霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一三章 冠島(をしま)〔一〇五〇〕

インフォメーション
著者: 巻: 篇: よみ(新仮名遣い):
章: よみ(新仮名遣い): 通し章番号:
口述日: 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一部の章はAIによって要約を作成しています。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: 文字数: OBC :rm3813
愛善世界社版: 八幡書店版: 修補版: 校定版: 普及版: 初版: ページ備考:
001 易(えき)に曰(いは)く、002書(しよ)は言(げん)を尽(つく)す能(あた)はず、003言(げん)は意(い)を尽(つく)す能(あた)はず、004意(い)は神(かみ)を尽(つく)す能(あた)はず、005然(しか)れども言(げん)に非(あら)ざれば意(い)を現(あらは)す能(あた)はず、006書(しよ)に非(あら)ざれば言(げん)を載(の)す能(あた)はず、007抑(そもそ)も聖賢(せいけん)の言(げん)、008偉人(ゐじん)君子(くんし)の行(かう)、009忠臣(ちうしん)義士(ぎし)の偉挙(ゐきよ)、010貞女(ていぢよ)節婦(せつぷ)の美伝(びでん)、011悉(ことごと)く文字(もんじ)に依(よ)つて伝(つた)へらるるものである。012喜楽(きらく)は性来(しやうらい)の人間(にんげん)として鈍根(どんこん)劣機(れつき)至愚(しぐ)至痴(しち)到底(たうてい)教祖(けうそ)の心言行(しんげんかう)を述(の)べむとするは、013甚(はなは)だ僣越(せんえつ)の至(いた)りである。014併(しか)し乍(なが)ら其(その)一(いち)小部分(せうぶぶん)にもせよ、015教祖(けうそ)の実行(じつかう)された心言(しんげん)を伝(つた)へておかなくては、016あたら教祖(けうそ)の心言(しんげん)を土中(どちう)に埋没(まいぼつ)する如(ごと)きものであるから、017茲(ここ)に教祖(けうそ)が冠島(をしま)に始(はじ)めて神命(しんめい)を奉(ほう)じて御(お)渡(わた)りになつた事実(じじつ)の大要(たいえう)を述(の)べて見(み)やうと思(おも)ふ。
018 世(よ)必(かなら)ず非常(ひじやう)の人(ひと)あつて、019而(しか)して後(のち)非常(ひじやう)の事(こと)あり、020非常(ひじやう)の事(こと)ありて而(しか)して後(のち)に非常(ひじやう)の功(こう)ありと司馬(しば)相丞(しやうじよう)が言(い)つた。021自分(じぶん)が茲(ここ)に口述(こうじゆつ)する出口(でぐち)直子(なほこ)も亦(また)非常(ひじやう)の人(ひと)たるを信(しん)ずる。022否(いな)貴(とうと)き神(かみ)の代表者(だいへうしや)たるを堅(かた)く信(しん)じて、023茲(ここ)に其(その)一端(いつたん)を物語(ものがた)らむとするのである。
024 日清(につしん)戦役(せんえき)の後(のち)独逸(どいつ)が膠州湾(かうしうわん)を占領(せんりやう)し、025露国(ろこく)が旅順(りよじゆん)大連(たいれん)を租借(そしやく)した行動(かうどう)は甚(はなは)だ列強国(れつきやうこく)の精神(せいしん)を刺激(しげき)し、026各(かく)其(その)均霑(きんてん)を希望(きばう)する結果(けつくわ)、027英国(えいこく)は威海衛(ゐかいゑい)を、028仏国(ふつこく)は広州湾(くわうしうわん)を各(おのおの)占領(せんりやう)し、029露国(ろこく)が鉄道(てつだう)布設権(ふせつけん)を満洲(まんしう)に得(え)たるに倣(なら)ひ、030争(あらそ)うて鉄道(てつだう)布設権(ふせつけん)を清国(しんこく)各地方(かくちはう)に獲得(くわくとく)せむとし、031各自(かくじ)に所謂(いはゆる)勢力(せいりよく)範囲(はんゐ)を策定(さくてい)し、032陰然(いんぜん)支那(しな)分割(ぶんかつ)の状勢(じやうせい)を馴致(じゆんち)し、033東洋(とうやう)の危機(きき)正(まさ)に此(この)時(とき)より甚(はなは)だしきはなしと思(おも)はれた。