霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一八章 鞍馬山(くらまやま)(一)〔一〇五五〕

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 第38巻 舎身活躍 丑の巻 篇:第4篇 霊火山妖 よみ(新仮名遣い):れいかさんよう
章:第18章 鞍馬山(一) よみ(新仮名遣い):くらまやま 通し章番号:1055
口述日:1922(大正11)年10月18日(旧08月28日) 口述場所: 筆録者:北村隆光 校正日: 校正場所: 初版発行日:1924(大正13)年4月3日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
明治三十三年八月八日の午前一時、広前の門口を立ち出た。信者たちはお見送りを申し出たが、教祖は神様の御命令を畏んでそれを許されなかった。
途中、福林安之助が山道で随行を申し出た。教祖は固辞されたが、福林は嘆願し容易に初心を変えようとしなかった。海潮はその心を汲んで、荷物持ちとして連れて行くよう教祖に頼んだ。
教祖もその誠意に感じられ、ようやく随行が許された。途中、木崎にて信者の宅に一泊した。そこでは教祖派と四方春蔵派の信者たちが、教祖の目の前で言い争い、争論を繰り広げていた。
教祖は庭前に四頭の犬が遊んでいるところに、一片の食物を投げ与えた。すると犬たちはたちまち争奪をはじめた。教祖は微笑みながら、人心の奥底はたいていかくの如しと言ってこの家を立ち出でようとされた。
家の主人・上村氏はこの教訓に恐縮したが、上村氏に反対の一派の者たちはますます暴言をたくましくし、教祖の前で黒白をつけようと強請やまなかった。これには海潮もほとほと持て余した。
反対派は席を蹴立てて帰り、四方春蔵と福林氏も彼らに付いて出て行った。福林氏は反対派の中田氏宅に着くと、疲れた風を装って四方春蔵らと彼らの密議を残らず聞いてしまった。
戻ってきた四方春蔵は、今日は反対派の中田氏宅にもう一泊しましょうと申し出てきた。教祖は少しく怒って、たとえ野宿をしても彼らの家には泊まりたくないとご機嫌が悪かった。
一行は夜道を歩いてようやく、夜更けに八木の会合所である福島氏方に着いた。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2022-11-08 17:27:04 文字数:3470 OBC :rm3818
愛善世界社版:191頁 八幡書店版:第7輯 230頁 修補版: 校定版:195頁 普及版:102頁 初版: ページ備考:
001 世(よ)は浮薄(ふはく)に流(なが)れ、002人(ひと)は狡猾(かうくわつ)に陥(おちい)り剛毅(がうき)昂直(かうちよく)の気(き)淪滅(りんめつ)し、003勇壮(ゆうさう)快濶(くわいくわつ)の風(ふう)軟化(なんくわ)して因循(いんじゆん)姑息(こそく)となり、004野鄙(やひ)惰弱(だじやく)と変(へん)じ、005虚誕(きよたん)百出(ひやくしゆつ)詐偽(さぎ)自在(じざい)に行(おこな)はれ、006或(あるひ)は囁嚅(せつじゆ)笑談(せうだん)他(た)の意(い)に投合(とうがふ)するを勉(つと)め、007巧言(こうげん)令色(れいしよく)頭(かうべ)を垂(た)れ腰(こし)を曲(ま)げ、008以(もつ)て其(その)欲(よく)を満(み)たさむとするの卑劣(ひれつ)と無節操(むせつさう)は、009社会(しやくわい)の全体(ぜんたい