霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
×
設定
URL:
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
行間
ルビの表示


アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注[※]用語解説 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

脚注[*]編集用 [?][※]、[*]、[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。[※]は主に用語説明、[*]は編集用の脚注で、表示させたり消したりできます。[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]

外字の外周色 [?]一般のフォントに存在しない文字は専用の外字フォントを使用しています。目立つようにその文字の外周の色を変えます。[×閉じる]
現在のページには外字は使われていません

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。

第二七章 仇箒(あだぼうき)〔一〇六四〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第38巻 舎身活躍 丑の巻 篇:第5篇 正信妄信 よみ(新仮名遣い):せいしんぼうしん
章:第27章 仇箒 よみ(新仮名遣い):あだぼうき 通し章番号:1064
口述日:1922(大正11)年10月19日(旧08月29日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年4月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
明治三十八年二月、四方平蔵と中村竹蔵その他十人の幹部は、本年中に世の中の立替立直しが完成し、五六七の世が出現するとほらを吹きまわってのぼせ上っていた。
中村の女房は、中村が商売もせずに毎日脱線だらけのことを言い歩くので、中村を幾度となく意見していたが、中村は怒って女房を離縁してしまった。そして福島久子を自分の女房にしようと企んでいたが、喜楽に妨害され、中村と福島は非常に喜楽を恨んだ。
明治三十八年は、それから四五年経っていた。教祖から中村に、妻帯せよと命令がくだったので、候補が挙げられた。その中に、教祖の娘で澄子の姉の竜子の名前もあった。
中村たちは、喜楽を追い落とすために竜子を中村の妻に迎えたいと運動していた。一方竜子は、中村の女房になって改心させようという考えもあった。
しかし喜楽は、中村が教祖の娘を妻に迎えてますます威張りだし、これ以上圧迫を受けてはたまらないと教祖様に直訴した。教祖は四方平蔵を呼んで、竜子の縁談は会長の意見に任せるようにと言い渡した。
そこで、木下慶太郎と竜子をめあわせることに決まった。中村には、福島久子の股肱となって働いていた女を女房にした。
中村は非常に落胆し、明治三十九年に狂い死にをしてしまった。福島久子はずっと、現在まで二十四年間不断に反対運動を継続している。
あるとき、布教宣伝の旅の帰りに八木に立ち寄ってみると、福島夫婦はやせ衰え、涙ぐんで控えている。聞いてみると、艮の金神の命令で百日もの断食の修業をしているのだという。
今日がちょうど行の上りで、福島寅之助はこれから天に昇ってみだれた世の中を水晶にいたす役に付くからと、女房と別れの盃を交わしたところだという。
そして喜楽を早く返そうとするので、心配で八木の茶店に休んで遠くから福島の家の様子を考えていた。しかしその後も福島の守護神はでたらめな託宣を繰り返したので、福島は自分でだまされたと気が付いた。
福島寅之助は四五年かけて書いた自分の筆先をすべて焼いてしまい、ご神前をひっくり返してしまったということがあった。
また、自分が浦上を連れて京都方面に宣伝に行くと、どこもかしこも反対者が自分を入れるなと先回りして触れ回り、浦上と二人で途方に暮れてしまったこともあった。
自分たちが憤慨していると、綾部の役員の手先となって信者宅を触れ回っていた畑中という男にばったり出くわした。畑中は自分たちの姿を見ると逃げてしまった。
綾部へ戻ってから浦上は懲りて、餅屋を始めた。喜楽が神様を祀ってやりたいへんに繁盛したが、浦上は慢心して財産を失ってしまった。綾部に居れなくなり、位田に帰って細々と豆腐屋をしているという。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-13 20:11:45 文字数:6151 OBC :rm3827
愛善世界社版:275頁 八幡書店版:第7輯 263頁 修補版: 校定版:282頁 普及版:147頁 初版: ページ備考:
001 明治(めいぢ)卅八(さんじふはち)年(ねん)二(に)月(ぐわつ)の事(こと)であつた。002大本(おほもと)の四方(しかた)平蔵(へいざう)、003中村(なかむら)竹造(たけざう)其(その)外(ほか)十(じふ)人(にん)の幹部(かんぶ)は本年中(ほんねんちう)に世(よ)の立替(たてかへ)立直(たてなほ)しが完成(くわんせい)し、004五六七(みろく)の世(よ)が出現(しゆつげん)すると、005脱線(だつせん)だらけの法螺(ほら)を吹(ふ)き廻(まは)り、006日露(にちろ)戦争(せんそう)の最中(さいちう)なので、007お筆先(ふでさき)の神示(しんじ)が実現(じつげん)すると、008大変(たいへん)なメートルをあげて逆上(のぼ)せあがり、009中村(なかむら)竹造(たけざう)の如(ごと)きは筆先(ふでさき)の文句(もんく)の中(なか)に、010道(みち)の正中(まんなか)をまつすぐに歩(ある)けといふ語句(ごく)のあるのを楯(たて)にとり、011暗(くら)やみの世(よ)の中(なか)といふ文句(もんく)を読(よ)み覚(おぼ)えて、012昼(ひる)の真最中(まつさいちう)に十曜(とえう)の紋(もん)のついた提灯(ちやうちん)に蝋燭(らふそく)をとぼし、013大道(だいだう)の正中(せいちう)をすました顔(かほ)して、014牛車(うしぐるま)が出(で)て来(こ)うが、015何(なに)が来(こ)うが、016少(すこ)しもよけず、017左(ひだり)の手(て)に提灯(ちやうちん)を持(も)ち、018右(みぎ)の手(て)に扇子(せんす)をすぼめて握(にぎ)り、019肱(ひぢ)を振(ふ)つて歩(ある)くので、020牛車(うしぐるま)の方(はう)からよけると、021神(かみ)さまの御(ご)威勢(ゐせい)といふものはエライものだ、022誠(まこと)の道(みち)の正中(まんなか)さへ歩(ある)いて居(を)れば、023どんな者(もの)でも此(この)通(とほり)よける……とますます図(づ)に乗(の)つて、024往来(わうらい)の迷惑(めいわく)も構(かま)はず、025筆先(ふでさき)の文句(もんく)を高(たか)らかに読(よ)み上(あ)げ乍(なが)ら、026大道(だいだう)を濶歩(くわつぽ)するといふ逆上方(のぼせかた)であつた。027或(ある)時(とき)農具(のうぐ)を車(くるま)に満載(まんさい)して売(う)りに歩(ある)き乍(なが)ら、028元伊勢(もといせ)の方面(はうめん)まで宣伝(せんでん)に往(い)つて居(を)つたが、029陰暦(いんれき)二日(ふつか)の月(つき)が見(み)えたといふので、030サア大変(たいへん)だ、031三日月(みかづき)さまは昔(むかし)から拝(をが)んだ事(こと)があるが、032二日(ふつか)のお月(つき)さまが拝(をが)めたのは全(まつた)く世(よ)の変(かは)るのが近(ちか)よつた印(しるし)だ、033グヅグヅしては居(を)れぬと、034金(かね)の財布(さいふ)も荷物(にもつ)も車(くるま)も、035由良川(ゆらがは)へ放(ほ)り込(こ)み、036一生(いつしやう)懸命(けんめい)に綾部(あやべ)へ走(は)せ帰(かへ)り、037大変(たいへん)大変(たいへん)と連呼(れんこ)し乍(なが)ら、038二階(にかい)に斎(まつ)つた神壇(しんだん)の前(まへ)へ行(い)つて、039一生(いつしやう)懸命(けんめい)に祈願(きぐわん)を込(こ)め、040フツと顔(かほ)をあげると、041そこに大(おほ)きな水鉢(みづばち)に清水(しみづ)が汲(く)んで供(そな)へてあつた。042二階(にかい)の窓(まど)があけてあつたので、043雀(すずめ)が飛込(とびこ)み、044水鉢(みづばち)の上(うへ)に糞(ふん)を一片(ひときれ)たれたのが面白(おもしろ)く水(みづ)に浮(う)いてるのを、045フト眺(なが)めて、046……ヤア愈(いよいよ)立替(たてかへ)が始(はじ)まつた。047水(みづ)の中(なか)に優曇華(うどんげ)の花(はな)が咲(さ)いてゐる……とさわぎまはるので、048四方(しかた)平蔵(へいざう)始(はじ)め幹部(かんぶ)連中(れんちう)が、049神前(しんぜん)へ進(すす)んで之(これ)を眺(なが)め、050ますます有難(ありがた)がつて、051涙声(なみだごゑ)になり、052祝詞(のりと)を幾回(いくくわい)となく奏上(そうじやう)し、053六畳(ろくでふ)の離(はなれ)に居(を)つた喜楽(きらく)の前(まへ)へ出(で)て来(き)て、054中村(なかむら)竹造(たけざう)は肱(ひぢ)を張(は)り、055さも鷹揚(おうよう)に、
