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幼ながたり
まえがき
幼ながたり
01 父のこと
02 母の生いたち
03 因果応報ばなし
04 石臼と粉引きの意味
05 父の死
06 わたしのこと
07 奉公
08 幼なき姉妹
09 母は栗柄へ
10 母の背
11 屑紙集めと紙漉きのこと
12 清吉兄さん
13 蘿竜の話
14 およね姉さん
15 ひさ子姉さん
16 不思議な道づれ
17 仕組まれている
18 おこと姉さんの幼時
19 王子のくらし
20 ご開祖の帰神
21 霊夢
22 教祖と大槻鹿造
23 牛飼い
24 ねぐら
25 不思議な人
思い出の記
1 料亭づとめ
2 神火
3 天眼通
4 直日のこと
5 夫婦らしい暮しの日
6 尉と姥
獄中記
監房へ
一ぱいの水
青い囚人服
一本の桐の木と蝉
風の中の雀
ぼっかぶりの夫婦
オツルさん
孫の絵便り
獄中の歌
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> 18 おこと姉さんの幼時
<<< 17 仕組まれている
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19 王子のくらし >>>
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一八 おこと姉さんの幼時
インフォメーション
題名:
18 おこと姉さんの幼時
著者:
出口澄子
ページ:
目次メモ:
概要:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
B124900c20
001
私の姉のおこと姉さんも悪役に
仕組
(
しぐ
)
まれた一人です。
002
教祖さまの次女として文久二年の六月八日に生まれ、
003
幼名は
おみと
と言いましたが、
004
これは父の若いころの恋人への
温
(
あたたか
)
い心から付けられたというのですが、
005
この姉は六ツの時に畑の中の肥つぼに落ち込んだことがあって、
006
その時教祖さまがおことという名に変えられたということです。
007
これは、
008
綾部地方の風習で、
009
ちょうず(便所)にはまった子は名前を変えんと
早死
(
はやじ
)
にすると言い伝えられているからです。
010
おこと姉さんは大変恥ずかしいことですが、
011
世間でいうエグイ
人
(
ひと
)
で、
012
教祖さまも大変な気苦労をされたようで、
013
親でありながらおこと姉さんからイジメられなさったと言います。
014
おこと姉さんは小さい時から、
015
どこかヒネクレたところがあって、
016
子供らしさ、
017
素直さがなく、
018
他
(
た
)
のきょうだいと同じようにお菓子を渡されても、
019
必ず自分のは小さいとか、
020
少ないとか言ってゴテられ、
021
ぐじぐじ言いながらズンズン後ずさりして、
022
縁から落ちるところ迄いかぬともらわないという程の子であったと申されていました。
023
このようにおことさんが教祖さまに、
024
つらく当たったのは父の前の恋人のおみとと言う人の霊がかかっていたのであります。
025
お父さんが仲人の辻村
藤兵衛
(
とうべえ
)
という
理非道
(
りひどう
)
な人にだまされて、
026
無理に高い利子で金を借りたため、
027
田や畑をとられた上、
028
とうとう結婚後十七年間住まわれた
新宮
(
しんぐう
)
坪
(
つぼ
)
の
内
(
うち
)
の屋敷を人手に渡されてしまい、
029
半年ほどは倉の二階を借りて
暮
(
くら
)
されることになり、
030
そのころおこと姉さんは、
031
よその子の頭に手をかけたり、
032
突きころがしたりするので近所の苦情がたえまなく来て、
033
教祖さまは夜になって、
034
おことさんに添い寝しながら、
035
そのころの
俗謡
(
ぞくよう
)
、
036
037
──親が貧乏すりゃ子は
巾着
(
きんちゃく
)
で
如何
(
どん
)
な人にも下げられる──
038
と唄いながら「もう、
