霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第九章 司令(しれい)公館(こうくわん)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 特別篇 山河草木 入蒙記 篇:第2篇 奉天より洮南へ よみ(新仮名遣い):ほうてんよりとうなんへ
章:第9章 司令公館 よみ(新仮名遣い):しれいこうかん 通し章番号:
口述日:1925(大正14)年08月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1935(昭和10)年4月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
日出雄は盧占魁の公館に滞在し、訪ねてくる中国の軍人に対し、通訳を介して神の道を説いていた。また、同道する日本人にシナ服をあつらえ、姓名も中国風に変えてしまった。
盧占魁は日出雄が服をあつらえるときに、密かに有名な観相学者を呼んできて、日出雄の相を仔細に調べさせていたのであった。その結果、三十三相を兼ね備えた天来の救世主であると結論づけられ、それがために盧占魁は日出雄を深く信頼することとなった。これは後になってわかったことである。
一方、張作霖の思惑は、盧占魁を利用して内外蒙古に自分の勢力を伸張することであった。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考:2024/1/6出口王仁三郎全集第6巻を底本として校正。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-01-07 02:06:43 文字数:2323 OBC :rmnm09
愛善世界社版:82頁 八幡書店版:第14輯 577頁 修補版: 校定版:83頁 普及版: 初版: ページ備考:
001 蒙古(もうこ)の英雄(えいいう)盧(ろ)中将(ちうじやう)の公館(こうくわん)には源(みなもと)日出雄(ひでを)、002守高(もりたか)、003支那語(しなご)の通訳(つうやく)王(わう)元祺(げんき)の三(さん)名(めい)が日夜(にちや)立籠(たてこも)り、004盧(ろ)の副官(ふくくわん)温(をん)長興(ちやうこう)、005何(か)全英(ぜんえい)、006秦宣(しんせん)、007盧(ろ)重廷(ぢうてい)の幹部(かんぶ)連(れん)が日出雄(ひでを)の接待役(せつたいやく)として008盧(ろ)の命(めい)に依(よ)つて懇切(こんせつ)なる忠勤(ちうきん)振(ぶ)りを発揮(はつき)してゐた。009真澄別(ますみわけ)や其(その)他(た)の満州(まんしう)浪人(らうにん)連(れん)は、010水也(みづや)商会(しやうくわい)其(その)他(た)を策源地(さくげんち)として種々(しゆじゆ)の協議(けふぎ)をこらし、011張(ちやう)作霖(さくりん)の諒解(れうかい)を求(もと)むる事(こと)に奔走(ほんそう)してゐた。012日出雄(ひでを)は日々(ひび)訪(たづ)ね来(く)る支那(しな)の軍人(ぐんじん)に対(たい)し、013通訳(つうやく)を介(かい)して神(かみ)の道(みち)を説(と)き、014難病(なんびやう)に苦(くる)しめる人(ひと)等(ら)を救(すく)うてゐた。015注意(ちうい)深(ぶか)い盧(ろ)占魁(せんくわい)は稍(やや)迷信(めいしん)に深(ふか)い傾(かたむ)きがあり、016日々(ひび)三回(さんくわい)計(ばか)り一厘銭(いちりんせん)を六(ろく)枚(まい)掌(てのひら)にのせて素人流(しろうとりう)の易占(えきせん)をやつて、017其(その)吉凶(きつきよう)によりて自分(じぶん)の行動(かうどう)を決定(けつてい)するのだから、018何事(なにごと)にも緩慢(くわんまん)たるを免(まぬが)れなかつた。