霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第三章 帰郷(ききやう)〔一〇四〇〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第38巻 舎身活躍 丑の巻 篇:第1篇 千万無量 よみ(新仮名遣い):せんまんむりょう
章:第3章 帰郷 よみ(新仮名遣い):ききょう 通し章番号:1040
口述日:1922(大正11)年10月14日(旧08月24日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年4月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
上谷の修行場で二十有余人の修行者の審神者と奉仕していたところ、郷里から老母危篤の報が届いた。見舞いには行きたいが、自分が離れると邪神が修行場をかき乱すに違いない途方にれていた。
神界に伺ってみたところ、四五日の間に帰ってくればたいした邪魔はないであろう、とのことであった。また出口教祖からも、祖母の病気は生命には別状ないから、一心に鎮魂すれば八九分は平癒する、とのお示しがあった。
そこで四方藤太郎に修行場を頼んで、穴太に行くことになった。四方氏には、喜楽が不在中に綾部から教祖様が迎えに来られても、一人も修行者をやってはならない、特に四方春蔵、塩見せい子、黒田きよ子は気をつけよ、と念を押した。
しかし二三日後に教祖様から神の御命令だからと右三名を綾部に迎えに来た。四方氏は教祖の命だからと抗しきれず、三人を連れて帰られてしまった。三人は教祖のお迎えだからと慢心し、邪神が急激に襲来して金明会の広間は大騒ぎになってしまった。
喜楽が実家に戻ると、祖母は病床で寝ていた。母は祖母に気遣って、喜楽が帰ってきたことを知らせずに祖母を寝かしておいた。すると祖母がうなされ始めたので、母と介抱した。
祖母は目を覚ますと母と喜楽に向かって、夢の中でご先祖さまから、喜三郎は神様のお使いとして世に尽くす使命を持っているのだから、家に結び付けてはいけない、ときつい戒めを受けたことを語った。
喜楽は祖母の言葉に涙し、すぐに家を出立しようとした。しかし母は、親戚の次郎松やお政さんを引き連れて来て、二三日逗留するようにと引き留めをした。喜楽は次郎松とお政さんに家業を継ぐように責め立てられて閉口した。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-10-30 13:25:34 文字数:3504 OBC :rm3803
愛善世界社版:28頁 八幡書店版:第7輯 167頁 修補版: 校定版:28頁 普及版:13頁 初版: ページ備考:
001心(こころ)なき人(ひと)の誹(そしり)も何(なに)かあらむ
002神(かみ)に任(ま)かせし吾(わが)身(み)なりせば
003 上谷(うへだに)の修業場(しうげふば)で、004二十(にじふ)有余(いうよ)人(にん)の幽斎(いうさい)修業者(しうげふしや)の審神者(さには)に奉仕(ほうし)しつつある処(ところ)、005自分(じぶん)の郷里(きやうり)から『老母(らうぼ)危篤(きとく)すぐ帰(かへ)れ』との電信(でんしん)が着(つ)いた。006祖母(そぼ)の急病(きふびやう)と聞(き)いた以上(いじやう)は、007是非(ぜひ)共(とも)一度(いちど)は帰(かへ)つて見舞(みま)うて来(こ)ねばならぬ。008併(しか)しながら一方(いつぱう)の修業者(しうげふしや)の様子(やうす)を見(み)れば、009一日(いちじつ)片時(かたとき)も目(め)をはなすことが出来(でき)ぬことになつてゐる。