039
うちの家はよその人に売るほど貧乏しているのやから、
040
近所の人は以前と同じように、
041
お前たちを見てくれぬから、
042
ゴンベエも
大
(
たい
)
ていにしておくれよ」と、
043
言って聞かせられたということです。
044
おこと姉さんは丁度家運の傾いてゆく変わり目に大きくなったので、
045
よけいにひがまれたのかと思います。
046
教祖さまが
新宮
(
しんぐう
)
の
母屋
(
おもや
)
に住んでられたころ、
047
新宮
(
しんぐう
)
に大火事があって、
048
教祖さまの家と隣の大島の家の二軒だけのこして十八軒も焼けました。
049
その時教祖さまはおこと姉さんに「妙やな、
050
まわり八方やけたのに、
051
うちと大島だけが残ったがなあ」と言われたそうですが、
052
その
後
(
ご
)
程
(
ほど
)
なく、
053
この家を
東裏町
(
ひがしうらまち
)
の
味方屋
(
みかたや
)
という菓子屋に売って土蔵の二階に移られ、
054
半年後、
055
上町
(
かんまち
)
三十番地の借家に移られたと間いています。
056
おこと姉さんは土蔵の二階に移って間もなく、
057
福知山へ子供にやられ、
058
この世の
辛酸
(
しんさん
)
をなめさせられていました。
059
それから、
060
亀岡から京都街道を東へ一里程いったところにある王子というところの猟師に縁づいてゆかれました。
061
教祖さまが
神
(
かむ
)
がかりになりましたのは、
062
おこと姉さんが王子に落着いた
後
(
あと
)
のことです。
063
教祖さまは
神
(
かむ
)
がかりになりましても、
064
商
(
あきな
)
いには平常のように毎日でかけられました。
065
出かけられる前には神様に、
066
067
「今日はどちらへ参りましょうか」
068
と尋ねられました。
069
そうすると「今日は
西原
(
にしばら
)
へゆけ」とか「今日は
位田
(
いでん
)
にゆけ」とか、
070
また「今日は
山家
(
やまが
)
にゆけ」というように神様から一々指図があります。
071
教祖さまはいつでもその都度、
072
神様の申されるままに「はい」と素直にお答えしてでかけられていました。
073
そうして商売に参られましても、
074
ゆかれた先で他人の家に上がられまして、
075
お
床
(
とこ
)
をきれいにされ、
076
神様を祀るように言われるので、
077
みんなはあっ
気
(
け
)
にとられて、
078
教祖さまを気が狂われたと思いました。
079
教祖さまはそれでも神様の話をされ、
080
これを笑う者に、
081
「村の者、
082
後で悔むなよ」といましめられていたそうです。
083
そういうふうに商売もできずに家に帰られることが多くなり、
084
暮しがますます行き詰ってくるのが目に見えて来ました。
085
教祖さまは神様に、
086
087
「こんなことをしていては商売にもなりません」
088
と言われますと、
089
神様は、
090
091
「
商
(
あきな
)
いぐらい知ったことかい、
092
今日は大きな
仕組
(
しぐ
)
みができたのであるぞよ。
093
世界の
仕組
(
しぐ
)
みの雛型が一つ一つ成就してゆくのであるから、
094
なおよ、
095
喜んでくれ」
096
と申されたのであります。
097
こういうわけで、
098
おりょうさんは
四方
(
しかた
)
源太郎
(
げんたろう
)
さんという人のところに子守り奉公にやらされましたが、
099
それでも教祖さまの
生計
(
くらし
)
はどうにも立ちゆかなくなり、
100
101
ある夜、
102
教祖さまは、
103
104
「おすみや、
105
いまはお母さんは神様のご用があるので、
106
お前に苦労をかけて、
107
かわいそうなけど、
108
お前はいっとき
八木
(
やぎ
)
の姉さんのところに行っていておくれいな。
109
お前は
末
(
すえ
)
で世界の宝の中に
埋
(
うず
)
もれて暮らすようになる子やでな、
110
これも、
111
どうしてもそれまでにお前のせんならん
