霊界物語.ネット
~出口王仁三郎 大図書館~
目 次
設 定
閉じる
×
霊界物語
三鏡
大本神諭
伊都能売神諭
出口王仁三郎全集
出口王仁三郎著作集
王仁文庫
惟神の道
幼ながたり
開祖伝
聖師伝
霧の海(第六歌集)
大本七十年史
大本史料集成
神霊界
新聞記事
新月の光
その他
王仁文献考証
検索は「
王仁DB
」で
←
戻る
三鏡
水鏡
月鏡
玉鏡
←
戻る
月鏡
序
凡例
250 女の型
251 日本人目覚めよ
252 親作子作
253 無二の真理教
254 謝恩と犠牲心
255 現代の日本人
256 霊止と人間
257 仏教の女性観
258 日本人と悲劇
259 海岸線と山岳
260 書画をかく秘訣
261 四日月を三日月と見る二日酔
262 不毛の地
263 歴史談片
264 エルバンド式とモールバンド式
265 大黒主と八岐大蛇
266 島根県
267 誕生の種々
268 犠牲
269 三菩薩
270 懺悔
271 神の作品
272 舎身活躍
273 万機公論に決すべし
274 知識を世界に求む
275 克く忠克く孝
276 無作の詩
277 魂の大きさ
278 過去の失敗
279 捨てる事は正しく掴む事
280 人間と現世
281 安全な代物
282 人の面貌
283 堪忍
284 信教の自由
285 信仰に苔が生えた
286 意志想念の儘なる天地
287 謝恩の生活
288 広大無辺の御神徳
289 宗教団と其教祖
290 忘れると云ふ事
291 日本人の抱擁性
292 至誠と徹底
293 慧春尼
294 社会学の距離説
295 神と倶にある人
296 夏
297 惟神の心
298 悪魔の世界
299 人間と云ふ問題
300 学問も必要
301 有難き現界
302 梅で開いて松でをさめる
303 地租委譲問題
304 不戦条約
305 細矛千足の国
306 短い言語
307 言霊奏上について
308 性慾の問題
309 秘密
310 学と神力の力競べ
311 軍備撤廃問題
312 偽善者
313 宗教より芸術へ
314 年を若くする事
315 精力と精液
316 最後の真理
317 上になりたい人
318 壇訓(扶乩)について
319 エト読込の歌
320 動物愛護について
321 易
322 軍縮問題
323 小さい事
324 善言美詞は対者による
325 淋しいといふこと
326 空相と実相
327 刑法改正問題
328 二大祖神
329 三摩地
330 普通選挙
331 当相即道
332 玉
333 宗教即芸術
334 大本格言
335 大画揮毫について
336 霊的神業
337 模型を歩む
338 宗教の母
339 神功皇后様と現はれる
340 国栖を集めよ
341 系といふ文字
342 天帯
343 ガンヂー
344 大乗教と小乗教
345 支那道院奉唱呪文略解
346 日本は世界の胞胎
347 無題(俚謡)
348 角帽の階級打破
349 何よりも楽しみ
350 碁盤を買うた
351 探湯の釜
352 輪廻転生
353 音頭と言霊
354 ミロクの世と物質文明
355 宗祖と其死
356 仏典に就て
357 霊媒
358 心霊現象と兇党界
359 霊肉脱離
360 物語拝読について
361 北山の火竜
362 准宣伝使
363 鈿女物語
364 嗚呼既成宗教
365 キリストの再来
366 日月模様の浴衣
367 松と雑木
368 春日の鹿の由来
369 細胞
370 釈迦と提婆
371 主人の居間
372 嘘談家協会
373 三日で読め
374 家を建つる場所
375 ひきとふく
376 虻になつて
377 私は眼が悪い
378 命令を肯く木石
379 偉人千家尊愛
380 義経と蒙古
381 信濃国皆神山
382 樹木や石は天気を知る
383 三子の命名
384 河童
385 月欲しい
386 百年の生命
387 浄瑠璃
388 人間と動物
389 愛の独占
390 紅葉に楓
391 樹木の育て方
392 蟇目の法
393 隻履の達磨
394 辻説法
395 心配は毒
396 小供になって寝る
397 年をほかした
398 大本と言ふ文字
399 食用動物
400 呉の海
401 アテナの神
402 黄教紅教
403 老年と身躾み
404 自然に描ける絵
405 睡眠と食事
406 絵について
407 竜は耳が聞えぬ
408 人神
409 お給仕について
410 五百津御統丸の珠
411 素尊御陵
412 熊山にお供して
413 噴火口と蓮華台
414 お友達が欲しい
415 久方の空
416 ミロクの礼拝
417 再び日本刀に就て
418 美しい人
419 天狗
420 胆力養成家
421 聖壇
422 再び素尊御陵について
423 梅花と其実
424 身魂の因縁
425 日本人の寿命
426 躓く石
427 同殿同床の儀
428 和歌について
429 結び昆布(結婚婦)
430 頭槌石槌
431 姓名
432 不知火
433 人に化けた狸
434 襟首
435 打算から
436 四十八の夜中
437 人魂
438 蕁麻疹の薬
439 茄子
440 婦人病
441 万病の妙薬
442 たむしの薬
443 便所の臭気どめ
444 痔の治療法
445 血止めの法について
446 脾肝の虫の薬
447 肺病について
448 再び血止めの法について
449 腋臭の根治法
450 中風、百日咳、喘息
451 肉食
452 太平柿の歌
453 ピアノ式按摩
454 咳の妙薬
455 病気の薬
456 食ひ合せについて
457 眼瞼に入った塵
458 小判の効能
459 田虫の妙薬
460 臭気どめ其他
461 十和田湖の神秘
このサイトは『霊界物語』を始めとする出口王仁三郎等の著書を無料で公開しています。
(注・出口王仁三郎の全ての著述を収録しているわけではありません。未収録のものも沢山あります)
閉じる
×
この文献を王仁DBで開く
印刷用画面を開く
[?]
プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。
[×閉じる]
話者名の追加表示
[?]
セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。
[×閉じる]
追加表示する
追加表示しない
【標準】
表示できる章
テキストのタイプ
[?]
ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。
[×閉じる]
通常のテキスト
【標準】
コピー用のテキスト
その他の設定項目を表示する
ここから下を閉じる
文字サイズ
S
【標準】
M
L
フォント
フォント1
【標準】
フォント2
ルビの表示
通常表示
【標準】
括弧の中に表示
表示しない
古いブラウザでうまく表示されない時はこの設定を試してみて下さい
アンカーの表示
[?]
本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。
[×閉じる]
左側にだけ表示する
【標準】
表示しない
全てのアンカーを表示
宣伝歌
[?]
宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。
[×閉じる]
一段組
【標準】
二段組
脚注
[?]
[※]や[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。まだ少ししか付いていませんが、目障りな場合は「表示しない」設定に変えて下さい。ただし[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。
[×閉じる]
全ての脚注を開く
全ての脚注を閉じる(マーク表示)
【標準】
脚注マークを表示しない
文字の色
背景の色
ルビの色
傍点の色
[?]
底本で傍点(圏点)が付いている文字は、『霊界物語ネット』では太字で表示されますが、その色を変えます。
[×閉じる]
外字1の色
[?]
この設定は現在使われておりません。
[×閉じる]
外字2の色
[?]
文字がフォントに存在せず、画像を使っている場合がありますが、その画像の周囲の色を変えます。
[×閉じる]
→
表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。
【新着情報】
サブスクのお知らせ
三鏡
>
月鏡
> 461 十和田湖の神秘
<<< 臭気どめ其他
(B)
(N)
序 >>>
マーキングパネル
設定パネルで「全てのアンカーを表示」させてアンカーをクリックして下さい。
【引数の設定例】 &mky=a010-a021a034 アンカー010から021と、034を、イエローでマーキング。
十和田湖
(
とわだこ
)
の
神秘
(
しんぴ
)
インフォメーション
鏡:
月鏡
題名:
十和田湖の神秘
よみ:
著者:
出口王仁三郎
神の国掲載号:
1930(昭和5)年11月号
八幡書店版:
480頁
愛善世界社版:
著作集:
第五版:
277頁
第三版:
277頁
全集:
初版:
237頁
概要:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
2024-11-11 12:01:01
OBC :
kg461
001
東洋
(
とうやう
)
の
日本国
(
にほんこく
)
は
到
(
いた
)
る
所
(
ところ
)
山紫水明
(
さんしすゐめい
)
の
点
(
てん
)
に
於
(
おい
)
て
西洋
(
せいやう
)
の
瑞西
(
スイス
)
と
共
(
とも
)
に
世界
(
せかい
)
の
双壁
(
さうへき
)
と
推称
(
すゐしよう
)
されて
居
(
ゐ
)
る。
002
日本
(
にほん
)
は
古来
(
こらい
)
東海
(
とうかい
)
の
蓬莱嶋
(
ほうらいじま
)
と
称
(
とな
)
へられた
丈
(
だけ
)
あつて、
003
国中
(
こくちう
)
到
(
いた
)
る
処
(
ところ
)
に
名山
(
めいざん
)
があり、
004
幽谷
(
いうこく
)
があり、
005
大湖
(
たいこ
)
があり、
006
大飛瀑
(
だいひばく
)
があり、
007
実
(
じつ
)
に
世界
(
せかい
)
の
公園
(
こうゑん
)
の
名
(
な
)
に
背
(
そむ
)
かない
風光
(
ふうくわう
)
がある。
008
中
(
なか
)
に
湖水
(
こすゐ
)
として
最
(
もつと
)
も
広大
(
くわうだい
)
に
最
(
もつと
)
も
名高
(
なだか
)
きものは
近江
(
あふみ
)
の
琵琶湖
(
びはこ
)
、
009
言霊学上
(
げんれいがくじやう
)
、
010
「
天
(
あめ
)
の
真奈井
(
まなゐ
)
」があり
近江
(
あふみ
)
八景
(
はつけい
)
といつて
支那
(
しな
)
瀟湘
(
せうしやう
)
八景
(
はつけい
)
[
※
「瀟湘八景」(しょうしょうはっけい)…中国湖南省の洞庭湖(どうていこ)付近にある八ケ所の景勝地。
]
にならつた
名勝
(
めいしよう
)
がある。
011
芦
(
あし
)
の
湖
(
こ
)
、
012
中禅寺湖
(
ちうぜんじこ
)
、
013
猪苗代湖
(
いなはしろこ
)
、
014
支笏湖
(
ししやくこ
)
、
015
洞爺湖
(
どうやこ
)
、
016
阿寒湖
(
あかんこ
)
、
017
十和田湖
(
とわだこ
)
などがある、
018
何
(
いづ
)
れも
文人
(
ぶんじん
)
墨客
(
ぼくかく
)
に
喜
(
よろこ
)
ばれて
居
(
ゐ
)
るものである。
019
中
(
なか
)
にも
風景
(
ふうけい
)
絶佳
(
ぜつか
)
にして
深
(
ふか
)
き
神秘
(
しんぴ
)
と
伝説
(
でんせつ
)
を
有
(
いう
)
するものは
十和田湖
(
とわだこ
)
の
右
(
みぎ
)
に
出
(
い
)
づるものは
無
(
な
)
いであらう。
020
自分
(
じぶん
)
は
今度
(
こんど
)
東北
(
とうほく
)
地方
(
ちはう
)
宣伝
(
せんでん
)
の
旅
(
たび
)
を
続
(
つづ
)
け、
021
其
(
その
)
途中
(
とちう
)
青森
(
あをもり
)
県下
(
けんか
)
其他
(
そのた
)
近県
(
きんけん
)
の
宣信徒
(
せんしんと
)
に
案内
(
あんない
)
されて、
022
日本
(
にほん
)
唯一
(
ゆゐいつ
)
の
紫明境
(
しめいきやう
)
なる
十和田
(
とわだ
)
の
勝景
(
しようけい
)
に
接
(
せつ
)
する
事
(
こと
)
を
得
(
う
)
ると
共
(
とも
)
に、
023
神界
(
しんかい
)
の
御経綸
(
ごけいりん
)
の
深遠
(
しんゑん
)
微妙
(
びめう
)
にして
人心
(
じんしん
)
凡智
(
ぼんち
)
の
窺知
(
きち
)
し
得
(
え
)
ざる
神秘
(
しんぴ
)
を
覚
(
さと
)
る
事
(
こと
)
を
得
(
え
)
たのである。
024
扨
(
さ
)
て
十和田湖
(
とわだこ
)
の
位置
(
ゐち
)
は、
025
裏日本
(
うらにほん
)
と
表日本
(
おもてにほん
)
とを
縦断
(
じうだん
)
する
馬背
(
ばはい
)
の
如
(
ごと
)
き
中央
(
ちうおう
)
山脈
(
さんみやく
)
の
間
(
あひだ
)
に
介在
(
かいざい
)
して、
026
北方
(
ほくぱう
)
には
八甲田山
(
はつかふださん
)
、
027
磐木山
(
いはぎやま
)
など
巍々乎
(
ぎぎこ
)
として
聳
(
そび
)
え
立
(
た
)
ち、
028
南方
(
なんぱう
)
遙
(
はるか
)
の
雲表
(
うんぺう
)
より
鳥海山
(
てうかいざん
)
、
029
岩手山
(
いはてざん
)
の
二
(
に
)
高嶺
(
かうれい
)
が
下瞰
(
かかん
)
してゐるのである。
030
十和田湖
(
とわだこ
)
の
水面
(
すいめん
)
の
高
(
たか
)
さは
海抜
(
かいばつ
)
一千二百
(
いつせんにひやく
)
尺
(
しやく
)
にして、
031
その
周囲
(
しうゐ
)
の
山々
(
やまやま
)
は
之
(
これ
)
より
約
(
やく
)
二千
(
にせん
)
尺
(
しやく
)
以上
(
いじやう
)
の
高山
(
かうざん
)
を
以
(
もつ
)
て
環繞
(
くわんげう
)
せられ、
032
湖面
(
こめん
)
は
殆
(
ほと
)
んど
円形
(
ゑんけい
)
にして
牛角形
(
ぎうかくけい
)
と
馬蹄形
(
ばていけい
)
とを
為
(
な
)
せる
二大
(
にだい
)
半嶋
(
はんたう
)
が
湖心
(
こしん
)
に
向
(
むか
)
つて
約
(
やく
)
一里
(
いちり
)
斗
(
ばか
)
り
突出
(
とつしゆつ
)
し、
033
御倉山
(
みくらやま
)
御中山
(
みまかやま
)
など
神代
(
かみよ
)
の
神座
(
しんざ
)
や
神名
(
しんめい
)
に
因
(
ちな
)
んだ
奇勝
(
きしよう
)
絶景
(
ぜつけい
)
を
以
(
もつ
)
て
形
(
かたち
)
造
(
づく
)
られて
居
(
を
)
る。
034
湖中
(
こちう
)
の
岩壁
(
がんぺき
)
や、
035
岩岬
(
がんこう
)
や、
036
嶋嶼
(
たうしよ
)
などの
風致
(
ふうち
)
は
実
(
じつ
)
に
日本
(
にほん
)
八景
(
はつけい
)
の
随一
(
ずゐいつ
)
の
名
(
な
)
に
背
(
そむ
)
かない
事
(
こと
)
を
諾
(
うなづ
)
かれるのである。
037
湖中
(
こちう
)
の
風景
(
ふうけい
)
の
絶妙
(
ぜつめう
)
なる
事
(
こと
)
は、
038
一々
(
いちいち
)
爰
(
ここ
)
に
記
(
しる
)
すまでもなく
東北
(
とうほく
)
日記
(
につき
)
に
名所
(
めいしよ
)
名所
(
めいしよ
)
を
詠
(
よ
)
んでおいたから、
039
爰
(
ここ
)
には
之
(
これ
)
を
省略
(
しやうりやく
)
して
十和田湖
(
とわだこ
)
の
神秘
(
しんぴ
)
に
移
(
うつ
)
ることに
仕
(
し
)
ようと
思
(
おも
)
ふ。
040
十和田湖
(
とわだこ
)
の
伝説
(
でんせつ
)
は
各
(
かく
)
方面
(
はうめん
)
に
点在
(
てんざい
)
して
頗
(
すこぶ
)
る
範囲
(
はんゐ
)
は
広
(
ひろ
)
いが、
041
自分
(
じぶん
)
は
凡
(
すべ
)
ての
伝説
(
でんせつ
)
に
拘
(
かか
)
はらないで、
042
神界
(
しんかい
)
の
秘庫
(
ひこ
)
を
開
(
ひら
)
いて
爰
(
ここ
)
に
忌憚
(
きたん
)
なく
発表
(
はつぺう
)
する
事
(
こと
)
とする。
043
扨
(
さて
)
十和田
(
とわだ
)
の
地名
(
ちめい
)
に
就
(
つい
)
ては
十湾田
(
とわだ
)
、
044
十曲田
(
とわだ
)
などの
文字
(
もじ
)
を
宛
(
あて
)
はめて
居
(
ゐ
)
るが、
045
アイヌ
語
(
ご
)
のトーワタラ(
岩間
(
いはま
)
の
湖
(
みづうみ
)
)ハツタラ(
淵
(
ふち
)
の
義
(
ぎ
)
)が
神秘的
(
しんぴてき
)
伝説中
(
でんせつちう
)
の
主要
(
しゆえう
)
人物
(
じんぶつ
)
、
046
十和田湖
(
とわだこ
)
を
造
(
つく
)
つたといふ
八郎
(
はちらう
)
(
別名
(
べつめい
)
、
047
八太郎
(
はちたらう
)
、
048
八郎太郎
(
はちらうたらう
)
、
049
八
(
はち
)
の
太郎
(
たらう
)
)が
伝説
(
でんせつ
)
の
中心
(
ちうしん
)
となつて
居
(
を
)
る。
050
次
(
つぎ
)
に
開創
(
かいさう
)
鎮座
(
ちんざ
)
せし
藤原
(
ふじはら
)
男装坊
(
なんさうばう
)
も
南祖
(
なんそ
)
、
051
南宗
(
なんそう
)
、
052
南僧
(
なんそう
)
、
053
南曽
(
なんそう
)
、
054
南蔵
(
なんざう
)
等
(
とう
)
種々
(
しゆじゆ
)
あるが、
055
今日
(
こんにち
)
普通
(
ふつう
)
に
用
(
もち
)
ゐられて
居
(
を
)
る
文字
(
もじ
)
は
南祖
(
なんそ
)
である。
056
然
(
しか
)
し
王仁
(
おに
)
は
伝説
(
でんせつ
)
の
真相
(
しんさう
)
から
考察
(
かうさつ
)
して
男装坊
(
なんさうばう
)
を
採用
(
さいよう
)
し、
057
此
(
この
)
神秘
(
しんぴ
)
を
書
(
か
)
く
事
(
こと
)
にする。
058
昔
(
むかし
)
秋田県
(
あきたけん
)
の
赤吉
(
とつこ
)
と
云
(
い
)
ふ
所
(
ところ
)
に
大日
(
だいにち
)
別当
(
べつたう
)
了観
(
れうくわん
)
と
云
(
い
)
ふ
有徳
(
うとく
)
の
士
(
し
)
が
住
(
す
)
んで
居
(
ゐ
)
たが、
059
たまたま
心中
(
しんちう
)
に
邪念
(
じやねん
)
の
萌
(
きざ
)
した
時
(
とき
)
は
北沼
(
きたぬま
)
と
云
(
い
)
ふ
沼
(
ぬま
)
に
年
(
とし
)
古
(
ふる
)
くから
棲
(
す
)
んで
居
(
ゐ
)
る
大蛇
(
をろち
)
の
主
(
ぬし
)
が
了観
(
れうくわん
)
の
姿
(
すがた
)
となつて
妻
(
つま
)
の
許
(
もと
)
へそつと
通
(
かよ
)
つた。
060
斯
(
こ
)
の
大蛇
(
をろち
)
の
主
(
ぬし
)
といふのは
神代
(
かみよ
)
の
昔
(
むかし
)
神素盞嗚尊
(
かんすさのをのみこと
)
が
伯耆大山
(
はうきだいせん
)
即
(
すなは
)
ち
日
(
ひ
)
の
川上山
(
かはかみやま
)
に
於
(
おい
)
て
八岐
(
やまた
)
の
大蛇
(
をろち
)
を
退治
(
たいぢ
)
され、
061
大黒主
(
おほくろぬし
)
の
鬼雲別
(
おにくもわけ
)
以下
(
いか
)
を
平定
(
へいてい
)
されたその
時
(
とき
)
の
八岐
(
やまた
)
の
大蛇
(
をろち
)
の
霊魂
(
れいこん
)
が
凝
(
こ
)
つて
再
(
ふたた
)
び
大蛇
(
をろち
)
となり、
062
北沼
(
きたぬま
)
に
永
(
なが
)
く
潜
(
ひそ
)
んでゐたものであつた。
063
間
(
ま
)
もなく
了観
(
れうくわん
)
の
妻
(
つま
)
は
妊娠
(
にんしん
)
し、
064
やがて
玉
(
たま
)
の
如
(
ごと
)
き
男子
(
だんし
)
を
生
(
う
)
み
落
(
おと
)
したが、
065
恰
(
あたか
)
も
出産
(
しゆつさん
)
の
当日
(
たうじつ
)
は
朝来
(
てうらい
)
天地
(
てんち
)
晦冥
(
くわいめい
)
大暴風雨
(
だいばうふうう
)
起
(
おこ
)
り
来
(
きた
)
りて
大日堂
(
だいにちだう
)
も
破
(
やぶ
)
れん
斗
(
ばか
)
りなりしといふ。
066
了観
(
れうくわん
)
はその
恐
(
おそ
)
ろしさに
妻子
(
さいし
)
を
連
(
つ
)
れて
鹿角
(
かつぬ
)
へ
逃
(
に
)
げその
男子
(
だんし
)
を
久内
(
きうない
)
と
名付
(
なづ
)
けて
慈
(
いつく
)
しみ
育
(
そだ
)
てた。
067
その
後
(
ご
)
三代目
(
さんだいめ
)
の
久内
(
きうない
)
は
小豆沢
(
あづきざは
)
に
大日堂
(
だいにちだう
)
を
建立
(
こんりふ
)
したるも
身魂
(
しんこん
)
蛇性
(
じやせい
)
のため
天日
(
てんじつ
)
を
仰
(
あふ
