霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第二二章 木局収(ムチズ)ケ原(はら)

インフォメーション
著者:出口王仁三郎 巻:霊界物語 特別篇 山河草木 入蒙記 篇:第4篇 神軍躍動 よみ(新仮名遣い):しんぐんやくどう
章:第22章 木局収ケ原 よみ(新仮名遣い):むちずがはら 通し章番号:
口述日:1925(大正14)年08月 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:1935(昭和10)年4月30日
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]:
日出雄は軍の編成が終わった後、野山に兎狩りを催し、野生のにらやにんにくを採集しなど、愉快に索倫の日を送っていた。
すべての制度がせせこましかった国から、十六倍の面積を有するという蒙古へ来て、たくさんの兵士や畜類を相手に自由自在に勝手なことをして飛び回るのは、生まれて五十四年来なかった愉快さ、のんきさだった。
五月一日、盧占魁がやってきて、大庫倫に進むには、興安嶺付近に駐屯する赤軍と一戦交えなければならず、熱、察、綏三区域にある吾が参加軍が到達するには、遠すぎる。そこで、本年はこの区域で冬ごもりをし、完全な兵備を整えてから、来週を待って大庫倫入りをなすようにする考えである、と諮ってきた。
また、張作霖からは、兵備が整わないうちは軍資金、武器を送ることができないので、我慢してくれ、という意味の伝言が来た。
この地はいく抱えもあるような楊、柳、楡の大木が山野に繁茂し、トール河の清流はソーダを含んでゆるやかに流れ、天然の恩恵は無限に遺棄されている宝庫である。
盧占魁によれば、ジンギスカンが蒙古の原野に兵を上げてから六百六十六年となり、頭字の三つそろったのを見れば、いよいよ本年は三六の年だと言って、勇んでいた。
一日、野にて萩原や坂本が原野に放った火が、大風に吹かれてあっという間に身辺に広がってきた。日出雄は日本武尊が焼津で、神剣で草を払って賊軍の火計を追い返したという故事を思い出し、身辺の草を薙ぐと向かい火をつけて、天の数歌を奏上した。不思議にもにわかに風向きが変わり、危うく難を逃れたのである。
主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考:2024/1/21出口王仁三郎全集第6巻を底本として校正。 タグ: データ凡例: データ最終更新日:2024-01-21 07:43:36 文字数:3194 OBC :rmnm22
愛善世界社版:201頁 八幡書店版:第14輯 621頁 修補版: 校定版:203頁 普及版: 初版: ページ備考:
001王仁(おに)(日出雄(ひでを))、002松村(まつむら)(真澄別(ますみわけ))、003矢野(やの)(唐国別(からくにわけ))、004植芝(うゑしば)(守高(もりたか))、005名田(なだ)音吉(おときち)(名田彦(なだひこ))、006佐々木(ささき)(榊(さかき))、007大石(おほいし)(大倉(おほくら))
 
