霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
目 次設 定
設定
印刷用画面を開く [?]プリント専用のシンプルな画面が開きます。文章の途中から印刷したい場合は、文頭にしたい位置のアンカーをクリックしてから開いて下さい。[×閉じる]
話者名の追加表示 [?]セリフの前に話者名が記していない場合、誰がしゃべっているセリフなのか分からなくなってしまう場合があります。底本にはありませんが、話者名を追加して表示します。[×閉じる]
表示できる章
テキストのタイプ [?]ルビを表示させたまま文字列を選択してコピー&ペーストすると、ブラウザによってはルビも一緒にコピーされてしまい、ブログ等に引用するのに手間がかかります。そんな時には「コピー用のテキスト」に変更して下さい。ルビも脚注もない、ベタなテキストが表示され、きれいにコピーできます。[×閉じる]

文字サイズ
フォント

ルビの表示



アンカーの表示 [?]本文中に挿入している3~4桁の数字がアンカーです。原則として句読点ごとに付けており、標準設定では本文の左端に表示させています。クリックするとその位置から表示されます(URLの#の後ろに付ける場合は数字の頭に「a」を付けて下さい)。長いテキストをスクロールさせながら読んでいると、どこまで読んだのか分からなくなってしまう時がありますが、読んでいる位置を知るための目安にして下さい。目障りな場合は「表示しない」設定にして下さい。[×閉じる]


宣伝歌 [?]宣伝歌など七五調の歌は、底本ではたいてい二段組でレイアウトされています。しかしブラウザで読む場合には、二段組だと読みづらいので、標準設定では一段組に変更して(ただし二段目は分かるように一文字下げて)表示しています。お好みよって二段組に変更して下さい。[×閉じる]
脚注 [?][※]や[#]で括られている文字は当サイトで独自に付けた脚注です。まだ少ししか付いていませんが、目障りな場合は「表示しない」設定に変えて下さい。ただし[#]は重要な注記なので表示を消すことは出来ません。[×閉じる]


文字の色
背景の色
ルビの色
傍点の色 [?]底本で傍点(圏点)が付いている文字は、『霊界物語ネット』では太字で表示されますが、その色を変えます。[×閉じる]
外字1の色 [?]この設定は現在使われておりません。[×閉じる]
外字2の色 [?]文字がフォントに存在せず、画像を使っている場合がありますが、その画像の周囲の色を変えます。[×閉じる]

  

表示がおかしくなったらリロードしたり、クッキーを削除してみて下さい。


【新着情報】10月30~31日に旧サイトから新サイトへの移行作業を行う予定です。実験用サイトサブスク
マーキングパネル
設定パネルで「全てのアンカーを表示」させてアンカーをクリックして下さい。

【引数の設定例】 &mky=a010-a021a034  アンカー010から021と、034を、イエローでマーキング。

          

神武天皇御東征之段

インフォメーション
題名:神武天皇御東征之段 著者:出口王仁三郎
ページ:211 目次メモ:
概要: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日:2021-06-14 13:19:25 OBC :B121805c114
初出[?]この文献の初出または底本となったと思われる文献です。[×閉じる]神霊界 > 大正9年10月21日号(第130号) > 日本書紀解説〔神武天皇東征之段〕
 日本(にほん)書紀(しよき)にある神武(じんむ)天皇(てんわう)()東征(とうせい)の一(せつ)講演(かうえん)(いた)します。
日本(にほん)書紀(しよき)の一(せつ)に、
 『(かむ)日本(やまと)磐余(いはれ)(ひこの)天皇(すめらみこと)神武(じんむ)天皇(てんわう))……(みとし)四十(よそぢあまり)五歳(いつとせ)(およ)びたまふ。(もろもろ)(いろせ)(およ)子等(みこたち)(かた)りて(のり)たまはく。(むかし)()天神(あめのかみ)高皇(たかみ)産霊(むすび)(のみこと)(おほ)日霎(ひるめ)(のみこと)()(とよ)葦原(あしはらの)瑞穂(みづほ)(のくに)(のたまひあ)げて、(あが)天祖(あまつみおや)彦火(ひこほの)瓊瓊杵(ににぎの)(みこと)(あた)へり。於是(ここに)彦火(ひこほの)瓊瓊杵(ににぎの)(みこと)(あめ)(いはくら)(ひきひら)きて、雲路(くもぢ)(おしわ)け、(みさき)仙蹕(はらひおひ)()戻止(いたりま)す』
とあります。神武(じんむ)天皇(てんわう)(おん)(とし)四十五(さい)(とき)は、今年(こんねん)()る二千五百八十六(ねん)(ぜん)甲寅(きのえとら)(とし)で、月日(つきひ)は十(ぐわつ)五日(いつか)(あた)るのであります。この甲寅(きのえとら)(とし)といふのは、(あだか)大正(たいしやう)(ねん)世界(せかい)戦争(せんさう)(はじ)まつた(とし)であります。
 (おそ)(おほ)くも(あめ)(した)(たひ)らけく(しろし)めし(たま)ふ、()天職(てんしよく)惟神(かむながら)享有(きやういう)(たま)ふ、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんわう)(さま)が、(だい)日本(につぽん)神国(しんこく)君臨(くんりん)(あそ)ばされて、(とよ)葦原(あしはら)瑞穂(みづほ)(のくに)(すなは)地球(ちきう)(じやう)を、道義(だうぎ)(てき)(とう)一せらるる機運(きうん)(むか)うたのであります。(だい)日本(につぽん)皇国(くわうこく)国体(こくたい)()本義(ほんぎ)()天職(てんしよく)たる皇道(くわうだう)精髄(せいずゐ)精華(せいくわ)は、(いま)充分(じうぶん)発揮(はつき)されて()りませぬ(なん)となれば古往(こわう)今来(こんらい)(まつた)暗黒(あんこく)無明(みやう)世界(せかい)で、(あま)岩戸(いはと)(がく)れの状態(じやうたい)であつたからであります。
 物質(ぶつしつ)文明(ぶんめい)結局(けつきよく)世界(せかい)戦争(せんさう)となりて、海外(かいぐわい)(しよ)強国(きやうこく)は、一(たん)経済(けいざい)(てき)精神(せいしん)(てき)(ほろ)んで(しま)つたので、(これ)から(あらた)建設(けんせつ)しなければならぬ破目(はめ)()つて()たのであります。
 しかし(わが)日本(につぽん)(こく)は、(さいはひ)にその暗黒(あんこく)な、ひどい影響(えいきやう)()けませんでしたから、世界(せかい)戦争(せんさう)(おこ)りつつある(あひだ)に、十分(じふぶん)準備(じゆんび)をして、世界(せかい)道義(だうぎ)(てき)統一(とういつ)する機会(きくわい)(あた)へられたので、日本(につぽん)(こく)愈々(いよいよ)改造(かいざう)時機(じき)(むか)つて()たのであります。()日露(にちろ)戦争(せんさう)()(くれ)(かね)世界(せかい)戦争(せんさう)暗夜(あんや)鐘声(しようせい)であつて、日本(につぽん)(こく)()()守護(しゆご)になるに(つい)て、世界(せかい)(すべ)て、統一(とういつ)(てき)機運(きうん)(むか)つて()ります。(すべ)てのものが、世界(せかい)統一(とういつ)でありますから、外国(ぐわいこく)暗黒(あんこく)なる経済(けいざい)(てき)影響(えいきやう)は、日本(につぽん)(うつ)り、日本(につぽん)経済(けいざい)(じやう)()安定(あんてい)なる荒波(あらなみ)は、米国(べいこく)へうつり、米国(べいこく)影響(えいきやう)欧洲(おうしう)にうつり、だんだん(なみ)(ひろが)つて(たか)まつて()き、その(なみ)向岸(むかふぎし)(つき)(あた)つて(そう)一層(いつそう)激浪(げきらう)()(おこ)し、(ふたた)日本(につぽん)()(かへ)つて()る。今度(こんど)(なみ)(つよ)いのであるから、日本(につぽん)一層(いつそう)(いま)より()景気(けいき)になつて()ます。(ゆゑ)各自(かくじ)注意(ちゆうい)をして、()荒波(あらなみ)()ける工夫(くふう)をいたさねばなりませぬ。(いま)(まで)(ねん)(かん)甘味(うまみ)()めて()人々(ひとびと)は、この()景気(けいき)(もち)(なほ)すかも()れんと()ふものがあるが、(けつ)して楽観(らくくわん)すべきでは()い。もつともつとひどい激浪(げきらう)怒涛(どたう)襲来(しふらい)するものと覚悟(かくご)せねばなりませぬ。(しか)して日本(につぽん)(こく)皇道(くわうだう)(ひかり)が、八紘(はつこう)(かがや)くのはこれからであつて、(いま)まで(ほとん)ど二千(ねん)(らい)和光(わくわう)同塵(どうぢん)(てき)()政策(せいさく)結果(けつくわ)として、皇運(くわううん)発展(はつてん)時機(じき)()なかつたのであります。崇神(すじん)天皇(てんわう)国体(こくたい)尊厳(そんげん)()して、和光(わくわう)同塵(どうぢん)政策(せいさく)をとられたのは、今日(こんにち)あるを()(たま)うて、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)天皇(てんわう)()天職(てんしよく)発展(はつてん)期待(きたい)されて()られたからであります。世界(せかい)各国(かくこく)時節(じせつ)到来(たうらい)せぬために、権謀(けんぼう)発生(はつせい)したり、個人(こじん)主義(しゆぎ)隆盛(りうせい)になつて、体主(たいしゆ)霊従(れいじう)悪土(あくど)となり、(ひと)(くに)()英雄(えいゆう)()たりして、(むかし)から治乱(ちらん)興廃(こうはい)何遍(なんべん)あつたかわからぬ。(くに)()つたり、(たふ)れたり、併合(へいがふ)されたり、(あるひ)占領(せんりやう)されたり、(かぞ)(つく)されぬ(くらゐ)であります。
