霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第五章 恋(こひ)の罠(わな)〔一一三〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第42巻 舎身活躍 巳の巻 篇:第2篇 恋海慕湖 よみ(新仮名遣い):れんかいぼこ
章:第5章 恋の罠 よみ(新仮名遣い):こいのわな 通し章番号:1130
口述日:1922(大正11)年11月14日(旧09月26日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年7月1日
概要: 舞台:イルナ城(入那城、セーラン王の館、イルナの都の神館) あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
イルナの都の神館の奥の間には、黄金姫、清照姫、セーリス姫の三人が鼎坐してひそびそ話にふけっている。右守のカールチンが計略に乗ってやってくるかどうかと女三人、雑談を交えている。
そこへびっこをひきながらカールチンがやってきた。カールチンは、ヤスダラ姫に化けた清照姫にでれた様子も隠さずに話しかける。
黄金姫はそっとその場をはずし、セーリス姫も退室しようとしたとき、転んで舌を切ったユーフテスがやってきた。ユーフテスはセーリス姫に介抱されて二人は退場する。
清照姫はカールチンに対して、セーラン王が退位してカールチンが王位に就いたら、自分を正妃にするようにと要求した。カールチンは自分にはテーナ姫という長年連れ添った女房があると難色を示した。
清照姫は、大黒主の前例を出してカールチンに選択を迫った。カールチンは清照姫を正妃とすることを承諾してしまった。
また清照姫は、大黒主の援軍を辞退してハルナの都に返し、逆にイルナ国から援軍を出すようにと進言した。カールチンはこれも承諾してしまい、ヤスダラ姫の館を後にした。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-12-21 13:49:23 文字数:6622 OBC :rm4205
愛善世界社版:63頁 八幡書店版:第7輯 664頁 修補版: 校定版:67頁 普及版:21頁 初版: ページ備考:
001 イルナの都(みやこ)の神館(かむやかた)の奥(おく)の間(ま)には、002黄金姫(わうごんひめ)、003清照姫(きよてるひめ)、004セーリス姫(ひめ)の三(さん)人(にん)鼎坐(ていざ)して、005ヒソビソ話(ばなし)に耽(ふけ)つてゐる。
006黄金姫『ユーフテスが甘(うま)く使命(しめい)を果(はた)して帰(かへ)るだらうかなア。007カールチンの姿(すがた)を見(み)る迄(まで)は、008何(なん)とはなしに心許(こころもと)ない感(かん)じが致(いた)します。009清照姫(きよてるひめ)、010大丈夫(だいぢやうぶ)だらうかなア』
011清照姫『お母(か)アさま、012そんな御(ご)心配(しんぱい)は要(い)りませぬ、013キツと右守司(うもりのかみ)は宙(ちう)を飛(と)んでやつて来(き)ますよ。014前(まへ)以(もつ)て怪(あや)しき秋波(しうは)を私(わたし)に送(おく)つてゐましたもの、015メツタに外(はづ)れつこありませぬワ、016オホヽヽ』
017黄金姫『さうだらうかな、018何時(いつ)そんな微細(びさい)な所(ところ)迄(まで)看破(かんぱ)しておいたのですか、019まだ一度(いちど)より御(お)会(あ)ひになつてゐないぢやないか』
020清照姫『一度(いちど)会(あ)うても二度(にど)会(あ)うても、021カールチンの顔(かほ)には変化(へんくわ)はありますまい。022どうも怪(あや)しい目付(めつき)でしたよ。023余程(よほど)いいデレ助(すけ)ですわ、024オツホヽヽ』
025黄金姫『油断(ゆだん)のならぬ娘(むすめ)だなア。026そんなことを云(い)つて本当(ほんたう)にお前(まへ)の方(はう)から何々(なになに)してるのではあるまいかな。027年頃(としごろ)の娘(むすめ)を持(も)つと、028親(おや)も気(き)が揉(も)めますワイ。029オホヽヽヽ』
030と吹(ふ)き出(だ)して笑(わら)ふ。
031清照姫『お母(か)アさま、032私(わたし)だつて女(をんな)ですワ、033異性(いせい)の匂(にほ)ひを嗅(か)いでみたい様(やう)な心(こころ)もたまには……起(おこ)りませぬワ、034オホヽヽ』
