらなかつたのでせう。086併(しか)し吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)の真心(まごころ)が通(とほ)りさへすれば、087黒姫(くろひめ)様(さま)も知(し)らして下(くだ)さるでせう。088モウ一(ひと)つ念(ねん)を押(お)してお尋(たづ)ねしたいのは山々(やまやま)で御座(ござ)いましたが、089何(なに)を云(い)つても神(かみ)様(さま)に仕(つか)へる身(み)の上(うへ)のあなた様(さま)、090神(かみ)様(さま)の道(みち)を次(つぎ)にして、091吾(わが)身(み)勝手(かつて)な両親(りやうしん)の事(こと)計(ばか)りを熱心(ねつしん)に尋(たづ)ねると思(おも)はれては、092第一(だいいち)主人(しゆじん)の名折(なを)れ……と存(ぞん)じまして、093控(ひか)へて居(を)りました。094どうやら此(この)世(よ)に御座(ござ)るのに間違(まちがひ)はない様(やう)に存(ぞん)じます』
095建国別(たけくにわけ)『あゝ貴女(あなた)もそう感(かん)じられましたか、096私(わたくし)もそうだらうと存(ぞん)じて居(を)ります。097何(なん)だか黒姫(くろひめ)様(さま)にお目(め)にかかつてから、098心強(こころづよ)くなつて来(き)ました。099確(たし)かな手掛(てがか)りが出来(でき)たやうな心持(こころもち)が致(いた)します。100併(しか)し建能姫(たけのひめ)殿(どの)、101これ限(かぎ)り、102モウ両親(りやうしん)の事(こと)は惟神(かむながら)に任(まか)して、103申(まを)しますまい』
104建能姫(たけのひめ)『有難(ありがた)う御座(ござ)います、105妾(わらは)も安心(あんしん)致(いた)しました』
106 斯(か)かる所(ところ)へ虎公(とらこう)、107玉公(たまこう)の両人(りやうにん)は三(さん)人(にん)の乾児(こぶん)と共(とも)に、108恐(おそ)る恐(おそ)る現(あら)はれ来(きた)り、109襖(ふすま)の外(そと)より、
110虎公(とらこう)『御(ご)主人(しゆじん)様(さま)、111大先生(だいせんせい)様(さま)、112突然(とつぜん)参(まゐ)りまして、113偉(えら)い御(ご)馳走(ちそう)に預(あづか)りました。114これでお暇(いとま)を致(いた)します。115又(また)更(あらた)めて御(お)礼(れい)に参(まゐ)りますから、116御(ご)夫婦(ふうふ)共(とも)御(ご)壮健(さうけん)に御(お)暮(くら)し下(くだ)さいませ』
117と云(い)ふのは虎公(とらこう)の声(こゑ)であつた。
118 建能姫(たけのひめ)は襖(ふすま)を静(しづ)かに開(ひら)き、
119建能姫(たけのひめ)『これはこれは武野(たけの)の村(むら)の親分(おやぶん)さま、120サアどうぞ御(ご)遠慮(ゑんりよ)なしに此方(こちら)へ御(お)通(とほ)り下(くだ)さいませ』
121虎公(とらこう)『イヤどうも偉(えら)い御(ご)馳走(ちそう)になりました、122余(あま)り酩酊(めいてい)を致(いた)して居(を)りますので、123失礼(しつれい)で御座(ござ)いますから、124此処(ここ)で御免(ごめん)を蒙(かうむ)りませう』
125建国別(たけくにわけ)『虎公(とらこう)さま、126どうぞゆつくりして下(くだ)さい。127今日(けふ)は私(わたくし)の祝日(しゆくじつ)で御座(ござ)いますから、128十分(じふぶん)に酔(よ)うて頂(いただ)かねばなりませぬ。129余(あま)りお早(はや)いぢや御座(ござ)いませぬか。130どうぞ今晩(こんばん)はゆつくりとお泊(とま)り下(くだ)さいまして、131面白(おもしろ)い話(はなし)でも聞(き)かせて下(くだ)さいませ』
132虎公(とらこう)『ハイ、133御(ご)親切(しんせつ)は有難(ありがた)う御座(ござ)いますが、134今(いま)ここに参(まゐ)つて居(を)りまする玉公(たまこう)の所持(しよぢ)致(いた)して居(を)る、135日(ひ)の出神(でのかみ)様(さま)から賜(たま)はつたと云(い)ふ水晶玉(すいしやうだま)に変異(へんい)が現(あら)はれまして、136どうも気(き)がかりでなりませぬ。137玉(たま)に映(うつ)つた曇(くも)りより判断(はんだん)して見(み)ますれば、138私(わたくし)の不在宅(るすたく)に、139何(なん)だか変(かは)つた事(こと)が出来(でき)たやうで御座(ござ)いますから、140私(わたくし)も何(なん)だか気(き)がイライラしてなりませぬから、141今日(けふ)はこれでお暇(いとま)を致(いた)します』