034加之(しかのみならず)義和団(ぎわだん)と称(しよう)する時勢(じせい)の大勢(たいせい)を知(し)らざる忠臣(ちうしん)義士(ぎし)の一団(いちだん)、035これを憤慨(ふんがい)すること甚(はなはだ)しく、036遂(つひ)に興清(こうしん)滅洋(めつやう)の旗幟(きしき)を翻(ひるがへ)して、037山東省(さんとうしやう)の各地(かくち)に蜂起(ほうき)し、038所在(あらゆる)キリスト教徒(けうと)を虐殺(ぎやくさつ)し鉄道(てつだう)を破壊(はくわい)し、039明治(めいぢ)三十三(さんじふさん)年(ねん)四(し)月(ぐわつ)初旬(しよじゆん)、040進(すす)んで直隷省(ちよくれいしやう)に入(い)り、041忽(たちま)ち清国(しんこく)の宗室(そうしつ)端郡王(たんぐんわう)を擁(よう)し、042将軍(しやうぐん)董福祥(とうふくしやう)を中堅(ちうけん)とし、043五(ご)月(ぐわつ)以来(いらい)勢(いきほひ)益(ますま)す猩獗(しやうけつ)をきはめ、044六(ろく)月(ぐわつ)に及(およ)んで北京(ペキン)は全(まつた)く重囲(ぢうゐ)の中(なか)に陥(おちい)り、045独逸(どいつ)公使(こうし)ケツトレル先(ま)づ惨殺(ざんさつ)せられ、046我(わが)公使館(こうしくわん)書記生(しよきせい)杉山(すぎやま)某(ぼう)又(また)殺害(さつがい)せられた。047日本(にほん)を始(はじ)め列国(れつこく)は遂(つひ)に独逸(どいつ)元帥(げんすゐ)ワルデルデーを総(そう)指揮官(しきくわん)となし、048聯合軍(れんがふぐん)を組織(そしき)して、049太估(ターク)より並進(へいしん)し、050将(まさ)に北京(ペキン)の団匪(だんぴ)に迫(せま)らむとする間際(まぎは)であつた。
051 開闢(かいびやく)以来(いらい)未曾有(みぞう)の世界(せかい)の力比(ちからくら)べともいふべき晴(は)れの戦争(せんそう)である。052此(この)檜舞台(ひのきぶたい)に立(た)つて、053神国(しんこく)神軍(しんぐん)の武勇(ぶゆう)を現(あらは)し、054列国(れつこく)の侮(あなど)りを防(ふせ)ぐ必要(ひつえう)があるとの御(ご)神勅(しんちよく)で、055教祖(けうそ)は六十五(ろくじふご)才(さい)の老躯(らうく)を起(おこ)して、056昔(むかし)から女人(によにん)の渡(わた)つたことのない丹後沖(たんごおき)の無人島(むじんたう)、057冠島(をしま)俗(ぞく)に大島(おほしま)へ、058東洋(とうやう)平和(へいわ)の為(ため)、059皇軍(くわうぐん)大勝利(だいしようり)の祈願(きぐわん)をなさむと、060陰暦(いんれき)の六(ろく)月(ぐわつ)八日(やうか)を以(もつ)て、061上田(うへだ)会長(くわいちやう)、062出口(でぐち)澄子(すみこ)、063四方(しかた)平蔵(へいざう)、064木下(きのした)慶太郎(けいたらう)の四(よ)人(にん)を引連(ひきつ)れ、065五里半(ごりはん)の路程(みちのり)を徒歩(とほ)して、066黄昏(たそがれ)頃(ごろ)舞鶴(まひづる)の船問屋(ふなどんや)、067大丹生(おほにふ)屋(や)に着(ちやく)し、068渡島(とたう)の船頭(せんどう)を雇(やと)ひ、069これから愈(いよいよ)漕(こ)ぎ出(だ)さうとする時(とき)しも、070今(いま)まで快晴(くわいせい)にして極(ごく)穏(おだや)かであつた青空(あをぞら)が俄(にはか)にかき曇(くも)り、071満天(まんてん)墨(すみ)を流(なが)した如(ごと)く風(かぜ)は海面(かいめん)をふきつけ、072波浪(はらう)の猛(たけ)り狂(くる)ふ声(こゑ)、073刻々(こくこく)に激(はげ)しく聞(きこ)えて来(き)た。074大丹生(おほにふ)屋(や)の主人(しゆじん)は、