)に瀰漫(びまん)し、010我(わが)神洲(しんしう)神民(しんみん)たるの高尚(かうしやう)優美(いうび)の気骨(きこつ)雅量(がりやう)を存(そん)せず、011国民(こくみん)の基礎(きそ)たるべき青年(せいねん)は概(おほむ)ね糸竹(しちく)管絃(くわんげん)の響(ひび)きに心耳(しんじ)を蕩(とろ)かし、012婀娜(あだ)嬋妍(せんけん)たる花顔(くわがん)柳腰(りうやう)に眩惑(げんわく)せられ、013奢侈(しやし)淫逸(いんいつ)の欲(よく)を逞(たくまし)ふして空(むな)しく有為(いうゐ)の歳月(さいげつ)を経過(けいくわ)する者(もの)のみ。014国家(こくか)の前途(ぜんと)如何(いかん)を思(おも)ふの志士(しし)仁人(じんじん)無(な)く、015世(よ)は将(まさ)に常暗(とこやみ)ならむとするを深(ふか)く憂慮(いうりよ)し、016神示(しんじ)のまにまに大本(おほもと)の教祖(けうそ)は抜山(ばつざん)蓋世(がいせい)の勇(いう)を振(ふる)ひ、017百折(ひやくせつ)不撓(ふたう)の胆(たん)を発揮(はつき)し、018世道(せだう)人心(じんしん)を振起(しんき)せむと、019上田(うへだ)海潮(かいてう)、020出口(でぐち)澄子(すみこ)、021四方(しかた)春三(はるざう)の三(さん)名(めい)を従(したが)へ菅(すげ)の小笠(をがさ)に茣蓙(ござ)蓑(みの)、022手(て)には芳(かんば)しき白梅(しらうめ)の枝(えだ)にて作(つく)りたる杖(つゑ)をつき草鞋(わらぢ)脚絆(きやはん)に身(み)を固(かた)め、023明治(めいじ)卅三(さんじふさん)年(ねん)閏(うるふ)八(はち)月(ぐわつ)八日(やうか)の午前(ごぜん)の一(いち)時(じ)、024正(まさ)に広前(ひろまへ)の門口(もんぐち)を立出(たちい)でむとする時(とき)、025前夜(ぜんや)より集(あつ)まり来(きた)りし数多(あまた)の役員(やくゐん)信者(しんじや)等(ら)は各(おのおの)教祖(けうそ)の袖(そで)に縋(すが)り異口(いく)同音(どうおん)に『何卒(どうぞ)途中(とちう)までなりと見送(みおく)らせ下(くだ)さい』と泣(な)きつつ頼(たの)む者(もの)ばかりであつた。026教祖(けうそ)も役員(やくゐん)等(ら)が、027しほらしき真心(まごころ)はよく推知(すゐち)し居(を)られたけれど、028只管(ひたすら)神(かみ)様(さま)の命令(めいれい)を畏(かしこ)みて一人(ひとり)も許(ゆる)されなかつた。029生別(せいべつ)離苦(りく)の悲(かな)しさに何(いづ)れも袖(そで)を絞(しぼ)りつつ、030教祖(けうそ)が平素(へいそ)に於(お)ける温言(をんげん)厚諭(こうゆ)の情(なさけ)は、031人(ひと)を動(うご)かし、032人(ひと)を感(かん)ぜしめたのである。033別(わか)れに臨(のぞ)んで、034今更(いまさら)の如(ごと)く其(その)温容(おんよう)を慕(した)ひ和気(わき)に懐(なつ)き恰(あたか)も小児(せうに)の慈母(じぼ)に別(わか)るる如(ごと)く焦(こが)れ慕(した)ふたのである。035さて教祖(けうそ)は梅(うめ)の杖(つゑ)、036海潮(かいてう)は雄松(をまつ)、037澄子(すみこ)は雌松(めまつ)、038春三(はるざう)は青竹(あをたけ)の杖(つゑ)をつき乍(なが)ら、039何処(いづこ)を当(あて)ともなく従(したが)ひ行(ゆ)く。