035セーリス姫『何(なん)とマア貴女(あなた)等(がた)母子(おやこ)は気楽(きらく)な方(かた)ですな、036娘(むすめ)が母親(ははおや)を掴(つか)まへて惚気(のろけ)るといふ事(こと)がありますか、037前代(ぜんだい)未聞(みもん)ですワ。038清照姫(きよてるひめ)様(さま)はさうすると、039貰(もら)ひ子(ご)と見(み)えますなア』
040黄金姫『ハイお察(さつ)しの通(とほ)り、041竜宮(りうぐう)の一(ひと)つ島(じま)で拾(ひろ)うて来(き)ましたお転婆娘(てんばむすめ)で厶(ござ)いますよ。042今(いま)こそ斯(か)うして宣伝使(せんでんし)になつて真面目(まじめ)な顔(かほ)をして居(を)りますが、043随分(ずゐぶん)拾(ひろ)つた時分(じぶん)は、044此(この)育(そだ)ての親(おや)を手古摺(てこず)らしたものですよ。045蛇(へび)が食(く)ひたいの、046蛙(かはづ)が食(く)ひたいのと申(まを)しましてなア、047丸(まる)で雉子(きじ)の様(やう)な娘(むすめ)ですワ』
048清照姫『雉子(きじ)だの、049友彦(ともひこ)だのと、050それ丈(だけ)は言(い)はぬやうにして下(くだ)さい、051顔(かほ)が赤(あか)うなりますワ』
052黄金姫『顔(かほ)が赤(あか)うなる丈(だけ)、053まだどこか見込(みこみ)がありますなア。054母(はは)もそれ聞(き)いてチツとばかり安心(あんしん)しましたよ。055カールチンも定(さだ)めて、056お前(まへ)さまの口車(くちぐるま)にキツと乗(の)るでせう。057早(はや)うやつて来(く)ると面白(おもしろ)いのだがなア』
058セーリス『ユーフテスを使(つかひ)にやつたのですから、059キツと直(すぐ)に見(み)えますよ。060あの男(をとこ)も中々(なかなか)抜目(ぬけめ)のない人物(じんぶつ)ですからなア』
061黄金(わうごん)『あなたもユーフテスさまに余程(よほど)執着(しふちやく)があると見(み)えますな。062どうぞ本当(ほんたう)にならぬやうに願(ねが)ひますよ。063様子(やうす)を考(かんが)へてると、064何(なん)だか怪(あやし)くてたまりませぬワ』
065セーリス姫『あなたの慧眼(けいがん)にさへ怪(あや)しく見(み)える位(くらゐ)でなければ、066あの男(をとこ)が如何(どう)して擒(とりこ)になりませう。067私(わたし)も随分(ずゐぶん)凄(すご)い腕(うで)を持(も)つて居(を)りませうがなア。068神(かみ)様(さま)に何(なん)だかすまないやうな気(き)が致(いた)しますけれど、069之(これ)も忠義(ちうぎ)の為(ため)だから、070許(ゆる)して下(くだ)さるでせう』
071清照(きよてる)『セーリス姫(ひめ)様(さま)の上手(じやうづ)な行方(やりかた)には、072私(わたし)も感服(かんぷく)して居(を)ります。073到底(たうてい)私(わたし)なんぞは足許(あしもと)へも寄(よ)れませぬ。074爪(つめ)の垢(あか)でも煎(せん)じて頂(いただ)きたいものですな』
075 かく一生(いつしやう)懸命(けんめい)になつて馬鹿話(ばかばなし)に耽(ふけ)つてゐる。076そこへチガチガと跛(びつこ)をひきながらやつて来(き)たのは右守司(うもりのかみ)であつた。077セーリス姫(ひめ)は何(なん)とも言(い)へぬ優(やさ)しみを面(おもて)に浮(うか)べ、078優(やさ)しい声(こゑ)で、
079セーリス姫『アヽ貴方(あなた)は右守司(うもりのかみ)様(さま)、080よう来(き)て下(くだ)さいました。081大変(たいへん)お待(ま)ち申(まを)して居(を)りましたよ』
082カールチン『承(うけたま)はれば、083ヤスダラ姫(ひめ)様(さま)は少(すこ)しく御(ご)気分(きぶん)が悪(わる)いとのこと、084其(その)後(ご)の経過(けいくわ)は如何(いかが)で厶(ござ)います』
085セーリス姫『ハイ有難(ありがた)う。086御覧(ごらん)の通(とほ)り、087此(この)様(やう)に元気(げんき)にお成(な)り遊(あそ)ばしました。088貴方(あなた)がお越(こ)し下(くだ)さるに相違(さうゐ)ないと、089覚束(おぼつか)ながら独合点(ひとりがてん)して、090姉(ねえ)さまに申上(まをしあ)げた所(ところ)、091不思議(ふしぎ)なことには大病(たいびやう)はケロリと忘(わす)れた様(やう)な顔(かほ)をして、092ニコニコと何(なに)が嬉(うれ)しいのか知(し)りませぬが、093勇(いさ)んでゐらつしやるのですよ』
