霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第八章 三(み)ツ巴(どもゑ)〔一〇四五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第38巻 舎身活躍 丑の巻 篇:第2篇 光風霽月 よみ(新仮名遣い):こうふうせいげつ
章:第8章 三ツ巴 よみ(新仮名遣い):みつどもえ 通し章番号:1045
口述日:1922(大正11)年10月16日(旧08月26日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年4月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
明治三十二年十月十五日、足立、四方、中村の三人は全権大使として綾部にやってきて、自分を本宮山上に誘い出した。三人は、自分たちは役員信者たちの代表としてやってきたのだと、自分に対して退去を勧告してきた。
足立は、教祖様を無学の紙屑拾いの婆さん、自分を牛乳屋と嘲弄し、今後は金光教で綾部の教会の面倒を見るからと侮辱している。中村も自分を悪罵し、怒りで退散させようとしている。
喜楽は黙って聞いていたが、とうとう堪忍袋がこらえきれなくなってきた頃に、出口澄子が一人で登ってきて、教祖様がたいへんに探しているからと迎えに来た。これ幸いと、自分は出口澄子と一緒に山を降って行った。
一時間ほどして、足立ら三人も広間にやっていた。喜楽はここを退去すべきかどうか思案していたが、直日の御魂に省みて、このめちゃくちゃな状態を打ち捨てて行くわけにはいかないと思い直した。
教祖様と四方平蔵氏がふすまをあけて入ってきて、喜楽に、神様のご都合で引き寄せられた方だから、帰ることはまかりならない、と言い渡した。
役員や信者がどんなに反対しても、自分(教祖)と上田先生の二人さえ残れば神様のお仕組みは成就するから、しっかり上田先生の言うことを聞いて他の役員に惑わされてはならない、と四方平蔵氏に説き諭した。
そして、別派を作りたいなら勝手に開くようにと言い渡し、自分(教祖)と上田先生と四方平蔵氏の三人はどこまでもここを動かない決心である、と宣言した。これ以降、四方平蔵氏は陰に陽に喜楽を庇護してくれるようになり、ようやく大本の基礎ができ始めたのである。
今度は京都の谷口房次郎という者が、霊学の修行で天眼通が開け、慢心して四方春蔵や喜楽を押しのけて、金明会の次期教主になろうと野心を起こし、教祖様に直談判に来た。
自分が次期教主になれば、金明会の教えは一年とたたずに日本全国に広がる、と説く谷口に対し、教祖様は、誠というものはそんなものではない、と叱りつけた。そして、自分はどこまでも上田先生と教えを開くつもりだからと、逆に谷口に退去を命じた。
谷口は上谷に行って、次の上田反対運動の作戦を練っていた。
また足立正信氏も、金明会の勢いが将来的に伸びるだろうと踏んで、教祖様の娘婿となって次期教主となることをもくろんでいた。四方平蔵氏から綾部の金神さんの噂を聞いた金光教は、出口教祖の人気を利用して金光教の教師にしようとし、足立氏が受け持ち教師として送られてきたとう経緯の人であった。
中村竹蔵は、難病を助けてもらって熱心な信者になった。最初から教祖様の信者であったが、次第に慢心を起こし、自分の女房を離縁して教祖様の娘婿になろうと企んでいた。
四方春蔵は上谷の財産家の息子であったが、邪神がうつって野心を起こし、弟に後を譲って自分は教祖様の娘婿になろうと画策していた。
足立、中村、四方春蔵は三つ巴となって暗躍していたが、そこに突然、喜楽が世継ぎと神様から示されたので、三派は喜楽を攻撃することになったのである。そこに谷口がまた出てきて野心を抱いて運動をする。
喜楽や澄子はそんなことには構わずに一意専心に霊学の発達と筆先の研究に傾注していた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-02 12:49:58 文字数:6472 OBC :rm3808
愛善世界社版:83頁 八幡書店版:第7輯 188頁 修補版: 校定版:83頁 普及版:41頁 初版: ページ備考:
001 明治(めいぢ)三十二(さんじふに)年(ねん)十(じふ)月(ぐわつ)十五(じふご)日(にち)の事(こと)であつた。002足立(あだち)、003四方(しかた)、004中村(なかむら)の三(さん)人(にん)は、005上谷(うへだに)の修行場(しうぎやうば)にて、006神懸(かむがかり)[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]一統(いつとう)鳩首(きうしゆ)謀議(ぼうぎ)の結果(けつくわ)、007喜楽(きらく)に対(たい)し、008綾部(あやべ)退却(たいきやく)の勧告(くわんこく)をなさむと、009全権(ぜんけん)公使(こうし)格(かく)で何喰(なにく)はぬ顔(かほ)して、010金明会(きんめいくわい)へ帰(かへ)り来(きた)り、011言(ことば)巧(たく)みに本宮山(ほんぐうさん)上(じやう)に誘(さそ)ひ出(だ)し、012第一番(だいいちばん)に四方(しかた)春三(はるざう)は口(くち)を開(ひら)いて云(い)ふ。
