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幼ながたり
まえがき
幼ながたり
01 父のこと
02 母の生いたち
03 因果応報ばなし
04 石臼と粉引きの意味
05 父の死
06 わたしのこと
07 奉公
08 幼なき姉妹
09 母は栗柄へ
10 母の背
11 屑紙集めと紙漉きのこと
12 清吉兄さん
13 蘿竜の話
14 およね姉さん
15 ひさ子姉さん
16 不思議な道づれ
17 仕組まれている
18 おこと姉さんの幼時
19 王子のくらし
20 ご開祖の帰神
21 霊夢
22 教祖と大槻鹿造
23 牛飼い
24 ねぐら
25 不思議な人
思い出の記
1 料亭づとめ
2 神火
3 天眼通
4 直日のこと
5 夫婦らしい暮しの日
6 尉と姥
獄中記
監房へ
一ぱいの水
青い囚人服
一本の桐の木と蝉
風の中の雀
ぼっかぶりの夫婦
オツルさん
孫の絵便り
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幼ながたり
> 03 因果応報ばなし
<<< 02 母の生いたち
(B)
(N)
04 石臼と粉引きの意味 >>>
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三 因果応報ばなし
インフォメーション
題名:
3 因果応報ばなし
著者:
出口澄子
ページ:
目次メモ:
概要:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
B124900c05
001
明治はじめのころの、
002
冬の暮しの楽しさば炉ばたで火を焚くことでありました。
003
檜葉
(
ひのきば
)
などをくべると、
004
ばちばちと音をたてて、
005
眼のあたりを
淡紫
(
うすむらさき
)
に染めて部屋にこもり、
006
少し渋味のある、
007
ほろ甘い空気の好ましい味わいは、
008
檜葉
(
ひのきば
)
をたいた時が一番でしょう。
009
私はこの冬、
010
要荘
(
かなめそう
)
にいましても炭火はほんの手あぶりと
煙草火
(
たばこび
)
ていどにして、
011
訪ねてくれる人があると、
012
暖をとるには、
013
檜葉
(
ひのきば
)
などを火鉢でたいてあたります。
014
口をとがらせて、
015
フウフウと吹きながら
檜葉
(
ひのきば
)
のけぶる中から、
016
火の色をみるのが懐かしくて好ましいのです。
017
私は
裃
(
かみしも
)
を着せられたような、
018
きゅうくつなことは
性
(
しょう
)
に合いませんので、
019
ふだん着のような気安さでこれをかいています。
020
昔は出口家の隣に刀の
研師
(
とぎし
)
があって、
021
研屋
(
とぎや
)
という名で呼ばれておりました。
022
出口のお
祖母
(
ばあ
)
さんの時代はことさら仲良くゆききしており、
023
お
祖母
(
ばあ
)
さんが志賀へゆかれる時には、
024
いろいろ大切なものを預けられました。
025
その時には自分は死ぬるつもりでなかったので、
026
相当にいろいろなものを預けてゆかれましたが、
027
お
祖母
(
ばあ
)
さんが教祖さまのところへ出口の後継ぎをたのみにこられたとき、
028
「このさき私にもしものことがありたら、
029
研屋
(
とぎや
)
にあずけておいた品を、
030
おまえさんが受取りておきなされ」といわれ、
031
志賀で亡くなられたのであります。
032
この遺言がありましたので、
033
教祖さまは綾部にうつられますと
研屋
(
とぎや
)
を訪ねられましたが、
034
研屋
(
とぎや
)
では「そんなものはいっこうに知りませんが」という返事で、
035
お
祖母
(
ばあ
)
さんの亡くなったのをよいことにしていました。
036
ところが、
037
研屋
(
とぎや
)
には姉をお松といい、
038
弟を
喜市
(
きいち
)
という息子一人娘一人の子持ちで、
039
親子四人が何不足なしに暮しておりましたが、
040
息子の喜市は大きくなると
ばくち
にこりだし、
041
放蕩
(
ほうとう
)
に身をもちくずしてゆきました。
042
ここに不思議な因縁の
蔓
(
つる
)
のからみあいと言いますか、
043
先に祖母をだまして志賀にゆかせた喜平の一人
息女
(
むすめ
)
が
研屋
(
とぎや
)
の喜市と
恋仲
(
こいなか
)
になりました。
044
相手は極道息子のことであり、
045
