霊界物語.ネット~出口王仁三郎 大図書館~
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第一〇章 奉天(ほうてん)出発(しゆつぱつ)

インフォメーション
著者: 巻: 篇: よみ(新仮名遣い):
章: よみ(新仮名遣い): 通し章番号:
口述日: 口述場所: 筆録者: 校正日: 校正場所: 初版発行日:
概要: 舞台: あらすじ[?]このあらすじはMさん作成です(一部加筆訂正してあります)。一覧表が「王仁DB」にあります。[×閉じる]: 主な登場人物[?]【セ】はセリフが有る人物、【場】はセリフは無いがその場に居る人物、【名】は名前だけ出て来る人物です。[×閉じる]: 備考: タグ: データ凡例: データ最終更新日: 文字数: OBC :rmnm10
愛善世界社版: 八幡書店版: 修補版: 校定版: 普及版: 初版: ページ備考:
001 三(さん)月(ぐわつ)一日(いちじつ)(中国暦(ちうごくれき)の正(しやう)月(ぐわつ)二十六(にじふろく)日(じつ))盧(ろ)公館(こうくわん)に於(おい)て002日出雄(ひでを)、003盧(ろ)占魁(せんくわい)、004真澄別(ますみわけ)、005岡崎(をかざき)、006揚(やう)巨芳(きよはう)、007佐々木(ささき)、008大倉(おほくら)、009唐国別(からくにわけ)、010守高(もりたか)等(とう)の面々(めんめん)が打(う)ち揃(そろ)ひ蒙古(もうこ)経営談(けいえいだん)の花(はな)を咲(さ)かした。
011大倉(おほくら)『先生(せんせい)、012弥々(いよいよ)張(ちやう)作霖(さくりん)から盧(ろ)さんに対(たい)して西北(せいほく)自治軍(じちぐん)総司令(そうしれい)の内命(ないめい)が下(くだ)りました。013張(ちやう)作霖(さくりん)の意見(いけん)に依(よ)れば先生(せんせい)の御(ご)計画(けいくわく)の通(とほ)り、014先(ま)づ索倫山(そうろんざん)に於(おい)て兵(へい)を募集(ぼしふ)し、015司令部(しれいぶ)を設(まう)けて活動(くわつどう)せよとのことです。016之(これ)に就(つい)ては岸(きし)少将(せうしやう)も非常(ひじやう)に骨(ほね)を折(を)つて呉(く)れました。017之(こ)れで一先(ひとま)づ安心(あんしん)です。018佐々木(ささき)さんも大変(たいへん)心配(しんぱい)しましたが、019愈々(いよいよ)大願(だいぐわん)成就(じやうじゆ)の曙光(しよくわう)を認(みと)めましたから安心(あんしん)して下(くだ)さい』
020日出雄(ひでを)『それは大変(たいへん)にお骨折(ほねを)りでした。021御(ご)神助(しんじよ)に依(よ)つて意外(いぐわい)にも早(はや)く話(はなし)が纏(まとま)つた事(こと)を喜(よろこ)びます。022併(しか)し佐々木(ささき)さん、023随分(ずゐぶん)此(こ)の交渉(かうせふ)は困難(こんなん)でしただらう』
024佐々木(ささき)『ハイ、025何(なん)と云(い)つても支那(しな)と言(い)ふ所(ところ)は金(かね)で動(うご)く所(ところ)ですから、026張(ちやう)作霖(さくりん)の側近(そばちか)く仕(つか)へて居(ゐ)る連中(れんちう)に、027金銭(かね)の轡(くつわ)をはめて反対(はんたい)しない様(やう)にして置(お)きました。028之(こ)れから私(わたし)は軍備(ぐんび)に着手(ちやくしゆ)致(いた)します。029そして輸送(ゆそう)も大連(だいれん)から洮南(たうなん)迄(まで)は非常(ひじやう)に楽(らく)になりました。030武器(ぶき)の輸送(ゆさう)は張(ちやう)作霖(さくりん)が引(ひ)き受(う)けて送(おく)つて呉(く)れる事(こと)になりましたから安心(あんしん)して下(くだ)さい』