075『此(この)天候(てんこう)は確(たしか)に颶風(ぐふう)の襲来(しふらい)なれば、076今晩(こんばん)の舟出(ふなで)は見合(みあ)はしませう。077まして海上(かいじやう)十(じふ)里(り)の荒(あら)い沖中(おきなか)の一(ひと)つ島(じま)へ、078こんな小(ちひ)さい釣舟(つりぶね)にては到底(たうてい)安全(あんぜん)に渡(わた)ることは出来(でき)ませぬ、079一(ひと)つ違(ちが)へば、080可惜(あたら)貴重(きちよう)の生命(せいめい)を捨(す)てねばならぬ、081明日(あす)の夜明(よあけ)を待(ま)つて、082天候(てんこう)を見(み)きわめ、083これで大丈夫(だいぢやうぶ)といふことがきまつてから御(お)参(まゐ)りなさい』
084としきりにとどめる。085又(また)舟人(ふなびと)も異口(いく)同音(どうおん)に、086到底(たうてい)海上(かいじやう)の安全(あんぜん)に渡(わた)り得(う)可(べ)からざることを主張(しゆちやう)して、087舟(ふね)を出(だ)さうとは言(い)はぬのみか、088一人(ひとり)減(へ)り二人(ふたり)減(へ)り、089コソコソとどこかへ逃(に)げて行(い)つて了(しま)うのであつた。090教祖(けうそ)は、
091教祖(けうそ)『神(かみ)様(さま)の御(ご)命令(めいれい)だから、092そんなことを言(い)つて一(いち)時(じ)の間(ま)も猶予(いうよ)することは出来(でき)ませぬ。093是(ぜ)が非(ひ)でも今(いま)から舟(ふね)を拵(こしら)へて出(で)て貰(もら)ひたい。094今晩(こんばん)海(うみ)のあれるのは竜宮(りうぐう)様(さま)が私(わし)等(ら)の一行(いつかう)を、095喜(よろこ)び勇(いさ)んでお迎(むか)へに来(き)て下(くだ)さる為(ため)に、096荒(あら)い風(かぜ)が吹(ふ)いたり、097雨(あめ)が降(ふ)つたりするのだ。098浪(なみ)の高(たか)いのは当然(たうぜん)だ。099船頭(せんどう)サン、100大丈夫(だいぢやうぶ)だ、101神(かみ)さまがついて御座(ござ)るから、102少(すこ)しも恐(おそ)れず、103早(はや)く舟(ふね)を漕(こ)ぎ出(だ)して下(くだ)さい。104博奕(ばくち)ケ崎(さき)迄(まで)漕(こ)いで行(ゆ)けば、105屹度(きつと)風(かぜ)はなぎ、106雨(あめ)はやみ、107波(なみ)も静(しづ)まります。108天下(てんか)危急(ききふ)の場合(ばあひ)だから、109一刻(いつこく)も躊躇(ちうちよ)することは出来(でき)ぬ。110死(し)ぬるのも生(いき)るのも皆(みな)神(かみ)様(さま)の思召(おぼしめし)によるものだ。111神(かみ)様(さま)が死(し)なそまいと思召(おぼしめ)すなら、112どんなことがあつても死(し)ぬものぢやない、113信仰(しんかう)のない者(もの)は一寸(ちよつと)したことに恐(おそ)れるものだ、114が今度(こんど)は大丈夫(だいぢやうぶ)だから、115是非(ぜひ)々々(ぜひ)行(い)つておくれ』
116と雄健(をたけ)びして船頭(せんどう)の主人(しゆじん)の言葉(ことば)を聞(き)き入(い)れる気色(けしき)もなかつた。117大丹生(おほにふ)屋(や)の主人(しゆじん)を始(はじ)め、118一同(いちどう)の舟人(ふなびと)等(ら)は小(ちひ)さい声(こゑ)で、
119『金(かね)もほしいが命(いのち)が大事(だいじ)だ。120こんな気違(きちが)ひ婆(ば)アさんの命(いのち)知(し)らずの馬鹿者(ばかもの)に相手(あひて)になつて居(を)つては堪(たま)らぬ』
