霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第七章 外苑(ぐわいゑん)の逍遥(せうえう)〔一九二四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第76巻 天祥地瑞 卯の巻 篇:第2篇 晩春の神庭 よみ(新仮名遣い):ばんしゅんのしんてい
章:第7章 外苑の逍遥 よみ(新仮名遣い):がいえんのしょうよう 通し章番号:1924
口述日:1933(昭和8)年12月06日(旧10月19日) 口述場所:水明閣 筆録者:谷前清子 校正日: 校正場所: 初版発行日:1934(昭和9)年3月23日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
旅に疲れた諸神たちは各々眠りにつき、高地秀の宮居の広庭は水を打ったように静まり、小鳥のさえずる声のみが聞こえていた。
胎別男の神は神駒の疲れを休ませようと、外苑の庭に放して遊ばせていた。春風は花の香りを四辺に送り、いたるところおぼろのもやが立ち込めて、のどかな晩春の景色となっていた。
そんな中、ひとり朝香比女の神は、長閑な春の日に眠るのは惜しいと、清庭に立ち居で、心静かに歌を歌っていた。
晩春の景色を述懐していた朝香比女だが、その歌は次第に、旅立っていった顕津男の神への思慕に変わっていった。そして御樋代の神として顕津男の神をどこまでも探し追い求めて行こう、高地秀の宮居を旅立とう、という思いにまでなっていった。
その歌を耳にした胎別神は、大いに驚いて宮居に急ぎ帰り、他の御樋代神と鋭敏鳴出神、天津女雄の神に報告した。一同は驚いて外苑に出てきてみれば、朝香比女はすでに駒の背に倉を置き、片手に手綱を取ってまさにあぶみに足を掛けて乗り出でようとするところだった。
高野比女は急ぎ馳せよって駒のくつわを固く握って押さえ、出立をいさめる歌を歌った。
朝香比女は右手に手綱を取りながら、返答歌にて、顕津男の神への恋しさに、道にそむくと知りながらも、旅立つ心を押さえられない気持ちを伝えた。
高野比女は厳然として諭しの歌を歌うが、朝香比女はさらに強い自分の思いを返答歌にして返すのみであった。
朝香比女の神の勢いに驚いたその他の神々も、比女を思い止めようとさまざまに諭しの歌を歌うが、朝香比女はそのたびに自分の強い決意を歌にして返した。
最後に天津女雄の神がいさめの歌を歌うが、朝香比女は決然として別れの歌を歌い、駒に一鞭あてると、まっしぐらに夕闇の中へ旅立っていってしまった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:0000-00-00 00:00:00 文字数:3990 OBC :rm7607
愛善世界社版: 八幡書店版:第13輯 533頁 修補版: 校定版:291頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 長途(ちやうと)の旅(たび)に疲(つか)れたる百神(ももがみ)等(たち)は、002各自(おのもおのも)春(はる)の日(ひ)の夢(ゆめ)を結(むす)ばせ給(たま)ひ、003高地秀(たかちほ)の宮居(みや)の広庭(ひろには)は水(みづ)を打(う)ちたる如(ごと)く静(しづ)まりて、004小鳥(ことり)の春(はる)を囀(さへづ)り交(かは)す声(こゑ)のみぞ聞(きこ)ゆ。
005 胎別男(みわけを)の神(かみ)は駒(こま)の疲(つか)れを休(やす)ませむとして、006限(かぎ)りも無(な)き広(ひろ)き外苑(ぐわいゑん)の若草(わかぐさ)萌(も)ゆる清庭(すがには)に、007駒(こま)を放(はな)ちて遊(あそ)ばせ給(たま)ひつつありける。
008 春風(はるかぜ)は徐(おもむ)ろに吹(ふ)き花(はな)の香(か)を四辺(しへん)に送(おく)り、009四方(よも)はおぼろに靄(もや)立(た)ちこめて、010げに長閑(のどか)なる晩春(おそはる)の景色(けしき)なりける。
011 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は長途(ちやうと)の疲(つか)れもいとひ給(たま)はず、012この長閑(のどか)なる春日(しゆんじつ)を眠(ねむ)るは惜(を)ししと、013花(はな)の蕾(つぼみ)のほぐれたる清庭(すがには)に立(た)ち出(い)で給(たま)ひ、014心(こころ)静(しづか)に御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