040秋(あき)すでに深(ふか)く木葉(このは)は色(いろ)を変(へん)じて四尾(よつを)の神山(しんざん)は漸(やうや)く紅(くれない)に黄雲(くわううん)十里(じふり)粛然(しゆくぜん)たるさまである。041和知(わち)の清流(せいりう)は淙々(そうそう)として脚下(きやくか)に白布(はくふ)を曝(さら)し一行(いつかう)の前途(ぜんと)を清(きよ)むる如(ごと)くに思(おも)はれた。042須知山(すちやま)峠(たうげ)の峻坂(しゆんぱん)を苦(く)もなく登(のぼ)り、043狭(せま)き山道(やまみち)を辿(たど)りつつ行(ゆ)けば川合(かはひ)の大原(おほはら)神社(じんじや)、044一行(いつかう)恭(うやうや)しく社前(しやぜん)に跪坐(きざ)し、045前途(ぜんと)の幸運(かううん)を祈願(きぐわん)しつつ、046枯木峠(かれきたうげ)も漸(やうや)く踏(ふ)み越(こ)えて、047今(いま)や榎木峠(えのきたうげ)の絶頂(ぜつちやう)に差(さ)しかからむとする時(とき)、048前途(ぜんと)にあたつて怪(あや)しき火光(くわくわう)のチラチラと燃(も)ゆるを見(み)とめた。049海潮(かいてう)は盗賊(たうぞく)どもの焚火(たきび)をなして旅客(りよきやく)の荷物(にもつ)を掠(かす)めむとして待(ま)ち構(かま)へ居(ゐ)るには非(あら)ずやと心(こころ)も心(こころ)ならず、050不安(ふあん)の念(ねん)に包(つつ)まれ乍(なが)ら近(ちか)づき見(み)れば、051豈(あに)図(はか)らむや、052会員(くわいいん)の一(いち)人(にん)なる福林(ふくばやし)安之助(やすのすけ)が数多(あまた)の役員(やくゐん)信者(しんじや)を出(だ)し抜(ぬ)いてソツと旅装(りよさう)を整(ととの)へ、053梅(うめ)の杖(つゑ)まで用意(ようい)して先(さき)へ廻(まは)つて待(ま)つてゐたのである。054教祖(けうそ)一行(いつかう)の姿(すがた)を見(み)るや忽(たちま)ち大地(だいち)に慴伏(ひれふ)し、
055福林(ふくばやし)『何卒(なにとぞ)今度(こんど)のお伴(とも)をさして下(くだ)さい。056私(わたし)は猿田彦(さるたひこ)となつて此処(ここ)にお待(まち)申(まを)して居(を)りました。057願(ねが)はくば異例(いれい)なれども猿田彦(さるたひこ)と思召(おぼしめし)、058特別(とくべつ)を以(もつ)てお伴(とも)をお許(ゆる)し下(くだ)さい』
059と頻(しき)りに懇願(こんぐわん)して居(ゐ)る。060教祖(けうそ)は、
061教祖(けうそ)『何事(なにごと)も神(かみ)様(さま)の御(ご)命令(めいれい)なれば此(この)三(さん)人(にん)の外(ほか)には如何(いか)なる事情(じじやう)があるとも随行(ずゐかう)して貰(もら)ふ訳(わけ)には行(ゆ)きませぬ』
062と固辞(こじ)して動(うご)き玉(たま)ふ気色(けしき)だになかつた。063福林(ふくばやし)は詮方(せんかた)なくなく腹(はら)の底(そこ)から湧(わ)き出(だ)す涙(なみだ)と共(とも)に嘆願(たんぐわん)し、
064福林(ふくばやし)『今(いま)此処(ここ)で仮令(たとへ)死(し)ぬとも此(この)まま家(うち)へは帰(かへ)らぬ』
065と容易(ようい)に初心(しよしん)を変(へん)ずべくも見(み)えなかつた。066海潮(かいてう)は其(その)真心(まごころ)を推(お)し量(はか)りて気(き)の毒(どく)に堪(た)へ兼(か)ね、067教祖(けうそ)にいろいろと頼(たの)んだ上(うへ)、