013四方(しかた)『上田(うへだ)先生(せんせい)に申上(まをしあ)げますが、014夜前(やぜん)上谷(うへだに)の私(わたし)の宅(うち)で、015金明会(きんめいくわい)の役員(やくゐん)一同(いちどう)が集会(しふくわい)いたし、016相談(さうだん)の結果(けつくわ)、017先生(せんせい)に一(いち)日(にち)も早(はや)う綾部(あやべ)を立(たち)のいて貰(もら)ふ事(こと)になりました。018私(わたし)等(ら)三(さん)人(にん)に対(たい)し、019皆(みな)の役員(やくゐん)サンから、020先生(せんせい)に対(たい)し談判(だんぱん)をしてくれと頼(たの)まれ、021止(や)むを得(え)ず三(さん)人(にん)が出(で)て来(き)ましたのですから、022どうぞシツカリ聞(き)いて下(くだ)され。023永(なが)らく霊学(れいがく)を教(をし)へて貰(もら)うた先生(せんせい)に対(たい)して、024すげなう帰(かへ)つて下(くだ)さいと云(い)ふ事(こと)は、025弟子(でし)の私(わたくし)としては誠(まこと)に心苦(こころくるし)くて気(き)の毒(どく)でたまりませぬけれど、026先生(せんせい)が綾部(あやべ)に厶(ござ)ると、027第一(だいいち)教祖(けうそ)さまの教(をしへ)の邪魔(じやま)になり、028お仕組(しぐみ)が成就(じやうじゆ)しませぬので、029役員(やくゐん)信者(しんじや)の心(こころ)がハダハダになつて、030如何(どう)しても一致(いつち)しませぬから、031どうぞ一(いち)年(ねん)程(ほど)穴太(あなを)へ帰(かへ)つて下(くだ)され。032其(その)上(うへ)で又(また)御縁(ごえん)がありましたら、033皆(みな)が相談(さうだん)の上(うへ)、034こちらの方(はう)からお迎(むか)へに参(まゐ)ります。035実際(じつさい)の事(こと)を言(い)へば、036先生(せんせい)が綾部(あやべ)へお出(い)でるのが一二(いちに)年(ねん)許(ばか)り早(はや)すぎました』
037と立退(たちの)き勧告(くわんこく)を臆面(おくめん)もなくやつて居(ゐ)る。038喜楽(きらく)は黙然(もくねん)として何(なん)の答(こたへ)もなく、039春三(はるざう)の顔(かほ)を穴(あな)のあく程(ほど)見(み)つめて少(すこ)しく笑(わら)うてゐると、040春三(はるざう)は気味(きみ)悪(わる)相(さう)に真青(まつさを)な顔(かほ)をして俯(うつ)むいて首(くび)を頻(しき)りに振(ふ)つてゐる。041さうすると足立(あだち)正信(まさのぶ)が全権(ぜんけん)委員(ゐゐん)顔(がほ)をして曰(い)ふ。
042足立(あだち)『足立(あだち)が今日(こんにち)先生(せんせい)にお話(はなし)に参(まゐ)つたのは、043一個人(いちこじん)の考(かんが)へではありませぬ。044先(ま)づ第一(だいいち)に艮(うしとら)の金神(こんじん)さまを始(はじ)め、045役員(やくゐん)信者(しんじや)一同(いちどう)の代表者(だいへうしや)として、046参(まゐ)つたのですから、047あなたも其(その)お考(かんが)へで聞(き)いて頂(いただ)かねばなりませぬぞ。048抑(そもそ)も綾部(あやべ)には、049天地金(てんちかね)の神(かみ)さまのお道(みち)を開(ひら)く、050結構(けつこう)な金光(こんくわう)教会所(けうくわいしよ)があつたのを、051出口(でぐち)お直(なほ)さまが気(き)をいらつて、052四方(しかた)平蔵(へいざう)サンとひそかに相談(さうだん)して、053吾々(われわれ)始(はじ)め役員(やくゐん)信者(しんじや)には一言(いちごん)の相談(さうだん)もなく、054派(は)の違(ちが)ふ霊学(れいがく)の先生(せんせい)を呼(よび)よせて、055とうとう金光(こんくわう)教会(けうくわい)を丸潰(まるつぶ)しにしられたのは、056お前(まへ)サンも御存(ごぞん)じの通(とほ)りですが、057金光教(こんくわうけう)は立派(りつぱ)な公認(こうにん)の神道(しんだう)本局(ほんきよく)の直轄(ちよくかつ)教会(けうくわい)で、058天下(てんか)に憚(はばか)らず布教(ふけう)伝道(でんだう)に従事(じうじ)してゐるお道(みち)です。059かう申(まを)すと済(す)みませぬが、060上田(うへだ)サンの立(た)てた金明(きんめい)霊学会(れいがくくわい)は、061其(その)筋(すぢ)の認可(にんか)もうけずに、062偉相(えらさう)に布教(ふけう)してゐられても、063到底(たうてい)、064駄目(だめ)です。065出口(でぐち)お直(なほ)さまや四方(しかた)平蔵(へいざう)サン、066お前(まへ)サンの三(さん)人(にん)位(くらゐ)が何程(なにほど)骨(ほね)を折(を)つても、067瞬(またた)く内(うち)に其(その)筋(すぢ)から叩(たた)き潰(つぶ)されて了(しま)ひますよ。068さうなつてはお前(まへ)サンも皆(みな)サンに合(あ)はす顔(かほ)がないから、069足許(あしもと)の明(あ)かい内(うち)に一時(いつとき)も早(はや)くお帰(かへ)りなされ。