010ぢやと云(い)つて祖母(そぼ)の病気(びやうき)を孫(まご)として、011そ知(し)らぬ顔(かほ)に打(うち)すてておく訳(わけ)にも行(ゆ)かず、012修業者(しうげふしや)を見放(みはな)しすれば、013又(また)しても以前(いぜん)の如(ごと)く邪神(じやしん)が襲来(しふらい)して、014修行場(しうぎやうば)をかき乱(みだ)すに違(ちが)ひない、015喜楽(きらく)が失敗(しつぱい)するのを、016鵜(う)の目(め)鷹(たか)の目(め)で待構(まちかま)へ、017欠点(けつてん)を捜(さが)して、018機会(きくわい)だにあらば放逐(はうちく)せむとして居(ゐ)る某々(ぼうぼう)がある。019喜楽(きらく)は神(かみ)さまの御(お)道(みち)と祖母(そぼ)の危急(ききふ)の場合(ばあひ)を思(おも)ふと、020如何(どう)決心(けつしん)したら良(い)いか、021進退(しんたい)谷(きは)まつて途方(とはう)に暮(く)れてゐた。022兎(と)にも角(かく)にも神界(しんかい)へ伺(うかが)つて見(み)た所(ところ)、023神(かみ)様(さま)のお告(つげ)に依(よ)れば、
024『ここ四五(しご)日(にち)の間(あひだ)に修業場(しうげふば)へ帰(かへ)つて来(く)れば余(あま)り大(たい)した邪魔(じやま)は在(あ)るまい……』
025との事(こと)であつた。026そして、
027『祖母(そぼ)の病気(びやうき)は余程(よほど)重態(ぢうたい)ではあるが、028生命(いのち)には別状(べつじやう)はない、029とは言(い)ふものの祖母(そぼ)のことであるから、030近所(きんじよ)の人々(ひとびと)に対(たい)しても、031帰(かへ)らずにはおかれまい、032早(はや)く行(い)つて来(く)るがよい、033一心(いつしん)になつて鎮魂(ちんこん)をすれば、034八九分(はちくぶ)通(どほ)りは平癒(へいゆ)する』
035とのことであつた。036無論(むろん)出口(でぐち)教祖(けうそ)さまのお口(くち)を通(とほ)してのお示(しめ)しである。037そこで四方(しかた)藤太郎(とうたらう)を不在中(ふざいちゆう)の審神者(さには)に依頼(いらい)しおき、038喜楽(きらく)の帰郷中(ききやうちう)、039修行者(しうぎやうしや)一同(いちどう)を托(たく)して、040一先(ひとま)づ穴太(あなを)へ行(ゆ)くことになつた。041喜楽(きらく)は出立(しゆつたつ)に際(さい)し、042四方(しかた)氏(し)に命(めい)じたのは、
043喜楽(きらく)『不在中(ふざいちゆう)に、044綾部(あやべ)から教祖(けうそ)さまが迎(むか)へに来(こ)られても、045福島(ふくしま)が来(き)ても、046又(また)誰(たれ)が何(なん)と云(い)つて来(き)ても此処(ここ)の修行者(しうぎやうしや)は一人(ひとり)も綾部(あやべ)へやつてはならぬ。047わけて四方(しかた)春三(はるざう)、048塩見(しほみ)せい子(こ)、049黒田(くろだ)きよ子(こ)には十分(じふぶん)気(き)をつけて貰(もら)ひ度(た)い』
050と頼(たの)んでおいた。051四方(しかた)藤太郎(とうたらう)氏(し)は喜楽(きらく)の言(ことば)をよく守(まも)つて厳格(げんかく)に審神者(さには)を奉仕(ほうし)してゐた。052さうすると二三(にさん)日(にち)たつて、053教祖(けうそ)さまから神(かみ)の御(ご)命令(めいれい)だからと云(い)つて、054右(みぎ)三(さん)人(にん)の修行者(しうぎやうしや)を綾部(あやべ)の金明会(きんめいくわい)へ連(つ)れて帰(かへ)られた。