霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 醜(しこ)の言霊(ことたま)〔八五一〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第30巻 海洋万里 巳の巻 篇:第3篇 神縁微妙 よみ(新仮名遣い):しんえんびみょう
章:第9章 醜の言霊 よみ(新仮名遣い):しこのことたま 通し章番号:851
口述日:1922(大正11)年08月15日(旧06月23日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1923(大正12)年9月15日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]:
テル高山の幾百千の谷から流れてくる水が集まる巽の池は、底知らずの池と唱えられ、ときどき風もないのに池のここかしこに波が逆巻き水煙が天に沖するという尋常ならざる場所であった。
一行が池に近づくと、にわかに天はかき曇り、波の音は轟然として身の毛もよだつばかりとなってきた。末子姫は石熊に向かい、ここに来るまでにカールから周到な注意があったが、いったん許した限りは大蛇退治の大役を取り消すわけにはいかないと、言霊戦の開始を促した。
石熊は真っ青になり、唇を震わせて弱音を吐き、辞退を申し出た。末子姫は姿勢をただし、荘重な口調にて石熊を叱り活を入れた。石熊はぜひなく頭を掻いて大役を了承した。カールは石熊をからかうが、末子姫に一喝されて口を閉じた。
石熊は池の面をじっと見つめると、大蛇を帰順させるための言霊歌を歌い始めた。石熊の歌は自分の強さや偉大さを前面に押し出し、自らの言霊に大蛇をまつろわせようとするものであった。
しかし雲はますます舞い下がり、水面は波高く、雨はつぶてのように池の面に降り注いでいた。カールは石熊の言霊が威力を表さないことをからかった。石熊は心中不安に思いながら、空元気をつけている。
末子姫は石熊に、宣り直しを促した。石熊は早くも末子姫に助けを求めている。末子姫とカールに活を入れられて、石熊は再び言霊を宣りはじめたが、池の波はますます激しく、筆舌に尽くしがたいほどになってきた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-01-21 18:12:06 文字数:3791 OBC :rm3009
愛善世界社版:109頁 八幡書店版:第5輯 611頁 修補版: 校定版:117頁 普及版:42頁 初版: ページ備考:
001 テル高山(かうざん)の百谷(ももたに)千谷(ちたに)より流(なが)れ集(あつ)まる巽(たつみ)の大池(おほいけ)は、002紺碧(こんぺき)の波(なみ)を湛(たた)へ、003底(そこ)知(し)らずの池(いけ)と称(とな)へられ、004時々(ときどき)風(かぜ)もなきに、005池中(ちちう)の此処(ここ)彼処(かしこ)に、006波(なみ)の円(ゑん)を画(えが)き、007鯨(くぢら)が潮(うしほ)を吐(は)く如(ごと)き水煙(みづけぶり)、008天(てん)に沖(ちう)する凄(すさま)じさ、009普通(ふつう)の池(いけ)にあらざる事(こと)は之(これ)を見(み)ても知(し)らるるのである。
010 末子姫(すゑこひめ)の一行(いつかう)は漸(やうや)くにして、011少(すこ)しく街道(かいだう)を右(みぎ)に取(と)り問題(もんだい)の巽(たつみ)の池(いけ)の畔(ほとり)に着(つ)いた。012今迄(いままで)晃々(くわうくわう)と輝(かがや)き玉(たま)ひし天津(あまつ)日(ひ)の神(かみ)は黒雲(くろくも)に包(つつ)まれ、013雲(くも)は次第(しだい)に濃厚(のうこう)の度(ど)を増(ま)し、014追々(おひおひ)低下(ていか)して暗(やみ)の帳(とばり)は池(いけ)の近辺(きんぺん)に下(くだ)つて来(き)た。015形勢(けいせい)容易(ようい)ならざる恐怖(きようふ)と暗澹(あんたん)の幕(まく)は下(お)りた。016波(なみ)の音(おと)は轟然(ぐわうぜん)として、017百雷(ひやくらい)の一(いち)時(じ)に轟(とどろ)く如(ごと)く、018身(み)の毛(け)もよだつ計(ばか)りである。019末子姫(すゑこひめ)は言葉(ことば)静(しづ)かに石熊(いしくま)に向(むか)ひ、
