霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第四章 神祗の奉斎

インフォメーション
題名:第四章 神祇の奉斎 著者:出口王仁三郎
ページ:63 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例:2017/9/20校正。 データ最終更新日:2017-09-20 02:31:18 OBC :B121801c13
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]神霊界 > 大正8年4月15日号(第84号) > 皇道我観(三)
 皇国(くわうこく)大道(だいだう)は、神祇(じんぎ)奉斎(ほうさい)するを(もつ)て最要とす。(しか)して(さい)に二法あり、(いは)顕斎(けんさい)、曰く幽斎(いうさい)()れなり。道の大原(たいげん)に曰く『幽斎は(れい)を以て霊に対し、顕斎は(かたち)を以て形に対す。故に幽斎は神像(しんぞう)宮社(ぐうしや)無し、(しか)して真神(しんしん)を祈る。顕斎は神像宮殿有り、而して神像を祭る俗学蒙昧(もうまい)にして古義(こぎ)を知らず、混じて以て一と為し、()して以て(よろづ)と為し、停止する所無し。実に祭儀の大疵(たいし)なり』と。(しか)りと(いへど)も、顕斎にして幽斎ならざるも()なり。幽斎にして顕斎ならざるも(また)非なれば、祭祀の大道は、一方に偏執せざるを以て中道(ちうだう)()()し。吾人は(ここ)に慎んで、顕斎即ち祭祀、幽斎即ち祈願の大道を講明(かうめい)し、以て大方(おほかた)の参考に()せむと(ほつ)す。
   祭祀
 人は()(もと)づき、祖は神に(もと)づく。故に人の道たる報本反始(はうほんはんし)(たふと)ぶ、報本反始(はうほんはんし)()れ祭祀の()りて(おこ)る所なり。(うやうや)しく、上古(じやうこ)祭祀の(おこ)りを(かんが)ふるに、天祖の天孫を下土(かど)(くだ)すや、(これ)宝鏡(ほうきやう)(さづ)け、()つて斎鏡(さいきやう)と為し給ひ、また天之児屋根(あめのこやねの)(みこと)天之太玉(あめのふとたまの)(みこと)(ちよく)して、神籬(ひもろぎ)を持ち、()つて下土(かど)(くだ)して、天孫の為めに之を奉斎せしめ給ふ。是れ祭祀の(おこ)る所なり。天孫(すで)宝鏡(ほうきやう)(ほう)じ以て下土(かど)(くだ)り、児屋根(こやね)太玉(ふとたま)二神をして各(その)職を奉じ、天上の儀に(したが)ひ、以て祭祀の礼を行はしめ給ふ。此の時に(あた)り、天祖(あめ)(をは)して下土を照臨(せうりん)し玉ひ、天孫群臣(ぐんしん)(ひき)ゐて誠敬(せいけい)(しも)に尽す。祭政維一(さいせいゐいつ)治むる所の天職、(かは)る所の天工(てんこう)、一として天祖に(つか)ふる所以(ゆゑん)に非ざるもの無く、天を敬ひ(おや)(たふと)び、以て其の(たみ)(のぞ)み玉ふ。(ここ)(おい)()君臣(くんしん)(ぶん)(さだ)まり、父子(ふし)(しん)(あつ)し。至恩(しおん)(うち)(たか)くして大義(そと)(あきら)かなり。()れ天孫の国を建て、(もとゐ)(ひら)き玉ひし所以(ゆゑん)太端(はじめ)なり。