霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 思(おも)ひ出(で)(一)〔一〇四七〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第38巻 舎身活躍 丑の巻 篇:第2篇 光風霽月 よみ(新仮名遣い):こうふうせいげつ
章:第10章 思ひ出(一) よみ(新仮名遣い):おもいで 通し章番号:1047
口述日:1922(大正11)年10月16日(旧08月26日) 口述場所: 筆録者:松村真澄 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年4月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
明治三十四年の十月ごろの話である。警察署から毎日のように、宗教として認可を得なければ布教を許さないと言ってきた。明治二十二年の憲法発布で信教の自由が許されて以来、そんなことはない、と反論しても承知しない。
しまいには入り口に巡査を張り番させるようになり、信者が来なくなってしまった。教祖様は神様に伺って、警察の言うことは取り合わないように、と申し渡したが、警察の干渉はますます激しくなるので、教祖様へは内密にして静岡の稲荷講社の長沢翁に相談に行った。
教祖様はこれを聞いて怒り、弥仙山の中腹の社にお隠れになってしまった。自分は何も知らずに、長沢翁と相談したとおり京都で宗教法人の手続きをしようとしたが、印形がひとつ足りない。
そこで連れの者を綾部に使いに出し、自分は京都に残って布教をしていた。しかし使いの者は一向に戻ってこず、綾部から五人の信者がやってきて、京都でしばらく稲荷縛りをしようという。
そこで稲荷下げを縛って歩いていたが、あるところでインチキ託宣の化けの皮をはいだところ、そこの稲荷の信者と喧嘩になり、向こうはゴロツキも呼んできて大騒ぎになった。すると五人の信者はいつのまにか向こうについてしまった。
しかし、なぜか稲荷下げの陣営は、味方のゴロツキと喜楽を取り違え、金明会の五人と味方のはずのゴロツキを打ちすえてしまった。喜楽は駐在所に逃げ込んでかくまってもらい、そこを出るときに正体がばれそうになったが、京都の侠客に送ってもらい、無事に綾部に着いた。
帰ってみると、中村や四方春蔵が自分の荷物をひっくくって片づけてしまっている。そして教祖様は弥仙山の社に勝手にこもったということで、駐在所に引っ張られていた。
喜楽が駐在所に駆け付けて、代わりに尋問を受けた。信教の自由を盾に尋問に答えて、その場は帰してもらうことになった。実際には、教祖様は社の神主に許可を取って籠ったのであって、勝手に社に入ったわけではなかったのであった。
弥仙山籠りの件はこれで方が付いたが、幹部連中が上田は悪神だと言ってやってきてしきりに喜楽を困らせた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-03 14:57:59 文字数:4229 OBC :rm3810
愛善世界社版:104頁 八幡書店版:第7輯 196頁 修補版: 校定版:104頁 普及版:52頁 初版: ページ備考:
001 明治(めいぢ)三十四(さんじふよ)年(ねん)十(じふ)月(ぐわつ)、002大本(おほもと)の祭壇(さいだん)が、003旧広前(きうひろまへ)の二階(にかい)にあつた頃(ころ)の話(はなし)である。004警察署(けいさつしよ)から毎日(まいにち)の様(やう)にやつて来(き)て、005宗教(しうけう)として認可(にんか)を受(う)けなければ布教(ふけう)を許(ゆる)さないと云(い)つて頑張(ぐわんば)るのである。