霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一四章 磐楠舟(いはくすぶね)〔一九三一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第76巻 天祥地瑞 卯の巻 篇:第3篇 孤軍奮闘 よみ(新仮名遣い):こぐんふんとう
章:第14章 磐楠舟 よみ(新仮名遣い):いわくすぶね 通し章番号:1931
口述日:1933(昭和8)年12月08日(旧10月21日) 口述場所:水明閣 筆録者:森良仁 校正日: 校正場所: 初版発行日:1934(昭和9)年3月23日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
夕暮れ近くなったころ、前方に横たわる沼にさえぎられたところで、駒が突然一歩も動かなくなった。朝香比女はその様子を怪しんだが、ともかく休みを取って様子を見ようと、萱草の芝生に降り立った。
比女は萱草にどっかと腰を下ろして様子を見守っていたが、果たして駒は次第に後じさりし、驚きの声を上げて凶事を知らせるようなそぶりをした。
どうやら曲津神が罠を張って待ち構えていると察した比女は、火打ち石を取り出し、かちかちと打ち出だせば、枯草に燃え移って風に乗って広がり、沼の岸辺まで届いて止まった。
すると、辺りを包んでいた深い霧が晴れ、空も晴れ晴れとして月が地上に光を落とし始めた。これは、八十曲津神が比女の真火の功に傷つき追いやられた結果であった。
一度は退いた曲津神たちであったが、今度は比女を沼に迷い込ませて仇を取ろうと、第二の罠をはって待ち受けていた。
朝香比女は心落ち着き、広く広がる沼の岸辺に駆け寄って、波間に浮かぶ月影を眺めながら今の事件を述懐する歌を歌った。
ふと見ると不思議なことに、小石一つない沼の水際に、長方形の巌が横たわっていた。比女は言霊にて、主の神の恵みにより休み所となる巌を賜ったと歌い、まだ若い巌なので、舟にして沼を渡ろう、と歌った。
するとまた不思議なことに、比女は、巌がまるで柔らかい粘土でもあるかのように、中をえぐって舟の形を作り、天の数歌・言霊歌を歌った。たちまち巌舟は木の舟に変じ、自ずからするすると水際にすべり出た。
比女は駒と共に舟に乗り込み、沼の果ての岸まで渡り来た。そして、この舟は千引きの巌となって、永遠にこの岸辺にあるように、と言霊歌を歌うと、舟は元のような巨巌となって、水際に屹立した。
この巌を御舟巌という。そのうちに東雲の空が次第に明らみ、日が雲を押し分けて昇り来たり、沼の面をくまなく照らし渡った。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ:天の数歌 データ凡例: データ最終更新日:2025-03-02 12:32:29 文字数:3027 OBC :rm7614
愛善世界社版: 八幡書店版:第13輯 570頁 修補版: 校定版:431頁 普及版: 初版: ページ備考:
001高地秀(たかちほ)山(やま)の聖場(せいぢやう)に
002御樋代(みひしろ)神(がみ)と仕(つか)へたる
003八柱(やはしら)比女(ひめ)の神司(かむつかさ)
004中(なか)にも別(わ)けて面勝(おもかつ)の
005神(かみ)とまします朝香(あさか)比女(ひめ)は
006雄心(をごころ)押(お)さゆる由(よし)もなく
007桜(さくら)の花(はな)の散(ち)り敷(し)ける
008春(はる)の夕(ゆふべ)の唯一人(ただひとり)
009白馬(はくば)に跨(またが)りしとしとと
010踏(ふ)みも習(なら)はぬ大野原(おほのはら)
011道(みち)なき道(みち)を別(わ)けながら
012狭葦(さゐ)の河瀬(かはせ)の曲神(まがかみ)を
013生言霊(いくことたま)を打(う)ち出(いだ)し
014真火(まひ)の功(いさを)に追(お)ひ払(はら)ひ
015再(ふたた)び荒野(あらの)をわたりまし
016栄城(さかき)の山(やま)の聖場(せいぢやう)に
017着(つ)かせ給(たま)ひて百神(ももがみ)の
018あつき待遇(もてなし)喜(よろこ)びつ