神武天皇の御宇(ぎよう)に及びて、(みづか)ら天下を平定し給ひ、霊疇(れいちう)鳥見山(とりみやま)に立て、以て皇祖天神を奉祭し給ひ、崇神(すじん)天皇は深く神祗を敬畏(けいゐ)し、殿内(でんない)より之を(そと)に移し、天祖を笠縫(かさぬひ)(いふ)に祭り、天下蒼生(さうせい)と共に(これ)敬事(けいじ)尊奉(そんぽう)し給ひ、垂仁(すゐにん)天皇(くらゐ)()ぎ玉ひ、(みことのり)(くだ)して(のたまは)く、『先皇(せんくわう)神祗(しんぎ)を礼祭し以て昇平(しようへい)を致し玉ふ、(ちん)が世に(あた)りて祭祀を(おこた)るを得ず』と、(すなは)倭姫命(やまとひめのみこと)に命じて、天祖鎮座の地を求めて、笠縫(かさぬひ)(いふ)より諸国を経て、以て伊勢に至り、神勅を奉じ、宮殿を五十鈴川(いすずがは)(かみ)に創建し玉ふ。此の事、今を(はなる)る既に一千九百五十有余年なり。(しか)して宮城(きうじやう)移らず、殿閣(でんかふ)巍然(ぎぜん)として神徳(いよいよ)高大無限なり。嗚呼(ああ)(さかん)なる(かな)垂仁帝(すゐにんてい)(のち)列聖(あひ)()け、敬事(けいじ)怠り玉はず、祭祀の礼倍々(ますます)(そな)はれり。光仁(くわうにん)天皇の(みことのり)(のたまは)く『神祗を祭祀するは国に大典なり』と。禁秘御抄(きんぴごせう)に曰く『禁中(きんちう)の作法、神事(しんじ)を先にし他事(たじ)を後にす』、右大臣(うだいじん)石川麻呂(いは)く『先づ神祗を祭り、而して(のち)政事(せいじ)(はか)る』と。(これ)を以て、皇室歴世(れきせい)祭祀を崇重(すうちよう)し玉ひしを見る()し。皇室(すで)に祭祀を尊重し給ふ故に、其の祭祀を(つかさど)る者、(また)天児屋根(あめのこやね)天太玉(あめのふとたま)二臣(にしん)後裔(こうえい)なり。児屋根の(のち)中臣(なかとみ)(うぢ)たり、太玉の(のち)齊部(いんべ)(うぢ)たり。祭祀の日、中臣天神(なかとみてんしん)寿詞(ほぎごと)を奉じ、齊部神璽(いんべしんじ)鏡劔(きやうけん)を奉ず。其他(そのた)百執事、(また)(みな)其の職を()ぎ、連葉(れんえう)替へず、駿奔(しゆんぽん)(こと)()け、当初の礼儀に()り、(がう)も天祖、()を伝ヘ玉ひし日に(ことな)ること無く、(しか)して君臣(くんしん)皆その(はじめ)を忘れざるなり。()つ群臣の祖先、(また)(みな)天祖天孫に(つか)へ、民生(みんせい)功徳(くどく)あり、列して祀典(してん)に在り、而して宗子(そうし)族人(ぞくじん)糾輯(きうしふ)し、以て其の祭儀を(つかさ)どり、(いり)ては以て(その)祖に孝を述べ、(いで)ては以て大祭に供奉(くほう)し、子孫継述(けいじゆつ)、万世一日(いちじつ)忠孝一に()で、而して政教(わか)れず、不言(ふげん)(をしへ)無為(むゐ)(くわ)(おのづか)ら天下に行はれ、家には忠厚の(ふう)あり、人には孝順の俗あり、(たみ)(ただ)天祖を敬ひ、天胤(てんいん)を奉ずるを知るのみ。(むか)(ところ)一定して異物を見ず、是を以て民志(みんし)一にして、而して天人合一す。是れ皇統の天壌(てんじやう)(とも)に、(あひ)終始して(かは)らざる所以(ゆゑん)なり。報本反始(はうほんはんし)の義、それ(だい)なる(かな)