019日本側(につぽんがは)の同志(どうし)が首(くび)を鳩(あつ)めて定(き)めておいた事(こと)でも、020易占(うらない)が面白(おもしろ)くないと彼(かれ)盧(ろ)占魁(せんくわい)は、021一(いち)も二(に)もなく否認(ひにん)して採用(さいよう)しない。022之(これ)には一同(いちどう)も大変(たいへん)に迷惑(めいわく)を感(かん)じてゐた。023最後(さいご)の解決(かいけつ)は日出雄(ひでを)の断定(だんてい)によるより道(みち)はなかつた。
024 日出雄(ひでを)は支那人(しなじん)の近侍者(きんじしや)や、025日本側(につぽんがは)に一々(いちいち)支那服(しなふく)を調(しら)べて之(これ)を着用(ちやくよう)せしめ、026姓名(せいめい)も支那風(しなふう)に変(か)へて了(しま)つた。027日出雄(ひでを)は王(わう)文祥(ぶんしやう)、028真澄別(ますみわけ)は王(わう)文真(ぶんしん)、029守高(もりたか)は王(わう)守高(しゆかう)、030名田彦(なだひこ)は趙徹(てうてつ)、031岡崎(をかざき)は侯(こう)成勲(せいくん)、032大倉(おほくら)は石(せき)大良(だいりやう)、033萩原(はぎはら)は王(わう)敏明(びんめい)、034唐国別(からくにわけ)は王(わう)天海(てんかい)、035佐々木(ささき)は王(わう)昌輝(しやうき)等(とう)と改名(かいめい)し、036支那人(しなじん)に化(ば)け済(す)まして蒙古入(もうこいり)を決行(けつかう)する準備(じゆんび)に取掛(とりかか)つた。037盧(ろ)占魁(せんくわい)は日出雄(ひでを)が支那服(しなふく)を誂(あつら)へた時(とき)、038ソツと被服商(ひふくしやう)の主人(しゆじん)に云(い)ひ含(ふく)め、039支那(しな)にて有名(いうめい)なる観相(くわんさう)学者(がくしや)を呼(よ)んで来(き)て古来(こらい)伝説(でんせつ)にある救世主(きうせいしゆ)の資格(しかく)の有無(うむ)を調(しら)べむため、040日出雄(ひでを)の骨格(こつかく)や容貌(ようばう)や、041目(め)、042口(くち)、043鼻(はな)、044耳(みみ)等(とう)の形(かたち)から胸(むね)のまはり、045手足(てあし)の長短(ちやうたん)等(とう)から、046指(ゆび)の節々(ふしぶし)、047指紋(しもん)等(とう)に至(いた)る迄(まで)を仔細(しさい)に調(しら)べさせた結果(けつくわ)、048所謂(いはゆる)三十三(さんじふさん)相(さう)を具備(ぐび)した天来(てんらい)の救世主(きうせいしゆ)だと云(い)つた観相家(くわんさうか)の説(せつ)に、049随喜(ずゐき)の涙(なみだ)をこぼし、050愈々(いよいよ)蒙古(もうこ)王国(わうこく)建設(けんせつ)の真柱(まはしら)と仰(あふ)ぐに至(いた)つたのである。051かかる注意(ちうい)の下(もと)に盧(ろ)占魁(せんくわい)が日出雄(ひでを)の身体(しんたい)を調(しら)べてゐるに拘(かかは)らず、052日出雄(ひでを)は索倫山(さうろんざん)の本営(ほんえい)に行(い)つて盧(ろ)占魁(せんくわい)が自白(じはく)するまで、053そんな事(こと)とは気(き)が付(つ)かなかつたのである。054観相者(くわんさうしや)は特(とく)に日出雄(ひでを)の掌中(しようちう)の四天紋(してんもん)と指頭(しとう)の皆流紋(かいりうもん)を見(み)て左(さ)の如(ごと)き断定(だんてい)を下(くだ)した。
055   掌中四天紋=乾為天[※乾為天(けんいてん)は易の六十四卦の一つ。]
