霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一二章 思(おも)ひ出(で)(三)〔一〇四九〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第38巻 舎身活躍 丑の巻 篇:第2篇 光風霽月 よみ(新仮名遣い):こうふうせいげつ
章:第12章 思ひ出(三) よみ(新仮名遣い):おもいで 通し章番号:1049
口述日:1922(大正11)年10月16日(旧08月26日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年4月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
その後も自分が鎮魂を教えてやった男が慢心して信者の女房を取り、それが京都でにわか芝居のネタにされ、泣きつかれて喜楽が侠客に金を払って芝居の興行をやめさせた、というようなこともあった。
明治三十五年正月に直日が誕生した。教祖様のお筆先で、この子は水晶の種だから種痘を行ってはならないとおっしゃった。一方で役場は決まりだと言って種痘を迫る。
仕方がないので澄子と種痘をしない罰金を工面して、役所に支払った。しかしこれを聞いた幹部連が、種痘をしないために罰金を支払ったのは日本が外国に負けた形になる、と言いだして、警察・役所・検事局と押しかけて、罰金を返せと騒いだ。
しかしお上は相手にしなかったので、そのうち泣き寝入りとなった。それからも喜楽が毎年金を工面して罰金を払っていたが、幹部連はそのことは知らなかったので、お上が罰金を言ってこなくなったのはとうとう神様が勝ったのだ、と得意になっていた。
あまり得意がっているので、とうとう自分が罰金を毎年払っていたのだ、と言ってしまった。するとまた小松林の悪神が、とやりだした。
ある日園部から支部の発会式をやるから出席してくれと言われて出向いてみたが、それは真っ赤な嘘で、連れ出した幹部連でよってたかって喜楽を池に突き落したり、旅館で寝ているときにお灸をすえたりして、小松林を追い出すのだとさんざんな目にあったが、調べてみると陰から中村が指図していたのであった。
こんな風であるから、他所へ行こうと思っても熱心な信者が切腹するのと引き留めて、どうにもしようがない。
明治三十七年に八木の氏神祭と福島氏の内祭があったので、西田と示し合わせてこれを機に夜逃げすることにした。四方平蔵、中村竹蔵、義姉のお竜さんと同道していた。四方氏や中村氏は自分を見張っていて隙がないので、夜、肩を揉めと無茶を言って夜更けまでもませた。
すると四方氏と中村氏は眠ってしまった。お竜さんは今のうちに早く行けと手真似で知らせる。自分が夜逃げしたというので、大騒ぎになって皆で園部を捜索したという。
しばらくあちこちに逗留して亀岡から汽車で王子に行こうとしたときに、四方平蔵氏につかまった。
綾部に帰ってきてからは半年ほど六畳間におしこめられた。古事記や日本書紀を読もうとしても、角文字が書いてあると言って取り上げられてしまう。元神官の福林氏に書物を借りて、布団の中でこっそりと読み、足音がするとしまう、という始末であった。
その後事情があって、明治四十一年まで官幣社の神官をつとめたりした。幹部連は日露戦争が世の中の立て直しだと誤解していたが、何事も起らぬので次第に数を減らし、死去する者もあった。
明治四十二年ごろにはもう大丈夫だと思って戻ってきて熱心に布教に従事した。それから今日の大本の基礎ができてきたのである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-07 04:44:59 文字数:3576 OBC :rm3812
愛善世界社版:122頁 八幡書店版:第7輯 203頁 修補版: 校定版:123頁 普及版:62頁 初版: ページ備考:
001 京都(きやうと)の南部(なんぶ)といふ男(をとこ)、002是(これ)は自分(じぶん)が鎮魂(ちんこん)を教(をし)へてやつた男(をとこ)であるが、003一廉(ひとかど)の活神(いきがみ)様(さま)気取(きど)りになつて、004金光(こんくわう)先生(せんせい)などと称(とな)へ、005高町(たかまち)の如(ごと)きは夢中(むちう)になつて信仰(しんかう)し出(だ)した。006それを良(よ)い事(こと)にして、007とうとう高町(たかまち)の細君(さいくん)と野合(くつつ)いて、008一人(ひとり)は変性(へんじやう)男子(なんし)、009一人(ひとり)は変性(へんじやう)女子(によし)と云(い)つて、010一段(いちだん)高(たか)い処(ところ)へ坐(すわ)り込(こ)み、011高町(たかまち)は一段下(いちだんした)の結界(けつかい)の外(そと)に平伏(へいふく)して仕(つか)へて居(ゐ)る。012高町(たかまち)に……一体(いつたい)如何(どう)したのかと尋(たづ)ねると、013神(かみ)様(さま)(南部(なんぶ))が御(ご)入用(にふよう)と仰有(おつしや)るから家内(かない)を差上(さしあ)げたのだ……と云(い)ふ。
014喜楽(きらく)『馬鹿(ばか)な、015そんなことがあるものか、016お前(まへ)はすつかり騙(だま)されて居(ゐ)るのだ』
017と云(い)つてやると、018又(また)其(その)気(き)になつて、019一応(いちおう)は南部(なんぶ)に向(むか)つて、020嬶(かか)を返(かへ)せと迫(せま)つては見(み)るものの、021家内(かない)から、
022『禿(はげ)ちやん老爺(おやぢ)、023決(けつ)して丹波(たんば)の四(よ)つ足(あし)の云(い)ふ事(こと)なんか取上(とりあ)げて神罰(しんばつ)に触(ふ)れまいぞ』
024とおどかされると、025またグラグラと其(その)気(き)になつて畏(かしこ)まつて仕舞(しま)ふ。026材料(ざいれう)が面白(おもしろ)い材料(ざいれう)だから、027京都(きやうと)大虎座(おほとらざ)の馬鹿八(ばかはち)と云(い)ふ男(をとこ)が、028俄芝居(にはかしばゐ)に仕組(しぐ)み、029業々(げふげふ)しい絵看板(ゑかんばん)まで拵(こしら)へた。030併(しか)し俄芝居(にはかしばゐ)などでこんな真似(まね)をされては叶(かな)はぬから、031止(と)めさす工夫(くふう)はなからうかと云(い)つて、032高町(たかまち)から泣(な)き込(こ)まれた。033外(ほか)には仕方(しかた)がないから、034是(これ)は侠客(けふかく)いろは幸太郎(かうたらう)に頼(たの)んで、035看板代(かんばんだい)を五十(ごじふ)円(ゑん)出(だ)して、036とうとう止(や)めさせて了(しま)つた。
037 三十五(さんじふご)年(ねん)正(しやう)月(ぐわつ)直霊(なほひ)が生(うま)れた時(とき)、038教祖(けうそ)様(さま)はお筆先(ふでさき)通(どほ)り、039此(この)子(こ)は水晶(すゐしやう)の種(たね)だから、040種痘(しゆとう)は出来(でき)ぬと云(い)はれた。041自分(じぶん)が所用(しよよう)で大阪(おほさか)へ行(い)つて居(を)つた留守中(るすちう)、042役場(やくば)からも警察(けいさつ)からも切(しき)りに種痘(しゆとう)を迫(せま)つて来(き)たが、043其(その)儘(まま)にうちやつてあつたのでとうとう六(ろく)月(ぐわつ)に警察(けいさつ)から呼出(よびだ)しがあつて、044種痘(しゆとう)をしなかつた罰(ばつ)で二十銭(にじつせん)の科料(くわれう)に処(しよ)せられた。045間(ま)もなく規則(きそく)が改正(かいせい)されて、046二十銭(にじつせん)の科料(くわれう)が一足飛(いつそくと)びに二十(にじふ)円(ゑん)の罰金(ばつきん)になつた。
