霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 玉返志(たまかへし)〔一三四三〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第52巻 真善美愛 卯の巻 篇:第2篇 文明盲者 よみ(新仮名遣い):ぶんめいもうじゃ
章:第7章 玉返志 よみ(新仮名遣い):たまかえし 通し章番号:1343
口述日:1923(大正12)年01月29日(旧12月13日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年1月28日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
小北山の受付には、文助爺さまが初、徳の両人に頭をかち割られ、それから発熱して床についてしまっていた。魔我彦やお寅も不在のため、にわかに人手不足となった。お菊は受付兼神殿係を兼務し、参詣してくる病人の祈願もなし、説教を聞かせるなど多忙を極めていた。
お菊はあまりの忙しさに思わず独り言に愚痴をいいながら、受付で眠り込んでしまった。そこへ六十ばかりの爺が十二三の娘を背中に背負い、トボトボとやってきた。爺の呼びかけでお菊は目を覚ました。爺は、孫がのどをつまらせたので、至急鎮魂をしてほしいと言う。
お菊は紫の袴を着け、祭壇の前に娘を置いて天津祝詞を奏上し、祈願をこらした。お菊は汗を流して一生懸命祈願したが、効果は現れず、娘はますます苦しむばかりである。
お千代は用の間に階段を降ってきてみると、怪しい爺が庭の隅に青い顔をしてしゃがんでいる。神殿を見ると、お菊が一生懸命に祈願をこらしている。お千代は、受付が空いているのでしばらく代理を務めていた。
そこへ、坂道を登って息をはずませながら、イクとサールがやってきた。二人は、お千代との問答から初稚姫がここに来ていることを知った。お千代にあしらわれた二人は、ともかくお宮を巡拝することにした。
庭の隅に座っている爺は、二人を見るとビリビリふるえだした。爺は、孫に鎮魂させるためにやってきただけだと言い訳した。
お菊は祈願すればするほど娘は苦しみ悶えだす。娘は息が詰まった風になったので、受付にいたお千代は驚いて側に寄ってみれば、娘の尻に大きな狸の尾が見えた。お千代はこれは化け物に違いないと、外へ飛び出すと、イクとサールを手招きした。二人は巡拝を一度打ち切って、戻ってきた。
受付の横にいた怪しい爺はいつのまにか姿を消し、妙齢の美人が座っている。イクとサールはどこかで見た女だと思いながら、お千代について神殿に進み、祝詞を奏上した。
お千代は娘の背中を天の数歌を歌ってポンポンと二つ叩いた。くわっと音がして飛び出したのは、直径一寸ばかりの水晶玉だった。娘と受付にいた女はたちまち古狸となり、逃げて行った。
お千代とお菊は、イクとサールから水晶玉の由来を聞き、狸の祈祷をさせられたのだと知って笑い転げた。四人は真心をこめて一生懸命に感謝祈願の祝詞を奏上した。
イクとサールは水晶玉を一度狸に取られた話でお菊とお千代からからかわれた。受付にて湯にのどを潤すと、二人は各神社を参拝し始めた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-11-07 17:56:10 文字数:4936 OBC :rm5207
愛善世界社版:91頁 八幡書店版:第9輯 412頁 修補版: 校定版:95頁 普及版:41頁 初版: ページ備考:
