春の陽気に桜の花が爛漫と咲き乱れる真昼頃、高野比女の神一同は、高地秀の宮居の清庭に駒のくつわを並べ、顔を輝かせて帰りついた。
留守を守っていた胎別男(みわけお)の神は、一同の無事の姿に喜び、長旅をねぎらおうと、諸神に命じて別殿に歓迎の宴の準備を始めた。
高野比女の神は大宮居の大前に禊祓い、感謝の祭典を行い太祝詞をあげた。その概要は:
掛巻(かけまく)も畏き紫微天界の真秀良場(まほらば)である高地秀山の岩底深く、宮柱を立て、高天原に千木が届くほど高く宮を構えて永遠に鎮まっておられる主の神、その大前に、御樋代の神である高野比女らは、謹んでかしこみかしこみも申し上げます。
そもそも、天界(かみくに)は、主の大神の広く厚い大御恵みと、赤く直く、正しい生言霊の神聖な威力によって鳴出でてできあがった国土である。
だから、わけ隔てなく大神の恩頼(みたまのふゆ)によって永遠に栄えるものであるし、大神の御恵みがなければ、立ち行かないものである。
そのことを深く悟り広く知って、ますますその偉大さを恐れ敬い奉ろうと、某吉日に万里の道を馬に乗って旅立ち、草枕の宿を重ねて、天津高宮に詣で奉った。
そこで、大神御自ら清く赤きご託宣を承り、一言も漏らさず肝に銘じて、その大御恵みをかたじけなく受け取らせていただいた。さらに、恐れ多くも主の神より、高地秀の宮居の宮司として、鋭敏鳴出(うなりづ)の神、天津女雄(あまつめを)の神の二神をお授けいただいた。
これで高地秀の宮居も栄えるだろうと思って嬉しく、おのおの御樋代神たちは玉の泉に禊を修め、感謝言を宣り、再び駒にまたがって大野ケ原を帰り来た。
途中、多くの曲津神の妨害も、主の大神の深く厚き守りに、事無く乗り越えて、今日この吉日に帰り来ることができた。
その嬉しさの千分の一でも報い奉ろうと、海河山野さまざまの美味のものを、机に横山のようにいっぱいに置き並べて奉ります。
この様子をよろしくご覧になりご理解いただきまして、この宮居に仕える者たちが、主の神の大御心に違えたり逆らったりすることがなく、いただいた真言の光を照らして仕え、罪穢れ・過ちなく、よろしく仕えられますよう、かしこみかしこみもお願い申し上げ奉ります。
また、別に申し上げます。高地秀の宮居を真中として、四方にある未だ若い国土の国津神たちが、おのおの日々の業務を励み勤めて、緩んだり怠ったりすることがありませんように。この天界がさらにさらに拓き栄えますように。また、紫微天界の真秀良場である貴い御名を落とさないよう、皆が励んで活動できますように。たった一つの我が膝をおり伏せ、鵜のごとく首をついて、かしこくもお願い申し上げます次第です。
惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。
高野比女の神は、祝詞を終わり、諸神とともに直会の席につき、しばらく合掌しながら、この旅を振り返る述懐の歌を詠んだ。
次に鋭敏鳴出の神が述懐の歌を詠んだ。すると、ちょうど桜の花びらが一枚、ひらひらと、朝香比女の神の持った盃の上に落ちてきた浮かんだ。
朝香比女の神は微笑みつつ歌を歌った。
背の岐美(きみ)の 清き心の一弁(ひとひら)か わが盃に浮ける桜は
背の岐美の 心と思へば捨てられじ 花もろともにいただかむかな
そして花びらの浮いた神酒をぐっと飲み下し、次の歌を歌った。
背の岐美の 深き心の花弁(はなびら)と 神酒諸共に飲み干しにけり
御樋代の神と選まれ 背の君の水火(いき)と思ひて 飲みし花酒(はなざけ)よ
斯くならば 吾は御樋代神として 岐美の在所(ありか)をたづね行くべし
そして、各御樋代神たちはそれぞれ、この旅が成功に終わったことを寿ぐ述懐の歌を歌った。
十柱の神たちは、大宮に詣でた報告祭を奏上し終わると直会の席についた。そして、今回の旅で学んだ言霊の真理を告白しつつ、各々の居間に戻り、休みを取った。
折りしも、吹き来る春風に、庭いっぱいの桜は雪のごとく夕立のごとく、算を乱して清庭のおもてに散り敷き、庭は一面の花筵となった。そこに名残を惜しむように数多の胡蝶がやって来て、低く舞い遊び戯れていた。