020末子(すゑこ)『石熊(いしくま)さま、021ここへ参(まゐ)る途中(とちう)に於(おい)て、022カールさまの周到(しうたう)なる御(ご)注意(ちうい)が御座(ござ)いました。023されど妾(わらは)が口(くち)より一旦(いつたん)許(ゆる)した以上(いじやう)は取消(とりけ)す訳(わけ)には参(まゐ)りませぬ。024又(また)あなたも折角(せつかく)の希望(きばう)を中途(ちうと)に放棄(はうき)遊(あそ)ばすのも、025御(ご)無念(むねん)でせう。026サアどうぞあなた、027先陣(せんぢん)を勤(つと)めて下(くだ)さいませ』
028 石熊(いしくま)は真青(まつさを)になり、029唇(くちびる)をビリビリ慄(ふる)はせ、030歯(は)をガチガチと鳴(な)らせ乍(なが)ら、
031石熊(いしくま)『ハイ、032アヽ有難(ありがた)う存(ぞん)じます。033実(じつ)の所(ところ)はさう思(おも)ひましたけれど、034途中(とちう)に於(おい)てカールさまの御(ご)意見(いけん)を承(うけたま)はり、035如何(いか)にもまだ身魂(みたま)の研(みが)けない吾々(われわれ)、036立派(りつぱ)な宣伝使(せんでんし)さまを差(さし)おき、037先陣(せんぢん)の功(こう)を贏(か)ち得(え)ようなどとは、038以(もつ)ての外(ほか)の不心得(ふこころえ)で御座(ござ)いました。039どうぞ是(これ)計(ばか)りは御(お)取消(とりけ)しを御(お)願(ねが)ひ申(まを)します』
040と半泣(はんな)きになつて断(ことわ)つて居(ゐ)る。041末子姫(すゑこひめ)は可笑(をか)しさを怺(こら)へ、042ワザと姿勢(しせい)を正(ただ)し、043言葉(ことば)も荘重(さうちよう)に、
044末子(すゑこ)『石熊(いしくま)さま!宣伝使(せんでんし)の言葉(ことば)に取消(とりけし)は御座(ござ)いませぬ。045三五教(あななひけう)には難(なん)を見(み)て退却(たいきやく)すると云(い)ふ事(こと)は御座(ござ)いませぬ。046又(また)初一念(しよいちねん)を貫徹(くわんてつ)するのは、047男子(だんし)たる者(もの)の本分(ほんぶん)で御座(ござ)いませう』
048とまだ歳若(としわか)き、049花(はな)なれば莟(つぼみ)の末子姫(すゑこひめ)にきめつけられ、050返(かへ)す言葉(ことば)もなく、051頭(あたま)を掻(か)き乍(なが)ら、
052石熊(いしくま)『ハイ……左様(さやう)ならば仰(あふ)せに従(したが)ひ、053言霊(ことたま)を……ハヽ発射(はつしや)致(いた)しませう』
054カール『アハヽヽヽ、055面白(おもしろ)い面白(おもしろ)い、056石熊(いしくま)さまの抜群(ばつぐん)の功名(かうみやう)、057ドレ中立(ちうりつ)地帯(ちたい)に身(み)を置(お)いて、058今日(けふ)の戦闘(せんとう)を観戦(くわんせん)致(いた)しませう……石熊(いしくま)さま!シツカリ頼(たの)みますよ。059胴(どう)を据(す)えてお掛(かか)りなさい、060腹帯(はらおび)もシツカリ締(し)めて居(ゐ)なさらぬと、061産後(さんご)は逆上(ぎやくじやう)の虞(おそれ)がありますから、062取上(とりあ)げ婆(ばば)アでも呼(よ)んで来(き)ませうか、063モルヒネ注射(ちうしや)の用意(ようい)でもしておきませうかなア アハヽヽヽ』
064末子(すゑこ)『コレ、065カールさま!暫(しばら)く御(お)控(ひか)えなされませ』
066カール『ハイ、067キツと謹慎(きんしん)致(いた)します』