068海潮(かいてう)『今度(こんど)に限(かぎ)つて破格(はかく)を以(もつ)て随行(ずゐかう)と云(い)はず荷物(にもつ)持(も)ち人足(にんそく)として連(つ)れて行(い)つて上(あ)げたら如何(どう)でせうか』
069と頼(たの)んで見(み)た。070教祖(けうそ)も其(そ)の誠意(せいい)と熱心(ねつしん)に感(かん)じられ漸(やうや)く随行(ずゐかう)を許(ゆる)された。071福林(ふくばやし)は天(てん)にも登(のぼ)るが如(ごと)く喜(よろこ)び勇(いさ)み、072雀躍(こをどり)し乍(なが)ら四(よ)人(にん)の荷物(にもつ)を棒(ぼう)もて肩(かた)に担(かつ)ぎ、073一行(いつかう)の後(あと)に跟(つ)いて行(ゆ)く事(こと)となつた。074老(おい)の御足(みあし)も健(すこや)かに早(はや)くも、075質志(しづし)、076三(さん)の宮(みや)に到(いた)れば東天(とうてん)明(あか)く旭日(きよくじつ)燦々(さんさん)たる処(ところ)なれども、077音(おと)に名高(なだか)き丹波(たんば)船井(ふなゐ)の霧(きり)の海(うみ)に天地(てんち)万有(ばんいう)包(つつ)まれて、078天(あま)の原(はら)射照(いて)り透(とう)らす日(ひ)の大神(おほかみ)の御影(みかげ)を拝(はい)する能(あた)はず、079前途(ぜんと)朦々(もうもう)として何(なん)と無(な)く物(もの)悲(かな)しき心地(ここち)がした。080行程(かうてい)六(ろく)里(り)、081檜山(ひのきやま)に達(たつ)し会員(くわいゐん)坂原(さかはら)氏(し)宅(たく)に暫時(ざんじ)息(いき)を休(やす)め、082須知(すち)、083蒲生野(がまふの)や水戸峠(みとたうげ)を上(のぼ)りつ下(くだ)りつ、084観音坂(くわんおんざか)の頂上(ちやうじやう)に辿(たど)り着(つ)き見(み)れば、085丹波(たんば)名物(めいぶつ)の霧(きり)の海原(うなばら)何時(いつ)しか拭(ぬぐ)ふが如(ごと)く晴(は)れ渡(わた)り、086船井郡(ふなゐぐん)の一都会(いちとくわい)、087花(はな)の園部(そのべ)や小向山(をむかやま)、088天神山(てんじんやま)は一眸(いちぼう)の下(もと)に横(よこ)たはり、089佐保姫(さほひめ)の錦(にしき)織(お)りなす麗(うるは)しさは、090筆舌(ひつぜつ)の克(よ)く尽(つく)す所(ところ)にあらず、091上村(うへむら)、092浅田(あさだ)氏(し)等(ら)の同居(どうきよ)する木崎(きざき)の川原町(かははらまち)に達(たつ)した。093偶(たまたま)一行(いつかう)の出修(しゆつしう)を知(し)りて急(いそ)ぎ出迎(でむか)へ是非(ぜひ)一夜(いちや)泊(とま)りて旅(たび)の御(ご)疲労(ひらう)を休(やす)められよと請(こ)ふ事(こと)最(い)と懇(ねんごろ)なりし為(た)め彼(かれ)の家(いへ)に入(い)る。094間(ま)もなく中田(なかだ)、095辻村(つじむら)の両会員(りやうくわいゐん)入(い)り来(きた)り、096教祖(けうそ)の居(を)らるる前(まへ)をも憚(はばか)らず、097何(なん)の挨拶(あいさつ)も会釈(ゑしやく)も碌々(ろくろく)せず、098開口(かいこう)一番(いちばん)上村(うへむら)氏(し)が平生(へいぜい)の処置(しよち)甚(はなは)だ不公平(ふこうへい)なり、099依(よ)つて吾々(われわれ)は退会(たいくわい)せむなどと不平(ふへい)を訴(うつた)ふるので、100座上(ざじやう)の上村(うへむら