 祀礼(しれい)(すう)()り。(その)天祖を祭るは、天を敬ひ祖を尊ぶ所以(ゆゑん)なり。其の国祖(おほとこぬし)及び豊受姫(とようけひめ)を祭るは、国土を鎮護し、民生(みんせい)を厚くし玉ふ所以(ゆゑん)なり。其の山海草木(さんかいさうもく)風火金水(ふうくわきんすゐ)百物(ひやくぶつ)の神、及び皇子(くわうし)皇孫(くわうそん)、忠臣烈士、世を(さいはひ)し国家に功労ある者を祭るは、其の功徳(くどく)(むく)ゆる所以(ゆゑん)なり。宮中(きうちう)八神(はつしん)座摩(ざま)等の(まつり)は、天位(てんゐ)を保護し、国家を安静ならしむる所以(ゆゑん)なり。祀典(してん)(もく)に至つては、即ち践祚(せんそ)大嘗祭(だいじやうさい)等、(これ)大祭(だいさい)と為す。天皇(くらゐ)()き、(おほい)に天祖に報じ玉ふなり。元始祭(げんしさい)は天皇(みづか)ら、天祖天神及び列聖を祭り以て宝祚(ほうそ)元始(げんし)を祝し玉ふなり。祈年祭(きねんさい)時令(じれい)順序を、天下の諸社(しよしや)(いの)り玉ふなり。月次祭(つきなみさい)庶人(しよじん)宅神祭(たくしんさい)(ごと)し。新嘗祭(にひなめさい)はその義、大嘗会(だいじやうゑ)の如くにして、歳々(としとし)(これ)を行ひ、以て祈年(きねん)(まつり)報賽(はうさい)し玉ふなり。神宮(じんぐう)(また)別に、神衣(しんい)神甞祭(かんなめさい)あり、以て天祖の嘉穀(かこく)(わか)ち、養蚕(やうさん)(をし)ふるの徳に報ゆるなり。(また)中祭(ちうさい)と為す。()大忌(おほいみ)大殿(おほとの)鎮花(ちんくわ)鎮火(ちんくわ)等の(まつり)(これ)小祭(せうさい)と為す。(すべ)(かく)の如きもの、(みな)天に(つか)へ祖を祀り、孝を()(たみ)を愛する所以(ゆゑん)にして、一として報本反始(はうほんはんし)の大義に()でざるは無し。()所謂(いはゆる)報本反始は、(ただ)に皇室のみに非ず、庶民と(いへど)も、(また)(よろ)しく(しか)るベきなり。如何(いかん)とならば、即ち人は祖に(もと)づき、祖は神に(もと)づく、故に人の道たる、報本反始より(たふと)きは無かるべし。(ああ)庶民も、(また)(あに)人の子孫に非ざらんや。父母は(われ)を生み、我を育てて、我を長じ、我為(わがため)焦慮(せうりよ)し、我為に苦労す。()(たれ)か父母なからんや、誰か愛慕の心なからんや。父母(ぼつ)して(しか)して(これ)を祭るは、其の愛慕の心に()りて、以て之が礼を制し、以て其の無極の恩に報ゆるなり。祖宗(そそう)を祭り父母の心を(たい)し、以て其の恩に報ゆるなり。神祗を祭り祖宗の先に(さかのぼ)り以て其の恩に報ゆるなり、()れ子孫()れば、即ち必ず父母あり。父母()れば則ち必ず祖宗あり。祖宗()れば則ち神祗有り。(こころみ)に思へ、(すゑ)より(もと)()すに、(もと)(また)(もと)有り。(もと)(もと)を為すものは神祗なり。故に庶人(しよじん)(もと)(また)(みな)神に()で、一民(いちみん)として神祗の(たね)に非ざる(もの)無し。(いは)んや神徳至大にして、神恩の至厚(しこう)なる、人の世に在る一事一物、(ことごと)く神の恩徳に()る。(かく)の如くんば、何ぞ()れ敬祭せざる(べけ)んや。(けだ)し神の(かず)たる八百万(やほよろづ)(おは)しませり。(しか)して(いづれ)の神を祭るを以て()となすか。曰く、庶民(よろ)しく祭るベき所のもの三()り。曰く天祖なり、国祖なり、産土神(うぶすながみ)なり。()れ神は、天祖より尊きは()く、天祖より(れい)なるは(なか)らん()、古往今来、天子庶民を問はず、(みな)天祖を敬祭せざるは()し。
 漢人(かんじん)天子に非ざれば、天を祭らずとの(けん)を以て、庶民の天祖を祭る者を論難(ろんなん)して、朝典(てうてん)(せん)する者と為す。何ぞ知らん、人は祖に(もと)づく。祖は神に(もと)づく、故に神を祭らざる者は、祖宗父母を祭らざると其()(おなじ)うす。皇国の習風、漢人の如き陋習(ろうしふ)無し。その大公至正(だいこうしせい)(かく)の如し。