008 日出雄(ひでを)は軍(ぐん)の編成後(へんせいご)、009護衛長(ごえいちやう)馮(へう)巨臣(きよしん)以下(いか)十数(じふすう)名(めい)の兵卒(へいそつ)を伴(ともな)ひ、010北方(ほくほう)の野山(のやま)に兎狩(うさぎがり)を催(もよほ)し、011或(ある)時(とき)は野生(やせい)の韮(にら)や蒜(にんにく)を採集(さいしふ)し、012枯草(かれくさ)の芒々(ばうばう)たる原野(げんや)に向(むか)つてテンムリチエブナをなし、013愉快(ゆくわい)に索倫(ソーロン)の日(ひ)を送(おく)つて居(ゐ)た。014岡崎(をかざき)鉄首(てつしゆ)、015萩原(はぎはら)敏明(としあき)、016猪野(ゐの)敏夫(としを)の三(さん)名(めい)は017数十(すうじふ)人(にん)の兵士(へいし)に送(おく)られ馬(うま)に跨(またが)りて018途中(とちう)馬賊(ばぞく)や官兵(くわんぺい)の囲(かこみ)を衝(つ)いて無事(ぶじ)日出雄(ひでを)の許(もと)に着(つ)いた。019名田彦(なだひこ)は日出雄(ひでを)及(および)盧(ろ)の命(めい)に依(よ)つて020数名(すうめい)の衛兵(ゑいへい)を従(したが)へ軍使(ぐんし)として奉天(ほうてん)の水也(みづや)商会(しやうくわい)へ引(ひ)き返(かへ)した。
021 蒙古(もうこ)の家屋(かをく)は前述(ぜんじゆつ)の通(とほ)り極(きは)めて不潔(ふけつ)で、022南京虫(なんきんむし)の横行(わうかう)甚(はなは)だしく、023加之(おまけ)に幾十(いくじふ)日(にち)も湯(ゆ)を使(つか)はない為(た)めに衣服(いふく)には虱(しらみ)発生(はつせい)し、024一行(いつかう)は日々(ひび)南京虫(なんきんむし)と虱(しらみ)退治(たいぢ)に日(ひ)を費(つひや)し、025南京虫(なんきんむし)の予防(よばう)の為(た)めにとて、026いやな香(にほひ)のする蒜(にんにく)を顔(かほ)をしかめて食事(しよくじ)毎(ごと)に喰(く)つて居(ゐ)た。027日出雄(ひでを)も蒜(にんにく)を喰(く)ひ慣(な)れて遂(つひ)には、028葱(ねぎ)や野菜(やさい)の生(なま)を平気(へいき)で嗜食(ししよく)するやうになつた。029温(をん)長興(ちやうこう)は日出雄(ひでを)一行(いつかう)の炊事長(すゐじちやう)となり、030王(わう)瓚璋(さんしやう)は馬夫長(ばふちやう)となり、031王(わう)盛明(せいめい)は随従長(ずいじうちやう)、032守高(もりたか)は近侍長(きんじちやう)、033名田彦(なだひこ)は近侍(きんじ)となつて日出雄(ひでを)の身辺(しんぺん)の凡(すべ)ての用務(ようむ)に仕(つか)へ、034真澄別(ますみわけ)は一切(いつさい)の代理権(だいりけん)を行使(かうし)する事(こと)となつた。035又(また)萩原(はぎはら)敏明(としあき)は写真(しやしん)係(がかり)、036坂本(さかもと)広一(くわういち)は近侍(きんじ)、037外(ほか)に李(り)連長(れんちやう)以下(いか)二十(にじふ)名(めい)の兵士(へいし)が直接(ちよくせつ)保護(ほご)の任(にん)に当(あた)つて居(ゐ)た。038総(すべ)ての制度(せいど)がせせこましかつた国(くに)から十六(じふろく)倍(ばい)の面積(めんせき)を有(いう)すると云(い)ふ蒙古(もうこ)へ出(で)て来(き)て、039沢山(たくさん)の兵士(へいし)や畜類(ちくるゐ)を相手(あひて)に自由(じいう)自在(じざい)に勝手(かつて)な事(こと)をして飛(と)び廻(まは)るのは、040生(うま)れて以来(いらい)五十四(ごじふよ)年間(ねんかん)未(いま)だ嘗(かつ)て経験(けいけん)した事(こと)のない愉快(ゆくわい)さ呑気(のんき)さだ。041大丈夫(だいぢやうぶ)たるもの現世(げんせ)に生(うま)れて狭(せま)い国(くに)で強(つよ)い圧迫(あつぱく)を受(う)けて居(ゐ)るよりも、042勝手(かつて)気儘(きまま)に知(し)らぬ外国(ぐわいこく)の空(そら)で、043外国人(ぐわいこくじん)と面白(おもしろ)く遊(あそ)ぶのは実(じつ)に壮快(さうくわい)だと日出雄(ひでを)は喜(よろこ)んでゐた。