070今(いま)こそ教祖(けうそ)だとか、071会長(くわいちやう)だとか云(い)うてゐられますが元(もと)を糺(ただ)せば紙屑買(かみくづかひ)の無学(むがく)の婆(ば)アサンや、072牛乳屋(ぎうにうや)位(くらゐ)が、073どれ丈(だけ)気張(きば)つて見(み)ても、074到底(たうてい)お話(はなし)にならぬから、075花(はな)のある内(うち)にここを引上(ひきあ)げなされ。076又(また)お直(なほ)さまの方(はう)は金光(こんくわう)教会(けうくわい)の方(はう)で大切(たいせつ)に世話(せわ)をしますから、077今(いま)の内(うち)に決心(けつしん)をきめて確(たし)かな御(ご)返答(へんたふ)を願(ねが)ひます。078お前(まへ)サン、079これ丈(だけ)皆(みな)の者(もの)に嫌(きら)はれて居(を)つても綾部(あやべ)を帰(かへ)るのがおいやですか。080よくよくお前(まへ)サンも行(ゆ)く所(ところ)のない困(こま)つた人足(にんそく)と見(み)えますな。081腹(はら)が立(た)ちますかなア。082腹(はら)が立(た)つならこれ見(み)たかで、083一(ひと)つこんな田舎(いなか)ではなく、084立派(りつぱ)な大都会(だいとくわい)の中央(まんなか)で、085一奮発(ひとふんぱつ)して教会(けうくわい)でも立(た)てて御覧(ごらん)。086イヤ併(しか)し人間(にんげん)と云(い)ふ者(もの)は末(すゑ)を見(み)な分(わか)らぬから何(なん)ぼ訳(わけ)の分(わか)らぬお前(まへ)サンでも、087又(また)犬(いぬ)も歩(ある)けや棒(ぼう)に当(あた)ると云(い)ふ事(こと)があるよつて、088どんな偉(えら)い者(もの)に、089此(この)先(さき)に於(おい)てなれぬとも限(かぎ)りませぬワイ』
090と嘲弄(てうろう)的(てき)に責(せめ)かける。091喜楽(きらく)は余(あま)りの侮辱(ぶじよく)と暴言(ばうげん)に何(なん)の答(こたへ)もなく、092黙然(もくねん)として俯(うつむ)いてゐた。093足立(あだち)は心地(ここち)よげに微笑(びせう)をうかべ、094喜楽(きらく)を尻目(しりめ)にかけて腕(うで)をふり乍(なが)ら、095コツコツと細(ほそ)い坂路(さかみち)を降(くだ)つて行(ゆ)く。096中村(なかむら)竹造(たけざう)はニタニタ笑(わら)ひ乍(なが)ら、
097中村(なかむら)『上田(うへだ)サン、098お前(まへ)サンは元(もと)を糺(ただ)せば百姓(ひやくしやう)の蛙切(かはづき)り、099少(すこ)し出世(しゆつせ)して牛乳屋(ぎうにうや)になつてゐたのぢやありませぬか。100それに何(なん)ぞや、101霊学(れいがく)だとか審神者(さには)ぢやとか云(い)つて、102草深(くさふか)い田舎(いなか)へ人(ひと)をだましに来(き)ても、103何時迄(いつまで)も尻尾(しつぽ)が見(み)えずには居(を)りませぬぞ。104なんぼ綾部(あやべ)が山家(やまが)だと云(い)うても、105中(なか)には目(め)のあいた者(もの)が居(を)りますでな。106百姓(ひやくしやう)の伜(せがれ)が大(だい)それた神道家(しんだうか)になるなんて、107そんな謀反(むほん)を起(おこ)してもだめですよ。108ヤツパリ蚯蚓切(みみづき)りの蛙飛(かはずと)ばしは、109どこともなく土臭(つちくさ)い所(ところ)がある。110なんぼ綾部(あやべ)の小都会(せうとくわい)でも、111お前(まへ)サン位(くらゐ)に自由(じいう)自在(じざい)にしられて、112喜(よろこ)んでゐるやうな馬鹿者(ばかもの)はありませぬぞや。113そんな性(しやう)に合(あ)はぬ事(こと)するより、114一(いち)日(にち)も早(はや)く穴太(あなを)へ帰(かへ)つて元(もと)のお百姓(ひやくしやう)をしなさい。115蛙(かへる)の子(こ)のお玉杓子(たまじやくし)は、116何程(なにほど)鯰(なまづ)の子(こ)によく似(に)て居(を)つても、117チツと大(おほ)きうなりかけると、118手(て)が生(は)えたり、119足(あし)がはえたり、120いつのまにやら尻尾(しつぽ)が切(き)れて、121ヤツパリ先祖(せんぞ)譲(ゆづ)りの糞蛙(くそがへる)によりなれませぬぞや。122どうしても鯰(なまづ)になれぬのは天地(てんち)の道理(だうり)ぢや。123私(わたし)も今年(ことし)で九年振(くねんぶり)、124天地金(てんちかね)の大神(おほかみ)さまのお道(みち)を学(まな)び、125八(はち)年(ねん)の間(あひだ)は艮(うしとら)の金神(こんじん)さまのお筆先(ふでさき)を朝(あさ)から晩(ばん)まで拝読(いただ)いて居(を)つても、126まだ満足(まんぞく)に人(ひと)に布教(ふけう)することが出来(でき)ぬ位(くらゐ)むつかしいものだのに、127お前(まへ)サンは去年(きよねん)の春(はる)まで、128蛙飛(かはづと)ばしや牛乳(ぎうにう)搾(しぼ)りをして居(を)り乍(なが)ら、129今(いま)から審神者(さには)になるの、130神懸(かむがか)り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]を人(ひと)に教(をし)へるといふのはチツと時節(じせつ)が早(はや)すぎます。