 従来(じうらい)人生(じんせい)不安(ふあん)世路(せろ)困難(こんなん)()(うへ)なく、(じつ)(もつ)闇黒(あんこく)無明(むみやう)()(なか)であつた。(すなは)(あま)岩戸(いはと)(がく)れの現状(げんじやう)であります。(むかし)から王道(わうだう)とか、覇道(はだう)とか、(また)憲法(けんぱふ)政治(せいぢ)とか、共和(きやうわ)政治(せいぢ)であるとか、デモクラシーとか、マルクス主義(しゆぎ)とか、()()聖人(せいじん)賢哲(けんてつ)(とな)へる(すべ)ての社会(しやくわい)経綸(けいりん)(せつ)や、また釈迦(しやか)孔子(こうし)基督(キリスト)道義(だうぎ)(てき)教義(けうぎ)は、ただ今日(こんにち)までの世界(せかい)破滅(はめつ)人心(じんしん)堕落(だらく)弥縫(びほう)補綴(ほてい)すべく、(もち)ひられた(くらゐ)にすぎず今後(こんご)社会(しやくわい)政策(せいさく)(たい)しては、何等(なんら)権力(けんりよく)効力(かうりよく)もない。()()(をしへ)は、(いづ)れも人心(じんしん)不安(ふあん)(やは)らげ、兇悪(きやうあく)なる人心(じんしん)矯正(けうせい)し、世道(せだう)人心(じんしん)(みちび)き、治国(ちこく)安民(あんみん)(みち)()て、天下(てんか)泰平(たいへい)(くはだ)てたのでありますが、(しか)孔子(こうし)(うま)れた支那(しな)現状(げんじやう)は、あの(とほ)闇黒(あんこく)で、百鬼(ひやくき)昼行(ちうかう)状態(じやうたい)(また)釈迦(しやか)(うま)れた印度(いんど)は、此地(このち)極楽(ごくらく)浄土(じやうど)出現(しゆつげん)せしめようとしたのに、(いま)某国(ぼうこく)圧迫(あつぱく)()け、(わづか)人民(じんみん)()命脈(めいみやく)(たも)つて、無限(むげん)地獄(ぢごく)有様(ありさま)(また)基督(キリスト)()猶太国(ゆだや)は、天国(てんごく)地上(ちじやう)()てむと(かんが)へたけれど、二千(ねん)経過(けいくわ)した今日(こんにち)(おい)暗黒(あんこく)無明(むみやう)地獄(ぢごく)状態(じやうたい)であります。(これ)(かんが)へると、世界(せかい)人心(じんしん)緩和(くわんわ)した利益(りえき)はあつたけれどもこれから()()()(なか)になれば、(すこ)しも()()はぬ時代(じだい)錯誤(さくご)教義(けうぎ)となつて(しま)ふのであります。
 (これ)(たと)へて()へば、(つき)()ると(ほし)(ひかり)(うす)くなり、太陽(たいやう)()ると、(つき)(ほし)(ひかり)(うしな)ふのと(おな)じであります。この(せい)(てき)位置(ゐち)にある古今(ここん)(しよ)賢哲(けんてつ)道義(だうぎ)(てき)諸説(しよせつ)は、今後(こんご)(かげ)(ぼつ)するのであります。それを和光(わくわう)同塵(どうぢん)政策(せいさく)により、崇神(すじん)天皇(てんわう)我国(わがくに)()()(たま)うたのであります。何故(なぜ)かと(まを)せば、今日(こんにち)()(なか)物質(ぶつしつ)文明(ぶんめい)を、一旦(いつたん)日本(につぽん)()れて、日本(につぽん)世界(せかい)中心(ちうしん)(こく)でありますから、精神(せいしん)(てき)文明(ぶんめい)物質(ぶつしつ)(てき)文明(ぶんめい)調和(てうわ)(はか)り、霊主(れいしゆ)体従(たいじう)惟神(かむながら)大道(だいだう)発揮(はつき)し、所謂(いはゆる)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)によりて、世界(せかい)万民(ばんみん)(やす)らけく(たひ)らけく、(をさ)むる時機(じき)()たせられたのであります。天運(てんうん)循環(じゆんくわん)神律(しんりつ)()つて、()れがいよいよ実現(じつげん)さるる時機(じき)到達(たうたつ)した次第(しだい)であります。由来(ゆらい)(すべ)ての大道(だいだう)(すなは)治国(ちこく)(へい)天下(てんか)(みち)は、(わが)日本(につぽん)(こく)日月(じつげつ)(ごと)く、(へい)として儼存(げんぞん)して()るのであります。
 神武(じんむ)天皇(てんわう)(すなは)(かむ)日本(やまと)磐余(いはれ)(ひこの)(みこと)が、御年(おんとし)四十五(さい)(とき)(しよ)(けい)(およ)皇子(みこ)(たち)(あつ)めて(まを)されるには、(むかし)天津(あまつ)()(おやの)(かみ)高皇(たかみ)産霊(むすびの)(みこと)(おほ)日霎(ひるめの)(みこと)(すなは)高木(たかぎの)(かみ)天照(あまてらす)(おほ)()(かみ)が、この(とよ)葦原(あしはら)瑞穂(みづほの)(くに)()げて(わが)天津(あまつ)御祖(みおや)彦火(ひこほの)瓊々杵(ににぎの)(みこと)(さづ)けられた。そこで彦火(ひこほの)瓊々杵(ににぎの)(みこと)(あめ)磐座(いはくら)(はな)ち、(あめ)八重雲(やへくも)()()けて、日向(ひむか)串触(くしぶるの)(たけ)(あめ)宇受売(うづめの)(みこと)猿田彦(さるだひこの)(かみ)(さき)()()()にして()()りました。
 『()(とき)に、()鴻荒(あらき)()ひ、(とき)草昧(くらき)(あた)れり。(かれ)(くら)くして(もつ)(ただ)しきを(やしな)ひて、()西(にし)(ほとり)()らす。皇祖皇考(みおや)()()乃聖(ひじり)にして、(よころび)()み、(ひかり)(かさ)ね、(さは)年所(とし)()たり。天祖(あまつみおや)降跡(あまくだり)ましてより()()()()、一百七十九万二千四百七拾()(さい)
 この(とき)()鴻荒(あらき)()ひ、草昧(くらき)(あた)云々(うんぬん)(おん)(みことのり)は、丁度(ちやうど)今日(こんにち)()現状(ありさま)()のままであります。
 今日(こんにち)(あめ)八重雲(やへくも)十重(とへ)二十重(はたへ)(つつ)まれ、(すべ)てのものに磐座(いはくら)といふものがあり、岩戸(いはと)がしまつて()(すなは)(ばつ)があつて、一歩(いつぽ)(なか)(はい)れぬのであります。この(くも)りに(くも)つた(すべ)ての思想(しさう)で、()(あら)きに()(とき)(くら)きに(あた)れり、所謂(いはゆる)国体(こくたい)(はん)する外来(ぐわいらい)思想(しさう)のために、(ひと)(こころ)一層(いつそう)(すさ)びに(すさ)び、群衆(ぐんしふ)心理(しんり)(てき)焼討(やきうち)事件(じけん)(こめ)騒動(さうどう)労働(らうどう)(しや)同盟(どうめい)怠業(たいげふ)罷業(ひげふ)種々(しゆじゆ)()祥事(しやうじ)があると(おな)じやうな乱世(らんせい)であつたのであります。
 この闇黒(あんこく)()(なか)(まじは)つて、(ただ)しきを(やしな)(まこと)(みち)()て、西(にし)九州(きうしう)()(おい)て、(ぜん)(かがみ)()して()られたのであります。丁度(ちやうど)今日(こんにち)闇黒(あんこく)無明(むみやう)()(なか)(おい)て、(じつ)(おそ)(おほ)(たとへ)でありますが、皇道(くわうだう)大本(おほもと)(まこと)(みち)()いて、この日本(につぽん)(こく)下津(したつ)岩根(いはね)(おい)て、皇国(くわうこく)発祥(はつしやう)時機(じき)()ちつつあるのと(おな)状態(じやうたい)であります。
 皇祖(くわうそ)皇考(くわうかう)(すなは)(かみ)(すなは)(ひじり)であつて、(よろこび)()み、(ひかり)(かさ)ねて、(おほ)くの年所(とし)()()られたのであります。(すなは)天照(あまてらす)(おほ)()(かみ)より皇孫(くわうそん)瓊々杵(ににぎの)(みこと)鵜葺草(うがや)(ふき)不合(あへずの)(みこと)まで(よろこび)()み、(ひかり)(かさ)ねて()られたので、神代(かみよ)(じつ)立派(りつぱ)(をさ)まり、天照(あまてらす)(おほ)()(かみ)()威徳(ゐとく)神武(じんむ)天皇(てんわう)まで(ひか)(かがや)いたのであります。
 お筆先(ふでさき)神代(かみよ)立派(りつぱ)()であつたと()()りますが、その(とほ)りであります。ところが(むかし)神代(かみよ)()(かは)()穴居(けつきよ)し、石器(せつき)時代(じだい)()て、今日(こんにち)(ひら)けたのでありますが、(しか)(なが)当時(たうじ)人民(じんみん)生活(せいくわつ)は、(じつ)安静(あんせい)平穏(へいをん)至清(しせい)至美(しび)(じつ)立派(りつぱ)()(なか)であつたことが()詔勅(せうちよく)()つて証明(しようめい)されるのであります。