094カールチン『それは何(なに)より結構(けつこう)でござる。095イヤ、096ヤスダラ姫(ひめ)様(さま)、097先日(せんじつ)は偉(えら)い御(ご)無礼(ぶれい)を致(いた)しました。098どうぞお心易(こころやす)う御(お)願(ねがひ)致(いた)します。099少(すこ)しくおかげんが悪(わる)かつたさうですな』
100清照(きよてる)(ヤスダラ姫に化けている清照姫)『ハイ、101有難(ありがた)う厶(ござ)います。102何(なん)だか知(し)りませぬが、103貴方(あなた)のことを一寸(ちよつと)思(おも)ふと一寸(ちよつと)悪(わる)くなり、104ヤツと思(おも)ふとヤツと悪(わる)くなり、105或(あるひ)は一寸(ちよつと)よくなつたり、106又(また)大変(たいへん)によくなつたり致(いた)しますのですよ。107私(わたし)の身魂(みたま)はどうやら貴方(あなた)の身魂(みたま)と合(あ)つてる様(やう)な心持(こころもち)が致(いた)します。108本当(ほんたう)に妙(めう)な塩梅(あんばい)ですワ』
109カールチン『ヒヨツとしたら、110前世(ぜんせ)に於(おい)て身魂(みたま)の夫婦(ふうふ)だつたかも分(わか)りませぬな。111私(わたし)も何(なん)だか貴女(あなた)のことを思(おも)ひ出(だ)すと、112気(き)が変(へん)になつて堪(たま)りませぬワ。113エツヘヽヽヽ』
114セーリス『モシ右守(うもり)さま、115ハンケチをお使(つか)ひなさいませ、116何(なん)だかおチヨボ口(ぐち)の横(よこ)の方(はう)から、117瑠璃(るり)の玉(たま)のやうな物(もの)がしたたつてゐるぢやありませぬか』
118カールチン『これは私(わたし)に取(と)つては非常(ひじやう)な神聖(しんせい)にして且(かつ)貴重(きちよう)な物(もの)ですよ。119私(わたし)のヤスダラ姫(ひめ)さまに対(たい)する隠(かく)しても隠(かく)しきれぬ喜(よろこ)びの露(つゆ)ですからなア。120エヘヽヽヽ』
121と目(め)を細(ほそ)くし、122現在(げんざい)其(その)場(ば)に黄金姫(わうごんひめ)が六ケ(むつか)しい顔(かほ)をして控(ひか)へてゐるのも気(き)がつかず、123清照姫(きよてるひめ)にのみ視線(しせん)を集注(しふちう)してゐた。124黄金姫(わうごんひめ)は右守司(うもりのかみ)の視線(しせん)を避(さ)けて漸(やうや)く次(つぎ)の間(ま)に姿(すがた)をかくし、125ヤツと胸(むね)を撫(な)でおろした。
126セーリス姫『モシ姉(ねえ)さま、127私(わたし)がここに居(を)つても御(お)邪魔(じやま)にはなりますまいかな』
128清照姫『姉(あね)の処(ところ)に妹(いもうと)が居(ゐ)るのに、129何(なに)が邪魔(じやま)になりませう。130姉妹(きやうだい)同士(どうし)だから、131他人(たにん)に言(い)へないことでも、132気(き)を許(ゆる)して話(はな)せるぢやありませぬか』
133セーリス姫『さうですね。134さう云(い)つて下(くだ)されば、135私(わたし)だつて嬉(うれ)しいですワ。136併(しか)し貴女(あなた)、137右守司(うもりのかみ)様(さま)と何(なに)か秘密(ひみつ)の話(はなし)がおありでせう。138一寸(ちよつと)気(き)を利(き)かしませうか、139あの粋(すゐ)を利(き)かして別席(べつせき)致(いた)しませうかなア』
140カールチン『決(けつ)して決(けつ)してお気遣(きづか)ひ下(くだ)さいますな。141秘密(ひみつ)のあらう道理(だうり)はございませぬから、142私(わたし)も申上(まをしあ)げたい事(こと)は赤裸々(せきらら)に申上(まをしあ)げますから、143ヤスダラ姫(ひめ)様(さま)もどうぞ遠慮(ゑんりよ)なく御(ご)心中(しんちう)をお話(はな)し下(くだ)さいませ』
144 清照姫(きよてるひめ)はワザとツーンとして、
145清照姫『私(わたし)は別(べつ)に右守(うもり)さまに何(なに)も申上(まをしあ)げる事(こと)は厶(ござ)いませぬワ。146女(をんな)の身(み)を以(もつ)て奥(おく)さまのある御(お)方(かた)に、147内証話(ないしようばなし)をしては済(す)みませぬからなア』
148 セーリス姫(ひめ)は思(おも)ひ切(き)りジラしてやらうと思(おも)ひ、
149セーリス姫『さうだつて姉(ねえ)さま、150あなた心(こころ)と口(くち)と違(ちが)つてゐるでせう。151私(わたし)がゐますと又(また)大病(たいびやう)が起(おこ)ると互(たがひ)の迷惑(めいわく)ですから、152暫(しば)らく御免(ごめん)を蒙(かうむ)ります』