055四方(しかた)氏(し)も教祖(けうそ)の命令(めいれい)には抗弁(かうべん)しかねて、056やむを得(え)ず三(さん)人(にん)を渡(わた)して了(しま)うた。057三(さん)人(にん)の修行者(しうぎやうしや)は、058教祖(けうそ)がワザワザ自分(じぶん)でお迎(むか)いに来(こ)られる位(くらゐ)だから、059自分(じぶん)等(ら)三(さん)人(にん)は大変(たいへん)に神界(しんかい)の思召(おぼしめし)に叶(かな)うてゐるに相違(さうゐ)ないと、060直様(すぐさま)慢心(まんしん)をした為(ため)に、061又(また)もや妖魅(えうみ)が急激(きふげき)に襲来(しふらい)して、062恰(あたか)も気違(きちがひ)芝居(しばゐ)のやうなことを演(えん)じ出(だ)し、063金明会(きんめいくわい)の広間(ひろま)は、064発狂者(はつきやうしや)の巣窟(さうくつ)の様(やう)になつて了(しま)つたのである。
065○
066 さて喜楽(きらく)は綾部(あやべ)から只(ただ)一人(ひとり)で、067十四(じふよ)里(り)の山路(やまみち)をボツボツ徒歩(かち)で行(い)つて見(み)ると、068吾(わが)家(や)の軒(のき)まで差(さし)かかつた時(とき)、069何(なん)とも形容(けいよう)の出来(でき)ない一種(いつしゆ)の悲哀(ひあい)の感(かん)じが胸(むね)に浮(う)かんで来(き)た。
070『あゝ祖母(そぼ)の身(み)の上(うへ)は如何(どう)だらう。071まだ玉(たま)の緒(を)の命(いのち)は切(き)れずにあるだらうか。072母(はは)は如何(どう)して居(を)るだらう……』
073とくさぐさの思(おも)ひに胸(むね)は張裂(はりさ)けるやうであつた。074急(いそ)いで吾(わが)家(や)に入(い)り見(み)れば、075母(はは)は縁先(えんさき)の障子(しやうじ)を一(いち)枚(まい)開(あ)けて涼(すず)しい風(かぜ)を入(い)れつつ、076今年(こんねん)八十六(はちじふろく)歳(さい)になつた祖母(そぼ)の看病(かんびやう)をしてゐる処(ところ)であつた。077祖母(そぼ)も今日(けふ)は殊(こと)の外(ほか)気分(きぶん)が良(よ)いといつて、078庭(には)の若(わか)い松(まつ)の木(き)を眺(なが)めて、079勢(いきほひ)のよい枝振(えだぶり)りなどを褒(ほ)めて居(を)られた。080喜楽(きらく)の妹(いもうと)の君(きみ)といふ八(はつ)歳(さい)の幼女(えうぢよ)が学校(がくかう)から帰(かへ)つて来(き)て枕許(まくらもと)で何(なん)だか無理(むり)を言(い)つて、081母(はは)を困(こま)らして居(を)る所(ところ)であつた。
082 祖母(そぼ)は喜楽(きらく)の帰(かへ)つて来(き)たことを知(し)らずに、083又(また)何時(いつ)とはなしにスヤスヤとよく寝入(ねい)つて居(を)られた。084折角(せつかく)寝(ね)て居(を)られるのを、085目(め)をさましては却(かへつ)て病気(びやうき)の障(さは)りになつてはならぬと、086母(はは)は自然(しぜん)に目(め)のさめる迄(まで)、087喜楽(きらく)の帰(かへ)つて来(き)たことを知(し)らさぬ様(やう)にしてゐた。088喜楽(きらく)は先(ま)づ母(はは)に不在中(ふざいちゆう)の辛労(しんらう)を謝(しや)したり、089祖母(そぼ)の病気(びやうき)の様子(やうす)などを尋(たづ)ねて居(ゐ)た。