047 当時(たうじ)の自分(じぶん)の手前(てまへ)では迚(とて)も二十(にじふ)円(ゑん)の支出(ししゆつ)は出来(でき)ぬ許(ばか)りでなく、048幹部(かんぶ)の連中(れんちう)が罰金(ばつきん)を出(だ)す事(こと)を如何(どう)しても承知(しようち)しない、049是(これ)が御(お)筆先(ふでさき)の時節(じせつ)到来(たうらい)で世(よ)を転覆(ひつくりかへ)すのだといふ。050時節(じせつ)到来(たうらい)はこんな事(こと)ぢやないと云(い)つて聞(き)かしても、051中々(なかなか)承知(しようち)しない。052仕方(しかた)がないから、053次回(じくわい)の種痘期(しゆとうき)には家内(かない)とも相談(さうだん)して、054箪笥(たんす)を空(から)にして漸(やうや)う罰金(ばつきん)を支払(しはら)つた。055罰金(ばつきん)は納(をさ)まつたが、056治(をさ)まらぬのは幹部(かんぶ)の連中(れんちう)で、057自分(じぶん)が罰金(ばつきん)を支払(しはら)つたといふ事(こと)が分(わか)つたものだから、058蜂(はち)の巣(す)を崩(くづ)した様(やう)に騒(さわ)ぎ出(だ)した。059そして一同(いちどう)蓑笠(みのかさ)で警察署(けいさつしよ)へ押掛(おしか)けて、060支払(しはら)つた罰金(ばつきん)を返(かへ)して呉(く)れといつて談判(だんぱん)を始(はじ)めた。
061 種痘(しゆとう)をしなかつたと云(い)つて罰金(ばつきん)を出(だ)しては日本(にほん)が外国(ぐわいこく)に負(ま)けた形(かたち)になるから、062出(だ)した金(かね)を惜(をし)むのではないが返(かへ)して貰(もら)ひたい、063返(かへ)して呉(く)れねば此処(ここ)一寸(いつすん)も動(うご)かぬ……と云(い)つて、064駄々(だだ)をこね出(だ)した。065警察(けいさつ)では一旦(いつたん)取(と)つた罰金(ばつきん)を返(かへ)さぬのは知(し)れ切(き)つた事(こと)で、066如何(どう)しても相手(あひて)になつてくれない。067仕方(しかた)がないから今度(こんど)は役場(やくば)へ行(ゆ)く。068法律(はふりつ)できまつて居(を)る為(ため)に仕方(しかた)がないと云(い)ふのなら、069法律(はふりつ)を改正(かいせい)せよ、070神(かみ)の命令(めいれい)を聞(き)かねば役所(やくしよ)が潰(つぶ)れるが如何(どう)だ……などと無理(むり)な事(こと)を云(い)つて、071役所(やくしよ)を苦(くるし)めたが、072相手(あひて)にならないので、073仕舞(しまひ)には検事局(けんじきよく)へ行(い)つて、074警察(けいさつ)へ出(だ)した罰金(ばつきん)を返(かへ)せと云(い)つて迫(せま)つた。075検事局(けんじきよく)でも手古摺(てこず)つて、076国法(こくはふ)を無視(むし)してそんな訳(わけ)の分(わか)らぬ事(こと)を云(い)へば、077軍隊(ぐんたい)をさし向(む)けて大本(おほもと)を叩(たた)き潰(つぶ)すが如何(どう)だ……といつておどかした。078さうすると四方(しかた)平蔵(へいざう)がムキになつて、079……面白(おもしろ)い、080神(かみ)様(さま)と軍隊(ぐんたい)と何方(どちら)が強(つよ)いか、081力比(ちからくら)べをせう、082何万(なんまん)の軍隊(ぐんたい)でもさしむけろ……と云(い)つて威張(ゐば)るといふ始末(しまつ)だ。083併(しか)しどこでも取上(とりあ)げてくれぬので其(その)儘(まま)泣寝入(なきねい)りになつて了(しま)つた。