)
ぎ
見
(
み
)
ること
能
(
あた
)
はず、
068
別当
(
べつたう
)
になれない
所
(
ところ
)
から
草木村
(
くさきむら
)
といふ
所
(
ところ
)
の
民家
(
みんか
)
に
代々
(
だいだい
)
久内
(
きうない
)
と
名告
(
なの
)
つて
子孫
(
しそん
)
が
暮
(
くら
)
して
居
(
ゐ
)
た、
069
扨
(
さ
)
てその
九代目
(
きうだいめ
)
に
当
(
あた
)
る
久内
(
きうない
)
の
子
(
こ
)
八郎
(
はちらう
)
が
神秘
(
しんぴ
)
伝説
(
でんせつ
)
の
主人公
(
しゆじんこう
)
である。
070
日本一
(
にほんいち
)
勝地
(
しようち
)
何処
(
いづこ
)
と
人
(
ひと
)
問
(
と
)
はば
071
十和田
(
とわだ
)
の
湖
(
うみ
)
と
吾
(
わ
)
れは
答
(
こた
)
へむ。
072
神国
(
しんこく
)
の
八景
(
はつけい
)
の
一
(
いち
)
と
推
(
お
)
されたる
073
十和田湖岸
(
とわだこがん
)
の
絶妙
(
ぜつめう
)
なるかな。
074
水面
(
すいめん
)
は
海抜
(
かいばつ
)
一千二百
(
いつせんにひやく
)
尺
(
しやく
)
075
十和田
(
とわだ
)
の
湖
(
みづうみ
)
の
風致
(
ふうち
)
妙
(
たへ
)
なり。
076
磐木山
(
いはぎやま
)
八甲田山
(
はつかふださん
)
繞
(
めぐ
)
らして
077
神秘
(
しんぴ
)
も
深
(
ふか
)
き
十和田
(
とわだ
)
の
湖
(
うみ
)
かな。
078
我国
(
わがくに
)
に
勝地
(
しようち
)
は
数多
(
あまた
)
ありながら
079
十和田
(
とわだ
)
の
景色
(
けしき
)
にまさるものなし。
080
御倉山
(
みくらやま
)
御中山
(
みまかやま
)
など
神秘的
(
しんぴてき
)
081
半嶋
(
はんたう
)
浮
(
うか
)
ぶ
十和田
(
とわだ
)
の
湖
(
うみ
)
かな。
082
水
(
みづ
)
青
(
あを
)
く
山
(
やま
)
又
(
また
)
青
(
あを
)
く
湖
(
うみ
)
広
(
ひろ
)
く
083
水底
(
みなそこ
)
深
(
ふか
)
き
十和田
(
とわだ
)
の
勝
(
しよう
)
かな。
084
男装坊
(
なんさうばう
)
創開
(
さうかい
)
したる
十和田湖
(
とわだこ
)
の
085
百景
(
ひやくけい
)
何
(
いづ
)
れも
神秘的
(
しんぴてき
)
なる。
086
八郎
(
はちらう
)
が
大蛇
(
をろち
)
と
変
(
へん
)
じ
造
(
つく
)
りしと
087
云
(
い
)
ふ
十和田湖
(
とわだこ
)
の
百
(
もも
)
の
伝説
(
でんせつ
)
。
088
素盞嗚
(
すさのを
)
の
神
(
かみ
)
の
言向
(
ことむ
)
け
和
(
やは
)
したる
089
大蛇
(
をろち
)
の
霊
(
たま
)
は
十和田
(
とわだ
)
に
潜
(
ひそ
)
みぬ。
090
風雅
(
ふうが
)
なる
人
(
ひと
)
の
春秋
(
しゆんじう
)
訪
(
たづ
)
ね
来
(
き
)
て
091
風光
(
ふうくわう
)
めづる
十和田湖
(
とわだこ
)
美
(
うる
)
はし。
092
了観
(
れうくわん
)
の
妻
(
つま
)
の
生
(
う
)
みてし
男
(
を
)
の
子
(
こ
)
こそ
093
北沼
(
きたぬま
)
大蛇
(
をろち
)
の
胤
(
たね
)
なりしなり。
094
天
(
てん
)
も
地
(
ち
)
も
晦瞑
(
くわいめい
)
風雨
(
ふうう
)
荒
(
あ
)
れ
狂
(
くる
)
ふ
095
中
(
なか
)
に
生
(
うま
)
れし
久内
(
きうない
)
は
蛇
(
じや
)
の
子
(
こ
)
。
096
九代目
(
きうだいめ
)
の
久内
(
きうない
)
が
生
(
う
)
みし
男
(
を
)
の
子
(
こ
)
こそ
097
十和田
(
とわだ
)
を
造
(
つく
)
りし
八郎
(
はちらう
)
なりけり。
098
藤原
(
ふじはら
)
の
男装坊
(
なんさうばう
)
が
八郎
(
はちらう
)
と
099
争
(
あらそ
)
ひ
得
(
え
)
たる
十和田
(
とわだ
)
の
湖
(
うみ
)
かな。
100
瑞御魂
(
みづみたま
)
神
(
かみ
)
の
任
(
よ
)
さしの
神業
(
かむわざ
)
に
101
仕
(
つか
)
へ
奉
(
まつ
)
りし
男装坊
(
なんさうばう
)
かな。
102
八郎
(
はちらう
)
を
迫
(
お
)
ひ
出
(
だ
)
したる
男装坊
(
なんさうばう
)
は
103
永
(
なが
)
く
十和田
(
とわだ
)
の
主
(
ぬし
)
となりける。
104
何時
(
いつ
)
の
世
(
よ
)
にか、
105
青山緑峰
(
せいざんろくほう
)
に
四方
(
よも
)
を
繞
(
かこ
)
まれたる
清澄
(
せいちよう
)
なる
一筋
(
ひとすぢ
)
の
清流
(
せいりう
)
を
抱
(
いだ
)
いて
眠
(
ねむ
)
る
農村
(
のうそん
)
の
昔
(
むかし
)
秋田県
(
あきたけん
)
鹿角郡
(
かつぬぐん
)
の
東
(
ひがし
)
と
南
(
みなみ
)
の
山峡
(
さんけふ
)
に
草木
(
くさき
)
といふ
夢
(
ゆめ
)
のやうな
静寂
(
せいじやく
)
な
農村
(
のうそん
)
があつた。
106
此
(
この
)
村
(
むら
)
に
父祖
(
ふそ
)
伝来
(
でんらい
)
住
(
す
)
んで
居
(
ゐ
)
る
久内
(
きうない
)
夫婦
(
ふうふ
)
の
仲
(
なか
)
に
儲
(
まう
)
けた
男
(
をとこ
)
の
子
(
こ
)
を
八郎
(
はちらう
)
と
名
(
な
)
づけ、
107
両親
(
りやうしん
)
は
蝶
(
てふ
)
よ
花
(
はな
)
よと
慈
(
いつく
)
しみ
育
(
はぐ
)
くむ
間
(
うち
)
に
八郎
(
はちらう
)
は
早
(
はや
)
くも
十八歳
(
じふはつさい
)
の
春
(
はる
)
を
迎
(
むか
)
ふる
事
(
こと
)
となつた。
108
八郎
(
はちらう
)
は
天性
(
てんせい
)
の
偉丈夫
(
ゐぢやうぶ
)
で、
109
母
(
はは
)
の
腹
(
はら
)
から
出生
(
しゆつせい
)
した
時
(
とき
)
既
(
すで
)
に
已
(
すで
)
に
大人
(
おとな
)
の
面貌
(
めんばう
)
を
具
(
そな
)
へ
一人
(
ひとり
)
で
立
(
た
)
ち
歩
(
ある
)
きなどをしたのである。
110
八郎
(
はちらう
)
が
十八歳
(
じふはつさい
)
の
春
(
はる
)
には
身長
(
しんちやう
)
六尺
(
ろくしやく
)
に
余
(
あま
)
つて
大力
(
たいりき
)
無双
(
むさう
)
鬼神
(
きじん
)
を
凌
(
しの
)
ぐ
如
(
ごと
)
き
雄々
(
をを
)
しき
若者
(
わかもの
)
であつたが
又
(
また
)
一面
(
いちめん
)
には
至
(
いた
)
つて
孝心
(
かうしん
)
深
(
ふか
)
く
村人
(
むらびと
)
より
褒
(
ほ
)
め
称
(
とな
)
へられて
居
(
ゐ
)
た。
111
八郎
(
はちらう
)
は
持
(
も
)
ち
前
(
まへ
)
の
強力
(
がうりき
)
を
資本
(
しほん
)
に
毎日
(
まいにち
)
深山
(
しんざん
)
を
駆
(
か
)
け
廻
(
まは
)
つて
樺
(
かば
)
の
皮
(
かは
)
を
剥
(
む
)
いたり、
112
鳥獣
(
てうじう
)
を
捕
(
とら
)
へては
市
(
いち
)
に
売捌
(
うりさば
)
き
得
(
え
)
たる
金
(
かね
)
にて
貧
(
まづ
)
しい
老親
(
らうしん
)
を
慰
(
なぐさ
)
めつつ
細
(
ほそ
)
き
一家
(
いつか
)
の
生計
(
せいけい
)
を
支
(
ささ
)
へて
居
(
ゐ
)
たのである。
113
或
(
あ
)
る
時
(
とき
)
八郎
(
はちらう
)
は
隣村
(
りんそん
)
なる
三治
(
さんじ
)
、
114
喜藤
(
きとう
)
といふ
若者
(
わかもの
)
と
三人
(
さんにん
)
連
(
づ
)
れにて
遠
(
とほ
)
く
樺
(
かば
)
の
皮剥
(
かはむ
)
きに
出掛
(
でか
)
けた。
115
三人
(
さんにん
)
は
来満峠
(
きたみつたうげ
)
から
小国山
(
をぐにやま
)
を
越
(
こ
)
へ
遥々
(
はるばる
)
と
津久子森
(
つくねもり
)
、
116
赤倉
(
あかくら
)
、
117
尾国
(
をぐに
)
と
三
(
みつ
)
つの
大嶽
(
たいがく
)
に
囲
(
かこ
)
まれてゐる
奥入瀬
(
おくいりせ
)
の
十和田
(
とわだ
)
へやつてきた、
118
往時
(
わうじ
)
の
十和田
(
とわだ
)
は
三
(
みつ
)
つの
大嶽
(
たいがく
)
に
狭
(
せば
)
められた
渓谷
(
けいこく
)
で
昼
(
ひる
)
尚
(
な
)
ほ
暗
(
くら
)
き
緑樹
(
りよくじゆ
)
は
千古
(
せんこ
)
の
色
(
いろ
)
をただへ
其
(
そ
)
の
中
(
なか
)
を
玲瓏
(
れいろう
)
たる
一管
(
いつくわん
)
の
清流
(
せいりう
)
が
長
(
なが
)
く
南
(
みなみ
)
より
北
(
きた
)
へと
延
(
の
)
びてゐた。
119
三人
(
さんにん
)
は
漸々
(
やうやう
)
此処
(
ここ
)
へ
辿
(
たど
)
りついたので
流
(
なが
)
れの
辺
(
あた
)
りに
小屋
(
こや
)
をかけ
交
(
かは
)
り
番
(
ばん
)
に
炊事
(
すゐじ
)
を
引受
(
ひきう
)
けて
昼夜
(
ちうや
)
樺
(
かば
)
の
皮
(
かは
)
を
剥
(
は
)
いて
働
(
はたら
)
き
続
(
つづ
)
けて
居
(
ゐ
)
た。
120
草木村
(
くさきむら
)
久内
(
きうない
)
夫婦
(
めをと
)
のその
中
(
なか
)
に
121
大蛇
(
をろち
)
の
霊魂
(
みたま
)
八郎
(
はちらう
)
生
(
うま
)
れし。
122
奥入瀬
(
おくいりせ
)
清流
(
せいりう
)
渡
(
わた
)
り
八郎
(
はちらう
)
は
123
渓間
(
たにま
)
の
湖沼
(
こせう
)
に
友
(
とも
)
と
着
(
つ
)
きたり。
124
孝行
(
かうかう
)
の
誉
(
ほま
)
れ
四隣
(
しりん
)
に
聞
(
きこ
)
へたる
125
八郎
(
はちらう
)
は
樺
(
かば
)
の
皮
(
かは
)
脱
(
は
)
ぎて
生
(
い
)
く。
126
三治
(
さんじ
)
、
127
喜藤
(
きとう
)
二人
(
ふたり
)
の
友
(
とも
)
と
渓流
(
けいりう
)
を
128
渡
(
わた
)
りて
十和田
(
とわだ
)
の
近
(
ちか
)
くに
仮寝
(
かりね
)
す。
129
奥入瀬
(
おくいりせ
)
川
(
かは
)
の
辺
(
ほと
)
りに
小屋
(
こや
)
造
(
つく
)
り
130
鳥獣
(
てうじう
)
を
狩
(
か
)
り
樺
(
かば
)
の
皮
(
かは
)
剥
(
は
)
ぐ。
131
数日後
(
すうじつご
)
のこと、
132
其日
(
そのひ
)
は
八郎
(
はちらう
)
が
炊事番
(
すゐじばん
)
に
当
(
あた
)
り、
133
二人
(
ふたり
)
の
出掛
(
でか
)
けたる
跡
(
あと
)
にて
水
(
みづ
)
なりと
汲
(
く
)
みおかんとて
岸辺
(
きしべ
)
に
徐々
(
じよじよ
)
下
(
くだ
)
り
行
(
ゆ
)
くに、
134
清
(
きよ
)
き
流
(
なが
)
れの
中
(
なか
)
に、
135
岩魚
(
いはな
)
が
三尾
(
さんびき
)
心地
(
ここち
)
よげに
遊泳
(
いうえい
)
して
居
(
ゐ
)
るのを
見
(
み
)
た。
136
八郎
(
はちらう
)
は
物珍
(
ものめづ
)
らしげに
岩魚
(
いはな
)
を
捕
(
と
)
つて
番小屋
(
ばんごや
)
に
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
た、
137
そして
三人
(
さんにん
)
が
一尾
(
いつぴき
)
づつ
食
(
く
)
はんと
焼
(
や
)
いて
友
(
とも
)
二人
(
ふたり
)
の
帰
(
かへ
)
りを
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
たが、
138
その
匂
(
にほ
)
ひの
溢
(
あふ
)
れる
斗
(
ばか
)
りに
芳
(
かんば
)
しいのでとても
堪
(
たま
)
らず
一寸
(
ちよつと
)
つまんで
少々
(
せうせう
)
斗
(
ばか
)
り
口
(
くち
)
に
入
(
い
)
れた
時
(
とき
)
の
美味
(
うま
)
さ、
139
八郎
(
はちらう
)
は
遂
(
つい
)
に
自分
(
じぶん
)
の
分
(
ぶん
)
として
一尾
(
いつぴき
)
だけ
食
(
く
)
つて
了
(
しま
)
つた。
140
清流
(
せいりう
)
に
遊
(
あそ
)
ぶ
岩魚
(
いはな
)
を
三尾
(
さんぴ
)
捕
(
と
)
り
141
焼
(
や
)
き
付
(
つ
)
け
見
(
み
)
れば
芳味
(
はうみ
)
溢
(
あふ
)
るる。
142
芳
(
かん
)
ばしき
匂
(
にほ
)
ひに
八郎
(
はちらう
)
たまり
兼
(
か
)
ね
143
自分
(
じぶん
)
の
分
(
ぶん
)
とし
一尾
(
いつぴ
)
喰
(
く
)
らへり。
144
俺
(
おれ
)
は
未
(
ま
)
だ
斯
(
こ
)
んな
美味
(
うま
)
いものは
口
(
くち
)
にした
事
(
こと
)
は
一度
(
いちど
)
も
無
(
な
)
いと
彼
(
かれ
)
はかすかに
残
(
のこ
)
る
口辺
(
くちべ
)
の
美味
(
うまさ
)
に
酔
(
よ
)
ふた。
145
後
(
あと
)
に
残
(
のこ
)
れる
二尾
(
にひき
)
の
岩魚
(
いはな
)
は
二人
(
ふたり
)
の
友
(
とも
)
の
分
(
ぶん
)
としてあつた。
146
けれども
八郎
(
はちらう
)
は
辛抱
(
しんぼう
)
が
仕切
(
しき
)
れなくなつて
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
にかとうとう
残
(
のこ
)
りの
分
(
ぶん
)
二尾
(
にひき
)
とも
平
(
たひら
)
げて
了
(
しま
)
つた。
147
アツ
了
(
しま
)
つたと
思
(
おも
)
つたが
後
(
あと
)
の
祭
(
まつ
)
りで
如何
(
いかん
)
とも
詮術
(
せんすべ
)
がなくなつた。
148
八郎
(
はちらう
)
は
二人
(
ふたり
)
の
友
(
とも
)
に
対
(
たい
)
して
何
(
なん
)
となく
済
(
す
)
まないやうな
気持
(
きもち
)
を
抱
(
いだ
)
くのであつた。
149
間
(
ま
)
もなく
八郎
(
はちらう
)
は
咽喉
(
のど
)
が
焼
(
や
)
きつく
如
(
や
)
うに
渇
(
かは
)
いて
来
(
き
)
た、
150
口
(
くち
)
から
烈火
(
れつくわ
)
の
焔
(
ほのほ
)
が
燃
(
も
)
へ
立
(
た
)
つてとても
依然
(
いぜん
)
として
居
(
を
)
られなく
成
(
な
)
つたので、
151
傍
(
かたはら
)
に
汲
(
く
)
んで
来
(
き
)
て
置
(
お
)
いた
桶
(
をけ
)
の
清水
(
せいすゐ
)
をゴクリゴクリと
呑
(
の
)
み
干
(
ほ
)
したが、
152
又
(
また
)
直
(
す
)
ぐに
咽喉
(
のど
)
が
渇
(
かは
)
いて
来
(
く
)
るので
一杯
(
いつぱい
)
二杯
(
にはい
)
三杯
(
さんぱい
)
四杯
(
しはい
)
と
飲
(
の
)
み
続
(
つづ
)
けたが
未
(
ま
)
だ
咽喉
(
のど
)
の
渇
(
かは
)
きは
止
(
や
)
まづ
反
(
かへつ
)
て
激
(
はげ
)
しくなる
斗
(
ばか
)
りである。
153
アア
堪
(
たま
)
らない、
154
死
(
し
)
んで
了
(
しま
)
ひさうだ、
155
是
(
これ
)
は
又
(
また
)
何
(
なん
)
とした
事
(
こと
)
だらうと
呻
(
うめ
)
き
乍
(
なが
)
ら
沢辺
(
さはべ
)
に
駈
(
か
)
け
下
(
おり
)
るや
否
(
いな
)
や、
156
いきなり
奔流
(
ほんりう
)
に
口
(
くち
)
をつけた。
157
そして
其儘
(
そのまま
)
沢
(
さは
)
の
水
(
みづ
)
も
盡
(
つ
)
きん
斗
(
ばか
)
りに
飲
(
の
)
んで
飲
(
の
)
んで
飲
(
の
)
み
続
(
つづ
)
け、
158
恰度
(
ちやうど
)
正午
(
しやうご
)
頃
(
ごろ
)
から、
159
日没
(
にちぼつ
)
の
頃
(
ころ
)
ほひまで、
160
瞬間
(
すこし
)
も
休
(
やす
)
まづ
息
(
いき
)
もつがず
飲
(
の
)
みつづけて
顔
(
かほ
)
を
上
(
あ
)
げた
時
(
とき
)
、
161
清流
(
せいりう
)
に
映
(
えい
)
じた
自分
(
じぶん
)
の
顔
(
かほ
)
を
眺
(
なが
)
めて
思
(
おも
)
はずアツと
倒
(
たふ
)
るる
斗
(
ばか
)
り
驚
(
おどろ
)
きの
声
(
こゑ
)
を
揚
(
あ
)
げた。
162
嗚呼
(
ああ
)
無惨
(
むざん
)
なるかな、
163
手
(
て
)
も
足
(
あし
)
も
樽
(
たる
)
の
如
(
ごと
)
く
肥
(
ふと
)
り、
164
眼
(
まなこ
)
の
色
(
いろ
)
ざし
等
(
など
)
既
(
すで
)
に
此
(
こ
)
の
世
(
よ
)
のものでは
無
(
な
)
かつた。
165
折
(
をり
)
から
山
(
やま
)
へ
働
(
はたら
)
きに
行
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
た
二人
(
ふたり
)
は
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
て、
166
此
(
この
)
始末
(
しまつ
)
に
胆
(
きも
)
を
潰
(
つぶ
)
す
斗
(
ばか
)
り
驚愕
(
きやうがく
)
して
了
(
しま
)
つた。
167
オオイ
八郎
(
はちらう
)
八郎
(
はちらう
)
と
二人
(
ふたり
)
が
声
(
こゑ
)
を
合
(
あは
)
せて
呼
(
よ
)
べば、
168
その
声
(
こゑ
)
にハツと
気付
(
きづ
)
いた
八郎
(
はちらう
)
は
漸
(
やうや
)
くにして
顔
(
かほ
)
をあげ、
169
恐
(
おそ
)
ろしい
形相
(
ぎやうさう
)
で
二人
(
ふたり
)
の
友
(
とも
)
をじつと
眺
(
なが
)
めてからやがて
口
(
くち
)
を
開
(
ひら
)
いた。
170
八郎
(
はちらう
)
は
岩魚
(
いはな
)
の
美味
(
びみ
)
に
堪
(
た
)
へ
切
(
き
)
れず
171
二人
(
ふたり
)
の
友
(
とも
)
の
分
(
ぶん
)
まで
喰
(
く
)
らへり。
172
魚
(
うを
)
喰
(
く
)
ひし
跡
(
あと
)
より
咽喉
(
のど
)
が
渇
(
かは
)
き
出
(
だ
)
し
173
矢庭
(
やには
)
に
桶
(
をけ
)
の
汲置
(
くみおき
)
水
(
みづ
)
呑
(
の
)
む。
174
桶
(
をけ
)
の
水
(
みづ
)
幾許
(
いくら
)
飲
(
の
)
みても
飲
(
の
)
み
足
(
た
)
らず
175
清
(
きよ
)
き
渓流
(
ながれ
)
に
口
(
くち
)
を
入
(
い
)
れたり。
176
正午
(
しやうご
)
より
夕刻
(
ゆふこく
)
までも
沢
(
さは
)
の
水
(
みづ
)
177
飲
(
の
)
み
続
(
つづ
)
けたり
渇
(
かは
)
ける
八郎
(
はちらう
)
。
178
渓流
(
けいりう
)
に
写
(
うつ
)
れる
己
(
おの
)
れの
姿
(
すがた
)
見
(
み
)
て
179
八郎
(
はちらう
)
倒
(
たふ
)
れん
斗
(
ばか
)
りに
驚
(
おどろ
)
く。
180
八郎
(
はちらう
)
の
姿
(
すがた
)
は
最早
(
もはや
)
現
(
うつ
)
し
世
(
よ
)
の
181
物
(
もの
)
とも
見
(
み
)
えぬ
形相
(
ぎやうさう
)
凄
(
すさ
)
まじ。
182
手
(
て
)
も
足
(
あし
)
も
樽
(
たる
)
の
如
(
ごと
)
くにはれ
上
(
あが
)
り
183
二
(
ふ
)
タ
目
(
め
)
と
見
(
み
)
られぬあはれ
八郎
(
はちらう
)
。
184
夕方
(
ゆふがた
)
に
二人
(
ふたり
)
は
小屋
(
こや
)
に
立帰
(
たちかへ
)
り
185
八郎
(
はちらう
)
の
姿
(
すがた
)
に
魂
(
たま
)
を
消
(
け
)
したり。
186
八郎
(
はちらう
)
は
夕刻
