霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 楽屋内(がくやうち)〔一三三九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第52巻 真善美愛 卯の巻 篇:第1篇 鶴首専念 よみ(新仮名遣い):かくしゅせんねん
章:第3章 楽屋内 よみ(新仮名遣い):がくやうち 通し章番号:1339
口述日:1923(大正12)年01月29日(旧12月13日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年1月28日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
イクとサールの両人は裏口から森の中に道を取り、谷底を通って本街道に出た。そして山口の森に駆けつけ、いかにもして初稚姫に随行を許してもらおうと歌を歌いながら急坂を下って行く。
サールは館を出るときに人に見つからないよう炭俵をかぶってきたので、顔が真っ黒になっていた。そこでイクはおしろいを顔につけて白くなり、二人で白い尉と黒い尉の劇をやって、初稚姫の心を動かそうということになった。
二人は顔を塗って準備をすると、木の枝を折って鈴とみなし、片手に扇を持ち、初稚姫の姿が見えたら三番叟の舞を始めようと工夫をこらしている。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-11-21 20:51:07 文字数:3351 OBC :rm5203
愛善世界社版:38頁 八幡書店版:第9輯 393頁 修補版: 校定版:40頁 普及版:19頁 初版: ページ備考:
001 イク、002サールの両人(りやうにん)は、003裏口(うらぐち)より森(もり)の中(なか)に道(みち)をとり、004二三町(にさんちやう)ばかり水(みづ)浅(あさ)き谷底(たにそこ)を潜(くぐ)つて本街道(ほんかいだう)に出(い)で、005それより山口(やまぐち)の森(もり)に駆(か)けつけ、006初稚姫(はつわかひめ)に、007如何(いか)なる手段(てだて)を以(もつ)てしても随行(ずゐかう)を許(ゆる)されむ事(こと)をと一生(いつしやう)懸命(けんめい)に歌(うた)を歌(うた)ひながら急坂(きふはん)を下(くだ)り行(ゆ)く。
008イク『バラモン軍(ぐん)に従(したが)ひて
009清春山(きよはるやま)の岩窟(がんくつ)に
010留守居(るすゐ)を勤(つと)めゐたる折(をり)
011松彦(まつひこ)、竜公(たつこう)現(あら)はれて
012伊太公(いたこう)司(つかさ)を迎(むか)へとり
013三五教(あななひけう)に帰順(きじゆん)した
014其(その)赤誠(せきせい)にほだされて
015吾(われ)等(ら)も全(まつた)く大神(おほかみ)の
016教(をしへ)に帰順(きじゆん)し奉(たてまつ)り
017祠(ほこら)の森(もり)に奉仕(ほうし)して
018今(いま)迄(まで)勤(つと)め来(きた)りしが
019天(あめ)の八重雲(やへくも)かき分(わ)けて
020降(くだ)り給(たま)ひし宣伝使(せんでんし)
021初稚姫(はつわかひめ)の神徳(しんとく)に
022心(こころ)も魂(たま)も奪(うば)はれて
023今(いま)は全(まつた)く三五教(あななひけう)の
024正(ただ)しき信者(しんじや)となりにけり
025さはさりながら斎苑(いそ)館(やかた)
026神(かみ)の司(つかさ)は綺羅星(きらぼし)の
027如(ごと)くに数多(あまた)ましませど
028愛(あい)と善(ぜん)との権化(ごんげ)とも
029云(い)ふべき司(つかさ)は稀(まれ)ならむ
030初稚姫(はつわかひめ)の神人(しんじん)を
031おいて吾(われ)等(ら)を救(すく)ふべき
032誠(まこと)の神(かみ)はあらざらめ
033吾(われ)等(ら)は之(これ)より御後(みあと)をば
034何処(どこ)々々(どこ)までも慕(した)ひ行(ゆ)き
035其(その)神徳(しんとく)に照(て)らされて