084 こんな次第(しだい)であるから、085翌年(よくねん)からの予定(よてい)の罰金(ばつきん)納(をさ)めは余程(よほど)秘密(ひみつ)にして、086幹部(かんぶ)の連中(れんちう)には知(し)れない様(やう)に済(す)ませて来(き)た。087そんな事(こと)とは夢(ゆめ)にも知(し)らぬので、088幹部(かんぶ)の連中(れんちう)は大得意(だいとくい)だ。089とうとう神(かみ)様(さま)の方(はう)が勝(か)つたから罰金(ばつきん)を取(と)りに来(こ)ないのだ……と云(い)つて喜(よろこ)んで居(ゐ)た。090よせばよかつたのに、091幹部(かんぶ)の連中(れんちう)が余(あま)り得意(とくい)がるから、092実(じつ)は毎年(まいねん)自分(じぶん)が払(はら)つたのだと話(はな)しをしてやつた。093さうすると又(また)大騒(おほさわ)ぎになつて四(よ)つ足(あし)呼(よ)ばはりをやり出(だ)した。
094 或(ある)日(ひ)園部(そのべ)の青柴(あをしば)仙吉(せんきち)、095田中(たなか)仙吉(せんきち)、096上仲(うへなか)儀太郎(ぎたらう)、097辻(つじ)フデなどがやつて来(き)て、098支部(しぶ)の発会式(はつくわいしき)をするから来(き)てくれと云(い)ふ事(こと)であつた。099同行(どうかう)して途中(とちう)の観音(くわんのん)様(さま)の池(いけ)のそばで一服(いつぷく)やつて居(ゐ)ると、100突然(とつぜん)池(いけ)の中(なか)へ付(つ)き落(お)とした、101狼狽(らうばい)して這(は)ひ上(あが)らうとすると、102竹(たけ)を持(も)つて居(ゐ)て、103又(また)突込(つつこ)む。104そして、
105『小松林(こまつばやし)の悪(あく)の守護神(しゆごじん)去(い)ね去(い)ね。106先生(せんせい)には済(す)まぬが、107小松林(こまつばやし)が不可(いか)ぬ。108外国魂(ぐわいこくだま)を除(の)けねばならぬ』
109と泣(な)いて意見(いけん)をする。110愚直(ぐちよく)な迷信家(めいしんか)にかかつては手(て)の出(だ)し様(やう)がない。111やうやう這(は)ひ上(あが)つて園部(そのべ)へ行(ゆ)くと、112支部(しぶ)の発会式(はつくわいしき)なんて全然(ぜんぜん)嘘(うそ)なんだ。113夜中(やちう)に四(よ)人(にん)でおさへつけて、114背中(せなか)に大(おほ)きな灸(きう)を据(す)ゑて、
115『コラ小松林(こまつばやし)の四(よ)つ足(あし)守護神(しゆごじん)、116何(なん)と心得(こころえ)て居(を)る。117此(この)御(お)方(かた)は貴様(きさま)等(ら)の容物(いれもの)になる様(やう)な御(お)方(かた)ぢやない、118早(はや)く去(い)んだ去(い)んだ』
119と云(い)つて大(おほ)きな灸(きう)を据(す)ゑ廻(まは)しにする。120今度(こんど)は仰向(あふむ)けにして、121胸(むね)から脇(わき)のあたりをくすぐる。122たまらなくなつて笑(わら)ふと、
123『まだまだ居(を)る居(を)る』
124と云(い)つてくすぐり乍(なが)ら……去(い)なぬか去(い)なぬか……と責(せ)めつける。125だんだん調(しら)べて見(み)ると幹部(かんぶ)の中村(なかむら)などが二三(にさん)人(にん)出(で)かけて来(き)て居(ゐ)て、126蔭(かげ)から差図(さしづ)をして居(を)るのであつた。
127 何時(いつ)まで経(た)つてもこんな風(ふう)では、128何(なに)も仕事(しごと)が出来(でき)ぬから、129他処(よそ)へ行(ゆ)かうと思(おも)つても、130行(ゆ)けば本気(ほんき)で切腹(せつぷく)をするといふのだから、131如何(どう)することも出来(でき)ぬ。132西田(にしだ)が夜(よる)隠(かく)れて来(き)て、133打合(うちあは)せをして北桑田(きたくはだ)へ布教(ふけう)に行(い)つた事(こと)もあつた。