131一(いち)日(にち)も早(はや)うどつかへ行(い)つて、132モツトモツト神(かみ)さまのお道(みち)の勉強(べんきやう)をして来(き)なさい。133お前(まへ)サンの修行(しうぎやう)が出来(でき)て、134立派(りつぱ)な人(ひと)になりなさつたら、135又(また)お世話(せわ)になるかも知(し)れませぬ。136綾部(あやべ)には四方(しかた)春三(はるざう)サンのやうな日本一(にほんいち)の神懸(かむがかり)[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が出来(でき)てゐる上(うへ)に、137福島(ふくしま)大先生(だいせんせい)のやうな生神(いきがみ)さまが、138時節(じせつ)参(まゐ)りて現(あら)はれました。139お前(まへ)サンも御存(ごぞん)じだらうが、140二三(にさん)日前(にちまへ)にも穴太(あなを)のお母(か)アさまから、141一(いち)日(にち)も早(はや)う帰(かへ)つて百姓(ひやくしやう)の手伝(てつだ)ひをしてくれ、142いつまでもウロウロしてをる年(とし)ぢやないというて、143手紙(てがみ)が来(き)たぢやありませぬか。144今(いま)お前(まへ)サンが快(こころよ)う帰(かへ)つて下(くだ)されば、145天地(てんち)の大神(おほかみ)さまへもお詫(わび)が叶(かな)ひませうし、146大勢(おほぜい)の役員(やくゐん)や神懸(かむがか)り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]サンも大喜(おほよろこ)び、147第一(だいいち)穴太(あなを)のお母(か)アさまに孝行(かうかう)ぢや。148何程(なにほど)教祖(けうそ)さまが引(ひつ)ぱりなさつても、149大勢(おほぜい)の者(もの)にこれ程(ほど)厭(いや)がられても、150ヤツパリ綾部(あやべ)に居(を)りたいのですか。151見(み)かけにもよらぬ卑怯(ひけふ)未練(みれん)な御(お)方(かた)ぢやなア。152よつ程(ぽど)よい腰抜(こしぬけ)だと皆(みな)が蔭(かげ)で云(い)うて居(を)りますで』
153と口(くち)を極(きは)めて嘲罵(てうば)をきわめ、154立腹(りつぷく)させて喜楽(きらく)を追(お)ひ帰(かへ)すべく手段(しゆだん)をめぐらしてゐる。155喜楽(きらく)の胸(むね)はわき返(かへ)る計(ばか)りになつた。156最早(もはや)勘忍袋(かんにんぶくろ)の緒(を)が切(き)れやうとする一刹那(いちせつな)、157出口(でぐち)澄子(すみこ)がエチエチと本宮山(ほんぐうやま)へ登(のぼ)つて来(き)て、
158澄子(すみこ)『先生(せんせい)、159最前(さいぜん)から教祖(けうそ)さまが、160先生(せんせい)のお姿(すがた)が見(み)えぬと云(い)うて、161大変(たいへん)に心配(しんぱい)をして居(を)られますので、162平蔵(へいざう)サンや祐助(いうすけ)サンがそこら中(ぢう)を捜(さが)して居(を)られます。163私(わたし)は本宮山(ほんぐうやま)へ上(のぼ)られたに違(ちがひ)ないと思(おも)うて、164お迎(むか)へに来(き)ました。165サア早(はや)う帰(かへ)つて、166教祖(けうそ)さまがお待兼(まちかね)ですから、167一所(いつしよ)に御飯(ごはん)をおあがりなされ』
168と促(うなが)すのをよい機会(きかい)に、169喜楽(きらく)は四方(しかた)、170中村(なかむら)を後(あと)に残(のこ)して本宮山(ほんぐうやま)を下(くだ)つて行(ゆ)く。171二人(ふたり)は後姿(うしろすがた)を見送(みおく)つて、172手(て)を切(しきり)に打叩(うちたた)き、
173『ワハイ ワハイ、174能(よ)う似合(にあひ)ますで、175御(ご)夫婦(ふうふ)万歳(ばんざい)!』
176などと冷(ひや)かしてゐる。177まだ澄子(すみこ)とは其(その)時(とき)は夫婦(ふうふ)でも何(なん)でもない、178無関係(むくわんけい)の仲(なか)であつた。179然(しか)るに両人(りやうにん)は妙(めう)な所(ところ)へ気(き)をまはして笑(わら)うて居(ゐ)る。180一(いち)時間(じかん)程(ほど)経(た)つてから、181以前(いぜん)の三(さん)人(にん)は落(おち)つかぬ顔(かほ)して広間(ひろま)へ帰(かへ)つて来(き)た。
182 喜楽(きらく)は一室(いつしつ)に端坐(たんざ)し、183首(くび)を傾(かたむ)けて一先(ひとま)づここを退去(たいきよ)せむか、184と思案(しあん)にくれてゐた。185が直日(なほひ)の霊(みたま)に省(かへり)みて……イヤイヤ目下(もつか)の金明会(きんめいくわい)の役員(やくゐん)や、186神懸(かむがかり)[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の状態(じやうたい)を見捨(みす)てて帰(かへ)る訳(わけ)にも行(ゆ)かぬ、187自分(じぶん)が今(いま)帰(かへ)つたならば、188何(なに)も彼(か)もメチヤメチヤになつて了(しま)うだらう、189どこ迄(まで)も忍耐(にんたい)に忍耐(にんたい)を重(かさ)ね、190今(いま)一度(いちど)無念(むねん)を怺(こら)へて、191彼(かれ)等(ら)の精神(せいしん)を鎮定(ちんてい)した上(うへ)、192進退(しんたい)を決(けつ)しやうかと思(おも)うてゐる折(をり)しも、193教祖(けうそ)は平蔵(へいざう)氏(し)と共(とも)に、194静(しづ)かに襖(ふすま)を押(おし)あけ入(い)り来(きた)り、195自分(じぶん)の前(まへ)に座(ざ)を占(し)めて、196教祖(けうそ)は先(ま)づ第一(だいいち)に言(ことば)をかけ、