044 索倫山(ソーロンざん)の本営(ほんえい)には馬隊(ばたい)の頭目(とうもく)が日々(ひび)二百(にひやく)人(にん)三百(さんびやく)人(にん)と部下(ぶか)を率(ひき)ゐて、045喇叭(ラツパ)の声(こゑ)も勇(いさ)ましく参加(さんか)し軍気(ぐんき)大(おほ)いに振(ふる)つた。046盧(ろ)総司令(そうしれい)は五(ご)月(ぐわつ)一日(ついたち)日出雄(ひでを)の館(やかた)に出(い)で来(きた)り、
047盧占魁『大庫倫(だいクーロン)に進出(しんしゆつ)せむとすれば、048此処(ここ)より二百(にひやく)支里(しり)を隔(へだ)てたる興安嶺(こうあんれい)の或(ある)地点(ちてん)に赤軍(せきぐん)七千(しちせん)人(にん)駐屯(ちうとん)し、049警戒(けいかい)なかなか厳重(げんぢう)なる事(こと)が斥候(せきこう)に依(よ)つて判明(はんめい)致(いた)しました。050それ故(ゆゑ)、051貴下(きか)の命(めい)に従(したが)つて、052此(この)儘(まま)大庫倫(だいクーロン)へ直進(ちよくしん)するは、053兵(へい)を損(そん)じ弾薬(だんやく)を消費(せうひ)するばかりで、054且(か)つ熱(ねつ)、055察(さつ)、056綏(すゐ)三(さん)区域(くいき)の我(わ)が数万(すうまん)の参加軍(さんかぐん)の到達(たうたつ)するは、057道(みち)遠(とほ)くして容易(ようい)でない。058それ故(ゆゑ)、059貴下(きか)の意(い)に背(そむ)くかは知(し)りませぬが、060軍事(ぐんじ)の経験(けいけん)上(じやう)、061熱(ねつ)、062察(さつ)、063綏(すゐ)の特別(とくべつ)区域(くいき)に進出(しんしゆつ)し、064本年(ほんねん)は此(この)区域(くいき)に於(おい)て冬籠(ふゆごも)りをなし、065完全(くわんぜん)な兵備(へいび)を整(ととの)へ諸王(しよわう)を招撫(せうぶ)し、066来春(らいしゆん)を待(ま)つて大庫倫(だいクーロン)に進(すす)み赤軍(せきぐん)と交渉(かうせふ)を開始(かいし)し、067若(も)し和議(わぎ)成(な)らざれば止(や)むを得(え)ず開戦(かいせん)の挙(きよ)に出(い)づるを可(か)とすべく、068大庫倫(だいクーロン)には約(やく)一万(いちまん)の赤兵(せきへい)駐屯(ちうとん)し、069戒厳令(かいげんれい)を布(し)き居(を)れば、070小数(せうすう)の軍隊(ぐんたい)にては容易(ようい)に目的(もくてき)を達(たつ)すべからず、071来春(らいしゆん)にならば些(すく)なくとも十万(じふまん)の兵(へい)が麾下(きか)に集(あつ)まるは確(たしか)なる事実(じじつ)でありますから、072其(その)上(うへ)にて大(だい)庫倫(クーロン)入(いり)を為(な)し、073茲(ここ)に根拠(こんきよ)を定(さだ)め、074勢(いきほひ)に乗(じやう)じて新彊(しんきやう)を合(あは)せ、075西比利亜(シベリア)の赤軍(せきぐん)を帰順(きじゆん)させ、076飽迄(あくまで)も人類愛(じんるゐあい)の為(た)め、077貴下(きか)の為(た)め、078一身(いつしん)を捧(ささ)げ、079此(この)上(うへ)如何(いか)になり行(ゆ)くとも神(かみ)の思召(おぼしめし)と信(しん)じ蒙古(もうこ)男子(だんし)の初志(しよし)を貫徹(くわんてつ)さす考(かんが)へです。080此(この)目的(もくてき)を達(たつ)した暁(あかつき)は支那(しな)四百(よんひやく)余(よ)州(しう)は言(い)ふに及(およ)ばず、081東三省(とうさんしやう)も必(かなら)ず貴下(きか)の命(めい)に服(ふく)するでせう』