)氏(し)は大(おほい)に怒(いか)り、101これ又(また)口(くち)を極(きは)めて彼(かれ)が不謹慎(ふきんしん)にして予(かね)てより深(ふか)き野心(やしん)を蔵(ざう)し、102現在(げんざい)今(いま)お供(とも)の列(れつ)に加(くは)はる四方(しかた)春三(はるざう)等(ら)と気脈(きみやく)を通(つう)じ、103本会(ほんくわい)の瓦解(ぐわかい)を企(くはだ)てつつありなど、104双方(さうはう)意外(いぐわい)の事(こと)のみ言(い)ひ争(あらそ)ひ、105はては四方(しかた)、106中田(なかだ)を速(すみや)かに除名(ぢよめい)せられ度(た)し、107然(しか)らざれば小子(せうし)より退会(たいくわい)すべし等(など)、108得手(えて)勝手(かつて)の難問題(なんもんだい)を提出(ていしゆつ)する。109中田(なかだ)、110辻村(つじむら)の両人(りやうにん)は一層(いつそう)憤激(ふんげき)し、
111『否(いや)、112上村(うへむら)こそ今回(こんくわい)の瓦解(ぐわかい)の謀主(ぼうしゆ)にして、113生(せい)等(ら)は只(ただ)相談(さうだん)を受(う)けたる迄(まで)にて始(はじ)めより斯(かか)る反逆(はんぎやく)には賛成(さんせい)し難(がた)し、114と一言(いちごん)の許(もと)に跳(はね)つけた。115それ故(ゆゑ)今日(こんにち)其(その)真相(しんさう)の暴露(ばくろ)せむ事(こと)を怖(おそ)れ、116先(さき)んずれば克(よ)く人(ひと)を制(せい)すとの兵法(へいはふ)を以(もつ)て、117反対(はんたい)に彼(かれ)より生(せい)等(ら)を誣告(ぶこく)するのである』
118と逆捻(さかねぢ)に一本(いつぽん)参(まゐ)る。119互(たがひ)に負(まけ)ず劣(おと)らず、120争論(そうろん)の何時(いつ)果(は)つべしとも見(み)えざれば、121海潮(かいてう)は苦々(にがにが)しき事(こと)に思(おも)ひ、122種々(しゆじゆ)と理非(りひ)を噛分(かみわ)けて諭(さと)せども、123固(もと)より敬神(けいしん)愛民(あいみん)の思想(しさう)を有(いう)せざる頑迷(ぐわんめい)不霊(ふれい)の製糞器(せいふんき)、124只(ただ)神(かみ)を估(う)りて糊口(ここう)の資(し)に供(きよう)するより外(ほか)、125他(た)に一片(いつぺん)の希望(きばう)なきもの共(ども)なれば、126済度(さいど)するには此(この)上(うへ)なく骨(ほね)を折(お)らざるべからざる、127最(いと)も困(こま)つた厄介(やくかい)極(きは)まる代物(しろもの)であつた。
128 折柄(をりから)庭前(ていぜん)に嬉々(きき)として四頭(しとう)の犬(いぬ)遊(あそ)び、129其(その)状(さま)誠(まこと)に親睦(しんぼく)にして羨(うらや)ましい程(ほど)である。130何(なん)と思(おも)はれしか教祖(けうそ)は懐中(くわいちゆう)より一片(いつぺん)の食物(しよくもつ)を取出(とりだ)し、131犬(いぬ)に投(な)げ与(あた)へられしに、132犬(いぬ)は忽(たちま)ち争奪(そうだつ)搏噬(はくぜい)を初(はじ)め、133恰(あたか)も不倶(ふぐ)戴天(たいてん)の親(おや)の仇(かたき)に出会(でくは)せしが如(ごと)くである。