197教祖(けうそ)『先生(せんせい)、198あなたは穴太(あなを)へ帰(かへ)る積(つもり)で思案(しあん)をしてゐられるやうだが、199それはなりませぬ。200神(かみ)さまの御(ご)都合(つがふ)で引(ひき)よせられたお方(かた)ぢやから、201どんなことがあつても綾部(あやべ)を立退(たちの)くことは出来(でき)ませぬぞや。202御(ご)苦労(くらう)さまで厶(ござ)いますけれど、203神(かみ)さまの為(ため)にどこまでも辛抱(しんばう)して貰(もら)はねば、204肝腎(かんじん)の御(お)仕組(しぐみ)が成就(じやうじゆ)しませぬから、205役員(やくゐん)や信者(しんじや)が反対(はんたい)して、206一人(ひとり)も寄(よ)りつかぬやうになつても、207出口(でぐち)直(なほ)と先生(せんせい)と二人(ふたり)さへ此(この)広間(ひろま)に居(を)れば、208神(かみ)さまのお仕組(しぐみ)は立派(りつぱ)に成就(じやうじゆ)すると、209艮(うしとら)の金神(こんじん)が仰有(おつしや)いますから、210どんな難儀(なんぎ)なことが出(で)て来(き)ても、211何(なに)ほど反対(はんたい)があつても此処(ここ)を離(はな)れてはいけませぬ。212平蔵(へいざう)サン、213チとしつかりして下(くだ)され。214今(いま)先生(せんせい)に申(まを)した通(とほ)り、215神(かみ)さまは如何(どう)しても御(お)放(はな)しなさらぬから、216平蔵(へいざう)サン、217チとシヤンとして先生(せんせい)の教(をしへ)を聞(き)き、218外(ほか)の神懸(かむがかり)[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]や役員(やくゐん)の言(い)ふ事(こと)に迷(まよ)うては可(い)けませぬ。219金光(こんくわう)さまの教(をしへ)が開(ひら)きたい人(ひと)は勝手(かつて)に開(ひら)いたが宜(よろ)しい。220私(わたし)等(ら)三(さん)人(にん)はどこまでも動(うご)かぬ決心(けつしん)をせねばなりませぬから、221其(その)お積(つもり)でゐて下(くだ)され。222先生(せんせい)くれぐれも頼(たの)みますぜ』
223と云(い)ひ棄(す)てて自分(じぶん)の居間(ゐま)へ引取(ひきと)られた。224それから四方(しかた)平蔵(へいざう)の態度(たいど)が一変(いつぺん)して、225陰(いん)に陽(やう)に上田(うへだ)を庇護(ひご)する事(こと)となり、226漸(やうや)く大本(おほもと)の基礎(きそ)が固(かた)まりかけたのである。
227 元(もと)金光(こんくわう)教会(けうくわい)の教師(けうし)であつた土田(つちだ)雄弘(たかひろ)は、228喜楽(じぶん)の霊学(れいがく)の力(ちから)に感(かん)じ京都(きやうと)に上(のぼ)り、229旧友(きういう)などを集(あつ)めて金明会(きんめいくわい)の支部(しぶ)を、230塩小路(しほこうぢ)七条下(しちでうさが)ル谷口(たにぐち)房次郎(ふさじらう)の宅(たく)で開設(かいせつ)し、231一同(いちどう)協議(けふぎ)の上(うへ)に谷口(たにぐち)熊吉(くまきち)なる者(もの)を、232綾部(あやべ)へ修行(しうぎやう)の為(ため)に差向(さしむ)けた。233喜楽(じぶん)の熱心(ねつしん)なる教(をしへ)に、234二三(にさん)週間(しうかん)の後(のち)は、235一通(ひととほ)り霊術(れいじゆつ)を覚(おぼ)え、236第一(だいいち)に天眼通(てんがんつう)が利(き)くやうになつて来(き)た。237そこで当人(たうにん)は非常(ひじやう)に慢心(まんしん)を起(おこ)し、238自分(じぶん)位(くらゐ)霊術(れいじゆつ)に到達(たうたつ)したものはない、239四方(しかた)春三(はるざう)位(くらゐ)は物(もの)の数(かず)でもない、240過去(くわこ)現在(げんざい)未来(みらい)に通(つう)ずるやうになつたのは、241自分(じぶん)の天賦(てんぷ)の霊能(れいのう)が然(しか)らしむる所(ところ)であらうと、242得々(とくとく)として教祖(けうそ)の前(まへ)に出(い)で、243厚顔(こうがん)にも、