喜平が自分の
愛娘
(
まなむすめ
)
との関係を「どんなことがありてもやれぬ」というたのは無理もありません。
046
しかし二人はどうしてもはなれぬといい、
047
その間に関係ができ娘が妊娠をしましたので、
048
喜平は腹を立てて娘を勘当してしまいました。
049
喜平の娘は男の子を産むと、
050
産
(
さん
)
の
肥立
(
ひだ
)
ちがわるくて、
051
産児
(
さんじ
)
をのこして死んでゆきました。
052
それからというものは、
053
研屋
(
とぎや
)
の喜市はよけいやけくそになって、
054
ばくち
の打ちつづけで、
055
とうとう
研屋
(
とぎや
)
の家をつぶしてしまいました。
056
喜市は、
057
生まれたばかりの
児
(
こ
)
に砂糖湯をこしらえて
側
(
そば
)
においただけで、
058
炬燵
(
こたつ
)
の火も消えている
床
(
とこ
)
に、
059
おしめもぬれたままで寝かせて、
060
家には戸をしめたまま何日も帰らないことがありました。
061
ある時、
062
喜市は打つ
ばくち
も打つばくちも
敗
(
ま
)
けつづけて、
063
とうとう質におくものもなくなるまで
敗
(
ま
)
けきって、
064
さりとて死ぬるというわけにもゆかず、
065
しょんぼりと家にかえって、
066
赤ん坊はもう死んだであろうとのぞいてみると、
067
命冥加
(
いのちみょうが
)
というものは不思議なもので、
068
パッチリと眼をあけて息をしていました。
069
それから喜平がどうなったかは聞いておりませんが、
070
この子供のことを聞いたのが、
071
川糸
(
かわいと
)
の
小平
(
こへい
)
であります。
072
小平
(
こへい
)
には子供がなかったので、
073
そのかわいそうな子供を抱いてかえり、
074
こしらえ
乳
(
ちち
)
で育てましたところ、
075
不思議にもその子供は大きくなることができました。
076
私もよく覚えておりますが、
077
私が子供のころ
小平
(
こへい
)
の家に遊びにゆきますと、
078
火鉢のそばに、
079
ちょうど
灰猫
(
はいねこ
)
のような顔をして、
080
がりぼしの痩せた
すね
をだして坐っていたのを思いだします。
081
そのころその人は十二、
082
三の年でしたが、
083
後ろからみると五ツ六ツの子供のようで、
084
前にまわると
大文字屋
(
だいもんじや
)
のように頭ばかりが大きくて、
085
ギロリと眼をむいた、
086
子供だか、
087
年寄りだかわからないような感じで、
088
それを見るたびに私はおかしゅうて吹きだしてしまいました。
089
研屋
(
とぎや
)
の末路もこのようなことになりました。
090
出口のお
祖母
(
ばあ
)
さんをいきどおらした喜平の家はその
後
(
ご
)
火事のため屋敷は
黒土
(
くろつち
)
になりました。
091
その時の喜平の家の火事は、
092
大火事にひろがり、
093
その火元をだした喜平は人々のうらみの
的
(
まと
)
となり、
094
そのころから喜平夫婦は永い病にかかり苦しみはじめました。
095
その病は今でいう胃癌という病でしょう。
096
お
腹
(
なか
)
は減るし食べると腹一面が痛くてたまらず、
097
口には食べたし、
098
食べると苦しむというふうに、
099
四、
100
五年の間に体は衰えて骨と皮とになり、
101
腹ばかり大きくふくれて
餓鬼草紙
(
がきぞうし
)
の餓鬼のように苦しみぬいて、
102
そのあげくに息をひきとりました。
103
この喜平にたった一人息子がのこっていまして、
104
この息子が家内をもらって子供が七人できましたが、
105
その子供たちはどうしたことか、
106
大きくなると次々に死んでゆきました。
107
そのはてに家内にも死なれて、
108
晩年は誰一人身のまわりの世話をしてくれるものもなく、
109
孤涯
(
こがい
)
をかこちつつ七十六のころさみしい死に方をしました。
110
この人は私の二十五、
111
六のころまで生きておったので、
112
私もよく知っております。
113
杖をついてよぼよぼとして町にちょいちょい買物にきました。
114
私も困難の時代ではありましたが、
115
わずかでも都合して米をはこんであげ、
116
味噌、
117
醤油を持っていってあげました。
118
人としては別に悪い人ではなかったのですが、
119
親の罪をうけたのであります。
120
喜平は後継ぎもなくなり、