068捨子(すてこ)『大分(だいぶん)に大蛇(をろち)の方(はう)も戦闘(せんとう)準備(じゆんび)が調(ととの)ふたと見(み)えまして、069黒雲(くろくも)四辺(しへん)を包(つつ)み、070荒波(あらなみ)立(たち)さわぎ、071大粒(おほつぶ)の雨(あめ)はパラパラやつて来(き)ました。072第一(だいいち)此(この)雲(くも)を打払(うちはら)ひ、073言霊(ことたま)によつて雨(あめ)を止(とど)め次(つい)で大蛇(をろち)の帰順(きじゆん)と云(い)ふ段取(だんどり)に願(ねが)ひます』
074石熊(いしくま)『ハイ、075そんなら取(と)つときの勇気(ゆうき)を放(ほ)り出(だ)して、076一(ひと)つ奮戦(ふんせん)激闘(げきとう)致(いた)して見(み)ませう』
077と轟(とどろ)く胸(むね)をジツと鎮(しづ)め、078大蛇(をろち)の帰順歌(きじゆんか)を歌(うた)ひ始(はじ)めたり。
079石熊『巽(たつみ)の池(いけ)に潜(ひそ)みたる
080醜(しこ)の大蛇(をろち)よ能(よ)つく聞(き)け
081今(いま)は昨日(きのふ)の俺(おれ)でない
082乾(いぬゐ)の池(いけ)に巣(す)を構(かま)へ
083貴様(きさま)の牡(おす)が滝(たき)の上(うへ)
084俺(おれ)の水行(みづげう)を睨(ね)めつけて
085野心(やしん)を企(たく)んで居(を)りよつた
086バラモン教(けう)の神司(かむづかさ)
087心(こころ)も固(かた)き石熊(いしくま)は
088腕節(うでふし)までも固(かた)いぞよ
089大蛇(をろち)の奴(やつ)が口(くち)あけて
090でかい目玉(めだま)を剥(む)き乍(なが)ら
091猪口才(ちよこざい)千万(せんばん)一呑(ひとの)みと
092狙(ねら)つてゐよる可笑(をか)しさよ
093直立(ちよくりつ)不動(ふどう)の姿勢(しせい)にて
094大蛇(をろち)も出(で)て来(こ)い鬼(おに)も来(こ)い
095仮令(たとへ)千匹(せんびき)万匹(まんびき)一度(いちど)に出(い)で来(きた)り
096俺(おれ)に向(むか)つて攻(せ)め来(く)共(とも)
097何(なに)をか恐(をそ)れむ高照山(たかてるやま)の
098流(なが)れも清(きよ)き谷(たに)あひに
099教(をしへ)の館(やかた)を広(ひろ)く建(た)て
100教主(けうしゆ)の君(きみ)と仰(あふ)がれた
101天下(てんか)無双(むさう)の豪傑(がうけつ)ぞ
102バラモン教(けう)の司(つかさ)さへ
103是丈(これだけ)勇気(ゆうき)が有(あ)るものを
104此(この)世(よ)を造(つく)り固(かた)めたる
105三五教(あななひけう)の主宰神(しゆさいしん)
106国治立(くにはるたちの)大神(おほかみ)の
107珍(うづ)の御弟子(みでし)となつた俺(おれ)
108瑞(みづ)の御霊(みたま)と現(あ)れませる
109神(かむ)素盞嗚(すさのをの)大神(おほかみ)の
110珍(うづ)の御(おん)子(こ)の末子姫(すゑこひめ)
111言霊(ことたま)すぐれさせ玉(たま)ふ
112貴(たふと)きお方(かた)の弟子(でし)となり
113只今(ただいま)茲(ここ)に向(むか)うたり
114昨日(きのふ)も強(つよ)く出(で)たけれど
115今日(けふ)は一層(いつそう)強(つよ)いぞや
116神力(しんりき)無双(むさう)の石熊(いしくま)が
117天(あま)の沼矛(ぬほこ)を振(ふ)りまはし
118宣(の)る言霊(ことたま)を味(あぢ)はひて
119早(はや)く兜(かぶと)を脱(ぬ)ぐがよい
120神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
121善神(ぜんしん)邪神(じやしん)を立(たて)わける
122悪(あく)の企(たく)みは何時(いつ)までも
123続(つづ)きはせないと心得(こころえ)て
124お前(まへ)も心(こころ)を立直(たてなほ)し
125早(はや)く解脱(げだつ)をするがよい
126あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
127御霊(みたま)幸(さち)はひましまして
128大蛇(をろち)の魔術(まじゆつ)に包(つつ)みたる