015『梓弓(あづさゆみ)春(はる)の女神(めがみ)は夏山(なつやま)の
016みどりの園(その)にうつらせ給(たま)ひぬ
017吹(ふ)く風(かぜ)も長閑(のどか)なりけり晩春(おそはる)の
018野辺(のべ)の景色(けしき)は湯(ゆ)の沸(わ)ける如(ごと)し
019百千草(ももちぐさ)所(ところ)せきまで萌(も)え出(い)づる
020野辺(のべ)の遊(あそ)びは心地(ここち)よろしも
021露(つゆ)おびし若草(わかぐさ)の上(うへ)を踏(ふ)みて行(ゆ)く
022素足(すあし)の裏(うら)のさも心地(ここち)よき
023紫(むらさき)の花(はな)はほぐれて池水(いけみづ)に
024咲(さ)くも床(ゆか)しき庭(には)のあやめよ
025やがて今(いま)あやめの花(はな)は紫(むらさき)と
026日々(ひび)に匂(にほ)ひて夏(なつ)深(ふか)むらむ
027池水(いけみづ)の底(そこ)に泳(およ)げる大魚(おほな)小魚(さな)
028鰭(ひれ)の動(うご)きのすみやかなるも
029背(せ)の岐美(きみ)はいづくの果(は)てにお在(は)すらむと
030朝(あさ)な夕(ゆふ)なを思(おも)ひわづらふ
031爛漫(らんまん)と咲(さ)きほこりたる桜木(さくらぎ)の
032花(はな)もつれなく散(ち)る世(よ)なりけり
033白梅(しらうめ)は早(は)や散(ち)り果(は)てて若葉(わかば)萌(も)ゆる
034梢(こずゑ)につぶら実(み)のぞきゐるかも
035天津(あまつ)日(ひ)は霞(かすみ)の空(そら)にほのぼのと
036光(ひかり)やはらげて昇(のぼ)りましける
037駿馬(はやこま)の嘶(いなな)き強(つよ)く草(くさ)むしる
038愛(め)ぐしき姿(すがた)に夏(なつ)は来(き)むかふ
039山(やま)も野(の)もみどりの衣(ころも)着飾(きかざ)りて
040夏(なつ)の粧(よそほ)ひものものしけれ
041われもまた御樋代(みひしろ)神(がみ)の一柱(ひとはしら)
042ただいたづらに時(とき)を待(ま)つべき
043天地(あめつち)の森羅万象(すべてのもの)はうつり行(ゆ)く
044この天界(かみくに)に黙(もだ)しあるべき
045いたづらに岐美(きみ)を恋(こ)ひつつ歳(とし)を経(へ)し
046わがおろかさを今更(いまさら)悔(く)ゆるも
047御樋代(みひしろ)神(がみ)は御子生(みこう)みのみにあらずとは
048知(し)れど如何(いか)でか忍(しの)ばるべしやは
049岐美(きみ)を恋(こ)ふる心(こころ)の駒(こま)ははやり立(た)ちて
050女神(めがみ)の胸(むね)は高鳴(たかな)り止(や)まずも
051草(くさ)の露(つゆ)素足(すあし)に踏(ふ)みて行(ゆ)く庭(には)の
052果(は)てにも霞(かす)む晩春(おそはる)の色(いろ)
053躊躇(ためらひ)の弱(よわ)き心(こころ)を立直(たてなほ)し
054勇(いさ)み進(すす)まむわが背(せ)の岐美許(きみがり)に
055吾(われ)行(ゆ)かば背(せ)の岐美(きみ)怒(いか)らせ給(たま)ふらむ
056言霊(ことたま)照(てら)して和(やは)らげて見(み)むかも
057鋭敏鳴出(うなりづ)の神(かみ)の出(い)でましし大宮居(おほみや)は
058弥栄(いやさか)えなむわれ居(を)らずとも
059百神(ももがみ)に議(はか)らば心(かなら)ず止(と)められむ
060吾(われ)はひそかに旅立(たびだ)たむかも
061天津(あまつ)日(ひ)の西(にし)にかたむく夕暮(ゆふぐれ)を
062駒(こま)に跨(またが)り御空(みそら)をたづねむ』
063 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)はひそひそと述懐歌(じゆつくわいか)をうたひ乍(なが)ら、064芝生(しばふ)を逍遥(せうえう)し給(たま)ひけるが、065胎別男(みわけを)の神(かみ)は耳(みみ)ざとくも朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)の御歌(みうた)を聞(き)き給(たま)ひ、066驚(おどろ)きて大宮居(おほみや)に馳(は)せ帰(かへ)り、067七柱(ななはしら)の御樋代(みひしろ)神(がみ)始(はじ)め鋭敏鳴出(うなりづ)の神(かみ)、068天津(あまつ)女雄(めを)の神(かみ)に事(こと)の由(よし)を詳細(つぶさ)に告(つ)げ給(たま)へば、069各自(おのもおのも)驚(おどろ)き給(たま)ひて夢(ゆめ)を破(やぶ)らせつつ、070朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)の出立(いでたち)を止(とど)めむと、071夏草(なつぐさ)萌(も)ゆる外苑(ぐわいゑん)に立出(たちい)で給(たま)へば、072朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は吾(わが)乗(の)らむ駒(こま)の背(せ)に鞍(くら)を置(お)かせ給(たま)ひ、073片御手(かたみて)に手綱(たづな)を取(と)り、074左(ひだり)の御足(みあし)を駒(こま)の鐙(あぶみ)に半(なか)ばかけむとし給(たま)ふ折(をり)なりければ、075高野(たかの)比女(ひめ)の神(かみ)は驚(おどろ)き給(たま)ひて馳(は)せより、076駒(こま)の轡(くつわ)を堅(かた)く握(にぎ)らせ給(たま)ひて御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
077『春(はる)さりて夏(なつ)来(き)むかへる清庭(すがには)に
078何故(なにゆゑ)汝(なれ)は駒(こま)に召(め)さすか
079駿馬(はやこま)に跨(またが)りいゆく旅衣(たびごろも)も
080早(は)や夏(なつ)の日(ひ)となりにけらしな
081草枕(くさまくら)旅(たび)に立(た)たすは春(はる)と秋(あき)の
082花(はな)と紅葉(もみぢ)の頃(ころ)なるべきを』
083 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は右手(めて)に手綱(たづな)を取(と)りながら答(いらへ)の御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
084『背(せ)の岐美(きみ)の御上(みうへ)思(おも)へば恋(こ)ふしさの
085心(こころ)つのりて得堪(えた)へずなりぬ
086八十筋(やそすぢ)に乱(みだ)れ初(そ)めにしわが心(こころ)
087つかねむ由(よし)もなかりけるかな
088大道(おほみち)に違(たが)ひ奉(まつ)ると知(し)りつつも
089吾(われ)進(すす)まばや背(せ)の岐美許(きみがり)に
090駿馬(はやこま)のはやる心(こころ)を止(とど)めます
091公(きみ)の言(こと)の葉(は)恨(うら)めしきかな
092いか程(ほど)にとどめ給(たま)ふもわが心(こころ)
093はや旅立(たびだ)ちを定(さだ)めたりける
094なまじひに止(とど)め給(たま)ひそわが駒(こま)は
095旅(たび)に立(た)たむと足掻(あが)き止(や)まずも』
096 高野(たかの)比女(ひめ)の神(かみ)は儼然(げんぜん)として御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
097『主(ス)の神(かみ)の汝(なれ)は依(よ)さしの御樋代(みひしろ)よ
098許(ゆる)しなくして旅(たび)に立(た)たすか
099天界(かみくに)は主(ス)の大神(おほかみ)の御樋代(みひしろ)よ
100いかで許(ゆる)さむ独断心(ひとりごころ)を』
101 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は答(いらへ)の御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
102『主(ス)の神(かみ)の道(みち)に背(そむ)くと知(し)りながら
103恋(こ)ふしさつのりて死(し)なまく苦(くる)し
104日(ひ)に夜(よる)に苦(くる)しみもがきし吾(わが)魂(たま)は
105消(け)なば消(け)ぬべく死(し)なば死(し)ぬべし
106矢(や)も楯(たて)もたまらぬまでの恋(こ)ふしさに
107胸(むね)の高鳴(たかな)り苦(くる)しく止(や)まずも
108今(いま)となりて恋(こ)ふしき心(こころ)をひるがへす
109力(ちから)なきわれを許(ゆる)させ給(たま)へ』