 庶人(しよじん)(また)(よろ)しく(これ)を知り、以て天祖を敬祭す()し。国祖(こくそ)は、地球修成の大功(たいこう)有る神なり。凡て地上に(いき)とし()けるものは、其鴻恩(こうおん)を感謝し、以て之を敬祭せざる(べか)らず。産土神は、諸国土地に鎮まり、(かく)(その)土地に功徳(こうとく)ある者なり。故に其の土地に(ぢう)する者は、必ず祭らざる(べか)らず。
 又氏神(うぢがみ)あり、(いにしへ)の時、(かく)其の(うぢ)の祖先を祭り、之を氏神と()ふ。近世に至り、氏神、産土神(あひ)混合して弁別(べんべつ)(がた)きものあり。要は(みな)(その)土地に功徳(こうとく)ある(もの)、故に産土神に挙げて之を概括するなり。
 庶民(また)(よろ)しく、之を知りて以て産土神を敬祭すベし。凡て祭祀の(じよ)たる天祖を(さき)とし、国祖(これ)に次ぎ、産土神(これ)に次ぎ、祖宗父母(また)(これ)に次ぐ。
 (およ)そ祭祀の礼には(もと)より其(しき)あり。天祖国祖、産土神及び祖宗父母、(かく)其の祭る(ところ)既に(ことな)り、故に其の式(また)同じからず。()つ人には貴賤(きせん)あり、家には貧富(ひんぷ)あり。その儀物(ぎぶつ)()けるや、精粗厚薄(せいそこうはく)(かく)その(ぶん)(したが)ふを()とす。(すべ)て祭祀の儀は、恩徳を報謝する所以(ゆゑん)にして、福祉を求むる所以に非ず。然りと(いへど)も、祭祀を怠らざる時は、即ち福祉(ふくし)求めずして(おのづか)ら至る。祭祀を勤めざる時は、即ち禍殃(わざはひ)(また)求めずして(おのづか)ら至る。祭祀の道、()忽諸(こつしよ)に附す(べけ)()。凡そ祭祀の日には、机席杯皿(きせきはいべい)必ず清潔にし、清酒、稲梁(たうりやう)、果物、蔬菜(そさい)魚鳥(ぎよてう)必ず清鮮なるを要す。然して後、斎戒沐浴(さいかいもくよく)斎明盛服(せいめいせいふく)以て其の礼を行ふ。(しか)して其の(えう)は、即ち誠敬(せいけい)の心を尽すに在り。誠敬の心を尽さずんば、即ち神(かなら)(うづな)ひ玉はず。(いやしく)()く誠敬の心を尽す時は、則ち神祗、祖宗父母の霊、(かく)其の祭る所に(したが)つて、感応来格(かんおうらいかく)し、洋々(やうやう)()として其の上に在り、其の左右に在り。而して其の福を(ふち)し、()(たま)ふこと疑ひ無し。(ああ)()れ人は祖に(もと)づき、祖は神に(もと)づく。故に人の道たる、報本反始より貴きは()し。然らば即ち報本反始の義は、庶民たりと(いへど)も、(また)(よろ)しく遵奉(じゆんぽう)すベし。(いづくん)ぞ独り、皇室のみならん()
   祈願
 祭祀や、祈願や、二者(こん)じて(あきら)かになし(がた)きが如し。()()けて之を論ぜん。宮殿あり拝所ありて儀物(ぎぶつ)供奉(ぐぶ)し、以て神恩を報謝す。之を祭祀と()ひ、儀物を供奉(ぐぶ)すると(いな)とを問はず、(ただ)其の願望する所を、宇宙万有の主宰に()します、真神(しんしん)、天之御中主大神(はじ)め天祖、国祖、(ならび)に八百万神に求むる、之を祈願(また)祈祷(きたう)と謂ふ。祭祀の礼たる、最も重大にして、祈祷の意たる切実なり。吾人(ごじん)は既に前段に(おい)て、祭祀を論じたれば、今又此処(ここ)に祈祷の大意を説かんとす。
