霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一七章 酒月(さかづき)〔一一四二〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第42巻 舎身活躍 巳の巻 篇:第4篇 怨月恨霜 よみ(新仮名遣い):えんげつこんそう
章:第17章 酒月 よみ(新仮名遣い):さかづき 通し章番号:1142
口述日:1922(大正11)年11月24日(旧10月6日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年7月1日
概要: 舞台:イルナ城(入那城、セーラン王の館) あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
冬のはじめ、イルナ城の門番のミルとボルチーは、日没後の無沙汰に酒を飲んで天下について議論をなし、いつしか脱線話になっていった。
ミルは酔いつぶれてしまい、ボルチーは門を開けて月下に涼んでいた。そこへカールチンが、黒装束の武装した部下十数人を連れてやってきた。マンモスは、ボルチーに開門を命じた。
ボルチーがすでに門は開いていると答えると、黒装束の一行は城内に進んで行った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-12-27 14:48:13 文字数:4091 OBC :rm4217
愛善世界社版:202頁 八幡書店版:第7輯 715頁 修補版: 校定版:207頁 普及版:86頁 初版: ページ備考:
001 頃(ころ)しも冬(ふゆ)の初(はじ)め、002木枯(こがらし)の樹々(きぎ)を渡(わた)る声(こゑ)は猛獣(まうじう)の吼(ほ)え猛(たけ)るが如(ごと)く烈(はげ)しき夕間暮(ゆふまぐれ)、003イルナ城(じやう)の表門(おもてもん)を警固(けいご)してゐたミル、004ボルチーの両人(りやうにん)は、005門番(もんばん)の常(つね)として無聊(むれう)を慰(なぐさ)むる為(た)め、006朝(あさ)から晩(ばん)まで碁(ご)を打(う)つ、007将棋(しやうぎ)をさす、008日没後(にちぼつご)は最早(もはや)門(もん)の開閉(かいへい)を要(えう)しないので、009強(きつ)い酒(さけ)に舌鼓(したつづみ)を打(う)ち、010下宿(げしゆく)の二階(にかい)で天下(てんか)を論(ろん)ずる書生(しよせい)気分(きぶん)になり、011性(しやう)にも似合(にあ)はぬ議論(ぎろん)に時(とき)を移(うつ)してゐた。
012ミル『オイ、013ボルチー、014今日(けふ)は久(ひさ)しぶりでセーラン王(わう)様(さま)が沢山(たくさん)な御(ご)家来(けらい)をつれてお帰(かへ)り遊(あそ)ばしたので、015俺(おれ)達(たち)も何(なん)とはなしに、016其処(そこ)等(ら)中(ぢう)が暖(あたた)かい気分(きぶん)になつて来(き)たよ。017肝腎(かんじん)な主人(しゆじん)が不在(ふざい)だと、018何処(どこ)ともなしに冷(つめ)たい淋(さび)しいものだ。019一(ひと)つ今日(けふ)は祝(いはひ)に、020トロツピキ酔(よ)ふ事(こと)にしようかい』
