霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 黒長姫(くろながひめ)〔一三四九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第52巻 真善美愛 卯の巻 篇:第3篇 衡平無死 よみ(新仮名遣い):こうへいむし
章:第13章 黒長姫 よみ(新仮名遣い):くろながひめ 通し章番号:1349
口述日:1923(大正12)年02月09日(旧12月24日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1925(大正14)年1月28日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
峠の頂上には四五人の男が車座になって火を焚きながら暖を取っている。いずれも髯をもじゃもじゃとはやした面構えで、人の腕のようなものを火の中にくべては、口に当てて噛みついている。
文助の目は内分的になってよほど明らかになってきた。文助を男たちの様子を見て、これはひと悶着ありそうだと思いながらも、惟神に任せるより仕方がないと決心を固め、かすかな声で宣伝歌を歌いながら近寄って行く。
男たちの中の一人が文助を見て、呼び止めた。文助は男たちに、あからさまに泥棒の景気を尋ねた。男は不景気で自分たちの商売はこの幽冥界でもあがったりだと答え、逆に神の取り次ぎと化けこんで神に蛇や大根を書いて、人から礼を言われて金を取っていたと、文助をほめたたえた。
泥棒たちは、講習会でも開こうと相談していたところ、文助という手本が来たので、ひとつ講師になってくれないかと頼み込んだ。文助は怒って、自分は正当な報酬をいただいていたのだ、と抗弁した。
泥棒たちは文助の強情な答えに愛想をつかし、さっさと峠を通って行くように促した。文助が死後町ばかり降って行くと、そこには形ばかりの屋根の下に六地蔵が並んでいる。文助は傍らの半ば腐った鞍掛に腰を掛けた。
よくよく見れば、古ぼけた柱に墨黒々と、文助がやがてここを通過するだろうから、黒蛇の一族はここへ集まれ、と記されていた。文助は、松彦に止められるまで、いつも黒蛇の絵を書いて竜神様だと言って信者に渡したので、黒蛇たちが神のように祀ってもらったお礼に来るのだろうと独り言を言っている。
すると、黒蛇の精・黒長姫と名乗る美人がお供を連れて現れ、文助にひどい目にあわされたお礼をこれからするのだ、と言う。
善意からしたことだと抗弁する文助に対し、黒長姫は、自分たちは畜生道に堕ちたのに、霊不相応に神様の席に上げられて祀られては、かえって目がくらみ、苦しくてたまらないのだ、と答えた。
文助の目も、分を過ぎた待遇に苦しんだ黒蛇の眷属の怨みがかたまって、見えなくなったのだという。そして、世に堕ちた者を救う力は、人間の分際にはなく、それはすべて神様の御権限であり、文助は神様の神徳を横領しようとする天の賊だと非難した。
文助は、虫けらまでも助けようとする真心からやったことだと言い張るが、黒長姫はそれは文助の慢心と保身から出た行為だと断じ、これから自分たちの眷属が五体を砕いて怨みを晴らし、その後文助は黒蛇となって眷属の奴となって働くことになるのだ、と言い渡した。
黒長姫が口笛を吹くと、あたりの草木が一本角を生やした真っ黒の蛇となって文助に襲い掛かってきた。文助は杖を打ち振って、断末魔のような悲鳴を上げながら命からがら西北に逃げて行った。
黒蛇たちは強烈な山おろしに吹き上げられ、文助の走って行く先に飛散している。文助は神事を奏上しながら逃げて行く。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2023-11-24 21:41:14 文字数:4034 OBC :rm5213
