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幼ながたり
まえがき
幼ながたり
01 父のこと
02 母の生いたち
03 因果応報ばなし
04 石臼と粉引きの意味
05 父の死
06 わたしのこと
07 奉公
08 幼なき姉妹
09 母は栗柄へ
10 母の背
11 屑紙集めと紙漉きのこと
12 清吉兄さん
13 蘿竜の話
14 およね姉さん
15 ひさ子姉さん
16 不思議な道づれ
17 仕組まれている
18 おこと姉さんの幼時
19 王子のくらし
20 ご開祖の帰神
21 霊夢
22 教祖と大槻鹿造
23 牛飼い
24 ねぐら
25 不思議な人
思い出の記
1 料亭づとめ
2 神火
3 天眼通
4 直日のこと
5 夫婦らしい暮しの日
6 尉と姥
獄中記
監房へ
一ぱいの水
青い囚人服
一本の桐の木と蝉
風の中の雀
ぼっかぶりの夫婦
オツルさん
孫の絵便り
獄中の歌
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幼ながたり
> 08 幼なき姉妹
<<< 07 奉公
(B)
(N)
09 母は栗柄へ >>>
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八 幼なき姉妹
インフォメーション
題名:
8 幼なき姉妹
著者:
出口澄子
ページ:
目次メモ:
概要:
備考:
タグ:
データ凡例:
データ最終更新日:
OBC :
B124900c10
001
夏がすっかり過ぎて、
002
秋風がこく身にしみるころ、
003
色こまやかな綾部の里に、
004
私はふたたび帰ってきました。
005
そのころ綾部には、
006
まだ
郡是
(
ぐんぜ
)
製糸
(
せいし
)
もなく、
007
他に女の仕事がなかったので、
008
母は遠くまでも仕事に出かけられました。
009
母が仕事にでてゆかれますと、
010
家にはおりょう姉さんと私と二人きりになりました。
011
おりょう姉さんはおとなしい、
012
いい姉さんでした。
013
二人で柿を食べていても、
014
私はグワッグワッと自分の持っている柿を急いで食べてしまうのに、
015
おりょう姉さんは静かにチビチビ食べているといった調子でした。
016
私は自分の分を食べてしまうと「おりょうさんお前の柿くれい」とねだりました。
017
姉は「いやでよう」と言っていましたが、
018
私は「くれなければゲンコかましたる」と手をふりあげるのでおりょう姉さんは「そんじゃ一つだけ上げる」と言うて私にくれました。
019
私とおりょうさんは、
020
年も二つ違いの
姉妹
(
きょうだい
)
でしたから、
021
おりょう姉さんの思い出はかくべつ懐かしいものです。
022
私の家のすぐ下に
与助
(
よすけ
)
さんという家があり、
023
そのころ与助さんは亡くなっておられ、
024
オキさんという後家さんとお梅さんというろうあの娘が残っていました。
025
このオキさんは大変よい人で、
026
教祖さまとも仲良く、
027
商売にも一緒にでかけられました。
028
またお梅さんもよく私のところにきて、
029
おりょうさんと私と三人で一しょに遊びました。
030
おりょう姉さんと私と梅さんと三人連れで、
031
天王平
(
てんのうだいら
)
の奥山や若宮さんの山、
032
また
質山
(
しちやま
)
の奥山へ柴刈りにでかけました。
033
ほうば
ひろいというて大きな木の葉をよくひろいにゆきました。
034
これは軽くて焚き付けによいものでした。
035
柴作りも
度
(
たび
)
かさねて行っているうちに、
036
子供ながらにだんだん
利巧
(
りこう
)
になるもので、
037
竹の棒の先に鎌をしばり付けて山の木の大きな枯枝をポキンポキンと折って廻り、
038
またたく
間
(
ま
)
に柴を集めるようになりました。
039
それは数え年の八ツごろのことですが、
040
近所の人は「おすみさんは十五、
041
六の年の仕事するなあ」と言うていました。
042