121と嘲笑(てうせう)的(てき)に囁(ささや)き、122只(ただ)の一人(ひとり)も応(おう)ずるものが無(な)い。123一行(いつかう)五(ご)人(にん)は如何(いかん)ともすること能(あた)はず、124只管(ひたすら)一時(ひととき)も早(はや)く出舟(でぶね)の都合(つがふ)をつけて下(くだ)さいと橋(はし)の上(うへ)に合掌(がつしやう)して祈(いの)りつつあつた。125木下(きのした)は操舟(さうしう)に鍛練(たんれん)の聞(きこ)えある漁師(れふし)、126田中(たなか)岩吉(いはきち)、127橋本(はしもと)六蔵(ろくざう)の二人(ふたり)を甘(うま)く説(と)きつけて帰(かへ)り来(きた)り、
128『只今(ただいま)より冠島(をしま)へ連(つ)れて行(い)てくれ』
129と改(あらた)めて頼(たの)み込(こ)むと、130二人(ふたり)は目(め)を丸(まる)うして、
131『なんぼ神(かみ)さまの命令(めいれい)でも此(この)空(そら)では行(ゆ)けませぬ。132私(わたし)等(ら)も永(なが)らくの間(あひだ)、133舟(ふね)の中(なか)を家(いへ)のやうに思(おも)ひ、134海上(かいじやう)生活(せいくわつ)をやつて居(を)ります故(ゆゑ)、135大抵(たいてい)の荒(あ)れならこぎ出(だ)して見(み)ますが、136此(この)気色(けしき)では到底(たうてい)駄目(だめ)です。137一体(いつたい)あんた等(ら)は何処(どこ)の人(ひと)ぢや本当(ほんたう)に無茶(むちや)な人(ひと)ですなア』
138と呆(あき)れて一行(いつかう)の顔(かほ)を見(み)つめて居(ゐ)る。139教祖(けうそ)は切(しき)りに促(うなが)し、
140教祖(けうそ)『早(はや)く早(はや)く』
141と急(せ)き立(た)てられる。142船頭(せんどう)は返事(へんじ)をせぬ。143かくては果(はて)じと、144二人(ふたり)の船頭(せんどう)に向(むか)つて、
145『海上(かいじやう)一町(いつちやう)でも半里(はんみち)でもよいから、146冠島(をしま)までの賃金(ちんぎん)を払(はら)ふから、147マア中途(ちうと)から帰(かへ)る積(つも)りで往(い)つてくれ』
148と木下(きのした)が云(い)つた。149二人(ふたり)の船頭(せんどう)は、
150『お前(まへ)さまたちが、151そこまで強(し)いて仰(おつ)しやるのならば、152キツと神(かみ)様(さま)の教(をしへ)でありませう、153確信(かくしん)がなければ、154到底(たうてい)此(この)気色(けしき)に行(ゆ)くといふ気(き)にはなれますまい。155私(わたし)も一寸(ちよつと)冠島(をしま)さまに伺(うかが)つてみて決心(けつしん)します』
156といひ乍(なが)ら、157新橋(しんばし)の上(うへ)に立(た)つて、158冠島(をしま)の方(はう)に向(むか)ひ合掌(がつしやう)祈願(きぐわん)しつつ、159俄作(にはかづく)りのみくじを引(ひ)いて見(み)て、
160『ヤツパリ神(かみ)様(さま)は行(ゆ)けとありますから、161兎(と)も角(かく)行(い)ける所(ところ)まで漕(こ)ぎつけて見(み)ませう』
162と半安(はんあん)半危(はんき)の気味(きみ)で承諾(しようだく)の意(い)を洩(も)らしつつ、163早速(さつそく)用意(ようい)を整(ととの)へ五(ご)人(にん)を乗(の)せて潔(いさぎよ)く舞鶴港(まひづるかう)を後(あと)にして、164屋根無(たなな)し小舟(をぶね)を操(あやつ)り、165雨風(あめかぜ)の中(なか)を事(こと)ともせず、166自他(じた)七(しち)人(にん)の生霊(せいれい)を乗(の)せ、167舟唄(ふなうた)高(たか)く漕(こ)ぎ出(だ)した。