056中村(なかむら)『コレ会長(くわいちやう)サン、057よい加減(かげん)に改心(かいしん)をして、058小松林(こまつばやし)サンに去(い)んで貰(もら)ひ、059早(はや)く坤(ひつじさる)の金神(こんじん)さまになつて、060女房役(にようばうやく)をつとめて貰(もら)はぬと、061時機(じき)が切迫(せつぱく)致(いた)しましたぞ、062昨日(きのふ)も昨日(きのふ)とて、063元伊勢(もといせ)から帰(かへ)つて来(く)る際(さい)二日月(ふつかづき)が拝(をが)めるなり、064今日(けふ)は又(また)お供(そな)への水(みづ)の中(なか)に優曇華(うどんげ)の花(はな)が咲(さ)きました、065グヅグヅしては居(を)られますまい、066早(はや)く改心(かいしん)なされ』
067と声高(こわだか)に叱(しか)り附(つ)けるやうに云(い)ふ。068そこで喜楽(きらく)は、
069喜楽(きらく)『二日月(ふつかづき)さまを拝(をが)めたのは別(べつ)に珍(めづら)し事(こと)はない、070自分(じぶん)達(たち)は穴太(あなを)に居(を)つて、071チヨコチヨコ拝(をが)んだ事(こと)がある、072お前(まへ)達(たち)はこんな山(やま)に包(つつ)まれた狭(せま)い所(ところ)に暮(く)らしてるから、073二日月(ふつかづき)さまが拝(をが)めたというて騒(さわ)ぐのだらうが、074そんな馬鹿(ばか)な事(こと)を人(ひと)に言(い)うと気違(きちがひ)にしられるから、075どうぞそれ丈(だけ)は言(い)はぬやうにしてくれ』
076といはせも果(は)てず、077中村(なかむら)は口(くち)を尖(とが)らし、
078中村(なかむら)『コラ小松林(こまつばやし)、079昔(むかし)から三日月(みかづき)といふ事(こと)はあるが、080二日月(ふつかづき)といふ事(こと)があるかい、081穴太(あなを)で二日月(ふつかづき)をみたなんて、082そんな出放題(ではうだい)な事(こと)をいうて、083水晶(すゐしやう)の霊(みたま)を曇(くも)らさうとかかつてもだめだ。084世(よ)の立替(たてかへ)が近(ちか)よつたといふ事(こと)を、085艮(うしとらの)金神(こんじん)変性(へんじやう)男子(なんし)の御霊(みたま)が大出口(おほでぐちの)神(かみ)とあらはれて、086日出(ひのでの)神(かみ)と竜宮(りうぐう)さまの御(お)手伝(てつだい)で立替(たてかへ)立直(たてなほし)をなさる時節(じせつ)が来(き)たのだ。087早(はや)く小松林(こまつばやし)が改心(かいしん)を致(いた)して、088会長(くわいちやう)の肉体(にくたい)を去(さ)り、089園部(そのべ)の内藤(ないとう)へ鎮(しづ)まりて、090坤(ひつじさる)の金神(こんじん)さまの肉(にく)のお宮(みや)とならぬ事(こと)には、091世界(せかい)の神(かみ)仏事(ぶつじ)人民(じんみん)が何(なに)ほど苦(くるし)むかしれぬぞよ、092コラ小松林(こまつばやし)、093それが嘘言(うそ)と思(おも)ふなら、094一寸(ちよつと)二階(にかい)の御(ご)神前(しんぜん)へ来(き)てみい、095水晶(すゐしやう)のお水(みづ)に優曇華(うどんげ)の花(はな)が咲(さ)いてる、096それを見(み)たら如何(いか)な小松林(こまつばやし)でも往生(わうじやう)せずには居(を)られまい』
097と得意(とくい)になつて喋(しやべ)り立(た)てるので、098不思議(ふしぎ)な事(こと)をいふワイ、099又(また)ロクな事(こと)ではあらうまいと、100早速(さつそく)二階(にかい)へ上(あが)つて見(み)ると、101雀(すずめ)の糞(ふん)がパツと水(みづ)にういて、102白(しろ)く垂(た)れ下(さが)り、103丁度(ちやうど)優曇華(うどんげ)の花(はな)のやうに見(み)えて居(ゐ)る。104喜楽(きらく)は一寸(ちよつと)木(き)の箸(はし)の先(さき)で其(そ)れをすくうて、105中村(なかむら)の鼻(はな)のそばへつきつけて、
106喜楽(きらく)『オイ之(これ)は優曇華(うどんげ)ぢやない、107雀(すずめ)の糞(ふん)だ』
108といつた所(ところ)、109中村(なかむら)は妙(めう)な顔(かほ)をしてだまり込(こ)んで了(しま)うた。110さうすると外(ほか)の役員(やくゐん)が約(つま)らぬ顔(かほ)をして、
111『どうぞ会長(くわいちやう)サン、112こんな事(こと)を人(ひと)にいはぬやうにして下(くだ)され、113笑(わら)はれますから』
114と頼(たの)み込(こ)む可笑(おか)しさ。
115 これより先(さき)中村(なかむら)の女房(にようばう)であつた菊子(きくこ)といふのは、116中村(なかむら)が毎日(まいにち)日日(ひにち)商売(しやうばい)もせず、117脱線(だつせん)だらけの事(こと)をいひ歩(ある)くので、118幾度(いくど)となく意見(いけん)をしたが、119とうとう中村(なかむら)は怒(おこ)つて、120『お菊(きく)に小松林(こまつばやし)の悪霊(あくれい)がついた』……といひ出(だ)し、121放(ほ)り出(だ)して了(しま)つた。122そして教祖(けうそ)の身内(みうち)から女房(にようばう)を貰(もら)はうと考(かんが)へてゐたが、123福島(ふくしま)久子(ひさこ)を八木(やぎ)から引戻(ひきもど)して自分(じぶん)の女房(にようばう)にしやうと企(たく)んでゐたのを、124喜楽(きらく)に妨(さまた)げられて目的(もくてき)を達(たつ)せず、125それより中村(なかむら)と久子(ひさこ)とは大変(たいへん)に喜楽(きらく)のする事(こと)成(な)す事(こと)に一々(いちいち)妨害(ばうがい)を一層(いつそう)猛烈(まうれつ)に加(くは)へるやうになつて来(き)た。