(
ゆふこく
)
二人
(
ふたり
)
の
友
(
とも
)
の
帰
(
かへ
)
つたのを
見
(
み
)
て
少時
(
しばし
)
無言
(
むごん
)
の
後
(
のち
)
やつと
口
(
くち
)
を
開
(
ひら
)
き、
187
お
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
は
帰
(
かへ
)
つて
来
(
き
)
たのかと
云
(
い
)
へば
二人
(
ふたり
)
はオイ
八郎
(
はちらう
)
一体
(
いつたい
)
お
前
(
まへ
)
の
姿
(
すがた
)
は
何
(
なん
)
だ。
188
如何
(
どう
)
して
斯
(
こ
)
うなつた。
189
浅間敷
(
あさまし
)
い
事
(
こと
)
になつたの。
190
さあ
住所
(
すみか
)
へ
帰
(
かへ
)
らうよ、
191
と
震
(
ふる
)
へ
声
(
ごゑ
)
を
押
(
お
)
し
沈
(
しづ
)
めて
言
(
い
)
つた
時
(
とき
)
八郎
(
はちらう
)
は
腫
(
は
)
れあがつた
目
(
め
)
に
一杯
(
いつぱい
)
涙
(
なみだ
)
を
浮
(
うか
)
べて、
192
もう
俺
(
おれ
)
はどこへも
行
(
ゆ
)
く
事
(
こと
)
は
出来
(
でき
)
ない
身体
(
からだ
)
になつて
了
(
しま
)
つたのだ。
193
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
ふ
因果
(
いんぐわ
)
か
知
(
し
)
らぬが
魔性
(
ましやう
)
になつた
俺
(
おれ
)
は
寸時
(
すんじ
)
も
水
(
みづ
)
から
離
(
はな
)
れられないのだ。
194
これから
俺
(
おれ
)
は
此処
(
ここ
)
に
潟
(
がた
)
を
造
(
つく
)
つて
主
(
ぬし
)
になるからお
前
(
まへ
)
達
(
たち
)
は
小屋
(
こや
)
から
俺
(
おれ
)
の
笠
(
かさ
)
を
持
(
も
)
つて
家
(
いへ
)
に
残
(
のこ
)
つて
居
(
を
)
られる
親
(
おや
)
達
(
たち
)
へ
此
(
この
)
事
(
こと
)
を
話
(
はな
)
して
呉
(
く
)
れろ。
195
アア
親
(
おや
)
達
(
たち
)
はどんなに
歎
(
なげ
)
かれるだらうと
両眼
(
りやうがん
)
に
夕立
(
ゆふだち
)
の
雨
(
あめ
)
を
流
(
なが
)
して
嘆
(
たん
)
ずる
声
(
こゑ
)
は
四囲
(
よも
)
の
山々
(
やまやま
)
に
反響
(
はんきやう
)
して
又
(
また
)
どうと
谺
(
こだま
)
するのであつた。
196
かくては
果
(
はて
)
じと
二人
(
ふたり
)
は、
197
八郎
(
はちらう
)
よ
俺
(
おれ
)
たち
二人
(
ふたり
)
は
爰
(
ここ
)
で
永
(
なが
)
の
別
(
わか
)
れをする。
198
八郎
(
はちらう
)
よさらばと
名残
(
なごり
)
惜
(
を
)
し
気
(
げ
)
に
十和田
(
とわだ
)
を
去
(
さ
)
つた。
199
二人
(
ふたり
)
の
立去
(
たちさ
)
る
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
すましてから
八郎
(
はちらう
)
は
尚
(
なほ
)
も
水
(
みづ
)
を
飲
(
の
)
み
続
(
つづ
)
ける
事
(
こと
)
三十四
(
さんじふよん
)
昼夜
(
ちうや
)
であつたが、
200
八郎
(
はちらう
)
の
姿
(
すがた
)
は
早
(
はや
)
くも
蛇身
(
じやしん
)
に
変化
(
へんくわ
)
し、
201
やがて
十口
(
とくち
)
より
流
(
なが
)
れ
入
(
い
)
る
沢
(
さは
)
を
堰
(
せき
)
止
(
と
)
めて
満々
(
まんまん
)
とした
一大
(
いちだい
)
碧湖
(
へきこ
)
を
造
(
つく
)
り
二十余
(
にじふよ
)
丈
(
ぢやう
)
の
大蛇
(
をろち
)
となつてざんぶと
斗
(
ばか
)
り
水中
(
すゐちう
)
に
深
(
ふか
)
く
沈
(
しづ
)
んで
了
(
しま
)
つた。
202
かくして
十和田湖
(
とわだこ
)
は
八郎
(
はちらう
)
を
主
(
ぬし
)
として、
203
年
(
とし
)
移
(
うつ
)
り
星
(
ほし
)
変
(
かは
)
り
数千年
(
すうせんねん
)
の
星霜
(
せいさう
)
は
過
(
す
)
ぎた。
204
永遠
(
ゑいゑん
)
の
静寂
(
せいじやく
)
を
以
(
もつ
)
て
眠
(
ねむ
)
つて
居
(
ゐ
)
た
一大
(
いちだい
)
碧湖
(
へきこ
)
の
沈黙
(
ちんもく
)
は
遂
(
つい
)
に
貞観
(
ていくわん
)
の
頃
(
ころ
)
となつて
破
(
やぶ
)
らるるに
至
(
いた
)
つたのである。
205
八郎
(
はちらう
)
は
二人
(
ふたり
)
の
友
(
とも
)
に
涙
(
なみだ
)
もて
206
永
(
なが
)
き
別
(
わか
)
れを
告
(
つ
)
げて
悲
(
かな
)
しむ。
207
両親
(
りやうしん
)
の
記念
(
きねん
)
と
笠
(
かさ
)
を
友
(
とも
)
に
渡
(
わた
)
し
208
十和田
(
とわだ
)
の
湖
(
うみ
)
の
主
(
ぬし
)
となりけり。
209
八郎
(
はちらう
)
は
三十四夜
(
さんじふよや
)
の
水
(
みづ
)
を
呑
(
の
)
み
続
(
つづ
)
けて
210
遂
(
つい
)
に
蛇体
(
じやたい
)
と
変化
(
へんくわ
)
す。
211
二十余
(
にじふよ
)
丈
(
ぢやう
)
大蛇
(
をろち
)
となりて
八郎
(
はちらう
)
は
212
十和田湖
(
とわだこ
)
深
(
ふか
)
く
身
(
み
)
を
沈
(
しづ
)
めたり。
213
十口
(
じふこう
)
の
流
(
なが
)
れをせきて
永久
(
とこしへ
)
の
214
住所
(
すみか
)
十和田
(
とわだ
)
の
湖
(
うみ
)
を
作
(
つく
)
れり。
215
数千年
(
すうせんねん
)
沈黙
(
ちんもく
)
の
幕
(
まく
)
破
(
やぶ
)
れけり
216
貞観
(
ていくわん
)
年中
(
ねんちう
)
男装坊
(
なんさうばう
)
にて。
217
貞観
(
ていくわん
)
十三年
(
じふさんねん
)
[
※
「貞観十三年」…西暦871年。清和天皇十九年。
]
春
(
はる
)
四月
(
しぐわつ
)
、
218
京都
(
きやうと
)
綾小路
(
あやこうぢ
)
関白
(
くわんぱく
)
として
名高
(
なだか
)
い、
219
藤原
(
ふじはら
)
是実
(
これさね
)
公
(
こう
)
は
讒者
(
ざんしや
)
の
毒舌
(
どくぜつ
)
に
触
(
ふ
)
れ
最愛
(
さいあい
)
の
妻子
(
さいし
)
を
伴
(
ともな
)
ひ、
220
桜花
(
あうくわ
)
乱
(
みだ
)
れ
散
(
ち
)
る
京都
(
きやうと
)
の
春
(
はる
)
を
後
(
あと
)
に
人
(
ひと
)
づても
無
(
な
)
き
陸奥地方
(
みちのく
)
をさして
放浪
(
はうらう
)
の
旅行
(
りよかう
)
を
続
(
つづ
)
けらるる
事
(
こと
)
となつた。
221
一行
(
いつかう
)
総勢
(
そうぜい
)
三十八人
(
さんじふはちにん
)
は
奥州路
(
おうしうぢ
)
を
踏破
(
たうは
)
し、
222
やがて
気仙
(
きせん
)
の
岡
(
をか
)
に
辿
(
たど
)
りついて
爰
(
ここ
)
に
仮
(
かり
)
の
舎殿
(
しやでん
)
を
造営
(
ざうえい
)
し、
223
暫時
(
ざんじ
)
の
疲
(
つか
)
れを
休
(
やす
)
められた。
224
間
(
ま
)
もなく
是実
(
これさね
)
公
(
こう
)
他界
(
たかい
)
せられ、
225
その
嫡子
(
ちやくし
)
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
の
代
(
だい
)
となるや、
226
元来
(
ぐわんらい
)
公家
(
くげ
)
の
慣習
(
くわんしふ
)
として、
227
何
(
な
)
んの
営業
(
えいげふ
)
も
無
(
な
)
く、
228
貧苦
(
ひんく
)
漸
(
やうや
)
く
迫
(
せま
)
り
来
(
きた
)
りたる
為
(
ため
)
、
229
今
(
いま
)
は
供人
(
ともびと
)
共
(
ども
)
も
各自
(
めいめい
)
に
業
(
げふ
)
を
求
(
もと
)
めて
各地
(
かくち
)
に
離散
(
りさん
)
してしまひ、
230
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
は
止
(
やむ
)
を
得
(
え
)
ず、
231
奥方
(
おくがた
)
のかよわき
脚
(
あし
)
を
急
(
いそ
)
がせつつ、
232
仮
(
かり
)
の
舎殿
(
しやでん
)
を
立出
(
たちい
)
で、
233
北方
(
ほくぱう
)
の
空
(
そら
)
を
指
(
さ
)
して、
234
落
(
お
)
ち
行
(
ゆ
)
き
給
(
たま
)
ひし
状
(
さま
)
は、
235
実
(
じつ
)
にあはれなる
次第
(
しだい
)
であつた。
236
斯
(
か
)
くて
日
(
ひ
)
を
重
(
かさ
)
ね、
237
月
(
つき
)
を
閲
(
けみ
)
して
三
(
さん
)
ノ
戸
(
へ
)
郡
(
ぐん
)
の
糖部
(
あまべ
)
へ
着
(
つ
)
かれ、
238
何所
(
どこ
)
か
適当
(
てきたう
)
なる
住処
(
ぢゆうしよ
)
を
求
(
もと
)
めんと、
239
彼方此方
(
あちらこちら
)
尋
(
たづ
)
ね
歩行
(
ある
)
かれたが、
240
一望
(
いちばう
)
荒寥
(
くわうれう
)
とした
北地
(
ほくち
)
の
事
(
こと
)
とて、
241
人家
(
じんか
)
稀薄
(
きはく
)
依
(
よ
)
るべきものなく、
242
村
(
むら
)
らしき
村
(
むら
)
も
見
(
み
)
えず、
243
困苦
(
こんく
)
をなめ
乍
(
なが
)
ら、
244
やがて
馬淵川
(
うまぶちがは
)
の
辺
(
あた
)
りまでやつて
来
(
こ
)
られたが
渡
(
わた
)
るべき
橋
(
はし
)
さへもなく、
245
又
(
また
)
船
(
ふね
)
も
無
(
な
)
いので、
246
途方
(
とはう
)
に
暮
(
く
)
れ
乍
(
なが
)
ら
夫婦
(
ふうふ
)
は
暫時
(
ざんじ
)
河面
(
かめん
)
を
眺
(
なが
)
めて
茫然
(
ばうぜん
)
たる
斗
(
ばかり
)
であつた。
247
かくてはならじと
二人
(
ふたり
)
は
勇気
(
ゆうき
)
を
起
(
おこ
)
し
川添
(
かはぞ
)
ひに
雑草
(
ざつさう
)
を
踏
(
ふ
)
み
分
(
わ
)
け
三里
(
さんり
)
斗
(
ばか
)
り
上
(
のぼ
)
りしと
思
(
おも
)
ほしき
頃
(
ころ
)
、
248
目前
(
もくぜん
)
に
二三十軒
(
にさんじつけん
)
の
人家
(
じんか
)
が
見
(
み
)
えた。
249
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
は
雀躍
(
こをどり
)
して、
250
奥
(
おく
)
よ
喜
(
よろこ
)
べ、
251
人家
(
じんか
)
が
見
(
み
)
へると
慰
(
なぐさ
)
めつつやがて
霊験
(
れいけん
)
観音
(
くわんのん
)
の
御堂
(
みだう
)
へと
着
(
つ
)
かれた、
252
そして
其
(
その
)
夜
(
よ
)
は
御堂内
(
みだうない
)
に
入
(
い
)
りて
足
(
あし
)
を
休
(
やす
)
め
又
(
また
)
明日
(
あす
)
の
旅路
(
たびぢ
)
をつくづく
思
(
おも
)
ひ
悩
(
なや
)
みつつ、
253
まんじりとも
出来
(
でき
)
なかつたのである。
254
その
翌日
(
よくじつ
)
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
の
室
(
しつ
)
へ
這入
(
はい
)
つて
来
(
き
)
た
別当
(
べつたう
)
は
威儀
(
ゐぎ
)
を
正
(
ただ
)
して「
何処
(
どこ
)
となく
床
(
ゆか
)
しき
御方
(
おんかた
)
に
見
(
み
)
え
候
(
さふらふ
)
も、
255
何
(
いづ
)
れより
御越
(
おこ
)
しなるや、
256
お
構
(
かま
)
ひなくば
大略
(
たいりやく
)
の
御模様
(
おんもやう
)
お
話
(
はな
)
し
下
(
くだ
)
され
度
(
た
)
し」と
言葉
(
ことば
)
もしとやかに
述
(
の
)
ぶる
状
(
さま
)
は、
257
普通
(
ふつう
)
の
別当
(
べつたう
)
とは
見
(
み
)
えず、
258
必
(
かなら
)
ずや
由緒
(
ゆいしよ
)
ある
人
(
ひと
)
の
裔
(
すえ
)
ならんと
思
(
おも
)
はれた。
259
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
は、
260
「
吾等
(
われら
)
は
名
(
な
)
もなき
落人
(
おちうど
)
なるが、
261
昨夜来
(
さくやらい
)
より
手厚
(
てあつ
)
き
御世話
(
おせわ
)
に
預
(
あづか
)
り、
262
御礼
(
おれい
)
の
言葉
(
ことば
)
も
無
(
な
)
し。
263
願
(
ねが
)
はくは
後々
(
のちのち
)
までも
忘
(
わす
)
れぬため、
264
苦
(
くる
)
しからずば
此
(
こ
)
の
霊験
(
れいけん
)
観音堂
(
くわんのんだう
)
の
由来
(
ゆらい
)
をきかせ
玉
(
たま
)
へ」と
言葉
(
ことば
)
を
低
(
ひく
)
うして
訊
(
たづ
)
ぬるに、
265
彼
(
か
)
の
別当
(
べつたう
)
は
襟
(
えり
)
を
正
(
ただ
)
し
乍
(
なが
)
ら、
266
「さればに
候
(
さふらふ
)
、
267
拙者
(
せつしや
)
は
藤原
(
ふじはら
)
の
式部
(
しきぶ
)
と
申
(
まを
)
す
者
(
もの
)
にて、
268
抑々
(
そもそも
)
吾
(
わが
)
祖先
(
そせん
)
は
藤原
(
ふじはら
)
佐富
(
すけとみ
)
治部卿
(
ぢぶきやう
)
と
申
(
まを
)
す
公家
(
くげ
)
の
由
(
よし
)
にて
讒者
(
ざんしや
)
のため
都
(
みやこ
)
より
遥々
(
はるばる
)
此処
(
ここ
)
に
落
(
お
)
ち、
269
柴
(
しば
)
の
庵
(
いほり
)
を
結
(
むす
)
びこの
土地
(
とち
)
を
拓
(
ひら
)
きて
住
(
す
)
めるなり、
270
現在
(
げんざい
)
にては
百姓
(
ひやくしやう
)
も
追々
(
おひおひ
)
相
(
あい
)
集
(
あつま
)
り
斯
(
かく
)
の
如
(
ごと
)
く、
271
一
(
ひと
)
つの
村
(
むら
)
を
造
(
つく
)
りしものにて、
272
此
(
この
)
観音堂
(
くわんのんだう
)
は
村人
(
むらびと
)
が
我
(
わが
)
祖先
(
そせん
)
を
観音
(
くわんのん
)
に
祀
(
まつ
)
りたるものにして、
273
近郷
(
きんかう
)
の
産土神
(
うぶすながみ
)
にて
候
(
さふらふ
)
、
274
扨
(
さ
)
て
又
(
また
)
御身
(
おんみ
)
は
都
(
みやこ
)
よりの
落人
(
おちうど
)
の
由
(
よし
)
、
275
何故
(
なぜ
)
斯様
(
かやう
)
なる
土地
(
とち
)
へとお
越
(
こ
)
し
遊
(
あそ
)
ばされしや」と
重
(
かさ
)
ね
重
(
がさ
)
ねの
問
(
と
)
ひに
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
は
懐
(
なつか
)
しげに、
276
式部
(
しきぶ
)
の
顔
(
かほ
)
を
打
(
う
)
ち
眺
(
なが
)
め「あ、
277
扨
(
さ
)
ては
貴公
(
きこう
)
は
吾
(
わが
)
一族
(
いちぞく
)
なりしか、
278
吾
(
わが
)
祖先
(
そせん
)
も
藤原
(
ふじはら
)
の
姓
(
せい
)
、
279
父上
(
ちちうへ
)
までは
関白職
(
くわんぱくしよく
)
なりしも、
280
無実
(
むじつ
)
の
罪
(
つみ
)
に
沈
(
しづ
)
み、
281
斯
(
か
)
く
流人
(
るにん
)
となりたり。
282
只今
(
ただいま
)
承
(
うけたま
)
はれば
貴公
(
きこう
)
も
藤原
(
ふじはら
)
と
聞
(
き
)
く、
283
系図
(
けいづ
)
なきや」と
問
(
と
)
はれて
式部
(
しきぶ
)
は
早速
(
さつそく
)
大切
(
たいせつ
)
に
蔵
(
をさ
)
めてあつた
家
(
いへ
)
の
系図
(
けいづ
)
を
取
(
と
)
り
出
(
だ
)
し、
284
披
(
ひら
)
き
見
(
み
)
るに
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
は
本家
(
ほんけ
)
にて、
285
式部
(
しきぶ
)
は
末家筋
(
まつけすぢ
)
なれば、
286
式部
(
しきぶ
)
思
(
おも
)
はず
後
(
あと
)
に
飛
(
と
)
び
去
(
さ
)
つて
言
(
い
)
ふには、
287
「
扨
(
さ
)
ても
扨
(
さ
)
ても
不思議
(
ふしぎ
)
の
御縁
(
ごえん
)
かな。
288
是
(
これ
)
と
申
(
まを
)
すも
御先祖
(
ごせんぞ
)
の
御引合
(
おひきあは
)
せならむ。
289
此
(
この
)
上
(
うへ
)
は
此処
(
ここ
)
に
御住居
(
おすまゐ
)
あらば、
290
我等
(
われら
)
は
家来
(
けらい
)
同様
(
どうやう
)
にして、
291
御世詁
(
おせわ
)
申
(
まを
)
す
可
(
べ
)
し」と
是
(
これ
)
より
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
と
式部
(
しきぶ
)
は
兄弟
(
きやうだい
)
の
契
(
ちぎり
)
を
結
(
むす
)
び、
292
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
は
兄
(
あに
)
となつて、
293
名
(
な
)
を
宗善
(
そうぜん
)
に
改
(
あらた
)
め
給
(
たま
)
うたのである。
294
貞観
(
ていくわん
)
の
昔
(
むかし
)
関白
(
くわんぱく
)
是実
(
これさね
)
公
(
こう
)
は
295
讒者
(
ざんしや
)
の
為
(
ため
)
に
都
(
みやこ
)
を
落
(
お
)
ちます。
296
綾小路
(
あやこうぢ
)
関白
(
くわんぱく
)
として
名高
(
なだか
)
かりし
297
是実
(
これさね
)
公
(
こう
)
の
末路
(
まつろ
)
偲
(
しの
)
ばゆ。
298
妻
(
つま
)
や
子
(
こ
)
や
伴人
(
ともびと
)
三十八名
(
さんじふはちめい
)
と
299
みちのく
指
(
さ
)
して
落
(
お
)
ち
行
(
ゆ
)
く
関白
(
くわんぱく
)
。
300
桜花
(
さくらばな
)
春
(
はる
)
の
名残
(
なごり
)
と
乱
(
みだ
)
れ
散
(
ち
)
る
301
都
(
みやこ
)
を
後
(
あと
)
に
落
(
お
)
ち
行
(
ゆ
)
くあはれさ。
302
みちのくの
気仙
(
けせん
)
の
岡
(
をか
)
に
辿
(
たど
)
りつき
303
仮
(
かり
)
の
舎殿
(
しやでん
)
を
営
(
いとな
)
み
住
(
す
)
ませり。
304
是実
(
これさね
)
公
(
こう
)
間
(
ま
)
も
無
(
な
)
く
世
(
よ
)
をば
去
(
さ
)
り
玉
(
たま
)
ひ
305
嫡子
(
ちやくし
)
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
の
代
(
よ
)
となる。
306
営
(
いとな
)
みを
知
(
し
)
らぬは
公家
(
くげ
)
の
常
(
つね
)
として
307
貧苦
(
ひんく
)
日
(
ひ
)
に
日
(
ひ
)
に
迫
(
せま
)
り
来
(
き
)
にける。
308
伴人
(
ともびと
)
も
貧苦
(
ひんく
)
のために
彼方此方
(
あちこち
)
と
309
業
(
わざ
)
を
求
(
もと
)
めて
乱
(
みだ
)
れ
散
(
ち
)
りける。
310
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
奥方
(
おくがた
)
伴
(
とも
)
ない
家
(
いへ
)
を
出
(
で
)
て
311
北
(
きた
)
の
方
(
かた
)
さして
進
(
すす
)
みたまへる。
312
三
(
さん
)
ノ
戸
(
へ
)
の
郡