006明治(めいぢ)二十二(にじふに)年(ねん)憲法(けんぱふ)の発布(はつぷ)によつて信教(しんけう)の自由(じいう)が許(ゆる)されてから、007そんな筈(はず)はないと理窟(りくつ)を言(い)つて見(み)ても堂(どう)しても承知(しようち)しない。008仕舞(しまひ)には巡査(じゆんさ)を前(まへ)に張番(はりばん)させると云(い)つた様(やう)な訳(わけ)で、009信者(しんじや)までが嫌(きら)つて遣(や)つて来(こ)ない様(やう)な始末(しまつ)だ。010是(これ)では困(こま)るから思(おも)いきつて皇道会(くわうだうくわい)といふ法人(ほうじん)組織(そしき)に改(あらた)めやうとして、011静岡(しづをか)の長沢(ながさは)雄楯(かつたて)と云(い)ふ人(ひと)の処(ところ)へ相談(さうだん)に行(ゆ)かうと考(かんが)へたところが、012教祖(けうそ)様(さま)は神(かみ)様(さま)に伺(うかが)はれて、013仮令(たとへ)警察(けいさつ)から何(なん)と云(い)つて来(こ)ようと構(かま)はぬから、014其(その)儘(まま)に打捨(うちす)てて置(お)けと云(い)ふお話(はなし)であるが、015警察(けいさつ)の干渉(かんせう)は益々(ますます)激(はげ)しくなる一方(いつぱう)なので、016如何(どう)しても打捨(うちす)てて置(お)くといふ訳(わけ)には行(ゆ)かなくなつて来(き)た。017そこで教祖(けうそ)様(さま)へは内密(ないみつ)にして、018木下(きのした)(出口(でぐち))慶太郎(けいたらう)を連(つ)れて静岡(しづをか)へ出掛(でか)けたのである。
019 留守中(るすちう)に教祖(けうそ)様(さま)は此(この)事(こと)を聞(き)かれて、020上田(うへだ)喜三郎(きさぶらう)(瑞月(ずゐげつ)旧名(きうめい))の所業(しよげふ)は神勅(しんちよく)に反(そむ)く怪(け)しからぬ所業(しよげふ)だ、021神代(かみよ)の須佐之男(すさのをの)尊(みこと)の御(おん)行跡(ぎやうせき)と等(ひと)しきものだと云(い)つて、022弥仙(みせん)の中腹(ちうふく)にある彦(ひこ)火々出見(ほほでみの)命(みこと)のお社(やしろ)の内(うち)へ岩戸隠(いはとがく)れをされて仕舞(しま)つた。
023 そんな事(こと)とは夢(ゆめ)にも知(し)らぬ両人(りやうにん)は、024静岡(しづをか)で相談(さうだん)をして帰(かへ)り、025京都府(きやうとふ)へよつて手続(てつづき)をしようとしたのであつたが、026印形(いんぎやう)が一(ひと)つ足(た)らぬので手続(てつづき)が出来(でき)なくなり、027止(や)むを得(え)ず木下(きのした)に命(めい)じて印形(いんぎやう)を取(と)りに綾部(あやべ)へ返(かへ)し、028自分(じぶん)は京都(きやうと)に滞在(たいざい)して布教(ふけう)に従事(じうじ)して居(ゐ)た。
029 其(その)頃(ころ)の大本(おほもと)の幹部(かんぶ)は実(じつ)に混沌(こんとん)たるものであつて、030愚直(ぐちよく)な連中(れんちう)は迷信(めいしん)に陥(おちい)つて仕舞(しま)ひ、031野心家(やしんか)はそれを利用(りよう)して、032隙(すき)があつたら自分(じぶん)を排斥(はいせき)しやうといふ考(かんが)へであつた。033そして其(その)野心家(やしんか)の間(あひだ)にも亦(また)絶(た)えず暗闘(あんとう)があつたのである。034印形(いんぎやう)を取(と)りに帰(かへ)つた木下(きのした)は梨(なし)の礫(つぶて)で一向(いつかう)消息(せうそく)がない。035そして待(ま)つて居(ゐ)ない信者(しんじや)の連中(れんちう)がやつて来(き)て、036京都(きやうと)に沢山(たくさん)ある稲荷下(いなりさ)げの様(やう)な交霊術(かうれいじゆつ)者(しや)を一々(いちいち)訪問(はうもん)して、037霊力(れいりよく)を試(ため)して見(み)やうと云(い)ひ出(だ)した。038仕方(しかた)がないから片端(かたはし)から廻(まは)つてあるいて、039沢山(たくさん)な稲荷下(いなりさ)げを縛(しば)つて歩(ある)いた。