153清照姫『ホヽヽ甘(うま)いこと仰有(おつしや)いますこと、154ユーフテスさまがあなたの居間(ゐま)に待(ま)つてゐられるものだから、155気(き)が気(き)でないのでせう』
156セーリス姫『あなただつて、157私(わたし)がここにゐると気(き)が気(き)ぢやありますまい。158思(おも)へば同(おな)じ女気(をんなぎ)の、159男恋(をとここひ)しき秋(あき)の空(そら)、160顔(かほ)に紅葉(もみぢ)の唐紅(からくれなゐ)、161とめてとまらぬ紅葉(もみぢば)の、162色(いろ)……とか云(い)ひましてなア、163言(い)ふに云(い)はれぬ、164誰(たれ)だつて秘密(ひみつ)はありますワ。165それなら姉(ねえ)さま、166一寸(ちよつと)往(い)つて来(き)ます。167どうぞシツポリとお楽(たの)しみ遊(あそ)ばせ。168なア右守(うもり)さま、169あまり御(ご)気分(きぶん)の悪(わる)なる話(はなし)ぢや御座(ござ)りますまい、170オホヽヽヽ』
171 カールチンは鼻(はな)をビコつかせながら、
172カールチン『左様(さやう)々々(さやう)、173客(きやく)と白鷺(しらさぎ)、174立(た)つが美事(みごと)、175暫(しばら)くユーフテスさまと、176郊外(かうぐわい)の散歩(さんぽ)でもなさつたら面白(おもしろ)いでせう』
177セーリス姫『右守(うもり)さまのイヤなこと、178そんな粋(すゐ)を利(き)かして貰(もら)はなくても宜(よろ)しいワ。179何(なん)と云(い)つても自由(じいう)結婚(けつこん)の流行(りうかう)する世(よ)の中(なか)ですもの、180そんな事(こと)は如才(じよさい)のある私(わたし)ぢや御座(ござ)いませぬ。181なア姉(ねえ)さま、182古(ふる)い道徳(だうとく)に捉(とら)はれてゐる連中(れんちう)の様(やう)に、183吾(わが)身(み)の一生(いつしやう)一代(いちだい)に関(くわん)する夫婦(ふうふ)問題(もんだい)まで、184無理解(むりかい)な親(おや)に干渉(かんせふ)されちや堪(たま)りませぬからなア。185それなら右守(うもり)さま、186ユーフテス……イエイエ自分(じぶん)の居間(ゐま)へ暫(しばら)く下(さが)りますから、187ゆつくりとお話(はなし)を遊(あそ)ばしませや。188そしてよい結果(けつくわ)を齎(もたら)して、189私(わたし)にお目出度(めでた)うといふ様(やう)にして下(くだ)さいませ』
190カールチン『兎(と)も角(かく)、191惟神(かむながら)ですからなア』
192 斯(か)く云(い)ふ所(ところ)へユーフテスは舌(した)を切(き)り、193鰓(あご)の辺(あた)りまで膨(ふく)らせながら走(はし)り来(きた)り、
194ユーフテス『あゝゝあなたは、195う右守(うもり)さまでせう、196あゝ余(あま)りぢや厶(ござ)いませぬか。197人(ひと)をふみこかして先(さき)へ出(で)て来(く)るとは。198コヽコレ、199セーリス姫(ひめ)……どの、200こんな無情(むじやう)な人(ひと)は、201末(すゑ)が恐(おそ)ろしいから、202姉(ねえ)さまが何(なん)と仰有(おつしや)つても、203あんたが水(みづ)を注(さ)さねば……なりませぬぞや。204清(きよ)……オツトドツコイ、205ヤスダラ姫(ひめ)様(さま)にお気(き)の毒(どく)ですから』
206セーリス『ユーフテス様(さま)、207其(その)お顔(かほ)はどうなさいました。208チツと変(へん)ぢやありませぬか』
209ユーフテス『ミヽ道(みち)でぶつ倒(たふ)れ、210シヽ舌(した)をかんで、211コヽ此(この)通(とほ)り、212ハヽ腫(は)れました、213イヽ痛(いた)くて堪(たま)りませぬ』
214カールチン『コリヤ、215ユーフテス、216何(なん)と云(い)ふ無礼(ぶれい)なことを申(まを)すか。217俺(おれ)が、218そして何時(いつ)貴様(きさま)を踏(ふ)んだか』
219ユーフテス『誠(まこと)にスヽ済(す)みませなんだ。220セーリス姫(ひめ)は、221私(わたし)の予約済(よやくずみ)だから、222滅多(めつた)に秋波(しうは)を送(おく)るやうなことはなさらぬでせうな。223何(なん)だかチツと様子(やうす)が変(へん)だから……ワヽ私(わたし)もキヽ気(き)が揉(も)めますワイ』
224カールチン『ワハヽヽヽ』
225清照(きよてる)『オホヽヽヽ』