(
こほり
)
糖部
(
あまべ
)
につきたまひ
313
一望
(
いちばう
)
百里
(
ひやくり
)
の
荒野
(
くわうや
)
に
迷
(
まよ
)
へり。
314
馬淵川
(
うまぶちがは
)
橋
(
はし
)
なきままに
渡
(
わた
)
り
得
(
え
)
ず
315
草村
(
くさむら
)
わけつつ
三里
(
さんり
)
余
(
よ
)
上
(
のぼ
)
れり。
316
二三十戸
(
にさんじつこ
)
人家
(
じんか
)
の
棟
(
むね
)
の
見
(
み
)
え
初
(
そ
)
めて
317
夫婦
(
ふうふ
)
は
蘇生
(
そせい
)
の
喜
(
よろこ
)
びに
泣
(
な
)
く。
318
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
観音堂
(
くわんのんだう
)
が
目
(
め
)
にとまり
319
爰
(
ここ
)
に
二人
(
ふたり
)
は
一夜
(
いちや
)
明
(
あ
)
かせり。
320
観音堂
(
くわんのんだう
)
別当
(
べつたう
)
室
(
しつ
)
に
入
(
い
)
り
来
(
きた
)
り
321
不思議
(
ふしぎ
)
の
邂逅
(
かいこう
)
に
歓
(
よろこ
)
び
合
(
あ
)
へり。
322
別当
(
べつたう
)
は
藤原
(
ふじはら
)
式部
(
しきぶ
)
その
昔
(
むかし
)
323
祖先
(
そせん
)
は
関白職
(
くわんぱくしよく
)
なりしなり。
324
是行
(
これゆき
)
と
式部
(
しきぶ
)
は
爰
(
ここ
)
に
兄弟
(
きやうだい
)
の
325
約
(
やく
)
を
結
(
むす
)
びて
永
(
なが
)
く
住
(
す
)
みけり。
326
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
名
(
な
)
を
宗善
(
そうぜん
)
と
改
(
あらた
)
めて
327
この
山奥
(
やまおく
)
に
半生
(
はんせい
)
を
送
(
おく
)
る。
328
爰
(
ここ
)
に
藤原
(
ふじはら
)
是行
(
これゆき
)
公
(
こう
)
の
改名
(
かいめい
)
宗善
(
そうぜん
)
は
式部
(
しきぶ
)
の
計
(
はか
)
らいに
由
(
よ
)
つて、
329
三
(
さん
)
ノ
戸
(
へ
)
郡
(
ぐん
)
仁賀村
(
にがむら
)
を
安住
(
あんぢゆう
)
の
地
(
ち
)
と
定
(
さだ
)
めて
何
(
なに
)
不自由
(
ふじいう
)
なく
暮
(
くら
)
してゐたが、
330
只々
(
ただただ
)
心
(
こころ
)
に
掛
(
かか
)
るは
世継
(
よつぎ
)
の
子
(
こ
)
の
無
(
な
)
い
事
(
こと
)
であつた。
331
アア
子
(
こ
)
が
欲
(
ほ
)
しい
欲
(
ほ
)
しいと
嘆息
(
たんそく
)
の
言葉
(
ことば
)
を
聞
(
き
)
く
度
(
たび
)
に
奥方
(
おくがた
)
は
秘
(
ひそ
)
かに
思
(
おも
)
ふやう、
332
もう
此
(
こ
)
の
上
(
うへ
)
は
神仏
(
しんぶつ
)
に
祈願
(
きぐわん
)
を
篭
(
こ
)
めて
一子
(
いつし
)
を
授
(
さづ
)
からんものと
霊験堂
(
れいけんだう
)
の
観音
(
くわんのん
)
に
三七二十一日
(
さんしちにじふいちにち
)
の
参篭
(
さんろう
)
を
為
(
な
)
し、
333
願
(
ねが
)
はくは
妾
(
わらは
)
等
(
ら
)
此
(
こ
)
の
儘
(
まま
)
にして
此
(
この
)
土地
(
とち
)
に
朽
(
く
)
ち
果
(
は
)
つるとも、
334
子
(
こ
)
の
成人
(
せいじん
)
したる
暁
(
あかつき
)
は
再
(
ふたた
)
び
都
(
みやこ
)
へ
帰参
(
きさん
)
して、
335
関白職
(
くわんぱくしよく
)
を
得
(
う
)
るやうな
器量
(
きりやう
)
ある
男子
(
だんし
)
を
授
(
さづ
)
け
給
(
たま
)
へと
一心不乱
(
いつしんふらん
)
に
祈
(
いの
)
つて
居
(
ゐ
)
る
中
(
うち
)
、
336
恰度
(
ちやうど
)
二十一日
(
にじふいちにち
)
の
満願
(
まんぐわん
)
の
夜
(
よる
)
のこと、
337
日夜
(
にちや
)
の
疲労
(
ひらう
)
に
耐
(
た
)
へ
兼
(
か
)
ね
思
(
おも
)
はず
神前
(
しんぜん
)
にうとうととまどろめば、
338
何処
(
いづこ
)
ともなく
偉大
(
ゐだい
)
なる
神人
(
しんじん
)
の
姿
(
すがた
)
現
(
あら
)
はれて
宣
(
の
)
たまふやう、
339
汝の
願
(
ねがひ
)
に
任
(
まか
)
せ、
340
一子
(
いつし
)
を
授
(
さづ
)
けむ。
341
されどもその
子
(
こ
)
は
必
(
かなら
)
ず
弥勒
(
みろく
)
の
出世
(
しゆつせい
)
を
願
(
ねが
)
ふ
可
(
べ
)
し、
342
夢々
(
ゆめゆめ
)
疑
(
うたが
)
ふ
勿
(
なか
)
れ、
343
我
(
われ
)
は
瑞
(
みづ
)
の
御霊
(
みたま
)
神素盞嗚尊
(
かんすさのをのみこと
)
なりとて
御手
(
みて
)
に
持
(
も
)
たせ
給
(
たま
)
へる
金扇
(
きんせん
)
を
奥方
(
おくがた
)
玉子
(
たまこ
)
の
君
(
きみ
)
に
授
(
さづ
)
けて
忽
(
たちま
)
ちその
御姿
(
みすがた
)
は
消
(
き
)
へさせられた。
344
夢
(
ゆめ
)
よりさめたる
奥方
(
おくがた
)
玉子
(
たまこ
)
の
君
(
きみ
)
は、
345
夫
(
をつと
)
の
宗善
(
そうぜん
)
に
夢
(
ゆめ
)
の
次第
(
しだい
)
を
審
(
つぶ
)
さに
告
(
つ
)
げられしが、
346
間
(
ま
)
もなく
懐胎
(
くわいたい
)
の
身
(
み
)
となり
月
(
つき
)
満
(
み
)
ちて
生
(
うま
)
れ
落
(
お
)
ちたは
玉
(
たま
)
のやうな
男
(
をとこ
)
と
思
(
おも
)
ひの
外
(
ほか
)
女
(
をんな
)
の
子
(
こ
)
であつた。
347
夫婦
(
ふうふ
)
は
且
(
か
)
つ
喜
(
よろこ
)
び
且
(
か
)
つ
女子
(
ぢよし
)
なりしを
惜
(
をし
)
みつつ
蝶
(
てふ
)
よ
花
(
はな
)
よと
育
(
はぐく
)
みつつ
七歳
(
ななさい
)
となつた。
348
夫婦
(
ふうふ
)
は
男子
(
だんし
)
なれば
都
(
みやこ
)
に
還
(
かへ
)
りて
再
(
ふたた
)
び
藤原家
(
ふじはらけ
)
を
起
(
おこ
)
し、
349
関白職
(
くわんぱくしよく
)
を
継
(
つ
)
がせんとした
望
(
のぞ
)
みは
俄然
(
がぜん
)
外
(
は
)
づれたれども、
350
今
(
いま
)
の
間
(
あひだ
)
に
男装
(
だんさう
)
をさせ、
351
飽
(
あ
)
くまでも
男子
(
だんし
)
として
祖先
(
そせん
)
の
家名
(
かめい
)
を
再興
(
さいこう
)
させんものと、
352
名
(
な
)
を
南祖丸
(
なんそまる
)
と
付
(
つ
)
けたのであるが、
353
誰
(
だれ
)
いふとなく
女子
(
ぢよし
)
が
男装
(
だんさう
)
して
居
(
ゐ
)
るのだ、
354
それで
男装坊
(
なんさうばう
)
だと
称
(
とな
)
ふるやうになつたのは
是非
(
ぜひ
)
なき
仕儀
(
しぎ
)
と
言
(
い
)
はねばならぬ。
355
然
(
しか
)
るに
生者必滅
(
せいしやひつめつ
)
会者定離
(
ゑしやじやうり
)
のたとへにもれず、
356
痛
(
いた
)
ましや
南祖丸
(
なんそまる
)
が
七歳
(
ななさい
)
になつた
秋
(
とき
)
、
357
母親
(
ははおや
)
の
玉子
(
たまこ
)
の
君
(
きみ
)
は
不図
(
ふと
)
した
原因
(
げんいん
)
で
病床
(
びやうしやう
)
に
伏
(
ふ
)
したる
限
(
かぎ
)
り
日夜
(
にちや
)
病勢
(
びやうせい
)
重
(
おも
)
る
斗
(
ばか
)
りで、
358
最早
(
もはや
)
生命
(
せいめい
)
は
旦夕
(
たんせき
)
に
迫
(
せま
)
つて
来
(
き
)
たので
南祖丸
(
なんそまる
)
を
枕辺
(
まくらべ
)
近
(
ちか
)
く
呼
(
よ
)
びよせて
言
(
い
)
ふ。
359
「お
前
(
まへ
)
は
神
(
かみ
)
の
申
(
まを
)
し
子
(
ご
)
で
母
(
はは
)
が
一子
(
いつし
)
を
授
(
さづ
)
からんと
霊験堂
(
れいけんだう
)
へ
三七日間
(
さんしちにちかん
)
参籠
(
さんろう
)
せし
時
(
とき
)
、
360
瑞
(
みづ
)
の
御霊
(
みたま
)
神素盞嗚神
(
かむすさのをのかみ
)
より、
361
生
(
うま
)
れたる
子
(
こ
)
は
弥勒
(
みろく
)
の
出生
(
しゆつせい
)
を
願
(
ねが
)
ふべしとの
夢
(
ゆめ
)
の
御告
(
おつ
)
げありたり。
362
汝
(
なんぢ
)
は
此
(
この
)
母
(
はは
)
の
亡
(
な
)
き
後
(
のち
)
までも
此
(
こ
)
の
事
(
こと
)
斗
(
ばか
)
りは
忘
(
わす
)
るなよ」
363
と
苦
(
くる
)
しき
息
(
いき
)
の
下
(
した
)
から
物語
(
ものがた
)
りして
遂
(
つい
)
に
帰
(
かへ
)
らぬ
旅
(
たび
)
に
赴
(
おもむ
)
いて
了
(
しま
)
つたのである。
364
仁賀村
(
にがむら
)
に
宗善
(
そうぜん
)
夫婦
(
ふうふ
)
は
不自由
(
ふじいう
)
なく
365
安住
(
あんぢゆう
)
したり
式部
(
しきぶ
)
の
好意
(
かうい
)
に。
366
世継
(
よつ
)
ぎの
子
(
こ
)
無
(
な
)
きを
悲
(
かな
)
しみ
宗善
(
そうぜん
)
の
367
妻
(
つま
)
は
観音堂
(
くわんのんだう
)
に
篭
(
こも
)
れり。
368
立派
(
りつぱ
)
なる
男子
(
だんし
)
を
生
(
う
)
みて
関白家
(
くわんぱくけ
)
369
再興
(
さいこう
)
せんと
日夜
(
にちや
)
に
祈
(
いの
)
れり。
370
素盞嗚
(
すさのを
)
の
神
(
かみ
)
が
夢
(
ゆめ
)
に
夜
(
よ
)
現
(
あらは
)
れて
371
子
(
こ
)
を
授
(
さづ
)
けんと
宣
(
の
)
らせ
給
(
たま
)
へり。
372
瑞御霊
(
みづみたま
)
授
(
さづ
)
け
給
(
たま
)
ひし
貴
(
うず
)
の
子
(
こ
)
は
373
弥勒
(
みろく
)
出生
(
しゆつせい
)
を
願
(
ねが
)
ふ
女子
(
ぢよし
)
なる。
374
月
(
つき
)
満
(
み
)
ちて
生
(
うま
)
れたる
子
(
こ
)
は
男装
(
だんさう
)
させ
375
名
(
な
)
も
南祖丸
(
なんそまる
)
とつけて
育
(
はぐ
)
くむ。
376
南祖丸
(
なんそまる
)
七歳
(
ななさい
)
の
時
(
とき
)
母親
(
ははおや
)
は
377
神示
(
しんじ
)
を
南祖
(
なんそ
)
に
告
(
つ
)
げて
世
(
よ
)
を
去
(
さ
)
る。
378
弥勒
(
みろく
)
の
世
(
よ
)
来
(
きた
)
さんとして
素
(
す
)
の
神
(
かみ
)
は
379
神子
(
みこ
)
をば
女
(
をんな
)
と
生
(
う
)
ませ
玉
(
たま
)
へる。
380
南祖丸
(
なんそまる
)
はじめ
父
(
ちち
)
の
宗善
(
そうぜん
)
、
381
式部
(
しきぶ
)
夫婦
(
ふうふ
)
等
(
ら
)
が
涙
(
なみだ
)
の
裡
(
うち
)
に
野辺
(
のべ
)
の
送
(
おく
)
りをやつと
済
(
す
)
ませた
後
(
のち
)
、
382
父
(
ちち
)
宗善
(
そうぜん
)
は
熟々
(
つらつら
)
南祖丸
(
なんそまる
)
を
見
(
み
)
るに
年
(
とし
)
は
幼
(
をさな
)
けれども
手習
(
てなら
)
ひ
学問
(
がくもん
)
に
精
(
せい
)
を
出
(
だ
)
し
恰
(
あたか
)
も
一
(
いち
)
を
聞
(
き
)
いて
十
(
じふ
)
を
悟
(
さと
)
るの
賢
(
かしこ
)
さ、
383
是
(
これ
)
が
真正
(
しんせい
)
の
男子
(
だんし
)
ならば
成人
(
せいじん
)
の
後
(
のち
)
京都
(
きやうと
)
に
還
(
かへ
)
り
祖先
(
そせん
)
の
名
(
な
)
を
顕
(
あら
)
はして
吾家
(
わがや
)
を
関白家
(
くわんぱくけ
)
に
捻
(
ね
)
ぢ
直
(
なほ
)
す
器量
(
きりやう
)
は
十分
(
じふぶん
)
であらう。
384
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
生来
(
しやうらい
)
の
女子
(
をみなご
)
如何
(
いか
)
に
骨格
(
こつかく
)
容貌
(
ようばう
)
の
男子
(
だんし
)
に
似
(
に
)
たりとて
妻
(
つま
)
を
娶
(
めと
)
り
子孫
(
しそん
)
を
生
(
う
)
む
事
(
こと
)
不可能
(
ふかのう
)
なり。
385
乳児
(
にうじ
)
の
頃
(
ころ
)
より
男子
(
だんし
)
として
養育
(
やういく
)
したれば
世人
(
せじん
)
は
之
(
これ
)
を
女子
(
ぢよし
)
と
知
(
し
)
る
者
(
もの
)
なかる
可
(
べ
)
し。
386
如
(
し
)
かず
変生
(
へんしやう
)
男子
(
なんし
)
の
願
(
ねが
)
ひを
立
(
た
)
て
此
(
こ
)
の
儘
(
まま
)
男子
(
だんし
)
として
世
(
よ
)
に
処
(
しよ
)
せしめ、
387
神仏
(
しんぶつ
)
に
仕
(
つか
)
へしめん。
388
誠
(
まこと
)
や
一子
(
いつし
)
出家
(
しゆつけ
)
すれば
九族
(
きうぞく
)
天
(
てん
)
に
生
(
しやう
)
ずとかや。
389
亡
(
な
)
き
妻
(
つま
)
の
願望
(
ぐわんまう
)
に
由
(
よ
)
りて
神
(
かみ
)
より
与
(
あた
)
へられたる
子
(
こ
)
なれば
家名
(
かめい
)
再興
(
さいこう
)
の
野心
(
やしん
)
は、
390
流水
(
りうすゐ
)
の
如
(
ごと
)
く
捨
(
すて
)
去
(
さ
)
り、
391
僧
(
そう
)
となつて
吾
(
わが
)
妻
(
つま
)
の
菩提
(
ぼだい
)
を
弔
(
とむら
)
はしめんと
決心
(
けつしん
)
の
臍
(
ほぞ
)
を
固
(
かた
)
め、
392
奥方
(
おくがた
)
の
死
(
し
)
より
三日後
(
みつかご
)
、
393
同郡
(
どうぐん
)
五戸
(
ごへ
)
在
(
ざい
)
七崎
(
ななさき
)
の
観音
(
くわんのん
)
別当
(
べつたう
)
永福寺
(
えいふくじ
)
の
住僧
(
ぢゆうそう
)
なる
徳望
(
とくばう
)
高
(
たか
)
き
月志法印
(
げつしほふいん
)
に
頼
(
たの
)
みて
弟子
(
でし
)
となし、
394
その
名
(
な
)
も
南僧坊
(
なんそうばう
)
と
呼
(
よ
)
び
修行
(
しうぎやう
)
させる
事
(
こと
)
とはなつた。
395
宗善
(
そうぜん
)
は
公家
(
くげ
)
再興
(
さいこう
)
の
念
(
ねん
)
を
捨
(
す
)
て
396
南祖丸
(
なんそまる
)
をば
出家
(
しゆつけ
)
となしたり。
397
七崎
(
ななさき
)
の
観音
(
くわんのん
)
別当
(
べつたう
)
月志法印
(
げつしほふいん
)
398
南祖丸
(
なんそまる
)
をば
弟子
(
でし
)
とし
教
(
をし
)
へし。
399
爰
(
ここ
)
に
力
(
ちから
)
と
頼
(
たの
)
みし
妻
(
つま
)
を
失
(
うしな
)
ひ
愛児
(
あいじ
)
南祖丸
(
なんそまる
)
を
月志法印
(
げつしほふいん
)
に
托
(
たく
)
した
宗善
(
そうぜん
)
は
今
(
いま
)
は
何
(
なに
)
をか
楽
(
たの
)
しまんとて
馬
(
うま
)
を
数多
(
あまた
)
牧
(
ぼく
)
し
老後
(
らうご
)
を
慰
(
なぐさ
)
め
暮
(
くら
)
して
居
(
ゐ
)
た。
400
然
(
しか
)
るに
不可思議
(
ふかしぎ
)
なる
事
(
こと
)
は
如何
(
いか
)
なる
悍馬
(
かんま
)
も
宗善
(
そうぜん
)
の
厩
(
うまや
)
に
入
(
い
)
れば
直
(
ただち
)
に
悪癖
(
あくへき
)
が
直
(
なほ
)
り
名馬
(
めいば
)
と
化
(
な
)
るのを
見
(
み
)
て、
401
里人
(
さとびと
)
は
何
(
いづ
)
れも
之
(
これ
)
を
奇
(
き
)
とし
宗善
(
そうぜん
)
の
没後
(
ぼつご
)
には
宗善
(
そうぜん
)
の
霊
(
れい
)
を
祀
(
まつ
)
りて
一宇
(
いちう
)
を
建立
(
こんりふ
)
し
馬頭
(
ばとう
)
観音
(
くわんのん
)
と
称
(
とな
)
へ
其
(
その
)
徳
(
とく
)
を
偲
(
しの
)
んで
居
(
ゐ
)
るが、
402
奥州
(
おうしう
)
南部
(
なんぶ
)
地方
(
ちはう
)
の
習慣
(
しふくわん
)
として
馬頭
(
ばとう
)
観音
(
くわんのん
)
を
蒼前
(
さうぜん
)
(
宗善
(
そうぜん
)
)と
言
(
い
)
ひ、
403
又
(
また
)
宗善
(
そうぜん
)
は
絵馬
(
ゑま
)
を
描
(
か
)
く
事
(
こと
)
を
楽
(
たの
)
しみとしてゐたので
後世
(
こうせい
)
に
至
(
いた
)
るまで
絵馬
(
ゑま
)
を
御堂
(
みだう
)
へ
奉納
(
ほうなふ
)
する
風習
(
ふうしふ
)
が
残
(
のこ
)
つたのである。
404
そして
永福寺
(
えいふくじ
)
へ
弟子
(
でし
)
入
(
いり
)
をした
南僧坊
(
なんそうばう
)
は
日夜
(
にちや
)
学問
(
がくもん
)
を
励
(
はげ
)
みその
明智
(
めいち
)
、
405
非凡絶倫
(
ひぼんぜつりん
)
には
月志法印
(
げつしほふいん
)
も
舌
(
した
)
を
捲
(
ま
)
いて
感嘆
(
かんたん
)
するのであつた。
406
かくて
其
(
その
)
後
(
ご
)
数年
(
すうねん
)
を
過
(
す
)
ぎ
南僧坊
(
なんそうばう
)
は
茲
(
ここ
)
に
十三歳
(
じふさんさい
)
の
春
(
はる
)
を
迎
(
むか
)
ふるに
到
(
いた
)
つた。
407
円明鏡
(
ゑんみやうかがみ
)
の
如
(
ごと
)
き
清
(
きよ
)
らかな
念仏
(
ねんぶつ
)
修行
(
しうぎやう
)
、
408
はらはらと
散
(
ち
)
る
桜花
(
さくらばな
)
の
下
(
もと
)
に
南僧坊
(
なんそうばう
)
は
瞑想
(
めいさう
)
に
耽
(
ふけ
)
つて
居
(
ゐ
)
た。
409
幽寂
(
いうじやく
)
の
鐘
(
かね
)
の
音
(
ね
)
は
止
(
や
)
んで
夕暮
(
ゆふぐれ
)
近
(
ちか
)
き
頃
(
ころ
)
、
410
瞑想
(
めいさう
)
よりフト
我
(
われ
)
に
帰
(
かへ
)
つて
彼方
(
かなた
)
の
大空
(
おほぞら
)
を
眺
(
なが
)
め、
411
亡
(
な
)
き
母
(
はは
)
が
臨終
(
りんじう
)
の
遺言
(
ゆゐごん
)
をぢつと
考
(
かんが
)
へ
込
(
こ
)
んだ。
412
アア
我
(
わが
)
母上
(
ははうへ
)
は
枕頭
(
ちんとう
)
に
吾
(
われ
)
を
招
(
まね
)
き
苦
(
くる
)
しき
息
(
いき
)
の
下
(
した
)
から「
弥勒
(
みろく
)
の
出世
(
しゆつせ
)
の
大願
(
たいぐわん
)
を
忘
(
わす
)
るる
勿
(
なか
)
れ」と
言
(
い
)
はれた。
413
アア
弥勒
(
みろく
)
-
弥勒
(
みろく
)
出世
(
しゆつせ
)
の
大願
(
たいぐわん
)
、
414
併
(
しか
)
し
乍
(
なが
)
ら
自力
(
じりき
)
にてはとても
叶
(
かな
)
ふべくも
無
(
な
)
い。
415
是
(
これ
)
より
吾
(
われ
)
は
紀伊国
(
きいのくに
)
熊野
(
くまの
)
へ
参詣
(
さんけい
)
して
神力
(
しんりき
)
を
祈
(
いの
)
りながら
大願
(
たいぐわん
)
成就
(
じやうじゆ
)
せんものと
決心
(
けつしん
)
を
固
(
かた
)
め
師
(
し
)
の
坊
(
ばう
)
月志法印
(
げつしほふいん
)
へ
熊野
(
くまの
)
参詣
(
さんけい
)
の
志望
(
しばう
)
を
申
(
まを
)
し
出
(
い
)
でたが、
416
まだ
幼者
(
えうしや
)
だからとて
許
(
ゆる
)
されなかつた。
417
南僧坊
(
なんそうばう
)
は
今
(
いま
)
は
是非
(