134 三十七(さんじふしち)年(ねん)に北桑田(きたくはだ)へ行(い)つた。135八木(やぎ)に氏神(うぢがみ)の祭礼(さいれい)と福島(ふくしま)サンの内(うち)のお祭(まつり)とがあつたので、136四方(しかた)平蔵(へいざう)、137中村(なかむら)竹造(たけざう)、138家内(かない)の姉(あね)のお竜(りよう)サンなどと同行(どうかう)した。139是(これ)を機会(きくわい)に夜逃(よに)げをしやうといふ考(かんが)へであつた。140予(かね)て西田(にしだ)と打合(うちあは)せがしてあつて、141檜山(ひのきやま)の鍛冶屋(かぢや)に待(ま)たしてあつた。142突然(とつぜん)姿(すがた)を隠(かく)しては母(はは)が心配(しんぱい)するから、143決(けつ)して心配(しんぱい)せぬ様(やう)に耳打(みみうち)をして置(お)いてくれと云(い)ひたいのであるが、144皆(みな)が側(そば)に居(ゐ)るので、145先(さき)に行(い)く事(こと)が出来(でき)ない。146仕方(しかた)がないからお竜(りよう)サンに腹痛(ふくつう)を起(おこ)さした。147皆(みな)が鎮魂(ちんこん)をして上(あ)げてくれと頼(たの)んだが、
148喜楽(きらく)『自分(じぶん)は四(よ)つ足(あし)だ、149四(よ)つ足(あし)の鎮魂(ちんこん)なんか利(き)くものか』
150と云(い)つてドンドン先(さき)へ行(い)つて、151ゆつくりと西田(にしだ)と話(はなし)をした。152それからいくら待(ま)つて居(ゐ)ても皆(みな)やつて来(こ)ない。153後(あと)から聞(き)くと同(おな)じ道(みち)をクルクル廻(まは)つて居(を)つたのださうな。154仕舞(しまひ)には二手(ふたて)に分(わか)れてやつて来(き)た。155四方(しかた)が新道(しんだう)からやつて来(き)たから声(こゑ)をかけてやつた。
156 八木(やぎ)へ行(い)つて氏神(うぢがみ)の祭礼(さいれい)をすませ、157翌日(よくじつ)一寸(ちよつと)穴太(あなを)へ寄(よ)つた。158中村(なかむら)と四方(しかた)の隙(すき)を見(み)て、159母(はは)に耳打(みみうち)をして又(また)八木(やぎ)へ帰(かへ)つた。160福島(ふくしま)サンの祭(まつり)をすませて、161其(その)晩(ばん)逃(に)げやうと考(かんが)へたのであるが、162皆(みな)が見張(みは)つて居(ゐ)て逃(に)げる事(こと)が出来(でき)ぬ。163仕方(しかた)がないから足(あし)を揉(も)め、164肩(かた)を揉(も)めとヤンチヤを云(い)つて夜更(よふけ)までもませたら、165皆(みな)草臥(くたび)れて寝(ね)て了(しま)つた。166其(その)間(ま)に手早(てばや)く仕度(したく)して、167即興(そくきよう)の書置(かきお)をかいた。
168『たまたまの旅(たび)につかれてグツと寝(ね)る
169素人(しろ)按摩(とあんま)が肩(かた)ひねる
170ねるは ねるは たわいもなしに
171寝(ね)る間(ま)に抜(ぬ)けた目(め)の玉(たま)は
172尋(たづ)ねる由(よし)も泣寝入(なきねい)り
173夜具(やぐ)のトンネル穴(あな)許(ばか)り
174寝(ね)てる間(ま)に知(し)れぬとそんな事(こと)
175帰(かへ)つて教祖(けうそ)に云(い)ひかねる
176ネルの首巻(くびまき)ネルパツチ
177空(そら)から雨(あめ)がフランネル
178ヤキヤキと熱(ねつ)を福島(ふくしま)会合所(くわいがふしよ)
179跡(あと)の祭(まつり)で四方(しかた)中村(なかむら)』
180 自分(じぶん)乍(なが)ら可笑(おか)しくなつてクスクスと笑(わら)ふと、181お竜(りよう)サンが目(め)を覚(さ)まして、182黙(だま)つて行(ゆ)けと手真似(てまね)で知(し)らす。183外(そと)へ出(で)ると西田(にしだ)が来(き)て待(ま)つて居(ゐ)る。184それから園部(そのべ)迄(まで)一走(ひとはし)りに走(はし)つた。185そして港屋(みなとや)といふ宿屋(やどや)の二階(にかい)に隠(かく)れてゐた。186自分(じぶん)が夜逃(よにげ)したといふことが分(わか)つて、187皆(みな)で大騒(おほさわ)ぎをして園部(そのべ)穴太(あなを)をスツカリ捜(さが)し廻(まは)つたさうな。188『霊界(れいかい)物語(ものがたり)』霊主(れいしゆ)体従(たいじう)第二(だいに)巻(くわん)其(その)儘(まま)を繰返(くりかへ)した[※第2巻第21章「常世の国へ」、第22章「言霊別命の奇策」、第23章「竜世姫の奇智」のこと。]のである。