142建国別(たけくにわけ)『それは御(ご)心配(しんぱい)で御座(ござ)いませう。143コレ玉公(たまこう)、144大(たい)した事(こと)は御座(ござ)いませぬかなア』
145玉公(たまこう)『ハイ、146私(わたくし)の経験(けいけん)に依(よ)れば、147親分(おやぶん)の宅(うち)に大変(たいへん)な事(こと)が起(おこ)つてゐる様(やう)に感(かん)じます。148併(しか)し乍(なが)ら結局(けつきよく)は何(なん)ともないと云(い)ふ象(かたち)が表(あら)はれて居(を)りますが、149グヅグヅして居(を)つては、150事件(じけん)が益々(ますます)大(おほ)きく、151むつかしくなる虞(おそれ)が御座(ござ)いますから、152是(これ)で御(お)暇(いとま)を致(いた)します』
153建国別(たけくにわけ)『そう仰有(おつしや)れば是非(ぜひ)は御座(ござ)いませぬ。154お留守宅(るすたく)に何事(なにごと)も無(な)い様(やう)に、155是(これ)から吾々(われわれ)夫婦(ふうふ)が、156神前(しんぜん)に御(ご)祈願(きぐわん)を致(いた)しておきますから、157安心(あんしん)して御(お)帰(かへ)り下(くだ)さいませ』
158虎公(とらこう)『ハイ有難(ありがた)う御座(ござ)います』
159と涙(なみだ)を流(なが)し乍(なが)ら、160再拝(さいはい)して一同(いちどう)も共(とも)に此(この)場(ば)を立去(たちさ)り、161イソイソと出(い)でて行(ゆ)く。
162 虎公(とらこう)の一行(いつかう)は表門(おもてもん)迄(まで)やつて来(き)た。163門番(もんばん)の幾公(いくこう)は祝酒(いはひざけ)に酔(よ)ひつぶれ、164まはらぬ舌(した)にて、
165幾公(いくこう)『オイ虎公(とらこう)の親分(おやぶん)、166チツと早(はや)いぢやないか。167モツとゆつくり俺(おいら)と一杯(いつぱい)やらうぢやないか。168何程(なにほど)急(いそ)いだとて、169日(ひ)の暮(く)れる時(とき)にやヤツパリ暮(く)れるのだからなア』
170虎公(とらこう)『ウン有難(ありがた)う。171併(しか)し今日(けふ)は何(なん)とはなしに、172胸騒(むなさわ)ぎがしてならぬから、173一先(ひとま)づ帰(かへ)る事(こと)にする、174又(また)更(あらた)めて遊(あそ)びに来(く)るワ。175貴様(きさま)も御(ご)主人(しゆじん)様(さま)に、176一(いち)日(にち)のお暇(ひま)を頂(いただ)いて遊(あそ)びに来(こ)い、177酒(さけ)は幾(いく)らでも用意(ようい)がしてあるからな』
178幾公(いくこう)『イクともイクとも、179イク度(たび)となくイクぞよ。180モウお前(まへ)の様(やう)な酒(さけ)喰(くら)ひは懲(こ)り懲(こ)りだ……などとイク地(ぢ)のない事(こと)を云(い)はぬ様(やう)に頼(たの)むぞよ』
181虎公(とらこう)『アハヽヽヽヽ痩(や)せてもこけても、182武野村(たけのむら)の虎公(とらこう)だ。183貴様(きさま)が幾(いく)ら酒(さけ)を飲(の)んだつて、184そんな事(こと)に尾(を)を巻(ま)くやうな、185吝(けち)くせえ兄貴(あにき)ぢやねえワ』
186幾公(いくこう)『それでも今(いま)親分(おやぶん)、187胸騒(むなさわ)ぎがすると云(い)つたぢやないか。188余(あま)りガブガブと酒(さけ)を飲(の)まれると、189胸(むな)さわぎするからなア。190俺(おいら)も何(なん)だかハートに動悸(どうき)が打(う)ちやがつて、191胸騒(むなさわ)ぎがして仕様(しやう)がないワ』
192虎公(とらこう)『アハヽヽヽそりや貴様(きさま)は意地(いぢ)汚(きたな)く、193無理(むり)に酒(さけ)を喰(くら)ふから、194動悸(どうき)がうつのだ。195いゝ加減(かげん)に心得(こころえ)て、196酒(さけ)を呑(の)むのはよいが、197酒(さけ)に呑(の)まれぬ様(やう)にしたがよからうぞ』