129八重(やへ)の黒雲(くろくも)打払(うちはら)ひ
130礫(つぶて)の様(やう)な此(この)雨(あめ)を
131早(はや)く晴(は)らさせ玉(たま)へかし
132三五教(あななひけう)の宣伝使(せんでんし)
133心(こころ)も体(からだ)も石熊(いしくま)が
134鉄石心(てつせきしん)を発揮(はつき)して
135大慈(だいじ)大悲(だいひ)の大神(おほかみ)の
136恵(めぐみ)に救(すく)ひ与(あた)へむと
137いよいよ此処(ここ)に向(むか)うたり
138お前(まへ)は大蛇(をろち)の牝(めす)だらう
139牡(おす)の大蛇(をろち)は末子姫(すゑこひめ)
140宣(の)らせ玉(たま)ひし言霊(ことたま)に
141嬉(うれ)し涙(なみだ)を流(なが)しつつ
142畜生(ちくしやう)仲間(なかま)を解脱(げだつ)して
143天(てん)にいそいそ昇(のぼ)り行(ゆ)く
144さぞ今頃(いまごろ)は天上(てんじやう)の
145神(かみ)の御許(みもと)に参上(まゐのぼ)り
146高天(たかま)の原(はら)に安々(やすやす)と
147皇(すめ)大神(おほかみ)の右(みぎ)に座(ざ)し
148下界(げかい)を覗(のぞ)き居(ゐ)るであらう
149あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
150神(かみ)の力(ちから)を蒙(かうむ)りて
151言霊戦(ことたません)を開始(かいし)する
152俺(おれ)の言葉(ことば)が分(わか)らねば
153お前(まへ)の勝手(かつて)にするがよい
154心(こころ)一(ひと)つの持様(もちやう)で
155此(この)世(よ)に苦(くる)しう暮(くら)さうと
156勇(いさ)んで楽(らく)に暮(くら)さうと
157天(てん)に昇(のぼ)つて神(かみ)となり
158世(よ)を安々(やすやす)と渡(わた)らうと
159何時(いつ)まで池(いけ)の底(そこ)に棲(す)み
160日(ひ)に三熱(さんねつ)と三寒(さんかん)の
161悩(なや)みを受(う)けて何時迄(いつまで)も
162悩(なや)み暮(くら)さうとお前(まへ)の心(こころ)の胸(むね)一(ひと)つ
163早(はや)く改心(かいしん)するがよい
164神(かみ)が表(おもて)に現(あら)はれて
165善(ぜん)と悪(あく)とを立別(たてわ)ける
166此(この)世(よ)を造(つく)りし神直日(かむなほひ)
167心(こころ)も広(ひろ)き大直日(おほなほひ)
168直日(なほひ)に見直(みなほ)し聞直(ききなほ)し
169青人草(あをひとぐさ)は云(い)ふも更(さら)
170大蛇(をろち)や鬼(おに)の霊(みたま)まで
171安(やす)きに救(すく)ひ助(たす)けます
172神(かみ)の恵(めぐみ)を喜(よろこ)んで
173吾(わが)言霊(ことたま)に服従(まつろ)へよ
174朝日(あさひ)は照(て)るとも曇(くも)るとも
175月(つき)は盈(み)つとも虧(か)くるとも
176仮令(たとへ)大地(だいち)は沈(しづ)むとも
177誠(まこと)一(ひと)つの言霊(ことたま)で
178生命(いのち)の続(つづ)く其(その)限(かぎ)り
179俺(おれ)はお前(まへ)を助(たす)けにやおかぬ
180俺(おれ)の尊(たふと)い真心(まごころ)を
181よく汲(く)み取(と)つて逸早(いちはや)く
182天(あめ)の八重雲(やへくも)吹(ふ)きはらし
183怪(あや)しき雨(あめ)を降(ふ)り止(や)めて
184再(ふたた)び天津(あまつ)御光(みひか)りを
185現(あら)はし奉(まつ)れ醜大蛇(しこをろち)
186お前(まへ)を救(すく)ふ真心(まごころ)の
187あふれて茲(ここ)に池(いけ)の水(みづ)
188深(ふか)き恵(めぐみ)を汲(く)み取(と)れよ
189あゝ惟神(かむながら)々々(かむながら)
190御霊(みたま)幸(さち)はひましませよ』