126 四五(しご)年(ねん)たつた明治(めいぢ)卅八(さんじふはち)年(ねん)の頃(ころ)には愈(いよいよ)中村(なかむら)に教祖(けうそ)から妻帯(さいたい)をせよと、127命令(めいれい)されたので、128役員(やくゐん)がよつてかかつて、129いろいろ信者(しんじや)の娘(むすめ)を中村(なかむら)に紹介(せうかい)したが、130如何(どう)しても首(くび)をふつて応(おう)ぜなかつた。131中村(なかむら)は澄子(すみこ)の姉(あね)の竜子(りようこ)を女房(にようばう)に貰(もら)はうと、132暗中(あんちう)飛躍(ひやく)を絶(た)えずやつてゐたからである。133竜子(りようこ)も心(こころ)の中(うち)にて中村(なかむら)の女房(にようばう)になり、134改心(かいしん)をさして、135会長(くわいちやう)の云(い)ふ事(こと)を聞(き)かすやうにせうかと迄(まで)考(かんが)へてゐた。136併(しか)し中村(なかむら)は竜子(りようこ)を自分(じぶん)の妻(つま)となし、137喜楽(きらく)や澄子(すみこ)を退隠(たいいん)さして威張(ゐば)つてみやうという野心(やしん)があつたのである。138教祖(けうそ)から竜子(りようこ)の夫(をつと)は中村(なかむら)竹造(たけざう)、139竹原(たけはら)房太郎(ふさたらう)、140木下(きのした)慶太郎(けいたらう)の三(さん)人(にん)の内(うち)から選(えら)めとの命令(めいれい)が下(さが)つたので四方(しかた)平蔵(へいざう)其(その)他(た)の幹部(かんぶ)連(れん)が、141とうとう中村(なかむら)の妻(つま)にすることにきめて了(しま)つた。142今(いま)でさへ喜楽(きらく)や澄子(すみこ)はこれ丈(だけ)圧迫(あつぱく)や妨害(ばうがい)をうけてゐるのに、143中村(なかむら)が姉(あね)の婿(むこ)となつて、144噪(はし)やぎ出(だ)しては堪(たま)らぬと思(おも)ひ、145教祖(けうそ)に向(むか)つて、
146喜楽(きらく)『どうぞ今日(けふ)限(かぎ)り澄子(すみこ)と離縁(りえん)して下(くだ)さい、147帰(かへ)ります』
148といつた所(ところ)、149教祖(けうそ)も大変(たいへん)に当惑(たうわく)し、150四方(しかた)平蔵(へいざう)を呼(よ)んで、
151教祖(けうそ)『どうぞ会長(くわいちやう)サンの、152此(この)事(こと)は、153意見(いけん)に任(まか)してくれ』
154といはれたので、155幹部(かんぶ)の中(うち)でも少(すこ)しく喜楽(きらく)の言(い)ふ事(こと)を耳(みみ)に入(い)れる木下(きのした)慶太郎(けいたらう)を養子(やうし)にしたがよいと言(い)つたので、156竜子(りようこ)を別家(べつけ)させ木下(きのした)を養子(やうし)に入(い)れる事(こと)とした。157そして八木(やぎ)の福島(ふくしま)久子(ひさこ)の股肱(ここう)となつて喜楽(きらく)の布教先(ふけうさき)を古物屋(ふるてや)に化(ば)け込(こ)んで、158軒別(けんべつ)に邪魔(じやま)しに歩(ある)かしてゐた中村(なかむら)小松(こまつ)といふ女(をんな)を中村(なかむら)の女房(にようばう)にした。159それから中村(なかむら)はスツカリ失望(しつばう)落胆(らくたん)の結果(けつくわ)、160発狂(はつきやう)気味(ぎみ)になり、161遂(つひ)には自分(じぶん)の昔(むかし)からの陰謀(いんぼう)を、162あたりかまはず自白(じはく)する様(やう)になつて来(き)た。
163 余(あま)り中村(なかむら)は神(かみ)さまに反対(はんたい)するので、164神罰(しんばつ)を受(う)けて糞壺(くそつぼ)へはまつて死(し)んで了(しま)ふといふ事(こと)を明治(めいぢ)卅七(さんじふしち)年(ねん)の四(し)月(ぐわつ)三日(みつか)の夜(よ)、165神(かみ)さまから夢(ゆめ)に見(み)せられ、166道(みち)の栞(しをり)に書(か)きとめておいたが、167とうとう明治(めいぢ)卅九(さんじふく)年(ねん)に其(その)夢(ゆめ)の如(ごと)くになつて狂(くる)ひ死(じ)にをして了(しま)つたのである。
168 中村(なかむら)と八木(やぎ)の久子(ひさこ)とは始終(しじう)往復(わうふく)し、169内外(ないぐわい)相応(あひおう)じて、170会長(くわいちやう)の排斥(はいせき)運動(うんどう)を続行(ぞくかう)してゐた。171久子(ひさこ)は最近(さいきん)に至(いた)るまで、172ヤハリ喜楽(きらく)を敵視(てきし)して廿四(にじふよ)年間(ねんかん)不断(ふだん)の反対(はんたい)運動(うんどう)を継続(けいぞく)してゐたのである。
173 かういふ具合(ぐあひ)で、174如何(どう)しても迷信家(めいしんか)連(れん)が会長(くわいちやう)の説(と)く所(ところ)を一(ひと)つも用(もち)ひず、175そんな書物(しよもつ)や学(がく)にあるやうな教(をしへ)は悪(あく)の教(をしへ)だからと云(い)つて、176一人(ひとり)も聞(き)いてくれぬので、177澄子(すみこ)と相談(さうだん)の結果(けつくわ)、178再(ふたたび)宣伝(せんでん)に飛出(とびだ)し、179村上(むらかみ)房之助(ふさのすけ)が漸(やうや)く目(め)が醒(さ)めかけたので、180村上(むらかみ)を従(したが)へ、181八木(やぎ)まで行(い)つて見(み)ると、182角文字(かくもじ)は一切(いつさい)使(つか)ふ事(こと)はならぬ、183外国(ぐわいこく)の行(や)り方(かた)ぢやと、184盛(さか)んに攻撃(こうげき)、185喜楽(きらく)の書(か)いた神号(しんがう)迄(まで)も焼(や)きすてさしたくせに、186八木(やぎ)の神前(しんぜん)には角文字(かくもじ)で、187艮(うしとらの)金神(こんじん)国常立(くにとこたちの)尊(みこと)と太(ふと)く記(しる)した提灯(ちやうちん)が一対(いつつい)ブラ下(さが)り、188其(その)外(ほか)の神具(しんぐ)にも残(のこ)らず、189角文字(かくもじ)が記(しる)してあつた。190そこで喜楽(きらく)は、
191喜楽(きらく)『福島(ふくしま)サン、192此(この)字(じ)は外国(ぐわいこく)の文字(もじ)で、193神(かみ)さまにお気障(きざわ)りにはなりませぬか』
194と尋(たづ)ねてみると、195福島(ふくしま)はビリビリと眉毛(まゆげ)を上(あ)げ下(さ)げし、
196福島(ふくしま)『此(この)角文字(かくもじ)はお前(まへ)に懸(かか)つた小松林(こまつばやし)が書(か)いたのとは違(ちが)うから差支(さしつかへ)はない。197信者(しんじや)が真心(まごころ)であげたのだから、198喧(やかま)しくいふな、199仮令(たとへ)外国(ぐわいこく)の字(じ)でも日本人(にほんじん)の手(て)で書(か)いたのだ』
200と勝手(かつて)な理屈(りくつ)をまくし立(た)てる。201そこで喜楽(きらく)は村上(むらかみ)と二人(ふたり)、202八木(やぎ)を立出(たちい)で、203北桑田(きたくはだ)方面(はうめん)へ布教(ふけう)に行(い)つた。204それから二三(にさん)ケ月(げつ)経(た)つて八木(やぎ)へ立(たち)よつて見(み)ると、205福島(ふくしま)は痩衰(やせおとろ)へ、206骨(ほね)と皮(かは)とになり、207夫婦(ふうふ)が涙(なみだ)ぐんで控(ひか)えて居(ゐ)る。208様子(やうす)を聞(き)いてみると、209艮(うしとらの)金神(こんじん)さまの命令(めいれい)で、210三十(さんじふ)日(にち)の間(あひだ)一(いち)日(にち)に一食(いつしよく)の修行(しうぎやう)をなし、211あと三十(さんじふ)日(にち)は生(なま)の芋(いも)をかぢり、212あと三十(さんじふ)日(にち)は水(みづ)許(ばか)りを飲(の)み、213あと十日(とをか)は水(みづ)一滴(いつてき)も飲(の)まずに修行(しうぎやう)をした。214今日(けふ)が丁度(ちやうど)百(ひやく)日(にち)の上(あが)りで、215福島(ふくしま)寅之助(とらのすけ)は、216これから天(てん)へ昇(のぼ)つて、217紊(みだ)れた世(よ)の中(なか)を水晶(すゐしやう)に致(いた)すお役(やく)になつたから、218今(いま)女房(にようばう)と別(わか)れの水盃(みづさかづき)をした所(ところ)だ、219何(なん)だか体(からだ)がフイフイとして、220独(ひと)りで空(そら)へあがりそになつて来(き)たといつてゐる。221喜楽(きらく)はそれとはなしに丸山(まるやま)教会(けうくわい)の或(ある)教師(けうし)が名古屋(なごや)で屋上(をくじやう)三丈(さんぢやう)三尺(さんじやく)の高台(たかだい)を作(つく)り、222これから天上(てんじやう)するというて、223二百(にひやく)人(にん)許(ばか)りの信者(しんじや)は三丈(さんぢやう)三尺(さんじやく)の高台(たかだい)の下(した)から、224天明(てんめい)海天(かいてん)天明(てんめい)海天(かいてん)と祈(いの)つてゐた。225教師(けうし)はいつ迄(まで)たつても黒雲(くろくも)が迎(むか)ひに来(こ)ぬので、226気(き)をいらつて宙(ちう)に向(むか)つて飛上(とびあが)つた途端(とたん)に、227高台(たかだい)から転落(てんらく)し、228大腿骨(だいたいこつ)をうつて負傷(ふしやう)をしたといふ事(こと)が其(その)頃(ころ)の新聞(しんぶん)に出(で)てゐたので、229それを話(はな)して聞(き)かし注意(ちうい)をすると、230妙(めう)な顔(かほ)して次(つぎ)の間(ま)へ入(い)つて了(しま)ひ、231力(ちから)のない声(こゑ)で、