001 小北山(こぎたやま)の受付(うけつけ)には、002文助(ぶんすけ)爺(ぢい)さまが初(はつ)、003徳(とく)の両人(りやうにん)にしたたか頭(あたま)をかち割(わ)られ、004それから発熱(はつねつ)して床(とこ)につき、005時々(ときどき)囈言(うはごと)を云(い)ひ、006大勢(おほぜい)の信者(しんじや)や役員(やくゐん)が頭(あたま)を悩(なや)ましてゐる。007そして魔我彦(まがひこ)は不在(ふざい)なり、008初(はつ)、009徳(とく)の両人(りやうにん)は遁走(とんそう)し、010俄(にはか)に運用(うんよう)機関(きくわん)は殆(ほとん)ど停止(ていし)の厄(やく)に遭(あ)うた。011お菊(きく)は勝気(かちき)な女(をんな)とて、012受付(うけつけ)兼(けん)神殿係(しんでんがかり)を兼務(けんむ)し、013参詣(さんけい)して来(く)る病人(びやうにん)の祈願(きぐわん)をなし、014或(あるひ)は説教(せつけう)を聞(き)かせ、015又(また)受付(うけつけ)に現(あら)はれて、016目(め)も廻(まは)るばかりの多忙(たばう)を極(きは)めて居(を)つた。017お菊(きく)はホツと持(も)て余(あま)し、018体(からだ)は縄(なは)のやうになつて、019チツとばかり愚痴(ぐち)り出(だ)した。
020お菊『あああ、021受付(うけつけ)と云(い)ふ役(やく)は何(なん)でもないものだ、022遊(あそ)び半分(はんぶん)に何時(いつ)も文助(ぶんすけ)さまが絵(ゑ)を描(か)いてゐる。023之(これ)も用(よう)がなくて暇(ひま)潰(つぶ)しにやつてゐるのだらうと思(おも)うて居(を)つたが、024中々(なかなか)自分(じぶん)がやつて見(み)ると忙(いそが)しいものだ。025鎮魂(ちんこん)もしてやらねばならず、026御(ご)祈願(きぐわん)もせなならず、027ホンにホンに文助(ぶんすけ)さまも御(ご)苦労(くらう)だつたなア。028何卒(どうぞ)早(はや)く治(なほ)つてくれれば可(い)いに、029これ丈(だけ)そこら中(ぢう)に美(うつく)しい花(はな)が咲(さ)いてるのに、030花(はな)摘(つ)みに行(ゆ)く事(こと)も出来(でき)やしない。031そこへ又(また)初稚姫(はつわかひめ)様(さま)が御(お)越(こ)しになつたものだから、032松姫(まつひめ)さまは忙(いそが)しいのでチツとも手伝(てつだ)うては下(くだ)さらず、033お千代(ちよ)さまもお宮(みや)のお給仕(きふじ)やなんかで忙(いそが)しいさうだし、034本当(ほんたう)に厭(いや)になつちまつた。035せめて魔我(まが)さまなつと帰(かへ)つてくればよいのに、036気(き)の利(き)かぬ奴(やつ)だな。037万公(まんこう)さまも万公(まんこう)さまだ、038何処(どこ)を一体(いつたい)彷徨(うろつ)いてるのだらう。039帰(かへ)つて来(く)りや可(い)いに、040そしたら又(また)惚(ほ)れたやうな顔(かほ)をして、041退屈(たいくつ)ざましに嬲(なぶ)つてやるのだけれどなア。042あああ仕方(しかた)がないワ、043何程(なにほど)きばつた所(ところ)で、044先繰(せんぐ)り先繰(せんぐ)り婆(ばば)、045嬶(かか)がやつて来(く)るのだから、046お菊(きく)さまもやり切(き)れない。047一(ひと)つここらで昼寝(ひるね)でもやつたらうかなア。048此(この)夜(よ)の短(みじか)い日(ひ)の永(なが)いのに、049睡(ね)ぶつたくて仕様(しやう)がないワ。050椿(つばき)の花(はな)でさへも居睡(ゐねむ)つて、051ボトリボトリと首(くび)を抜(ぬ)かして溜池(ためいけ)の鮒(ふな)を脅(おびや)かし、052水面(すいめん)を真赤(まつか)に染(そ)めてゐる。053私(わし)だつて生物(いきもの)だから、054チツとは休養(きうやう)もせなくちや叶(かな)ふまい』