愛善世界社版:177頁 八幡書店版:第9輯 441頁 修補版: 校定版:185頁 普及版:75頁 初版: ページ備考:
001 天引峠(あまびきたうげ)の頂上(ちやうじやう)に四五(しご)人(にん)の男(をとこ)車座(くるまざ)となつて、002青(あを)い火(ひ)をチヨロチヨロ焚(た)きながら、003暖(だん)を取(と)つてゐる。004何(いづ)れもパルチザンのやうな面構(つらがまへ)、005髯(ひげ)をモシヤモシヤと生(は)やし、006何(なん)だか人(ひと)の腕(かひな)のやうな物(もの)を、007火(ひ)の中(なか)へくべては、008横笛(よこぶえ)を吹(ふ)くやうな調子(てうし)で口(くち)に当(あ)ててしがんでゐる。009此(この)時(とき)文助(ぶんすけ)の目(め)は余程(よほど)内分(ないぶん)的(てき)になつて、010明(あきら)かになつて来(き)た。011文助(ぶんすけ)は……厭(いや)な奴(やつ)が居(ゐ)やがる、012此奴(こいつ)ア又(また)一(ひと)つ悶錯(もんさく)だワイ。013併(しか)しながら一度(いちど)死(し)んだ者(もの)が命(いのち)を取(と)られるやうなこともあるまい。014エエ惟神(かむながら)に任(まか)すより仕方(しかた)がない……と決心(けつしん)の臍(ほぞ)を固(かた)め、015幽(かす)かな声(こゑ)で宣伝歌(せんでんか)を歌(うた)ひながら近(ちか)よつて行(ゆ)く。016其(その)中(うち)の一人(ひとり)は目(め)ざとく文助(ぶんすけ)を見(み)て、
017甲(かふ)『オイ旅人(たびびと)、018一寸(ちよつと)待(ま)つて貰(もら)はうかい』
019 文助(ぶんすけ)は悪胴(わるどう)をきめて、020ワザと平気(へいき)を装(よそほ)ひ、
021文助『待(ま)つて貰(もら)はうと言(い)はいでも、022一(ひと)あたりさして貰(もら)ひたいのだ、023大分(だいぶん)寒(さむ)うなつたからな。024そしてお前(まへ)等(たち)は泥棒(どろばう)商売(しやうばい)と見(み)えるが、025チツと儲(まう)かりますかな』
026甲『ヤアもう不景気(ふけいき)風(かぜ)が八衢(やちまた)街道(かいだう)まで吹(ふ)きまくつて来(き)たものだから、027一向(いつかう)此(この)頃(ごろ)は駄目(だめ)だ。028お前(まへ)は俺(おれ)から見(み)れば随分(ずいぶん)偉(えら)い奴(やつ)だ。029ウマく善(ぜん)の仮面(かめん)を被(かぶ)つて、030神(かみ)様(さま)のお取次(とりつぎ)と化(ば)け込(こ)み、031鼻紙(はながみ)の端(はし)に松(まつ)の木(き)や黒蛇(くろへび)、032蕪大根(かぶらだいこん)を描(か)きよつて、033苦労(くらう)なしに礼(れい)言(い)はして金(かね)をとる剛(がう)の者(もの)だから、034一(ひと)つ俺(おれ)達(たち)にも教(をし)へて貰(もら)ひたいものだ。035ここで泥棒(どろばう)講習会(かうしふくわい)を開(ひら)かうかと云(い)つて、036最前(さいぜん)から相談(さうだん)して居(を)つたのだが、037根(ね)つから適当(てきたう)な先生(せんせい)がないので、038実(じつ)の所(ところ)は当惑(たうわく)してゐる所(ところ)だ。039うまく法律(はふりつ)にふれない様(やう)に、040喜(よろこ)ばれて泥棒(どろばう)する方法(はうはふ)を研究(けんきう)するのが、041最(もつと)も賢明(けんめい)な処世法(しよせいほふ)だから、042一(ひと)つ小北山(こぎたやま)の先生(せんせい)、043吾々(われわれ)の教導者(けうだうしや)になつて下(くだ)さるまいかなア』