040 伏見(ふしみ)の横内(よこうち)に青柴(あをしば)つゆといふ稲荷下(いなりさ)げがゐて、041伏見(ふしみ)の人(ひと)から崇拝(すうはい)されて居(ゐ)るといふ噂(うはさ)を聞(き)いてやつて行(い)つた。042とても堂々(だうだう)とやつて行(い)つては断(ことわ)られるに極(きま)つて居(ゐ)ると考(かんが)へたから、043百姓(ひやくしやう)の様(やう)にして化込(ばけこ)んだ。044同行者(どうげうしや)は松井(まつゐ)、045松浦(まつうら)、046田中(たなか)徳(とく)、047時田(ときだ)、048三牧(みまき)などと云(い)ふ連中(れんちう)であつた。049上田(うへだ)喜三郎(きさぶろう)といふ者(もの)が家出(いへで)をして行衛(ゆくゑ)が分(わか)らぬから、050何処(どこ)に居(ゐ)るか、051神(かみ)様(さま)に伺(うかが)つて戴(いただ)きたいと云(い)ふと、052勿体(もつたい)らしく咳払(せきばら)ひなどして、053其(その)人(ひと)は百(ひやく)両(りやう)の金子(きんす)を持出(もちだ)して逐電(ちくでん)したのであつて、054巽(たつみ)の方角(はうがく)に行(い)つたといふ。055それなら一(ひと)つ金縛(かなしば)りにして戴(いただ)きたいと云(い)ふと、056縛(しば)るには七(しち)両(りやう)金(きん)が要(い)ると云(い)ふ。057それから自分(じぶん)が進(すす)み出(い)で、058実(じつ)は病気(びやうき)で困(こま)つて居(ゐ)るのであるが、059何(なん)の病気(びやうき)であるか伺(うかが)つて頂(いただ)きたいといふと、060短(みじか)い御幣(ごへい)をトントンと叩(たた)いて、061是(これ)は腹中(ふくちう)に大蛇(をろち)がゐる、062住宅(ぢうたく)の乾(いぬゐ)の方角(はうがく)に当(あた)る倉(くら)の処(ところ)にゐた大蛇(をろち)が腹中(ふくちう)に這入(はい)つたのだといふ。063住宅(ぢうたく)の乾(いぬゐ)には池(いけ)はあるが倉(くら)はありませぬがといふと神(かみ)に向(むか)つて無礼(ぶれい)な事(こと)を言(い)ふなと、064とても御(お)話(はなし)にならぬ事(こと)を言(い)ひ出(だ)すから、065時田(ときだ)が化(ばけ)の皮(かは)を現(あら)はして、066馬鹿(ばか)な事(こと)を云(い)へ、067此(この)人(ひと)が上田(うへだ)喜三郎(きさぶろう)の本人(ほんにん)だ、068病気(びやうき)も何(なに)もしてゐない。069吾々(われわれ)は新聞(しんぶん)の種(たね)をとりに来(き)たのであるから、070今日(けふ)の出来事(できごと)を書面(しよめん)にして事実(じじつ)通(どほ)り証明(しようめい)せよといつて苛(いぢ)め出(だ)した。071横内(よこうち)の氏神(うぢがみ)の祭礼(さいれい)が十(じふ)月(ぐわつ)の九日(ここのか)で、072祭礼(さいれい)の翌日(よくじつ)であつたものだから、073御(お)祭(まつ)りの後(あと)の持越(もちこ)しか何(なに)かで、074村(むら)の若者(わかもの)がゴロゴロ集(あつ)まつて居(を)つた。075それが聞付(ききつ)けたからたまらない、076お台様(だいさま)の処(ところ)へ他国(たこく)の奴(やつ)がグズリに来(き)て居(ゐ)る、077やつ付(つ)けて了(しま)へ、078淀川(よどがは)の水(みづ)を飲(の)ませてやれ……などと云(い)つて、079岡田(をかだ)良仙(りやうせん)といふ坊主(ばうず)上(あが)りのゴロツキを呼(よ)んで来(く)るやら、080巡査(じゆんさ)が駆付(かけつ)けるやら、081大騒(おほさわ)ぎになつた。