021ボルチー『何(なん)だか俺(おれ)も酒(さけ)の加減(かげん)で、022冷(つめ)たい体(からだ)が暖(あたた)かうなつて来(き)たよ。023併(しか)しながら貴様(きさま)、024聞(き)いてるだらうが、025あのカールチンにお位(くらゐ)を譲(ゆづ)らるると云(い)ふ事(こと)だが、026実際(じつさい)だらうかな。027何(なん)で又(また)物好(ものず)きな、028王位(わうゐ)を捨(す)てて、029あんな受(うけ)のよくないカールチンに位(くらゐ)を譲(ゆづ)つたりなさるのだらう。030余(あんま)り世(よ)の中(なか)が物騒(ぶつそう)なので、031政治(せいぢ)にお飽(あ)き遊(あそ)ばして、032吾々(われわれ)臣下(しんか)や国民(こくみん)を捨(す)て、033山林(さんりん)に隠遁(いんとん)して光風(くわうふう)霽月(せいげつ)を友(とも)とすると云(い)ふ風流(ふうりう)な生活(せいくわつ)を送(おく)られる考(かんが)へだらうかな』
034ミル『何(なん)と云(い)つても、035時節(じせつ)の力(ちから)には神(かみ)様(さま)でも叶(かな)はぬのだから仕方(しかた)がないさ。036禅譲(ぜんじやう)放伐(はうばつ)と云(い)つて、037何時(いつ)迄(まで)も世(よ)は持(も)ちきりと云(い)ふ事(こと)はない。038あひさに[※「あひさに」は「時々」「たまに」の意か? 京都弁や兵庫弁で「あいさに」は「時々」「たまに」の意味である。]頭(あたま)が代(かは)るのも亦(また)人気(にんき)が新(あたら)しくなつて宜(よ)いかも知(し)れないよ。039カールチンさまも、040矢張(やつぱり)神界(しんかい)の御(ご)都合(つがふ)で刹帝利(せつていり)にお成(な)り遊(あそ)ばす時節(じせつ)が来(き)たのだらう』
041ボルチー『左守司(さもりのかみ)様(さま)を差措(さしお)いて一段下(いちだんした)な右守司(うもりのかみ)様(さま)に位(くらゐ)を譲(ゆづ)られるとは、042チツと順序(じゆんじよ)が違(ちが)ふぢやないか』
043ミル『漢朝(かんてう)に帝尭(ていげう)と云(い)ふ天子(てんし)があつた。044在位(ざいゐ)七十(しちじふ)年(ねん)、045年(とし)既(すで)に老(お)いたれば、046何人(なにぴと)に天下(てんか)を譲(ゆづ)るべきかと大臣(だいじん)等(ら)に御(お)尋(たづ)ねになつた。047大臣(だいじん)は皆(みな)諂(へつら)つて、048幸(さいはひ)に皇太子(くわうたいし)様(さま)御(お)在(は)しまさば、049丹朱(たんしゆ)にこそ御(お)譲(ゆづ)りなさいませと申上(まをしあ)げた。050さうすると帝尭(ていげう)といふ天子(てんし)の言(げん)に、051天下(てんか)は是(これ)一(いち)人(にん)の天下(てんか)ではない、052何(なに)を以(もつ)てか吾(わが)太子(たいし)なればとて、053徳(とく)足(た)らず政(まつりごと)の真義(しんぎ)を知(し)らないものに位(くらゐ)を譲(ゆづ)り、054四海(しかい)の民(たみ)を苦(くる)しむべきやと仰(あふ)せられ、055皇太子(くわうたいし)たる丹朱(たんしゆ)に譲(ゆづ)り給(たま)はず、056何処(いづこ)の野(や)に賢人(けんじん)あらむと、057隠遁(いんとん)の者(もの)までも尋(たづ)ね給(たま)ひ、058遂(つひ)に箕山(きざん)といふ所(ところ)に、059許由(きよいう)といふ賢人(けんじん)が世(よ)を捨(す)て光(ひかり)を韜(つつ)み、060唯(ただ)苔(こけ)深(ふか)く松(まつ)痩(や)せたる岩(いは)の上(うへ)に一瓢(いつぺう)を掛(か)け、061瀝々(れきれき)たる風(かぜ)の音(おと)に人間(にんげん)迷情(めいじやう)の夢(ゆめ)を覚(さま)して居(ゐ)た。