055と独言(ひとりごと)を言(い)ひながら、056グツと眠(ねむ)つて了(しま)つた。057そこへ、058六十(ろくじふ)許(ばか)りの爺(おやぢ)が十二三(じふにさん)の娘(むすめ)を背中(せなか)に負(お)ひ、059トボトボとやつて来(き)た。
060爺(おやぢ)『ハイ、061御免(ごめん)なさいませ、062私(わたし)はつひ近在(きんざい)の首陀(しゆだ)で厶(ござ)いますが、063娘(むすめ)が喉(のど)に鯛(たひ)の骨(ほね)か何(なに)かを立(た)てまして、064苦(くる)しみ悶(もだ)え、065息(いき)が切(き)れさうになつて居(を)ります。066何卒(どうぞ)神(かみ)様(さま)の御(ご)神徳(しんとく)で除(と)つて頂(いただ)くことは出来(でき)ますまいかなア』
067 居眠(ゐねむ)つてゐたお菊(きく)はフツと目(め)をさまし、
068お菊『ウニヤ ウニヤ ウニヤ ウニヤ、069ようお出(い)でなさいませ、070随分(ずいぶん)日(ひ)の永(なが)いこつて厶(ござ)いますな。071モウ何時(なんどき)ですか』
072爺(おやぢ)『まだ四(よ)つ時(どき)で厶(ござ)います。073至急(しきふ)に御(お)願(ねが)ひ致(いた)したい事(こと)が厶(ござ)いますので、074お世話(せわ)に預(あづ)かりたいと思(おも)ひ参(まゐ)りました。075之(これ)は私(わたくし)の孫(まご)で厶(ござ)いますが、076喉(のど)に何(なん)だか立(た)ちまして、077困(こま)りますので鎮魂(ちんこん)とやらをして貰(もら)ふ訳(わけ)には行(ゆ)きませぬだらうかな』
078お菊『ヘー、079宜(よろ)しい、080併(しか)し住所(ぢゆうしよ)姓名(せいめい)を伺(うかが)ひます』
081爺(おやぢ)『ハイ、082住所(ぢゆうしよ)姓名(せいめい)は後(あと)から申上(まをしあ)げます。083此(この)通(とほ)り孫娘(まごむすめ)が危急(ききふ)存亡(そんばう)の場合(ばあひ)で厶(ござ)いますから、084早(はや)く御(ご)祈願(きぐわん)をして頂(いただ)きたいもので厶(ござ)います』
085お菊『それなら特別(とくべつ)を以(もつ)て、086先(さき)にする手続(てつづき)を後(あと)にし、087お願(ねが)ひ致(いた)しませう。088併(しか)しながら此(この)子(こ)の名(な)を聞(き)きませぬと、089願(ねが)ふ訳(わけ)には参(まゐ)りませぬワ』
090爺(おやぢ)『それは御尤(ごもつと)もで厶(ござ)います。091娘(むすめ)の名(な)は滝野(たきの)と申(まを)します』
092お菊『ハイ宜(よろ)しい、093サア此方(こちら)へ連(つ)れて来(き)なさい。094大神(おほかみ)様(さま)に願(ねが)へば直様(すぐさま)助(たす)けて下(くだ)さいます。095サ、096お爺(ぢい)さま、097お上(あが)りなさい』
098爺(おやぢ)『甚(はなは)だ申(まを)し兼(か)ねますが、099此(この)通(とほ)り草鞋(わらぢ)をはいて居(を)りますから、100足(あし)が汚(よご)れて居(を)ります。101何卒(どうぞ)娘(むすめ)だけ上(あ)げて下(くだ)さいませ』
102と背中(せなか)から下(おろ)した。103娘(むすめ)は転(ころ)げるやうにして、104お菊(きく)が願(ねが)ふ祭壇(さいだん)の前(まへ)に行(い)つた。105お菊(きく)は紫(むらさき)の袴(はかま)を着(つ)け、106白(しろ)い着物(きもの)の上(うへ)に格衣(かくい)を羽織(はお)つて中啓(ちうけい)を持(も)ち、107恭(うやうや)しく天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、108祈願(きぐわん)を凝(こ)らした。