082と誠意(せいい)を面(おもて)に現(あら)はして軍(ぐん)の行動(かうどう)につき命令(めいれい)を乞(こ)うた。
083 日出雄(ひでを)は遠(とほ)く故国(ここく)を去(さ)つて不知(ふち)案内(あんない)の奥蒙(おくもう)の地(ち)、084しかも言語(げんご)不通(ふつう)の支蒙人(しもうじん)を相手(あひて)に開闢(かいびやく)以来(いらい)の大神業(だいしんげふ)に従事(じうじ)する──彼(かれ)の得意(とくい)は果(はた)して如何(いかが)であつただらう。085各地(かくち)の王(わう)や馬隊(ばたい)の頭目(とうもく)、086活仏(くわつぶつ)などよりは見舞(みまひ)として、087豚(ぶた)や野羊(やぎ)、088炒米(チヨウミイ)などを日出雄(ひでを)及(およ)び盧(ろ)総司令(そうしれい)に送(おく)つて来(く)る。089日出雄(ひでを)は盧(ろ)と共(とも)に日々(ひび)感謝(かんしや)の生活(せいくわつ)を送(おく)つて居(ゐ)た。090万有(ばんいう)愛護(あいご)の教(をしへ)を立(た)てて居(ゐ)る日出雄(ひでを)も、091かかる国(くに)へ来(き)ては否(いや)でも応(おう)でも豚(ぶた)や羊(ひつじ)、092鶏肉(けいにく)などを喰(く)はねばならなかつた。093真澄別(ますみわけ)はヌール、094チヤカンナ、095マチナ(顔面(がんめん)の吹腫物(ふきでもの))に苦(くるし)み、096守高(もりたか)は出国(しゆつこく)以来(いらい)の風邪(かぜ)未(いま)だ癒(い)えず、097坂本(さかもと)も亦(また)風邪(かぜ)の気味(きみ)にて全身(ぜんしん)痛(いた)み、098日出雄(ひでを)は南京虫(なんきんむし)に攻(せ)められて居(ゐ)た。099一(いち)日(にち)、100蒙(もう)秘書長(ひしよちやう)来(きた)り、101支那語(しなご)を以(もつ)て左(さ)の如(ごと)く談(だん)じた。
102蒙秘書長『昨天到来、103二百槍馬完全今日送給肥猪両口肥羊二隻、104不出五日又来隊伍六百槍馬完全的。105司令近非常歓喜所愁的款項無有的又苦於告貸将来隊伍均到来的無款的怎麼必実在投法子。
106閣下不愁不遇現状況難一点的事作到張作霖必能付給款項俟将隊伍招斉款就不困難了』
107 要(えう)するにその主旨(しゆし)は108兵備(へいび)が整(ととの)つた上(うへ)は張(ちやう)作霖(さくりん)より相当(さうたう)の軍資金(ぐんしきん)及(およ)び武器(ぶき)を送(おく)つて来(く)るが、109それ迄(まで)は仕方(しかた)が無(な)い、110暫(しばら)く辛抱(しんばう)してくれと云(い)ふ意味(いみ)である。111さうして今日(こんにち)も武器(ぶき)を携帯(けいたい)して参加兵(さんかへい)が二百(にひやく)名(めい)豚(ぶた)や羊(ひつじ)を送(おく)つて来(き)た。112又(また)五日(いつか)の後(のち)には六百(ろくぴやく)の馬隊(ばたい)が此処(ここ)に到着(たうちやく)するとも云(い)うた。
113 広大(くわうだい)無辺(むへん)の肥(こ)えた原野(げんや)を雑草(ざつさう)の生(お)ふるに任(まか)せ乍(なが)ら、114而(しか)も他国人(たこくじん)の入(い)り来(きた)るを嫌(きら)ひ、115怖(おそ)れて外国人(ぐわいこくじん)と見(み)れば直(ただち)に銃(じゆう)を以(もつ)て打(う)ち殺(ころ)すと云(い)ふ、116蒙古人(もうこじん)ともつかず支那人(しなじん)ともつかぬ又(また)露西亜(ろしあ)人(じん)でも無(な)いチヨロマン人種(じんしゆ)が、117十(じふ)年(ねん)以前(いぜん)迄(まで)此(この)地(ち)に割拠(かつきよ)して居(ゐ)たが、118今(いま)は数百(すうひやく)支里(しり)の北方(ほくほう)の森林(しんりん)に退却(たいきやく)して居(ゐ)る。