082連(つ)れの五(ご)人(にん)は斯(か)うなつて見(み)ると、083生命(いのち)が惜(を)しいと見(み)えて、084敵方(てきがた)へ付(つ)いて了(しま)つて小(ちい)さくなつてゐる。085今(いま)から考(かんが)へると、086同伴(どうはん)の五(ご)人(にん)が敵方(てきがた)へ従(つ)いたのが仕合(しあは)せだつたので、087群集(ぐんしふ)は自分(じぶん)と岡田(をかだ)良仙(りやうせん)とをスツカリ取(と)り違(ちが)へて了(しま)つて同伴(つれ)の五(ご)人(にん)と良仙(りやうせん)とを滅茶(めつちや)々々(めつちや)に殴(なぐ)り付(つ)けて、088自分(じぶん)を良仙(りやうせん)だと思(おも)うてどうか此方(こちら)へ御(お)出(い)で下(くだ)さいと云(い)つて家(いへ)の中(なか)へ連(つ)れて行(い)つて了(しま)つた。089自分(じぶん)は何時(いつ)露顕(ろけん)するか分(わか)らず気持(きもち)が悪(わる)いから、090コツソリ逃(に)げ出(だ)して巡査(じゆんさ)駐在所(ちうざいしよ)へ囲(かこ)まつて貰(もら)つたのであつた。091後(あと)になつて聞(き)くと、092此(この)時(とき)大本(おほもと)では神前(しんぜん)の大(おほ)きな水壺(みづつぼ)や土器(かわらけ)が突然(とつぜん)破(わ)れたり神酒(みき)徳利(どくり)が引繰(ひつくり)返(かへ)つたり、093京都(きやうと)の信者(しんじや)の家(うち)でも神棚(かみだな)の上(うへ)の物(もの)が落(お)ちたり割(わ)れたりして、094何事(なにごと)だらうと騒(さわ)いだそうである。095実母(じつぼ)は天眼通(てんがんつう)で多人数(たにんずう)で取巻(とりま)かれ、096真(ま)ん中(なか)に泰然(たいぜん)と坐(すわ)つて居(ゐ)る喜楽(じぶん)の姿(すがた)を見(み)たから、097安心(あんしん)をして居(を)つたそうだ。098巡査(じゆんさ)駐在所(ちうざいしよ)を出(で)る時(とき)人違(ひとちがひ)の事(こと)が解(わか)つて、099又(また)騒(さわ)ぎ出(だ)したが、100巡査(じゆんさ)が伏見(ふしみ)迄(まで)送(おく)つてくれるし、101京都(きやうと)の信者(しんじや)は心配(しんぱい)をして、102伏見(ふしみ)迄(まで)迎(むか)へに来(き)てくれるし、103無事(ぶじ)に京都(きやうと)へ着(つ)いて西洞院(にしのとうゐん)西村(にしむら)栄次郎(ゑいじらう)の家(うち)へ落付(おちつ)いた。104是(これ)で安心(あんしん)と思(おも)ふと、105今度(こんど)は五(ご)人(にん)の連中(れんちう)が承知(しようち)しない。106自分(じぶん)等(ら)が敵方(てきがた)へ従(つ)いた事(こと)は棚(たな)へ上(あ)げて、107散々(さんざん)殴打(おうだ)せられた恨(うらみ)を並(なら)べて、108霊力(れいりよく)があるなら何故(なぜ)数百(すうひやく)人(にん)の暴行(ばうかう)を差止(さしと)めなかつたか、109反対(はんたい)に五(ご)人(にん)の者(もの)をなぐらせたのは四(よ)つ足(あし)の悪(あく)の守護神(しゆごじん)に相違(さうゐ)ない、110早(はや)く化(ばけ)の皮(かは)を現(あら)はせ、111なぐられた痛(いた)い所(ところ)を治(なほ)せ、112癒(なほ)されねば切腹(せつぷく)をしろ……と云(い)つて逼(せま)る。113国家(こくか)の為(ため)とあれば何時(いつ)でも切腹(せつぷく)するがここで切腹(せつぷく)をする様(やう)な安(やす)い生命(いのち)ぢやないと云(い)ふと、114腰抜(こしぬけ)め、115貴様(きさま)の行(おこな)ひが悪(わる)いから、116教祖(けうそ)様(さま)が岩戸隠(いはとがく)れをされて了(しま)つた。