109お菊(きく)が熱湯(ねつたう)の汗(あせ)を流(なが)しての一生(いつしやう)懸命(けんめい)の祈願(きぐわん)も容易(ようい)に効(かう)顕(あら)はれず、110娘(むすめ)は益々(ますます)苦(くる)しみ悶(もだ)えるばかりである。111お千代(ちよ)は用(よう)のすきまに階段(かいだん)を下(くだ)つて受付(うけつけ)へ来(き)て見(み)ると、112怪(あや)しい爺(ぢい)が庭(には)の隈(すみ)に青(あを)い顔(かほ)してしやがんでゐる。113神殿(しんでん)を見(み)れば、114お菊(きく)が一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祈願(きぐわん)を凝(こ)らしてゐた。115お千代(ちよ)は之(これ)を見(み)て、
116お千代『受付(うけつけ)はサツパリ空屋(あきや)だ。117どれ暫(しばら)く私(わたし)が代理(だいり)を勤(つと)めておかうか』
118と云(い)ひながら、119受付(うけつけ)にチヨコナンと坐(すわ)つてみた。120そこへ坂路(さかみち)を登(のぼ)つて、121息(いき)をスースー喘(はづ)ませながら二人(ふたり)の男(をとこ)がやつて来(き)た。122これはイク、123サールの両人(りやうにん)である。
124イク『御免(ごめん)なさい、125私(わたくし)は祠(ほこら)の森(もり)のイク、126サールといふ者(もの)で厶(ござ)います。127もしや初稚姫(はつわかひめ)様(さま)はスマートといふ犬(いぬ)を連(つ)れてお立寄(たちより)になつては居(を)りませぬか』
128お千代『それはようお出(い)でなさいました。129マア御(ご)一服(いつぷく)なさいませ。130夜前(やぜん)からお見(み)えになつて居(を)りますが、131お母(かあ)さまと何(なん)だか御(お)話(はなし)がはづんで居(を)ります。132何(いづ)れ手(て)があきましたら御(お)知(し)らせ致(いた)しますから、133此(この)境内(けいだい)のお宮様(みやさま)を一遍(いつぺん)、134御(ご)巡拝(じゆんぱい)なさいませ』
135イク『イヤ有難(ありがた)う、136兎(と)も角(かく)参拝(さんぱい)さして頂(いただ)きませう。137オイ、138サール、139まだ十二三(じふにさん)らしいが随分(ずいぶん)しつかりしたものだね。140小北山(こぎたやま)はこんな小(ちひ)さい子供(こども)で受付(うけつけ)が出来(でき)るのだから、141大(たい)したものだよ。142イルやハルの奴(やつ)、143偉(えら)さうに受付面(うけつけづら)を晒(さら)しよつて酒(さけ)ばかり喰(くら)ひ、144筆先(ふでさき)だとかいつて紙(かみ)ばかり使(つか)ひよつて、145日(ひ)の暮(く)れるのばかりを待(ま)つてゐるサボ先生(せんせい)とはえらい違(ちがひ)だなア』
146サール『本当(ほんたう)に感心(かんしん)だ。147コレ受付(うけつけ)さま、148お前(まへ)さまの名(な)は何(なん)と云(い)ひますか』
149お千代『私(わたし)の名(な)を尋(たづ)ねて何(なん)となさるのですか。150別(べつ)に用(よう)がないぢやありませぬか』
151サール『イヤもう恐(おそ)れ入(い)りました、152それならモウお伺(うかが)ひ致(いた)しませぬワ』
153イク『ハハハハ、154サール、155とうと、156やられよつたな。157恥(はぢ)を知(し)れよ』
158サール『貴様(きさま)なんだ、159肝腎(かんじん)の水晶玉(すいしやうだま)を犬(いぬ)にとられたぢやないか。160犬(いぬ)かと思(おも)へばド狸(たぬき)につままれよつて、161スコタンを喰(く)はされ、162おまけに悪口(あくこう)雑言(ざふごん)を浴(あ)びせかけられ、163よい恥(はぢ)をさらしたぢやないか、164偉(えら)さうに言(い)ふまいぞ』