168 海上(かいじやう)二(に)里(り)許(ばか)り漕(こ)ぎ出(で)たと思(おも)ふ頃(ころ)、169教祖(けうそ)のさして居(を)られた蝙蝠傘(かうもりがさ)が如何(どう)した機(はづ)みか、170俄(にはか)に波(なみ)にさらはれ取(とり)おとされたと見(み)る間(ま)に、171舳(とも)に立(た)つて艪(ろ)を操(あやつ)つてゐた、172舟人(ふなびと)の岩吉(いはきち)が目(め)ざとく見(み)とめて、173拾(ひろ)ひ上(あ)げた。174時(とき)しも舟底(ふなぞこ)に肱(ひぢ)を枕(まくら)にして、175ウツウツ眠(ねむ)つて居(ゐ)た澄子(すみこ)は忽(たちま)ち目(め)を醒(さ)まし、
176澄子(すみこ)『アヽ吃驚(びつくり)した、177今(いま)平蔵(へいざう)サンが、178誤(あやま)つて海中(かいちう)に陥(おちい)り、179命(いのち)危(あやふ)い所(ところ)へ教祖(けうそ)さまのうしろの方(はう)から、180威容(ゐよう)凛然(りんぜん)たる神(かみ)様(さま)が現(あらは)れて、181平蔵(へいざう)サンを救(すく)ひ上(あ)げ、182息(いき)を口(くち)から吹(ふ)き込(こ)んで蘇生(そせい)せしめられたと思(おも)へば、183ヤツパリ夢(ゆめ)であつたか』
184と不思議(ふしぎ)相(さう)に語(かた)り出(だ)す。185一行(いつかう)一層(いつそう)異様(いやう)の思(おも)ひを為(な)し、186教祖(けうそ)の持(も)つてこられた蝙蝠傘(かうもりがさ)をよくよく調(しら)べて見(み)れば、187正(まさ)しく平蔵(へいざう)サンの傘(かさ)であつた。188至仁(しじん)至愛(しあい)の大神(おほかみ)は、189教祖(けうそ)さまをして身代(みがは)りの為(ため)に、190平蔵(へいざう)氏(し)の傘(かさ)を海(うみ)におとさしめて、191其(その)危難(きなん)を救(すく)ひ、192罪(つみ)を浄(きよ)め、193新(あたら)しい人間(にんげん)と生(うま)れ変(か)はらして下(くだ)さつたのでせう……と各自(かくじ)に感歎(かんたん)し乍(なが)ら、194狭(せま)い舟(ふね)の中(なか)に静座(せいざ)し、195膝(ひざ)をつき合(あは)せ乍(なが)ら、196一同(いちどう)が謝恩(しやおん)の祝詞(のりと)を奏(そう)しつつ、197勇(いさ)み進(すす)んで、198雨中(うちう)を漕(こ)ぎ出(だ)した。
199 こんなことを述(の)べ立(た)てると、200信仰(しんかう)なき人(ひと)は、201或(あるひ)は狂妄(きやうもう)といひ迷信(めいしん)と誹(そし)り、202偶然(ぐうぜん)の暗合(あんがふ)と笑(わら)ふであらう。203神異(しんい)霊怪(れいくわい)なるものの世(よ)にあるべき道理(だうり)はないと一笑(いつせう)に附(ふ)して顧(かへり)みないであらう。204さり乍(なが)ら天地(てんち)の間(あひだ)は、205すべて摩訶(まか)不思議(ふしぎ)なものであることは、206本居(もとをり)宣長(のりなが)の玉鉾(たまほこ)百首(ひやくしゆ)にもよまれた通(とほ)りである。
207あやしきを非(あら)じといふは世(よ)の中(なか)の
208怪(あや)しき知(し)らぬしれ心(ごころ)かも
209しらゆべきものならなくに世(よ)の中(なか)の
210くしき理(ことわり)神(かみ)ならずして