036誠(まこと)の道(みち)の御使(みつかひ)と
037選(えら)まれ生(い)きては地(ち)の世界(せかい)
038死(し)しては霊国(れいごく)、天国(てんごく)の
039教司(をしへつかさ)と任(ま)けられて
040人生(じんせい)最後(さいご)の目的(もくてき)を
041完全(うまら)に委曲(つばら)に遂行(すゐかう)し
042天地(てんち)に代(かは)る功績(いさをし)を
043立(た)てねばおかぬ二人(ふたり)連(づ)れ
044進(すす)めよ進(すす)め、いざ進(すす)め
045山口(やまぐち)さして逸早(いちはや)く
046岩石(がんせき)起伏(きふく)の谷道(たにみち)も
047何(なん)のものかは高姫(たかひめ)や
048妖幻坊(えうげんばう)が途中(とちう)にて
049あらゆる魔法(まはふ)を使(つか)ひつつ
050吾(われ)等(ら)を艱(なや)め攻(せ)むるとも
051何(なに)かは恐(おそ)れむ敷島(しきしま)の
052大和(やまと)男(を)の子(こ)の益良夫(ますらを)が
053神(かみ)の光(ひかり)に照(て)らされて
054悪魔(あくま)の猛(たけ)る山道(やまみち)を
055最急行(さいきふかう)で突破(とつぱ)する
056此(この)首途(かどいで)ぞ勇(いさ)ましき
057「ウントコドツコイ ドツコイシヨ」
058そろそろ坂(さか)がきつなつた
059サールの司(つかさ)、気(き)をつけよ
060即(すなは)ち此処(ここ)が妖幻坊(えうげんばう)や
061醜(しこ)の司(つかさ)の高姫(たかひめ)が
062出現(しゆつげん)したる場所(ばしよ)ぞかし
063「ウントコドツコイ」やつて来(こ)い
064今度(こんど)は俺(おれ)は大丈夫(だいぢやうぶ)
065百万(ひやくまん)人(にん)の力(ちから)をば
066一(ひと)つにかためた宣伝使(せんでんし)
067初稚姫(はつわかひめ)を始(はじ)めとし
068スマートさまが出(で)て厶(ござ)る
069妖幻坊(えうげんばう)の百匹(ひやつぴき)や
070高姫(たかひめ)万匹(まんびき)来(きた)るとも
071もう斯(か)うなれば磐石(ばんじやく)よ
072ああ面白(おもしろ)し面白(おもしろ)し
073神(かみ)に任(まか)せし此(この)身体(からだ)
074神(かみ)の御(おん)為(た)め世(よ)の為(た)めに
075一心(いつしん)不乱(ふらん)に走(はし)り行(ゆ)く
076「ウントコドツコイ、ヤツトコシヨ」
077サールの司(つかさ)何(なに)してる
078何程(なにほど)お前(まへ)のコンパスが
079俺(おれ)に比(くら)べて短(みじか)いと
080云(い)つても之(これ)又(また)あんまりだ
081滅相(めつさう)足(あし)の遅(おそ)い奴(やつ)
082愚図(ぐづ)々々(ぐづ)してると姫(ひめ)様(さま)が
083後姿(うしろすがた)を御覧(ごらう)じて
084こらこら待(ま)てよ両人(りやうにん)と
085呼止(よびと)められたら何(なん)とする
086折角(せつかく)智慧(ちゑ)を搾(しぼ)り出(だ)し
087ここまで企(たく)んだ狂言(きやうげん)が
088水泡(すゐほう)に帰(き)して了(しま)ふぞや
089ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
090御霊(みたま)幸(さち)はへましまして
091初稚姫(はつわかひめ)の神司(かむづかさ)が
092吾(われ)等(ら)二人(ふたり)を快(こころよ)く
093長途(ちやうと)の旅(たび)の御(おん)供(とも)を
094許(ゆる)させ給(たま)ふ計(はか)らひを
095廻(めぐ)らせ吾(われ)等(ら)が一念(いちねん)を
096遂(と)げさせ給(たま)へ大御神(おほみかみ)
097珍(うづ)の御前(みまへ)に願(ね)ぎ奉(まつ)る
098朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
099月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