232福島(ふくしま)『今日(けふ)の十二(じふに)時(じ)に天上(てんじやう)をさす所(ところ)であつたけれど、233小松林(こまつばやし)の悪神(あくがみ)が来(き)たによつて、234一(いち)時間(じかん)仕組(しぐみ)をのばしたぞよ。235早(はや)く家内(かない)の久(ひさ)どの小松林(こまつばやし)を去(い)なせよ』
236と呶鳴(どな)つてゐる。237喜楽(きらく)は福島(ふくしま)久子(ひさこ)に余(あま)り気(き)の毒(どく)でたまらぬので、238曲津(まがつ)がだましてるのだといふ事(こと)も出来(でき)ず、239大方(おほかた)霊(れい)が天(てん)へ上(あが)るのだらうから、240肉体(にくたい)に気(き)をつけて、241松(まつ)の木(き)へでも登(のぼ)りそうだつたら止(と)めなされ……と忠告(ちうこく)をして帰(かへ)つたものの心配(しんぱい)でたまらぬので、242八木(やぎ)の或(ある)茶店(ちやみせ)に休(やす)んで、243福島(ふくしま)の様子(やうす)を遠(とほ)くから考(かんが)へて居(ゐ)た。244もし松(まつ)の木(き)へでも上(のぼ)りそうになつたら止(と)めに行(ゆ)かうと思(おも)うたからである。
245 そしたら福島(ふくしま)の守護神(しゆごじん)は……都合(つがふ)に依(よ)つて仕組(しぐみ)を延(の)ばした、246明日(あす)の朝(あさ)まで延(の)ばした、247明後日(あさつて)まで延(の)ばした、248と一(いつ)週間(しうかん)程(ほど)延(の)ばした。249出鱈目(でたらめ)な託宣(たくせん)をしたので、250福島(ふくしま)も気(き)がつき、251久子(ひさこ)を八木(やぎ)の町(まち)へ買物(かひもの)にやつた不在(るす)の間(ま)に、252四五(しご)年(ねん)もかかつて昼夜(ちうや)せつせと書(か)いた自分(じぶん)のお筆先(ふでさき)を一所(ひとところ)によせ、253石油(せきゆ)をかけて一冊(いつさつ)も残(のこ)らず焼(や)いて了(しま)ひ、
254福島(ふくしま)『コラおれを騙(だま)しやがつた悪神(あくがみ)奴(め)が』
255といきなり御(ご)神前(しんぜん)をひつくりかへし、256神(かみ)さまの祠(ほこら)を残(のこ)らず外(そと)へ叩(たた)き出(だ)して了(しま)うたといふ面白(おもしろ)い物語(ものがたり)もあつた。
257 それから又(また)綾部(あやべ)より役員(やくゐん)が出張(しゆつちやう)して、258神(かみ)さまを斎(まつ)り直(なほ)し、259盛(さか)んに会長(くわいちやう)の攻撃(こうげき)を続行(ぞくかう)してゐた。260会長(くわいちやう)は澄子(すみこ)と相談(さうだん)の上(うへ)、261嵯峨(さが)京都(きやうと)伏見(ふしみ)の支部(しぶ)などへ気(き)をつけてやらうと浦上(うらかみ)を伴(つ)れて、262綾部(あやべ)を立出(たちい)で、263園部(そのべ)に一泊(いつぱく)してそれから八木(やぎ)へ立寄(たちよ)ると、264福島(ふくしま)寅之助(とらのすけ)が矢庭(やには)に奥(おく)から飛(と)んで来(き)て、
265福島(ふくしま)『ヤア四足(よつあし)が来(き)よつたシーツシーツ』
266と追(お)ひまくり、267ピユーピユーと痰(たん)を吐(は)きかけ、
268福島(ふくしま)『サア早(はや)う去(い)ね去(い)ね、269汚(けが)らはしい』
270と箒(はうき)ではき立(た)てる。271モウ斯(か)うなつては、272何程(なにほど)事(こと)を解(わ)けて諭(さと)してもダメだと思(おも)ひ、273匆々(さうさう)にここを出立(しゆつたつ)して、274嵯峨(さが)の信者(しんじや)の友川(ともかは)弥一郎(やいちらう)といふ家(うち)に出張(しゆつちやう)した。275ここには支部(しぶ)が拵(こしら)へてあつて、276喜楽(きらく)の教(をしへ)を遵奉(じゆんぽう)してゐた熱心(ねつしん)な信者(しんじや)である。277然(しか)るに友川(ともかは)の態度(たいど)がいつとはなしに、278極(きは)めて冷淡(れいたん)になつて居(ゐ)るので妻君(さいくん)に聞(き)いて見(み)ると……、279今朝(けさ)大本(おほもと)から畑中(はたなか)伝吉(でんきち)サンが出(で)て来(き)て、280今(いま)上田(うへだ)の貧乏神(びんばふがみ)がお前(まへ)の所(ところ)へ来(く)るだらうから、281敷居(しきゐ)一(ひと)つまたげさしても汚(けが)れる、282キツと貧乏(びんばふ)するか、283大病(たいびやう)になるによつて、284艮(うしとらの)金神(こんじん)様(さま)や教祖(けうそ)の御(ご)命令(めいれい)で気(き)をつけに来(き)たのだといつて、285帰(かへ)らはりました、286そしてこれから京都(きやうと)や伏見(ふしみ)の方(はう)へ知(し)らしに行(ゆ)くといつて出(で)られました……と包(つつ)まず隠(かく)さず述(の)べ立(た)てた。