165イク『そりやお互(たがひ)さまだ、166こんな所(ところ)へ来(き)て、167そんな馬鹿(ばか)な事(こと)を云(い)ふ奴(やつ)があるかい』
168お千代『何(なん)とマアお前(まへ)さま達(たち)は、169どこともなしに空気(くうき)のぬけた面(つら)をしてますね。170今(いま)聞(き)きますれば玉(たま)を取(と)られたとか仰有(おつしや)いましたが、171本当(ほんたう)にラムネの玉落(たまおち)みたいなお方(かた)ですねえ、172ホホホ』
173イク『ヤ、174此奴(こいつ)ア恐(おそ)れ入(い)ります、175お面(めん)、176お小手(こて)、177お胴(どう)といかれてけつかる。178ヤアこはいこはい、179サ、180サール行(い)かう』
181サール『オイ一寸(ちよつと)待(ま)て、182此(この)爺(ぢい)さまは、183怪(あや)しいぢやないか。184俺(おれ)達(たち)の顔(かほ)を見(み)るとビリビリ慄(ふる)うてゐるぞ』
185イク『ホンにけつ体(たい)な爺(ぢい)さまだなア。186オイ爺(ぢい)さま、187お前(まへ)一体(いつたい)何処(どこ)から参(まゐ)つたのだい』
188爺(おやぢ)『何卒(どうぞ)、189そんな事(こと)云(い)つて下(くだ)さるな。190孫(まご)が大変(たいへん)な病気(びやうき)にかかつて苦(くる)しんで居(ゐ)るので、191今(いま)ここへ願(ねが)つて貰(もら)ひに来(き)たのだよ。192病気(びやうき)にさはるから、193お前(まへ)さまは早(はや)くお宮(みや)さまへ参(まゐ)つて来(き)なさい』
194イク『オイ、195サール、196兎(と)も角(かく)神(かみ)様(さま)へ御(ご)挨拶(あいさつ)が肝腎(かんじん)だ、197サ参(まゐ)らう』
198と云(い)ひながら、199受付(うけつけ)を立(た)つて沢山(たくさん)の宮(みや)を一々(いちいち)巡拝(じゆんぱい)し始(はじ)めた。200お菊(きく)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に頼(たの)んでゐる。201娘(むすめ)は次第(しだい)に苦(くる)しみ悶(もだ)えだし、202喉(のど)につまつた鯛(たひ)の骨(ほね)はますます深(ふか)くおち込(こ)んだものか、203息(いき)が殆(ほとん)どつまり、204無我(むが)夢中(むちう)になつて空(くう)を掴(つか)み出(だ)した。205お千代(ちよ)は吃驚(びつくり)して、206側(そば)へよつて見(み)れば、207大(おほ)きな狸(たぬき)の尾(を)が娘(むすめ)の尻(しり)からみえてゐる。208此奴(こいつ)は化物(ばけもの)に相違(さうゐ)ないと、209早速(さつそく)外(そと)へ飛出(とびだ)し、210イク、211サールの両人(りやうにん)を「早(はや)く早(はや)く」と手招(てまね)きした。212両人(りやうにん)は何事(なにごと)か急用(きふよう)が出来(でき)たらしいと、213巡拝(じゆんぱい)を半(なかば)にして打切(うちき)り、214後(あと)から拝(をが)む事(こと)とし、215スタスタと帰(かへ)つて来(き)た。216今(いま)まで受付(うけつけ)の横(よこ)に慄(ふる)うてゐた爺(おやじ)の姿(すがた)は何時(いつ)しか消(き)えて、217妙齢(めうれい)の美人(びじん)が坐(すわ)つてゐる。218二人(ふたり)はどつかで見(み)た事(こと)のある女(をんな)だと思(おも)ひながら、219お千代(ちよ)に跟(つ)いて神殿(しんでん)に進(すす)み、220祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)した。