100大地(だいち)は泥(どろ)に浸(ひた)るとも
101思(おも)ひ立(た)つたる此(この)首途(かどで)
102ひきて帰(かへ)らぬ桑(くは)の弓(ゆみ)
103何処(どこ)々々(どこ)までも従(したが)ひて
104初稚姫(はつわかひめ)の神格(しんかく)に
105照(て)らされ吾(われ)等(ら)が本分(ほんぶん)を
106尽(つく)さにやおかぬ大和魂(やまとだま)
107ああ勇(いさ)ましし勇(いさ)ましし
108之(これ)につけてもハル、テルや
109イルの奴(やつ)等(ら)は馬鹿者(ばかもの)だ
110気転(きてん)を利(き)かして何故(なぜ)早(はや)く
111お先(さき)へ失敬(しつけい)せなんだか
112ヤツパリ智慧(ちゑ)のない奴(やつ)の
113する事(こと)ア何処(どこ)かに間(ま)がぬけて
114まさかの時(とき)には空気(くうき)ぬけ
115思(おも)へば思(おも)へば面白(おもしろ)い
116守(まも)らせ給(たま)へ惟神(かむながら)
117神(かみ)の御前(みまへ)に願(ね)ぎまつる』
118 サールは又(また)歌(うた)ふ。
119サール『「ウントコドツコイ ドツコイシヨ」
120何時(いつ)来(き)て見(み)ても此(この)坂(さか)は
121行歩(かうほ)に苦(くる)しむ難所(なんしよ)だな
122これ待(ま)て暫(しば)しイクの奴(やつ)
123それ程(ほど)慌(あわ)てて何(なん)にする
124初稚姫(はつわかひめ)の御司(みつかさ)は
125後(あと)から厶(ござ)るに違(ちが)ひない
126まアボツボツと行(ゆ)くがよい
127もし過(あやま)つて転(こ)けたなら
128弱味(よわみ)を見(み)すまし高姫(たかひめ)や
129妖幻坊(えうげんばう)が現(あら)はれて
130先度(せんど)の様(やう)にえらい目(め)に
131遇(あ)はしよつたら何(なん)とする
132さきにはスマートに助(たす)けられ
133又(また)も今度(こんど)はスマートに
134九死(きうし)一生(いつしやう)の所(ところ)をば
135助(たす)けて貰(もら)ふ目算(もくさん)か
136それはあんまり虫(むし)がよい
137柳(やなぎ)の下(した)に二度(にど)三度(さんど)
138鰌(どぜう)は居(を)らぬと云(い)ふ事(こと)を
139お前(まへ)は合点(がつてん)してゐるか
140前車(ぜんしや)の顛覆(てんぶく)するを見(み)て
141後車(こうしや)の必(かなら)ず戒(いまし)めと
142なせとの教(をしへ)を忘(わす)れたか
143猪(ゐのしし)武者(むしや)にも程(ほど)がある
144三五教(あななひけう)の御教(みをしへ)に
145退却(たいきやく)なしと云(い)つたとて
146猪突(ちよとつ)猛進(まうしん)することは
147チツとは考(かんが)へ物(もの)ぢやぞよ
148あああ足(あし)の早(はや)い奴(やつ)
149姿(すがた)が見(み)えなくなりよつた
150此(この)坂道(さかみち)を矢(や)の様(やう)に
151走(はし)つて行(い)つたが目(め)がくらみ
152又(また)もや石(いし)に躓(つまづ)いて
153スツテンドウと顛覆(てんぶく)し
154向脛(むこづね)打(う)つてウンウンと
155苦(くる)しみながら笑(わら)ひ泣(な)き
156屹度(きつと)してるに違(ちが)ひない
157急(いそ)げば廻(まは)れと云(い)ふ事(こと)だ
158一足(ひとあし)々々(ひとあし)気(き)をつけて
159俺(おれ)はボツボツ進(すす)みませう
160「オツト、ドツコイ」きつい坂(さか)
161足(あし)を踏(ふ)み込(こ)む所(とこ)はない
162もし過(あやま)つて辷(すべ)つたら
163それこそ命(いのち)の捨(す)て所(どころ)
164何程(なにほど)下賤(げせん)の身(み)なりとも
165ヤツパリ神(かみ)の生身魂(いくみたま)
166かからせ給(たま)ふ生宮(いきみや)だ
167人(ひと)は持身(ぢしん)の責任(せきにん)を
168忘(わす)れて此(この)世(よ)にたてよまい