またそのころ、
043
桶
(
おけ
)
に相当の水を汲んで、
044
それを
天秤
(
てんびん
)
でかついで運ぶ仕事もしました。
045
働くこともよく働きましたが、
046
私の子供のころは底ぬけの遊びに
呆
(
ほう
)
けて、
047
母を困らせたものです。
048
綾部に
布袋屋
(
ほていや
)
という
古道具店
(
ふるどうぐてん
)
があって、
049
そこの主人がよく
市
(
いち
)
を開いているのを見てきては、
050
その真似をしました。
051
家の
鍋釜
(
なべかま
)
や、
052
膳
(
ぜん
)
、
053
ざるというものを持ち出して、
054
以前に
西門
(
にしもん
)
のあったところから金助さんのところまで並べ「サアイランカ、
055
市
(
いち
)
ジャ
市
(
いち
)
ジャ、
056
買
(
こ
)
ウテクレンカ、
057
安クマケテオクゾ」とせり
市
(
いち
)
の言葉を使うて、
058
何んでも人にやってしまいました。
059
貧乏な家のことですから、
060
これというものは何もなかったのでありますが、
061
それでも暮しの道具はまだあったものを、
062
しまいには味噌、
063
醤油まで人にやってしまって教祖さまも困られたそうです。
064
持ちだすものがなくなると、
065
母が大切にしまっておられた
縮緬
(
ちりめん
)
でできていた旗と法螺貝がみつかったのを、
066
それまで人にやってしまい、
067
母は商いから帰られ、
068
これを聞くなり「これは、
069
どうもならんな」と言われながら、
070
返してもらいに探されたことを憶えています。
071
昼のうちはヤンチャして遊び
呆
(
ほう
)
けていましても、
072
日も暗くなり、
073
よその家の<
行燈
(
あんどん
)
>に
灯
(
ひ
)
がともるころになると、
074
そろそろさびしくなり、
075
家々の戸が閉まり、
076
辺りが暗くなると、
077
どうにもこらえきれなくなり、
078
そんなとき、
079
下の家からお梅さんが訪ねてくれるのが何よりのなぐさめでした。
080
私は教祖さまが
背
(
せな
)
に荷を負われている姿を、
081
まだ帰って来られないことを手真似でして、
082
お梅さんを家の中に入れ、
083
昼間に三人が山から拾ってきて分けた柴を
焚
(
た
)
いてあたりました。
084
また梅さんのところに三人で行き、
085
梅さんとこの
炬燵
(
こたつ
)
に入れてもらい教祖さまの帰りを今か今かと待ちながら、
086
そのうちに
炬燵
(
こたつ
)
の中で
睡
(
ねむ
)
ってしまったこともあります。
087
梅さんは私の淋しい日のなつかしい仲よしでありました。
088
母の帰りは、
089
夜な夜なおそくなりました。
090
私は一人で
門
(
かど
)
に立って、
091
遠く向こうをじっと見つめながら母さんを待ちました。
092
そうしてじっと外を見ているうちに、
093
一足二足
(
ひとあしふたあし
)
歩きだしていました。
094
権現さんのところまでゆきますと、
095
草鞋履
(
わらじば
)
きの母さんの足音がしてきました。
096
私は「母さん」というて走ってゆきました。
097
教祖さまは優しい声で「はい」と言われて、
098
私の手を握って引いてくださいました。
099
私は何もかも忘れて手をひかれて歩いていました。
100
母は私の手を引きながら、
101
「
早
(
はよ
)
う帰ってやろうと思うても、
102
思うように足が運ばぬのでな」と言われました。
103
家に帰ると母は、
104
「さあ母さんがもどったでよ」とおりょう姉さんに言われ、
105
さっそく柴をとられ、
106
竈
(
かまど
)
に火を焚かれました。
107
「御飯たべえや」というて、
108
お茶碗によそって下さいました。
109
御飯というても、
110
いまごろ皆さんが頂いているようなものではなかったのです。
111
母はその日の商いのもうけの中から一合なり二合なりの米を帰りの道で買われ、