ぜひ
)
なく
或
(
ある
)
夜
(
よ
)
密
(
ひそ
)
かに
寺門
(
じもん
)
を
抜
(
ぬ
)
け
出
(
だ
)
し
七崎
(
ななさき
)
の
村
(
むら
)
を
後
(
あと
)
に
遥々
(
はるばる
)
紀伊路
(
きいぢ
)
を
指
(
さ
)
して
出発
(
しゆつぱつ
)
してしまつた。
418
宗善
(
そうぜん
)
は
妻
(
つま
)
に
別
(
わか
)
れて
楽
(
たの
)
しまず
419
遂
(
つい
)
に
馬飼人
(
うまかひにん
)
となりけり。
420
荒馬
(
あらうま
)
も
宗善
(
そうぜん
)
飼
(
か
)
へば
忽
(
たちま
)
ちに
421
良馬
(
りやうば
)
となるぞ
不思議
(
ふしぎ
)
なりけり。
422
宗善
(
そうぜん
)
の
死後
(
しご
)
は
里人
(
さとびと
)
宗善
(
そうぜん
)
を
423
観音堂
(
くわんのんだう
)
建
(
た
)
て
祀
(
まつ
)
り
篭
(
こ
)
めたり。
424
宗善
(
そうぜん
)
を
蒼前
(
さうぜん
)
馬頭
(
ばとう
)
観音
(
くわんのん
)
と
425
斎
(
いつ
)
き
祀
(
まつ
)
れば
良馬
(
りやうば
)
生
(
うま
)
るる。
426
宗善
(
そうぜん
)
は
絵馬
(
ゑま
)
を
好
(
この
)
みて
描
(
か
)
きたれば
427
後人
(
こうじん
)
絵馬堂
(
ゑまだう
)
建
(
た
)
てて
祈
(
いの
)
れり。
428
女身
(
によしん
)
とは
言
(
い
)
へど
骨格
(
こつかく
)
逞
(
たくま
)
しく
429
男子
(
だんし
)
に
劣
(
おと
)
らぬ
風格
(
ふうかく
)
ありけり。
430
南僧坊
(
なんそうばう
)
母
(
はは
)
の
遺言
(
ゆゐごん
)
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
し
431
弥勒
(
みろく
)
出生
(
しゆつせい
)
の
大願
(
たいぐわん
)
を
立
(
た
)
つ。
432
桜花
(
あうくわ
)
散
(
ち
)
る
木蔭
(
こかげ
)
に
座
(
ざ
)
して
瞑想
(
めいさう
)
に
433
耽
(
ふけ
)
る
南祖
(
なんそ
)
は
弥勒
(
みろく
)
の
世
(
よ
)
を
待
(
ま
)
つ。
434
紀
(
き
)
の
国
(
くに
)
の
熊野
(
くまの
)
に
詣
(
まう
)
で
神力
(
しんりき
)
を
435
得
(
え
)
んため
師
(
し
)
の
坊
(
ばう
)
に
許
(
ゆる
)
しを
乞
(
こ
)
ひたり。
436
歳
(
とし
)
はまだ
十三
(
じふさん
)
の
坊
(
ばう
)
幼若
(
えうじやく
)
の
437
故
(
ゆゑ
)
もて
師
(
し
)
の
坊
(
ばう
)
旅行
(
りよかう
)
許
(
ゆる
)
さず。
438
南僧坊
(
なんそうばう
)
決心
(
けつしん
)
固
(
かた
)
く
夜
(
よる
)
の
間
(
ま
)
に
439
寺門
(
じもん
)
を
抜
(
ぬ
)
けて
紀州
(
きしう
)
に
向
(
むか
)
へり。
440
扨
(
さ
)
て
紀伊国
(
きいのくに
)
熊野山
(
くものやま
)
は
本地
(
ほんち
)
弥陀
(
みだ
)
の
薬師
(
やくし
)
観音
(
くわんのん
)
にして
熊野
(
くまの
)
三社
(
さんしや
)
と
言
(
い
)
はれ
其
(
その
)
霊験
(
れいけん
)
いやちこなりと
伝
(
つた
)
へらるる
霊場地
(
れいぢやうち
)
であつて、
441
三社
(
さんしや
)
の
御本体
(
ごほんたい
)
は、
442
瑞
(
みづ
)
の
霊
(
みたま
)
(
三
(
み
)
ツの
魂
(
みたま
)
)の
神
(
かみ
)
の
変名
(
へんめい
)
である。
443
南僧坊
(
なんそうばう
)
は
一
(
いち
)
ケ
所
(
しよ
)
の
御堂
(
みだう
)
に
廿一
(
にじふ
)
ケ
日
(
にち
)
宛
(
づつ
)
三
(
さん
)
ケ
所
(
しよ
)
に
篭
(
こ
)
もつて
断食
(
だんじき
)
をなし、
444
日夜
(
にちや
)
三度
(
さんど
)
づつ、
445
水垢離
(
みづごり
)
を
取
(
と
)
つて
精進
(
しやうじん
)
潔斎
(
けつさい
)
し
一心不乱
(
いつしんふらん
)
になつて
弥勒
(
みろく
)
の
御出世
(
ごしゆつせ
)
を
祈
(
いの
)
るのであつた。
446
恰度
(
ちやうど
)
満願
(
まんぐわん
)
の
夜半
(
やはん
)
になつて、
447
南僧坊
(
なんそうばう
)
は
不思議
(
ふしぎ
)
の
霊夢
(
れいむ
)
を
蒙
(
かうむ
)
つたので、
448
それより
諸国
(
しよこく
)
を
行脚
(
あんぎや
)
して
凡
(
すべ
)
ての
神仏
(
しんぶつ
)
に
祈
(
いの
)
らんと
熊野
(
くまの
)
神社
(
じんじや
)
を
後
(
あと
)
に
第一回
(
だいいちくわい
)
の
諸国
(
しよこく
)
巡礼
(
じゆんれい
)
を
思
(
おも
)
ひ
立
(
た
)
つ
事
(
こと
)
となつた。
449
南僧坊
(
なんそうばう
)
熊野
(
くまの
)
三社
(
さんしや
)
に
参詣
(
さんけい
)
し
450
三週
(
さんしう
)
三
(
さん
)
ケ
所
(
しよ
)
水垢離
(
みづごり
)
を
取
(
と
)
る。
451
瑞御魂
(
みづみたま
)
神
(
かみ
)
の
夢告
(
むこく
)
を
蒙
(
かうむ
)
りて
452
諸国
(
しよこく
)
巡礼
(
じゆんれい
)
の
旅
(
たび
)
する
南僧坊
(
なんそうばう
)
。
453
熊野
(
くまの
)
三社
(
さんしや
)
弥陀
(
みだ
)
と
薬師
(
やくし
)
と
観音
(
くわんのん
)
は
454
三
(
み
)
つの
御魂
(
みたま
)
の
権現
(
ごんげん
)
なりけり。
455
数十年
(
すうじふねん
)
修行
(
しうぎやう
)
を
為
(
な
)
せと
皇神
(
すめかみ
)
は
456
男装坊
(
なんさうばう
)
(
南僧坊
(
なんそうばう
)
)に
宣
(
の
)
らせ
玉
(
たま
)
へり。
457
神勅
(
しんちよく
)
に
由
(
よ
)
つて
熊野
(
くまの
)
三社
(
さんしや
)
を
立出
(
たちい
)
でた
男装坊
(
なんさうばう
)
は
先
(
ま
)
づ
高野山
(
かうやさん
)
に
登
(
のぼ
)
り
大願
(
たいぐわん
)
成就
(
じやうじゆ
)
を
一心不乱
(
いつしんふらん
)
に
祈願
(
きぐわん
)
し
終
(
をは
)
つて
山麓
(
さんろく
)
に
来
(
き
)
かかると、
458
道傍
(
みちばた
)
の
岩石
(
がんせき
)
に
腰
(
こし
)
を
下
(
お
)
ろし
休
(
やす
)
んで
居
(
ゐ
)
た
一人
(
ひとり
)
の
山伏
(
やまぶし
)
がつかつかと
男装坊
(
なんさうばう
)
の
前
(
まへ
)
に
進
(
すす
)
んで
来
(
き
)
た。
459
見
(
み
)
れば
身長
(
しんちやう
)
六尺
(
ろくしやく
)
余
(
よ
)
、
460
柿色
(
かきいろ
)
の
法衣
(
ほふい
)
に
太刀
(
たち
)
を
帯
(
お
)
び
金剛杖
(
こんがうづゑ
)
をついて
威勢
(
ゐせい
)
よく
言葉
(
ことば
)
も
高
(
たか
)
らかに、
461
「
如何
(
いか
)
に
御坊
(
ごばう
)
修行
(
しうぎやう
)
は
法師
(
ほふし
)
の
業
(
げふ
)
と
見受
(
みう
)
けたり。
462
汝
(
なんぢ
)
男子
(
だんし
)
に
扮
(
ふん
)
すれども
吾
(
わが
)
法力
(
ほふりき
)
を
以
(
もつ
)
て
観
(
くわん
)
ずるに
全
(
まつた
)
く
女人
(
によにん
)
なり。
463
女人
(
によにん
)
禁制
(
きんせい
)
の
霊山
(
れいざん
)
を
犯
(
をか
)
しながら
修行
(
しうぎやう
)
などとは
以
(
もつ
)
ての
外
(
ほか
)
の
不埒
(
ふらち
)
ならずや。
464
必
(
かなら
)
ずや
仏
(
ほとけ
)
の
咎
(
とがめ
)
に
由
(
よ
)
つて
修行
(
しうぎやう
)
の
功
(
こう
)
空
(
むな
)
しからん。
465
万々一
(
まんまんいち
)
修行
(
しうぎやう
)
の
功
(
こう
)
ありとせば
吾
(
わが
)
前
(
まへ
)
にて
其
(
その
)
法力
(
ほふりき
)
を
現
(
あらは
)
すべし」と
言葉
(
ことば
)
を
掛
(
か
)
けられて
男装坊
(
なんさうばう
)
は
暫時
(
ざんじ
)
ぎよつとしたるが、
466
直
(
ただち
)
に
心
(
こころ
)
を
取
(
と
)
り
直
(
なほ
)
し
満面
(
まんめん
)
笑
(
ゑ
)
みを
湛
(
たた
)
へながら、
467
「
汝
(
なんぢ
)
吾
(
われ
)
に
向
(
むか
)
つて
女人
(
によにん
)
なれば
不埒
(
ふらち
)
とは
何事
(
なにごと
)
ぞ、
468
衆生
(
しうじやう
)
済度
(
さいど
)
の
誓願
(
せいぐわん
)
に
男女
(
だんぢよ
)
の
区別
(
くべつ
)
あるべきや。
469
吾
(
われ
)
に
修行
(
しうぎやう
)
の
功
(
こう
)
如何
(
いかん
)
とは
愚
(
ぐ
)
なり。
470
三界
(
さんかい
)
の
大導師
(
だいだうし
)
釈迦牟尼
(
しやかむに
)
如来
(
によらい
)
でさへも
阿羅々
(
あらら
)
仙人
(
せんにん
)
に
仕
(
つか
)
へて
其
(
そ
)
の
本懐
(
ほんくわい
)
を
遂
(
と
)
げ
玉
(
たま
)
ひしと
聞
(
き
)
く。
471
况
(
いは
)
んや
凡俗
(
ぼんぞく
)
の
拙僧
(
せつそう
)
未
(
いま
)
だ
修行中
(
しうぎやうちう
)
にて
大悟
(
たいご
)
徹底
(
てつてい
)
の
域
(
ゐき
)
に
達
(
たつ
)
せず。
472
御身
(
おんみ
)
に
於
(
おい
)
ては
又
(
また
)
修行
(
しうぎやう
)
の
功
(
こう
)
ありや」と
謙遜
(
けんそん
)
しつつも
反問
(
はんもん
)
した
時
(
とき
)
、
473
彼
(
か
)
の
山伏
(
やまぶし
)
は
鼻高々
(
はなたかだか
)
と
答
(
こた
)
ふやう、
474
「
拙者
(
せつしや
)
はそもそも
大峰
(
おほみね
)
葛城
(
かつらぎ
)
の
小角
(
せうかく
)
、
475
吉野
(
よしの
)
にては
金剛
(
こんがう
)
蔵王
(
ざうわう
)
、
476
熊野
(
くまの
)
権現
(
ごんげん
)
は
三所
(
さんしよ
)
その
他
(
た
)
山々
(
やまやま
)
渓々
(
たにだに
)
にて
極
(
きは
)
めし
法力
(
ほふりき
)
によつて
空
(
そら
)
飛
(
と
)
ぶ
鳥
(
とり
)
も
祈
(
いの
)
り
落
(
おと
)
し、
477
死
(
し
)
したる
者
(
もの
)
も
生
(
い
)
かす
事
(
こと
)
自由
(
じいう
)
なり。
478
いざ
汝
(
なんぢ
)
と
法力
(
ほふりき
)
を
行
(
おこな
)
ひ
較
(
くら
)
べん」
479
と
詰
(
つ
)
めよるにぞ、
480
男装坊
(
なんさうばう
)
は
静
(
しづ
)
かに
答
(
こた
)
へ、
481
482
「さらば
貴殿
(
きでん
)
の
法力
(
ほふりき
)
を
見
(
み
)
せ
給
(
たま
)
へ」「
然
(
しか
)
らば
御目
(
おめ
)
に
掛
(
か
)
けん、
483
驚
(
おどろ
)
くな」と
山伏
(
やまぶし
)
は
腰
(
こし
)
に
下
(
さ
)
げたる
法螺
(
ほら
)
の
貝
(
かひ
)
を
取
(
と
)
つて
何
(
なに
)
やら
呪文
(
じゆもん
)
を
唱
(
とな
)
ふると
見
(
み
)
えしが、
484
忽
(
たちま
)
ち
炎々
(
えんえん
)
たる
火焔
(
くわえん
)
を
貝
(
かひ
)
の
尻
(
しり
)
から
吹
(
ふ
)
き
出
(
だ
)
してその
火光
(
くわくわう
)
の
四方
(
しはう
)
に
輝
(
かがや
)
く
様
(
さま
)
は
実
(
じつ
)
に
見事
(
みごと
)
であつた。
485
男装坊
(
なんさうばう
)
は
泰然自若
(
たいぜんじじやく
)
として
暫時
(
ざんじ
)
打
(
う
)
ち
眺
(
なが
)
め
居
(
ゐ
)
たるが、
486
やがてニツコと
微笑
(
ほほゑ
)
みながら
静
(
しづ
)
かに
九字
(
くじ
)
を
切
(
き
)
つて
合掌
(
がつしやう
)
するや
忽
(
たちま
)
ち
猛烈
(
まうれつ
)
なりし
火焔
(
くわえん
)
は
跡
(
あと
)
なく
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せて
了
(
しま
)
つた。
487
山伏
(
やまぶし
)
は
最初
(
さいしよ
)
の
術
(
じゆつ
)
の
破
(
やぶ
)
れたるを
悔
(
く
)
やしがり、
488
何
(
なに
)
を
小癪
(
こしやく
)
な
今度
(
こんど
)
こそは
思
(
おも
)
ひ
知
(
し
)
らせんと
許
(
ばか
)
り
傍
(
かたはら
)
の
小高
(
こだか
)
き
所
(
ところ
)
へ
駈
(
か
)
け
上
(
あが
)
りざま、
489
珠数
(
じゆず
)
も
砕
(
くだ
)
けよと
押
(
お
)
しもんで
一心不乱
(
いつしんふらん
)
に
祈
(
いの
)
れば
見
(
み
)
る
見
(
み
)
る
一天
(
いつてん
)
俄
(
にはか
)
に
掻
(
か
)
き
曇
(
くも
)
りピユーピユーと
凄
(
すご
)
い
風
(
かぜ
)
は
彼方
(
かなた
)
の
山頂
(
さんちやう
)
より
吹
(
ふ
)
き
下
(
お
)
りて
一団
(
いちだん
)
の
黒雲
(
こくうん
)
瞬
(
またた
)
く
間
(
ま
)
に
拡
(
ひろ
)
がり
雪
(
ゆき
)
さへ
交
(
まじ
)
へて
物
(
もの
)
さみしい
冬
(
ふゆ
)
の
景色
(
けしき
)
と
変
(
かは
)
つて
了
(
しま
)
つた。
490
其
(
そ
)
の
時
(
とき
)
に
異様
(
いやう
)
の
怪物
(
くわいぶつ
)
遠近
(
ゑんきん
)
より
現
(
あら
)
はれ
出
(
い
)
で
笑
(
わら
)
ふもの
叫
(
さけ
)
ぶものの
声
(
こゑ
)
天地
(
てんち
)
に
鳴
(
な
)
り
轟
(
とどろ
)
きさも
恐
(
おそ
)
ろしき
光景
(
くわうけい
)
を
現出
(
げんしゆつ
)
した。
491
然
(
しか
)
れども
男装坊
(
なんさうばう
)
は
少
(
すこ
)
しも
騒
(
さわ
)
ぐ
色
(
いろ
)
なく、
492
「
扨
(
さ
)
ても
扨
(
さ
)
ても
見事
(
みごと
)
なる
御手
(
おて
)
の
内
(
うち
)
」と
賞
(
ほ
)
めそやしながら
真言
(
しんごん
)
即
(
そく
)
言霊
(
げんれい
)
の
神器
(
しんき
)
を
用
(
もち
)
ゆれば、
493
今
(
いま
)
までの
物凄
(
ものすご
)
き
光景
(
くわうけい
)
は
忽
(
たちま
)
ち
消滅
(
せうめつ
)
して
再
(
ふたた
)
び
元
(
もと
)
の
晴天
(
せいてん
)
にかへつた。
494
山伏
(
やまぶし
)
は
之
(
これ
)
を
見
(
み
)
て、
495
「
恐
(
おそ
)
れ
入
(
い
)
つたる
御手
(
おて
)
の
内
(
うち
)
、
496
愚僧
(
ぐそう
)
等
(
ら
)
の
及
(
およ
)
ぶ
所
(
ところ
)
に
非
(
あら
)
ず。
497
御縁
(
ごえん
)
も
在
(
あ
)
らば
又
(
また
)
お
目
(
め
)
に
懸
(
かか
)
らん」と
男装坊
(
なんさうばう
)
の
法力
(
ほふりき
)
に
征服
(
せいふく
)
された
山伏
(
やまぶし
)
は
叮嚀
(
ていねい
)
に
会釈
(
ゑしやく
)
を
交
(
かは
)
して
何処
(
いづこ
)
ともなく
立去
(
たちさ
)
つて
了
(
しま
)
つた。
498
斯
(
か
)
くて
男装坊
(
なんさうばう
)
は
高野
(
かうや
)
の
山
(
やま
)
を
下
(
くだ
)
り
紀州
(
きしう
)
尾由村
(
をよしむら
)
といふ
所
(
ところ
)
に
差
(
さ
)
し
掛
(
かか
)
り
嘉茂
(
かも
)
と
云
(
い
)
へる
有徳
(
うとく
)
の
人
(
ひと
)
の
許
(
もと
)
に
一夜
(
いちや
)
の
宿
(
やど
)
を
求
(
もと
)
めた。
499
所
(
ところ
)
が
其
(
そ
)
の
夜
(
よ
)
主人
(
しゆじん
)
が
男装坊
(
なんさうばう
)
の
居室
(
きよしつ
)
を
訪
(
たづ
)
ねて
言
(
い
)
ふよう、
500
「
実
(
じつ
)
は
私
(
わたし
)
の
妻
(
つま
)
が
四年
(
よねん
)
斗
(
ばか
)
り
前
(
まへ
)
から
不思議
(
ふしぎ
)
の
病気
(
びやうき
)
に
犯
(
をか
)
され、
501
遠近
(
ゑんきん
)
の
行者
(
ぎやうじや
)
を
頼
(
たの
)
みて
祈祷
(
きたう
)
するも
一向
(
いつこう
)
少
(
すこ
)
しの
効目
(
ききめ
)
も
無
(
な
)
く
誠
(
まこと
)
に
困
(
こま
)
り
果
(
は
)
ててゐる
次第
(
しだい
)
なれば
何卒
(
なにとぞ
)
御坊
(
ごばう
)
の
御法力
(
ごほふりき
)
を
以
(
もつ
)
て
御祈念
(
ごきねん
)
給
(
たま
)
はり
度
(
た
)
し」と
言葉
(
ことば
)
を
盡
(
つく
)
して
頼
(
たの
)
み
込
(
こ
)
む
様子
(
やうす
)
に
男装坊
(
なんさうばう
)
は「してその
御病気
(
ごびやうき
)
とは」と
問
(
と
)
へば「ハイ
実
(
じつ
)
は
夜
(
よ
)
な
夜
(
よ
)
な
髪
(
かみ
)
の
中
(
なか
)
から
鳥
(
とり
)
の
頭
(
あたま
)
が
無数
(
むすう
)
に
出
(
いで
)
ては
啼
(
な
)
き
叫
(
さけ
)
び、
502
その
鳥
(
とり
)
の
口
(
くち
)
へ
飯
(
めし
)
を
押
(
お
)
し
込
(
こ
)
めば
忽
(
たちま
)
ち
頭髪
(
とうはつ
)
の
中
(
なか
)
へ
隠
(
かく
)
れるといふ
奇病
(
きびやう
)
です。
503
何
(
なん
)
と
云
(
い
)
つても
毎夜
(
まいよ
)
毎夜
(
まいよ
)
のことで
妻
(
つま
)
は
非常
(
ひじやう
)
に
窶
(
やつ
)
れ
果
(
は
)
て
明日
(
あす
)
をも
知
(
し
)
れない
有様
(
ありさま
)
、
504
何卒
(
なにとぞ
)
御見届
(
おみとど
)
けの
上
(
うへ
)
御救
(
おすく
)
ひ
下
(
くだ
)
され
度
(
た
)
し」と
涙
(
なみだ
)
をはらはらと
流
(
なが
)
して
頼
(
たの
)
むのであつた。
505
男装坊
(
なんさうばう
)
は
暫時
(
ざんじ
)
小首
(
こくび
)
を
傾
(
かたむ
)
け
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
たが、
506
「はて
奇態
(
きたい
)
なる
事
(
こと
)
を
承
(
うけたま
)
はるものかな。
507
何
(
なに
)
はともあれ
拙僧
(
せつそう
)
及
(
およ
)
ばず
乍
(
なが
)
ら
其
(
そ
)
の
正体
(
しやうたい
)
を
見届
(
みとど
)
けし
上
(
うへ
)
祈念
(
きねん
)
を
為
(
な
)
さん」と
快
(
こころ
)
よく
承諾
(
しようだく
)
した
言葉
(
ことば
)
に
主人
(
しゆじん
)
は
欣喜雀躍
(
きんきじやくやく
)
するのであつた。
508
扨
(
さ
)
てその
夜
(
よ
)
丑満
(
うしみつ
)
と
思
(
おぼ
)
しき
頃
(
ころ
)
になると
案
(
あん
)
の
如
(
ごと
)
く
病人
(
びやうにん
)
の
頭
(
あたま
)
から
数十羽
(
すうじふは
)
の
鳥
(
とり
)
の
頭
(
あたま
)
が
出
(
で
)
て
啼
(
な
)
き
叫
(
さけ
)
ぶ
様
(
さま
)
は
実
(
じつ
)
に
気味
(
きみ
)
の
悪
(
わる
)
い
程
(
ほど
)
である。
509
男装坊
(
なんさうばう
)
は
病人
(
びやうにん
)
の
苦
(
くる
)
しむ
様子
(
やうす
)
を
熟視
(
じゆくし
)
した
上
(
うへ
)
、
510
「
扨
(
さ
)
ても
扨
(
さ
)
ても
不憫
(
ふびん
)
の
者
(
もの
)
なるかな」と
座敷
(
ざしき
)
の
中央
(
ちうおう
)
に
壇
(
だん
)
を
飾
(
かざ
)
つて
病人
(
びやうにん
)
を
北向
(
きたむ
)
きに
直
(
なほ
)
し、
511
高盛
(
たかもり
)
の
食
(
しよく
)
十三
(
じふさん
)
盛
(
もり
)
、
512