031日出雄(ひでを)『さうなれば私(わたし)は一歩(ひとあし)先(さ)きに蒙古入(もうこい)りをして見(み)ようと思(おも)ふ。032君(きみ)等(ら)は総(すべ)ての準備(じゆんび)を整(ととの)へて後(あと)からやつて来(き)て貰(もら)ひたい。033王爺廟(ワンエメウ)[*フリガナは底本(全集)と愛善世界社版では「ワンエメウ」だが、校定版では「ワンイエメウ」になっている。]から三百(さんびやく)計(ばか)りの喇嘛僧(らまそう)が迎(むか)へに来(く)ると云(い)ふ事(こと)だから、034グヅグヅしては居(ゐ)られますまいから』
035佐々木(ささき)『まあ二三(にさん)日(にち)待(ま)つて下(くだ)さい、036さうすれば喇嘛服(らまふく)を誂(あつら)へに行(い)つた揚(やう)萃廷(すゐてい)さんも北京(ペキン)から帰(かへ)つて来(き)ませうし、037張(ちやう)作霖(さくりん)の護照(ごせう)も取(と)れますから、038其(その)上(うへ)になさつた方(はう)が安全(あんぜん)でせう』
039岡崎(をかざき)『何(なに)、040護照(ごせう)が何(なん)になるか。041僕(ぼく)は東三省(とうさんしやう)の高等官(かうとうくわん)だ、042僕(ぼく)が先生(せんせい)のお供(とも)すれば護照(ごせう)もヘツタクレも要(い)るものか。043何事(なにごと)も神命(しんめい)に従(したが)つてやるのが吾(われ)等(ら)の趣旨(しゆし)だ。044先生(せんせい)の言葉(ことば)は神(かみ)様(さま)の言葉(ことば)だ。045此(この)間(あひだ)から洮南府(たうなんふ)迄(まで)沿道(えんだう)の視察(しさつ)をして来(き)たが、046行(ゆく)先々(さきざき)に日本人(につぽんじん)が居(を)つて何彼(なにか)の世話(せわ)をして呉(く)れる事(こと)に約束(やくそく)して置(お)いたから、047君(きみ)達(たち)は後(あと)に残(のこ)つて準備(じゆんび)をしたがよい。048僕(ぼく)は是非(ぜひ)二三(にさん)日(にち)の中(うち)に自動車(じどうしや)を雇(やと)つて鄭家屯(ていかとん)迄(まで)疾走(しつそう)する積(つも)りだ』
049佐々木(ささき)『奉天(ほうてん)から汽車(きしや)が通(つう)じて居(ゐ)るのに高(たか)い金(かね)を出(だ)して自動車(じどうしや)に乗(の)る必要(ひつえう)があるか、050三十(さんじふ)人(にん)計(ばか)りの護衛兵(ごゑいへい)をつけるから、051先生(せんせい)に奉天駅(ほうてんえき)から御(ご)苦労(くらう)になつたらどうだ、052其(それ)が安全(あんぜん)でよからうと思(おも)ふ』
053岡崎(をかざき)『それもさうだが、054神(かみ)様(さま)に護衛兵(ごゑいへい)などが要(い)るものか、055僕(ぼく)がお供(とも)すれば大盤石(だいばんじやく)だ。056未(いま)だ嘗(かつ)て奉天(ほうてん)から鄭家屯(ていかとん)迄(まで)自動車(じどうしや)を飛(と)ばした者(もの)が無(な)いのだから、057自動車(じどうしや)旅行(りよかう)も地理(ちり)を知(し)る上(うへ)に於(おい)て面白(おもしろ)からう。058日本人(につぽんじん)はいつも満蒙(まんもう)視察(しさつ)をして来(き)たと偉(えら)さうに言(い)つて居(ゐ)るが、059唯(ただ)汽車(きしや)に乗(の)つて沿道(えんだう)を視察(しさつ)した位(ぐらゐ)では駄目(だめ)だ、060是非(ぜひ)共(とも)自動車(じどうしや)で行(い)つた方(はう)が面白(おもしろ)いだらう』