019暫(しば)し御足(みあし)を留(とど)めつつ
020又(また)もや駒(こま)に鞭(むち)うちて
021太元(おほもと)顕津男(あきつを)の神(かみ)の
022御許(みあと)に進(すす)み行(ゆ)かばやと
023未(ま)だ地(つち)稚(わか)くもうもうと
024霧(きり)立(た)ち昇(のぼ)る大野原(おほのはら)
025一人(ひとり)雄々(をを)しく出(い)で給(たま)ふ。
026 夕暮(ゆふぐれ)近(ちか)くなりし頃(ころ)、027前方(ぜんぱう)に横(よこた)はる大沼(おほぬま)あり、028駒(こま)は左右(さいう)の耳(みみ)を前方(ぜんぱう)に傾(かたむ)け、029俄(にはか)に蹄(ひづめ)を止(とど)め、030何程(なにほど)鞭(むち)うち給(たま)へども一歩(いつぽ)も進(すす)まざる怪(あや)しさに、031兎(と)も角(かく)も旅(たび)の疲(つか)れを休(やす)らへ様子(やうす)を見(み)むと、032萱草(かやくさ)茂(しげ)る芝生(しばふ)に下(お)り立(た)ち給(たま)ひける。
033 要(えう)するに総(すべ)て馬(こま)は鋭敏(えいびん)なる動物(どうぶつ)にして、034前方(ぜんぱう)に敵(てき)ある時(とき)は耳(みみ)を前方(ぜんぱう)に傾(かたむ)け進(すす)まむとせず、035又(また)馬(うま)自身(じしん)の気分(きぶん)良(よ)き時(とき)得意(とくい)なる時(とき)は、036耳(みみ)を真直(まつすぐ)に空(そら)に向(むか)つて欹(そばだ)て、037又(また)騎手(きしゆ)に対(たい)し不満(ふまん)を抱(いだ)き或(ある)ひは振(ふ)り落(おと)さむと思(おも)ふ時(とき)は、038左右(さいう)の耳(みみ)を後方(こうはう)に傾(かたむ)くるものなり。039故(ゆゑ)に馬(うま)に乗(の)るものは第一(だいいち)に耳(みみ)の動作(どうさ)に注意(ちうい)すべきものとす。
040 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は萱(かや)の生(ふ)にどつかと尻(しり)を落付(おちつ)け、041暫(しば)し双手(もろて)を組(く)み考(かんが)へ給(たま)ひけるが、042白駒(しらこま)は一脚(ひとあし)一脚(ひとあし)後退(あとしざ)り止(や)まず、043果(は)ては前脚(まへあし)を上(あ)げて直立(ちよくりつ)し、044驚(おどろ)きの声(こゑ)を放(はな)ちて凶事(きようじ)を報(はう)ずるが如(ごと)く見(み)えける。
045『わが駒(こま)の驚(おどろ)く見(み)れば行(ゆ)く先(さき)に
046曲津見(まがつみ)は罠(わな)を造(つく)り待(ま)つらむか
047前方(ぜんばう)に左右(さいう)の耳(みみ)をかたむけて
048歩(あゆ)みたゆとふ駒(こま)のあやしも
049果(はて)しなき大野(おほの)の末(すゑ)に黄昏(たそが)れて
050わが駿馬(はやこま)は居竦(ゐすく)みさやぐも
051濛々(もうもう)と夕(ゆふべ)の霧(きり)のふかみつつ
052咫尺(しせき)弁(べん)ぜぬ怪(あや)しき野辺(のべ)なり
053斯(か)くならば夜(よ)の明(あ)くる迄(まで)草(くさ)の生(ふ)に
054駒(こま)をやすめてわれは待(ま)たなむ
055進(すす)み進(すす)み退(しりぞ)く事(こと)を知(し)らぬ吾(われ)も
056駒(こま)おどろけばせむすべなけれ
057夕烏(ゆふがらす)声(こゑ)も悲(かな)しくきこゆなり
058霧(きり)ふかしくて影(かげ)は見(み)えねど
059陰々(いんいん)と邪気(じやき)迫(せま)り来(き)てわが水火(いき)も
060今(いま)は苦(くる)しくなりにけらしな
061顕津男(あきつを)の神(かみ)の神言(みこと)は日並(けなら)べて
062斯(か)かる艱(なや)みに逢(あ)はせ給(たま)はむ
063面勝(おもかつ)の神(かみ)と言(い)はれし吾(われ)にして
064如何(いか)で曲津(まがつ)にためらふべしやは
065今(いま)こそは燧(ひうち)を打(う)ちて真火(まひ)照(て)らし
066八十(やそ)の曲津(まがつ)をしりぞけむかな』