五色
(
ごしき
)
の
幣
(
ぬさ
)
三十三
(
さんじふさん
)
本
(
ぼん
)
を
切
(
き
)
り
立
(
た
)
て
清水
(
せいすゐ
)
を
盥
(
たらひ
)
に
汲
(
く
)
んで、
513
「
足
(
あし
)
」といふ
文字
(
もじ
)
を
書
(
か
)
いた
一寸
(
いつすん
)
四方
(
しはう
)
の
紙片
(
しへん
)
を
水
(
みづ
)
に
浮
(
うか
)
べ、
514
さて
衣
(
ころも
)
の
袖
(
そで
)
を
結
(
むす
)
んで
肩
(
かた
)
に
打
(
う
)
ちかけ
珠数
(
じゆず
)
をさらさらと
押
(
お
)
しもんで
暫
(
しばら
)
く
祈
(
いの
)
ると
見
(
み
)
えしが
不思議
(
ふしぎ
)
なるかな
今
(
いま
)
まで
七転八倒
(
しちてんばつたふ
)
の
苦
(
くる
)
しみに
呻吟
(
しんぎん
)
して
居
(
ゐ
)
た
病人
(
びやうにん
)
は
忽
(
たちま
)
ち
元気
(
げんき
)
付
(
づ
)
き
頭
(
あたま
)
の
鳥
(
とり
)
は
一羽
(
いちは
)
も
残
(
のこ
)
らず
消
(
き
)
え
失
(
う
)
せて
了
(
しま
)
つた。
515
「
最早
(
もはや
)
大丈夫
(
だいぢやうぶ
)
明晩
(
みやうばん
)
からは
何事
(
なにごと
)
も
無
(
な
)
かるべし」と
言
(
い
)
へば
主人
(
しゆじん
)
を
始
(
はじ
)
め
並
(
なみ
)
居
(
ゐ
)
る
一統
(
いつとう
)
の
人々
(
ひとびと
)
は
非常
(
ひじやう
)
に
喜
(
よろこ
)
んで
礼
(
れい
)
を
述
(
の
)
べ
勧
(
すす
)
めらるるままに
一両日
(
いちりやうじつ
)
足
(
あし
)
を
停
(
とど
)
むることとはなつた。
516
果
(
はた
)
してその
翌晩
(
よくばん
)
からは
何事
(
なにごと
)
もなくなつたので
男装坊
(
なんさうばう
)
は
止
(
とど
)
むる
家人
(
かじん
)
に、
517
「
急
(
いそ
)
ぎの
旅
(
たび
)
なれば」と
別
(
わか
)
れを
告
(
つ
)
ぐるや
主人
(
しゆじん
)
は「
名残
(
なごり
)
惜
(
をし
)
き
事
(
こと
)
ながら
最早
(
もはや
)
是非
(
ぜひ
)
もなし、
518
些少
(
させう
)
ながら」とて
数々
(
かずかず
)
の
進物
(
しんもの
)
を
贈
(
おく
)
らうとしたが、
519
「
拙僧
(
せつそう
)
は
身
(
み
)
に
深
(
ふか
)
き
願望
(
ぐわんまう
)
あつて、
520
諸国
(
しよこく
)
を
廻
(
まは
)
るもの
一切
(
いつさい
)
施
(
ほどこ
)
し
物
(
もの
)
は
受
(
う
)
け
難
(
がた
)
し。
521
去
(
さ
)
り
乍
(
なが
)
ら
折角
(
せつかく
)
の
御厚志
(
ごこうし
)
を
無
(
む
)
にするも
何
(
な
)
んとやら、
522
又
(
また
)
一
(
ひと
)
つには
病人
(
びやうにん
)
より
離
(
はな
)
れた
鳥
(
とり
)
どもは
此
(
こ
)
のままにして
置
(
お
)
いてはさぞや
迷
(
まよ
)
ひ
居
(
を
)
るならんも
心許
(
こころもと
)
なし、
523
今
(
いま
)
一
(
ひと
)
つの
願
(
ねが
)
ひあり、
524
是
(
これ
)
より
東
(
ひがし
)
に
当
(
あた
)
つて
一里
(
いちり
)
斗
(
ばか
)
りの
所
(
ところ
)
にある
竹林
(
ちくりん
)
の
中
(
なか
)
へ
一
(
ひと
)
つの
御堂
(
みだう
)
を
建立
(
こんりふ
)
し、
525
額
(
がく
)
に
鳥林寺
(
てうりんじ
)
と
銘
(
めい
)
を
打
(
う
)
ち
給
(
たま
)
はらば
幸
(
さいはひ
)
なり」と
言
(
い
)
ひ
残
(
のこ
)
してから
家人
(
かじん
)
に
再
(
ふたた
)
び
別
(
わか
)
れを
告
(
つ
)
げて
道
(
みち
)
を
急
(
いそ
)
いだ。
526
それより
男装坊
(
なんさうばう
)
は
二名
(
ふたな
)
の
嶋
(
しま
)
へ
渡
(
わた
)
り
数々
(
かずかず
)
の
奇瑞
(
きずゐ
)
を
現
(
あら
)
はし
九州
(
きうしう
)
に
渡
(
わた
)
つて
筑紫
(
つくし
)
の
国
(
くに
)
を
普
(
あまね
)
く
廻
(
まは
)
り
所々
(
ところどころ
)
にて
病人
(
びやうにん
)
を
救
(
すく
)
ひ
或
(
あるひ
)
は
御堂
(
みだう
)
を
建立
(
こんりふ
)
する
事
(
こと
)
数
(
かず
)
知
(
し
)
れず
再
(
ふたた
)
び
本土
(
ほんど
)
に
帰
(
かへ
)
り
熊野
(
くまの
)
に
詣
(
まう
)
で
三七日間
(
さんしちにちかん
)
の
祈願
(
きぐわん
)
を
篭
(
こ
)
め
第二回目
(
だいにくわいめ
)
の
諸国
(
しよこく
)
行脚
(
あんぎや
)
に
出
(
で
)
た。
527
男装坊
(
なんさうばう
)
熊野
(
くまの
)
を
後
(
あと
)
に
紀伊
(
きい
)
の
国
(
くに
)
528
高野
(
かうや
)
の
山
(
やま
)
に
詣
(
まう
)
でてぞ
行
(
ゆ
)
く。
529
高野山
(
かうやさん
)
下
(
くだ
)
れば
麓
(
ふもと
)
の
道
(
みち
)
の
傍
(
べ
)
に
530
山伏
(
やまぶし
)
ありていどみ
懸
(
かか
)
れり。
531
男装坊
(
なんさうばう
)
山伏僧
(
やまぶしそう
)
の
妖術
(
えうじゆつ
)
を
532
残
(
のこ
)
らず
破
(
やぶ
)
れば
山伏
(
やまぶし
)
謝罪
(
しやざい
)
す。
533
高野山
(
かうやさん
)
あとに
尾由
(
をよし
)
の
村
(
むら
)
に
入
(
い
)
り
534
嘉茂
(
かも
)
のやかたに
露
(
つゆ
)
の
宿
(
やど
)
りす。
535
嘉茂
(
かも
)
の
妻
(
つま
)
奇病
(
きびやう
)
を
救
(
すく
)
ひ
寺
(
てら
)
を
建
(
た
)
て
536
急
(
いそ
)
ぎ
二名
(
ふたな
)
の
嶋
(
しま
)
に
渡
(
わた
)
れり。
537
二名嶋
(
ふたなしま
)
筑紫
(
つくし
)
の
嶋
(
しま
)
を
経巡
(
へめぐ
)
りて
538
奇蹟
(
きせき
)
現
(
あら
)
はし
衆生
(
しうじやう
)
を
救
(
すく
)
へり。
539
男装坊
(
なんさうばう
)
再
(
ふたた
)
び
熊野
(
くまの
)
に
引
(
ひ
)
き
返
(
かへ
)
し
540
三七日
(
さんしちにち
)
の
荒行
(
あらぎやう
)
を
為
(
な
)
す。
541
男装坊
(
なんさうばう
)
爰
(
ここ
)
より
二度目
(
にどめ
)
の
国々
(
くにぐに
)
の
542
行脚
(
あんぎや
)
の
旅
(
たび
)
に
立
(
た
)
ち
出
(
い
)
でにけり。
543
男装坊
(
なんさうばう
)
は
弥勒
(
みろく
)
出世
(
しゆつせ
)
大願
(
たいぐわん
)
の
為
(
ため
)
に
国々
(
くにぐに
)
里々
(
さとざと
)
津々
(
つづ
)
浦々
(
うらうら
)
遣
(
のこ
)
る
隈
(
くま
)
なく
修行
(
しうぎやう
)
しつつ
十三才
(
じふさんさい
)
の
頃
(
ころ
)
より
七十六歳
(
しちじふろくさい
)
に
至
(
いた
)
るまで
前後
(
ぜんご
)
を
通
(
つう
)
じて
殆
(
ほと
)
んど
六十四年間
(
ろくじふよねんかん
)
休
(
やす
)
みなく
歩
(
ある
)
き
続
(
つづ
)
けたがこの
間
(
かん
)
熊野
(
くまの
)
三社
(
さんしや
)
に
額
(
ぬかづ
)
きし
事
(
こと
)
三十二回
(
さんじふにくわい
)
に
及
(
およ
)
んだ。
544
そして
恰度
(
ちやうど
)
三十三回目
(
さんじふさんくわいめ
)
の
熊野
(
くまの
)
詣
(
まう
)
での
時
(
とき
)
三七日
(
さんしちにち
)
社前
(
しやぜん
)
に
通夜
(
つうや
)
した
満願
(
まんぐわん
)
の
夜
(
よる
)
思
(
おも
)
はずとろとろと
社前
(
しやぜん
)
に
微睡
(
びすゐ
)
した。
545
と
思
(
おも
)
ふと
夢
(
ゆめ
)
とも
現
(
うつ
)
つとも
判
(
わか
)
らず
神素盞嗚神
(
かむすさのをのかみ
)
威容
(
ゐよう
)
厳然
(
げんぜん
)
たる
三柱
(
みはしら
)
の
神
(
かみ
)
を
従
(
したが
)
へ
現
(
あら
)
はれ
給
(
たま
)
ひ
神々
(
かうがう
)
しいその
中
(
なか
)
の
一柱神
(
ひとはしらがみ
)
が「
如何
(
いか
)
に
男装坊
(
なんさうばう
)
、
546
汝
(
なんぢ
)
母
(
はは
)
に
孝信
(
かうしん
)
として
弥勒
(
みろく
)
の
出世
(
しゆつせ
)
を
願
(
ねが
)
ふ
事
(
こと
)
不便
(
ふびん
)
なり。
547
汝
(
なんぢ
)
は
此
(
こ
)
の
草鞋
(
わらぢ
)
を
穿
(
は
)
き
此
(
こ
)
の
杖
(
つゑ
)
の
向
(
む
)
くままに
山々
(
やまやま
)
峰々
(
みねみね
)
を
凡
(
すべ
)
て
巡
(
めぐ
)
るべし。
548
此
(
こ
)
の
草鞋
(
わらぢ
)
の
断
(
き
)
れたる
所
(
ところ
)
を
汝
(
なんぢ
)
の
住家
(
すみか
)
と
思
(
おも
)
ひそこにて
弥勒
(
みろく
)
三会
(
さんゑ
)
の
神人
(
しんじん
)
が
出世
(
しゆつせい
)
を
待
(
ま
)
つべし」と
言
(
い
)
ひ
残
(
のこ
)
し
神姿
(
しんし
)
は
忽
(
たちま
)
ち
掻
(
か
)
き
消
(
け
)
す
如
(
ごと
)
くに
隠
(
かく
)
れ
給
(
たま
)
ふた。
549
男装坊
(
なんさうばう
)
は
夢
(
ゆめ
)
より
醒
(
さ
)
めて
自分
(
じぶん
)
の
枕頭
(
ちんとう
)
を
見
(
み
)
れば
鉄
(
てつ
)
で
造
(
つく
)
れる
草鞋
(
わらぢ
)
と
荊
(
いばら
)
の
杖
(
つゑ
)
が
一本
(
いつぽん
)
置
(
お
)
かれてあつた。
550
男装坊
(
なんさうばう
)
は
蘇生
(
そせい
)
歓喜
(
くわんき
)
の
涙
(
なみだ
)
にむせび
乍
(
なが
)
ら、
551
「アア
有難
(
ありがた
)
し
有難
(
ありがた
)
し
我
(
わ
)
が
大願
(
たいぐわん
)
も
成就
(
じやうじゆ
)
せり」と
百度
(
ひやくど
)
千度
(
せんど
)
社前
(
しやぜん
)
に
額
(
ぬかづ
)
きて
感謝
(
かんしや
)
を
為
(
な
)
し、
552
「さらば
熊野
(
くまの
)
大神
(
おほかみ
)
の
神命
(
しんめい
)
に
従
(
したが
)
ひ
国々
(
くにぐに
)
の
山々
(
やまやま
)
峰々
(
みねみね
)
を
跋渉
(
ばつせふ
)
せん」と
熊野
(
くまの
)
三社
(
さんしや
)
を
始
(
はじ
)
め
日本
(
にほん
)
全国
(
ぜんこく
)
の
高山
(
かうざん
)
秀嶽
(
しうがく
)
殆
(
ほと
)
んど
足跡
(
そくせき
)
を
印
(
いん
)
せざる
所
(
ところ
)
無
(
な
)
きまでに
到
(
いた
)
つたのである。
553
男装坊
(
なんさうばう
)
前後
(
ぜんご
)
六十四年間
(
ろくじふよねんかん
)
554
休
(
やす
)
まず
日本
(
にほん
)
全土
(
ぜんど
)
を
巡
(
めぐ
)
りぬ。
555
熊野社
(
くまのしや
)
に
三十三回
(
さんじふさんくわい
)
参詣
(
さんけい
)
し
556
鉄
(
てつ
)
の
草鞋
(
わらぢ
)
と
杖
(
つゑ
)
を
貰
(
もら
)
へり。
557
男装坊
(
なんさうばう
)
弥勒
(
みろく
)
出世
(
しゆつせい
)
の
大願
(
たいぐわん
)
の
558
成就
(
じやうじゆ
)
したりと
嬉
(
うれ
)
し
涙
(
なみだ
)
す。
559
瑞御霊
(
みづみたま
)
三柱神
(
みはしらがみ
)
と
現
(
あら
)
はれて
560
男装坊
(
なんさうばう
)
の
先途
(
せんと
)
を
示
(
しめ
)
さる。
561
それより
男装坊
(
なんさうばう
)
は
日本
(
にほん
)
全洲
(
ぜんしう
)
の
霊山
(
れいざん
)
霊地
(
れいち
)
と
名
(
な
)
のつく
箇所
(
かしよ
)
は
残
(
のこ
)
らず
巡錫
(
じゆんしやく
)
し
名山
(
めいざん
)
巨刹
(
きよさつ
)
に
足
(
あし
)
を
止
(
とど
)
めて
道法礼節
(
だうはふれいせつ
)
を
説
(
と
)
き、
562
各地
(
かくち
)
の
雲児水弟
(
うんじすゐてい
)
の
草庵
(
さうあん
)
を
訪
(
と
)
ひて
法
(
はふ
)
を
教
(
をし
)
へ
且
(
か
)
つ
研究
(
けんきう
)
し、
563
時々
(
ときどき
)
は
病
(
やまひ
)
に
悩
(
なや
)
めるを
救
(
すく
)
ひ
不善者
(
ふぜんしや
)
に
改過遷善
(
かいくわせんぜん
)
の
道
(
みち
)
を
授
(
さづ
)
けて
功徳
(
くどく
)
を
積
(
つ
)
み
累
(
かさ
)
ね
乍
(
なが
)
ら
北方
(
ほくぱう
)
の
天
(
てん
)
を
望
(
のぞ
)
んで
行脚
(
あんぎや
)
の
旅
(
たび
)
を
十幾年間
(
じふいくねんかん
)
続
(
つづ
)
けたる
為
(
ため
)
、
564
鬚髯
(
しゆぜん
)
に
霜
(
しも
)
を
交
(
まじ
)
ゆる
年配
(
ねんぱい
)
となり、
565
幾十年
(
いくじふねん
)
振
(
ぶ
)
りにて
故郷
(
こきやう
)
の
永福寺
(
えいふくじ
)
に
帰
(
かへ
)
つてみれば、
566
悲
(
かな
)
しきかも
恩師
(
おんし
)
も
両親
(
りやうしん
)
も
既
(
すで
)
に
已
(
すで
)
に
他界
(
たかい
)
せし
後
(
あと
)
にて、
567
只
(
ただ
)
徒
(
いたづ
)
らに
墓石
(
はかいし
)
に
秋風
(
あきかぜ
)
が
咽
(
むせ
)
んでゐるのみであつた。
568
男装坊
(
なんさうばう
)
は
今更
(
いまさら
)
の
如
(
ごと
)
くに
諸行無常
(
しよぎやうむじやう
)
を
感
(
かん
)
じ
己
(
おの
)
が
不孝
(
ふかう
)
を
鳴謝
(
めいしや
)
し、
569
懇
(
ねんごろ
)
に
菩提
(
ぼだい
)
を
弔
(
とむら
)
ひ
又
(
また
)
もや
熊野
(
くまの
)
大神
(
おほかみ
)
の
御誓言
(
ごせいごん
)
もあるところより
何時
(
いつ
)
迄
(
まで
)
も
故郷
(
こきやう
)
に
脚
(
あし
)
を
停
(
とど
)
むる
訳
(
わけ
)
にもゆかなかつた。
570
日
(
ひ
)
の
本
(
もと
)
のあらゆる
霊山
(
れいざん
)
霊場
(
れいぢやう
)
に
571
巡錫
(
じゆんしやく
)
なして
道
(
みち
)
を
説
(
と
)
きつつ。
572
雲水
(
うんすゐ
)
の
徒
(
ともがら
)
等
(
など
)
に
法
(
のり
)
の
道
(
みち
)
573
伝
(
つた
)
へ
伝
(
つた
)
へて
諸国
(
しよこく
)
に
行脚
(
あんぎや
)
す。
574
いたづきに
悩
(
なや
)
める
数多
(
あまた
)
の
人々
(
ひとびと
)
を
575
救
(
すく
)
ひつ
巡
(
めぐ
)
りし
男装坊
(
なんさうばう
)
かな。
576
数十年
(
すうじふねん
)
行脚
(
あんぎや
)
終
(
をは
)
りてふる
里
(
さと
)
に
577
帰
(
かへ
)
れば
恩師
(
おんし
)
も
父母
(
ふぼ
)
も
坐
(
ゐ
)
まさず。
578
師
(
し
)
の
坊
(
ばう
)
やたらちねの
墓
(
はか
)
にしくしくと
579
詣
(
まうで
)
て
見
(
み
)
れば
咽
(
むせ
)
ぶ
秋風
(
あきかぜ
)
。
580
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
の
諸行無常
(
しよぎやうむじやう
)
を
今更
(
いまさら
)
に
581
感
(
かん
)
じて
師父
(
しふ
)
の
菩提
(
ぼだい
)
弔
(
とむら
)
ふ。
582
三熊野
(
みくまの
)
の
神
(
かみ
)
の
誓
(
ちか
)
ひを
果
(
はた
)
さむと
583
男装坊
(
なんさうばう
)
は
故郷
(
ふるさと
)
を
立
(
た
)
つ。
584
陸奥
(
むつ
)
の
国人
(
くにびと
)
たちより
大蛇
(
をろち
)
が
棲
(
す
)
めりと
怖
(
おそ
)
れられ
人
(
ひと
)
の
子
(
こ
)
一人
(
ひとり
)
近寄
(
ちかよ
)
りしことの
無
(
な
)
き
赤倉山
(
あかくらやま
)
、
585
言分山
(
ことわけやま
)
、
586
八甲田山
(
はつかふださん
)
などへ
登
(
のぼ
)
つて
悪魔
(
あくま
)
を
言向和
(
ことむけやは
)
さむと、
587
又
(
また
)
もやその
年
(
とし
)
の
晩秋
(
ばんしう
)
風
(
かぜ
)
吹
(
ふ
)
き
荒
(
すさ
)
ぶ
山野
(
さんや
)
を
行脚
(
あんぎや
)
の
旅
(
たび
)
に
立
(
た
)
ち
出
(
で
)
づることとした。
588
降
(
ふ
)
りに
降
(
ふ
)
りしく
紅葉
(
もみぢ
)
の
雨
(
あめ
)
を
菅
(
すげ
)
の
小笠
(
をがさ
)
に
受
(
う
)
け、
589
積
(
つも
)
る
山路
(
やまぢ
)
の
落葉
(
おちば
)
を
鉄
(
かね
)
の
草鞋
(
わらぢ
)
に
掻
(
か
)
き
分
(
わ
)
け
悲
(
かな
)
しげに
鳴
(
な
)
く
鹿
(
しか
)
の
声
(
こゑ
)
を
遠近
(
をちこち
)
の
山
(
やま
)
の
尾
(
を
)
の
上
(
へ
)
や
渓間
(
たにま
)
に
聴
(
き
)
きつつ
西
(
にし
)
へ
西
(
にし
)
へと
道
(
みち
)
もなき
嶮山
(
けんざん
)
を
岩根
(
いはね
)
木根
(
きね
)
踏
(
ふ
)
みさくみつつ
深山
(
みやま
)
に
別
(
わ
)
け
入
(
い
)
り、
590
或
(
あ
)
る
夜
(
よ
)
のこと
岩窟内
(
がんくつない
)
に
一夜
(
いちや
)
の
露
(
つゆ
)
の
宿
(
やど
)
りせんものと
岩間
(
いはま
)
を
漏
(
も
)
れくる
燈火
(
ともしび
)
を
便
(
たよ
)
りに
荊棘
(
いばら
)
をはつはつ
分
(
わ
)
けて
辿
(
たど
)
りつき
見
(
み
)
ればコハそも
如何
(
いか
)
に
怪
(
あや
)
しとも
怪
(
あや
)
し
花
(
はな
)
に
嘘
(
うそ
)
つく
妙齢
(
めうれい
)
の
美人
(
びじん
)
が
現
(
あらは
)
れて、
591
男装坊
(
なんさうばう
)
の
訪
(
と
)
ひくることを
予期
(
よき
)
してゐたかの
様
(
やう
)
に
満面
(
まんめん
)
に
笑
(
ゑ
)
みを
湛
(
たた
)
えて
座
(
ざ
)
に
請
(
しやう
)
じ
入
(
い
)
れた。
592
「あな
嬉
(
うれ
)
しや
懐
(
なつか
)
しや、
593
御坊
(
ごばう
)
はその
名
(
な
)
を
男装坊
(
なんさうばう
)
とは
申
(
まを
)
さざるや。
594
妾
(
わらは
)
は
過
(
す
)
ぐる
年
(
とし
)
観相術
(
くわんさうじゆつ
)
に
妙
(
めう
)
を
得
(
え
)
たる
行者
(
ぎやうじや
)
の
言
(
げん
)
によりて、
595
妾
(
わらは
)
が
前生
(
ぜんせい
)
にて
愛
(
いつ
)
くしみ
愛
(
いつく
)
しまれたる
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
たりし
人
(
ひと
)
は
現代
(
げんだい
)
にも
再生
(
さいせい
)
し
男装坊
(
なんさうばう
)
と
名
(
な
)
のり、
596
諸国
(
しよこく
)
行脚
(
あんぎや
)
の
末
(
すゑ
)
今年
(
ことし
)
の
今宵
(
こよひ
)
この
山中
(
さんちう
)
に
来
(
き
)
たらるべきを
聴
(
き
)
き
知
(
し
)
り、
597
幾歳
(
いくとせ
)
の
前
(
まへ
)
より
此
(
こ
)
の
附近
(
ふきん
)
の
山中
(
さんちう
)
に
入
(
い
)
りて
貴坊
(
きばう
)
に
再会
(
さいくわい
)
すべき
今日
(
けふ
)
の
佳
(
よ
)
き
日
(
ひ
)
を
指折
(
ゆびを
)
り
数
(
かぞ
)
へひたすらに
待
(
ま
)
ち
申
(
まを
)
す
者
(
もの
)
なり。
598
願
(
ねが
)
はくは
妾
(
わらは
)
の
願
(
ねが
)
ひを
容
(
い
)
れて
今生
(
こんじやう
)
にて
妹背
(
いもせ
)
の
契
(
ちぎ
)