044文助『馬鹿(ばか)なことを言(い)ふな、045俺(おれ)は正当(せいたう)の理由(りいう)に仍(よ)つて正当(せいたう)の報酬(ほうしう)を頂(いただ)いて居(を)つたのだ。046貴様(きさま)等(ら)は泥棒(どろばう)根性(こんじやう)があるから、047世界(せかい)一切(いつさい)の事(こと)が皆(みな)泥棒(どろばう)的(てき)に解釈(かいしやく)が出来(でき)るのだ。048ピユリタンとしてのプロパガンディストの心事(しんじ)が泥棒(どろばう)先生(せんせい)に分(わか)るものかい。049こんなことが教(をし)へて欲(ほ)しければ、050やがて現界(げんかい)に羽振(はぶり)を利(き)かして居(を)つた、051大原(おほはら)さんがやつて来(く)るだらう。052そしたら十分(じふぶん)に敬礼(けいれい)を表(へう)し、053敬(けい)して近付(ちかづ)けるのだ。054現界(げんかい)に於(おい)ても、055大(だい)多数盗(たすうたう)を擁(よう)してゐた豪傑(がうけつ)だからのう。056俺(おれ)は畑(はたけ)が違(ちが)ふから、057こればかりは御免(ごめん)だ、058天国行(てんごくゆき)の邪魔(じやま)になると、059一生(いつしやう)の不利益(ふりえき)だからのう』
060甲『ヤツパリお前(まへ)は利己(りこ)主義(しゆぎ)だな。061幽界(いうかい)へ来(き)ても自愛(じあい)と世間愛(せけんあい)に執着(しふちやく)してゐるから駄目(だめ)だよ。062そんなこと言(い)はずに、063男(をとこ)らしく秘密(ひみつ)を教(をし)へて呉(く)れたらどうだい』
064文助『お前(まへ)達(たち)はピユリタンの精神(せいしん)が分(わか)らないから泥棒(どろばう)に見(み)えるのだが、065人(ひと)が喜(よろこ)んで献(たてまつ)つたものを戴(いただ)くのは、066つまり神(かみ)様(さま)から下(くだ)さる様(やう)なものだ。067神(かみ)の宝(たから)を間接(かんせつ)拝受(はいじゆ)するのだから、068盗人(ぬすびと)ではないよ。069お前(まへ)達(たち)は往来(わうらい)の人(ひと)を掠(かす)めて無理(むり)往生(わうじやう)に取(と)らうとする小盗人(こぬすびと)だよ。070一層(いつそう)のこと、071今(いま)此処(ここ)で改心(かいしん)をして俺(おれ)のお供(とも)をしたら何(ど)うだい、072キツと天国(てんごく)へつれて行(い)つてやるがなア』
073乙(おつ)『オイ甲州(かふしう)、074こんな屁古垂(へこたれ)爺(おやぢ)を相手(あひて)にしても駄目(だめ)だぞ。075すべて泥棒(どろばう)団体(だんたい)といふものは、076こんなヒヨロヒヨロなレストレントの力(ちから)のないやうな者(もの)では、077頭(かしら)に戴(いただ)いた所(ところ)で、078統一(とういつ)が出来(でき)ない、079ヤツパリ大原(おほはら)さまのやうな、080大悪盗(だいあくたう)でないと、081コントロールの力(ちから)がないからな』
082文助(ぶんすけ)『さうださうだ、083畑(はたけ)が違(ちが)ふのだから、084私(わし)には駄目(だめ)だ。085元(もと)から屁(へ)こいたやうな男(をとこ)だから、086平兵衛(へいべゑ)ともいひ文助(ぶんすけ)ともいふのだから』