117モウ大本(おほもと)へ行(ゆ)く必要(ひつえう)がないから、118何処(どこ)へでも行(ゆ)け……と云(い)ふ。119それなら仕方(しかた)がないから他所(よそ)へ行(ゆ)かうと云(い)へば、120他所(よそ)へ行(ゆ)くなら謝罪(しやざい)せよ、121三遍(さんぺん)廻(まは)つてワンと云(い)へ……などと理不尽(りふじん)な事(こと)を云(い)ひ募(つの)る。122ここは一(ひと)つ辛抱(しんばう)をする所(ところ)だと、123韓信股(かんしんまた)くぐりの故事(こじ)を想(おも)つて辛抱(しんばう)した。124そして済(す)まぬ事(こと)をした、125堪(こら)へて呉(く)れと云(い)つて謝罪(あや)まつてやつた。126丁度(ちやうど)其(その)時(とき)京都(きやうと)の侠客(けふかく)いろは幸太郎(かうたらう)と云(い)ふのが来合(きあは)せて、127乾児(こぶん)の山田(やまだ)重太郎(ぢうたらう)を付(つ)けて送(おく)らせて呉(く)れたので、128無事(ぶじ)に綾部(あやべ)へ帰(かへ)る事(こと)が出来(でき)た。
129 帰(かへ)つて見(み)ると、130荷物(にもつ)は引括(ひつくく)つて片付(かたづ)けて了(しま)つてあつて、131中村(なかむら)竹造(たけざう)や四方(しかた)平蔵(へいざう)が、132……此(この)通(とほ)り世(よ)を紊(みだ)す四(よ)つ足(あし)の守護神(しゆごじん)は居(を)る事(こと)はならぬ、133出(で)て行(ゆ)け……と云(い)つて又(また)苛(いぢ)める。134さう斯(か)うして居(ゐ)ると今度(こんど)は警察署(けいさつしよ)から教祖(けうそ)様(さま)に呼出(よびだ)しが来(き)た、135何事(なにごと)だらうと聞(き)いて見(み)ると、136教祖(けうそ)様(さま)が弥仙山(みせんざん)の神社(じんじや)の錠前(ぢやうまへ)をちぎつて籠(こも)られたのは規則(きそく)違反(ゐはん)だ、137罰金(ばつきん)を出(だ)せといふのであつた。138教祖(けうそ)様(さま)は弥仙山(みせんざん)の社(やしろ)に籠(こも)つて、139静(しづか)にお筆先(ふでさき)を書(か)いてお出(い)でになつたのであるが、140村(むら)の者(もの)が社前(しやぜん)へ来(き)た物音(ものおと)を聞(き)いてヒヨイと顔(かほ)を出(だ)して見(み)られたのである。141思(おも)ひがけぬ処(ところ)から白髪(はくはつ)の老婆(らうば)が突然(とつぜん)顔(かほ)を出(だ)したのであるから、142村人(むらびと)の驚(おどろ)いたのは無理(むり)もない事(こと)であつて、143弥仙山(みせんざん)の社内(しやない)には狒々猿(ひひざる)が居(を)ると云(い)ひふらして評判(へうばん)になつた。144今(いま)でこそ樹木(じゆもく)を伐(き)つて明(あか)るくなつて居(ゐ)るものの、145当時(たうじ)の弥仙山(みせんざん)は老樹(らうじゆ)鬱蒼(うつさう)として昼(ひる)尚(なほ)暗(くら)き霊山(れいざん)であつた。146狒々猿(ひひざる)が居(を)るといふ評判(へうばん)が高(たか)くなつて、147仕舞(しまひ)には村中(むらぢう)挙(こぞ)つて狒々(ひひ)退治(たいぢ)をしやうといふ事(こと)になつた。148竹槍(たけやり)を担(かつ)ぎ出(だ)すやら、149巡査(じゆんさ)が加(くは)はるやら、150神主(かむぬし)が来(く)るやら大騒(おほさわ)ぎになつた。151一同(いちどう)弥仙山(みせんざん)へ押寄(おしよ)せて見(み)ると、152丁度(ちやうど)教祖(けうそ)様(さま)の処(ところ)へ弁当(べんたう)を持(も)つて行(ゆ)く後野(ごの)市太郎(いちたらう)が居合(ゐあは)せたので、153狒々猿(ひひざる)ではないと云(い)ふ事(こと)が分(わか)つた。