056大哉乾元万物資始乃統天雲行雨施品物流形大明終始六位時成時、057時乗六竜以御天乾道変化各正性命保合太和乃利貞出庶物万国咸寧。[※これは易経の「乾為天」の解説文。読み下し文の一例を次に記す。──大いなる哉、乾元(けんげん)、万物(ばんぶつ)資(と)りて始(はじ)む。乃ち天を統ぶ。雲(くも)行き雨(あめ)施して、品(ひん)物(ぶつ)形(かたち)を流(し)く。大いに終始を明らかにせば、六位(りくい)時(とき)に成る(底本(全集)では最後に「時」があるがこれは一字多い)。時に六竜(りくりゅう)に乗りて、以て天を御(ぎょ)す。乾道(けんどう)変化して、各(おのおの)性命(せいめい)を正し、大和(だいわ)を保合(ほごう)す(底本(全集)では「大」ではなく「太」になっている)。乃ち利貞(りてい)なり。首(しゅ)として庶物(しょぶつ)に出でて、万国咸(ことごと)く寧(やす)し(底本(全集)では「首」が抜けている)。──参考文献:高島嘉右衛門『高島周易講釈』41頁、大正3年、https://dl.ndl.go.jp/pid/918144/1/33 / 近藤正則「「蘇氏易解」における朱子の蘇軾批判のモチ-フをめぐって」『東洋研究』1996年12月号、41~43頁、https://dl.ndl.go.jp/pid/7912866/1/22]
058   指紋皆流=坤為地[※坤為地(こんいち)は易の六十四卦の一つ。]
059至哉坤元万物資生乃順承天、060坤厚載物徳合旡彊、061含弘光大品物亨牡馬地類行地旡彊柔順利貞君子攸行、062光迷失道、063後順得常西南得明乃与類行東北喪明乃終有慶安貞之吉応地旡彊。[※これは易経の「坤為地」の解説文。読み下し文の一例を次に記す。──至れる哉、坤元(こんげん)、万物(ばんぶつ)資(と)りて生ず。乃ち順にして天を承(う)く。坤(こん)厚うして物(もの)を載す。徳(とく)旡彊(むきょう)に合う。含弘光(がんこうこう)大にして、品物(ひんぶつ)咸(ことごと)く亨(とお)る(底本(全集)では「咸」が抜けている)。牡馬(ひんば)は地の類(るい)。地を行くこと彊旡(かぎりな)し。柔順(じゅうじゅん)利貞(りてい)は君子(くんし)の行う攸(ところ)なり。先んずれば迷いて道を失い(底本(全集)では「先」ではなく「光」になっている)、後(おく)るれば順(したが)うて常(つね)を得(う)。西南(せいなん)には朋(とも)を得(え)(底本(全集)では「朋」ではなく「明」になっている)、乃ち類(るい)と行く。東北には朋(とも)を喪(うしな)う(底本(全集)では「朋」ではなく「明」になっている)。乃ち終(つい)に慶び有り。安貞(あんてい)の吉(きつ)は地の旡彊(むきょう)に応ず。──参考文献:前掲『高島周易講釈』46~47頁 / 『易経 天の巻』190~191頁、1965年、ジャーナル社、https://dl.ndl.go.jp/pid/2994748/1/145]
064 盧(ろ)占魁(せんくわい)は更(さら)に日出雄(ひでを)の掌中(しようちう)に現(あら)はれたるキリストが十字架(じふじか)上(じやう)に於(お)ける釘(くぎ)の聖痕(せいこん)や、065背(せ)に印(しる)せるオリオン星座(せいざ)の形(かたち)をなせる黒子(ほくろ)等(とう)を見(み)て非常(ひじやう)に驚喜(きやうき)した。066そして此(この)次第(しだい)を哥老会(からうくわい)の耆宿(きしゆく)揚(やう)成業(せいげふ)や蒙古王(もうこわう)の貝勒(ばいろく)、067貝子(ばいし)鎮国(ちんこく)公(こう)を初(はじ)め、068張(ちやう)彦三(けんさん)、069張(ちやう)桂林(けいりん)、070鄒(すう)秀明(しうめい)、071何(か)全孝(ぜんこう)、072劉(りう)陞三(しようさん)、073大英子児(タアインヅル)、074賈孟卿(ジヤムチン)等(とう)の馬賊(ばぞく)の頭目(とうもく)や、075張(ちやう)作霖(さくりん)部下(ぶか)の将校(しやうかう)連(れん)にも之(これ)を示(しめ)し、076天来(てんらい)の救世主(きうせいしゆ)だ、077此(この)救世主(きうせいしゆ)を頭(かしら)に戴(いただ)いて内外(ないぐわい)蒙古(もうこ)に活躍(くわつやく)すれば成功(せいかう)疑(うたが)ひなしと、078確信(かくしん)してゐたのである。