061佐々木(ささき)『此(こ)の道(みち)の悪(わる)いのに、062山(やま)や畑(はた)を突破(とつぱ)し、063遼河(れうが)を渡(わた)らねばならぬ大危険(だいきけん)がある。064そんな危険(きけん)の道(みち)を通(とほ)る必要(ひつえう)がどこにあるか。065悪(わる)い事(こと)は云(い)はないから、066是非(ぜひ)汽車(きしや)旅行(りよかう)にして欲(ほ)しいものだ。067吾々(われわれ)も心配(しんぱい)でならないからなあ』
068日出雄(ひでを)『満州(まんしう)の事情(じじやう)も調(しら)べたいから、069別(べつ)に急(いそ)ぐ旅(たび)でもなし、070自動車(じどうしや)旅行(りよかう)を試(こころ)みたいものだ。071人(ひと)の通(とほ)らない所(ところ)を通(とほ)つて見(み)るのも面白(おもしろ)いだらう』
072岡崎(をかざき)『佐々木(ささき)や大倉(おほくら)は臆病(おくびやう)だから、073そんな事(こと)を云(い)ふが、074何(なに)、075心配(しんぱい)要(い)るものか、076自動車(じどうしや)旅行(りよかう)と決定(けつてい)しようじやないか』
077佐々木(ささき)『先生(せんせい)が其(その)御(ご)意見(いけん)なら仕方(しかた)が無(な)い、078之(これ)から自動車(じどうしや)屋(や)に照会(せうくわい)して見(み)よう』
079揚(やう)巨芳(きよはう)『私(わたし)の知己(ちき)で盧(ろ)さんの恩顧(おんこ)を受(う)けて居(ゐ)る王(わう)樹棠(じゆだう)と云(い)ふ、080昔(むかし)直隷軍(ちよくれいぐん)の連長(れんちやう)をして居(ゐ)た男(をとこ)が、081城内(じやうない)に自動車(じどうしや)会社(くわいしや)をやつて居(ゐ)るから、082それに云(い)ひつけませう。083彼(かれ)は義侠心(ぎけふしん)の強(つよ)い剛胆(がうたん)な男(をとこ)ですから、084少々(せうせう)の馬賊(ばぞく)位(ぐらゐ)出(で)た所(ところ)でこたえない奴(やつ)ですから』
085日出雄(ひでを)『それは好都合(かうつがふ)だ、086そんならそれに定(き)めて仕舞(しま)はう。087愈々(いよいよ)三(さん)月(ぐわつ)三日(みつか)此(この)地(ち)を出立(しゆつたつ)しよう』
088盧(ろ)『一切(いつさい)万事(ばんじ)先生(せんせい)の御(ご)意志(いし)に従(したが)ふ決心(けつしん)だからお望(のぞ)みの通(とほ)り自動車(じどうしや)を誂(あつら)へませう』
089 かくの如(ごと)く相談(さうだん)が纏(まとま)つたので、090日出雄(ひでを)は愈々(いよいよ)奉天(ほうてん)から鄭家屯(ていかとん)に向(むか)つて自動車(じどうしや)を駆(か)る事(こと)となつた。091さうして真澄別(ますみわけ)、092大倉(おほくら)、093名田彦(なだひこ)の三(さん)名(めい)は奉天(ほうてん)より汽車(きしや)に乗(の)つて蒙古(もうこ)の洮南府(たうなんふ)に先着(せんちやく)し、094洮南(たうなん)ホテルに於(おい)て諸般(しよはん)の準備(じゆんび)を調(ととの)へて待(ま)つ事(こと)に相談(さうだん)がまとまつた。