 天孫(てんそん)瓊々杵(ににぎの)(みこと)が、この地球(ちきう)(じやう)降臨(かうりん)ましましてより、一百七十九万二千四百七拾()(さい)()()ります。日本(につぽん)歴史(れきし)では、神武(じんむ)天皇(てんわう)即位(そくゐ)紀元(きげん)二千五百八十何年(なんねん)と、いふことになつて()りますが、日本(につぽん)国体(こくたい)(ふる)くして、(たふと)きことを()るには、天孫(てんそん)瓊々杵(ににぎの)(みこと)()降臨(かうりん)から(かぞ)へて、一百七十九万二千何年(なんねん)とせねばなりませぬ。(じつ)()しいことをしたものです。
 『(しか)るを(とほ)(はるか)なるの(くに)(なほ)(いま)王沢(みうつくしび)(うるほ)はず、(つひ)(むら)(きみ)あり、(ふれ)(ひとこのかみ)あり、各自(おのもおのも)(さかひ)(わか)ちて、(もつ)(あひ)(しのぎ)(きしろ)ふ』
 しかしさういふ工合(ぐあひ)に、理想(りさう)(てき)()(なか)であつたけれども、(とほ)(はる)かなる()は、(いま)王化(わうくわ)(うるほ)はず(すなは)日本(につぽん)から(まを)せば海外(かいぐわい)(うるほ)はないのでありますが、(これ)日本(につぽん)国内(こくない)だけに(つい)(まを)すと、九州(きうしう)以外(いぐわい)中国(ちうごく)東海(とうかい)東山(とうさん)北陸(ほくりく)()()(くに)王化(わうくわ)(うるほ)はないで、(むら)(きみ)あり、(むら)(をさ)ありて、各自(かくじ)境界(きやうかい)(わか)つて、(たがひ)(あひ)凌轢(りやうれき)して()たのであります。今日(こんにち)から(まを)せば、(なん)でもない(こと)(やう)(おも)ひますが、(しか)学者(がくしや)学閥(がくばつ)(つく)り、学者(がくしや)同志(どうし)議論(ぎろん)(たたか)はして(たがひ)(あひ)(しの)ぎ、政治(せいぢ)()政治(せいぢ)()(また)(ばつ)(つく)り、政府(せいふ)(たう)在野(ざいや)(たう)(たがひ)(しのぎ)(けづ)り、軍人(ぐんじん)軍人(ぐんじん)(ばつ)(つく)り、所謂(いはゆる)(むら)(きみ)あり、(むら)(をさ)ありで、支那(しな)支那(しな)米国(べいこく)米国(べいこく)(かく)国々(くにぐに)主権(しゆけん)(しや)があつて、(みな)自分(じぶん)(くに)勝手(かつて)()いやうにと(かんが)へて()るのであります。丁度(ちやうど)二千五百八十六(ねん)(まへ)現状(げんじやう)は、今日(こんにち)世界(せかい)現状(げんじやう)によく()()るのであります。
 現代(げんだい)世界(せかい)列強(れつきやう)が、(おのおの)(たがひ)領土(りやうど)獲得(くわくとく)せむとし、領土(りやうど)(よく)のために(しのぎ)(けづ)有様(ありさま)は、古今(ここん)(あひ)(ひと)しいのである。これが古今(ここん)(つう)じて(あやま)らず、中外(ちうぐわい)(ほどこ)して(もと)らざる()神書(しんしよ)権威(けんゐ)ある所以(ゆゑん)で、何時(いつ)()()はして(かんが)へて()ても、神典(しんてん)記録(きろく)に、符合(ふがふ)するのは此処(ここ)であります。
 (およ)もの(きう)すれば(かなら)(つう)ずで、今日(こんにち)(ごと)き、天下(てんか)無道(ぶだう)状態(じやうたい)となつたのを救済(きうさい)するのは、(じつ)日本(につぽん)(こく)(はじ)めて(わが)日本(につぽん)(こく)天職(てんしよく)発揮(はつき)して、世界(せかい)修斎(しうさい)する時代(じだい)()たのであります。
 世界(せかい)(かく)国民(こくみん)世界(せかい)戦争(せんさう)非常(ひじやう)打撃(だげき)()け、(なん)千万といふ生霊(せいれい)()て、(なん)(おく)といふ(ざい)(なげう)つてその(くるし)みを()け、戦争(せんさう)惨苦(さんく)をよく()めて()るので、此上(このうへ)もう(たたか)()はなくて、()うかして、この地上(ちじやう)有力(いうりよく)なものが(あらは)れて(をさ)めてくれることを、各自(かくじ)期待(きたい)して()るのであります。今日(こんにち)(わが)日本(につぽん)では、外交(ぐわいかう)(じやう)状況(じやうきやう)(すべ)(うれ)へて()つて、(いま)国交(こくかう)破裂(はれつ)した場合(ばあひ)には、外国(ぐわいこく)から(すす)んで(いくさ)をしかけるやうに(おも)うてゐるが、(しか)外国(ぐわいこく)(じん)(はら)(なか)は、これまでの戦争(せんさう)()()てて、戦争(せんさう)といふものは(つま)らぬものであるといふ(こと)を、(こころ)から(さと)つて()るのであります。
 『抑又(はたまた)塩土翁(しほつちのおきな)()きしに、(いは)(ひむがし)美地(よきくに)あり、青山(あをやま)四方(よも)(めぐ)れり。()(なか)(また)(あめの)磐船(いはふね)()りて()()(もの)ありといひき。(われ)(おも)ふに、彼地(かのくに)は、(かなら)(まさ)()天業(あまつひつぎ)恢弘(ひろめの)べて、(あめ)(した)光宅(みちを)るに()りぬべし。(けだ)六合(くに)中心(もなか)()(その)(とび)()るといふものは、(おも)ふに()(にぎ)速日(はやひ)をいふ()(なん)()いて(みやこ)つくらざらむ』
 これは神武(じんむ)天皇(てんわう)()言葉(ことば)でありまして、(また)塩土翁(しほつちのおきな)東国(とうごく)によき(くに)ありて、青山(あをやま)四方(よも)(めぐ)り、(あめ)磐船(いはふね)云々(うんぬん)()いたと(あふ)せられたのでありますが、()塩土翁(しほつちのおきな)(ひこ)火々出見(ほほでみの)(みこと)綿津見(わたつみ)(みや)に、目無(めなし)堅間(かたま)(ふね)()案内(あんない)せられた(かみ)(おな)神様(かみさま)であります。
 (みづ)()ツチ()で、この地球(ちきう)意味(いみ)し、シホ()(めぐ)海水(かいすゐ)である。(すなは)塩土(しほつち)(おきな)()創造(さうざう)して、目無(めなし)堅間(かたま)(ふね)(つく)つた神様(かみさま)であります。(しほ)(すべ)てのものを(きよ)める(ちから)()つたもので祭典(まつり)にも塩水(えんすゐ)行事(ぎやうじ)(おこな)ひ、墓参(ぼさん)()(しほ)(きよ)めるのもこのわけで、(しほ)()(なか)洗濯(せんたく)する(ちから)がある。(なつ)(うを)腐敗(ふはい)(ふせ)ぐにも、この(しほ)(もち)ふる(ごと)く、(すべ)ての(もの)腐敗(ふはい)()める(ちから)()つて()るものであります。()(なか)がだんだん腐敗(くさ)りに腐敗(くさ)つて絶滅(ぜつめつ)せむとする有様(ありさま)になつて()たが、この(しほ)(けが)れを(きよ)め、腐敗(ふはい)()めるのであります。(また)(しほ)(あぢ)食物(しよくもつ)(なか)で、一番(いちばん)うまいもので、沢山(たくさん)()へば()()(くらゐ)に、ピリピリ(いた)して、マヅイものであるけれども、適度(てきど)(もち)ふれば、砂糖(さたう)よりもうまく、(また)食物(しよくもつ)(すべ)(しほ)がなければ(あぢ)はつくものではありませぬ。
 (つち)つぶらなるで、円満(ゑんまん)なる()といふ意味(いみ)である。万物(ばんぶつ)はこの地球(ちきう)(つち)より、天然(てんねん)(りよく)()うて、(おほ)きくなるのである。大便(だいべん)でも小便(せうべん)でも(つち)にかけると、(つち)(きた)なきものを吸収(きふしう)して(きよ)め、伊吹(いぶき)(はら)つて不浄(ふじやう)()くする、これが(つち)であります。
 塩土(しほつち)(おきな)(おきな)(きみ)といふ意味(いみ)であり、この(はね)両翼(りやうよく)といふことである。(すなは)(とり)(つばさ)がなくては()つことが出来(でき)ぬ。(また)(とり)(みたま)でありますから、(からす)(すずめ)杜鵑(ほととぎす)などといつて、(みな)言霊(ことたま)である。所謂(いはゆる)(すめら)御国(みくに)である。(すなは)両翼(りやうよく)必要(ひつえう)である。(おきな)大地(おきな)とも大名(おきな)とも(まを)して、()(てん)(ぞく)し、()()(ぞく)し、左右(さいう)大臣(だいじん)である。(すなは)高皇(たかみ)産霊(むすびの)(かみ)となり、(いづ)御魂(みたま)(みづ)御魂(みたま)になる。(おきな)(きみ)()(はたら)きを(たす)ける(ひと)である。(いま)高徳(かうとく)老人(らうじん)(しよう)して(おきな)といふ、この(おきな)(まこと)解釈(かいしやく)は、(くに)常立(とこたちの)(みこと)となるのであります。
 その(おきな)()はれるには、此処(ここ)より(ひがし)(はう)(うつく)しき(くに)があると、日向(ひうが)(くに)から()られたのでありますから、それは大和(やまと)(くに)になる。(この)大和(やまと)(くに)青山(あをやま)四方(しはう)(めぐ)つて、三(しゆ)神器(じんぎ)にたとへられた、大和(やまと)三山(さんざん)といふのがある。神武(じんむ)天皇(てんわう)はそれへ()()しになりました。四方(しはう)(やま)(めぐ)らす(くに)中心(ちうしん)で、(みやこ)(つく)(たま)ふに(てき)した大和(やまと)()()されたのであります。