110 鋭敏鳴出(うなりづ)の神(かみ)はこの様(さま)を見(み)て驚(おどろ)きながら、111御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
112『主(ス)の神(かみ)に御樋代(みひしろ)神(がみ)とまけられし
113公(きみ)にあらずや省(かへり)みましませ
114草枕(くさまくら)女神(めがみ)の一人(ひとり)旅立(たびだ)ちは
115危(あや)ふかりけむ時(とき)を待(ま)たせよ
116いか程(ほど)に心(こころ)はやらせ給(たま)ふとも
117この稚国土(わかぐに)は進(すす)む道(みち)なし』
118 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は決然(けつぜん)として歌(うた)ひ給(たま)ふ。
119『よしやよし万里(ばんり)の荒野(あらの)を渉(わた)るとも
120吾(われ)は恐(おそ)れじ言霊剣(ことたまつるぎ)もてれば
121言霊(ことたま)の貴(うづ)の剣(つるぎ)をふりかざし
122さやらむ曲津(まが)を斬(き)りはふり行(ゆ)かむ
123高地秀(たかちほ)の宮居(みや)は尊(たふと)し背(せ)の岐美(きみ)は
124一入(ひとしほ)なつかし黙(もだ)しあるべきや
125吾(われ)一人(ひとり)これの宮居(みやゐ)にあらずとも
126鋭敏鳴出(うなりづ)の神(かみ)ひかへますなり
127遠(とほ)くはかり深(ふか)く思(おも)ひて吾(われ)は今(いま)
128御子生(みこう)みの旅(たび)に立(た)たむとすなり
129主(ス)の神(かみ)の依(よ)さしの神業(みわざ)遂(と)ぐるまで
130吾(われ)は帰(かへ)らじ許(ゆる)させ給(たま)へ
131御樋代(みひしろ)の比女神(ひめがみ)等(たち)よわが願(ねが)ひ
132𪫧怜(うまら)に委曲(つばら)に聞(き)きて許(ゆる)さへ
133わが心(こころ)千引(ちびき)の巌(いは)より重(おも)くして
134如何(いか)なる力(ちから)も動(うご)かし得(え)ざらむ』
135 梅咲(うめさく)比女(ひめ)の神(かみ)はしとやかに御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
136『背(せ)の岐美(きみ)を思(おも)はす心(こころ)のあさからぬ
137朝香(あさか)の比女(ひめ)の真言(まこと)を悲(かな)しむ
138吾(われ)とても日々(ひび)に恋(こ)ふしく思(おも)へども
139御許(みゆる)しなければせむ術(すべ)もなし
140あらためて神(かみ)の許(ゆる)しの下(くだ)るまでは
141朝香(あさか)の比女(ひめ)よ暫(しばら)く待(ま)ちませ
142いたづらにわが思(おも)ひねをつき通(とほ)し
143後(あと)にて悔(く)います公(きみ)を悲(かな)しむ
144御樋代(みひしろ)の神(かみ)と仕(つか)へてわれとても
145心(こころ)苦(くる)しくけ長(なが)く待(ま)ちぬる
146汝(な)が心(こころ)吾(われ)は知(し)らぬにあらねども
147神(かみ)の許(ゆる)しのなきを恐(おそ)るる
148兎(と)も角(かく)も高地秀(たかちほ)の宮居(みや)に帰(かへ)りませ
149汝(なれ)が心(こころ)のはやりいませば
150落(お)ちつきて身(み)の行(ゆ)く末(すゑ)を語(かた)らひつ
151静(しづ)かに静(しづ)かにおこなはせませ』
152 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は御歌(みうた)もて答(こた)へ給(たま)ふ。
153『ありがたし梅咲(うめさく)比女(ひめ)の神宣(みことのり)
154心(こころ)に刻(きざ)みて忘(わす)れざるべし
155さりながら生命(いのち)消(け)ぬまでこがれてし
156岐美(きみ)はわが身(み)に捨(す)て難(がた)きかも
157百神(ももがみ)はいかにわが身(み)をはかゆとも
158恐(おそ)れず行(ゆ)かむ駒(こま)に鞭(むち)うちて
159御樋代(みひしろ)の神(かみ)等(たち)宮居(みや)の司(つかさ)等(たち)
160わが旅立(たびだ)ちを詳細(つぶさ)に許(ゆる)せよ
161いざさらば駒(こま)に跨(またが)り出(い)で行(ゆ)かむ
162すこやかにませ御樋代(みひしろ)神(がみ)等(たち)』