行
(
ぎょう
)
やでな。
112
かわいそうなけど元気を出していっていておくれよ」
113
と、
114
やさしくやさしく申されました。
115
私は「はい」とこたえました。
116
けれどそうして、
117
また教祖さまのおそばを離れねばならないことを思いまして、
118
どんなにか悲しみました。
119
それから
直
(
す
)
ぐ教祖さまは
一先
(
ひとま
)
ず私を
八木
(
やぎ
)
までやりたいから頼むとひさ子姉さんのところに便りをされ、
120
私は京都行きの
常便
(
じょうびん
)
さん、
121
そのころは
上下
(
じょうげ
)
さんと言うていましたが、
122
その
京
(
きょう
)
行
(
ゆ
)
きの飛脚をしていた
田町
(
たまち
)
の
豊助
(
とよすけ
)
さんと言う人に
八木
(
やぎ
)
までつれていってもらうことになりました。
123
前の晩、
124
教祖さまは、
125
とぼしいうちから、
126
いくらかの
小豆
(
あずき
)
を買って下され、
127
わたしの旅立ちのために、
128
小豆ご飯を炊いて下さいました。
129
そうして
鰯
(
いわし
)
の干物を焼いて
膳
(
ぜん
)
の上にのせて下され「
尾頭
(
おかしら
)
つきやでな」と笑いながら祝って下さいました。
130
次の朝、
131
暗いうちに私は眼が覚めました。
132
そうして
上下
(
じょうげ
)
の
豊助
(
とよすけ
)
さんに手を引いてもらって家を出ました。
133
その時も教祖さまは「おすみや、
134
ご苦労やけど
八木
(
やぎ
)
にいっておくれよ、
135
このおじさんによう頼んであるでな、
136
八木
(
やぎ
)
にいったら、
137
よう姉さんの手伝いして上げてな、
138
可愛いがってもらいなよ」と言われ、
139
上下
(
じょうげ
)
の
豊助
(
とよすけ
)
さんには「
豊助
(
とよすけ
)
さん、
140
小さい子をすまんけどよろしくたのみます」と、
141
なんべんも言うておられました。
142
上下
(
じょうげ
)
の
豊助
(
とよすけ
)
さんは六十に近い小柄に太った丸顔のやさしい爺さんでした。
143
振り分けの荷物を肩にかけて「
嬢
(
じょう
)
や、
144
おっさんといっしょやで心配しなさんな」と言うてくれました。
145
教祖さまが私の
四
(
よ
)
ツ
身
(
み
)
の着物の尻からげをして下さった時、
146
自分の着物の
裾
(
すそ
)
から
紅
(
べに
)
もじのいまきが表われて眼にしみました。
147
お芝居の阿波の巡礼お
鶴
(
つる
)
のように
杖
(
つえ
)
を握らせてもらい、
148
そうして片方の手を
豊助
(
とよすけ
)
さんにひいてもろうて家を出ました。
149
それはもう薄ら寒いころでありました。
150
教祖さまの
神
(
かむ
)
がかりは明治二十五年の正月ですから、
151
同じ年の秋の暮から冬になるころであったろうと思います。
152
私は
藁草履
(
わらぞうり
)
に
紅木綿
(
べにもめん
)
のあとがけをしてもらっておりましたが、
153
その新しい
藁草履
(
わらぞうり
)
で
紅葉
(
もみじ
)
の
落葉
(
おちば
)
をふんだ憶えがあります。
154
私が後をふりかえると、
155
教祖さまはいつまでも、
156
じっと私を見ていて下さいました。
157
そうして町はずれのところまでくるともう私が見えなくなるので、
158
着物のたもとを顔にあてて泣いておられたようでした。
159
後
(
あと
)
をふり向きふり向き私は教祖さまの泣かれているお姿を見ながら、
160
上下
(
じょうげ
)
の爺さんの手にひかれてゆくのでした。
161
「おすみや、
162
つらいやろうが、
163
行
(
ぎょう
)
やでな」、
164
私にはその言葉の意味が分かったのでしょうか、
165
悲しい思いの中にも教祖さまのお声が耳のそこに、
166
波のように聞こえては消え、
167
消えては聞こえてきました。
168
「ほんにまだこんな小さい子が」と
上下
(
じょうげ
)
の
豊助
(
とよすけ