りを
結
(
むす
)
び、
599
我身
(
わがみ
)
の
背
(
せ
)
の
君
(
きみ
)
と
成
(
な
)
らせ
給
(
たま
)
へ」と
言
(
い
)
ふにぞ、
600
男装坊
(
なんさうばう
)
は
大
(
おほい
)
に
驚
(
おどろ
)
き、
601
「
我身
(
わがみ
)
は
三熊野
(
みくまの
)
の
大神
(
おほかみ
)
の
御霊示
(
ごれいじ
)
に
由
(
よ
)
つて
末
(
すゑ
)
に
主
(
ぬし
)
となるべき
霊地
(
れいち
)
を
探査
(
たんさ
)
して
難行
(
なんぎやう
)
苦業
(
くげう
)
の
旅
(
たび
)
を
続
(
つづ
)
くるもの
故
(
ゆゑ
)
、
602
如何
(
いか
)
に
御身
(
おんみ
)
の
願
(
ねが
)
ひなればとて、
603
一身
(
いつしん
)
の
安逸
(
あんいつ
)
を
貪
(
むさぼ
)
る
為
(
ため
)
に
大神
(
おほかみ
)
への
誓
(
ちか
)
ひを
破
(
やぶ
)
る
訳
(
わけ
)
にはゆかぬ。
604
自分
(
じぶん
)
は
実際
(
じつさい
)
女身
(
によしん
)
の
男装者
(
だんさうしや
)
である」と、
605
懇々
(
こんこん
)
説示
(
せつじ
)
して
心底
(
しんてい
)
より
諦
(
あきら
)
めさせようと
努力
(
どりよく
)
はしたが、
606
恋
(
こひ
)
の
闇路
(
やみぢ
)
に
迷
(
まよ
)
つた
女性
(
ぢよせい
)
は
到底
(
たうてい
)
素直
(
すなほ
)
に
聴
(
き
)
き
入
(
い
)
るべき
気配
(
けはい
)
もなく、
607
首
(
くび
)
を
左右
(
さいう
)
に
振
(
ふ
)
り
涙
(
なみだ
)
をはらはらと
流
(
なが
)
し
乍
(
なが
)
ら「
御坊
(
ごばう
)
よ
譬
(
たと
)
へ
女身
(
によしん
)
なりとて
出家
(
しゆつけ
)
なりとて
同
(
おな
)
じく
人間
(
にんげん
)
と
生
(
うま
)
れ
給
(
たま
)
ひし
上
(
うへ
)
は
血潮
(
ちしほ
)
の
体内
(
たいない
)
に
流
(
なが
)
れざる
理由
(
いはれ
)
なし。
608
よしやよし
三熊野
(
みくまの
)
の
大神
(
おほかみ
)
への
誓
(
ちか
)
ひはあるとは
言
(
い
)
へ
左様
(
さやう
)
なる
味気
(
あぢけ
)
なき『枯木倚寒巌三冬無暖気』
[
※
「枯木倚寒巌三冬無暖気」…「枯木(こぼく)寒巌(かんがん)に倚(よ)って三冬(さんとう)暖気(だんき)無し」と読む。「婆子焼庵(ばすしょうあん)」という禅の公案に出てくる一文。冷淡で近づきにくい態度を指す「枯木寒巌(こぼくかんがん)」という熟語で知られる。
]
的
(
てき
)
な
生涯
(
しやうがい
)
を
送
(
おく
)
られては
人間
(
にんげん
)
として
現世
(
げんせい
)
に
生
(
うま
)
れたる
楽
(
たの
)
しみは
何
(
いづ
)
れに
有
(
あ
)
りや。
609
妾
(
わらは
)
が
庵
(
いほり
)
は
斯
(
かく
)
の
如
(
ごと
)
き
見
(
み
)
るもいぶせき
岩屋
(
いはや
)
なれど、
610
前生
(
ぜんせい
)
にありし
妹背
(
いもせ
)
の
深
(
ふか
)
き
契
(
ちぎ
)
りを
今生
(
こんじやう
)
に
蘇
(
よみが
)
へらせて
最
(
いと
)
も
愛
(
いと
)
しき
君
(
きみ
)
と
生活
(
なりはひ
)
を
為
(
な
)
すならば、
611
たとへ
木枯
(
こがらし
)
すさぶ
晩秋
(
ばんしう
)
の
空
(
そら
)
も
雪
(
ゆき
)
降
(
ふ
)
り
積
(
つ
)
もる
深山
(
みやま
)
の
奥
(
おく
)
の
隠
(
かく
)
れ
家
(
が
)
も
我家
(
わがや
)
のみは
春風駘蕩
(
しゆんぷうたいたう
)
として
吹
(
ふ
)
き
来
(
き
)
たり、
612
暖気
(
だんき
)
室内
(
しつない
)
に
充
(
み
)
ち
満
(
み
)
ちて
憂
(
う
)
き
世
(
よ
)
の
移
(
うつ
)
り
変
(
かは
)
りも
他所
(
よそ
)
に
我
(
わ
)
が
家
(
や
)
のみは
永久
(
とこしへ
)
に
春
(
はる
)
なるべきに。
613
この
憐
(
あはれ
)
むべき
女性
(
ぢよせい
)
の
至誠
(
しせい
)
が
木石
(
ぼくせき
)
ならぬ
肉身
(
にくしん
)
を
持
(
も
)
つ
御坊
(
ごばう
)
の
胸
(
むね
)
には
透徹
(
とうてつ
)
せざるか。
614
愛
(
いと
)
しの
御坊
(
ごばう
)
よ、
615
その
神
(
かみ
)
への
誓
(
ちか
)
ひとやらを
放擲
(
はうてき
)
して
妾
(
わらは
)
の
主人
(
あるじ
)
となり
此
(
こ
)
の
岩屋
(
いはや
)
に
永久
(
えいきう
)
に
留
(
とど
)
まり
給
(
たま
)
へ」と
衣
(
ころも
)
の
袖
(
そで
)
にまつはり
付
(
つ
)
く
様
(
さま
)
は
殆
(
ほと
)
んど
仏弟子
(
ぶつでし
)
阿難
(
あなん
)
尊者
(
そんじや
)
に
恋
(
こひ
)
せし
旃陀羅女
(
せんだらめ
)
の
思
(
おも
)
ひも
斯
(
かく
)
やとばかり
嬌態
(
けうたい
)
を
造
(
つく
)
り
春怨
(
しゆんゑん
)
綿々
(
めんめん
)
として
泣
(
な
)
き
口説
(
くど
)
くのである。
616
男装坊
(
なんさうばう
)
には
夢
(
ゆめ
)
にも
知
(
し
)
らぬ
今
(
いま
)
の
意外
(
いぐわい
)
の
出来事
(
できごと
)
に
当惑
(
たうわく
)
し、
617
最初
(
さいしよ
)
の
間
(
あひだ
)
は
手
(
て
)
を
拱
(
こまね
)
いて
黙然
(
もくぜん
)
たりしが、
618
我
(
わ
)
が
膝
(
ひざ
)
に
泣
(
な
)
き
崩
(
くづ
)
れ
荒波
(
あらなみ
)
立
(
た
)
たせて
悲
(
かな
)
しみなげく
女性
(
ぢよせい
)
のしほらしき
艶容
(
えんよう
)
を
見
(
み
)
ては、
619
人性
(
にんしやう
)
を
持
(
も
)
ちて
生
(
うま
)
れ
出
(
い
)
でたる
男装坊
(
なんさうばう
)
、
620
たとへ
自分
(
じぶん
)
は
女体
(
によたい
)
とは
謂
(
い
)
へ
黙殺
(
もくさつ
)
することは
出来
(
でき
)
ない。
621
殊
(
こと
)
に
愛
(
あい
)
の
神
(
かみ
)
仁
(
じん
)
の
仏
(
ほとけ
)
の
化身
(
けしん
)
なる
男装坊
(
なんさうばう
)
は
人
(
ひと
)
を
憐
(
あはれ
)
む
情
(
じやう
)
の
人
(
ひと
)
一倍
(
いちばい
)
深
(
ふか
)
い
身
(
み
)
にとつては
如何
(
いかん
)
とも
之
(
これ
)
をすることが
出来
(
でき
)
ない。
622
過去
(
くわこ
)
数十年間
(
すうじふねんかん
)
の
己
(
おの
)
が
修行
(
しうぎやう
)
を
破
(
やぶ
)
る
悪魔
(
あくま
)
として
気強
(
きづよ
)
く
五臓
(
ござう
)
の
奥
(
おく
)
の
間
(
あひだ
)
に
押込
(
おしこ
)
めて
置
(
お
)
いた
愛
(
あい
)
の
戒律
(
かいりつ
)
の
一念
(
いちねん
)
が
朝日
(
あさひ
)
にあたる
露
(
つゆ
)
の
如
(
ごと
)
くに
解
(
と
)
け
初
(
そ
)
めて、
623
遂
(
つい
)
には
女性
(
ぢよせい
)
の
情
(
なさけ
)
にほだされ
大神
(
おほかみ
)
への
誓
(
ちか
)
ひを
破
(
やぶ
)
らんとした
一利那
(
いつせつな
)
、
624
忽
(
たちま
)
ち
脳裏
(
なうり
)
に
電光
(
でんくわう
)
の
如
(
ごと
)
くに
閃
(
ひら
)
めき
渡
(
わた
)
つたのは
今日
(
けふ
)
迄
(
まで
)
片時
(
かたとき
)
も
忘
(
わす
)
れられなかつた
三熊野
(
みくまの
)
大神
(
おほかみ
)
が
御霊示
(
ごれいじ
)
の
時
(
とき
)
の
光景
(
くわうけい
)
の
荘厳
(
さうごん
)
さであつた。
625
そこで
男装坊
(
なんさうばう
)
は
此処
(
ここ
)
にこの
儘
(
まま
)
夜
(
よ
)
の
明
(
あ
)
くるを
待
(
ま
)
たば
森羅万象
(
しんらばんしやう
)
を
焼
(
や
)
き
盡
(
つく
)
さねば
止
(
や
)
まぬ
底
(
てい
)
の
女性
(
ぢよせい
)
の
熱情
(
ねつじやう
)
にほだされ
永年
(
ながねん
)
の
望
(
のぞ
)
み、
626
固
(
かた
)
くなりし
信念
(
しんねん
)
も
溶
(
と
)
かされて
遂
(
つい
)
には
大神
(
おほかみ
)
への
誓
(
ちか
)
ひを
破
(
やぶ
)
り
大罪
(
だいざい
)
を
重
(
かさ
)
ぬることになつて
了
(
しま
)
ふ。
627
女性
(
ぢよせい
)
には
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
ではあるが
一
(
ひと
)
つ
心
(
こころ
)
を
鬼
(
おに
)
とし
蛇
(
じや
)
と
為
(
な
)
して
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
すより
他
(
ほか
)
に
途
(
みち
)
も
方法
(
はうはふ
)
もなしと
固
(
かた
)
く
握
(
にぎ
)
り
占
(
し
)
めてゐる
美女
(
びぢよ
)
の
手
(
て
)
から
法衣
(
ほふえ
)
の
袖
(
そで
)
を
振
(
ふ
)
り
離
(
はな
)
し、
628
泣
(
な
)
き
叫
(
さけ
)
びつつ
跡
(
あと
)
追
(
お
)
つかけ
来
(
き
)
たる
可憐
(
かれん
)
な
女性
(
ぢよせい
)
の
声
(
こゑ
)
を
後
(
あと
)
に
一目散
(
いちもくさん
)
に
深
(
ふか
)
き
闇
(
やみ
)
の
山中
(
さんちう
)
へ
生命
(
いのち
)
からがら
逃
(
に
)
げ
込
(
こ
)
んで
了
(
しま
)
ひやつと
一息
(
ひといき
)
をつくのであつた。
629
それより
又
(
また
)
もや
幾日
(
いくにち
)
幾夜
(
いくよ
)
を
重
(
かさ
)
ねて
上
(
うへ
)
へ
上
(
うへ
)
へと
登
(
のぼ
)
り
詰
(
つ
)
め、
630
ある
山
(
やま
)
の
頂
(
いただき
)
に
登
(
のぼ
)
りて
見
(
み
)
れば
意外
(
いぐわい
)
にもかかる
深山
(
しんざん
)
の
中
(
なか
)
にあるべしとも
思
(
おも
)
はれぬ
宏大
(
くわいだい
)
なる
湖水
(
こすゐ
)
が
目
(
め
)
の
前
(
まへ
)
に
展開
(
てんかい
)
してゐた。
631
男装坊
(
なんさうばう
)
は
驚
(
おどろ
)
き
且
(
か
)
つ
喜
(
よろこ
)
び
湖面
(
こめん
)
や
四囲
(
しゐ
)
の
山並
(
やまなみ
)
の
美
(
うつく
)
しい
風光
(
ふうくわう
)
に
見惚
(
みと
)
れてゐると、
632
不思議
(
ふしぎ
)
なるかな
足
(
あし
)
に
穿
(
うが
)
ちたる
鉄
(
かね
)
の
草鞋
(
わらぢ
)
の
緒
(
を
)
がふつつりと
切
(
き
)
れた。
633
次
(
つぎ
)
に
手
(
て
)
に
持
(
も
)
つた
錫杖
(
しやくじやう
)
が
忽
(
たちま
)
ち
三段
(
さんだん
)
に
折
(
を
)
れて
見
(
み
)
る
見
(
み
)
る
木
(
こ
)
の
葉
(
は
)
の
如
(
ごと
)
く
天
(
てん
)
に
飛
(
と
)
び
上
(
あ
)
がり
大湖
(
たいこ
)
の
水面
(
すいめん
)
に
落
(
お
)
ちて
了
(
しま
)
つた。
634
男装坊
(
なんさうばう
)
は
思
(
おも
)
ふやう、
635
扨
(
さ
)
ては
幾十年
(
いくじふねん
)
の
間
(
あひだ
)
夢寐
(
むび
)
にも
忘
(
わす
)
れざりし
吾
(
わ
)
が
成仏
(
じやうぶつ
)
の
地
(
ち
)
、
636
永住
(
えいぢゆう
)
の
棲家
(
すみか
)
とは
此処
(
ここ
)
のことであつたか。
637
かかる
風光
(
ふうくわう
)
明媚
(
みやうび
)
なる
大湖
(
たいこ
)
が
吾
(
わ
)
が
棲家
(
すみか
)
とは
実
(
げ
)
に
有難
(
ありがた
)
や
辱
(
かたじ
)
けなやと
天
(
てん
)
を
拝
(
はい
)
し
地
(
ち
)
を
拝
(
はい
)
し
八百万
(
やほよろづ
)
の
神々
(
かみがみ
)
を
拝脆
(
はいき
)
し、
638
それよりすぐさま
湖畔
(
こはん
)
に
降
(
くだ
)
りて
之
(
これ
)
を
一周
(
いつしう
)
し
吾
(
わ
)
が
意
(
い
)
に
満
(
み
)
てる
休屋
(
やすみや
)
附近
(
ふきん
)
の
浜辺
(
はまべ
)
に
地
(
ち
)
を
相
(
さう
)
し、
639
笈
(
おひ
)
をおろして
旅装
(
りよさう
)
を
解
(
と
)
き
幾十年
(
いくじふねん
)
未
(
いま
)
だ
嘗
(
かつ
)
て
味
(
あぢ
)
ははなかつたところの
暢々
(
のびのび
)
した
気分
(
きぶん
)
となり
安堵
(
あんど
)
の
胸
(
むね
)
を
撫
(
な
)
でおろすのであつた。
640
大蛇
(
をろち
)
すむ
八甲田山
(
はつかふださん
)
その
外
(
ほか
)
の
641
深山
(
しんざん
)
高峰
(
かうほう
)
探
(
さぐ
)
る
男装坊
(
なんさうばう
)
かな。
642
雨
(
あめ
)
にそぼち
寒風
(
かんぷう
)
に
吹
(
ふ
)
かれて
男装坊
(
なんさうばう
)
は
643
修行
(
しうぎやう
)
のために
又
(
また
)
行脚
(
あんぎや
)
なす。
644
くろかねの
草鞋
(
わらぢ
)
うがちて
山川
(
やまかは
)
を
645
跋渉
(
ばつせふ
)
修行
(
しうぎやう
)
の
男装坊
(
なんさうばう
)
かな。
646
深山
(
しんざん
)
の
岩間
(
いはま
)
の
蔭
(
かげ
)
の
灯影
(
ほかげ
)
見
(
み
)
て
647
訪
(
と
)
へば
不思議
(
ふしぎ
)
や
美女
(
びぢよ
)
一人
(
ひとり
)
棲
(
す
)
める。
648
男装坊
(
なんさうばう
)
山
(
やま
)
の
美人
(
びじん
)
に
恋
(
こひ
)
されて
649
神慮
(
しんりよ
)
を
恐
(
おそ
)
れ
夜暗
(
よやみ
)
に
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
す。
650
熱烈
(
ねつれつ
)
な
美人
(
びじん
)
の
恋
(
こひ
)
を
跳
(
は
)
ねつけて
651
又
(
また
)
山
(
やま
)
に
逃
(
に
)
げたり
男装坊師
(
なんさうばうし
)
は。
652
高山
(
かうざん
)
の
尾
(
を
)
の
上
(
へ
)
に
立
(
た
)
ちて
十和田湖
(
とわだこ
)
の
653
水鏡
(
みづかがみ
)
見
(
み
)
て
驚
(
おどろ
)
きし
男装坊
(
なんさうばう
)
。
654
十和田湖
(
とわだこ
)
の
畔
(
ほとり
)
に
鉄
(
かね
)
の
草鞋
(
わらぢ
)
はぷつときれ
655
錫杖
(
しやくじやう
)
三段
(
さんだん
)
に
折
(
を
)
れて
散
(
ち
)
りゆく。
656
三段
(
さんだん
)
に
折
(
を
)
れし
錫杖
(
しやくじやう
)
十和田湖
(
とわだこ
)
の
657
水面
(
すいめん
)
さして
落
(
お
)
ち
沈
(
しづ
)
みたり。
658
十和田湖
(
とわだこ
)
は
永久
(
とは
)
の
棲家
(
すみか
)
と
男装坊
(
なんさうばう
)
659
思
(
おも
)
ひて
心
(
こころ
)
安
(
やす
)
らかになりぬ。
660
それより
男装坊
(
なんさうばう
)
は
湖畔
(
こはん
)
に
立
(
た
)
てる
巨巌
(
きよがん
)
今篭森
(
いまごもりもり
)
の
上
(
うへ
)
に
登
(
のぼ
)
りて
七日
(
なぬか
)
七夜
(
ななよ
)
の
間
(
あひだ
)
不眠
(
ふみん
)
不食
(
ふじき
)
して
座禅
(
ざぜん
)
の
行
(
ぎやう
)
を
修
(
しう
)
し
一心不乱
(
いつしんふらん
)
に
天地
(
てんち
)
神明
(
しんめい
)
に
祈願
(
きぐわん
)
を
凝
(
こ
)
らし
終
(
をは
)
るや
湖水
(
こすゐ
)
に
入定
(
にふじやう
)
して
十和田湖
(
とわだこ
)
の
主
(
ぬし
)
となるべく
決心
(
けつしん
)
し
御占場
(
おうらなひば
)
の
湖辺
(
こへん
)
に
至
(
いた
)
り
岸辺
(
きしべ
)
の
巌上
(
がんじやう
)
に
佇立
(
ちよりつ
)
して
又
(
また
)
もや
神明
(
しんめい
)
に
祈願
(
きぐわん
)
した。
661
時
(
とき
)
恰
(
あたか
)
も
十五夜
(
じふごや
)
の
望月
(
もちづき
)
団々
(
だんだん
)
皎々
(
こうこう
)
たる
明月
(
めいげつ
)
は
東天
(
とうてん
)
に
昇
(
のぼ
)
りて
湖上
(
こじやう
)
に
月影
(
つきかげ
)
を
浮
(
うか
)
べ
大空
(
たいくう
)
一片
(
いつぺん
)
の
雲
(
くも
)
もなく
微風
(
びふう
)
さへ
起
(
おこ
)
らず
水面
(
すいめん
)
は
凍
(
こほ
)
りつきたる
如
(
ごと
)
く
静寂
(
せいじやく
)
であつた。
662
男装坊
(
なんさうばう
)
は
仰
(
あふ
)
いでは
天空
(
てんくう
)
に
冴
(
さ
)
ゆる
月
(
つき
)
を
眺
(
なが
)
め、
663
俯
(
ふ
)
しては
湖上
(
こじやう
)
の
月
(
つき
)
を
眺
(
なが
)
め
天地
(
てんち
)
自然
(
しぜん
)
の
美
(
び
)
に
見惚
(
みと
)
れ
居
(
を
)
ること
稍
(
やや
)
暫
(
しば
)
し、
664
やがて
入定
(
にふじやう
)
の
時刻
(
じこく
)
も
近
(
ちか
)
づいて
来
(
き
)
た。
665
瞑目
(
めいもく
)
合掌
(
がつしやう
)
して
最後
(
さいご
)
の
祈願
(
きぐわん
)
を
捧
(
ささ
)
げ
今
(
いま
)
や
湖水
(
こすゐ
)
に
入定
(
にふじやう
)
せんとする
時
(
とき
)
、
666
今迄
(
いままで
)
静寂
(
せいじやく
)
にして
鏡
(
かがみ
)
の
如
(
ごと
)
く
澄
(
す
)
み
切
(
き
)
りし
湖面
(
こめん
)
俄
(
にはか
)
に
荒浪
(
あらなみ
)
立
(
た
)
ち
起
(
おこ
)
り
円満
(
ゑんまん
)
具足
(
ぐそく
)
の
月輪
(
げつりん
)
の
影
(
かげ
)
千々
(
ちぢ
)
に
砕
(
くだ
)
けて
四辺
(
しへん
)
に
銀蛇
(
ぎんだ
)
金蛇
(
きんだ
)
の
乱
(
みだ
)
れ
泳
(
およ
)
ぐかと
思
(
おも
)
はるる
折
(
をり
)
もあれ
不思議
(
ふしぎ
)
なるかもその
波紋
(
はもん
)
は
次第
(
しだい
)
次第
(
しだい
)
に
大
(
おほ
)
きくなり
遂
(
つい
)
には
中
(
なか
)
の
湖
(
みづうみ
)
の
辺
(
あたり
)
より
鼎
(
かなへ
)
の
涌
(
わ
)
く
如
(
ごと
)
くに
洶涌
(
きようよう
)
し
其
(
そ
)
の
中
(
なか
)
より
猛然
(
もうぜん
)
奮然
(
ふんぜん
)
として
躍
(
をど
)
り
出
(
い
)
でたるはこの
湖
(
みづうみ
)
の
主
(
ぬし
)
として
久
(
ひさ
)
しき
以前
(
いぜん
)
より
湖中
(
こちう
)
に
棲
(
す
)
んで
居
(
ゐ
)
た
八郎
(
はちらう
)
の
化身
(
けしん
)
の
竜神
(
りうじん
)
である。
667
頭上
(
づじやう
)
には
巨大
(
きよだい
)
なる
二本
(
にほん
)
の
角
(
つの
)
を
生
(
しやう
)
じ
口
(
くち
)
は
耳
(
みみ
)
まで
裂
(
さ
)
け、
668
白刃
(
はくじん
)
の
牙
(
きば
)
をむき
出
(
だ
)
し
眼
(
まなこ
)
は
鏡
(
かがみ
)
の
如
(
ごと
)
く
爛々
(
らんらん
)
と
輝
(
かがや
)
き
幾十丈
(
いくじふぢやう
)
とも
計
(
はか
)
り
知
(
し
)
られぬ
長躯
(
ちやうく
)
の
中央
(
ちうおう
)
をば
大
(
だい
)
なる
竜巻
(
たつまき
)
の
天
(
てん
)
に
冲
(
ちう
)
したる
如
(
ごと
)
く
湖上
(
こじやう
)
に
起
(
おこ
)
し、
669
男装坊
(
なんさうばう
)
をハツタと
睨
(
にら
)
み
付
(
つ
)
け「ヤヨ
男装坊
(
なんさうばう
)
克
(
よ
)
く
聞
(
き
)
け、
670
この
湖
(
みづうみ
)
には
八郎
(
はちらう
)
と
云
(
い
)