154皆(みな)が教祖(けうそ)様(さま)を取囲(とりかこ)んで……なぜこんな処(ところ)へ来(き)て居(を)るか……と云(い)つて問(と)ふと、155教祖(けうそ)様(さま)は世(よ)の中(なか)が暗(くら)がりだから隠(かく)れたのだ……と云(い)つて平然(へいぜん)として居(を)られる。156皆(みな)が口(くち)を揃(そろ)へて、157綾部(あやべ)の天理教(てんりけう)の馬鹿(ばか)か、158早(はや)く出(で)て行(ゆ)けといふと、159教祖(けうそ)様(さま)は今日(けふ)はお籠(こ)もりしてから一週間(いつしうかん)目(め)であるから、160皆(みな)が出(で)るなと云(い)つたつて出(で)る日(ひ)ぢや、161序(ついで)に上杉(うへすぎ)迄(まで)送(おく)つてくれ……と云(い)つて済(す)まし込(こ)んで居(ゐ)られる。
162 自分(じぶん)が上杉(うへすぎ)へ行(い)つて、163駐在所(ちうざいしよ)に行(ゆ)くと、164教祖(けうそ)様(さま)を訊問所(じんもんしよ)へ入(い)れやうとして居(ゐ)る所(ところ)であつた。165訊問所(じんもんしよ)へは自分(じぶん)が這入(はい)るから、166教祖(けうそ)様(さま)は御(お)入(い)れしないで置(お)いてくれと云(い)つて、167それから訊問(じんもん)を受(う)けた。168何故(なにゆゑ)女人(によにん)禁制(きんせい)の場所(ばしよ)へ女人(によにん)が這入(はい)つたか……と問(と)ふから、169明治(めいぢ)四(よ)年(ねん)の布達(ふたつ)によつて結界(けつかい)は解(と)けて居(ゐ)るのに、170女人(によにん)禁制(きんせい)とは何事(なにごと)かと反対(はんたい)に突込(つつこ)んでやつたので、171一言(いちごん)も出(で)ない、172さうすると今度(こんど)は他人(たにん)が管理(くわんり)して居(ゐ)る建造物(けんざうぶつ)内(ない)に錠(ぢやう)を破(やぶ)つて這入(はい)るのは違法(ゐはふ)だと思(おも)はぬか……といふ問(とひ)で、173是(これ)には一寸(ちよつと)困(こま)つたが、174神社(じんじや)法令(はふれい)の中(うち)に信仰(しんかう)により立入(たちい)るものは此(この)限(かぎ)りにあらずとあるから、175差支(さしつかへ)ない筈(はず)だと出鱈目(でたらめ)を云(い)つた。176手許(てもと)には神社(じんじや)法令(はふれい)がないから調(しら)べる事(こと)が出来(でき)ぬので、177無事(ぶじ)に帰(かへ)らしてくれた。178併(しか)し教祖(けうそ)は前(まへ)以(もつ)て神主(かむぬし)に頼(たの)み、179神主(かむぬし)は内々(ないない)で此処(ここ)に籠(こも)らしてゐたのであつた。
180 教祖(けうそ)様(さま)の弥仙山(みせんざん)籠(ごも)りの騒(さわ)ぎはこれで無事(ぶじ)に済(す)んだのであるが、181済(す)まぬのは幹部(かんぶ)連中(れんちう)の腹(はら)の中(なか)だ。182自分(じぶん)の所業(しよげふ)は一々(いちいち)腑(ふ)に落(おち)かねる所(ところ)から、183是(これ)は小松林(こまつばやし)といふ四足(よつあし)の悪(あく)の守護神(しゆごじん)の所業(しよげふ)だといつて、184頻(しき)りにその悪(あく)の守護神(しゆごじん)を罵(ののし)るのである。185それなら一層(いつそう)喜楽(きらく)を追(お)ひ出(だ)してくれればよいのであるが、186喜楽(きらく)の肉体(にくたい)は教祖(けうそ)様(さま)のお筆先(ふでさき)に依(よ)つて、187神業(しんげふ)の為(ため)居(を)らねばならぬ肉体(にくたい)になつて居(ゐ)るので追(お)ひ出(だ)す事(こと)も出来(でき)ず、188自分(じぶん)の一(ひと)つの身体(からだ)を二様(にやう)に見(み)て居(ゐ)るのであるから、189たまつたものでない。