 ()筆先(ふでさき)綾部(あやべ)()青山(あをやま)四方(よも)にめぐらしとありますが、(むかし)大和(やまと)で、(いま)国常立(くにとこたちの)(みこと)(あらは)れた聖地(せいち)とも(おも)はれます。これは我田(がでん)引水(いんすゐ)でもなければ、牽強(けんきやう)附会(ふくわい)でもない。()本文(ほんぶん)から(かんが)へて、その(とほ)りになります。其中(そのなか)(あめ)磐船(いはふね)()つて(とび)()りるものがある。(われ)(おも)ふに、彼地(かのくに)は、(かなら)天業(あまつひつぎ)恢弘(ひろめの)べて(あめ)(した)光宅(みちを)るにたる。これ六合(くに)中心(もなか)()とありますが、(これ)(くは)しく(まを)すと(また)綾部(あやべ)()()すやうになりますから、()めて()きます。
 (とび)(くだ)るものは、()饒速日(にぎはやひ)()(なん)()いて(みやこ)をつくらざるとの()本文(ほんぶん)がありますが、その(あめ)磐船(いはふね)といふのは、(いは)(くす)(ぶね)とか、飛行船(ひかうせん)とか、飛行機(ひかうき)(こと)にもなりますが、此処(ここ)では(うしとら)金神(こんじん)(をしへ)であります。(すなは)(いは)(くす)(ぶね)(ごと)(くだ)けない、(かた)(をしへ)といふことである。この(ふね)()つて中心(ちうしん)(とび)()りるといふので、(たか)(ところ)から(ひく)(ところ)へ、一足(いつそく)()びに()(おり)るといふ(こと)になる。これ饒速日(にぎはやひ)()といふニギは、賑々(にぎにぎ)しくとか、(いや)(さか)えに(さか)えるとかいふことで、()日輪(にちりん)()で、天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)()であります。(すなは)天津(あまつ)日嗣(ひつぎ)御子(みこ)(いま)(くに)が、(すみや)かに賑々(にぎにぎ)しく、(いや)(さか)えに(さか)()くやうにする神様(かみさま)が、(くだ)るといふことになります。その饒速日(にぎはやひ)(ところ)に、(みやこ)(つく)るのは如何(どう)であらうかと、神武(じんむ)天皇(てんわう)()(たづ)ねになつたのであります。
 『(もろもろ)皇子(みこたち)(こたへ)(まを)さく、(ことはり)(まこと)灼然(いやちこ)なり。我等(われら)(また)(つね)(もつ)(おもひ)()つ、(むべ)(すみや)かに(おこな)ひたまへ。是年(ことし)太歳(おほとし)甲寅(きのえとら)………』
 そこで皇子(みこ)(たち)は、(こた)へて(まを)さるるには、天皇(すめらみこと)()言葉(ことば)(まこと)道理(だうり)(かな)うたことで、(かがみ)(ごと)灼然(しやくぜん)(かがや)いて()ります。私達(わたくしたち)其処(そこ)(みやこ)(つく)(たま)はば、結構(けつこう)だと(つね)(おも)うて()りました。(すみやか)()進発(しんぱつ)あつて、(あめ)(した)(をさ)(たま)ひますやうにと(まを)されたのであります。
 この(とし)(すなは)甲寅(きのえとら)の十(ぐわつ)五日(いつか)で、大正(たいしやう)(ねん)の十(ぐわつ)五日(いつか)(あた)りまして、(いま)より二千五百八十六(ねん)(ぜん)のことでありますが、(じつ)古今(ここん)(つう)じて、(おな)(こと)()()るのは不思議(ふしぎ)であります。
 それから筑紫(つくし)吉備(きび)安芸(あき)浪速(なには)へゆかれます。瀬戸(せと)内海(ないかい)()進軍(しんぐん)模様(もやう)(りやく)して、浪速(なには)から(さき)()べます。道中(だうちう)()は、言霊(げんれい)(がく)(じやう)(ほん)(かう)(つい)ては()意義(いぎ)であり、(また)興味(きようみ)(すくな)いのであります。
 『皇師(みいくさ)(つひ)(ひむがし)()く、(とも)()(あひ)()げり。(まさ)難波(なには)(みさき)(いた)るときに、奔潮(はやきなみ)ありて、(はなは)(はや)きに()ひぬ。(よつ)()つて()づけて浪速(なみはやの)(くに)()す。……(かは)より(さか)(のぼ)りて、(ただ)河内(かはちの)(くに)草香(くさか)(むら)青空(あをくも)白肩(しらかた)()(いた)ります。………皇師(みいくさ)(つはもの)(ととの)へて、(かち)より龍田(たつた)(おもむ)く。(しか)して()(みち)()(さか)しく、(ひと)(なみ)()くを()ず、(すなは)(かへ)りて(さら)(ひむがし)のかた膽駒(いこま)(やま)()えて、中洲(うちつくに)()らむと(おぼ)す。(とき)長髄彦(ながすねひこ)()きて(いは)く、天神(あまつかみ)(みこ)(たち)(いで)ます所以(ゆゑ)は、(かなら)(まさ)に、()(くに)(うば)はむというて、(ことごと)(したが)へる(つはもの)(おこ)して、()()(かの)(さか)(さへぎ)りて、(とも)(あひ)(たたか)ふ。流矢(いたやぐし)ありて、五瀬命(いつせのみこと)肱脛(ひぢ)(あた)れり。皇師(みいくさ)(すす)(たたか)ふこと(あた)はず』
 これで(いま)大阪(おほさか)浪速(なには)といふのであります。浪速(なには)(わた)しを()白肩(しらかた)()に、(ふね)()められました。白肩(しらかた)(いま)ひらかた(まを)します。(むかし)枚方(ひらかた)まで(うみ)になつて()たのであります。此時(このとき)長髄彦(ながすねひこ)()(むか)(たたか)ひました。長髄彦(ながすねひこ)豪族(がうぞく)であつて、神武(じんむ)天皇(てんわう)神軍(しんぐん)(ふせ)ぎました。神武(じんむ)天皇(てんわう)()(ふせ)(たて)を、(ふね)から()()しになつて(ふせ)がしめられました。現代(げんだい)では長髄彦(ながすねひこ)といふのは、(おほ)地主(ぢぬし)とか、(だい)富豪(ふがう)といふことになる。手長彦(てながひこ)となる。警察(けいさつ)(まへ)(とほ)れぬ盗人(ぬすびと)になります。()(くに)印度(いんど)()るといふことは、(あし)()ばして()ると(おな)じで、世界(せかい)各国(かくこく)(あし)()ばして()(ぼつ)せぬ(くに)某国(ぼうこく)()うになつて()るのが長髄彦(ながすねひこ)である。(ちひ)さな長髄彦(ながすねひこ)(おほ)地主(ぢぬし)であつた。()()でとるか(あし)()るかの()があるだけであります。長髄彦(ながすねひこ)(あし)(もつ)土地(とち)蹂躙(じうりん)するので、手長彦(てながひこ)()(もつ)(もの)()るのであります。(すなは)()(てん)(ぞく)し、(あし)()(ぞく)する。(おほ)地主(ぢぬし)とか、各国(かくこく)土地(とち)占領(せんりやう)して()(くに)とかを、長髄彦(ながすねひこ)といふので、この長髄彦(ながすねひこ)皇軍(くわうぐん)()(むか)うた。今日(こんにち)()ふと、丁度(ちやうど)大和(やまと)一円(いちゑん)豪族(がうぞく)が、反抗(はんかう)したと(おな)有様(ありさま)であります。その皇軍(くわうぐん)長髄彦(ながすねひこ)(たたか)うた(とき)に、皇兄(くわうけい)五瀬命(いつせのみこと)が、流矢(ながれや)(あた)つて国替(くにがへ)をなされました。この五瀬命(いつせのみこと)厳兄(いつせ)で、皇兄(くわうけい)といふことになります。
 『天皇(てんわう)(うれ)ひたまふ、(すなは)(あやしき)(はかりごと)沖衿(みこころのうち)(さだ)めたまひて(のたまは)く、(いま)()れは()日神(ひのかみ)子孫(うみのこ)にして、()(むか)ひて(あだ)()つは、()(あめ)(みち)(さか)れり。退(しりぞ)(かへ)りて(よわ)きことを(しめ)して、(あまつかみ)(くにつかみ)(ゐやひ)(いは)ひて、(そびら)日神(ひのかみ)(みいきほひ)()ひたてまつり、(みかげ)(まま)(おそ)()まむに()かじ。(かく)()らば(すなは)(かつ)()()ぬらずして、(あだ)(かなら)(おのづか)らに(やぶ)れなむ。(みな)(いは)(しか)りと。於是(ここに)軍中(みいくさ)(のりご)ちて(のたまは)く、(しば)らく(とど)まれ、(また)(すす)みそ。(すなは)(いくさ)()いて(かへ)りたまふ。(あだ)(また)(あへ)()めまつらず。(しりぞ)いて(くさ)()(のつ)(いた)りて、(たて)()てて()(たけ)びを()す…………』
 そこで神武(じんむ)天皇(てんわう)は、(さら)(かみ)にうかがはれました。(すなは)直霊(なほひ)(かへり)(たま)ひて、(われ)はこれ()(かみ)御子(みこ)である。(しか)るに()(むか)つて(たたか)つたのが敗戦(はいせん)原因(げんいん)であらう。(すなは)西(にし)より(ひがし)(むか)ふのは、朝日(あさひ)(むか)ひ、太陽(たいやう)(むか)ふことになりますから、()(せな)()ふために、(みち)(てん)じて、紀伊(きい)(はう)から大和(やまと)()ることにされました。これを今日(こんにち)軍事(ぐんじ)から()へば、日本(につぽん)軍法(ぐんぱふ)は、中昔(ちうせき)のことは()りませぬが、明治(めいぢ)以後(いご)海外(かいぐわい)から(おそ)はつたもので、独逸(ドイツ)軍隊(ぐんたい)編制(へんせい)だとか、戦法(せんぱふ)だとか、()()各国(かくこく)から()つた、それを混同(こんどう)したもので、(すなは)各国(かくこく)戦法(せんぱふ)長所(ちやうしよ)採用(さいよう)したといふことになります。