221娘(むすめ)は益々(ますます)苦(くる)しみ出(だ)した。222お千代(ちよ)は娘(むすめ)の背中(せなか)を、223天(あま)の数歌(かずうた)を歌(うた)うてポンポンと二(ふた)つ叩(たた)いた拍子(ひやうし)に、224クワツと音(おと)がして飛出(とびだ)したのは鯛(たひ)の骨(ほね)でもなく、225直径(ちよくけい)一寸(いつすん)許(ばか)りの水晶玉(すいしやうだま)であつた。226一同(いちどう)はアツと驚(おどろ)く間(ま)もなく、227娘(むすめ)は忽(たちま)ち古狸(ふるだぬき)となり、228受付(うけつけ)に居(を)つた女(をんな)も亦(また)同(おな)じく大狸(おほだぬき)となつて、229一生(いつしやう)懸命(けんめい)に山越(やまご)しに姿(すがた)を隠(かく)して了(しま)つた。
230イク『ヤア畜生(ちくしやう)、231ザマを見(み)い、232ウマク俺(おれ)をチヨロまかして、233水晶玉(すいしやうだま)を盗(ぬす)みよつて、234神罰(しんばつ)が当(あた)つて喉(のど)につまり、235仕方(しかた)がないものだから、236こんな所(ところ)へ化(ば)けて助(たす)けて貰(もら)ひに来(き)よつたのだな。237ヤア今度(こんど)は確(しつ)かり気(き)を付(つ)けなくちやならないぞ。238ヤア娘(むすめ)さま、239貴女(あなた)のお蔭(かげ)で宝(たから)が元(もと)へ帰(かへ)りました、240有難(ありがた)う厶(ござ)います。241イク重(へ)にも御(お)礼(れい)申(まを)します』
242千代(ちよ)『貴方(あなた)、243狸(たぬき)と御(ご)親類(しんるゐ)で厶(ござ)いますか、244どうして又(また)あの玉(たま)を取(と)られたのです?』
245イク『イヤ、246お話(はな)し申(まを)せば恥(はづ)かしう厶(ござ)いますが、247此(この)玉(たま)の手(て)に入(い)つた由来(ゆらい)から、248取(と)られた因縁(いんねん)を申(まを)し上(あ)げねばお疑(うたが)ひが晴(は)れますまい。249それでは逐一(ちくいち)申上(まをしあ)げます』
250と狸(たぬき)に騙(だま)されて水晶玉(すいしやうだま)を取(と)られた顛末(てんまつ)を詳細(しやうさい)に物語(ものがた)つた。251お千代(ちよ)とお菊(きく)は転(こ)けて笑(わら)つた。
252お菊『アレマア、253馬鹿(ばか)らしい、254狸(たぬき)に御(ご)祈祷(きたう)を頼(たの)まれたのだワ。255何(なん)だか耳(みみ)が動(うご)くと思(おも)うて居(を)つたのよ。256お千代(ちよ)さまのお蔭(かげ)で、257狸(たぬき)も助(たす)かり、258私(わたし)も助(たす)かりましたワ。259モウ此(この)上(うへ)お祈(いの)りをしようものなら、260息(いき)が切(き)れる所(ところ)でしたワ』
261サール『オイ、262イク、263貴様(きさま)に持(も)たしておくと、264どうも剣呑(けんのん)だ、265今度(こんど)は俺(おれ)が持(も)つて行(ゆ)くから此方(こちら)へ渡(わた)せ』
266イク『メメ滅相(めつさう)な、267俺(おれ)が持(も)つて居(を)つたら可(い)いぢやないか。268貴様(きさま)の様(やう)な慌(あわ)て者(もの)に持(も)たしておくと気(き)が気(き)でならぬワ。269マア子供(こども)は大人(おとな)に一任(いちにん)した方(はう)が安全(あんぜん)だよ』