090 折(をり)しも今迄(いままで)楽(らく)相(さう)に眠(ねむ)つて居(を)られた祖母(そぼ)は、091何者(なにもの)にか襲(おそ)はれたやうに、092恐(おそ)ろしい悶絶(もんぜつ)の声(こゑ)を出(だ)し、093稍(やや)苦(くるし)みの心(こころ)が見(み)えた。094母(はは)も喜楽(きらく)もあわてて側(そば)へ寄(よ)り、095よくよく見(み)れば、096祖母(そぼ)は今(いま)正(まさ)に何者(なにもの)にかうなされて居(ゐ)る様子(やうす)である。097母(はは)と喜楽(きらく)とが左右(さいう)の手(て)を取(と)つて、098静(しづ)かに起(おこ)し、099背(せな)をなでさすりなどして居(ゐ)ると、100やうやう目(め)をさまし、101正気(しやうき)にかへられた。102老(おい)の身(み)のやせ衰(おとろ)へた病人(びやうにん)の事(こと)とて、103額(ひたひ)も足(あし)も手(て)も冷汗(ひやあせ)にビシヨぬれになつて、104見(み)るからにいぢらしく、105自然(しぜん)に喜楽(きらく)の目(め)にも涙(なみだ)が一杯(いつぱい)にあふれて来(き)た。106稍(やや)あつて祖母(そぼ)は力(ちから)なき目(め)を見(み)ひらき、
107祖母(そぼ)『あゝ不思議(ふしぎ)な夢(ゆめ)をみたものだ。108お米(よね)、109そこにゐるか。110よう聞(き)いてお呉(く)れ、111吾(わが)家(や)の御(ご)先祖(せんぞ)様(さま)が、112只今(ただいま)の先(さき)、113孫(まご)の喜三郎(きさぶらう)を殺(ころ)して了(しま)うと仰有(おつしや)つて、114長(なが)い刀(かたな)を引(ひき)ぬいて追(おひ)かけまはして居(を)られる。115喜三郎(きさぶろう)は一生(いつしやう)懸命(けんめい)に逃(に)げまはす。116見(み)るに見(み)かねて私(わたし)が御(ご)先祖(せんぞ)様(さま)に対(たい)し、117暫(しばら)くの御(ご)猶予(いうよ)をと、118泣(な)いてお頼(たの)みしたら、119御(ご)先祖(せんぞ)さまも少(すこ)し顔色(かほいろ)を和(やは)らげて、120……そんならお前(まへ)から喜三郎(きさぶろう)に諭(さと)してやるがよい。121上田(うへだ)の家(いへ)は藤原(ふぢはら)の鎌足(かまたり)の末(すゑ)である。122うつり行(ゆ)く世(よ)の慣(なら)ひ、123家(いへ)の系図(けいづ)は幾(いく)つにも別(わか)れてゐるが、124中(なか)には今(いま)に歴然(れきぜん)として時(とき)めいてゐる子孫(しそん)もあり、125大商人(だいしやうにん)になつてゐる子孫(しそん)もあり、126百姓(ひやくしやう)になつたのも沢山(たくさん)ある。127又(また)中途(ちうと)にして家(いへ)の断絶(だんぜつ)したのもあるが、128吾(わが)家(や)こそは百姓(ひやくしやう)になつた人(ひと)の家筋(いへすぢ)で、129先祖(せんぞ)から代々(だいだい)お国(くに)の為(ため)になることを勤(つと)めて来(き)たのである。130併(しか)しモウ斯(か)う百姓(ひやくしやう)に成(な)り下(さが)つて了(しま)うては、131如何(どう)することも出来(でき)ぬと幽界(いうかい)から歎(なげ)いてゐたのである。132併(しか)しながら有難(ありがた)き御代(みよ)になつて、133百姓(ひやくしやう)でも誠(まこと)があり力(ちから)さへあれば、134どんなことでも出来(でき)るやうになつたのだから、135どうかして吾(わが)子孫(しそん)から世(よ)の為(ため)になる者(もの)を現(あら)はしたいと思(おも)ひ、136神界(しんかい)の御(お)許(ゆる)しを受(う)けて、137神(かみ)様(さま)の尊(たふと)きお道(みち)を明(あきら)かに世界(せかい)へ現(あら)はし、138此(この)世(よ)を安楽(あんらく)な神(かみ)の世(よ)にしたい為(ため)に、139喜三郎(きさぶろう)を神(かみ)様(さま)のお使(つかひ)として、140一身(いつしん)を捧(ささ)げて世(よ)の為(ため)に尽(つく)さしたいと思(おも)ひ、141其(その)身辺(しんぺん)を昼夜(ちうや)に守護(しゆご)致(いた)して居(を)るのである。