 日本(につぽん)(いま)では八八(はちはち)艦隊(かんたい)出来(でき)かけたし、(また)陸軍(りくぐん)(おほ)くなりましたが、(しか)(たい)(もつ)(たい)(たい)するといふ(こと)になれば、吾々(われわれ)(ごと)(ちひ)さな人間(にんげん)と、常陸(ひたち)(やま)角力(すまふ)をとるやうなもので、(かなら)日本(につぽん)(やぶ)れるのであります。(いま)日本(につぽん)()一国(いつこく)(たたか)ふのにも、(かね)(うへ)(おい)て、武器(ぶき)(うへ)(おい)て、(また)兵員(へいゐん)とか、艦船(かんせん)とか飛行機(ひかうき)(など)(うへ)(おい)て、外国(ぐわいこく)(つね)常陸(ひたち)(やま)で、吾々(われわれ)日本(につぽん)といふ有様(ありさま)で、到底(たうてい)()つことは出来(でき)ない。(すなは)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)(はん)した、外国(ぐわいこく)戦法(せんぱふ)(もち)ひては、(やぶ)れるのでありますが、(しか)言霊(ことたま)(ちから)(もつ)()(せな)()うて(たたか)ふ、(すなは)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)(したが)つて(たたか)へば()つのであります。(じつ)神軍(しんぐん)兵法(へいはふ)は、()()()(なか)立派(りつぱ)に、各所(かくしよ)明記(めいき)されてありますが、今日(こんにち)はただ泰西(たいせい)真似(まね)をして()戦法(せんぱふ)であるから(やく)()たぬ。今度(こんど)()りに某国(ぼうこく)(たたか)ふといふ(とき)に、(いま)までのやうなやり(かた)をして()ては()てぬのであります。(いま)までの(あひだ)(おい)て、日清(につしん)戦争(せんさう)日露(にちろ)戦争(せんさう)()つことの出来(でき)たのは、(まつた)神明(しんめい)()加護(かご)(だい)(つぎ)には相手(あひて)(てき)(よわ)かつたからである。今後(こんご)戦争(せんさう)日露(にちろ)戦争(せんさう)などと(おな)じに()()つては(とて)()つことは出来(でき)ませぬ。以前(まへ)には日本(につぽん)(あなど)つて、日本(につぽん)指導(しだう)啓発(けいはつ)しようとした某国(ぼうこく)なども、今日(こんにち)では日本(につぽん)(あなど)れなくなつて、日本(につぽん)(たい)して万一(まんいち)(そな)へをして()有様(ありさま)であります。もし某国(ぼうこく)飛行機(ひかうき)が、今日(こんにち)人戸(じんこ)密集(みつしふ)都会(とくわい)(そら)()て、爆弾(ばくだん)を一つ(おと)しましても、五百(けん)四方(しはう)(たちま)()えるのであるから、四つ五つも(おと)されようものなら、一(ぺん)にやられてしまひます。それで(むか)ふの飛行機(ひかうき)此方(こちら)飛行機(ひかうき)(むか)ふの軍艦(ぐんかん)此方(こちら)軍艦(ぐんかん)(たたか)ふのでは、充分(じうぶん)勝利(しようり)(みと)められぬ。これは所謂(いはゆる)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)(はん)して、()(せな)()はず、()(むか)ふからであつて、皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)(どほ)りに、()(せな)()うて(たたか)へば、(すなは)皇祖(くわうそ)皇宗(くわうそう)()遺訓(ゐくん)たる神軍(しんぐん)兵法(へいはふ)()りてやれば、長髄彦(ながすねひこ)討伐(たうばつ)し、外国(ぐわいこく)()つことが出来(でき)るのであります。
 『(みいくさ)茅渟(ちぬ)山城(やましろ)水門(みなと)(また)()は、山井(やまのゐ)水門(みなと))に(いた)る。(とき)五瀬命(いつせのみこと)矢瘡(いたやぐしのきず)(いた)みますこと(はなはだ)し。(すなは)(つるぎ)手頭(たがみ)(とりしば)りて、雄誥(をたけび)したまひて、慨哉(うれたきかや)大丈夫(ますらを)にして、虜手(いやしきやつこ)被傷(てをおひ)て、(むく)いずして()みなむと()ふ。(とき)(ひと)()りて()(ところ)(なづ)けて、()水門(みなと)()ふ。(すす)んで紀伊(きいの)(くに)竈山(かまやま)(いた)りて、五瀬命(いつせのみこと)(いくさ)(かみさ)りましぬ。()りて竈山(かまやま)(をさ)めたてまつる。』
 白肩(しらかた)()から、(みなみ)(まは)らうとして()かれると、五瀬命(いつせのみこと)が、()負傷(いたで)()(あら)はれましたので、(いま)では茅渟(ちぬ)(うみ)(まを)します。それから紀州(きしう)()水門(みなと)(ふね)()かれますと、五瀬命(いつせのみこと)が、(いや)しき(やつこ)()()うて、(いま)此処(ここ)()ぬるかと()たけびなされて、残念(ざんねん)()(なが)()薨去(かくれ)になりました。それで(いま)()水門(みなと)(まを)します。五瀬命(いつせのみこと)御陵(みささぎ)()(くに)竈山(かまやま)にあります。
 そこで(かむ)日本(やまと)磐余(いはれ)(ひこの)(みこと)(すなは)神武(じんむ)天皇(てんわう)(まは)()でて、熊野(くまの)(うら)()でられました。その(とき)(おほ)きな(くま)()(また)(かく)れた。そこで(いま)熊野(くまの)というてをるが、この(くま)といふのは本当(ほんたう)(くま)ではなく、悪魔(あくま)といふ(こと)であります。この悪魔(あくま)は、言霊(げんれい)(がく)(じやう)()はぬことが(おほ)いのであつて、五大(ごだい)母音(ぼおん)は、(かく)れて()場合(ばあひ)沢山(たくさん)あります。(すなは)伊達(いだて)(ただ)ダテ()ひ、悪魔(あくま)クマ()ふのであります。この(だい)悪魔(あくま)(すなは)ち、四つ(あし)悪魔(あくま)()皇軍(みいくさ)(さへぎ)つた。()(なか)(すべ)霊界(れいかい)支配(しはい)して()りますから、(くま)一寸(ちよつと)()て、(また)(かく)れたといふのは、悪霊(あくれい)(かか)つたといふことであります。
 『(とき)(かみ)毒気(あしきき)()いて、人物(ひと)(ことごと)(をえ)ぬ。(これ)()りて、皇軍(みいくさ)()(おこ)ること(あた)はず』
 この悪霊(あくれい)のために(かむ)日本(やまと)磐余(いはれ)(ひこの)(みこと)は、身体(からだ)がフニヤフニヤになつて一歩(いつぽ)(すす)めず、(たふ)れてしまはれました。(あと)()となれ(やま)となれ、(いくさ)などは、どうでもよい、それよりも()たいと()つて、(さら)(たたか)勇気(ゆうき)なく平太(へた)つて(しま)ひました。日清(につしん)日露(にちろ)(たたかひ)に、(もろ)くも(てき)()けたのは、(れい)(れい)との(たたかひ)で、(れい)(むか)ふへ(うつ)りて()げさしたのであります。(また)此方(こちら)(かみ)がかかつて、生命(いのち)(かま)はず(すす)むから(てき)()かすことが出来(でき)るので、所謂(いはゆる)()()()うて(たたか)へば、鉄砲(てつぱう)(だま)(あた)らぬのであります。
 『(とき)に、彼処(そこ)(ひと)()り、()熊野(くまぬ)高倉下(たかくらじ)()ふ。(たちま)ちに()(ゆめ)みらく、天照(あまてらす)大神(おほかみ)武甕雷(たけみかづちの)(かみ)()ひて()りたまはく、()葦原(あしはらの)中国(なかつくに)は、(なほ)聞喧擾之響焉(さやげり)汝更(いましまた)()いて()て。武甕雷(たけみかづちの)(かみ)(こた)へて(まを)しき、(やつがれ)()からずて、(やつこ)(くに)(むけ)()(つるぎ)(くだ)さば、(すなは)(くに)(おのづか)らに(むけ)(なむ)天照(あまてらす)大神(おほかみ)()りたまはく、(うめなり)(とき)武甕雷(たけみかづちの)(かみ)(すなは)高倉下(たかくらじ)()うて(いは)く、()(つるぎ)()韴霊(ふつのみたま)()ふ。(いま)(まさ)(いまし)庫裏(くらのうら)()()りて()れを天孫(すめみまのみこと)(たてまつ)れ。高倉下(たかくらじ)唯々(おお)(まを)すと()()めぬ。(あくる)(あした)(ゆめ)(なか)(をしへ)()りて(くら)()けて()れば、(はた)して()ちたる(つるぎ)()り。(さかしま)(くら)底板(しきいた)()てり。(すなは)()りて進之(たてまつる)(とき)に、天皇(すめらみこと)()(みね)ませり。忽然(たちまち)にして()めて()りたまはく、(あれ)(なん)若此(かく)長眠(ながい)しつるや。(つづ)いて(あしきき)(あた)りし士卒(いくさのひとども)(ことごと)(また)醒起(おき)ぬ』