095 愈々(いよいよ)三(さん)月(ぐわつ)三日(みつか)(旧(きう)正(しやう)月(ぐわつ)廿八(にじふはち)日(にち))午後(ごご)四(よ)時(じ)から王(わう)樹棠(じゆだう)の自動車(じどうしや)二台(にだい)に日出雄(ひでを)、096岡崎(をかざき)、097守高(もりたか)、098王(わう)元祺(げんき)の四(よん)名(めい)は分乗(ぶんじよう)して奉天(ほうてん)を出発(しゆつぱつ)する事(こと)となつた。099自動車(じどうしや)屋(や)の主人(しゆじん)王(わう)樹棠(じゆだう)は道路(だうろ)の険悪(けんあく)なるを気(き)づかひ自(みづか)ら運転手(うんてんしゆ)となり三(さん)人(にん)の部下(ぶか)と共(とも)に随(したが)ふ事(こと)となつた。100道路(だうろ)は極(きは)めて険悪(けんあく)にして運転(うんてん)意(い)の如(ごと)くならず、101時々(ときどき)機関(きくわん)に損障(そんしやう)を来(きた)し、102一(いち)時間(じかん)許(ばか)り走(はし)ると又(また)一(いち)時間(じかん)許(ばか)り停車(ていしや)して車(くるま)の修繕(しうぜん)を為(な)し、103昼夜(ちうや)の区別(くべつ)なく川(かは)の中(なか)や畑(はた)の中(なか)、104小山(こやま)などを無理(むり)やりに進(すす)む事(こと)となつた。105寒気(かんき)凛烈(りんれつ)にして、106手(て)も足(あし)も殆(ほと)んど知覚(ちかく)を失(うしな)つて居(ゐ)る。107奉天(ほうてん)から鄭家屯(ていかとん)迄(まで)の間(あひだ)は馬賊(ばぞく)の横行(わうかう)が特(とく)に甚(はなは)だしいので、108自動車(じどうしや)の停車中(ていしやちう)はヘツドライトを消(け)し、109懐中(くわいちゆう)電燈(でんとう)を持(も)つて修繕(しうぜん)に着手(ちやくしゆ)する事(こと)とした。110水(みづ)が切(き)れると其処(そこら)辺(へん)の氷(こほり)を割(わ)つて機関(きくわん)に詰(つ)め込(こ)むなど、111いろいろの難苦(なんく)をおかし、112北(きた)へ北(きた)へと星(ほし)の光(ひかり)を力(ちから)に進(すす)んで行(ゆ)く。
113 幸(さいはひ)に官兵(くわんぺい)や巡警(じゆんけい)、114馬賊(ばぞく)の網(あみ)を突破(とつぱ)して、115鉄嶺(てつれい)の前方(ぜんぱう)竜首山(りうしゆざん)の麓(ふもと)なる遼河畔(りやうがはん)に進(すす)んだ。116河辺(かはべ)の急坂(きふはん)を下(くだ)つて自動車(じどうしや)は将(まさ)に遼河(りやうが)を横(よこ)ぎらうとした時(とき)、117運転手(うんてんしゆ)は『アツ』と驚(おどろ)きの声(こゑ)を発(はつ)した。118其(その)刹那(せつな)に不思議(ふしぎ)にも自動車(じどうしや)は止(とま)つた。119よくよく見(み)れば120一二(いちに)尺(しやく)前方(ぜんぱう)には、121さしもに厚(あつ)い氷(こほり)が解(と)けて蒼味(あをみ)だつた水(みづ)が漂(ただよ)うて居(ゐ)る、122実(じつ)に危険(きけん)な場合(ばあひ)であつた。123此(こ)の自動車(じどうしや)には通訳(つうやく)の王(わう)元祺(げんき)と守高(もりたか)が乗(の)つて居(ゐ)たが、124何(いづ)れも神明(しんめい)の御(ご)加護(かご)として神恩(しんおん)を謝(しや)した。