142かかる重(おも)き使命(しめい)を有(も)つてゐる者(もの)が、143祖母(そぼ)の病気(びやうき)のために心(こころ)を紊(みだ)し、144肝賢(かんじん)の神界(しんかい)の御用(ごよう)をすてて、145のめのめと吾(わが)家(や)に帰(かへ)り来(く)るとは不届(ふとど)き千万(せんばん)な奴(やつ)だ。146神界(しんかい)へ対(たい)して申訳(まをしわけ)が立(た)たぬから、147一層(いつそう)のこと切(き)り捨(す)てて了(しま)ふと仰有(おつしや)つて、148大変(たいへん)な御(ご)立腹(りつぷく)、149そこで私(わたし)がいろいろとお詫(わび)をして、150暫(しばら)くの御(ご)猶予(いうよ)を願(ねが)うたと思(おも)ふ折(をり)、151不意(ふい)に誰(たれ)にか揺起(ゆりおこ)されたと思(おも)ふたら、152ヤツパリ夢(ゆめ)であつた。153アー併(しか)し乍(なが)ら御(ご)先祖(せんぞ)さまのお言葉(ことば)は夢(ゆめ)とはいふものの、154等閑(なほざり)にすることは出来(でき)ぬ。155喜三郎(きさぶろう)も其(その)心得(こころえ)で世(よ)の為(ため)に、156神(かみ)さまの御用(ごよう)を一心(いつしん)に勤(つと)めて貰(もら)へば、157先祖(せんぞ)さまに対(たい)して申訳(まをしわけ)が立(た)つから、158中途(ちうと)に気(き)をくぢかぬやうに頼(たの)むぞ。159妾(わたし)は老木(おいき)の末短(すゑみじか)き身(み)の上(うへ)、160お前(まへ)はまだ血気(けつき)盛(ざか)り、161半時(はんとき)の間(ま)も無益(むえき)に日(ひ)を送(おく)ることは出来(でき)ぬから、162妾(わたし)に構(かま)はずお道(みち)の為(ため)に潔(いさぎよ)く尽(つく)して呉(く)れ。163併(しか)し乍(なが)ら人間(にんげん)は老少(らうせう)不定(ふぢやう)だから、164これが別(わか)れになるかも知(し)れぬ。165ズイ分(ぶん)身体(からだ)を大切(たいせつ)にせよ』
166と後(あと)は言葉(ことば)もなく、167其(その)目(め)には涙(なみだ)が泛(うか)んでゐた。168喜楽(きらく)の目(め)にもいつの間(ま)にやら涙(なみだ)が漂(ただよ)ひ、169腮辺(しへん)を伝(つた)ふのを押(おし)かくし、
170喜楽(きらく)『お祖母(ば)アさま、171そんならこれから綾部(あやべ)へ行(い)つて来(き)ます。172どうぞ達者(たつしや)にしてゐて下(くだ)さい』
173と門口(かどぐち)を出(で)やうとする時(とき)、174いつの間(ま)にか母(はは)は株内(かぶうち)の次郎松(じろまつ)やお政(まさ)後家(ごけ)サンを伴(ともな)うて帰(かへ)り来(きた)り、
175母(はは)『喜三郎(きさぶろう)、176お前(まへ)に一寸(ちよつと)相談(さうだん)があるから、177今(いま)帰(かへ)ることは出来(でき)ぬ。178どうぞ二三(にさん)日(にち)待(ま)つて貰(もら)はねばならぬ』