287そこで海潮(かいてう)は浦上(うらかみ)と共(とも)に京都(きやうと)の三ケ所(さんかしよ)の支部(しぶ)を尋(たづ)ねて見(み)たが、288どこもかしこも箒(はうき)で掃(は)き出(だ)したり、289敷居(しきゐ)を跨(また)げさしてくれぬ、290仕方(しかた)がないので、291明治座(めいぢざ)の少(すこ)し東(ひがし)の横町(よこちやう)に畑中(はたなか)の親類(しんるゐ)で、292高町(たかまち)といふ信者(しんじや)があるので、293そこを訪問(はうもん)して見(み)ると家内中(かないぢう)二階(にかい)へ上(あが)つて了(しま)ひ、294首(くび)のゆがんだ、295少(すこ)し間(ま)のぬけたやうな女(をんな)が一人(ひとり)、296坐(すわ)つて居(ゐ)る。297それは畑中(はたなか)の妹(いもうと)でお鯛(たひ)といふ女(をんな)であつた。298喜楽(きらく)は、
299喜楽(きらく)『お鯛(たひ)サン、300高町(たかまち)サンは何処(どこ)へ行(い)つたかな』
301と尋(たづ)ねると、
302お鯛(たひ)『何処(どこ)へ行(い)つたか知(し)りませぬ、303ここ三日(みつか)や十日(とをか)は帰(かへ)らぬというて、304他所(よそ)へ行(ゆ)かはりました』
305と云(い)ふ。
306喜楽(きらく)『そんならお藤(ふぢ)サンは何処(どこ)へ行(い)つたか』
307と聞(き)いて見(み)ると、
308お鯛(たひ)『一寸(ちよつと)よそへ行(い)かはりました』
309といふ。
310喜楽(きらく)『晩(ばん)には帰(かへ)つて来(く)るだらうな』
311と聞(き)いて見(み)ると、
312お鯛(たひ)『イエ晩(ばん)になつても帰(かへ)らはりしまへん、313高町(たかまち)サンもお藤(ふぢ)サンも晩(ばん)にも帰(かへ)らはりしまへん』
314と垣(かき)をする。315晩(ばん)に帰(かへ)ると云(い)へば又(また)夕方(ゆふがた)に来(こ)られては困(こま)ると、316予防線(よばうせん)をはつて居(ゐ)たのである。317それから外(ほか)の人(ひと)の宿所(しゆくしよ)を尋(たづ)ねて見(み)たけれど、318何(なに)を言(い)うても、319知(し)らぬ知(し)らぬの一点張(いつてんばり)で仕方(しかた)がないので『女(をんな)が夜(よ)さり内(うち)に居(を)らぬ様(やう)な事(こと)では、320どうで碌(ろく)な事(こと)をして居(ゐ)るのではなからう……』と腹立紛(はらたちまぎ)れに二階(にかい)へワザと聞(きこ)える様(やう)に言(い)ひ放(はな)つてそこを立(た)ち、321七条通(しちでうどほり)まで下(くだ)つて来(く)ると、322浦上(うらかみ)は三牧(みまき)次三郎(じさぶらう)や西村(にしむら)栄次郎(ゑいじらう)といふ信者(しんじや)の家(うち)を訪問(はうもん)すると云(い)うて別(わか)れ、323西田(にしだ)が伏見(ふしみ)方面(はうめん)からやつて来(き)たのに出会(しゆつくわい)し、324一所(いつしよ)に伏見(ふしみ)や宇治(うぢ)の方面(はうめん)へ宣伝(せんでん)に行(ゆ)く事(こと)とした。
325 高瀬川(たかせがは)に添(そ)うて勧進橋(くわんじんばし)の傍(そば)まで下(くだ)り乍(なが)ら、
326西田(にしだ)『畑中(はたなか)の奴(やつ)、327どこからどこ迄(まで)も自分(じぶん)等(ら)の邪魔(じやま)をしやがる、328大方(おほかた)伏見(ふしみ)の方(はう)へも行(い)つてるに違(ちがひ)ない。329彼奴(あいつ)がもしもここへやつて来(き)やがつた位(くらゐ)なら、330此(この)高瀬川(たかせがは)へ放(はう)り込(こ)んでやるのだけれど』
331などと西田(にしだ)が憤慨(ふんがい)し乍(なが)らフト顔(かほ)をあげて見(み)ると、332畑中(はたなか)伝吉(でんきち)が風呂敷(ふろしき)包(づつみ)を負(お)うて真赤(まつか)な顔(かほ)をして出(で)て来(く)るのにベツタリ出会(でくわ)した。333京都(きやうと)伏見(ふしみ)間(かん)の電鉄(でんてつ)がそこへ来(き)て停車(ていしや)した。334呶鳴(どな)る訳(わけ)に行(ゆ)かず、
335喜楽(きらく)『オイ畑中(はたなか)又(また)邪魔(じやま)しにまはつたな』