190とうとう六畳敷(ろくでふじき)の一室(いつしつ)に入(い)れられて、191一挙(いつきよ)一動(いちどう)を監視(かんし)される様(やう)になつた。192自分(じぶん)の傍(かたはら)へ来(く)る時(とき)は塩(しほ)をふつてやつて来(く)るから、193お前(まへ)等(ら)の肉体(にくたい)が汚(けが)れて居(ゐ)るから塩(しほ)をふつて清(きよ)めて近(ちか)づくのかなどと云(い)つて戯談(じやうだん)を云(い)つてやると真赤(まつか)になつて怒(おこ)つて居(ゐ)る。194福島(ふくしま)久子(ひさこ)サンなどは、
195久子(ひさこ)『先生(せんせい)如何(どう)して改心(かいしん)が出来(でき)ませぬか、196さういふ御(お)心得(こころえ)だから、197教祖(けうそ)様(さま)が岩戸隠(いはとがく)れなどをされるのだ。198早(はや)く改心(かいしん)をして下(くだ)さい……』
199などと熱心(ねつしん)に云(い)つて来(く)る。200教祖(けうそ)様(さま)の岩戸隠(いはとがく)れなども、201年寄(としより)の吾儘(わがまま)だから仕方(しかた)がない……と答(こた)へて、202何(なん)の斯(か)のと面倒(めんだう)だから、203腹(はら)が痛(いた)いと云(い)ふと……それ見(み)なさい、204改心(かいしん)をしないから、205腹(はら)が痛(いた)むのだといふ。
206喜楽(きらく)『よし腹(はら)の痛(いた)いのは改心(かいしん)をしない証拠(しようこ)か、207それなら証拠(しようこ)を見(み)せてやる』
208と云(い)つて鎮魂(ちんこん)をすると、209久子(ひさこ)サンが俄(には)かに腹痛(ふくつう)を起(おこ)して、210痛(いた)い痛(いた)いといつて大苦(おほくる)しみに苦(くる)しむで、211五日間(いつかかん)も呻吟(しんぎん)した。212教祖(けうそ)さまが『早(はや)く先生(せんせい)に謝罪(しやざい)せよ』と云(い)はれたものだから、213四方(しかた)平蔵(へいざう)が謝罪(しやざい)に来(き)た。
214喜楽(きらく)『いや代人(だいにん)では無効(むかう)だから本人(ほんにん)をよこせ』
215と云(い)つてやつたので、216とうとう久子(ひさこ)サンが謝罪(しやざい)に来(き)た事(こと)もあつた。217さうすると幹部(かんぶ)の連中(れんちう)が又(また)やつて来(き)て、
218『先生(せんせい)は何(なん)といふ悪(わる)い事(こと)をする人(ひと)であるか、219是(これ)は如何(どう)しても悪魔(あくま)だ、220術(じゆつ)を見(み)せろ、221裸(はだか)になつて見(み)せろ』
222と云(い)ふ。223五月蠅(うるさ)いから近寄(ちかよ)つて来(く)る中村(なかむら)竹造(たけざう)をウンと睨(にら)んでやると、224又(また)腹痛(ふくつう)を起(おこ)して……痛(いた)い痛(いた)いと云(い)つて苦(くるし)み出(だ)した。225斯(こ)う云(い)つた様(やう)な次第(しだい)で、226……会長(くわいちやう)(瑞月(ずゐげつ))は悪魔(あくま)だ、227会長(くわいちやう)のいふ事(こと)を聞(き)くな……と云(い)つて、228幹部(かんぶ)の連中(れんちう)が切(しき)りに方々(はうばう)へ云(い)ひふらして歩行(ある)いたものである。
229(大正一一・一〇・一六 旧八・二六 松村真澄録)
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