226セーリス姫『マアいやなこと、227ユーフテスさま、228サア私(わたし)の居間(ゐま)へおいでなさいませ。229私(わたし)が介抱(かいほう)して直(なほ)して上(あ)げませう、230嬉(うれ)しいでせう』
231とワザとに意茶(いちや)ついて、232右守(うもり)の恋(こひ)を沸(わ)きたてようとしてゐる。233ユーフテスはいい気(き)になり、234姫(ひめ)の肩(かた)に凭(もた)れかかり、235ヒヨロリ ヒヨロリとこの場(ば)を立(た)つて、236セーリス姫(ひめ)の居間(ゐま)へ伴(ともな)はれ行(い)つてしまつた。
237 後(あと)にカールチン、238清照姫(きよてるひめ)は互(たがひ)に顔(かほ)を見合(みあは)せ、239手持(てもち)無沙汰(ぶさた)な様子(やうす)で黙(だま)り込(こ)んで了(しま)つた。240カールチンは姫(ひめ)の発言(はつげん)を何時(いつ)迄(まで)待(ま)つても口切(くちき)りがないので、241とうとう劫(がふ)を煮(に)やし、242矢庭(やには)に飛付(とびつ)く様(やう)にして、243顔(かほ)をそむけながら、244清照姫(きよてるひめ)の柔(やはら)かい手(て)を岩(いは)のやうな固(かた)い手(て)でグツと握(にぎ)つた。245清照姫(きよてるひめ)は、
246清照姫『エー』
247と一声(ひとこゑ)ふりはなす途端(とたん)に、248ヒヨロ ヒヨロ ヒヨロとカールチンは一間(いつけん)ばかり、249後(うしろ)に尻餅(しりもち)をつき、
250カールチン『あゝコレコレ、251ヤスダラ姫(ひめ)殿(どの)、252女(をんな)の身(み)のあられもない、253そんな乱暴(らんばう)なことをするものぢやありませぬぞ』
254 清照姫(きよてるひめ)は恥(はづ)かしさうな風(ふう)をして、
255清照姫『それでも恥(はづ)かしうてたまりませぬワ、256モウこらへて下(くだ)さいな、257お頼(たの)みですから』
258カールチン『ワハヽヽヽ、259流石(さすが)は女(をんな)だなア、260そこが尊(たふと)い所(ところ)だ。261矢張(やつぱり)ウブなものだワイ。262生(うま)れが違(ちが)ふとどこともなしに床(ゆか)しい所(ところ)がおありなさる、263ウフヽヽヽ』
264と言(い)ひながら、265今度(こんど)は姫(ひめ)の背後(はいご)より両手(りやうて)をグツと肩(かた)にかけ、266抱(だ)き締(し)めようとするのを、267清照姫(きよてるひめ)は、268カールチンの両腕(りやううで)をグツと取(と)り、269ウンと力(ちから)を入(い)れた拍子(ひやうし)に体(たい)をすくめた。270カールチンは負投(おひなげ)を喰(くら)つて一間(いつけん)ばかり向(むか)ふへ飛(と)び、271床柱(とこばしら)に後頭部(こうとうぶ)をカチンと打(う)ち、
272カールチン『アイタヽヽヽ、273コレコレ姫(ひめ)さま、274何(なん)といふ手荒(てあら)いことをなさるのだ。275何時(いつ)の間(ま)に柔術(じうじゆつ)を覚(おぼ)えましたかな、276天晴(あつぱれ)な御(お)手際(てぎは)だ。277ヤア感心(かんしん)々々(かんしん)』
278清照姫『余(あま)り無礼(ぶれい)な事(こと)をなさいますと、279私(わたし)は承知(しようち)致(いた)しませぬぞや』
280カールチン『何(なん)と偉(えら)いヒステリツクだなア。281如何(どう)したら御(ご)機嫌(きげん)がとれるかなア。282まてまて、283姫(ひめ)の心(こころ)の奥底(おくそこ)を測量(そくりやう)もせずに無暗(むやみ)に相手(あひて)になつて、284はねるのは当然(たうぜん)だ。285惚切(ほれき)つた男(をとこ)にからかはれると、286却(かへつ)て嬉(うれ)し驚(おどろ)きに肱鉄砲(ひぢてつぱう)をかまし、287後(あと)から後悔(こうくわい)する女(をんな)が、288間々(まま)あるものだ。289姫(ひめ)もヤツパリ其(その)伝(でん)だなア』
290と思(おも)はず知(し)らず小声(こごゑ)で囁(ささや)く。291清照姫(きよてるひめ)は可笑(をか)しさを怺(こら)へて、
292清照姫『右守(うもり)さま、293何(なん)と仰有(おつしや)います。294私(わたし)は決(けつ)してヒステリツクぢやありませぬよ。295此(この)通(とほ)り、296ビチビチ肥(こ)えとるぢやありませぬか。297何(なん)だか知(し)らないが、298身魂(みたま)が合(あ)はないと見(み)えまして、299守護神(しゆごじん)が怒(おこ)つて仕様(しやう)が厶(ござ)いませぬワ。300チツと此(この)守護神(しゆごじん)に鎮魂(ちんこん)でもして帰順(きじゆん)するやうに言(い)ひきかして下(くだ)さいませな。301本当(ほんたう)に私(わたし)困(こま)つちまひますワ』