119兎(うさぎ)や雉(きじ)などは此(この)方面(はうめん)は特(とく)に多(おほ)く、120幾抱(いくかか)えもあるやうな楊(やう)、121柳(りう)、122楡(にれ)の大木(たいぼく)は山野(さんや)に繁茂(はんも)し、123洮児(トール)川(がは)の曹達(そうだ)を含(ふく)んだ清流(せいりう)はゆるやかに流(なが)れ、124天然(てんねん)の恩恵(おんけい)は無限(むげん)に遺棄(ゐき)されて居(ゐ)る稀有(けう)の宝庫(はうこ)である。125日出雄(ひでを)は日本(につぽん)の当局(たうきよく)や政治家(せいぢか)が、126何故(なにゆゑ)此(この)地(ち)に目(め)をつけないのであらうかと怪(あや)しんだ。127オンクス、128アルテチ、129ウンヌルテー(放屁臭(へくさい))など云(い)つて130蒙古人(もうこじん)を相手(あひて)に日出雄(ひでを)が戯(たはむ)れて居(ゐ)ると、131盧(ろ)占魁(せんくわい)は御(ご)機嫌(きげん)伺(うかが)ひだと云(い)つて、132洮南(たうなん)から送(おく)つて来(き)た珍(めづ)らしい菓子(くわし)や果物(くだもの)などを持(も)つて来(き)た。133さうして盧(ろ)の話(はなし)に依(よ)れば、134成吉思汗(ジンギスカン)が蒙古(もうこ)の原野(げんや)に兵(へい)を挙(あ)げてから六百(ろくぴやく)六十六(ろくじふろく)年(ねん)となり、135頭字(かしらじ)の三(みつ)つ揃(そろ)うたのを見(み)れば、136愈々(いよいよ)本年(ほんねん)は三六(みろく)の年(とし)だと言(い)つて勇(いさ)んで居(ゐ)た。
 
137 春(はる)の野(の)にコルギーホアラ(野生(やせい)福寿草(ふくじゆさう))あちこちとボルンガチチク(紫色(むらさきいろ)の花(はな))咲(さ)き出(い)でにけり
 
138 五(ご)月(ぐわつ)の上旬(じやうじゆん)でありながら、139蒙古(もうこ)の奥地(おくち)では野生(やせい)の福寿草(ふくじゆさう)が白(しろ)や紫(むらさき)に咲(さ)き誇(ほこ)つて、140殆(ほと)んど花莚(はなむしろ)を敷(し)き詰(つ)めた如(ごと)く美(うつく)しい。141日出雄(ひでを)は此(この)花莚(はなむしろ)の中(なか)に馬(うま)を縦横(じうわう)無尽(むじん)に鞭(むちう)ちながら、142数多(あまた)の支蒙兵(しもうへい)を指揮(しき)して野遊(のあそび)を試(こころ)みた。143ケンケンと雉子(きじ)の声(こゑ)が彼方(かなた)此方(こなた)の枯草(かれくさ)の中(なか)から聞(きこ)えて来(く)る、144其所(そこ)へ三匹(さんびき)の山兎(やまうさぎ)が飛(と)び出(だ)した。145蒙古兵(もうこへい)は直(ただ)ちにモーゼル銃(じゆう)を擬(ぎ)し、146ポンポンポンと三発(さんぱつ)続(つづ)け打(う)ちに三匹(さんびき)の兎(うさぎ)を頭(あたま)許(ばか)り撃(う)つて捕獲(ほくわく)した。147総(すべ)て蒙古人(もうこじん)は楊(やう)の枝(えだ)で弓(ゆみ)を拵(こしら)へ、148細(ほそ)いので矢(や)を造(つく)り、149矢(や)の先(さき)に石(いし)を縛(しばり)付(つ)けて荒(あら)き麻(あさ)の縄(なは)を弦(つる)となし、150空立(そらた)つ鳥(とり)を撃(う)つに滅多(めつた)に外(はづ)れた事(こと)がない。151支那(しな)や露西亜(ロシア)で廃物(はいぶつ)になつたやうな銃器(じゆうき)でも、152蒙古人(もうこじん)が使(つか)ふと一々(いちいち)命中(めいちう)するのは実(じつ)に不思議(ふしぎ)な程(ほど)である。