087甲(かふ)『何(なん)と四方(しかた)のない盲(めくら)だなア。088それなら免除(めんぢよ)してやるから、089キリキリと此(こ)の場(ば)を立(た)つたがよからうぞ。090併(しか)し此(この)関所(せきしよ)は天引峠(あまびきたうげ)の二度(にど)ビツクリといふのだから、091一(ひと)つ吃驚(びつくり)せなくちや通過(つうくわ)は出来(でき)ない。092ビツクリ箱(ばこ)の蓋(ふた)があくぞよと、093いつも現界(げんかい)で云(い)うて居(を)つただらう。094それの実現(じつげん)だから、095これから一(ひと)つ実行(じつかう)にかかるよつて、096自由(じいう)自在(じざい)に吃驚(びつくり)するがよからう、097煩悶(はんもん)苦悩(くなう)驚愕(きやうがく)の権利(けんり)は、098お前(まへ)が惟神(かむながら)的(てき)に保有(ほいう)してるのだから、099お手(て)のものだ。100イヒヒヒヒ』
101文助『大和(やまと)魂(だましひ)の生粋(きつすゐ)の水晶魂(すいしやうみたま)のビクとも致(いた)さぬ文助(ぶんすけ)だ。102幾(いく)らなりと吃驚(びつくり)さして御覧(ごらん)。103如何(いか)なる悪魔(あくま)も、104恐怖(きようふ)も、105醜事(しうじ)も、106忽(たちま)ち惟神(かむながら)の妙法(めうはふ)に仍(よ)つて、107所謂(いはゆる)ザブリメーシヨンに仍(よ)つて一掃(いつさう)する神力(しんりき)が備(そな)はつてゐるエンゼル様(さま)だ。108サア、109吃驚(びつくり)さしたり吃驚(びつくり)さしたり』
110甲『余(あま)り向(むか)ふ意気(いき)の強(つよ)い盲(めくら)滅法界(めつぽふかい)の馬鹿者(ばかもの)だから、111話(はなし)にならぬワイ。112こつちが吃驚(びつくり)して了(しま)ふワイ。113サア、114キリキリ此処(ここ)を通(とほ)れ』
115文助『貴様(きさま)が通(とほ)れと云(い)はなくても、116自由(じいう)の権利(けんり)で通(とほ)るのだ。117桃季(たうり)物(もの)言(い)はず自(おのづか)ら小径(こみち)をなすというて、118チヤンと道(みち)がついてるのだ。119ヘンお構(かま)ひ御(ご)無用(むよう)、120お先(さき)へ失礼(しつれい)致(いた)します。121此(この)文助(ぶんすけ)は斯(か)う見(み)えても、122神(かみ)様(さま)から、123重大(ぢうだい)なるメツセージを受(う)けてゐるのだから、124汝(なんぢ)等(ら)如(ごと)き泥棒(どろばう)の容喙(ようかい)は許(ゆる)さないのだ。125エツヘツヘヘヘ』
126と細(ほそ)い目(め)に皺(しわ)をよせ、127笑(わら)ひながらコツリコツリと杖(つゑ)を突(つ)いて峠(たうげ)を下(くだ)つて行(ゆ)く。128文助(ぶんすけ)は四五町(しごちやう)ばかり降(くだ)つて行(ゆ)くと、129其処(そこ)に形(かたち)ばかりの屋根(やね)があつて、130石(いし)の六地蔵(ろくぢざう)が並(なら)んでゐる。131ツと立寄(たちよ)つて、132傍(かたはら)の虫(むし)の喰(く)ひさがした足(あし)の半(なかば)腐(くさ)つた鞍掛(くらかけ)に腰(こし)を打(うち)かけ、133よくよく見(み)れば古(ふる)ぼけた柱(はしら)に墨(すみ)黒々(くろぐろ)と楽書(らくがき)がやつてある。134見(み)るともなしに目(め)についたのは……盲(めくら)の宣伝使(せんでんし)文助(ぶんすけ)がやがてここを通過(つうくわ)するだらう、135さうすれば一(ひと)つ談判(だんぱん)がある。136黒蛇(くろくちなは)の一族(いちぞく)は此処(ここ)へ集(あつ)まれ……と記(しる)されてあつた。137文助(ぶんすけ)は之(これ)を見(み)て独言(ひとりごと)、