062帝尭(ていげう)之(これ)を聞(きこ)しめして勅使(ちよくし)を立(た)て、063御位(みくらゐ)を譲(ゆづ)るべき由(よし)を仰(あふ)せ出(いだ)されたが、064許由(きよいう)は遂(つひ)に勅(みことのり)に答(こた)へず、065剰(あま)つさへ、066松風(しようふう)渓水(けいすゐ)の清(きよ)き音(おと)を聞(き)きて折角(せつかく)爽(さはや)かになつた耳(みみ)が、067富貴(ふうき)栄華(えいぐわ)の賤(いや)しき事(こと)を聞(き)かされて、068心(こころ)までが汚(けが)れたやうだ、069と云(い)つて穎川(えいせん)の水(みづ)に耳(みみ)を洗(あら)つて居(ゐ)た。070同(おな)じ山中(さんちう)に身(み)を捨(す)て隠居(いんきよ)して居(ゐ)た巣父(さうふ)といふ賢人(けんじん)が牛(うし)を曳(ひ)いて来(きた)り、071水(みづ)を呑(の)まさむとして、072許由(きよいう)が頻(しき)りに耳(みみ)を洗(あら)つて居(ゐ)るのを見(み)て、073何故(なにゆゑ)に汝(なんぢ)は耳(みみ)を洗(あら)つて居(を)らるるか、074と不思議(ふしぎ)さうに尋(たづ)ねた。075そこで許由(きよいう)は、076帝尭(ていげう)吾(われ)に天下(てんか)を譲(ゆづ)らむと仰(あふ)せられたのを聞(き)いて、077耳(みみ)が汚(けが)れたやうな心地(ここち)がしてならないから、078耳(みみ)を洗(あら)つて居(ゐ)るのだと答(こた)へた。079巣父(さうふ)もまた首(くび)を振(ふ)つて、080如何(いか)にもそれでこの水流(すゐりう)が常(つね)より濁(にご)つて見(み)えたのだなア、081左様(さやう)な汚(けが)れた耳(みみ)を洗(あら)つた水(みづ)を牛(うし)に飲(の)ますと大事(だいじ)の牛(うし)が汚(けが)れると云(い)つて、082牛(うし)を曳(ひ)き連(つ)れて帰(かへ)つて了(しま)つた。083そこで帝尭(ていげう)様(さま)が、084ハテ困(こま)つたことだ、085この天下(てんか)を誰(たれ)に譲(ゆづ)つたが宜(よ)からうかと、086四方(しはう)八方(はつぱう)隈(くま)なく尋(たづ)ね求(もと)め給(たま)うた結果(けつくわ)は、087冀州(きしう)に虞舜(ぐしゆん)といふ賤(いや)しい人(ひと)があつた。088その人(ひと)の父(ちち)は盲目者(めくら)なり、089母(はは)は精神(せいしん)ねぢけて忠信(ちうしん)の言(げん)を道(まも)らず、090徳義(とくぎ)の経(けい)に則(のつと)らずといふ女(をんな)なり、091その弟(おとうと)は象(しやう)といふ驕慢(けふまん)悖戻(はいれい)の曲者(くせもの)であつた。092独(ひと)り虞舜(ぐしゆん)のみは孝行(かうかう)の心(こころ)深(ふか)くして、093父母(ふぼ)を養(やしな)はむが為(ため)に歴山(れきざん)に行(い)つて耕(たがや)すに、094其(その)他(た)の人々(ひとびと)はその徳(とく)に感動(かんどう)して畔(くろ)を譲(ゆづ)り、095雷沢(らいたく)に下(くだ)つて漁(すなど)る時(とき)は其(その)浦(うら)の人々(ひとびと)居(きよ)を譲(ゆづ)り、096河浜(かひん)に陶(すえもの)するに器皆(うつはみな)苦窪(ゆがみいじま)からず、097舜(しゆん)の往(ゆ)きて居(ゐ)る所(ところ)に二(に)年(ねん)在(あ)れば邑(いふ)をなし、098三(さん)年(ねん)あれば都(と)を成(な)すといふ調子(てうし)で、099万(まん)人(にん)が其(その)徳(とく)を慕(した)つて来(き)たといふ立派(りつぱ)な人(ひと)である。