)
さんの声に気づいた時は、
169
質山峠
(
しちやまとうげ
)
近くにさしかかっていました。
170
質山
(
しちやま
)
の
妙見
(
みょうけん
)
さんのところまできますと、
171
妙見さんの滝の辺りから
西町
(
にしまち
)
のおよね姉さんの大きなわめき声がきこえてきました。
172
アッ、
173
西町の姉さんの声やないかと思っていますと、
174
「三十七才ノ
辰
(
たつ
)
ノ年ノ女全快ナサシメタマエ……」と大きな声で叫びながら、
175
姉さんは滝にうたれて
願
(
がん
)
をかけていました。
176
母に別れ、
177
上下
(
じょうげ
)
の爺さんにつれられ見知らぬ土地にゆく九つの私は、
178
いままた西町の姉さんの悲しい姿を見ながら、
179
木枯しの風に吹かれているのでした。
180
時雨
(
しぐれ
)
のあとの、
181
びしょびしょ
路
(
みち
)
をふみこえて、
182
檜山
(
ひのきやま
)
まで歩き、
183
そこの
升屋
(
ますや
)
という宿屋に泊ることになりました。
184
子供心には大きな
旅篭
(
はたご
)
であったようにおぼえています。
185
夜半
(
やはん
)
にふと眼を覚ますと、
186
広い畳の部屋に
行燈
(
あんどん
)
の
灯
(
ひ
)
がともっていて、
187
その
灯
(
ひ
)
を見ていると無性に母が思われました。
188
「カアサンオッテナイ、
189
カアサンオッテナイ」と私はしくしく泣き出しました。
190
すると
豊助
(
とよすけ
)
さんが、
191
「嬢や、
192
ここに
居
(
お
)
るでよう、
193
嬢やここにおるでよう」と言うてくれました。
194
そうして「おしっこがしたかったら言いなよ、
195
この
豊助
(
とよすけ
)
さんがついていってやるでのう」と言うてくれました。
196
私は「はい」と答えて、
197
またふとんの中に顔をかくして寝てしまいました。
198
次の日、
199
八木
(
やぎ
)
の町のかかりにつきますと、
200
ひさ子姉さんが迎いに来てくれていて、
201
ほっとしました。
202
そこで
上下
(
じょうげ
)
の
豊助
(
とよすけ
)
さんにお礼を言うて、
203
ひさ子姉さんは私の手を引いて家につれていってくれました。
204
八木
(
やぎ
)
の福島夫婦の暮しのことは前にも少し書きました。
205
私はひさ子姉さんの
初子
(
はつご
)
のお
藤
(
ふじ
)
という女の子をおんぶして
守
(
も
)
りをするのが私の仕事でした。
206
私は毎日、
207
お藤を背におい
八木
(
やぎ
)
の町を歩いてやりました。
208
しかしそのお藤はハヤクサという病気にかかって、
209
にわかに
国替
(
くにが
)
えしました。
210
そのあと、
211
春のころでしたか、
212
牢
(
ろう
)
から出てこられた教祖さまが、
213
伝吉
(
でんきち
)
さんをつれて私を見にきて下さいました。
214
私が川で足を洗っていると、
215
教祖さまがみつけられて「かしこかった、
216
かしこかった」と言って私の手をきゅっと強くだきしめて下さいました。
217
福島の家はそのころ町にありまして、
218
表は車の
帳場
(
ちょうば
)
になっていて、
219
奥に八畳、
220
六畳の
二間
(
ふたま
)
がありました。
221
私は久しぶりで、
222
母さんといっしょに寝ておりますと、
223
夜中に教祖さまが大きな声で、
224
八木
(
やぎ
)
の姉さんたちを叱られました。
225
「でぐちすみこを、
226
どう思うとる、
227
このものをやっかいものと思うとるか、
228
やっかいものではござらぬぞ、
229
福島どの、
230
因縁あってお世話がさしてあるぞ」
231
これには夜中のことでもあり、
232
あまり大きな声でしたので、
233
福島の夫婦もびっくりしたようでした。
234
ひさ子姉さんは「勝手なことを言う神様や」と言うていました。
235
それからまた教祖さまは、
236
「
豆煎
(
まめい
)
りぐらいは、
237