302カールチン『あゝそれでよく分(わか)りました。303さうすると貴女(あなた)の肉体(にくたい)はカールチンに対(たい)し、304別(べつ)に嫌忌(けんき)の情(じやう)をお持(も)ちになつてるのぢやありませぬなア』
305清照姫『ハイ』
306カールチン『本人(ほんにん)の肉体(にくたい)さへ承知(しようち)なら、307守護神(しゆごじん)位(くらゐ)、308何(なん)と言(い)つた所(ところ)で、309物(もの)の数(かず)でもありませぬワイ』
310と言(い)ひながら、311又(また)もや姫(ひめ)の手(て)をグツと握(にぎ)る。312清照姫(きよてるひめ)はワザと声(こゑ)を尖(とが)らし、
313清照姫『妾(わらは)はヤスダラ姫(ひめ)の副(ふく)守護神(しゆごじん)、314三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)清照姫(きよてるひめ)で厶(ござ)るぞよ。315汝(なんぢ)苟(いやし)くも右守司(うもりのかみ)となり、316万民(ばんみん)を導(みちび)く身(み)でゐながら其(その)卑(いや)しき振舞(ふるまひ)は何事(なにごと)ぞや。317容赦(ようしや)は致(いた)さぬぞ。318今(いま)其(その)方(はう)を投(な)げつけたのは、319此(この)清照姫(きよてるひめ)の霊(れい)がしたのぢや。320決(けつ)してヤスダラ姫(ひめ)の所為(しよゐ)ではない程(ほど)に、321誤解(ごかい)をせぬやうにしたがよからう。322清照姫(きよてるひめ)は最早(もはや)此(この)肉体(にくたい)を立去(たちさ)る程(ほど)に、323後(あと)は其(その)方(ほう)の自由(じいう)に致(いた)したが宜(よ)からうぞや。324ウンウン』
325ドスンと飛上(とびあが)り、326清照姫(きよてるひめ)はおこりのおちたやうなケロリとした顔(かほ)をして、327カールチンの顔(かほ)を打眺(うちなが)め、
328清照姫『ヤア貴方(あなた)は恋(こひ)しい慕(した)はしい右守(うもり)さまで御座(ござ)いましたか、329能(よ)うマア御(ご)多忙(たばう)な職務(しよくむ)をすてて、330妾(わたし)の願(ねがひ)を叶(かな)へて御(お)出(い)で下(くだ)さいました、331あゝ嬉(うれ)しう御座(ござ)います。332どうぞ不束(ふつつか)な私(わたし)、333お見捨(みすて)なく末永(すえなが)く可愛(かあい)がつて下(くだ)さいませ』
334と右守(うもり)の膝(ひざ)に頭(かしら)をなげつけ、335首(くび)を左右(さいう)にふつて嬉(うれ)し泣(なき)の真似(まね)をして見(み)せる。336カールチンは悦(えつ)に入(い)り、
337カールチン『ウツフヽヽヽ、338イヤ姫(ひめ)、339心配(しんぱい)なさるな。340其方(そち)の事(こと)なら、341如何(いか)なることでも吾(わが)力(ちから)に叶(かな)ふことならば、342叶(かな)へて進(しん)ぜませう。343どうぞカールチンも今(いま)の心(こころ)で何時(いつ)迄(まで)も愛(あい)して下(くだ)さいや』
344となまめかしい声(こゑ)で、345目(め)を細(ほそ)くして喋(しやべ)り出(だ)した。346どこともなく、347桶(をけ)の輪(わ)がゆるんだやうな言葉(ことば)遣(づか)ひである。
348清照姫『ハイ有難(ありがた)う厶(ござ)います。349それなら此(この)ヤスダラ姫(ひめ)の願(ねがひ)は何(なん)でも聞(き)いて下(くだ)さいますか』
350カールチン『申(まを)すに及(およ)ばず、351どんな事(こと)でも聞(き)いて上(あ)げるから言(い)つて見(み)なさい』