 この(とき)高倉下(たかくらじ)といふ(ひと)があつて、一つの神剣(しんけん)()つて()て、天皇(てんわう)(たてまつ)つた。すると玉体(ぎよくたい)も、しやんとせられ、(すべ)ての軍隊(ぐんたい)もしやんとして()た。勇気(ゆうき)平常(へいぜい)に百(ばい)して()た、そこで高倉下(たかくらじ)(むか)つて如何(どう)してこの霊剣(れいけん)()たかと()はれますと、(こた)へて()ふのに、(わたくし)天照(あまてらす)大神(おほかみ)高木(たかぎの)(かみ)天上(てんじやう)で、武甕雷(たけみかづちの)(かみ)()()()せになりましたのを(ゆめ)()ました。さうして天照(あまてらす)大神(おほかみ)(さま)が、(とよ)葦原(あしはら)中津(なかつ)(くに)はいたくさやぎてをる、(すなは)(だい)戦争(せんさう)をやつてをる。(あが)子孫(すめみま)皇軍(くわうぐん)は、(さだ)めて(こま)つて()るであらう。葦原(あしはら)中津(なかつ)(くに)は、(いまし)(もつぱ)(こと)()けつる(くに)であるから、(ふたた)(くだ)つて平定(へいてい)せよと(あふ)せられました。そこで武甕雷(たけみかづちの)(かみ)が、()はるるには、(やつがれ)中津(なかつ)(くに)(くだ)らなくとも、(こと)()けして平定(へいてい)した(つるぎ)がありますから、その(つるぎ)(くだ)しませうと(まを)されました。()(つるぎ)平国(くにむけ)(つるぎ)(また)()をみかふつの(かみ)(また)ふつの御魂(みたま)(まを)しますが、これは石上(いそのかみ)神宮(じんぐう)(まつ)つてあります。(これ)(やつがれ)(かは)りに、中津(なかつ)(くに)(くだ)しますと(まを)されて、(てん)から()(くだ)しになつた。この(つるぎ)には武甕雷(たけみかづちの)(かみ)(れい)(くは)はつて()ります。(すなは)天照(あまてらす)大神(おほかみ)高木(たかぎの)(かみ)から(さづ)けられた(とき)に、鎮魂(ちんこん)出来(でき)てをるのであります。これは天孫(てんそん)降臨(かうりん)(とき)大国主(おほくにぬしの)(みこと)経津主(ふつぬしの)(かみ)が、国土(こくど)返上(へんじやう)をせられて中津(なかつ)(くに)平定(へいてい)せられたその(とき)に、天照(あまてらす)大神(おほかみ)神霊(しんれい)宿(やど)つた(つるぎ)でありますから、その(つるぎ)(くだ)してやれば、皇軍(くわうぐん)()つことが出来(でき)ますと()うて、(てん)から()(くだ)しになりました。如何(どう)して()(くだ)しになつたかと(まを)しますと、高倉下(たかくらじ)(くら)(むね)穿(うが)つて、その(あな)から(おと)されたのであります。武甕雷(たけみかづちの)(かみ)が、高倉下(たかくらじ)(まを)されるのには、(くら)(むね)(あな)穿(うが)つて神剣(しんけん)(くだ)して()いたから、明朝(みやうてう)(はや)()きて、(これ)()御子(みこ)(たてまつ)れと(まを)されました(ゆめ)()たのであります。そこで高倉下(たかくらじ)(ゆめ)(をそ)はつたやうに、翌朝(よくてう)(はや)()きて(くら)()けると、(ゆめ)()(とほ)一本(いつぽん)(つるぎ)があつたのであります。その(つるぎ)()りて神武(じんむ)天皇(てんわう)(たてまつ)つたのであります。何故(なぜ)この熊野(くまぬ)高倉下(たかくらじ)(つるぎ)(わた)されたか、結構(けつこう)御用(ごよう)をさせられたかと(まを)すに、高倉(たかくら)(たか)()(くら)であります。高倉下(たかくらじ)(いま)では、この土地(とち)住民(ぢゆうみん)になつてをるが、(もと)天照(あまてらす)大神(おほかみ)(さま)から(わか)れた神様(かみさま)()で、天孫(てんそん)(さき)()つて(あま)(くだ)つてゐられたのであります。(たか)()(くら)から(くだ)つたから高倉下(たかくらじ)である。これは霊界(れいかい)因縁(いんねん)であつて、()筆先(ふでさき)にも、(すべ)神様(かみさま)御用(ごよう)は、因縁(いんねん)霊魂(みたま)でなくては出来(でき)ぬ、と(しめ)されて()るのと同様(どうやう)であります。明治(めいぢ)二十五(ねん)開祖(かいそ)()(ちが)ひとして、座敷(ざしき)(らう)()()まれなされた(とき)に、矢張(やは)高倉下(たかくらじ)(おな)じやうに、七(すん)()(つるぎ)(ゆめ)()せられて、この(つるぎ)(もつ)世界(せかい)洗濯(せんたく)せよ(あら)ぶる邪神(じやしん)掃蕩(さうたう)せよと(あふ)せられ、膝下(しつか)()いてあつたというて、(いま)()大本(おほもと)神宝(しんぱふ)となつてをりますが、(じつ)歴史(れきし)()(かへ)すと()はるるやうに、(くり)(かへ)(くり)(かへ)(おな)(こと)()()るのが()()()であります。開祖(かいそ)何時(いつ)(たてまつ)られるのか()りませぬが、高倉下(たかくらじ)(おな)御用(ごよう)()されて()らるるのであるまいかと(おも)ふのであります。
 『(すで)皇師(みいくさ)中洲(うちつくに)(おもむ)かむと(おもほ)す。(しか)(やま)(なか)(さか)(しく)して、(また)()くべき(みち)()し。(すなは)(しじ)(まひ)て、(ふみ)(ゆか)(ところ)()らず。(とき)()(ゆめ)みたまはく、天照(あまてらす)大神(おほかみ)天皇(すめらみこと)(をし)へまつりて()りたまはく、(あれ)(いま)頭八咫(やあた)(からす)(つか)はさむ。()向導者(くにのみちびき)()たまへと。(はた)して頭八咫(やあた)(からす)()り。大空(おほぞら)より(とび)(くだ)る。天皇(すめらみこと)()りたまはく、()(からす)()ること、(おのづか)らに(よき)(ゆめ)(かな)へり。(よい)(かな)赫矣(さかりなるかな)。…………』
 それで一時(いちじ)この神剣(しんけん)(とく)によつて、軍隊(ぐんたい)元気(げんき)がついて()て、昇天(しようてん)(いきほひ)になつて()た。しかし高木(たかぎの)(かみ)()命令(めいれい)によれば、これから(おく)には(はい)つてはならぬ。(いま)(つるぎ)(とく)()つて元気(げんき)づいて()(すす)まうとするのを、(いきほひ)にまかせて(すす)めては(あぶ)ない。(いま)八咫(やあた)(からす)(つか)はして皇軍(くわうぐん)(みちび)かしめるから、その(あと)から()けばよい。さうすると皇軍(くわうぐん)勝利(しようり)となる、と(あふ)せられたのであります。
 この八咫(やあた)(からす)には(おほい)意味(いみ)があるので、(かがみ)(おな)意味(いみ)(すなは)八咫(やあた)(かがみ)(おな)(こと)になります。(ただ)しく()へばヤタガラスでなくして、ヤアタガラスである。(ぜん)(まを)しました(とほ)り、言霊(げんれい)(じやう)(だい)母音(ぼおん)(かく)れるのであります。(すなは)ちこの八咫(やあた)(からす)(てん)から(くだ)つたもので、四方(しはう)(ぱう)(あきら)かにするといふのであります。この(かがや)くであり、(めぐ)るであり、(すべ)るである。三千(ねん)(かん)()()ちて、世界(せかい)隅々(すみずみ)までも調(しら)べられたといふことが神諭(しんゆ)()てをりますが、これがヤアタ調(しら)べられたといふ(こと)なので、三千世界(せかい)一度(いちど)(ひら)(うめ)(はな)であり、天運(てんうん)循環(じゆんくわん)であり、(すべ)るで世界(せかい)統一(とういつ)(をしへ)であります。ヤアタガラスをかためて(まを)せば、国常立尊(くにとこたちのみこと)(さま)世界(せかい)(をさ)(あそ)ばす(をしへ)といふことになる。神様(かみさま)(をしへ)八咫(やあた)(からす)である。元気(げんき)がついても軽々(かるがる)しく(すす)むな、(かみ)(をしへ)(したが)へと高木(たかぎの)(かみ)()はれたのであります。
 『(やま)()み、啓行(みちをひら)きて、(すなは)(からす)所向(むかひ)(まにまに)(あふ)()()ひ、(つひ)兎田(うだ)下縣(しもつこほり)到達(とほりいた)る。()りて()所至(いたり)(ところ)(なづ)けて、兎田穿邑(うだうけちのむら)()ふ。…………天皇(すめらみこと)兄猾(えうかし)(およ)弟猾(おとうかし)()さしむ。()(ふたり)(ひと)兎田(うだの)(こほり)魁帥(ひとこのかみ)なり。(とき)兄猾(えうかし)不来(まゐこず)弟猾(おとうかし)(すなは)(まゐ)()り。()りて軍門(みかど)(をが)みて、告之(まを)して(まを)さく、(やつがれ)(あに)兄猾(えうかし)(さか)さまなるわざを()(さま)は、天孫(すめみま)且到(いたりまさむ)とすと(うけたまは)りて、(すなは)(つはもの)(おこ)して(おそ)ひたてまつらむとす。皇師(みいくさ)(いきほひ)望見(みる)に、()(あた)るまじきを()ぢて、(すなは)(ひそか)()(つはもの)(かく)して、()りに新宮(にひみや)(つく)りて、殿(みあらか)(うち)(おし)()きて、()りて(みあへ)(たてまつ)らむとまをして、(まち)(とらむ)(おぼ)(ねが)はくばこの(いつはり)()ろしめして、善為(そなへ)之備(たまへ)