079それ故(ゆゑ)日出雄(ひでを)は蒙古(もうこ)に入(はひ)つても凡(すべ)ての上下(じやうげ)の人々(ひとびと)より、080非常(ひじやう)な尊敬(そんけい)と信用(しんよう)とを受(う)けたのである。
081○
082 ここに日出雄(ひでを)と盧(ろ)占魁(せんくわい)と張(ちやう)作霖(さくりん)との関係(くわんけい)について少(すこ)し述(の)べる必要(ひつえう)がある。083張(ちやう)作霖(さくりん)は最近(さいきん)の奉直戦(ほうちよくせん)によつて、084自分(じぶん)の兵力(へいりよく)の足(た)らない事(こと)を非常(ひじやう)に憂慮(いうりよ)してゐた。085万々一(まんまんいち)再(ふたた)び奉直戦(ほうちよくせん)が始(はじ)まらうものなら、086軍備(ぐんび)の整(ととの)はない東三省(とうさんしやう)は忽(たちま)ち敗北(はいぼく)の運命(うんめい)に陥(おちい)り、087満州王(まんしうわう)として東三省(とうさんしやう)に君臨(くんりん)する事(こと)の不可能(ふかのう)なるを知(し)つてゐた。088そこで張(ちやう)作霖(さくりん)は何(なん)とかして、089自分(じぶん)の勢力(せいりよく)を内外(ないぐわい)蒙古(もうこ)に張(は)つて北京(ペキン)を背面(はいめん)から圧迫(あつぱく)し、090脅威(けふゐ)し、091奉直戦(ほうちよくせん)の勃発(ぼつぱつ)を防(ふせ)がうと内々(ないない)思(おも)つてゐたのである。092そこで彼(かれ)は盧(ろ)占魁(せんくわい)を利用(りよう)して、093内外(ないぐわい)蒙古(もうこ)に進出(しんしゆつ)せしめ、094アワよくば内外(ないぐわい)蒙古(もうこ)を完全(くわんぜん)に吾(わが)手(て)に入(い)れて見(み)たいと思(おも)ふ野心(やしん)を持(も)つてゐた。095今回(こんくわい)盧(ろ)が日出雄(ひでを)と提携(ていけい)して蒙古(もうこ)に大本(おほもと)王国(わうこく)を建設(けんせつ)するについても、096宗教心(しうけうしん)の尠(すくな)い馬賊(ばぞく)上(あが)りの張(ちやう)作霖(さくりん)は[*底本(全集)では「張作霖には」だが、校定版や愛善世界社版では「張作霖は」に修正している。霊界物語ネットでもそのように修正した。]日出雄(ひでを)に対(たい)しては、097あまり尊敬(そんけい)を払(はら)はなかつた。098只(ただ)うまく盧(ろ)を介(かい)して自分(じぶん)の目的(もくてき)のために利用(りよう)しようと思(おも)つたのみである。099さうして狡猾(かうくわつ)な張(ちやう)作霖(さくりん)は盧(ろ)占魁(せんくわい)自身(じしん)の金(かね)にて武器(ぶき)を調達(てうたつ)せよと云(い)つて、100自分(じぶん)は手(て)ぬらさずに内外(ないぐわい)蒙古(もうこ)を手(て)に入(い)れようとしたのである。101盧(ろ)占魁(せんくわい)も張(ちやう)作霖(さくりん)の遣(や)り方(かた)に対(たい)しては、102内心(ないしん)非常(ひじやう)に憤慨(ふんがい)し、103応援(おうえん)をしてくれた日出雄(ひでを)に対(たい)し、104張(ちやう)作霖(さくりん)に対(たい)する尊敬(そんけい)と帰依(きえ)とを移(うつ)して傾注(けいちう)する事(こと)となつた。105そして日出雄(ひでを)に向(むか)つて盧(ろ)は一切(いつさい)万事(ばんじ)その指揮(しき)に服従(ふくじゆう)する事(こと)を誓(ちか)つたのである。