163と言(い)ひつつ、164再(ふたた)び駒(こま)に跨(またが)らむとし給(たま)ふにぞ、165寿々子(すずこ)比女(ひめ)の神(かみ)は駒(こま)の轡(くつわ)をきびしく手握(たにぎ)り給(たま)ひて、166御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
167『吾(われ)とても岐美(きみ)を恋(こ)ひつつ朝夕(あさゆふ)を
168歎(なげ)きて暮(く)らす神魂(みたま)なりけり
169さりながら主(ス)の大神(おほかみ)の許(ゆる)しなくて
170これの聖所(すがど)をはなるべしやは
171汝(な)が神(かみ)の清(きよ)き心(こころ)のそこひまで
172吾(われ)は悟(さと)れりとどむるも悲(かな)し
173止(とど)めあへぬ涙(なみだ)かくして夜昼(よるひる)を
174なげきし吾(われ)はかくもやつれし
175さりながら神(かみ)の依(よ)さしの重(おも)ければ
176忍(しの)びて待(ま)ちぬ長(なが)の月日(つきひ)を
177この度(たび)は思(おも)ひ止(とど)まり給(たま)へかし
178牡丹(ぼたん)の花(はな)も開(ひら)き初(そ)むれば
179爛漫(らんまん)と咲(さ)き匂(にほ)ひたる桜花(さくらばな)も
180夜嵐(よあらし)に散(ち)る世(よ)を思(おも)ひませ
181愛善(あいぜん)の紫微(しび)天界(てんかい)も永久(とこしへ)に
182花(はな)も梢(こずゑ)のものならざらむ』
183 宇都子(うづこ)比女(ひめ)の神(かみ)は、184駿馬(はやこま)の前(まへ)にしとやかに立(た)たせ給(たま)ひつつ、185朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)の旅立(たびだ)ちを止(とど)めむとして御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
186『春(はる)さりて夏(なつ)はやうやく来向(きむか)へる
187野(の)に若草(わかぐさ)は萌(も)えさかりける
188夏草(なつぐさ)の萌(も)ゆる聖所(すがど)を後(あと)にして
189旅立(たびだ)たす公(きみ)の心(こころ)あやしも
190願(ねが)はくば暫(しば)しを待(ま)たせ主(ス)の神(かみ)の
191やがて許(ゆる)しの下(くだ)る日(ひ)来(きた)らむ
192何事(なにごと)も己(おの)が心(こころ)のままにならば
193吾(われ)も黙(もだ)して止(とど)まらざるべし
194汝(な)が神(かみ)の切(せつ)なる心(こころ)は悟(さと)れども
195天界(みくに)のために吾(われ)はとどめむ
196大宮居(おほみや)に朝(あさ)な夕(ゆふ)なを仕(つか)へます
197汝(なれ)の勤(つと)めを汚(けが)し給(たま)ふな
198言霊(ことたま)の御樋代(みひしろ)神(がみ)とつつしみて
199高地秀(たかちほ)の宮居(みや)に暫(しば)し仕(つか)へませ
200吾(われ)とても同(おな)じ思(おも)ひに泣(な)きながら
201忍(しの)びて宮居(みや)に仕(つか)へゐるなり』
202 狭別(さわけ)比女(ひめ)の神(かみ)は御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
203『朝香(あさか)比女(ひめ)神(かみ)の神言(みこと)の出(い)で立(た)ちを
204とどめむとする吾(われ)は苦(くる)しも
205苦(くる)しさを忍(しの)びてとどむるわが言葉(ことば)
206うべなひ給(たま)へ朝香(あさか)の比女神(ひめがみ)よ
207高地秀(たかちほ)の峰(みね)の桜(さくら)は散(ち)り果(は)てて
208野(の)は常夏(とこなつ)の色(いろ)をそめたり
209高地秀(たかちほ)の春(はる)のはじめの桜花(さくらばな)も
210はや散(ち)りにけり御樋代(みひしろ)神(がみ)の身(み)に
211春(はる)過(す)ぎし花(はな)なき木草(きぐさ)の如何(いか)にして
212花(はな)なる岐美(きみ)と水火(いき)の合(あ)ふべき
213夏草(なつぐさ)は所(ところ)せきまで萌(も)え出(い)でぬ
214汝(な)が神(かみ)すでに歳古(としふ)りにける
215歳古(としふ)りし御樋代(みひしろ)神(がみ)は言霊(ことたま)の
216もとゐとなりて天界(みくに)を守(まも)れよ
217吾(われ)も亦(また)歳(とし)ふりし身(み)よ言霊(ことたま)の
218御樋代(みひしろ)神(がみ)となりて仕(つか)へむ