 ()れ人(だれ)罪穢(つみけがれ)無からん、即ち解除を受け祭祀を(つと)むと(いへど)も、(よろ)しく誠敬(せいけい)の心を尽し、以て真神(しんしん)に祈願すべし。(およ)そ道を奉ずる者は、始めより(をはり)に至る迄、唯々(ただただ)真神に祈願を為すに依りて徳を成す。その日(まさ)に没せんとするに及んでや、至清至美至善至楽の、高天原(たかあまはら)神園(しんゑん)(のぼ)るを()る者、(もつと)も祈祷の大徳(たいとく)に頼らざる(べか)らず。(これ)の故に祈祷は、実に吾人の急務にして、少時(せうじ)も、忽諸(こつしよ)に附す(べか)らざるものたり。祈祷の義は、(ただ)誠敬の心を尽し、以て神に求むるに()而已(のみ)伏地(ふくち)叩頭(こうとう)発声(はつせい)哀願(あいぐわん)の如きは、(これ)特に其の外貌(ぐわいぼう)のみ。(いたづ)らに其の外貌を飾りて、(うち)に誠敬の心無き者、(もと)より既に、慢神(まんしん)の罪を犯すものなり。(いは)()邪心妄行(ばうかう)()を以て、非理の福を願ひ非分の利を望む者、神(あに)(これ)に災禍を(くだ)さざらんや。是故(これゆゑ)に祈祷の(のり)は、(その)求むる所、一に公正の願望に(いで)しむ()し、(しか)(のち)、其の精誠を以て、(かみ)は天に通じ、(しも)は地に(てつ)す。則ち伏地叩頭発声哀願を(また)ずして、神(すで)に之を()け給ふ(なり)()()れ祈願は、独り(おの)()の為に非ず、又(まさ)に国家師友(しいう)父母兄弟妻子の為に、祈願す()きなり。国家師友兄弟妻子の為にする者は、大抵公正の願望と為す。(ただ)(その)(おの)()のためにする者は、(やや)もすれば、名利逸楽(いつらく)(もとめ)(いづ)るを(まぬ)かれず。()(はた)して(しか)らんか、則ち必ず神の罰を受けむ。故に(おの)()のためにする者は(もつと)(よろ)しく公正の願望に(いづ)べし。公正の願望()(もく)()り。一は則ち、生前の安寧を求むるに在り。吾人の愚昧(ぐまい)にして微弱なる、たとヘ神前の(くやみ)解除の(ちから)有らしむるも、(また)其の日々犯す所の罪悪、(もと)より又(すくな)しとせず。故に(よろ)しく夙夜(しゆくや)神祗に乞ひ、以て其の(わが)罪を、宥恕(いうぢよ)し給ふことを(こひねが)ふべし。又(よろ)しく、(われ)の悔悟と信誠を堅くし、(しか)して異端邪説に惑はざるを請ふべし。又宜しく、我の智識を明かにし、而して神典の主旨に通達し得ることを(こひねが)ふべし。又宜しく、我をして敬神の大道を()み、而して岐路に陥いらざらしめ給はんことを請ふべし。又宜しく、我をして反躬(はんきう)自省(じせい)し、而して事物当然の()(うしな)はざらしめ給はんことを(こひねが)ふベし。又宜しく、(おのれ)胆勇(たんゆう)(さかん)にして、己をして障害艱難(かんなん)に遇うて、其志操(しさう)(へん)ぜざらしめ給はんことを求むべし。誠に()く、(かく)の如くならんには、神明必ず之に感じ玉ひて、以て福祉を其の人に(たま)ふ。是之(これこれ)を生前の安寧を求むと謂ふ。一は即ち、身後(しんご)の永福を求む。身後の永福は、(もつと)も求め難きものと為す。故に独り悪を改め、善を行ひ、功を立て、(あやまち)(おぎな)()し、又唯々(ゐゐ)として懇願痛望(こんぐわんつうまう)、以て神の(われ)を救ひ我を(あはれ)み、我をして根底(ねそこ)の国の苦刑(くけい)を受けずして高天原(たかあまはら)に安住するの恩栄を(かうむ)らしめ玉ふことを(こひねが)ふべし。是之(これこれ)を身後の永福を求むと謂ふ。