211 右(みぎ)の歌(うた)の意(い)の如(ごと)く、212天地間(てんちかん)は凡(すべ)て奇怪(きくわい)にして人心(じんしん)小智(せうち)の伺(うかが)ひ知(し)るべき限(かぎ)りではない。213然(しか)るに中古(ちうこ)より聖人(せいじん)などいふ者(もの)出(い)で来(きた)りてより、214怪力(くわいりき)乱神(らんしん)を語(かた)らずとか、215正法(しやうはふ)に不思議(ふしぎ)なしとか悟(さと)り顔(がほ)に屁理屈(へりくつ)を振(ふ)りまはしてより、216世人(せじん)の心(こころ)は漸次(ぜんじ)無神論(むしんろん)に傾(かたむ)き、217神霊(しんれい)霊怪(れいくわい)を無視(むし)し、218宇宙(うちう)の真理(しんり)を得悟(さと)らざるに至(いた)り、219至尊(しそん)至貴(しき)万邦(ばんぱう)無比(むひ)の神国(しんこく)を知(し)らざるに立到(たちいた)つたのである。220又(また)玉鉾(たまほこ)百首(ひやくしゆ)に、
221からたまのさかしら心(ごころ)うつりてぞ
222世人(よびと)の心(こころ)悪(あ)しくなりぬる
223しるべしと醜(しこ)の物知(ものし)りなかなかに
224よこさの道(みち)に人(ひと)まどわすも
225とよまれてあるのも実(じつ)に尤(もつと)もな次第(しだい)である。226却説(さて)舟人(ふなびと)の一生(いつしやう)懸命(けんめい)にこぐ舟(ふね)は早(はや)くも博奕(ばくち)ケ岬(さき)についた。227教祖(けうそ)の言(こと)あげせられた如(ごと)く、228ここ迄(まで)来(く)ると、229雨(あめ)は俄(にはか)に晴(は)れ、230風(かぜ)はなぎ波(なみ)は静(しづ)まつて、231満天(まんてん)の星(ほし)の光(ひかり)は海(うみ)の底(そこ)深(ふか)く宿(やど)つて、232波紋(はもん)銀色(ぎんしよく)を彩(いろ)どり、233雲(くも)の上(うへ)も海(うみ)の底(そこ)も合(あは)せ鏡(かがみ)の如(ごと)く、234昔(むかし)の男(を)の子(こ)の、
235棹(さを)はうがつ波(なみ)の上(うへ)の月(つき)を、
236波(なみ)はおそふ海(うみ)の中(なか)の舟(ふね)を
237を思(おも)ひうかべ実(じつ)に壮快(さうくわい)の気分(きぶん)に打(う)たれた。
238影(かげ)見(み)れば浪(なみ)のそこなる久方(ひさかた)の
239空(そら)こぎわたる我(われ)ぞわびしき
240といふ紀貫之(きのつらゆき)の歌(うた)まで思(おも)ひ出(だ)され、241一(ひと)しほ感興(かんきよう)深(ふか)く進(すす)む折(をり)しも、242ボーツと海(うみ)のあなたに黒(くろ)い影(かげ)が月(つき)を遮(さへぎ)つた。243舟人(ふなびと)は、
244『あゝ冠島(をしま)さまが見(み)えました』
245と叫(さけ)んだ時(とき)の一同(いちどう)の嬉(うれ)しさは、246沖(おき)の鴎(かもめ)のそれならで、247飛立(とびた)つ許(ばか)り、248竜神(りうじん)が天(てん)に昇(のぼ)るの時(とき)を得(え)たる喜(よろこ)びも斯(か)くやあらむと思(おも)はれ、249得(え)も言(い)はれぬ爽快(さうくわい)の念(ねん)にうたれた。
250 暫(しばら)くあつて東(ひがし)の空(そら)は燦然(さんぜん)として茜(あかね)さし、251若狭(わかさ)の山(やま)の上(うへ)より、252黄金(こがね)の玉(たま)をかかげたる如(ごと)く、253天津(あまつ)日(ひ)の神(かみ)は豊栄昇(とよさかのぼ)りに輝(かがや)き玉(たま)ひ、254早(はや)くも冠島(をしま)は手(て)に取(と)る許(ばか)り、255目(め)の前(まへ)に塞(ふさ)がり、256囀(さへづ)る百鳥(ももどり)の声(こゑ)は百千万(ひやくせんまん)の楽隊(がくたい)の一斉(いつせい)に楽(がく)を奏(そう)したるかと疑(うたが)はるる計(ばか)りであつた。