112
それでお粥を炊いて下さるので、
113
教祖さまが帰られるまでは、
114
どんなにおそくなっても私たちはお
腹
(
なか
)
がすいたままで、
115
母を待たねばなりませんでした。
116
母は百姓が落としている麦の落ち穂があれば、
117
一つでも拾ってきて、
118
それが二三合もたまると、
119
碾臼
(
ひきうす
)
で粉にしてハッタイ
粉
(
こ
)
を作って下さいました。
120
また
樫
(
かし
)
の実を拾って帰られると、
121
臼の中に入れ
てぐ
という
槌
(
つち
)
で打たれ、
122
それをさらしてさらして団子にして下さいました。
123
ある時は
黍
(
きび
)
を買ってきて臼で粉に
碾
(
ひ
)
かれて
黍団子
(
きびだんご
)
を作ってもらって食べたこともあります。
124
ひところ母は
山家
(
やまが
)
に向けてよく仕事にゆかれていることがありました。
125
そうして、
126
「帰りには
山家
(
やまが
)
饅頭
(
まんじゅう
)
を
買
(
こ
)
うてきちゃるでな」と言ってでかけられました。
127
そのころ
山家
(
やまが
)
に麦でつくった
餡
(
あん
)
のおいしい饅頭がありました。
128
一つが二文で、
129
おりょう姉さんと私に二銭がとこも買ってこられたこともありました。
130
そのころはお父さんが亡くなられて家が七円五十銭で銀行の質においてあったころですから、
131
母としては大ふんぱつであったのです。
132
私はこの
山家
(
やまが
)
饅頭が好きで、
133
よく母に、
134
「
山家
(
やまが
)
饅頭
買
(
こ
)
うてきてや」とねだりました。
135
夜になって私たちがくたぶれて寝てしまっても、
136
帰ってこられると、
137
荷物をおくと
草鞋
(
わらじ
)
ぬぐ
間
(
ま
)
が待てず
膝
(
ひざ
)
で畳の上を這うて、
138
私とおりょう姉さんが睡っているところへきて、
139
「おりょうや、
140
おすみや、
141
山家
(
やまが
)
饅頭
買
(
こ
)
うて来たで」と言うてゆりおこして下さいました。
142
私は寝とぼけて、
143
「饅頭
買
(
こ
)
うてきてくれたか」と言いながら、
144
起き上がってその
山家
(
やまが
)
饅頭を頂いたそうです。
145
母は私達が
可愛
(
かわ
)
ゆうて朝まで待てなかったのです。
146
私は食べおわるとすぐ睡りこけてしもうて、
147
あくる朝、
148
母さんから「ゆうべの
山家
(
やまが
)
饅頭うまかったか」と聞かされても、
149
私は「知らぬ」というたので、
150
「あんなつまらんことなかった」と教祖さまは後になっても話されました。
151
やはり私の数え年八つの初夏のころでありました。
152
晩
(
ばん
)
げになると、
153
私はいつものように母さんを迎いに外にでました。
154
蛍
(
ほたる
)
の出る頃で
155
蛍来い ぶんぶくしょう
156
柳のすあいでぶんぶくしょう
157
とうたいながら
川糸
(
かわいと
)
の細道まで出ると、
158
道の下の
川面
(
かわおも
)
をすいすいと蛍が飛んでいました。
159
私は川の中まではいって夢中になって蛍とりをしていました。
160
川の中をバチャバチャ歩いていても母さんの足音が聞こえてくるのに気づき、
161
母さんだとわかりました。
162
私は蛍のことも忘れ川の中からとびだし、
163
母さんのお姿を求めて走ってゆきました。
164
初夏の夕暮れ、
165
蛍のとび
交
(
か
)
う光景は、
166
私のこころに美しく染まっていて、
167
いまでも美しく描き出せます。
168
未決監房にいれられても、
169
そのことを
詩
(
うた
)
に作りました。
170
故里
(
ふるさと
)
なつかし幼な
時
(
どき
)
171
母はその日の
生計
(
なりわい
)
に
172
朝まは早く
夜
(
よ
)
はおそく
173
姉と二人が家の番
174
昼はたわむれ遊べども
175
晩げになればさむしなる