067 斯(か)く歌(うた)ひながら燧(ひうち)を取出(とりいだ)し、068かちりかちりと打(う)ち出(だ)し給(たま)へば、069火花(ひばな)は四辺(あたり)に散(ち)りて原野(はらの)に落(お)ち、070若草(わかぐさ)の根(ね)に重(かさな)りたる去年(こぞ)のかたみの枯草(かれくさ)に忽(たちま)ち火(ひ)移(うつ)り、071見(み)る見(み)る吹(ふ)き来(きた)る風(かぜ)に煽(あふ)られて、072火(ひ)は前方(ぜんぱう)に延(の)び広(ひろ)まり、073沼(ぬま)の岸辺(きしべ)に到(いた)りて燃(も)え止(と)まりける。074四辺(あたり)を包(つつ)みし深霧(ふかぎり)は俄(にはか)に四方(よも)に散(ち)り失(う)せ、075空(そら)晴々(はればれ)と青雲(あをくも)の生地(きぢ)を現(あら)はし、076六日(むゆか)の月(つき)は鋭(するど)き光(ひかり)を地上(ちじやう)に投(な)げければ、077目路(めぢ)の限(かぎ)り一点(いつてん)のさやるものなく、078沼(ぬま)の面(おも)はきらきらと月光(つきかげ)浮(うか)ぶ夜(よる)とはなりける。079八十(やそ)曲津見(まがつみ)の神(かみ)は狭葦(さゐ)の河瀬(かはせ)の真夜中(まよなか)を、080朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)の真火(まひ)の功(いさを)に退(やら)はれ傷(きずつ)きたれば、081暫(しば)し影(かげ)を潜(ひそ)め居(ゐ)たりしが、082火傷(やけど)も漸(やうや)く癒(い)えければ第二(だいに)の作戦(さくせん)計画(けいくわく)を思(おも)ひ立(た)ち、083駒(こま)諸共(もろとも)に沼(ぬま)の中(なか)に迷(まよ)ひ入(い)らしめ、084仇(あだ)を報(むく)いむと待(ま)ち居(ゐ)たりしなり。085駿馬(はやこま)は早(はや)くも前方(ぜんぱう)間近(まぢか)く斯(か)かる難所(なんしよ)のあるを知(し)りて、086危難(きなん)を恐(おそ)れためらひしものと思(おも)はる。
087 茲(ここ)に朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は心(こころ)落付(おちつ)き給(たま)ひ再(ふたた)び駒(こま)に跨(またが)りて、088広(ひろ)く長(なが)く展開(てんかい)したる沼(ぬま)の岸辺(きしべ)に駈(か)け寄(よ)り給(たま)ひ、089波間(なみま)に浮(うか)べる爽(さや)けき月光(つきかげ)を眺(なが)めながら、090御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
091『曲津見(まがつみ)の醜(しこ)のたくみも霧(きり)となり
092煙(けむり)となりて逃(に)げ去(さ)りにけり
093大野原(おほのはら)わが打(う)ち出(い)でし火(ひ)に焼(や)かれ
094あとかたもなく清(きよ)められたり
095曲津見(まがつみ)は此(これ)の荒野(あらの)に影(かげ)ひそめ
096われ傷(そこな)ふと待(ま)ち構(かま)へ居(ゐ)しか
097駿馬(はやこま)の敏(さと)き耳(みみ)と眼(め)に看破(みやぶ)られて
098八十(やそ)曲津見(まがつみ)の罠(わな)はやぶれし
099有難(ありがた)し神(かみ)の賜(たま)ひしこの真火(まひ)は
100わが行(ゆ)く道(みち)の守(まも)りなるかも
101幾万(いくまん)の曲津見(まがつみ)来(きた)り襲(おそ)ふとも
102われには真火(まひ)の剣(つるぎ)ありける
103きらきらと水(み)の面(も)に冴(さ)ゆる月光(つきかげ)は
104わが背(せ)の岐美(きみ)の御霊(みたま)なるかも
105千万(せんまん)里(り)遠(とほ)きにいます背(せ)の岐美(きみ)の
106影(かげ)を間近(まぢか)く此処(ここ)に見(み)るかな
107上下(うへした)にかがやきわたる月光(つきかげ)は
108わが背(せ)の岐美(きみ)と思(おも)へば嬉(うれ)しも
109此(この)沼(ぬま)を見(み)つつすべなし吾(わが)行(ゆ)かむ