121
小平
(
こへい
)
は後継ぎができず、
122
喜平の娘と
研屋
(
とぎや
)
の息子の因果のより合いから生まれた
孤児
(
みなしご
)
が以前には福知山に住んでいたということであります。
123
こういうことは、
124
悪いことはできないという天からの教えであります。
125
ここにもう一つ、
126
研屋
(
とぎや
)
の
息女
(
むすめ
)
の姉のお松のことをつけ加えておきます。
127
お松は喜市の極道で、
128
わが
家
(
や
)
もなくなり、
129
あちらこちらで奉公をして暮しておりました。
130
あるところで主人の息子に思いをかけられ、
131
自分も好きになりましたが、
132
昔のこととて、
133
主人も親戚も、
134
召使
(
めしつかい
)
ごとき者を入れるとは、
135
とばかり承知してもらえず、
136
二人は恋いこがれるあまり、
137
夜
(
よる
)
のまに手に手をとって京都にのがれました。
138
京都では男は時計屋に奉公をし、
139
お松は別のところで女中をするなど苦労をしながらも、
140
逢
(
あ
)
う
瀬
(
せ
)
を楽しんでいましたが、
141
この男がまた
ばくち
にきょう
味
(
み
)
をおぼえ、
142
それがこうじて七、
143
八年も懲役にゆくことになりました。
144
その男の名はたしか熊さんといったと思いますが、
145
熊さんの刑がすんでお松さんが迎えにいった時、
146
二人は行先きのことを考えると真ッ暗で、
147
困りはて都会ではどうにもならぬので、
148
二人はもとの綾部に帰ろうということになりましたが、
149
旅費もなし、
150
そこで二人が珍妙な道中をして歩いてかえることになりました。
151
腹がへってくると、
152
はじめに熊さんが気狂いの真似をして食べもの屋にとび込み、
153
店に売ってあるものをつまみ食いをし、
154
そのあとからお松が走ってゆき「この人は気が狂うているから許して下され」という断わりをいってすまし、
155
熊さんの腹がふくれると、
156
こんどはお松が気狂いになりトットッと行き当たりの
饅頭屋
(
まんじゅうや
)
などにとび込んで、
157
饅頭のつまみ喰いをし、
158
そんなことをしてとうとう綾部までかえってきたそうです。
159
綾部にかえって、
160
裏町
(
うらまち
)
に
一間
(
ひとま
)
をかりていましたが、
161
また熊さんが懲役にゆくということになりました。
162
せっかく恥ずかしい思いをして綾部まで帰ってきたものの、
163
熊さんがひっぱられていった後のお松は途方にくれていましたが、
164
お松は
無尽
(
むじん
)
をしてもらい、
165
本町
(
ほんまち
)
のダイショウカンの家を借り宿屋をはじめました。
166
それが大へん繁昌しまして、
167
熊さんの刑がおわって迎えにゆく時は女中の二、
168
三人も使っている
花月
(
かげつ
)
という宿屋になっていましたが、
169
そのうち熊さんは女中にきていたお竹という女と深い関係になり、
170
それがため、
171
お松は
狂人
(
きちがい
)
となり死んでゆきました。
172
わたくしは十五のころでありましたが、
173
不思議にもこの
花月
(
かげつ
)
という宿屋に奉公にゆかせられ、
174
お梅という名で呼ばれていましたので、
175
そのいきさつをよく知っています。
176
そのころ私は、
177
お松さんはあれほど苦労してつくった財産と、
178
貞節をつくしてきた夫の熊さんを自分の使うていた女中にとられ、
179
気が狂うて死んでゆくとは、
180
このよしあしを
何故
(
なにゆえ
)
に神様はわけなさらないのか、
181
この世というところは訳のわからぬところだと思っておりましたが、
182
いまになって考えてみると、
183
先祖の罪がめぐりめぐりてきたのであると、
184
これはなかなか恐いものであると思っております。
185
大きな火事も初めは小さいところの火の粉の
飛
(
と
)
び
火
(
ひ
)
から始まるのであるから、
186
悪いことはどんな小さなことも、
187
つつしまねばなりません。
188
今の世は悪いことがズリコする程にいっぱいになっていますが、
189
末法の世もいよいよ済み、
190
みろくの世となるのでありますから、
191
これからはちょっとも悪いことはできませぬ。
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