244谷口(たにぐち)『此(この)谷口(たにぐち)が神(かみ)から選(えら)まれた因縁(いんねん)の身魂(みたま)で、245将来(しやうらい)大本(おほもと)の教主(けうしゆ)になるべきものでせう。246然(しか)らざれば、247僅(わづか)二三(にさん)週間(しうかん)の修行(しうぎやう)でこんなに上達(じやうたつ)する事(こと)は出来(でき)ますまい。248必(かなら)ず昔(むかし)からの因縁(いんねん)と神助(しんじよ)の然(しか)らしむる所(ところ)に違(ちがひ)有(あ)りますまい。249今日(こんにち)以後(いご)は及(およ)ばず乍(なが)ら、250私(わたし)が御用(ごよう)をつとめ、251天晴(あつぱ)れ艮(うしとら)の金神(こんじん)さまを表(おもて)へあらはし、252教主(けうしゆ)のつとめを致(いた)す考(かんが)へでありますから、253上田(うへだ)サンには今(いま)まで御(お)世話(せわ)になつた御(お)礼(れい)に、254相当(さうたう)の金(かね)を与(あた)へて、255穴太(あなを)へ御(お)帰(かへ)しなさつた方(はう)がよろしからう』
256と教祖(けうそ)の前(まへ)で恐気(おそれげ)もなく述(の)べ立(た)てた。257教祖(けうそ)は余(あま)りの事(こと)に呆(あき)れて言(ことば)もなく、258谷口(たにぐち)の顔(かほ)をジツと見(み)つめてゐられた。259谷口(たにぐち)はモドかし相(さう)に、260言(ことば)せわしく、
261谷口(たにぐち)『教祖(けうそ)様(さま)、262どちらになされますか。263私(わたし)にも御(ご)返答(へんたふ)次第(しだい)で一(ひと)つ考(かんが)へがあります。264谷口(たにぐち)熊吉(くまきち)が金明会(きんめいくわい)をかまへば、265艮(うしとら)の金神(こんじん)さまの御教(みをしへ)は一(いち)年(ねん)たたぬ内(うち)に日本(にほん)国中(こくぢう)に拡(ひろ)まり、266金光(こんくわう)教会(けうくわい)の全部(ぜんぶ)はキツと綾部(あやべ)の艮(うしとら)の金神(こんじん)さまに帰順(きじゆん)いたさせます。267かう申(まを)すと慢心(まんしん)のやうで厶(ござ)いますが、268上田(うへだ)サンの様(やう)に、269役員(やくゐん)信者(しんじや)一般(いつぱん)に受(う)けが悪(わる)いやうな人(ひと)が居(を)つては大本(おほもと)が潰(つぶ)れるより外(ほか)はありませぬ。270とかく斯(こ)ういふ事(こと)は人気(にんき)が肝腎(かんじん)であります。271役員(やくゐん)も信者(しんじや)も神懸(かむがかり)[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も、272上田(うへだ)サンが何時(いつ)までも綾部(あやべ)に居(ゐ)すわつてるやうなら一人(ひとり)もよりつかぬと云(い)つて、273昨夜(さくや)も上谷(うへだに)の四方(しかた)春三(はるざう)サンとこで相談(さうだん)がきまりました。274私(わたし)は大本(おほもと)の大事(だいじ)を思(おも)ひ、275教祖(けうそ)さまのお身(み)の上(うへ)を思(おも)ふ余(あま)り、276何(なに)も彼(か)も隠(かく)さず申上(まをしあ)げます。277一体(いつたい)教祖(けうそ)さまは、278上田(うへだ)サンを買被(かひかぶ)つてゐられますと皆(みな)の者(もの)が云(い)うてゐます』
279と野心(やしん)を包蔵(はうざう)する谷口(たにぐち)は、280教祖(けうそ)がどういはれるかと、281其(その)御(ご)返答(へんたふ)を待(まち)かね顔(がほ)であつた。
282 教祖(けうそ)は直(ただち)に答(こた)へて、
283教祖(けうそ)『谷口(たにぐち)サン、284それは誠(まこと)に結構(けつこう)な思召(おぼしめ)しで厶(ござ)いますな、285皆(みな)さまの御(お)志(こころざし)は神(かみ)さまもさぞ御(お)喜(よろこ)びで厶(ござ)いませう。286乍併(しかしながら)誠(まこと)といふ者(もの)はそんなものぢやありませぬ。287お前(まへ)サンも上田(うへだ)サンに、288仮令(たとへ)三日(みつか)でも教(をし)へて貰(もら)うたら先生(せんせい)に違(ちがひ)なからう。289其(その)先生(せんせい)を追出(おひだ)して自分(じぶん)が後(あと)にすわるといふやうな御(ご)精神(せいしん)の御(お)方(かた)は私(わたし)は嫌(いや)です。290誠(まこと)といふものはそんな易(やす)いものとは違(ちが)ひますで、291私(わたし)はどこ迄(まで)も上田(うへだ)サンと手(て)を曳(ひ)いて、292神(かみ)さまの御用(ごよう)をする覚悟(かくご)であります。293そんな事(こと)を言(い)ふお方(かた)は、294どうぞ一(いち)日(にち)も早(はや)う帰(かへ)つて下(くだ)され』
295とあべこべに退却(たいきやく)を請求(せいきう)され、296目算(もくさん)がガラリと外(はづ)れた谷口(たにぐち)は青(あを)い顔(かほ)して、297首尾(しゆび)悪(わる)相(さう)に教祖(けうそ)の前(まへ)を下(さが)り、298すぐさま上谷(うへだに)へかけつけ、299第二(だいに)の作戦(さくせん)計画(けいくわく)について大運動(だいうんどう)を始(はじ)めて居(ゐ)た。
300 教祖(けうそ)の筆先(ふでさき)に、
301『御(ご)用継(ようつぎ)は末子(ばつし)の澄子(すみこ)と定(さだ)まりたぞよ』