110西方(にしかた)の国土(くに)をさへぎるこの水(みづ)
111兎(と)に角(かく)に今宵(こよひ)は沼(ぬま)の月光(つきかげ)に
112いむかひながら夜(よ)を明(あか)すべし』
113 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は駒(こま)の背(せ)よりひらりと下(お)り給(たま)へば、114不思議(ふしぎ)なるかな、115小石(こいし)一(ひと)つなき汀(みぎは)に長方形(ちやうはうけい)の巌(いは)横(よこた)はりありければ、116格好(かくかう)の坐席(ざせき)なりと腰(こし)打(う)ち下(おろ)し憩(いこ)ひ給(たま)ひつつ、117御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
118『主(ス)の神(かみ)の恵(めぐみ)なるらむ汀辺(みぎはべ)に
119わがやすむべき巌(いは)はありけり
120此(この)巌(いは)に吾身(わがみ)の疲(つか)れやすめつつ
121月(つき)を拝(をが)みて夜(よ)を明(あ)かさばや
122虫(むし)の音(ね)は焼(や)き払(はら)はれし草(くさ)の根(ね)に
123ひそみて鳴(な)くかこゑの悲(かな)しき
124波(なみ)の面(も)を右(みぎ)と左(ひだり)に飛(と)び交(か)ひて
125土鳥(つちどり)啼(な)くなり月(つき)にはえつつ
126いつの間(ま)にかわが駿馬(はやこま)も巌(いは)の上(へ)に
127蹲(うづくま)りつつ水火(いき)をやすめり
128此(この)巌(いはほ)未(ま)だ稚(わか)ければ舟(ふね)にして
129この広沼(ひろぬま)をわれは渡(わた)らむ』
130 斯(か)く歌(うた)はせ給(たま)ひながら、131比女神(ひめがみ)は細(ほそ)き柔(やはら)かき左右(さいう)の御手(みて)もて、132巌(いは)の中(なか)をゑぐり舟(ふね)の形(かたち)となし給(たま)ふ。133恰(あたか)も陶器師(すゑものし)が柔(やはら)かき粘土(ねんど)を以(も)て皿(さら)、134茶碗(ちやわん)などを練(ね)るが如(ごと)く、135またたく間(うち)に舟(ふね)の形(かたち)を造(つく)り、
136『一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)五(いつ)六(むゆ)七(なな)八(や)九(ここの)十(たり)
137 百(もも)千(ち)万(よろづ)千万(ちよろづ)の神(かみ)
138  集(あつ)まり来(きた)りて守(まも)り給(たま)はれ
139ハホフヘヒ舟(ふね)に成(な)れ成(な)れ此(こ)の巌(いはほ)
140今(いま)わが造(つく)りしこれの巌舟(いはふね)
141水(みづ)の面(も)に浮(うか)ぶるまでも軽(かる)くなれ
142軽(かる)くなれなれ木舟(きぶね)の如(ごと)くに』
143 斯(か)く宣(の)らせ給(たま)ふや、144流石(さすが)の巌舟(いはぶね)も忽(たちま)ち木舟(きぶね)と変(へん)じ、145自(おのづか)らするすると滑(すべ)りて汀辺(みぎはべ)にぽかりと浮(う)きければ、146比女神(ひめがみ)は駒(こま)諸共(もろとも)に舟中(ふね)に飛(と)び入(い)り給(たま)ひ、
147『天晴(あは)れ天晴(あは)れ生言霊(いくことたま)の幸(さち)はひて
148巌(いはほ)は真木(まき)の舟(ふね)となりける
149艪(ろ)も楫(かい)もなけれど吾(われ)は言霊(ことたま)に
150これの御舟(みふね)をあやつり渡(わた)らむ
151大空(おほぞら)の月(つき)は益々(ますます)冴(さ)えにつつ
152わが乗(の)る舟(ふね)は波(なみ)すべるなり
153水底(みなそこ)にうつろふ月(つき)を眺(なが)めつつ
154波(なみ)のおもてを風(かぜ)なでて行(ゆ)く
155天(あめ)と地(つち)の中空(なかぞら)わたる心地(ここち)かな
156上(うへ)と下(した)とに月(つき)をながめて
157千万(ちよろづ)の御空(みそら)の星(ほし)は水底(みなそこ)の
158金砂(きんしや)銀砂(ぎんしや)となりてかがよふ