198幾公(いくこう)『ヤツパリ吝(けち)くさい事(こと)を言(い)ふ親分(おやぶん)だなア。199オイ親分(おやぶん)一寸(ちよつと)待(ま)て、200ここに一升(いつしよう)徳利(どくり)が盗(ぬす)んで来(き)てあるワ。201是(これ)でもグツと一口(ひとくち)呑(の)んで帰(かへ)つて呉(く)れ』
202虎公(とらこう)『ヤア其奴(そいつ)ア有難(ありがた)い、203この儘(まま)預(あづか)つて行(ゆ)く』
204と云(い)ひ乍(なが)ら、205幾公(いくこう)の手(て)より一升(いつしよう)徳利(どくり)を引(ひ)つたくり、
206虎公(とらこう)『玉公(たまこう)、207来(きた)れ!』
208と尻端折(しりはしを)つて、209門前(もんぜん)の小径(こみち)を一生(いつしやう)懸命(けんめい)駆出(かけだ)した。
210 虎公(とらこう)は走(はし)り乍(なが)ら足拍子(あしびやうし)を取(と)つて唄(うた)ひ出(だ)した。
211虎公(とらこう)『ウントコドツコイドツコイシヨ
212建国別(たけくにわけ)の御(お)館(やかた)で
213一周(いつしう)年(ねん)の祝宴(しゆくえん)に
214ドツサリよばれてウントコシヨ
215ドツコイドツコイづぶ六(ろく)に
216酔(よ)うて了(しま)つた虎公(とらこう)が
217其(その)足並(あしなみ)は千鳥足(ちどりあし)
218そこらの道(みち)が二筋(ふたすぢ)も
219三筋(みすぢ)も四筋(よすぢ)も見(み)えて来(き)た
220玉公(たまこう)の顔(かほ)まで色々(いろいろ)と
221細(ほそ)くなつたりドツコイシヨ
222丸(まる)くなつたり三(みつ)つ四(よ)つ
223同(おんな)じ顔(かほ)が並(なら)び出(だ)す
224どうしてこんなウントコシヨ
225怪体(けたい)な事(こと)になつただろ
226玉公(たまこう)が持(も)つてる水晶(すゐしやう)の
227玉(たま)の卜筮(うらなひ)伺(うかが)へば
228何(なん)だか知(し)らぬが俺(おれ)の宅(うち)
229変(かは)つた事(こと)が出来(でき)てゐる
230ドツコイドツコイ皆(みな)の奴(やつ)
231足元(あしもと)用心(ようじん)するがよい
232大方(おほかた)宅(うち)のお愛(あい)奴(め)が
233俺(おれ)が出(で)たのをドツコイシヨ
234女(をんな)の小(ちい)さい心(こころ)から
235外(ほか)に女子(をなご)があるやうに
236思(おも)ひひがめて九寸(くすん)五分(ごぶ)
237スラリと抜(ぬ)いて喉元(のどもと)へ
238あてて居(ゐ)るのぢやあるまいか
239何(なん)とはなしに気(き)にかかる
240ウントコドツコイ危(あぶ)ないぞ
241こらこら玉公(たまこう)シツカリせい
242そこら辺(あた)りが石車(いしぐるま)
243宅(うち)のお嬶(かか)は生(うま)れつき
244世間(せけん)の女(をんな)と事変(ことか)はり
245よつ程(ぽど)気丈(きぢやう)な奴(やつ)だから
246めつたな事(こと)はあるまいと
247心(こころ)は許(ゆる)して居(ゐ)るものの
248天地(てんち)の事(こと)は何(なに)もかも
249鏡(かがみ)の様(やう)によく映(うつ)る
250水晶玉(すいしやうだま)の暗点(あんてん)が
251ウントコドツコイ気(き)になつて
252胸(むね)の警鐘(けいしよう)なりひびく
253此奴(こいつ)ア ヤツパリ尋常事(ただごと)で
254ウントコドツコイあるまいぞ
255一(いち)時(じ)も早(はや)く吾(わが)家(いへ)に
256飛鳥(ひてう)の如(ごと)くかけ帰(かへ)り
257実否(じつぴ)を探(さぐ)らにやならうまい
258ウントコドツコイ又(また)辷(すべ)る
259ホンに危(あぶ)ない坂路(さかみち)だ
260俺(おれ)に翼(つばさ)があつたなら
261宙空(ちうくう)翔(かけ)つて一走(ひとはし)り
262家(うち)の様子(やうす)は忽(たちま)ちに
263手(て)に取(と)る如(ごと)く知(し)れるだろ
264なぜに烏(からす)にドツコイシヨ
265俺(おれ)は生(うま)れて来(こ)なんだか
266今(いま)となつては大空(おほぞら)を
267自由(じいう)自在(じざい)に翔(かけ)り行(ゆ)く
268烏(からす)の奴(やつ)が羨(うらや)ましい
269ウントコドツコイ又(また)辷(すべ)る
270皆(みな)の奴(やつ)共(ども)気(き)をつけよ