352清照姫『それなら申上(まをしあ)げますが、353決(けつ)してお腹(はら)を立(た)てて下(くだ)さいますなや。354貴方(あなた)も御存(ごぞん)じの通(とほ)り、355セーラン王(わう)様(さま)は茲(ここ)一(いつ)ケ月(げつ)の後(のち)には万事(ばんじ)の準備(じゆんび)を整(ととの)へて、356貴方(あなた)様(さま)に後(あと)をお譲(ゆづ)り遊(あそ)ばすことに内定(ないてい)して居(を)りますのは確(たしか)です。357さうすれば貴方(あなた)は右守司(うもりのかみ)ではなくて、358入那(いるな)の都(みやこ)の刹帝利(せつていり)様(さま)、359さう御(ご)出世(しゆつせ)を遊(あそ)ばした時(とき)は、360こんな卑(いや)しき女(をんな)は体面(たいめん)に係(かか)はると仰有(おつしや)つて、361キツと妾(わたし)をお捨(す)て遊(あそ)ばすでせう。362貴方(あなた)が本当(ほんたう)に私(わたし)を愛(あい)して下(くだ)さるのならば、363ここで一(ひと)つどこまでも捨(す)てないと云(い)ふ書付(かきつけ)を書(か)いて下(くだ)さいませぬか』
364カールチン『如何(いか)なる難問題(なんもんだい)かと思(おも)へば、365そんな事(こと)か。366ヨシヨシ、367書(か)いてやらう。368何(なん)と書(か)けばいいのだなア』
369清照姫『私(わたし)の要求(えうきう)は到底(たうてい)貴方(あなた)には聞入(ききい)れられますまい。370いざと云(い)ふ場合(ばあひ)になれば、371キツと拒絶(きよぜつ)なさるにきまつて居(を)りますワ』
372カールチン『武士(ぶし)の言葉(ことば)に二言(にごん)はない。373女(をんな)の一人(ひとり)位(くらゐ)誑(たぶ)かつて何(なん)になるか。374早(はや)く其(その)要求(えうきう)の次第(しだい)を細々(こまごま)と言(い)つて見(み)なさい』
375清照姫『貴方(あなた)が刹帝利(せつていり)にお成(な)り遊(あそ)ばした暁(あかつき)は、376キツと妾(わたし)を正妃(せいひ)にして下(くだ)さるでせうなア』
377カールチン『ウーン、378そりや、379せぬでもないが、380私(わたし)にはテーナ姫(ひめ)といふ女房(にようばう)があるぢやないか』
381清照姫『其(その)テーナさまは、382貴方(あなた)が右守司(うもりのかみ)としての奥(おく)さまでせう。383決(けつ)して刹帝利(せつていり)の奥(おく)さまでは厶(ござ)いますまい。384刹帝利(せつていり)の奥(おく)さまには誰(たれ)をお選(えら)みですか。385ヤツパリ依然(いぜん)として古(ふる)いのを御(ご)使用(しよう)遊(あそ)ばしますか。386それでは折角(せつかく)貴方(あなた)が一切(いつさい)の規則(きそく)を革新(かくしん)しようとなさつても、387城内(じやうない)の空気(くうき)を新(あたら)しくする事(こと)は出来(でき)ますまい。388能(よ)う考(かんが)へて御覧(ごらん)なさい。389バラモン教(けう)の大教主(だいけうしゆ)大黒主(おほくろぬし)の神柱(かむばしら)は、390永(なが)らく共(とも)に苦労(くらう)を遊(あそ)ばした糟糠(さうかう)の妻(つま)を放逐(はうちく)し、391新規(しんき)蒔(ま)き直(なほ)しの若(わか)い美(うる)はしい石生能(いその)姫(ひめ)様(さま)を正妃(せいひ)と遊(あそ)ばしたぢや厶(ござ)いませぬか。392大黒主(おほくろぬし)様(さま)でさへも遊(あそ)ばしたことを、393貴方(あなた)が出来(でき)ない道理(だうり)はありますまい。394サア何卒(どうぞ)これからきめて下(くだ)さい。395おイヤですかな。396おイヤならばお厭(いや)とキツパリ言(い)つて下(くだ)さい。397私(わたし)にも一(ひと)つ覚悟(かくご)がありますから』
398カールチン『成程(なるほど)さう聞(き)けばそれも尤(もつと)もだ。399それなら貴女(あなた)を正妃(せいひ)とすることを固(かた)く約(やく)しませう』
400清照姫『有難(ありがた)う厶(ござ)います、401それなら今日(けふ)から私(わたし)はあなた様(さま)の誠(まこと)の妻(つま)ですなア』
402となまめかしい声(こゑ)を出(だ)し、403満面(まんめん)に笑(ゑみ)を湛(たた)へて凭(もた)れかかつた。404其(その)しをらしさにカールチンは骨(ほね)も魂(たま)も抜(ぬ)けた如(ごと)くグニヤ グニヤとなつて了(しま)ひ、405顔(かほ)の相好(さうがう)を崩(くづ)して平素(へいそ)のさがり目(め)を一入(ひとしほ)下(さ)げ、406声(こゑ)の調子(てうし)まで狂(くる)はしながら、
407カールチン『ウンウンよしよし、408お前(まへ)の云(い)ふことなら、409命(いのち)でもやらう。410ホンに可愛(かあい)い奴(やつ)だなア、411エヘヽヽヽ』