 それから皇軍(くわうぐん)(やま)()穿(うが)ちて、大和(やまと)兎田(うだ)()()かれました。これは(いま)でも(のこ)つてをつて、宇陀(うだ)(ごほり)といふ(ぐん)もあります。ここへ()られると、兄猾(えうかし)弟猾(おとうかし)といふものがをる。一(たい)このウカシ(あま)りよいものの()ではない。迂散(うさん)(やつ)といふ意味(いみ)であります。(まこと)(うしな)つたもので、(よわ)いものを(しひた)げて、自分(じぶん)勝手(かつて)のことばかりをするもので、ぼかしとか、(ばか)しとか()うて、(とぼ)けて悪事(あくじ)をなすものであつて非常(ひじやう)権力(けんりよく)()つてをるものであります。
 そこに八咫(やあた)(からす)()(つか)はしになつて、天津(あまつ)(かみ)神勅(しんちよく)(つた)へさせ、(なんじ)()帰順(きじゆん)するか、天孫(てんそん)降伏(かうふく)するか()うかと()はれました。すると兄猾(えうかし)(なり)(かぶら)(おほ)きな()()(かへ)して使(つかひ)(ひと)()(ころ)して(しま)つた。(なり)(かぶら)()(さき)(あな)があつて、()()りつつ()くもので、それで()()()(かへ)すから、(すす)むことが出来(でき)ずに、使(つかひ)のものも(かへ)つて()たのであります。其処(そこ)(いま)では鏑崎(かぶらざき)()()けてをります。そこで兄猾(えうかし)皇軍(くわうぐん)()たむとして軍兵(ぐんぺよう)(あつ)めたけれども、軍隊(ぐんたい)(あつ)まらぬ。それは(れい)作用(さよう)であつた。皇軍(くわうぐん)には神剣(しんけん)八咫(やあた)(からす)()守護(しゆご)がありますから、兄猾(えうかし)一生(いつしやう)懸命(けんめい)になつて、部下(ぶか)(へい)募集(ぼしふ)しても、神剣(しんけん)威徳(ゐとく)(おそ)れて、一人(ひとり)()つて()ぬのであります。そこで()むを()降参(かうさん)したというて、(じつ)(いつは)りの降伏(かうふく)であります。(には)かに(おほ)きな御殿(ごてん)(つく)つて、(はづみ)(すなは)(つり)天井(てんじやう)のやうなものを()()けて、()馳走(ちそう)をして()御子(みこ)(なか)(はい)られようとさるる(とき)(うへ)から(うす)()たやうなものを(おと)して、生命(いのち)()らうと(はか)つたのであります。
 その(とき)弟猾(おとうかし)(ただ)しき(かみ)(かか)つてしまはれたから、弟猾(おとうかし)(やつ)、じつとしてをる(こと)出来(でき)ずに、到頭(たうとう)(あに)計略(けいりやく)を、悉皆(しつかい)()御子(みこ)()(まゐ)らせて(しま)つたのであります。
 弟猾(おとうかし)が、天皇(てんわう)(ところ)()()ふのには、(あに)兄猾(えうかし)が、天孫(てんそん)(むか)()たむとして、(へい)(あつ)めて()たけれども、()ういふものか今度(こんど)却々(なかなか)(あつ)まつて()ませぬ。そこで(はかりごと)(まう)けて、(おほ)きな御殿(ごてん)(つく)り、(じつ)降伏(かうふく)()せかけて、()馳走(ちそう)(たてまつ)り、()御子(みこ)をそれへ招待(せうたい)し、()御子(みこ)(はい)られようとする(とき)(はづみ)(もつ)()生命(いのち)()らうとしてをります。それで此所(ここ)参向(さんかう)(いた)して、事情(じじやう)密告(みつこく)しますと()つたのであります。これは二人(ふたり)兄弟(きやうだい)が、一生(いつしやう)懸命(けんめい)(あく)(はたら)いてをつたのであるけれども、その悪人(あくにん)(には)かに善人(ぜんにん)になつたのは、(まつた)神様(かみさま)御魂(みたま)()()へられたからで、(すなは)(かみ)から()ういふ工合(ぐあひ)にして人間(にんげん)使(つか)はれて()るのであります。
 『天皇(すめらみこと)(すなは)道臣(みちのおみの)(みこと)(つかは)して、()(さか)ふる(かたち)()せたまふ。(とき)道臣(みちのおみの)(みこと)(つまびら)かに賊害(あだな)(こころ)あることを(さと)りて、(おほ)いに(いか)りて、(たけ)(ころ)びて(いは)く、(いやし)(やつこ)(つく)れる()には、(おれ)(みづか)(いりゐ)よといふ。()りて(つるぎ)のたがみ(とりしば)り、(ゆみ)()きまかなひて、()めて(おひ)()れしむ。兄猾(えうかし)(つみ)(きみ)()たれば(こと)(いなぶ)(ところ)()し。(すなは)(おの)(はづみ)()みて(おそ)はれ()にぬ。(とき)()(かばね)()きいだして()る。…………弟猾(おとうかし)(おほ)いに(しし)(ざけ)(まう)けて、()ちて皇師(みいくさ)()(あへ)す焉。天皇(すめらみこと)()(さけ)(しし)()ちて、軍卒(いくさびとども)班賜(あた)ふ。(すなは)御謡(みうたよみ)して(のりたまは)く、……』
 そこで天皇(てんわう)道臣(みちのおみの)(みこと)(すなは)(おほ)久米(くめ)大将(たいしやう)(いま)司令(しれい)長官(ちやうくわん)のやうなものと、大伴(おほとも)(すなは)(いま)侍従(じじう)武官(ぶくわん)(ちやう)のやうなものと、二人(ふたり)()(つか)はしになつて、その(はう)(いつは)りてをる、その()()はぬ。それが(うそ)であつたら、(なんぢ)()御殿(ごてん)(はい)れと()つて、二人(ふたり)(かたな)(つか)(にぎ)り、鯉口(こひぐち)くつろけてぢりぢりと、双方(さうはう)から(せま)つたので、()むを()自分(じぶん)(はい)りますと、自分(じぶん)(つく)つた(はづみ)()()けられて()んだのであります。弟猾(おとうかし)(はう)は、(おほい)(まこと)(つく)()(あへ)(たてまつ)り、皇軍(くわうぐん)慰労(ねぎら)うたのであります。
 その天皇(てんわう)(おん)(うた)に、
 『兎田(うだ)高城(たかき)に、(しぎ)(わな)()る、(わが)()つや、(しぎ)(さや)らず、いすくはし、(くじら)(さや)り、前妻(こなみ)が、魚乞(なこ)はさば、(たち)柧稜(そば)の、()(すなけ)くを、()きし()()ね、後妻(うはなり)が、魚乞(なこ)はさば、いちさかき、()(おほ)けくを、こきだ()()ね』
 これはつまり、兄猾(えうかし)自分(じぶん)を、(はづみ)にかけようとしたが、自分(じぶん)がかかつて()んで(しま)つた。これは天罰(てんばつ)であると、(おほい)軍隊(ぐんたい)(いさ)んで()(とき)()(うた)であります。
 『(この)(のち)に、天皇(すめらみこと)吉野(よしの)(ところ)(みそなは)さむと(おぼ)して、(すなは)兎田(うだの)穿邑(うけちのむら)より、(みみづか)(いささけき)(つはもの)(ひき)ゐて(めぐり)幸焉(いでます)吉野(よしの)(いた)り…………』
 それから八咫(やあた)(からす)(あと)から()いて()くと、吉野(よしの)(がは)(しも)()られた。神様(かみさま)(をしへ)(したが)つて()けば、易々(やすやす)とよい(みち)()られたのであります。この吉野(よしの)(がは)言霊(ことたま)から解釈(かいしやく)いたしますと、(じつ)(うる)はしい、水晶(すゐしやう)()(なか)といふことになり、(かみ)御徳(みいづ)が、国内(こくない)(うるほ)(あふ)れてをるといふことであります。この(かは)(かは)るといふことで、()(なか)(きよ)め、すべての(もの)(うる)はしく、()へるといふことになります。其処(そこ)()かれますと、漁師(れふし)がをつて、吉野(よしの)(がは)(うを)()つて、天皇(てんわう)(たてまつ)つた。所謂(いはゆる)今日(こんにち)()へば、皇軍(くわうぐん)慰労(ねぎら)つたのであります。この(うを)()(まを)します。サカナ(すなは)()ひまして、この()(たてまつ)るといふことは、天皇(てんわう)御名(みな)が、世界(せかい)(かがや)くといふ意味(いみ)(いは)うたのであります。()()()(とき)に、(たひ)(こひ)(いは)ふのと(おな)(こと)で、(すなは)(いは)うて(うを)献上(けんじやう)したのであります。
 『(とき)に、(ひと)()りて、()(なか)より()でたり。(ひか)りて()もあり。天皇(すめらみこと)()うて()りたまはく、(いまし)何人(なにびと)ぞ。(こた)へて(いは)く、(やつがれ)()(くにつ)(かみ)なり。()()(ひかり)()ふ。()(すなは)吉野(よしの)首部(おひとら)(はじめ)(おや)なり』
 それからどんどん八咫(やあた)(からす)()いて(すす)んで()くと、()()(ひと)()()たといふ(こと)(しる)されてある。この(からす)今日(こんにち)では(かみ)(をしへ)で、高倉下(たかくらじ)八咫(やあた)(からす)御用(ごよう)(つか)へたのであります。そこに(ゐど)(なか)から、()のある(ひと)()()て、(ゐど)(ひか)つて()たから、()(ひかり)(とな)へたとあります。