134教祖(けうそ)はこれを見(み)て、135人心(じんしん)の奥底(おくそこ)は大抵(たいてい)斯(か)くの如(ごと)しと微笑(ほほゑ)みし乍(なが)ら、136匆々(さうさう)に此(この)家(や)を立出(たちい)でむとせらるる時(とき)、137上村(うへむら)は大(おほい)に恐縮(きようしゆく)して曰(いは)く、138生(せい)等(ら)の心(こころ)は実(じつ)に此(この)犬(いぬ)のやうだと稍(やや)反省(はんせい)の意(い)を表(あら)はしたが中田(なかだ)、139辻村(つじむら)は却々(なかなか)承知(しようち)せず、140益々(ますます)暴言(ばうげん)を逞(たくま)しふし、141是非(ぜひ)々々(ぜひ)教祖(けうそ)の御(お)入来(いで)を幸(さいは)ひ、142正邪(せいじや)黒白(こくびやく)を判別(はんべつ)されむ事(こと)を強請(がうせい)して止(や)まなかつた。143これには海潮(かいてう)もほとほと持(も)て余(あま)し、144本会(ほんくわい)の主義(しゆぎ)精神(せいしん)は一身(いつしん)一家(いつか)の栄達(えいたつ)名聞(めいぶん)を企図(きと)するに止(とど)まらず、145国家(こくか)的(てき)観念(かんねん)を養(やしな)ふにあるのに、146汝(なんぢ)等(ら)会員(くわいいん)たるの本旨(ほんし)を忘(わす)れ、147教祖(けうそ)折角(せつかく)の苦行(くぎやう)の首途(かどで)を擁(よう)して、148非違(ひゐ)の裁断(さいだん)を請(こ)はむとするは、149実(じつ)に時(とき)を誤(あやま)りたる非礼(ひれい)の行為(かうゐ)なり、150教祖(けうそ)多年(たねん)の艱苦(かんく)は実(じつ)に汝(なんぢ)等(ら)の如(ごと)き会員(くわいいん)を覚醒(かくせい)し正道(せいだう)に導(みちび)かむが為(た)めのみ、151今(いま)又(また)六十(ろくじふ)有五(いうご)歳(さい)の教祖(けうそ)が梅ケ枝(うめがえ)の一杖(いちぢやう)に身(み)を托(たく)し、152凛烈(りんれつ)肌(はだ)を劈(つんざ)かむとする寒天(かんてん)をめがけ何地(いづこ)を当(あて)ともなく神命(しんめい)の随々(まにまに)、153孤雁(こがん)声(こゑ)悲(かな)しく、154暮雲(ぼうん)に彷徨(はうくわう)するが如(ごと)く将(まさ)に遠(とほ)く出修(しゆつしう)されむとす、155宜(よろ)しく本然(ほんぜん)の私(わたくし)に還(かへ)り教祖(けうそ)のお心(こころ)を推察(すいさつ)せば、156斯(か)くの如(ごと)く見苦(みぐる)しき事(こと)をお耳(みみ)に入(い)れ申(まを)すべき場合(ばあひ)に非(あら)ざるべし、157と事(こと)を釈(わ)け、158理(り)を解(と)きて諭(さと)せども、159元来(ぐわんらい)彼(かれ)等(ら)は金光教(こんくわうけう)の教師(けうし)にして、160自(みづか)ら企(くはだ)て自(みづか)ら為(な)すの勇(ゆう)なく、161徒(いたづら)に他(た)の覆轍(ふくてつ)に做(なら)ひ、162其(その)糟粕(さうはく)を舐(ねぶ)りて以(もつ)て得(え)たりと為(な)し、163信者(しんじや)の争奪(そうだつ)にのみ余念(よねん)なかりし癖(へき)は容易(ようい)に改(あらた)まらず教祖(けうそ)の諭示(ゆじ)も海潮(かいてう)の説得(せつとく)も寸効(すんかう)なく、164中田(なかだ)、165辻村(つじむら)の両人(りやうにん)は梟(ふくろどり)の夜食(やしよく)を取(と)り外(はづ)せし如(ごと)く頬(ほほ)を膨(ふく)らせ席(せき)を蹴立(けた)てて帰(かへ)り、166四方(しかた)、167福林(ふくばやし)もこれに従(つ)いて行(い)つた。