336といふと畑中(はたなか)は『ホイホイホイ』といつて走(はし)り出(だ)し二三丁(にさんちやう)許(ばか)り行(い)つて振(ふ)り返(かへ)り、337ヤレまあ安心(あんしん)だといふ様(やう)な風(ふう)をして居(ゐ)る。338会長(くわいちやう)は大声(おほごゑ)で……『馬鹿(ばか)ツ』と二口(ふたくち)三口(みくち)呶鳴(どな)ると西田(にしだ)が、
339西田(にしだ)『こんな所(とこ)で大声(おほごゑ)で呶鳴(どな)る者(もの)が馬鹿(ばか)です』
340と気(き)をつけたので、
341喜楽(きらく)『ホンに呶鳴(どな)る方(はう)が馬鹿(ばか)だなア』
342と言(い)ひ乍(なが)ら、343伏見(ふしみ)の信者(しんじや)を二三(にさん)尋(たづ)ねて見(み)ると、344又(また)箒(はうき)で掃(は)き出(だ)し、345閾(しきゐ)を跨(また)がさぬ。
346『貧乏神(びんばふがみ)サン、347小松林(こまつばやし)サン去(い)んで下(くだ)され』
348と連呼(れんこ)し冷遇(れいぐう)するので這入(はい)る訳(わけ)にも行(ゆ)かずはるばる宇治(うぢ)まで行(い)つて、349御室(みむろ)の支部(しぶ)を訪問(はうもん)すると、350ここも又(また)畑中(はたなか)の注進(ちうしん)によつて冷淡(れいたん)至極(しごく)な態度(たいど)を示(しめ)して居(ゐ)る。
351 そこで西田(にしだ)と別(わか)れ、352喜楽(きらく)は只(ただ)一人(ひとり)京都(きやうと)まで帰(かへ)り、353三牧(みまき)の宅(うち)で浦上(うらかみ)と会(くわい)し、354たつた一銭(いつせん)五厘(ごりん)より二人(ふたり)の中(なか)に金子(きんす)がないので、355徒歩(とほ)で愛宕山(あたごやま)を越(こ)え、356保津(ほづ)へ出(い)で、357八木(やぎ)へ立寄(たちよ)り、358又(また)もや放(はう)り出(だ)され、359雨(あめ)のビシヨビシヨ降(ふ)る中(なか)を震(ふる)ひ震(ふる)ひ園部(そのべ)の浅井(あさゐ)まで帰(かへ)つて、360麦飯(ばくはん)でも喰(く)はして貰(もら)はうと思(おも)ひ、361立寄(たちよ)つて見(み)ると、362ここも又(また)冷淡(れいたん)な態度(たいど)で茶(ちや)も呑(の)まさず去(い)んでくれと云(い)ふ。363仕方(しかた)なしに又(また)もや檜山(ひのきやま)まで帰(かへ)り、364坂原(さかはら)へ立寄(たちよ)ると坂原(さかはら)は折(をり)ふし不在(ふざい)で、365妻君(さいくん)が一人(ひとり)残(のこ)つて居(を)り、
366『今(いま)綾部(あやべ)から畑中(はたなか)サンが出(で)て来(き)て、367茶(ちや)一杯(いつぱい)呑(の)ましてはならぬ、368艮(うしとらの)金神(こんじん)さまのお気障(きざわ)りになると言(い)ははりましたから、369どうぞこれぎり、370あんたにはすみませぬけれど、371小松林(こまつばやし)サンが改心(かいしん)しやはるまでよつて下(くだ)さるな』
372といふ。373二人(ふたり)は破草鞋(やぶれわらぢ)を拾(ひろ)つて足(あし)につけ、374坂路(さかみち)を上(のぼ)り下(くだ)り、375漸(やうや)く須知山(すちやま)の峠(たうげ)まで出(で)て来(き)た。376そこに蒟蒻(こんにやく)を売(う)つてるので、377蒟蒻(こんにやく)を一銭(いつせん)五厘(ごりん)で三(さん)枚(まい)買(か)ひ、378宇治(うぢ)から二十四(にじふよ)里(り)の道(みち)を空腹(くうふく)を抱(かか)えて帰(かへ)つて来(き)たこととて何(なん)とも知(し)れぬ甘(うま)さであつた。379それから綾部(あやべ)へ帰(かへ)り、380浦上(うらかみ)はこりごりして餅屋(もちや)を始(はじ)め出(だ)し、381喜楽(きらく)が神(かみ)様(さま)を祭(まつ)つてやつて非常(ひじやう)に繁昌(はんぜう)をし出(だ)した。382さうするとソロソロ浦上(うらかみ)が慢心(まんしん)し出(だ)し、383神(かみ)様(さま)の悪口(あくこう)や喜楽(きらく)の行方(やりかた)までも非難(ひなん)し、384頻(しき)りに反対(はんたい)を始(はじ)めて居(ゐ)たが、385とうとう養鶏場(やうけいぢやう)を開設(かいせつ)して大損失(だいそんしつ)を招(まね)き、386折角(せつかく)儲(まう)けた金(かね)も一文(いちもん)も残(のこ)らずなくした上(うへ)、387沢山(たくさん)の借金(しやくきん)を拵(こしら)へ、388親族(しんぞく)や其(その)外(ほか)の人々(ひとびと)に損害(そんがい)をかけて綾部(あやべ)にも居(を)られず位田(ゐでん)へ逃(に)げ帰(かへ)り、389細々(ほそぼそ)と豆腐屋(とうふや)を営(いとな)んで居(ゐ)る。
390(大正一一・一〇・一九 旧八・二九 松村真澄録)
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス】
合言葉「みろく」を入力して下さい→