191と歌(うた)ひ了(をは)つた。192何故(なにゆゑ)か雲(くも)は益々(ますます)舞(ま)ひさがり水面(すゐめん)はいよいよ波(なみ)高(たか)く、193雨(あめ)は礫(つぶて)の如(ごと)くポツリポツリと所(ところ)まんだらに、194池(いけ)の面(おも)に小石(こいし)を投(な)げたやうな波紋(はもん)を印(いん)して降(ふ)り注(そそ)いでゐる。195されど不思議(ふしぎ)にも、196一行(いつかう)七(しち)人(にん)の肉体(にくたい)には一粒(ひとつぶ)の雨(あめ)もかからなかつた。
197カール『アハヽヽヽ、198なんとマアよう利(き)く言霊(ことたま)ですなア。199お前(まへ)さまが言霊(ことたま)を発射(はつしや)する度(たび)毎(ごと)に戦(たたか)ひ益々(ますます)酣(たけなは)なりといふ調子(てうし)で、200波(なみ)は次第(しだい)々々(しだい)に高(たか)まつて来(く)る、201雲(くも)は追々(おひおひ)濃厚(のうこう)となる、202大粒(おほつぶ)の雨(あめ)は刻々(こくこく)に繁(しげ)く降(ふ)つて来(く)る、203何(なん)と言霊(ことたま)も使(つか)ひ手(て)に依(よ)つては、204どうでもなるものだなア! こんな男(をとこ)に言霊(ことたま)を発射(はつしや)させるのは、205丁度(ちやうど)気違(きちがひ)に松明(たいまつ)を持(も)たして、206放(ほ)り出(だ)した様(やう)なものだ、207危険(きけん)至極(しごく)で見(み)て居(を)られない。208それだから俺(おれ)が道々(みちみち)御(ご)遠慮(ゑんりよ)したら宜(よ)からうと、209忠告(ちうこく)を与(あた)へてやつたのだ、210いらぬチヨツカイを出(だ)して、211いい恥(はぢ)をかいたものだなア。212俺(おれ)はどうかしてお前(まへ)に失敗(しつぱい)をさせともないと思(おも)つて、213止(と)めたのだよ。214要(えう)するに抜(ぬ)かぬ太刀(たち)の功名(こうみやう)をさせてやりたかつたばかりだ。215世界一(せかいいち)の力(ちから)の強(つよ)い角力(すまう)の神(かみ)さま、216摩利支(まりし)天(てん)にだつて、217一度(いちど)も負(まけ)た事(こと)のない、218此(こ)のカールの忠告(ちうこく)、219なぜ聞(き)かなかつたのだ。220仮令(たとへ)姫(ひめ)様(さま)がお勧(すす)めなさつても、221遠慮(ゑんりよ)をするのが道(みち)ではないか』
222石熊(いしくま)『さう責(せ)めて呉(く)れない。223今(いま)に言霊(ことたま)の効用(かうよう)が現(あら)はれるだらうから、224暫(しばら)く時間(じかん)を与(あた)へて、225俺(おれ)の腕前(うでまへ)を拝観(はいくわん)するが良(い)いワ。226さうして、227今(いま)御(お)前(まへ)はあの摩利支天(まりしてん)様(さま)にも負(まけ)たことがないと云(い)つたが、228どこで何時(いつ)角力(すまう)を取(と)つたのだ』
229カール『世界一(せかいいち)の力強(ちからづよ)の角力(すまう)の神(かみ)でも、230組合(くみあ)ひせなかつたら、231負(まけ)る例(ため)しはないぢやないか。232それだからお前(まへ)も沈黙(ちんもく)して、233姫(ひめ)様(さま)にお任(まか)せしておけば、234大蛇(をろち)に負(まけ)たと言(い)はれて、235末代(まつだい)の恥(はぢ)をさらすにも及(およ)ぶまいと思(おも)つたから、236親切(しんせつ)に云(い)つてやつたのだ。237良薬(りやうやく)は口(くち)に苦(にが)く、238諫言(かんげん)は耳(みみ)に逆(さか)らうと云(い)ふ事(こと)があるから、239俺(おれ)の露骨(ろこつ)な忠告(ちうこく)は、240キツとお前(まへ)に喜(よろこ)ばれさうな筈(はず)はない。241けれ共(ども)俺(おれ)は阿諛(あゆ)諂佞(てんねい)の徒(と)ではないから、242正々(せいせい)堂々(だうだう)と至誠(しせい)を吐露(とろ)して注意(ちうい)したのだ。243併(しか)し乍(なが)らモウ斯(こ)うなつては取返(とりかへ)しはつかない。244あゝ困(こま)つたものだ、245……それ見(み)よ! ますます波(なみ)は高(たか)く荒(あ)れ狂(くる)ひ出(だ)したぢやないか!』