168 教祖(けうそ)は上村(うへむら)氏(し)等(ら)に慇懃(いんぎん)なる謝詞(しやし)を述(の)べ、169海潮(かいてう)、170澄子(すみこ)を具(ぐ)して立(た)ち出(い)でられし故(ゆゑ)、171上村(うへむら)氏(し)も大橋(おほはし)までお見送(みおく)りの為(た)めとて従(したが)ひ来(きた)つた。172さて四方(しかた)春三(はるざう)は中田(なかだ)方(かた)に至(いた)り頻(しき)りに何事(なにごと)か善(よ)からぬ事(こと)のみ囁(ささや)きつつ不興(ふきよう)の顔色(かほいろ)物凄(ものすご)く、173口(くち)を極(きは)めて海潮(かいてう)を罵(ののし)り是非(ぜひ)排斥(はいせき)せずむば止(や)まずと息(いき)捲(ま)く。174福林(ふくばやし)氏(し)は草臥(くたびれ)たりとて中田(なかだ)が家(いへ)に入(い)るや、175直(ただち)に昇(あが)り口(くち)に打倒(うちたふ)れ、176熟睡(じゆくすゐ)を装(よそほ)ひつつ狸(たぬき)の空寝入(そらねい)り、177素知(そし)らぬ振(ふり)にて彼(かれ)等(ら)の密談(みつだん)を残(のこ)らず聞(き)き取(と)つた。178少時(しばらく)ありて欠伸(あくび)と共(とも)に起(お)き上(あが)り、179態(わざ)と空惚(そらとぼ)けたる面(おもて)を擦(さす)り乍(なが)ら教祖(けうそ)は何処(いづこ)にありやと問(と)へば、
180中田(なかだ)『あの気違(きちが)ひ婆(ばば)か、181否(いな)狂長殿(きやうちやうどの)か、182只今(ただいま)然(しか)も偉相(えらさう)に上村(うへむら)氏(し)を随行(ずいかう)させて出(で)て行(い)つたから大方(おほかた)大橋(おほはし)の詰(つめ)辺(あた)りに今頃(いまごろ)は迂路(うろ)ついて御座(ござ)らう』
183と会員(くわいいん)にあるまじき言葉(ことば)を弄(ろう)するも、184一味(いちみ)の四方(しかた)は咎(とが)めもせず厭(いや)さうに福林(ふくばやし)を伴(ともな)ひて教祖(けうそ)の跡(あと)を追(お)つかけた。185夕陽(ゆふひ)は已(すで)に西山(せいざん)に没(ぼつ)し、186黄昏(たそがれ)の霧(きり)は一行(いつかう)を包(つつ)まむとする。187四方(しかた)春三(はるざう)は、
188四方(しかた)『夜(よる)の旅(たび)は危険(きけん)ですし、189さりとて旅費(りよひ)も豊(ゆたか)ならず、190むしろ中田(なかだ)氏(し)に一泊(いつぱく)しませう』
191と云(い)へば教祖(けうそ)は少(すこ)しく怒(いか)つて、
192教祖(けうそ)『仮令(たとへ)野宿(のじゆく)をしても彼(かれ)等(ら)の家(いへ)に泊(とま)るのは厭(いや)ぢや』
193とて気色(けしき)悪(あし)ければ、194一行(いつかう)は不承(ふしよう)々々(ぶしよう)に従(したが)ひ行(ゆ)く。195小山(こやま)、196松原(まつばら)乗(の)り越(こ)えて一里半(いちりはん)行(ゆ)けば鳥羽(とば)の里(さと)、197広瀬(ひろせ)も後(あと)に八木(やぎ)の町(まち)、198月(つき)は照(て)れども深更(しんかう)に入(い)りて漸(やうや)く八木(やぎ)の会合所(くわいがふしよ)福島(ふくしま)氏(し)方(かた)へ着(つ)いた。
199(大正一一・一〇・一八 旧八・二八 北村隆光録)
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