138文助『ハハア、139おれが朝(あさ)から晩(ばん)まで、140竜人(りうじん)さまだと云(い)つて、141黒蛇(くろくちなは)を書(か)いては信者(しんじや)に渡(わた)し、142掛字(かけじ)や額(がく)に仕立(した)てて祭(まつ)らしてやつたお蔭(かげ)で、143結構(けつこう)な飲食(おんじき)を供(そな)へて貰(もら)ひ、144黒蛇(くろくちなは)の奴(やつ)、145俺(おれ)の行方(やりかた)を大(おほい)に徳(とく)となし、146歓迎会(くわんげいくわい)でも開(ひら)きよる積(つもり)だなア。147そらさうだらう。148誰一人(たれひとり)お給仕(きふじ)をしてくれる者(もの)がないのに、149虫(むし)の分際(ぶんざい)として大神(おほかみ)さま格(かく)に祀(まつ)つて貰(もら)ふのだから、150喜(よろこ)ぶのも無理(むり)はないワイ。151あああ人(ひと)はヤツパリ禽獣(きんじう)に至(いた)る迄(まで)助(たす)けておかねばならぬものかいな。152ああ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。153三五教(あななひけう)の松彦(まつひこ)さまがやつて来(き)てゴテゴテ言(い)ふものだから、154黒蛇(くろくちなは)の画(ゑ)かきも中止(ちゆうし)して了(しま)ひ、155松(まつ)に日輪(にちりん)様(さま)ばかりを描(か)いて居(を)つたが、156あれから引続(ひきつづ)いてやつてゐたなら、157まだまだ沢山(たくさん)に喜(よろこ)ばれただらうに……何程(なにほど)日輪(にちりん)様(さま)を描(ゑが)いた所(ところ)で、158日輪(にちりん)様(さま)が喜(よろこ)んで下(くだ)さる筈(はず)もなし、159ヤツパリ性(しやう)に合(あ)うた竜神(りうじん)さまを描(か)いてをつたがよかつたのだ。160霊(みたま)不相応(ふさうおう)なことをすると、161却(かへつ)て何(なん)にもなりやしないワ』
162 斯(か)かる所(ところ)へ妙齢(めうれい)の美人(びじん)が三人(さんにん)連(づ)れで忽焉(こつえん)と現(あら)はれて来(き)た。
163女(黒長姫)『モシ、164貴方(あなた)は文助(ぶんすけ)さまぢやありませぬか、165私(わたし)は黒長姫(くろながひめ)と申(まを)します、166随分(ずいぶん)苦(くる)しめて下(くだ)さいましたね。167朝(あさ)から晩(ばん)迄(まで)、168松(まつ)の木(き)にまき付(つ)いたなりで、169身動(みうご)きも出来(でき)ぬやうな目(め)に遇(あ)はし、170殺生(せつしやう)なお方(かた)ですワ。171サア是(これ)から御(お)礼(れい)を申(まを)しませう』
172文助『お前(まへ)は黒竜神(くろりうじん)の精霊(せいれい)と見(み)えるが、173あれだけ立派(りつぱ)に祀(まつ)らして上(あ)げたのに、174何(なに)が不足(ふそく)なのだ。175畜生(ちくしやう)の分際(ぶんざい)として、176神(かみ)様(さま)として貰(もら)つて、177喜(よろこ)ぶことを措(を)いて、178こんな処(ところ)で不足(ふそく)を聞(き)く耳(みみ)は持(も)ちませぬワイ』