189 宮村(みやむら)の内田(うちだ)官吉(くわんきち)の内(うち)に二日(ふつか)居(を)つて宇津(うつ)へ行(ゆ)き、190山国(やまくに)へ行(ゆ)き、191山国(やまくに)で二晩(ふたばん)とまつて宇治(うぢ)まで行(い)つた。192それから汽車(きしや)で亀岡(かめをか)に行(ゆ)き、193王子(わうじ)へ行(ゆ)かうとすると、194四方(しかた)平蔵(へいざう)がやつて来(き)た。
195 八木(やぎ)で心配(しんぱい)をしてゐるからと云(い)ふので八木(やぎ)へ寄(よ)つた。196今夜(こんや)は逃(に)げぬから寝(ね)よといふけれど、197警戒(けいかい)をしてマンヂリともせずに見張(みは)つて居(ゐ)る。198こんな風(ふう)で又(また)綾部(あやべ)へ帰(かへ)つて来(き)た。199そして更(さら)に半年(はんとし)程(ほど)六畳(ろくでふ)の間(ま)に押込(おしこ)められた。200代(かは)る代(がは)る張番(はりばん)をして暫時(ざんじ)の間(ま)も自分(じぶん)の自由(じいう)にはならぬのである。201古事記(こじき)を研究(けんきう)しやうとすると、202そんな乞食(こじき)の学問(がくもん)なんか、203釈迦(しやか)の真似(まね)などする事(こと)は要(い)らぬと云(い)つて取(と)り上(あ)げて了(しま)ふ。204それぢや日本(にほん)書紀(しよき)を読(よ)まうといふと、205日本(にほん)の書紀(しよき)ならよからうといふ。206読(よ)んで居(ゐ)ると其(その)本(ほん)を見(み)て、207日本(にほん)の書紀(しよき)などと云(い)ふが、208是(これ)は角文字(かくもじ)ぢやないかと云(い)つて取上(とりあ)げて焼(や)いて了(しま)ふ。209仕方(しかた)がないから一部(いちぶ)福林(ふくばやし)の神官(しんくわん)から借(か)りて、210蒲団(ふとん)を被(かぶ)つて豆(まめ)ランプの火(ひ)で調(しら)べた。211人(ひと)の足音(あしおと)がすると、212あわてて消(け)すといふ様(やう)な次第(しだい)で、213骨(ほね)が折(を)れる事(こと)、214一通(ひととほ)りや二通(ふたとほ)りではなかつた。215其(その)後(ご)事情(じじやう)があつて四十一(よんじふいち)年(ねん)迄(まで)某(ぼう)官幣社(くわんぺいしや)の神職(しんしよく)を勤(つと)めた。
216 幹部(かんぶ)の連中(れんちう)は立替(たてかへ)立直(たてなほ)しは三十七八(さんじふしちはち)年(ねん)の日露(にちろ)戦争(せんそう)だと誤解(ごかい)して居(ゐ)たのだが、217さうでなかつた為(ため)に、218一人(ひとり)減(へ)り二人(ふたり)減(へ)り、219野心家(やしんか)の中村(なかむら)竹造(たけざう)は死(し)に、220四十二(よんじふに)年(ねん)頃(ごろ)には教祖(けうそ)様(さま)の外(ほか)には四方(しかた)与平(よへい)、221田中(たなか)善吉(ぜんきち)のみが残(のこ)つて、222後(あと)は皆(みな)ゐなくなつた。223モウ大丈夫(だいぢやうぶ)と考(かんが)へたから自分(じぶん)も帰(かへ)つて来(き)て、224熱心(ねつしん)に布教(ふけう)に従事(じゆうじ)し、225今日(こんにち)の大本(おほもと)の土台(どだい)がだんだん出来(でき)て来(く)る様(やう)になつたのである。
226(大正一一・一〇・一六 旧八・二六 松村真澄再録[※初版・校定版・愛世版ともに「再録」になっている。なぜ「録」ではなく「再録」なのかは不明])
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