ふ
先住
(
せんぢゆう
)
の
主
(
ぬし
)
守
(
まも
)
りあるを
知
(
し
)
らぬか、
671
我身
(
わがみ
)
の
位置
(
ゐち
)
を
奪
(
うば
)
はんと
狙
(
ねら
)
ふ
不届者
(
ふとどきもの
)
汝
(
なんぢ
)
身命
(
しんめい
)
の
安全
(
あんぜん
)
を
願
(
ねが
)
はば
一刻
(
いつこく
)
も
早
(
はや
)
く
此
(
こ
)
の
場
(
ば
)
を
退却
(
たいきやく
)
せよ」と
天地
(
てんち
)
も
震動
(
しんどう
)
する
大音声
(
だいおんぜう
)
をあげて
叱咤
(
しつた
)
し
牙
(
きば
)
をかみ
鳴
(
な
)
らし
爪
(
つめ
)
をむき
出
(
だ
)
し、
672
只
(
ただ
)
一呑
(
ひとの
)
みと
斗
(
ばか
)
り
押
(
お
)
し
寄
(
よ
)
せ
来
(
きた
)
る。
673
男装坊
(
なんさうばう
)
は
吾
(
われ
)
は
戦
(
たたか
)
ひを
好
(
この
)
むものにあらず、
674
三熊野
(
みくまの
)
大神
(
おほかみ
)
の
御啓示
(
ごけいじ
)
に
由
(
よ
)
つて
今日
(
けふ
)
より
吾
(
われ
)
は
此
(
こ
)
の
湖
(
みづうみ
)
の
主
(
ぬし
)
となるべし。
675
神意
(
しんい
)
に
逆
(
さから
)
はず
穏
(
おだや
)
かに
吾
(
われ
)
に
譲
(
ゆづり
)
渡
(
わた
)
し
勇
(
いさ
)
ぎよく
此
(
こ
)
の
地
(
ち
)
を
去
(
さ
)
れ、
676
と
説
(
と
)
き
勧
(
すす
)
むれど
怒
(
いか
)
りに
燃
(
も
)
えたる
八郎
(
はちらう
)
の
竜神
(
りうじん
)
如何
(
いか
)
で
耳
(
みみ
)
を
藉
(
か
)
すべき、
677
十和田湖
(
とわだこ
)
の
主
(
ぬし
)
八郎
(
はちらう
)
の
猛勇
(
もうゆう
)
無比
(
むひ
)
、
678
精悍
(
せいかん
)
無双
(
むさう
)
なるを
知
(
し
)
らざるか、
679
この
痩
(
や
)
せ
坊主
(
ばうず
)
奴
(
め
)
気
(
き
)
の
毒
(
どく
)
なれども
我
(
わ
)
が
牙
(
きば
)
を
以
(
もつ
)
て
汝
(
なんぢ
)
が
頭
(
あたま
)
を
噛
(
か
)
み
砕
(
くだ
)
き、
680
此
(
こ
)
の
鋭
(
するど
)
き
爪
(
つめ
)
にて
汝
(
なんぢ
)
の
五体
(
ごたい
)
を
引
(
ひ
)
き
裂
(
さ
)
かん。
681
覚悟
(
かくご
)
せよと
怒鳴
(
どな
)
りながら
飛
(
と
)
びかかる。
682
男装坊
(
なんさうばう
)
も
今
(
いま
)
は
是非
(
ぜひ
)
なく
法術
(
ほふじゆつ
)
を
以
(
もつ
)
て
之
(
これ
)
に
対
(
たい
)
し、
683
互
(
たがひ
)
に
秘術
(
ひじゆつ
)
の
限
(
かぎ
)
りを
盡
(
つく
)
し
戦
(
たたか
)
へども
相互
(
さうご
)
の
力
(
ちから
)
譲
(
ゆづ
)
らず
不眠
(
ふみん
)
不休
(
ふきう
)
にて
相
(
あい
)
戦
(
たたか
)
ふこと
七日
(
なぬか
)
七夜
(
ななよ
)
に
及
(
およ
)
び
何時
(
いつ
)
勝負
(
しようぶ
)
の
果
(
は
)
つべくも
思
(
おも
)
はれぬ
状況
(
じやうきやう
)
であつた。
684
男装坊
(
なんさうばう
)
月
(
つき
)
の
清
(
きよ
)
さに
憧憬
(
あこがれ
)
て
685
湖面
(
こめん
)
にしばし
佇
(
たたず
)
み
合掌
(
がつしやう
)
す。
686
大神
(
おほかみ
)
の
霊示
(
れいじ
)
の
棲所
(
すみか
)
は
此
(
こ
)
の
湖
(
うみ
)
と
687
入定
(
にふじやう
)
せんため
湖
(
うみ
)
に
入
(
い
)
らんとす。
688
此
(
こ
)
の
湖
(
うみ
)
の
主
(
ぬし
)
なる
八之太郎蛇
(
はちのたらうじや
)
は
689
浪
(
なみ
)
荒立
(
あらた
)
てて
怒
(
おこ
)
り
出
(
だ
)
したる。
690
男装坊
(
なんさうばう
)
は
吾
(
われ
)
が
永住
(
えいぢゆう
)
の
棲家
(
すみか
)
なり
691
早
(
はや
)
く
去
(
さ
)
れよと
八蛇
(
はちだ
)
に
迫
(
せま
)
る。
692
八之太郎
(
はちのたらう
)
竜神
(
りうじん
)
怒
(
いか
)
り
角
(
つの
)
立
(
た
)
てて
693
男装坊
(
なんさうばう
)
に
噛
(
か
)
み
付
(
つ
)
き
迫
(
せま
)
る。
694
男装坊
(
なんさうばう
)
ひるまずあらゆる
法術
(
ほふじゆつ
)
を
695
盡
(
つく
)
して
大蛇
(
をろち
)
と
挑
(
いど
)
み
戦
(
たたか
)
ふ。
696
天
(
てん
)
震
(
ふる
)
ひ
地
(
ち
)
は
動
(
ゆら
)
ぎつつ
七日
(
なぬか
)
七夜
(
ななよ
)
697
竜虎
(
りうこ
)
の
争
(
あらそ
)
ひ
果
(
は
)
つる
時
(
とき
)
なし。
698
爰
(
ここ
)
に
於
(
おい
)
て
男装坊
(
なんさうばう
)
は
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
天上
(
てんじやう
)
に
坐
(
ま
)
す
天
(
あま
)
の
川原
(
かはら
)
の
棚機姫
(
たなばたひめ
)
の
霊力
(
れいりよく
)
を
乞
(
こ
)
ひ
幾百千発
(
いくひやくせんぱつ
)
の
流星弾
(
りうせいだん
)
を
貰
(
もら
)
ひ
受
(
う
)
け
之
(
これ
)
を
爆弾
(
ばくだん
)
となして
敵
(
てき
)
に
投
(
な
)
げ
付
(
つ
)
け、
699
或
(
あるひ
)
は
雷神
(
らいじん
)
を
味方
(
みかた
)
に
引
(
ひ
)
き
入
(
い
)
れ
天地
(
てんち
)
も
破
(
やぶ
)
るる
斗
(
ばか
)
りの
雷鳴
(
らいめい
)
を
起
(
おこ
)
さしめ
大風
(
おほかぜ
)
を
吹
(
ふ
)
かせ
豪雨
(
がうう
)
を
降
(
ふ
)
らせ、
700
幾千万本
(
いくせんまんぼん
)
の
稲妻
(
いなづま
)
を
槍
(
やり
)
となしたる
獅子奮迅
(
ししふんじん
)
の
勢
(
いきほひ
)
にて
挑
(
いど
)
み
戦
(
たたか
)
へば、
701
八郎
(
はちらう
)
もとても
叶
(
かな
)
はじとや
思
(
おも
)
ひけむ、
702
暫
(
しば
)
しの
間
(
あひだ
)
手
(
て
)
に
印
(
いん
)
を
結
(
むす
)
び
呪文
(
じゆもん
)
を
唱
(
とな
)
へ
居
(
ゐ
)
たりしが、
703
忽
(
たちま
)
ち
湖中
(
こちう
)
に
沈
(
しづ
)
み
再
(
ふたた
)
び
湖底
(
こてい
)
から
浮
(
うか
)
び
出
(
で
)
たるその
姿
(
すがた
)
は
恐
(
おそ
)
ろしくも
一躯
(
いつく
)
にして
八頭
(
はつとう
)
十六腕
(
じふろくわん
)
の
蛇体
(
じやたい
)
と
変
(
かは
)
り、
704
八頭
(
はつとう
)
の
口
(
くち
)
を
八方
(
はつぱう
)
に
開
(
ひら
)
き
水晶
(
すゐしやう
)
の
如
(
ごと
)
く
光
(
ひか
)
る
牙
(
きば
)
を
噛
(
か
)
み
鳴
(
な
)
らし
白刃
(
はくじん
)
の
如
(
ごと
)
く
研
(
と
)
ぎ
磨
(
みが
)
いた
十六本
(
じふろつぽん
)
の
腕
(
かいな
)
の
爪
(
つめ
)
をば
十六方
(
じふろつぱう
)
に
伸
(
の
)
ばし
風車
(
かざぐるま
)
の
如
(
ごと
)
く
振
(
ふ
)
り
廻
(
まは
)
しつつ
敵対
(
てきたい
)
奮戦
(
ふんせん
)
するために
又
(
また
)
も
其
(
そ
)
の
力
(
ちから
)
相
(
あい
)
伯仲
(
はくちう
)
して
譲
(
ゆづ
)
らず、
705
再
(
ふたた
)
び
七日
(
なぬか
)
七夜
(
ななよ
)
不眠
(
ふみん
)
不休
(
ふきう
)
の
活躍
(
かつやく
)
、
706
何時
(
いつ
)
勝負
(
しようぶ
)
の
決
(
けつ
)
すべしとも
予算
(
よさん
)
がつかぬ
状況
(
じやうきやう
)
である。
707
男装坊
(
なんさうばう
)
思
(
おも
)
ふに
我
(
わ
)
が
為
(
た
)
めに
斯
(
か
)
くの
如
(
ごと
)
く
永
(
なが
)
く
天地
(
てんち
)
を
騒
(
さわ
)
がし
奉
(
まつ
)
るは
天地
(
てんち
)
神明
(
しんめい
)
に
対
(
たい
)
して
誠
(
まこと
)
に
恐懼
(
きようく
)
に
堪
(
た
)
へぬ。
708
今
(
いま
)
となつては
止
(
や
)
むを
得
(
え
)
ず
神仏
(
しんぶつ
)
の
力
(
ちから
)
に
縋
(
すが
)
るより
他
(
ほか
)
に
方法
(
はうはふ
)
なしと
笈
(
おひ
)
の
中
(
なか
)
より
神書
(
しんしよ
)
一巻
(
いつくわん
)
、
709
神文
(
しんもん
)
一巻
(
いつくわん
)
を
取
(
と
)
り
出
(
だ
)
し
之
(
これ
)
を
恭
(
うやうや
)
しく
頭上
(
づじやう
)
に
高
(
たか
)
く
掲
(
かか
)
げて
神旗
(
しんき
)
となし
朝風
(
あさかぜ
)
に
靡
(
なび
)
かせ
八郎
(
はちらう
)
の
大蛇
(
だいじや
)
に
打
(
う
)
ち
向
(
むか
)
へば、
710
嗚呼
(
ああ
)
不可思議
(
ふかしぎ
)
なるかな
神書
(
しんしよ
)
神文
(
しんもん
)
の
一字
(
いちじ
)
一字
(
いちじ
)
は
残
(
のこ
)
らず
弓箭
(
ゆみや
)
となりて
抜
(
ぬ
)
け
出
(
だ
)
し、
711
激風
(
げきふう
)
に
飛
(
と
)
ぶ
雨
(
あめ
)
や
霰
(
あられ
)
の
如
(
ごと
)
く
八郎
(
はちらう
)
に
向
(
むか
)
つて
飛
(
と
)
びゆき
眼
(
め
)
口
(
くち
)
鼻
(
はな
)
耳
(
みみ
)
と
云
(
い
)
はず
全身
(
ぜんしん
)
五体
(
ごたい
)
寸隙
(
すんげき
)
の
残
(
のこ
)
るところなく
刺
(
ささ
)
つて
深傷
(
ふかで
)
を
負
(
お
)
はせた。
712
八郎
(
はちらう
)
は
勇気
(
ゆうき
)
と
胆力
(
たんりよく
)
とにかけては
天下
(
てんか
)
無双
(
むさう
)
の
剛者
(
ごうしや
)
なれども
惜
(
を
)
しいことには
無学
(
むがく
)
なりしため
神書
(
しんしよ
)
神文
(
しんもん
)
の
前
(
まへ
)
に
立
(
た
)
つては
男装坊
(
なんさうばう
)
に
対抗
(
たいかう
)
して
弁疏
(
べんそ
)
すべき
方法
(
はうはふ
)
を
知
(
し
)
らず、
713
信仰力
(
しんかうりよく
)
を
欠
(
か
)
いでゐたのでさすがに
剛勇
(
ごうゆう
)
を
以
(
もつ
)
て
永年間
(
ながねんかん
)
この
附近
(
ふきん
)
の
神々
(
かみがみ
)
や
鬼仙
(
きせん
)
等
(
とう
)
を
畏服
(
ゐふく
)
せしめ
居
(
ゐ
)
たりし
八郎
(
はちらう
)
の
竜神
(
りうじん
)
も、
714
此
(
こ
)
の
重傷
(
おもで
)
に
弱
(
よわ
)
り
果
(
は
)
て
今
(
いま
)
は
再
(
ふたた
)
び
男装坊
(
なんさうばう
)
に
向
(
むか
)
つて
抵抗
(
ていかう
)
する
気力
(
きりよく
)
もなく、
715
腹
(
はら
)
を
空
(
そら
)
に
現
(
あら
)
はして
湖上
(
こじやう
)
に
長躯
(
ちやうく
)
を
横
(
よこ
)
たへ
苦
(
くる
)
しげに
呻吟
(
しんぎん
)
する
斗
(
ばか
)
りとなつた。
716
その
時
(
とき
)
全身
(
ぜんしん
)
幾万
(
いくまん
)
の
瘡口
(
きずぐち
)
より
鮮血
(
せんけつ
)
雨
(
あめ
)
の
如
(
ごと
)
くに
流
(
なが
)
れて
湖水
(
こすゐ
)
に
注
(
そそ
)
ぎ
忽
(
たちま
)
ちのうちに
血
(
ち
)
の
海
(
うみ
)
たらしめたのであつた。
717
爰
(
ここ
)
に
八郎
(
はちらう
)
は
男装坊
(
なんさうばう
)
に
破
(
やぶ
)
れ
千秋
(
せんしう
)
の
怨
(
うら
)
みをのんで
十和田湖
(
とわだこ
)
を
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
し
小国
(
をぐに
)
ケ
岳
(
だけ
)
、
718
来満山
(
きたみつやま
)
を
経
(
へ
)
て
更
(
さら
)
に
川下
(
かはしも
)
へ
落
(
お
)
ちのび、
719
三戸郡下
(
さんのへぐんか
)
に
入
(
はい
)
つてこの
辺
(
へん
)
一帯
(
いつたい
)
の
盆地
(
ぼんち
)
を
沼
(
ぬま
)
となし
十和田湖
(
とわだこ
)
に
劣
(
おと
)
らぬ
己
(
おの
)
が
棲家
(
すみか
)
を
造
(
つく
)
らむとせしが、
720
この
地方
(
ちはう
)
は
男装坊
(
なんさうばう
)
の
生
(
おひ
)
立
(
た
)
ちし
為
(
た
)
め
男装坊
(
なんさうばう
)
にとつて
縁故
(
えんこ
)
の
深
(
ふか
)
き
土地
(
とち
)
なるがため、
721
此
(
こ
)
の
附近
(
ふきん
)
の
神々
(
かみがみ
)
は
一同
(
いちどう
)
協定
(
けふてい
)
結合
(
けつがふ
)
して
八郎
(
はちらう
)
を
極力
(
きよくりよく
)
排斥
(
はいせき
)
することとなり、
722
四方
(
しはう
)
より
巨石
(
きよせき
)
を
投
(
とう
)
じて
攻撃
(
こうげき
)
されたるため、
723
八郎
(
はちらう
)
は
居
(
ゐ
)
たたまらずして
又
(
また
)
もやここを
逃
(
に
)
げ
去
(
さ
)
り、
724
山々
(
やまやま
)
を
越
(
こ
)
えて
鹿角郡
(
かつぬぐん
)
に
入
(
い
)
り
郡下
(
ぐんか
)
一円
(
いちゑん
)
を
大湖
(
たいこ
)
と
化
(
くわ
)
し、
725
十和田湖
(
とわだこ
)
よりも
大
(
おほ
)
きなる
湖水
(
こすゐ
)
を
造
(
つく
)
り
徐
(
おもむ
)
ろに
男装坊
(
なんさうばう
)
に
対
(
たい
)
し
復讐
(
ふくしう
)
の
時機
(
じき
)
を
待
(
ま
)
たむと
企
(
くはだ
)
てしも、
726
附近
(
ふきん
)
の
神々
(
かみがみ
)
や
鬼仙
(
きせん
)
等
(
など
)
は
十和田湖
(
とわだこ
)
に
於
(
お
)
ける
男装坊
(
なんさうばう
)
と
八郎
(
はちらう
)
の
戦
(
たたか
)
ひを
観望
(
くわんばう
)
して
男装坊
(
なんさうばう
)
の
神
(
かみ
)
の
法力
(
ほふりき
)
、
727
遙
(
はるか
)
に
八郎
(
はちらう
)
の
怪力
(
くわいりき
)
を
凌
(
しの
)
ぐに
余
(
あま
)
ることを
知
(
し
)
つてゐるため、
728
今
(
いま
)
は
八郎
(
はちらう
)
の
威令
(
ゐれい
)
も
前
(
まへ
)
の
如
(
ごと
)
くには
行
(
おこな
)
はれず
此
(
こ
)
の
附近
(
ふきん
)
の
守護神
(
しゆごじん
)
なる
毛馬内
(
けばうち
)
の
月山
(
ぐわつさん
)
神社
(
じんじや
)
、
729
荒沢
(
あらざは
)
八幡宮
(
はちまんぐう
)
、
730
万屋
(
よろづや
)
地蔵
(
ぢざう
)
その
他
(
た
)
数千
(
すうせん
)
の
神社
(
じんじや
)
の
神々
(
かみがみ
)
は
大湯
(
おほゆ
)
に
集
(
あつ
)
まりこれに
古川
(
ふるかは
)
錦木
(
にしきぎ
)
の
機織姫
(
はたおりひめ
)
まで
参加
(
さんか
)
の
結果
(
けつくわ
)
、
731
大会議
(
だいくわいぎ
)
を
開
(
ひら
)
き
男装坊
(
なんさうばう
)
の
味方
(
みかた
)
となり、
732
八郎
(
はちらう
)
を
排撃
(
はいげき
)
することと
決
(
けつ
)
し、
733
月山
(
ぐわつさん
)
の
頂上
(
ちやうじやう
)
に
登
(
のぼ
)
りて
大石
(
たいせき
)
を
瓦礫
(
がれき
)
として
投
(
な
)
げ
付
(
つ
)
けたるため、
734
八郎
(
はちらう
)
は
居
(
ゐ
)
たたまらず
十二所
(
じふにしよ
)
扇田
(
あふぎだ
)
の
流
(
なが
)
れを
下
(
くだ
)
りて
寒風山
(
かんぷうざん
)
の
蔭
(
かげ
)
に
一湖
(
いつこ
)
を
造
(
つく
)
り、
735
此処
(
ここ
)
に
永住
(
えいぢゆう
)
の
地
(
ち
)
を
見出
(
みいだ
)
したが
八郎
(
はちらう
)
の
名
(
な
)
に
因
(
ちな
)
んで
後世
(
こうせい
)
の
人
(
ひと
)
之
(
これ
)
を
呼
(
よ
)
んで
八郎潟
(
はちらうがた
)
と
称
(
とな
)
ふるに
至
(
いた
)
れり。
736
かくて
男装坊
(
なんさうばう
)
は
三熊野
(
みくまの
)
三神
(
さんしん
)
別
(
わ
)
けて
神素盞嗚尊
(
かんすさのをのみこと
)
の
神示
(
しんじ
)
によりて
弥勒
(
みろく
)
の
出現
(
しゆつげん
)
を
待
(
ま
)
ちつつありしが、
737
天運
(
てんうん
)
茲
(
ここ
)
に
循環
(
じゆんくわん
)
して
昭和
(
せうわ
)
三年
(
さんねん
)
の
秋
(
あき
)
、
738
四山
(
しざん
)
の
紅葉
(
もみぢ
)
今
(
いま
)
や
錦
(
にしき
)
を
織
(
お
)
らむとする
頃
(
ころ
)
神素盞嗚尊
(
かんすさのをのみこと
)
の
神示
(
しんじ
)
によりて
爰
(
ここ
)
に
瑞
(
みづ
)
の
魂
(
みたま
)
十和田湖畔
(
とわだこはん
)
に
来
(
きた
)
り、
739
弥勒
(
みろく
)
出現
(
しゆつげん
)
の
神示
(
しんじ
)
を
宣
(
の
)
りしより
男装坊
(
なんさうばう
)
は
欣喜雀躍
(
きんきじやくやく
)
、
740
風雨
(
ふうう
)
雷鳴
(
らいめい
)
地震
(
ぢしん
)
を
一度
(
いちど
)
に
起
(
おこ
)
して
徴証
(
ちようしよう
)
を
示
(
しめ
)
しつつその
英霊
(
えいれい
)
は
天
(
てん
)
に
昇
(
のぼ
)
りたり。
741
それより
再
(
ふたた
)
び
現界人
(
げんかいじん
)
の
腹
(
はら
)
を
籍
(
か
)
りて
生
(
うま
)
れ
男性
(
だんせい
)
となりて
弥勒
(
みろく
)
神政
(
しんせい
)
の
神業
(
しんげふ
)
に
奉仕
(
ほうし
)
することとはなりぬ。
742
吁
(
ああ
)
神界
(
しんかい
)
の
経綸
(
けいりん
)
の
深遠
(
しんゑん
)
にして
宏大
(
くわいだい
)
なる
到底
(
たうてい
)
人心
(
じんしん
)
小智
(
せうち
)
の
窺知
(
きち
)
し
得
(
う
)
る
限
(
かぎ
)
りにあらず。
743
畏
(
かしこ
)
しとも
畏
(
かしこ
)
き
次第
(
しだい
)
にこそ。
744
惟神
(
かむながら
)
霊幸倍坐世
(
たまちはへませ
)
。
745
附言
(
ふげん
)
、
746
男装坊
(
なんさうばう
)
現世
(
げんせ
)
に
再生
(
さいせい
)
し、
747
弥勒
(
みろく
)
の
神業
(
しんげふ
)
を
継承
(
けいしよう
)
して
常磐
(
ときは
)
に
堅磐
(
かきは
)
に
神代
(
かみよ
)
を
樹立
(
じゆりつ
)
するの
経綸
(
けいりん
)
や
出生
(
しゆつしやう
)
の
経緯
(
けいゐ
)
に
就
(
つ
)
いてはこと
神秘
(
しんぴ
)
に
属
(
ぞく
)
し、
748
未
(
ま
)
だ
発表
(
はつぺう
)
を
許
(
ゆる
)
されざるものあるを
遺憾
(
ゐかん
)
とするものであります。
749
(完)
Δこのページの一番上に戻るΔ
<<< 臭気どめ其他
(B)
(N)
序 >>>
三鏡
>
月鏡
> 461 十和田湖の神秘
Tweet
ロシアのプーチン大統領が霊界物語に予言されていた!?<絶賛発売中>
オニド関連サイト
最新更新情報
10/22
【霊界物語ネット】
『
王仁文庫 第六篇 たまの礎(裏の神諭)
』をテキスト化しました。
9/18
【
飯塚弘明.com
】
飯塚弘明著『
PTC2 出口王仁三郎の霊界物語で透見する世界現象 T之巻
』発刊!
5/8
【霊界物語ネット】
霊界物語ネットに出口王仁三郎の
第六歌集『霧の海』
を掲載しました。
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【
メールアドレス
】
【461 十和田湖の神秘|月鏡|三鏡/kg461】
合言葉「みろく」を入力して下さい→