179と引(ひき)とめられた。180……サア了(しま)つた。181モウ仕方(しかた)がない。182せめて二三(にさん)分間(ぷんかん)母(はは)の帰宅(きたく)が遅(おそ)かつたならば、183甘(うま)く此(この)場(ば)をぬけて帰(かへ)られたのに、184又(また)もや母(はは)や次郎松(じろまつ)サンから、185沢山(たくさん)の苦情(くじやう)をかまされることだらう……と思(おも)ふたが、186最早(もはや)仕方(しかた)がない。187先(ま)づ二人(ふたり)に時(とき)の挨拶(あいさつ)や、188不在中(ふざいちゆう)お世話(せわ)になつた好意(かうい)を陳謝(ちんしや)し、189座(ざ)につくや否(いな)や、190次郎松(じろまつ)サンがいきなり、191目(め)をむいて、
192次郎(じろ)『コレ喜三(きさ)ヤン、193お前(まへ)は一体(いつたい)全体(ぜんたい)、194何(なに)をト呆(ぼ)けて居(を)るのだ。195こんな老人(としより)や母親(ははおや)を見(み)すてて、196如何(いか)に百姓(ひやくしやう)が嫌(いや)ぢやとて、197勝手(かつて)気儘(きまま)にいなごの様(やう)に、198朝夕(あさゆふ)そこらを飛(とび)あるくとは、199余(あま)り物(もの)が分(わか)らぬすぎるぢやないか。200それとも如何(どう)しても内(うち)を出(で)て極道(ごくだう)がしたいと思(おも)うなら、201毎月(まいげつ)金(かね)を送(おく)つて来(き)なさい。202其(その)金(かね)でお前(まへ)の代(かは)りに人足(にんそく)を雇(やと)うて百姓(ひやくしやう)さすから、203如何(どう)ぢや、204分(わか)つたかなア。205一体(いつたい)お前(まへ)が家(いへ)を出(で)てから、206一年余(いちねんあま)りになるが、207金(かね)一文(いちもん)送(おく)つて来(く)るでもなし、208たより一(いつ)ぺんするでもなし、209生(い)きて居(を)るのか死(し)んで居(を)るのか、210但(ただし)は家(いへ)を忘(わす)れて帰(かへ)つて来(く)る処(ところ)が知(し)れなんだのか、211訳(わけ)が分(わか)らぬといふても余(あま)りぢやないか。212私(わたし)は上田家(うへだけ)の為(ため)に先祖(せんぞ)に成(な)り代(かは)つて意見(いけん)しに来(き)たのだから、213私(わたし)の忠告(ちうこく)をも聞(き)かずに、214綾部(あやべ)へ行(ゆ)くなら行(い)つて見(み)なさい。215不在中(ふざいちゆう)の此(この)家(いへ)の御(お)世話(せわ)は私(わたし)はお断(ことわ)り申(まを)す。216私(わたし)計(ばか)りか株内(かぶうち)も近所(きんじよ)も皆(みな)其(その)通(とほ)りだ。217どんなことが出来(しゆつたい)しても構(かま)はぬから、218今(いま)ここでキツパリと返答(へんたふ)をしてくれ』
219と真赤(まつか)な顔(かほ)して呶鳴(どな)つて居(ゐ)る。220又(また)一人(ひとり)の別家(べつけ)のお政(まさ)といふ後家(ごけ)サンが、221喧(やかま)しう泣(な)くやうに綾部(あやべ)へ行(ゆ)くなと口説(くど)きたてる。222二人(ふたり)共(とも)神界(しんかい)のことはテンで頭(あたま)にない。223只(ただ)肉体(にくたい)上(じやう)から見(み)て、224上田家(うへだけ)の前途(ぜんと)を案(あん)じての親切(しんせつ)から云(い)ふてくれるのであるから、225二人(ふたり)の心情(しんじやう)を察(さつ)してみると、226帰(かへ)りもならず、227それぢやと言(い)ふて穴太(あなを)に居(を)る訳(わけ)にも行(ゆ)かず、228退引(のつぴき)ならぬ仕儀(しぎ)となり閉口(へいこう)をした。
229(大正一一・一〇・一四 旧八・二四 松村真澄録)
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