219高地秀(たかちほ)の宮居(みや)の名花(めいくわ)を散(ち)らすかと
220思(おも)へば惜(を)しし公(きみ)の旅立(たびだ)ち』
221 花子(はなこ)比女(ひめ)の神(かみ)は御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
222『花子(はなこ)比女(ひめ)花(はな)の姿(すがた)はあせにけり
223朝香(あさか)の比女(ひめ)も斯(か)くやましけむ
224あさからぬ朝香(あさか)の比女(ひめ)の志(こころざし)
225とどめむとして涙(なみだ)あふれつ
226顕津男(あきつを)の神(かみ)の御後(みあと)を訪(たづ)ねむと
227思(おも)ほす公(きみ)の心(こころ)かなしも
228顕津男(あきつを)の神(かみ)は国土生(くにう)み神生(かみう)みの
229神業(わざ)忙(いそが)しく顧(かへり)みたまはじ
230遥々(はろばろ)と遠(とほ)の山野(やまぬ)をのり越(こ)えて
231無情(むじやう)に泣(な)かす公(きみ)を悲(かな)しむ
232村肝(むらきも)の心(こころ)の駒(こま)を立(た)て直(なほ)し
233止(とど)まり給(たま)へ高地秀(たかちほ)の宮居(みや)に』
234 小夜子(さよこ)比女(ひめ)の神(かみ)は御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
235『小夜(さよ)更(ふ)けし身(み)ながら光(ひかり)の顕津男(あきつを)の
236神(かみ)の御後(みあと)を訪(と)はす術(すべ)なさ
237春(はる)さりて夏(なつ)の夕(ゆふ)べを旅立(たびだ)たす
238公(きみ)を悲(かな)しとおもひて泣(な)くも』
239 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は、240決心(けつしん)の色(いろ)を面(おも)に浮(うか)べて御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
241『神々(かみがみ)のあつき心(こころ)は悟(さと)れども
242心(こころ)の駒(こま)の足掻(あが)き止(や)まずも
243わが神魂(みたま)愛(め)ぐしと思(おぼ)し給(たま)はれば
244許(ゆる)させ給(たま)へ今日(けふ)の旅立(たびだ)ちを
245よしやよし曲神(まがかみ)道(みち)にさやるとも
246生言霊(いくことたま)になびけ進(すす)まむ
247言霊(ことたま)の幸(さち)に生(うま)れしわれにして
248言霊(ことたま)の水火(いき)輝(かがや)かざらめや
249駿馬(はやこま)のはやる心(こころ)を貫(つら)ぬきて
250吾(われ)は進(すす)まむ背(せ)の岐美許(きみがり)に』
251 天津(あまつ)女雄(めを)の神(かみ)は憮然(ぶぜん)として歌(うた)ひ給(たま)ふ。
252『朝香(あさか)比女(ひめ)の強(つよ)き心(こころ)は悟(さと)れども
253今(いま)暫(しばら)くを待(ま)たせたまはれ
254比女神(ひめがみ)の矢竹心(やたけごころ)をおさへむと
255百神(ももがみ)等(たち)の真心(まごころ)かなしも
256百神(ももがみ)のやさしき心(こころ)をよそにして
257旅立(たびだ)たむとする公(きみ)ぞつれなき』
258 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は矢(や)も楯(たて)もたまらず、259決然(けつぜん)として鞭(むち)を右手(めて)に手握(たにぎ)り、260左手(ゆんで)に手綱(たづな)をささげながら御歌(みうた)詠(よ)ませ給(たま)ふ。
261『いざさらば百神(ももがみ)等(たち)よ大宮居(おほみや)に
262朝(あさ)な夕(ゆふ)なを仕(つか)へましませ
263百神(ももがみ)等(たち)の御旨(みむね)にそむくと思(おも)へども
264かたき心(こころ)をわれ如何(いか)にせむ』
265と言挙(ことあ)げしつつ一鞭(ひとむち)あててまつしぐらに夕闇(ゆふやみ)の幕(まく)分(わ)けつつ一目散(いちもくさん)に駆(か)け出(い)で給(たま)ふぞ是非(ぜひ)なけれ。
266(昭和八・一二・六 旧一〇・一九 於水明閣 谷前清子謹録)
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