302と繰返(くりかへ)し繰返(くりかへ)し現(あら)はれてゐるので、303第一(だいいち)に出口(でぐち)の養子(やうし)たらむとの野心(やしん)を起(おこ)してゐたのは、304金光(こんくわう)教会(けうくわい)の足立(あだち)正信(まさのぶ)氏(し)であつた。305彼(かれ)は艮(うしとら)の金神(こんじん)さまの教(をしへ)が将来(しやうらい)発達(はつたつ)するに違(ちがひ)ない、306さうすれば第一(だいいち)出口(でぐち)の娘(むすめ)の婿(むこ)となつておけば、307将来(しやうらい)の権利(けんり)を握(にぎ)る事(こと)が出来(でき)るといふので、308陰(いん)に陽(やう)に教祖(けうそ)に近付(ちかづ)きつつあつたのである。309此(この)男(をとこ)は元(もと)は淀(よど)の藩士(はんし)で、310小学校(せうがくかう)の教員(けうゐん)を勤(つと)めてゐたが、311そこに金光(こんくわう)教会所(けうくわいしよ)が設(まう)けられてあつた、312其(その)教会(けうくわい)へ暇(ひま)ある毎(ごと)に通(かよ)うて受持(うけもち)教師(けうし)に理屈(りくつ)をふきかけ、313いろいろと妨害(ばうがい)をなし、314とうとう其(その)教会(けうくわい)をメチヤメチヤに叩(たた)きつぶして了(しま)うた男(をとこ)である。315それを上級(じやうきふ)教会(けうくわい)の、316京都(きやうと)島原(しまばら)支所長(ししよちやう)杉田(すぎた)政次郎(まさじらう)が甘(うま)く自分(じぶん)の手元(てもと)へ引入(ひきい)れ、317相当(さうたう)の俸給(ほうきふ)をやつて事務員(じむゐん)に使(つか)うてゐた。
318 出口(でぐち)教祖(けうそ)が始(はじ)めて神懸(かむがかり)になられた時(とき)、319四方(しかた)平蔵(へいざう)氏(し)が妻君(さいくん)と共(とも)に、320南桑田(みなみくはだ)の土田村(つちだむら)といふ所(ところ)へ行(い)つて居(を)つた。321其(その)時(とき)亀岡(かめをか)の金光(こんくわう)教会(けうくわい)の大橋(おほはし)亀次郎(かめじらう)といふ教師(けうし)について、322金光教(こんくわうけう)の教(をしへ)を聞(き)いてゐた関係(くわんけい)上(じやう)から、323教祖(けうそ)の事(こと)を亀岡(かめをか)の大橋(おほはし)に話(はなし)をしてみた。324さうすると大橋(おほはし)は、325艮(うしとら)の金神(こんじん)というて信者(しんじや)が沢山(たくさん)によつて来(く)る相(さう)だから、326何(なん)とかして、327其(その)出口(でぐち)お直(なほ)サンを金光(こんくわう)教会(けうくわい)の教師(けうし)となし、328亀岡(かめをか)の教会(けうくわい)の部下(ぶか)として、329綾部(あやべ)に一(ひと)つ教会(けうくわい)を立(た)てたいものだといふのが手蔓(てづる)となり西原(にしばら)の西村(にしむら)文右衛門(ぶんうゑもん)といふ男(をとこ)が教祖(けうそ)に難病(なんびやう)を助(たす)けて貰(もら)うた関係(くわんけい)上(じやう)、330亀岡(かめをか)の教会(けうくわい)へ行(い)つて大橋(おほはし)亀次郎(かめじらう)から、331金光教(こんくわうけう)の剣先(けんさき)を下(さ)げて頂(いただ)き、332西村(にしむら)文右衛門(ぶんうゑもん)氏(し)が背中(せなか)に負(お)うて、333大島(おほしま)景僕(けいぼく)といふ人(ひと)の離(はな)れの六畳(ろくでふ)を借(か)つて、334始(はじ)めて金光(こんくわう)サンを祭(まつ)つたのである。335其(その)六畳(ろくでふ)のはなれは今(いま)大本(おほもと)に保存(ほぞん)されてある。336大橋(おほはし)亀次郎(かめじらう)は、337自分(じぶん)の弟子(でし)の奥村(おくむら)定次郎(さだじらう)といふ男(をとこ)を遣(つか)はし、338教師(けうし)として道(みち)を開(ひら)かせ、339出口(でぐち)直子(なほこ)をお給仕役(きふじやく)の様(やう)にして道(みち)を開(ひら)いて居(を)つた。340乍併(しかしながら)出口(でぐち)教祖(けうそ)はそんな事(こと)で満足(まんぞく)しては居(を)られず、
341教祖(けうそ)『自分(じぶん)は金光教(こんくわうけう)をひらくのではない、342艮(うしとら)の金神(こんじん)さまを世(よ)に出(だ)さねばならぬ役(やく)だから……』
343と云(い)つて、344奥村(おくむら)定次郎(さだじらう)に、345幾度(いくたぴ)となくお筆先(ふでさき)を出(だ)して警告(けいこく)されたけれど、346上級(じやうきふ)教会(けうくわい)を憚(はばか)つて、347如何(どう)しても艮(うしとら)の金神(こんじん)さまを表(おもて)にせうとはせず、348とうとういろいろと官(くわん)へ手続(てつづ)きをして、349福知山(ふくちやま)金光(こんくわう)教会(けうくわい)支所長(ししよちやう)青木(あをき)松之助(まつのすけ)の出張所(しゆつちやうしよ)といふ名(な)で、350東四辻(ひがしよつつじ)の古(ふる)い家(いへ)を借(か)つて、351そこに道場(だうぢやう)を開(ひら)き、352奥村(おくむら)定次郎(さだじらう)が受持(うけもち)教師(けうし)となつて、353金光教(こんくわうけう)を開(ひら)いて居(を)つた。