179黒長姫『吾々(われわれ)は畜生道(ちくしやうだう)に堕(お)ちたもの、180霊相応(みたまさうおう)ですから、181さやうな神(かみ)様(さま)の席(せき)へ上(あ)げられ祀(まつ)られては、182目(め)が眩(くら)み、183頭(あたま)が痛(いた)み、184苦(くる)しくてなりませぬ。185それだから吾々(われわれ)の怨(うら)みが塊(かた)まつて、186お前(まへ)さまの目(め)が見(み)えなくなつたのだ。187分(ぶん)に過(す)ぎた待遇(たいぐう)をせられては本当(ほんたう)に迷惑(めいわく)だ。188お前(まへ)さまのお蔭(かげ)で、189私(わたし)達(たち)の眷族(けんぞく)が幾千(いくせん)人(にん)苦(くる)しんだか知(し)れやしない。190そしてお前(まへ)さまは之(これ)を祀(まつ)つておけば、191悪事(あくじ)災難(さいなん)が逃(のが)れるとか云(い)つて、192神(かみ)様(さま)の真似(まね)をしたでないか。193吾々(われわれ)の眷族(けんぞく)を竜神(りうじん)さまだなどと大(だい)それた名(な)をつけ、194そして大変(たいへん)に神力(しんりき)のある神(かみ)のやうに言(い)ひふらし、195世界(せかい)の亡者(まうじや)に拝(をが)ませて、196栃麺棒(とちめんぼう)をふらさした張本人(ちやうほんにん)だ。197神(かみ)様(さま)の側(そば)に祀(まつ)られて苦(くる)しくてたまらなかつたと、198皆(みな)が云(い)つてゐる』
199文助『そんな不足(ふそく)を聞(き)かうと思(おも)うて描(か)いたのぢやない。200一人(ひとり)でも世(よ)に堕(お)ちた霊(れい)を世(よ)に上(あ)げてやらうと思(おも)つて善意(ぜんい)を以(もつ)てしたのだ。201チツと其(その)精神(せいしん)も買(か)つて貰(もら)はなくちや困(こま)るぢやないか』
202黒長姫『よう仰有(おつしや)いますワイ。203世(よ)に堕(お)ちた者(もの)を世(よ)にあげる様(やう)な力(ちから)が、204人間(にんげん)の分際(ぶんざい)としてどこにありますか。205それは皆(みな)神(かみ)様(さま)の御(ご)権限(けんげん)にあるのだ。206神(かみ)様(さま)の神徳(しんとく)を横領(わうりやう)せむとするお前(まへ)さまは天(てん)の賊(ぞく)だよ。207それだから、208こんな天引峠(あまびきたうげ)の二度(にど)吃驚(びつくり)を通(とほ)らなくちやならぬ様(やう)になつたのだ。209エエ恨(うら)めしい。210これから五体(ごたい)をグタグタに咬(か)み砕(くだ)いて恨(うらみ)を晴(は)らすから、211其(その)積(つも)りでゐなさい。212そしてお前(まへ)の身体(からだ)は黒蛇(くろへび)となり、213私(わたし)達(たち)の仲間(なかま)に入(い)り、214奴(やつこ)となつて働(はたら)くのだ。215あのお前(まへ)の描(か)いた黒蛇(くろくちなは)には、216スツカリお前(まへ)の霊魂(みたま)の一部(いちぶ)が憑依(ひようい)してゐるから、217自然(しぜん)の道理(だうり)でお前(まへ)の霊身(れいしん)は蛇(じや)となるのは当然(あたりまへ)だ。218お前(まへ)は口(くち)の先(さき)で、219神(かみ)様(さま)の為(ため)世人(よびと)の為(ため)と云(い)つてゐるが、220私(わたし)達(たち)の仲間(なかま)の姿(すがた)をかいて祀(まつ)らすのは、221所謂(いはゆる)ゼルブスト・ツエツクを達(たつ)せむとする野心(やしん)に外(ほか)ならなかつたのだ』
222文助『馬鹿(ばか)を云(い)ふな。223神(かみ)の道(みち)に仕(つか)へる者(もの)が、224どうしてそんな心(こころ)になれるか、225何(いづ)れも神(かみ)の大御心(おほみこころ)に倣(なら)うて、226虫(むし)ケラまで助(たす)けようと云(い)ふ真心(まごころ)からやつたのだ。227何程(なにほど)大蛇(だいじや)のお前(まへ)だとて蛇推(じやすゐ)するにも程(ほど)がある。228チツとは善意(ぜんい)に解(かい)して貰(もら)ひたいものだな』