100年(とし)二十(はたち)の時(とき)には孝行(かうかう)の誉(ほまれ)天下(てんか)に聞(きこ)えたので、101帝尭(ていげう)様(さま)は此(この)男(をとこ)に天下(てんか)を譲(ゆづ)らむと思召(おぼしめ)して、102先(ま)づ内外(ないぐわい)に付(つ)いて、103其(その)行(おこな)ひを観(み)むと欲(ほつ)し、104娥皇女(がくわうぢよ)、105英(えい)といふ姫宮(ひめみや)を二人(ふたり)まで舜(しゆん)に妻(めあは)せられた。106そして其(その)御子(みこ)九(く)人(にん)を舜(しゆん)の臣下(しんか)として其(その)左右(さいう)に慎(つつし)み随(したが)はせられた事(こと)が、107三十万(さんじふまん)年(ねん)未来(みらい)の支那国(しなこく)にあつた。108カールチン様(さま)も矢張(やつぱり)神徳(しんとく)に由(よ)つて王(わう)様(さま)から位(くらゐ)を譲(ゆづ)られ給(たま)ふのだから、109大(たい)したものだなア、110ゲーウツプーガラガラガラ、111又(また)しても酒(さけ)の奴(やつ)、112天気(てんき)が悪(わる)いので逆流(ぎやくりう)して来(き)よつた。113アーン』
114ボルチー『妙(めう)な処(ところ)へ話(はなし)を持(も)つて行(ゆ)くぢやないか。115然(しか)しながら漢朝(かんてう)の帝尭(ていげう)といふ王(わう)様(さま)は変(かは)つたものだな。116一点(いつてん)の私利(しり)私欲(しよく)もなく、117子孫(しそん)の為(た)めに美田(びでん)を買(か)ふと云(い)ふ様(やう)な利己(りこ)主義(しゆぎ)は微塵(みじん)もなく、118聖人(せいじん)賢人(けんじん)に世(よ)を譲(ゆづ)つて世界(せかい)万民(ばんみん)を安堵(あんど)させようと遊(あそ)ばす其(その)御(ご)精神(せいしん)は、119人主(じんしゆ)たるものの模範(もはん)とすべきものではないか。120吾(わが)セーラン王(わう)様(さま)も、121さうするとヤツパリ帝尭(ていげう)様(さま)の様(やう)な名君(めいくん)だと見(み)えるな。122然(しか)しながら俺(おれ)の考(かんが)へでは右守司(うもりのかみ)のカールチンは、123それ程(ほど)聖人(せいじん)賢人(けんじん)ぢやと思(おも)ふ事(こと)が出来(でき)ないわ。124只(ただ)サマリー姫(ひめ)様(さま)のお父(とう)さまだと云(い)ふ点(てん)が、125ひつかかりで、126刹帝利(せつていり)を譲(ゆづ)られるのかも知(し)れぬ。127それだつたら吾々(われわれ)初(はじ)め国民(こくみん)は大変(たいへん)な迷惑(めいわく)をせなくてはなるまいぞ』
128ミル『そんな事(こと)が吾々(われわれ)門番(もんばん)に分(わか)つて堪(たま)らうかい。129善悪(ぜんあく)正邪(せいじや)は神(かみ)でなければ分(わか)るものぢやないよ。130卑(いや)しき臣下(しんか)の分際(ぶんざい)として、131そんな事(こと)を非難(ひなん)してみた所(ところ)で屁(へ)の突張(つつぱ)りにもなりやせぬわ。132それよりも機嫌(きげん)よく磐若湯(はんにやたう)を召(め)し上(あが)つたら如何(どう)だい』