 人類(じんるゐ)学者(がくしや)(せつ)によると、丁度(ちやうど)()時代(じだい)には、()のある(ひと)()んでをつたとも()ひ、(また)人間(にんげん)元祖(ぐわんそ)()(なが)(ざる)などと(まを)します。(あたま)があれば()がある(とほ)り、()があるといふことは、沢山(たくさん)部下(ぶか)()れて()(ひと)といふ意味(いみ)で、(すなは)神武(じんむ)天皇(てんわう)(たす)ける()めに()()土地(とち)名望(めいばう)()といふことであります。その()(ひかり)(まを)井戸(ゐど)は、(いま)(やう)(いし)(たた)んで(みづ)()井戸(ゐど)でなくして、非常(ひじやう)(うる)はしい(ところ)から()()たといふ意味(いみ)で、(すなは)(やま)四辺(しへん)にめぐらし、(かは)(まへ)にして井戸(ゐど)(がた)(ところ)(おほ)きな(いへ)()てて()んでをる、其処(そこ)から()()たといふ(こと)であります。(また)()(ひかり)といふのは、()(ひと)(とく)が、土地(とち)一面(いちめん)(かがや)名望(めいばう)()であるから、(ひと)がそれを()()(ひかり)()うたのである。これは吉野(よしの)(おひと)始祖(しそ)であります。(むかし)(おひと)(あたへ)宿禰(すくね)大臣(おほおみ)(など)がありまして、今日(こんにち)でいへば(おひと)()(ひかり)郡長(ぐんちやう)(ごと)きものであります。それですから(けもの)(ごと)く、()があつたのではないことはこれでも(わか)ります。
 『(また)(すこ)()くときに、(また)()()りて、磐石(いは)(おしひら)きて()づる(もの)あり。天皇(すめらみこと)()ひて()りたまはく、(いまし)何人(なにびと)ぞ。(こた)へて(いは)く、(やつがれ)()磐排別(いはおしわく)()()なり。()(すなは)吉野(よしの)()()()(はじめ)(おや)なり…』
 それから吉野(よしの)()けて()かれると、(また)()()るに()()はれました。この(ひと)(いは)(おし)()けて、()()たと()いてあります。その()磐排別(いはおしわけ)で、一方(いつぱう)井戸(ゐど)から()()たのでありますが、井戸(ゐど)(ひく)(ところ)にある意義(いぎ)である。(すなは)(これ)(まへ)()()(ひと)よりも、一つ(えら)(ひと)といふ(こと)であります。これは岩山(いはやま)(ところ)()る、要害(えうがい)堅固(けんご)なる岩戸(いはと)(おし)()けて、(しん)()(れい)(つく)(たてまつ)つたのであつて、つまり岩戸(いはと)といふ意義(いぎ)は、蚊帳(かや)でも()りて、その(なか)(うへ)(ひと)がをれば、(すなは)蚊帳(かや)一重(ひとへ)岩戸(いはと)(あた)るのであつて、(あま)岩戸(いはと)(しま)つたと(おな)意義(いぎ)になるのであります。(すなは)非常(ひじやう)(たふと)(ひと)があるから、普通(ふつう)(ひと)()ふことが出来(でき)ない。この高貴(かうき)(ひと)天孫(てんそん)(たい)して、臣礼(しんれい)(つく)されたのであります。所謂(いはゆる)磐排別(いはおしわけ)といふのは、(いま)(まで)貴族(きぞく)主義(しゆぎ)()てて、平民(へいみん)主義(しゆぎ)になつたといふことになります。たとへて()へば、(わたくし)(いま)まで(みだ)りに()るものではなかつたが、貴人(きじん)(とほ)られるので、()()たといふことであります。()れを()ても、(いは)から()()たものでは()いといふことが、よく(わか)るのであります。これが吉野(よしの)国造(くにつこ)の一の先祖(せんぞ)で、出雲(いづも)(くに)千家(せんけ)尊福(そんぷく)さんの(いへ)も、随分(ずゐぶん)(ふる)いもので、矢張(やは)出雲(いづも)国造(くにつこ)となつてをるやうなものであります。
 以上(いじやう)神武(じんむ)天皇(てんわう)()東征(とうせい)一節(いつせつ)説明(せつめい)したのでありますが、(これ)同様(どうやう)今日(こんにち)(およ)今後(こんご)軍隊(ぐんたい)も、()(かみ)(をしへ)(せな)()ひ、造次(ざうじ)にも顛沛(てんぱい)にも神様(かみさま)(こと)(わす)れず、(かしら)(かみ)(いただ)いて一切(いつさい)(たたか)はねばなりませぬ。(たたかひ)()うても思想(しさう)(じやう)(たたかひ)もあれば砲戦(はうせん)もあり、其他(そのた)種々(しゆじゆ)(たたかひ)がありますが、(えう)するに神様(かみさま)(かしら)(いただ)いて(たたか)へば、如何(いか)なる災禍(さいくわ)にもかからず、禍害(くわがい)()(こと)出来(でき)るといふ(をしへ)になるのであります。
 (いま)()講演(かうえん)(をは)るに(のぞ)み、()筆先(ふでさき)一節(いつせつ)捧読(ほうどく)(いた)します。
 『大日本神(おほくに)国経綸万(とこたち)古不動の神(のみこと)言霊、天壌(おほ)無窮()之皇()発揮()火水(かみ)(あらは)れて、三千世界(せかい)修理(たてかへ)固成(たてなほし)(いた)すぞよ。日本(にほん)(かみ)(くに)でありながら、(いま)人民(じんみん)(こころ)薩張(さつぱ)(けもの)(おな)(こと)であるぞよ。外国(ぐわいこく)から(わた)つて()(くだ)らぬ(がく)累惑(ばか)されて、(しり)()までも()()かれて()(なが)ら、()外国(ぐわいこく)()(かた)真似(まね)(ばか)りいたして、(なに)()自由(じゆう)(いた)されて()るが、もはや(てん)からの時節(じせつ)がまはりて()たから、何時(いつ)までも()んな()(ぐる)しい()(かた)は、さしては(かみ)()かぬぞよ。国会(こくくわい)(びら)きは人民(じんみん)何時(いつ)までかかりたとて真正(まこと)国家(よの)経綸(もちかた)()(いた)さぬぞよ。(かみ)(おもて)(あら)はれて(ひら)いて()せようぞよ。(くに)(くに)()()ひ、役人(やくにん)(やく)()()ひ、人民(じんみん)吾身(わがみ)さへ都合(つがふ)()けりやよいと(まを)し、金銀(きんぎん)さへ()ちて()りたら、(ひと)(あたま)()げると(まを)し、(よく)ばかりに(こころ)(いた)め、金銀(きん)(こと)()けたら、(おや)兄弟(きやうだい)とでも訴訟(くじ)をいたすといふやうな(あく)(はびこ)りた暗黒無道(くらがり)()(なか)であるぞよ。(これ)では()()万劫(まんがふ)末代(まつだい)(つづ)きはいたさんぞよ。(いま)日本(にほん)人民(じんみん)一人(いちにん)(まこと)神国(しんこく)行動(おこなひ)はいたして()らぬぞよ。(かみ)から()れば、(おに)大蛇(おろち)の四つ(あし)()(なか)()けて()るぞよ。(だい)()逆様(さかさま)()であるぞよ。()()本様(ほんざま)大正革新(たてなほ)して、天下(てんか)泰平(たいへい)()(なら)して、世界(せかい)(ぢう)人民(じんみん)安心(あんしん)させるぞよ。日本(にほん)神国(しんこく)ぢやと口先(くちさき)では(まを)して()るが、神国(しんこく)由来(わけ)()りた人民(じんみん)(まこと)(すく)ないぞよ。(これ)までは暗黒(くらがり)()でありたから、(わか)らぬのも無理(むり)はないが、()(さき)()()守護(しゆご)となるから、(なに)()一度(いちど)()()けて、ソコら(あた)りが(ひか)(わた)りて、今迄(いままで)人民(じんみん)(おも)うて()りた(こと)が、(おほ)()(ちがひ)でありたといふことが(わか)りて()て、(はづ)かしき人民(じんみん)沢山(たつぴつ)出来(でき)るぞよ、一度(いちど)(ひら)(うめ)(はな)(まを)して()らしてあるぞよ』
(大正九・一〇・四 五六七殿講演筆記 九・一〇・二一号神霊界)
文芸社文庫『あらすじで読む霊界物語』絶賛発売中!
オニド関連サイト最新更新情報
10/22【霊界物語ネット】王仁文庫 第六篇 たまの礎(裏の神諭)』をテキスト化しました。
5/8【霊界物語ネット】霊界物語ネットに出口王仁三郎の第六歌集『霧の海』を掲載しました。
このページに誤字・脱字や表示乱れなどを見つけたら教えて下さい。
返信が必要な場合はメールでお送り下さい。【メールアドレス
合言葉「みろく」を入力して下さい→  
霊界物語ネットは飯塚弘明が運営しています。【メールアドレス】 / 動作に不具合や誤字脱字等を発見されましたら是非お知らせ下さるようお願い申し上げます。 / 本サイトに掲載されている霊界物語等の著作物の電子データは飯塚弘明ほか、多数の方々の協力によって作られました。(スペシャルサンクス) / 本サイトの著作権(デザイン、プログラム、凡例等)は飯塚弘明にあります。出口王仁三郎の著作物(霊界物語等)の著作権は保護期間が過ぎていますのでご自由にお使いいただいて構いません。ただし一部分を引用するのではなく、本サイト掲載の大部分を利用して電子書籍等に転用する場合には、必ず出典と連絡先を記して下さい。→「本サイト掲載文献の利用について」 / 出口王仁三郎の著作物は明治~昭和初期に書かれたものです。現代においては差別的と見なされる言葉や表現もありますが、当時の時代背景を鑑みてそのままにしてあります。 / プライバシーポリシー
(C) 2007-2024 Iizuka Hiroaki