153殆(ほと)んど神(かみ)様(さま)ではないかと思(おも)ふ程(ほど)、154天性(てんせい)的(てき)射術(しやじゆつ)の技能(ぎのう)が備(そな)はつてゐる。155一(いち)日(にち)、156日出雄(ひでを)が喇嘛服(ラマふく)を着(つ)けた儘(まま)司令部(しれいぶ)の遥(はる)か前方(ぜんぱう)で、157パサパーナ(吐糞(とふん))をやつて居(ゐ)ると158シーゴーと云(い)ふ蒙古(もうこ)名物(めいぶつ)の猛犬(まうけん)がパサを食(く)はむとして七八(しちはつ)頭(とう)も集(あつま)つて来(き)た。159このシーゴーは蒙古犬(もうこいぬ)と狼(おほかみ)との混血児(こんけつじ)で、160非常(ひじやう)に強(つよ)く如何(いか)なる猛獣(まうじう)と雖(いへど)も噛(か)み殺(ころ)すと云(い)ふ牧畜国(ぼくちくこく)の蒙古(もうこ)にあつては天与(てんよ)の貴獣(きじう)である。161日出雄(ひでを)がポホラを捲(まく)つてウンウンと気張(きば)つてゐると、162シーゴーがやつて来(き)た。163草原(くさはら)の穴(あな)の中(なか)に住(す)んでゐた大眼子(ターエンズ)(チヨロマ)がパサの臭(にほひ)を嗅(か)いで穴(あな)から首(くび)をつき出(だ)した所(ところ)、164嗅覚(しうかく)の鋭(するど)いシーゴーが直様(すぐさま)四方(しはう)八方(はつぱう)から其(その)穴(あな)を前足(まへあし)で掘(ほ)り、165見(み)る見(み)るチヨロマを捕獲(ほくわく)して了(しま)つた。166其(そ)の敏捷(すばし)こい事(こと)は実(じつ)に驚歎(きやうたん)に価(あたひ)する。
167 スルト折柄(をりから)蒙古(もうこ)名物(めいぶつ)の大風(おほかぜ)が吹(ふ)いて来(き)た。168萩原(はぎはら)や坂本(さかもと)が馬(うま)に遠乗(とほのり)して原野(げんや)に火(ひ)を放(はな)つたので、169火(ひ)は風(かぜ)に煽(あふ)られ一瀉(いつしや)千里(せんり)の勢(いきほひ)で黒煙(こくえん)濛々(もうもう)と日出雄(ひでを)の身辺(しんぺん)迄(まで)迫(せま)つて来(き)た。170茫々(ばうばう)たる枯草(かれくさ)の中(なか)到底(たうてい)逃(のが)れる事(こと)は出来(でき)ぬ。171シーゴーは盛(さか)んに吠(ほ)え立(た)てる。172日出雄(ひでを)は昔(むかし)日本(やまと)武(たけるの)尊(みこと)が東夷(とうい)征伐(せいばつ)の時(とき)駿河(するが)の焼津(やいづ)で賊軍(ぞくぐん)の計略(けいりやく)にかかり火(ひ)に包(つつ)まれ、173燧(ひうち)を取(と)り出(だ)して向(むか)へ火(び)をつけ、174且(かつ)叢雲(むらくも)の神剣(つるぎ)にて草(くさ)を薙(な)ぎ払(はら)ひ大勝利(だいしようり)を得(え)られた故事(こじ)を思(おも)ひ出(だ)し、175直(ただち)に佩刀(はいとう)を抜(ぬ)き放(はな)ち身辺(しんぺん)の草(くさ)を薙(な)ぎ176懐中(くわいちう)よりマツチを取出(とりだ)して向(むか)ひ火(び)をつけ、177さうして天(あま)の数歌(かずうた)を奏上(さうじやう)した。178不思議(ふしぎ)にも風(かぜ)は俄(には)かに南方(なんぱう)に変(へん)じ、179日出雄(ひでを)も兵士(へいし)も焼死(しやうし)の難(なん)を免(まぬ)かれた。180蒙古(もうこ)の野(の)に火(ひ)を放(はな)つて遊(あそ)ぶのは実(じつ)に剣呑(けんのん)である。
181(大正一四、八、筆録)
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