(この)二者(おのれ)()の為になすと(いへど)も、(また)皆公正の願望にして、名利逸楽の(こひ)に非ず、(これ)実に祈祷の要義なり。凡て祈祷は、(ただ)に天主、天祖を主とし、国祖(これ)に次ぎ、他神(たしん)を主とせず。而して天主は幽邃(いうすゐ)の地、閑静(かんせい)の家を(えら)み、(かつ)神心(しんしん)澄清(ちようせい)にして、一意専念()心魂(しんこん)の上帝の御許(おんもと)に到ることを、暗祈黙祷すベし。(また)天祖国祖を祈るは、(よろ)しく至誠の地を(はじ)め、各自の神床(かむとこ)(おい)て為すべし。凡て祈祷は、誠敬の心を(もつぱら)とすと(いへど)も、(しか)も身の礼儀、実に心と(あひ)応ずるを以て、其の式(また)講明せざるべからず、而して其儀式たるや、(ただ)に簡易なるを(たふと)び、而して繁雑なるを卑しむ。既に幽斎則ち祈願の場に於ては、先づ身体を整へ、瞑目静坐すベし。身体衣服を清潔にすベし。而して後、感覚を蕩尽(たうじん)し邪念を断滅すべし。最初先づ再拝し、(つい)で手を()つこと二回、天主、天祖、天皇、国祖、産土神の尊号を唱ふるもの三回静粛に、其の願望する所を()(をは)り、数分間の(のち)(わが)心魂の神明に感合せしを(おぼ)ゆると同時に、又両次(りやうじ)拍手(はくしゆ)し、而して(のち)二拝して()むべし。また祈願の時は晨昏(しんこん)()と為す。晨時(しんじ)には、則ち神の(われ)に当日を(さいはひ)し、(われ)をして其(ぶん)を守り、過失()からしめんことを()ひ、昏時(こんじ)は即ち、神の(われ)の当日を庇護し給ふを謝し、(また)(まさ)(みづか)ら省み、以て其罪愆(ざいえん)()()し。(およ)そ祈願幽斎(いうさい)の度数たるや、多々益々(ますます)善なりとす。故に晨昏(しんこん)()めず、余時(よじ)(いへど)も事業の閑暇(かんか)には、又(よろ)しく祈願幽斎を執行すベし。余時は必ずしも礼式に拘泥せず、造次(ざうじ)にも顛沛(てんぱい)にも、又(みな)暗祈黙祷し、而して斯須(ししゆ)間断無く、久しきを以て()まず(たゆ)まず、真心を捧げて祈願する時は、神の(われ)佑助(いうじよ)し給ふや必然なり。或人(あるひと)(なん)じて曰く、()の祈祷を論ずるや()()。然るに人間万事、悉皆(しつかい)神明の御旨(ぎよし)()る。今(すなは)ち祈祷以て其の願望する所を求むるは、(あに)神旨(しんし)(もと)らずと為す()神旨(しんし)(もと)りて祈祷を(つと)むるは、(かし)こからずやと。曰く(これ)(いたづ)らに其一を知つて、其二を知らざる者也。天祖の天之窟戸(あまのいはと)()り給ふや、六合(りくがふ)(うち)闇黒(あんこく)にして昼夜を弁せず、而して万妖(ことごと)(おこ)りき。(ここ)八百万神(やほよろづがみ)(かしこ)み惑ひて、殆ど為す所を知らず。(ここ)に於て()思兼神(おもひかねのかね)の智慮に()りて、始めて祈祷を行ひ、以て()く、天祖の(いかり)を解き和らげ、天之窟戸(あまのいはと)(いだ)し万妖を伏せ、六合の(うち)再び照明を得たるは、()れ祈祷の明験と謂ふベし。(しか)らば則ち、祈願は神旨に戻らず、又何の不可か()れ有らんや(けだ)し天地の変、()ほ祈祷に()りて以て其(つね)(ふく)す。(いは)()人事に於てをや。故に曰く、急務にして少時(せうじ)忽諸(こつしよ)に附すべからざるものは、幽斎(すなは)ち祈祷なり。
   
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