106奉天(ほうてん)管内(くわんない)に於(おい)ては西北(せいほく)自治軍(じちぐん)と云(い)ふ名称(めいしよう)を旗印(はたじるし)となし、107愈(いよいよ)索倫山(さうろんざん)に行(い)つて陣営(ぢんえい)が整(ととの)つた上(うへ)は、108内外(ないぐわい)蒙古(もうこ)救援軍(きうえんぐん)と改称(かいしよう)し、109日出雄(ひでを)を総大将(さうたいしやう)として大経綸(だいけいりん)を行(おこな)ふ計画(けいくわく)を以(もつ)て、110索倫(さうろん)に進出(しんしゆつ)する事(こと)を企(くはだ)てたのである。
111 日出雄(ひでを)は盧(ろ)の公館(こうくわん)に滞在中(たいざいちう)、112又(また)もや数百(すうひやく)の詩歌(しか)を詠(よ)んだ。113其(その)一部(いちぶ)
114路遠蜻蛉洲
115企回天鴻業
116同志僅数名
117頭戴大神教
118○
119部下十万兵
120皆是決死士
121志節簡直強
122神命奉頭進[※読み下し文の一例。──路(みち)遠く蜻蛉(せいれい)の洲(くに)、回天の鴻業(こうぎょう)を企つ。同志わずか数名、頭に大神教を戴く。部下、十万の兵、皆これ決死の士なり。志節、簡直(かんちょく)で強し、神命を頭に奉じて進む。]
123○
 
124 国(くに)のため世人(よびと)のために我(われ)は今(いま)海外(かいぐわい)万里(ばんり)の旅(たび)にたつかな
125 言葉(ことのは)の通(かよ)はぬ国(くに)に渡(わた)り来(き)て生(うま)れもつかぬ唖(おし)となりぬる
126 聖地(せいち)にて見(み)たる月影(つきかげ)奉天(ほうてん)に眺(なが)むる空(そら)は殊(こと)にさやけし
127 大空(おほぞら)に澄(す)み渡(わた)りつつ高光(たかひか)る奉天(ほうてん)の月(つき)殊(こと)にさやけし
128 小夜(さよ)更(ふ)けて月(つき)のみ独(ひと)り大空(おほぞら)に澄(す)み渡(わた)りつつ霜(しも)に宿(やど)かる
129 澄(す)みきりし月(つき)の鏡(かがみ)を眺(なが)めつつ心(こころ)うつして暫(しば)し佇(たたづ)む
130 我(わが)友(とも)は自転倒(おのころ)島(じま)にあり乍(なが)ら仰(あふ)ぎ見(み)るらむ瑞月(ずゐげつ)の空(そら)
131 月(つき)見(み)れば益々(ますます)心(こころ)勇(いさ)み立(た)つ清(きよ)き姿(すがた)のたぐひなければ
132 東天(とうてん)の空(そら)に輝(かがや)く満月(まんげつ)は我(わが)行末(ゆくすゑ)の光(ひかり)とぞ思(おも)ふ
133 天(あま)の原(はら)打仰(うちあふ)ぎつつ眺(なが)むれば日本(につぽん)に同(おな)じ月(つき)のかかれる
134 東天(とうてん)の大空(おほぞら)高(たか)く澄(す)む月(つき)は我(わが)魂(たましひ)の鏡(かがみ)なるらむ
135 澄(す)み渡(わた)る今宵(こよひ)の月(つき)のさやけさに我(わが)魂(たましひ)のささやきを聞(き)く
136 明(あき)らけき清(きよ)けき今宵(こよひ)の月影(つきかげ)を我(わが)恋(こ)ふ人(ひと)の姿(すがた)とや見(み)む
137 我(わが)恋(こ)ふる人(ひと)の姿(すがた)の映(うつ)れかしと月(つき)の鏡(かがみ)を打仰(うちあふ)ぎ見(み)る
138 我(わが)思(おも)ふ人(ひと)の姿(すがた)のうつれるかと月(つき)の中(なか)なる黒点(こくてん)を見(み)る[*「国のため世人のために我は~」以降の「我」8ヶ所は全て、底本(全集)では「我」だが、校定版や愛善世界社版では「吾」に修正している。]
139(大正一四、八、筆録)
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