246石熊(いしくま)『大方(おほかた)俺(おれ)の言霊(ことたま)の威力(ゐりよく)に打(う)たれて、247大蛇(をろち)の奴(やつ)、248地底(ちてい)に苦悶(くもん)して、249のた打(うち)廻(まは)つて荒(あ)れてゐるのだらう。250さうでなくば、251あれ丈(だけ)浪(なみ)が立(たち)さわぐ道理(だうり)がないぢやないか。252細工(さいく)は流々(りうりう)マア仕上(しあ)げを見(み)てゐて下(くだ)されよだ、253アハヽヽヽ』
254と空元気(からげんき)を付(つ)け乍(なが)ら、255心中(しんちう)不安(ふあん)の念(ねん)に駆(か)られて居(ゐ)る。
256末子(すゑこ)『石熊(いしくま)さま、257どうもあなたの言霊(ことたま)は少(すこ)し不結果(ふけつくわ)でした。258マ一度(いちど)宣(の)り直(なほ)しなさいませ』
259石熊(いしくま)『ハイ、260最早(もはや)言霊(ことたま)の材料(ざいれう)欠乏(けつぼう)致(いた)しまして、261何(なん)とも仕方(しかた)が御座(ござ)いませぬ。262どうぞ少(すこ)し資本(しほん)を御(お)貸(か)し下(くだ)さいませぬか』
263末子(すゑこ)『ホヽヽヽヽ、264あのマア気楽(きらく)なこと仰有(おつしや)つて、265早(はや)くなさらないと、266大変(たいへん)なことが出来(しゆつたい)致(いた)しますよ。267あなたが起(おこ)した事(こと)は、268あなたが結末(けつまつ)をつけなくては、269外(ほか)の者(もの)が如何(どう)ともする事(こと)が出来(でき)ませぬ。270サア茲(ここ)で早(はや)く天津(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し、271天(あま)の数歌(かずうた)を歌(うた)ひ上(あ)げ、272更(あらた)めて、273心(こころ)を清(きよ)め、274再(ふたた)び大蛇(をろち)に向(むか)つて、275言霊(ことたま)を御(お)発(はつ)しなさいませ』
276カール『それ見(み)よ……それだから、277初(はじめ)から手出(てだ)しをすなと云(い)うたぢやないか。278二進(につち)も三進(さつち)もならぬとは此(この)事(こと)だ。279丸(まる)でとりもち桶(をけ)へ足(あし)をふんごんだ様(やう)な破目(はめ)に陥(おちい)つたぢやないか。280サアお姫(ひめ)様(さま)の仰(あふ)せの通(とほ)り、281シツカリ胴(どう)を据(す)えて、282ウンと息(いき)を臍下(さいか)丹田(たんでん)に詰(つ)め、283円満(ゑんまん)晴朗(せいらう)な言霊(ことたま)を発射(はつしや)せよ。284そして大蛇(をろち)に対(たい)し、285余(あま)り軽蔑(けいべつ)的(てき)言辞(げんじ)を用(もち)ゐてはならないぞ。286善言美詞(みやび)の神嘉言(かむよごと)を以(もつ)て、287万有(ばんいう)を帰順(きじゆん)せしむるのが神事(しんじ)の兵法(へいはふ)だ。288サア早(はや)く、289心(こころ)の立替(たてかへ)立直(たてなほ)しをして、290臍下丹田(あまのいはと)を押開(おしひら)き、291生言霊(いくことたま)を発射(はつしや)せよ』
292 石熊(いしくま)は是非(ぜひ)なく、293又(また)もや池(いけ)の面(おも)に向(むか)つて一生(いつしやう)懸命(けんめい)に言霊(ことたま)を宣(の)り始(はじ)めた。294池(いけ)の波(なみ)は時々(じじ)刻々(こくこく)に高(たか)まり、295山(やま)の如(ごと)くになつて来(き)た。296其(その)光景(くわうけい)の凄(すさま)じさ、297到底(たうてい)筆舌(ひつぜつ)の尽(つく)す限(かぎ)りではなかつた。
298(大正一一・八・一五 旧六・二三 松村真澄録)
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