354 出口(でぐち)教祖(けうそ)は神(かみ)さまの命令(めいれい)によつて、355奥村(おくむら)に別(わか)れ、356裏町(うらまち)の土蔵(くら)を借(か)つて、357そこで神(かみ)さまを祀(まつ)つて、358筆先(ふでさき)をかいてゐられた。359金光(こんくわう)教会(けうくわい)はだんだん淋(さび)しくなり、360火(ひ)が消(き)えたやうになつて了(しま)ひ奥村(おくむら)氏(し)は止(や)むを得(え)ず夜逃(よに)げをして了(しま)うた。361これも出口(でぐち)教祖(けうそ)が……艮(うしとら)の金神(こんじん)の言(い)ふ事(こと)をきかねば、362夜(よ)の間(ま)に泣(な)きもつて逃(に)げて帰(かへ)らねばならぬぞよ……と注意(ちうい)しておかれた通(とほ)りになつたのである。363其(その)後(あと)へ島原(しまばら)の杉田(すぎた)氏(し)から、364足立(あだち)正信(まさのぶ)を受持(うけもち)教師(けうし)として綾部(あやべ)の教会(けうくわい)へよこしたのであつた。
365 次(つぎ)に中村(なかむら)竹造(たけざう)といふ男(をとこ)は、366本町(ほんまち)の播磨屋(はりまや)というて、367古物商(こぶつしやう)をやつてゐたが、368始(はじ)めから教祖(けうそ)さまに従(したが)ひ、369難病(なんびやう)を助(たす)けて貰(もら)ふてから熱心(ねつしん)な信者(しんじや)となり、370筆先(ふでさき)の大(だい)熱心者(ねつしんしや)であつた。371これも何時(いつ)の間(ま)にか慢心(まんしん)が出(で)て来(き)て、372自分(じぶん)の女房(にようばう)を離縁(りえん)し、373出口(でぐち)の娘(むすめ)を嫁(よめ)に貰(もら)はうと考(かんが)へてゐたのである。
374 次(つぎ)に四方(しかた)春三(はるざう)は、375上谷(うへだに)で相当(さうたう)な財産家(ざいさんか)の総領(そうりやう)息子(むすこ)で、376邪神(じやしん)が憑(うつ)つた結果(けつくわ)、377弟(おとうと)に後(あと)をゆづり、378相当(さうたう)の財産(ざいさん)を持(も)つて出口家(でぐちけ)へ養子(やうし)に入(い)り込(こ)まうと、379幾度(いくど)となく申込(まをしこ)んで居(ゐ)たのである。380斯(か)くの如(ごと)く三(さん)人(にん)の養子(やうし)候補者(こうほしや)が、381手(て)をかへ品(しな)を替(か)へ暗中(あんちう)飛躍(ひやく)を試(こころ)みて居(ゐ)た有様(ありさま)は、382恰(あたか)も古事記(こじき)にある八十神(やそがみ)が八上姫(やかみひめ)を娶(めと)らむとして争奪(そうだつ)に余日(よじつ)なきと同(おな)じことであつた。383足立(あだち)正信(まさのぶ)は塩見(しほみ)、384四方(しかた)の二女(にぢよ)を参謀(さんぼう)として、385教祖(けうそ)に取入(とりい)り、386それとはなしに二(に)ケ年間(ねんかん)も根気(こんき)よく運動(うんどう)してゐたといふ事(こと)である。387又(また)中村(なかむら)氏(し)は四方(しかた)源之助(げんのすけ)、388村上(むらかみ)清次郎(せいじらう)を参謀(さんぼう)として、389これも二三(にさん)年間(ねんかん)不断(ふだん)の活動(くわつどう)をつづけてゐた。390四方(しかた)春三(はるざう)は自(みづか)ら少々(せうせう)の財富力(ざいふりよく)を楯(たて)に単独(たんどく)運動(うんどう)をやつて、391自分(じぶん)は十中(じつちう)の九(く)まで最早(もはや)成功(せいこう)したものと信(しん)じ、392互(たがひ)に三(さん)人(にん)が三巴(みつどもゑ)となつて隙(すき)を伺(うかが)うてゐる。393そこへ突然(とつぜん)喜楽(きらく)を神(かみ)さまから、394大本(おほもと)の御用(ごよう)つぎと致(いた)すぞよと示(しめ)されたので三(さん)人(にん)の不平(ふへい)は言(い)はず語(かた)らず一(いち)時(じ)に爆発(ばくはつ)して、395喜楽(きらく)に対(たい)しいろいろの圧迫(あつぱく)を加(くは)へ、396悪罵(あくば)を試(こころ)み、397百方(ひやつぱう)妨害(ばうがい)に着手(ちやくしゆ)する事(こと)となつたのである。
398 又(また)もや谷口(たにぐち)熊吉(くまきち)が出(で)て来(き)て、399野心(やしん)を抱(いだ)きいろいろの運動(うんどう)を開始(かいし)する。400喜楽(きらく)も澄子(すみこ)もそんな事(こと)は夢(ゆめ)にも知(し)らず、401何事(なにごと)も頓着(とんちやく)なく、402一意(いちい)専心(せんしん)に霊学(れいがく)の発達(はつたつ)と筆先(ふでさき)の研究(けんきう)とに、403心意(しんい)を傾注(けいちう)してゐたのである。
404(大正一一・一〇・一六 旧八・二六 松村真澄録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→