峠の頂上には四五人の男が車座になって火を焚きながら暖を取っている。いずれも髯をもじゃもじゃとはやした面構えで、人の腕のようなものを火の中にくべては、口に当てて噛みついている。
文助の目は内分的になってよほど明らかになってきた。文助を男たちの様子を見て、これはひと悶着ありそうだと思いながらも、惟神に任せるより仕方がないと決心を固め、かすかな声で宣伝歌を歌いながら近寄って行く。
男たちの中の一人が文助を見て、呼び止めた。文助は男たちに、あからさまに泥棒の景気を尋ねた。男は不景気で自分たちの商売はこの幽冥界でもあがったりだと答え、逆に神の取り次ぎと化けこんで神に蛇や大根を書いて、人から礼を言われて金を取っていたと、文助をほめたたえた。
泥棒たちは、講習会でも開こうと相談していたところ、文助という手本が来たので、ひとつ講師になってくれないかと頼み込んだ。文助は怒って、自分は正当な報酬をいただいていたのだ、と抗弁した。
泥棒たちは文助の強情な答えに愛想をつかし、さっさと峠を通って行くように促した。文助が死後町ばかり降って行くと、そこには形ばかりの屋根の下に六地蔵が並んでいる。文助は傍らの半ば腐った鞍掛に腰を掛けた。
よくよく見れば、古ぼけた柱に墨黒々と、文助がやがてここを通過するだろうから、黒蛇の一族はここへ集まれ、と記されていた。文助は、松彦に止められるまで、いつも黒蛇の絵を書いて竜神様だと言って信者に渡したので、黒蛇たちが神のように祀ってもらったお礼に来るのだろうと独り言を言っている。
すると、黒蛇の精・黒長姫と名乗る美人がお供を連れて現れ、文助にひどい目にあわされたお礼をこれからするのだ、と言う。
善意からしたことだと抗弁する文助に対し、黒長姫は、自分たちは畜生道に堕ちたのに、霊不相応に神様の席に上げられて祀られては、かえって目がくらみ、苦しくてたまらないのだ、と答えた。
文助の目も、分を過ぎた待遇に苦しんだ黒蛇の眷属の怨みがかたまって、見えなくなったのだという。そして、世に堕ちた者を救う力は、人間の分際にはなく、それはすべて神様の御権限であり、文助は神様の神徳を横領しようとする天の賊だと非難した。
文助は、虫けらまでも助けようとする真心からやったことだと言い張るが、黒長姫はそれは文助の慢心と保身から出た行為だと断じ、これから自分たちの眷属が五体を砕いて怨みを晴らし、その後文助は黒蛇となって眷属の奴となって働くことになるのだ、と言い渡した。
黒長姫が口笛を吹くと、あたりの草木が一本角を生やした真っ黒の蛇となって文助に襲い掛かってきた。文助は杖を打ち振って、断末魔のような悲鳴を上げながら命からがら西北に逃げて行った。
黒蛇たちは強烈な山おろしに吹き上げられ、文助の走って行く先に飛散している。文助は神事を奏上しながら逃げて行く。