229黒長姫『何(なん)と云(い)つても、230セルフ・プリサベーシヨンの為(ため)にしてゐたことは、231瞭然(れうぜん)たるものだ。232お前(まへ)は神(かみ)を松魚節(かつをぶし)にする偽善者(ぎぜんしや)だ。233なぜ自分(じぶん)は謙遜(けんそん)して、234人(ひと)に頼(たの)まれても断(ことわ)りを云(い)はないのだ。235厳(いづ)の御霊(みたま)の筆先(ふでさき)には、236御(ご)神号(しんがう)や神姿(おすがた)は書(か)く人(ひと)がきまつてるぢやないか。237きまつた方(かた)に書(か)いて貰(もら)ふのなれば、238所謂(いはゆる)神(かみ)様(さま)の霊(みたま)がこもつてゐるから、239蛇(へび)だつて解脱(げだつ)することが出来(でき)るが、240権威(けんゐ)なき者(もの)に描(ゑが)かれては益々(ますます)苦(くる)しみを増(ま)し、241罪(つみ)を重(かさ)ぬるのみだよ』
242文助『それだと云(い)つて、243俺(おれ)もヤツパリ天国(てんごく)の天人(てんにん)団体(だんたい)に籍(せき)をおいてる者(もの)だ。244蛇(へび)なんぞを勿体(もつたい)ない、245変性(へんじやう)男子(なんし)の御(お)手(て)で描(か)いて貰(もら)ふといふことがあるか。246俺(おれ)の絵(ゑ)で満足(まんぞく)すべきものだ、247余(あま)り増長(ぞうちよう)するない』
248黒長姫『ホホホホホ、249どちらが増長(ぞうちよう)してゐるのか、250よく考(かんが)へてみなさい。251それだから盲(めくら)聾(つんぼ)と神(かみ)様(さま)が仰有(おつしや)るのだ。252今(いま)に口笛(くちぶえ)を吹(ふ)いたが最後(さいご)、253お前(まへ)に苦(くる)しめられた眷属(けんぞく)が此処(ここ)へやつて来(く)るから覚悟(かくご)をなさい』
254と云(い)ふより早(はや)く、255ピユーピユーと口笛(くちぶえ)をふいた。256俄(にはか)に四辺(あたり)の草(くさ)も木(き)の片(きれ)も木(こ)の葉(は)も真黒(まつくろ)けの蛇(へび)となり、257一本(いつぽん)の角(つの)を生(は)やし、258波(なみ)の打(う)ち寄(よ)する如(ごと)く、259文助(ぶんすけ)の四辺(あたり)を力(ちから)一杯(いつぱい)口(くち)をあけて襲撃(しふげき)して来(き)た。260文助(ぶんすけ)は杖(つゑ)を打振(うちふ)り打振(うちふ)り、261キヤアキヤアと断末魔(だんまつま)のやうな声(こゑ)を出(だ)し、262蛇(へび)の群(むれ)を踏(ふ)み越(こ)えて、263命(いのち)カラガラ西北(せいほく)さして逃(に)げて行(ゆ)く。264忽(たちま)ち強烈(きやうれつ)なる山颪(やまおろし)となり、265数多(あまた)の蛇(へび)は中空(ちうくう)高(たか)く舞(ま)ひ上(あが)り、266空(そら)を真黒(まつくろ)に染(そ)めて、267文助(ぶんすけ)の走(はし)つて行(ゆ)く数百間(すうひやくけん)の前(まへ)まで飛散(ひさん)してゐる。268文助(ぶんすけ)は心(こころ)も心(こころ)ならず、269神言(かみごと)を奏上(そうじやう)しながら、270倒(こ)けつ転(まろ)びつ進(すす)み行(ゆ)く。
271(大正一二・二・九 旧一一・一二・二四 松村真澄録)
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