133ボルチー『其(その)許由(きよいう)と云(い)ふ奴(やつ)、134賢人(けんじん)か知(し)らぬが、135俺(おれ)から見(み)ると余程(よつぽど)いゝ馬鹿(ばか)だなア。136普天(ふてん)の下(した)、137率土(そつと)の浜(ひん)、138皆(みな)王臣(わうしん)王土(わうど)に非(あら)ざるなしと云(い)ふぢやないか。139その王(わう)様(さま)の御(ご)守護(しゆご)遊(あそ)ばす山林(さんりん)にもせよ、140国土(こくど)に住(す)みながら王(わう)の勅命(ちよくめい)を拝受(はいじゆ)せず、141一箪(いつたん)の食(しい)、142一瓢(いつぺう)の飲(いん)、143光風(くわうふう)霽月(せいげつ)を楽(たの)しむと云(い)ふ、144利己主義(われよし)の仙人(せんにん)気取(きど)りになつて、145国家(こくか)を忘却(ばうきやく)すると云(い)ふ馬鹿者(ばかもの)が何処(どこ)にあるか。146今(いま)の奴(やつ)はさう云(い)ふ拗者(すねもの)を指(さ)して聖人(せいじん)賢人(けんじん)と持(も)てはやしてゐる奴(やつ)が多(おほ)いからサツパリ呆(あき)れて了(しま)ふわ。147巣父(さうふ)も巣父(さうふ)で、148担(にな)うたら棒(ぼう)の折(を)れる様(やう)な馬鹿者(ばかもの)だ。149余程(よつぽど)貧乏相(びんぼふさう)と見(み)えるわい。150耳(みみ)を洗(あら)うた川水(かはみづ)を牛(うし)に呑(の)ますと牛(うし)が汚(けが)れるなんて、151何処(どこ)まで馬鹿(ばか)だか見当(けんたう)がつかぬぢやないか。152そこになると虞舜(ぐしゆん)は偉(えら)いわい。153王(わう)様(さま)の姫君(ひめぎみ)を二人(ふたり)まで女房(にようばう)に貰(もら)ひ、154到頭(たうとう)天下(てんか)をゾロリと頂戴(ちやうだい)したのだから、155俺(おれ)等(たち)から考(かんが)へて見(み)ると余程(よほど)理想(りさう)的(てき)の人物(じんぶつ)だ。156末代(まつだい)迄(まで)も尭舜(げうしゆん)の世(よ)と云(い)つて、157かけかまへのない後世(こうせい)の人間(にんげん)にまで持囃(もてはや)される様(やう)になつたのも、158ヤツパリ虞舜(ぐしゆん)が円転(ゑんてん)滑脱(くわつだつ)、159自由(じいう)自在(じざい)の身魂(みたま)の働(はたら)きをやつたからだ。160許由(きよいう)、161巣父(さうふ)なんて、162舜(しゆん)に比(くら)ぶればお話(はなし)にならぬぢやないか』
163ミル『そらさうだ。164俺(おれ)でも許由(きよいう)だつたら、165耳(みみ)を洗(あら)ふ処(どころ)か二(ふた)つ返事(へんじ)で、166猫(ねこ)が鰹節(かつをぶし)に飛(と)びついた様(やう)にニヤンのカンのなしにチユウチユウチユウと吸(す)ひつくのだけどな。167然(しか)しカールチン様(さま)もヤツパリ虞舜流(ぐしゆんりゆう)だ。168一(いち)も二(に)もなく刹帝利(せつていり)を受(う)けるのだからヤツパリ偉(えら)いわい。169三百(さんびやく)余(よ)騎(き)の士(し)を抱(かか)へ、170うまく大黒主(おほくろぬし)の喉元(のどもと)へ飛(と)び込(こ)み睾丸(きんたま)を握(にぎ)つてゐるのだから、171今日(こんにち)の運(うん)が向(む)いて来(き)たのだ。