159曲神(まがかみ)の醜(しこ)の奸計(たくみ)の千引巌(ちびきいは)も
160われをたすくる舟(ふね)となりしよ
161駒(こま)よ駒(こま)汝(なれ)は賢(さか)しく雄々(をを)しけれ
162曲津(まが)の奸計(たくみ)をわれに知(し)らせし
163如何程(いかほど)に沼(ぬま)は広(ひろ)くも言霊(ことたま)の
164力(ちから)に暁(あかつき)岸辺(きしべ)につかむ
165やすやすと御舟(みふね)の中(なか)に月(つき)を見(み)つ
166旅(たび)の疲(つか)れをやしなはむかな
167西北(にしきた)の風(かぜ)に送(おく)られわが舟(ふね)は
168艪楫(ろかい)なけれどいやすすむなり
169高地秀(たかちほ)の山(やま)は雲間(くもま)に聳(そび)え立(た)ち
170今宵(こよひ)の月(つき)に照(て)らされにつつ
171仰(あふ)ぎ見(み)ればはろけかりけり高地秀(たかちほ)の
172山(やま)出(い)でしより久(ひさ)しからぬに
173栄城山(さかきやま)尾(を)の上(へ)ほのぼの見(み)えにけり
174月(つき)のしたびに尾根(をね)晴(は)れにつつ
175大空(おほぞら)に月(つき)は照(て)れども遠々(とほどほ)し
176高照山(たかてるやま)はすがた見(み)えなく
177眼(め)に一(ひと)つさやるものなき大野原(おほのはら)
178この広沼(ひろぬま)の月(つき)はさやけし
179わが行(ゆ)かむ道(みち)を遮(さへぎ)る曲津(まが)あらば
180生言霊(いくことたま)に追(お)ひ退(そ)け行(ゆ)かむ
181天(あめ)と地(つち)の広(ひろ)きが中(なか)を駈(かけ)り行(ゆ)く
182われは一人(ひとり)の旅(たび)なりにけり
183駿馬(はやこま)のたすけによりて果(はて)しなき
184大野(おほの)をわたる吾(われ)はさびしも
185淋(さび)しさの心(こころ)の駒(こま)に鞭(むち)うちて
186勇(いさ)み進(すす)まむ果(はて)なき国原(くにはら)を
187わが舟(ふね)は彼方(あなた)の岸(きし)に近(ちか)づきて
188御空(みそら)の奥(おく)はしののめにけり
189岸辺(きしべ)近(ちか)くなりて清(すが)しき鵲(かささぎ)の
190鳴(な)く音(ね)は高(たか)く聞(きこ)え来(き)にけり
191やがて今(いま)朝日(あさひ)昇(のぼ)らば百鳥(ももとり)の
192声(こゑ)もすがしく世(よ)をうたふらむ』
193 漸(やうや)くにして御舟(みふね)は、194広(ひろ)き沼(ぬま)の果(はて)なる岸辺(きしべ)に横(よこた)はりければ、195朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は駒(こま)諸共(もろとも)舟(ふね)を乗(の)り捨(す)て、
196『わが舟(ふね)は千引(ちびき)の巌(いは)と体(み)を変(へん)じ
197これの岸辺(きしべ)に永久(とは)にあれかし
198一(ひと)二(ふた)三(み)四(よ)五(いつ)六(むゆ)七(なな)八(や)九(ここの)十(たり)
199 百千万(ももちよろづ)舟(ふね)よ舟(ふね)
200  元(もと)の如(ごと)く巌(いはほ)となれなれ
201   堅磐(かきは)常磐(ときは)の千引(ちびき)の巌(いは)となれなれ』
202 斯(か)く宣(の)らせ給(たま)ふや、203御舟(みふね)は忽(たちま)ち元(もと)の如(ごと)く大巨巌(だいきよがん)となりて汀辺(みぎはべ)に屹立(きつりつ)せり。204此(こ)の巌(いは)を御舟巌(みふねいは)と名付(なづ)け給(たま)ひける。
205 東雲(しののめ)の空(そら)は次第(しだい)々々(しだい)に明(あか)らみにつつ、206新(あたら)しき天津(あまつ)日(ひ)は煌々(かうかう)と雲(くも)押(お)し分(わ)け昇(のぼ)らせ給(たま)ひ、207沼(ぬま)の面(おもて)を隈(くま)なく照(て)らさせ給(たま)ふ。
208(昭和八・一二・八 旧一〇・二一 於水明閣 森良仁謹録)
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