125此(この)地点(ちてん)は西北(せいほく)に竜首山(りうしゆざん)が高(たか)く聳(そび)え、126且(か)つ河(かは)の堤(つつみ)が非常(ひじやう)に高(たか)かつた為(た)め、127西北(せいほく)の寒風(かんぷう)を遮(さへぎ)り、128氷結(ひようけつ)して居(ゐ)なかつたためである。129是非(ぜひ)なく二三(にさん)支里(しり)後(あと)へ戻(もど)つて人家(じんか)を叩(たた)き起(おこ)し、130案内者(あんないしや)を雇(やと)うて、131小山(こやま)の上(うへ)や畑(はた)の中(なか)を危(あやふ)くも馳駆(ちく)して大道(だいだう)に出(で)た。132満州(まんしう)広野(くわうや)を走(はし)る列車(れつしや)は、133遥(はるか)の遠方(ゑんぱう)に細長(ほそなが)く薄(うす)い光(ひかり)を放(はな)つて走(はし)つて居(ゐ)た。134翌(よく)四日(よつか)午前(ごぜん)七(しち)時(じ)開原(かいげん)の城内(じやうない)に着(つ)いた。135飲食店(いんしよくてん)に入(はひ)つて油(あぶら)濃(こ)い支那食(しなしよく)を喫(きつ)し、136此処(ここ)で一(いち)時間(じかん)許(ばか)りも車体(しやたい)の修繕(しうぜん)をした。137此(この)地方(ちはう)では自動車(じどうしや)の通行(つうかう)した事(こと)が無(な)いので、138妙(めう)な車(くるま)が来(き)たと云(い)ふので次(つぎ)から次(つぎ)へ言(い)ひ伝(つた)へ、139老若(らうにやく)男女(なんによ)が真黒(まつくろ)に蝟集(ゐしふ)してワイワイと騒(さわ)ぎ立(た)てて居(ゐ)る。140其(その)間(あひだ)牛(うし)や驢馬(ろば)などが四頭(しとう)曳(ひ)き、141五頭(ごとう)曳(ひ)きで大車(おほぐるま)を引(ひ)いて通(とほ)る。142其(その)混雑(こんざつ)は到底(たうてい)筆紙(ひつし)に尽(つく)し難(がた)い。143漸(やうや)く修繕(しうぜん)が済(す)んだので、144二台(にだい)の自動車(じどうしや)は、145ブウブウと警笛(けいてき)を鳴(な)らし、146群集(ぐんしふ)を押(お)しわけ、147大速力(だいそくりよく)でかけ出(だ)し、148午後(ごご)一(いち)時(じ)頃(ごろ)には昌図府(しやうとふ)の手前(てまへ)迄(まで)安着(あんちやく)した。149一台(いちだい)の自動車(じどうしや)は大破損(だいはそん)を来(き)たし運転(うんてん)不能(ふのう)となつて仕舞(しま)つたので、150是非(ぜひ)なく昌図府(しやうとふ)の木賃(きちん)ホテル三号店(さんがうてん)に宿泊(しゆくはく)し、151奉天(ほうてん)へ人(ひと)を派(は)して機械(きかい)を取(と)り寄(よ)せる事(こと)にした。152二百(にひやく)四十(よんじふ)支里(しり)の高原(かうげん)を未(いま)だ何人(なんびと)も試(こころ)みし事(こと)なき冒険(ばうけん)的(てき)旅行(りよかう)をやつたのは、153開闢(かいびやく)以来(いらい)の壮挙(さうきよ)だ。154源(みなもと)の義経(よしつね)の都落(みやこおち)にも比(ひ)して偉大(ゐだい)なる放(はな)れ業(わざ)だと、155岡崎(をかざき)の気焔(きえん)当(あた)るべからざるものがあつた。
156(大正一四、八、筆録)
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