412清照姫『それなら妾(わたし)に一(ひと)つの願(ねがひ)が厶(ござ)います。413御存(ごぞん)じの通(とほ)り、414最早(もはや)刹帝利(せつていり)の授受(じゆじゆ)は円満(ゑんまん)解決(かいけつ)の曙光(しよくわう)を認(みと)めてゐるのですから、415大黒主(おほくろぬし)様(さま)の軍隊(ぐんたい)を借用(しやくよう)するのはお止(や)めになつたら如何(どう)ですか、416何程(なにほど)円満(ゑんまん)解決(かいけつ)とは言(い)ひながら、417カールチンは刹帝利(せつていり)の位(くらゐ)を奪(うば)はむ為(ため)に、418大黒主(おほくろぬし)様(さま)の軍隊(ぐんたい)を借用(しやくよう)して脅迫(けうはく)したといはれては末代(まつだい)までの不名誉(ふめいよ)、419又(また)国民(こくみん)一般(いつぱん)に対(たい)しても治政(ちせい)上(じやう)大変(たいへん)な障害(しやうがい)となるぢやありませぬか。420どうぞ妾(わたし)の御(お)願(ねがひ)ですから、421一(いち)時(じ)も早(はや)く早馬使(はやうまづかひ)をハルナの都(みやこ)にさし向(む)け、422軍隊(ぐんたい)の派遣(はけん)を断(ことわ)つて下(くだ)さいませ。423大黒主(おほくろぬし)様(さま)だつて、424近国(きんごく)に動乱(どうらん)が起(おこ)つてゐるのですから、425大変(たいへん)な御(ご)迷惑(めいわく)でせう。426一層(いつそう)の事(こと)、427貴方(あなた)の軍隊(ぐんたい)を全部(ぜんぶ)応援(おうゑん)の為(ため)お差向(さしむ)けになつたならば、428貴方(あなた)の武勇(ぶゆう)は天下(てんか)に轟(とどろ)き又(また)大黒主(おほくろぬし)様(さま)のお覚(おぼ)えはますます目出度(めでた)く、429遂(つひ)にはハルナの都(みやこ)の後継(あとつぎ)にお成(な)りなさる端緒(たんちよ)を開(ひら)くといふものです。430これ位(くらゐ)の決断(けつだん)がなくては到底(たうてい)駄目(だめ)ですからなア』
431カールチン『成程(なるほど)さう聞(き)けばさうだなア。432それなら一先(ひとま)づ吾(わが)館(やかた)へ立帰(たちかへ)り、433早馬使(はやうまづかひ)を走(はし)らせて、434軍隊(ぐんたい)の派遺(はけん)を御(ご)辞退(じたい)申上(まをしあ)げ、435味方(みかた)の勇士(ゆうし)をして、436残(のこ)らず大黒主(おほくろぬし)様(さま)の為(ため)に応援(おうゑん)させよう。437ヤア、438ヤスダラ姫(ひめ)、439又(また)ゆつくりとお目(め)にかからう。440キツと明日(あす)は早朝(さうてう)から登城(とじやう)するから、441安心(あんしん)して待(ま)つてゐるがよい。442左守殿(さもりどの)へも其方(そち)から宜(よろ)しく言(い)つて下(くだ)さい。443私(わたし)から云(い)ふのは何(なん)だか都合(つがふ)が悪(わる)い様(やう)だから』
444清照姫『父(ちち)の左守(さもり)は最早(もはや)妾(わたし)の切(せつ)なる恋(こひ)を看破(かんぱ)し、445夜前(やぜん)も厳(きび)しく膝詰(ひざつめ)談判(だんぱん)を致(いた)しました故(ゆゑ)、446命(いのち)をかけて、447いろいろと陳弁(ちんべん)しました所(ところ)、448ヤツと得心(とくしん)して呉(く)れまして……流石(さすが)は俺(おれ)の娘(むすめ)だ。449よい所(ところ)へ気(き)がついた、450お前(まへ)がさうなつてくれれば、451右守司(うもりのかみ)との暗闘(あんとう)もこれでサツパリ解(と)けるだらう……と喜(よろこ)び勇(いさ)んで別(わか)れた位(くらゐ)ですから、452父(ちち)の方(はう)は決(けつ)して御(ご)心配(しんぱい)くださいますなや』
453カールチン『ヤスダラ姫(ひめ)殿(どの)、454お名残(なごり)惜(を)しいが、455明日(あす)又(また)お目(め)にかからう』
456と云(い)ひながら、457滴(したた)る涎(よだれ)をソツとたぐり、458イソイソとして己(おの)が館(やかた)へ立帰(たちかへ)るのであつた。459後(あと)に清照姫(きよてるひめ)は帰(かへ)り行(ゆ)く姿(すがた)を、460首(くび)を伸(の)ばして眺(なが)めてゐたが、461何時(いつ)の間(ま)にやら姫(ひめ)の首(くび)は三(み)つ四(よ)つ縦(たて)に動(うご)き、462赤(あか)い舌(した)まではみ出(だ)して居(ゐ)た。
463(大正一一・一一・一四 旧九・二六 松村真澄録)
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