169何程(なにほど)身魂(みたま)が偉(えら)くとも
170現実界(げんじつかい)に働(はたら)くは
171如何(どう)しても体(たい)が必要(ひつえう)だ
172霊肉(れいにく)ともに完全(くわんぜん)に
173保全(ほぜん)しまつり大神(おほかみ)の
174大神業(だいしんげふ)に仕(つか)ふるは
175人(ひと)の人(ひと)たる務(つと)めなり
176ああ惟神(かむながら)々々(かむながら)
177神(かみ)の恵(めぐみ)の幸(さち)はひて
178吾(われ)等(ら)二人(ふたり)は恙(つつが)なく
179此(この)急坂(きふはん)を駆(か)け下(くだ)り
180初稚姫(はつわかひめ)のおでましを
181行手(ゆくて)の森(もり)で待(ま)ち迎(むか)へ
182千言(せんげん)万語(ばんご)を費(つひや)して
183御供(みとも)に供(つか)へまつるべく
184あらゆるベストを尽(つく)すべし
185それでも聞(き)き入(い)れ給(たま)はずば
186皇(すめ)大神(おほかみ)の御(おん)守護(しゆご)で
187初稚姫(はつわかひめ)の体(たい)をかり
188其(その)言霊(ことたま)を使用(しよう)して
189御供(みとも)を許(ゆる)させ給(たま)ふべし
190朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
191月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
192此(この)目的(もくてき)を達(たつ)せねば
193吾(われ)等(ら)二人(ふたり)は死(し)すとても
194祠(ほこら)の森(もり)へは帰(かへ)らない
195吾(わが)誠心(まごころ)を憐(あは)れみて
196許(ゆる)させ給(たま)へ大御神(おほみかみ)
197珍(うづ)の御前(みまへ)に願(ね)ぎまつる
198「ウントコドツコイ ドツコイシヨ」
199そろそろ道(みち)が緩(ゆる)うなつた
200大方(おほかた)此処(ここ)等(ら)でイク公(こう)が
201息(いき)を休(やす)めて居(ゐ)るだらう
202大難関(だいなんくわん)も恙(つつが)なく
203突破(とつぱ)したるに違(ちが)ひない
204之(これ)も全(まつた)く神(かみ)様(さま)の
205清(きよ)き尊(たふと)き御(おん)守護(まもり)
206嬉(うれ)しく感謝(かんしや)し奉(たてまつ)る』
207と歌(うた)ひながら、208細(ほそ)い谷道(たにみち)をトントントンとイクと二三町(にさんちやう)の間隔(かんかく)を保(たも)つて、209木(こ)の間(ま)に見(み)えつ隠(かく)れつ、210漸(やうや)くにして山口(やまぐち)の樫(かし)の大木(たいぼく)の麓(ふもと)に着(つ)いた。
211イク『おいサール、212何(ど)うだ。213随分(ずいぶん)足(あし)が遅(おそ)いぢやないか。214鉄(かね)の草鞋(わらじ)を穿(は)いても、215もちと早(はや)く来(こ)れさうなものだ。216俺(おれ)が此処(ここ)に着(つ)いて冷(つめ)たうなつてるのに、217まだ貴様(きさま)の姿(すがた)が見(み)えぬので、218又(また)も途中(とちう)で妖幻坊(えうげんばう)に出会(でつくは)し、219やられてゐるのぢやなからうか、220もしさうだつたら貴様(きさま)の骨(ほね)なつと拾(ひろ)つてやらうと、221聊(いささ)か御(ご)心配(しんぱい)をして厶(ござ)つた所(ところ)だ。222まアまア無事(ぶじ)に此処(ここ)迄(まで)やつて来(き)たのは聊(いささ)か褒(ほ)めてやる。223併(しか)しながら貴様(きさま)の顔(かほ)は何(なん)だ。224真黒気(まつくろけ)ぢやないか』
225サール『俺(わし)は館(やかた)の裏(うら)から抜(ぬ)け出(だ)す時(とき)に、226見(み)つかつては大変(たいへん)だと思(おも)ひ、227貴様(きさま)の後(あと)から炭俵(すみだはら)を被(かぶ)つて跟(つ)いて来(き)たものだから、228ヒヨツとしたら炭(すみ)の粉(こな)が着(つ)いたのかも知(し)れぬわ。229何(なん)だか其処辺(そこら)中(ぢう)が鬱陶(うつたう)しくなつて来(き)た様(やう)な気(き)がするわい』
