昔から鯉は河の竜、鯨は海の竜、馬は陸の竜といひ伝へてゐて、竜の修業中の一変化である。紙で目隠しをして生きた儘をお供へした鯉は決して後で食ふべきものではない。これは鄭重にしてどこかへ放してやるへきである。死んで暫らく経つたのは、酢か梅酢かを飲ましてやれば大抵は生返るものだ。藁苞などに入れた時でも、注意して縦に下げて鼻を打たぬやうにさへすれば、廿五時間は大丈夫生きてゐるものだ。鯉の種類は数百種あつて、其中でも真鯉……所謂瀧登りをしたりするのはこれである……は鱗が三十三枚あつて、現在我国には滅多に見当らない。大本の金竜海にも僅か一尾居る丈である。兎に角鯉は出世魚であるから、無暗に殺生して食膳に上すべきものではあるまい。