271オイオイ玉公(たまこう)水晶(すゐしやう)の
272其(その)宝玉(ほうぎよく)を大切(たいせつ)に
273ギユツと握(にぎ)つておとすなよ
274お前(まへ)の家(うち)の宝物(たからもの)
275ウントコドツコイ ドツコイシヨ
276神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
277善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける
278虎公(とらこう)吾(わが)家(や)に現(あら)はれて
279善(ぜん)か悪(あく)かを考(かんが)へて
280ウントコドツコイ其(その)上(うへ)で
281何(なん)とか思案(しあん)をせにやならぬ
282お愛(あい)の奴(やつ)は今頃(いまごろ)は
283俺(おれ)の帰(かへ)るを欠伸(あくび)して
284待(ま)つて居(ゐ)るかも分(わか)らない
285何(なに)が何(なん)だかウントコシヨ
286サツパリ訳(わけ)が分(わか)らない
287お愛(あい)の奴(やつ)が悋気(りんき)して
288刃物(はもの)三眛(ざんまい)ウントコシヨ
289やつて居(ゐ)るのぢやあるまいか
290イヤイヤ ヤツパリさうぢやない
291大蛇(をろち)の三公(さんこう)がやつて来(き)て
292俺(おい)らの不在(るす)をつけ込(こ)んで
293無体(むたい)の恋慕(れんぼ)をウントコシヨ
294遂行(すゐかう)せむとつめ寄(よ)つて
295お愛(あい)を困(こま)らせ居(ゐ)るのだろ
296そんな事(こと)でもあつたなら
297お愛(あい)の奴(やつ)はウントコシヨ
298負(まけ)ぬ気(き)強(つよ)い女(をんな)故(ゆゑ)
299中々(なかなか)ウンとは申(まを)すまい
300揚句(あげく)の果(はて)は双方(さうはう)から
301切(き)りつ はつりつウントコシヨ
302血(ち)の雨(あめ)降(ふ)らすに違(ちがひ)ない
303之(これ)を思(おも)へば一時(いつとき)も
304早(はや)く吾(わが)家(や)へ帰(かへ)りたい
305今日(けふ)に限(かぎ)つて此(この)道(みち)は
306ウントコドツコイ是(これ)程(ほど)に
307際限(さいげん)もなく延(の)びよつて
308いつもの道(みち)より遠(とほ)くなる
309やうな心地(ここち)がしてならぬ
310ホンに気(き)のせく事(こと)ぢやワイ
311ウントコドツコイ ドツコイシヨ
312三五教(あななひけう)の神(かみ)様(さま)よ
313私(わたし)の不在(るす)の家(いへ)の内(うち)
314どうぞ何事(なにごと)もない様(やう)に
315お守(まも)りなさつて下(くだ)さんせ
316仮令(たとへ)三公(さんこう)が来(きた)る共(とも)
317お愛(あい)の体(からだ)にドツコイシヨ
318指一本(ゆびいつぽん)も触(さ)へぬよに
319どうぞ守(まも)つて下(くだ)さんせ
320武野(たけの)の村(むら)の男達(をとこだて)
321虎公(とらこう)サンと名(な)を売(う)つた
322男(をとこ)の顔(かほ)に泥(どろ)が付(つ)く
323これが第一(だいいち)ウントコシヨ
324私(わたし)は辛(つら)うてたまらない
325男(をとこ)と男(をとこ)の意地(いぢ)づくで
326命(いのち)の取合(とりあひ)するとても
327決(けつ)して厭(いと)ひはいたさない
328男(をとこ)の顔(かほ)に泥(どろ)ぬられ
329ウントコシヨウ ウントコシヨウ
330万劫(まんがふ)末代(まつだい)拭(ぬぐ)はれぬ
331恥(はぢ)をのこすがわしやつらい
332あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
333御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
334と足拍子(あしびやうし)を取(と)り乍(なが)ら、335急坂(きふはん)を上(のぼ)り下(くだ)りつ、336玉公(たまこう)外(ほか)三(さん)人(にん)の乾児(こぶん)と共(とも)に、337息(いき)をはづませ帰(かへ)り行(ゆ)く。
338(大正一一・九・一四 旧七・二三 松村真澄録)
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