270サール『ヘン、271仰有(おつしや)いますワイ。272何卒(どうぞ)狸(たぬき)に取(と)られぬ様(やう)に確(しつ)かり御(ご)監督(かんとく)を願(ねが)ひますよ。273何(なに)は兎(と)もあれ、274神前(しんぜん)に御(お)礼(れい)を申(まを)しませう』
275と四(よ)人(にん)は横縦陣(わうじうぢん)を作(つく)り、276赤心(まごころ)を籠(こ)めて一生(いつしやう)懸命(けんめい)に感謝(かんしや)祈願(きぐわん)の詞(じ)を奏上(そうじやう)した。
277イク『妖怪(えうくわい)に騙(だま)し取(と)られた宝玉(はうぎよく)も
278神(かみ)の恵(めぐみ)に吾(わが)手(て)に還(かへ)れり』
279サール『イクの奴(やつ)まぬけた面(つら)をしてる故(ゆゑ)
280狸(たぬき)の奴(やつ)に眉毛(まゆげ)よまれし』
281イク『馬鹿(ばか)云(い)ふな貴様(きさま)が曲津(まがつ)につままれて
282首(くび)つり女(をんな)と見違(みちが)へた故(ゆゑ)よ』
283サール『横面(よこづら)を狸(たぬき)の奴(やつ)に擲(なぐ)られて
284田圃(たんぼ)に落(お)ちし可笑(をか)しき奴(やつ)かな』
285イク『イクらでも人(ひと)の悪口(わるくち)つくがよい
286善言(ぜんげん)美詞(びし)の道(みち)を忘(わす)れて』
287サール『馬鹿(ばか)云(い)ふな俺(おれ)の睾丸(きんたま)握(にぎ)らうと
288思(おも)うて頭(あたま)擲(なぐ)られた癖(くせ)に』
289イク『擲(なぐ)りたる男(をとこ)に又(また)も擲(なぐ)られて
290サールの馬鹿(ばか)がベソをかくなり』
291サール『其(その)様(やう)な減(へ)らず口(ぐち)をば叩(たた)くなら
292水晶玉(すいしやうだま)をこつちへ渡(わた)せよ』
293イク『水晶(すいしやう)の霊(みたま)なればこそ水晶(すいしやう)の
294玉(たま)の守護(しゆご)をさせられてゐる』
295サール『玉脱(たまぬ)けの間抜(まぬけ)男(をとこ)が水晶(すいしやう)の
296玉(たま)を抱(いだ)いて罪(つみ)を作(つく)るな』
297イク『この玉(たま)は小北(こぎた)の山(やま)の皇神(すめかみ)の
298守(まも)りと二人(ふたり)の恵(めぐみ)にかへれり。
299さりながらサール心(こころ)を持(も)ち直(なほ)せ
300お前(まへ)の罪(つみ)が玉(たま)を汚(けが)せば。
301汚(よご)れなば又(また)この玉(たま)は逃(に)げて行(ゆ)かむ
302サールの玉(たま)をまたも嫌(きら)ひて』
303お千代(ちよ)『水晶(すいしやう)の瑞(みづ)の御霊(みたま)は何神(なにがみ)に
304頂(いただ)きましたか聞(き)かまほしさよ』
305イク『この玉(たま)は日(ひ)の出神(でのかみ)の賜(たまもの)ぞ
306いや永久(とこしへ)に離(はな)されぬ玉(たま)』
307お千代(ちよ)『放(はな)せとは誰(たれ)も言(い)はねど油断(ゆだん)から
308狸(たぬき)の奴(やつ)に取(と)られ玉(たま)ふな』
309イク『これは又(また)思(おも)ひもよらぬお言葉(ことば)よ
310万劫(まんごふ)末代(まつだい)放(はな)しは致(いた)さぬ』
311お菊(きく)『玉脱(たまぬ)けのやうな面(つら)した二人(ふたり)男(をとこ)の
312この行先(ゆくさき)が案(あん)じられける。
313初稚姫(はつわかひめ)神(かみ)の命(みこと)は此(この)二人(ふたり)を
314嫌(きら)ひ玉(たま)ふも宜(うべ)よとぞ思(おも)ふ。
315どことなく虫(むし)の好(す)かないスタイルだ
316バラモン軍(ぐん)に居(を)つた人(ひと)だらう』
317イク『女(をんな)にも似合(にあ)はずよくもベラベラと
318大人(おとな)なぶりの骨嬲(ほねなぶ)りするよ』