176
母を迎いに二人づれ
177
川糸
(
かわいと
)
の細道した川の
178
蛍こい、
179
ぶんぶくしょう
180
岸根にとまる
蛍虫
(
ほたるむし
)
181
お尻まくって蛍とる
182
しとしと聞ゆる足の音
183
母と見るより跳び上がる
184
母はにっこと笑みたまい
185
わが手を引いて帰らるる
186
うちに帰ればくらがりの
187
カチカチカチと火打石
188
とぼす
行燈
(
あんどん
)
もほそぼそと
189
神にささぐる油なし
190
メイタに火を
点
(
つ
)
けて献げられた
191
未決にいるころは、
192
ひまなので思い出すままに口ずさんでいました。
193
教祖さまは火のついた
メイタ
(つけ
木
(
ぎ
)
)を手に高くかかげられて神さまにささげていられました。
194
貧者
(
ひんしゃ
)
の
一燈
(
いっとう
)
という言葉がありますが、
195
教祖さまのはまことにそれ以上のものでした。
196
その時、
197
神様は「そなたの
真心
(
まごころ
)
がうれしい」と申されて喜ばれたということです。
198
教祖さまは
他人
(
ひと
)
にも言われず、
199
自分でも気づかれていなかったかも知れませんが、
200
そのころから神様のみ
声
(
こえ
)
を聞いておられたようです。
201
教祖さまが帰ってこられると、
202
その日のもうけの一文銭を一文一文こよりに通して、
203
シュッシュッと音をたてながら算用される音を聞くのが、
204
子供ごころに楽しみでした。
205
私は五厘ずつ
一
(
ひと
)
くくりにするのを手伝ったこともありました。
206
貧しい者には
他
(
よそ
)
にない楽しさもあります。
207
蛍のころになると近所の子供とおなじように蛍かごが欲しくてほしくてかなわんのですが、
208
とてもそんなものは
買
(
こ
)
うてもらえませんので、
209
私は
畠
(
はたけ
)
の
葱
(
ねぎ
)
をとってきて葱の中に蛍を入れて
愛
(
いと
)
しみました。
210
そしておうちの
蚊帳
(
かや
)
の中に入れて、
211
蛍をとばしました。
212
うす青い
蚊帳
(
かや
)
の中を飛び交う蛍をながめながら寝ていると、
213
その楽しさに深くひたれるのでした。
214
しかしある時流しの棚で
柄
(
え
)
のとれた
杓
(
しゃく
)
を見つけ、
215
柄の穴から蛍を入れることを思いつき、
216
蚊帳
(
かや
)
の古い
裂
(
きれ
)
をはり有頂天になってそれをさげ、
217
近所の子供たちに交って、
218
蛍がりにゆきました。
219
蛍を呼びながらも、
220
うれしさが身うちをかけめぐりました。
221
私とおりょう姉さんは馬場に芝居がかかると
木戸番
(
きどばん
)
の人に頼んで、
222
無料
(
ただ
)
で入れてもらいました。
223
そして帰りにおよね姉さんのところによりました。
224
そのころ姉さんは小料理屋を出して、
225
繁昌していました。
226
夜おそくまで店の表をあけていて、
227
私が「姉さん」というと、
228
「はいりや」といって姉さんは饅頭などをだして「食べな」といって優しくしてくれました。
229
およね姉さんは私には良い姉さんでした。
230
慾がなくて、
231
自分のものも人のものも分からない人で、
232
それで人にも良く好かれましたが、
233
教祖さまにはきつく当たりました。
234
これは霊系を立直される神界からの関係によるもので不思議なもので、
235
こわいものであります。
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<<< 07 奉公
(B)
(N)
09 母は栗柄へ >>>
幼ながたり
> 08 幼なき姉妹
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飯塚弘明著『
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