172左守(さもり)さまの様(やう)に兵(へい)は凶器(きやうき)也(なり)、173誠(まこと)の道(みち)を以(もつ)て民(たみ)を治(をさ)むるに軍人(ぐんじん)等(など)が要(い)るものかと云(い)つて、174王(わう)様(さま)始(はじ)め自分(じぶん)迄(まで)が軍人(ぐんじん)らしきものをお抱(かか)へ遊(あそ)ばさぬのだから、175已(や)むを得(え)ず時(とき)の勢(いきほひ)抗(かう)すべからずと云(い)ふ塩梅(あんばい)で譲位(じやうゐ)さるる事(こと)になつたのだらうよ。176これを思(おも)へばヤツパリ人間(にんげん)は勢力(せいりよく)が肝腎(かんじん)だ。177交際術(かうさいじゆつ)に長(ちやう)じ、178権門(けんもん)勢家(せいか)に尾(を)を掉(ふ)り、179頭(かしら)を傾(かたむ)け、180敏捷(すばしこ)くまはるのが社会(しやくわい)の勝利者(しようりしや)だ』
181ボルチー『オイ、182ミル、183貴様(きさま)はカールチンさまが刹帝利(せつていり)になられても、184ヤツパリ神妙(しんめう)に門番(もんばん)を勤(つと)める考(かんが)へか。185よもや、186そんな馬鹿(ばか)な事(こと)はしよまいね。187忠臣(ちうしん)二君(にくん)に仕(つか)へずと云(い)ふ事(こと)があるからな』
188ミル『そんなことは今(いま)発表(はつぺう)する限(かぎ)りでないわい。189俺(おれ)は俺(おれ)としての一(ひとつ)の見識(けんしき)を持(も)つてゐるのだから……夜(よ)も大分(だいぶ)に更(ふ)けて来(き)た様(やう)だ。190ドレ、191モウ寝(やす)まうぢやないか』
192と云(い)ふかと思(おも)へば、193其(その)儘(まま)ゴロンと酔(よ)ひ倒(たふ)れ、194白河(しらかは)夜船(よぶね)を漕(こ)いで忽(たちま)ち華胥(くわしよ)の国(くに)へ行(い)つて了(しま)つた。195ボルチーはミルの高鼾(たかいびき)に寝就(ねつ)かれず、196微酔(ほろよひ)機嫌(きげん)で潜(くぐ)り門(もん)をガラリと開(あ)け、197ほてつた顔(かほ)を夜風(よかぜ)にさらし酔(よひ)を覚(さ)まさむと、198ブラリブラリと門前(もんぜん)を迂路(うろ)つき始(はじ)めた。199折柄(をりから)雲(くも)を排(はい)して現(あら)はれた月(つき)の光(ひかり)は容赦(ようしや)なくボルチーの頭(かしら)を照(て)らした。
200ボルチー『あゝあ、201いゝ気分(きぶん)だ。202秋(あき)の月(つき)も気分(きぶん)が宜(よ)いが、203冬(ふゆ)の夜(よ)の空(そら)にかかる月(つき)は、204何処(どこ)ともなしに凄味(すごみ)があつて之(これ)も亦(また)一種(いつしゆ)の風流(ふうりう)だ。205月(つき)と云(い)ふ餓鬼(がき)や、206いつ見(み)ても、207あまり気分(きぶん)の悪(わる)くないものだ。208其(その)代(かは)りに日天(につてん)様(さま)に比(くら)ぶれば気(き)の利(き)かぬこたア夥(おびただ)しい。209豆明月(まめめいげつ)だとか、210薯明月(いもめいげつ)だとか、211月見(つきみ)の宴(えん)だとか、212何(なん)だとか云(い)つて、213人間(にんげん)さまの翫弄(おもちや)にしられて平気(へいき)の平座(へいざ)で空(そら)に控(ひか)へてゐるのだからなア。214ゲー、215ガラガラガラ、216あゝあ苦(くる)しい苦(くる)しい、217あまり月(つき)の叱言(こごと)を云(い)つたので、218嘔吐(へど)をつきさうだ。