230イク『ハハハハ、231炭俵(すみだはら)を被(かぶ)つて汗(あせ)をかいたものだから、232うまく炭汁(すみじる)の調和(てうわ)が出来(でき)て、233貴様(きさま)の顔(かほ)は草紙(さうし)のやうだ。234然(しか)し其(その)炭俵(すみだはら)は何(ど)うしたのだ』
235サール『何処(どこ)で落(おと)したか、236捨(す)てたか、237そんな事(こと)を考(かんが)へてる余裕(よゆう)があるかい。238貴様(きさま)が俺(おれ)を捨(す)てて一生(いつしやう)懸命(けんめい)駆(か)けだすものだから、239先(さき)も見(み)にやならず、240足許(あしもと)も気(き)をつけにやならず、241本当(ほんたう)に辛(つら)い目(め)をして、242神(かみ)様(さま)を念(ねん)じつつ漸(やうや)く此処(ここ)に着(つ)いたのだ。243幸(さいは)ひ此処(ここ)に谷川(たにがは)が流(なが)れてゐるから、244顔(かほ)や手(て)を洗(あら)つて来(く)るから貴様(きさま)待(ま)つて居(ゐ)て呉(く)れ。245まだ姫(ひめ)様(さま)がおいでになるのは余程(よほど)間(ま)があるだらうからな』
246イク『待(ま)て待(ま)て、247其(その)黒(くろ)いのが大変(たいへん)都合(つがふ)のよい事(こと)がある。248貴様(きさま)の顔(かほ)はどつち向(む)いてゐるか分(わか)らぬ位(くらゐ)黒(くろ)いぞ。249之(これ)で一(ひと)つ狂言(きやうげん)をやつて姫(ひめ)様(さま)の心(こころ)を動(うご)かし、250うまく御(お)供(とも)をさして頂(いただ)くのだな。251俺(おれ)も一(ひと)つ何(なに)か顔(かほ)に塗(ぬ)りたいものだが、252何(なん)ぞ都合(つがふ)の好(よ)いものはあるまいかな』
253サール『実(じつ)は楓(かへで)さまが使(つか)つてゐる白粉(おしろい)を、254何気(なにげ)なしに懐(ふところ)へ捻込(ねぢこ)んでやつて来(き)た。255之(これ)を貴様(きさま)にやるから、256貴様(きさま)は顔(かほ)一面(いちめん)に塗(ぬ)つて、257色(いろ)の白(しろ)き尉殿(じやうどの)となり、258俺(おれ)は幸(さいは)ひ此(この)黒(くろ)い顔(かほ)で黒(くろ)い尉殿(じやうどの)となり、259元(もと)の屋敷(やしき)へお直(なほ)り候(さふらふ)……とかますのだ。260さうすると初稚姫(はつわかひめ)様(さま)が、261もとの祠(ほこら)の森(もり)へ帰(かへ)つて下(くだ)さるかも知(し)れぬ。262もし帰(かへ)つて下(くだ)さらなかつたら、263直様(すぐさま)帯(おび)を解(と)いて此(この)樫(かし)の木(き)にフイと引懸(ひつか)つて、264腮(あご)を吊(つ)つてプリンプリンとやるのだな』
265イク『やあ、266それは面白(おもしろ)い』
267とサールの懐(ふところ)にあつた白粉(おしろい)をとり、268顔(かほ)にベタベタと塗(ぬ)りつけると、269顔(かほ)の頬(ほほ)一面(いちめん)に生(は)えてゐる髯(ひげ)に白(しろ)い粉(こな)がひつついて、270まるで白狐(びやくこ)の様(やう)になつて了(しま)つた。271二人(ふたり)は恰好(かつかう)な木(き)の枝(えだ)を折(を)り、272片手(かたて)に扇(あふぎ)を持(も)ち、273片手(かたて)に其(その)梢(こずゑ)を鈴(すず)と看做(みな)して、274樫(かし)の元(もと)に初稚姫(はつわかひめ)の進(すす)み来(きた)るを待(ま)ち構(かま)へ、275姿(すがた)が見(み)えたら一斉(いつせい)に三番叟(さんばそう)の舞(まひ)を初(はじ)めむものと、276いろいろと工夫(くふう)を凝(こ)らして待(ま)つてゐる。
277(大正一二・一・二九 旧一一・一二・一三 北村隆光録)
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