257かの昔語(むかしがたり)にとく所(ところ)の浦島子(うらしまし)が亀(かめ)に乗(の)つて、258竜宮(りうぐう)に往(ゆ)き、259乙姫(おとひめ)様(さま)に玉手箱(たまてばこ)を授(さづ)かつて持(も)ち帰(かへ)つたと伝(つた)ふる竜宮島(りうぐうじま)も、260安部(あべ)の童子丸(どうしまる)がいろいろの神宝(しんぽう)や妙術(めうじゆつ)を授(さづ)けられたといふ竜宮島(りうぐうじま)も亦(また)、261古事記(こじき)などに記載(きさい)せられたる彦(ひこ)火々出見(ほほでみの)命(みこと)が塩土(しほつち)の翁(おきな)に教(をし)へられて、262海(うみ)に落(お)ちたる釣針(つりばり)を捜(さが)し出(だ)さむと渡(わた)りましたる海神(わだつみ)の宮(みや)も皆(みな)此(この)冠島(をしま)なりと云(い)ひ伝(つた)ふる丈(だけ)あつて、263どこともなく、264神仙(しんせん)の境(きやう)に進(すす)み入(い)つたる思(おも)ひが浮(う)かんで来(き)た。
265 正像末(しやうざうまつ)和讃(わさん)にも266末法(まつぽふ)五濁(ごじよく)の有情(うじやう)の行証(ぎやうしよう)叶(かな)はぬ時(とき)なれば、267釈迦(しやか)の遺法(ゆゐはふ)悉(ことごと)く竜宮(りうぐう)に入(い)り玉(たま)ひにき。
268 正像末(しやうざうまつ)の三(さん)時(じ)には弥陀(みだ)の本願(ほんぐわん)広(ひろ)まれり、269澆季(げうき)末法(まつぽふ)の此(この)世(よ)には諸善(しよぜん)竜宮(りうぐう)に入(い)り玉(たま)ふ270とあるを見(み)れば仏教家(ぶつけうか)も亦(また)非常(ひじやう)に竜宮(りうぐう)を有難(ありがた)がつて居(ゐ)るらしい、271かかる目出(めで)たき蓬莱島(ほうらいじま)へ恙(つつが)なく舟(ふね)は着(つ)いた。
272 翠樹(すいじゆ)鬱蒼(うつさう)たる華表(とりゐ)の傍(かたはら)、273老松(らうしよう)特(とく)に秀(ひい)でて雲梯(うんてい)の如(ごと)く幹(みき)のまわり三丈(さんぢやう)にも余(あま)る名木(めいぼく)の桑(くは)の木(き)は冠島山(をしまやま)の頂(いただき)に立(た)ち聳(そび)え、274幾十万(いくじふまん)の諸鳥(もろとり)の声(こゑ)は教祖(けうそ)の一行(いつかう)を歓迎(くわんげい)するが如(ごと)くに思(おも)はれた。275実(じつ)に竜宮(りうぐう)の名(な)に負(お)ふ山海(さんかい)明媚(めいび)、276風光(ふうくわう)絶佳(ぜつか)の勝地(しようち)である。277教祖(けうそ)は上陸(じやうりく)早々(さうさう)、278波打際(なみうちぎは)に御禊(みそぎ)された。279一同(いちどう)も之(これ)に倣(なら)うて御禊(みそぎ)をなし、280神威(しんゐ)赫々(かくかく)たる老人島(おいとじま)神社(じんじや)の神前(しんぜん)に静(しづ)かに進(すす)みて、281蹲踞(そんきよ)敬拝(けいはい)し、282綾部(あやべ)より調理(てうり)し来(きた)れる、283山(やま)の物(もの)川(かは)の魚(うを)うまし物(もの)くさぐさを献(たてまつ)り、284治国平(ちこくへい)天下(てんか)安民(あんみん)の祈願(きぐわん)をこらす、285祝詞(のりと)の声(こゑ)は九天(きうてん)に達(たつ)し、286拍手(はくしゆ)の声(こゑ)は六合(りくがふ)を清(きよ)むる思(おも)ひがあつた。287これにて先(ま)づ冠島(をしま)詣(まう)での目的(もくてき)は達(たつ)し、288帰路(きろ)は波(なみ)もしづかに九日(ここのか)の夕方(ゆふがた)、289舞鶴港(まひづるかう)の大丹生(おほにふ)屋(や)に立帰(たちかへ)り、290翌(あく)十日(とをか)又(また)もや徒歩(とほ)にて、291数多(あまた)の信者(しんじや)に迎(むか)へられ、292目出度(めでた)く綾部(あやべ)本宮(ほんぐう)に帰(かへ)ることを得(え)たのである。293あゝ惟神(かむながら)霊(たま)幸倍(ちはへ)坐世(ませ)。
294(大正一一・一〇・一七 旧八・二七 松村真澄録)
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