してやって下されよ」と申されました。
238
これはひさ子姉さんは小さい時から貧乏で苦労したので、
239
金のことばかり頭にあって、
240
毎晩夫婦で金の算用をし、
241
貯金するものと、
242
家で使うものとを分け、
243
家の
入用
(
いりよう
)
は切り詰める上にも切り詰めていて、
244
お藤の死んだ後、
245
用のなくなった私に、
246
山へ
松落葉
(
まつば
)
かきや、
247
雨の日は縄ないをさしていても食べものには始末をしていたことを、
248
言われたのでしょう。
249
私が寝ている時でしたが、
250
義兄
(
にい
)
さんが、
251
私のことを「おすみはどんな子になるやろう、
252
しかし
飯
(
めし
)
だけはしっかり食べさしてやれよ、
253
あの子の眼をみとってみい、
254
しつかりした眼をしているでな」と姉さんに言っていることもありました。
255
姉もしっかりした女でしたが一面には
情
(
じょう
)
の深い姉でした。
256
おかしなことですが、
257
稲妻のお
光
(
みつ
)
というそのころ有名な女盗賊からお金をもらったことがあります。
258
それは、
259
姉さんのところがひまなので一時、
260
同じ
八木
(
やぎ
)
の
桝屋
(
ますや
)
という宿屋に子守りにいっていた時のことです。
261
夫婦の遍路が
市松
(
いちまつ
)
人形に、
262
そのころ珍しい毛糸のきれいな着物をきせ、
263
それを負って地蔵さんの
札
(
ふだ
)
を配ってきました。
264
女の方は顔をちりめんの布でかくしていましたが、
265
子供も
女連中
(
おんなれんちゅう
)
も珍しいものがきたと言って寄って来ました。
266
私は人形の着物をひっぱってみたりしました。
267
女は「さわってはいけません」と上品な言葉をつこうてはねつけましたが、
268
私に「
八木
(
やぎ
)
によい
宿
(
やど
)
はないですか」と聞いたので、
269
「
桝屋
(
ますや
)
という宿があります」と場所まで教えてやりました。
270
私は
桝屋
(
ますや
)
の子守りしていたので、
271
嬉しがってとんで帰って二階にとめ、
272
「私がお給仕します」といって世話をしてやりました。
273
これがその頃、
274
流行歌にも唄われた稲妻お
光
(
みつ
)
夫婦のしのびの姿であったことが後で分かりました。
275
夫の方は
金
(
きん
)
さんといって呼んでいました。
276
奈良漬
(
ならづけ
)
ないかとお
光
(
みつ
)
がいうので「向かいにあります」と言って買って来てやったら、
277
男の方が便所にでていった間に白い財布を出して十銭銀貨をくれました。
278
そしてお
光
(
みつ
)
が「あんたは可愛らしいから、
279
あんたにだけ人形をだかしてあげます」と言って市松人形をだかしてくれました。
280
それから四、
281
五日たってからです。
282
一つとやア……といって、
283
今でいえば新聞を売りに来ましたが、
284
その中に、
285
桂
(
かつら
)
のところで警察にはさみ打ちにされて男はつかまったが、
286
お
光
(
みつ
)
は川に飛びこんで判らぬようになった。
287
人形には
匕首
(
あいくち
)
やあい
鍵
(
かぎ
)
やピストルなど人殺しの道具が入れてあったと書いてありました。
288
お
光
(
みつ
)
が配って来た地蔵さんのお札をはって喜んで拝んでいたのは、
289
八木
(
やぎ
)
の姉さんがお
藤
(
ふじ
)
という子供を失った時で、
290
そのころ
八木
(
やぎ
)
に教祖さまが来られ「あの地蔵はけがれているから早くめくって流してしまえ」と言われました。
291
桝屋
(
ますや
)
は、
292
忙しい時だけの一時奉公で、
293
私はひさ子姉さんのところに一たん戻り、
294
それから王子の姉さんのところに行くことになりました。
295
私の一生に忘れることの出来ない経験が待っていることも知らずに。
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