219サツパリ嘔吐(へど)つき、220間誤(まご)つき、221きよろつきさがして、222寝(ね)つきが悪(わる)くて、223こんな処(ところ)までつき出(だ)されて来(き)たのだな。224日天(につてん)様(さま)と云(い)ふお方(かた)は神威(しんゐ)赫々(くわくくわく)として犯(をか)すべからず、225ど日中(ひなか)に月(つき)さまの様(やう)に酒肴(さけさかな)を拵(こしら)へて、226日輪見(にちりんみ)をしようと云(い)つてお顔(かほ)を拝(をが)まうものなら、227忽(たちま)ち目(め)は晦(くら)くなり、228頭(あたま)はガンガンする、229神罰(しんばつ)は覿面(てきめん)に当(あた)る。230大自在天(だいじざいてん)様(さま)は日輪(にちりん)様(さま)だ。231三五教(あななひけう)は月天(みろく)様(さま)だと云(い)つてゐるが、232大自在天(だいじざいてん)と弥勒(みろく)さまとは、233これだけ神力(しんりき)が違(ちが)ふのだから、234ヤツパリ俺(おれ)達(たち)の奉(ほう)ずるバラモン教(けう)は天下(てんか)一品(いつぴん)の教(をしへ)だ』
235と管(くだ)を巻(ま)き一人(ひとり)囀(さへづ)つてゐる。
236 そこへ慌(あわただ)しく十数(じふすう)人(にん)の部下(ぶか)を引率(ひきつ)れやつて来(き)たのは、237失恋組(しつれんぐみ)の大将(たいしやう)カールチンを初(はじ)め、238ユーフテス、239マンモスの面々(めんめん)であつた。240ボルチーは先頭(せんとう)に立(た)つたマンモスにドンと突当(つきあた)り、241ヒヨロ ヒヨロ ヒヨロと五歩(いつあし)六歩(むあし)後(あと)しざりしながら、242路傍(ろばう)の枯草(かれくさ)の上(うへ)にドスンと腰(こし)を下(おろ)した。243草(くさ)の上(うへ)には霜(しも)の剣(つるぎ)が月(つき)に照(て)らされて閃(きら)めいてゐる。
244ボルチー『あいたゝゝ、245誰(たれ)ぢやい、246人(ひと)に衝突(しようとつ)しやがつて、247御免(ごめん)なさいと吐(ぬか)さぬかい、248アーン。249礼儀(れいぎ)を知(し)らぬも程(ほど)があるわい。250一体(いつたい)きゝゝ貴様(きさま)はいゝゝ一体(いつたい)何処(どこ)の馬骨(ばこつ)だ。251俺(おれ)を何様(どなた)と心得(こころえ)てゐる。252勿体(もつたい)なくもイルナ城(じやう)の門番(もんばん)のボルチーさまだぞ』
253マンモス『ヤア、254よい処(ところ)で会(あ)うた。255貴様(きさま)、256これから俺(おれ)等(たち)の先頭(せんとう)をして表門(おもてもん)を開(ひら)くのだ。257サア立(た)てい』
258ボルチー『俺(おれ)はチツとばかり酩酊(めいてい)してゐるから、259暫(しばら)く此処(ここ)で月(つき)を眺(なが)め酔(よひ)を醒(さ)ますから、260先(さき)へ行(い)つてくれ。261潜(くぐ)り門(もん)を開(ひら)いておいたから……ヤア何(なん)と沢山(たくさん)の黒頭巾(くろづきん)だなア』
262マンモス『近(ちか)き未来(みらい)の刹帝利(せつていり)カールチン様(さま)のお通(とほ)りだ』
263と肩肱(かたひじ)怒(いか)らし、264一行(いつかう)と共(とも)に城内(じやうない)さして進(すす)み入(い)る。
265(大正一一・一一・二四 旧一〇・六 北村隆光録)
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