319サール『吾(われ)とても男(をとこ)と生(うま)れた上(うへ)からは
320女(をんな)に負(ま)けて居(を)れるものかい。
321乙女子(をとめご)よがんぜなしとて余(あま)りだよ
322荒男(あらをとこ)をば嘲弄(てうろう)するとは』
323お菊(きく)『嘲弄(てうろう)する心(こころ)は微塵(みぢん)もなけれども
324何(なん)とはなしに可笑(をか)しくぞなる』
325お千代(ちよ)『お菊(きく)さま私(わたし)も二人(ふたり)の顔(かほ)をみて
326空気(くうき)ぬけ野郎(やらう)と思(おも)ひましたよ。
327ド狸(たぬき)に玉(たま)を取(と)られてメソメソと
328吠面(ほえづら)かわく男(をとこ)なりせば』
329サール『これ程(ほど)に口(くち)の達者(たつしや)な乙女子(をとめご)が
330居(を)るとは知(し)らず訪(たづ)ね来(き)しよな』
331イク『この乙女(をとめ)一筋縄(ひとすぢなは)では行(ゆ)かぬらし
332侠客育(けふかくそだ)ちの生地(きぢ)が見(み)えてる』
333お千代(ちよ)『松彦(まつひこ)や松姫(まつひめ)さまを親(おや)に持(も)つ
334お千代(ちよ)の方(かた)を知(し)らぬ馬鹿者(ばかもの)』
335イク『これはしたり松彦(まつひこ)さまの嬢様(ぢやうさま)か
336知(し)らぬ事(こと)とて御(ご)無礼(ぶれい)しました』
337お千代(ちよ)『あやまれば別(べつ)に咎(とが)めはせぬ程(ほど)に
338これからキツト謹(つつ)しむがよい』
339イク『狸(たぬき)には大馬鹿(おほばか)にされ梟(ふくろ)には
340笑(わら)はれ又(また)も馬鹿(ばか)をみるかな』
341サール『アハハハハ呆(あき)れて物(もの)が言(い)はれない
342彼方(あなた)此方(こなた)に化物(ばけもの)が出(で)る。
343この女(をんな)眉毛(まゆげ)に唾(つば)をつけてみよ
344キツト尻尾(しつぽ)がついて居(を)らうぞ』
345お千代(ちよ)『面白(おもしろ)い狸(たぬき)のやうな面(つら)をして
346つままれるのは当然(あたりまへ)ぞや』
347サール『どこまでも二人(ふたり)の乙女(をとめ)に馬鹿(ばか)にされ
348どこで男(をとこ)の顔(かほ)が立(た)たうか』
349イク『何(なに)よりも水晶玉(すいしやうだま)が手(て)に入(い)らば
350何(なん)と云(い)はれても辛抱(しんぼう)せうかい。
351此(この)様(やう)なお転婆娘(てんばむすめ)があればこそ
352尻尾(しつぽ)を出(だ)した化狸(ばけたぬき)野郎(やらう)。
353お千代(ちよ)さまお前(まへ)のお蔭(かげ)で宝玉(はうぎよく)が
354返(かへ)つたのだから拝(をが)みますぞや』
355お千代(ちよ)『お菊(きく)さまこんな腰抜男(こしぬけをとこ)等(ら)に
356玉(たま)を与(あた)へた神(かみ)は何神(なにがみ)』
357お菊(きく)『義理(ぎり)天上(てんじやう)日(ひ)の出神(でのかみ)の格(かく)だらう
358魂(たま)も調(しら)べず渡(わた)す神(かみ)なら。
359真正(しんせい)の日(ひ)の出神(でのかみ)は此(この)様(やう)な
360頓馬(とんま)男(をとこ)に渡(わた)す筈(はず)なし』
361と互(たがひ)に揶揄(からか)ひながら、362受付(うけつけ)に集(あつ)まつて白湯(さゆ)に喉(のど)を潤(うる)ほし、363それより二人(ふたり)は各(かく)神社(じんじや)を参拝(さんぱい)し始(はじ)めた。
364(大正一二・一・二九 旧一一・一二・一三 松村真澄録)
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